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私と免色は、音が聞こえてくる石の塚へと歩を進めた。 やはり、誰かが石の下で鈴らしきものを鳴らしているようだ。 家に戻ってから、免色はこれと同じような出来事を本で読んだことがあるという。 それは上田秋成の『春雨物語』。 その中の『二世の縁』について、免色は語り始める。 その話の中で、主人公である豪農の息子が、夜中に一人で本を読んでいるとき、 庭の隅の石の下から、鉦(かね)のような音が聞こえてくるのを耳にする。 人を使いそこを掘らすと、石の蓋をした棺の中に肉体を失い瘦せこけた人がいた。それは、永遠の悟りを開くため生きたまま棺に入り、埋葬された僧らしい。免色が持っていたその本を私は譲り受け、話の続きを読むことになる。そして、彼は私に、不思議な体験をよくするのかと尋ねてくる。私は、こんな体験は初めてだが、あなたはどうなのかと尋ね返す。 「私自身は、何度か奇妙な体験をしたことはあります。 常識ではちょっと考えられないことを見聞きしたことはあります。 しかしここまで奇妙な出来事は初めてだ」(p.231)翌日、私は雨田政彦に電話をかけて事情を説明し、石の塚の下がどうなっているか調べることについて、許可を得たのだった。 ***オペラの次は、日本の古典。今回は、色んな題材がふんだんに取り込まれたお話ですね。「第1部 顕れるイデア編」の中間地点まで、あとわずか。少し違った風景が見え始めそうです。
2017.03.01
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「あなたには子供がいますか?」 免色が唐突に私に尋ねてきた。 まだそれほど親密ではない私に、そんな込み入った質問を…… それは、結婚したことのない彼に、自分の子供がいるかもしれないからだった。 今から15年ほど前、免色が三十代後半の頃、 彼は、二十代後半の美しい女性と親しく交際をしていたという。 しかし、彼には誰とも結婚するつもりがなく、 彼女にもそのように伝えていた。彼女は29歳になった1週間後、免色の職場を訪ねる。そこで彼を驚かすような情欲を示し、二人は激しい情交へと至った。それが、免色が彼女に出会った最後の日となり、その2か月後、彼女は知らない男と結婚したという。結婚式の7か月後に、彼女は女の子を出産する。そして免色は、その子が自分の子供かもしれないと言う。 「でも確証はない」と私は言った。 「ええ、もちろん確証はありません。 それは今のところただの仮説にすぎません。 しかし、根拠のようなものはあります」(p.216)7年前、彼女はスズメバチに刺されて死んでしまう。その死後しばらくして、彼女からの手紙が免色に届くことになる。聞き覚えのない法律事務所から、内容証明付きで。その内容は、あの女の子が免色の子供であることを示唆するものだった。気が付くと、虫の声はすっかり消えていた。時計の針は、1:40過ぎを指し示していた。 ***なかなか濃密なお話で、結構刺激的な節でした。免色の娘(と思われる)『まりえ』は、地元の公立中学校の1年生。彼女は、これからお話に絡んでくるのか来ないのか……今のところ、全く予想がつきません。
2017.02.28
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午後1時ぴったりに免色が現れた。 私は彼をモデルにして、荒い下絵を描き上げた。 「絵に描かれていると思うと、なんだか自分の中身を 少しずつ削り取られているような気がしますね」 「削り取られたのではなく、 その分が別の場所に移植されたのだと考えるのが、 芸術における公式的な見解です」と私は言った。 「より永続的な場所に移植されたということですか?」 「もちろん、それが 芸術作品と呼ばれる資格を持つものであればということですが」 「たとえばファン・ゴッホの絵の中に生き続ける、 あの名もなき郵便配達夫のように?」(p.197)その後、私はあの鈴の音のことについて彼に相談する。免色は、今夜12時半に再びこの家に来てくれると言う。少しばかり思い当たることがあるとも。そして、12時半少し前、ジャガーが家の前にとまった。 ***この節では、「私」が料理をしているシーンが登場します。これも、村上さんの作品ではお馴染みの光景。「私」は、週に一度、まとめて料理の下ごしらえをするのですが、作ったものは冷蔵したり冷凍したりして、それで一週間を過ごします。その日の夕食は、ソーセージとキャベツを茹でたものにマカロニを投入し、さらに、トマトとアボカドとたまねぎのサラダというラインナップ。その際、アルコールを口にすることはなかった様子。一人暮らしでも、ちゃんと食事を楽しんでいますね。
2017.02.27
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1:45、目が覚めると、あまりにも深い静寂。 秋の夜にもかかわらず、虫の声さえ聞こえてこない しかし、その中で気付いた鈴を鳴らすような音。 私は、その音の源を求め、雑木林を抜けて小さな祠のある場所へ。 祠のまわりは開けていたから、 月光がそこにあるすべてをきれいに照らしていた。(p.186)祠の裏に回り、背の高いススキの茂みをかき分けていくと、奥に方形の石が12~13個無造作に積み重ねられた小さな塚があった。音は、その石と石の隙間から漏れ聞こえてくる。私は、急に得体のしれない恐怖を感じ、家に戻ったのだった。翌朝、10:00前に祠に行ってみると、もう音は聞こえなかった。昼食後、スタジオで免色氏の肖像画にとりかかる。鉛筆もスケッチブックも使わず、絵の具と絵筆を用意して、直接キャンバスに向かい、シンプルな構図を描いた。その夜、また同じ時刻に目が覚めた。テラスで小糠雨に濡れながら、鈴の音に耳を澄ませる。家の中に戻って、読みかけの本のページを繰ってみたが、その内容はなかなか頭に入らなかった。 私はそれを聴かないわけにはいかないのだ。 なぜなら、それは私に向けて鳴らされている音だからだ。 私にはそのことがわかっていた。 そしてその音は、私がそれについて何か手を打たない限り、 おそらくいつまでも鳴り止まないだろう。(p.193) ***「私」は、何らかの行動を起こすための相談相手に免色氏を思い浮かべます。雨田政彦でも、人妻の彼女でもないんですね。今日の読書は、ここまで。明日からは、少しずつ読み進めていきます。
2017.02.26
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私が15歳の高校生のとき、12歳で中学1年生の妹が亡くなった。 生まれつき心臓に問題があったが、あまりにも突然の死だった。 彼女の死後、私は熱心に彼女の絵を描き続けた。 自分の記憶の中にある彼女の顔を忘れないために。 美大に入ってから、描きたいと思うのは抽象画になった。 卒業後は、生活のため肖像画を描かざるを得なくなった。 そして今、免色渉の依頼で、彼の肖像画を描こうとしている。 が、それすら描けなくなっている……私は空っぽになっているみたいだ。 僕らは高く繁った緑の草をかき分けて、 言葉もなく彼女に会いに行くべきなのだ。 私は脈絡もなくそう思った。 もし本当にそうできたら、どんなに素敵だろう。(p.179) 人妻の恋人が、免色の情報を持ってきてくれた。彼の家には、『青髭公の城』みたいに『開かずの部屋』があるという。 ***今度はバルトーク。『青ひげ公の城』も、私は観たことがないのですが、このお話に関係のありそうな内容だと思います。「9.お互いのかけらを交換し合う」に出てきた『薔薇の騎士』はDVDを持ってます。
2017.02.26
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肖像画のモデルとなるべく、免色が再びやって来た。 そして、自身を目の前にして肖像画を描いてもらう理由を語り始める。 それは、ただ絵に描かれるだけではなく、 それをひとつの交流として体験してみたかったからだと。 「お互いの一部を交換し合うということです」と免色は説明した。 「私は私の何かを差し出し、あなたはあなたの何かを差し出す。 もちろんそれが大事なものである必要はありません。 簡単なもの、しるしみたいなものでいいんです」(p.150)『薔薇の騎士』が流れるスタジオで、私はスケッチを始める。異なる角度から、デッサンを何枚も仕上げていったが、自分で納得のいくものが、どうしても描けない私。表面的で、奥行きに欠けるものばかり。私は、免色に彼自身についての情報をもう少し提供してほしいと頼む。彼は、フルネーム、連絡先、出身地、年齢、職業、家族等々について教えてくれた。その後、日本画の定義や自己と他者の関係についても語り合った。それでも、私は彼の存在の中心にあるものが把握できないままだった。 ***「私」の中で、免色はまだ謎の存在です。彼の奥底に秘められたもの、それは一体何なのでしょう?
