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教員採用試験に向けて、勉強をしています。今月は夜の仕事も減らして集中的に勉強をする予定です。今日は論文、一般教養の英語・美術をしています。論文は「教師に必要な資質とは?また、その資質の為にあなたはどのような努力をするか具体的に述べよ」というもの。1200字書くんですが、最後の方は集中力途切れまくり。あとで読んでみて、誤字こそないものの文法がおかしい部分や辻褄があっていないところが盛りだくさん……「生徒や保護者と良い信頼関係を築く」ということを冒頭に書いているのに文中に一度も保護者と言う単語が出てこず。(滝汗)とりあえずは時間内に完走しなくては意味がないので完走はしましたが、これじゃ判定外だ…英語は基本的な構文や熟語にヒーヒー言ってる状態。いかに高校時代勉強しなかったか、今頃身に染みています。今日はそろそろ問題を解くのはやめて教育答申の資料集にでも目をとおそうかと思っています。…でもこの教育答申資料ってのが、すんごい分厚い。2センチくらいの厚さがあります。表紙を見てるだけでげんなりしてきます。そして中身を見て更にげんなり。キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書だってさ………題字見てるだけで萎えます。気持ち的に今すぐ萎えたい方、画像載せますので申し出てください(爆)他に時事問題もしなきゃならないし指導要領にも目を通さなきゃならないし教職教養もしなきゃなんないし…一般教養だけにかまってはいられないのに一般教養だけでイッパイイッパイの私。あっ、専門教養もあるんだった。・・・・・・・・・専門教養はまぁいいや、捨てよう。どうにかなる(笑)今日は勉強の合間に、というか休憩でいくつも日記を更新しました。4月下旬の日記と5月上旬の日記です。よかったら読んで下さい。記入率がイチローの打率より低い状態なんで少しでもUPしようと頑張っています(爆)そういえば……論文を書いて感じたこと。パソコンを使って文章を書いていると挿入や削除が簡単にできるので論文を書くときに戸惑いますね…。削除や挿入があとからできませんから…。
2005年05月31日
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おはようございます。またもや朝の4時でございます。今日は運動会の後、お店に行きました。途中いろいろハプニングがありましたがそれは運動会の話題に絡めて29日の日記に書かせていただきます。とても嬉しいことがあったので、まずはその報告から。なんとなんと、らぶりんの方からメールをくれました。とはいってもスロットネタだったんですが。今日パチ屋TVイベントで撮影が入ってて鬼忙しい。教えてあげたらよかったな~。かなり出てる。今日お店あるよね?またあとで☆というメールでした。こんなメールで浮かれてる自分が情けないですが今までのことを考えると、非常に嬉しいです。このメールに返信してもらぶりんから返事はなかったけどそれでもいいんです……。らぶりんの方からメールくれたことが泣くほど嬉しいです(号泣)お店の帰り、送ってもらう時は最初だってんですがまたもや爆睡こいてしまい(店から私の家までほんの15分くらいなのに)話せずじまいでした…。お店の中でも、彼は歌がうまくてバンド経験がある子が今日で辞めるというので、その子を自分のバンドのボーカルに引き込もうとしていて、連絡先を交換するだのなんだのと言って私は全然話せなかったです。それでもいいです。今日はメールがきたから。てか、周りは結婚していってる歳なのに私はまだこんな片思いみたいなことしててウケるよ、たいがい(笑)でもこれでいいんだもーん。あぁ、他にのろけ話があればいいのになぁ…。
2005年05月30日
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途中まで書いてるんですが、まだUPできる状態じゃないので、もうしばらくお待ちくださいませ。まだUPできる状態じゃないのになんで書き込んでるの?…って??それは、日記の書き込みが前月の分までしかできず、今日は6月末だからでつ。
2005年05月29日
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「ベートーヴェン」というタイトルで書くつもりでしたが他に書きたいことがあったので、そっちを優先させようと思います。ベートーヴェンに関しては、またいつか。---------------------------今、ゆーちゃんの教材についてものすごく考えています。ゆーちゃんは薬の副作用もあって、ほぼ一日中ボーッとしています。以前はもっとキャッキャッ騒いでいる子だったそうですが、今はじゅうたんの上に寝転んだり、椅子に座っていたりまるでオブジェのようです。(授業参観でそれを見たお母様もそうおっしゃっていました。苦笑)で、そんなゆーちゃんは形の判別もできるし、物には名前があるということも理解しているので文字を書いたりもしてるんですが、能力は別にして、とにかく眠そう……っていうか、常に眠りそうなんです。「お勉強しない人には給食おかわりあげないよっ」なんて言ってたこともあるんですがそれじゃああまりにもかわいそうですよね。これはゆーちゃんの興味がある教材を持ってこないと意味がないんですよね。今まで唯一興味があったのが、食べ物。くもん出版からカードが出ていて、表にすごいリアルな絵が描いてあり裏に大きな文字で物の名前が書かれています。その下に説明書きもかいてあります。ゆーちゃんは絵を見せるとほぼ何でも答えられるので、字の面を見せて「これなぁに?」と聞いて答えさせる、ということをしていました。その後、カードを見ながら書きます。それに慣れていき、見なくても書けるように…という風にしていたのですがここんとこずーーーっと、寝そうになってるんですよ。(でも「お勉強、おわりっ」の声と同時に覚醒したりしてたまに悔しい。)なんとか興味を持たせて字を読んだり書いたりさせなくては…。2年生の将吾は凄まじい勢いで字が書けるようになっていってるというのに…(将吾、入学時は椅子にさえ座ろうとしなかったのに。笑)というわけで、いろいろ考えた結果。いろんなメーカーのロゴを使ってみます。自閉児は商標っていうんですかね、ああいうのとかロゴとかに興味持つことが多いんですよ。4年生のはーちゃん♀は、道路標識に凝ったことがあって自動車教習所に行って標識一覧をもらったほど。標識を見せて「これなぁに?」と聞くと全部答えられます。はーちゃん、今すぐ車を運転してもいいんじゃんって先生達と言ってたくらい。(笑)で、ゆーちゃんもお店やメーカーのロゴに物凄く興味を示します。週に1時間パソコンの時間があるんですが、その時はゆーちゃんにはひたすらメーカーのHP見せてます。TVCMなんかがあるHPがありますよね、あれをエンドレスで…1時間飽きずにずっと見入ってますよ…メーカー名なら、ゆーちゃんは読めるだけでなく自分でも書けるんですよ。ゆーちゃんが今のところ書けるものは、例えばこんな感じです。・TOYOTA (自動車メーカー)・MITSUBISHI(〃)・NISSAN (〃)・DAIHATSU (〃)・SUBARU (〃)・COSMO (ガソリンスタンド)・JOMO (〃)他にもたくさんありますが、この辺がお気に入りですね。特に三菱なんて大好きですよ。菱形のあのマークをかいてあげるとニッコニコです。それからコンビニ、スーパーのロゴも好きですし、読めます。あとSHARPだとかHITACHIといった電機メーカーも好きです。で、これらのマークを見せて平仮名で書いてもらおうかと。今考えてるのは、カードにして、くもん出版のような感じで表にロゴとかマークをもってきて、裏に平仮名と片仮名、そしてアルファベットで文字を書こうかな、と。ただこれはまだ私が考えただけであって、上司には相談してません。具体的に煮詰まってもいないし……水面下って感じです。ただ単に字を書けるようになるだけでなく、覚えた文字をどこかで使えるようにならなくては意味がありません。でも、今のゆーちゃんの状態だと、文字をどこで使うかとかより「書く」という行為だけでもさせよう、という感じです。さて、この教材が具体物として使用する時がくるのでしょうか…乞うご期待……(といいながら本人は期待ゼロ)(2005/07/01)
2005年05月28日
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月月がいつも聴いているMDがある。そのMDにはいろんなアーティストの曲がごちゃまぜで入っていて何ヶ月かに1回、曲を消して他の曲を録音しなおしたりもしている。通勤や移動の時は必ず聴いているし家でも聴いている。今もそのMDを聴きながらこの日記を書いている。四六時中エンドレスで聴いているこのMD。わりといろんな曲を聴く月月のベストMDである。今日はそのMDに入っている曲について。何曲かピックアップして書いていきます。矢井田 瞳My Sweet Darlin'Look Back AgainBuzzstyleアンダンテ月月はヤイコが大好きだ。アルバムは2枚持っている。他にもライヴDVDを買おうと思うほど。カラオケでヤイコの曲を歌うとプロモーションビデオが流れる。そのヤイコのカッコイイことといったら…(特にBuzzstyleのプロモ)ヤイコのギターを弾く姿がかっこよすぎて私もギターをしたい!と何度も思った。それから、ヤイコ好きに拍車がかかった出来事が。らぶりんもヤイコが好きだというのだ。しかもバンドでヤイコの曲を練習をしていた時期があった。以前私がお店のカラオケでヤイコの曲を歌っていたら帰りの車の中で「ヤイコの曲も歌えんねんな。今、ウチのバンドでヤイコの曲を練習してんねんけどヴォーカル不在やから、もしこのままヴォーカル見つかれへんかったら1度でええから練習につきあってくれへん?」といわれたことがあった。結局彼のバンドのヴォーカルが見つかりそれは実現しなかったのだが。そんなこともあり、ヤイコ好きに拍車がかかってしまった。上記の4曲以外にも、ヤイコの曲で好きな曲はたくさんある。一人ジェンガなんか、MDに入れたかったけど時間の都合で入れられなくて泣く泣く削ったくらい。上記の4曲はヤイコの曲の中でも特に好きな曲、ということになる。SNAIL LAMPMIND YOUR STEP!GOING TO CHANGEB・M・WHOTARU NO HIKARISNAIL RAMPは4年くらい前に好きになったバンド。きっかけはパンクバンドをしていた友人。カラオケで歌うと「ダレの曲?」ってなるけどMIND YOUR STEP!はサビの部分を聴くと大体の人がわかる。彼らの曲はほとんどが英詞で、英詞が苦手な月月は歌える曲が少ない。彼らのアルバムは2枚持っているが他にシングル1枚とライブDVDもある。たまにDVDを見て「AKIOかっこええ…」とボーッとなり気が付くと2時間近く経っていた、ということもあるので忙しい今は封印してある。他のアーティストは175R、GO!GO!7188、SKA SKA CLUB、ロード・オブ・メジャー、ゆず、molmott、Dragon Ashというラインナップ(?)。GO!GO!7188は高校時代の同級生がしているバンドで彼女らのアルバムはほとんど持っている。最後に買った「鬣」以降は買っていないけどカバーアルバムも持っているしシングルもある。もちろんDVD(「とのさまツアー」と銘打ってあるもの)もある。このDVDも今は封印中。今聴いているMDには元気が出る曲ばかり入っている。朝、通勤する時に「よっしゃ、これから頑張るぞ!」と士気を高めてくれるし帰ってくる時も「帰ったら勉強頑張るぞ!」という気にさせてくれる。皆さんにはそういう曲、ありますか?
