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夜勤明けが午前7時半、広報誌の仕上げの作業が9時半から、1時間。帰宅して3時間仮眠、19時から友人との約束で3時間かかった。風邪と、腰痛で、かなり厳しい体調。それでも、風邪薬とシップ薬、最低限の休養で、なんとか一日を過ごした。写真は、時々行く展望台、07年6月、ここは地元の人間しかしらない。北海道のような風景が広がる。
2007.08.31
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『 けれど、豪という男はなかなかにやっかいな相手でもあった。どうもよくわからない。巧みが考えもしないことを考え、心にちらっとも引っ掛からないことに悩む。そのくせ、誰もが眉をひそめる、巧の激しい気性をさらりと受け止めて、呑み込み、平然としている。「豪。おまえって、見た目も性格もぜったい老けてるよな」「大人っぽいって言ってくれんか」 』バッテリー3(あさのあつこ著)よりこんにちは、厚蔵です。風邪の体調不良が続く。夜21時半から施設夜勤。日中は横になって休んでいる。13時半に、母を眼科に送り、電光堂で、ルミックス・TZ3の予備バッテリーを買いに行った。5000円、取寄せに2、3日はかかるそうだ。写真は、母を病院へ迎えに行く1時間の間に、立ち寄った奥州市内の牧場。ここには必ず競走馬がいる。このキャッチャーの豪の性格は、なるほどと思わせる。こういう性格だからこそ、巧みという天才肌のピッチャーの能力を引き出せる。大リーグのイチローも仰木監督にめぐり合って大成した。それまでは振り子打法はあまり認められなかったそうだ。こういうくだりを読むにつけ、「人格の成熟」という心理学の用語が思い出される。基本的信頼関係を幼児期に形成し、その後、自己実現、協力関係への努力、訓練を続けていった人間が、こういう豪のような「人格の成熟」に達していくという。それは性別、年齢に関係ない。未熟な人間は、50代、60代になっても、その状況を引きずっていく。
2007.08.30
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写真は、ルミックス・TZ3で撮ったもの、奥州市内。日付が右下に入っている。6月に行った松尾鉱山で、200万画素のサイバーショットを壊してしまったが、あのカメラは日付が撮影時に、JPEGそのものに焼きこまれるので重宝していた。今では売り場専門の店員に聞いても、そういう機能はありません、と断言されてしまう。このルミックス・TZ3の日付機能にしても、店員が説明書をみて、やっとわかった。それは撮影時に焼きこむのではなく、撮った写真に加工して入れるというものだ。700万画素が、300万画素までおちるが、それはHP上で使うものだから、かまわない。こういう日付機能は、他の人はあまりつかわないのだろうか。現在、21時半、朝6時半からの施設勤務が終わり、風邪による体調不良が続く。それでもSDカード・2ギガを、リーダーライタが読み込まないため、急遽、またリーダライタを新しく買いにいった。これだと4ギガまで対応している。よくよく他の製品を比較すると、今でも1ギガまでしか対応しない製品も出回っている。というわけで、友人との約束も断り、今日は早めに休みます。
2007.08.29
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じりじりと風邪ひき状態になってきている。何度も書くが、施設勤務と、介護士実技講習、HP制作代理店の仕事で、休みも睡眠時間もここ20日間なかったが、いよいよ風邪ひき状態になってしまった。 現在、22時、遅番勤務から帰ってきた。風邪薬を飲みつつ仕事をしていたが、なんとか大丈夫だった。明日は早番、午前5時起き。写真は、しばらく行っていない大師山、2カ月前。 今、少しテレビを見ていたが、オリラジが紹介するアルバイトで、自販機設置場所紹介で4万円というのがあった。条件もいろいろあるのだろうが、今の、HP制作の副業よりよほど金額がいい。
2007.08.28
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現在、25時30分、22時までの施設勤務が24時半までかかった。写真は盛岡駅前、再開発地域。自分がいた25年前とはかなり様変わりしている。 デジタルカメラを買った。ルミックス・TZ3。画素数720万、28ミリの広角、10倍の光学望遠、画像データに日付を焼き込める(画素は3メガ以下に修正)、ISO感度や動き感知の手ブレ補正がある。 本体36000円にまでまけさせた。今の自分にとっては高い買い物だが、デジタル一眼などだと、レンズ一本で5万円したりする。 写真はアウトドアとセットの趣味で、けっこう撮る。3カ月前に、デジタル一眼の撮影技術についての本を買ったが、風景から人物まで、撮影の対象、技術について、いろいろ気づかされた。
2007.08.27
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介護福祉士試験、実技講習と評価が終わった。なんとか合格だそうだ。去年から講習が始まって、今年でまだ2年目、学校側も模索の段階だ。最後に講師の先生が話していたが、試験制度も、ここ数年でまた変わっていく。 現在、16時半、盛岡駅。合計4日間の講習が終わった。8人のグループだったが、みな熱心だったので、気持ちよく講習、実習ができた。 介護士自体も、正介護士、準介護士に変わっていくという話もある。介護士法が改正になり、資格制度、報酬についても変わっていくという話だった。 それにしても、勤務と講習の並行で、休み無し、睡眠時間が少ないのには疲れた。それでも実技試験は来年度試験から3回までは、免除になるそうだから、甲斐があった。 施設非常勤勤務と、HP制作会社との兼務状態が3年続いている。来年度に施設の正職員になれば、HP制作の方は、少しは、仕事が減らせるだろう。 元はといえば、車、バイク、パソコンなどにも金がかかっているので、仕事の量が増えているのだが、それはしょうがない。贅沢をするわけではないが、必要以上に生活の規模を縮小すると、自分の能力の縮小を招く。 必要な分の金は、IT関係の副業でなんとか稼ぐ。
