遊心六中記

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茲愉有人

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2018.09.09
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カテゴリ: 観照 & 探訪
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この景色は、南北の通りである高倉通の少し手前で、錦小路通から東方向を撮ったもの(2018.7)です。アーケード街になる 西の入口 で上部に 「錦」の文字 が見えます。 「錦市場」と称される区域の始まり といえます。

この正面に 伊藤若冲の絵 が掲げてあり、その傍に「高倉通」の道路標識が南北方向に取り付けてあります。

伊藤若冲の略年譜を参照しますと、 江戸時代の正徳6年(1716)2月8日、京都高倉錦小路の青物問屋「桝屋」(通称桝源)主人三代目伊藤源左衛門(宗清)の長男として生まれました


高倉錦小路の南東角に、若冲の鶏図に 「伊藤若冲生家跡」 と記された表示塔が設置されています。7月に祇園祭前祭の宵山巡りの後、錦市場を通り抜けるつもりで、西から錦小路通りを歩いてきて、これに気づきました。
その傍の柱に、上部に「伊藤若冲生家跡」と記され、2つの見出し語での案内文が記されています。部分拡大してみます。

上半分は、伊藤若冲(1716-1800)についての説明です。若冲の絵画の特徴について説明しています。狩野派や中国絵画に学び基礎を築いた後は、様々な技法を駆使して、独創的な表現を追求し続け、独自の世界を生み出した絵師だったと具体的に説明しています。

下半分は、若冲と錦市場との関係についてです。
若冲が青物問屋に産まれたことが 「野菜涅槃図」 という特徴的な絵を描かせた由来と言われることを紹介する一方で、 「京都錦小路青物市場記録」(1771~1774)という史料の発見 により、若冲が青物問屋の主人として 錦市場の営業許可をめぐる問題について調整活動を行っていたという実務的な側面が判明 したということに触れています。 家督を譲り、絵画三昧の生活を送っただけの人ではなかった のです。
 (2018.9.5)
一方、北東角には、こちらの鶏図の表示塔(左)があります。右は北面を撮ったものです。  

それでは、錦市場を東に通り抜けていきます。        


堺町通と交差する辻で初めて、ステンドグラスがあることに気づきました。 また、アーケードの屋根は黄・緑・赤の三筋模様の意匠になっています。

9月5日の夕方に訪れたときには、休業日でシャッターの閉まっているお店がありました。すべてのお店ということではありませんが、シャッターに若冲の作品を写したのが見られます。私の記憶では、伊藤若冲生誕300年(平成28年/2016)のイベントの一環として実施されたと記憶します。次の様な作品の写しを見ることができました。



鳥獣花木図屏風(六曲一双・左隻)


右隻
左隻


 鹿苑寺大書院障壁画 葡萄図(一の間)襖四面

錦市場の通り抜け半ばですが、ここで観点を変えたご紹介を入れたいと思います。
伊藤若冲関連のお墓について です。

これは既にご紹介したものの再掲ですが、 伏見区深草の「石峰寺」にある若冲のお墓 です。
寛政12年(1800)に若冲は85歳(87歳とも)で没し ました。そして 「石峰寺」に土葬をされました 。逝去した日付は9月8日(『参暇寮日記』・「碣銘」)あるいは、10日(相国寺祖塔過去帳・宝蔵寺過去帳)という記録があるようです。 10月27日、相国寺で法要が営まれています (『参暇寮日記』)。

そして、 相国寺にも若冲のお墓があります 。このシリーズをまとめてご紹介をしていた頃に、お墓があることを知ったのですが、実際に参拝する機会がありませんでした。今年7月下旬に訪れてみました。

相国寺境内の北西域に 「浴室」 の建物があります。

                                                  その北側が総墓地への通路になっています。

その墓地域に入ると 通路の南側に石柵で囲われた墓所 があります。墓石は南面しています。

反時計回りに、南側に回り込みます。


                                                                              墓所を正面から眺めた姿です。

                                  東側が伊藤若冲の墓 です。正面に 「斗米菴若冲居士墓」 と刻されています。


中央に宝篋印塔 が建立されています。 室町幕府の第八代将軍「足利義政の墓」 です。応仁の乱のさなかに、東山殿(=銀閣)を建てた人物です。風雅な東山文化を育んだ人物。

西側には五輪塔 が建立されていて、 「藤原定家の墓」 です。鎌倉時代前期の歌人で古典学者として誰もが知る人。御子左家・藤原俊成の子であり、『小倉百人一首』の撰者です。
立場が全く異なる3人の墓が並んでいますので、併せてご紹介しておきます。共通する要素として美に対する意識・感性という要素、「文化」という視点がありますね。