2017.02.26
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雨田政彦に電話をかけた際、免色について聞いてみた。 彼は、調べたことを教えてくれたが、それはごくわずかなものだった。 免色は、色んな情報を効率よく手に入れるのが仕事の一部だと言っていたが、 情報を都合よく消しているのだろうか? 「偽装した祝福。かたちを変えた祝福。 一見不幸そうに見えて実は喜ばしいもの、という言い回しだよ。 Blessing in disuguise。 で、もちろん世の中にはその逆のものもちゃんとあるはずだ。 理論的には」(p.142)雅彦は「よくよく気をつけた方がいい」と、私に忠告してくれた。そして、付き合っている人妻にも、免田のことを聞いてみた。「インターネットはジャングルではうまく働かない」。「ジャングルにはジャングルの通信網がある」と彼女は言った。 ***この後、「私」は後戻りできない状況に引きずり込まれていくようです。でも、それがどんなものなのかは、まだ予想すらできません。そうそう、「免色」で検索かけてみると、「免色 苗字」「免色渉」「免色 宮崎駿」「免色さん」「免色 香川県」「免色 渉」「免色 香川」と、今、現実社会では、たくさんの候補が並ぶ状況になっています。もちろん、それらの中身を見ることはしませんでしたが。
2017.02.26
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肖像画の依頼人がジャガーに乗ってやって来た。 白髪の男性は、免色(メンシキ)と名乗った。 「あまりない名前です。 うちの親族を別にすれば、ほとんど見かけません。」 「でも覚えやすい」 「そのとおりです。覚えやすい名前です。良くも悪くも」(p.118)免色は、谷間を隔てた向かい側、山上の瀟洒な邸宅に住んでいた。彼は、私の絵に本物のパーソナリティーとでも呼ぶべきものが潜んでいるという。それは、描かれた人のものであり、私のものでもあるという。その二つのものが混じり合い、精妙に絡み合っているのだと。免色は『ドン・ジョバンニ』を好み、プラハの小さな歌劇場で聴いたものが心に残っているという。そして、今回は肖像画と言う制約を意識せず、自由に描いてほしいという。私は、彼の中にひっそりと隠されているものがあると感じた。 ***今度はプラハ。しかも、共産党政権が倒れて間もなくの頃。ビロード革命。免色は、その日々をどこでどのように過ごしていたのだろうか。
2017.02.26
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エージェントから久しぶりの電話。 名指しで肖像画の依頼があったという。 報酬は申し分ない。 しかし、描く相手はわからないという。 性別も年齢も名前も、何も聞いていません。 今のところは純粋に顔のない依頼人です。(p.110)最初、躊躇していた私だったが、結局、その依頼を受けることにしたのだった。 ***この依頼人が、「プロローグ」の「顔のない男」であり、「4.遠くから見ればおおかたのものごとは美しく見える」の「谷間を隔てた山頂に住む謎の隣人」であることは、容易に想像がつきます。いよいよ、お話が動き始めましたね。
2017.02.26
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夜中、寝室の屋根裏から聞こえてくる小さな物音。 私は、客用寝室でそこへの入口を見つけると、薄暗い空間へと入り込む。 そこの梁の上では、みみずくが眠っていた。 そして、入口のわきには包装された絵画が。 屋根裏からスタジオへと運び出し、 何日かの逡巡の後、『騎士団長殺し』を包んでいた和紙と白い布をはがした。 そこには、『ドン・ジョバンニ』をモチーフにした飛鳥時代の光景と、 それを四角い穴の下から覗き込んでいる、細長い顔をした人物が描かれていた。 「ああ、あの人殺しが、私のお父様を殺したのよ。 この血……、この傷……、 顔は既に死の色を浮かべ、 息もこときれ、 手足も冷たい お父様、優しいお父様! 気が遠くなり、 このまま死んでしまいそう」(p.104) ***『1Q84』はヤナーチェクでしたが、今回はモーツァルト。私は、オペラはタイトルを知っていても、実際に見たり聞いたりしたことがない作品がほとんどなので、飛鳥時代の光景が記されていても、全く結びつきませんでした。でも、まぁ、知ってしまえば、確かにウィーン。やっぱり、そこに何かありそうです。そして、天井裏への入口を連想させる、地上に開いた穴・四角いマンホール。いよいよ村上さんらしくなってきましたね。
2017.02.26
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雨田具彦が使用していたスタジオでキャンバスに向かうものの、 何も生み出すことが出来ない日々が続く。 二人目の人妻との情事は、ある種の落ち着きをもたらしてくれたものの、 四十歳までに自分固有の作品世界を確保したいと焦る気持ちは募る一方。 小田原の図書館で、雨田具彦の画集を眺め、 洋画家から日本画家へと転向した、彼の人生の変遷に思いを馳せる。 そして、新しい住処が面する谷間の向かい側に建つ邸宅。 そこに現れる人影が、私の人生に入り込んでくることに。 おそらく生活について思い煩う必要もない境遇にいるのだろう。 しかし逆に向こう側から谷間を隔ててこちらを見れば、 この私だって何も思い煩うことなく、 一人で悠々と日々を送っているように見えるのかもしれない。 遠くから見ればおおかたのものごとは美しく見える。(p.84) ***この後、谷間を隔てた山頂に住む謎の隣人と、雨田具彦の『騎士団長殺し』について語られていくことになります。雨田具彦の存在は、このお話の中で重要な意味を持ってきそうですが、ウィーン滞在期間中に、一体何があったのでしょうか?
2017.02.26
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小田原郊外山頂の新しい住処に移る前、 家に置いたままになっていた身の回りのものを引き上げるため、 私は妻のユズに電話を掛ける。 その時、最初のデートで私がスケッチした彼女の顔が話題に。 彼女は、素晴らしくよく描けていて、 ほんとの自分を見ているような気がする。 鏡で見る自分は、ただの物理的な反射に過ぎないと言う。 電話を終え、私は洗面所で鏡に映る自分を見る。 でもそこに映っている私の顔は、 どこかで二つに枝分かれしてしまった自分の、 仮想的な片割れに過ぎないように見えた。 そこにいるのは、私が選択しなかった方の自分だった。 それは物理的な反射ですらなかった。(p.56)大学時代の友人・雨田政彦のボルボに乗って小田原へ。著名な日本画家である彼の父・具彦が住んでいたのは、人里離れた山の中。肖像画を描くことをやめた私は、雨田政彦の勧めで、週に二日、小田原駅前のカルチャースクールの絵画教室で教え始めたのだった。 ***「鏡」についての部分は、難しいですね。でも、このお話の根幹ともなる部分だと思います。そして、この新しい住処で数カ月過ごした頃に、「私」は、雨田具彦の作品『騎士団長殺し』を見つけるのです。
2017.02.26
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突然突きつけられた妻からの離婚話。 彼女は何日か前にとても生々しい夢を見て、 もうこれ以上、私と一緒に暮らせないと確信したという。 彼女は、他の男とつきあっていた。 私は雨降りを眺めるのをやめて、彼女の顔を見た。 そしてあらためて思った。 六年間同じ屋根の下で暮らしていても、 私はこの女のことをほとんど何も理解していなかったんだと。 人が毎晩のように空の月を見上げていても、 月のことなんて何ひとつ理解していないのと同じように。(p.32)自らが家を去り、プジョー205であてもなく彷徨い続ける。日本海から北海道へ、そして宮城と岩手の県境近くの湯治場へ。ハンドルを握りながらも、ずっと妻のことを考え続ける。出会いの頃、そして結婚生活。一ヶ月半の路上生活を終え、東京へ。そこで、学生時代の友人に電話をかけ、新しい住処が決まった。 ***「みんな月に行ってしまうかもしれない」(p.34)別れ話の際、妻に発した「私」のこの言葉の意味するところは?ガールフレンドの友人だった妻に、心を奪われてしまった理由が、十二歳で死んだ妹の目を思い出させるものだったことに、何か関係があるのでしょうか?
2017.02.26
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妻との結婚生活を解消していた9カ月余り。 結局、それは元の鞘に収まったのだったが……。 その頃、私は美大の同級生の勧めで、 空き家となっていた、彼の父親の持ち家に住んでいた。 その家に住んでいる間、私は二人の女性と肉体関係を持つ。 二人とも、絵画教室の生徒で、人妻だった。 学生時代、私は主に抽象画を描き、それなりに評価されていたのだが、 卒業後は、生活のために肖像画を描くようになった。そして、その肖像画が思いのほか高く評価されるようになり、いつしか肖像画を専門とする画家になっていた。 ***ここも一人称、肖像画家である「私」視点で、お話が語られていきます。「自分のための絵画」を描くことをやめてしまった「私」。「プロローグ」のエピソードが暗示しているのは……
2017.02.25
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予約発注していた『騎士団長殺し』が家に届きました。 待ちに待った『1Q84』以来の本格的長編作品です。 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や 『女のいない男たち』では満たされなかったものが、きっと得られるはず。 せっかくなので、今回は久しぶりに、 じっくりと味わい、想像をめぐらし、楽しみながら、 記録を残しつつ、読み進めていくことにしました。 それでは「第1部 顕れるイデア編」の読書開始です。 ***午睡から目覚めると、向かいのソファに顔のない男が腰かけていた。彼は、肖像画を描いてもらうためにやって来たという。そう、彼とは以前、肖像画を描く約束をした。が、その時は紙の持ちあわせがなく、描けなかったのだ。そこで、その代価として彼にペンギンのお守りを渡した。そのお守りを持って、彼は再び目の前に現れたのだった。そして、スケッチブックに向かったのだが……やはり描けない。彼は、ペンギンのお守りを持って、姿を消した。 ***いきなりの村上ワールド全開。やっぱり、こうでなくちゃいけませんね。
2017.02.25
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初めて手にした姫野さんの著作。 学校を舞台とする「恋愛小説」という予備知識で読み始めたものの、 途中で、これは自分の考えていたものとは、 かなり毛色が違う作品だと気付きました。 こういった類の作品を手にする機会がほとんどなかった私には、 あちこちに散りばめられた、かなり刺激的なシーンに 驚きと戸惑いの連続でした。 でも、これが「恋愛小説」というものなのでしょう。それが、学校を舞台としたものであり、若い男性教師と女子中学生とのお話だから、余計に戸惑いを感じたのかも知れません。昔、『高校教師』というドラマ(真田さんと桜井さんが演じた方です)を見て、「学校という場でも、こういうお話は有りなのか……」と若い男性教師と女子高生とのお話を見て思いましたが、それが、進化(?)して、舞台が中学校になってしまったのが、『ツ、イ、ラ、ク』 。まあ、これは小説の中のお話、と言えばそれまでですが、リアルな世界でも、ひょっとしたら、十数年の時代を経て、女子生徒の置かれている環境や意識・行動に、これぐらいの低年齢化が進んでしまっているのかな?『ツ、イ、ラ、ク』は、主人公である森本隼子の小学2年生から30代半ばまでという、人生において、肉体的にも精神的にも、変化の激しい時期を描いています。そして、学校を舞台にしたためか、登場するキャラクターも結構多い。にもかかわらず、お話は文庫本一冊のボリュームに、おさまっている。そのため、キャラクターの一人一人を、丁寧に描いていくというわけには、当然のことながらいきません。結果、「これって、どんなキャラだったっけ?」と、ページを遡って確認するという作業が、あちこちで必要でした……。これって、私だけ? ところで、「恋愛小説」といえば、私がイメージするのは、渡辺淳一さん(間違っている?)。渡辺さんの作品も、まだ読んだことがないので、そのうち『愛の流刑地』でも、読んでみようかなと思っています。映画もドラマも、いずれも見る機会を逸してしまったので……。『ツ、イ、ラ、ク』よりも、さらに刺激が強いのかな?
