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日本人が一番良く聞くスピーカの音は、何だろうと考えてみた。それは、おそらくテレビに取り付けられたスピーカーだと思う。特に今は生まれたときから、各家庭にはテレビがあって子供のお守りにテレビを見せている親が多い。生まれる前から、テレビの音を聴き、生活の中でテレビの占める時間がどれほどあるかを考えると、その音の質を取りざたしないのはおかしい。「テレビを見るときは、明るい部屋で、離れてみましょう」と子供番組では必ずテロップが表示去るけれど、「ちゃんとした音で聞きましょう」と表示されたのを見たことがない。テレビが今ほど普及していなかった子どもの頃、ボクたちは今の子供たちより生の音に触れる時間が長かったと思う。現在の技術の粋を使って作られた、最高のテレビでも、今のテレビの音は最悪だ。こんなテレビをずっと見ていたら、耳がおかしくなりそうな気がするぐらいだ。しゃべる訓練をしたはずのアナウンサーの声が不鮮明に聞こえたり、セリフのバックに聞こえる自然の音がうるさく聞こえたりする。テレビこそいい音で聞きたい。それは不自然に味付けされた重低音の強調された音なんかじゃなく、あくまで自然であって欲しい。サンヨーが新発売した液晶テレビにタイムドメインシステムが採用された。まだ音は聞いていないけれど、これには大きな意味があると思う。音にタイムドメインを採用することによって、デザインも洗練されたようにも思う。それはおそらく、タイムドメイン理論の意味を感じ取ったデザイナーが、テレビの本来の目的を意識したからだと思う。テレビを意識させない、テレビの向こうに見えるものを大切にする。そんな思いを感じた。そして、なんだかMacの匂いがする(^_^)CAPUJO(カプージョ)きっとこれから先は、タイムドメイン理論が当たり前になるでしょう。絶対に子供たちには、いい環境になると思うよ。
April 29, 2006
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2月8日に着工した新しい我が家も、5月9日に引き渡しが決定した。長いようで短い、短いようで長い3ヶ月だった。出来上がるにつれて、設計上のミスをたびたび発見し、そのたび修正を依頼したり、諦めもしたりで、よろこびと憤りが交互に入り乱れた複雑さも味わった。外観・情報分電盤が依頼していた場所と大幅に違っていて、場所変更を依頼。・納戸に入れる予定だったタンスが、納戸の入口から入らない事に気がつき、修正依頼。・プロジェクタースクリーンのコンセントが何故かスクリーンボックスの外に設置されようとしている。変更依頼。・キッチンのコンセントの位置と縦横が逆に(これは諦めるしかない)・寝室の情報コンセントが、壁の真ん中に着いていた(これも諦めるしかない)全て設計士のミスだ。そして全てこちらが希望し要望した事なのに、それが間違っていたりと、なんだかな~って感じなのだ。現場の職人さんには恵まれ、見学に行っても気持ちよく対応してくれ仕事も確実にこなしてくれただけに、設計士さんの配慮のなさにはホントに残念でしかたがない。「ホントに納得のいく家をつくるには、3軒建てないといけない」というが、その意味を実感!しかし、まぁ、引き渡しを楽しみにしているんですけどね。5月11日に、購入していた家具が配達され、電話工事やなんやかやと作業をし、その日から引っ越しがはじまるんです。引っ越し業者を頼んだのは、5月15日なので、その間に自分たちで出来る範囲で荷物の運搬、整理をしようという予定なのだ。あ~、考えただけで疲れそう(^^ゞ(笑)壮絶な新婚生活を送ったボクら夫婦に、やっとこさ平穏な生活が待っているよな気がして、わくわく2乗分ぐらい、楽しみにしている。LDK奥さんお気に入りのキッチン仕事部屋の作りつけ家具
April 27, 2006
