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私はむかしから牛乳大好きっ子で、味噌汁の時だってあわせて飲むのは牛乳というぐらいの愛飲ぶりだったのだけれど、一人暮らしをしはじめてスーパーの値札に「牛乳高っ!」と叫んで以来もっぱらのお茶派になった。しかも夏場はペットボトルが大量にゴミになるのでやかんでわかすお茶に変えた。しかし日本人の牛乳消費量は現象の一途だそうで、これには「牛乳を飲むと太る」という誤った通説が原因のひとつらしく、ものが牛乳だけに某スノーブランドのように再利用するわけにはいかないので毎日とんでもない量の牛乳が廃棄されているらしい。日本の農を思うものとしてはほうっておけない。牛乳を買ってきた。選んだのはもちろんベルタースオリジナル(島根県)木次産牛乳。なぜなら、彼もまた特別な存在だからです。
2006.03.30
私は文章も話も長いのが問題だと思うので短い文章で書いてみようと思ってしばらく数行更新だったのですが短すぎてわけがわからないし、とりようによっては非常にデンジャーだったのでやめました。これからは冗長にいきます(笑)
2006.03.29
軽蔑しながら生きていくのか?
2006.03.28
手が足りないのに手を出すのは無責任。お金が足りないのにお金を使うのは無謀。どんな赤字会社も銀行がお金を貸し続ける限りは潰れない。
2006.03.27
ヤバイ。マジでバカにできない。感動した。
2006.03.23
世の中はけっこういい加減にまわってるらしい。
2006.03.20
バスにのりました。まぁたまにはいいかなと思って。ただ松江の路線に詳しくないので「ソフトビジネスパーク行きに乗れば帰れる」と信じていたのですが、ソフトビジネスパーク行きが来る5分前に「美保関マリンゲート行きでも帰れるらしい。」ということがわかったので物は試しに乗ってみました。遠い・・・。なぜ北に向かいたいのに県庁の方に行くのだー。よく見ればわかったはずなんですがほんと思いつきで「あ、ウチの前のバス停とまるじゃん」と目の前に止まってるバスに飛び乗ったのでくわしい経路を見てなかったんですね。30分ぐらいかかったのですが、確か直で行ったときはもっと早かった気がする。まぁ景色楽しめましたからいんですけどね。バスカード買おうかな。これからはノーマイカー管理人を目指します
2006.03.11
かねてから2ちゃんねるの管理人のひろゆきはすごいと言ってはばからない私です。何がすごいかって、・ある日突然2ちゃんねるのサーバー管理会社をヤクザが襲撃してきても意に介さない。・急に警察が令状もっておしよせてもおちょくって適当にながす。・ある日突然大企業から6億円の裁判を起こされても気にしない。・あげくその裁判には弁護士も立てずにやり、しかも寝坊して遅刻して裁判官に怒らる。裁判負けまくりで負債は億をこえているのにまったく気にしていない、この面の皮の厚さは私には信じられない。もしかしてこの人は人として大切な何かが欠けているんじゃないかと思わせるぐらいの大物っぷり。でも「西村はバカではない、恐ろしく頭の切れる人物だ。」というのが実際に会った多く人の感想。無能とみれば人を人扱いしないあの堀江社長にして「西村は我々の仲間だ」と言わせしめるその頭の良さ。それは私は『本質を見抜く力』と『本質を一言であらわす力』だと思っています。有名なセリフではこんなのが。「嘘を嘘と見抜けない人には(掲示板を使うのは)難しい」「荒らしは放置。放置できないあなたも荒らしです。」電子掲示板の本質と、荒れた時の効果的な対処法をここまで端的にあらわした言葉を私は知りません。また2ちゃんねるの鉄の掟○出されたご飯は残さず食べる。○転んでも泣かない。○おいらのギャグには大爆笑する。まったくルールに見えませんでもよーく考えると掲示板の利用に対する必要かつ十分な条件がこの3つなんだと今なら断言できます。で、問題はこの3つでわからない人間には百万言尽くしてもわかってもらうのは無理。ということでしょうか。どんな丁寧な利用規約を作っても上の3つがわからない人には意味がないということをひろゆきは直感的にわかってるのでしょう。だから本当に2ちゃんねるの最初はマジであれだけしか書いてなかったそうです。第一、ひろゆきのblogのエントリーで長文などひとつもない。それなのにどれもそれなりに読ませる。何が起こっても動じない豪胆さ、本質を見抜きそれを一言で表す能力。頭の良さってのは生まれつきなんですかね。どうやったらなれるのだろう。(あとそれをみせない脱力さ。それだけマネしてもなぁ・・・)関連:ひろゆきとライブドア社長の共通項って?
