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Jobim3 @ Re:観照  セミ撮り日記(08/09) 空蝉の記録をされるとは、ご立派です 何事…
2016.12.14
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カテゴリ: 探訪 [再録]

                                                             [注記:探訪時期・2014年2月]
北東方向から高野川、北西方向から賀茂川、この二つが出町柳のところで合流します。二つの川に挟まれて北に広がる地域に下鴨神社があります。下鴨神社の南方、三角形の頂点付近を中継ぎとする橋上から南に、合流後の「鴨川」、そして「賀茂大橋」が見えます。 写真は高野川側からの眺め です。

天正18年(1590)年から豊臣秀吉が京都の町の大改造に着手しました。天正19年に約5ヶ月の工事で総延長およそ23kmという 「お土居」 を築いて京都の町をぐるりと囲んだのです。その結果、賀茂川・鴨川と平行する形で、北の御園橋から南は七条通を越えた先あたりまで、京都の東側のお土居が築かれたのです。「土居というのは、中世以降、集落防御のために土を積み上げて造った土手・堤のこと」。「秀吉が命じたことから『お土居』と呼ばれることになった」のです。そして、お土居の内側が洛中、外側が洛外と明確に分けられます。 (資料1)
このお土居に沿ってその西側に平行している通りが「寺町通」でした

なぜ「寺町通」と称するのか。
秀吉は洛中に散在する寺院の多くを強引にこの通りに集合させた からのようです。この政策には様々な意図が含まれていたのではないかと思われます。昔何かの本で読んだ記憶も併せて、こんな推測(/想像)ができそうです。
*御所と聚楽第の東側の防御を固めるための防御線。再び戦が始まり、東国から攻められるとすれば、寺町通の諸寺は城の曲輪的拠点に利用できるからでしょう。

*寺を移転させることで、秀吉が政策的駆け引きや影響力の行使を行ったのではないでしょうか。寺の規模やその存在に対する縦横の裁量権限を発揮して、寺院の勢力を従順にするために。
*洛中の寺院跡地を利用し京都の町の再開発を容易にする意図もあったのでしょう。
 勿論、秀吉自身の住む聚楽第を中心にした都の改造という視点での話です。
 秀吉は、信長とは異なり、京都でも楽市楽座や関所撤廃の政策を導入したそうです。
 町割りの整備で京都の近世都市化を図ったのです。 (資料2)

冬の非公開文化財の特別公開のチャンスに、スポット探訪として「阿弥陀寺」を訪れました。その時に寺町通を南に下って行く探訪をして、その名の通りお寺が林立していることを改めて実感しました。
そのおりの探訪記録のご紹介です。

寺町通は川に平行していますので、賀茂川では北西寄りの方向だった通りが、鴨川となるあたり、つまり寺町通今出川あたりから、南北に延びる通りに変化していきます。今出川通より北の部分の寺町通は寺町頭とも呼ばれようです。
 阿弥陀寺を出たあたりから 寺町通の北の眺め

阿弥陀寺の少し北には、寺町通とT字路になる通りとの北東角に 鶴山公園
後で地図を確かめると、これより北には、さらに大歓喜寺、西園寺、上善寺があります。上善寺は寺町通と鞍馬口通が交差する北東角に位置するのです。

今回は、鶴山公園のところから、寺町通を四条通まで南に下がって行きました。
この辺りの地図(Mapion)は、こちらからご覧ください。


鶴山公園と通りを隔てた南側は浄土宗の 「慈福寺」
ネットで調べてみますと、境内の春秋には、境内の桜あるいは楓が築地塀越しに楽しめるようです。
門前左に、 「洛北第十一番正観世音菩薩」という石標 が建てられています。
右肩には「江州横田川御出現」 とあり、由緒が想像できる一行です。左下には「此次上之町不動堂」と刻されています。洛北について番号を持った霊場について調べてみましたが、「洛陽三十三所観音巡礼」というような形での情報は得られませんでした。

その南隣は「光明寺」。さらに南に、 阿弥陀寺 が所在します。
阿弥陀寺については、上記のとおりスポット探訪していますので、後日再録にてご紹介します。


                        阿弥陀寺の南には 「十念寺」

駒札によると、華宮山宝樹院と号する西山浄土宗のお寺です。

門から見える本堂はちょっとモダンな寺院に変身しています。大阪の一心寺の住職による設計だとか。あ!と思ったのは、初めて訪れた時、一心寺の山門の仁王さんが現代彫刻風で印象深かったからです。大阪の七福神巡りのウォーキングをしたときもその傍を通りました。その時は、ちょっと遠くから眺めただけですが。

