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昔、昔、ヤマハのテストコースに走りに行ったときのこと。走る前の心得として、大部屋でサーキットの走り方を解説してくれ、コーナーのラインの取り方だとか、S字カーブやシケインの走り方等のサーキット走行の基本を教えてくれた。レース走行ではないので、追い越しは禁止、事故やトラブルが起きた場合は、徐行後停止、等の注意事項を繰り返し確認しいざサーキットへ。スタートは、ルマンスタイルで乗りたいバイクまで走る。目指したバイクへ先に到着した方が、その乗車権利を獲得できる。素行順もしかり。スタート!ホイッスルと共に、走り出し目干しを付けていた先頭から2代目のFZ400Rを目指した。もう1人同じバイクに向かっている人がいたが、それは知らぬ振りで思いっきり走った。しかし、むんずと腕をつかまれ。「これは、俺が乗る!!」顔をみると、どこからどう見ても暴走族の兄ちゃん。皮の繋ぎが似合わないこと似合わないこと(^^ゞ(笑)「じゃ、どうぞ!ガンバって走ってくださいね」ボクがそう言うと、彼はメンチを切るように睨みをきかされた。気を取り直しバイクにまたがりエンジンをかけた。ボクは3台目だ。先頭は、教官が走るので、実質は2台目になる。20台ほどのバイクが空ぶかしをすると、ヘルメットをかぶった頭にも排気音が響き渡った。信号が青に変わり、教官がスタートした。それに続いて順番にスタートする。最初の走行は、コースを2周だ。スロットルを空けると、直ぐにセカンドにシフトアップする。そしてまたひとふかしして、直ぐにサード。クラッチとシフトチェンジのタイミング。クラッチを繋ぐ時の回転数の微妙なずれをシフトチェンジをするたびにつかみ、第1コーナーに入る頃には、バイクの癖は掴んだ。第1コーナーの次は緩やかなS字カーブがあり、その次にシケインカーブがある。コースをくぐりコーナーが続く!しばらくショートストレートを走り、今度は、高速コーナーが左へ。バイクを傾けたまま140km/hで快走。そして、最終コーナーを膨らみながら曲がりきり、普通よりながいストレートに入る。コーナーの出口あたりから、フルスロットルで爆走!59馬力の出力を使い切るように、スピードを上げる。スピードメーターは200km/hを少しオーバーしている。前方を走る教官の排気音を切り裂くように、音に突っ込み、駆け抜ける。このコースは、ヤマハのテストコースだ。なので、直線が普通より長い。FZ400Rがフルスピードでストレートを疾走する。第1コーナーに、ノーブレーキで侵入出来るだろうか。200km/hでコーナーを曲がるなんて、経験したことがない。やれば出来るのかも知れない。しかし恐怖の方が先走る。そんなことを考えながらストレートコースが終わろうとしていた。その時、前方を走るバイクのブレーキランプが煌々と光った。「危ない!! 減速しすぎだよ!」前のバイクは、ゆっくりと第1項ナーへ入っていった。ボクも仕方なくブレーキングを繰り返し、後に続いた。前のバイクのコース取りが何だか変だ。スピードが遅すぎて、コーナーを曲がりながら加速をするものだから、だんだん膨らみ、またブレーキをかけ、また加速の繰り返しだ。終いにはジグザグ運転のようになり結局次のコーナーに差し掛かるときには、曲がりきれずコースアウトしてしまった。コースアウトと同時に、イエローフラッグが振られ、徐行運転に。コースアウトしたバイクがコースに戻ってきたので、走行開始。びびってしまったのか、さっきの周回より、スピードが遅い。「怖そうな振りしてるけど、実は気が弱いんじゃないの~」って心の中でぼやきながら、スタート地点で全員停止。教官が全員を集めて、走りについて再度説明と注意をした。そして、次は3周回ることになった。バイクの所に戻ろうとしたとき、先ほどの暴走族兄ちゃんがボクを呼び止めた。「おぃ、あのバイク乗りたかったら乗ってもいいぞ」先ほどの厳つさからは、笑えるほど気弱な声だった。