月夜茶会

月夜茶会

2009.08.12
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 水瀬の携帯が鳴ったのは、水瀬が公園の水で夕飯を済ませた所だった。
 電話の相手は父、由忠だった。
「何か用?」
 卒業まで女装の刑に処された息子に(父親として当然)腹を立てた由忠によってまたも家を勘当された水瀬の声はかなりとげとげしい。
「用があるからかけている」
 対して、話題になるとすれば不祥事ばかりの一人息子にいい加減、頭に来ている由忠の声もまた、決して友好的ではない。
「……もうちょっと」
 水瀬は公園の端に生えていたナツメの実をかじりながら言った。
「他の言い方が出来ないの?」

 由忠は噛んで含めるような口調で言った。
「用がなければ、この世に必要のない生ゴミ相手に電話をかける程、私はヒマではない」
「……お父さん」
 水瀬はわき上がってくる怒気を必死に押さえながら言った。
「あなたとは、どうしてもいっぺんサシで白黒を……!!」
 傍から聞いていれば、一体、血の繋がった親子が電話一本でどうしたらここまで話がこじれるか不思議なほどだ。
 水瀬としては不本意だろうが、こういう時、世間の荒波にもまれてきた由忠の方が、上手だ。
「お前の知り合いに、探偵がいたな」
 完全に無視だ。
「紹介するつもりはないからね」
「何故」

「そして、お前は変装が得意だったな―――特に女装が」
 無視されっぱなしの水瀬はしぶしぶ頷いた。
「……否定はしない」
「お前と、その探偵に仕事を頼みたい。報酬は―――」

●桜井美奈子の自宅

 放課後、美奈子の家を訪ねた水瀬に、美奈子の母が言った。
「美奈子も、名探偵なんて言われて、いい気になっていると思うの」
「はぁ」
 母親の横に座る美奈子は、水瀬の持ってきたケーキにかぶりつく葉子の世話に追われている。
「大体、泊まりがけで同い年の男の子と……でしょう?」
 水瀬にも、美奈子の母が心配していることはわかる。
 探偵としての仕事。
 しかも、年頃の男と泊まりがけ。

 年頃の娘に間違いがあっては困る。

 しかし、水瀬も引き受けた以上、ここで引き下がる訳にはいかない。
「報酬は十分に」
「あのね水瀬君」
 美奈子の母は、まるで水瀬の言葉を遮るように言った。
「おばさんが言いたいのは、お金じゃなくて」
「―――華雅女付属小の推薦特別枠が」
「美奈子?」
 美奈子の母は静かに言った。
「葉子のためにも、しっかり頑張ってくるのよ?」

●国鉄 某路線特急列車車内
「……どうせ」
 目的地に向かう電車の中、美奈子はふてくされたように頬杖をついた。
「私ゃ、デキが悪い娘ですよだ」
「まぁ、そう怒らないで」
 水瀬は笑いながら美奈子に駅弁を手渡した。
「おばさん納得させるには、葉子ちゃんは最高のネタなんだから」
「―――まぁ、そりゃそうなんだけどさ?」
 駅弁の包みを開きながら、美奈子はそれでも納得出来ない。という顔だ。
「娘の貞操心配しておいて、葉子の進学ちらつかされた途端、掌返すって親としてどうなのよ」
「……息子が公園の水道水飲んで暮らしてるの、無視出来る親よりマシだよ」
「……それはそれで悲惨よね」

 ガランとした車内にレールの音が響く車内。
 美奈子の周囲には、水瀬が買い込んだ駅弁の空箱が2、3個転がっていた。
「ようするにね?」
 水瀬はことの顛末を話した。
 目的地はN県のA市。
 この一角にS山という山があり、その麓には湖がある。
 この湖周辺は鬱蒼とした森が広がっており、濃い霧が年中立ちこめることから、様々な伝説が語られている。
 ここで迷ったら生きて帰ることが出来ないという伝説から、「不帰(かえらず)の森」や、深い霧から「霧の森」と呼ぶむきもあるが、そんな神秘性が特に女性に受けて、観光地としてゆっくりだが人気のスポットになりつつある。
 そんな所だ。

 そこで先日、宮内省の女性職員が行方不明になった。

 宮内省の宝石管理部門担当者で、宝石を一つ盗み出したこと後、その潜伏先としてこのS山付近を選んだらしく、東京駅から、今、水瀬達が乗っている電車に乗ったことは警察も確認している。
 「不帰(かえらず)の森」にたどり着いた彼女は、近くの小さな宿屋に宿泊し、翌朝にはチェックアウト。その後、行方をくらませた。

