月夜茶会

月夜茶会

2009.02.21
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 ある晩のことだ。

「……それで?」

 水瀬の膝の上に座った日菜子が、まるでおねだりするように瞳を閉じた。

「……んっ」

 そっと重ねられる唇の感触。
 肌と肌の触れ合いにすぎないはずなのに、どうしてこうも嬉しいんだろう。
 日菜子は、そんな泣きたいほどの幸福感をもたらしてくれる感触に全てを委ねる。

「……それで、ですね?」
 唇を離した水瀬が言う。

 その吐息ですら抱きしめたいほど愛おしい。
 きゅっ。
 水瀬の服を掴む日菜子の手に、無意識に力がこめられる。
「……ルシフェルの事なんですけど」

「ルシフェルの?」
 日菜子は、少しだけ心証を悪くした。
 ルシフェルは水瀬家の養女、水瀬にとっては姉になる。
 それはわかる。
 わかった上でも、日菜子の“女”としての何かが、この場で水瀬が他の女の名を口にすることを許そうとしない。
 日菜子は、それでも―――
(悠理が、“私に”相談に来てくれた)

 納得出来るだけ、自分は成長した。
 日菜子はそう思う。

 それがわからない水瀬は、日菜子にとって、意外なことを言った。

「秋篠博雅君―――ご存じでしたよね?」
「……秋篠宮家の三男坊ですね?ルシフェルとはかなりの仲と聞きましたが?」

 心根の優しい男というのが、日菜子の博雅から受けた印象だ。
「はい。その……彼を巡って」
「?」
「―――ルシフェルにライバルが出来まして」
「は……い?」


 ●一週間ほど前 水瀬邸

「……」
「……」
 男臭いゴツイ顔立ちの博雅が無言でこちらを見つめている。
 睨んでいる。
 その方が正しいほど、じっとりとした視線を浴びる水瀬は眉をひそめた。
「……どうしたの?」
「だから」
「……デートするんでしょ?」
「……そうだ」
 ヘンな話だ。
 水瀬は首を傾げた。
 ルシフェルと博雅がデートする。
 それを事前に博雅が話してきたのは、初デートの時位だ。
 すでに毎週のようにデートする二人なのに、今回に限って一々、何故僕に言う?
「……まさかと思うけど」
 水瀬は、その答えを思いついた。
「ルシフェル以外の女の子が相手―――とか?」
「……そうだ」
「……」
「……」
 数十秒、ぽかんとした目で博雅を見た水瀬は、

 ―――ちょっと待ってて。
 そう言い残して席を立った。

「……お待たせ」
 戻ってきたのは数分後。
 どんよりとした表情の水瀬の手には、巨大な包丁が握られていた。
「ちょっ!?」
 ギラリと光るその刀身から放たれる殺気に、博雅は思わず後ずさってしまった。
 さすがに身の危険を感じた博雅が慌てて怒鳴る。
「落ち着けっ!俺はマグロじゃないっ!」
「大丈夫―――クマやイノシシの解体はやったことが」
「誰を解体するつもりかっ!大体、俺はルシフェルと別れるつもりはないっ!」
「―――それ、言い逃れのつもり?」
 水瀬は訪中の切れ味を試すように刃先を見つめながら、
「姉をキズモノにされて黙っているつもりは、僕にはないよ?」
「だからっ!」
 博雅は、酒の入った杯をあおった。
「―――ふうっ。この前、校外清掃やったの、知っているか?」
「僕、熱出して休んだけどね」
「……福井先生は“水瀬は生理痛がひどくて休む”と言っていたぞ?“あいつやっぱり!”って、かなり騒ぎになったんだが?」
「それで?」
「―――さぼったな?」
「だから、それで?」
「俺はその時、神林の辺りでゴミ捨てで歩き回っていた。そうしたら、中等部の女の子達に助けを求められた。“友達が不良共に囲まれている”とな」
「ふむ」
 水瀬は博雅の杯に酒を注ぎながら頷いた。
「それで?」
「不良共2、3人叩きのめしてゴミ箱の中に放り込んでやった。そしたら、助けた相手を見て驚いた。―――お前、高円寺家は知っているな?」
「……」
 水瀬はしばらく考えた後、記憶にたどり着いた。
「侯爵家だったね。確かあそこの一人娘が中等部にいた」
「そう。その高円寺家の娘だったんだ」
「成る程?」
 水瀬は自分の杯を空けた。
「それで、博雅君。その総領娘に惚れられたわけだ」
「惚れられたかどうかはわからんが……」
 博雅は杯をあおった。
「とにかく、それ以来、やれお弁当だなんだのと……」
「そこまで困るとは……そんなにブスだっけ?その娘さん」
「いや?」
 博雅は首を横に振った。
「かなりカワイイ娘だ」
「―――ふうん?」
 カワイイ。
 水瀬は、博雅から初めてそんな言葉を聞いた気がした。
 ルシフェルに対する評価は“美しい”とか“綺麗”だ。
 水瀬は、博雅からその言葉を勝ち取った女の子に興味を持った。
「どんな子?」
「面倒見はいいし、弁当もうまいし、会話も楽しいし、俺とは趣味も合うし、親同士のつきあいもあるし……」
「それ……新しいオンナが出来たって、自慢しに来たの?」
「だからっ!」
 博雅は頭を抱えた。
「俺はどうしたらいいんだ!?彼女の出来が良すぎて、交際を断る口実がないんだっ!」
「二股」
「俺はルシフェルが好きなんだっ!」
 博雅は勢い余ったのか、立ち上がって怒鳴った。
「俺にはルシフェルがいればいいっ!それにウソはないっ!しかも、明日は彼女と一緒にデートなんだ!」
「まぁ、落ち着いてよ」
「これがどうやって!?」
「もう一杯どうぞ?」
「……」
 無言で座った博雅は、杯を一気にあおると、すがるような視線を水瀬に向けた。
「―――どうにかならんのか?」