2006.03.09
書いてるうちに整理されてきた。みんなステージに上がるのが怖い。失敗したら恥をかくし無様な格好をみせたくない。でも実はスポットライトを浴びるっていうのは楽しいものでもあって病み付きになるもの。理想は「みんなが私も私もとステージに上りたがっている状況」そのために必要なのはステージに上ってくれる人、その人達がやりがいをもってパフォーマンスできる観客。そして何より何の気なしに上ることができる使い勝手の良いステージと誰でも気軽に入ることができる劇場。よしよし、この方向で間違ってないはず。2年前、1年前 足りないと思ってたものは今、すべて手元にある。これでできないのはいいわけになる。あとは覚悟だけ。帰納的に言うならn=1が成り立てばぜんぶ成り立つ。そのための長い証明だったのだ。縞田君は本当にいい機会をくれた。今こそ、書を捨て街に出よう。
2006.03.09
88 名前: SEIJI@総管理人 ★ [sage] 投稿日: 2006/03/09(木) 05:48:48 ID:???0>>86-87期待しないってのはね、期待しすぎるとガッカリすることになるから低めに見積もってるっていうことなんだ。私も大学祭の時にみた百人近い学生がひたむきにまったくリターンのない仕事にやりがいを持ってこなしている姿をみて思うところがあった。彼らなら、私達なら、なんでもできるんじゃないかってね、思わせるぐらいの強さがあった。で、実際に学生サークルがそのまま飛び出したようなベンチャーがビジネスの世界を渡り歩いて世間を席巻しているわけだからそれはあながち妄想でもないと思う。ただ、それを人に期待することはやっぱり難しい。多くの人はフツーが一番だと思っているし、人と違うことをすることは禁忌なんだろう。だから考えなしに何かをやりはじめてコケるのは非常に痛い。「私達はいろいろやりましたがパッとした成果をあげることができずにいつのまにか消滅してました。」これではハタから見てる人に「ね、何もしないほうが賢いでしょう?」という教訓を与えかねない。それは非常に不幸なことだ。でもこの大学だけでもそうやって消えていった「試み」は少なくない。だから私は臆病なまでに準備と自信がないとものを実行しない。でもそれだって本人の血肉にはなってるから無駄じゃない。これは大人の人のいうとおりなんだわ。だからといってじゃぁ、「いい経験になるから」という言葉だけでどれだけの学生が時間を費やせるだろうか?お金を費やせるだろうかか?卒業を危機にさらせるだろうかか?確かに君がいうみたいにそういう人もいる。それも少なくない数。それは素晴らしいことだ。だからこそそれが大多数になったとき「島大は変わった。」って言えるんじゃないかな。じゃぁどうやってするか?私は「勉強はためになる。だから若いうちからしておくんだよ。」といわれてもぜったい勉強する子ではなかった。ためになるというのは大人になってからわかる結果論で子どものうちはわからないから。(わかってる子もいたけど)でもある時から勉強するようになった。それは人に「今やっていることはこんなにおもしろいことなんだ。」ということを教えてもらったから。しかもそれは「大学に入るため」でも「テストでいい点をとるため」でもなかったからいまだに勉強してる。おもしろいから。私が情報依存みたいになっているのもそのことが大きく関係してると思う。だから私はその手法でいこうと思う。たとえて言うなら私達。私は3年前、水郷祭の「おまつり工房」に行った。それがきっかけでずーっとやりたいと言っていたヒッチハイクの旅をまさに私の好きなように企画させてもらって、さらに潤沢な予算をつけてもらった上、必要とあれば私にとって雲の上の存在であった松江・宝塚両市長までひっぱりだしていろいろしてもらった。