2005年05月27日
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父親が出張で上京してきたので弟と、弟の野球部の後輩と私の4人で食事をしてきた。場所は新宿西口、焼肉の○角。ガッツリ食べて、ビール5杯に焼酎を2杯も飲んでしまった。弟もビール3杯に焼酎を3杯、父も弟が連れてきた後輩もビールを3杯くらい飲んでいた。我々の席だけ焼肉屋のはずが飲み屋と化していた。その後、父をホテルまで送っていき、私達3人は吉祥寺へ繰り出すことに。私が「キャバクラにいきてぇ」と言ったばっかりに弟が野球部の友達に連絡をいれやがってその友達もちゃっかり来ることに。…なんて思ってたけど、来たのが内野手のあっくんだったから問題ナシ。あっくんは元尽誠学園の主将で甲子園の最高成績がベスト4という実績を持っている。実績だけじゃなくて実力もすごい。守備は鉄壁だし、打撃もいい。チャンスで打ってくれるし、たとえ打てなくてもあっくんが打てなかったら仕方ない、と思える。あっくんと弟と後輩の森くんと私の4人でピンク街へ繰り出すが女の私がいる為キャッチが声をかけてくれない。そこでキャバレンジャーの弟とあっくんがキャッチをされる為に二人で歩くことに。森くんはキャバは入ったことがないらしく、私と話をしながら待つ。あっくんと弟がよく行くキャバのキャッチの人がちょうどいて交渉したら割りと安い金額で入れることに。私が主賓ということを店側が見抜いたのか私の席にいちばんいい女をつけてくれた。25歳のエリカさんと31歳のリコさん。二人ともきれいで話も上手だった。いろいろな店をまわりたかったのでとりあえず1セットで出る。その後、キャバレンジャーの2人がまたもやキャッチをされに。女の子の料金はとらないというシステムに惹かれ、入店。カラオケを1曲ずつ歌ってとりあえず女の子とトーク。女の私は無料というだけあって、女の子はつかなかった。一人でひたすらタバコを吸って酒を飲んだ。時間がきてボーイさんが延長交渉にきた。あっくんと弟がチェックで、というので会計をして外に出る。じゃあ帰るか、ということになってタクシーに乗るまで4人で道端反省会。2軒目はどうしてチェックにしたの?と聞くと、キャバレンジャーの二人が「女の子がかわいくなかったから」と口を揃えて言う。1軒目は弟らがよく行くだけあって女の子のレベルは高かったと思う。さっきも書いたけどVIPを私だと見抜いてベテランをつけてきたのもうまい。2軒目は女性は無料だから女の子がつかなくても当然だがそれでもあからさますぎる。ただ、チェンジする前についた女の子は私の方にも話題をふってくれた。弟達はかわいくない、と言っていたけどとても感じのいい子だった。他の子は話が合わなかった。他の店に行って思ったことがたくさんある。うちの店は延長交渉が入る時にママとナンバーワンがつく。ママとナンバーワンはやっぱり延長交渉もすごくうまいし、ボーイさんも我々従業員も皆で必死にお願いする。あと、ナンバーワンじゃなくてもお客さんと女の子が話している空気を読み取ってセット終了間際にもともといた女の子を戻し延長交渉に入る場合もある。それで30分でも延長してもらったりできる。今日行った2軒はボーイさんが「よろしかったら延長の方いかがでしょうか」というだけで、女の子は何も言ってこない。その辺はしつこくなくてイイ、という取り方もできるが延長交渉をするならVIPを見抜いていい女の子をつけて延長してもいいかな、という気にさせなくてはならない。それを考えると、私が勤めている店はうまい気がする。私がもう半年以上いるせいか、「どこどこに座ってる人がVIPだから」とか「これから延長交渉入るんでよろしく」とか「ガンガンドリンクとれるからよろしく」とかボーイさんから指示をうける。特にらぶりんがボーイをしていた時は女の子の回転はほぼ完璧だったと思う。彼はお客さんと女の子の空気を読むのがうまかった。彼がボーイをしていた時は今よりもリピーターが多かった気がする。そうそう、どこの店もボーイさんが微妙だった。らぶりんをこえるボーイさんはいないものかときょろきょろしてみたけど、いなかった。やっぱらぶりんはかっこいいわぁ。(笑)
2005年05月26日
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夜、お店だった。水曜は毎週暇だが、今日は水曜の割には混んでいた。しゅんちゃんというお客さんに久々に会った。しゅんちゃんは木村拓哉に似ているカッコイイ人だ。しゅんちゃんとは2ヶ月くらい前に初めてお店で話してその時、いろんなことを割と熱く語った。その後2回くらい見かけたけど私が接客することはなかった。しゅんちゃんはいつも3・4人で来る。いつも一緒にくるメンバーは決まっていてメンバーはだいたい25歳とか私と同じくらいの年齢の人だ。最近彼と話すことはなかったけどお店で見かけた時は挨拶してくれたりしてくれていた。今日久々にしゅんちゃんの席について、開口一番しゅんちゃんにお前、太ったなと言われた。しかも、それを皮切りに、席についていた従業員の女の子にも前はもっと顔がシャープだったとか言われたり。………やっぱり私、太ったんだ……。でも前髪を切ったせいだと思うんですが。先週の日曜はらぶりんはいなかったが今日は2時から出勤だった。店が終わってかららぶりんにも私太ったかなぁ?と聞いてみたところ「??さぁ??あんまりかわってないんちゃう」と適当な感じで言われた。……やっぱり彼は冷たい。送ってもらう時、今日もまた最初に送ってもらって、また何も話せずに終わるんだろうなと思っていたら最後の方だった。私は車の中で爆睡してしまい、途中で寄ったコンビニで寝ぼけながらトイレに行き、再びまた眠ってしまった。3人送ってまだなお寝ていて途中で目が覚め、激しい喉の渇きをおぼえた。らぶりんに「お茶、ある?」と聞いたら「今日はカフェオレ買ってもうたからお茶はない。コンビニ、寄ったろか?」と言われ、車とめるの面倒だろうからいいよ、とだけ言ってまた夢うつつな状態へ。すると突然顔に何かが当たったので目を覚ますと目の前にお茶があった。コンビニに寄って買ってきてくれたらしい。コンビニに着いたら起こしてくれればよかったのに…。らぶりん、相変わらず優しい。随分長い間爆睡していたせいか、コンビニに寄ってもらった後、ある程度目が覚めて、らぶりんに学校の話なんかをしてみた。でもオチのない話でイマイチ盛り上がらなかった。らぶりんは何も話さず黙々と運転をしていた。車はお店に向かっていた。一度お店に寄ってピアニストさんを拾うらしい。このピアニストさん、40歳をすぎた人なのだがとにかくいい人だし、演奏もすごくうまい。らぶりんもこのピアニストさんのことが好きだ。彼女は送っていく人数が多いと気を遣って「始発で帰るから、いいよ」と言って送りの車に乗ろうとしない。私やらぶりんが「乗ってって下さい」と強引に言ってやっと乗ってくれる始末だ。彼女は駅のロータリーにいて、車をつけると「帰るの遅くなるから、いいよ」といつもの台詞を言った。らぶりんが「月月さんがまだいるんで、大丈夫です。乗ってって下さい。」と言うと、「じゃあお言葉に甘えさせてもらうね」と、座っていたベンチまで大きな荷物を取りに行った。らぶりんが私に「ネタに使わせてもらってごめんな。彼女、一人やったら絶対車のってくれへんから。」と言った。同感です。車の中でピアニストさんにいろいろ質問を受けた。月月さん、トータルで何時間くらい起きてるの?クラシックが専門だよね?楽器はいつからしているの?私が答えると、それに対して優しいコメントをくれる。本当にいい人だ。結局らぶりんとはほとんど話せず終わった。らぶりんは今までとちょっと違う。昼夜働いている上にバンドもあって忙しいからだろうか。それとも無意識で私がまずいことをしてしまっただろうか。メールでちょっと聞きたいことがある、と言ったことがあったがそれについても触れてこないし昨日お店を辞めたい、と愚痴メールをしたのに今日は何も触れてこなかった。今までだったらメールでもやりとりをして会った時も必ず聞いてくれていた。その辺は、もう今までのようなボーイじゃないし深く関わらないようにしているのだろうか。また前のように話せるようになりたいがきっともう無理な気がする。誕生日会をしてくれる、と言っていたけどそんなこと絶対にないだろう。ある意味一番の糧だったらぶりん。友達としてで全然構わないし、それ以上は望んでいないから彼との仲を修復したい……
2005年05月25日
