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PCはずっと会社で使ってはいたがインターネットを個人的に始めたのは2年前から。この楽天HPを始めてからは10ヶ月が経つ。最近PCの様子がおかしいなぁ(詳細はネットライフの落とし穴を参照のこと)と気づきセキュリティ関連のリサーチをしていたらあまりの自分の無防備さに背筋が凍る思いをした。なんたる無知!ネット初心者とは私のことだ!PCを会社で使い慣れていただけに「あたしゃ初心者とはちゃうのさ」という奢りがあったのは確かだ。もし私がネットデビューの際にPC使用そのもの初心者であったらもっと謙虚にセキュリティに関して「学ぶ」努力を怠らなかっただろう。その肝心な「学ぶ」努力を怠った結果がこれだ。*使用OSのアップデートを2年間してこなかった。かなり重要な脆弱性が警告されいたにも関わらず!だ。*ウィルスチェックはPC購入時(つまり2年前)にインストールされていたNorton AntiVirus2001を半年に1回使うくらい*つい最近SPYBOTというSpyware撃退ソフトを知り時折チェックしては「ひえ~こんなに危険部分が発見されちゃった!」とその都度削除。(そのほとんどが膨大に蓄積されたクッキーから発見されている)こんな状態でHP公開したりネット決済したりダンナにエッチなサイト閲覧許可したりしていたの?勇気あるというか無知とは無敵だ!ということを身を持って知った愚鈍な自分を恥じている。取り急ぎPCをクリーンな状態にして、キチンとプログラムの脆弱性を修復した最新版をアップデートして、OSセキュリティの設定もちょっと変更して警告が出るようにして、最新のウィルス対策とファイヤーウォールを設置した。いやはや遅ればせながら気づいてよかった。でもまだまだ至らない部分があるのだろうか?お気づきの方いらっしゃったら教えてください。
2003.06.29
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芥川龍之介大全集。10年くらい前にペーパーバックのような粗悪な紙で出版された「ザ龍之介」を引っ張り出してランダムに言葉を堪能しながら読み返している。高校生の時にかなり傾倒したが、その時とはまた違った印象や解釈ができて楽しい。なんと哀れな傲慢さ!己の醜悪を痛々しく断罪するロマンチスト。ヒーローは色褪せない。The indispensable CALVIN AND HOBBES現代のWinnie the poohと私は感じる。純粋でせつなく残酷でコミカル。大人になるって、こういう気持ちを捨てることができるってこと?Hail to the theifこんな程度なの?いや~こんなもんじゃないハズでしょ?確かに聴きやすく良曲多くて万人受け、でも正直言ってこれはReadioheadである必要があるの?無くないか?Magnet "on yourside"もう最近はこれだ。ノルウェー出身のロマンチックなカウボーイ。夢見ごこちの浮遊感、目覚めたくない、だって現実はいつだってあんなに過酷なんだもん、あと5分あと5分。。。。という感じ。今夜もベッドで聞きながら眠ろう。
2003.06.25
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未だに東京裁判並みの茶番がまかり通っているかのようなIWC(International Wheling Commition)会議。どれだけ科学的データを伴って礼儀正しくアプローチしたところで、全てが却下却下。単なるイジメじゃん、これって。西洋至上主義の奢りから彼らが脱却しない限りは平行線のままだね。ベルリン会議主旨要約もうさ~アンタら充分西洋化したんだから、いつまでも子供みたいにクジラなんて食べてないで私達と同じく牛豚鳥とかの家畜肉食べてればいいじゃん。もっと洗練された食文化を持ちなさい!だってクジラは私達が昔乱獲した結果絶滅の危機に瀕してしまった哀れな「高等哺乳類」なんだからさ、私達が保護してあげなきゃなんないんだって。魚とちがうのよ、クジラは。高~い知能をもっているの!そういう動物を胃を満たすためだけに殺していいわけないじゃない。これが正義。正義はゆるがないの!何言っても駄目駄目。正義は正しいんだから。調査目的の捕獲を続行?:ノンノン!それは調査目的の隠れ蓑の影でバクバク食べるための商業目的でしょ。クジラ捕獲減少により生態系に悪影響?:ノンノン!そんなデータは必要ない。クジラのみならず海洋生物の数減少が確認されてるからクジラだけが特別ではない?:ノンノンそれは言い訳。