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現在22時30分、宮城・大崎市(旧古川市)、腹が減ってCOCOSに入った。17時に食べた時には、少しこじゃれたレストランだったので、とても量が足りない。写真はオージービーフのサーロインだが、セット、ライス大盛りで2320円。22時前に入ったので、深夜加算はされていない。若干高めだ。いつも友人と入るのは、安い店だから、そう感じてしまう。しかし、古川のCOCOSはけたたましい。客も多い。ガスト並みだ。カップル、家族ずれも多いが、なにしろ、「ギャル」が多い。それも、大声で、遊びの話、ゲームの話、ファッションの話などをしている。昔、10年前は、もう少し静かだった。とはいいつつも、人間観察、マンウオッチングが好きな俺は、写真にある司馬遼太郎が考えたこと14を読みつつ、聞くとはなしに聞いている。店にいる客は、それぞれ、それなりに一生懸命話をしている。なにしろ、それぞれ大声で話すものだから、すべて、丸聞こえだ。そのエネルギーには驚く。『ーーつまり武士あるいはサムライとよばれる者たちーーの俸給はじつに安く、かれらの大半は、中程度の農民や商人よりも貧しかったのです。しかし貧しくても大変自律的で、いさぎよく、私心がないということで、かれらより下の階級(つまり農民や商人、職人たち)から尊敬されていました。ついでながら、人口の約七、八パーセントが武士身分でした。』司馬慮遼太郎が考えたこと14、より現代では、サムライのような人間は決して尊敬はされない。ただ、自分の所属する某組織では多少なりとも尊敬はされる感じがする。自分も、貧しくとも、サムライのようでありたい。バイクで、月夜の晩に北上川堤防などを、30~50キロぐらいで散歩がてら走るとき、鎌倉武士になったような想像をして走らせたりしている。我ながら自己陶酔だな、とは思いつつ、走らせる。ではまた、厚蔵
2007.10.31
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写真は13時栗原市(旧築館町)、4号線沿いドライブイン。4号線の北東北方面や、6号線の宮城県内などでは、昭和40年代風ドライブインが、けっこうある。というか、東北全体にある。なぜかトイレにはチャールズ・ブロンソンの写真が若干色あせつつも、掲げられていたりする。思わず、まじまじと眺めてしまった。昭和40年代には、アウトロー俳優として、よくアメリカ映画に出ていた。 忘れもしない6号線・宮城県内の中華料理店に、10年前の晩秋にバイクで行ったときには、15時過ぎ、すでに日が傾き、客は友人と2人だけしかおらず、やたらとザアサイをサービスしてくれた。残念ながら、そんなにおいしくはなかった・・・。古色蒼然たる、室内庭園には橋などがかかり、広い店内に2人だけ、というのがいたたまれなかった。完全に店内は昭和40年代で時間が止まっていた。しかし、あまりの珍しさ、懐かしさに写真などを、10枚近く撮った。 今晩は、厚蔵です。 現在、20時過ぎ、東北道、鶴巣PA。HP制作会社代理店の仙台での打ち合わせが終わり、奥州に戻る途中。夕方、数人しかいない女友達と、早い夕食を食べた。7年来のつきあいで、マンネリ化しつつもあるのだが、会ったら会ったで、色々話しこんだり、逆に、話もせずに、ただ仙台市内を少し散歩したりする。やはり気心はしれているので、友人関係が続いているし、連絡もきちんととっている。 帰り道、中古インテグラを運転しつつ、iPodにプレイリストを作った曲を聴いている。ELTはもちろん、長渕剛、ガーネットクロウ、村下考蔵などで、たそがれている。
2007.10.31
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『江戸時代は文明であったといったのは、少年時代を英国で送った故吉田健一氏であった。たとえば江戸時代展という重厚な展覧会が企画されるとすれば、世界中を圧倒するに違いない。「文明開花」であるはずの明治は、とても明治展として世界の人々に見てもらえる内容を持つことができない。江戸時代の華やぎは、美術工芸と文学、歌舞伎に相撲といったように、大衆ーーつまり貨幣経済がーー成立させたものである。相撲がいい例といえる。格闘技などどの民族ももっているのだが、それをスポーツとしてルールをつくり、劇的に構成し、見物に堪えるものに仕立てあげたのは、木戸銭を払う大衆だったのである。こういう現象はアジアの他の国にはない。一時が万事、江戸時代の華は、激しく還流する貨幣でなりたっていた。』司馬遼太郎が考えた事14、よりおはようございます。厚蔵です。現在、10時15分。施設は休み、歯科医の待合室。人気の歯医者なので、10時の予約とはいえ、けっこう待たされる。「江戸時代の華は、激しく還流する貨幣でなりたっていた。」、司馬遼太郎は、こう言い切ってしまう。種明かしをすれば、そんなものか、とも思うし、反発もあるだろう。しかし、自分としては厳然たる事実として、その通りだと思う。ただ、その上で、なおかつ、江戸時代は偉大な文明を築きあげた。現在14時、知人宅のパソコンの調子が悪いとの事で、11時過ぎに見に行った。驚いたことに、ウインドウズ95が載っていたパソコンにXPを載せていた。ハードディスクの空は4ギガ中、170メガ、プログラムにはロータスが入っていて、マイクロソフト・オフィスは入っていない。ほとんどパソコンは止まりかかっていた。50代の女性に頼まれ、娘さんのが使うのだそうだが、家のおじいさんも当然、パソコンについてはわかっていない。