八雲はカレー食べてるときに私の「どう? コラムの一つぐらい書いてみない?」というのに答えた。その結果、全国レベルの賞をもらいYahoo!で紹介され、全国のblogerからの関心を集め、わざわざ東京からフジテレビが彼の部屋まで取材にも来てくれた。いずれも普通に島大の学生してたらまず有り得ない。菜々子にしても私に「ブログを書いてみない?」って言われて書き始めた。今では自分のブログにコメントがついたり菜々子を頼って恋愛相談が寄せられることをいつもとても喜んでいる。よく「ネットって楽しいねぇ」と言っている。ちゅうそんにしても然り。このサイトがあったことで、そして本人がちょっと「すると決めた」だけでそれぞれになんらかの変化が訪れている。なにより自分の文章を読んでもらって、自分を他の人から親しみをこめて呼んでもらえるこの「嬉しさ」「おもしろさ」というのは君も文筆家ならよく理解してるだろけど、言葉ではあらわせられない、味わってみたものでなければわからない快感がある。だから私はこの「おもしろさ」という「快感」を全島大生に広げられたらと思う。君は文芸部に100人の部員を集めてその部員達に火をつけた。そしてその勢いをさらに増すことで島大を変えようとしているのだろう。私はこのサイトで自分の思っていることを表す快感、それに人からレスポンスが返ってくるという快感を与えている。しかもこの快感は常習性があり病み付きになるらしい。実際ここ数年、このサイトはまともに宣伝してないのに訪問者数は増え続けている。ありがたいことに来た人は残り、残った人は他に伝えてくれているのだろう。こうやってちょっとずつ影響の範囲を広げているコンソーシアムの考え方というのはどんなに理屈をつけても「島大生全員を文芸部に入れる」という計画に近いと気づいた。入れるという強制力が強すぎる。君にならあるいはできたかもしれないが、私にはまず無理だと判断した。それに比べてこのサイトで島大生全員にクリックしてもらうことならできるかもしれない。でも君が言うように島大を変えるためにやるわけじゃない。私は「私がおもしろいこと(そうじゃないと続かない)」「他の人がそれを楽しいと思ってくれること(そうじゃないと広がらない)」これで十分。でもそれが結果として「他の人が想像もしなかったおもしろいことをはじめること」になったとき島根大学はとんでもないことになると思う。君は「変えることに目標を歩いている」私は「おもしろいことを目指して歩いているけど、いつか変わることにたどりつくと信じている」という大きな違いがあるから君の問いになんと答えていいかわからない。ごまかしてるみたいだけどそうじゃない。変わるときは変わるし、変わらないときは変わらない。私にできるのはるろうに剣心じゃないけれど自分の目にうつる人だけでも変えてみたいと思っている。というお話です。また恐ろしく長くなった・・・。でもまぁ書くとこうなる。また会う機会があったらその時にでも。
2006.03.08
だいぽさんに「学生になんかいろいろやらせようという風潮、俺、違うと思うんだよね。」1年ほど前、ソフトビジネスパークで県大の学生さんと話してる時に言われた。めちゃくちゃよく覚えてる。まったくその通りだと思ったから。ではなぜ私は学生がどうたらとかいうことをしているのか。それはまわりが学生ばかりだから。例えばだいぽさんがペイントで日本を変えるとか、コムースさんが建築業界を立て直すという壮大な夢に気炎をあげているのはそれぞれの人生の中でそれぞれの業界のことを深すぎるぐらい知って、おかしなところに怒り、こうすべきであるという論を持って生きてられるからだ。私が「日本の建築業界を変える!」と燃えたところで説得力もなにもなければまず変えるべき建築業界の今の姿すらわからない。つまり、人の夢や目標というのはその人の歩んできた人生や人生観が強く反映されている。