正面に可愛いらしい石仏像。思惟する菩薩像? 釈迦牟尼像? 羅漢像? 屋根の上にはその姿から判断して鳳凰でしょう。
 一方、こちらは持物から判断して広目天像ですね。
門前には 「曲直瀬道三 (まなせどうさん) 墓所」 がこの境内あることを示しています。
国語の辞書にも名前が載る人物です。「安土桃山時代の医者。京都生まれ。・・・中国の医学を学び、正親町天皇や足利義輝の寵遇を受ける。京都に医学舎啓迪院を設立し後進を育成。日本医学中興の祖といわれる」と (『大辞林』)

一書によると、駒札に記載の施薬院全宗は秀吉に仕えた人。ほかに画家海北友雪・友竹の墓もあるそうです。寺宝の「仏鬼軍絵巻」一巻は、一休禅師の筆と伝える紙本着色で室町時代のものだとか。 (資料3)

その南には、 「仏陀寺」 。お隣の十念寺と同じ西山浄土宗のお寺です。

阿弥陀如来像は藤原・鎌倉期になると定印あるいは来迎印が一般的になりますが、ここの本尊は説法印の阿弥陀像であり、珍しいようです。機会があれば拝見したいものです。

5152, 5149
その門前左脇に「王城地祭地蔵尊」の地蔵堂があります。


洛陽四十八願所地蔵尊の一つであり、第21番札所。安産守護のご利益があるといわれています。というのは、この地蔵尊はその胸元に下衣の結び目が垂れ下がり、それが腹帯に見えることからの連想のようです。そして安産守護の信仰に結びついたのだとか。 (資料4)


その南に並ぶのが大きなお寺、 「本満寺」 です。
この寺は、寺町通から少し東側に入る参道の奥にあります。通りに近接するところには実泉院、法泉院という塔頭があるのです。
寺町通に面してこの写真にある石標が建てられています。 「山中鹿之介幸盛御墓」 は本満寺本堂の背後にある境内墓地にあるそうです。(拝見はしませんでした。)
「この墓は宝暦14年(1764)、山中氏の子孫のものが相謀り、本満寺住職37世日観上人の撰文によって建立された。山中鹿之助の墓は他に黒谷墓地(付記:金戒光明寺)および南禅寺・大徳寺にもある」。 (資料3)



参道の途中、北側には 「妙見宮」 という鎮守社が祀られています。
お堂の柱には、 「開運厄除丑洛陽十二支妙見」の標札 が懸けられていて、 「妙見大菩薩」 と記された提灯が正面にずらりと懸けられています。 「出町の妙見様」 と呼ばれているそうです。 (「洛陽十二支妙見めぐり」については、補遺をご覧ください。)

そして、 「本山本満寺」の山門 です。広布山と号する日蓮宗本山の一つ。
「応永17年(1410)近衛道嗣の息日秀上人が、今出。川新町(上京区)の父の邸内に一宇を建立し、広宣流布山本願満足寺と号したのが起り」と伝えるお寺です。洛中での天文の法乱(/法華一揆)の後に、関白近衛尚通がお寺をこの地に移したそうです。そして、「後奈良天皇より勅願所の綸旨を賜った。江戸時代には僧日鳳は将軍德川吉宗の病気平癒を祈ってしるしがあったので、それより德川家累代の祈願所となった」 (資料2) のだとか。


境内は広大です。まず 「南無七面大明神」 という提灯が正面に一列に懸けられたお堂が目に止まりました。その左手奥にもお堂がありますが傍までは行っていません。



本堂の左側のゆったりしたスペースには、石塔や石灯籠が立ち並んでいます。 宝篋印塔 は基壇部分に「慰霊塔」と刻されています。 五輪塔 には、「地」の正面に 「日重聖人」 と刻されています。その右斜め奥に 石廟 があります。

ネット検索で調べて見ると、この石廟は「德川家康二男・結城秀康(後の福井藩主)の正室・蓮乗院(?-1621、鶴姫)の江戸時代初期の石廟」だとか。「蓮乗院は、秀康の没後、公家の烏丸光広の正室となっている」といいます。 (資料5)




本堂の右側から背後にかけ広い墓所となっています。入口付近だけ拝見しました。

墓所を示す石柱のすぐ近くに、 六地蔵 が建立されていて、帽子と肩掛けが掛けられています。信心篤い方が奉納されたのでしょう。石の地蔵様も京の底冷えの冬には寒かろう・・・という思いでしょうか。




