シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年07月11日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 イギリスの国民性をバイキングに求めるとなぜだか非常にわかりやすいから不思議でもある。

 この本にも、サッチャー元首相はバイキングの末裔であるのが、バイキングの末裔は、老いると、指先が曲がってくるエピソードで語られている。

 略奪ばかりしていると、指が曲がってくるのは、日本の、嘘ばかりつくと、口がひん曲がるという言い伝えを表しているようで面白い。

 昔の日本人が、最初はポルトガル人だが、イギリス人たちを野蛮な南蛮人と呼んだのは、何より体臭の臭さにあったのではないかと思う。南蛮人たちが、日本に来た理由は、日本の貧しい家の女性を奴隷として密貿易したという話もあるくらいだ!

 しかしまぁ、イギリス人を一言でいうと、抜け目なさ、を感じさせる。イギリス人にも、間抜けな人は沢山いるだろうが、少なくとも善良なる紳士には思えない。

 紳士の振りを抜け目なくしている、といえるかもしれない。

 さて、随分と脱線しながら、この本に触れてきたが、前半の第2章は医療の違いが書かれている。

 イギリスの医療は基本的に無料だが、経済的問題からコスト削減のせいで、勤労意欲に乏しい医療関係者が増加して、患者は、長い間待たされた挙句、手術がキャンセルされたりと酷い状況にあるという。著者によれば、30年前は、それでも国家の財政が良かったのか、著者の第1子の出産の対応は非常によかったという。

 勿論、ある程度の金銭を出せば、それなりの医療を受けられるそうだ。つまり、無料の杜撰な医療と、有料のそれなりの医療というように、医療が二極化しているという。



 著者は、イギリス医療の欠点しかみえていないので、日本の医療を絶賛しているが、日本の医療の問題点をみれば、どちらも同じといえるだろう。

 イギリスの医療では、老人は放置されるというが、金銭がなければ、日本の医療も、老人は放置される。

 とどのつまり、医療福祉に関しては、どこの国も似たような状況で、国家の経済的支援がなければ、疎かになるのは当然の成り行きといえるだろう。

 純利益をあげない医療福祉が、経済的問題で真っ先にカットの対象になるのは、どの国も似たようなもので、深刻になればなるほど、政治家たちは目先のことしか考えなくなるわけだ!

 医療の実情は、アメリカが非常にわかりやすい。完全に二極化している!

 だから、医療の比較は、国家財政の比較ともいえるが、意外なことに、ネットでイギリスの医療への財政支出を調べると、それなりに予算が割り当てられているから不思議である。問題は、医療の効率化や市場原理の導入にあるように思われる。

 医療に経済を導入すれば、金儲けに走るのは当然の成り行きなので、様々な病気が生み出され、最新機械を導入したコストのかかる検査が組み入れられる。

 酷い表現であえていうなら、坊主に墓代と戒名を言い値で委任するようなものである。そもそも、霊能力のない坊主に、成仏を委任する位に愚かなことはないだろう。つまり、病気に値段をつけ、セリを行うようなものなのである。だから、アメリカでは、胴元の保険屋が一人勝ちしているわけである。

 つまり、個別医療という名の分極化、つまり二極化に問題があるように思える。

 この二極化をなくすには、病気に罹ったら、なるべく自分で治すことを心掛けるしかない。もし、死んでも、寿命だと開き治るしかない。どんなに金銭をかけようが、人間最後には死ぬのだから。そのことに気づくのにどれだけの時間と金銭を費やすか、でしかない。

 さて、この本の中盤ともいえる内容は、子育ての比較に紙面が割かれている。子育てに関しては、イギリスの子育ては、昔の日本を思い出させる。



 自立心の育成は、何もイギリスの教育と比較する必要もなく、日本では、現代教育の問題点として、前々から指摘されてきたことである。悪しき「ゆとり教育」も確か、目的は自立心の育成にあったと思うが、あまりに自由にさせられると、子どもは先を考えずに、今だけ考え、大方、自分を甘やかしてしまうものだ。そして、社会に適応できない人間になってしまう。

 要するに、躾の教育が等閑にされてから、自立心が育たなくなったことは確かである。自立心とは、大人に対する反抗からはじまるからだ! 

 反感からやたらめったら反抗するのは大人社会から無視されるだけで、反抗の仕方を教えてやらないといけない。簡単にいうなら、反抗の美学を表現しないといけない!

 その点、イギリスの教育は、確かに洗練されているようにみえる。なにしろ、イギリスには歴然とした階級差別が存在しているようなので、階級別の反抗の仕方が自然と身についているようにみえる。イギリス人の悲しいところは、階級を超えてまでの反抗がないことである。

 この本にも書いてあるように、だから言論の自由だけが認められているようである。



 そのための教育、躾が、現代の日本からは欠けているから、自立心が育たないように思える。

 すなわち、ヘーゲルの弁証法でいう正反合のアンチテーゼのやり方である。

 イギリスの言論の自由や、フランス人の議論は、このヘーゲルの弁証法が根底にある。ただ反抗するのではなく、お互いを認め合うための反抗であり、そして結果的に、アウフヘーベンによる自立心を育てるためである。

 昔の日本の教育の躾や礼儀には、それがあった!

 しかし、西欧と異なるのは、議論ではなく、行動でしめす処なのである。

 話は少し変わるが、イギリスの音楽のロックンロールには、大人に対する反抗心がよく表現されていたように思える。通称ブリティシュロックは、商業主義への反発を起源としている。実際、イギリスの階級主義も、元は漠然とした中世の住み分け制度に、商業主義が台頭し、差別化されたようなものなのだそうだ。

 商業主義による物質主義に対する精神主義が、イギリスの心霊主義と結びついて、どこか鬱屈した暗さを感じさせるブリティシュロックを表現している。

 そのような芸術性、美術性が、日本の教育には欠けていることは確かである。

 しかし、最近、集団行動や新体操をTVでみて、これからの日本の若者の反抗の美学は、このなかにあるのではないか?と思うようになった。

 集団行動や、新体操によって、デモを行えたら、なんと素晴らしい反抗の美学なのではないだろうか?

 イギリスやアメリカと異なり、日本には、残念ながら反抗の美学がない。これは、この本の著者にいわれるまでもなく、日本の大人たちの教養のなさ、哲学のなさにあると思う。一見すると、日本人には、自分の人生を表現する芸術性に欠けているようにみえるが、アニメーションやお笑いなどをみる限り、その潜在能力の高さを確認できるが、あくまで仮想の世界であって、現実性に乏しい点で、やはり日本の大人たちの責任だろう。

 可能性をもつアニメやお笑いを、日本のマスコミの下らない商業主義、物質主義は、現実性をもたせないまま、官僚のやるような自分たちの都合のよいように骨抜きにし、精神性を抜いて、奴隷にするマスコミのやり方には心底吐き気がする。この国のマスコミほど下らないものはない!

 それを若者は深層心理で感じるから、この国の可能性に期待感がもてないのだろう。同時に、日本の若者の未知の可能性を奪ってしまっているからだ!





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Last updated  2012年07月12日 12時00分05秒
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