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『 書いている途中から、われながら悪作だと思い、同人の仲間にもそういった。その友人は、では天下第一の悪作を書け、と私の気持ちを解ときほぐしてくれた。それが雑誌になると、響くようなはやさで氏から、持ち重りがするほどに重い手紙を頂戴した。それすら望外なことであるのに、ひらくと、ながい巻紙があらわれ、私を身も世もない気持ちにするほどにその作品をほめてくださっていた。このときのうれしさは、正確にいえば衝撃といっていいほどで、衝撃のあまり、私は自分に対し、小説を書く一生をえらぶほうがいいとひそかに宣告した。 』司馬慮太郎が考えたこと4、海音寺潮五郎氏のことの章より昭和44年のエッセイである。こういう内容の話は、今までも何回か読んでいたが、詳細な内容ははじめて読んだ。司馬遼太郎45歳の作だ。何度も書くが、当時のエッセイを読んでもその内容は70歳を過ぎた晩年のものと比べても、そんなには違わない。海音寺氏に見出されたことが、司馬遼太郎のデビューを早くさせたという事は言えるが、遅かれ早かれ、いずれは評価されていたに違いない。それが早かったことが、司馬遼太郎にとってよかった。資料を集める為の資金も豊富になったからだ。その歴史観、地理地誌観の確かさは、新聞記者当時から鍛えられていたのだろう。自分も中学時代、20年以上前からそれなりに本を読み続けてきたが、当時の本、雑誌の表現、内容は、今読み返しても、いかにも昭和40年代、50年代の雰囲気、内容だったりする。つまりは今では、古臭くて到底読めるものではなくなっているのだが、司馬遼太郎のエッセイに関しては、近辺雑記の類に関していっても、若さからの気負い、乱暴さなども含めて、おもしろく、古さを感じさせない。昭和40年代の学生運動についても、何回か出てくるが、当時とすればこういう判断なのだろうと、その洞察の的確さにまた感心してしまう。歴史の本は、他の作家のものも読むが、すべては司馬先生のから得た知識知恵が基礎になっている。現在、午前10時半、午後から施設遅番です。写真はこないだの旅行写真、十和田湖・湖畔、水面と公園との落差がほとんどない。
2007.06.30
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昨日、勤務終了後バイクで走った。ちょっとそのあたりまでといいつつ、60キロぐらい走った。仕事のストレスなど飛んでしまう。天気さえよければ、地理的な制限はほとんど無い。道さえかろうじてでもあれば、どこへでも行けてしまう。田舎道では、この道はいい感じだが、車では行けない、という所がけっこう多い。それは車しかなければ、諦める場所だが、バイクでは行けるのだ。物理的な翼といえる。たいしたいい景色でもないのだが、はっとするような、建物だったり、草花を発見できたりする。現代においては、「先端技術」や「臨床心理」などが、ある意味、技術的精神的に、本当の翼になると思う。階級、地域、年代、収入格差を超えて、自由度が増していく。それらを極めるしか、時代の中で、開いて行く道はないと思う。現在、13時過ぎ、施設休憩中です。忙しいですがなんとか乗り切れそうです。
2007.06.29
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強者といわれる人間にこそ、強迫神経症や分裂症などの傾向のある人間がいる。それが権力者だったりすると。多大な被害を及ぼす。ヒトラーや、スターリンなどは有名だし、わかりやすかったりもする。 しかし身近な親せき、会社の同僚、上司などにも、そういう「強者」がいるのだ。先日の大和運輸での40台前半の派遣社員が39歳のアルバイト店員に刺殺されたのも、そういう鬱積の爆発といえる。 しかし、そういう「強者」こそ、精神的に追い詰められていたりする。それこそ神経症的状態だ。 そういう「強者」も、治療されなければならない。救われるべき対象だったりする。 自分は、その弱者と強者の中間点にある。 支配被支配の関係から、真の協力関係へ、人間関係を持って行きたい。 などと、朝6時、通勤のバイクに乗りながら考えた。 まず、仕事に戻ります。
2007.06.28
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午前中、用足しをして午後から作業、仕事に取り組むつもりだったが、現在15時30分。写真は奥州市役所・税務課、バイクの税金2500円を払ってきた。 10時から、バイクのチェーンにオイルをさしたり、市役所に行ったり、家の近くのホームセンターで家で使う蚊取り線香(携帯用タイプだと安全)を買ったり、ヤマダ電気でCDケース50枚入りを買ったり、隣町の100円ショップまでわざわざDVD用のボックスを買いに行ったり、しているうちに13時を回ってしまった。 今も昼食をとりながら、NHK教育の自閉症の子供の特集を見たり、DVDレコーダー、パソコンHDのデータをディスクに移す作業をしつつ、このブログを書いている。ドライブを2つ使っての作業で6枚作成する。昨日は4時間かかって、友人の分も含め、60ギガ分のデータをDVDに移した。ながら作業だが、けっこう時間的にバカにならない。 朝、こうしようと予定を考えメモをしたりするが、実際にできることは限られる。20時には友人との約束があるので、また出かける。それでも、一つ一つ片づけていく。 こうしてみると、やるべきことを決断して、取捨選択しないと、虻蜂取らずになってしまうが、今は昔と違って、むやみに焦るようなことはなくなった。 自分の適正、使命がわかってきた、といえば言い過ぎだが、何に集中し、何を諦めるのかは、わかってきた。40歳近くになり、時間がないわけではないが、そんなに多いわけでもない。 何かを成し遂げるための、時間の使い方、それなりにわかってきたが、さらに訓練が必要だ。
2007.06.27
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菱田春草、昭和初期の画家。横山大観と友人だったという。しかし37歳で病没、晩年には視力が弱まり、亡くなる一カ月前には、失明していた。さらに作家活動としては、あまり画壇で認められず、食うや食わずで描き続けていた。 しかしその絵が、1500万円の評価をされた。今回は普通の花の絵に見えたが、それでも「なんでも鑑定団」で絶賛されていた。他の絵も紹介されていたが、素人目にもいい絵だった。 自分が同じ境遇におかれたら、とても描き続けることは出来なかっただろう。画家のゴッホもそうだが、こういう話は、けっこう聞く。それでも描き続ける作家たちの姿勢には考えさせられる。 創造、という作業は、人それぞれ、濃淡の差はあってもあるだろう。自分にもあるが、こういう話を見るにつけ、やるならとことんやらなければ、物にはならない、という事を、教えられる。 現在、20時40分、施設夜勤明け、日中少し仮眠をとった。写真は昨日の平泉山中。 司馬遼太郎の考えたこと、をじっくりと読み進んでいる。その都度、心が震えるような感動がある。昭和40年代初期のエッセイだが、とてもそんな時代に書いたとは思えない内容だ。
2007.06.26