さらに知人の壮年から、パソコンを譲ってもらい、そのかたが、95をXPに変えたらしいのだが、余計なことをしてくれた。ヤマダ電気へ一緒に行き、カスタマイズパソコンをみた。ビスタ使用で、グラフィックボード9500円を入れて、13万ぐらい。モニターなし。以外に安い感じがした。次世代光ディスクでハイビジョン映像を扱うには、あと1年ぐらいは待った方がいいような感じがする。50代の知人女性も、家に帰って検討をするそうだ。「激しく還流する貨幣」、現代の地球でも投機マネーが、実経済を揺るがしている。しかし、いい面も多大にある。自分も、多少なりとも、稼がないことには、旅をするにもさしつかえる。その半面、画家や小説家は、文化の担い手でありながら、赤貧洗うが如し、の生活を強いられた人々も多い。司馬遼太郎の本の中でも、けっこう取り上げられる。ゴッホなどは代表例だ。貧乏ながらも、仕事をし、自分なりに、時代に遅れず、急がず、勉強を続けていく。ではまた、厚蔵。
2007.10.30
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4日間の施設勤務が終わり、昨日は24時まで仕事だった。寝たのは午前2時半、起床7時、一仕事を終え、現在、散歩中、午前9時。写真は、時々行く、北上川沿いの秘密の場所。まったく風景が一変してしまっている。土砂で埋まってしまったのではないかと心配したが、さすが国の管理だけあって、一応、土砂は取り除かれている。一体、年に何人がここを訪れるのかわからないが、ありがたい。2カ月ぐらい前に来た時は、まわりは鬱蒼とした樹林帯だったが、低い木はすべてなぎ倒され、土砂で埋まってしまった。国道や道の駅は、2カ月前にはまったく見えなかったが、今は、見渡せる。自分には放浪癖があり、友人も、そういう人間が多いのだが、日常の散歩から遠乗り、2、3日の旅行まで、いつも、こういう隠れスポットを探してしまう。全国に散らばる廃墟群へも、時々行く。大自然、大都市、廃墟群、人間観察、時間を見つけては、バイク、車、自転車を使って、外へ出ていく。
2007.10.30
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ついに奥州市内でも紅葉が盛んになってきた。写真は25日、秋田との県境。市内のイチョウ並木も、かなり黄色に色づいてきた。本当なら、この時期、晩秋の森を撮影しにあちこちへ走りに行くのだが、今年は介護士の試験勉強などのために抑えている。それでも、つい散歩がてら50キロぐらいはXR250で走る。 今日は、厚蔵です。現在12時15分、13時から施設遅番勤務。4日間連続で勤務だと、さすがにつかれてくる。昨日は、アウトドア雑誌・ビーパルを1時間ほど読んだ。野田友祐さんのカヌーエッセイは、相変わらずおもしろい。もう20年以上、時々読んでいる。けっこうな年なはずだが、まだまだ現役で頑張っている。著作で収入をえているのだと思うが、アウトドアに対する達人ぶりは、自分としても憧れの存在だ。
2007.10.29
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官僚の不祥事が続いている。現在は防衛省・守屋前事務次官問題。今朝のテレビでも取り上げられていた。そこで、司馬遼太郎「昭和という国家」が引用された。この本は自分も繰り返し何回か読んだ。官僚にとっては人事が全てであり、特に軍官僚の暴走によって、昭和前期の日本は破たんした。加藤諦三の本の中では、神経症的な人間とは付き合うな、と説くが、職場や組織内でそういう上司、同僚がいた場合、どうするのか、という問題については、決定的な対策は書かれていない。ただ、分析は詳細にする。たしかにその分析も大事だし、現象をわかっていなければ、対処も出来ない。何度も書くが、江戸幕府の末期、天保の改革における、鳥居耀蔵。老中・水野忠邦も最後には裏切られた。ただし、忠邦が復権したとき、鳥居耀蔵を追放したが。しかし、鳥居耀蔵全盛期、重役達から仕事のできる奴、という評価を受け、多くの幕臣も追従した。事態は、どんどん悪化していったのだ。抵抗する良識のある幕臣は次々と失脚していった。遠山金四郎は、南町奉行・矢部駿河守定謙(さだのり)が守った。おまえまで失脚すれば、民衆を守れない、というのが理由だ。歴史の事実としても、遠山金四郎は生き残り、名奉行として、矢部との約束を果たした。組織内で、どう戦うのか、どう強い味方を作るのか、思索、方法、実践について、考える。江戸幕府、明治政府、昭和・平成の超官僚国家日本、それぞれに問題の本質が隠されている。少しずつ、時代とともに明らかになっていく。今日は、厚蔵です。現在、13時25分、施設休憩中。追記、22時。
2007.10.27
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この写真は、一番のポイント、25日14時、県境、秋田県・東成瀬村付近。この時間でも十分に赤く紅葉しているが、夕日の加減で本当に燃えるように見える。この周辺の自然もギリギリの所で植生する樹木が展開する。こういう場所に生えている樹木は、平地での競争に負け、この高地まで追いやられた。弱い自然であるはずだが、こういう過酷な条件下で、ひしゃげながらも、たくましく生きている。今晩は厚蔵です。現在、18時、やっと施設勤務が終わり、家で休んでいる。今日は夕方から大雨。
2007.10.26