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本題に入る前に、今日の出来事。ずっと前の日記に書いた、ゆーちゃんとのやりとりで「もうおしまい」『とーぜん』というものがあったが、コレがかなり定着してきた。今まではゆーちゃんが「もうおしまい」という台詞をいう役(?)だったが私が「もうおしまい」と言ってもゆーちゃんは『とーじぇん(当然)』と言ってくれるようになった。それから、だいぶ自己主張ができるようになってきた。親指の爪を必死にいじりながら「爪きり、やってください」と言えた。おかわりがほしい時は「おかわりちょーだい」と言うのが定着してきた。トイレに行ってパンツが汚れてしまった時も「パンツやってください」と言えた。言葉としては通じないが言いたいことはわかるので今のところはアリとしたい。で、今度は「お着替えお願いします」と言えるように訂正中。それから「これとこれ、どっちがいい?」と聞いた時も選択できるようになった。かなり自己主張ができるようになって嬉しい。今日なんか「たいいく、やだやだ」と主張してきたのでビックリした。生きていく上で、自分のしたいことだけでなく不快なことを訴えることも大事。この調子で、言葉を使って自己主張できるように指導していきたいと思っている。さて、前置きが長くなったが、本題。月月は、ずっと右利きだと思っていたのだがもしかしたら両利きかもしれない。ゆーちゃんと給食を食べる時はだいたい左で食べる。というのは、先日日記に書いたようにゆーちゃんは食器の持ち方やスプーンの持ち方が悪いので悪い持ち方をした時には即座に直すようにしている。ゆーちゃんは私の右側で食べているのでゆーちゃんの悪い癖が出た時には食器を持というとする手を右手で阻止するのだ。スプーン・フォークだけでなく箸を使って食べる時も一緒。(ゆーちゃんはお箸は使えないが。)先日、違うグループの担当教諭から「先生は左利きなんですか?」と聞かれた。私が違います、と答えるとえっ、じゃあ両利き??とまたまた聞かれた。「いえ、たぶん両利きでもないと思います」と答えるとビックリして、『じゃあどうして左でお箸が持てるの?わざわざ訓練されたんですか?』と聞き返されて返答に困った。特に訓練したわけでもない。かといって、左で食べるのは確かに少し無理はあるが不憫でもない。他の先生も「訓練したワケじゃないのにできたのならもしかしたら両利きなのかもよ?」などと仰る。ので、自分の両利き指数を計るべく検証を行ってみた。我ながらアホな検証だとは思うが、暇な方はどうぞご覧下さい。ネタは思いつきですので気にしないで下さい。 スプーン・フォーク 両手ともに可能。 お箸 右:可能。左:多少無理があるが可能。 携帯での文章作成 両手ともに可能。 煙草 ライターで火をつけるのも煙草を持つのも可能。むしろ左で持つことが多い。 鉛筆 右:可能。左:不可能。 ボール投げ 右:可能。左:不可能。 ボール蹴り 右:可能。左:可能。コイツに関しては、利き足であると信じていた右足でさえもコントロールが悪い為、左足で蹴っても右足で蹴っても変わらない。ある意味計測不可能。 食器洗い 右手でスポンジを持って洗うことは可能。左手でスポンジを持って洗うことは不可能。 生グレープフルーツサワーでグレープフルーツを絞る 両手ともに可能。 手をあげる 左がとっさにあがることが多い。 カラオケ マイクを持つ手は絶対的に右手。 ぞうきん 絞る時は左手が上にくる。 こんな感じでしょうか。正直いって、自分の利き手がどっちなのか自分でもよくわからない。というか、今表を作成していてわりとどうでもよくなってきた。もしかしたら本当に両利きなのかもしれない。ちなみに月月はA型なんですがOもしくはB型疑惑という疑惑もありますので、いつか検証してみたいと思います。てゆーか、ウチの両親両方A型だし、じいさまもばあさまもA型とO型だからB型なんてありえねーっつーの。
2005年05月24日
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教育とは手間のかかるものだとつくづく思う。しかし何度も何度も繰り返し、根気強く教えて児童ができるようになった時は嬉しい。学習のみならず、スプーンやフォークの持ち方、姿勢、言葉などを本当に根気強く教える。私が受け持っているのが自閉症の児童なので尚更学習より日常生活においてのことに重心がかかる。この子達が将来、少しでも自分のことは自分でできるように私は常にこのことを念頭においている。誰かに何かをお願いする時の言い方。食事。トイレ。靴の履き方。手の洗い方。歯磨きの仕方。できて当然といわれればそれまでだが自閉児には当たり前のことができないケースが多い。家庭でのしつけ云々もあるとは思うが第一子が自閉児だった場合、保護者も育て方がわからないのではないだろうか。正直、自閉児を初めて目の前にした時、私も戸惑った。私の担当のゆーちゃんは亀の歩みのようだが本当に少しずつ、いろんなことができるようになってきた。食事ひとつにしても毎日毎日同じことの繰り返しでスプーンを持つ時はこうでしょ、お茶碗はこうでしょ、牛乳パックはこうしてたたむのよ……と根気強く教える。ゆーちゃんの反応はない。注意されていることに対してわかっているのかわかっていないのか…表情もかえずに食事をしているのでわからないが私が言う事に対して割と反応が良いゆーちゃんのことだからわかってはいるんだろうと思う。でも、なかなかできない。それでもできるようになるまで根気強く教える。怒らずに同じことを言う。できないことは仕方がない。できるのにわざとできないフリをしている場合はわかる。そういう場合は少し怖い口調で言う。ゆーちゃんと接していると、よく「ローマは3年にしてならず」という諺が頭をよぎる。ローマは3年強でできたかもしれないが教育は一生モノかもしれない。根気強く教えていたことがある日突然できたりするとたとえそれがまぐれかもしれなくても私は褒めちぎる。そうそう!今の、じょうずだよ!偉いね、お利口さんだね!ゆーちゃんはじょうず、と言われるのが好きだ。視線が右上にいって何か考えてから、ニタッとする。できるようになったことが定着するまでは毎回褒める。最近、ゆーちゃんは給食をすごく上手に食べるようになった。お皿に顔を近づけて犬食いをしていたけどスプーンですくって口元まで持っていって食べられるようになった。私はすごく嬉しかった。でも、崩れるのは早い。一瞬だ。運動会の練習の関係などで、最近は給食を一緒に食べる担当がかわったりしていた。ゆーちゃんは最近、Rちゃんと食べることが多かった。彼女と何日か一緒に食べただけで、ゆーちゃんはまた元どおりになってしまっていた……牛乳パックのストロー口を手ではなく、歯であける。犬食いをする。だから口に詰め込みすぎて下にポロポロ落ちる。牛乳パックがたためなくなった。Rちゃんは、児童ができないことを全てしてあげる。逆に、犬食いだろうが何だろうが、一人で食べられているのならいっさい口出しはしない。「自閉児だから仕方ない」という概念があるのではないだろうか。それが結果としてこういう事態を招く。Rちゃんは、その子がどの辺までできるかという発達段階を見極められていない。だから児童ができることまで奪って大人がしてしまう。発達段階を踏まえて、その子が次に目標とすることを指導していくのが我々の仕事であると思う。もちろん、日常生活のみならず、教科指導においても。確かに私達は「介助員」という名目で雇用されている。しかし介助することと全てやってあげることは違うだろう?私達はサポートしなくてはならないだろう?いくら介助員でも、児童一人一人を育てていく義務があるだろう?Rちゃんは一身上の都合で退職した人にかわり、2004年度の9月1日付けの採用で私のいる心障学級に招かれた。初めは慣れないし、仕方ないと思って見ていたが、いつまでたっても彼女は変わらない。ただ子どもの遊び相手になっているだけだ。私は遊びの中でも必ず指導をとり入れる。勿論、児童は指導だと気付いておらず楽しんで遊んでいるのだが。以前は彼女と同じ給料なことに不満を持ったりもした。自分が仕事ができる、とは言わないが少なくとも彼女よりできると自負した時もあった。しかし今はそれよりも、根気強く教え、いろいろなことができるようになりつつある児童が堕ちてゆくのが切なくてたまらない。それは私の担当の児童ばかりではなく他の先生が担当している児童もそうだ。Rちゃんは勤務態度も真面目だし小学校教員養成課程を出ているので教材研究だって真面目にする。私は初等教育はちんぷんかんぷんだ。免許だって中学と高校の音楽教諭の免許しか持っていない。いかんせん私は外見もチャラチャラしている(ように見られる)しRちゃんが私より高い評価を受けることだってしばしばある。それはそれで致し方ない。でも、もう児童が堕ちてゆくのを見るのはこりごりだ。どうにかならないものかと思っているが、どうしようもない。何度言っても気付けない彼女に、何も言う気になれない。私は児童は根気強く指導できるが私より1歳上のお姉さんを根気強く指導するのは無理だ。
2005年05月23日
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ただいま、朝の4時半です。今仕事から帰ってきてこの日記を書いています。今日はらぶりんに会える日…のハズだったのですが彼はお休みをとって店にいませんした。ちくしょう。らぶりんは2時になったら出勤するから早く2時になぁれ♪ なんて思ってたけど2時になっても現れなくて。ん~?3時出勤かぁ?…って思ってたけど結局最後まで彼は現れず。バンド練習でも入ってたのかもしんないですねぇ。少なくとも土日のどちらかは絶対練習するって言ってたし。彼の理想は週に3回は練習することで平日に1回、それと土日で週3回は最低練習したい、と。しかしメンバーの都合もあるし今はまだ軌道にのってないこともあって週に1~2回くらいらしい。でもよく考えたら、昔、バンド練習の後とかに「帰ってくるの、3時くらいになるからよかったら送っていこうか?」な~んてメールがきたこともありましたわー。1ヵ月も昔のことじゃないけど、今はそんなことありえねぇ。いやぁぁ、懐かしいハナシです。そういって彼が送っていこうか?と言ってくれる時に限って私は滅多にないアフターとか行くことになったりしてて。2回ほど悔しい思いをしたことがございます。昔はわりと連絡とってたし近況も聞いていて、どういう生活してるか知ってたけど今はメールもしないしお店で会っても話さないし彼が今どういう生活してるか全然わかりません。まぁ忙しいのにはかわりないでしょう。たぶん彼がボーイでお店にいた頃よりも全然忙しいハズ。いつか食事にでも行きたいな~と考えていたけどたぶん今の彼にはそんな時間はないはず。そういう私もかなり忙しいです。有休もとれやしねぇ。とろうと思えばとれるんだろうけど、学校の方は運動会が近くてその練習があるから休んだら迷惑がかかるし。有休をとるとしたら、運動会が終わってからだから6月に入ってからですなぁ。6月は大きな行事もなかったハズだしゆーちゃんが定期通院で欠席する日にでも丸1日休みをもらって、家で勉強しなきゃ。次の日が休み、っていう時にらぶりんと会ってゆっくり食事でもしたいなぁ。ま、絶対ありえないコトですけど。らぶりんからメールがこないってことはきっと仕事もバンド活動もうまくいってるってことでしょう。アレですよ、親が遠くに離れた子どもから連絡なくて心配はするけど連絡ないってことは充実してるんじゃないかって思うのとおんなじっていう。(笑)
