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あるきち@台北です。金曜日の夕方から台湾に来ております。こちらに来るまでに去年の旅行記を終わらせるつもりで、1日2本更新をやりましたが、終わらず。結局、”夏休みの宿題が終わっていないのに学校に行き始めちゃって、帰ってきてから一生懸命宿題をやってる状態”になっていました。先程、無事に完結して、ほっとしておりますw台湾では今日、総統選挙がありましたが、特に混乱も無く、冷静に、しかし確実に盛り上がっていました。若い方もかなり投票に行かれていたようで、日本も見習わなくてはと思いますね。さて、今回は台北の近郊を回っております。今日は桃園からバスを乗り継ぎ、大渓老茶廠へ行ってきました。初めて行きましたが、日本統治時代から続く台湾の紅茶生産の歴史を感じることができる、面白いところでした。大渓老街、鶯歌とあわせ、台北から日帰り小旅行ができる感じなので、のちほど詳しくご紹介したいと思います。電車&バスに乗れさえすれば、パックツアーの旅行とは少し違った、台湾とお茶の旅を楽しんでいただけるのではないかと。明日は、台北近郊の茶産地ということで、坪林と猫空を上手く回るルート開発に挑戦したいと思います。上手くいけば、これもお茶を程良くテーマに取り入れた日帰りコースになるかな、と。#今回は”茶旅ヒトバシラー”ですw今回は時間が短く、明日が実質最終日ですが、色々と見てきたいと思います。にほんブログ村鶯歌マップも更新しますよ♪
2016.01.16
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<三峡へ>最終日の午前中もしっかり観光&お買い物をします。荷物をパッキングした上でバスに乗り、緑茶の産地としても知られる三峡へ。まずは清水厳祖師廟を見学。彫刻などが素晴らしく、細かく見ていくといくらでも見ることができそうです。ちょうど行事があったらしく、出ようと思ったら爆竹テロwに遭遇。目の前だったので、さすがにビックリしました(^^;)このあとは老街をぶらぶらと。土曜日とはいえ、時間が早かったので開いているお店は少なかったのですが、その分写真は撮りやすいですね。 ぐるっと回ったら、定番の金牛角アイスなどを食べて休憩。<鶯歌で茶器のお買い物>三峡を後にして、鶯歌の陶瓷老街へやってきました。割れ物は最後に!のショッピングタイムです。参加者のみなさんには、私、特製の「鶯歌 茶器店マップ」をお渡ししました。(この地図の更新版)到着したのは10時だったのですが、まだあまりお店が開いていない感じだったので、まずはぐるっと街を一回りして、各お店の狙い目などをご紹介。前月来た時に見つけた、老街のど真ん中にできた新しいショッピングビルなどもご紹介を。ここ、綺麗なので、お手洗いの利用などはお勧めです。お店はどこもキラキラしたものが多いのと、デパートの食器売り場のようなディスプレイをしっかりした店が多くあります。どちらかというと、大陸のお客さんが喜びそうなお店が多いですね。あとは茶藝の世界では最大勢力?の陸羽茶藝の直売店が出ているので、陸羽独特の茶器などが入手できます。重慶街側の入口の所には、何と陸羽茶藝のドリンクスタンドまであります。ここが第1号店。タピオカミルクティーを注文して飲んでみました。有力チェーンと同じくらいの品質のお茶、タピオカの食感で、さすが陸羽さん、きちんと仕上げてきましたね、という感じです。みなさんのお買い物ですが、作家物の茶壺など、お目当てのものを買えた方も多かったようで、良かったです。ギリギリまでお買い物をして、そのまま空港近くのレストランで食事を取り、帰国の途へつきました。…と、4泊5日ですが、最後の日まで、かなり濃厚なお茶ツアーとなりました。これでもだいぶ端折って書いているので、参加した人たちはもっと色々と経験を持ち帰って来られていると思います。なお、このツアーの企画第二弾は、今年の4月の初めに中国・江蘇省の太湖沿岸にある献上茶の産地と宜興を訪ねる旅が計画されています。ちょうど新茶の時期なので、美味しいお茶が飲めますし、茶園や工場見学をもれなくするので、お茶を買うこともできるでしょう。日本でもお馴染みの張莉頴先生にもご案内をいただく予定にしています。今回の製茶ツアーもそうですが、個人で行くのと、相応のコネクションを持つ方がしっかり企画していくツアーはまた違ったものが見られます。初めての方でも全く問題無く参加できるので、ご興味のある方は、ぜひ。締切は2月1日迄です。旅行の詳細などは、以下のURLまで。http://cha-tea.org/催行されたら、私も行く予定にしていますので、ご一緒できると思います。#会報への寄稿を優先しなければならないので、私の旅行記をブログにあげられるのは半年遅れになりますがw おしまい。旅行記は こちら にまとめました。にほんブログ村ベテランガイドさんが驚くほどのコアな旅でしたw
2016.01.16
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<問屋の仕事見学へ>梨山から戻った翌日。この日は台北市内を動きます。まずは朝から、茶問屋へ。ご存じ、林華泰茶行です。こちらで茶問屋の仕事というのは何かを考えます。バックヤードの大型焙煎器を見せてもらったり、普段は公開していない、2階以上のスペースの見学も。変動が起こりがちな農作物を、如何に安定して商品という形にするか、というところに問屋の大きな役割があります。それを実現するためには、膨大なノウハウと基盤が必要になります。意外と見えにくいんですが、茶業界を支える大きな役割を果たしているんですよね。ちなみに、こちらの中庭にはお茶の品種が色々と鉢植えにされています。関心の無い人にとっては、ただの鉢植えですが、お茶に関心のある人にとっては非常に興味深いものです。品種が分からないと、お茶分かりませんので。#中庭を見たいときはお店の方に、きちんとお願いするようにしましょう。勝手に入っちゃダメです。さて、ここでクエスチョンです(唐突)この品種、いったい何でしょうか?正解はCMの後…ではなく、この記事の最後で♪<迪化街の臻味茶苑へ>問屋見学の後、迪化街へ移動します。霞海城隍廟でのお参り方法などをガイドさんに教えてもらいつつ、迪化街をぶらぶらとショッピング。こちらのお店へやってきました。古蹟である林五湖本館の建物を利用したお茶屋さん、臻味茶苑です。2014年の台湾観光協会のプロモーションビデオで舞台となったお店なので見覚えのある人もいるかも。YouTubeこちらの店主はビデオでもラスボス的に出てくる呂禮臻先生。台湾の茶藝の世界では知らない人はいません。普段は鶯歌にある本店の方にいるのですが、こちらの支店の方に来ていただきまして、ここで参加者のみなさんとお茶を飲みました。良いお茶を色々と大盤振る舞いでした。なお、こちらで扱っているお茶は、茶人好みのこだわり系のお茶です。ちょっとお値段が高いものもありますが、50g程度の小分けパッケージなどもあるので、試してみるには良いかもしれませんよ。<たっぷりフリータイム>この後は、昼食を採ってから、各自、自由行動の時間に。台湾まで来たら、自分で色々買いたいものもあるでしょう、ということでのフリータイム。私、お茶を買いたいという一部メンバーの方の声にお答えし、特色ある2軒のお店へお連れしました。