2007.04.08
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かつて、小・中学校で同じ時間を過ごした男女のカップルは、 恩師の告別式を機に、それぞれの場所で、それぞれの再会を果たし、 再び、同じ時を過ごす。 駅のホームで、そしてベッドの中で……。 隼子は三ツ矢に、長中の卒業アルバムを捨ててしまったと告げる。 嘘をついているのに耐えられなくなったから、と。 「すみませんでした」と改札ゲート越しに謝る隼子に、 「そら、あのときやったら嘘つくのがあたりまえや」と三ツ矢。 そして、「ありがとう」と隼子。卒業アルバムを捨てても隼子の頭の中のCPUから削除されることの無かった名前、それが、河村礼二郎。教員採用試験合格を捨て、長中を去った男。そんな彼に、現在勤める職場で再会することになるとは……。ストーリーの所々で、途中に挿入される、中学3年生時代から現在に至るまでの隼子のエピソードは、それぞれを、もっと丁寧に描いたならば、それぞれに、十分読み応えがある物語に仕上がりそうなもの。それぞれの時代の隼子を、もっと知りたくなった。
2007.04.07
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19年の月日が流れた。 中学生だった少年・少女たちも、もう立派な大人。 商社マンの妻、高校教師、ラジオのパーソナリティ、美容師、 製菓会社重役、市会議員、市会議員の妻、バーのマダム、中学教師、 そして、自称冒険家等々。 小山内先生のお通夜。 遺影は、五十代の時のもの。 大人たちが、まだ中学生だった頃の写真。 元美術部員が、写真をコピーして葬儀屋さんに送ったもの。第七章は、これまでの章に比べて、とても短い。その細切れな場面転換が、逆に、それぞれの登場人物の時の流れを感じさせる。そして、 恋とは、するものではない。 恋とは、落ちるものだ。 どさっと穴に落ちるようなものだ。から始まる文章に、本作品のタイトル『ツ、イ、ラ、ク』の意味を知る。
2007.03.31
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河村礼一郎の父は、三歳年上の慶子さんと、 二十代の頃から付き合っていた。 が、父は、 部署の先輩から紹介された9歳下の母とも付き合い始める。 そして、母が礼一郎を妊娠したので結婚。 ところが、その後も、父と慶子さんは、 関係が戻ったり離れたりを繰り返す。 それを母が知り、離婚。現在に至る。「九歳下で幼いと思わなかった?」不明瞭な質問の意味を、明瞭に父は悟った~と文中にあるが、実は、息子の言葉の真の意味には気付いていない。だから、「ところで、どうなんだ、学校のほうは?」と聞くことができる。まさか、息子が九歳下の女子中学生と、そんなことになっているとは思いも及ばない。冬休みも終わりかけようとする頃、久しぶりに、隼子がかけた電話に礼一郎が出た。隼子は、マミの姉であるミカさんに頼んで、今晩は、マミの家に泊まっていることにしてもらう。もちろん、本当は礼一郎の家に行く。そのために電車に乗るところを、三ツ矢に見られてしまう……。別して濃厚な夜の営みの後、 「……これって、もう、今日が最後ってことだよね?」 「……そうだ」三ツ矢の倒錯した愛の復習劇の始まり。隼子の家の窓ガラスに落書き。男女の交合を示す記号のような絵。そして、教室の黒板に、あのポルノ雑誌の切り抜き。矢印で「河村」「隼子」と、写真の男女を示し、さらに、赤い絵の具で一部を汚したパンティを画鋲でとめる。 「河村先生なんかなんの関係もない」隼子は、最後まで嘘を突き通した。そして、河村も 「三ツ矢、おまえは森本の将来をめちゃめちゃにするところだったんだぞ」 「森本が学校に来たら謝れ。三ツ矢だけじゃない、全員が」その日以降、河村と隼子が、電話でも手紙でも、言葉をかわすことはなかった。三月、河村は辞表を出して、長命中を去った。桐野も、長命中を卒業していった。その翌年、隼子も卒業。
2007.03.31
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「つづきしようよ こないだの」 美術室には、隼子と河村先生だけ。 でも、途中で美術部の福江愛がやって来たために未遂。 それでも、結局、「つづき」のための約束はなされる。 約束した時間、約束した場所に隼子は立っていた。 23歳の河村礼二郎は、14歳の森本隼子を自分の車に乗せた。 隼子は、車の行き先をナビゲート。 そして、辿り着いた場所は、人気のない寺の門前。 「ここでいい」と隼子は言った。ここから先はかなり過激。映画にはR指定があるけれど、小説は、そんなの全くお構いなしの世界だということを再認識。誰でも、何の気兼ねもなく、この「恋愛小説」を読むことができる。福江愛は、三ツ矢のことが好き。でも、三ツ矢は森本隼子のことが好き。愛としては、三ツ矢の隼子を見る目を変えてしまいたい。だから、愛は、美術室での出来事を三ツ矢にちくる。梢先生のもとに匿名の手紙が届いた。大きな事件になりかけたのを、救ってくれたのは小山内先生。洗練された大人の女性は、作り話をして隼子をかばった。しかし、彼女の行動の真意に、隼子は気付けなかった。昔、妻を自殺に追い込んだ教師が、その原因を共に作ることになった教え子と一緒に、スキャンダルから遠ざかるため、大きな街へと逃げていった。その優雅な美少女の内面は、鬼のように冷酷。そして、今は、自らも教師となっている。それが、美しい女性、小山内先生。
2007.03.29
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膝関節炎のため、卓球部から美術部に転部した隼子。 三ツ矢からの独りよがりな電話には、全く興味を示さず、 統子から河村先生についてのコメントを求められても、 「なんであんな男をまた」と無礼千万な発言。 でも、偶然自宅近くで出会った三年の桐野龍とは、 隼子の足首に「R・K」のアンクレットが、 桐野の鞄のキーホルダーには「J・M」が付く仲に発展。 それぞれの時間割表の裏には、相手の時間割表が貼られた。発熱で保健室に運び込まれた隼子。彼女を家まで送っていくことになったのが河村先生。家に到着し、落とした鍵を拾おうとした時……。ふう~ん、こういう展開になるのか……。キ・ケ・ン梢先生に没収された本格的ポルノ写真集を取り戻すことに異常なほどに執念を燃やす三ツ矢。梢先生から指導を引き継いだ河村先生との闇交渉の末、4ページ分だけを奪回することに成功。それらのページには、写真と共に何かが数行印刷されていた。 「いけない放課後、いけないことを待っている……」いけないことをしていることにされたモデルの名前は隼子だった。99%妄想と理解しつつ、そのままにしておけない少年の複雑な想い……。 そして、次のシーンはホテルの734号室。そこにいるのは、河村先生と恋人の貴和子さん。ここに至って再確認する、この物語がどんなジャンルの作品であるのかを。恋愛小説とは、如何なるものであるのかを。そうだったのか……。
2007.03.28
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長命中学校には、長命小学校を卒業した仲間たちだけでなく 長命東小学校を卒業した者たちもやって来る。 新しい同級生、先輩、そして、先生との出会い。 トイレに行くときや体育館や理科室や家庭科室に行くときに、 97%の女子には「必ず一緒に行動する相手」という存在がいるのである。 中学1年生くらいなら、 その行動の意味するところに、全く思い至らない男子は実は多い。 この物語では、その役割を担っているのが坂口進。でも、決して彼を笑ってはいけない。彼の場合、その頭の中の思考を、そのまま言動として、無防備に外界に噴出せずにはおれない性向のため、「幼さという真実」が、世間に露呈してしまうだけなのである。それに対し、多くの男の子たちは、その思考を、言動として表に出し過ぎないよう、多少なりとも用心しているため、頭の中を直に覗きこまれることを免れ、「幼さという真実」を、他人に熟知されずに済んでいるだけなのだから。マミの姉、ミカは高三。受験はせずに、卒業後、すぐに結婚する。できちゃった婚の相手は、高校の体育の先生。音大に行って、音楽の仕事をすると、隼子には言ってたのに。長命中では、村田先生が妊娠して産休に入った。彼女に代わって、河村礼二郎という、23歳の男性が赴任した。 「うっとうしい前髪……、短こう切ったらええのに。」若い男性教師に教室が騒然とする中、隼子の感想はこの一つだけだった。隼子は現在、イアン・マッケンジーに夢中。どんな時も。 「森本、聞いているのか」国語の授業中、河村は、一番前の席に座っている女生徒に何度も言った。でも、返事をしない。 「森本、聞いているのか」隣の席の三ツ矢に肘を下敷きでつつかれて、初めて隼子は気付いた。苦み走ったファースト・コンタクト。