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写真は昨日13時、国道397号、秋田県境から10キロほどの地点。紅葉と晴天で、すべての物が光り輝いている。奥州からは往復100キロほどだが、景色がダイナミックに変化していく。天候、気温、風、それぞれが穏やかなので、ただ、バイクで走っているだけで楽しい。新しいミシュランタイヤの調子もいい。タイヤのブロックパターンが、両方の道にほどよく対応している。今日は、厚蔵です。現在、施設早番、13時、休憩中。昨日は用事があって22時半ごろ帰宅、今日は、17時までに江刺の会社の展示会に行く。奥州から釜石までは片道100キロ、ぴったり釜石駅へ着く。けっこうな距離はあるのだが、飲料メーカー営業時代に、毎週行っていたので、あまり遠いような感じはしない。昨日行った秋田との県境までの50キロの方が遠く感じた。現在、遠野釜石間は、新仙人トンネルができたが、かつての旧仙人トンネルは難所だった。紅葉もイチョウがきれいだ。
2007.10.26
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奥羽山脈のど真ん中、県境、秋田県・東成瀬村まで行ってきた。写真は県境のトンネル、14時。トンネル付近全体が燃えるように紅葉している。奥州の市街地から、約50キロほどの地点にある。胆沢ダムの工事やら、今年の大雨災害で、国道のあちこちが崩れ、工事をしている。見るからに、道路の側面が崩れ落ち、道全体が地すべりする可能性がある個所もあった。 まっすぐに行けば、1時間あまりで行く場所だが、2時間ほどかかった。10月末の現在、紅葉が全山、色づいている。写真を100枚近く撮ったが、かなり時間を撮影に費やした。今日は天気もよく、風もあまりなかったので、頂上付近もそんなには寒くなかった。道すがり、山の渓流をみあげるが、山全体がブナ林なので、青い空に紅葉が映えて、神々しい。 秋田県・東成瀬村は仙人の里だそうだが、まさにそんな感じがする。紅葉を目当てに、車通りは時々ある。撮影をしている人も何人かいた。峠頂上付近の車止めで、1時間ほど、里で見つけた加藤諦三の心理学の本を読んだ。今年の最新巻だが、今までの総まとめ的な内容なので、集中して読んでしまった。 今晩は、厚蔵です。現在、19時。6時間ぐらい山に入っていました。やはり、険しい分、大自然があります。14時に休憩した車止めも、鉄製の手すりが全て雪の重みで潰れていました。
2007.10.25
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昨日は、仙台でHP代理店の仕事、今日は奥州で施設勤務早番朝6時半から、現在、13時30分、施設休憩中。さすがにつかれている。これから夕方18時過ぎには、HP制作会社の展示会の手伝い、21時からは友人との約束がある。いっこうに介護福祉士試験の勉強が進まないが、もうそろそろ、本気で取り掛かるつもりだ。 とはいいつつも、バイクの新しいミシュランタイヤを試しに、高速やら、林道にも行きたい。なにより、紅葉のシーズンだったりする。奥州、胆沢区、胆沢ダム奥、秋田県との県境付近は、広大なブナ林になっている。県境のトンネル付近は、紅葉で全山真っ赤に染まるので、今年も、一回はなんとしても行ってみたい。
2007.10.24
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うーむ、ふられた。仙台でのHP代理店の仕事が終わった後、女友達と約束していたのだが、ふられてしまった。都合が悪くなったそうだ。結局、他の友人とあったが、やはり、異性の友人が何人かいると、楽しい。2時間ほど、飯を食べて話をしただけだが、気心が知れていると、ただ話をしているだけでも、いろいろ気づかされることが多い。馬鹿話もただただおもしろい。現在、17時50分、大和町付近。写真は仕事先の仙台市内駐車場、13時。その後、抜け道を探そうとして、再開発地帯にはまりこみ、工事渋滞やら、道が中途半端に細いやらで、時間がかかってしまった。しかし、市内、荒巻町付近を通る事ができた。幼い頃、祖父の家があり、当時よく来ていたが、再開発で地形そのものが変化してしまっていた。山を削り、谷を埋めている。まったく場所の見当がつかなかった。ナビに逆らったり従ったりしながら、その後、広い道路に出た。そこは街自体も整然としていて、県立図書館や大学があり、ホテルなどは城のようだった。しかし、旧市街、再開発地帯では、この通りとつながるのは、いったい、いつになるんだろう、と心配になるくらいの混乱、混雑ぶりだ。
2007.10.23
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写真は、豪族アテルイの館跡ちかく。午前10時。ミシュラン・オフロードタイヤのならし中。実際に走っていると、ゴツゴツ感がほとんどない。100キロ近く出しても、スムーズな感じだ。オンロードタイヤとほとんど変わらない感じがする。これから日中以降、雨が降り出すところがあるようなので、早めに散歩に出た。まだ日差しがあるので、秋の気配を楽しむことができる。 今日は13時以降、施設遅番勤務。ではまた、厚蔵。
2007.10.22