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『 その後、安政ノ大獄によるこの両人の運動の頓挫、それに引き続いて島津斉彬の急死によるかれらの保護者の喪失ということがあって、西郷はのぞみをうしない、投身自殺すらし、さいわい未遂におわったが、大久保はふしぎな若者で絶望しなかった。ひとつは性格にもよるが、ひとつは父祖いらい、政治というこの危険な運動がもたらす悲惨な境遇になれていたのだろう。しかしその後のかれらの運動は保守勢力のばっこのもとでさんたんたる景況になった。大久保はこの環境を通じて史上空前の陰謀家というべき才略を身につけた。革命はその未熟期にも熟成期にも、陰謀といえばこれほどの陰謀はないにちがいない。 』司馬遼太郎が考えたこと4(新潮文庫)、大久保利通の章よりこういうくだりを読むにつけ、現代の状況と照らし合わせてしまう。自分のおかれている状況などは、本当に恵まれている、ということになってしまう。当然、大久保利通の生きた時代、薩摩藩という環境もあっただろう。他藩の武士、江戸幕府の旗本は、時代の担当能力を失っているものが多かったからだ。現代における訓練、量、質、方向性について考える。どこまでやれるのか、また決意を新たにしたりする。現在、24時、夜勤休憩中です。これからまた、仕事にかかります。
2007.06.25
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写真は午前9時、平泉山中のキャンプ場からの眺め。実際のテントサイトはここから、ちょっと奥に入ったところにある。あまり人を見かけないが、一応草刈りなどはしている。なによりキャンプ場ガイドにも載っているので、ある程度管理はされているのだろう。とにかく、平日に来れば誰もいない、というポイントが多い。あえて有名観光地を避けてはいるが、それでも景色、規模ともにかなりいい場所でも、人は少ない。アウトドアが趣味の人間であれば、奥州の地は住む価値は十二分にある。街が好きだという人間にとってはきついが、自分も月に1回は仙台に行っている。
2007.06.25
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朝6時に起きて、バイクで走りに行った。施設のロッカーに携帯を取りに行ったのだが、そのまま平泉の山へ走りに行ってしまった。中腹に具合のいいキャンプ場があり、テントをはって昼寝や読書するのにもいい所だ。今日は、厚蔵です。現在午後12時。夜は夜勤のため、もう少ししたら仮眠に入ります。写真は午前8時、平泉山中の崖っぷち。まさに崖で、ガードロープも申し訳程度にはってある。自宅の奥州から、そんなには遠くない。しかし道がかなりせまいので、土日ですら、交通量は多くない、山頂にある国民宿舎も閉鎖になった。気軽にこれる場所ではないので、せっかくだから山頂まで行った。しかし8カ月ぶりに来たが、やはり狭い。バイクでなければ、途中で止めて写真など到底撮れない。撮影場所は少し行った先が急カーブで、操作を誤れば、そのまま崖下に転落だ。というか、道路の設計も昔の道を少し広くしただけなので、ここから見ると崖側に傾斜している。落ち込んでいるので、その先に道があるのかさえ不安に感じる。わかっていても、なるべく山寄りを走り、減速して走る。これが関東なら、もう少し安全面でなんとかするだろう。しかしここ奥州では、予算もないのだろうが、自己責任の場所が多い。といいつつも、こういう場所だからこそ、ありえないような展望が広がる。道路の傷などを見るにつけ、実際に事故はあるのだろうが、人が少ないのでニュースになることもない。ちょっとの時間で、こんな所に来ることができる。東京・八王子に15年住んでいたが、こういう場所は山梨や群馬など、そうとう遠くにまで行かないと、無理だった。奥多摩でさえ、林道の大半は閉鎖されていた。仕事も忙しいが、この奥州・東北の地にいる間は、時間を作ってでも走りに行っておいた方がいい、と改めて思った。
2007.06.25
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昨日のNHK特集で、働き方についてやっていた。長時間労働、若者の離職、派遣社員の格差、成果主義、の4点について議論していた。慶応の金子教授や、心理学者の香山さん、年収300万円時代の作者、なんとかさん(有名な人、名前が出てこない)等の、コメンテーターが出ていた。格差社会での、鬱について論じられていたが、しかしそういう状況に対して、待ったなしで経済、雇用の事態は進行していく。作業と休憩のバランス、訓練によって、より能力を高めること、なによりやりがいを持ってやること、まずそれを心掛けている。現在11時45分、施設休憩中。考えてみれば、この仕事も景気が上向いてきたから、求人がそちらに流れて、結果、空きが出来たともいえる。不況が続いていれば、この施設にも求職者が殺到しただろう。写真は21日11時半、十和田湖畔、水面と公園の高低差はほとんど無い。装備があるのでバックパックは常に背負っている。こうしてつつましくも社員旅行に来ている。特集をみるにつけ、今の仕事は、厳しくとも感謝すべき状況だ。ネット社会、パソコンの脅威の発展など、15年前には予想だにしなかった社会になっている。可能性も予想以上に広がっているのだ。
2007.06.24
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青森・青い海公園、22日14時。自由行動の時間なので、撮影して回った。ベイブリッジと八甲田丸が見渡せる。金曜日の平日ということもあって、人通りはあまりない。テレビクルーが撮影機材を片付けていた。雰囲気からしてドラマの撮影のようだった。道ゆく人は、みなゆったりと歩いている。巡邏の警官隊3人も、ゆったりだ。ホームレスと思しきひとはいない。これが東京なら、ちょっとした片隅には必ずテントの群落がある。よほど整備された海浜公園だが、本当にほとんど人がいない。それだけでも豊かな感じがする。あちこちに同じような公園があるので、人も分散しているようだった。
2007.06.23
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青森・浅虫水族館は有名だ。写真時間22日10時30分。イルカのショーやラッコは当然だが、そのほかの水棲動物に関しても、専門的に配列がしてある。1時間の予定が2時間近くいたが、それでも一部を見たに過ぎない。そういう分野で興味のある人なら、半日いても足りないのだろう。自分も全館、まず駆け足で見て回った。たんなる流行廃りでの展示でなく、地味な地元の水棲動物にも力をいれている。何箇所か集中してみているうちに、時間になってしまった。社員旅行なのでイルカのショーもみたが、さすがにイルカの演技もすごいが、女子職員が美人なのにも驚いた。
2007.06.23