1軒目は、台北市内の南の方・萬隆駅近くにお店を構える 春點 Spring Pointさん。こちらは発酵をしっかりとさせた、古き良き時代の烏龍茶を今の人たちに味わってもらいたい、ということでやっているお店です。オーナーさんは若い方なのですが、最初はネットショップから始めて、実店舗を持つに至りました。果物の香りのするお茶とか甘い香りのお茶、というのを実感したいなら、このお店かな~、と思います。詳しくはまたのちほどご紹介します。もう1軒は、民権西路駅のすぐそばに移転した、富宇茶行さん。こちらは問屋さんですが、先の林華泰茶行とはまたちょっと違うスタイルの問屋さんです。先程のお店とは対照的に清香のお茶を得意分野としています。あとは苗栗の東方美人ですね。こちらも、後日詳しく。観光客向けのお店では物足りない方々だったので、濃香と清香の代表格として、両店舗をご紹介。あとは焙煎系のお店でも…と思っていましたが、どちらの店舗でもたくさん試飲をさせてもらったので、あっという間に夕方に。お茶屋さんでじっくりお茶を選ぶとなると、時間がいくらあっても足りませんね(^^;)続く。にほんブログ村欲しいお茶&これまで飲んできた経験値によって、行くべき店は違うのです【クイズの答え】金萱でした~
2016.01.16
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<四駆じゃないと走れない道>茶畑見学はすぐ近いところのような口ぶりだったので、歩いて行くのかと思っていました。が、ジョニーがスタッフの車を手配しています。あれ、バスはあるんだけどな、と思っていたのですが、車の用意ができたというので、分乗して出発します。工場から、力行産業道路を下っていくのですが、道路は細いのに向かいからキャベツ満載の大型トラックが走ってきます。路肩に落ちながらギリギリ交わす、というやりとりが対向車が来る度に繰り広げられます。時間がものすごくかかるし、道を外れたところは泥水の溜まったぬかるみなので、これはバスや普通車ではとても来られません。四駆を持っているスタッフの車を集めていたわけです。距離的にも結構あって、数Kmは走ったと思います。離合に時間もかかったので、40分ぐらいかかったんじゃないかと。力行産業道路はしょっちゅう崖崩れが起こる”酷道”(県道ですけど)としても有名ですが、その一端を少しは感じました。<美しき茶園>到着したのは、華崗五区にある、華剛茶業の茶畑。傾斜はかなり急です。こちら、自社で一から作った茶畑だそうで、有機肥料などを使った理想的なお茶づくりの環境を作ろうとしているようです。ここからの眺めは非常に素晴らしく、梨山茶の産地として知られる、翠巒や翠峰方面を見た写真がこちら。谷の向こう側には秘湯で知られる紅香温泉の集落も見えました。帰りには、お茶や茶摘みの人たちを運ぶトロッコにも乗車。ただ、最初に乗った人たちは、エンジンが暖まっていなくてパワーが出なかったのか、斜面を登り切れず、何度もジェトコースターのように下に戻ってきていましたw茶園見学を終えて、工場に戻り、昼食をとります。今回の製茶では、ずっと工場でご飯をいただきました。スタッフの方向けに賄いの方を雇っていて、その方々がお料理をされています。どれも美味しく、製茶作業の合間には夜食もいただきました。デザートとして、梨山名産の梨や桃もたっぷりいただきました。桃は瑞々しくて甘く、梨は、梨の名産地在住の私も太鼓判の味でしたよ(^^)<福寿山農場の茶園>いよいよ帰りですが、途中で福寿山農場の天池付近にある茶園も見学。ここで標高2600mぐらい。大禹嶺が無くなったからとはいえ、他にも標高が高く、このように森に囲まれた茶園はあるんです。ここの茶園のみのお茶を飲んでみたいと思いましたね。ちなみに、華剛茶業と福寿山農場は協力関係にあるとのことです。ジョニーとは福寿山農場の入口のところで、一旦お別れ。彼はこのあと、私たちの作ったお茶を揉捻し、翌日の夕方、台北まで届けてくれました。とにかくお世話になりっぱなしでした。台北へはグッスリと眠っていたら、あっという間。夜7時には到着し、夕食を取ってからホテルに入りました。続く。なかなか良いお茶を作るメーカーさんなので、Facebookのページをご紹介しておきます。華剛茶業Facebook最近、台中の中心部に若い人たち向けのお茶カフェをオープンされるなど、色々な取り組みもされています。吉時好茶にほんブログ村ジョニーは今年3月のFOODEXにも来るそうです
2016.01.15
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<梨山の朝>工場スタッフの方の部屋を割り当ててもらい、今回のために手配してもらった新品の寝袋にくるまって、少し仮眠。5時ピッタリに目が覚め、外へ。眠いんですけど、清々しい朝です。中央山脈に朝日が当たり、表情を刻一刻と変えていきます。ジョニーはこの景色を見せたかったようです。確かに綺麗。工場の前の道は、力行産業道路という名前の県道です。ここを朝採れキャベツを満載した大型トラックが、朝から走っていきます。重い車が通ることを想定して舗装をされていない道路に、こうした過積載の車が通るので、道路はすぐに傷んでしまいます。たっぷり水を含んだキャベツは重いですからね。<手製のお茶の仕上げ>さて、昨日(というか2時間前)に作ったお茶は、どうなったのでしょうか?発酵室から出て来た状態がこちら。あまり変わっていないような気もしますが、とりあえずこれで適正発酵と見なして、殺青を行います。殺青は、こちらのドラム型の殺青機で。丸いドラムの下にガスバーナーが付いていて、中のドラムがゴロンゴロン回る仕組みです。下に来ると、茶葉が瞬間的に熱せられて高温になり、茶に含まれている水分が蒸発して、水蒸気が上がり、その高温の水蒸気で酵素が殺されるわけです。殺青が終わったら、このように前に倒れるので、中からザザーッと茶葉が滑り落ちてきます。このあと、軽く揉捻。お馴染みの半球型ではありませんが、この段階でとりあえず良しとします。荒茶のさらに前の段階ですが、今日持ち帰るのは、これ。できあがった茶葉を乾燥機にかけます。ここで本日持ち帰り分のお茶の完成となります。重さを量ってみると、あれ、1kgを超えてる…作ったお茶の半分は半球型にするのに回しているので、これは量が多すぎます。どうやら、1人に2kg近く茶葉が割り当てられていたようです。最初に生葉を配布するときに計量ミスがあったみたい。結果、今回の参加者の方は、2kg近い梨山茶が持ち帰れるという、とんでもない大盤振る舞いとなりました。市場価格で計算すると、一体いくら分なんでしょう…(品質は製茶をした個人の責任w)<テイスティング>できあがったお茶を持ち寄って、テイスティング大会です。同じ材料から作ったお茶ですが、全員微妙に違う水色ですね。味や香りも様々。プロが作ったものとはやっぱり違いますが、そこそこ飲める印象です。さすが梨山。それぞれのお茶について、ジョニーがコメントを付けていきます。その話を聞いていると、彼がお茶のどういうポイントを見て、評価しているのかが分かります。確かに、それがこのメーカーの傾向なんですよね。ちなみに、私の作ったお茶なんですが、結論から言えば”果香”にはなりませんでした。”花香”って感じです。昨日は、やはり温度や湿度の関係で、発酵度を高めるのは難しかったようです。人間がこういうお茶を作りたいと思っても、条件が揃わないと、そういうお茶にはならないわけです。