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タイムドメイン理論で一番大事なのは、時間と共に音は変化していくという事なのですが、一般的には分かりにくいかも知れません。そこで、ボクなりに勝手な解釈をしてみることにしました。(由井さん※、間違っていたらごめんなさいm(__)m)ボクが思うに、ここが大事です(^^ゞ(笑)そう、これは完全なる私見です。しかし、自信を持って言いたいことでもあります。(^_^)まず、CDを聴く上で、一番大切なのは、その再生装置が、そのCDに記録された情報(音楽等)を正しく、聞き手に伝達出来るかなのです。これでも、難しく思いますよね。もっと、簡単に言うと、歌っている人が切なく歌った歌が、まったく同じように切なく聞こえるかどうか。音色にこだわったピアニストが最高のピアノで奏でた最高の演奏をそのままの音で聴くことが出来るかどうか。ところが伝言ゲームのように、最初に発せられた言葉すら、最後には全く違ったものに変わるなんて現象もありますが、今までの再生装置(オーディオ)では、この伝言ゲームと変わりないような事が、おこっていたように思うのです。「あ~ぁ~♪」の最初の「あ」は、より感情豊かに表現した方が伝わりやすいから、もっと強調しよう!みたいに、聞き手に伝わる前に、勝手にいじくり返した挙げ句、元の音を見失うなんてことが起こるのです。伝言ゲームと一緒でしょ(^_^)音色を作るこだわりは、アーティストのこだわりです。これも一種の職人技というか、天才的資質というか、凡人にはまねできない素晴らしい才能なのです。その才能に溢れた音楽をまるでシャワーのように浴びることができたら、しあわせな気分にならないわけがないのです。人のしあわせを、勝手に取り上げる権利は誰にもないのです。では、どうしたら、元の音に限りなく近い音で聴くことができるのか?音は、空気やものの振動で伝わります。ですからその音以外の音を無くせばいい。と、まぁ簡単に言っても、実際はそう簡単じゃないわけです。CDに入っている(記録されている)音をスピーカーで鳴らすと、スピーカーの箱も振動して、その振動が逆流して、本来の再生音に混じって、耳にきこえるわけです。要するに、きこえなくてもいい音まで聞こえてしまうのです。タイムドメインのスピーカーは、音が出る部分(スピーカーユニット)が、ケースにビス止めされていません。ゲルと呼ばれるぷにゅぷにゅした素材(耐震素材などにも使われいる)で挟んで、ケースの形態と相まって、不要な振動が音に混じらないようになっているのです。ホントは、もっと複雑な対策がなされているのですが、どれも、シンプルな事なので大した対策と見られないことが多いです。実はそれらが重要なのですが。そして、この方法を画期的により確かなものにしたのが、仮想グランドと名付けられたスピーカーユニットと一体型の重りです。ちょうどビデオカメラに一脚を取り付けたような形になっているその重りが、しっかりと支えますが、そのスピーカーユニット自体は、円柱の淵にゲル(ぷにゅぷにゅの素材)に挟まれているので、不必要な振動もおきず、しっかりと振動板だけが動くという仕組みになっているのです。その上、筒状の本体は、筒の持つ高堅性で殆ど振動しないと言うわけです。これがYoshii9という画期的なスピーカーなのです。つまり音を出すための作業が、何物にも邪魔されず、しっかりと出来る仕組みが出来上がったといえます。この、仮想グランドの役割の大事なことは、しっかりと固定しているが、何処にも固定されていないというところです。これが、なぜ重要な役割を果たすのか、考えてみました。自分なりに納得のいく考えがなかなか得られなかったのですが、ここで説明したビデオカメラと一脚(三脚の一本足のもの)との関係がその理由を教えてくれたのです。まず、最近の薄型で計量なビデオカメラで撮影したことがある方でしたら、すぐに理解できるでしょうが、小さくて軽いカメラは、手持ち撮影をするとカラダの振動がカメラにつたわって、安定した映像を撮ることが難しいのです。そのカメラに、一脚(三脚でもいい)を付けて、手持ちで撮影すると、ぶれが少なく安定した見やすい映像が撮りやすくなります。そして、映し出された映像はよりリアルに映っている情報を見る者に伝えやすくなるのです。それじゃ、三脚しっかりと固定して撮影した方が、より安定して撮れるじゃないかと思われるかもしれませんね。確かに安定した映像にはなります。しかし、それは人間の目ではない、不自然さがあることが否めません。なぜなら人間の目は何かに固定されてはいないからです。もし、しっかりと大地に固定されて微動だにしない台に取り付けられたカメラで地震が起きた映像を撮ったとします。そのとき揺れる大地とビデオカメラは同じ動きをするはずですから、地震が起こったことをリアルに映し出すことは出来ません。何物にも左右されない安定した視線こそが、自然を自然として自然に伝える重大な要素なのです。タイムドメイン理論には、そういった素晴らしさがあります。身の回りにあるホントのものを見直させてくれる力があります。そしてボクたちワタシたちに大きなプレゼントをくれたのです。それは、「音楽の楽しさ!」なのです。遙か昔に録音された、最高の音楽を目の前で再現してくれるのです。それは、タイムマシンを手に入れたかのような、不思議な思いにさせられる一瞬なのです。歴史に残るアーティストたちは、もう教科書や本の中だけにいるのではなく、ボクたちの身近に生き続けているのと同じことなのです。カラダにしみ込むような音のシャワーを浴びて、しあわせを感じない人はいないでしょう!それは、タイムドメイン理論が自然の法則にかなっているからです。※タイムドメイン理論を考えたすごーい方