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八甲田山ロープウエー、21日13時30分。ここまではなんとか眺望があるが、ここから上は霧雲の中に入ってしまい、全く視界がなくなる。当然山頂駅も視界がなく、ただ山頂駅の看板だけが見えた。待合室にはストーブが焚いてある。雪も所々に残っている。撮影しようにも、カメラが結露してしまいそうで、すぐにしまった。映画・八甲田山でも、俳優・緒方拳が、雪中行軍遭難現場を回想するシーンで、このロープウエーが出てくる。映画のラストシーンなので、余計に印象的だった。映画自体25年ぐらい前だったが、今も当時とあまり変わらないだろう。実際に来て見ると、本格的な登山者の基地にもなっていて、施設として生きていることがわかる。
2007.06.23
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前日からの体調不良もあって、2日間の社員旅行の間も風邪薬を飲み続けていた。今日は施設の休みだったが、昨日の疲れと相まって、本当に休んでいた。天気は上々だったのだが、無理せずに休んだ。今晩は、厚蔵です。現在22時30分、写真は2日前、21日午前11時、十和田湖、発荷峠(はっかとうげ)。天気は2日間ともあまりよくない予報だったのだが、初日も何とかもった。しかしガスが多いことには変わりなく、見晴らしはあまりよくなかった。展望ポイントは有名な所では2箇所あったが、日程が詰まっているので、撮影はここだけにした。友人何人かでの旅行であれば、ここ十和田湖でも、あちこちに回ったり、腰を落ち着けて撮影をしただろうが、あくまでも社員旅行なので、その点は妥協した。それでも本物の自然のあるところなので、十分に自然を見ることが出来た。この二日間、秋田、青森とまわったが、学生時代にも行っていた。その15年前から比べると、自然に対する知識も、写真撮影の技術も多少はあがった。そういう目から見ると、一つの自然遺産の場所をとってみても、十分に時間をかける価値があることがわかる。白神山地のブナ林もこの自然の延長線にある。次回来るときには、地域を絞って来る事になるだろう。駆け足の2日間だったが、その意味では、いい予行練習になった。一人では、この半分ももったいなくて回れなかっただろう。
2007.06.23
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日本は階級のない社会になった、司馬遼太郎が考えたこと3、にも出ていた。 現在、13時、青森市・物産館アスパム14階、レストラン・QUARTERLY。青森市のランドマークタワーだ。13階・展望台で400円の入場料、その上のこのレストランのランチが1600円。つまりは展望代が入っている。 一生に一度だと思い、入ってみた。社員旅行の他のメンバーは、別の少し安い店に行っている。 喫煙コーナーで、海側からは反対側になってしまったが、逆に空いている上に、被写体の街並みがひろがり具合がいい。 15時に八甲田丸駐車場で待ち合わせで、後2時間ある。周辺を散策しつつ、映像散歩を続けるつもりだ。単独行動になるが、ある2人のメンバーはパチンコに行ってしまっているので、自分も少しわがままをさせてもらう。 レストランに来ている人を見渡すと、観光客8割、社用族2割というところだろうか。なにしろ展望台にある店なのだから、いつも来るわけにはいかないだろう。社用族さんたちを眺めていると、億単位の商談の話をしていた。 現代における、一種の階級の風景だと思うが、時代は、超実力社会にはいっている。鎌倉時代、室町・戦国時代、明治維新と、日本においては、階級は常に上下に入れ替わってきた、と司馬遼太郎は説く。 乱世の状況がおさまり、階級社会になっていく、という歴史の繰り返しがあったが、もう、それはこれからはないだろう。いい形での競争社会になっていくように、していきたい。
2007.06.22
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現在、青森県・浅虫温泉・海扇閣、17時15分。施設社員旅行中です。今日は8時半に奥州を出発し、十和田湖、奥入瀬渓流、八甲田山、ねぶたの里、それぞれに寄ってきた。 しかし、仕事疲れが残っていて、けっこううつらうつらしていた。同僚の話を聞きつつブログを書いているので、ちょっと文章が乱れている。 旅行雑誌等で、ポイントをチェックしてきたので、要所要所で、いい撮影ができた。 今年で3回目の旅行だが、この宿は今までで一番いい感じだ。
2007.06.21
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写真は青森自然公園・ねぶたの里、写真時間15時半。入館料630円。まず駐車場からして、新幹線の工事であちこち掘り返されているは、入り口入ってすぐの八甲田山の展示は腐って壊れているは、飽きてしまった中学生が見学とは関係なく野球をしているはで、だめだなここは、と思いつつ、展示場に向かった。 しかし、展示場内部に入ると、雰囲気は一変した。建物は老朽化しているが、展示物の「ねぶた」は本物だった。写真ではその規模は伝わらないが、やはり大きいし、華麗だった。
2007.06.21
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「私は自分の書斎で、多くの人を知った。その点、小説を書くよりもそれ以前の、資料の渉猟というたのしみほどの楽しみはちょっとない。私は道楽の才能がないが、ひらきなおっていえば、これ以上の道楽はないのではないかと思える。ただし私は好事家ではない。好事癖もない。」 司馬遼太郎が考えたこと3(新潮文庫)、あとがき(美濃浪人)の章より 確かに、司馬遼太郎は、こういう話を時々している。他の歴史作家でも、そういう癖があると書いている。好事家、好事癖があると、それに囚われてしまう。広がり深さを持つためにはこういう態度が必要なのだろう。 現在、15時30分、写真は焼き肉店ランチ、900円でアイスコーヒーもついてくる。こうしてブログもちょっとは書ける。 仕事、勉強、趣味、人間関係、それこそやる事は無限にある。某飲料メーカー時代は、ただただ仕事で8割がた時間を使い、4年経った。 ものになるためには、どう時間を使うか、毎日エクセルに記録している。5年続けているが、傾向と対策が最近見えてきた。
2007.06.20
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昨日、高速を使って花巻まで行ったが、タイヤがオフ用なので、余計に風の影響を受けた感じがした。120キロまでは性能としては普通にだせる。一般道路では80キロで走っても全く問題はない。写真は昨日、花巻の帰りの途中の一枚。XR250のエンジンが西日に輝いている。どこにでもある、普通のツーリングバイクだが、こうして、時々つくづくエンジンを眺めてしまう。キックペダルがついているのも重宝するし、見た目もいい。なにより全体の形がいい。ヤマハ、セローもいいが、高速走行はきつく、エンジンも小ささが目立つ。前に乗っていた人が、トヨタのサービスマンだったという話だ。さすがに手入れが行き届いている。全くの中古車で、総額で25万だった。高級バイクに比べれば本当に安いが、「馬」としては十分な乗り物だと思う。
2007.06.19