●翌日 葉月駅前ロータリー付近
「……」
「……」
 駅前ロータリーの噴水前に立つ博雅を、物陰から睨み付けているのはルシフェルだ。
 その横では、彼女にボコボコにされた水瀬が自分相手に治癒魔法の展開に忙しい。
「水瀬君」
 ジーパンにジャケットを羽織っただけというラフな格好のルシフェルは、視線を博雅にむけたまま訊ねた。
「狙撃部隊の配置は?」
「ないよ」
「砲撃支援は?」
「言っておくけど、航空支援(ばくげき)も艦砲支援(かんぽう)もないからね」
「単独でやるしかないの?」
「……あのね?一体、誰と何するつもりなの?」
「だから」
「最近、瀬戸さんとキャラ被りつつあるね。ルシフェ」
「私はあそこまで過激じゃない」
「全く……てんで自分を知らないんだから……あっ」

 そのとき、博雅の前に現れたのは、髪をポニーテールにまとめた活発そうな印象のある女の子だ。
 季節にあわせた暖色系のワンピースがよく似合っている。
「へえ?」
 思わず治癒魔法をかける手を止めた。
 きびきびとした元気のいい動作。滑舌のいい、よく通る声。女の子らしい愛らしい動作。 そして何より―――

 ―――私は、この人が好きです。

 その小柄な体からは、そんなオーラが放たれている。
 本当にカワイイ。
 その理由は、間違いなく、彼女が恋をしているからだ。

「これじゃ、博雅君が断れないのも無理はないな」
 水瀬は、男としてそう思う。

 はにかむような笑顔で答える博雅との初々しい対比は、水瀬のように色恋沙汰に鈍くても、悪くない相手だと思わせる程、似合うのだ。

「うん。元気な妹系ってキャラだね」
「……」
「ああいう子って、一緒にいれば楽しいだろうね」
「……」
「退屈しないっていうか……る、ルシフェ!?」
 ブンッ!
 いつの間に抜いたのか、霊刃がルシフェルの手の中で光っていた。
「や、やめっ!?」
「離してっ!」
「何するつもりなの!」
「一々、聞く必要があるの!?」
 水瀬は、ちらりと博雅達を見た。
 まだこちらに気づいていない。
「もうっ!」
 シュンッ
 水瀬の舌打ちだけを残して、水瀬とルシフェルの姿が消えた。


 色恋沙汰は人を狂わせる。
 それは、わかっている。
 実際に間近で経験した、好いた惚れたで身を滅ぼした者の数は、水瀬自身、両手の指ではとても足りない。
 その恐ろしさは、水瀬の恋愛感では、その素晴らしさの先に来る。

 ただ―――

「離してっ!」
「だからっ!」
 いくら何でも、その狂った相手が姉というのは、本気で勘弁してほしいというのが、水瀬の偽りのない本音だ。
「一般人相手に何するつもりなのっ!大人げないっ!」
 真っ白に塗られた5メートル四方の部屋の中で暴れるルシフェルを羽交い締めにする水瀬が珍しく姉(ルシフェル)を叱っていた。
 一方、叱られた姉は、
「水瀬君に言われたくないっ!」
 水瀬をふりほどいて怒鳴った。
「ここどこっ!?」
「監獄の中だよ。僕専用の」
「監獄っ!?」
「別名“テレポートホイホイ”。テレポートは一方通行(ワンウェイ)しか出来ないから、誰かに開けてもらうしかない」
「ならっ!」
「また話は終わってないからぁっ!」

 チュドォォォォンッ!!

 凄まじい爆発音が室内に響き渡ったのは、その瞬間だった。






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最終更新日  2009.02.21 21:05:51
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