ところで唐突で悪いけど、この私達の会合は今後どうやって野蛮な民族から愛くるしいクジラをまもるか会議にするからね、そこのジャップからも分担金たっぷり徴収するよ。良心ある人道的に正しい若者の意見「日本人が今でも鯨やイルカを殺し、その肉を美味として珍重していることは野蛮であり非人間的である。思考する存在である人間がこの問題を不問に付しているなら、私はあなたの、思考し感じる能力を否認する!」偽善の押し売り。あなたが個人のポリシーで食べるもの・食べないものを判断するのは結構。人道的観点から食を個人レベルでコントロールするのは結構。ただそれを他人に押し付けないでよと言いたい。犬食おうが、猫食おうが、ハクビシン食おうが、カンガルー食おうが生きとし生けるものを殺害して胃に収めることに変わりがない。ましてや価値観の相違を意識の貴賎と勘違いして、啓蒙しようとかいう奢りはみっともない。そこのお兄さん、そんなこと言ってると、今度私に「くじらの刺身」とか「馬刺し」とかこっそり黙ってないしょで食べさせられちゃうよ。
2003.06.22
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散歩をする。見慣れた路地を歩いては、終わりのない倦怠をもてあます。車の音、工事の音、子供たちの音、風が通り抜ける音、世の中の音の洪水。迫ってくる世の中との距離、そこにあるのに触れられないような違和感。自分の皮膚の周りに分厚いオーラが取り巻いて、外界を遮断しているようなブヨブヨとした感覚。そんな感覚をを面白がってゆっくり堪能しながら散歩をする。太陽の光は茂った街路樹のフィルターがかかり、キラキラの小さなたくさんの光となって降りかかってくる。橋を渡る、このあたりは水路だらけの橋だらけ、そしてまた橋を渡る。何年も放置された死体の様に朽ちて水没した船の残骸の上を渡る。浮浪者の黒い影を視界の隅に認める。きっと私の知らないどこかで誰かが死んでいく。何も起こらない土曜日。怠惰な倦怠は私をどんどん甘やかしていく。それを享受するのは一種のお努めだ。行く先は本屋。ひっそりと冷たい静寂に支配されているような本屋がいい。圧倒されるほどぎっしりと背表紙の並んだ、梯子が必要な天井まで届く本棚。私は神保町で育ったせいか、本屋の匂いにただならぬ郷愁感を覚える。ピカピカの新書の並んだ近代的な大型書店より、古い紙の匂いの漂う空間を持つ本屋がいい。そこで何時間も何時間も立ち尽くして、うんざりするほどの想念に食傷気味となるまで時を過ごす。食事処に立ち寄る。おっさんがサバの味噌煮定食を目にも留まらぬ早さで食べつくすような食事処。日本のおふくろの味なんて外食でしか食べない。最後に手作りの味噌汁を飲んだのはいつだったんだろう。ほかほかのごはんにごま塩をふりかけると、なんだか子供の頃の食卓を思い出した。お父さんがまだ生きていて、お母さんもいて弟もいて愛犬がテーブルの下でおねだりをして私に蹴飛ばされいる光景、そんな頃の味がした。あの頃は土曜日も日曜日も永遠に続くと思っていた、ような気がする。でももう忘れた。鳩の死骸がいなくなっていた。昨日通勤時に目にしたあの鳩の軋轢死体が、きれいに取り除かれているのを発見する。昔ほど動物の死体を道路で見かけることがなくなった。また陽が暮れる。夏至の頃の日暮れ、逢魔が刻、夜になる直前の不思議な明るさ。昼の顔をした人々が闇を行き、夜の行動をとるにはまだ早い中途半端な不安定な時間帯。さあお外の時間はもう終わり。蛍光灯の箱の中へお帰りなさい。たわいもない1日。
2003.06.21
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私のこころの混沌を反映してか愛用のVAIOが暴徒と化してしまった。
2003.06.19
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陳腐で薄っぺらな平和の影に潜む「崩壊」は陰惨で目もあてられない。終わりのない作り物の表面的な退屈な平和の欺瞞に息を潜めて時をやり過ごす。身も心も肉塊も唾液も精液も吐瀉物も糞尿もバクテリアも存在してないかのような清潔を保つ。嫌悪感が嘔吐を催しやがては悪意と化して「それ」が澱のように少しずつ少しずつ確実に私達を蝕んでいく。感受性の自由を、表現の自由を3歳児の頃に見事に奪われて以来、自身すらも滑稽な唾棄すべき存在としか映らない。崩壊寸前、でも「普通」を保つ為には鼻歌のひとつでもはんでヒョイと水溜りを避けて軽やかな足取りで覇気のない群集の波を上手に縫って歩くしかない。