月夜茶会

月夜茶会

2008.12.13
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「本田先生は、もう亡くなったんですよ!?」
 そう。
 問題は、その名物教師が、すでに物故した人物だということだ。
 美奈子は学校有志との一人として、教諭の葬儀を手伝ったし、全校集会で校長からその死を聞いたのだ。
「しかし!」
 葬儀の時、棺桶を担いだ相田教諭は言った。
「本田先生が目の前にいるじゃないか!」
 大声で言った。
「本田先生!」

 本田教諭が足を止めた。
「本田先生!」
 近づくなり、相田教諭は、本田教諭の二の腕を掴んだ。
「私だよ!本田先生!相田だよ!」
「……」
 本田教諭は、ギョッとした顔で腕を見た。
 決して、相田教諭の顔を見ない。
 そして―――
「な、何だ?」
「先生?」一緒にいた生徒が怪訝そうな顔になった。
「どうしたんです?」

「な、何言ってるんですか!?本田先生っ!私ですよ!」
 相田教諭は必死に自分を指さすが、
「先生―――何か、来たんじゃないですか?」
 生徒の一人がそう言うと、本田教諭達の目の色が変わった。
「“よからぬ者”が?」

「よし!」
 本田教諭は力強く頷いた。
「“魔除け”をするんだ!皆、ボロ布を探して火を付けろっ!」
「はい!」
 本田教諭の号令の下、生徒達が廊下に駆け出した。
「本田先生!」
「相田先生っ!」
 美奈子は相田教諭の腕にすがりつくと、無理矢理相田教諭を引っ張った。
「おかしいですっ!これは!」
「だ、だがっ!」

 一体、何をしたのだろうか。
 全ての教室から煙が立ち上り始めた。
 この煙が厄介者だ。
 ただの煙のはずなのに、喉に入ると焼けたように痛み出す。
 ひたすら苦しくてたまらない。
「ほ、保健室へ!」
 美奈子はハンカチで口元を抑えながら言った。
「逃げましょう!」
「ここは学校だぞ!」
「煙に巻かれた生徒を危険にさらすのが、教師の所行ですか!?」
「……わかったっ!」
 相田教諭は、美奈子の背中を護るように歩き出した。

 ちょっと先まで見えないほど立ち上る煙は、渡り廊下さえも覆い隠そうとしていた。
「もう少しだ!」
 相田教諭の励ますような声に、美奈子は小さく頷いた。
 涙が止まらない。
 息が苦しい。
 喉が痛い。

 保健室のドアが見えた!

 グイッ。

 その時だ。

 美奈子は前に進めなくなった。

 どんなに力を込めても、足が前に進まない。

「―――えっ?」

 まさか?
 美奈子は恐る恐る後ろを振り返って、そして凍り付いた。
「―――っ!」
 悲鳴が喉に張り付いたように出てこない。

 見ると、さっきまで見えなかった二人の姿が、この煙で見えるようになったかのように、幾人もの生徒や教師が、まるで“行くな”と言わんばかりに二人の服を掴んでいるのだ。
 どんなに力を込めても、万力で挟まれたように身動きがとれない。

「な、何をするっ!」
「は、放してっ!」

 美奈子達が抵抗しても、生徒達はニコニコと笑っているだけ。
 次第に、二人は保健室から引き戻されそうになっていく。

「や、やだっ!」
「や、やめろといっているだろう!?」

 美奈子は泣きながら藻掻いた。
 冗談じゃない!
 こんなのは冗談じゃないっ!

 こんな人達ともう関わりたくないっ!


「やだぁぁぁっ!」
 美奈子が手を伸ばした先。
 そこには保健室に通じるドア。

 そこにさえたどり着ければ!!

 美奈子はドアの中から、ツインテールの女の子が顔を出したような気がした。

 そして―――

 ついてに、生徒達の群れの中に取り込まれ、

 意識を失った。





「学園七不思議の一つにね?」
 美奈子は、保険医の三千院教諭からもらったココアを飲みながら、水瀬の説明を聞いた。
 その横では、相田教諭も蒼白な顔をしている。
 禿頭がさらに薄くなったような、そんな気がした。
「“裏学校へのドア”ってあるんだよ」
「“裏学校?”」
「この学校に愛着を持って死んだ魂が集う、もう一つの別の学校」
「……じゃあ、あそこにいた生徒や先生は」
「この学校が大好きで、死んでも学校に行きたいって念じていた人達」
「―――つまり、死人」
「桜井さんも災難だったね」
 水瀬は言った。
「このドア、封印壊れてるんだ」
「えっ?」
「封印壊しちゃってね。波長、つまり、向こうに行ける人は誰でも行けるようになっていいたんだ」
「……誰が封印、壊したの?」
「僕」
「……水瀬君」
「はい?」
「―――お祈りしなさい」


「先生もとんでもない目にあわれましたね」
 命乞いをする水瀬がボコられる“いつもの光景”を後目に、三千院教諭は相田教諭に言った。
 元が巫女という物腰が穏やかな美女に慰められ、普段なら相田教諭は鼻の下を伸ばして喜んだろう。
 だが、
「……」
 その顔は、何かを思い詰めたように深刻なシワを刻んでいた。
「どうなさいました?」

「私は絶対!二度とあんなところに行くもんですかっ!」
 美奈子はそう喚きながら必殺技“めりこみパンチ”を水瀬の顔面に決めた。


「―――行きたいよ」
 その声は、ようやく三千院教諭の耳に聞こえる程度だった。
「行きたい」
 今度は、はっきりと聞こえた。
「先生?」
「相手が死人だか何だか知らないけどね。三千院先生」
 はにかむように微笑んだ相田教諭の目は澄みきっていた。
「あそこはね?本当に授業を受けたい。学校を満喫したいって思っている連中の集まりですよ」
「?」
 三千院教諭には、その意味がわからない。
 相田はそれを知りつつ、続けた。
「騒ぎになる前に、“向こう”の授業を見たんです。みんな、それはそれは熱心に聞き入って、先生達も熱を入れて……楽しそうだった。羨ましかった」
 最後は羨望のため息と共に、一気に言い放った。
「私もね?あの教壇に立ちたい。本気で勉強したいと思っている連中だけを相手に、本気の授業がしたい。それが、向こうを見た私の本音です」
「……先生」
「相手が例え、死者でもね」



 相田教諭が失踪したのは、それから数日後のこと。
 美奈子はあのドアの前に立った。
 その向こうから、楽しげな授業の様子が、風に乗って密やかに聞こえてくる。
 それは、もしかしたら、美奈子の錯覚かもしれない。
 だが―――間違っていないと言う確信だけはあった。

―――いいか?ここはテストに出るからね
―――この方式のポイントね?

 楽しげな声は、あの相田教諭のそれ。
 声が、相田教諭の幸せを教えてくれるのだから。


 美奈子は、相田教諭がどこに向かったか、知っている。
 ただ、それを誰にも言わないだけ。

 水瀬や三千院教諭が黙っているのは、自分と同じ考えだからだと、美奈子は確信している。
 言わないことが、先生への礼儀だと心得ているから。

「一度くらい」
 ドアのひんやりした感触を手に感じながら、美奈子は呟いた。
「私にも授業してくれても、よかったんじゃありません?―――相田先生」

 ―――私も生徒なんですから。
 美奈子は、相田教諭からの答えを聞く前に、ドアを離れた。

 ハハッ!
 勉強は面白いか?
 はいっ!

 そんな声がドアから聞こえた気がした。


 明光学園七不思議の一つ。
 “裏学校へのドア”のお話でした。





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最終更新日  2008.12.13 11:20:14
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