「いいの? じゃ、遠慮なく」今回は、第1コーナーにノーブレーキで侵入出来るかも知れない。そんなことを考えながら、ギアーをローに入れた。コースの幅を全部使って、思い通りのコースを走る。そんな開放感と青空の下、緑に囲まれた壮大な空間で、風を切る爽やかさ。マシンと一体化する。風と戯れる。高速コーナーでは、バイクの傾きに負けないように踏ん張る。体中に風を感じながら、第1コーナーへ突っ込んでいった。やはりノーブレーキで侵入することは出来なかった。少しだけ減速し、少し膨らみ気味で、コーナーの出口ではコースギリギリまでいってしまい、冷や冷やだった。何とかブレーキを掛けずに踏ん張り、少し狂ったコースを修正して、次のコーナーへ向かう。次のコーナーを抜けた辺りで、イエローフラグがたなびいた。そして、それは直ぐにレッドフラッグに変わった。後ろを振り向くと、転倒してコースアウトしたバイクとライダーが芝生の上を滑っていた。全員スタート地点までゆっくりと戻り、午前中の走行はそれで中止になった。転倒したのは、あの厳ついけど気の弱い兄ちゃんだった。足首のねんざで、午後の走行には顔を見せなかった。テストコースは、特別な緊迫感があって面白い。バイクや車の走行テストをする場所なので、それなりに設計されいるコースなのだ。テストドライバーの様な技量はないので、極限の走りは出来ないわけだけれど、フルスロットルで駆け抜ける醍醐味は十分味わえる。爽やかな風がそよぐ昼下がり。フルスロットルで坂を駆け上がる。前方は、きれいな青空だ。昔事故を起こしたときと同じような、真っ青な空に向かって走った!
September 29, 2006
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先日、お彼岸ということもあり、親戚のお寺に出向いたり、田舎のお墓へ参りに行ってきました。家を建てた報告とお礼、そして、これからのこと、お願い事ではなく感謝の気持ちを少しでも伝えたかった。この6年間、色々な出来事に翻弄され、嫌なことに煩わされ、しなくてもいい苦労をしてきた。でも、自分たちを信じ、自分たちで考え、人の事も思い、出来る範囲でやって来たことのひとつの区切りだと思う。子どもの頃から祖父や伯父と一緒にお参りに行った墓、その墓にはボクが尊敬するその祖父や伯父が眠っている。子どもの頃の夏休みは、殆どその街で過ごした。1人で祖父の家や伯父の家を行ったり来たりして、1人気ままに夏を楽しんでいた。祖父の作業に付いていき、時々だったけど手伝ったりした。祖父が作ってくれた「ちらし寿司」は、ご飯にキュウリもみを混ぜただけのものだった。そんな思い出も楽しく思い出された。その街で育ったワケじゃない。が、それ以上なのかも知れない。切り取られた思い出は、堅いフレームでしっかりと飾られ、胸の中の一番大切なところに飾られている。その堅いフレームは、祖父や伯父がになった役割と同じモノだ。そうやって、守り続けられてきた。そして、その役割の順番が回ってきたのかもしれない。形は変わっても、引き継いでいかなければならないと思う。長岡京市の有名店「小倉山荘」にて、お供えにと和菓子を購入個人的には、「嵯峨乃焼」がお薦めBGT-1800LJ-1JF
September 26, 2006
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うちの奥さんが、新聞を読んでいてある展覧会を見つけた。「没後10年追悼・わが妻 山村美沙の在りし日々を描く・山村巍油彩画展」高校の時の担任の先生がこの方、山村巍先生だった。以前にこのブログでも先生の事を書いたことがあります。そして前回のブログの事故を起こしたお話しの時の担任の先生が山村先生でした。シンクロしてますね。すぐにお見舞いに来てくださり、とても嬉しかったことを覚えています。ネットで調べるとその展覧会が今日までだったので、急遽足を運んだ。京都の東急ホテルのギャラリー「kazahana」です。