2005年05月22日
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大学時代のクラリネットの師匠の門下の発表会があった。13時半開演だったが17時までであまりにも長い為A子と私は15時半頃にホールに向かった。A子はピアノの専攻でクラリネットとはいっさい関係ないように思われるが大学時代、副科でクラリネットを選択していたのだ。また、私の専属的な伴奏者として一緒にレッスンを受けてくれたりした。先生はA子の伴奏がとても好きである意味私の演奏よりA子の演奏を高く評価していた。私達が会場に到着した時はもう半分以上が終わり、全体合奏間近だった。一番入り口に近い席で聴いていると先生が気付いて「あら!」という表情をしていた。全プログラムが修了し、全体合奏に参加することになり、慌てて準備をして初見で演奏した。今回が最後の門下生の発表会。なんだか感慨深いものがあった。その後、打ち上げで居酒屋へ。何年ぶりかに会う先輩と歓談して一人一人挨拶をした。私の大学の門下生は副科のA子をあわせても4人。先生は某T学園大をメインで教えているのでそちらの生徒さんの方が圧倒的に多い。私達はお嬢さん・お坊ちゃんの中で浮いていた。二次会はないつもりだったそうだが先生がうちで飲みましょう、とおっしゃってくださったのでそのまま流れる。以前は一次会から先生の自宅で飲んだくれていた。門下の発表会というと、そういうものだった。しかし先生が病気をされ、入退院を繰り返す近年、それは厳しかった。一次会も二次会も居酒屋で、という発表会がここ数年続いていた。今年は「検査の結果が思ったよりよかったから」と言ってくださり、お招きいただいた。先生の旦那様は先生と一緒で日本酒がお好きだ。酒と名のつくものはなんでも飲める私をすごくかわいがってくださる。今日も先生の旦那様に日本酒をつがれクイクイ飲んでしまった。終電の時間もあったので22時をまわりそうなところで非常に名残惜しかったが、先生とある約束をして先生の家を後にした。ある約束というのは……これから、たとえ細くでもいいから楽器を吹き続けること。劣等生だった私に押し付けもせず楽器を教えてくださった先生。先生の門下だったという証は私が楽器を吹くことでずっと消滅することがないはずだ。それから、シューマンを演奏する約束もした。先生が得意とするドイツ音楽。ドイツ音楽の神髄といえばブラームスだがシューマンも同等だと思う。ピアノとクラリネットの旋律が溶け合う、幻想の世界。学生時代から手を出したくても出せなかったシューマン。もしかしたら、学生時代より様々な経験をした今の方がシューマンは演奏できるかもしれない。帰りの電車の中で、先生のレッスン室に飾ってあったコンクールの賞状を思い出した。審査員の名前には日本のクラリネット界の巨匠の名がずらりと並んでいた。彼らから評価され、コンクールでグランプリをとった先生。それなのに決して気取ることなく私のような劣等生にも根気強くクラを教えて下さった。先生との約束、守ります。
2005年05月21日
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ご当地キティーって知ってますか?サンリオキャラクターのキティーちゃんがその土地の名産に扮してるだけなんですが、タオル、ボールペン、携帯ストラップといろんなグッズがあります。その中にハンドタオルがあるんですが、月月はそれをコレクションしています。友人や知人がどこか旅行に行く、と言って「お土産買ってくるけど何がいい?」なんて聞かれたらすかさず「ご当地キティーのハンドタオル!」と答えます。私自身もどこか行ったら必ずそのハンドタオルを購入。でもそのハンドタオルだけでも種類が3種類くらいあるんですよ。あと、鹿児島とかはどこに行っても文字が「鹿児島」と入ってるんですが静岡なんかに行くと、観光地がいっぱいあるせいか「静岡」「伊豆」「下田」なんてたくさんあった気がします。コレクションしている、といっても月月が持ってるハンドタオルはまだ2枚。「鹿児島」と「房総」版キティーです。「伊豆」って書いてあるヤツも持ってたんだけど、なくしました(号泣)それから、お客さんのかんちゃん(私の誕生日を盛大に祝ってくれた人です。5月11日の日記をごらんください)という人が仕事であちこち行っていてどこか行くたびにタオルを買ってきてくれていて、かんちゃんの手元に3枚あるそうです。それと、こちらもお客さんなんですが、同じ鹿児島出身のT田様も旅行のお土産にハンドタオルを買ってきてくれたようで、そちらにも2枚ほどあるとか。私の手元にないものまで合わせると、7枚ある、ってことになります。ちなみに「房総」キティーは自分で買ったものですが「鹿児島」キティーはT田様が実家に帰省した時に買ってきてくれたものです。ハンドタオルの他にミニタオル(手のひらサイズの小さいタオルです)も2枚買ってきてくれました。学校の同じ講師で、徳島の出身の人がいるので、帰省する時に「阿波」キティーを頼もうかな、と思っています。タオルは学校で毎日使います。夏場だと2枚くらい使っちゃうので、何枚あっても困りません。ちなみにタオルコレクションは昔っからのクセ(?)で、昔は甲子園タオルの収集に凝っていました。こちらは甲子園に行く機会が少なすぎてやめましたけど。ご当地キティーは当分の間続きそうです。
2005年05月20日
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駒大は日大との3戦目も落とした。スコアは6-5。またもや4-1でリードしているところからの逆転負けだという。入れ替え戦がない為、負けて最下位になってもへっちゃら…という安心感がこのような結果を招いたのではないか、と思うのは私だけだろうか。今回、亜細亜大が不祥事により処分を受けており5チームでリーグ戦を行っており、最下位になっても入れ替え戦がない。東都リーグにおいて、最大の恐怖はこの入れ替え戦である。入れ替え戦さえなければ、最下位になろうと別に構わないのだ。1部にいるどの大学も、2部には落ちたくない。1部には1部の野球、2部には2部の野球があると思う。駒大が2部に落ちた時、数試合2部の試合を見たが、少し粗っぽい気がした。その2部に落ちた駒大は、落ちてからマトモな野球になったが一瞬でも落ちたということは少なからず2部の野球になってしまっていたんだと思う。そんな粗っぽい野球で通用する2部にはいたくない、というのが1部のプライドである。それと、1部と2部の扱いは全く違う。雑誌では選手名しか掲載されない2部に比べ、顔写真入りで試合結果もベストナインも掲載される1部。ゴルフ練習場である、神宮第二球場とは名ばかりの薄暗い球場でひっそりと行われる2部の試合。平日とはいえヤクルトの本拠地である神宮球場で行われる1部。その神宮でプレーすることに憧れ1部に登録されている大学に入った選手だって少なくはないはずだ。全日本大学選手権や明治神宮大会は神宮で行われるが地方のリーグの大学はこの神宮でプレーすることを目標にリーグを勝ち抜いてくる。東都の1部に登録されている大学は2部に落ちたくない一心でリーグを戦う。入れ替え戦があるからこそ逆転優勝も逆転最下位もあり得る。そこが面白い。しかし入れ替え戦がない今季は駒大のみならず各大学、安心しきってプレーしていたのではないか。駒大に限っていえば、開幕戦こそ圧勝で勝ち点を獲ったがその後は尻つぼみである。亜細亜大は秋から2部で復帰するらしい。不祥事があり汚名を返上するべく全勝優勝でリーグを勝ち上がり、入れ替え戦も圧勝して来年の春には1部に復帰してくるだろう。東都が熱くなるのは来年の春からなのか?そう考えると、つまらないとしかいいようがない。
2005年05月19日
