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なぜかクリスマスの日は『壬生義士伝~新選組で一番つよかった男』を見てました。数年前テレビ東京でやっていた正月時代劇スペシャル(なんと8時間)で渡辺謙主演のお話です。インターネットで「泣ける!」「吉村カッコいい!」と大絶賛の嵐だったので見てみたかったのですがついに見ることに! (でもなぜクリスマスの日に・・・)アリオンで借りれます。見たら感動。伊原剛志の土方カッコいい! むっちゃハイテンションの筧利夫の竜馬おもしれー! ちょっと歳くいすぎだけど金子賢の沖田総司もあれはあれでなかなか! ッてな具合でモロはまりです。 しかも新選組の最大の見せ場、「滅びの美学」がしっかり描かれていてそれがうれしかった。その点は大河ドラマ以上。ちゃんと北海道・五稜郭までやってましたしね。おかっぱ頭の土方は少し笑えましたがそれ以外は満点。幕末熱、未だやまず。実家で長らく放置していたPS版『維新の嵐・幕末志士伝』をやりはじめました。フリーキャラに私の名前をつけて。いろんな意味でPS版は超マゾゲーなのですが、PC版にはない新選組加入シナリオがあり、しかもこんなことを言われたらやめられません。親しくなるとちゃんと愛称で呼んでくれます。副長、どこまでもついていきますぜ!
2006.12.31
エフエム山陰、毎週火曜日の22:55からの5分間の番組「タノシマネヴァ シマネユニヴァ!」19日の放送分に私がまた出させてもらっています。今回はクリスマスの話題です。ただオープニングのアレはやはり私が言うべきでは・・・まぁまぁ忘れることにしましょう。・・・。
2006.12.14
『行動するのは自分、評価するのは他人』私が通っていた研伸館予備校の日本史のテキストに載っていた言葉。勝海舟の言葉からとったそうです。明治の論客、1万円札でもおなじみの福沢諭吉は元幕臣でありながら明治新政府の高官におさまっている榎本釜次郎(武揚)と勝安芳(海舟)に対して「両名は徳川家の恩顧を忘れ薩長に仕えるなんとも"痩せ我慢"を知らぬ人物である」と痛烈に批判しました。それに対して勝海舟が送ったコメントが『行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。我に与からず我に関せずと存じ候。』です。現代語に訳すならば「出処進退は自分のものだ、それを貶したり褒めたりするのは他人の勝手で、自分には関係のないこと」私のそれまでの価値観では福沢諭吉が言う"痩せ我慢"を貫き通し、崩れゆく幕府のために戦いそして死んだ幕臣達、特にその典型である土方歳三こそが男の理想なのだと思っていました。しかし、あの時代、死を選んだ方がラクだったのかもしれません。当時随一の見識を持っていたと思われる福沢諭吉ですらこうなのですから当時の人からの批判・非難はすさまじいものだったでしょう。しかし彼らは生きることを選びました。そして榎本武揚はその命で新生日本に尽くし続け樺太・千島交換条約の締結など数々の成果をあげました。また勝海舟も明治天皇と徳川慶喜の邂逅をなしとげるなど旧幕臣の名誉回復のために尽力します。そして二人とも共通して旧幕臣達に対して多額の金銭的な援助を行い続けました。美しく死んで自分の矜持を貫くか、醜く生きて自分のなすべきことを行うか、結局のところこの二つには大きな違いはないのです。サイバーエージェントの藤田社長のブログにも似たようなことが書いてありました。>私は、大学時代に広告代理店でアルバイトをしていた時に、>可愛がってもらっていた役員の方から、>「藤田、自分なりの見識をもたないやつはただのバカだぞ」>そんなアドバイスをしてもらい、経験も知識も少ないながらも見識を持ちたいと思った。(省略)>仕事をする上で、顧客の声に耳を傾けること、素直であること、>柔軟であることは、超重要能力なのは言うまでもない。>しかし、それと相反するようですが、>上記を兼ね備えた上で最終的には、>自分なりの見識をもってやりとおす強い意志>それが必要だと思います。>自分の頭で考え、自分の意思で結論を出す。やりとおす。>素直で柔軟でありながらも、それが大事。渋谷ではたらく社長のアメブロ 2006-11-11 『見識』http://ameblo.jp/shibuya/entry-10019762321.htmlこれを"痩せ我慢"と評していいのかわかりませんが、少なくても「自分で決める」ということは男が生きるうえで最も大切なことなのではないでしょうか。
2006.12.11
自分で決めたこととはいえ、正直しんどい・・・
2006.12.10