夫人の山村美沙さんが亡くなられて、2年ほど何もする気がなく呆然と暮らされていたらしい。ボクがテレビで山村美沙さんの告別式で先生を見かけたとき、ホントに消えていきそうな儚さを感じたが、それは、的中していたようだ。夫人が亡くなって2年後に、亡き婦人の肖像画を書いている夢をみられたらしい。その直ぐ後、先生は画家の方と偶然しりあい、絵画の勉強を1から始めたそうだ。それまで、絵など描いたこともなかった方が、70歳を目前に、絵画の勉強を始め、8年後には個展を開くまでになったそうだ。展覧会は、最終日ということもあってか、見に来ている人は、チラホラ。記念ハガキのセットを購入して、会場を後にした。折角ホテルに来たので、ゆっくりと珈琲でも飲んで帰ろうと言うことになり、奥さんとケーキを食べた。大変美味しくて、奥さんは大満足。今まで食べたモンブランの中で一番美味しいと満面の笑み。ケーキの美味しさをとやかく言うより奥さんの顔を載せた方がその美味しさが伝わるはずだ~とうるさいくらい。そして帰る間近に奥さんがトイレに行っている間、ロビーで待っていた。そのとき、偶然にも山村先生が入ってこられた。「山村先生ですね、ご無沙汰しております、高校の時にお世話になったMixです。」「そうですか、見に来ていただいたのですか?」「はい、」「それは、ありがとうございます、コメント書いていただけましたか?」「はい、」「後でゆっくり読ませていただきます」奥さんがトイレから出てきたので、経緯を話すと「写真でもとってもらったら?」というので、もう一度会場に戻った。そして、写真を撮らせて貰い、少しお話しもできた。お花は、萬田久子さんからでした(^^ゞ元気で活躍されているのを知っただけでも良かったのに、偶然にも再会できるとは思わなかった。相変わらず物静かでやさしい物腰の先生は、とってもお元気そうだった。人には、いろんな側面がある。それは本人さえも気づいていないこともある。合唱の指揮をされていることも知らなかったし、音楽が好きだったことも知らなかった。ましてや、油絵まで描かれるとは。あっ、しまった。音楽好きなら、タイムドメインを薦めるべきだった。(^^ゞ眩しいばかりに輝いていた夫人山村美沙さんが、弱みを見せることがあるとしたら、きっと夫の山村巍さんだけだったのかも知れないと思った。やさしくてもしっかりと支えてられたのでしょうね。以前先生の事について書いたブログ「マラッカの海に消えた」山村巍(やまむらたかし)先生のHP作品の一部が見られます(気に入った自画像は入ってなかった)http://takashiyamamura.seesaa.net/
September 25, 2006
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ボクにとって青空は、特別な意味がある。快晴の青空の中に飛び込んだ事があるからだ。高校2年の冬、入試の為に学校は2日間休みだった。その日、ボクは原付の免許を取りに行った。休みの1日目、なんの勉強もせず、「原付なんて誰で受かるだろう!」と甘く見ていた。さすがに何の勉強もしなければ、合格するはずもない。その日の帰りに、問題集を買い込んで帰った。一夜漬けで勉強して明くる日に再チャレンジして合格。その日に友人と会う約束をしていたので、友達と落ち合う。ハスラー250に載った友人が青空の下颯爽とやって来た。2人乗りで山の方へ出かけた。前日まではかなりの雨が降り続いていたので、久しぶりのお天気だった。大量の雨で空気も洗い流されたかのように澄み渡り、空は雲ひとつない快晴。「スカイブルーってこう言うのやね」。バイクの後ろと前で言葉を交わした。峠を越えた辺りで、バイクをとめて休憩をした。山間から見える空は山と山の間に宇宙が見えるかのような深みのある青だった。「ちょっと乗ってみる?」「いいの?」「ちょっとだけね」「うん」「大丈夫?」「大丈夫だと思う、、、」ヘルメットをかぶり、バイクに乗り、スターターキックを蹴り、エンジンをかけた。