その先にはかなり大きな 石造の観音菩薩立像 が建立されています。
両腕に幼子を抱き、足元には幼児が観音菩薩にすがっています。慈しみの溢れる姿です。

墓所の傍に、供花の筒の角柱面に 「浄行菩薩」 と刻された菩薩立像も安置されています。

広い境内には、方丈、鐘楼など諸堂宇があります。また塔頭が4院あるそうです。
寺町頭で探訪した範囲では、この本満寺が境内が一番広大な感じです。

本満寺の寺宝「日蓮上人坐像」については、興味深い逸話が江戸時代の『都名所図会』に紹介されています。当時の人々にはよく知られた話だったのかも知れません。
「祖師堂日蓮上人の像は、初め丹波国黒田村にあり。所の人、熱病を発して死するもの多し。これ則ちこの像の祟りなりとて、櫃に入れて山中に捨てたり。それより星霜累りて知るものなし。ある時、山中に読経の声あり。村人これをあやしみ、山に入りて窺ふにこの尊像を得たり。則ち同所生福寺に安置す。その後、宇都宮心覚といふものこれを奪ひ取って都にのぼり、市中に売りぬ。当寺の日重上人これを見て高祖の像なりとて、速やかに買取って当寺に安置せり。(祈願するに霊験あらたかなりとて、当宗の門徒常に参集す。一説には元三大師の像ともいふ。『新著聞集』に見えたり)」 (資料6)

少し南に下がると、

幸神社 (さいのかみのやしろ) の石標 が通りの東側道路端に建てられています。なぜこんなところに・・・・。実は、寺町通とT字路の形で西側に通りがあったのです。それを入ると、「幸神社」があります。。事後にネット検索と 地図(Mapion)で知りました。




近くで目にとまった京情緒のあるお店。こんな雰囲気はすきですねぇ・・・。
伝統の味「野呂の京漬物」の野呂本店 です。 HPへはこちらからどうぞ。

枡形通の商店街への入口
寺町通から賀茂川の南端、河原町通の北端あたりに抜けることができます。
つまり、冒頭の橋の西詰近くに戻ることができます。
このあたりの地図(Mapion)はこちらからご覧ください。

この先で今出川通を横断します。

つづく

参照資料
1)『京都地名の由来を歩く』 谷川彰英著 ベスト新書  p84-87
2)『物語 京都の歴史』 脇田 修・脇田晴子 共著 中公新書 P231-232
3)『昭和京都圖會 洛中』 竹村俊則著 駸々堂 p48-49
4) 佛陀寺  :「京都通(京都観光・京都検定・京都の寺院)百科事典 
   仏(佛)陀寺(上京区)  :「京都風光」
5) 本満寺(上京区)  :「京都風光」 
本満寺(本山 本満寺)  :「京都観光Navi」 
6)『都名所図会 上巻』 竹村俊則校注 岩波文庫  p53

【 付記 】 
「遊心六中記」としてブログを開設した「イオ ブログ(eo blog)」の閉鎖告知を受けました。探訪記録を中心に折々に作成当時の内容でこちらに再録していきたいと思います。ある日、ある場所を訪れたときの記録です。私の記憶の引き出しを兼ねてのご紹介です。少しはお役に立つかも・・・・・。ご関心があれば、ご一読いただけるとうれしいです。

補遺
洛陽四十八願地蔵  追憶の京の霊場  :「京の霊場」
仏鬼軍絵巻. 上,下 / 一休 作 ; 土佐光信 画 :「早稲田大学図書館」 
仏鬼軍絵巻  :「東京国立博物館」 
仏鬼軍 参上!  :「佐伯眞魚のブログ」 
天文の法乱→  法華一揆  :ウィキペディア 
本満寺  :ウィキペディア 
洛陽十二支妙見めぐり  :「京都に乾杯」
京都市内・洛陽十二支妙見めぐり  :「御朱印総合研究所」 
洛陽十二支妙見めぐり  グーグルマップ 
妙見信仰とは  :「戸原のトップページ」 
七面大明神 →  七面天女  :ウィキペディア 
七面山  :ウィキペディア
曲直瀬道三   :ウィキペディア
曲直瀬道三  :「めかたホームページ」
一心寺  ホームページ

   ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

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Last updated  2016.12.17 14:27:24
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