2007.08.26
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やっちまった。やってしまった。寝ぼけて早く駅を降りてしまった。ここは金ヶ崎町・六原駅、現在21時。写真は駅構内の、よくわからないライト。なんというか、待ち時間が1時間ある。無人駅なので、一度駅を出て、コーヒーを買って、煙草を一服した。ホームの外れで、ブログを書いている。貨物列車が轟音をあげて通り過ぎて行った。 かつて自転車旅行の時は、こういう無人駅を使って駅寝をしたが、そんな感じだ。ここ、ホームの外れは風が吹き抜けて涼しい。砂利が敷き詰めてあって、坐り心地もいい。目の前に月が見える。
2007.08.25
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何度も言うが、盛岡医療福祉専門学校に、現在通っている。現在、18時40分、盛岡駅。土曜日だというのに、JRのホームにはあまり人がいない。みんな車のようだ。明日も6時半に奥州・水沢から盛岡へ来る。 講習を受けているのは40名、学校も、去年から講習を始め、去年は2回、80名、今年は3回、120名を募集しているそうだ。講習を担当する11名の先生は、熱心だ。客観的にみても、優秀な感じがする。 生徒の方も、みな現職で、施設勤務をしている。秋田から来ている壮年の方は、明日、講習が終わった後、夜勤だそうだ。死んでしまうぞ。またまた秋田の高校生は学校の休みを使って、受講している。 昨日も、講習のレポートを終えて、寝たのが1時過ぎ、4時間弱の睡眠時間だ。体力的にきついが、実技試験の最中だと思って、頑張るしかない。月曜日からも勤務だが、講習が終わった分、多少は気が楽になる。
2007.08.25
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現在23時30分、明日は介護福祉士、実技の講習会、朝6時半の電車で盛岡の学校へ行く。これから、課題のレポートの仕上げにかかる。1時間ほどで終わらせる予定。今日は朝7時におきて、HP制作の仕事をしてから、施設勤務に行った。10時半から21時過ぎまでかかった。現在は常勤的非常勤の勤務だから、HP制作の副業で、足りない分を補っている。現在取り組んでいる勉強は、介護の資格と実務経験、パソコンの資格、実力をメインにしている。写真は06年10月、あまりの濃霧で記念写真をとってしまった。
2007.08.24
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現在、22時20分、朝5時起床の勤務だったので、かなりの疲労だ。19時過ぎ、バイクで50キロほど散歩してから帰った。今、介護福祉士講習の課題をやっていた。1時間半やって、まず一段落つけた。施設広報誌の表紙写真も、今日、やっと天気になり、13時過ぎに撮れた。認知症の関係もあるので、シャッターチャンスは難しいところもあったが、なんとかいい写真が撮れた。写真は、松島メインストリート、去年06年9月のもの。この時は女友達と一緒で、少し近辺を散歩した。なんとも昭和40年代の香りのする観光地だが、そこが根強い人気の秘密でもあるのではないだろうか。レトロな感じのする街並みと、松島の風光がいい感じだった。夏の思い出らしい一日。
2007.08.23
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朝、HPデータの更新、友人へのメールを返したり、ネットからダウンロードをしたデータの整理、DVDへのバックアップ、など細々した作業をするうちに、現在、12時半。朝7時に起きて、作業をしていたが、一段落したら休もうとしているうちに、午前中が終わってしまった。 介護福祉士実技講習の課題作成、実技講習総合評価の練習、施設広報誌の表紙の作成、などをやっているうちに、かなり時間がたつだろう。あれもこれもでは、時間がなくなってしまう。一つずつ、決断しつつ、作業を進める。 奥州は今日はまとまった雨になるそうだ。写真は、奥州・JR水沢駅、朝6時半。この時期は南部風鈴が、ホームに数多く、飾られている。日本の駅の音100選にも選ばれている。確かにこの音は、奥州・南部、夏の音そのものだ。
2007.08.22
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ある日、玉木文之進は、幼年時代の吉田松陰を死ぬほど殴った。「藩の学問をしている時に、汗が流れて痒いからかく、というのは私の欲望に負けたということだ」、というのが理由だった。しかし、そういう厳しい指導ばかりではなく、周りから見ても、松陰を尊敬し、大事にもしていたという。ちなみに日露戦争で二百三高地をおとした将軍、乃木希典も、この人に育てられた。現在、21時30分、12日間の連続勤務、講習が終わった。明日はたまりにたまった、様々な作業を行う。写真は、奥州の夕暮れ、2時間ほどバイクで走った。10日以上乗っていなかったが、夏の夜の空気が、ただ心地よかった。吉田松陰は安政の大獄で刑死し、玉木文之進は萩の乱の責任を感じて切腹、乃木希典は明治天皇が崩御した後、殉死した。そういう時代といえば時代だが、この方々は同じ民族なのか、と、現代から見ると思ってしまう。全員が、思想家であり、明治維新や、その後の明治時代に絶大な影響を与えた。昨日、山口県で、16歳の孫が祖父を絞め殺し、祖母をバットで殴って怪我をさせた事件があった。少年は、今日、東京でつかまった。その時、所持金は50円で、200円分の食料を盗んでつかまったそうだ。教育、ということが、ここまで難しくなってしまった。松下村塾とまではいかなくとも、少なくとも、人間心理のベースになる宗教、思想に基づいた教育が必要なのだと思う。。バイクに乗って、夜風に吹かれながら、こういう自由も大事だが、訓練、修行も必要なのだ、などと、真面目に思ってしまった。厚蔵