やはり、製茶は人間の思い通りにいくものではありません。お茶の生産者の方は、毎日がこういう戦いなんだろうなと思います。ただ、出来映えを見に来た、お茶のお師匠さんからは、「お前の悪くないぞ」と言ってもらいました。雑味は少なめだったので、そこは良かった点かな、と。<半球型にするまで>持ち帰るのが、半球型のお茶ではないのは、何故?という疑問は、丸くする団揉の作業を見れば分かります。お茶を丸めるためには、まずこのように布でお茶をくるみます。この大きな玉をこちらの機械にかけて、圧力をかけながらぐるんぐるん回します。これをやるのにはものすごく力が要るそうで、屈強な若手がこの担当に充てられていました。ぐるんぐるん回すと、少しずつお茶が丸くなっていきます。で、こうなったものをもう一度、ばらす(玉解き)をして、また丸めてぐるんぐるんと回します。一度に力をかけすぎると、均等に力がかからないので、何度も繰り返して少しずつ形を作っていくわけです。これを延々繰り返すこと、なんと24時間。そこまでやって、やっと私たちが目にする、あの半球状のお茶になります。丸めるという作業は、実に大変な作業なんですね。当然、この丸める作業をやっている間に、お茶には圧力が加わり、細胞壁が壊され、茶汁が出たりして、味の輪郭が作られていきます。発酵作業の方が注目されがちですが、揉捻も烏龍茶の味を形作る上では、外せない工程なんですね。#洗茶をするということは、これを捨てることになりますね。団揉は、本当に体力の要る作業なので、屈強な若手でも腕を痛めたりして、仕事ができなくなってしまうこともあるのだとか。そんな過酷な工程なので、最近では、簡単に丸い形を作ることのできる機械も登場しています。が、やはりそれで形を作ると味わいにはやはり差が出てしまうそうです。烏龍茶の生産については、効率だけでは割りきれない部分が、今でもたくさん残っています。機械を使っているからといって、簡単にできるわけでは無いんです。製茶はここまで。このあと、南投縣側の茶畑を見せていただけるとのことなので、それを見学してから、台北に戻ることになりました。続く。にほんブログ村手間を考えると烏龍茶の値段、安すぎるかも
2016.01.15
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<3パターンのお茶を目指す>今回は各参加者が違うタイプのお茶づくりをすることになりました。発酵の軽い”清香”、少し発酵を進めた”花香”、発酵を重めにした”果香”の3タイプ。それぞれ、茶葉を揺する攪拌の回数と時間を調整して、目指すことにしました。私は、”果香”の担当。発酵度高めの梨山好きなので、いいですよー、と安請け合いしたのですが、これが後に大変なことになります。攪拌のやり方をお手本で見せてもらいます。最初はやさしく、回数を少なく。そのあとで徐々に動きを大きく、回数も増やしていき、最後には大きく、長く揺するようになります(大浪)。最初はほんの数回、サラサラッと揺するだけなので、楽勝です。静置している間は、お茶を飲んだり、工場内の見学をしたりしていました。<大工場の製茶は日本酒造りに似ている?>本来であれば、7月下旬というこの時期は梨山のシーズンオフで、工場はお休み。私たちで貸し切りの予定でした。が、この年の梨山の春茶は、霜害によって、産量が40%減というひどいシーズンでした。そんなこともあって、この時期でも製茶を行っていました。幸か不幸か?プロフェッショナルの、大規模な製茶作業を見られるということで、そちらの見学をしてきました。#写真はありません。企業秘密満載なので、あっても出せません。発酵を進める揺青の作業を見学したのですが、大規模な製茶の作業は、一人で全てをやるハンドメイドなやり方とは少し違います。お茶づくりの先生が1人いて、あとは若手のスタッフが十数名。原住民の方が多いようです。山の中では雇用が少ないので、ここは貴重な働き口です。お茶づくりの先生が、茶葉の発酵の状態や香りの変化などを見て、「よし」と指示を出して、若手の人たちがテキパキと作業を行います。指示を待っている間は、かなり緊張感があります。なんというか、日本酒の杜氏さんと蔵人のチームのような感じでしたね。確かに揺青の機械を使ったり、大きなシートに茶葉を乗せて、それをひっくり返したりするので、少し作業は粗くはなるのでしょう。が、茶葉の状態を見て判断するところは、完全に人の感覚が残っています。烏龍茶の場合は、発酵の工程だけは茶葉の状態によって加減が全く変わってくるので、こういうスタイルなんだろうな、と思います。「大メーカーのお茶なんて…」という方もいらっしゃいますが、いやいや、現場を見たら、そうとも言い切れませんぜ、というのが私の感想です。大手ほど、異物混入や農薬汚染などに対して、かなりしっかりとした管理もしているので、その分も考えたら、まあ割に合うお茶だと思います。※桃園空港の一部の免税店でも売っているので、空港で買わなければいけないときは、良いかもしれません。空港なのに、定価で販売してますし。ちなみに、この日の製茶の師匠は、前月、まうぞうさんと一緒に鹿谷でお目にかかってました。その時は、とても穏やかで好々爺という感じだったのですが、工場の現場に入っていると、まるで別人のようにピリピリしていました。プロフェッショナルとは、そういうものなのだと思います。<製茶は深夜にまで及ぶ>工場見学を終え、茶葉のところに戻ってみると、だいぶしんなりとしてきていました。硬かった茎も水が抜けてくると柔らかくなってきます。最初はちくちくして痛かったぐらいでしたが、柔らかい葉になって、やりやすくはなりました。が、攪拌の力加減と回数が増えてくると、腰に大変負担がかかります。「製茶はしんどいなー」と思い始めましたが、本当に辛いのはここからでした。最終攪拌ともなると、攪拌をする時間が”清香”の人でも、1枚につき30分程かかります。このときには、ザルは3枚から2枚になっていましたが、それでも合計で60分、茶葉を揺すり続けるわけです。で、”果香”タイプは1枚につき45分揺すりなさい、と。合計90分。マジですか...orzちなみに、このとき、午前1時。外気温は7度にまで低下。涼しいというより、寒いです。ここは真夏(7月)の台湾なんですが…ぶつぶつ言っても始まらないので、作業に取りかかります。私、東方美人の茶農家さんで時折、製茶を手伝わされるので、攪拌もそれなりに回数はやっていると思います。が、力加減が全然違うんですよね。まず、茶葉の成熟度が全然違います。一芯二葉で脆い葉の東方美人と一芯三葉、いや下手をすれば一芯五葉ぐらいの葉では、かけるべきパワーが全然違います。お茶の品種的にも青心烏龍の方がかなり丈夫なので、その差も大きいですね。烏龍茶だから一緒でしょ、なんてことは無いです。なので、攪拌をしてもなかなか、茶葉が変化しません。おそらく、気温の低さもあると思います。酸化酵素の働きが鈍いんでしょう。どこまで製茶が大変な環境なんですか、ここは。なので、1枚45分が終わっても、「まだ足りない」と言われ、時間はどんどん延長。。。結果的に、全ての攪拌が終了したのは、午前3時を回っていました。「発酵度の高い梨山じゃないと嫌」と、お茶屋さんで気軽に言っていたことを反省します。こんなに大変だと思ってなかったんですよ。反省。揺青が完了した段階の茶葉はこんな感じ。この状態の茶葉を、温度と湿度の管理された発酵室へ入れます。さすがに眠いです。ジョニーも眠そう。「とにかく少しでも眠りたい…」のですが、発酵から上がってくるのは5時とのこと。てことは、2時間しか眠れませんね。。。私たちはこれが1日だけだから、まあ耐えられますが、製茶をする人はシーズンはいつもこんな感じなわけで。製茶は本当に重労働だと、改めて思い知ったのでした。続く。にほんブログ村発酵の重さは労働の重さと心得ます