以前、空き地で乗らせて貰った50ccとは、エンジンの響きや車体の大きさ、体に伝わる振動が全然違っていた。クラッチを切ってギアをローに入れ、ゆっくりとクラッチを戻していく。「。。。。。。」そのバイクはクラッチが遠いのか、なかなか繋がらなかった。「ゆっくりね」と友達の声が聞こえた瞬間、ガンとショックが体に伝わり、バイクは急激に飛び出した。体はまだ、動き出さず、取り残されたようにハンドルにしがみついた。そのときスロットルを引っ張った形になり、全開に近い状態になった。バイクはウィリーした、ハンドルを握りしめた。アクセルは全開のまま崖に向かって急発進した。崖の手前が少し盛り上がっていた。そこに乗り上げて、ジャンプ視界全部が真っ青の空になった、地上から青空へ向かってダイブした。意識だけが青空へ向かって突き進んでいく!時間は止まり、上も下も右も左も全て、360度が青い空。こんなに青い空は、見たことがない!。。。。。。。。。。どれくらい時間が経ったのか分からなかった。とても長い時が流れた様な気もするし、ほんの一瞬のような気もする。友達の顔が、微かに脳裏に浮かんだ。夢かと思う。そこに友達がいた。「大丈夫?」すごく心配そうな友達の顔があった。「大丈夫だと思う」少し体を動かしたら、頭からヘルメットが真っ二つに割れて転がった。肘をついて体を起こし、転がったヘルメットを持ち上げようとした。その瞬間、腕に激痛が走る。おっ、折れてる、、、。もう片方の手を伸ばした。だめだ。こっちも折れてる。自分が倒れていたのは、大きな丸い岩の上だった。ヘルメットをかぶっていなかったら、頭は割れていただろう。どうしよう、バイクは川の中だし、こんな山の中から、こんな体で歩いて帰るのは絶対無理だ。もう少し行けば途中に民家があったから、そこで頼めば何とかなるだろうか?動かない体とは裏腹に、頭の中は竜巻のように回り始めた。その時、「お~い! 大丈夫か?」上の道から人の呼びかける声がした。「大丈夫です」「今降りていくから、」車で通りかかった2人の男性は、直ぐにボクたちのいる崖の下まで降りてきてくれた。手を貸してくれたが、自力で崖を這い上がった。上がって見下ろすと10m以上の渓谷の下に、川の中に横たわっているバイクが見えた。その男性たちの車に乗せてもらい、家までつれて帰ってもらった。ありがたかった。どれだけ感謝しても足りないくらいなのに、その時僕たちは、名前さえきいていなかった。しばらく休んでから、ひとりで病院に出かけた。病院の先生はかなり年をめした方で、レントゲンさえ撮ってもらえなかった。「痛みが止まらないようだったら、また来なさい」と言われ、ボクは薬をもらって病院を出た。あと100m程で家に着くと言うところで、腹部にズキンと痛みが走った。膝を突いて突っ伏した。手首が痛かったので、肘をついて四つんばいで家まで帰った。家のベッドで寝ていると、激しいむかつきが襲ってきた。はらわたが全部飛び出しそうなむかつきだった。火山が噴火するように、そのむかつきは襲ってきた。上を向いたまま嘔吐した。その嘔吐は、天井に届きそうなほど高く上がり、そのままボクの顔に落ちてきた。何故か緑色の嘔吐だった。まるでエクソシストだ。ちょうど帰宅した父親が、慌ててボクを病院に連れて行った。すでに殆ど感覚が無くなり、あるのは体中をものすごい力で圧迫しているような鈍痛が続いていた。緊急入院。その晩は、一生これ以上の痛みを我慢することがないような、強烈な鈍痛で気を失ったようにして眠った。それが眠りだったのかどうか分からない。意識はハッキリとしている。しかし、病室だったはずの景色が、真っ青な青空に変わっていた。それも不思議なことに、360度真っ青な空に囲まれている。上下左右真っ青な空に囲まれている。そんなあり得ない世界で、ボクは何処かへ向かおうと思案していた。「どこへ行けば良いんだろう」「・・・・・・」誰も答えてくれるはずはない。だけど、誰かがそこにいる。そんな気配だけが、ボクの回りにウロウロしていた。どうすればいいのか分からなかった。歩いて歩いて歩き回った。