April 19, 2006
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光の速さは、音の速さより速いって言うのは周知の事実です。だからといって、光の方が優れているワケでもないのです。光と音とは違うものとして存在しているだけなんですよね。それでは、人にとってそれらはどういう存在なんでしょう?見るという行為は、何かの存在を認知できると言うことです。音を聴くってことは、その意味を確かめるということも含みます。人が何かを感じる事の始まりは、胎内の音だといいます。人にとって、光より何より、先ず音を感じるのだそうです。光の亡い世界で、胎児はすでに音を聴いている。それは母親の鼓動だったり、体内の色んな音、外界の雑多な音、母親の笑い声、泣き声、自分に対する囁きや、自分の鼓動さえも生まれる前からすでに聴いているのです。子供にコワイ声で話しかけると、大抵の子供は怖がります。しかし、コワイ絵を見せても、それが初めて見るものだと、殆ど怖がりません。つまり、音というのは、気持ちだとか感情レベルの情報までふんだんに盛り込まれて、伝わるものなのです。それは本能に近い部分で、最初から身に付いている能力なのかもしれません。だから、これといって教えなくても、ある時期になると子供はしゃべり出します。意味を伝えようとするんですね。しゃべれない頃からでも、泣き声によって、自分の状態を知らせていますよね。人間にとって、と言うより、生物にとって、と言うより、あらゆる存在するものにとって、音とは特別な存在、と言うより、一体化されたものだと言えるのかも知れません。光る目覚まし時計で目覚める為には、ものすごい光量がひつようでしょう。お店に行ってもそんな目覚まし時計は売っていませんよね。ボクの知る限り、目覚まし時計は、音で起こしてくれます。人間にとって音が深い関わりを持っているのではないかと思うのです。それは、人それぞれに違う要素を含んでいるでしょうが、音を聴くという行為は、昼も夜も起きてる時も寝てる時も、生きている間中ずっと続けられているようなものです。寝ていても目覚まし時計で目が覚めるって事は、ちゃんと聞いている訳ですからね。正確に言えばもっと多くの部分で、色んな情報をキャッチし続けてはいますが、今はそれには触れないでおきます。絶えず色んな音に対して、認知・判断・感度調整など複雑な事をしている耳に、公害騒音のような音を聴かせ続けると、簡単に人は病気になる事も周知の事実です。動物より何倍も劣っていると言われている人間の耳だって、こんな風に考えると、なかなか立派に働いているわけです。動物は音だけで意志を伝えあえるかも知れませんが、人間だって言葉で意志を伝え、その響きの中に、感情の機微だって読み取る能力があるのです。音楽を聴いていて、感動する涙する嬉しくなる悲しくなるいらいらする穏やかになるドキドキする数えだしたらきりがないぐらい、五感を刺激する要素を目一杯受け取っている事が分かります。この刺激、別の言葉で言えば、一種のストレスです。良いストレスと悪いストレスが雑多に混在している典型的な形です。しかしそれらは、存在自体でバランスを取り合って、安定しているんです。音楽の素晴らしさは、そういった人間が本来持っている能力を心地よく刺激して、まるで心をマッサージしてくれているかのような、安堵感やワクワクするような躍動感を与えてくれることなのでしょう。しかし、この感動も、生演奏だとか、ちゃんとした再生装置で聴かなければ、伝わってくる情報がかわってしまうのです。例えば、安物の拡声器でお気に入りの曲を聴き続けるってことを想像してみてください。きっと何時間も聞き続けることは不可能に近いと思います。それは、元の音が思いっきり崩れて、殆ど違うものに変形した状態で耳に入ってくるからなんですよね。それじゃ、いい音って何でしょう?「いい音=高価なオーディオセット」という風に思いがちですが、高価だからってことと、ちゃんとした音を再生する事が出来かどうかってことは、まったく別物なんです。