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私の住んでいたウブドの近くにもライステラスがあるが、隣のタバナン県はバリ有数の米作地帯だ、タバナンはわりと平坦な土地だが、ちょっと奥に入るとライステラスが見られる。ウブド近くのライステラスは、急斜面で狭い。それに比べてタバナンのライステラスは広い。バリでは米は年に二回収穫される。広い田んぼであれば、田植えをしている横で稲刈りをしていると言うような、日本では見られない光景にでくわす。田んぼを見ていると何故か心が落ち着く。今日はここまで。
2005.03.30
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隣町に行き、喉が渇いたので目に付いたワルンでコピバリでも飲もうと車を道端に停めたら、道の反対側に居たおじさんが、「そこにはとめるな」と言ってきた。別に交通の邪魔にもならないし、他にも停めている車はあるのにとおもい「なんでここはだめなの?」と少々不満顔で聞くとおじさんはだまって、上を指差した。車の窓から上を見ると。納得。車の上には今にも落ちてきそうな椰子の実があった。あの実が落ちてくれば我がスーパーおんぼろジムニーの屋根は確実に穴があき、へたをすれば今でも穴があいている車の床の穴がさらに大きくなっていたかもしれない。おじさんは親切で言ってくれたのだ。おじさんにお礼を言って私は別の場所に車を移動した。まさか日本では椰子の実が落ちてくることなど心配しないからなー。今日はここまで。
2005.03.29
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私はよくバリ人に間違われた。はっきり言って私はジグロである。それにとても日に焼けやすい。何日と言う単位ではなく、数時間と言う単位であっという間に日焼けする。そして最近は少なくなってきたが、バリの男性は口ひげをはやしている。私も口ひげを生やしていたので、ますます間違われた。一番言われたのが、目がバリ人と同じだと言われた。と言うわけで、時々バリの人からバリ語で話し掛けられる。普段バリの人はバリ語で話しているので、私がバリ語はわからないとインドネシア語で答えると、今度はインドネシア語で、インドネシアのどこから来たのかと聞かれる始末である。きっと私のご先祖様は、インドネシアあたりから来たものと思われる。今日はここまで。
2005.03.27
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コマン家の次男坊。私達が一番多く接したバリ人ではなかろうか?。なにしろまだ3歳だったので、しょっちゅう家に遊びに来ていて、ご飯やお菓子を食べていくは、悪戯をしていくはと、とてもやんちゃな子でした。カデは兄貴と違って、バリの音楽や踊りが好きで、私たちの前でも踊りを踊ってくれたり、とても楽しかったです。今は幼稚園に通っているそうです。カデにもいろいろバリの事を教わることがありました。バリではインドネシア語は小学校から勉強するので、カデはバリ語しかわからないはずですが、兄貴のせいとテレビからの影響でしょうか、結構インドネシア語も通じました。と言うよりも、私たちのインドネシア語が3歳児なみだったからかもしれません。カデにも早く会いたいです。
2005.03.27
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コマンさん家の長男。もうすぐ中学2年生(7月が、新学期)。私がバリに居たころはまだ小学生だったが、日本で言う今時の小学生で、おしゃれにも興味を持ち、勉強よりは友達と遊んでいることのほうが多かった。勉強はいまいちのようだったが、宗教の成績は良いようだった。(自分で自慢していた。)暇な時は私の良き遊び相手であり、バリ語やインドネシア語も教えてもらった。今どのぐらい成長したのだろうか?早く会ってみたい。今日はここまで。
2005.03.26
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コマンさんの奥さん。クトゥさんにも大変お世話になりました。バリの料理も教えてもらいましたし、市場でどの店の物が良いかなども教えてもらいました。とても働き者で、典型的なバリの女性と言う感じです。
2005.03.26
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(写真はこれから書くコマンさんです)ここで、隣に住んでいたコマンさんをご紹介します。コマンさんはウブド内のホテルで働いています。私たちがバリで一番お世話になった人です。色々バリの事を教えてくれたし、何かあると相談したり、そこでお礼を言うとあなたたちは家族なのだから、なにも遠慮はいらないと言ってくれました。とても感激しました。コマンさんだけでなく、奥さんのクトゥさん長男プトゥ次男カデみんな家族同様でした。コマンさんはクルンクンの生まれで、兄弟はコマンさんを入れて7人兄弟。私たちも全員の兄弟と会っています。次回もコマンさんについて書いていきます。(コマンさん無断で写真を掲載してごめんなさい。でもどこかの旅行会社のポスターにしたいぐらいかっこいいでしょう。)今日はここまで。
