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読んでからしばらく暖めていた、10日ほどになるだろうか。白石一文氏の新刊、いくつかの物語がまとめられているのだけど、本のタイトルにも使ってる、巻末に収められてる作品。不器用だけど、静かに、消えることもなく、燃えつづける炎のような愛情って、懐かしさを感じてしまうようになってる。白石一文氏の本を全部読んできていることに対して、言葉で説明できる理由は用意してなかったことに気づいたのだけど、「あとがき」を読んで、「これやろう」という理由に思い至った。この本に収められた4編を含む5編を紹介され・・以下のように書かれている。 そして、この五編の作品を通して私が描きたかったのは、一言で言うならば、 - 目に見えないものの確かさ。 ということである。こういうところに意識を置いている人の小説だから、読みたくなるんだろうか。「あとがき」読んでいて多少の強引さを感じつつ、その言葉を書けるに至った作者の感性や体験、思考に興味が持てる。 また、逆に言えば、私たちは「自分とは何か?」という根源的な問に 真剣に向き合わない限りは、誰のこともほんとうに愛することはできないのである。
2006.11.30
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携帯でブログ見ていて不便なのが、以前の記事を読みたい時。1コマずつ戻っていく必要があるようなんで、なんとかジャンプできないかな・・・とやってみましたが、携帯では無理でした。●スタート●9月どなたか、ご存知?
2006.11.27
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●http://plaza.rakuten.co.jp/146ti/2001●http://plaza.rakuten.co.jp/146ti/2003
2006.11.26
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●http://plaza.rakuten.co.jp/146ti/2001●http://plaza.rakuten.co.jp/146ti/2002
2006.11.25
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ケッコウ頭のいいというか、エエ学校でたひとが多いのに・・なんというか保守的な業界、保守的な会社文化に馴染めず、入社以来、人事や組合のアンケートに向うたびに・オンブズマン制度・多面評価制度・人事部評価制度の導入提案を書いてきた。が、とうとう多面評価制度が一部導入され、先週は上司の評価をした。評価する立場に立って、はじめて自分が上司をどう見ているのかを整理しなくてはいけなくなったことに気づいた。整理できてなかったことに気づいたというべきか。つまり、その場その場の断片的判断が占めていたということ。ま、たまにしか合わない人だからしょうがない面もあるんだけど。(そういう条件でも〔不正確〕着手することは意義があるだろう)もちろん、他人など評価できるものではないけど、組織の前提にあるなら保身やご都合主義など、あえて評価者に見せない部分を浮き彫りにする牽制はいい。問題は・・批判や短所はどんどん出てくるのに、長所が・・・!自分の長所と相手の短所を比較して、批評するのはカンタン。では、自分の短所と相手の長所を比較できるか?と、思ったときに・・情けない思いをした今週、自分を見るいい機会になった。きっと、相手に「短所」と自分がラベル貼ったとたん、意識がそこに軸足を置いている。最初に「短所」と感じても、ラベル貼る前に「受け取り方」を再確認して貼るラベルを変えていけばいいのか。脳内酸素も足りんようなので、寝よう。
2006.11.24
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お気に入りの映画。「揺さぶられるような感動の世界」系統ではないんだけど、イーサン・ホークとジュリー・デルピーによる出会いと別れの物語。前者は偶然に出会った男と女が、街を歩きながら、お互いを知っていくという一夜の物語。後者は想いを残したまま別れたふたりの9年ぶりの再会(たった一時間半)を描いた物語。ドキュメンタリーのような、初面のぎこちなさ含めて自然な会話とカメラワークで、主役のふたりが愛について、人生について語り合い、心が通い合っていく姿をつづっている。この会話というか、やりとりが魅力的です。長旅をしていると、実は似たようなことを体験したりします。ちっちゃなスーパーのハム売り場で出会い、数日間一緒に過ごし・・約束した、数ヵ月後の再会は果たせず・・10年後、モンサンミッシェルなど冬の北フランスをぶらぶらドライブしていてなんかアタマの中のBGMはスティングってなアンニュイな気分でいると・・「あ”っ!」と。400KM移動、彼女と出合った街を散歩し、その頃の自分の幼さなんかに想いをめぐらせてると・・翌朝、ホテルでコーヒーを吹き出すハメになったりして・・1・2時間だけ公園を散歩し、10年の空白を共有したり・・はぁ~・・・メシ食ってこよ。