2007.08.21
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『 わたしは、運動能力に恵まれず、他の資質にも乏しく、強靭な意思も屈せざる精神も持たず、ささやかな抵抗と、挫折と、服従の繰り返しの中で、思春期と呼ばれる時を生きてしまった。押し付けられた少女の定型から抜け出せず、苦しくてたまらなかったのに、抜け出すことが怖くて定型の枠にしがみついていたのだ。いつか飛んでやると飛翔の夢を抱きつつ、自らの翼の力を信じきることが出来なかったのだ。だから書きたかった。 』バッテリー(あさのあつこ著)、第一巻、あとがきにかえて、より現在、18時30分、朝6時半から勤務。11日連続、勤務、講習で、よほど疲れているのがわかる。明日も早番、6時半からの勤務。写真は07年6月青森昨日も書いたが、真摯なあとがきからの一節だ。自分も10代、20代、そうだったな、と改めて思わせる内容だ。しかし、今は違う。なんとかしぶとく粘り腰で、物事に対処している。作者、あさのあつこさんも、そうだと思う。話が変わるが、徳川家康は自分の力を過信することのなかった人間であり、むしろ創造を恐れた。ひたすらに先人や、同時代の英雄達から、学び続ける武将だった。そこの点が、他の武将達と決定的に違い、そこの点が、家康のつまらない所であり、しかし、だからこそ、260年続いた江戸幕府を作り上げた。では魅力がないか、というと、もちろんそうではなく、屈折した形ではあるが、様々な光彩を放ち、同時に暗黒面を持っている。その複雑性、しかし、家臣を信じると決めたら、決して裏切らない。たとえ、自分の後継者である息子を家臣に殺されてもだ。酒井忠次は徳川家の重臣だが、同時に豪族でもあって、家康の同盟者のような立場だ。家康に対して、考えられない、ほぼ反逆といっていい仕打ちを幾つかしたが、それでも家康は耐えた。その後、酒井家は、ご存知のように幕末まで、徳川家を支えている。家康の祖父、父親も家臣によって殺されている。そういう生い立ちであれば、よほど疑心暗鬼になってよさそうなものだが、そういう点、そうとう剛腹だ。ただ耐えるだけでなく、鷹狩、馬での遠乗り、家臣からの耳学問、医学への知識、数多い側室など、多彩な趣味も持つ。様々な本、マンガを読むにつれ、人間の可能性、おもしろさ、しぶとさを感じる。いい意味での楽観主義になれる。「バッテリー」に描かれる真っ直ぐな青春、そのエネルギー、現代ならではの天才性、人間の心理、心の動き、現在2巻の読み始め、どう展開していくのか、本当に楽しみだ。以下、厚蔵、今日のお気に入り★司馬遼太郎、「覇王の家」に描かれる徳川家康、大好きな武将ではないが、一番気になる武将ではある★湾岸ミッドナイト、車の専門用語がよくわからないが、現代の「仕事のプロ達」が、出てくる。ちょいワル親父ではなく、とことん行くところまで行ってしまっている親父達が出てくる。
2007.08.20
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介護福祉士を受験する同僚がけっこういる。自分のいる奥州の法人は全部署で300人ぐらいいるが、5、6人は受験する。9月7日が申し込み締め切りだ。学科通信講座も、9月からは始める予定。どこの会社の講座かはあえて名を秘す。現在、18時25分、盛岡駅。介護福祉士試験、介護技術講習会が17時半過ぎに終わった。昨日も講習会、4時間睡眠で、また奥州から盛岡へやってきた。写真は駅前北上川沿い、コスモスが咲いている。北東北では暑い中でも、確実に秋が近づいている。ここ10日以上の連続勤務、講習、短時間睡眠でいいかげんまいってきている。しかし40名の受講生はみな熱心だ。講師の先生も40人に対し、11人、配置されている。これでは、いくら学校側が受講生を集めたくても、無理だろう。それでも、なぜまだ元気かというと、「バッテリー」を読んでいることもある。作者の思う壺だな、と思いつつ、心が熱くなってしまう。作者あさのあつこさんの文庫版後書きを読んだが、この作者にして、なるほど、と思わせる後書きだった。これほど、真摯な後書きは久しぶりに読んだ。デビュー間もない頃の、精一杯の想いを込めて、「バッテリー」を書いている。粗削りで一人よがりな部分がある、と語るが、それでも、作者自身この作品を気に入っている。後書きを読んで、さらに、「バッテリー」への期待は深まった。あまりの物語の濃密さに、もったいなくて、少しずつ読み進めている。以下、厚蔵、今日のお気に入りです。★コブクロ、「ここにしか咲かない花」収録、シングルベスト
2007.08.19