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東都野球春季リーグもたけなわだ。弟のいる駒大は、日大が最後の対戦相手だった。昨日は勝ったのだが、今日は黒星。しかも11-6と結構な点差だ。途中でリードしていたにも関わらず逆転された上、コンスタントに追加点までくれてやって終わってみれば11点も取られている。本日の試合のポイントを私なりにまとめてみた。(私は観戦したわけではなく、一応公式とされているデータを見てまとめたので間違いがあっても指摘しないで下さい…。だって東都のHPの記録、結構な確率で間違いまくってるんだもん。苦笑)■エラーが3つ。■投手が4人交代。1.各々が最低1点の自責点を背負っている。2.4人の四死球のトータルは8。また四死球やエラーが絡んでの点数か…と、正直思ってしまった。青山学院戦で、イヤというほど見た、四死球やミスからのランナーの返還。同じことを日大戦でもやっていたのか…と。いつも途中リードしながら、相手に追加点を許して逆転されてしまう。青山学院戦の2戦目なんてその最たるものだった。投手が虎の子の点数を死守している時はこちらの援護がない。これも青山学院戦の1戦目がその最たるもの。取った大量点を投手が守れない。投手が守っている僅かな点に打者の援護がない。投打が噛み合わないというのはこういうことなんだろう。試合後に弟からメールがきた。最終戦だというのに、むっちゃ雰囲気悪いっすわ。ムードが悪いのは、試合はしなくても結果はわかっている。駒大は1勝して、さぁ次も!と意気込んだ時に勝てる試合を落とした。逆に日大は1敗してもう負けられない、というところからの回生。追いついたというのと、追いつかれたというのは気持ちの持ち方が全然違う。どちらが勢いがあるかは書かなくてもおわかりになるだろう。それは試合中に於いてもそうだがリーグ戦という形式においても同じ。駒大が最下位にならないことだけを祈る…。まぁ、最下位になったとしても入れ替え戦はないけれど。しかし、それが逆に気の緩みに繋がることでしょう。
2005年05月18日
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姉さんと、姉さんの彼氏のT様と地元で飲んできました。T様は予定よりも10分早く到着し、私と姉さんは仕事の都合で遅刻。居酒屋に行くと、T様は座敷で既に飲んでおられました。私と姉さんがほぼ同時に到着し、予定時刻より30分遅れてようやく揃って乾杯。私は激ビール党なんですが、T様が芋焼酎を飲むというのでつきあうことに。ビールを2杯ぐびぐび飲んで、黒霧島のお湯割りにきりかえました。T様は私と同じ鹿児島の出身でつい先日まで4日ほど田舎に帰っていたんだそう。それでとてもローカルな話に花が咲きました。畑の話、山の話、じいさまの話、ばあさまの話、それから地方ではこの話題でゆれているところも多いかと思うんですが市町村の合併の話。で、T様の田舎と私の田舎、どっちが都会かを競っていたんですが東京都の出身である姉さんのどんぐりの背くらべよという言葉でドローということに……T様は黒霧島をストレートで召し上がり、姉さんは日本酒。私はお湯割りと、私達の席はたいへん酒豪な席になりました。T様は眠くなったからお前ら二人で飲んでゆけ、と諭吉を託し、帰っていかれました。私と姉さんはそれから閉店の3時まで飲み続けました。お店の話や恋愛話が中心でしたが姉さんが私の恋愛話を聞きだそうと必死でした。姉さんはらぶりんとかなり仲がいいのでそれだけは言っちゃあならねぇ!と思いらぶりんがマイブームだということは伏せておきました。メールをわりと頻繁にしていることも…でも、姉さんはらぶりんと飲みに行きたい!と言っていたので、それを早く実現させなくては。ただ、らぶりんが忙しそうなんだよなぁ…。そして、気が付くといつの間にか黒霧島のボトルはあいていました。月月はたぶん3分の2くらい飲んでます。いやぁ、朝起きるのが辛かった…二日酔いではなかったんですがさすがにお酒が残っていて仕事、きつかったです。っつっても、お店がある日は8時から3時すぎまで飲んでるワケだし、わりと日常茶飯事かもしんない…黒霧島はメチャ旨いってワケじゃないけど月月にとっちゃぁ、酒が飲めりゃ何でもいいんスよ…。
2005年05月17日
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モーツァルトって作曲家の名前は皆さんご存知ですよね。音楽の授業で名前はよく聞くと思います。今日はそのモーツァルトについて書きたいと思います。わりと有名な話ばかりかもしれませんが、個人的にトリビアネタだった!というモノがあれば、どうぞコメント残してやってくださいな。モーツァルトって、ものすごく多い曲を残しています。交響曲だって40曲以上あるし、ピアノ曲も多いしオペラたくさん書いてるし、協奏曲、室内楽曲など多岐にわたります。初めて作曲したのが確か5歳だか6歳だかそれくらいですよ。すごいですよね。私なんてまだ字も書けやしません(笑)作曲家も人間ですから得手不得手というのはあって、作曲に偏りが出たりするんです。例えば「俺はピアノ曲は得意だけど、どーもオーケストラは苦手だわ~」っていう人がショパン。「俺はオーケストラで何か表現したいんだけど、完璧じゃなきゃ気にくわんっ」というのがブラームス。ブラームスは1曲の交響曲を書き上げるのに何十年もかかったりしています。とにかく、リストやショパンはピアノ曲ばかりが残ってるし、シューベルトは歌曲ばかりだし、ワーグナーはオーケストラが絡んだ曲ばかりだし…と、偏ってるんですよ。でもモーツァルトは偏りがないんです。全ての分野で有名な曲を残しています。これって本当にすごいことなんですよ。う~ん、有名な曲を残してる…っていうと語弊があるかな。どの分野でも素晴らしい曲を残してる、という感じかな。先ほど少し触れたショパンなんかはピアノ曲は本当に素晴らしいけれどオーケストラの曲なんてこれっぽちも書いてないんですよ。オペラなんてとんでもなくて、室内楽もかいてないし、協奏曲と名のつくものはピアノ協奏曲しかありませんから。そのピアノ協奏曲のオーケストラパートのひどいことひどいこと(笑)ショパンには失礼ですが、いっそピアノ2重奏にしちゃえばよかったのに、って思うくらいです(笑)モーツァルトは他の作曲家とならんで教科書に出てきますが一緒に並んでいる作曲家は絶対恐縮しているに決まっています。モーツァルトは作曲家の中の作曲家と言っても過言ではありません。よく言われることですが、モーツァルトという作曲家は人間の器を借りている神だと思います。そのモーツァルトは40歳にならずして亡くなりました。36歳だったかな。(←ちゃんと覚えとけ 苦笑)36年の人生で何百という曲をかき、使命をまっとうしたのでしょうね。モーツァルトの死因は未だに判明しておりません。映画「アマデウス」の中にもありますが、モーツァルトの葬式というのは大作曲家の葬式とは思えないほどひっそりと行われました。何万人もの人に送られたという作曲家もいるのに。モーツァルトの遺体は集団墓地に埋められ、どこに埋められたかもわかりません。モーツァルトの死因は服毒、サリエリによる殺人など様々な説がいわれています。しかし死因説の中にノイローゼだけはないようです。彼はとーーーーっっても楽観主義でしたからね(笑)モーツァルトの死因に関して各国の研究者が日夜研究してるようですがまぁ…死因を決定づけるのは困難を極めるでしょうね…。こんな感じです。……なんか、あまりたいしたこと書けなかった(笑)たいしたトリビアネタなんてないままオワリます。(笑)
2005年05月16日
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らぶりんが送迎ドライバーとしてお店に復活するかもしれない、と本人から聞いていたのにそれ以降連絡がないのでどうなったか気になっていました。昨日「ドライバーの件、どうなったの?することになったの?」とメールをしたところもうやってるよ。少しくるったけど、当初の予定通り昼・夜仕事してます。という、ものすご~~くそっけない返信が。今までお店お手伝いに来る、ってだけでも連絡くれてたのにいざ復活するとなると連絡をくれないなんて淋しいぢゃないか(涙)今日は私も出勤の日だったのでらぶりんに会えるのが楽しみでした^^送ってもらう時に色々話せるんだろうな~って。聞きたいこともあったし…。でも、現実はそう甘くなかった…(号泣)らぶりんは2時出勤と言ってたんですがどんな感じなんだろ~って思ってました。まずは会計などがたてこみ、一番忙しい時間となる2時に出勤して、ホールを手伝うらしい。送迎はその後。送迎ドライバーだから私服だとばかり思ってた私は、腕まくりをしながら現れたスーツ姿のらぶりんにビックリ。その時初めて、ホールもすることを知りました。私が接客していたら、厨房に近い席ってのもあったんだけどらぶりんが突然寄ってきて、味噌汁に卵って入れるよなぁ?と聞いてきました。らぶりん、かわいすぎ(爆笑)「卵入れるのは普通でしょ~」……とは言ってみたものの、らぶりんも私も西日本代表なんで、東日本じゃ卵は入れないんじゃなかろうか?という疑問がふと脳裏をよぎる。でもそれならそれで新鮮じゃん?っていうウチらの結論。ということで、今夜のお味噌汁はらぶりんが作った卵のお味噌汁でした。(うちお店ではラストまでいてくれた人にサービスでお味噌汁を出します。今までチーフが作ってたんだけど、チーフが辞めちゃったので今は板前経験のあるらぶりんが作っています。)帰りの車で「今日の味噌汁食べた?自信作やってんで」といわれたけど、残念ながら私は食べてません…お客さんが食べるのを物欲しそうな目で見ていたハズです…それから、髪の毛の話題。私は今日、お店に行く前に美容室に行ってヘアカラーとカットをしたんですが前髪がパッツン前髪になっちゃって、かなり失敗……一度したかった前髪ではあったけど、いざしてみると、かなり違和感がある…。