2007.03.27
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2年2組に3学期からやって来た転校生みゆきは、 机にうつ伏したまま過ごし続け、 終業式の日には、突然のように去っていった。 3年1組がスタートした日、やって来たのは転校生の佐々木くん。 病院の息子で、横浜からやって来た。 関西弁の「ド、#ファ、#ファ、ド」ではなく、 標準語の「レ、ファ、ファ、ファ」の「佐々木くん」。 彼は、席に着くと担任の結城先生の発言に反応し、いきなりしゃべった。結城先生のご指名で、校内放送のクラス発表(朗読)を、急遽やることになったのはこの佐々木くんと隼子。 後日、塔仁原が、隼子の口にいきなり押しつけてきたのは、佐々木くんのマスク。そして、次にそのマスクを佐々木くんの口に押しつけて「キスや!キスや!」そしてさらに、塔仁原は、校歌を元に佐々木くんの歌まで作詞し、黒板には、佐々木くんと隼子のアイアイガサ。その後、佐々木と隼子はお互い避け続けることに。やがてアイアイガサは消え、佐々木くん自身も5年生になると私立大学の附属小学校に転出していった。どこの小学校でもありそうな、男と女のラブ・ゲーム。そんな日々の中で、身体は着実に成長し続けていく。
2007.03.26
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いきなり重たい場面、リーダーによる仲間の粛正。 小学2年生にして、「女の世界」を感じさせるこのいたぶりよう。 最初から、7人ものキャラクターが、そこには登場し、 それが、新撰組の人間関係で比喩される。 そこでかわされる言葉は、関西弁。 しかし、それは、ポピュラーな関西弁とは違う様子。 「せんどしてるねん」という言葉から推察するに、 かなり独特な関西弁と思われる。このように、開始直後から独特な世界が広がり、こちらは、まったく着いていけない状況……。 ***「土方歳三」的存在の統子の命令を無視し、隊士の一員である頼子の粛正中に、「やめる」の一言で、脱走を図った隼子。このスリリングな瞬間が、たまらない様子。翌日の放課後、統子は隼子を呼び止め、隼子の家に行く。そして、隼子からホワイトチョコレート一箱をまるごともらう。そして、さらにその翌日、統子は隼子を自分の家に招く。そこで、隼子にバーのマダムの絵を描いてもらう。でも、それは、隼子が、ホワイトチョコレートが嫌いだったから、統子に、一箱丸ごともらって欲しかっただけ。隼子は、バレエ学校の先生を書いたつもりだったのに、統子は、それを自分の感性で、バーのマダムと思いこんでしまっただけ。 そんな統子と隼子では、かっこいいと感じる男子、好きだと思える男子は、当然違う。まだ、小学2年生と言えども。統子から好きな人のことを聞かれた時、隼子は、他人への初告白という場面に緊張しながら、TV番組の登場人物・ケンの名を口にする。ところが、統子は自分を馬鹿にしていると激高。そして、隼子は統子の命により、隊士たちから粛正されることになる……。
2007.03.26
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姫野カオルコさんの作品は、まだ一冊も読んでいません。 以前、『プレジデント』の「本の時間」欄で、 『ハルカ・エイティ』について書かれた記事を見て、 何となく興味をひかれたのですが、 結局、実際に作品に触れることはなく、 時間は過ぎ去っていました。 そして、今回、『ツ、イ、ラ、ク』が文庫化され、 金額的にも購入しやすくなりました。最後のページ・ナンバリングは、540で、結構ボリュームがある作品ですが帯には「読書のプロがこぞって絶賛」とあり、しかも、直木賞候補にもなったとのこと。では、期待しながら、早速読書開始と参りましょう。
2007.03.26
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この文庫本には、 普通あるべきはずの「解説」がありません。 その理由は、「文庫版のためのあとがき」に、 著者である重松さん自身が書かれています。 このスタイルは、私はとっても好きです。 以前、荒巻義雄さんの『紺碧の艦隊』や『旭日の艦隊』を愛読していた頃、 一番楽しみにしていたのは「あとがき」の部分でした (これらは文庫ではなく、新書でしたが)。そこには、作者近況を交えながら、最新の「世界の情勢」の読み取り方や、ストーリーに関連して、様々な「お勧めの書物」も記されていました。その中からめぼしいものは、実際に購入して読んだものです。さて、『卒業』は、重松さんが書かれている通り、「始まりを感じさせる終わり」を描き、「ゆるす/ゆるされる」の構図を持った四つのお話をまとめたもの。「これでおしまい!」って言うんじゃなくて、「さぁ、次もがんばろう!!」って言いながらバイバイするところが、今、まさに卒業のシーズンに読むのに、ピッタリの一冊でした。
2007.03.21
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小学1年生の時、母を病で亡くした少年。 そして、少年が小学5年生になった時、 父は、母の形見である闘病日記を少年に手渡した。 母の日記は、途中から、 一人息子である少年に直接語りかける形で書かれており、 病状が重たくなって、最後の時を迎えようとする頃のページには、 <けいちゃん、お母さんは天国に行ってからも、 ずっとけいちゃんのお母さんです> <けいちゃん、おかあさんのことをわすれないでください>とあった。初めて日記を読んだ翌日、父は少年の手から手紙を取り上げた。そして、さらにその翌日、父は、新しい二人目の妻を家に連れてきた。ハルさんという、太って目の細い30歳前の女性だった。少年とハルさんの関係は、全く前進しなかった。そして、ハルさんが来て、ちょうど一年が経った頃、ハルさんは、少年を呼んで、母の日記の話をし始めた。その時、ハルさんは言った 「敬一くん、いまのあんたのお母さんて、誰なん?うちやろ? あんた、いつになったら、うちのこと『お母ちゃん』って呼ぶんね?」 「うちのこと今度から『お母ちゃん』いうて呼んでもらわんと、 日記は返せんわなあ」 「日記、読みたいんやろ?返してあげるけん、あんたの宝物にしときんさい。 その代わり、言うてごらん、 ほら『お母ちゃん』なんよ、うちが、あんたの」その後も、少年がハルさんのことを「お母ちゃん」と呼ぶことはなかった。高校を卒業し、大学生として上京する際、ハルさんが日記を返してくれた。ところが、何も書かれていなかったはずの残り三分の一ほどのページをめくっていくと、そこには、 <敬一くん 東京に行ってからも元気でがんばってください。 困ったことがあったら、いつでも相談してください。 たまには手紙や電話をください。母>これに激高した少年。そして、その激しいやりとりの中、ハルさんは、日記をビリビリに引き裂いてしまう。そして、少年は大人になって結婚し、今では二人の小学生の息子がいる。半年前、文学賞を受賞して、今が「旬」の作家になった。そして、『我が母を語る』というエッセイを書いた。その母は、もちろんハルさんではない。亡くなった母に向けて、今でも生き続けているように書いた。次の『母親』がキーワードの企画でも、同じように、ハルさんの存在を無視し続けた。 「母からの手紙」が虚偽であることを読者に見破られ、久しぶりに家族と共に帰省した大晦日の夜、ハルさんと二人きりになった。その時、ハルさんは、あの日記を手渡す。ビリビリに引き裂かれたはずの日記。ハルさんは、それをなんとか修復しようと試みたが、うまくいかず、結局、一文字ずつ、母の字をまねて書き写したのだった。残り三分の一程の、何も書いてないはずページをめくっていくと、最後のページに、こう書いてあった <追伸 敬一くん わたしも天国に行ってからも ずっと敬一くんの母親です> 「風邪ひくよ、お母ちゃん」 「お母ちゃん、あけましておめでとう」コタツにもぐり込んだまま横になっているハルさん。ハルさんに掛けた布団が、小刻みに震えた。意地を張り合った、似たもの同士(?)の母と子。でも、このお話の真の立役者は、何と言っても、主人公の妻・和美だと、私は思います。本当にベスト・パートナーとして、大活躍でした。ご立派!!