2006.11.23
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なぜビジネスのダイヤモンド社が出しているのか、よーわからんけど米国の啓発書なんかは得意だろうから、版権をうまくとれたのだろうか。わりと気になり、新刊が出れば(シリーズ17巻)手にする本。以前、担当していた取引先の困ったチャンが通勤2時間かかると聞いてこの文庫版(ダイヤモンド社ではない)をプレゼントした、というか押し付けた。「え、さらっぴんじゃないんですかっ!?」「オレの垢がついてるスペシャルバージョンや」「ええ~っ!」「オフルでも何でも、自分次第で人生変わることもあるんや、受け取れ」「はぁ~い」後日「もう、いつもの電車乗れないじゃないですかっ!」とクレーム。帰宅までのJR車中泣きっぱなしだったとか・・(笑)その後、彼女は転職、ガンガン成長され、今では代表取締役。えーとこに住んでるらしい。確かに人生変わる。何がキッカケかは別として。
2006.11.22
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白石一文氏の新刊と『神友』が文庫になっていたので帰宅途中の本屋で入手。『神友(道が見える旅が始まる)』には奥菜恵のコメント「この本は私の一生の宝物です。」と帯が巻かれている。この本が新刊で平積みになっていた時、仕事に行き詰まりを感じていた。2000年の初夏だったように記憶する。東京で朝7時出社24時退社という生活が続き、疲れ果ていたが、6年ぶりの大阪は東京よりも「冷えて」いた。新規開拓は一つ二つひねらないとできそうもなかった。マーケットに対する皮膚感覚を適正化しよう、とアレコレ街を歩いている時、歩きすぎて、日によっては10KMも靴底減らしに励んでいた時、この本が目にとまり、シゴトを中断、サ店で読み出し、たら、止まらなくなり・・・その日は何ら建設的な労働はしなかった。 簡単に言えば「完全にサボった」前作の『神対』シリーズは既に手元にあったが読む気がしなく、積んであったのだがこの『神友』で一気に火がついた。それから寝る間も惜しんで既刊5冊を通読、奮えた。以降、新規開拓は切り口を多様化させてそれなりに成果を出し、さらに西日本の数百支店の業績に寄与できるような大掛かりな仕掛けを考え、本部交渉、役員室に直談判するに至った。そのシゴトをシステム化し、後輩に引き継いだあと・・役員賞が出た。まあ、どうでもいいけど・・自分は自分でしか評価できないもんねえ。自分にとっては済んだ話で「今更評価する」と言われてもリアルにこころは反応できなかった。どうなんだろ、感慨めいたものも無いとはいえなかったが、組織の価値判断や評価にこれだけのタイムラグがあって、コンペティターに勝てるのか?とも思った。イチ社員が直談判までしなければいけなかった組織に問題意識を持つべきことやろうね。まま、ともかく、読みたい本がある幸せ。方や、まったく読む気になれない時期もある、たまにだけど。これって、なんだろうか。自身がうまくOUTPUTできてないときは、INPUTも制限してしまうのだろうか。だとすると、うまくOUTPUTできない理由は?ENYAを聴きながら緩み、ニュートラルに戻る。と、いうことはニュートラルでないということか・・などと思いつつ呼吸が深くなっていくのを感じつつ・・・そのうち眠くなり、視界がフェードアウトしていくまえに・・寝る体制に入る。寝よっと。
2006.11.21
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読み始めて間があいたけれど、ちょっと残してた終盤を読み終えました。作者が「おわりに」の最後に書いている言葉が印象的でしたので、ここに転記しておきますね。成すべきことを愛し、愛することを成すことができる人生。みなさんも高みへと跳躍しつづけることを祈っている。「成すべきことを愛し、愛することを成すこと」また、重い言葉やな・・と新鮮な気持ちで読み返しました。もちろん、ここで言う「愛する」って、ちまたの「ちょーだい系」や「条件付の」愛ではなく、無条件に差し出せるものなんだろう。しかも、瞬間のことではなく、集大成として、生き様として書かれているように読める。禅の思想を取り入れた、哲学をやわらかく小説にした本と言えばいいのかな、世界20カ国で売られているようです。