いくら歩いても、360度真っ青な世界は、いくら歩いても変化なんかあるわけがない。バイクに乗って崖から落ちたときに、目の前に広がった真っ青な空にタイムスリップしたかのようだ。見えない気配に翻弄されながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、どれだけの時間そんなことをしたのかわからない。何かに引き戻されたかのように、気がついたとき、そこは、また病室だった。後で聞いた話しでは、その時、危ない状態だったそうだ。しかし、それから、何日か激しい鈍痛からは解放されることがなかった。両腕と、肋骨を4本骨折、脾臓破裂、胃と腸は、痙攣したまま動いていなかった。「あと1日、腸が動かないと、開腹手術をしないといけません。」医者はそう言っていた。その晩、ボクは意識は胃と腸に集中していた。濃い霧の中で見知らぬ誰かと聞き取りにくい会話を交わすようだった。話しかけても、話しかけても、こちらの思ったようには、答えてくれない。腸と会話する人なんていないだろうから、それも仕方のないことだ。空が白みだした頃、腸がボクに答えを返した気がした。胃がボクに微笑みかけた気がした。動き始めるぞ!絶対そうだ!やっと言うことを聞いてくれた「ありがとう!」こんなにドキドキしたのは、生まれて初めてだった。小学校の頃に1人で壇上にたって、発表したときより、好きな子に初めて告白したときより、比べものにならないくらいドキドキした。接骨医がまだ病院に来てくれなかったので、添え木だけした片手をブザーにかざし、ボタンを押した。早朝だったので、看護婦さんが直接様子を見に来てくれた。「どうかしましたか?」「お腹が、動き始めた気がするんです」「先生を呼んできます、ちょっと待っててくださいね」そう言って、看護婦さんは踵を返した。聴診器を当てた先生は、ニッコリ微笑んだ。「弱々しいけど、しっかり動いてます」「もう大丈夫!、よかったね」ホントに良かった。後はちゃんと便が出るまで安心できないのだけれど、ひとまずほっとした。そして、少しずつ回復していった。しかし、退院はしたももの、3ヶ月の間後遺症に苦しみ、今度は第2日赤に夏休みの間、入院することになった。苦しい検査ばかりの大変な入院だったが、楽しい出来事もいっぱいあって、楽しめた分、回復したんだと思える。この事故のお陰で、心のあり方が変わった気がする。こんなに強烈な出来事がなければ、人は変われないのか?必ずしもそうとは限らないけれど、こんな事があると誰でも多少の変化はあるでしょうね。それからも人生の節目や変わり目は、何度も訪れることになるわけだけれど、それまでとこれまでとを分けるとしたら、少し次元が変わった事だけは確かだ。
September 23, 2006
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少し前に、ヘーベルハウスから、建てた家の点検に来ていただいた。その時に、気になるカ所が少しあったので、その旨を伝えた。直ぐ直せるところはその時に直していただき、業者を呼ばなければいけない箇所は、後日ということで、来ていただいた。テレビやタイムドメインのYoshii9を設置してるカウンターボードの塗装がおかしかったので、塗り直しをしてもらった。朝の10時から午後3時過ぎまでかけて、研磨とウレタン塗装をしていただいた。まるで、ETが捕獲されたときのような、大げさなマスキングが施され、キレイに塗装をし直してもらい、感激です。ついでと言ってはなんですが、業者の方にタイムドメインの音を聴いて貰い、厚かましくもその良さをアピールしたのでした。(^^ゞ(笑)そして、塗料の匂いの立ちこめた部屋で、おみやげでもらった東京ばなな「見ぃつけたっ」を食べました。塗料の匂いはきついけれど、美味しいモノは美味しいのだ。(^^ゞ(笑)
September 22, 2006