2007.03.18
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突然、会社に現れた親友の娘、14歳・中学生。 彼女とは、これまでに一度も会ったことはない。 いや、彼女が、まだ母親の胎内にいるときに、 一度会っているか……。 あれは、まだ僕が26歳だった頃、 大学時代の親友・伊藤の葬儀の時。 伊藤は、会社のビルの非常階段の7階の踊り場から飛び降りた。 その伊藤の娘が、今、目の前に現れた亜弥だった。伊藤の妻だった香織さんは、今では野口さんという男性と結婚、夫と共に、郊外の一軒家で、スペイン料理店をやっている。そして、亜弥が中学に入るとき、この夫婦は、初めて、亜弥の実の父『伊藤真』の存在を伝えたのだった。 『伊藤真のお墓』。これが、亜弥の作ったホームページのタイトル。彼女は、今、『伊藤真』について、情報を集めており、そのため、大学時代の親友だった僕を訪ねてきたのだった。こんなことを始めたきっかけは、グループからのいじめ。そして、先日、リストカットをしたらしい……。自殺した実の父。亜弥は、伊藤のことを『あのひと』と呼ぶ。でも、そんな『あのひと』との血の繋がり・DNAを感じてしまう亜弥……。 自分にとって、『伊藤真』とはどんな存在だったのか。親友とは、何なのか。亜弥と『伊藤真』を探し続ける中で、考え込んでしまう僕。大学を卒業し、就職すると、会社の仲間との付き合いが広がり、それが主になっていく。大学時代に親友だったとしても、当然、その交わりは、日に日に薄くなってしまう。同期入社のトップをきって部次長に昇進した春山。その春山が、僕の直属の上司。そして、春山からリストラを言い渡されることになった僕。もちろん、春山は、色々と気を遣ってくれているようだが……。亜弥は、いじめグループに囲まれ「死んでみろ」と言われた。そして、「死んでやる」と言い返し、校舎の2階から飛び降りた……。右脚の膝と臑を骨折、全治2か月。頭から落ちていたら、この程度では済まなかっただろう。そんな亜弥と僕が、伊藤が飛び降りたビルの7階の踊り場で、彼が最後に見た風景を一緒に見る。それが僕たちの卒業式。亜弥が、夜空に向かって語りかけた言葉の余韻が、いつまでも心に残る秀作。
2007.03.17
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最後の1ページの重みは、半端じゃない。 霊柩車の発車と共に繰り広げられた光景は、 主人公の父の教師人生の重みを、 ひしひしと感じさせてくれるもので、 私からすれば、最後の2行は、別になくてもよいくらいであった。 癌にむしばまれ、自宅で家族の介護を受けながら、 最後の時を迎えようとしている元教師の父を、 現役小学校教師である主人公の目を通して描いたのが、この作品。「死体」に興味を持つ自分の教え子に、最後の時を迎えようとしている自分の父の姿を見せることで、「死」の持つ本当の意味を伝えようとする主人公。彼こそが、父の最後の教え子になるのだと考える主人公。でも、主人公の発想には、甘さというか、世間知らずな部分を感じずにはいられない。教え子の数は、千人をゆうに超えるのに、教え子が、3か月の入院中に、一人も見舞いに来なかったから、葬儀にも、誰も参列する教え子はいないだろうと考える主人公。教え子の結婚式に、招ばれたことがないから、昔の教え子が、懐かしがって家を訪ねてきたことがないから、教え子の誰からも、年賀状さえ来ないからという理由で、父のことを、厳しくて、冷たくて、寂しい教師だと考える主人公。高校と小学校との違いはあるものの、同じ教師という職業に就きながら、しかも、18年もの間勤めていながら、「教師としての父」の本質に全く迫れていない……。本当に、そんなに厳しくて、冷たいだけの、寂しい教師なら、生徒からだけでなく、周囲の誰からもそう思われているはずだし、そんなふうに思われている人が、校長会長の重責を任されるはずがない。そんなことに、なぜこの主人公は気付くことが出来ないのだろう……。もやもやした気持ちで読み進めて、そして最後のページ。葬儀が終わり、死体となって、霊柩車で運ばれていく時に聞こえた、「先生!」という父の教え子の野太い声。そして、それをきっかけに広がっていった『あおげば尊し』の合唱。主人公は、この光景に、一体何を一番強く感じたのだろうか?
2007.03.14
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数日前の夜、 寝床に入る前に、ちょっとだけ何か読もうかなと思って、 買ったまま、まだ読んでいない何冊かの本の中から 取りだしたのが、重松さんの『卒業』。 気軽に読み始めたものの、 さすがに重松さんの作品だけあって深い……。 途中で、やめるにやめられない状況になってしまい、 「まゆみのマーチ」は、最後まで読んでしまいました。 おかげで、翌朝は眠たかった……。しかし、まゆみのような子どもがいた場合、どのように接していくのが良いのでしょうか。母親の対応は素晴らしいと思いますが、かといって、それが教室の中でOKかといえば、なかなか難しいところではないかと思います。もちろん、早川先生のマスクは、ちょっと頂けないと思いますが……。母親の愛情で、小学校には復帰できたものの、それ以後も、学校や世の中となかなかうまくやっていけなかったまゆみ。どうすれば、彼女はより良く日々を過ごすことが出来たのか。それとも、実はこれで良かったのか……。私の中では、答えは出ないままです。
2007.03.10
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「科学的視点が求められる設定については極力リアルに」 これが新シリーズにおける松岡さんの姿勢。 「著者あとがき」には、旧シリーズを終わらせ、 新シリーズを始めるに当たっての決意が記されていました。 主人公は、歳をとらない、 『サザエさん』『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』等の 長年に渡って人気を持続している作品と同じルールが、 『千里眼』シリーズにも適用されていることを、本著の「解説」で知りました。『「抑圧された幼少のトラウマ」を呼び覚まして自己を回復する「自分探し」療法は、いまや前時代的な迷信とされつつある』と松岡さんは書いています。本著では、この「トラウマ論」を巡って、美由紀と笹島とが対立したことが発端となり、美由紀は自衛官を辞して、臨床心理士への道を歩むことになりました。でも、「トラウマ」なんて言う言葉は、今でも、結構普通に使われているものだし、本当のところ、これが「前時代的な迷信」ということになってしまっているのでしょうか?ちょっとばかり興味がわいたので、インターネットで検索し、少し調べてみたのですが、それぐらいでは、はっきりとは分かりませんでした。「PTSD」との違いも含めて、これから、もう少しきちんと調べてみたいと思っています。ところで、日本臨床心理士会事務所の「舎利弗」さん、これって、どんな風に読めば良いんでしょうか?しゃり………分かんない!!
2007.01.29
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最後まで読みました。 「七年」(p.226~p.233) ブツを持った暮子ママとの接触に、美由紀は成功。 でも、ヴィトンのバックの中身は予想外。 旅客機爆破をたくらむ暮子の夫も予想外。 そういうことだったんですね……。 「死刑台」(p.234~p.239)旅客機爆破は、計画通りにことが進行。そこで、美由紀は、犯人をその旅客機に同乗させようとする。自分が乗った旅客機を、まさか爆破なんかさせないでしょうからね。「運命」(p.240~p.246)計画を見破られ、動揺する犯人。そして、離陸寸前、犯人は旅客機から逃走。「高度」(p.247~p.252)旅客機の離陸を、美由紀は止めることが出来ず。そして、旅客機は、二度と着陸できない状況に。でも、高度600メートルって、かなり中途半端な設定のような気もする……。「脱走」(p.253~p.258)犯人は、警察に追いつめられる。そして、美由紀は生きていた。「なぜ……」「どうして……」言葉が続かない犯人。「分析」(p.259~p.263)犯人と美由紀とのやりとり。初めての感情の、悲しい結末。「連絡員」(p.264~p.267)ジェニファー・レイン登場。「見えない武器」の開発が終了。次巻『千里眼 ファントム・クォーター』への伏線。「飛行機雲」(p.268~p.274)「知ってるわよ、恋する気持ちぐらい」そんな言葉がこぼれるようになった美由紀さんでした。
2007.01.28
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225ページまで読みました。 「爪」(p.169~p.176) 美由紀と笹島は、植物管理センターで吉野律子と対面。 笹島は、律子の指先を観察して、彼女の行動を分析。 でも、本当にデニーズに来るの? 「栽培」(p.177~p.188)律子に迫る危機を、美由紀が見事に排除。好魔と律子の結びつきも判明。やっぱり、こんなヤバイものが絡んでましたか。「クラブ・ケイン」(p.189~p.193)ブツを持って、クラブケインに向かう三人。車中の会話は、美由紀の「男の恋心への鈍感さ」で溢れる。律子からは、クラブに入る際の「合い言葉」ヒント情報。「グリム童話」(p.194~p.201)やっぱり、作ってましたねぇ……ヤバイもの。で、それをいきなり注入されてしまう美由紀。そこにいた暮子ママは、美由紀に相当恨み・嫉妬心(?)を持っている様子。夫は、ブツ売買の利益で、爆弾と起爆装置を購入するつもりだった。周囲が騒然とする状況の中、美由紀の意識は遠のき、やがて失神……。「中毒」(p.202~p.206)海に投げ込まれる美由紀、一体どうなってしまうのか?そこへ、ヒーロー登場。「感情」(p.207~p.211)自分を救ってくれた男が目の前にいる。経験したことのない感情……。あ~ぁ、こういう展開ですか……。「メッセージ」(p.212~p.220)品川駅構内で、三択問題をクリアして、取引相手と接触。ブツは大久保駅、ヴィトンのバックにある。「大久保駅」(p.221~p.225)二人で大久保駅を捜索。しかし、見つからない。で、大久保駅って、ここだけじゃないってか!!!