水商売のねーちゃんじゃねぇ。美容室にカジュアルな格好で行ったのが失敗だったかも…で、らぶりんがお店に来てから、接客の途中で「髪型かえたな」って言ってくれました。気付いてくれたのねっっ。でもそりゃ当然か…他のボーイさんなんて……あれ?…あぁ、月月かぁ!!!!誰かと思った!!!ってビックリしてたくらいだもの(苦笑)閉店後の片付けでイヤなことがあってふてくされて一人でVIPルームにいたららぶりんが来て「どしたん。こんな所に一人で。」って聞いてきたので、一部始終を話しました。すると、それに関するコメントは何もくれず「とりあえず、前髪は今の方がええで。」と言ってくれました。かなりのろけですいません。ちなみに帰りの車でも二人になってから前髪の話になって、らぶりんは私のパッツン前髪を褒めてくれました。絶対こっちの方がいいぞ、と。らぶりんの好みだったらしい。ならずっとこの前髪でいこう♪(笑)(ちなみにらぶりんもまた髪の毛を切ってました。パチ屋だからうるさいんでしょうね。)でもこの後が大変だったのだ……今日は送っていく女の子は3人で、皆割りとお店の近くに住んでいたので私が最後に送ってもらうことに。短期で働いているミキティーがお酒も飲んでいないのに快調に話していました。私は閉店の片付けでのイヤなことで車の中でもまだなおムスッとしてました。ミキティーがコンビニに寄りたいと言い出し私とティナは車の中で待っていました。らぶりんが私とティナにお茶を買ってきてくれたんですが、ミキティーが「えぇっ!優しい……前にコンビニに寄った時、私には買ってきてくれなかったじゃないですか!」と嫉妬(?)をしていました。ミキティー……わかってないねぇ…月月姉さんとらぶりんは、君達が思ってるよりももっと深い関係なのだよ。……とか、調子こいて言ってみたいですね。ミキティーとティナを降ろして2人になった時味噌汁の話をしたり、らぶりんの昼の仕事(パチ屋)の話をしたりしました。そしたらお店に傘を忘れていることに気付きました。らぶりんがこれまたいいヒトだからお店に戻ってあげようか?なんていうもんだから、お言葉に甘えることに。まぁ途中でお店の近くを通るから、遠回りにはならないのだけれど。しかし、これがいけなかった。車から降りてお店に走るとお店ではマネージャーとママがミーティング中でした。で、「忘れ物とりにきましたぁ」と言って入るとマネージャーが「月月!送迎車だよね?R子さんも乗せてってよ」と言ってきました。えぇぇっ!?なんでR子さんがいるの!?…と思ったら、お客さんと3,40分だけアフターに行ってたんだそう。確かそんなに飲んでないはずなのにベロンベロンで千鳥足のR子さんを抱え、らぶりんの待つ送迎車へ…らぶりんにその旨を伝えると、ちょっとキレ気味でした…そりゃそうだよな…R子さんちが近所ならまだしも、結構距離あるんだもの…嗚呼、私が傘なんかを取りに行ったばっかりにこんなことになってしまって……猛反省。二人で話せる~♪と思ってたのも束の間、泥酔とはいえ話はしっかり聞いているR子さんを乗せ、私の家に向かいました。車の中はすっごいシーンとしていてらぶりんは携帯のメールに熱中していました。聞きたいこともあったけど少ししか聞けませんでした…。らぶりんは9時から17時までパチ屋で仕事をしてその後バンドの練習があったらしくバンド練習の後にお店に来たんだとか。で、また朝の9時からパチ屋の仕事。まぁそういう私も朝8時から仕事だけど。でもあがるの早いしなぁ。らぶりんは、送りの女の子の人数が多くない限りは割と安全運転だと思ってたのに(2人で出かけたりする時はいつも安全運転。)めちゃめちゃスピード出すし、横から入ってきた車に「何やねんコイツッ(怒」って、舌打ちしながらキレてるし…うわぁ、私のせいだ~~…と思いながら何もいえなかったワタシ。帰ってから「今日は傘をとりに行ったばっかりに遠くまで行くハメになってしまってごめんなさい。」とお詫びのメールを送っておきました。すると、本心なのかどうかわからないけど大丈夫!気にしなくていいよ!という返信がきました。「でもスピード出してるし運転荒いし、キレてると思ったから…」と返すと「失礼(笑)細かい事は気にしなさんな☆」と、ある意味ワケのわからないメールが。う~ん…??細かいことってのは…傘を取りに行ったばっかりにR子さんを送るハメになってしまった、ということだと思っていいのかしら。まぁ本人がイイって言ってくれてるならいいけど、でもやっぱりあの運転とあの空気はちょっとキレてたわよね…。最近とってもイイ感じ♪と思ってたんだけど、かなり冷たくなってきたらぶりん。まぁ仕事も変わったし、忙しいからだろうけど…だって仕事、すごいもんね。昼の仕事が週5で、お店が約3時間の勤務とはいえ週6回。でも私は仕事なららぶりんには負けてないね。つーか、お店で会えるのはいいけどプライベートでは絶対遊びにいけないね。時間がなさすぎる。そういうことを考えたりだとかあの車の空気を思い出すと、今も断腸の想いです……(注:断腸の思いってのはこういうトキに使うモノではありません。良い子はマネしないようにしましょう。)でもらぶりんが2回も前髪を褒めてくれたことだけを胸に明日から一人で頑張ります……
2005年05月15日
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今日は大学時代の友達のあややと長電話をしました。もう2●歳になったっつーのに話題は恋愛話ですよ、あーた。結婚がどうのこうの、じゃなくて。月月の年齢は、もう結婚して子どもがいても可笑しくない歳です。でも恋愛話ってスキ(ポッいつまでも自分が乙女(もうそんな歳じゃねぇが。)でいるつもりにさせてくれますね(爆)今日あややと話して結婚についてじゃなくて結婚願望についてちょっと考えてみちゃいました。あややは結婚願望がかなり強いそうで誰かとお付き合いするにしても結婚が視野に入ってくる、と言っていました。月月は、というと。MAX100とすると、結婚願望は5~10くらいですかね。誰かと付き合うにしてもその人と結婚するとかは考えられません。別にキャリアウーマンを目指してるわけではありませんが仕事するのは好きです。ストレスも愚痴もたくさんありますけど…今はまだ仕事を優先にしていたい。結婚したら家庭のこともきっちりしたいし子どもができたらきちんとしたしつけをしたい。それを考えると、今結婚してしまうとなんだか中途半端になるような気がして。私の友人は、結婚を逃げと考えている人が多いんです。仕事に疲れたからとか、社会のしがらみにうんざりしたから結婚したいとか。別にそれを否定するつもりもないしそれで家庭のこときっちりできるならいいと思います。でも私は一人の女性としてしっかり自立していたいし社会の歯車として動いていたい。仕事に疲れて、家庭のことで疲れないわけないでしょう。何年か仕事しただけで疲れるくらいなら家庭に入るべきではないですよ。仕事みたいに「この仕事、合わない~」って辞められるわけじゃない、一生続くことですから。それが私の言う自立、ってトコですかね…。仕事に疲れたから結婚とか、相手の男にとっちゃいい迷惑ですよ。自分が男だったらたまんねーな。あややは結婚が視野に入ってくるからきっとなかなか恋人もできないのかもなぁ。結婚が視野に入ると経済力とかそういうこと考えるのかしら。本人は結論を急ぐ、と言っていて誰かと出会ってメールをやり取りしたり食事に行ったりしても、自分に合わないと思ったりむこうに気がないな、と思ったらスッパリ関係を切るそうです。私は結婚とか考えないから惚れっぽいのかしら(笑)兎に角、私は今結婚したいとか思わないです。もっと仕事が軌道にのったら結婚とかも見えてくるのかもしれませんね。てゆーか私、結婚できない気がします(笑)周りで急かす人もいないんですよー。親は冗談で「孫の顔が見たい」ということがありますが「孫なんてできたら老けこんじゃうからまだ孫なんてほしくない」というのが本音だそうです。弟も弟で「オマエもう2●歳だろ、早く家庭に入れば?」とたまに言ってきますが、それもやっぱり冗談らしく「オマエが結婚するのとか考えらんねぇな」というのが本音らしい。誰か急かしてくれたら、私も焦るのかなぁ。いやいや、私の性格だから反発して逆に「結婚なんて絶対しねーよ!」とか言い出すかもしんない(爆)あと考えられることは2つ。私は結婚より恋愛に向いてると思われてるか…あとはもう諦められてるか。ですね(爆)
2005年05月14日
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連休があけて運動会の練習が始まりました。徒競走や学年種目などいろいろありますが中でもダンスの練習は一番時間を割いて行います。私が担当しているゆーちゃんは3年生で3年生は4年生と一緒に民舞をすることになっています。うちの学校の伝統だそうです。そういや私が小学生の時も民舞というか民謡だったなぁ。私の学校は6年生だったけど。で、昨年の民舞はソーラン節でしたが今年はエイサーなんだそうな。火曜日にも練習があったんですがゆーちゃんが定期通院で欠席だった為初めての参加になりました。他の児童は1回練習をしているので一歩リードしてました。エイサーは足の動きが難しくて、自閉症のゆーちゃんにはちょっと困難かも…ってことで、私が必死こいて踊ってきました(笑)私、南国育ちのせいか、エイサーみたいな陽気な民舞はあってるかもしんない。児童の最後列で陽気に踊り狂ってきました(笑)ちなみに私の地元の民謡は漁師の民謡です。遠洋漁業が盛んな街で船に乗りながら残してきた家族のことを想い、大漁を祈願している歌です。都会だと土地の民謡っていうのがそんなになくてエイサーとかソーラン節とか他の地方の民謡をとりいれるんですね。私の地元は民謡があって逆にいいのかもって思いました。