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介護福祉士試験、介護技術講習会が18時半過ぎに終わった。昨日は23時過ぎに施設勤務が終わって、寝たのが午前1時ごろ。午前5時起床、6時半のJR東北線に乗って、盛岡の専門学校での講習会だ。今日明日、来週土日の計4日間の講習会。現在19時10分、盛岡のハンバーグ店。写真は、近くのこじま玩具店、40年前、たぶん、それ以上前から、この店構えだ。幼年時代、合体ロボを親にねだった記憶がある。この開運橋界隈、基本的に変わっていないのがうれしい。講習会自体、厳しいといわれていたから、覚悟してきたのだが、まず初日は和やかだった。学校自体、講習は今年で2回目だという。多くの講習希望者を、抽選で決めるという、なんとも発展途上の状態だけに、来年以降、またどう試験制度自体が変わるかわからない。受けられるもの、打てる手は、今のうちに打っておく。これから20時過ぎ、盛岡発の東北本線上りで奥州に帰ります。明日も6時半の電車に乗る予定。以下、厚蔵、今日のお気に入りです。★LEDランタンはこの時期、けっこう使う。120時間点灯するので、つけっぱなしでも気にならない。★いよいよ24、シーズン6が9月から始まる。このシーズン5は、絶賛されたシリーズ。24はすべて見ている。ジャック・バウワーは現代アメリカの象徴的存在だ。★バッテリー、まだ一巻目を読んでいるが、主人公達の心の動きに感動する。
2007.08.18
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福島県で、保険金詐欺事件があった。中心の容疑者は元フラガールで、若いときはすごい美人だったという。今は、中年女性だがそれでも、美人だと思う。 手口は、友人数人と語らい、車両事故を引き起こして、保険金をだまし取るもの。数回成功したが、最後の事故で、車のあたりが悪く、もう一度ぶつけなおした破損個所が不審で、保険会社にばれてしまった。 現在、10時40分、これから施設勤務に向かうところです。今日は曇りで、なんとか気温の上昇が抑えられている。写真は、近くの公園、クワガタが蟻に食べられてしまっている。 容疑者本人もそうだが、共犯者たちも、すべて、浪費癖、仕事をしない、などの特徴がある。とくに容疑者本人は、若いときからもてて、今の夫も、プレゼント攻勢で、結婚にいたったという。 夫は建設会社経営、結婚を争った相手は、歯科医師、ほかに警察官、暴力団関係者もいたという。この夫も、もうすこしすれば、保険金殺人の対象になっていたのではないだろうか。 こういう事件をみるにつけ、男女の中、経済がらみ事件は、「チミモウリョウ」の世界だ。とくに男女間の話は、だまされている当人が、容疑者をかばったりすることさえある。それだけ、その相手が魅力があるのだろう。 自分の人間関係をみても、そうだな、と思わせる人間はいる。
2007.08.17
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『 その前に、若者の権威、もしくは発言権の高さ、あるいは若いというだけで当人も威張り、村の年寄りも遠慮し、ときにおもねる、というのは、中国や朝鮮の儒教社会では絶無である。この絶無ということをどう強調しても間違いはない。なぜならば若いということで威張るというだけで、儒教の基本思想として背徳的なことで、背徳的という以上に儒教とはまったく相容れないものといっていい。長幼の序を人倫の基本的な秩序とする儒教にあっては、老ほど尊敬される。 』司馬遼太郎が考えたこと9、南方古俗と西郷の乱の章よりこういう日本の精神風土が、合理性を生み、旧習を打破し、いち早く近代化に成功した要因でもある。日本の祭ではいい意味でも、悪い意味でも若者が中心だ。他の東アジアの祭りの風景と、日本とでは、かなり違うので、どういうことだろうと思っていた、大きな解答の一つがここにある。今晩は厚蔵です。現在、21時54分、報道ステーションが始まった。40.8度で最高気温を74年ぶりに更新したそうだ。今日は、午前10時半から施設勤務、20時過ぎに終わった。長州藩における、若手革命家(吉田松陰、高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文、村田蔵六など多数)、すべて、若手や下層武士だ。そういうはねっかえりを、保守派重臣は弾圧し、逆に革新派重臣は重用し、長州藩そのものが革命勢力になっていった。その革命のエネルギーは、熾烈なもので、高杉晋作自身も逆に、若手急進派から狙われ、身を隠したこともあったという。「この傾向」はいい方向に行けば、時代を大発展へ導くが、逆に悪い方向へ暴走すれば、旧日本軍のように、関東軍が暴走して、参謀本部が、日本そのものを占領してしまったような事態になってしまう。大臣でさえ、参謀本部の若手将校の暴走を止めることは出来なかった。今、この日本の可能性と危険性をなんとか見極めつつ、努力を続けていきたい。以下の紹介は、ELT新曲キラメキアワー、CDとダウンロード用です。
2007.08.16
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パソコンテレビ・ギャオのELTの番組は、ネット上で見つけた。ギャオ自体は、前から知っていたが、30分番組で、持田香織自身の長時間インタビューや、キラメキアワーなどの最新PVが全くの無料で見られるのには驚いた。 今晩は、厚蔵です。今日も朝6時半から施設勤務。19時過ぎからは友人との約束があった。今日も気温35度を越え、猛暑日になった。写真は部屋の中、左側のぼやけた写真は中国・周恩来とマルクス、「長征」直後のもの。 久しぶりに、ELTをしみじみと見た。インタビューが充実していたのがうれしい。デビューから10周年を過ぎ、いつまで頑張るのだろうと、気になっていた。 持田香織自身が これからまた新たな気持ちで歌いたい、歌うことが、今、本当に楽しい。一時期、頑張りすぎていた時から、今は自然体で楽しく歌えるようになった、と語る。 これからもファンでいつづける。どう活動を展開していくのか、これからも本当に楽しみだ。