2016.01.14
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<福寿山農場から梨山茶区北側を展望>大禹嶺から梨山の街まで戻りました。ここからは山を越えて、工場のある華崗地区を目指します。山の反対側に行くためには福寿山農場の中を突っ切っていきます。通りの両側にも茶畑があります。9年前と違うのは、防霜ファンがあることですね。割と新しいものだったので、最近付けたのだと思います。福寿山農場の中腹付近に展望台があったので、ここで下車。こんな風景が広がっております。梨山茶区は、台中市と南投縣に跨がる茶区なのですが、ここから見えるのが北側の台中市側。左の方に行くと、台中方面で佳陽、新佳陽などの産地が。正面の少し山が低くなっているところが宜蘭方面への道で、右の方が花蓮方面で大禹嶺という感じです。山の名前はこんな感じ。<華剛製茶廠>そろそろ日も傾きかけてきたので、工場へ急ぎます。福寿山の上の道をもう少し上って、標高2600m付近へ。ここには天池という場所があって、蒋介石の別荘である達観亭というのがあります。が、今回はスルー。山の頂上を越えると、そこからは南投縣仁愛郷。すぐに華崗という集落に入ります。製茶工場やちょっとした商店などがあり、それなりに村の様相を呈しています。ここで標高2500mぐらい。その街の中を抜けたところに、目的地の華剛製茶廠があります。※翌日撮影標高2500mの場所にあるとは思えないぐらい立派な設備の整った、近代的な工場です。福寿山農場の工場よりも最新鋭設備な感じです。こちらHACCPとISOの認証なども取得しているので、安全管理や衛生管理もしっかりしています。たとえば、工場内は土足厳禁。周囲には高原野菜(キャベツなど)の畑がたくさんあり、農薬を撒いているところもあります。そうしたものが靴に付着してしまうと、工場内に持ち込まれてしまう可能性もあるので、そういうものを排除するためです。スタッフさんもお揃いのユニフォームを着用し、基本は帽子も着用です。工場内には簡易で農薬検査を行うことのできるラボも備え付けられており、やるべきことをきちんとやっている工場ですね。台湾政府から衛生安全の工場格付け五つ星も取得しています。<日光萎凋から製茶開始>荷物を置いて、早速工場の中へ。私たちが製茶する生葉は、ちょうど日光萎凋が終わったところでした。なにしろ、5分で天候が急変する場所です。日光萎凋を行う場所は、このように透明な天井になっています。※翌日撮影平地だったり、もっと標高の低い産地であれば、このような設備が無くても製茶はできます。が、標高2500m級となると、こうした設備が無ければ、とてもやっていけません。そのあたりの投資も含めて、どうしても高コストにならざるを得ないので、梨山のお茶はそれなりのお値段になります。それでも大陸の一部のブランド茶などに比較すれば、大変良心的なプライスだと思います。コスパはずっと高いな、と。各参加者の方に生葉が振り分けられ、それを各自が担当するザルに移します。1人3枚を担当。日光萎凋が終わった段階のお茶は、こんな感じ。これを揺すって、静置してを繰り返すことで、水を少しずつ抜きながら、発酵を進めていきます。今回の参加者の方は製茶経験者もおりましたが、初めての方もいらっしゃるので、丁寧に解説も。工場内には、特設教室が設けられ、ジョニーの講義。今回は華剛茶業の社内でも、貴重な交流の機会と設定いただいていたようで、スタッフの方に非常に協力的にしていただきました。普通は外部から製茶体験を受け入れるようなことは無い工場なので、まさに特別な機会でした。続く。にほんブログ村行けるときに行っておかないと、ですね
2016.01.14
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<大禹嶺のあれこれ>バスで梨山の街を出発。大禹嶺までは片道30分ちょっとかかります。地図で見ると、直線距離では近いのですが、谷を避け、山に沿って道が付いているので、道のりは結構あるんですね。台湾の地方に行くと、場所がどこにあるかを示す場合に、省道の何Kmポスト付近にあるか、という表現があります。大禹嶺のお茶が語られる際に耳にする、105Kとか103Kというのは、それぞれ、105km・103kmポスト付近にある茶園、ということになります。いわゆる本家の大禹嶺の茶園というのは、最も古くから開発され、大きな面積を占めていた105Kの他に、103K、102Kなどに茶園が存在していました。梨山の街を出てしばらくすると、碧緑渓という場所を通過します。このへんにも割と大規模に茶園がありました。大体90Kぐらいのところです。90Kというと、いわゆる大禹嶺からは10Km以上、道のりでは離れています。が、このへんの茶園のお茶も大禹嶺として売られていることは多いですね。私が6月に台北で購入した大禹嶺茶も90Kのお茶でした。#90Kと書いてあったので、ある意味正直なお店ですし、美味しいので全く問題無いのですが。途中、派手に崖崩れをしている場所がありました。工事をしているときは、1時間に10分間しか通行できないそうです。脆い岩石でできた山なので、大きな地震や台風で簡単に崩れてしまうんですね。政府が違法な森林伐採や果樹・茶樹栽培を規制する方向に行くのも、これと無関係ではありません。<大禹嶺103K茶園>深い山の中に入ってしばらくすると、時折、道路のそばにポツンポツンと小屋のようなものが見えてきます。大禹嶺の茶園に近づいてきたようです。到着したのは、大禹嶺103Kの茶園です。が、省道8号線の上の斜面に目をやると、このような景色が。元々はお茶の木あるいは果樹があった場所ですが、このように伐採されてしまっています。そうなんです。9年前にも反対運動がされていましたが、遂に茶樹や果樹栽培を行っている農家さんへの執行がされていたんですね。理由は後述しますが、環境保護の名目と土地の使用用途の問題です。大禹嶺の多くの場所は伐採を受けてしまった(もしくは執行予定)ため、2015年の大禹嶺の春茶は産量が激減しています。2014年には約1万斤(6000kg)の産量があったそうですが、2015年の春の時点では約半分になったとのこと。そんななかでも、ここの103K茶園の一部は私有地にあるということで、伐採を免れたのだそうです。他に残っているのは、最も歴史があり、規模の大きい105K茶園だったのですが、大変センシティブな時期ということで、今回の訪問は叶いませんでした(そして、2015年11月に大部分が伐採されてしまいました)。103Kの茶園は、急斜面を下りたところにあります。雨で濡れていたこともあり、足元は悪く、慎重に斜面を下りていきます。山の天気は変わりやすい、と言いますが、このくらいの標高になると、晴れていたかと思っても油断できません。どこからともなく、雲が現れ、雨になるという感じです。華剛のスタッフの方によると「5分で天気が変わる」とのことです。お茶の栽培もそうですが、製茶にとっても非常に難しい天気の場所ですね。