2006.11.19
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まだ学生だった頃「探検部」という、よく笑いネタにされるクラブに所属していた。体力はバリクソほとばしっており、背中に石30KGを背負って山に登っても筋肉痛にならなかった。クラブセンターのビル壁は、ザイルでピョンピョン下降し、戻りはラダ-(ワイヤー梯子)で丸めた服が降ってくるなかよじ登るという・・就職先はレスキュー?レインジャー?てなトレーニングも重ねた。大阪~津130KMを一人で歩いたり、ピチピチうっふん達のいる須磨でエスキモーロールの練習をし、カヌーで徳之島を周回、知らず海ヘビさんをパドルで叩いて死にかけた。数々の洞窟は測量し生成過程を調べ、時には穴倉で寝、教育委員会に報告書を提出してきた。(で、誰か読んだのか??)そんな自分が最終的に出したのがシルクロード(絲綢之路)の少数民族生活調査。東西文化の定着度を教えてもらおう、スタンバイされたTVドキュメントではなく、現実の生活を教えてもらおうという企画だった。 北京語を習い、ウイグル語を探し、フィールドワークを練習、北海道宗谷岬から鹿児島佐多岬まで3000KMほど歩いて距離を体感させた。いくらなんでも歩いて行ってたら・・屍になるか、時間切れ退学になりそうなので、自転車を中国に持ち込み、カシュガル~トルファンの距離1500KM区間の調査とした。しかし、モロに砂漠地帯なのである。タクラ=マカン砂漠(塔克拉瑪干砂漠) タクラ=マカンとはウイグル語で「入ったら二度と出られない」という・・・サハラ砂漠に次ぐ世界2位の面積を持つ砂漠なのであった。志願してくれたのは同期の2名、海外旅行にも行ったことのない計3名が珍道中を繰り広げることになった。無謀?確かに。 出発点にたどり着くまでに予兆はあった。 朝晩は冷え込み、バスはエンジンかからず乗客がみんなで押してスタート。 一泊200円の宿は床が土でベッドはスプリングしかないとか・・カシュガルから出発の国際電話が繋がるに3日待つ必要があるなど想像できなかったし、ブドウ糖入れた点滴ビンのゴムがひび割れており、見舞い客が押さえつづける必要があるなど思いもしなかった。 レントゲンの機械にCCCPと書いてあり、それだけで恐ろしいのに、写真ではなく、透視カメラのように当てつづける。。。多段変速機のついた自転車は笑顔で勝手に乗っていかれるし、衝撃的・笑劇的な2ヶ月であった。日本のコンビニがどれだけ渇望されたか・・・なんと日本はラクな国なのか。当時、海外初体験のバカ学生にはとてつもない刺激であった。お世話になりました、ウイグル自治区のみなさま。目的を追行し、コゲた3人が大阪に戻ってきた時、空港の魚臭さとともに色や音、人の氾濫に眩暈までしたのであった。 そんなこともすっかり忘れ、同化している日常だわさ。
2006.11.19
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この不思議なアルミ板、色が色なんで・・「●●教のメンバーズカードです」なんて話してると・・その話題は無視され(笑)「貸して」と。で、輸入することすでに4回、もう数十枚は届けたろうか、面白い話がアチコチから返ってくるようになってきた。職場がカタイだけに、自分の怪キャラ?は目立っているが、疑っていた職場のパートさんまでが「コレ、すごすぎ!」と。中には、傷めていたご主人との仲を取り持つことになったり、80超えたばあちゃんの長年悩んでらっしゃった症状が改善していったり・・・イロイロ活躍してやはりますわ、板のぶんざいで?まあ、正直言って「自分も疑いたい」というか、こんなものにできて、自分に出来ないのはね・・悔しいやん。意識の力って、自分でははかりりきれない面を持ってると思っているんだけどな・・・さらにサスガなのは「寸止め」というか、症状をクーリングオフしてしまわないところ。軽減はしても、どこか自身の活躍場所を残してくれるように思う。折角の体のメッセージ、原因に気づかないと意味がない。でもね、所詮「モノ」なんです。3000円しないからって、買い込みに走ったり、忘れて取りに帰ったりするのは新たなビョーキかも。 忘れるくらいなら必要ない状態かなって、確認しなきゃね。依存すればするほど、自由から遠くなり、不便な生活が待っている。何事も取捨選択できることが、手にする条件。アフターフォローはクチウルサイお説教だったりする。まあ、それを差し引いてもすごいブツだけどね、それだけに。● PP(またまた続き)
2006.11.18