2005.03.21
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ケッチャックダンスは何回も見たが一番印象に残っているのが、ウルワトゥ寺院の東側で見たケッチャックだ。ここは崖の上の屋外ステージでしかも夕暮れ時から始まるので、雰囲気が抜群によい。まだ日があるころからはじまり、丁度クライマックスあたりに夕焼けが空いっぱいに広がるので、なんとも言えない幻想的な気分になる。みんなケチャと歌っているように聞こえるが、実は同じように聞こえる中に5種類ぐらいのリズムがあり、さらに3パターンぐらいに分かれているらしい、なので非常に複雑な響きとして聞こえる。色々なグループがあり、それぞれやはりうまいへたがある。人数が多ければ迫力があるかと言うとそうでもなく、個人の技量とグループのまとまり、そしてオーケストラで言えば識者のような役割の人がいて、この人の掛け声で決まってくるように思う。今日はここまで。
2005.03.18
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隣町に行こうとして車を走らせていると、前を走っているバイクのナンバープレートがなにかおかしい。近ずいてよく見てみるとなんとナンバープレートがダンボールでできている。そこにマジックで手書きのナンバーが書かれているではないか。ないよりはましだと取り付けたのかもしれないが、明らかに違法であることは間違いない。その他写真にあるように手造りと思われるサイドカー。後ろから見ていると非常に不安定だし。バリの道がけっこうでこぼこなのを考えると乗っている方も怖いと思う。女性たちもバイクに乗っているが、あるおばさん等は、頭に荷物を入れたたらいを乗っけていて、しかも左手でお菓子を食べながら運転していた。当然ヘルメットはかぶっていない。まるで曲芸のようだ。ここまでくると多少の事では驚かなくなってくる。慣れとは恐ろしい。今日はここまで。
2005.03.17
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わが愛車ジムニーはおんぼろながらもよく走ってくれました。そして、色々な所に行ったのですが、バリの詳しい道路地図と言う物が見つからないのです。おおまかな主要道路しか載っている地図しかなく、あとは地元の人に聞くか、自分の勘で運転しなければならないのです。それでもけっこう目的地には着くものです。しかし時々目的地と外れてしまうことがありますが、そこですばらしい風景にであったり、人々とのふれあいが有り、おもしろいものです。写真の場所もそのひとつで、海が眺められるレストランなのですが、お客さんは誰もいませんでした。私たちだけの貸しきり状態です。食事もまあまあでしたし、なにしろ海がきれいでその景色だけで十分と言う感じでした。バリにはまだまだ知られていないすばらしい場所がたくさん有ると思います。今日はここまで。
2005.03.16
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以前バリのコーヒーについて書きましたが、今回は紅茶についてです。スーパー等で一般的に売られていて有名なのが(サリワンギ)と言うティーバッグの物ですが、これははっきり言ってあまり味がありません。その他様々なフルーツ味の紅茶も売られいます。又ボトルで売られているものもあります。私が一番気に入ったのが店でだされる紅茶。と言ってもこれも紅茶というよりは、濃い麦茶と言う感じです。そしてコーヒーと同じようにやはり甘いのです。でもこれがおいしい。しかも安い。私の飲んだ中で一番安かった値段はなんと500ルピア日本円で約7円ぐらいでした。皆さんもバリは行った時に是非飲んでみてください。今日はここまで。
2005.03.15
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昨日、日本テレビで放映されていた(伊豆&バリの物件)と言う番組を見ていて、バリの物件の一番最初に紹介された家を、実は訪れた事があるのです。特にその家を見に行った訳ではないのですが、海を見たいと思い、まだ行った事の無い場所と言う事で行ってみました。場所は確かタバナンというところの近くの海でした。その海も大変きれいで、それこそひとっこひとりいない砂浜で、まさにプライベートビーチです。その帰りに偶然目にした昨日の家に寄ってみたのです。特に新しい家は探していなかったのですが、バリを散策している時にこれはと思うこのような家に寄り、中を見るのが楽しみになっていました。大抵は気さくに見せてくれますが、残念ながらこの時は応対にでてくれた人が、中に入る鍵を今持ってないので見ることができないと言われ、しぶしぶ諦めましたが、昨日のテレビを見て、びっくりしました。本当に入り口からは中があのようになっているとは想像もつきませんでした。バリで様々な家やホテルを見てきましたが、本当に見るだけで幸せな気分に浸れます。今日はここまで。