この場合も「いい音」自体が漠然としていて、何をさしているのか分かりづらいですね。例えば優れたバイオリニストが演奏した音色が、スピーカーを通して出てきたときに、生で聴いている音に限りなく近い方が良いわけです。それはどういう事かと言うと、極論すれば、オーディオの最大で唯一必要とされる機能は、録音された音をそのままの状態で聴く人の耳に届けるということなのだと思うのです。所謂、オーディオマニアと呼ばれる人たちは、やれ高音が出すぎだとか、低音が不足しているだとか、スピーカーケーブルの材質だとかには目を向けるのですが、えてして音楽の質にまでは言及しない場合が多いのです。本来、音楽を聴くときに大切なのは、装置の特徴ではなく、演奏家や曲の善し悪しであるはずなのです。極端に言えば、そのままの音さえ再現してくれさえすれば、機械自体の存在など、どうでもいいのです。というより、機械自体の存在を意識させない事がベストなのです。文化財の修復を例に取ると分かりやすいかもしれません。修復する職人の腕が確かであればあるほど、修復したという痕跡を残さないはずです。それが修復という作業の鉄則だからです。本物を作るより難しい作業を完璧にこなすことで、その職人技は、誰にも認知されなくなります。つまり、修復したことすら気がつかないと言うことが起こるのです。オーディオ機器は、このような修復作業に近い存在なのだと思うのです。ず~っと不思議に思っていた事(どうしてステレオで聴くと元の楽器の音と違うのか、メーカーごとに違う曲に聞こえる程癖があるのか、機械が進歩すればするほど聴く音に満足できなくなるのか)を、一瞬のうちに解決してくれたのが「タイムドメイン理論」でした。次は、ボクなりにタイムドメインの理論をかみ砕いてお話ししてみたいと思います。つづく、、、
April 14, 2006
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「自然に帰ろう!」だとか、「自然に生きよう!」などなど、自然という言葉を使ったキャッチフレーズをよく見かける。問題なのはこの「自然」だ。何をもって自然と言うのだろう?「自然界は自然だ」考えていくと、なんだか禅問答みたいになってしまう。なので、まずは分かりやすく考えよう。自然界自体は、なんでもありな世界だ。穏やかな側面と、荒れ狂う嵐のような側面を同時に持っていて、それらは、色んな条件の下にそれぞれの顔をだす。この色んな条件は、人が食べ、排泄するまでのプロセスに似ているように思うのだ。美味しく、キレイに盛りつけられた料理を口に入れ、まずは、大ざっぱにかみ砕く。そして胃に入った食物は、極限まで分解され、腸に運ばれ必要なものを吸い上げる。そしてその時点で不必要なものは、排出される。排出物は、また別の役割を担い、新しい生命を生み出す力となる。こんなことは、意識もせず人の日々の生態系で当たり前に行われている。意識していないけれど、行われていることは、スゴイエネルギッシュな事だ!なので、最初に出てきた「自然に帰ろう!」は、「もっと苦労をしよう!」「自然に生きよう!」は、「その苦労を乗り越えよう!」という風に思えてきたりする。しかし、そんなことを一々考えて暮らしていたら、ストレスにつぶされてしまいそうだ。じゃ、ストレスを無くすにはどうしたらいい?気楽に考えて、いい加減に生きる?それじゃ、楽しくない!じゃ、どうする?そういう事は、もともと考えなくても、出来るようになってるはずだ。子供の躾と同く、考えなくても済むようにする方法を考えよう?子どもの頃、よく言われた。「良くかんで食べなさい」「使ったものは直ぐにもとの所に戻しなさい」「寝る前に食べちゃだめ」「姿勢正しくしなさい」なんでこんなに口うるさく言うのかと思うほど、言われた。そんな記憶は誰しも持っている。実は、これが、考えなくても済む方法なのだと思う。そういう習慣を身につけることによって、身体に与えるストレスを減らすことが出来るからだ。成人病の多くは「生活習慣病」といわれいるで、分かりやすい。しかし、全てのストレスを無くすとOKかというと、そうでもないようだ。骨にストレスをかけなければ、骨はもろくなり折れやすくなる。筋肉にストレスをかけなければ、歩くことさえ出来なくなる。つまり、ストレスにも必要なストレスと必要でないストレスがあるってことだ。もっと言うと、両方ないとだめだってことだと思う。大切なのは、そのバランスだと。そのバランス、どう取ればいい?それは、人それぞれ環境も違えば考え方も違うのだから、これだ!って方法は一言では言えない。とりあえず良いことを考えよう!