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最近、口開いている人が多いのはなぜなんだろ??体がバランス維持するべく自動調整してるなら・・酸素摂取能力の問題?それとも骨盤のゆがみから猫背であご上がりで口開くの?かみ合わせ?ラクなようでしんどそうな話。
2006.11.18
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帰りの電車内で簡単に読めそうかな、と買った本ですが「カモメのジョナサン」を思い出しました。その「カモメのジョナサン」ですが、寓話というか・・初めて読んだのいつだったろう、中学生くらいかな?まさか、そんな・・という本質が隠されているとは思いもしませんでした。文字だけ読んで行間は無視してたというか。「カエル」の方にはこんな一文がありました。「ただし、何を知らないのかを知ること、それこそが出発点だ。 それが自覚的に生きることの、第一歩なのだ」ん、コトバではわかってるつもり。訳せば「知ってる」かな。おそらく、自分は何も知らないことを知っている。そして「知る」よりも「考える」が必要だろうことを感じている。「人間のワタシ」の道のりはかなり果てしないが。
2006.11.15
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何に支配されてるって、ケ-タイ。てなわけで、先週は会社に忘れて帰った。手元にないとわかるんだけど、クセになってるよね。意識のスキマスキマでニコチンのように手をのばしたがる。用もないのにメールしたくなる時もある。こんなブツに支配されるのはなんだろう、未充足感?安易にそのスキマを埋めた気分にさせるんだろうか、他人と擬似的につながってると思わせて?ん?要は「寂しい気分」に類するってこと?癒しの道具?って書くと見栄えもマシだけど、ブツに癒されたくなるほどどうかしてんのか?無意識の依存促進はあるように思えるなぁ・・・ケータイない頃はどうだったんだろう?ひょっとしてウォークマンや文庫を持ち歩くのも似たような世界なのか? ん・・・今よりは「考えをめぐらせる」ってことをしてたのかも知れないな、と思う。「彼女が出てもドキドキ、親が出たらもっと!」てな気分で電話をかけたりする、そんな気分ももう味わえない時代なんだろうか。「話せる幸せ」も味わえたし、あれはあれで貴重な瞬間だと思うんだけどね。「歳とった」で片付かないことのひとつだな。
2006.11.13
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グーグルアースで過去の旅を追いかけてみた。自転車で2年旅した時の出発点、LOS ANGELESからスタート。1ヶ月ほど借りていたBoyleのアパート、お手伝いに通ってたホスピス、42℃を超え、干上がりかけたMojabe砂漠で駆け込んだAmboyのMotel・・ミステリーサークルやストーンヘンジ、マチュピチュ・・まで楽しめる、オススメツールです。
2006.11.12
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Tシャツではちょっとサブくなってきた。そろそろ暖房器具もセッティングしなきゃな・・昨夜はフトンを冬仕様に変更しました。敷物は下から・トルマリン敷布団(ヨーカドーのバーゲン)・オルガヘキサベッドパッド(試作品)・パープルプレート・ゲルマ低反発マット・アルファウエーブ上は・オルガヘキサ掛布団の上にトルゼオ和紙シーツをFIX、フトンカバー内にセット。これでブランケットなどいらず、すこぶる快適~。って、やりすぎやろっ!て感じですが。それにしても・・テンプレート、涼しいね。
2006.11.12
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朝も豪華に朝食をたいらげ、「バ・カ・タ・レ~」もアルファに乗せてケーキ屋へ。今日はケンイチの誕生日。自分が海外で向かえた誕生日は2回ある。一度目はアメリカ中北部、サウスダコタくらいだったか、人口40人くらいのちいさな村。積荷満載の自転車をとめ、CAFEで昼飯食ってるとアレコレ聞かれる。「先に食ってしまうから、コレ読んどいてくれる」と英文に打ち直した計画書を渡し、ハンバーガープレート(ハンバーガー定食?)を食っていると「ハッピーバースデー!」とケーキを持ってきてくれ、写真撮影。プロフィールに生年月日を書いていたのだ。見ず知らずの人たちに誕生日を祝ってもらうこのうれし恥ずかしさ?彼もそんな気分だったろうか。その後、かの「バ・カ・タ・レー」お嬢がひらがな書きのバースデーカードをケンイチにプレゼント。フルオリジナル!昨夜は遅くまで話し込んでいたから眠かったろうに。ケンイチもその点は理解しており、後日「バカタレはいますか」と電話したらしい。サスガ。●再会(1)●●再会(2)●●再会(その最後、の1つ前)●●再会(その最後)●