変な言い方だけれど私は学生っちゅうもんをイヤというほど知っている。特異な経歴だけでも私と同じような学生は1000人探しても1人いるかいないか。してきたこと会った人をあわせれば日本に同じような人はまぁいない。変な話、中にいるだけ大学の先生よりも体感的に学生というものをよく知っているかもしれない。そうやって人生のほとんどを「学生」という身分から見ていた私に言わせれば世間は何か勘違いをしている。「若いんだから頑張って。」「その経験が役に立つよ。」「若いうちの失敗は失敗じゃないよ。」世間の人が学生に向ける目というのはこういうものだと思うし、私自身多くの人にこう声をかけて励ましてもらってきた。そして何よりこれらは正しい。さすが人生の諸先輩方の言うことだと思う。確かにその通りなんだけど、本当にその通りなんだけど、でもこれはある側面でしかないと思う。言うなれば「子どもは純粋だ。」の延長線というか。この勘違いは全部「思い出はいつも優しい」効果から来ていると思う。人間の記憶はいとも簡単に美しく改ざんされてしまう。今、学生の皆だって中高生の頃を思い出せば楽しかったという人が多いと思うがもっと深く思い出してほしい。本当につらいこと、しんどいこと、思い通りにならなかったことはなかっただろうか? 本当に「いろいろあったけどいい思い出」の一言でまとめてしまっていいのだろうか? あの当時、そんなに毎日幸福感に満たされていただろうか? 私はそうは思わない。楽しかったことと同じぐらい大変だったこともあるはず。しかし時がたてば楽しかったことは大きくなりつらかったことは小さくなる。だからこそ「昔はよかった」で「近頃の若いものは」なんだと思う。 そういう私だって記憶の改ざんはある。3年前あれほど胃の痛い思いをしたヒッチハイクの旅が今ではすこしずつ「いい思い出だったのではないだろうか?」とか思いはじめてきている。しかし私はあの時私は心に決めていた「いつかこの日のことを"いい思い出"とか言い出す日が来るかもしれない。しかし忘れてはならない。記憶に残すべきは今回の反省点と改善点、そしていろいろな人に世話になったご恩という客観的な事実のみ。思い出にいいも悪いもない。生かせるか忘れるかだ。」 だから今でもいい思い出にしそうになると必死にクビを振る。でも多くの人は学生の姿に「若く楽しかったあの頃の自分」を重ねてるように見える。私に言わせれば多くの学生はキャリアアップや自分の将来や日本の今後もまったく関係がない。三無主義「無関心・無気力・無責任」という言葉はある面ではあたっている。大人にはなるものではなく、いつかなっているものだという感じだろうか。でも逆に多くの人は毎日のアルバイトのことを愚痴ったり、気の合う連れ合いと他愛もない話でもりあがったり、恋愛関係に悩んだり喜んだり。地域のため、社会のため、そして自分の将来のためなんていう大層なお題目よりそっちの方がよっぽど重要なのだ。しかし私はそういう学生が非常に好きである。テレビを見ては感想をコムレードの掲示板に書き込む、意味もなくチャットでおみくじを引いてみる、たまごかけごはん研究やクソゲーレビューををみてはバカだバカだと言いながら笑う。そういう些細なことが学生の幸せなんだと思う。確信はないけれど、少なくても私はそういうことが幸せだと思うから。だからコムレードをやっている。だから「学生はもっと社会に出るべき」とか「いろいろな経験をつんだ学生を育成し・・・」とかいう論調はどこか違和感を感じていた。島根の人はまじめな人が多いのでそういう堅いことを言う人が多くて「島根の人はサムライみたいだ」と言った覚えがあるけれど、どちらかというとサムライ側のだいぽさんが冒頭のようなことを言うのは意外だったので非常によく覚えている。学生が外に出てこない? 