私は酔うと人を傷つける言葉を平気で言うらしいので、それに気づいてからはひたすらにお酒はひかえてきました。(もともと甘党なのでアルコールのあの味がキライで仕方なかったというのもありますが・・・)ただ、今日は少し調子にのって飲みすぎました。そして少し恥ずかしいことを話しすぎた気がします。つまらないお話を聞いた人はできればココロの中にしまっておいてください。そして私に傷つけられた人は遠慮なく言ってください。気づかないことは反省のしようがないので、お互いのためと思ってぜひ。私はギャンブルもしないし、タバコもすわないし、お酒も飲めない。自分でもつまらない男だなぁと思います。なんか趣味持とうかな。
2006.12.09
起業家スクール6期の野津さんプロデュースの冷蔵庫の畑プロジェクト第一弾。大田まで行って噂の洲浜さんの牧場を見てみように参加してみました。噂にはかねがね聞いていて、洲浜さん本人のお話もけっこう聞いていた自然放牧の牧場。ついに行ってきましたよ。洲浜さんは県立大学の学生さんだったのですが第3期の起業家スクールで自然放牧からなる酪農のビジネスプランを発表、そのプランでシックスプロデュースという名前で起業されたえらい人です。この洲浜さん、死ぬほど人がいい。ヨン様もびっくりな素晴らしい笑顔で物腰もやわらかで、他人にケチをつけさせたら日本一という私をもってしても文句のつけようないぐらいのいい人です。で、そんな人のいい洲浜さんが経営してられる噂に聞く農場を見てみたのですが・・・実は私は世に言う有機とか自然とか環境とか言う言葉があまり好きでありません。人間しょせんどんなものを食べていようが80年前後で死ぬ。それならば食べたいものを食べて好きに生きよう。そして、この世を支配しているのは経済。経済の原則を無視した理想などザレ言。市場にて競争力を持たない商品など自己満足でしかない。という考え方なので。ただ逆に有機や無農薬など手間のかかるやり方でビジネスラインにのせている方とかはやっぱり尊敬します、がやっぱり「やせ我慢はカラダによくないぜ。」という気もせんでもないです。しかし死ぬほどのんびりした牛を前に洲浜さん、というかシックスプロデュースのお話を聞くとちょっと考えかわりました。というかおっしゃること全て理に適っている。つまり農法の違いとは、結局のところ単純に「死ぬほどコストをかけて高生産性を目指す」か「まったく手をかけず低生産性でまわるようにする」かの違いでしかないよ。ってこと。で、もっと大切なことは日本の場合監督官庁の違い、つまり縦割り社会の弊害で「農業」と「商業」が驚くほどまったく別の系統になってしまってその辺に矛盾がきてんだよ。というお話。確かに私は有機とは「求道者達の試練」ととられていたのですが「ビジネスとして当たり前のもう一つの側面」ということをすっかり忘れてました。最近、学校の宿題とかで「近代農法」か「古典農法」か、みたいなことを結構考えていたのですが、こんなところからもひとつ勉強になってみたり。ただ有機を諸手を挙げて賛成するわけじゃないです。全農業があんな感じになると私みたいな貧乏人は作物が食べれなくなります。食べ物は毎日食べるもの。ゆえに1円、10円のコストで死ぬほど変わってくるので高生産性というのは農業の宿命ともいえるでしょう。ただ、多様性のない産業というのも甘っちょろいザレ言と同じぐらいキライです。だから本当に注目すべきはシックスプロデュースの語源ともいえる「農業」と「商業」の融合ではないかな、これに気づいただけでも収穫でした。スイマセン、ちょっと洲浜さんのことロマンティックな理想家だと思ってました。今では反省しています。この内容、たぶん本や人づてに聞いても納得しなかったでしょう。見たからこそわかること。今更ながら実感しました。野津さん、いい機会をありがとうございました。スケジュールや細やかな気遣いを含めて素晴らしい企画だったと思います。次回も可能ならぜひ参加させてくださいな。あと忘れてはならない、縄文屋。正直今の心情ではモノ食べる余裕はなかったのですが、つい食べ過ぎるぐらいおいしく、素晴らしい雰囲気でした。ちなみに洲浜さんの牧場でとれた100%有機の牛乳はラパンで売ってます。本物を知る人はぜひどうぞ。
2006.12.09
今日はスナフキンのクリスマスライブを見てきました。すっげー人。100人超えてたらしい。みなさん歌も演奏もお上手ですね。SMAPの『オレンジ』とか身につまされてました。最後にはおかしもらいました。スナフキンの評判がいいのがわかった気がします。出不精な私にしては珍しくまた来たいと思いました。ただ約束したとはいえ一人で聞いているのはせつなかった・・・。
2006.12.08
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