歯車の一部としてまっとうに見せかけるくらいの技量は持ち合わせていなきゃならない。そこにある己の汚物をまともに凝視しないように平穏を装い、朗らかな高笑いをことさらに周囲に響き渡らせて。みんなおんなじ。毎朝鏡に映す自分の諦念と憤怒を併せ持つ尋常でない瞳を街頭のあちこちで他人の顔に発見する。崩壊寸前。自ら進んでリセットするだけの元気がない私達は、ひょっとして何かを待っている?若い夫婦が我が子を虐待の末殺害。通りすがりの他人を目的も意図も感情もなく殺害。若い怒りのエネルギーを発散するかのように人を殺すように恋人を犯す青年。常識人の服を着た地下鉄の痴漢常習犯。ちょっとしたケンカがエスカレートして思いがけず妹を張り飛ばした時の高揚感。激情の果てに暴力的な夜叉と化した自分。ひとたび一線を越えてしまった時の自己制御の効かない自分自身。退屈な退屈なくだらない日常の、断層プレートにかかるひずみのような些細な出来事。メディアを賑わす陰惨な事件を耳にする度それが理解不可能な出来事とは決して思えない。起こるべきして起きたと理解しているから。その土壌は確実に明らかにいつの間にか私達を取り囲んでいた事実を感じ取っているから。だけど大半の良識ある人々は相も変わらず上っ面だけのキレイゴトで片付けてしまう。キチンと覚醒している私達にはそれが茶番劇だとよく判っている。そしてそういうものなのだと納得した振りをしておく。自分の中の「崩壊」を放棄できないまま、起こりえないであろう惨劇を待ちわびながら。
2003.06.14
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サイパンのコトを書き上げるのが義務っぽく感じられてきて、これって正直馬鹿げた話。それほど己の熱情を感じさせなかった場所だけに、書きかけてはいるのだけど遅々として進まない。ならば、それで後で時間のあるときにゆっくりと記せばよろしい、と気づくまでちょっとだけ時間がかかった。最近のこと。皮の文庫本カバーと切手アルバム、銀座の伊東屋で購入。一生使ってやるぞ、っていうシロモノ。天気のよい休日はお台場行ったり、近所の公園で日光浴したり相変わらず「つまんない家からの逃避」ライフ。週1回のジム通いは恒例化してきて筋肉痛も減ってきた。築地の寿司屋通いは頻度は減ったけどまだ続いている。久しぶりに岡崎京子の漫画を購入。死にたくなるほどカッコいい。「うたかたの日々」を読んで本気で泣き出してしまった。今世紀最大の日本の遺産。こういう表現者がいるなら生きていくのも悪くないかな。
2003.06.08
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朝の10時に成田を発ったと思ったら、その日の午後3時にはサイパンのホテルのプールで日光浴。空は真っ青な快晴、気温30度、照りつける陽射しは肌に痛いほど、目の前の椰子の木の向こうには遠いリーフで波が砕ける水色の海、ジントニックをちびちびやりながらトロトロと溶けていく自分を感じる。。。。。。こんなに手っ取り早く南国を味わえていいの?しかもこのお値段で?というのがサイパンの良いところ。フライト時間は3時間とちょっとだし、なんたってパッケージツアーなら航空券の他に「ホテル代・空港送迎・シャトルバス乗り放題パス」が付いて4日間3.5万円だ。この割安感と利便性を踏まえたら、サイパンが熱海化しているのも納得がいく。高校生だっておこづかい貯めて行けちゃうし、海外旅行に不慣れな高齢者だってバスツアーに参加できる程度の体力があればOK。およそ「海外を旅行している」風にはとても見えない人々がサイパンの道を埋め尽くす!手にはお買い物の成果をぶら下げ、どこでもそこでもパシャパシャ記念撮影。シュールだ。そして当然現地サイドとしても、わんさか押し寄せる「日本人・韓国人・台湾人」観光客の落としてゆく札束目的のビジネスが繁栄する。ま、誰もがハッピーでよろしいんじゃないの?というのが私のサイパンに対する印象。で、以下簡単なサイパン日記。2003/05/25時期も時期なので成田空港も閑散としてるかと思いきや、意外と海外へ旅立つ人は多いらしい。そしてまた意外とマスク着用率が低いのに驚いた。それにしても私は成田空港が大嫌いだ。何が悪いとかいうのではなくて、ここのバイブレーションが駄目。到着するや否やみるみるうちに私は不機嫌かつ神経質になる。これを恒例のこととして受け止めているダンナは私の全てに対する過剰反応を見ては面白がっている。気分を落ち着かせるために出発までの間バーでビールを飲む、朝の9時だけど。話に夢中になっているうちに、出発の10分前になってしまっていた。またやってしまった、とゲートまで走る。