私に言わせれば、それは外が大層つまらなそうだから出てこないんだって。おもしろそうだと思ったら頼まれなくても出てくるって。コムレードだって自分が欲しいものばっかりそろえた。自分が楽しめないものを他の人に楽しめという方が無理だと思うから。だいたい好きじゃないと何年も続けられない。【2ちゃんねる速報】私が2ちゃんねるの特にニュース系の板が好きだからつけてみた。おかげで2ちゃんねる見る時間は格段に減った。【blogヘッドライン】自分以外の島根の人や島大生がどんな生活をしてどんな考え方してるのか見たかったからつけた。【みんなの予定表】手帳で管理するのは面倒でどうせ島大の学生なら生活スタイルなんて似たようなもんだから共用したらもっと便利になると思ってつけた。【イベント案内】学校内の告知見ても申込みするのがめんどくさくてスルーしたのがいっぱいある。WEBからの登録だったら自分だったらするから他の人もするかなと思って。登録が増えれば企画する側も参加する側としてもどっちにしても便利。素晴らしい。【天気予報】最近テレビみねーよ! 録画してる奴ばっかだよ! 天気予報とか録画するかよ! 録れたとしてもすでに過ぎてるよ!【名言】自分が感心した言葉は他の人も感心するだろうから。なによりランダムで表示されるのが楽しい。(ちゃんとボケもいれてあるから飽きない)(少なくても私は。)【チャット】一昔前は私もチャットでならしたものですよ。今は管理人だからあんまり無茶しないけど。(タイプが早くなったのは確実にその時のせい。)【意見が聞きたい!】本当に聞きたいから。【おしらせ伝言板】本当はオークションしたかったけど出品物と落札者が必要なだけ集まる見込みなかったからフリマとして個人間取引なら成立するかなと思って。なにより私がいらないものを処分したい。松江市内で手渡しなら送料要らない。【探検 ぼくまち】よく掲示板で「○○はおいしい」とか出てても「○○ってどこだよ! 口で説明されてもわかんねーよ!」と思ってたから。自分が1回生の時にもしあったらさぞ重宝しただろうなぁと思って。【あと、いろいろな掲示板】好きだから。他の人とつまんない話で盛り上がりたいから。なんでもないようなことが幸せだったと思うから。ロード第三章だから。ちなみに【ニュースFLASH】ちゅうそんに「写真がないと寂しい」といわれたからつけた。ただしこれは安定供給できる自信がないのでチョト不安。てな具合に自分が欲しいものをつけている。そして自分が欲しいものが他の学生の人たちにとって欲しいものだと信じているから。私の理念は「一に私がおもしろいと思うこと。二にそれが他の人にとってもおもしろいことだったら素晴らしい。(←いまここ) 三にそのおもしろさに感化されて他の人が私が想像もつかないおもしろいことをはじめてくれたらさらに素晴らしい」そして私が人に提供できる唯一のサービスは「おもしろいこと」だけだと思うから。そのためにコムレードをやっている。それ以上でも以下でもない。ただ一ついえるのは、おもしろいと思うには「おもしろいと一緒におもってくれる人がいる」ということ。一人で漫談をしていたところで何がおもしろいのだろうか。多くの人におもしろいと思わせるには観衆がいる。劇場がいる。そしてその劇場にコムレードがなれるか。多くの人におもしろいと思ってもらえるには、コムレードは大きくならなければならないと思う。1年前にコンソーシアム構想を打ち上げたけれど、あれも今考えると甘かった。締めが強すぎる。学生の皆はもっとシビア。クリック以上のことを期待しない方がよい。ぐらいに今は考えている。(余談だけど2ちゃんねる隆盛の理由は無記名だからだという評論を読んだことがある。人は名前をいれることすらめんどくさいらしい。事実、コムレードでも投稿が多いのは「ちょっと一言」と「ぜろちゃんねる掲示板」どちらも本文入力以外の操作を求めない) 必要なのは組織ではなく2ちゃんねらーのようにあるのかないのかわからない区切り。だと思う。リストなんて作れない、必要なのは本人の意識。2ちゃんねらーって誰よ? って言われたら答えられますか? でも確かに存在する。そうであって、そうでない。ハリネズミのジレンマじゃないけれど、今の世の中それぐらいのつながりがよいのかもしれない。では私はそれを目指そう。