2007.08.15
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『 敗戦によってあの粗暴で鋳物のように重かった国家から解放されたとき、自分の住んでいた町へ帰ったのだが、そのあたりは焼け野原で、町も、自分で住んでいた家もなく、むろん近所の人もいなくなっていた。やむなく三キロばかり歩いて私鉄のターミナルへゆき、母親の実家のある大和葛城山の山もと村へ行ったのだが、この日ほど古代を感じたことない。 』司馬遼太郎が考えたこと9、私の想念の中からの章よりこの後、若き司馬遼太郎は、重い国家から解放され、せいぜい村落だけが自分を拘束しているだけの、古代といってもいつの段階かは知らぬままに、そういう世の住民に戻った気がして、竹ノ内から当麻へ歩き、道をもどって今市、忍海といった村々を歩いていった。今晩は厚蔵です。早番勤務が終わり、写真は通りすがりの夕焼け。現代日本、この閉塞した高度管理社会、その組織の中での激しい競争に生き延びるか、それとも独立して生きる技術を身につけるか、それともスローライフで、なんとかサバイバルするか、という状況になってきている。自分としては、IT技術を身につけつつ、なんとかスローライフを目指している。田舎に生きる糧として、介護福祉士としての仕事があり、その中でも役立っていこうと願っている。現代のこの状況下で、翼を得るには、やはり、勉強、技術習得、訓練によるしかない。同時に、本当の翼のかわりに、バイク、車がある。ただただ、田舎道、都会の高速道を走っているだけで、自分にまた戻ることが出来る。敗戦から62年、また8月の終戦記念日がやってくる。敗戦直後に日本人全員が感じた開放感、現在の重い閉塞感、それは、現代では全世界をおおっている。しかし同時に、ネット社会、高度IT技術など、可能性は広がっている。なにより、宗教、思想、心理学も進んできている。俺はその可能性をまだまだ信じている。★以下、厚蔵、今日のお気に入りです。ELT、8月に出た新曲「キラメキアワー」は、パソコンテレビGyaOで見た。持田香織がのびのび歌っている。30分ほどの番組の中で、デビュー10周年をむかえ、また新たな気持ちで歌い続けたいと語っていた。「お茶にごす」、は西森博之の最新作。デビュー当時からファンだが、今回は悪魔のように悪い主人公だが、本人はいたってまっとうに生きたいと願っている
2007.08.14
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バッテリー(あさのあつこ、角川文庫)、先日、NHKクローズアップ現代で、著者・あさのあつこさんが出ていた。20代、30代の女性に大人気の児童書だという。自分の場合、24(トウェンティーフォー)もそうだったが、はやりものには、ちょっと距離を置き、様子を見てから取り掛かるようにしている。現在、16時になるところ、夜勤明け仮眠をとった後、友人からの帰り、北上川・河畔。「はやりもの」は友人の評価、ネット上の評価、なにより、自分で、まず見てから判断しするようにしている。今では、24(トウェンティーフォーはDVDを、シーズン5まで全部見たし、今年のシーズン6も楽しみにしている。また、楽しみが増えた。今、河畔で「バッテリー」を読んでいたのだが、30分、息をつかせず読んだ。最高の青春・努力小説だ。著者のあさのあつこさんも、テレビでコメントしていたが、10年近くかかって書き上げたという。ご本人も、カウンセラーのような印象の、ごく普通に見えるが、信頼感という点では、安心して相談できそうな方だ。「巧、あんまり野球を見くびるな。ただ、投げられればいいじゃと。ばかもん。シンカーを完全にマスターするまでに、この右肘にどのくらい負担をかけると思うとるんじゃ。まだ硬球も握ったことのないやつが、なまいきじゃぞ。つまらんプライドのために二度とボールが握れんようになってもええんか。今、おまえがする野球は、まっすぐな球をキャッチャーのミットに投げ込むことじゃろが」この文章だけを読んでも、なるほどそうだな、と思わせるが、孫の巧と、祖父の洋三との前後のやりとり、人物造形、自然描写、社会関係、様々な要素が綿密に書き込まれている。その文章の流れの中に、この一文が、刻まれている。クローズアップ現代の中で、読者の女性が、あきらめていた夢にもう一度取り組み始めた。という話が何例か紹介されていたが、自分も、もう一度、初心に帰って基礎の努力馬鹿にせず続けてみようという気にさせられる。まだ60ページしか読んでいない。全6巻、楽しみだ。以下、厚蔵、今日のお気に入りです。ELT、8月に出た新曲「キラメキアワー」は、パソコンテレビGyaOで見たが、持田香織がのびのびしている。30分ほどの番組の中で、インタビューに熱心に答えている。デビュー10周年をむかえ、どこまで歌い続けるのだろうと思っていたが、また新たな気持ちで歌い続けたいと語っていた。コンサートにも2回行ったが、10年来のファンとしては本当にうれしい。「お茶にごす」、は西森博之の最新作。「今日から俺は」以来のファンだが、また新たなツッパリマンガを生み出しそうだ。悪魔のように悪い主人公だが、本人はいたってまっとうに生きたいと願っている。
2007.08.13