アナウンスでは私の名前が呼ばれている。ごめんなさ~い。機内はガラガラ。真ん中の4シートを占領して横になって3時間を過ごす。うとうとしてたらあっという間だ。ひとつだけ、JALwaysの機内食は史上最低、崩壊前のソ連のエアロフロートの機内食以下!こんなもの出すなら何も出さない方がまし。冷蔵庫でカチカチに冷やしたフライドチキン・ポテトフライ・コロッケサンド、これは日本の恥ですね。周りの乗客殆ど食べてなかったし、結局ゴミになる訳でしょ?まったくもって資源のムダ。とりあえずは機内食は出しとかないと。。。。なんていうメンタリティをまず改善すべき。出さなきゃいいじゃん、その分料金下げた方がよっぽど良いビジネスだと思うけど。サイパンに到着すると、ムッとする湿気と温度が心のコリをほぐしてくれる。入国審査の順番を待つ列は当然95%が老若男女色々なタイプの日本人。普段接する機会のない系の方々を眺めては面白がっている私達、でもねきっと私達も誰かに何か言われてるんだよ「あ~、あの外人間違えて日本人の列に並んでる、ばかで~」とかね。お行儀の悪い女性中年グループを指して「彼女達は絶対大阪から来たね」というコメントを言い放つダンナもツワモノだけどさ。空港前には各ツアーガイドが担当のお客様をバスへ誘導する姿。私達も正しいバスに乗り込み一路ホテルへ向かう。全てがお膳立てされていて、何も迷うことなく、誰にも何も尋ねることなく目的地まで連れて行ってくれる。こりゃ便利だ。私達はまるでベルトコンベアーに載せられた豚みたいだね。いや強制収容所行きのトラック?私達の意志の存在を求めないシステムは常夏の空気の中、お決まりのガイドさんの「イェーイ!ハファダイ!サンパン・ミニガイド」トークの響き渡るエアコンバスの姿を借りて、ゴトゴトと進むのであった。ゴトゴト。今回の宿泊先はススペにあるサイパン・グランド・ホテル。中の下くらいのリゾートホテルだ。前回泊まったダイアモンド・ホテルと共に大箱系の70年代行楽ホテルぽくって個人的には好みである。基本的に宿に対して「行き届いたサービス」とか「センスの良いインテリア」とかそういうのは求めてないので、このくらいの適当で大雑把な雰囲気が我々にはピッタリなのであった。またこのススペというロケーションも、あのガラパンの喧騒とはうって変わって、庶民的で「のほほんのんびり」してて良いのだ。夜はちゃんと暗くなるしね。で、フロントに着くや別のガイドさんが恒例の「パッケージツアー袋」を渡しながらダラダラダラダラ機会じかけのロボットの様にホテルの施設だの、ドアのロックの仕方だの、シャトルバスの乗り方だの、オプショナルツアーがどうとかこうとか延々とまくし立てる。これ苦痛。誰も聞いてないのに気づかないのかな?段取り悪いというかマニュアルどおりで機転がきかないというか、お客様へのホスピタリティなんて概念は欠落してるとしか思えない。3時間とはいえフライトで皆疲れているんだからさ、さっさとルームキー渡して、「ご質問がありましたら承ります」って方がスマートだし、アナタも楽だし皆の時間を無駄にしなくて済むと思うけどな。あまりに呆れたのでダラダラトークの途中で部屋に向かっちゃったけどね。部屋に荷物を放り投げてさっさと水着に着替える。時間は3時まだまだ太陽は高いぞ!と、まずはホテルのプールに向かう。デッキチェアに寝そべりジントニックをちびちび、じりじり照りつける日差しに耐えられなくなったらプールへボチャン。ああ気持いい。プールサイドや目の前のビーチには街着姿の「UV対策万全よ!」とばかりにプロテクション完備した日本人女性がゾロゾロそぞろ歩き。暑くないのか?この目の前のビーチはランディングビーチといって、太平洋戦争後期アメリカ軍かここから上陸して占領軍日本とバトルを始めた場所。戦車の残骸が今もそのまま残っていたりもする。オフシーズンだからかマリンスポーツの騒音もなく、人もまばらな静かなビーチであった。実は前日殆ど眠ってなかった私達は、朝から飲んでいたのもあってかなり疲れきっていた。なので夕食は遠出をせず、近所のステーキ屋へ。ごくごく普通の庶民的なステーキ屋で、客は私達の他に日本人のグループ1組のみ。彼らの非常に下品な下ネタ大声会話に仰天しながら、「サイパンでは普段お目にかかれない色々な日本人に遭遇するね」と苦笑しつつ巨大ステーキで胃を満たす私達であった。食後は誰もいないビーチでビールを飲む。波の音、潮風、星空、月の光、これはどこの島でも同じなんだなあ、と変な感動をしながら夜は更ける。
2003.06.01
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