2007.01.28
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168ページまで読みました。 「遺書」(p.140~p.146) 事件現場で、美由紀は笹島と再会。 残された遺書が、誰かに強制されて書かされたものだという 美由紀の主張を笹島が援護。 「パラシュート」(p.147~p.157)三年前のことを謝ろうとする笹島。そして、それをあくまでも拒絶しようとする美由紀。笹島は、両親が旅客機事故で亡くなったこと、それから旅客機のことを勉強したこと、その知識を、この事件に役立てたいことを美由紀に伝える。美由紀は、全ての責任が自分にあったことを認め、それを笹島のせいにしようとしていたことを詫びる。 しかし、いつものことながら、美由紀は、実によくもてる。そして、いつものことながら、そんな男の気持ちには、本当に無頓着。「歌舞伎町」(p.158~p.164)美由紀と笹島は、最近、好魔が取材していた中華料理店に向かう。途中、美由紀の友人の由愛香から電話。彼女は、美由紀に、彼氏が本気かどうかを見抜いて欲しかったのだ。男性が女性を好きになる心理は、自分のこととして体験していないので分からないという美由紀。そんな美由紀を笹島が手助けすることに。確かに、こればっかりは、美由紀の手に負える仕事ではない……。「昭和四十三年」(p.165~p.168)中華料理店の女主人は中国人。レジの金銭を盗んでいく泥棒被害がしょっちゅうあったこと、盗まれた金銭は、数日経つと、レジにこっそり戻されていたことが分かる。そして、盗まれたお金は、決まって少額。でも、紙幣の「番号」や硬貨の「年号」をノートにきちんと記録していたので、無くなったことが分かったのだった。その記録をしていたのが、バイトの吉野律子、20歳。植物管理センターのバイトも掛け持ちでやっているという。美由紀は記録の捏造を見抜き、笹島と共に彼女を追う。
2007.01.27
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139ページまで読みました。 「決定」(p.118~p.122) 後先を一切考えない行動の中で、 美由紀は「臨床心理士になりたいと」切に思った。 しかし、それはもはや、永遠に叶わない夢に……。 と思いきや、舎利弗から手渡された封筒の中身は、IDカード。 臨床心理士 岬美由紀の誕生です!「現在」(p.123~p.130)1年以上の時が過ぎ、美由紀は28歳。「白紅神社」の一件を終えた時点。新シリーズになったとは言っても、これまでのお話が、すべて「チャラ」になってしまったわけでは無いようです。写真週刊誌に「旅客機墜落、全員死亡の日!?」の見出し。フリーライター好魔牛耳による記事だったが、その顔写真の表情を見て、美由紀は、その記事の内容が、事実の可能性があると感じる。「あと二日」(p.131~p.134)美由紀は、好魔に接触しようと写真週刊誌の版元を訪ね、編集長の朝霧に会う。ところで、NTTドコモの着信試験番号を使ったトリックは、本当に使えるんでしょうか?私は、Au使ってるので、試すことが出来ないので……。「JAI」(p.135~p.139)朝霧と共に、好魔の事務所兼仕事場のある貸しビルに到着。電子ロックの暗証番号を見事にクリアし、部屋の中へ。しかし、そこには吊されたロープに首を巻き付けた男の死体が……。いよいよ謎めいた展開になってきましたよ!
2007.01.27
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117ページまで読みました。 「或る感情」(p.84~p.90) 面接試験で美由紀が読み取ることが出来なかった表情は、 ズバリ「恋愛感情」。 なるほどねぇ……、 これは、前シリーズと全く同じだ。 まぁ、そこが美由紀の美由紀らしい所なんだけど。「孤独」(p.91~p.102)隣の部屋から「エリーゼのために」が聞こえてきて、管理人さん逮捕に成功!でも、感謝されていいはずの被害者・鏡子とは、その無理な要求を断ったことで、絶交状態に……。辛いなぁ……。「クローズアップ」(p.103~p.107)自分の心を読まれることを恐れて、周囲の人々は美由紀を避けるようになる……。特異な能力は、予想通り、彼女を苦しめることになってしまった……。そんな時、テレビのニュースに、自殺しようとしている男の表情が映し出される。それを見た美由紀は、やっぱり現場へと走り出す。「ニート」(p.108~p.117)例のごとく、ルール無用の美由紀さん。ジャイロコプターに乗り込んで、男のもとへ。緊張感漂うビルの屋上で、カウンセリング(?)何とか、自殺を思いとどませることに成功!
2007.01.27
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83ページまで読みました。 「トレーニング」(p.48~p.56) 赤十字福祉センターの臨床精神医学棟で、舎利弗の指導を受ける美由紀。 記憶力の良さから、知識をどんどん吸収していく。 そして、カウンセリング用教材ソフトで、表情を読む訓練を開始。 「航空機事故」(p.57~p.71)南イタリアのアマルフィ海岸で、自動車が崖から転落、小峰が死亡。死んだのは、本当に小峰なのか?小峰だとしたら、本当に事故死なのか?とっても、怪しい……。27歳になった美由紀が、宮崎の航空大学校に笹島を訪ねる。もちろん、2年前の「トラウマ理論」について問い質すため。あっさりと、誤りを認める笹島。そして、その笹島が、保身のためにとった行動について、嘘をついたのを、その表情筋の一瞬の変化から読み取ってしまう美由紀。いよいよ、『千里眼』の片鱗が見え始めました!「エリーゼのために」(p.72~p.76)マンションの管理人の苦笑の中に、引っかかりを覚える美由紀。隣室の鏡子の部屋が荒らされていた。やっぱり怪しい管理人。でも、メロディ電報は、どう使うんでしょうか?「面接」(p.76~p.83)ここに来て、朝比奈宏美も登場。オフィスビルの食堂で、向かいの席に座った宏美と連れの表情から彼女のラーメンにコショウをふりかけ、連れの男性にソースのビンを押してやる美由紀。「なんでわかったの?」と驚き、警戒の視線を向ける二人。日本臨床心理士資格認定協会の面接試験で、スラスラと答える美由紀。表情の読み方テストでは、五人の面接官が驚きの色を浮かべる。美由紀の驚異的な能力は、この後、すんなりと受け入れられていくと言うよりは、どうも、ややこしいことになってしまいそうな気配です。
2007.01.27
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47ページまで読みました。 「発端」(p.7~p.22) まず、岬美由紀(25歳)の、これまでの人生の概略が振り返られる。 それは、命令無視で救難ヘリを飛ばしたことについて、 査問会議が行われているシーン。 嘱託医笹島雄介は、両親の事故死がトラウマとなっての行動だと言う。 さらに、その行為を見過ごした板村三佐にこそ問題があると言う。それを受けての人事教育局長の言葉に、美由紀は猛反発するが……。新シリーズの始まりに当たって、新しい読者に、岬美由紀のキャラクターを知ってもらうと共に、これまでの読者に、おさらいをしてもらうための序章です。「新たな人生」(p.23~p.30)笹島の「トラウマ理論」が間違っていたことを上層部に納得させ、板村三佐を復職させる……それを当面の目標に、美由紀は自衛官を辞し、臨床心理士を目指すことになる。「カウンセラー」(p.31~p.38)東京晴海医大付属病院院長の友里佐知子の紹介で、日本臨床心理士会事務所を訪ねる美由紀。それを出迎えた臨床心理士の舎利弗浩輔に早速「トラウマ理論」について尋ねる。舎利弗は、非科学的な迷信を忘れろと言う。目の動きで心の中が分かるというのも……。新シリーズでも、友里佐知子は存在するんですね。でも、「目の動きで心の中を読む」というこれまでの『千里眼』シリーズの根幹をなす能力は、あっさりと否定されてしまいました。「ミラノ」(p.39~p.47)小峰忠志は、イタリア企業でギミック(仕掛け)を開発していた。彼が開発した「フレキシブル・ペリスコープ」は、直径30センチ、長さ4メートルの円筒。上部の切断面を覗くと、どんなに円筒をねじ曲げても、下部の切断面から直進した光景が見える。しかし、経営陣はアトラクションへの活用で、元は取れないと判断。解雇され、ナポリ郊外の安酒場で飲んだくれる小峰の前に現れたのは、マインドシーク・コーポレーションのジェニファー・レイン。小峰は、「フレキシブル・ペリスコープ」の直径を0.5ミリに極細化し、「消えるマント」を作り出す構想を打ち明ける。資金提供を申し出るジェニファー。
2007.01.27
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昨夜、自分のブログを眺めていて、 ふと目にとまったのが、 ブログタイトルの下に表示させている「Books Ranking」。 1位は、今話題の『佐賀のがばいばあちゃん』だから驚きもしませんが、 2位、3位、そして4位を見てビックリ。 何と『千里眼』シリーズが、3冊並んでるじゃありませんか!? それにしても、3冊一斉に出版とは、さすがに松岡さん。 他の作家では、なかなかこうはいかないでしょう。 その創作スピードには、いつも驚かされます。そんな訳で、今日、早速本屋さんに行って見ました。ところが、いつもの小学館文庫のコーナーで探しても、見つかりません。「まだ、この本屋さんでは売ってないのかなぁ……。」と諦めかけたら、何と角川文庫のコーナーにありました。出版社、変わったんですねぇ……。まぁ、色々事情が、おありなんでしょう。さて、前回出版された『千里眼 背徳のシンデレラ』は、上下分冊でありながら、いずれもが600ページを超えるズッシリとしたもの。その圧倒的なボリューム、分厚さ、重さゆえ、読みながら、「上・中・下の3冊に分けてくれれば良かったのに……。」と、何度思ったことでしょう。そして、その思いが通じたのかどうか分かりませんが、今回は、別タイトルの書籍として、3冊一斉に出版。文庫本は、これぐらいのボリュームが、私としては、本当に手頃で有り難い。とにかく、これから読み始めます!