2006.03.08
椎名高志という人の作品に『MISTERジパング』というマンガがあります。少年時代の信長と秀吉を主人公にしたコメディなんですがその中でものすごく印象的な一節があるのでご紹介。信長の命によって日吉(秀吉)を連れにきた犬千代(前田利家)、まぁちょっとしたスレ違いがあって日吉と一緒にいた蜂須賀小六とケンカになり腕っ節自慢の小六にノされてしまう。一番の舎弟を半死半生の身にされて怒った信長はすぐさま私兵をひきいて蜂須賀村を包囲、襲撃犯の身柄の引渡しを要求する。困ったのは蜂須賀一党。どこの大名家にも属さない蜂須賀は事実上、首領である蜂須賀小六の才覚だけで乱世を乗り切ってきた。いくら織田家の御曹司の要求とはいえ引き渡すわけにはいかない。しかし運悪く蜂須賀村に手勢はおらず、夜明けを待てばのろしで他の集落から援軍を呼べるがそれを見越している信長は「夜明け前までに返答がない場合は有無を言わさず攻め込む。そしてこの事件は織田家の力でもみけしなかったことにする」と宣言。窮地に陥った小六は信長の性格をよく知る日吉を交渉役(ネゴシエイター)に仕立て夜明けまで交渉を引き延ばすことを最後の希望とする。しかし、ここからの日吉の解決法がおもしろい。「普段の信長様だったら織田家の権威をかさにきるなんてことは一番嫌うはず。それなのにこうしているのは合理的なあの人のことだからたぶんそれが血を流さずに解決する一番の方法だと知っているから・・・、でも蜂須賀党が小六さんを差し出すわけないのはわからないはずないのに・・・ そうか! 信長様は犬千代さんをノしたのが小六さん本人だと知らないんだ! だからこんな強硬な方法で・・・」やがて蜂須賀村の門が開き、信長の前にでてきたのは能面をかぶった日吉。信長はそれが日吉であるとは気づかない。「どうした、犯人は用意できたか?」すると日吉は無言で首をふる。それどころかジェスチャーで何かを伝え始める。「・・・? ハチ? 蜂か! えーっと 次は、、、呑めない・・・『蜂須賀は要求を飲めない』って言ってるのか???」コクコクとうなずく日吉。信長はまったくしゃべらない使者に苛立ちながらも考えはじめる。「(コイツは口がきけねぇわけじゃなさそうだ・・・ ってことは考えろってことだよな・・・ 村全部を危険に晒しても守らなけりゃなんねぇ人間・・・ それって・・・ ま、まさか・・・ ヤベェ! そうだとしたらこんな強硬手段なんて逆効果以外のなんでもねぇ そしてここまで俺の思考を読める奴と言やぁ・・・)」「わかったぜ、蜂須賀党はどうしてもそいつを守るってんだな?」嬉しそうにコクコクとうなずく日吉(能面かぶってるのに・・・) すると次に信長が「ってことはお前が犯人だ! コイツをふんじばって連れて来い!」よってたかってボコボコにされた日吉が連れ去られ、ひきあげる織田軍団。側近が「若! これでよかったんですか?」というと信長は「コイツは俺の間違いを口に出さずに指摘しやがったんだ。誰だって人前で自分の間違いを指摘されりゃ面目をつぶされてカっとなる。そうなりゃあの場はどうなってたかわかんねぇ。一番いい方法は俺が自分で間違いに気づくこと。だからコイツはあんなまどろっこしいことをしやがったんだ。チッ、俺に小ざかしいマネしやがった罰だ。あれぐらいですんでありがたいと思え」私が「空気読む」ことを重く見たり、まわりくどい言い回しや比喩をよく使うのはそういう理由です。