2006.11.11
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気だるさとともに、朝食バイキング。なんぼ食えるねん、とお代わり3回。今日は4人での出発、晴天6月気分。途中のアレコレは言葉にしても伝えられないだろうけれど・・アレコレ。しかし、ケンイチに伝えようと簡単な日本語の組み合わせを考えていると、いかに日ごろいいかげんな言葉で会話を成立させようとしているか実感できる。高速ばかりだとつまんないだろうし、「日本体験」したいケンイチには下道で見える風景も、と下道と高速を使い分けて浜松から西進。東名から東名阪、西名阪とつなぎ奈良、大阪へ。昨夜の居酒屋からの携帯で決まった今夜の宿は友人宅。ハダカで寝るわけにもいかず、ユ●クロで服を調達。自分と似た体格のケンイチがどうしてもMを手にとりたがる。自分を指し「このサイズでLLやで」と言っていても「M」と。日本人がアメリカで買い物してるならね・・まるで諦めの悪い女性を見てるよう(笑)この不思議は理解できず、着れるもんなら着てみなはれと試着コーナーで納得。(笑)親子3名の友人宅に4人でなだれ込み、犬含めて動物園状態。晩飯は「お好み焼き」を堪能。この「お好み」をどう訳していいもんやら・・犬にとってこの日本人のようなヘンな外人?はどう映ってるのだろう?かつて自分もそうだったけど、日本語で話し掛けると外国の犬はキョトンとしつつ、理解してくれようとするけど・・。例のゴトクまたも夜な夜なうましか話。16と20のアホ娘(笑)も、いつの日か芽吹く何かを受け取ってくれていたらと思う。(他人の娘をアホ扱いで公表するこの快感!)ちなみに16はクチを開けば「バ・カ・タ・レ~!」です。●再会(1)●●再会(3)●●再会(その最後、の1つ前)●●再会(その最後)●
2006.11.11
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大沢在昌氏のハードボイルドが2冊も平積みになっており、早速手にしたもんで・・読んで楽しんでる時間より、読み終わって寂しい時間のほうが長くなっている。心情の描写が好きなんだけど、現実にはこんなヤツおらんやろ~と思いながらもハマってる。女性に関しても、男が望むような都合のいい?エラク大人な女性が出てきてホレる。(笑)そんな女性に出会ったことない!と思うのは自分がお子ちゃまだから?そんな本にハマるのは、実はハードではなく、ソフトな現実を望んでいるから?読んでて反応してるのは・・自分の価値観に素直であり続けるというか、自分が決めた守るべきものを守り通そうとする生き方なんやね。
2006.11.11
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会社のシゴトもあるんだけど、本日先にするべきシゴトは・・・久しぶりにアルゼンチンに電話するということ。久しぶり、そう十数年ぶりなのだ・・・不義理の山。とりあえず、今の電話のかけ方を調べると・・・おお、ケッコウ使える方法があるではないか!なんと地球の裏側と140分話して2000円!!??!!こういう時は行動してしまってから考えればいいや、とダイヤルしていくと懐かしい声が・・・ケンイチ曰く「10年も写真も手紙も送ってこないね」とプンプン言ってた(らしい)お母さん、電話に出るなり「何してたの~!?で、ケッコンしたのコーは?」と大砲打ってきた。お父さんに代わり「で、どうだい、シゴトは」で始まり、懐かしい話ヤマモリ。この3日間、ケンイチとともに過ごした内容を報告し、電話を切った。かれこれ40~50分しか話してないんだけど、「生きてる」匂いがした。そうなのだ、ツベコベ・ウダウダ言う前に「生きる」が必要な環境もあるんだった。シゴト、かの地でお世話になり、数十日も同じ村に沈没したのにはワケがあった。40℃を越す炎天下、パラグアイから約100km南下しヘロヘロになっていた私は今日はテントじゃなくてもいいや、と近寄る子供に宿を尋ねてみた。人口200人くらいの村なんだけど、宿は存在し、連れて行ってくれた。荷を置くなり、子供達がさらに連れて行ってくれたのが「LA JAPONESA」という日系人が営むよろずやさん。ここをA家とする。挨拶し、自分の日本語もたどたどしくなっていることに驚きつつ宿に帰ろうとした時、道向こうに「LA JAPONESA」という看板が目に入る、B家。「?」子供達はもう帰ったので、ひとり挨拶に行くと・・「あんた、時間ある?」と、やたら目の光るおじさんに連れ込まれ、そのまま深夜まで日本話。事情を飲み込めたのは空が明るくなり始めた頃だった。宿に朝帰りし、さてどうしようか、と。なんてことや、ケンイチが光る目のおじさんの長男であることは【10/06ちょいビビリ 】に書いた。 シゴト、その後A家とB家はどうなったんだ、ということ。今は円満だと。 なんとも言葉に出来ない。最後にお父さん曰く「なにぃ~、アルファロメオだと~、ナマイキな~(笑)」と、お叱りを受けたのであった。●再会(1)●●再会(2)●●再会(3)●●再会(その最後、の1つ前)●