明和3年(1766)11月、51歳にときに、大典の碣名による寿蔵を相国寺松鴎菴に建てるということをしています。 寿蔵とは「生前に自分で作っておく墓」 (『大辞林』三省堂) のことです。大典和尚による墓碑銘が彫られているそうです。
若冲が斗米菴と号するのは石峰寺近くに隠棲し始めた頃(1791年)からだったと思います。この寿蔵は上掲の相国寺の墓とは異なるようです。若冲は石峰寺に土葬されたということですので、上掲の墓は遺髪でも納めた墓かと想像します。詳細不詳。

若冲と相国寺との間には深い縁があります。
1752年 宝暦2年 37歳  この頃より大典禅師と交わり、若冲居士と号す。
1765  明和2  50    「釈迦三尊像」三幅、「動植綵絵」二十四幅を相国寺に寄進
              同年12月28日 相国寺と永代供養の契約を結ぶ
1770  明和7  55   10月、父の33回忌にあたり、「釈迦三尊像」三幅、「動植綵
            絵」三十幅の寄進を完了
1791  寛政3  76(78)10月8日、大火類焼後の窮乏につき、相国寺との永代供養の
            契約を解除 ⇒ 天明8年(1788)1月の京都大火災をさす
若冲は、相国寺所蔵の中国絵画の模写作業を通して絵の技法を学ぶという段階から、相国寺との関わりを深めたようです。そして若冲の精神的パトロンとなったのが大典和尚だったそうです。


河原町通から一筋西が、 裏寺町通 です。この南北の通りで、六角通(北)と蛸薬師通(南)の間の東側に 「宝蔵寺」 があります。



この 宝蔵寺は浄土宗西山深草派本山誓願寺に属するお寺 です。そして、伊藤若冲の生まれた 伊藤家の菩提寺 です。

山門を入ると、正面に本堂があります。本尊は阿弥陀如来立像です。



現在は、本堂に向かって左斜め手前に、 「伊藤若冲親族の御墓」 が墓地から移されて、参拝しやすくされています。
 若冲の作品「髑髏図」(宝蔵寺蔵)
         その髑髏の絵がこの碑に写されています。
 この2基の墓石に触れておきましょう。

伊藤若冲は、元文3年(1738)23歳のとき、父・宗清が没し、青物問屋「桝屋」の四代目当主となりました。そして、寛延4年(1748)9月29日、この伊藤家の菩提寺に父母の墓を建てています。中央の少し大きな墓だと推測しますが不詳です。

若冲は、宝暦5年(1755)、40歳の折に、次弟宗厳に家督を譲り、若冲は茂右衛門と改名して、画業に専念する道を選びました。
「白歳居士」と刻された墓石 が建立されていますが、 若冲の次弟宗厳のお墓 です。

明和2年(1965)50歳の時に、弟宗寂の墓を建てています 「心元宗寂居士」と刻された墓石 がそれでしょう。墓石の左側面に「伊藤若冲建」と刻されています。


若冲親族の墓の傍、本堂前に本堂に向かい合う形で、この像が置かれているのに目がとまりました。


門を入ると左側に庫裡と書院があります。 こちらは右側、本堂前庭の南辺に見える景色 です。
西側に「天道大日如来」の祠 があり、東側には「八臂辨財天 (はっぴべんざいてん) 」の社が祀られています。


山門の屋根を見ると、 軒丸瓦には五七桐紋 がレリーフされています。飾瓦は菊花のようです。

宝蔵寺境内の前庭と伊藤若冲親族の墓は自由に拝観・拝見できました。

宝蔵寺のご紹介をここまでとし、錦市場の続きに戻ります。

つづく

参照資料
特別展覧会図録『没後200年 若冲』 京都国立博物館 2000年
宝蔵寺 ​ ホームページ

補遺
伊藤若冲 ​  :「コトバンク」
伊藤若冲 ​  :ウィキペディア
動植綵絵 ​  :ウィキペディア
伊藤若冲画 動植綵絵三十幅
伊藤若冲という生き方 : 作品の分析と求道の考察 : 「動植綵絵」を中心に、禅宗、分析心理学の視点から ​ 村上千鶴子著 論文 日本橋学館大学紀要 :「J・STAGE」

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観照 若冲徒然 -2 「生誕300年記念 伊藤若冲展」と相国寺承天閣美術館 へ
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Last updated  2018.09.10 00:42:29 コメントを書く


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