遊心六中記

遊心六中記

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

茲愉有人

茲愉有人

Calendar

Comments

Jobim@ Re:スポット探訪 京都・下京  七条大橋・松明殿稲荷神社(05/02) 神社にお地蔵さま、珍しい取り合わせです…
茲愉有人 @ Re[1]:観照 京都国立博物館 -3 特別展「雪舟伝説」(04/30) Jobimさんへ 雪舟の与えた影響がどれほど…
Jobim@ Re:観照 京都国立博物館 -3 特別展「雪舟伝説」(04/30) 雪舟展ではありません、というのが面白い…

Favorite Blog

まだ登録されていません
2024.04.18
XML
カテゴリ: 観照

大阪中之島美術館で「モネ -連作の情景」を鑑賞した後、久しぶりに美術館をハシゴしました。
南隣りにある 国立国際美術館で開催中の特別展「古代メキシコ」 を続きに鑑賞してきました(4月12日)。


受付カウンターの近くのバナー
エスカレーターで地下3階の会場まで下ります。
入口手前のバナー
入場券の半券

共通に現れているものが古代メキシコで栄えた諸文明のシンボルになっています。
 髑髏は 「死のディスク石彫」 と称され、 <テオティワカン文明>
 仮面は 「赤の女王のマスク・冠・首飾り」 と称され、 <マヤ文明>
 人物は 「鷲の戦士像」 と称され、 <アステカ文明>

図録の表紙
これは 当日購入した図録のカバー表紙 です。
今回の図録のおもしろい点は、図録のカバーは、上掲の3つのシンボルのどれかを選択できるようになっています。私は、マヤ文明のマスクを選びました。
図録の裏表紙
マヤ文明で築かれた「碑文の神殿(パカル王墓)」の景色 が使われています。
他のシンボルの図録裏表紙が何かは確かめていません。各文明の遺跡かなと想像していますが・・・。

今回の図録、もう一つ今までの展覧会図録と異なる興味深い特徴があります。
普通、図録の表紙は背の部分に展覧会の名称が記されています。今回はカバー表紙の背の部分には特別展の名称が記されているのですが、これを外すと、図録本体の背の部分は図録のページが綴じられた状態がそのまま見える形になっているのです。綴じ目がみえる形なので、図録の見開きページを完全に開ききることができる形になっています。見開きの2ページに跨がる写真は全体が見やすくなる利点があることに気づきました。

さて、この特別展は 全体が次の4部
 Ⅰ 古代メキシコへのいざない
 Ⅱ テオティワカン 神々の都
 Ⅲ マヤ 都市国家の興亡
 Ⅳ アステカ テノチティトランの大神殿
Ⅱ以下ではさらに展示内容がいくつかのセクションに区分されていきます。

この特別展のうれしいいことは、 会場内作品の撮影OK となっていたことです。
後で見ますと撮影に失敗した作品もありましたので、それらを除いたご紹介になります。
展示会場の雰囲気などもご紹介できれば・・・・と思っています。

それでは、 「古代メキシコへのいざない」から始めましょう

第Ⅰ部の案内パネルには案内文にこんな 地図 が付されています。

今から13,000年以上前に、狩猟採集民がシベリアからアメリカ大陸に渡り、長い放浪を経て大陸を南下し、メキシコに到達しました。数千年かけてこの地の生態系に適応し農耕を基盤にした定住生活を営むように変化したそうです。そして多くの民族集団が形成されました。
前1500年前にメキシコ湾岸部に興ったのが<オルメカ文明>
ほぼ同時期に 、メキシコ中央高原やオアハカ地域にも中核的な集落が生まれ、都市が形成されていきます。 <テオティワカン>、<マヤ>、<アステカ>はメキシコの古代都市文明の代表的な存在となる のです。

地図の①はメキシコ湾岸部、②はメキシコ中央高原、③はオアハカ地域、④はマヤ低地、⑤はマヤ高地、⑥はメキシコ西部、⑦は太平洋南部地域、⑧はメソアメリカ南東部です。
メソアメリカとは、「メキシコの大部分と中央アメリカのグァテマラ、ベリーズ、エルサルバドルおよびホンジュラス、ニカラグァ、コスタリカの一部を指す」領域で、16世紀のスペイン侵攻までは、この地域に様々な古代文明が栄えた文化史的領域を意味します。