 ―――失踪、と呼んでいいよ。
 水瀬は説明をそこで切り上げた。

「目撃者がそこまではっきりしているなら」
 話を聞いた美奈子は首を傾げた。
「どこかに逃げたんじゃない?」
「S山は交通の便からすれば行き止まり。道は狭い山道が一本しかないし、交通量は恐ろしく少ない。徒歩でだったら一発でバレる。というか、道は事故でその日一日通行止めだったから、彼女が逃げられたとしたら、S湖駅からの鈍行一本だけ」
「……それで目撃されていない?山の中歩いて他の道に出た?」
「他の道はないよ。原生林に近くて、クマが群れでいる山の中歩いて30キロ以上歩かないとね。ちなみに彼女の失踪当時の服装はパンプスだよ」
 パンプスで熊がいる山の中を歩く自身は美奈子にもなかった。
「でね?目撃者はいるんだよ」
 水瀬は言った。
「森の中で見たって人が」
「ほら」
「森の中に湖があるって話しはしたよね?その湖を見に来たっていう観光旅行中の老夫婦」
「……帰(かえらず)の森に?」
「呼び名は、森の奧にあった温泉に人を近づけないための方便みたいなものだよ。
 今では、霧の森って名前のほうがポピュラーだけどね」
「ふぅん?」
「話を戻すね?この人は宿をチェックアウトした後、湖に向かっている。
 理由は不明。
 天気は濃霧。
 直後に同じ宿をチェックアウトした老夫婦が、湖見物のために、彼女の少し後ろを歩いていたんだ。だけど湖に近づいたあたりで、二人がちょっと目を離した途端、目の前を歩いていた彼女の姿が―――消えた。というんだ」
「霧のせいじゃない?」
 美奈子は答えた。
「霧に視界を妨げられて、急に曲がったりしたら消えたように見える」
「……その老夫婦も徹底的に調べられたけど、リタイアした大学教授夫婦で、疑うべきモノはなにも見つかってない。ウソを言っても意味がない。それに、お父さんも宝石を持ち逃げした程度にしか考えていなかったんだけど」
 水瀬は車内販売で買った冷凍ミカンに手をつけた。
「……これ、おいしいんだよね」
「一個ちょうだい?……で」
「調べてみたら、ここ2年の間に、あの湖で3人の女性が行方不明になっていることがわかった。しかも、全員、死体が見つかっていない」
「3人も?」
「年齢も職業も何もかも違う……単なる偶然と判断されることかもしれない。共通するのは、全員が女性の一人旅で、同じ宿屋に泊まっていたことだけ。
 お父さんは、この連続失踪に何かひっかかるものを感じた。
 そこで美奈子ちゃんに白羽の矢を立てた」
「……旅行者のフリして湖にむかって」
 美奈子は冷凍ミカンの冷たい食感を楽しみながら言った。
「もし、犯罪絡みなら犯人を誘いだす。目的はその職員を助け出すこと」
 ……違う?と、小首を傾げた美奈子に、水瀬はもう一個、ミカンの皮を剥きながら言った。
「お父さんは、女性職員の生命について、それほど楽観的な意見はもっていないよ」
「……」
「最悪、宝石の所在を確認すること。そして本当に事件なら、犯人を確保して警察に突き出す」
「……」
「それで葉子ちゃんは、華雅女子学園付属小学校の特別推薦枠を手に入れて、桜井さんはバイト代が手に入る」
「……いいのか悪いのか」


 目的地までは葉月駅から電車を3つ乗り継ぎ、バスで30分の田舎だ。
 無人駅のペンキが剥げかけた改札口を出ると、高い山々の麓、鬱蒼と茂る木々から滲み出るような冷気と、冷気が形になったような霧が美奈子達を出迎えた。
 人気がまるでない。
「平日ならこんなものだよ」
 水瀬はそう言いながら、美奈子に包みを手渡した。
「いい?桜井さんは今年19歳。帝都大学法学部の一年生。これが学生証。万一、学校に問い合わせが行っても、学生だと認めてもらえるよう、手はずが整っている」
「―――で?」
「宿のこと?おすすめはローストビーフだって」
「へぇ?」
「昔は主人と一人娘で経営していたけど、2年前に娘が死亡。ご主人はかなり落ち込んだ後、近頃は立ち直って宿の経営に専念している」
「ご主人の周囲の評判は?」
「元々人当たりの良さで定評のあった人で、気さくにおいしいハーブ茶をふるまってくれるって、近所の奥様方の評判も上々」
「―――ふぅん?」
「……どうしたの?」
「事件が起きた時期と娘さんが亡くなった時期が一致するのは偶然かな?」
「……へ?」
「ま、いいわ」
 美奈子はリュックを背負った。
「お腹空いたし」
「……駅弁、いくつ食べたの?」

 問題の宿は、駅から徒歩で15分程。
 白樺の林の中に建つ手入れの行き届いた白いペンション。
 部屋毎に作られた切り妻屋根が、女の子としての感覚からすればお洒落な部類に入る。

「これ……か」
 謎の事件が起きている以上、その外見がどうであれ、美奈子はさすがに緊張してしまう。
「水瀬君は?」
「僕は泊まらないよ?」
「―――へ?」
「外で待機している」
「で、でも」
「二人連れじゃ、犯人が動かない可能性がある。安心して?全員、ペンションからは生きてチェックアウトしている
「……成る程?」
 クンッ
 美奈子が、“それ”に気づいたのは、その時だ。
 クンクン
 美奈子は鼻を鳴らした。
「どうしたの?」
「……ううん?気のせい」
 美奈子は首を振った。

 ―――何だか、いい香りがしたんだけど。

 美奈子は、ペンションのドアを開けた。





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最終更新日  2009.08.12 18:21:33
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