不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

2004/11/18
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テーマ: 京都。(6125)
カテゴリ: 日本旅行記
京都旅行の166話目です。

花見小路通 を通って 建仁寺 へ訪れました。
花見小路通 は駐車場待ちの車などでいっぱいでした。
建仁寺 へ訪れると広い境内で驚きました。
でも、そんなに人がいなかったですね。

さっそく拝観をしました。
なんと500円でした。

特別拝観なんか、何でこんなに拝観料を取るのって思うぐらいの所が多いですね。

中に入ると「 風神雷神 」がありました。
が、複製でした。
本物はないそうです。
本物を見ても違いがわかりませんので、近くで見える複製でもいいかな?
方丈 は広くてどう歩いていいかわかりませんでした。
建物から見る庭園は雰囲気がいいですね。
座ってゆっくりしてもいいかな・・・。
茶室「東陽坊」は庭の中にありますので、履物を履いて庭に出ます。
そこで大きな虫を発見。

茶室は中には入れません。

双龍図 」はどこにあるのかと思いましたら、別の所 法堂 にあるみたいです。
そこに行くには、ハイテクの機械が立ちはだかります。

説明を読んでいましたが、前の人が通って開いた所を通りました。
お年寄には理解されていないみたいで、ドアが開くまで待ったいる人もいました。
一度境内の道に出るので、そうしているみたいです。
双龍図 」です。
天井に描かれています。
ここで見ても大きいのに、近づけば物凄い大きさなんでしょうね。
空いている時は、座って眺めることもできるみたいです。


全体的に撮影禁止とは書いていませんでしたが、どうなんでしょうか?
個人的な考えですが三脚以外の撮影は良いと思っています。
フラッシュ撮影などは禁止だとは思います。
撮影することによって、通行の邪魔になる事はありますので、邪魔にならないことが条件です。
海外では美術館で絵を書いたり、撮影したり出来る美術館があるそうです。
そういう親しみのある所にしてもらいたいと思いますね。

境内に出て、三門を見て勅使門を見て、 建仁寺 を後にしました。



建仁寺  うんちく ☆☆☆


京都五山の一つ。
1191年(建久2)南宋より帰国した葉上房栄西が,ときの将軍源頼家から鴨川畔の現在地の寄進を得て,南宋の百丈山大智寿聖禅寺(浙江省)をモデルとして1202年(建仁2)に建立した京都最初の禅寺。
初めは台山の延暦寺に属していたが,1265年(文永2)宋僧蘭渓道隆が鎌倉の建長寺より移って来て11世に住持して以来禅寺となった。
また将軍より山城国美豆牧・蔭原荘・河内国普賢寺領・摂津国利倉・美濃国富永荘・丹波国坂生郷などの地の地頭職を受けた。
また鎌倉・室町期には荘園18カ所を有した。
1334年(建武1)の鎌倉・室町期に京都五山の第1位に列せられたが,1386年(至徳3)足利義満が鎌倉・京都の五山を定めたときに京都五山の第3位として,現在に至っている。
また寺宝として俵屋宗達の「風神雷神」二曲屏風(国宝),海北友松の「竹林七賢」がある。
宗達の晩年の最高傑作「風神雷神」は京都国立博物館に寄託されている。





建仁寺 (けんにんじ)は読みにくい名前ですね。
風神雷神 」は美術館にあるんですね。
それがあれば物凄く良かった所だと思いますが、なかっても良かった所でした。
少し時間が立って、また訪れたいと思います。





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Last updated  2004/11/18 10:43:12 PM
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