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知る人ぞ知るロックの名盤、ピンク・フロイドの「狂気」をアナログレコードで聴いてみた。ボクが中学3年の時に発売されたアルバムだ。もちろんCDでも発売されています。まず、聴くにあたって30年以上前に初めて聴いた時のことを思い出してみた。音楽には記憶と密接に繋がる何かがあるようで、思い出したとたんその場にその時の情景が浮かび上がる。何故か、お気に入りのココアを牛乳で作り、茶こしでこして、マグカップに注ぐシーンからスタートする。(^^ゞ階段を上がり、時分の部屋へ行き、ステレオの電源を入れる。普通は買ってきた直ぐに封を開け、針を落として聴き始めるのが常だったが、どしてそんなふうに、ゆったりとした時間の中で、そのアルバムを聴こうとしたのか、その部分は思い出せない。プチッ、っと針が落ちる時の音がして曲が始まる。温かいココアは、一口だけすすられて、テーブルの上に忘れ去られていた。月の裏側と題されたこのアルバムは、人間と言うものをいろんな側面からとらえようとした、深いコンセプトのアルバムだ。もちろんその頃のボクには、そこまで深い洞察力はないので、そんなふうに思って聴いていたワケではない。でも、しかし、何故か、最後までそのアルバムに浸っていた。B面を聴くためにレコードを裏返したことすら覚えていないくらいに。感受性だけは豊かな年代、だからこそ、理屈じゃなく何かを感じることもある。そして、30年以上経って、今、そのアルバムを聴いてみた。勿論、再生したのは、タイムドメインのYoshii9 。静かに流れる時の流れの中で、力強くしかも繊細で、しっかりといろんな思いが込められた音がした。タイムドメインでロックを聴いても、素材さえよければ、ちゃんと伝わってくる音なのだ。このアルバムは、何とビルボードの200位以内に15年もランクインされ、850週もの間チャートに名を連ねたモンスターアルバム。売り上げも、非公式だがマイケルジャクソンのスリラー(450万枚)を越えているといわれている。イギリスでは、5世帯に1世帯は、この「狂気」を所有しているといわれる程、世界一売れたロックアルバムだ。それだけ人々に繰り返し聴かれるアルバムには、それだけの意味があるのだと思う。そして、30年以上経った今でも、人々に何かを伝えている。100年経っても、何かを伝えているかも知れない。いつまで経っても、色あせることなく。音を楽しむと書いて音楽。昔はみんな生演奏で楽しんだ。その当時は文字通り音楽だった。そして、タイムドメインのスピーカーのお陰で、本当の意味での音楽鑑賞が家庭にまでもたらされたといっても言いすぎではないと思う。ストレスなく音を楽しむことができてこそ、音楽なのだから。
September 21, 2006
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先日テレビでaikaの紹介をしてた時のこと。うちの4歳のチビが、彼女の歌う "imagine" がかかると、それまで大声で飛び回っていたくせに、タイムドメイン・Yoshii9 の前に正座して、曲が終わるまで黙って聴いていた。少しJAZZYで、ゆったりと歌う彼女の声は、なかなかイイ感じだった。で、早速ネットで検索。発売は9月26日で、これは米国発売。日本版は11月8日だそうだ。チビちゃんの反応をもとに、とりあえず英語版を注文。aikaは、"Jupiter" で売れた平原綾香さんのお姉さんで、サックスも吹くようだ。平原綾香さんのコンサートにも同行して、バッキングボーカルとサックスを担当したようだ。6歳からピアノを習い、その後サックスを吹くようになり、ジュリアードを卒業後アメリカで少し活動をしていたようだ。この人、ブレイクしそうな感じです。大人受けする様な曲が、若い子に人気がでると何だか嬉しい。タイムドメインがもっと普及すると、音楽の質も変わってくると思えるし、楽しさの質もかるでしょう。テレビに繋いだYoshii9 で聴いた音は、イイ感じだった。さて、CDで聴くとどうでしょうね。"