月夜茶会

月夜茶会

2009.02.21
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「ごちそうさまでした。先輩!」
 ファミレスから出た博雅にぺこんと頭を下げると、ポニーテールが慌てて後を追うように大きく揺れる。
 その可愛さに、博雅の顔が緩んだ。
「美味しかったかい?」
「はいっ!」
 女の子―――名を高円寺舞(こうえんじ・まい)という。
 クリッとした丸くて大きな目が感動気味に潤んでいた。
「お友達には聞いていたんですが、あんな大きいパフェは初めてですっ!」
「そうか」

「家族と一緒だと、こういう店はなかなか―――ね」
 舞は頷いた。
「いつもお料理の広告見るたびに、おいしそうだなぁと思ってもお父様やお母様と一緒だと入れなくて……」
「念願がかなったかな?」
「はいっ!」
 零れそうな程の笑みと共に、舞は再び頷いた。


「ルシフェのばかぁっ!」
 水瀬がついに怒鳴った。
「壁に魔力反射加工がかけられているから危ないって言おうとしたのにぃっ!」
「さっさと言って!」


「いいんですか?」

「あの……もっと、大人の映画でも」
「でも、見たいんだろ?」
「……はい」
 博雅達の周りは親子連ればかり。
 少なくとも、カップルは博雅達だけだ。

 とてもデートで見る内容でもない。
 ―――選択、間違えた。
 ションボリする舞に、博雅は言った。
「さ、始まってしまうよ?」
「えっ?」
「俺達だって、きっと見れば楽しめるだろ?」
「はいっ!」
 舞は小走りに博雅の後を追いながら、そっと言った。
「あの―――先輩?」
「ん?」
「―――手を、握ってもいいですか?」


 メキッ!
 暗い館内にそんな音が響いた。
「ルシフェぇ……」
 小声で言ったのは水瀬だ。
「やめなよぉ……子供が泣くからぁ……」
 ルシフェの手が握る通路の手すりは、半ば握りつぶされていた。
「お願いだから、警察に通報される前に逃げようよぉ……」

「何……あれ」
 ルシフェルは、そんな水瀬の声にまるで頓着していない。
 スクリーンを前に、観客達に混じって楽しむ博雅達がいるだけだ。
「ずっと手を握って―――あんなに楽しそうに」

「ううっ……これ、僕も見たかったのにぃ……」
 楽しげな笑いの響く中、水瀬に引きずられるように、ルシフェルはその場を離れた。


「―――飲み物、買ってくるから」
 水瀬は、ルシフェルをソファーに座らせると、“絶対、その場を動かないでね!”と念を押して席を離れた。

 ―――ハァッ

 思わず出たため息に、ルシフェル自身が驚いた。
 ―――私、何やってるんだろう。
 そう思うと、自分自身が情けなくて仕方ない。
 博雅君が好き。
 それにウソはない。
 博雅君も、自分を好きでいてくれる。
 それも、信じている。

 だけど―――

 目をつむると、楽しげにしているあの二人の姿ばかりが浮かんでくる。
 ―――博雅君は、私と一緒にいる時、本当に楽しいんだろうか。
 そんな、疑問と共に。

「―――はい」
 不意にかけられた、そんな声にルシフェルは目を開けた。
「どうぞ?」
 目の前で軽く振られる缶ジュース。
 それを持つのは―――
「ちょっと、いいですか?」

 舞だった。




「それで?」
 日菜子が訊ねた。
「どうなったのですか?」
「それが―――」
 水瀬は肩をすくめた。
「二人で、妙に楽しそうに話をしてまして」
「博雅様は?」
「途中で寝ていたそうです。実は、途中で彼女が抜け出したの、今でも気づいていないそうで」
「……はぁ」
「とにかく、別れ際に舞ちゃんは言ったそうです」
「……何と?」
 日菜子はそっと水瀬の胸の中に顔を埋める。
 そっと髪を梳く水瀬の手が心地良い。
「私にあるのは生まれだけです。華族の出自位しか、私はあなたに勝てるものはありません。つまり、女として何一つ勝てていません。けど、私は博雅先輩が好きです。ただ、その想いだけは絶対に負けません―――そう、言ったそうです」
「……」
「……そんな話です」
「……水瀬は」
「はい?」
「そんな女の子は、嫌いですか?」
「……」
「生まれしか誇るものはない。ただ、そんな事しか、自分の優れている所と口にしなければならない―――そんな、女の子は」
「ルシフェルは」
 水瀬は言った。
「こう言い返していました―――“私はあなたをライバルとして認める。正々堂々、勝負しましょう”」
「……そうですか」
「―――日菜子?」
 クイッ。
 水瀬は日菜子のあごにそっと手を向けると、顔を自分に向けさせた。
 だが、日菜子は水瀬と視線を合わせることを拒んだ。
「どうしたの?」
「……質問に、答えてもらっていません」
「あの言葉は、勇気だと思います」
 水瀬は日菜子の形のいいあごの感触を楽しむように指を軽く動かした。
「何もないと一笑に付されるかもれしない。相手は美貌をたたえられるあのルシフェです。それでも、他に何もないよりマシ。逃げ回らずに正々堂々と言った辺りはたいしたものです」
 そっと、水瀬は日菜子の頬に口づけすると、その耳元で囁いた。
「内心、生まれを楯にしたのは、何もないよりむしろ惨めだったんじゃないですか?」
「―――それを、私に言いますか?」
「日菜子だから、わかってもらえるかと思いまして」
「……」
「博雅君、今でも実はちょっと落ち込んでいるんです」
「……今でも?」
 日菜子は、その言葉にひっかかった。
「どういうことです?」
「舞ちゃん、実は今度、親の仕事の関係で、京都に転校になりまして」
「……えっ?」
「あのデート、舞ちゃんにとっては、転校前の記念だったんです。デートすること自体が、精一杯の冒険というか、勇気だったんですよ。
 それを乗り越えたら、もう恐いものはなかった。
 博雅君も、舞ちゃんの転校知ってから、“もっと何か出来たんじゃないか”って、ずっと悩んじゃって」
 僕はよくやったと思いますけどね。と、水瀬はそう小さく笑った。
「……」
「日菜子は、どう思います?舞ちゃんのこと」
「とても仲良く出来そうです」
 日菜子はそう言って笑った。
「同じスタートラインに立つ戦友みたいです♪」
 それは、日菜子の本音だ。
 生まれ以外、何もない。
 ―――私だって、あの容姿には……
 日菜子は、ライバルと認める女性達を思い出して唇をかみしめた。
「それで?ルシフェルは?」
「それが―――」
 水瀬は天を仰ぎ見た。