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午後に地域の集まりがあって、夜回り先生(元教師・水谷修)のビデオを見た。90分、年配者は一部くたびれて寝ていたが、俺は真剣に見ていた。この方の番組は何回かみているが、このビデオは特別に力が入っていた。オウムで有名になった評論家・江川紹子さんがインタビューしていたが、江川さん自体が圧倒されていた。自分がかかわった子供が今まで23人自殺したのは、自分の責任だ、と言い切る。仏法上では、すべての原因結果は、その人間にあると説く。物理学の質量不変の法則があるように、人間も形を変えつつも滅することはない。過去、現在、未来にわたって、その因果の法則は永遠に続くと説く。しかし、頭ではわかっていても、現実にその通りに考え、行動する人はそんなにはいない。現在、20時15分、夜勤明け後、仮眠を2時間とり、13時に地域の集まりに行き、18時にバイクをとりに行った。ミシュラン・オフロードタイヤを試しに、峠へ向かった。19時、気温6度、かなり寒く感じる。途中、突然、工事のダートに入ったが、ある程度スピードが出ていても、問題なく乗り切った。オン・オフ中間のタイヤなので、急な路面変化にも対応できる。水谷修先生の思索、態度、行動には、本当に頭が下がる思いがする。体を壊さずに、ご自愛くださいとも思う。その分析、共感、励まし、行動、努力、研究、すべてにおいて徹底している。しかし同時に、日本という国の歴史についても、もう少し考察していただきたい、と思った。なぜ、日本が19世紀に、欧米列強に侵略されなかったか、それは、「武の国」だったからだ。同時に「文の国」でもあった。武士はもちろん、商人、農家にいたるまで、かなりの広範囲で、文武両道の気風があり、また競争社会、合理主義の国であったのだ。欧米人が、この国は侵略は難しい、と、唯一、アジアで思われた国、それが日本だ。競争社会、過当競争によるストレス社会が、現代日本をおおっている。と、言われて久しいが、もともとそういう国だった。だからこそ、独立を保ってきた。しかし、欧米にしても、そういう激しい競争を反省して、北ヨーロッパでは福祉国家を築いて行った。アメリカは自由競争をつきつめ、繁栄しているが、医療保険のない国民すら大勢いる。日本は、アメリカ寄りと言われているが、とはいえ、それでもヨーロッパの福祉政策を学ぼうとしている。ちょうど、ヨーロッパ、アメリカの中間地点にいる状態だろうか。などと、延々と書いているが、水谷先生にも、本当に応援メールを書いて送りたいと思っている。続きはまた、赤石厚蔵。
2007.10.21
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鹿児島の離島に引っ越した方がいる。伴侶の方の都合によるそうだが、うらやましい限りだ。地方にもいろいろあるが、離島というのは別格な感じがする。友人の実家が東京都下・八丈島で、何回か行ったが、ここに定住しようと、一時本気で思った。いろいろ大変なこともあると思うが、様々なことにチャレンジして、写真つきブログなどを公開してほしい。その方のブログにもコメントを入れたが、自分も10代、20代、現在30代と、自転車、バイク、車で僻地を旅してきた。学生時代は、山岳部、サイクリング部だったので、ほぼ、1年のうち半分は、旅をしていた。当時、作家・椎名誠全盛期で、自分の周りにいる連中は、みな、その気になって「怪しい探検隊」、ばりに海山、高原、離島と、走り回っていた。現在、午前11時、写真は代車の原付。風に吹かれながらブログを書いている。今日夜は、特別養護老人ホーム夜勤、日中は仮眠をして、そなえる。さっき、バイクショップに行って、スタッフと話をしてきた。ハンドルのゆがみ、オイル交換、タイヤは前後をミシュランにかえる。ブロックパターンは、どちらかというとオンよりにした。高速上での、走破性を考えると、どうしてもオンよりになる。ショップの店長とは10年来のつきあいなので、いろいろアドバイスをしてくれるので助かる。ではまた、赤石厚蔵。
2007.10.20
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さすがに2日続けての早番はきつい。眠い。現在、13時15分。なんとかあと3時間ぐらいで仕事は終わりそうだ。おまけにバイクのハンドルも微妙に曲がっているので、遠乗りも出来ない。ニュースでもけっこう取り上げられるが、介護職現場の人数を減らしているので、常に走って行動している状態だ。昨日は、24、シーズン6、5巻を見た。どんなに眠くとも見てしまう。思わず、うたたねして筋がわからなくなれば、DVDを巻き戻して見た。今日は6巻を見るつもりだが、ビデオ店では、7巻以降もレンタルされていたので、今日借りる予定。ジャック・バウワーが活躍するが、ストーリーの流れ的には無理、破綻はないにしても、そうとう無謀な状況が続く。よくここまでの内容を盛り込んで、統合されて物語が進行するなと感心する。実際の巨大組織、団体の内部では、ここまでないにしろ、同じような闘争が行われているのだろうな、と自分の所属する組織も幾つかあるが、思う。vol.5の最後の時間に、また意外な人物が登場する。
2007.10.19
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24、シーズン6、vol.4を昨日見た。内容は明かせないが、ぎりぎりの戦いが続く。24の特徴は、はっきりとした敵、味方の区別がつけにくいことだ。それは、うやむや、あいまいな内容だから、そうなったのではなく。敵も、自分たちの正義をかかげ、必死に戦っていたりする。さらに、現実は厳しく、多くの人間が犠牲になっていく。 現在、午前11時40分、施設休憩中。写真は昨日、黒石寺付近、1000年以上前、天平時代に開かれ、天台宗の寺だったりする。夕方は天気がよく、バイクで峠道を夕日の中、ただ走るだけで感動する。
2007.10.18