2007.01.27
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この作品の中で、私が最も大きな衝撃を受けたのは、 巻末の『解説』かも知れません。 何と、あの藤原正彦さんが書いておられるのです。 しかも、この作品の完成に、藤原さんが一役買っていたとは……。 『国家の品格』が、世間に一大ブームを巻き起こすと共に、 TVや雑誌等、マスコミへの露出も大いに増え、 今では、藤原さんは、日本中の誰もが知っている存在となりました。 氏にまつわる情報も、たくさん私たちに伝わってきています。ところで、今(2006年9月)こうやってブログに記事を書いていますが、実際にこの本を購入し、読んでいたのは半年前の3月。その時点で、私は既に『国家の品格』を読んでおり、内容の素晴らしさに深く感銘を受け、ブログに記事を書いていました。ただ、その時点で、藤原さんに対する世間の認知度は、現在ほどには高くなく、私の氏に関する知識・情報も、『国家の品格』以外にはほぼゼロ。そこへ、この『博士の愛した数式』 の『解説』での、突然の登場です。そりゃもう、本当にびっくりしてしまいました。また、その『解説』の内容といったら、本当に「スゴイ!」の一言。作品の素晴らしさを究極まで突き詰め、凝縮したものでした。今回、改めて作品を読み直し、記事を書いてきました。江夏豊、1992年の阪神タイガース、そして藤原さん。私の大好きな人・チームと、そこで思いがけなく出会うことができました。私にとって『博士の愛した数式』 は、愛すべき作品となりました。上の写真は、この作品の参考文献にも使われた『左腕の誇り 江夏豊自伝』です。
2006.09.03
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1992年のシーズン、阪神は優勝を逃した。文中には、1992年9月11日のヤクルト戦に勝ってさえいれば、優勝もできたし、長い低迷にも陥らずに済んだはずだ、とある。八木の幻のサヨナラホームラン……そして延長15回、史上最長6時間26分(日本記録)で引き分け……。確かに、後になってみれば、悔やんでも悔やみきれない試合かも……。でも、この引き分けを挟んで、その後の5試合、阪神は甲子園で連勝を伸ばし続け、実に6年ぶりの通算7連勝、2位ヤクルトに3ゲーム差をつけて首位だったのです!そこから、甲子園球場の都合で、長期ロードに出ることに。その旅立ちに際して、「大きなおみやげを持って帰ってきます」と甲子園の大観衆に向けメッセージを発した中村監督(現オリックス監督)の言葉が、今更ながら、本当に空しい……。この間の成績は3勝10敗。「Vロード」は一転して「死のロード」になってしまったのです……。ついつい、お話が物語の内容から大きくそれてしまいました……この辺で、元に戻しましょう。誕生日プレゼントに、ルートは博士からグローブをもらう。後日、それは義姉がスポーツ用品店に出向き、購入してくれたのだと分かる。逆に、二人から博士には、例の江夏カードをプレゼント。それを受け取ったときの博士の表情は、生涯忘れられないほどのものだった。その翌々日、博士は専門の医療施設へ入ることになった。80分の記憶すら、覚束なくなってしまったためだった。主人公とルートは、1~2ヶ月に一度、何年にも渡って、博士に会いに出かけた。博士の背広からは、徐々にメモが減っていく。その代わりに残ったのが、首からぶら下げた江夏のプレミアムカードだった。ルートもプレゼントされたグローブを必ず持参し、博士とキャッチボールを楽しんだ。ルートは、大学に入って膝を怪我するまで二塁手として野球を続けた。そして、来春からは中学校の数学教師になる……。
2006.09.02
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パーティーの準備を進める三人。博士は、整理戸棚からテーブルクロスとアイロンを持ち出し、見事な手つきで作業を進めていく。ところが、ケーキの中にろうそくが見当たらない。ルートがそれをもらいに出かけるが、なかなか戻ってこない。博士が心配し、落ち着きを無くしてきたので、主人公も見に行くことに。ケーキ屋さんは既に閉店。しかし、ルートが機転を利かし、別の店でろうそくをもらっていた。が、帰り着くと、食卓の様子は前とは違っていた。博士が、ケーキをすぐ食べられるよう用意しておこうとして、箱の中から中身をテーブルに滑り落としたらしい。博士に余計なことを考える暇を与えないようできるだけ速やかに、さりげなく事態を元に戻す主人公とルート。「そう、何の不都合もありません」交互に二人が博士に話しかける。物語全体の中では、とっても短いパートだけれど、三人の温かな関係が、とってもよく出ています。
2006.09.02
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博士の歯が誤魔化しきれないほどに腫れ上がり、主人公は歯医者へ付きそう。診察は思いの外長引き、博士は不機嫌そのもの。主人公が声をかけても、無視して素通り、外へ出て行ってしまう。その態度に立腹し、しばらく好きにさせようと意地悪な気持ちに。そりゃ、そういう気持ちにもなるでしょうね。わかります。でも、主人公、途中であることに気が付くんです。博士が診察室に入ってから出てくるまで、どれだけ時間がかかっのたか?大あわてで博士の姿を追う主人公……。2学期がはじまってすぐ、数学雑誌の懸賞問題一等獲得の知らせが届く。そして、ルートの誕生日祝いと一緒に、そのお祝いをしようということになる。母子は、博士に江夏の野球カードをプレゼントしょうと計画。主人公はルートに、クッキー缶の中の野球カードコレクションを披露。その時、それらのカードの下の奥の方に、数学の論文を発見。そこに挟まっていた写真には、若かった頃の博士と、それに寄り添う義姉の姿が。そして、論文の証明のスタートを飾る先頭には、 ~永遠に愛するNへ捧ぐ あなたが忘れてはならない者より~と手書きされていた。ついに、真実が形となって、主人公の目の前にさらされました。江夏のカードをゲットするのは、予想以上に困難を極める。カードショップで、博士にプレゼントできそうなものを探すが発見できず。その後、家政婦仲間から、昔、彼女の母親が雑貨店を営んでいた納屋に、お菓子のおまけだった野球カードらしきものが残っているという情報を入手。それを親切にも無料で提供してもらうことができた。そして、その中から、江夏のグローブの切れ端が埋め込まれた85年限定のプレミアムカードを発見したのだった。スゴイ!!