それなりの設備が必要です。大禹嶺103Kの茶園がこちら。深い森の中に囲まれた茶園という感じですね。茶樹を見ていても葉に厚みがあり、なんというか潤いがある印象の茶葉です。同じ梨山茶区ではあるのですが、周辺の環境がまるで違うので、同じ品種でも育ち方は違います。このへんの微妙な差が、やはりお茶にも出てくるので、大禹嶺は大禹嶺なんですよね。<伐採された大禹嶺102K茶園>梨山の街への戻りがけに102K茶園にも寄ってみました。こちらも大手の会社が製茶を手がけていた茶園で、小屋などがあったそうなのですが、今ではこのありさま。伐採しただけでして、法面の保護なども特にされていません。環境保護が名目だったはずですが、このままだと余計に土壌の流出とか、崖崩れが心配のような気がします。最高峰の茶園を潰すことでの見せしめが目的だったのか、どうも一貫性を感じない政府の対応です(日本でも良くありますが、台湾では結構多いパターン)。ほんの僅かに残っている茶樹も、すっかり雑草に埋もれています。今年の初めに伐採されたとのことですが、それから1年経たずで、このような状態になるわけです。<土地の使用目的の問題か>諸説ある大禹嶺が伐採になってしまった理由ですが、色々な報道を見てみると、政府側には執行に足るだけの十分な根拠があるようです。それは、「国有林を林業目的で借りたのにもかかわらず、果樹栽培や茶樹の栽培を行った」という主張です。そもそも、やっちゃいけないことでしょ、というわけです。法治国家としては当然のことです。この問題を知るには、少々、歴史を紐解かなければなりません。梨山を通っている省道8号線は、中部横貫公路という名前の道で、蒋介石とともに台湾に逃げてきた退役軍人(台湾では「栄民」と呼ばれます)の方々によって開発が行われた道路です。言うなれば、失業対策の公共事業でできた道路です。国主導の道路なので、道の周囲は基本的には国有地となっています。大変な難工事で多くの犠牲者を出した中部横貫公路。花蓮のタロコに行かれると、それを祀っている廟もあるので、ご存じの方も多いかもしれません。さて、道路が完成した後、当然、道路工事の仕事は無くなります。しかし、大陸の各地からやってきていた、彼ら。ふるさとは海の向こうで戻るわけにもいかず、かと言って、台湾には帰るべき場所がありません。そこで、この土地に留まり、一から開拓をして農業を始める人たちもいました。その流れで政府が国有地を使用して、彼らのために作ったのが国営の福寿山農場だったり武陵農場だったりします。国営の開拓農場です。なかには農場には入らない、あるいはそこから独立したい人が、国有地の使用許可を得て、林業などに携わるケースもあったようです。今回の問題になっている茶園は、大体こうした経緯で貸し出されていたわけです。彼らは蒋介石の忠実なる部下たちであったわけですし、ふるさとに帰れない、非常に気の毒な境遇でもあります。何かあっても大目に見る風潮もあったのかも、と思います。当初は申請通り、林業を行っていたのかもしれません。が、林業はそんなに儲かるものではありませんし、輸入材に押されるのはどこの国も一緒。なので、生活のために果樹栽培を行ったり、茶園に転換した例もあったのだろうと思います。それも、上記のような理由で(なにしろ、相手は栄民です)黙認されてきた、というのが実際のところなんじゃないかと思います。たらればですが、用途変更申請をどこかのタイミングでしていたら、結果は変わっていたのかもしれません。時代は過ぎ、大陸から渡ってきた栄民の人たちも亡くなられて、次の世代の人たちが相続するようになってきています。初代は大目に見ても、二代目は、というのもあるかもしれません。さらには、話題になった映画「看見台湾」で環境破壊の現状が浮き彫りになったことや1斤12,000元(600gで48,000円)という高値になったお茶へのやっかみ、はては総統選挙等々、様々な要因が重なって、このタイミングになったのかも、と思います。法律的にグレーな部分があった大禹嶺茶が高値で取引される状況は、他の産地の方からすると決して面白くはなかったでしょう。しかし、その産地が無くなったことで、これである意味フェアな競争になるとも言えます。台湾の茶業全体という視点で見れば、健全な方向に行くかもしれません。いずれにしても、大禹嶺の大部分の茶園は、2015年の冬茶をもって大部分が無くなりました。大禹嶺は、もはや台湾茶の歴史の1ページになってしまった、ということです。残念ですが、仕方ないです(でも、きっと代わりの産地がそのうち出てくるでしょう。台湾人、日本人が思うよりずっとしたたかです)。それにしても、こういうタイミングのぎりぎりで訪問できたのは良かったと思います。実に貴重な機会でした。続く。にほんブログ村外省人といっても色々ですからね
2016.01.13
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<福寿山農場の近くの茶園へ>ジョニーの車に先導されて、一行は早速茶園に。福寿山農場の近くの茶園です。途中の道には見覚えがありました(←9年前に歩いた人)。途中でバスを降り、徒歩で茶園へ。やってきたのは、こちら。華剛茶業が契約して栽培してもらっている農家さんの畑です。梨山の土地の事情はちょっと特殊なので、こうした土地を持っているオーナーさんにお茶を栽培してもらい、それを全量買い上げて、製茶をする、というスタイルが多いそうです。向かいに見えるのは、ゴンドラでしか行けない茶園として有名な天府農場です。道路が通っていないので、製茶機械を分解して、ゴンドラに乗る大きさにし、現地で組み立て直して作ったらしいです。ただ、そんな苦労をして開拓した天府農場ですが、2年後に政府に返還されることが決まっているそうです。これは大禹嶺とも共通する問題です。 茶園では、ちょうど茶摘みをしておりました。ジョニーからは梨山の土壌の特徴の説明などが。茶摘みの班長さんからは摘み方の方法伝授があり、参加者のみなさんでほんの少しだけ茶摘みをお手伝い。製茶をする立場から言うと、理想の茶摘みの状態はこんな感じだそうです。が、実際問題、そうはならないんですよね。農家と茶摘みさんは重量で実入りが決まってくるので、どうしても下に1枚とか場合によっては2枚も余計なものが付いてきます。柔らかい葉っぱと硬い葉っぱの両方が混在するお茶というのは、水分の抜け方が違いますし、お茶の強度が違うために、製茶は非常に難しくなります。今回の製茶に利用したのは、このとき摘んでいた茶葉だったのですが、やっぱりそういうものがとても多く、製茶に苦労することになります。茶摘みは重労働で危険も多く(斜面ですし、虫とか蛇とかも多いですし)、かといって給料が良いわけでも無いので(給料が良い=茶の値段が高いですから)、慢性的に人手不足。こういう現実の狭間で生産者の人は苦労しているというのが、非常に良く分かりました。一旦、街に戻って昼食。お、ここは9年前に来たレストランですね。やはり美味しいと地元で評判のようです。商売が上手く行っているのか、2階が増築されていました。食事をしながら、天候も良いので大禹嶺に行きますか、ということになりました。大禹嶺までの省道8号線(実質、一般国道。台湾の場合、国道は高速道路を指すので)が割と派手に崩れるので、どうなることやらと思っていたのですが、天候が良いので、これなら行けるとのこと。ただ、あまり積極的に連れて行こうとはしていませんでした。大禹嶺は、非常に厄介な状況下にあって、それが現在進行形だったからです。続く。にほんブログ村いよいよ大禹嶺へ
2016.01.13
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昨年の台湾旅行記がすっかり滞っています。そうしている間に今年の旅行が・・・という感じなので、取り急ぎ、昨年夏に行った梨山製茶ツアーの様子を簡単にご紹介します。台湾茶ファンの憧れの土地・大禹嶺にも行ってきました。情報の早い方はご存じかもしれませんが、昨年の冬に大禹嶺は大きな転機を迎えました。そんな最新情報も織り交ぜてレポートしたいと思います。このツアーは、NPO法人中国茶文化協会の中国茶現地視察ツアーの第一弾として行われたものです。#第二弾は、大陸の献上茶の産地と宜興紫砂を巡る旅です。詳しくはこちらへ<まずは永康街へ>一行は東京、福岡、那覇の三カ所から出発しまして、桃園空港のロビーで集合しました。参加者の方は、インストラクター資格を持つ方からこれから勉強しようと思っているんです、という方まで様々。会員さん以外の方も参加しており、今回の旅行が初めましての方もおりました。現地のガイドさんと合流して、バスに乗り込み、永康街を目指します。永康街では、まず冶堂の新店舗(入口が分かりづらい)へ。こちらはお店も広く、ある程度の人数で行っても、少しゆったりできる空間。日本語のできるスタッフさんがおり、今までの本店よりも日本人の方は行きやすいかも、と思います。※ここのブログでは、まだきちんと紹介していないので、詳細は後日。急なスコールでもあったので、ここでお茶を飲んでまったりと。もっとも、こちらには口当たりの良さそうな茶杯や茶席づくりには非常に使い勝手の良さそうな布・道具類があるので、インストラクターの方々は素早く反応し、お買い物をしておりました(笑)雨も小降りになったところで、自由行動開始。参加者の方から、お茶の服が欲しいという声があったので、李堯棉衣店や中国っぽい小物のお店にご案内しました。そうしたところ、「女子力高いですね」と言われましたwぶらりと永康街を巡った後、定番ですが鼎泰豊でお食事。翌日から梨山なので、変なものを食べて体調を崩すといけませんからね。敢えて定番のお店で、定番のメニューをいただきました。<礁渓温泉>食事の後、高速道路に乗って、宜蘭方面へ。梨山への安全なアクセス路として強く勧められたのが、宜蘭経由だったもので。礁渓温泉のホテルへ。翌日の製茶がしんどい可能性もあるので、今日はちょっとゴージャスなホテルに。部屋のお風呂も豪華な感じです。私はしっかりと水着&帽子持参で来たので、大浴場の方へ。全般的にお湯の温度が低めで、スパリゾートハワイアンズみたいな温水プールな感じでした。チェックイン後、ぶらぶらと街を散策。東部で流行っているというスイーツ屋さんにも行ってみました。初日は、ここで終了。<梨山へ>翌朝、7時にホテルを出発します。午前中のうちに梨山に着きたいので、早めの出発です。朝食は、サンドイッチのボックスを車内でモグモグと。序盤は川沿いの快走路で快適なドライブでしたが、徐々に山の中へ。険しい山道をクネクネと登っていきます。「険しい」とは言っても、以前、霧社や清境農場の方から登ってきたよりは、かなり道が良いと感じました。途中の集落で休憩を挟みながら、走ること3時間半。割と快適に梨山へ到着しました。ここで今回お世話になる、華剛茶業の副総経理(副社長)である、杜蒼林先生(通称・ジョニー)と合流。さっそく茶園の見学に向かうことになりました。続く。にほんブログ村ちょっと駆け足旅行記になりますが(^^;)
2016.01.12
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<嗜好品の飲み物には一定のニーズが>”冬の時代”と言われて久しい中国茶ですが、だからといって悲観するものではないな、と個人的には思っています。というのも、いわゆる”嗜好品”の飲み物には、必ずどこかで見直され、ブームの波がやってくるからです。たとえば、お酒ならば日本酒、本格焼酎、ワイン、ウイスキー。非アルコール飲料でもコーヒーなど。一旦盛り上がって、忘れられた頃に必ず第二波、第三波の波がやってきたりします。ブームが再発するきっかけは、さまざまです。今のブームでいえば、ウイスキーならドラマかもしれませんし、日本酒は獺祭のような特定の商品かもしれませんし、コーヒーならブルーボトルコーヒーのような店だったり、サードウェーブという新しいコンセプトかもしれません。ひょんなことから火がつき始めるので、”燃え広がりやすい状態”を整備しておくことが大切なのではないかと思います。これまでの10年間ぐらいを見ていても、火が付きかかったケースは結構あると思うんですよね。ただ、燃え広がるほどの環境に無かった、というのが実際のところかと思います。時折、気まぐれに吹いてくる風を受けるような”帆”になる部分が不足していたのだろうと思います。ちゃんとした帆が上がっていれば、そよ風であっても進むことができます。こんなに長期間停滞することはありません。<優れた入門書・ガイドの必要性>まず必要なのは、初めての人が入ってきて、そのまま無理なく中級者、上級者へと駆け上がっていける道筋があることだと思います。登山道が整備されていない山には、低い山であってもなかなか人は登りません。おどろおどろしい、いわくめいたものがあれば、なおさらです。#中国茶は奥が深いとか、お茶にハマると身上潰すとか、言い過ぎだと思います。が、登山道がきちんと整備されていれば、標高3776mの富士山にだって、多くの人が登るのです。具体的には、優れたお茶の入門書が必要なのかな、と思います。入門書というと、分かりやすく簡単なものが良いという印象があるからなのか、簡単に書けるように思われがちです。が、本来、入門書こそ書くのが一番難しいのです。理解の前提となる様々な知識が無い方に、新しい物事を分かりやすく伝えるのは、ものすごく難しいからです。様々な分野で言われているように、幅広い知識と見識を有する碩学の方でないと書けないのが入門書なのです。これもバイブル的な本が一冊あれば、良いのです。そこからの派生形として、より読みやすい本(たとえば「マンガで読む~」とか「図解~」とか)が出てきますから。ただ、現在の中国茶の世界を見渡すと、現状に即した良書がなかなか見あたりません。ここが一番の課題だと思います。<中国茶の論拠に変化が>きちんとした入門書を書く上では、論拠(エビデンス)が必要です。個人の思い込みや記憶に頼ったものは、随筆・エッセイにはなるでしょうが、到底、理想的な入門書にはなり得ません。第2次ブームの初期までに書かれた本は、論拠を定説もしくは、それ以前に書かれた本の記述の引用に頼らざるを得ませんでした。中国の茶業自体が、実質的には1980年代からがスタートだったので、理論的な部分の整備がその当時は不十分だったからです。ところが、中国の茶業の発展に伴い、この論拠の整備が急ピッチで進んでいます。2000年代に入ってから、お茶に関する国家標準・地方標準といったものが続々と発表されています。国あるいは地方政府主導で、特定のお茶に関する様々な情報を文書で定義し始めているのです。例えば、「龍井茶とは何か」「プーアル茶とは何か」ということが、文章で明快に定義されるようになりました。もちろん、これらの標準は数年ごとに見直されるものですし、一種の妥協の産物という側面もあるので神聖視できるものではありません。