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~~~~~ストーリー~~~~~内田真貴子(鈴木京香)は、亡き父・内田守の遺言を果たすために、鹿児島県・枕崎を訪れる。戦艦大和が沈んだ海に散骨をするために...大和乗員の生残りである老漁師・神尾(仲代達矢)は、上官であった内田の養女と知り、漁船「明日香丸」に彼女を乗せ、東シナ海の大和沈没海域へと向かう。神尾の回想という形でストーリーが展開されていく。当時15才だった特別年少兵・神尾は、昭和19年2月、大和へ乗り組む。厳しい訓練を受けながら、出撃命令が下りるのを待つ。そんな神尾らの前に現れた機銃射手である内田(中村獅童)と烹炊(ほうすい)所の班長・森脇(反町隆史)。深い友情で結ばれたこの魅力的な二人の男たちに神尾ら年少兵たちは尊敬の念を抱いていく。10月、レイテ沖海戦に出撃した大和を、米軍戦闘機の容赦ない攻撃が襲う。年少兵たちにとっては初めての実践だ。戸惑いと驚きと興奮と悲しみ。何人もの仲間を失い、激しく傷ついた大和だった。事実上連合艦隊が壊滅に追い込まれたこの戦闘で、内田は重傷を負い戦線離脱、呉の病院へと送られる。20年3月、沖縄戦前の最後の上陸を許され、男たちはそれぞれに愛する人のもとへと散っていく。離れ離れになっていた母親と対面する澄夫、まだあどけなさの残る幼馴染み妙子と別れを惜しむ神尾。死を覚悟した男たちの、あまりにも短く切ない一夜だ。また、内田も馴染みの芸者との最後の逢瀬を経て、軍法違反覚悟で病院を抜け出し大和の一員となった。4月1日、遂に沖縄への特攻の命が下りた。6日、大和は行く先をごまかすために針路を東シナ海にとっていたが、翌7日、米軍に察知され激しい攻撃にさらされる。3000人余りの乗組員たちの、必死の闘いが繰り広げられた。覚悟を胸にした各々の持ち場での壮絶な奮闘もむなしく、沈まない戦艦・大和も遂に海原にその姿を没していった。~~~~~~~~~~~~~~~~~~戦後60年ということで、様々なメディアで特集が組まれ、ドラマや映画もたくさん作られた。どれも強いメッセージがこめられたものであり、戦争を知らない私たちにも、充分過ぎるほどに悲惨さが伝わり、二度と繰り返してはいけないものだということを教えてくれる。戦艦大和に焦点をあて、乗組員それぞれのドラマをみせてくれたこの映画は、まさに反戦映画だと思う。戦争というものが、結果、何を生み出し何を残したのか、あらためて考える。今現在でも戦争責任をめぐって、憎しみ合い罵り合い、国同士の論争が止まない。加害者にも被害者にもなるのが戦争であるならば、人類の愚かさを顧みて、平和と鎮魂への祈りを常に心にもって、これからを歩いていくべきなのではないだろうか。戦死した父と兄、母を空襲で失い、広島原爆で幼馴染み・妙子を亡くした神尾は、愛する人たちを誰一人守れなかったことを胸に、戦後を一人で生きてきた。尊敬する上官である内田の娘に出会ったことで、大和が沈んでいる海上に立ち、あらためて戦友たちと対面した。バイクを買うためにアルバイトで「明日香丸」に乗っていた少年・敦の顔が、船長である神尾の話を聞いていくうちに変貌していく。今15才である彼にも、戦時下での船長の少年時代の想いが伝わったのだろうと感じた。余談だが、神尾が妙子と最後に別れるシーンで「私、広島の軍需工場へ行くの。私も頑張るよ」と妙子が言った。『父と暮せば』を思い出し、あの時に妙子もあそこにいたんだなあ...と思った。いくつかの作品を観ていると、こうしてストーリーが立体化してくるような気持ちになり、それぞれの作品に奥行が出て来る。止まらなくなる涙も、こんな見方が反映しているのかもしれない。それにしても、中村獅童&反町隆史のステキだったこと。こんな言い方をすると、軽く思われるかもしれないけど、男っちゅうもんはこうでなくちゃ! と思わせてくれる。渡哲也や仲代達矢、林隆三などベテラン陣もかなりの貫禄だったけれど、この二人の存在感はすごい。映画界も世代交替の時期なのかなあなんてことも感じた。あ、それと、長嶋一茂、武士道に精通している大尉でかっこいい役やってた。すっかり俳優さんだね。長渕剛の歌にのせたエンドロールで、席を立つ人が誰もいなかった。会場が明るくなるまでみんな動かないの。こんなこと初めてだったなあ...私はタオル地のハンカチがびしょ濡れになってしまった(^^;) 観にいく方は、くれぐれもハンカチをお忘れなく。男たちの大和/YAMATO 公式HP
