シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年04月19日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 シュタイナーの血の講義を読むと、人間の血が、堕天使ルシファーたちとアーリマンたちによりつくられていることがわかる。

 それは、この人間社会で生きていくには、貨幣が必要であることと表裏一体となっているといえるだろう。

 つまり、人間は、穢れた血や汚れた貨幣との付き合いなしでは、生きていけず、存在することができないわけである。人間は、悪との付き合い無しでは生きていけないのである。

 しかし、実は、そのことが、人間をして、人間足らしめていることで、人間が、悪を克服し、善に転化し、自らを教育し、そこから道徳、モラルを学び、進化していく生命の杖となるのである。

 悪というのは一時反映するが、後に残され、消滅していくものだからである。善というのが悪のなかから選りすぐられ、宇宙を育む永遠の法となっていくわけである。

 シュタイナーは、堕天使ルシファーと、アーリマンという存在がいるお陰で、その均衡、バランスの下に、キリストの働きが存在できるとも説いているのである。善は悪があるから、善でいられるわけなのである。

 そして、元々、そのような消えていく堕天使という存在を生んだのも、善なる神々なのである。悪のお陰で、自分が何者であるかを判断できる。つまり、悪は、知恵の実なのである。

 人間は、知恵の実を食べた為に、血が汚れ、悪と付き合わざるを得なくなり、苦しみを知り、死というものを知り、その恐怖を知るに至ったわけである。

 苦しみや死を乗り越えることは、各自の人生の生き方、精神に委ねられた。



 ■金持ちの議員

 ある議員が、イエスに、「善い先生、何をすれば永遠の命が得られるのか」と尋ねた。

 イエスは言った。「なぜ、私を『善い』と言うのか。神以外に、善い者はいない。

『姦淫するな。殺すな。盗むな。偽証するな。父母を敬え』

 という掟(十戒)を、あなたは知っているはずだ。」

 すると議員は、「そういうことはみな、子供のときから守ってきました。」と言った。

 これを聞いて、イエスは言った。

「あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物を全て売り払い、貧しい人々に分けてあげなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、私に従いなさい。」

 しかし、その人は、これを聞いて非常に悲しんだ。大変な金持ちだったからである。

 イエスは、議員が非常に悲しむのを見て、言った。

「財産のある者が神の国に入るのはなんと難しいことか。

 金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」




 イエスは、 「人間にはできないことも、神にはできる」 と言った。

 すると、ペトロが、「このとおり、私たちは、自分の物を捨てて、あなたに従ってきました。」と言った。

 イエスは言った。 「はっきり言っておく。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子供を捨てた者は誰でも、

 この世では、その何倍もの報いを受け、後の世では、永遠の命を受ける」




 イエスは、この世での、血縁関係を捨てた、つまり絶った者は、最終的には、もはや、この世の存在ではないから、神の国の永遠の命を受けるといっているわけである。いわば、人類全てが兄弟の存在になれば、特定の血縁関係の利益に拘ることはなくなるといっているわけである。

 つまり逆説的にいえば、特定の関係を増やすのではなく、特定の関係を捨てること、独立することが、永遠の命に適うといっているわけである。なにより、孤独に打ち勝つことが、最も、永遠の命に適う道に近いといっている。

 人間は、孤独を恐れるが故に、特定の関係を結び、束の間の、この世に安住しようとするが、夢や幻に、安住することなどできはしない。

 だから、金持ちは、最も永遠の命を手に入れるには、難しい存在で、いわば、永遠の命からの脱落者なのである。

 確かに、人間であるなら、いま生きるには金が必要であり、それをすぐには捨てることはできないだろう。しかし、神ならばできると、イエスは断言しているわけで、ここに人間と神との大きな差があるというわけである。神は、少なくとも、自立した存在で、というか、神は、この世の存在ではない。この世を含んだ全体の存在なのである。

 さて、いきなり、なかなか金を捨てて、キリストの教えに従い生きることは困難であるから、つまり、神の国のために、血縁関係をも絶つことは困難だから、この世で生きている限り、その何倍もの報い、つまり、試練や苦悩、苦痛を経験すると、イエスはいっているわけで、その何倍もの報いという経験を糧に最終的に、自らのなかの悪を駆逐し、克服し、その人は、永遠の命を手に入れることができると、はっきりと言っている。

 この最後のイエスの言葉は、カルマの意味を説いている。その人が、人生のなかで、この世的な悪を、天に持ち込むことはできず、それは地に返して、死ななければならない。次の転生に、自分が生んだその悪を何倍もまた背負って、新たなる生を迎えることになる。

 そうして、何度も、この世での悪を善に転化していく仕事を担うのである。そして、この世に捨てるものが、なくなったとき、もはや、束の間のこの世の夢や幻を生きることなく、天国の門が開き、永遠の命を手にいれるというわけである。

 だから、金持ちは、益々、天国には入れない、入れてもらえない存在といえるのである。」

 金持ちよ、はっきりといっておく、貧しい人々に施さずして、生きるなかれ。金持ちは、金がなければ生きられない陳腐で束の間の存在であることを自覚すべきであるぞ。

 金稼ぎのための現代の投資家は、地獄へと邁進しているのである。虚業を行うなかれ!! 





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Last updated  2008年04月19日 09時53分50秒
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