2006.03.07
ちょっと落ち着いてきたのでひさしぶりに書いてみました。「IT時代を生き抜くキーワード」【静的生成と動的生成】ITオンチだなぁという人は読んでみてくださいな。
2006.03.06
なんでもプロが書くものはおもしろい。ただこれは逆に専門家病というか自己満足病というか読まれることを意識していない文章も多い。その中でこのブログはおもしろい。もう2~3年は読んでいるのだけど、専門的なことのを書いているのにスラスラと読めてしかも読後の感じが非常によい。おもたいブログが乱立しているけれど、ものを書くならこうありたいものだ。Web屋のネタ帳http://neta.ywcafe.net/
2006.03.05
何度かかいたかもしれないけど私はかなりの味オンチ。というか何を食べてもおいしい。なので親には「お前に高いものを食べさせると損だ」といわれてきた。じっさいその通りだと思う。確かにたまには高い物を食べたいときもある(それもまわる寿司とかちょっと高めのカレーとかだけど)けれど基本的に食べ物はそう変わったものでなく、自分がおいしいと思えていればなんでも良い。世の中得てしてそんなものだと思う。高い料理を食べて「これは素晴らしい料理だ。」「生きていて良かった。」という人もいるけれど私の感想はやっぱりゴディバのチョコレートみたいに「おいしい」だと思う。もともと素晴らしい料理を食べて感動できる舌などもちあわせていない。どっかの本に書いてあったのだけれど私達は食べるために生きているのではなく、生きるために食べているのである。どんなにおいしいものを食べても、その食べ物によって得られた活力を何に使うかが肝要なのではないだろうか。だから少々脂肪をもてあましているような私には贅沢品など不必要、しばらくは摂生に努めるつもりだ。そしてなにより今の私は毎日無事出会うことができる白いご飯が何よりありがたい。私に大人の味がわかるのはまだまだ先のことだろう。
2006.03.02
新生ComRadeへようこそ! ふりかえれば暫定と銘打ってトップ画面を全面リニューアルしたのは去年の3月。「すぐに正式版に差し替えますよ」と言っておきながら1年放置するという暴挙を成し遂げた運営なんですが、ようやく正式版に差し替えることができました。暫定版を立ち上げた時は「たまごかけごはんシンポジウムなんてどんだけ先なんだよ!」と言った感じでしたが今は「いつの話だよ!」という風にまでなり、もはや毎日見る景色と同じように慣れてしまったもの。しかし、今日から新しいComRadeがスタートします。 思えばCMS(コンテンツマネージメントシステム)であるXOOPSの導入を決意したのが去年の12月末。「やりますよ」といいながらなかなかやらない"やるやる詐欺"と言われて久しい運営も今度ばかりは裏でしっかりやってました。勉強と実験をみっちり繰り返し、さらに島根大学の卒業生で新進気鋭のデザイナーさんのご協力を得たうえ2ヶ月かけた今ようやくみなさんにお見せできるようになりました。実はまだちょっと細かいところは作りこみが甘かったりするのですがそれはボチボチやっていきます。ComRadeができたのが2003年3月(何日かは忘れた)ですから今日から4年目。サブタイトルもあらたに「しまねの学生コミュニティサイト」とし、都市の一流大学には必ずある「学生ポータル」を目指して生まれ変わった新生ComRade。どうかこれからもよろしくお願いいたします。2006年3月1日 管理人SEIJIComRade-島根の学生コミュニティサイト
2006.03.01
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