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細川幽斎(1534~1610)、室町末期~安土桃山時代の武将、歌人。室町幕府将軍、足利義昭、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と4時代にわたって仕えた。歌人としても優れ、武人としても当代一流だった。『 「さすがは幽斎殿」 と洛中のひとびとからほめられ、筋目のよきひとはなさることがちがう、と秀吉与力の荒大名たちからも賞賛された。幽斎には、フランス革命からナポレオン政権まで生きて、つねに権力の中枢にすわりつづけたジョセフ・フーシュを思わせるものがある。忠興は細川家の主力部隊をひきぬいて家康とともにあり、幽斎は丹後宮津の居城にいる。西軍の大軍が、宮津城を包囲した。幽斎には兵、五百しかない。城の大橋を落として籠城し、激戦七日間を戦い抜いた。幽斎の武略はこの当時でも天下第一流であった。 』司馬遼太郎が考えたこと3(新潮文庫)、あとがき(国盗り物語)の章よりまさに現代、激動の時代、時代の行く末を思うとき、こういう人物について読むと、考えてしまう。文化人でありながら、武人としても優れている。現代に即して言えば、一般的な教養、時代への理念もあり、戦力としての資格、実務経験もあり、体力・スポーツにも優れている、といったところだろうか。現在、21時、早番明けで体調もよくないので、23時には休みます。写真は最近、金ヶ崎某展望台で横になって空を見上げたところ。
2007.06.19
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体調がよくない。おまけにこのウイルコム、PDAの調子もあまりよくない。原稿が一部飛んでしまった。 ここしばらくの睡眠不足と、昨日体調のよくないまま花巻へ行ったことが原因だが、明後日は社員旅行で秋田、青森へ行くので、なんとか治す。 現在、11時50分、早番休憩中。天気はすごくいいので、勤務後16時には、映像散歩に行きたいと思っているのだが、どうだろうか。
2007.06.19
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この写真は、花巻駅東口、14時30分、モニュメントだが、いかにも宮沢賢治の里らしく、よくわからないが、なんともいい感じの彫像やモニュメントがあちこちにある。この銀柱もランダムに群生して建っている。見る角度によって光の加減が変わり反射するのでおもしろい。だれかいい被写体がいればスナップ写真を撮ろうとしたのだが、30分待っても誰も来ない。しょうがないので銀柱のみを撮った。しょうがないという言い方はないが、光の加減と、空に向かっている感じが気に入っている。
2007.06.18
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映像散歩に花巻まで行ってきた。写真時間は15時、JR花巻駅西口から5分ほど行った通りで3人の幼児がシャボン玉で遊んでいる。地元の食堂の店先なのだが、物怖じせず遊んでいる。その食堂も、いかにも地元向けの店なのだが「冷風麺」の旗が涼しげだった。営業時代、こういう店にはよく寄ったが、けっこうおいしく繁盛している。写真自体は花形レンズフードを忘れ、光が入ってしまった。道を挟んだ向かい側から撮影したのだが、ちょっと望遠を使うだけで、光が入ってしまう。それでも表情がいいのでブログに使った。子供達も、バイクの兄さんだ、と手を振るので、こちらも手を振った。オーバーリアクションは、施設勤務での癖だが、田舎の子供には好評だった。
2007.06.18
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写真は塔頂上、14時30分。日曜日ということもあって、家族連れ、単独の若者、カップルなど、1時間の間に10人以上来た。けっこう登らなければならないのだが、こういう塔らしい塔も珍しいと思う。まさに自分的には「治療塔惑星」のイメージだ。
2007.06.17
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奥州市のはずれにある見分森公園に行ってきた。夜勤明け2時間ほど休み、地元の選挙関係の会合に参加した帰りに寄った。現在14時過ぎ、写真は展望台の塔、広角31ミリで撮った。大江健三郎の小説に治療塔惑星という本がある。内容とは関係ないが、ここにくるたびにその題名を思い出す。夜に通りかかると四方に赤いランプがつき、森の中に浮かび上がる。いつ通りかかっても、必ず目をやってしまう塔だ。デジタル一眼に近いサイバーショット・H7の練習に写真を撮っているのだが、なかなか思うようにはいかない。確かに練習が必要だ。一眼の技術本と照らしながら、カメラのマニュアルをめくっている。技術本には、テーマごとのテクニックが書いてあるが、そのテーマというのが、桜、新緑、紅葉、山の風景、山野草、昆虫、コレクション、花、食べ物、都市風景、名刹・古刹、古都の風情、懐かしい町並み、スナップ、スポーツ、動物園、ペット、子供達、女性ポートレート、記念写真、となっている。これらのテーマは、自分が今まで思いついていた全てのテーマが含まれる。まさに一生涯かかって撮り進んでいく被写体だろう。こういう形でまとまっているテキストは見たことがなかったので、目から鱗が落ちる思いで、現場で試している。まずはしばらく練習が必要だ。6月下旬に、秋田、青森の社員旅行があるので、それまでにもう少し上達したい。全く趣味の世界でもあるが、HP制作の現場では、写真技術は役に立っていた。その意味でも、真面目に習得するつもりだ。
2007.06.17
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現在夜勤中、23時40分、休憩時間。まだまだ先が長い。 短期利用者で、新規の人、久しぶりの人がけっこう多く、状態把握に時間がかかった。 40台も近づき、体力的に厳しさを感じるときが多くなってきた。食事、睡眠、体力づくりに気をつけないと、アウトドアやバイクに乗っても、うまく操縦できない。 夜勤前の日中を使い、デジタル一眼の撮影技術の本を読み終えた。ある程度はわかっていたつもりだが、いい解説書で、疑問に思っていたことが大体わかった。 当たり前の事だが、やはりプロが撮っている写真は、すべて計算されている。よほどの練習の成果だということがわかった。自分もそこまでではないが、せめて意識して写真を撮っていこうと思った。
2007.06.16
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江戸時代末期の幕臣、兵学家(1801.5.13~1855.1.16)。江川家は代々韮山の代官だった。実際には関八州の取り締まりも担当する重要な代官だ。砲術家でもあり、品川砲台を築いたり、外交面でもペリー来航時、海防掛にも就任。農兵策にも多く建策した。奥州蘭学の巨人、高野長英を庇護し、蘭学者の保護にも努めた。しかし、54歳で過労死された。「馬をひけ!」が最後の言葉だったそうだが、門人、家人に看取られ、惜しまれつつ、亡くなった。人間としては、最後は幸福だったのではないだろうか。何より人物として魅力だった。数々の難局に対し、粘り腰で取り組んでいった。そして、やはりさわやかな人物だった。周りにもそういう人間が集まっていった。今晩は、厚蔵です。現在23時、今、友人が帰った。バカ話半分、真面目な話半分だったが、大事な時間だ。写真は一関市・厳美町・本寺地区、景観地域からはずれると、こんな寂れた風情になっている。しかしもしかすると、この静けさは、世界遺産になる前の今だけかもしれない。自分も疲れた、過労だ、などといっているが、この江川太郎左衛門の戦い、心労、充実感の人生と比べ、まだまだだ、とつくづく思う。これは資質と訓練の差なのか。この話は、みなもと太郎の「風雲児たち」に詳しいが、何度でも読み返してしまう。あの某飲料メーカー勤務時代4年間の仕事量を、自分の勉強、趣味、人間関係に振り分ける意気込みでやれば、かなり作業は進むと思う。