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一関市・東山町、夏山川沿い林道、家から30キロほど離れた所にある。写真は16時過ぎ。夕方の散歩で立ち寄った。地図は5種類持っていて、場所によって見比べている。ここは今まで行ったことがない林道だった。写真の場所から、すぐにダートがきつくなっていく。 雨に削られた路面が、コーナーの先へ、先へと続く。この落差はきついな、と、減速したが間に合わず転倒。低速だったので、バイクだけ転んだが、ウインカーが曲がり、ハンドルも少し、曲がったようだ。ウインカーは手でなおす。 ライトはアルミガードで保護されているので、まったく損傷はない。確認してみると、ガード用のカバーやパーツには少し傷がついている。しかし、走行にはほとんど支障がない。オフロードバイクの頑丈さが、また証明された。 夏山川沿いの林道は、いい場所だった。バイクの損傷、走行への影響が林道上ではわからないので、途中から引き返した。こういう隠れスポットは、いい場所だったら、友人とまた来るので、近場はなるべくチェックするようにしている。 こういう林道が、奥州の場合、無数にある。詳細な地図であれば、道の表示で、どのくらいの道幅かがわかるので、どの程度のルートなのかが予測できる。行き止まりの林道だと、ほぼ、訪れる人はいない。 現在、20時、パソコンでの書き込み作業が続いているので、ウイルコムPDAでブログを書いている。
2007.10.17
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24、シーズン6、4~6巻をゲオで借りた。奥州のツタヤでは、水曜日は半額の日なので、新作、ましてや24は絶対借りられない。というので、ゲオの方にやってきたら、余裕で借りられた。今日は、介護士の勉強を進めるつもりだったが、こうなると少しでも、24を見ないわけにはいかない。 現在、午前11時50分、歯医者の待合時間。11時と勘違いして早く来てしまった。空き時間を使って、ゲオに行き、ロト6を2000円分買った。同じ番号を、もう4年間、月に一回ぐらいの割合で買っている。やはり、クジは確率論だから、同じ番号を買い続ける方が、確立は高まると思う。まだたいして当たってはいない。 アメリカで20億円あたった、なんていうような人は、同じ番号をそれこそ、20年ぐらいかけて買っていたという。東大の小柴教授が素粒子をつかまえ実証し、ノーベル賞をとったが、光電管、スーパーカミオカンデをつかっても、10年以上の歳月がかかった。 そういうのを考えると、こういうクジも、一種の実験だと思って、気長に待つしかない。
2007.10.17
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昨日夜、頭文字D、36巻をさっそく読み、司馬遼太郎が考えたこと12巻の続きを読んで寝た。おかげで、睡眠時間は4時間ほどになった。現在、午前11時30分、施設勤務休憩中。写真は、こないだの石淵ダム放流路。 頭文字Dも、マンネリ化してきているとは思うが、それでも、おもしろいと思う、湾岸ミッドナイトと、同じような感じだ。そこで語られる話題、考え方、行動はやはり、刺激を受け、元気になる。 また、驚かされるのは、こういうようにブログで、漫画や、小説の話を書くと、グーグル検索で、かなり、トップのほうに表示される場合がある。迂闊なことを書くと、いかにもうろ覚えで書いていることがわかってしまう。 とはいいつつも、身辺雑記のようなブログでもあるので、細かい点についての間違いは勘弁していただきたい。指摘されれば、なおします。
2007.10.16
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アマゾンから本が届いた。楽天ブックスも使うが、今回はこちらを使った。司馬遼太郎が考えたこと13、14巻、頭文字D36巻。同封してL.L.Beanのカタログが入っていた。フィールドコートが表紙になっている。値段は26000円。15年前に買った、フィールドコートも、今でも持っているが、散弾銃の弾入れや、防水部分がついていたりして、普段使いには少し使いづらかった。 今年のモデルは、それよりも、防寒の機能性を高めているようだ。しかしデザインは1924年から、そんなには変わっていない。今でも、十分なデザインと品質を保っている。 そんなには高くはないが、アウトドアブランドのいいものは、驚くほど長く保つ。なおかつデザインも、数十年変わらない。バイクでの転倒時にも破れず、急激な天候や気温の変化にも対応する。実際に、山や峠で、何度も助けられた。モンベルのストームクルーザーという雨具は、ゴアテックスを使っているが、これも値段的にもそんなには高くなく傑作だった。 現在、22時45分、施設遅番勤務が終わり、帰宅した。明日は午前5時起床で早番勤務。
2007.10.15
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焼石岳方面の渓谷をあきらめ、ダム周辺を歩き回った。ここ石淵ダムは、ダム全体が新胆沢ダムによって水没する。日本初の国策ロックヒルダムで、完成後、50年以上がたった。周辺の設備も、コンクリートの耐用年数の限界をこえ、崩れ始めている。 防寒対策は、完璧だったが、それでも標高が高い分、寒い。施設の案内塔があり、そこに入って弁当をたべた。日曜でも、この案内塔による人はほとんどいない。新胆沢ダム工事現場展望台へ行ってしまう。なによりここは、道が狭く、よりにくい場所にあるのだ。 モニターが目にとまり、ダム工事過程のビデオを見た。10数年、奥州に住んでいるが、初めて見た。昭和28年に完成していた。まったく、当時に作った報道映画を、そのままDVDにしているのだが、DVDを作った当時にすでに画質が劣化していて、かろうじて見られるような画像だった。 9人の方が犠牲になった大工事だった。当時の、社会風俗もわかって、興味深く、15分間見ていた。まわりは、ただただ静かで、夕暮れで、まわりのダムも茜色にそまっていく。 現在、施設休憩中、13時10分。21時過ぎまで勤務。改修工事の騒音が今日も響き渡っている。