 舞はルシフェルにある意味凄まじい楔を刺して東京を去った。

 ―――絶対に、博雅先輩を色仕掛けで奪るようなマネだけはしないで下さいね?

 元からマジメで律儀な性格のルシフェルだ。
 その申し出に同意して以来―――

「その……欲求不満が溜まっているらしくて」

「……」
 欲求不満。
 その意味は、さすがに日菜子にもわかる。
 わかってしまう。
 だから、
「あの……殿下?どうしたらいいと思います?」
 そんなこと聞かれても困る。

「知りませんっ!」
 日菜子は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そんなところまでシンパシーを感じさせないで下さいっ!」
「え?えっ?」
「わ、私だって!」
 日菜子は両手で水瀬の顔に触れると、その唇を重ねた。
「―――んっ」
 水瀬が驚いたほど深く、長いキスに、脳天がしびれそうになる。
 水瀬から唇を離した日菜子は、泣きそうな顔で言った。
「私だって、いろいろ……そのっ!」
「えっ?」
「えっ!?じゃなくてもうっ!」
 日菜子はじれたように言った。

「私だって、今、お尻に何が当たっているか位、わかりますっ!」

「―――っっ!!」
 今度は水瀬が赤面する番だった。
 たまらず天井を仰ぎ見てしまう。

「……」
「……」
「……反省、しましたか?」
「……はい」
「よろしい♪」
 日菜子は言った。
「もう少し……こっち方面は……その……待って下さいね」
「……舞ちゃんの件と、どっちが先ですか?」
「答えは一つです」
 日菜子は言った。
「あなたの甲斐性次第です」
「……女の子のじゃなくてですか?」
「……」
 日菜子は、じっ。と、自分の好きな相手を見つめた。
 どうしてこうも鈍いのか、理由が分からない。
 落胆するより呆れるしかない。
「水瀬?」
「はい?」
「今回の件、一番、辛いのは、誰だと思っていますか?」
「……」
 うーんっ。と水瀬は唸った後、自分を指さした。


 で、殿下っ!?

 おしおきですっ!


 室内に、そんな声が響いた。



 ●翌日 明光学園
「成る程?」
 放課後、水瀬は美奈子に舞のことを話した。
「好きな人との思い出が欲しかったのね。舞さんは」
「思い出?」
「そう。だって、もう二度と出会うことも出来るかわからない。もう一度、再会しても、その時、好きで居続けているかわからない。なら、今、この瞬間、自分が博雅君を好きだったんだって、後でいつでも思い出せる思い出があってもいいでしょう?」
「……そういうものなの?」
「私も、経験があるから」
 美奈子は遠くを見つめるように、窓の外に視線を向けた。
「博雅君、良いコトしたし、ルシフェルさんにもいい刺激になったんじゃない?」
「ふぅん?」
 水瀬は、思い出したように手を叩いた。
「それで、ある人にね?」
「うん」
「これを桜井さんに見せて反省させてもらってこいって言われて?」
「反省させて……もらう?」
 美奈子は首を傾げた。
「それ、日本語ヘン」
「そう思うけど―――これ」
 水瀬は、そう言って、襟元を美奈子に見せた。
 それは一種の内出血。
 日菜子が水瀬の首筋につけた口づけの跡。
 俗に言うキスマークだ。
「……」

 ピシッ
 凍り付いた空気に、水瀬は、よくわからないけど地雷を踏んだことだけは自覚した。

 そして―――


 ●夜 宮中
「水瀬は?」
「本日は入院です。集中治療室から出られません」
「……少し、やりすぎたかしら?」
 日菜子はタマの背中を撫でながら呟いた。
「女心に鈍いからです……天罰ですよね?タマ?」
 ニャア。
 タマのその泣き声に、日菜子は嬉しそうに頷くだけだった。






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最終更新日  2009.02.21 21:06:41
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