aika/AI WO"Produced by Nicolas FarmakalidisAika, Nicolas Farmakalidis, EJ LABB, Andreas Farmakalidis, Alex Knutsen, David Gilmore, Tony Grey, Martin Valihora, Oli Rockberger, 01 Ai wo (feat. EJ LABB)02 Orange moon03 Will Time Heal My Sorrow04 Like we used to05 Imagine06 Memories (English ver.)07 Quiet08 Slow burn09 Found The Love Of Life10 Yakitori11 Time's a healer12 Belief (English ver.)aika offical websitehttp://www.toshiba-emi.co.jp/st/artists/aika/11月発売の日本版
September 20, 2006
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音楽療法と言うのをお聞きになった方も多いと思います。通常音楽を聴くことで、心身をリラックスさせると、体温も上がり、アミラーゼの低下や血圧の安定などに効果があるなど、療法的に効果があるとされています。しかし、闇雲に音楽を聴けば良いと言うものではないのです。音楽を聴く装置の善し悪しや聴く音楽のジャンル、演奏家の善し悪し録音状態の善し悪しによって、著しく逆効果を与える事になるようです。9月発売の別冊宝島[実践!安保免疫学ーがんにならない「生活術」] という本に、音楽療法の事が載っています。安保徹教授は、免疫学の専門家で、免疫学に関する著作も多数執筆されています。現在病気を抱えている方も、この本は役に立つと思います。その中で、いろいろなスピーカーやヘッドホンを使って、音楽を聴くことによって、体への影響を実験しデータ化されています。B社やP社のモノは、音楽を聴くことでストレスがかかり、体に良くない作用をするというデータが出ていました。タイムドメイン・ライトもその実験で使われていますが、タイムドメインで聴くと、体にとって音楽が敏感に作用をしていることがわかります。タイムドメイン・ライトとiPodパソコンにもタイムドメイン・ライトそして、勿論音楽の種類によっても、体に与える影響はさまざまです。その上人間にも体調の変化があります。朝、昼、夜でも違いはありますし、当然ながら気分の変化によって、その時々に違った音楽が気持ちよく感じるワケです。タイムドメインで聴くと、その時々の気分や感性に合ったものが聞き分けられる気がするのです。例えば食事の時に合う音楽は、これだとか、朝起きてぼんやりしている時に聴くと気持ちいいのは、この音楽だとか、さぁ、これから頑張るぞ! って自分を鼓舞するときに聴きたい音楽はこれだとか、そんな事を思いながら音楽を聴くことが出来るのです。音楽というのは、太古の昔から、喜怒哀楽や祝いや弔いやあらゆる場面で人々の感情や思いを表現してきた歴史があります。つまり、人間の自己表現や愛情表現やひいては言葉では表しきれないコミュニケーションのギャップを完全に埋める事の出来る、素晴らしい手段なのではないかと思えるのです。人のDNAは、宇宙のように広大な許容力を持っている気がするのです。感じる力は、それを思い出させてくれます。大切なのは、自分で感じ、しみ込んでくるその要素をしっかり味わうことでしょう。音楽にしても、食べ物にしても、環境にしても、受け入れる能力も拒絶する判断力も、人は誰しも予め備えられた力として持っていると思うのです。楽しむことの大切さをあらためて痛感しています。自分が自分にとって出来ることは、出来るだけ環境を整えてあげることしかないんでしょうね。自分の中に元々いる縁の下の力持ちを信じて!