2005.03.06
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ある日隣のマス村に行ったとき、おじさんが道端でサテを焼いていた。普通は屋台や店で焼いているのだが、そのおじさんは道端にサテを焼く道具を一式ならべて焼いていた。かたわらのかなだらいをのぞくと、なにやら茶色い液体状のたれの中に焼く前のサテが、並べてある。見るからにあぶない。しかし、焼いている匂いはとてもおいしそうだ。肉は山羊ではなさそうだ。大きさも普通は小指の先ぐらいの肉が串に指してあるのだが、このサテの肉はその三倍ぐらいある。とりあえずこの肉は何の肉?と聞いてみたが、おじさんはニヤと笑うだけで答えてくれない。まわりで見物していた人にも聞いてみたが、皆ニヤニヤしているだけだ。意を決して5000ルピア分ちょうだいと言うと。5本包んでくれた。車に戻り一本食べてみた。おいしい。しかしやはり山羊ではない。鳥でもない。豚とも少し違うようだ。牛?違う。うーん。そういえばシガラジャの方(バリの北側)の人たちは犬を食べると言う事を聞いたことがある。今もってあれは何の肉かわからない。でも本当においしかった。きょうはここまで。(写真のサテは本文中のサテではありません)
2005.03.05
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サテとは?日本でいう串焼きのようなものである。ただし、肉だけである。肉は日本だと焼き鳥のように鳥がポピュラーだが、バリでは山羊の肉が一般的だ。その他の肉は鳥もあるし、豚もあるが、数は少ない。これに甘辛いピーナッツソースをつけて食べる。それともう一つはつくねのようにして食べるが、これは最初から香辛料が肉に練りこんであるのでそのまま食べる。どちらもおいしい。値段は10本で5000ルピアぐらいだ。が、ある日時々サテを買いに行っていた店に行ってみると、いつものおじさんはいなくて、二十歳ぐらいのおねーちゃんが店番をしていた。いつものように5000ルピア分ちょうだいと言うと、30本包んでくれた。間違いじゃないのと言おうとしたが、10本に減らされるかもしれないのでそのまま帰ってきた。試しに又おじさんが居るときに買うと5000ルピアで10本。おねーちゃんの時は30本なのである。よくその前を通るので、観察していると、午後の2時ぐらいまではおじさんで、その後はおねーちゃんに代わるようだ。当然私はその時間帯を狙って買いに行くようになった。今日はここまで。
2005.03.04
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バリにも公衆電話がある。日本と同じように、コインとテレフォンカードが使えるようになっている。コインは100ルピアを入れるようになっているが、100ルピアでも2種類あり、日本の500円コインぐらいの大きさと重さの100ルピアと最近出てきたアルミ製の100ルピアが有り、公衆電話では500円コインと同じような100ルピアしか使えない。カード式の公衆電話で使うカードは日本のテレカと比べると厚みがあり、キャッシュカードと似ている。ある日市場前の公衆電話から電話をかけようとして、テレカを入れたのだが、なかなか入らない。何回か押し込んでいると、なんとその入り口から小さな蟻が出てきた、それこそあふれ出るように何百匹と出てきたのである。どうやら公衆電話の中は蟻の巣になっていたようだ。驚くやら、あきれるやらでその場を立ち去った。今日はここまで。
2005.03.03
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庶民の足と言えばなんと言ってもバイクだ。しかしこれが結構高い。新車であれば日本とそんなに変わらない値段だ。大体12万から15万ぐらいする。それを60回ローンぐらいで手に入れるのだから大変だ。その為か、とにかくふる活用する。二人乗りはあたりまえで、最高5人乗りを見た。おとな二人と子供3人。よく運転できるなーと感心する。その他人間だけではなく、にわとりも後ろの二台に何羽もくくりつけているし、子豚なども籠に入れて運んでいる。荷物も、もうこれ以上つめないと思うほど積んでいる。おまけに、ちょっと街の中心部から離れると、どう見ても小学生と思しき子供も乗り回している。ここには交通法規はないのかとさえ思う。しかしちゃんと法律はあり、ヘルメットはかぶらなければいけないし、(ただし、セレモニーに行く時の服装の場合は免除されている)免許が無ければ当然乗れないので、子供は運転できない。とにかくバイクは庶民の味方だ。これだけ活用できれば十分もとは取れる。今日はここまで。
2005.03.01
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