2007.10.15
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南町奉行・矢部駿河守定謙(さだのり)。1836年に勘定奉行、1841年に江戸南町奉行となり、遠山金四郎とともに水野忠邦の天保の改革に対抗する。しかし、最後は鳥居耀蔵(とりいようぞう)に陥れられ、矢部家は改易、桑名藩に幽閉、ほどなくして絶食し、憤死する。その鳥居耀蔵に対して、勝海舟はこう評している。「残忍軽薄甚しく、各官員の怨府となれりといへども、その豪邁果断信じて疑わず、身をなげうつてかへりみる事なく、後、罪せられて囹圄にある事ほとんど三十年、悔ゆる色なく、老いて益勇。八万子弟中多くかくのごとき人を見ず。亦一丈夫と謂うべき者か」百科辞典、ネット上で調べていくと、この2人の因縁の対決が、少しずつわかっていく。しかし、調べていくと、やはり、物事は単純ではない。鳥居耀蔵自身も、晩年は四国・丸亀藩などに30年、幽閉されつつ、明治維新を向かえる。しかし晩年、そこでは、領民に対して、薬草での治療を施したり、藩士に助言をしてやったりもしていたという。ここまで調べると、返す返す、矢部定謙(さだのり)の死が悼まれる。正義はやはり、負けるべきではない。歴史上、矢部定謙(さだのり)の名は、遠山金四郎とともに、燦然と輝いてはいる。それだけに、現代における人間社会の闘争を考えるとき、この「天保の改革」時代の、江戸幕府内の権力闘争は、多くの示唆を与えてくれる。現在、23時、夜勤明けで、3時間ほど仮眠をした後、焼石岳方面へ走りにいった。しかし、渓谷はダム工事で完全に閉鎖になっていた。山のような盛り土を見上げて、工事完成までは行けないだろうなと思った。写真は、その胆沢ダム・工事現場、17時30分、世紀の大工事といわれている。
2007.10.14
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矢部江戸町奉行は、同じ、江戸町奉行、鳥居耀蔵(ようぞう)に負けた。善政を行い、庶民一般にも人気が高く、幕府閣僚にも信頼が厚く、あの金さんこと、遠山金四郎とも親交があった。しかし、権力闘争に敗れた。当時、天保の改革が進行中で、筆頭老中・水野忠邦が政治の中心だった。鳥居耀蔵はその忠邦の信頼を得ていたという事は大きかった。幕府上層部からも、仕事のできるやつという評価を得ていた。しかし、「蛮社の獄」で、高野長英、渡辺華山を死に追いやり、幕政を混乱させた張本人が、鳥居耀蔵なのだ。どうして、だれも止められなかったのか、あの英明な水野忠邦でさえ、とりこまれてしまった。現在、施設夜勤休憩中、23時30分。写真は、新設備、浴室、リフト浴設備、15日に検査が入るので、まだ、使われていない。このテーマは、何度も考えさせられる。司馬遼太郎も、この「蛮社の獄」に関しては、記述が少ない。夜勤明け、もう少し、書いてみようと思っている。
2007.10.13
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昨日のブログの最後のセリフだが、本当は若干違っている。「男はタフでなければ生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない」、正確には、これが正しい。これは、レイモンド・チャンドラーが作中で探偵フィリップ・マーローに言わせたセリフだったりする。自分の年代だと、ハンフリー・ボカードなどのハードボイルド小説を、けっこう読んでいたので、つい、セリフを引用してしまった。現在、24時、22時半まで施設遅番勤務。明日は朝5時起床で、施設勤務。なかなかきついが、かつて飲料メーカー営業時代は、こういう勤務がざらだったので、そんなには気にならない。写真は、10月6日17時過ぎ、奥州・阿原山から見た日没、綺麗だがとにかく寒かった。なんにせよ、眠く、疲れているのだが、10月9日のブログには、zzrこまとさん、スシェルアさん、から、真面目なコメントが書き込まれていたので、あわててブログを書いてます。みなさんの、意見はまさにそのとおりだと思います。「どうせ一日は一日なのだから私は出来うるだけ笑って暮らしたい!」、そうだと思います。自分も施設では、万年・広報委員をやっていて、広報誌、法人HPの更新も担当しています。なんだか、俺だけ忙しいんじゃねえのか、などと、つい思ったりもしますが、その分、こっちの無理もきいてもらったりしているので、怒るべき時は怒りますが、基本的には笑顔で勤務しています。
2007.10.10