第Ⅰ部は、 メソアメリカ最古の文明である <オルメカ文明>の出土品展示から 始まります。

「オルメカ様式の石偶」  ヒスイ 高さ8.4cm、幅5.6cm 前1000~前400年
小さな石偶です。「 人とジャガーの特徴を併せもつとされる幼児の像 」で、宗教的観念を表すものと考えられているそうです。


「マスク」 土製・彩色 高さ9.6cm、幅16.9cm  テオティワカン文明  350~550年
テオティカワンの香炉台を飾った型づくりのマスク。鼻飾りと円形耳飾りが目立ちます。神官あるいは戦士を表すとか。


「貴人の土偶」 土製・彩色 高さ27.2cm、幅10.5cm  マヤ文明  600~950年
この青色は マヤ・ブルー と呼ばれ、植物から採ったインディゴ(藍)とパルゴルスカイトという粘土を混ぜた顔料が使われています。
ユカタン半島西岸のハイナ島は墓地として使われ、写実的な土偶が墓の副葬品として多く出土しているそうです。


「装飾ドクロ」  高さ15cm、幅14cm  アステカ文明  1469~1481年
「死者の世界の主」である ミクトランテクトリ神 を表していると言います。
「頭蓋骨を胴体から切り離し、前頭に毛を挿し込み。目のくぼみに貝殻と黄鉄鉱を嵌めたマスク」で、歯には生前に装飾的な加工が審美的な理由から施されていて、この頭蓋骨は20~30歳の成人男性のものとか。




展示の途中に、 各文明が築いたピラミッド、神殿、王と王妃の墓などの壮大なモニュメントをスクリーン映像でプレゼンテーション する箇所があります。以降のセクションで、これらの景色が巨大な壁面パネルとして再登場します。展示会場の雰囲気を盛り上げる環境装飾になっています。それはちょっとした現地見学疑似体験となる大きさです。



「ジャガーの土器」  土器  マヤ文明  600~950年 高さ24.8cm、幅23.1cm 
ジャガーの頭部を象っています。ジャガーはアメリカ大陸では食物連鎖の頂点に位置するそうです。
「メソアメリカでは、 ジャガーは王や戦士の権威の象徴 であり、 神秘的な力 をもつものとして崇拝された」「その一方、ジャガーは神への生贄として捧げられたり、その美しい毛皮のために狩られたりすることもあった」そうです。
マヤ低地などの熱帯雨林がジャガーの主な生息域です


「フクロウの土器」 土器・彩色  マヤ文明  250~600年 高さ17.5cm、幅25.2cm 
容器の蓋にフクロウの頭部が表されています。墓の副葬品。
メソアメリカ全域に多様なフクロウが生息する と言います。
「フクロウは、 死者を予言する地下世界の使者 と考えられた」


「クモザルの容器」 アラバスター(トラバーチン)、黒曜石 高さ25cm、幅14.5cm
中央ベラクルス  950~1521年
クモザルはメソアメリカの低地部に生息
「マヤ神話における猿は、神による創造の過程で、人間が作られる以前に、喋ったり神を崇めたりすることのできない失敗作として生まれ、森にととどまることになったとされる」
マヤの神話で、 クモザルは道化やいたずら者として 表されているそうです。
クモザルの目に黒曜石が嵌め込まれています。



「チコメコアトル神の火鉢(複製)」  土器・彩色  アステカ文明  1325~1521年
メキシコ中央部の農民が最も崇拝した、 熟したトウモロコシの女神 で、 その名は「7つ蛇」の意味 だそうです。香炉です。
手にはトウモロコシを二重にした形の センマイトル という笏(シャク)を握っています。
頭飾りは神殿の形をしていて巨大です。 アマカリ と呼ばれる飾りだそうです。


「メタテ(石皿)とマノ(石棒)」  玄武岩  テオティワカン文明  250~550年
石皿:長さ27.6cm、幅18.1cm  石棒:長さ28cm、幅5.6cm
トウモロコシの実を細かく挽き、すりつぶすための石皿と石棒です。
現在も、トルティーヤを作るために同様の道具が使われているとのこと。