「身体に良いこと」「人にやさしいこと」「環境に良いこと」「好きなこと」考えられる良いことをチョットずつ実行すれば、いいんじゃないかな。大丈夫!「嫌なこと」は、一生かかっても足りないくらい、次から次に出てくるけれど、「良いこと」って、案外思いつかないのだ。それだけでも、気持ちが楽になる。一番良い方法を考えよう!それは、まずは自分が楽しめること! そして、周りの人の楽しみを邪魔しないこと!なんだか、長くなりそうなので、続きは、次回「タイムドメイン理論は自然の法則だ!」と題して、ボクの楽しみの根源に迫りたいと思います。何だか、大仰ですが、単なる「自分流楽しみ方」みたいなもんです。(^^ゞ(笑)つづく、、、
April 13, 2006
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新居の建設もそろそろ大詰めに近づいてきた。おそらく、今日はフローリングの施工をしているはずだ。建具も今日搬入予定だったので、明日には取り付けられていると思う。18日に施主支給のエアコンの室外機や床タイル、プロジェクター、スクリーン、等々の部材が届く予定なので、1日現場にいなくてはならないことに。大工さんと話しでもしながら、出来上がっていく姿を眺めてひとりにんまりしてるんだろうな。と思いながら、固定資産税に悩まされる未来も同時にやってくる。(>_
April 11, 2006
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あんじぇさんからバトンが回ってきたので、トライしてみますね。3名に指名するそうなんですが、やりたい方は、どうぞ! ってスタンスで行きます。海⇒川⇒水⇒雨⇒雲⇒空⇒青⇒ポカリスエット⇒スポーツ飲料⇒潤う⇒汗⇒夏⇒クーラー⇒寒い⇒冬⇒雪⇒雪だるま⇒白⇒白熊⇒カキ氷⇒祭り⇒混雑⇒ラッシュアワー⇒電車⇒通勤⇒会社⇒深夜残業⇒深夜営業⇒コンビニ⇒新商品⇒春物⇒ピンクの唇⇒ちゅぅしてぇ!!⇒おんな心⇒秋の空⇒毎年恒例冬の大放出⇒福袋⇒ わくわく⇒動物ランド⇒チンパンジー⇒岡村⇒ダンス⇒甲子園⇒高校野球⇒ハゲ⇒アンパンマン⇒バイキンマン⇒はっひっふっへっほ~⇒和田あき子⇒あの鐘を鳴らすのはあなた~♪⇒名曲⇒なごり雪⇒イルカ⇒ウォッチング⇒散策⇒城下町⇒恋「散策⇒城下町」と来たので、「捨てるも拾うも恋」って事で、こんな感じです。でも、城下町って、1人で行ったことの方が多いな。多いって言うか、誰かといった記憶がないかも。そういう記憶力だけはいいんだよね。「どうなの?」凍てついた鏡に問いかける答える鏡の自分に見え透いたウソに気づくときただ立ちすくみ走り去る恋が追い風にさらわれる見えている光は星のよう幻は心を食いものにしすでに存在さえしていないかも知れないだけど、いつも、どうしてか自分を信じ、君を信じるまるで、それが、最初から分かっているかのように何故か流行っている成分解析を何故かやってみた(^^ゞ(笑)Mixの52%は純金で出来ていますMixの30%は情報で出来ていますMixの8%は気の迷いで出来ていますMixの7%は理論で出来ていますMixの3%は心の壁で出来ています名前ですると○○○の71%は記憶で出来ています○○○の9%は玉露で出来ています○○○の8%はマイナスイオンで出来ています○○○の7%はミスリルで出来ています○○○の5%は心の壁で出来ていますその前の名前ですると○○○○の75%は下心で出来ています○○○○の15%は理論で出来ています○○○○の5%は成功の鍵で出来ています○○○○の3%は心の壁で出来ています○○○○の2%はお菓子で出来ています今書いた言葉に、当てはまる気もする。色んな自分を発見!「75%は下心で出来ています」昔の自分を発見!(^^ゞ(笑)やってみたのは、ここですhttp://seibun.nosv.org/?p=
April 8, 2006
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高校二年の二学期が始まって直ぐのころだった。担任の先生が一冊の本をホームルームが終わる頃になって、もじもじしながら取り出してこう言った。「うちの奥さんが書いた本なんです、よかったら読んでみてください。」こまわり君というあだ名の付いたその先生は、その本を一番前の席の生徒の机の上に置いた。その本がはたして順番に回っていたのかは分からない。ボクはタイトルだけを横目で見て覚えていた。その本を本屋で探して購入し、読んでみた。それは、所謂トリックものの推理小説だった。当時乱読状態だったボクには、読みやすくて、好感がもてた。「先生、あの小説、結構面白かったですよ」「そうですか、読んでくれたんですね」「みんな読んでくれてるんですかね」「それは知りません、なかなかボクの所まで回ってこなかったので、買って読みました」「わざわざ買ってくれたんですか?」「言ってくれたら、まだあるから渡したのに」先生は、その間、終始笑顔で受け答えしていた。その先生は、いつもたじたじした自信なさげな態度の先生だった。それが原因だとは思うが、何故だか生徒には人気がなかった。ボクは、そんな先生が嫌いじゃなかった。とりわけ好きというのでもないのだけれど、なんだかいつも気になっていた。先生の奥さんは、才女らしいという噂は、学校中が周知していた。お茶やお花は、師範級で、車の免許もA級ライセンスを持っていて、株で稼いで、小説を書いている。そんな話しだけでも、十分すごい話しだ。先生はいつも地味な感じで、車は古いセリカに乗っていて、そんな奥さんがいると聞かされても、信じがたいような人だった。ボクが事故で死にそうになって入院した時、直ぐにお見舞いに来てくれたのも忘れない。しかし、接点がありそうでもそれ程、理解しあえてはいなかった。でも、ボクはそんな先生がなんでか気になっていた。そして、しばらくしてまた奥さんの本が出版されたので購入して読んだ。あとがきに書いてある彼女のプロフィールには、不思議というか変わった経歴が記されていた。昔テレビの修理をして生計を立てていたとか、国語の教師をしていたとか、株で儲けて教師を辞めて、小説を書き始めたとか、1人の人間のことだとは思えないような経歴だった。その後、先生の奥さんはドンドン小説を発表し、みるみる間に有名になっていった。テレビ化もされるようになった。その頃には、ボクは高校も卒業し、彼女の小説もあまり読まなくなったが、今でもその担任の先生の事をよく思い出すことがある。「山村美沙物語」は見ていないが、その中に、夫である山村先生のことをどういう位置づけで扱ったかは、ドラマを見なくても想像がつく。今まで特番で取り上げられた時も、不自然なぐらい夫の存在を避けて通るような取材しかしていなかった。ほんとの山村美沙さんを知るためには、実の夫の存在が大きなポイントだと思う。しかし、それはボクにとって大して興味を惹くことではない。10年前にテレビで山村美沙さんの葬儀を見た。山村先生は、亡き夫人の遺影を持って映っていた。久しぶりに見た先生は、少しやつれていた。無性に声をかけたくなった。優しすぎる人だったんだ。今でも、元気でおられるのだろうか。
April 4, 2006
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何だか、かゆい、かゆい、かゆい、かゆいよ~。体中に、かゆみ、かゆみ、かゆみ、かゆみ、って女の子の名前じゃないからね。おまけに、胃まで、激痛~~。かゆみ止めを塗っても、かゆみは逃げ回る。追いかけても追いかけてもかゆみは捕まらない。くそ~、かゆみは、やっぱり女の子かも知れない(^^ゞ(笑)やめてくれ~、そこだけは、やめてくれ~足の裏のかゆみは、手強い!しかも、土踏まずのかゆみは、手のつけようのないじゃじゃ馬だ。やめろと言ってるだろ~、そこだけは~~~。股間に忍び寄るかゆみの手。神様、仏様、もう悪いことはいたしません!だから、お願いだから、このかゆみを追っ払ってください!かゆみと痛みを同時にプレゼントしてくれたのですか?それとも何かの意地悪ですか?それともあのかゆみちゃんの呪いでしょうか?(どのかゆみちゃんやねん)何日も何日も何日も、、、勘弁してください!夜中からずっと、かゆみちゃんと戦っていたボクは、とうとうお医者さんに、かゆみちゃん退治をたのんだ。かゆみちゃんの嫌いな天敵(点滴)をしてもらいこれで、一安心と思いきや。これが、なかなか一筋縄ではいかなかった。。やっとの思いで、かゆみちゃんは、ボクのことを諦めてくれたようだ。ありがとう、かゆみちゃん。さようなら、かゆみちゃん。戻ってくるな~~♪♪ (^^ゞ(笑)原因不明のじんま疹物語、これにてめでたしめでたし、、、、。って言うか、先日の顔面強打の怪我といい、かゆみちゃん大襲撃といい、災難続きだ~~~~。そんな横で、奥さん呟く「家も出来るし、なんか仕合わせ~、、、こんなに仕合わせでいいのかな~」その代わり、ボクの方で辛い思いしてるっちゅうねん(^^ゞ(笑)
April 1, 2006
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