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朝、NHK教育を見ていたら、「うつ病」についてやっていた。がんばれとあまり励まさないこと、無理をせずに休むこと、仕事量も調整して行うこと、職場の協力も必要、などと、一般的なことを話していた。事実そうだろう。また、変に休むことでストレスになる場合は、仕事をしたほうがいい、という話もある。中学生の一割が鬱的傾向にある、と今日の河北新報一面に載っていた。人間は、行動することで、元気になっていく。いい方向へ動機付けられた行動によってのみ、人間は強くなっていく。現代日本、1400万人が百数十万の収入だという。そういう人こそ、「うつ的環境」におかれている。そこから脱する為に、皆、必死で努力している現状がある。そういう、事実、事態に対して、評論家、心理学の先生方の声は、あまりにも現状打開への方途として弱さを感じる。現在、19時。今日は、施設が休み。焼石岳方面へバイクで行こうとしたが、あまりの強風に途中で断念した。国道4号線近辺は、平野部のためそんなに風の影響は無い。仕方なく、用足しに動き、いつもの北上川を少し走った。写真は17時、北上川堤防、日没10分前。このストレス社会の中で、「いじめ問題」なども深刻化している。しかし、いじめる側も、そういう「神経症的」状態に追い込まれているのだ。ではどう、自分の努力をすすめ自己実現し、人間関係をいいものに作り上げていくのか。それは、今まさに、どうしたらいいのか、専門家も、一般の市民も、誰しもが真剣に考え始めているのだ。20世紀に広範に広まった「市民社会」が、そういう思考、努力を、先進国8億人の、一般市民レベルにまで可能にした。「いじめる人間」、「いじめられる人間」、「鬱的傾向の人間」、それぞれすべてを、いい方向へ、変えていく努力。そういう、総合的な努力、訓練でなくしては、うつ病の人も、いじめる側の人間も、どちらも救われない。司馬遼太郎、「国盗り物語」、斉藤道三、織田信長の舅。天台宗の僧侶、油売り商人、下級武士から、美濃一国の国主にまで上りつめた。その政策は、信長に引き継がれ、近代を開いていった。その道三の言葉、「大悪人になれるような人間でなければ、大善人にはなれない。」、この言葉は、ブログでも何回も書いているが、人間の矛盾、統合性、可能性を、含蓄深く言い表している。「人間は強くなくては生きていけない。しかし、やさしくなければ、生きていく資格がない」
2007.10.09
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このブログは、はっきり言って、個人のたわ言を書きたいように、書き連ねているが、意外に本格的な方が何人か訪問してくれたりする。が、あくまでも、たわ言なので、書き込み、メール返信を、おおらかに、だいたいに、書いているので、すいません。よろしくお願いします。07年10月6日ブログコメント『 行動半径は北三県中心に関東までです。八幡平の玉川温泉で国道は通行止めでした。紅葉はもう少し後ですね! 』という、「zzrこまと」さんも本格的なライダーだったりする。玉川温泉! 確か日本で3大ラジウム鉱泉の一つだった記憶がある。温泉のHPにも「特別天然記念物「北投石」(ラジウムを放射)を生成、産出。」と書いてある。自分もかなり昔に行った記憶がある。25年前当時、かなりの部分がダートだった。07年5月30日のブログ「冒険家の後ろ姿」でも書いたが、ここでも本格的な冒険家に岩手山・松尾鉱山廃墟群の現地で出会った。まさかという場所から現れたので、思わず、その場から逃げ出してしまったのだが、その後、よくよく話を聞くと、そうとうの強者(つわもの)だった。現在、23時30分、施設日勤を終え、友人宅によった後、家に戻った。写真は7日日曜、朝の散歩中の写真、北上川、奥州市内・道の駅近くの河川公園だが、風景が一変していた。中州へ橋が架かっているのだが、その橋が、完全に埋まってしまっている。目を疑うような光景だ。バイクでしか行けなかった中州が車でも行けるようになっていて、実際に車道が出来つつあった。この前の大雨の影響だが、ここ10年で初めて見る光景だ。
2007.10.08
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東屋から、下界を眺める。実際には200度近く、周囲に展望が広がる。こういう場所が、奥州の家からそんなに遠くない範囲で、点在する。車では、なかなか来れない場所だが、ホンダXR250なら、来れる。急坂、狭隘な道路でも、全く問題ない。1時間、飽きもせずに、寒さを我慢して眺めていた。仕事のない奥州だが、これがあるから、どうしても離れられない。
2007.10.06
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寒い。北上山地にある、奥州・阿原山峠、16時。施設夜勤を終え、3時間ほど仮眠をして、ここに来た。市街地から30キロほど東へ山に入ると、この峠に来る。今年出たばかりのツーリングマップ東北・大判タイプを、暇があれば眺めているが、ここも発見した。近くまでは来ていたが、この峠は初めてだった。平野部は暖かかったが、山頂近くはやはり寒かった。標高782m。一般のガイドブックには間違いなく載らない場所だ。とにかく、県道ではあるのだが、全くの一車線しかなく、車はすれ違い出来ない。そういう区間が、山頂まで15キロほども続く。しかし、稜線沿いにでると、一気に眺望が広がる。北上山地、北上盆地が、うねって果てしなく続き、その先に奥羽山脈がかすんで見える。山頂付近は牧草地にもなっていて、よけい眺めがよくなっている。ススキの穂が広がり、別世界だ。東屋もあり、休憩もできるが、当然のことながら、全く人は来ない。防寒着を着ても寒い中、我慢して、17時15分、日没の写真を撮ってから、里に下った。写真に写っているタンクバックには携帯D903i、この携帯はナビが充実している。
2007.10.06