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『 「ついには、あれは花びらじゃなくて、ひかりそのものになってしまうのですね」といわれたとき、目の前に光の細片が音もなく散るように思われ、さらにはそのときの氏の表情は、少年そのものであった。むろんなまの少年という、旺盛な生物はこのようなこと思わず、言いもしない。知的に高度の練磨を経ぬいて透明化された少年の感受性そのものが、両目のかがやきと言葉になって、縹渺(ひょうびょう)としてあらわれてしまっているのである。 』司馬遼太郎が考えたこと9、歌人の印象(安田章生著「歌集、歌人の耳」)の章より歌人、安田章生が、桜の花が散るときがいかに美しいかということを話す場面での、司馬遼太郎の感想の場面だ。確かに、少年の心を失わない、と言って、単に子供っぽいというでは話にならない。では、どういうことなのか、という一つの答えが、ここに示されている。現在、12時40分、今夜は夜勤でこれから仮眠に入る。もうしばらくすると、35度を越え、猛暑日の気温になる。朝7時、バイクで散歩に行き、万内堤へ行こうと思ったが、携帯のナビだけでは不十分だった。やはり地図と組み合わせないと、目的地の把握がしにくい。写真は遠野・市立博物館(07年5月)、遠野物語の映画上映中。休日の昼間だというのに、館内にはあまり人がいない。芸術家は、生前に評価される人、死後評価を受ける人に分かれる。売れようが売れまいが、芸術家はそれでも、やむにやまれぬ表現への渇望により、創作を続ける。その様々な例を司馬遼太郎は描く。テレビ・なんでも鑑定団でも、そういう作家たちのエピソードを紹介する。
2007.08.12
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フランシスコ・ザビエルを知らない日本人はいないだろう。しかし、どれほど知っているか、といえば、自分も大して知っているほうではなかった。実は、スペイン・バスク地方では、ザビエル城といわれる中世からの城があり、その城には12月3日、熱心な信者達による巡礼が行われている。今晩は厚蔵です。現在、23時30分、施設遅番が22時過ぎに終わった。今日は奥州でも35度をこえ、猛暑日になった。施設内だから、何とかしのげた。写真は、07年6月、青森市内司馬遼太郎、「街道をゆく」、バスク地方編で、司馬先生はザビエルを詳しく取り上げていた。最初は信仰に熱心ではなかった青年が、様々な出会いの中で、イエズス会きっての行動的、強信者になっていく。日本滞在は2年だが、その足跡は大きい。街道をゆくビジュアル版が2005年に週間で刊行され、自分もけっこうな冊数を購入した。その中で、ザビエル城を見たし、巡礼者の多さにも驚いた。ザビエル自身の、その篤実な信仰への姿勢、ローマカトリックの時代の中での変遷、大航海時代の世界情勢、その中で戦国時代の日本、様々な要素が絡んで、ザビエルへの興味は尽きない。
2007.08.11
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今晩は奥州市の花火大会だった。今年は近場でテントを張りつつ見ていた。2ヶ月前に買ったサイバーショット、一眼なみにマニュアル撮影ができる。暗闇の花火にフォーカスし、シャッターのタイミングを合わせるには、一度上がった花火に合わせ、次に上がった花火でシャッターを切ると、けっこう綺麗に撮れる。写真は20時40分頃、手前にテントのフレームが映っている。田舎の花火大会で、なんとも間が悪いのだが、テントの中、友人3人とで、ゴロゴロしながら見ていた。
2007.08.10
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「地球に暮らす子供たち」、NHK、19時30分、を見ていた。現在、20時30分、まだ番組は続いている。疲労の中で、見るとはなしに見ていたが、おもしろい。世界人口の半分は貧困状態にあるが、番組では取り上げていない。 それでも、アフリカ、ラオス、ボリビアなどは取り上げられている。逆に先進国、ヨーロッパでも、ポルトガル、スペインの南欧と、北欧とでは、風俗が違う。アジア圏でも、ラオス、カンボジア、中国など、やはり違う。 代表例として取り上げられているから、いいところを映しているのだろうが、それでも参考になる。イタリアの女の子の部屋で、赤ん坊の人形が多く飾ってあり、子供が10人欲しい、と言っているのには感心した。 日本では、そういう育児に対する情熱の風潮は無くなってきている。ニュースや、本を読んで、世界各地の歴史、民族、教育、人口対策などをある程度は知ってはいるが、その実証例を見た。 フランスでは育児政策で、給付金を増額したり、育児休暇制度を充実させて、出生率が2以上になっている。現在日本では、確か1.31に少し回復したはずだ。 アメリカの女の子は、将来、大統領になりたいと語り、気持ちを強く持って努力を続ければ、夢は必ずかなう、と決意していた。いかにも、アメリカらしい。表情を見ていると、本当に大統領になれそうに思える。 トウェンティーフォーのジャック・バウアーも現代アメリカの象徴だが、そのイメージと重なる感じがした。シーズン6はまだ日本では放映されていないが、これだけは必ず見る。 BSハイビジョンでは、「地球に暮らす子供たち」を放送中だそうだ。 さすがに今朝、3時半に帰り、睡眠時間3時間だったので、疲れた。午前中は、やはり休んでいた。午後から活動したが、体力はやはり落ちてきている。精神力で補っている。どう仕事をすすめるか、決断し、何をして、どれをあきらめるか、はっきりさせながら進む。
2007.08.09