2006.08.31
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愛読している数学雑誌で、発刊以来最高額の懸賞金がついた難問に取り組む博士。そんな博士が、夕食の支度の最中、不意に主人公の前に現れる。料理中の会話の中で、「君が料理を作っている姿が好きなんだ」。博士は、2度この言葉を口にするんですが、主人公に対しては、他の人に向ける感情とは違うものを感じます。完成した証明を大急ぎで郵便局に届け、速達で出す主人公。その後、買い物を済ませて帰ってみると、主人公を知らない博士になっていた。出かけてから1時間と10分しか経っていなかったのに……。博士に、何か微妙な変化が現れてきたようです。8月に入って間もなく、ルートが4泊5日のキャンプに出かけ、主人公が、夕食後しばらく博士と過ごすうち、突然の雷雨。山で過ごす息子のことを案じる主人公。いつもは、ルートに関して心配性の博士が、今回は慰め役に。そして、ここからは「0(ゼロ)」のお話が展開していきます。名もないインドの数学者が発見した「0」無を数字で表現し、非存在を存在させた「0」確かにすばらしいと思います。無事に帰ってきたルートが、一番気にしていたのがタイガース。でも、キャンプに行っている間に、4位まで転落してました。
2006.08.31
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素数を見るたびに、博士を思い出す主人公。 思いついたときにいつでも計算できるようにと、 博士を見習って、エプロンのポケットに鉛筆とメモ用紙を常に入れておく。 そして、税理士宅の冷蔵庫の掃除中に、 そのとびらの内側に刻印された製造番号2311が、素数であることを突き止める。 また、事務所の床を磨いているときには、 デスク下に落ちていた青色申告決算書番号341が、偽素数であることも見破る。ここまでくると本当にすごい……。ただの家政婦さんとは、とても思えません。ルートが博士の家に勝手に遊びに行ったことで、義姉に呼び出される主人公。義姉は、三人で夜に出かけたり、泊まり込んで看病した意図を問いつめる。「友達だから」と答える主人公の言葉に、全く納得しない義姉。その時、博士が「いかん。子供をいじめてはいかん。」と言って、一行の数式をメモに書き残し、部屋を出て行ってしまう。それを見た義姉の瞳からは、少しずつ動揺や冷淡さや疑いが消えてゆく。そして、ほどなく、組合から博士宅の仕事にカムバックするようにとの連絡が主人公に入る。その後、主人公は例の数式の意味を知るため、町の図書館へ行くのですが、そこから展開されるお話は、まさに数学!!読むのに一苦労……というか、本当は読み飛ばす感じ……。ま、その数式が、オイラーの公式と呼ばれるものだったことだけは分かりました。で、次の日も主人公は図書館へ出かけます。次の調べ物は、1975年の地方新聞縮刷版。そして、9月24日付けの地域版に、博士の交通事故の記事を発見。センターラインをオーバーしてきたトラックと正面衝突、頭を強打して重体。助手席に乗っていたのは義姉で、左足骨折の重傷。二人の間にあるものは深く、そして重そうです。
2006.08.31
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球場から帰ると博士が発熱、主人公とルートは離れに泊まることに。4日目の朝、熱が下がって以降、順調に回復。しかし、それからほどなく、主人公は、組合長から事務所に呼び出しを受ける。内容は、博士の部屋に泊まったことに対するクレームだった。そのため、主人公は博士の担当をはずれることに。そうし向けたのは、博士の義姉、つまり雇い主だった。義姉と博士の間に何かあることが、次第に明らかになってきた感じ。6月14日の日曜、博士の所に行けなくなったことをルートに伝える主人公。ラジオからは、甲子園での阪神対広島の実況中継が流れている。この試合で、阪神の湯舟がノーヒットノーランを達成。最後のバッターとなったのは正田。後に阪神のコーチとして活躍することになる選手だが、彼の一塁を駆け抜けたアウト・セーフのタイミングは、実に微妙だった……というか、私は、その時のVTRが流れると、今でも極度に固まってしまう。ところで上の写真は、現在、湯舟さんが西宮で経営している焼肉店です。ファーボールの呪い以後、主人公に降りかかる不吉な出来事の連鎖。これまで順調だったストーリー展開に変化が。
2006.08.30
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「冷凍トイレ」これは、博士が、ルートの国語の宿題のために考えた回文。博士は、どんな長い文章でも易々と逆さまから言い換えることができる。ま、確かに博士が言うように、あまり世間の役には立たない能力かな。でも、ルートが言うように、皆を驚かしたり、わくわくさせたり、喜ばすことはできそう。それに比べると、もう一つの才能、誰よりも早く一番星を見つけられることの方は、ちょっとインパクトが薄いような……。ある日、主人公が書斎の本棚を整理していると、数学書の山の中にクッキーの缶を見つける。中には、一つ一つ丁寧に保管された、阪神タイガースの選手たちのカード。吉田義男、村山実、若林忠志、景浦将……中でも江夏豊は別格の扱い。そして、それとは別に、大学ノートに見つけた走り書き。『14:00図書館前、Nと』なかなか、怪しい感じが出てきましたね。6月2日、対広島戦に三人で出かける。主人公たちが住む町に阪神が遠征してくるのは年に2回ほどなので貴重な機会。江夏の登板を気にする博士。江夏が引退したことが、ばれないよう気遣う主人公とルート。当時の背番号28は中田良弘投手。入団した頃は、阪神投手陣の中では球速が速いほうで、セーブもかなりあげました。ルックスの良さから「トラボルタ」と呼ばれて女性からの人気もあり、1985年には12勝、優勝の原動力となる活躍ぶりでした。1992年時点では、肩を壊して登板機会がほとんど無かったと文中にあるように故障が多かったのが残念な選手でした。さて、スタンドでの博士といえば、一番かわいらしい女性の売り子さんからジュースを買うように主張したり、塁間の距離やマウンドの高さ、打率データ、捕手が盗塁の走者を刺殺するのに要する時間等々、さすがに数学者の発言の連続。そして試合は9回裏。8回まで広島打線をノーヒットに押さえ込んできた中込が、最終回のマウンドへ。「あと三人……」と誰かが漏らした言葉に、「ノーヒットノーランが達成される確率は、0.18%」と返す博士。初球はファールボール。その打球が、ルートの膝をかすめる。ルートを庇い、覆い被さる博士。その後、博士がファールボールの衝撃を数値で言い表しているうちに、打者は2球目を、あっけなくライト前に運んだのでした。
2006.08.30
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主人公は、サラダ油をきらしていることに気付き、買い物に出る。 その時、ルートは初めて、博士と二人で留守番をすることに。 主人公は、博士が保護者の役割が果たせるかどうか心配だが、 ルートは「平気、平気」と、宿題を見てもらいに書斎へ駆けていく。 主人公が帰宅すると、 台所の床に、博士がルートを抱えたまま、声を上げながらへたり込んでいる。 ルートが、リンゴの皮をむこうとしてナイフで親指と人差し指の間を切ったのだ。 ルートを背負って診療所まで走る博士。 傷口は二針縫っただけでふさがった。廊下でルートの治療が終わるのを待つ間、博士が主人公にしたのが「三角数」の話。理屈は分かるんだけれど、「それで?」と思う私は、やっぱり数学者の素質は「ゼロ」でしょうか……。帰宅後、ラジオから流れるナイター中継。仲田と桑田の投げ合いで、9回表まで2対2の同点。ツーアウトから和田がヒットで出塁。次打者の亀山が2球目を右中間に弾き返し、タイガースのサヨナラ勝ち。ヘッドスライディング等の溌剌プレイで、新庄とともに人気者だった亀山さん。張り切りすぎて怪我が多かったけれど、あの頃は細かった。引退後、少年野球の監督として世界一を経験した現在は、体格の方も貫禄十分。上の写真は、亀山さんが少年野球チームについて書いた『なんでやねん』です。阪神が勝ったのに、ルートの機嫌は悪い。それどころか、声も漏らさず、身体も震わせず、ただ涙を流している。主人公に理由を尋ねられ、ルートは落ち着いた口調で言った。 「ママが博士を信用しなかったからだよ。 博士に僕の世話は任せられないんじゃないかって、 少しでも疑ったことが許せないんだ」
2006.08.30
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主人公は、博士を外に連れ出し、散髪を済ませた後、公園で「28の約数を足すと28になる」という発見を披露する。博士は、それは「完全数」だと言い、28以外に6や496、8128、33550336、8589869056があることを主人公に教えるのだった。そしてさらに、約数の和がそれ自身より小さいのが「不足数」大きいのが「過剰数」だということ、完全数は連続した自然数の和で表すことができることも教える。このあたりは、本当に数学数学していて、「数字嫌い」の人には、結構読み進めるのが辛いかも……。以前、博士の出した宿題をやってきたルートは、ラジオの修理を再度要求する。しかし、博士は、そこからまた、新たな宿題を出す。そして、ラジオの修理終了と、宿題を解くのとどちらが早いか競争だと言う。その後話題は、阪神タイガースのことに。2年連続最下位の去年とは違い、今年(1992年)は開幕から調子が良い。博士は、江夏の調子はどうなのかとルートに尋ねる。ルートは、江夏が自分の生まれる前にトレードに出され、すでに引退したのだと告げる。さらに主人公が、江夏はカープで活躍し日本一になったと補足する。それらの言葉に愕然とする博士……。ここでの博士のショックは、結構分かる気がしました。縦縞のエースであった江夏しか知らない人にとっては、その後の、彼の「優勝請負人」の球歴など、想像だにできないでしょうから。結局、博士の宿題は、主人公がやる羽目に。けれど、ルートのちょっとした言葉がヒントになり、主人公は、閃きという名の祝福を受けることになる。そして、宿題の発表会で、ルートがその答えを博士に伝えると、博士から大いなる賞賛を受けるのだった。実は、博士は、野球の試合というものを一度も見たことがなかった。彼は、図書館で新聞のスポーツ欄を読み、打率や防御率のデータを熟読するなかで、江夏のファンになっていたのだった。完全の意味を真に体現する、貴重な数字「完全数」28を背番号にもつ男。それが江夏豊なのでした。
2006.03.07
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主人公の母は結婚できない男の人を愛し、主人公を産み、結婚式場で働きながら、女手一つで育てあげた。主人公もまた、高校3年の時に妊娠し、父親のいない子を18歳で産んだ。それが、博士から「ルート」と呼ばれるようになる、現在10歳の息子。博士は、主人公と会話する中で、彼女が息子を一人家に残したまま働きに来ていることを知る。すると、博士は大いにあわて、彼女に家へ早く帰るように促し、明日からは、息子を学校からこちらへ直接来させろと言う。そして翌日。息子がやってくると、彼の被っていたタイガースのマーク入りの帽子を取り、その頭をなでながら「ルート」という愛称を付ける。ルートの加わった3人の生活は、すぐに軌道に乗っていった。学校の宿題を一緒に解く博士とルート。そして、博士が新たな宿題を出すと、その代償に「ラジオの修理」を要求するルート。博士の家にはテレビがなく、ラジオも壊れていた。でも、阪神ファンのルートは、野球の経過がとても気になる。そこで、ラジオの修理を要求したのだった。そして、実は、博士も江夏豊のファンだったことが分かる。それにしても、主人公が家に帰ってから、自分で「友愛数」を探そうと試みたり、その作業の中で、「28」の約数をすべて足すと、これが何と「28」になることを発見する場面には、驚いてしまいました。いくら数学者の家で家政婦を始めたといっても、そこまでやろうという気になる人は珍しいのでは?こんな彼女だからこそ、博士の家で働き続けることができたのでしょう。
2006.03.05
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