「暦の文字」  漆喰 高さ19cm、幅31cm  マヤ文明  647年頃  
パレンケの「パカル王が築いた『忘れられた神殿』の柱を飾った碑文の一部 」で、「 左側の数字が10、右側の文字が暦の20年の単位であるカトゥンを表わす 」そうで、 西暦647年3月5日にあたる そうです。これは それぞれの数字関連する神の顔で表している と言います。


「夜空の石板」  安山岩 高さ54.5cm、幅29.2cm  アステカ文明  1325~1521年 
 メキシコシティ出土
「夜空を主題とする浮き彫りの石板。両脇には金星と星、 中央にはワシと兵士 が表されている。戦争や生贄で亡くなった兵士の魂は、太陽と共に天球上を旅しなければならなかった」


チェチェン・イツアにある「大球技場」の景色 が壁面に掲げてあり、

「球技をする人の土偶」  土製・彩色 高さ12.7cm、幅12.4cm  マヤ文明  600~950年
帽子を被り、厚い防具を着け球技をする人の土偶です。主に 腰を使って大きなゴムボールを打つ球技 だそうで、 王公貴族が重視した と言います。
球技は戦争や人身供犠とも関連した そうです。


「ユーゴ(球技用防具)」  石  中央ベラクルス  600~950年
腰につける防具 。石製のものが実際に使われたのかは不明。石製は祭祀具で、実用品は木や革製という説もあるとか。


「ゴムボール」  ゴム 直径20.7cm  マヨ族・現代のもの
ゴムの木の樹液と熱帯朝顔の樹液を混ぜて作った 中が空洞ではないボール です。

腰で打ち合う球技の他に、グローヴやステックを用いるものなど様々で、球技場の形も異なるそうです。 スポーツとしてだけでなく、人身供犠を伴う宗教儀礼や外交使節を迎える儀式として古くから行われてきたと いう説明パネルも掲示してあります。

「人身供犠(ジンシンクギ)」について は、次の説明パネルが掲示されています。
「人間を生贄にする古代メキシコの慣習は『万物は神々の犠牲により存続しており、自らも他者のために犠牲を払うべき』という倫理観に基づくものでした。斬首や慎蔵の剥奪などの残虐な手法は、国家の覇権の誇示にも利用されました」

「シペ・トテック神の頭像」  玄武岩 高さ15cm、幅13cm  アステカ文明  1325~1521年
シペ・トテックとは 「皮を剥がれた我らが主」 という意味だそうです。「生贄となった人間の皮を身にまとった男性として表され」、「戦争とも関連づけられ、アステカの王たちは、戦争時はこの神に扮した」とか。


「テクバトル(儀礼用ナイフ)」  チャート、黒曜石  アステカ文明  1502~1520年
左:高さ19.3cm、幅8cm  右:高さ12.8cm、幅5.8cm
黒曜石は目を表していて、擬人化したものとみられるとか。

「歯状ナイフ」  チャート 長さ39cm、幅6.9cm  アステカ文明  1469~1481年

これらは生贄用のチャート製ナイフですが、埋納石室から出土したもので、使われた痕跡はなく儀礼用です。

古代メキシコの様々な文明をいざないとして紹介した後、いよいよ各文明の展示セクションに導かれていきます。最初は、テオティワカン文明です。

つづく

参照資料
*特別展会場に掲示のパネルや説明文
*図録「特別展 古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティカワン」2023

補遺
メソアメリカ ​  :ウィキペディア
オルメカ ​    :ウィキペディア
チョコレートの始まり(メソアメリカ文明) ​  :「日本チョコレート・ココア協会」

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。


観照 大阪・国立国際美術館 特別展「古代メキシコ」 -2 テオティワカン(1) へ
観照 大阪・国立国際美術館 特別展「古代メキシコ」 -3 テオティワカン(2) へ
観照 大阪・国立国際美術館 特別展「古代メキシコ」 -4 マヤ (1) へ
​観照 大阪・国立国際美術館 特別展「古代メキシコ」 -5 マヤ (2) へ​
​​ 観照 大阪・国立国際美術館 特別展「古代メキシコ」 -6 マヤ (3) へ
観照 大阪・国立国際美術館 特別展「古代メキシコ」 -7 マヤ(4) & アステカ(1)へ
観照 大阪・国立国際美術館 特別展「古代メキシコ」 -8 アステカ(2)へ







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2024.04.27 16:15:29
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: