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松本清張/野村芳太郎の作品です。どちらも数回見たことがあるのですが、改めて鑑賞しました。「砂の器」は、後にリメイクされてその作品も見たのですが、時代が変わって、「今では表現できない」背景のためリメイク版では根本の設定が大幅に変更されていました。その為、本来の社会的問題の部分が全く別の問題に変更されていて観た時の感想もそれぞれの作品で大きく異なると思います。登場人物への思い入れもかなり変わります。差別や偏見を助長する恐れがあることはわかりますが、この映画の場合は、その点こそが大きなテーマなのでその設定を変更せざるを得ないのであればリメイク版を作るべきではない!と感じました。松本清張が生きていたら、果たして「OK」したのだろうか?
2026年01月30日

この人生で、少なくとも1度は「観ておくべき」と思っている映画がいくつかあります。今回観たのは、チャップリンの「独裁者」です。前回の「巨匠:黒澤明」監督もそうですが、何を隠そう「チャップリン」の映画もまともに観たのは今回が初めてなのです。チャップリンの「独裁者」観たでぇ~!
2026年01月27日
66才になってしまいました。最近では「緑寿」というようです。緑寿は数え年66歳の方の長寿を祝う行事です。「緑々寿」を略して「緑寿」としたもので、「緑々→ろくろく→66(歳)」にかけられています。また、「緑」の字には地球の自然環境のイメージも込められているのだそうです。この緑寿、ほかの長寿祝いとは少々違い、2002年に日本百貨店協会が提唱したことでお祝いされるようになりました。一般的な定年がそれまでの60歳から65歳、つまり数え年66歳へと延長され、このタイミングで「人生の節目」を祝うイベントが登場してきたというわけです。これも、商魂逞しい日本の企業体からの新たな慣習として誕生したもののようです。そう言えば・・・昭和のころにはこんな単語は聞いた記憶がない。子曰、吾十有五而志乎学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩。論語の人生では、残すところ「七十而従心所欲不踰矩」のみとなりましたが、日本での長寿祝いは「還暦」スタートです。 還暦:60才 赤 緑寿:66才 緑 古希:70才 紫 喜寿:77才 紫 傘寿:80才 黄 半寿:81才 金茶 米寿:88才 金茶 卒寿:90才 白 白寿:99才 白 百寿:100才 白 茶寿:108才 皇寿:111才 大還暦:120才ようやく二つ目に昇進したところです。まだまだ先は長いぜ!66才、6並びで演技良し!
2026年01月22日
PSA(※)の異常値が見つかり (※)PSAについては、⇒1月6日「今度は・・・PSA???」参照即座にエコー検査をした時点では、特に異常は認めらなかったものの明らかに常軌を逸した数値であったため念のため「MRI検査」を受けました。担当の泌尿器科医の所見では「特に異常とは認められぬ」でしたが、更に念には念を・・・ということで放射線科の医師の所見を仰ぐこととなりその結果が判明しました。特段以上と認められる所見なし!とりあえず、即刻入院!などの事態は避けられました。が、今回の異常値が緩やかな上昇を伴って今回発覚したのか?あるいは、何らかの事情で突発的に上昇したものか?これ以前にPSAの検査をしたことがなかったので何とも言えないのが実状です。ということで、来月に今度は、別の方法による検査を行い、更に4月にPSA検査を行うことによって多角的かつ時系列の推移による判断を仰ぐこととなりました。まずは、一安心ではありますが、いつ何時どのような想定外の病に罹患するか決して安堵できない日々が続きます。生きてるだけで大儲け!実感します。
2026年01月17日

血液透析を開始してからちょうど1年が経過します。週3回(月水金)の透析に加えて月に1回は血液検査により経過を観察します。血液検査の項目にも色々あって「月に1回は検査すべし!」というのもあれば「半年に1回以上」「年に1回以上」など様々・・・そんな中、血液透析の開始時期の都合によりようやく「1年に1回」の検査項目で本日初めて登場したのが、 PSAです。「PSA」は、「Prostate Specific Antigen(前立腺特異抗原)」の略称で、男性だけにある前立腺という臓器から分泌されるタンパク質のことです。これは「前立腺がん」の主なマーカーであり血液検査によって前立腺がんの危険度を測るものです。AIの説明は以下の通りPSAの基準値は一般的に4.0ng/mL以下ですが、加齢を考慮し年齢別の基準値(下図)が推奨され、これを超えると精密検査(泌尿器科受診)が推奨されます。4~10ng/mLはグレーゾーンで、前立腺肥大や炎症でも上昇するため、PSA値の変動(増減)やFT比(自由PSA比率)、MRI検査などを組み合わせ、最終的に生検で診断が確定されますが、最近ではMRI検査が最重視されています。さて、今回の値は・・・ 11.1なんてこったい!とりあえずエコー検査で「前立腺肥大」などの確認をしたところ「数値で出たほど肥大してはいない。」とのことで、あらためて今度の金曜日にMRI検査をすることになりました。見えない我が体内は如何なる状況になっているのか?こんなことになっているとは、「豈図らんや(あにはからんや)」いや、想定できたことなのか・・・
2026年01月06日

この人生で (1)1度は訪れてみたい場所 (1´)再び(三度以上)訪れたい場所 (2)1度は見ておきたいと思う映画(漫画アニメを含む) (2´)再び(三度以上)見たい映画(漫画アニメを含む) (3)1度は読んでおきたい書物(漫画を含む) (3´)再び(三度以上)読みたい書物(漫画を含む) (4)1度は食しておきたい飲食物 (4´)再び(三度以上)食しておきたい飲食物が多々ありますが、これらの内、(1)(1´)は現在の病状を考慮するとかなり限定されます。最大限2泊3日が限界で、金曜午後1時以降出発の月曜早朝5時頃帰還というスケジュールがギリギリのプランです。また。(4)(4´)に関しても予算はさておき、ものによっては、分量をかなり減らしてのみ「可」となります。こうなっては、存分に味わえるものとして(2)(2´)(3)(3´)が現実的なものとして残ります。以前から、(2)(2´)に関してはちびちびと読み進めてはいますが、若かりし頃に比べて・細かい文字が読みにくい・集中力が続かない・そもそも「読む」という快感が減退してきた。などの理由で思ったほど読むことができません。(一番叶えやすい願いなのに・・・)それならば、漠然と「観てみたい、観ておくべき」と頭の中でリストアップしてきた映画にエネルギーを向けてみるかというわけで、新年最初に見てみたのが巨匠「黒澤明」監督の「影武者」です。1980年の作品で、180分もあります。時代背景(戦国時代)と、主人公の「武田信玄」という人物像をそれなりに理解しているつもりなので3時間の長丁場でも何とか凌げましたがこれが、未知の(大半は未知の物語であろう)作品であったり海外映画の「字幕版」であったりすると果たして3時間はおろか、その半分でも集中力を持続出来るか不安です。90分とか120分を見ることすら出来ないのなら「映画鑑賞」自体を諦めるしかないと思いますが。。。「影武者」のクレジットには、「海外版エグゼクティブプロデューサー」として フランシス・コッポラ ジョージ・ルーカスの名前も・・・そうなると、これは死ぬまでに1度は観ておくべきである、と思いました。実は、 黒澤明監督の映画は・「生きる」1952年作品・「隠し砦の三悪人」1958年作品しか見たことがなく、この監督の映画に関しては何も語る資格がない!と自負(?)する素人ファンなのです。他にもチャップリン、の映画もまともに全編観たものが1本もなく年末に録画してある「独裁者」を初鑑賞作品として近々鑑賞する予定です。「鑑賞」というからには映画館などで観るのが「通」なのかもしれませんが田舎に住む身としては、そうそう希望通りの映画が近場で上映されることもなく、ましてや遠出してまで見るほどの根性もありません。従って、我が家の巨大スクリーン(昔に比べれば十分巨大!)での鑑賞に限られます。DVDなどをレンタルするのも面倒くさいし、(絶対すぐには返却に行かずに延滞金を取られる羽目になりそう)ダウンロードしてまでは見ようと思わない。要するに「ロハ(只)なら見よう。」よいう程度の映画ファンなのです。本来ならば、鑑賞作品ごとに感想やらなんやらを書き込むべきところなのでしょうがなんせ、映画に関しては「ど素人」の域を出ませんのでえらそうに何やらかんやら語るのは控えます。とにかく、「影武者」観たでぇ!
2026年01月05日
新年明けましておめでとうございます。早いもので、令和も8年になります。21世紀も既に四半世紀が経過しました。ご多分に漏れず、矢の如く日々が過ぎ去っています。さて、年末の忘年会の時に、「どうして年齢を重ねると1年が早く過ぎるのか?」という話題になり、(A)1歳児には1年が「全人生の1/1」2歳児には「同1/2」・・・ 我々65歳児(?)にとっては1年が「1/65」となるので 年齢を重ねるにつれ1年の比重が小さくなる。説(B)幼いころは、日々の何でもないことがトピックスとなる。 (夕食にハンバーグが出たら一大事!宿題忘れて叱られても一大事) その点、年を重ねるとたいていの事は「凡事」となる。 従って、日々のインパクトが薄くなり、凸凹のない平坦な日々となる。 そのため1年の記憶が薄れて、早く過ぎたように感じる。説の2つの説が有力でした。私は、どちらかと言うと(A)派でしたが、(B)も「有りかな」と感じます。とは言えどダメージを食らうような「トピックス」が日常的にある私としては(B)の説は、実感としては受け入れがたいものです。が、よくよく考えてみるとこの数十年「トピックスまみれ」の人生を送ってきた身としてはトピックスの大半(ほとんど)が「負」の事象であるため感情を抑え、時には「無」に近い域にまで到達させざるを得ない・・・そんな状況を生きてくると、いかなる「トピックス」であろうと泰然自若を維持せねば精神状態が崩壊するので私にとっては「日々のすべてが凡事」となるよう努めてまいりました。それ故に、「(あたかも)トピックスのない日々」を送ることになり年月も早く過ぎ去ってきたのである。と解釈しております。実際、「時間の経過が遅く感じた時」というのを振り返ってみると ①試験などの合格発表までの1週間 ②融資申し込みの可否の結果が判明するまでの数日間など、「この期に及んでは己の才覚や努力ではどうにもならぬ状態」で待つ時が時間が長く感じるようです。経験的に・楽しいときは早く過ぎる・苦しいときはなかなか時間が経たない。とも感じていますので楽しいときは、少しでも長く感じるようになるべく「無」に近づくよう努力し、苦しいときは早く過ぎ去ってほしいのでこれまた「無」に近づくよう努力しています。苦しいときの対処法は、 「皮算用作戦」 「最悪でも死にゃあせん作戦」 「面白いドラマにはこういう場面が付き物作戦」 「今、こういう境遇の人生を演じている作戦」などなどいくつもの必殺作戦を編み出していますが楽しい時には 「ま、どうせこんなことは長続きせんわな」 「何かの間違いかもしれんしな」 「夢?落ち・・・てなこともあるしな」などなど色々と考えます。このようにして、「何も考えずに楽しく過ごすと短く感じる」といえども、せっかくの「楽しい時」を、(仮に本当に夢だったとしても)時間を延ばす、ということのためだけに、それを全否定して時間を延ばしたところで意味がないんぢゃねぇのか?と気づき、例え「楽しい時」を満喫してその時間が短く感じられたとしても楽しくもない時間にすり替えて無理やり時間を延ばすよりは格段によろしいのではないか?という考えにようやく行き着いた次第です。で、ちょっとでも「楽しい時間」「良き時間」と感じた時はたとえそれが(結果的に)一瞬で過ぎ去ろうとも全力で「満喫」するよう頑張っています。また、当たり前のようにやってくる「苦しい時間」「悪しき時間」に遭遇した時には、「それが日常であり凡事」として軽く受け止めつつも裏では最大限に脳みそをフル回転させて少しでもダメージを軽くするべく画策しております。そんなことを徹底しながら今年も1年生きながらえていきたいと思います。起きてしまったことも現在進行中の事もすべては「繋がっている」と思えばどの案件もどの事象も「まだ結末には至っていない」わけですので ・結局物語は「HappyEndで終わる作戦」 ・どんな時もドラマの中の「山あり谷あり」の一場面作戦 ・結局良い方向に向かうはず!作戦などで容易く攻略できるものなのです。
2026年01月01日
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