2007.06.15
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現在13時30分、休憩中。朝5時起きの早番勤務は16時まで。コムスン問題が毎日ニュースで取り上げられている。自分も3年前に面接を受け、パート職員ではコムスンの採用が内定していた。同時に今いる特別養護老人ホームの非常勤も採用になったので、こちらに来た。まったく危ないところだったが、コムスンのスタッフは親切で、実務経験をつんで介護福祉士をとるなら、特養のほうがいいですよ、と言ってくれた。今でも感謝している。写真はパナソニックデジカメ、500万画素。手ぶれ防止もつき、いいカメラだと思うのだが、ISOが400しかない。今のサイバーショットは、ISOが3200ある。ヤマダ電気の店員と2時間近く話したのだが、やはり専門家は違う。写りが全く違うのだ。
2007.06.15
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夏目漱石の作品の中で、 「お兄さんは、焦っている。早く前に進まなければならないと思っている。走り出せばさらに早く走らなければならないと、焦っている。」、 というような内容があった記憶がある。あの明治時代においてすら、こういう焦りはあった。 こんばんは、厚蔵です。現在、21時30分 写真は八幡平アスピーテライン、半月前。 現代、技術革新が加速し、IT技術者ですら、技術が遅れた人は余ってしまっているという。コムスンの拡大路線が破綻した、とクローズアップ現代でやっていたが、それも競争の中での出来事だ。 在宅介護を社会福祉協議会から、コムスンにかえた北海道のある自治体では、1000万補助金を出していたのを、700万ですんでいたという。それはヘルパーの賃金を抑えていたから出来たことだ。深夜、早朝の介護も、コムスンだけがやっていた。社員の売上ノルマがあったからだ。 どの仕事も、世界的な競争にさらされている。技術、知識、実務経験を積まなければならない、という、焦り。これが時代を覆っている。 近代が始まって以来、加速を続けてきた競争。そのために過労、鬱状態になって、自殺という事態も、ニュースになるぐらい問題になっている。 焦っては何もならない、疲れは疲れとしてある。休むときには休む。時代を見据え、勉強する。人間関係も大事にする。休むときは休む。どう展開していくか、感性、センスが必要だ。 少なくとも、自分と人間関係においては、貧乏であっても、いい方向へ進んでいこうとしている。
2007.06.14
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神経症的な人がいる。その周りを巻き込んで、神経症的な環境を作ってしまう。それが、上司的な立場にある人物だと、被害が拡大する。一見すると、いい上司に見えたり、外面がよかったりする。 神経症的な人間は、他者との距離を正確につかむことができない。相手と自分が違う人間だということを、実感としてつかめない。相手に過大な要求をするあまり、遠ざけられてしまう。 これらは、社会心理学の本などには、よく掲載される事例だ。幼年期に基本的信頼関係の構築に失敗すると、こういう神経症的性格になるという。また、欧米とくらべ、日本人に陥りやすい心理状況ともいう。 そういう人間と、接するときどうするか。 それは職場、上司後輩、趣味、友人関係、様々な状況がある。少なくとも、出来る部分では、その神経症的傾向を転換する方向に、心理的に成熟するように、もっていってあげたい。しかし、時間がかかる。 自分としては、自己実現と、協力関係への努力を強力にすすめる。自分自身が成長するしかないのだ。同時に、自己疎外、利害関係にとらわれる、神経症的人とも、ともに歩んでいく。それは、口でいうほどなまやさしいものではない。心理、思想面での研究も続ける。 まずいのは、神経症的、職場や団体の場になってしまい、全体が神経症的葛藤のなかで疲弊してしまうことだ。しかし、そうであっても、打開への情熱と、冷静な判断で、自己実現と、協力関係への努力を続けていくことだ。 その傾向、方向性への努力から、神経症的、個人、集団は、自己実現と協力関係の方向へ、動き始める。加速していく。
2007.06.13
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奥州平泉が世界遺産を目指している。本年度中に登録への認可を得る方向のようだ。 現在17時50分、平泉の隣、厳美町・本寺景観保全地域。中世の荘園・農村風景が、そのままの形で残っている。はっきり言って、ここは何回となく通っている。景観保全地域をはずれても、あまり農村風景は変わらない。 ということは、世界遺産を目指すだけあって、地域全体の風景も貴重なのだろう。ここを通る県道は、ツーリング、ドライブマップにも紹介されるような、いい田舎道だ。つまりは、通常の交通量は少ない。平日の今、あまり車は通らないへんぴな場所だ。 実際に目的を持ってきてみると、この案内版を見つけるのに少し苦労した。周辺には世界遺産の旗が一本立っているほかは何もない。案内版をみると、史跡がけっこうあるのだが、車ではちょっと厳しい感じがする。 バイクで来るか、車できても、時間を地元住民に迷惑でない時を選ぶようにする。家からは往復90キロの道のりだ。 田舎道から田舎道をつたって来られるので、タイムスリップをしたような感じもする。 現在、19時10分、施設早番勤務だったので、この遺跡で30分仮眠をした。日没は19時5分なので、まだ明るい。車も通らず、静寂そのものだ。ノーヘルで農家のお父さんが脇を走っていった。
2007.06.13
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忙しい中でも、短期利用者の場合は、なんとか行事やら、イベントを盛り込みたいという、上司からの意向がある。現在、午前11時50分、女子職員が短期利用者と散歩に出た。証拠というか、記念のために写真を撮った。
2007.06.13
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ここは北海道、牛が多数放牧されている。こっちを見ている牛は、この後、ゆっくりと近づてきてフェンスギリギリまで寄ってきた。エンジンをかけると何頭かが驚いて、こっちへ駆け出したりして、少し焦った。といいたくなるほど、奥州市、隣町の金ヶ崎町は、放牧地が多い。天気はここ1、2日しか持たないとの予報。カメラテストもあって、午後はしばらくバイクで走った。開拓農地内の道は、幹線から外れ丘陵地、森林帯を通るのでけっこう複雑だが、何回か通っていたので、目的地のダムには着いた。
2007.06.12
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5年近く使ったサイバーショット200万画素がついに壊れた。先週、松尾鉱山廃墟に行った時に、少し水に浸ったからだが、ストロボが使えなくなった。迷ったが、新サイバーショット、H7を購入した。これは810万画素。10年前には夢の800万画素と言われていた。 今日は、厚蔵です。現在17時、やっと日が傾いてきた。金ヶ崎、開拓農地・某展望台。牛が多数放牧され、ほとんど北海道の雰囲気だ。平日昼間にもかかわらず、2時間の間に、こんな僻地に2家族が訪れた。今日は30度近くまで気温があがり、ほとんど夏の風情になっている。 このサイバーショットは、けっこう高かった。かなり安くしてもらって、4万円ぐらい。サブバッテリーなどオプションを買って5万円。しかし一眼レフよりは断然安い。画素数、機能ともに、日進月歩だから、高い一眼をそんなに買い替えていくことは出来ない。これなら、また5年後に買い替えられる。 810万画素、光学15倍ズーム、ISO3200と手ブレ補正のダブル機能、AF補助光、そしてシャッターリモコンがついている。ある程度コンパクトで、携帯しやすい。ヤマダ電気の店員と、30分話し、1時間自分で研究した結果、やはりこの機種になった。 我ながら、粘ったかいがあった。リモコン付きのデジカメというのは、今まで値段がある程度のクラスでは無かった。カタログに載っているのを見つけた。 写真展をやるようなつもりも実力もないが、この800万画素だと、A3にまで伸ばしても、十分に綺麗だ。作品として残せる写真を撮ることができる。撮影散歩を、アウトドアでも、街でもするが、いい写真を、本当にいい形で残せる時代になった。 10年前、ウインドウズ95の時代、35万画素から始まったデジカメがここまで来たことに、展望台で夕陽にあぶられながら、風に吹かれつつ、感慨深く、試し撮りをしている。
2007.06.12
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限界点に近い、努力、作業がある。自己実現にせよ、人間関係にせよ。ここまでの仕事は出来ない。こういう人間とは仕事は出来ない。そういう場面がある。しかし、そこで忍耐して冷静に考えると、今、この状況下で努力をしている事、こういう場を与えられている事は、いい訓練だったりする。安閑としていれば、身につかない技術、人間関係構築能力がある。現在、午前0時10分、施設遅番からやっと帰った。写真は04年8月、金ヶ崎よりの、いつも行く北上川散歩道戦国大名、斉藤道三は、時代の技術知識、人間関係構築能力に傑出していた。それは、まさにそういう訓練、努力を時代の流れをつかんで行い、そして、そこから時代を創り出していった。全くの裸一貫からの出発で、大名になった手腕は魔術的とさえ評価される。楽市楽座などは道三の発明だ。仕事が終われば、ちょっと呆然としてしまうが、ふと冷静に考えれば、仕事への対処、人間関係への対処について、本当にいい訓練をさせてもらっている。他にこういう機会はない。この訓練を基盤に、次の展開が見えてきそうだ。
2007.06.11
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「強くなければ生きていけない、やさしくなければ生きていく資格がない」、こないだ亡くなった平岩元経団連会長の言葉、ご存じ、ハンフリーボガードの名言だ。現在、午前10時半、写真は蝦夷豪族の柵、史跡。今日は13時から勤務。眠さよけのエスタロンモカを薬局に買いに行き、その帰りに寄り道した。やさしい人間はけっこういるが、かつ強い人間はどうだろうか。強い人間は何人かいるが、かつやさしい人間は、あまりいないように思う。職場や、部活、友人関係、一般社会、を人間観察している。なんとか自分としては強く、かつやさしい人間を目指したい。いや、今でもそういう人間であると自負している。その人間性をより強めていく修行を今日もするのだ。司馬先生は宗教担当記者を7年間やった。その造詣は深い。自分も少しでも近づいていきたい。
2007.06.10
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現在、午前8時50分。ここもバイクでないと、来られない場所だ。北上川の中州にある。ここへの通路は木橋と、開拓農場からの道しかない。一カ月前に川へ転落しそうになったが、本当に気軽にはちょっと来られない。おはようございます。厚蔵です。ここは国道の橋からよく見えるので、安全といえば安全だが、恥ずかしいといえば、ちょっと恥ずかしい。しかし、植生が豊かなので、野鳥の宝庫だ。うるさいぐらいに聞こえる。「娑婆世界(しゃばせかい)での一日の修業は、極楽での千年の修業に勝る」、という仏法上の言葉がある。自己実現への努力にせよ、いい協力関係への努力にせよ、歴史をみれば、本当にそうだな、と思える人物、時代がある。日本での自殺者は年間3万人、エンカルタで調べても78年以降、2万人づつは自殺している。バブルの頃でもだ。先進国では異常な数字だ。研究者は往々ににして、人間関係が希薄になる。しかし、幕末・明治の偉人、勝海舟は、蘭学者であり、政治家でもあった。欧米の詩人は、政治家がけっこういる。研究者であり、活動家でもある人物、自分などは小粒だが、それでもそういう人を目指して行きたい。タイルのうえでブログを書いている。こういうなかなか辛い修業の毎日も、こういう経験を積まなければ、境涯を開いていけないのだ、と感謝している。同時に、大変だからこそ、世界が力強く広がっていく喜びもある。
2007.06.10
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5時間睡眠で、早番勤務。まだ体力的に楽な方だ。今、集中豪雨でそうとうな降水量になっている。局地的な雨だが、景色が完全に煙ってしまっている。写真は、休憩所、午前11時40分、施設内PHSや腰痛予防ベルト、ペン類、手帳が写っている。時計はカシオの3000円のもの、ポケットに入れて使うので傷だらけだ。しかし太陽電池だし、アラームも5つついているので、使い勝手がいい。吸引や体位交換、短期入所送迎時間、夕方の申し送り時間など、忘れられない業務時間をアラームでセットすると、間違いなく実行できる。昨日はエンカルタ2007のユーザー登録、アップデート等に時間を使って、あまり読むことができなかった。百科事典散歩は好きで、いつまでも調べものをしていたりするのだが、今回のエンカルタも期待できそうだ。平凡社の世界大百科事典のCD版も持っている。8年ぐらい前に買った。けっこう高かった。これは文字情報が主体だが、歴史に関する記述は、圧倒的に多い。エンカルタの場合、マルチメディアの映像、音声が豊富なので、実際に体感できる楽しさがある。まず、業務にもどります。
2007.06.09