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現在、25時50分、東北道・鶴巣PA。明日、仙台から沿岸経由で奥州に戻る予定だったが、友人の都合で変更になった。明日、奥州から沿岸に向かう。仕事の関係で、一度、家に帰らなければならなくなったためだが、しょうがない。 しょうがないといえば、明日、日付変わって今日だが、天気もよくないようだ。バイクで行くことも考えたが、3人一致で、車で行くことに決めた。 しかし、こんな時間だというのに、多くの車がひっきりなしにPAに出入りしている。マイクロバスの後ろに台を設置して、ミニバイクを載せている人がいるが、法律的に、ギリギリのところだろう。 友人、女友達、数人と、はしごして会ってきたが、多少無理をしてでも来てよかった。朝、6時半起きて、現在までかかっているが、疲れはなんとか大丈夫だ。10年来、6年来の友人だったりするので、気心がしれている。 話は変わるが、 TMネットワーク(小室哲也)のゲットワイルド、という曲がある。86年あたりの曲だったが、89年にもリミックスをだしている。シティーハンターという人気アニメの主題歌で、当時、一世を風靡した。今でも好きで、時々聴いている。 「アスファルト、タイヤを切りつけながら、暗闇走り抜ける」、という歌いだしは、80年代当時、ドライブの時の定番ソングでもあった。 あれから、20年近く経つ。技術的、実務的に、ある程度実力がついてはきた。しかし同時に、経済力もある程度ないと、人間関係、技術習得にもさしつかえる。と、痛切に思う。そんなにひっ迫しているわけではないが、余裕があるわけでもない。 副業に、あまり時間はさけないが、パソコン、HP関連で、ある程度、副業をきっちりやっておくと、収入のプラスにもなり、技術の修練にもなる。年齢的にも、ここが勝負の時だと、改めて決意した。
2007.08.08
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午前中、掃除月間で外の窓拭き、10時からは保育園3歳児慰問の写真担当だった。現在、13時15分、施設休憩中。写真は休憩所。今日は曇りでまだ暑さが和らいでいる。 こういう日常雑記に意味があるのか、とも思うが、これで冬になり寒くなったりすると、それはそれで、暑さが懐かしかったりする。 今日は19時、勤務後、仙台の友人宅へ行く。明日は休みなので、友人の都合がつけば、出来れば宮城沿岸、岩手陸中海岸をまわって帰りたいと思っている。 夏の思い出づくり、というわけではないが、楽しみだ。地図数種類、ビデオカメラ、デジカメの充電、アウトドア用品、LEDランタン、銀マット、日よけシェード、蚊取り線香など、忘れがちな装備は大体そろえてある。 自転車も積んでおけば、行動範囲が広くなる。今月中旬から、介護福祉士実技講習始まるので、休みがつぶれるのだが、多分、今日明日で行っておかないと、全く夏らしくない状態で終わってしまうので、なんとしても行くつもりです。
2007.08.08
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陸前高田の海水浴場で落雷があった。3人が重軽傷、一人は心配停止状態だ。報道ステーションでも取り上げられていたが、宮城、秋田から雷雲が数時間で移動しているのがわかる。落雷現場でも、ほんの1時間ぐらいでの事故だったという。 現在、22時半、朝8時まで夜勤、その後仮眠をとった。写真は散歩コースの北上川堤防、週に2、3回はバイクで走っている。 陸前高田では3年前にも、落雷事件があったというが、ここ奥州からは一番近い海水浴場だけに心配になる。この一週間は夏本番の暑さになるという。明日は、友人に会いに仙台へ行くが、少しゆっくりしてこようと思っている。
2007.08.07
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暑い、ちょっとたじろぐよう暑さだ。ただ暑いというだけで、ブログのネタになるような暑さだ。現在、14時10分。ニュースでもやっているが、大気が不安定で雷雲が発生している。 写真は、さっき施設用ポロシャツを買いに行った帰り。人首川河畔・遊歩道東屋。ここは義経逃避行の伝説に残る場所。この川つたいに北へ逃げて行ったという。 きょうは夜から施設夜勤。これから仮眠をとるが、少し憂鬱な感じだ。やはり、夜勤は何が起きるかわからず、ある程度緊急時にも自分で判断しなければならない。 前の夜勤時、発汗、肩呼吸などの症状があり、バイタルも悪くなってきている利用者に対して、クーリング、水分補給で対応し、朝、看護士に報告、即、入院。という事があったが、判断的には間違ってはいなかった。 話は戻るが、この暑さは、自転車部時代の、日本各地へ合宿に行き、海、山にテントをはってまわった思い出と、直結する。なんでこの炎天下に自転車で走っているんだ、という思いもあったが、その分、目的地に着いたときの達成感は、かえがたいものだった。
2007.08.06
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現在、23時45分、22時半に施設勤務が終わった。一関市・大東に通じる峠を、フラジール等を聴きながら、少し走ってきた。写真は朝7時半、北上川堤防、一仕事を終えた後。 4日間連続の勤務が続き、明日も夜勤だが、少しは休めそうだ。今日、第20回介護福祉士国家試験の受験の手引きが届き、今、大体、目を通した。 試験を受ける方は、今、試験センターのネット上で申し込みが出来ます。まだ期間に余裕があるので、早めに申し込んだ方がいいです。 疲労が重なるが、様々な仕事を経験したおかげで、今の状況も客観的にみれる。あの頃よりは、まだ勉強や走りに行ったりする余裕が確かにある。
2007.08.05