September 19, 2006
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大手ブランドのCHANEL(シャネル)が、ピグマリオン・デイズと銘打って若手演奏家を支援するプログラムを組んでいます。今年は、下田聖子(ピアノ)大田佳弘(ピアノ)寺内詩織(ヴァイオリン)向井航(チェロ)平盛友佳子(ソプラノ)の5人の音楽家を支援して、年間30~50回の無料コンサートを開いているそうです。ヴァイオリンの寺内さんは、まだ16歳の高校生なんですが、すでに彼女の演奏を目当てに来ているファンもいたりします。シャネル自体は、昔からいろんな芸術家を支援してきたのは有名ですね。ピカソ、ラディゲ、ヴィスコンティやコクトーなどなど。老舗ブランドだからできる、と言ってしまえばそれまでですが、ヨーロッパに於ける文化の位置づけが伺えるプロジェクトのひとつではないでしょうか。CHANEL Pygmalion Dayshttp://www.chanel-ginza.com/nexushall/pygmalion/企業や自治体や任意団体とうの活動に、文化的活動をより多く推進してほしいものです。タイムドメインがボクに考えさせてくれたもののひとつです。行動しよう!(^_-)-☆
September 10, 2006
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コメント欄でも、小提琴奏者さんに紹介していただきましたが、ベルリン(ドイツ)の巨大家電見本市 IFA に、今年もタイムドメイン社は出展されました。社長の由井さんが、現地からSNS等でレポートしてくださってましたが、本年もタイムドメインは、とても好評だったそうです。開催期間が現地時間で9/1~9/6までですので、イベントは終わりました。ファイル・ウェブでも紹介されました。http://www.phileweb.com/news/audio/200609/05/6724.html純金のlightの注文が入ったそうですが、純金のスピーカーって!出来上がりを見てみたいものです。音は素晴らしいと思うのですが、1000万をポンと出せるとはロシアの金持ちは格が違いますね。金の延棒なんかで隠し持ってるよりもお金の使い方としては、すばらし事です。ヨーロッパの方では、ライフスタイルのこだわりの前提に街の外観があったり、それに対する歴史の共有といった、ある種強制的な認識というものがあるのか、街の雰囲気の統一感を色濃く感じるのです。その反撥なのか、中身は自由でいたいという意志を強く感じることも多いわけです。自分で判断し、自分で決定するといった姿勢は、歴史的背景や教育環境以外にも、そういうところかも影響を受けているのかも知れません。本物に接する機会が多い、要するに安く良質の演奏を聴くことが出来る環境に於いては、本物の音を聞き分ける事が出来る人が多いということなのでしょうね。クラシックの演奏の素晴らしさを、オーディオは再現できていないといわれてきましたが、タイムドメインを聴いたヨーロッパの方には、その良さを肌で感じる事が出来るのでしょうね。タイムドメインによって、オーディオの世界も変わっていくことでしょう。
September 7, 2006
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人も年齢を重ねイロイロと経験を積むことにより円熟し、深みのある人物へと向かうわけですが、人だけじゃなく、モノにもそれと同じようなことがあります。「エージング」を直訳すると、「老化」や「老齢化」になりますが、ワインやチーズなどを熟成させるという意味にもなります。道具などでも使いこんで手になじむ等の表現を使いますが、そんな感じの意味だと思ってください。オーディオの好きな人には、聞き慣れた言葉だと思いますが、「エージング」で音が変化します。その場合は、具体的に何をするかというと、CDやレコードなどを再生して、機械を使い込むと言うことです。スピーカー部分は、コーン紙が振動して音を出していますが、この紙の部分が音を出すことによって、振動しやすい状態になり、よりピュアーな音を出せるようになります。特にタイムドメインのスピーカーは、このコーン紙の部分のみを振動させ再生音以外の振動が音にならない様に作られていますので、一般のスピーカーよりも顕著に「エージング」による効果が高いのです。つまり、どういう事かというと、新品時より聴きこんだ方が、いい音になる。それもまた楽しみのひとつとなります。そして、もう一つタイムドメインは、低音不足と言われることが多いですが、音源(CDなど)自体にもともと低音が入っていないと、低い音はでないということです。重低音が売りのラジカセやステレオは、その装置自体が低音が出るように作られているので、低音が出ているように聞こえるのですが、それはノイズに近い反響音なので、およそ音楽の要素とは懸け離れたそんざいです。10年以上前から、CDの制作現場では、最終チェック段階にラジカセで確認するようになったので、CDに低音が入っていると、ぼこぼこの低音になってしまうので、低音のないすかすかの音に出来上がってしまいがちなのです。ヒット曲の多くがそういった音作りになってしまったのは、寂しい限りです。タイムドメインで聴くと、20年以上前のレコードには、ポップスでもロックでもずっしりとした低音がちゃんと入っています。音作りが昔の様にアーティストのこだわりで行われるように戻ってほしいものです。まだまだ、録音現場では職人肌の腕の良い人たちがいますからね。その人たちが健在のうちに、世の中が変わってくれますように!素敵な音楽を素晴らしい音で聴きたいですからね。そして、ボクたちも年を増して、円熟したいものです。
September 1, 2006
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