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2016.12.18
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カテゴリ: 探訪 [再録]
                 [探訪時期:2014年2月]
2014年2月3日(月)の各新聞紙にこの 「山本亡羊読書室」跡 のことが大きく取り上げられていました。これをトリガーに一度油小路を探訪してみることにしました。そのご紹介です。

さすがに地元の京都新聞は大々的に報道していました。
「重文級含む資料数万点  下京の土蔵で発見 類例ない量」
「まるでタイムカプセル 資料数万点京で発見」
朝日新聞の夕刊には、「岩倉具視駆使した暗号表 京都で史料数万点」
といった具合です。
具視暗号表
「西南戦争で岩倉具視が使った暗号表」 (松田清京都外大教授提供)です。インターネットに掲載されているのを借用しました。

江戸~明治期の本草学(博物学)・漢学の私塾「山本読書室」跡の土蔵を松田清京都外大教授が2011年6月に調査され、約2年半の調査・整理内容を目録として刊行されたという報道です。土蔵には、西南戦争の時に岩倉具視が残した秘密通信文61通を含め、数万点の史料が秘蔵されたままだったというから驚きです。各紙の報道では、2階建て約100平方メートルの土蔵に、約230個の収納箱や約120の包みなどに納められていたのだとか。「すべてを分析するには10年はかかる」(松田教授)そうですから、歴史解釈が変化する発見も今後でてくるかもしれません。

報道によれば、主な史料として、上掲暗号表のほかに挙げられています。
 ・德川慶喜が江戸攻撃中止を求めた直筆哀訴状
 ・菅原道真直筆の可能性がある写経
 ・13世紀の源氏物語の写本
 ・16,18世紀のオランダ語植物図譜
 ・日本の本草学をリードした新井白石や貝原益軒の書簡
 ・日本の本草学の象徴・松岡怒庵の採薬刀
 ・国内で唯一現存する江戸時代の極楽鳥標本
 。将軍家侍医の桂川甫周が模写した「犀図」

(京都新聞) のだとか。
この報道を読むまでは知りませんでした。薬草園を備えた学校であり、亡羊の父・山本封山西本願寺文如上人(1744~99)の学問所を下賜されて開塾したそうです。禁門の変(1864)で焼失したといいます。土蔵は類焼を免れたということなのでしょう。 (資料1)

場所は五条通と油小路通の交差点から油小路通を北に上がった位置です。上掲旧蹟の写真も京都新聞には載っていました。烏丸通七条上ルの目的のお店で所用を済ませて、近い距離なので、立ち寄ってみることにしたのです。

油小路通から南を眺めて。東西の通りが五条通です。

現在、油小路通という名称での通りは 、北端は今回ご紹介する上立売通まで上がりました。ネット検索すると、 「北は竹殿南通まで」 (資料2)
帰ってから地図を調べて見ると、 南端は京都市伏見区の外環状線との交差路になる下三栖まで 、という長い道路域になります。それから南は国道1号線に連接です。

せっかくの機会だから、この油小路を北に上がって行こうか・・・・と、ふと思ったことからの「油小路を上がる」探訪です。
こんな通りが京都にあるというご紹介。

現在は西本願寺の門前を南北に通る堀川通と平行して、そこから東側にあるのが油小路通です。
平安京の時代でいえば、西の大宮大路と東の西洞院大路との間に、西から言うと猪熊小路、堀川小路、油小路があったのです。現在は、堀川小路が堀川通として幹線道路になっています。

油小路を歩いてみて、目にとまったのが、 ところどころに昔の景色を残してくれている町屋と屋根に置かれた鍾馗像 です。

建物をコンクリートの現代建築に変えたところでも、軒に瓦屋根を設けて鍾馗さんが置かれているんです。
ズームアップすると、ちょっと迫力ありますね。

「鍾馗」は五月人形の一つですね。「(中国、唐の玄宗皇帝が夢に見て描かせたのに始まるという)魔を除き疫病の悪神を追い払うという神。ひげをたくわえ黒髪をつけ、軍靴をはき、片手に剣を持つ。強者の権化とされる。鍾馗様。鍾馗大臣」 (『日本語大辞典』) ということですので、悪魔疫病封じを願って屋根に置かれたのでしょう。
ウィキペディアによると、「日本では、江戸時代末(19世紀)ごろから関東で鍾馗を五月人形にしたり、近畿で魔除けとして鍾馗像を屋根に置く風習が見られるようになった」のだとか (資料3) 。江戸時代末期、この油小路通に面した商家の町並の屋根にも鍾馗様が並んでいたのかもしれません。


    京都市登録有形文化財となっている 「秦家住宅」

江戸時代には薬屋を営んでいたという町屋です。通りに面するところが店舗部になり、その奥に居住部があるという 「表屋造り形式」 なのだそうです。
祇園祭の太子山を出す町内、太子山町 (油小路通綾小路下ル)に所在です。


「奇應丸」という薬名の看板が掲げられています。江戸期のイメージを浮かべるのに役立ちますね。 「金粒樋屋奇応丸」 という家庭薬は現在も販売されている薬です。 (資料4)