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エンカルタ2007を買った。現在、福祉施設に勤務し、区の生涯学習センターの業務を委託されていたりするので、アカデミックパックを購入できた。2002を持っていたので、2000円のキャッシュバックを郵送で申し込み、実質8000円で買えたことになる。こんばんは、厚蔵です。現在23時20分。今日は他に、ウイルスバスター2007、期間2年版(8300円)を友人宅へ設定に行ったり、バイク任意保険(月々2200円)の加入などで、一日が過ぎた。バイクの保険もショップのレッドバロンからすすめられたものにした。ロードサービスが充実していて、使い勝手がよさそうだった。エンカルタの機能を試しつつ、読んでいた。百科事典30冊分に相当するというのだが、実際、調べものをするには、ずっと重宝していた。このプログラムはXP対応をうたっているもので、ビスタ対応にはなっていない。DVDロムなので情報量は十分だ。いずれビスタ対応になり、次世代光ディスク用が出てくるので、現在の4年前パソコンで見られる最後のエンカルタが、この2007年モデルだろう。ビスタ対応パソコンを買う時は、現在のプログラムは大半が使えない。もうしばらく様子をみるつもりだ。
2007.06.08
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2時間睡眠での早番勤務が終わった。ここ2、3日日程が詰まっていたので、なかなかぎりぎりだった。祝・解放だ。今日は19時には寝ようと思う。 現在、16時50分、少し遠回りの通勤路の写真。楓の木だが、今は普通の木であっても、秋になると、真っ赤に染まる。ただこの木を撮るためだけに、この場所に来たりする。 この普通の状態の木が、秋にあそこまで見事に紅葉するのが不思議に思う。時々、ここを通りすがる時に、少し車を止めて眺めている。
2007.06.07
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2時間睡眠で早番勤務、眠い。エスタロンモカ(大正製薬)を4時間おきに飲んでなんとかしのいでいる。明日は休みなので近くのキャンプ場に寝に行こうと思ったのだが、予報では大気が非常に不安定で、今も通り雨が降っている。 今日は、厚蔵です。現在、午前11時50分。写真は休憩所、何人か職員が写っている。 しょうがないので、多分20時には寝て、起きたら朝になっているだろう。昨日もほとんど寝ていないのに、意外に元気に仕事をしている。まず、後4時間頑張ります。
2007.06.07
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現在21時50分、仙台市青葉区・三越近く・喫茶店。写真は店内、友人と別れて、奥州に向かう途中、やはり腹が減って寄った。奥州には数軒しかないおしゃれな喫茶店だが、この時間は数組の客しかいない。それも若い女性だったりする。 マクドナルドも近くにあるが、うるさい。値段は少し高いが、ブログも落ち着いて書ける。ビデオカメラは、時々持参する。先日の松尾鉱山ではないが、ビデオにとっておくと、後で冷静に風景を分析できたりする。 廃墟群の映像でも、ズームでの映像を確認すると、コンクリートの崩壊がかなり進んでいることがわかる。たぶん、岩手山の火山性地震が続いた時期が数年前にあったが、その時に痛みが進んだのではないか、とも思う。 今日の映像は、全くのアウトドア遊び映像だが、記録としては、10年、20年後に懐かしく思い出せるだろう。ビデオカメラも1年半前に買ったのが最初だったので、いまだに試行錯誤だし、教本を買って練習したりしている。 明日は午前5時おきで早番勤務、しかし翌日は休みなので、少し無理して友人宅へ来た。もうそろそろ帰ります。
2007.06.06
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『 が、かれの妻子がかれにどれほど感謝しているかはしらないが、行きずりの私にとっては不幸だった。私はかれに、社会人として必要な礼譲はじゅうぶんに払いつつ、ものをきいたつもりである。 が、かれは、私を、イヌほどにも遇しなかった。私は自己嫌悪におちいった。自分の礼譲が過剰だったように思われ、帝王に追従する道化師の微笑を浮かべたような感じもし、その卑屈さがやりきれなかった。 』 司馬遼太郎が考えたこと3(新潮文庫)、新大阪駅での思案の章より 司馬先生が国鉄駅員に場所をたずねた時の駅員の態度に対して憤慨している場面だ。昭和40年、41歳ぐらいの時の話だ。英雄然とした晩年の先生からすると、まだまだお若かった、という感じだ。 わざわざこういうエッセイを書く姿勢も笑えるし、こんなエッセイですら残っていることに驚く。今の自分はどうか、と考えると、もう少し気骨のある態度を取れるのではないかと思うがどうだろうか。
2007.06.06
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「ナンバープレートがねぇ」、--落としたなーー、と直感した。昨日の22時帰宅、ひとしきり広域農道を夜50キロほど走った。オフ車では、ナンバーに少し角度をつけるのが、ライダーの習性のようなものだが、確かに少し、位置調整をしたが、増し締めをするほどではなかったはずだった。 しかし、現に、22時に帰った帰った時には、無かった。もはや言葉も乱れに乱れるれる。 現在、13時、焼き肉店でホルモン2人前ランチを食べている。 翌日つまり今日、午前9時半から1時間以上に渡って、ルートを逆にまわり探した。当然見つからなかった。バイクショップにアドバイスを受け、11時に警察に届けた。30パーセントも見つかる確立があるだろうか、などと思った。 が、見つかった。78歳の男性が届けてくれた。わざわざ、そのためだけに警察の本署まで行ってくれた。警察の対応も迅速だったし、その老人の家にすぐ電話をいれると、とうの本人は昼寝中で奥さんが出てくれた。 当然のことですよ、という感じで、電話はすぐに終わった。本当に合掌したい気持ちだ。ナンバーの再発行の手間と、一週間は乗れないだろうという予測が気持ちを暗くしていたが、一気に晴れた。 さすが奥州だ。拾われた場所は国道4号の幹線、朝、清掃中に拾ってくれたそうである。
2007.06.06
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写真は奥州市・江刺区某所、キャンプ上の一角。現在18時過ぎ、まだまだ明るい。ここは隠れ家的場所なので、特に名を秘す。まさにぎりぎり感のある施設勤務が終わった。朝6時から16時過ぎまで、本当にぎりぎりだった。 明日はやっとの休日、17時過ぎまだ明るいので、とにもかくにも装備と本を積んでバイクで走り出す。もはや理屈もなにも、ただ走り、自然の中に入りたいから走る。それもバイクでしかいけない場所へ。 ハイカーの声が聞こえる。こんな所にテントをはってやがる、と驚くだろうが、もはやかまわない。市街地からそんなに遠くなくても、植生が豊かな所だから、野鳥の声がけっこうある。 夜になるかもしれないが、熊、犯罪者に襲われる危険性は少ない。携帯用LED小型ランタン、LEDヘッドランプも持参したので、まっ暗闇でもテントの撤収は出来る。ここはなぜか街灯もある。 とにかく疲れたが、人間は「行動すること」で元気になっていく。加藤諦三先生の「行動すること」という本、18歳の時に読んだが、それから100冊以上読んだ。自分の今、ここにある原点は、この本から始まった。 いい方向へ、ただひたすら「行動すること」で、人間は元気になり、強くなっていく。それしか打開し展開していく方法はない。休憩や趣味もその一環だ。