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旧陸軍・寺内正毅(てらうちまさたけ)元帥のエピソードで、士官学校の看板を錆びさせたことに対して、校長にひたすらしかりつける場面がある。陛下に任せられている学校の看板を錆びさせるのは、陛下への不遜にあたる、というのだ。旧陸軍でも、鉄砲にたいする執着はそうとうなもので、錆など浮かせようものなら、死ほど殴られるのが常だった。そのくせ、兵器の近代化にはそんなに執念を燃やさなかった。つまりは軍人といえども、軍事のプロではなく、「官僚」に過ぎなかった。現代は、まったなしの「技術の時代」。少なくとも、自分としては、仕事、技術のプロを目指していきたい。現在、13時25分、施設休憩中。10時半からの勤務。
2007.08.04
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旧陸軍・寺内正毅(てらうちまさたけ)元帥は、重箱の隅を、まさにつつくような軍人だったという。それは、旧陸軍をおおう弊害の象徴だった。創造的な実績はなく、規律をやかましくいう人だったという。その傾向が、陸軍全体を蝕んでいった現在、11時50分、施設休憩中。朝5時起床の勤務が、半ば終わった。現代日本での官僚組織、会社組織にもそういう人や傾向による弊害は侵食してくる。しだいに職員のやる気をうばっていく。しかし、歴史上そういう人物がいた、ということを知っていると、どう対処すればいいかが、わかってくる。日本の組織全体が硬直化してきているといわれて久しい。そのなかで、どう次代を開いていくのか、今日も司馬遼太郎を読み続ける。
2007.08.03
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『 唐突に言うようだが、私は日本での共通文章語の成立は明治後百年ちかく経った昭和三十年代ぐらいかと思っているが、ともかくも子規は草創期にあった。草創期の人として子規ほど草創期であることを意識し、社会の共有のものとしての文章について発言し、模索し、苦慮した者はすくないかもしれない。 』司馬遼太郎が考えたこと8、文章日本語の成立と子規の章より夏目漱石、正岡子規、森鴎外が明治30年代にたれもが参加できる文章日本語を創造した、と司馬遼太郎は分析する。日本での共通文章語の完成までは、それから、さらに昭和30年代までかかることになる。昭和40年代に自分は生まれるから、それ以前の文章、文学は、その作者によって、当たり外れが大きく、現代語訳になっているかどうかにも、評価は左右される。有名な作家なのに、どうにも読みづらく、最後には、日本近代文学に対して、アレルギーになってしまうのは、そういう文章語の成立の時期を見たときに、まだ歴史が浅い、ということに原因があるのだろう。泉鏡花の大正期の新興工業地帯のルポルタージュにいたっては、ほとんど全文が意味不明にちかい惨憺たる悪文になっているという。高校時代に泉鏡花は何冊か読んだことがあるが、あまりの現代文との格差で、読解できない自分には文学の才能はない、と落胆したのを覚えている。自分が生まれて以降の、現代日本文章語の成立。つまりは、それ以降、司馬遼太郎の、小説の大躍進が始まるのだともいえるのではないだろうか。光彩陸離たる司馬文学、司馬史観を生まれたときから読むことが出来る、最初の世代だ。と思うと、また違った希望が湧いてくる。現在19時、早番勤務が終わり、これからまた出かけます。写真は07年6月、奥入瀬渓流、社員旅行の途中だったが印象に残った。
2007.08.02
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こういうフラットで、走りやすいダートがけっこう奥州には多い。この林道は、まだ最終地点までは行ったことがない。胆沢、石淵ダムから、一関・まつるべまで抜ける林道があるが、ここは工事中ということもあって、そうとうな急勾配、荒れた路面があった。距離数も40キロ近くある。 現在、施設休憩中、午前11時50分。今月後半が、実技講習のために休みをつかうため、前半はあまり休みがない。
2007.08.02
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今日から、盛岡さんさ踊りが始まった、ギネス記録で、2571人同時の和太鼓同時演奏で申請するそうだ。自分は仕事で見に行くことは出来ない。写真は6月に撮った、「八戸ねぶた」のもの、同じ南部藩の祭だ。『 人々は村重の豪胆さに驚いたと言い、かつて私も、村重とは絵草紙の中にでてくるようなそういうごうけつかと思っていた。しかし考えてみると、村重にとってこれほど不愉快なことはなかったに違いない。かれは満座の前で、自分が愚劣な、もっとも子供じみた方法でためされていることを痛いほど知ったはずだし、そういう感覚が鋭敏すぎるほどであったであろうことは、かれが歌の上手であったということと想い合わせても、なんとなく想像がつく。 』司馬遼太郎がかんがえたこと8、荒木村重のことどもの章より荒木村重が主君、織田信長に刀の先についた饅頭を村重に食わせるシーンの分析だ。さらに戦国武将の神経は攻撃的なことよりも、あらゆる事象、現象を自己保存の感覚で捉えつくしている。こういう信長のような男に仕えていけるのかどうかの疑念が耐えざる懸念として続いていたという。 ついには謀反に走り、破れ、単身で逃げ、生き延び、最後に豊臣秀吉のお伽衆として余生を送る。明智光秀もそうだったが、破れかぶれの謀反というほかない。そういう状況を生み出す織田信長にも問題はある。その点、豊臣秀吉は、疑われぬように、とにかく明るく堅実に乗り切り、徳川家康は篤実な、しかし戦えば強い武将として信頼を勝ち得、時代を乗り切っていった。繰り返し、戦国時代、江戸幕末の物語は読むが、現代において、どう生き抜き、どう戦っていくか、多くの示唆を与えてくれる。
2007.08.01
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