2005年05月13日
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お店のお客様で、S田さんというお金持ちのお客様がいる。うちのお店は、社長とか病院の先生、弁護士さんなどお金を持っている人が来ることが多い。お金を持っている人だからといって違う見方はしないけれど自分で事業を興した人というのはやはり勉強家で自分のポリシーというのを強く持っていて、話を聞いて勉強になることが多い。S田さんも、そんなお金持ちの中の一人であるが正直言って、彼から学ぶことはひとつもない。S田さんは、平気で人を傷つける人なのである。私はつい先日、S田さんにこてんぱんにやられた。数日前、誕生パーティーで、団体のお客様が入っていた。メンバーはママの古くからの知り合いばかりで、その中にS田さんも入っていた。私の横にメンバーの中の彼女で、女性のお客様がいたのだが、私が彼女に「天然ですよね~?」と言って2人で笑っていた時のこと。S田さんは、その女性のお客様に私が「天然」と言ったのが面白くなかったらしく「貴女こそ天然ですよ」と私に言ってきた。雲行きが怪しくなったな、次にくる言葉は非難の言葉だ…と察知したので、『そうですねぇ、私、天然かもしれません。』と言って話を終わらせた。にも関わらず、S田さんは話を続けた。案の定、非難の言葉だった。「だって、貴女、話が全然面白くないもの。」話が全く噛みあっていないにも関わらず、相手をけなす。S田さん流のイヤミの言い方だ。この日、S田さんは一緒に来ている仲間までけなしていた。皆で少し真面目な話をしていると、Tさんという人に向かって言う。「Tちゃんさぁ、皆に嫌われてるんだから、もっと考えて発言しなよ」Tさんというのは酒癖が悪いひとで、一緒に飲んだ相手は迷惑を被ることが多いらしい。しかしそれでもTさんと一緒に飲み歩くのだから、嫌われてはいないのである。S田さんだけがTさんのことをあまりよく思っていないが為にTさん本人にそんなことを言うのである。因みに、その場が凍りつくかと思いきや、皆「またかよ」という感じだった。しかも、「S田さん、楽しく飲みましょうって言うわりにはS田さんの心無い一言で台無しになることがよくあるんで気をつけてくださいよ」と対処していたのだった。皆、慣れていらっしゃるようだ。S田さんの席にいる間中、私は煙草をガンガン吸い、S田さんのくだらない自慢話を流して聞いていた。犬の話になった時、S田さんが「○○っていう種類の犬、知ってる?」と聞いてきたので、『いや、知らないですね…』と答えると、「そうだろうね。1頭120万するんだよ。君が見たことあるわけないよね」と言っていた。1頭120万する犬は見てみたい気もするがS田さんに飼われている犬は見たいとは微塵にも思わない。犬は飼い主に似るのである。S田さんはここぞとばかりに自慢話をされ、私とS田さんの住む世界が違うことを主張していた。その日は「君とは住む世界が違うから」と耳にタコができるくらい…いや、体中に湿疹が出るくらいに聞かされた。S田さんはそうやって私以外にもたくさんの人をけなし、傷つけてきたのだろう。この日記によく出てきている、私が今好きな人「らぶりん」もその中の一人である。彼がボーイ時代、2時間に渡り、しかもマンツーマンで私が言われたようなことを延々とS田さんに言われたのである。彼は自分の家族をけなされ、そして彼の存在自体もけなされ、夢までも否定され、ボロボロに傷ついていた時期があった。高級車に乗り、高級なスーツを着て、高級な腕時計をつけ、120万の犬を何頭も買うことが豊かさだろうか?S田さんにとっては大事なことなんだろう。例えば雑種の猫を「血統書つき」と言って白金台あたりのペットショップに120万の値札をつけて出しておけばS田さんは買うのだと思う。S田さんにしてみれば、猫の本質よりも「120万円した」ということに意義があるのだと思う。物質的には豊かかもしれないけど、心の豊かさがない人間はどんなモノを持っていたって腐って見えてしまう。S田さんは人を傷つけている、と思って言っていないのだろうか。だとしたら、物凄くかわいそうな人である。今時、こんなイヤミを言う人なんて聞いたことないかもしれない。一昔前ならともかく、最近の小説や物語にさえ、こんな人物はいない。でも実在するのである。私は、必要最低限のものと、自分の好きな物に囲まれていればそれで満足してしまう。酒があって、煙草があって、好きな音楽があって。好きな人が傍にいればもっと満足かもしれないけれど、不可能なことは「仕方ない」と諦めがつく。私もブランド物の1コや2コは持ってはいる。いいなぁ…と思った物がたまたまブランド物だったのだ。ヴィトンだから買うとか、プラダだから買う…という訳ではない。好きなデザインや素材が一致した結果、ヴィトンだったのだ。ブランド物のメリットは、長く使えるということと修理がきくことだ。手帳はヴィトンの手帳を愛用しているが、もう8年使っている。この先替えるつもりもないし、壊れても修理に出して使うつもりである。私は裕福な家庭で育った自信がある。総合的に見て裕福な家庭、ということだ。物質的な豊かさだけでなく、心の豊かさも。あれが欲しいこれが欲しい、と思って全てを買ってもらえるわけではなかったが好きなことは不自由なくさせてもらった。両親は適度な欲求不満を体験さえ、我慢することをわからせ、でも好きなことは思い切りさせてくれた。それは弟達も同じで、好きな野球を目一杯させてもらっている。3人とも大学まで好きなことをさせてもらっている姉弟なんてなかなかいない。そこまで理解してくれ、仕事を頑張ってくれた両親を誇りに思う。食事は毎日3食、母の手料理を食べた。母は好き嫌いが多い私の為に、手のこんだものを作ってくれた。育ち盛りの弟達は肉や脂っこいもの、酒を飲む父には酒に合うつまみ。母は仕事をしながら、毎日何種類もの料理を作っていたのだ。それも、文句をひとつも言わず。母が「もう料理なんて作りたくない!」と言っているのは聞いたことがない。毎日母親の料理が食べられて、好きなことをさせてもらって、幸せな家庭だったと思う。だからこそ私は、多少ひねくれてはいるけれどS田さんのような非人道的なこと、非道徳的だと思われることはしていないと思う。そう、毎日キャビアやトリュフを食べなくても幸せなのだ。欲しいと思った物が全て手に入ることが幸せではないのだ。高級車に乗り、高級なスーツを着て高級な腕時計をつけ、120万の犬を何頭も飼うことが豊かさではないのだ。S田さんは物質とは反比例して心の豊かさを失ってしまったのかもしれない。(2005/06/15)
2005年05月12日
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今日は、2●年間生きてきた中で一番といってもいいくらいの誕生日になりました。この歳になってこんなにお祝いしてもらうことがあるのだろうか、っていうくらいでした。私の誕生日を祝ってくれた数々の方、本当にありがとうございました。今日一日、どうやって祝ってもらったか書いていきたいと思います。朝イチ、同僚に。朝出勤して、教室の扉をあけたら、唐突に同僚2人がハッピーバースデーの歌を歌ってくれました。たまにギスギスすることもある同僚だけどすごく嬉しかったです。生徒に。せんせぇ~、お誕生日おめでとう~!と、自閉症の4年生の女の子のはーちゃんが言ってくれました。何歳になったの?と聞かれたので18歳だよ。と答えました。そしたらすかさず、5年生のゆうきくんがじゃあまだお酒は飲めないんだねぇ。と言ってきました。う…鋭い指摘…。メールで。書く順番が逆になりましたが日付が変わった途端、おめでとうメールがドカドカ入ってきました。1番はお客様のS氏。0時ぴったりの受信でした。私はたくさん迷惑かけてるのにいつもいろいろありがとう。ヴィトンのパスケースありがとう。2番は姉さん。グリーティングカードを送ってくれました。「いくつになっても なかよしでいようねおたんじょうび おめでとう」というメッセージに目頭が熱くなりました。3番は高校生のたくや。この子は生徒ですね。私は高校教諭をしてた時期もあったので^^とてもかわいくて、とてもイイ子なんですよ~。年頃の男の子だけに普段は下ネタばかり連発してますがおめでとうメールには「誕生日おめでとう。いつまでもキレイな先生でいてください」と書いてありました。そんなに褒めても、いくら誕生日とはいえ何も出てこないぞ~~?(笑)てゆーか、私に気があるんじゃねーか?笑(コラ4番はお客様のかんちゃん。かんちゃんは特別盛大に祝ってくれたので別に書きたいと思います。5番は弟の圭介。ここ数年おめでとうメール一番のりでしたが今年はついに王座を奪われてしまいました。(笑)とはいっても受信したのが0:07なので他の人のメールが早すぎなんでしょうね^^;今年は一番じゃなかったよ、とメールすると悔しがっていました。野球部の連中にも日付がかわると同時にメールを送るらしく(てゆーか、同じ寮に住んでるんだからメールする必要あるのか??