2007.06.05
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昨日は夜勤明け、今日は午前5時前に起きている。実質、連続して勤務をしている上に、生活リズムが不規則になっているから、よけいに体調的につらい。2人の職員が体調不良で帰った。自分も帰るわけにはいかない。 明日は、施設休みだが、たまったHP制作の業務がある。明日は、HP制作会社代理店の関係で仙台へ行く。向うの友人宅のパソコンを使って、仕事をするか、それとも介護福祉士の勉強をすすめるか、どちらかにする。 現在、午前11時50分、休憩のほとんどないまま、まず施設勤務業務にもどります。
2007.06.05
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『 しかも、変動期でなければならない。戦国時代とか、幕末とか、そういう舞台がいい。そういう時代にこそ、男のアクをふんだんに持った男が時代の主流に出てくるわけで泰平の世ではだめである。幕末の長州藩をほとんど一人でかきまわした高杉晋作は、明治維新の寸前、結核が高じて死んだが、こういう男が安定期にうまれておれば、親族ももてあましの極道者としての一生しか送れなかっただろう。 』「司馬遼太郎が考えたこと2」(新潮文庫)、時代小説と男性の章より事件を起こす人物、引きこもりや放蕩をしてしまう青年、毎日、ニュースで取り上げられている。時代の風潮は、泰平だが閉塞感があり、地球規模の競争の中、乱世の様相も呈している。競争激化の中、苦しい生活を余儀なくされている。しかし先進国だけでなく、それは、発展している中国、ロシア、インドなどでも同じ状況だったりする。こういう時代だからこそ、可能性もある。同時に、全員がある程度の生活も保障される社会でなければ、治安は守れない。こういう時代に、どういう努力をしてくか。一見すると、桁外れに見えていても、次代を先取りしている場合もある。決断をしつつの努力が続く。今晩は厚蔵です。現在、22時30分、今日は施設夜勤明け、明日は午前6時半から早番です。写真は黒石寺近く、夜、時々バイクでちょっと散歩に出かけます。7時間ほど睡眠をとってしまい、とりためていた、なんでも鑑定団、風林火山などを見るうちにこの時間になってしまった。なかなか忙しい夜勤で疲れがたまっていた。
2007.06.04
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渡辺華山の師匠がいた。名前はちょっと不確かだが、おもしろいエピソードがあった。その師匠は、武家の二男坊以下で、部屋住み状態だった。そこに仕官の話があってある大名に仕えたのだが、その大名は現在の愛知県にある藩で、ひどい貧乏藩だった。仕官をすることで、ますます貧乏になってしまったというのだ。 こんばんは、厚蔵です。現在、23時30分、施設夜勤休憩中です。 もと部屋住みにもどして頂きたい、と願い出たが、聞き入れられず、しいて願ったところ、追放になってしまった。これだと、他の藩に仕官することも出来なくなり、事実上、失業状態が続くようになってしまう。仕方なく、寺小屋の師匠をやってなんとかしのいだという。 かつて部屋住みだった時代を懐かしんだという話だが、現代にも通じる話だ。仕事をしても貧乏から抜け出せない現代の状況。しかし、その師匠は志を失わず、勉強を続けた。そして後世に渡辺華山の師匠として、名を残した。 自分も貧乏だが志を失わず、勉強を続けていきたい。厚蔵。
2007.06.03
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写真は、国見平・リフト、13時30分。雲が目線上に見える。右下に欠けた板敷きが見える。これ以上近づくと、転落の危険がある。大怪我必至だ。これで関東なら侵入規制がかかるが、地元の人間しか来ないので、全くのむき出しのままだ。ここの峠も一応、地方道から地方道へつながっているので、車は通行している。しかしかなりの部分がダートで、平日に14時ごろ来て1時間ほどいても、一台も通らない時がある。
2007.06.03
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アウトドア作家には憧れがある。今でも、こんなブログを書いている。現在午後12時45分。ここは奥州市・衣川区、某スキー場・頂上リフト。写真にもあるように、絶景だ。まさに国見平だ。中高層にある雲が目線上に見える。しかしリフト自体の老朽化がすすみ、使われていない。板もところどころはずれている。今日は日曜日ということもあって、地元の車がけっこう通りかかる。ウグイスなどの春の鳥も鳴くが、セミの声も聞こえる。バイクで走らせると、風のにおいは夏草のものだ。家からけっこう遠く、わざわざこんな所にまで、というような場所なのだが、ここは、やはり何度来てもいい。施設の仕事、試験勉強、人間関係、読みたい本など、やりたいこと、やるべきことは山積しているが、こういうアウトドアでの時間も大切にしたい。そういう時は、別に焦りもしない。決断し、やるべきときにはやる。昨日は20時過ぎには寝てしまって、午前6時に起きた。やはり睡眠も取れるときには取っておいた方がいい。すこぶる調子がよく、ついこんな所にまで来てしまった。
2007.06.03
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黒田助釣り公園、午前8時半。奥州市・江刺区中山間地域にある。変哲のないかわっぺりの釣り掘りだが、散歩がてらたまにここを通る。地域住民の生活道路でもあるので、時々車が走るが、それでも静寂そのものだ。こういう場所が奥州には無数にある。結局は人が住んでいないから、こうなのだ。東京・八王子市に15年住んでいたが、自転車10年、バイクに5年乗っていた。400ccのオフ車だったので、そうとうの機動力はあったのだが、自然の豊かな場所へ行くには、けっこうな手間だった。奥多摩もいいのだが、植生はすべて、杉になっていて、紅葉もなにもなかった。林道もかなり閉鎖されていた。下手をすると、八王子の自分のマンションの前の木の方が紅葉していたりした。しかし、八王子もそうだが、はずれの高尾や、吉川英二の青梅市や奥多摩も、キンモクセイの香りは格別だった。10月に香るが、旧市街地を走ると、必ずどこからか香っていた。自分の誕生月だったり、これから晩秋をむかえていくので、思い入れがある。逆に山に入ってしまうと香りがなくなってしまうので、だいたいは庭木として植えられているものだったのだろう。司馬先生の「考えたこと」、まだ15巻中2巻目だが、驚きの内容だ。思考遍歴のすべてが、ここにあるような気さえする。夜は施設夜勤なので、日中は仮眠をとります。厚蔵。
2007.06.03
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