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司馬遼太郎が考えたこと11巻に、貧乏御家人の一生の話が出てくる。その子息は、のちに、学校を建て、立身するのだが、その父の一生は、つつましいものだった。江戸幕府末期、貧乏御家人は、その収入の道はほとんどなく、楊枝削りの副業をやるより他はなかったという。 しかし、学問に関しては謹直で、厳しかった。ただ、料理屋にいくこともなく、芝居を見ることもなく、友人が訪れることもめったにあるものではなかった。しかし、武士としての、誇りは、かた時も忘れることはなかった。 そういう、父の姿を、誇りに思っていた。 現代では、物質は巷にあふれている。同時に、それを使いこなさないと、仕事にならないという現実もある。 ただ、物に振り回される、一生は送るまい、と、この章を読んで思った。 現在、23時45分、施設夜勤、休憩中。
2007.10.05
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仙台での仕事を終え、友人宅へ行く途中、泉区にある仙台市科学館に寄ってみた。昭文社のガイドに載っている。この近辺はいつも通る道なのだが、初めてきた。市で運営しているだけに、よく整備はされているが、老朽化も進んでいる。フライトシュミレータ等の一部のアトラクションは閉鎖され、そのままになっていたりする。午後4時を過ぎると、掃除のおばさんたちがやたら目に付いた。写真は、理化学コーナー、元素の周期表、現物が部屋全体に配置されている。写真に写っている塔一つ一つが、元素の展示になっている。久しぶりに、元素周期表をまじまじと見てしまった。水曜日ということもあって、人はほとんどいない。収益的には、なりたたないのではないだろうか。もう一度くるか、といえば、もうこないだろうな、という施設だった。ただ、建物自体は壮大な施設なので、それだだけでも一見の価値がある。これから、毎月仙台へは、仕事等できているので、これは、という施設には、一つでも寄ってみるつもりだ。
2007.10.03
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知人・後輩へのメール、一部抜粋、午前10時30分送信。なぜ、ブログに載せるかというと、自分も含め直面する方が多い問題だからだ。今日は、施設は休み。山積している作業にも取り掛かり、夕方、バイクで散歩にも行こうと思っている。写真は奥州市内・森林公園、9月30日・午前8時。このロッジだけをみても相当な施設だが、使われず、少しずつ朽ちている。『 昨日はお疲れさまでした。厚蔵です。 携帯、パソコンに同報しています。経済関係のニュース、本はなるべく読むようにしていますが、現在、年収百数十万円の人が、約1400万人います。派遣労働の過酷さも、報道されています。現実に、飢餓状態に追い込まれる人が出てきています。自分も、まったく畑違いの介護の仕事をしていますが、ここ奥州では、仕事の選択の余地はない状況です。まったなしの中で、なんとか仕事をし、勉強し、活動をする毎日です。なんとか将来、餓死せず、生き残り、自分なりの実証を出したいと決意しています。世界規模の競争の中で、アメリカ人はインド人に事務仕事を奪われ、インド人は、アフリカから農作物が入ってきて、農家をやめる。中国では、大学卒が北京、上海での仕事がなく、田舎にも戻れず、都会でアルバイトをして、しのいでいる。8億人が飢餓状態、8億人が車に乗る先進状態にある現在の世界。日本だけが、その枠外にはいられない現状があります。それこそ、奥州だけでなく、北上、一関、仙台、それぞれ仕事を探してもいいと思います。自分も、うまくいくよう祈ります。自分も必死です。 』(一部抜粋、内容変更)
2007.10.02
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ゴーマニズム宣言・暫・二(小林よしのり著)を読んだ。07年10月2日発刊。相変わらずの、よりのり節が炸裂している。評価できる内容、そうでない内容、わかれるが、おもしろい。今回は、格差問題についても言及している。年収百数十万の人が1400万人だという。それが、小泉改革の犠牲者だという。たしかにそういう側面はあると思うが、決定的な原因は、「フラット化する社会」だと思う。それは「グローバル化する社会」とも言い換えられる。世界規模での競争が起こっているのだ。インターネット網が世界を覆うことで、世界全体が「フラット化」していく。インドでも、ロシアでも、かつては辺境にいることで、仕事が出来なかった人でも、優秀な人間は、先進国の舞台で仕事が出来る。逆に、先進国内での、少しでも能力が劣る人ははじき出されてしまう。それでも共存していける社会を目指す。しかし、現代は、8億人が飢餓状態にあり、8億人が車に乗ることが出来る先進状態にある世界。そういう、今まで解決できなかった、世界規模での格差問題にも取り組まなければならない時代に来たのだろう。現在、23時30分、今日は施設遅番だった。写真は、昨日、午前8時、奥州市内森林公園、せっかくのキャンプ場やロッジが、だんだん、こうして廃墟になっていく。個人的には、こうして朽ちていく施設は嫌いではない。疲労と少し風邪気味だったが、少し、峠にインテグラで走りにいった。営業時代と比べ、運転は下手になってきた。それでも、時々は走りに来て、腕が落ちないようには練習している。
2007.10.01
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