2005年12月30日
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【12月9日の給食】コッペパン・牛乳やきそば・フランクフルトのケチャップ煮ほうれん草とポテトのソテーエクレア給食に地元の野菜を使用するようになって、四ヵ月。12月はほうれん草だ。おいしいほうれん草を作っていらっしゃるのは、古河市大山で農業を営まれている秋庭千登世(あきばちとせ)さん。北島酒店の南側で野菜を栽培されている。秋庭さんとほうれん草 10月10日ころに種を蒔いたほうれん草が、給食に出される12月には、大きく立派な姿に育って美味しく食べられるようになる。農家の方々の努力のおかげで、私たちはいつでも美味しいほうれん草を食べることができるが、栄養価が高まり、おいしさも増す旬の季節は冬。霜にあたって甘みが増すと言われている。ほうれん草の畑ほうれん草はとても栄養価が高く、緑黄色野菜の代表。なかなか摂りづらいカロチンやビタミンC、鉄分を多く含んでいるため、抗酸化作用があると言われ、発ガン性物質の毒性を軽減して、がん予防や動脈硬化を防ぐ作用もあるとされている。またカロチンとビタミンCの相乗的な効果で、肌荒れの防止、かぜ予防にも有効。切りとって捨ててしまうことの多い根元の赤い部分には、骨を丈夫にするマンガンが豊富に含まれている。とても甘くてほうれん草の美味しさがギュッと凝縮されているような味。私は大好き♪ 捨てずにちゃんと食べよう。ビタミンB1・B2、カルシウムなどの不足しがちな栄養素を含んでいて、消化もよい食材なので体質改善や病人にもいいし、柔らかいのでお年寄にも食べてもらえるね。なによりくせがないのでどんな料理にも使いやすいのが嬉しい。今回、給食にほうれん草を提供してくださる秋庭さんは、お米を作ったあとにビニルを引いて種を蒔き、二毛作をしている。「古河市は合併で広くなったけれど、このあたりは土地をうまく活用しないとね。少しずつ収穫の時期をずらして、価値のあるものを作り続けているんだよ」と秋庭さんはお話してくださった。ほうれん草作りには、野菜が雨などで汚れないように「マルチング」(土の上にビニルをしく)という手法が用いられている。幅120cmくらいの長いビニルに、一列6つの穴をあけ、それぞれの穴に3つの種を蒔いているそうだ。「いろいろ工夫して収穫を高めているんだよ」と秋庭さんは言う。選別し、量って、袋に詰めていく 秋庭さんはトマトも作っておられる。ハウスの中で栽培しているが、防虫には虫除け用の紙をぶらさげたり、地面には「ぬか」をまいて、農薬を使わないように野菜の病気を防ぐ工夫をされているとのこと。農業に携わる人も試行錯誤を繰り返し、安心して食べられる野菜作りに挑戦の日々を送っておられるのだなと思った。トマトのハウス・虫除けが下がっているのが見える「ほうれん草とポテトのソテー」は、素揚げしたジャガイモとボイルしたほうれん草、ベーコン、コーンをバターで炒めて作る。子供たちの好きな食材を使って、野菜を残さずに食べられるよう、栄養士さんも献立に工夫している。新鮮であまみのあるほうれん草、とてもおいしくいただいた。子供たちもよく食べていたよ。1月には、「ちぢみほうれん草」という野菜が登場する。普通のほうれん草とちがって横に開いた状態になっているので、たっぷりの太陽の日を浴びて、濃緑色で光沢の良い葉は、厚みがある。従来のほうれん草よりかなり甘味が強いそうだ。茨城県をはじめとする栃木や群馬など、北関東で栽培されているという話。どんな料理になって登場するか、来月も楽しみだね。
2005年12月09日
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