が、それでも俗説などを頼りに書くよりは、随分マシだと思います。しっかりした論拠をベースに組み立てることで、中国茶の世界は、かなり分かりやすくなるように思います。もっとも、国家標準もまだまだ制定されていないお茶の方が多いのが現状です。しかし、中国の茶業界のスピード感はかなりのものなので、じきに出揃うことでしょう。次世代の入門書を書こうとする方は、こうした標準を意識されると良いと思います。#評茶員の勉強をされている方は、とっつきやすいはずです。<追い風だって吹いています>業界の人ほど「状況が悪い、悪い」というのですが、実際にはかなり強烈な追い風もあります。まず1つには、台湾への好意的なイメージと旅行客の増加ですね。それも旅行社が連れて行くようなお店では無いところに行く、個人旅行客。本当に美味しいお茶に出会い、興味を持つ方も増えています。台湾リピーターの方は増えてきていますが、台湾もお茶の国です。なので、お茶について、もう少しきちんとした情報が入っていたら、今まで以上に台湾旅行を楽しめると思うんですよね。お茶を通じて話が膨らむことは良くありますから。もう1つは、前回も触れましたが、お茶の知識を有する方が大分増えてきていることです。こうした方々は一時のマニアのように、お店に対して道場破り感覚で行く人は、だいぶ少なくなっています(いないとは言いません)。お茶の世界の幅広さや深さ、価値も分かっていますし、探究心旺盛だったり、お茶を広めたいという気持ちを持つ方も多いです。以前であれば、「お茶を勉強したら、お店をやる」ぐらいしか選択肢が無かったのですが、現在では趣味としてお茶会を開いたり、お茶を飲み回ったりと、程良いお付き合いをされている方も多いです。プロになるにしても、教室を開くなど、お茶の販売以外の方向に向いているケースが多いかと。こうした方々の知識・経験やお茶を広めたいというエネルギーが上手く噛み合ったら、ものすごいパワーになるように思います。かつては、マニアがお店の敵になることもありましたが、今やそういう時代では無くて、有力な応援団になります。そういう意識で見ると、可能性は非常に大きいと思います。物は考えよう、気は持ちようです。見方を変えれば、冬は冬でも、春に向かう前の段階なのかもしれません。ひとまず、完。記事一覧は こちら にまとめました にほんブログ村夜明けは近いぜよ
2016.01.11
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<お茶ブロガーの登場>冬の時代に突入してから、中国茶関連の書籍は年に1冊か2冊程度の刊行になりました。第2次ブームの初期は、次々に刊行される本こそが有力な情報源でしたが、あまり目新しさの無い書籍の発刊が続いたこともあって、その地位は徐々に低下していきます。代わりに主流となったのは、インターネット上での情報です。もっとも、比較的中立な立場から継続して情報提供を行っていた有力メディアは、2001年スタートのAll About 中国茶ぐらい。あとは中国茶専門店の情報(商品説明、ブログ、メルマガ等)を頼りにする、といった形でした。情報が少ない中で、お茶好きさんたちの注目と共感を集めていったのはブログでした。2004年頃、大手のプロバイダが続々とブログサービスを投入。これをきっかけに個人が日記感覚で情報を綴る”ブログブーム”が日本にやって来ていたのです。Webサイト(当時はホームページと呼んでました)を作るよりも簡単で、気軽に思ったことを書ける、という特性が当時としては画期的でした。そんなブログブームのなかで、お茶をテーマにブログを書く方も出てきました。中国茶専門店など、いわゆる業界関係者や専門家の綴るブログももちろんありましたが、一般の愛好家のブログが出て来たというのがとても大きかったと思います。愛好家のお茶ブログでは、様々なスタイルのお茶の楽しみ方が見えてきました。古くからの愛好家のブログでは、お茶にまつわる知識が披露されたり、一歩進んだ楽しみ方が垣間見えたり。最近勉強を始めたばかりの方は、勉強した内容がアップされたり、失敗談などもあって、「うんうん、そうだよね」という共感があったり。一般の愛好家がお茶を楽しんだり、学んだりしている姿がブログを通じて、リアルタイムに見えてきて、その共感で広がっていった、というのはあると思います。ブログは書きやすさもあって、更新頻度も多めでした。そうしたことは、情報収集意欲旺盛なお茶好きさんたちの好みにも合いました。さらにコメント欄などを通じて、気軽にコミュニケーションが取れることもあり、徐々に中国茶情報を得る場としての地位を高めていきます。<ブロガーのオフ会が「お茶会」へ>初期の頃、お茶ブロガーの中心的な存在だったのはAll About 中国茶のガイドもされていた平田さんとこれまたAll Aboutのガイドをされていた納富さんのお二人。納富さんはブログをまとめた本まで出されています。このお二人とお茶仲間の方が企画したイベント「春のお昼の中国茶話会」が、2008年3月に開催されました。青海のパレットタウンにあるTOKYO CULTURE CULTUREで行われたイベントでしたが、ブログ愛読者な方々を中心に百数十名集まるという一大イベントに。OZONE夏の大茶会がなくなってから、こんなにお茶好きさんが集まることはあまり無かったので、画期的なイベントでした。この会場で初顔合わせになったのが、地球にやさしい中国茶交流会の呼びかけ人のブロガー3名。上海小町さんは、上海から日本に拠点を移したばかりで、まさにこれから教室を始めようというタイミングでした。このイベントの後に集まり、「ブログの愛読者さんたちと美味しいお茶を、みんなでワイワイ飲む会をやろう」という話に発展。その年の秋、恵比寿の古めかしい公民館の一室で、第1回の地球にやさしい中国茶交流会が開かれました。その後の地球にやさしい中国茶交流会は、紆余曲折を経ながらも碧眼猫さん、ちょしさん、うらりんさん、荷花さんなど多くのブロガーさんと読者さんを中心に、その輪を広げていきます。このあたりの出来事をきっかけに、東京近郊では一般の愛好家がブログ等で参加者を募ってお茶会を開催する、というスタイルが形作られていったように思います。ブログがメディアになったとも言えますし、ブロガーのオフ会がお茶会になったとも言えると思います。<お茶会ブームへ>お茶会の流れは、色々なところへ波及していきます。まず、日本に数多くある中国茶の団体。こうしたところで学んだ方々が、組織主催のお茶会・イベントなどを定期的に行うようになりました。セミナーよりもお茶会の方が、活躍の場を作りやすいし、初めての方でも取り組みやすいという面もあると思います。続いて、お茶教室の方。気軽に教室の雰囲気を体験できる場として、また生徒さんの発表の場として。中国茶専門店さんも、お店に来てもらうスタイルの1つとして、お茶会を企画するようになっています。さらに、普通の愛好者の方。様々なスタイルの趣向を凝らしたお茶会が開かれるようになりました。東京近郊では、春や秋の週末には複数のお茶会が重なることも多くなり、ダブルヘッダーで参加する方も多くいます。こうしたお茶会も、当初は本当に素朴な、茶器とお茶とお菓子があるだけ、というスタイルでした。が、様々なお茶会に参加し、また主催するという経験を重ねることにより、次第に内容が高度化していきます。茶芸師を取得した方だったり、台湾の茶会の影響を受けた方が多くいらっしゃるので、お茶そのものへの関心から、「茶器」「茶席」「茶空間」へと関心の範囲が広がっているように思います。<SNSの時代へ>最近では、お茶の情報が、TwitterやFacebookなどのSNSで流通することも多くなりました。少ない文字数や写真だけで情報共有が出来るSNSは、ブログよりもさらに発信が容易ですし、拡散効果も大きくなっています。メッセージ機能などで、コミュニケーションが容易になったことも大きいですし、Facebookのイベント機能などを使えば、お茶会の募集もやりやすくなりました。SNSの場合、ユーザーで無いと情報は全然入ってこなくなること、特定のメンバー内で情報が行き来するので、ややもすると先鋭化するきらいはあります。が、このSNSへの流れは、そうしたものを乗り越えて、また新しい形に動いていくことでしょう。続くにほんブログ村いつの時代も情報の流れが大事ですね