2006.11.06
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(その2)(その?)は飛ばして・・先に(その最後)の手前です。ケンイチと2人で実家に向かう車中、2人で話す機会を持てた。思えば自分が一人旅している時にそうであったように、彼は日本語から取れる情報が不足する部分を感じる部分で、例えば顔色や語気、行動からも読んでおり、性格当てクイズをすれば日本語話す同席者と変わらないレベル。(笑)彼を見るに、自分がしていたことを、あらためて外から見るようで懐かしい気分になった。スペイン語ならまだしも、マジャール、ヒーブル、ウイグルなど習得しようもないような言語圏では言葉から取れる情報は無いに等しかったけれど、それでも他人のウチに呼んでもらいあげく泊めてもらい、家庭のあり方を見させてもらって、握手して、アドレス交換して・・といったことができていた。 ちょっと冷静に考えるとケッコウ恐ろしいね。相手に自分を見つけたり、自分を見つめるクセというのは、こういうとこからも習慣付けられるかもしれない、と思った。ま、さておき実家で両親に引き合わせて、今度はスペイン語中心の会話。アッという間に時間が過ぎ、京都駅に移動、アルファベット表記の地図、自由席キップを入手。3連休でほとんど売切れの弁当を探し出し、お茶を飲んで車両にほり込み帰宅。さて、シゴトはこれから。●再会(1)●●再会(2)●●再会(3)●●再会(その最後)●
2006.11.06
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濃い3日間でした。起きるなり、カンを頼りに温泉旅館に電話、3連休当日に部屋を予約。なんて、できてしまった!(笑)東名で焼津まで移動、途中で鍋とフリスビーを買いケンイチ合流。十数年ぶりに会ったケンイチ、外見は(お互い)経年劣化を認め・・まあ、アルゼンチンで会ったのは彼が16、私が21の頃だからね・・彼のキャラクターはそのままで、気配りの繊細さ、間を外さないお笑いは一級。浜辺までドライブ、ひとけのない夕暮れ海岸でおもむろに鍋を取り出し、湯を沸かして(バーナー持参!)コーヒータイム。その後フリスビーなどしつつ、西進。浜名湖は弁天で一泊。夜な夜な話は終わらないのであった。 (つづく)●再会(2)●●再会(3)●●再会(その最後、の1つ前)●●再会(その最後)●
2006.11.05
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1ヶ月経った。 → 【ゆるぎなきもの (2006.10.02) 】今日はあのおばあちゃん宅を訪ねてきた。先週からどうもキレがなく、体に重さを感じていたが、今日は目が覚めた。おばあちゃん宅でいつもの報告仕事を終え、雑談をしていると・・・「わたしな、『運命』を理由に忘れたりスッキリしてたことあるんやけどな、 考えたら『運命』で済ますのは間違うてる、やっぱり自分次第や」このおばあちゃん、断片的に聞いているだけでもね、充分に大変な人生を過ごされてきているように感じるんです。この期に及んで(ごめん!)やる気マンマンのこんな言葉を聞くとは想像もできなかった。「さぁいくでって感じですね、まだこれから100年くらいは生きられそうですね」というと「はっはっは~」と。脱帽。(笑)このWEBに前回お会いした時のことを書かせてもらったと話し、「それを見た人がえらく感じるものがあったみたいですよ」と言うと「いやぁ~恥ずかしいわぁ~」と本当に恥ずかしがられる。歳をサバ読むことや、若く見られて嬉しい気持ち ってあると思うけどこのおばあちゃんと話していると、いい歳のとり方というか、時間以上に生きてはるように感じる。「お若いですね」なんて、お上手言ったところで・・きっと「ありがとう」とこっちに合わせてくれてしまうだろうし、そんなこと超越してるように思う。眠いのでとりあえずこのまま収束。
2006.11.01
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