今やビルに挟まれた一画に神社が存続しています。 「火尊天満宮」 という扁額が懸けられています。ここには、 祇園祭の油天神山のご神体として山に遷される菅原道真の木像が祀られているのです。 公家の風早家伝来といわれる彩色天神像が社殿に祀られていることから 風早天満宮 とも呼ばれるようです。「火尊」というのは、彦火火出見尊 (ひこほほでみのみこと) で、愛宕神社の祭神、 火伏せの神 です。二柱が合祀されているというわけです。 (資料5)


「野口家住宅」 の駒札が建てられています。趣のある町家です。

代々呉服商を営まれてきた旧家のようです。ここも秦家住宅と同様に 表屋造りの形式 です。「座敷は伏見の小堀屋敷にあったとされるものを明治4年(1871)に移建したもの」といいます。京都市指定有形文化財に登録されている住宅。 (資料6)
     所在地:油小路通錦小路下る藤本町544



             こんな鍾馗様も。


「本能寺校跡」というモニュメントが目にとまりました。





なんと、そのあたりは 「本能寺跡」 でもありました。(能の漢字は別字ですが変換できません。写真をご覧ください) 現在の地図でいえば、堀川校本能学舎や本能老人ホームのビルが建っている場所です 。油小路通に面したところに、銘板をはめ込んだ石標が建てられています。 「元本能寺南町」「元本能寺町」 という町名が、本能寺の変の歴史をとどめています。 地図(Mapion)はこちらからご覧ください。

上掲ビルの入口がオープンスペースになっています。学校と老人ホームの間の通路。

                        そこの壁にこちらの駒札が。 



祇園祭の宵山では 「蟷螂山」 を眺めに毎年のように来ているのですが、 この地区の一角 だとは意識していませんでした。

太子山、油天神山・・・夜に巡り歩いていて見るのと、一つの通りに沿って昼間に見るのとの違いもありますが、 油小路通の市内中心区間が祇園祭と深い関わりのある地域 だということを再認識した次第です。改めてチェックしてみると、 油小路通から少し東に入れば・・・蟷螂山、四条傘鉾、芦刈山、木賊山 なんですよ。 (資料7)



さらに、こんな鍾馗様をその先のところで見かけました。

国芳鍾馗画 北斎鍾馗画
関東には鍾馗を絵に描いたものが多くあるようです。歌川国芳が描く鍾馗はオーソドックスなものですが、葛飾北斎がこんな鍾馗を描いています。ともにウィキペディア (「鍾馗」「葛飾北斎」) から借用しました。

つづく

参照資料
1) 2014.2.3(月)京都新聞 朝刊、朝日新聞 夕刊
山本亡羊読書室旧蹟 :「京都フィールドミュージアム」
2)  油小路通  :「京都観光Navi」
3)  鍾馗  :ウィキペデイア
4) 樋屋製薬株式会社・樋屋奇応丸株式会社  ホームページ
5)  火尊天満宮(下京区)  :「京都風光」
風早町の火伏せの天満宮(火尊天満宮) :「京都を感じる日々★古今往来Part1・・・京都非観光名所案内」
6) 京都市指定・登録文化財-建造物 :「京都市文化財保護課」
7) 山鉾マップ :「祇園祭」(祇園祭山鉾連合会)

【 付記 】 
「遊心六中記」としてブログを開設した「イオ ブログ(eo blog)」の閉鎖告知を受けました。探訪記録を中心に折々に作成当時の内容でこちらに再録していきたいと思います。ある日、ある場所を訪れたときの記録です。私の記憶の引き出しを兼ねてのご紹介です。少しはお役に立つかも・・・・・。ご関心があれば、ご一読いただけるとうれしいです。

補遺
油小路通  :ウィキペディア
山本亡羊  朝日日本歴史人物事典の解説 :「コトバンク」
重文級含む史料、数万点発見 岩倉具視が使った暗号表など :「日本経済新聞」
西南戦争史料など数万点 本草漢学塾跡で発見 岩倉の暗号表 「情報戦」物語る
 :「SANKEI EXPRESS」
樋屋奇應丸 家庭薬ロングセラー物語  :「全国家庭薬協議会」

太子山   :「祇園祭」(祇園祭山鉾連合会)
油天神山  :「祇園祭」(祇園祭山鉾連合会)
蟷螂山   :「祇園祭」(祇園祭山鉾連合会)
木賊山   :「祇園祭」(祇園祭山鉾連合会)
芦刈山   :「祇園祭」(祇園祭山鉾連合会)
四条傘鉾  :「祇園祭」(祇園祭山鉾連合会)

歌川国芳  :ウィキペディア
葛飾北斎  :ウィキペディア 
鍾馗博物館
 鍾馗に関心を抱かれた方は、こちらのホームぺージを拝見されることをお薦めします。鍾馗様オンパレードの秀逸なサイトです。かなり前、鍾馗について一度ネット検索していたときに偶然みつけました。

   ネットに情報を掲載された皆様に感謝!


その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

探訪 [再録] 京都・油小路通を歩く -2 京の町家・地蔵尊小祠・樂美術館・白峯神社 へ
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Last updated  2016.12.19 22:52:48 コメントを書く


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