2016.01.09
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<中国茶団体が多いワケ>中国の国家資格について触れましたが、日本の民間資格についても触れておく必要があると思います。民間資格といっても、例えば日本茶なら日本茶インストラクター協会(かつては社団法人日本茶業中央会)が認定する「日本茶インストラクター」。紅茶なら日本紅茶協会が認定する「ティーインストラクター」など、業界を1つに束ねる有力な組織と認定資格があります。が、日本国内においては、中国茶にはそのような絶対的な存在はなく、小さな団体が多数あるというのが現状です。ゆえに「ここが絶対的に強い」という資格はありません。中国茶の資格を発行していたり、中国の国家資格への橋渡しをしている団体は、私の把握している限りでも11団体ほどあります。多くの団体は中国茶の第2次ブームである2000年前後かそれ以降に設立されています。量より質、知識面重視の流れから生まれたものです。各団体の設立の母体になったのは、多くの場合、有力な中国茶専門店であったり、中国茶教室を行っている講師の方です。NPO法人になっている日本中国茶芸師協会、中国茶文化協会などの例外を除けば、ほとんどは任意団体であり、事務についても、ごく一部の例外を除いて、設立母体の方が運営事務をこなしています。各団体の活動状況には、だいぶ差があり、Webサイトがあってもほとんど更新されない、というところも結構あります。こうした団体が数多くある理由ですが、「中国側と色々なお付き合いをする上で、個人名やお店の名前だと都合が悪い」という実務的な面が、かなり大きいです。さらに「店名を表に出すよりも、中立的な「協会」という立場を取った方が、活動にも幅ができる」という狙いもあります。そもそも、中国側の茶業関連団体が、所管官庁の違いで複数あるという事情もあります。例えば中国の国家資格講座を開講できる中国の団体には、農業部管轄の中国茶葉学会・中国国際茶文化研究会、民政部管轄の中国茶葉流通協会と所管省庁によって分かれています。中国側でも一本化できていないので、日本側も一本化するのはなかなか難しいのです。なにより、こうした団体と各お店や教室の先生方が人間関係を構築するという、極めて属人的なお付き合いで様々な交流が実現していますし、複数の先生が絡むとなると調整だけで大変なことになるので、この構図はしばらく変わらないと思います。そんな中でも、2005年に設立された日本中国茶普及協会は、業界の統一団体を目指すという試みがなされました。が、大口の会社に議決権が多く割り与えられる会員制度など、取り扱い量がモノを言う業界団体の体質が強く、第2次ブームを牽引した方々からの賛同は得られなかったようです。”中国茶を広めたい”という総論では、どこの団体も一致するのですが、その先の具体論になると、これまでの経緯もあり、かなり開きがあるというのが現状です。<プログラムと実力には、かなりの差が>どの団体も基本的には、その団体の教育プログラムを受講し、試験なりを行って認定を行うという流れになっています。ただ、前述したように日本国内の教育プログラムは、あくまでその指導講師の匙加減で決まっているところが多いので、内容はかなりバラツキがあります。ある団体では通用しても、隣の団体では通用しないこともあります。ほぼ、「プライベート資格」というおもむきなので、実力も千差万別。中には、「これでインストラクターを名乗らせるのですか?」と思う程度のプログラムもありますし、そんな有資格者の方も、たまに見かけます。そもそも、中国茶の世界は幅広いので、”短期間で講師に育成”というのは、かなり無理があります。できないことをできるように見せかけているなら、資格ビジネスだと断ぜざるを得ません。半年や1年程度の学習では、せいぜい全体像を俯瞰し、勉強の糸口をつかむ程度までです。そこから、自分自身でどれだけ勉強し、経験を積めるかが勝負です。本当の意味で指導できるレベルになれるまでは、最低数年は必要かな、と思います。二しか知らない人が一を教えるのと、十を知っている人が一を教えるのとでは、全然違いますので。もっとも、自分で楽しむだけなら、もちろん半年や1年でも全然問題無いのですが。#ただ、そのレベルであれば、インストラクターなどと名乗らせるべきではないのでは?<中国茶を学んだ人の数は、かなりの数に>ややもすると資格ビジネス化しているケースもあり、色々問題はあると思いますが、様々な団体が全国各地で活動することで、中国茶をある程度、体系的に学んだ人が増えたということも事実です。具体的な数字を出すと、華泰茶荘系の中国茶インストラクターで約300名、中国茶普及協会のインストラクターも同数程度を既に輩出していると聞いていますので、その他の団体もあわせると1000名以上の有資格者の方がいると思います。これと重なることが多いですが、茶芸師や評茶員の資格取得者も同じくらいいらっしゃるでしょう。また、中国や台湾、さらにはシンガポールなどに駐在された方でも、日本語の通じる中国茶教室に通い、中国茶を習って帰国されるケースも良くあります。中には茶芸師などの国家資格だったり師範資格まで取得されて帰国されるという例も最近、よく耳にします。こうした方々まで含めると、何らかの形でかなりのレベルまで中国茶を学んだ方というのは、第2次ブームの時代よりも確実に増えています。組織や団体で縦割りになるのではなく、そうしたものを超えて協力できるような場があれば、大きな可能性に繋がるのではないかと思います。続く。にほんブログ村団体乱立はわかりにくさに繋がってますね
2016.01.08
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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m今年は「発表」の年にしたいと思っています。インプットはもちろん、し続けますが、例年よりもアウトプットを意識した一年になれば、と。まずは、今月半ばには台北周辺に駆け足で行ってきますので、春休み向けにお茶屋さんリストを更新したいと思います。※写真は小江戸・佐原の小野川沿いにいたお猿さんにほんブログ村今年もよろしくお願いいたします♪
2016.01.04
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