笑)彼女よりも早くメールしてくるウザイ奴で鳴らしてるらしい(爆)あとは順番がわからないけど、弟の弘、母親、お客様のG氏とまこちゃん、数ヶ月前に別れた彼氏、そして今最も熱いらぶりんからも夕方になって改めておめでとう、とのメールをもらっちゃいました。それからそれから…あぁ、書ききれない。広島の兄貴にもメールをもらってしまいました。兄貴、ホントに嬉しかったよ。ありがとう。ホッピーで乾杯したいねぇ…やきとりと枝豆、焼き魚なんかつまみつつ。妹は打倒兄貴で酒豪に磨きをかける毎日です。(笑)かんちゃんに。誕生日当日は何人かお客さんが来てくれる予定だったけどほとんどのお客さんが仕事などの都合で来れず特に有力だったS氏までも仕事で来れないというので1人に絞って同伴することに。数ヶ月前に知り合ったかんちゃんが同伴してくれるというのでお言葉に甘えることにしました。本来なら20時にシフトが入ってたけれど同伴だったら時間はいつでもいいので20時半に待ち合わせをし、食事をして22時に同伴しました。お店の近くの割烹料理屋さんに行くとうちの従業員のまさみが彼氏のSK氏と、かんちゃんの兄貴分であるナベさんが既に飲んでました。そこでお刺身やお寿司をご馳走になり22時に出勤しました。プレゼントにGUCCIの時計をもらっちゃいました。あとドンペリもいれてもらい、私の大好きなひまわりの入った花束ももらい…かんちゃん、どうもありがとう。こんな誕生日は初めてです。S氏に。かんちゃんと食事に行こうとしているとS氏からメール。早く仕事に来ぉいえっっ??「来い??」ってことは、今お店にいるのか???そう思ってメールをしてみると、案の定お店にいた。えーー、夜勤は~!?彼の話によると、誕生日に驚かそうと思ってシフトを交替してもらって来てくれたそうです。わざわざありがとうございます…。出勤してみるといましたいました、女の子たくさんはべらせて。いつも来ている大蔵省と、ぐっちゃんと3人で来てくれてました。私は同伴だったのでしばらくS氏の席にはいけなかったけど行ってみるともうかなりできあがっていて私の入り込む余地はナシ。主役であるはずの自分の居場所がなくてすごく淋しかったです…。でも一応ドンペリいれていただきました。ごちそうさまでーす。まさみに。従業員のまさみからバラの花束をもらいました。深紅のバラで、すごくカッコイイ花束でした。従業員から花束をもらうなんて思ってなかったのでものすごーーーく嬉しいです。まさみ、ありがとう。らぶりんに。メールももらったけど、直接口でもおめでとう、と言ってくれました。え?会ってたのか、って???ハイ、会ってました(はぁとといっても仕事で、です。(汗)学校から帰ってきて仮眠をとっていたららぶりんから電話がかかってきました。またまたねぼけながら取ると、開口一番「寝てた?」最近らぶりんから電話がくる時、いつも寝てるような気がする…そんでいつも初めに「寝てた?」って言われる^^;つーか、寝てない時でもらぶりんは「寝てた?」と聞いてきますね…何の電話かなぁと思ったら今日助っ人でお店に行くからよろしく、という電話でした。いつの間にかチーフが退職しててホールが足りないので手伝いに来てくれ、と言われたそうです。らぶりんは板前さんを4年してたりしたので料理とかうまいんですよ。彼の作るお味噌汁は絶品です。あとフルーツ盛りもスゴイ。かなりセンスいい。盛り方がスゴイ。で、今日はホール兼厨房要因としてお手伝いするらしい。仕事とはいえ、誕生日の日にらぶりんに会えてシアワセ…なんて色ボケしてしまいました。帰りはらぶりんが送りの車を運転してたのですが送っていく女の子がなんと8人もいました。近場の子もいるんですが、遠い子は遠いんですよね。外人好きの姉さんが2人いて、(よく横田基地に行くらしく、私は横田同盟の二人と呼んでます)ねーさん達が遠いんですよ。今日は送り先をはっきり述べなかった為らぶりんが違う場所に運んでしまいかなり無駄足になってしまいました。私も含めて皆、だいたい西武線沿線なんですがピアニストさんがJR線なんですね。そのピアニストさんがいる時はピアニストさんが最後なんでらぶりんとはあまり話せないんですが今日は私が一番最後で、少しだけど二人で色々話せましたっ!いやぁ~、らぶりんの運転する送迎車はやっぱいいねぇ…と思ってたら、なんとらぶりん、うちのお店の専属ドライバーとして働くことになるかもしれないんだそう。実は私が入りたての頃もドライバーさんはいたんですよ。でもその人が辞めて以来ボーイさんが送迎もするようになってらぶりんがしていました。らぶりんは昼の仕事と夜の仕事、2つかけもちしないとバンド活動ができない…といっていて、夜の仕事を探していたところでした。夜の仕事はコンビニのバイトなどいろいろあたってみたけど条件があうバイトがなかなかないんだとか。でも送迎ドライバーの仕事は2,3時間勤務で時給にすると約¥1300なのでかなりいい条件なんだとか。勤務時間も少ないから昼の仕事に支障も出ないし。でもらぶりんはすぐいいように使われちゃうんでちゃんとお給料とか勤務時間とか確認してからにしなよ!って言っておきました。こんな感じで2●回目の誕生日がすぎました。祝ってくれた人、本当にありがとうございました。今思い出したけど、ハタチの誕生日もかなりいい思い出。機会があったらまた書きます。
2005年05月11日
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5月11日は月月の生誕日でございます。誕生日に先駆けて、2名の方より贈り物をいただきました。第1号はお客様のS氏。ヴィトンはエピのパスケースをいただきました。手帳、バッグなど、わたくしが愛すエピの黒。大事に使わせていただきます。第2号はらぶりんと同じ日にお店を辞めていかれた姉さん。彼女が「福袋」と称したその中身はその名にふさわしいものでございました。リップグロスや髪留め、写真たて、そしてわたくしが一番嬉しかったものが浴衣でございます。純和風な姉さんらしいチョイスだと思いました。本日、らぶりんとメールの交換をしておりましたがらぶりんにも、5月11日が誕生日ということを打ち明けてしまいました。「誕生日会はもう少し待って」との返信をいただきました。誕生日会はしなくても良いのでわたくしとお付き合いしてください(激しくマテ毎年何名かの方が日付がかわるのとほぼ同時におめでとうメールをくださいます。ここ数年、一番におめでとうメールを下さる方は末の弟でございます。今年はどなたが一番にメールを下さるのか楽しみです。明日はお店でささやかに誕生会を開催する予定です。もしも羽振りのよいお客様がいらしたらドンペリをおねだりしてみようかと思います。年齢は秘密ですが、2●歳まであと30分となってしまいました。それでは皆様、よいお年を。…って、ワタシか。
2005年05月10日
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今日は授業参観でした。我が心障学級は生徒が9名おりますが全生徒の保護者が参観に来ておりました。他の学区から通っている児童も多く、その兄弟も一緒に参観に来ておりました。賑やかな授業参観でした。うちのグループの授業の内容は1時間目:朝の会2時間目:こくご3時間目:ずこう4時間目:せいかつでした。こくごは文字を書いたりカードを使って学習したり個別でしました。私が担当のゆーちゃんは今日も春眠暁を覚えず…といった状態で、ゆめうつつ。来ていたお母様も「ゆーちゃんっ!ゆーちゃんっっ!」とゆーちゃんをなんとか現実に引き戻そうと必死でした。もちろん私も…。ゆーちゃんはいつも初めに「すうじのうた」をします。(こくごなんですけどね 笑)絵の書いてあるカードを見せながら♪すうじのいっちは なぁ~~~あにっ♪と、10まで歌います。ゆーちゃんは8の時だけ食いついてきます。♪すうじのはっちは なぁ~~~あにっ♪♪たぁ~なの だぁ~るぅまっ あっぷっぷぅ♪と私が歌うと、ゆーちゃんは高くてカワイイ声で「あっぷっぷ、あっぷっぷ」と言いながら、カードのだるまを指でなぞります。すうじのうたをした後、文字を書いています。なぞり書きをしてから白紙に書きます。ゆーちゃんは食べ物が好きなのでからあげせきはんおでんやきそばとんかつなど、食べ物を中心に書いています。(笑)ただ、これらの文字をどこで使うかが謎なんですね…文字は書けても使わないと意味がない。単語として書けることももちろん大切ですがこの子が将来できるだけ他人の手を借りずに生きていってほしいから生活に必要なことを教えたいと思うんです。うーん、もうちょっと教材研究しなきゃいけないなぁ(汗)2時間目のずこうでは和紙を水に濡らして膨らませた風船に貼っていく…という作業でしたがいつもはやる気のないゆーちゃんも水遊びが好きなので今日は少しやる気。わりと張り切って和紙を水につけていました。風船に貼り付けるのは私がしましたが…児童が皆集中してずこうをしたようでぐったりしていたので4時間目のせいかつは、校庭遊具で遊ぶことに。校庭に出てみると1年生が体育の授業をしていました。♪チェッチェッコリッ チェッコリッサ…♪の曲でダンスを踊っていました。ブカブカの体操服と、小さな体でお尻をふる姿があまりにもかわいくて私もうちのグループの保護者も皆見入ってしまいました。お母さん同士で「うちの子もあんなにかわいかったのよねぇ…」と言ってました。あなた方のお子さんも今もじゅーぶんカワイイですってば。高校教諭の経験もある私は小学生を見たとき、無条件にかわいいと思いましたが。ええ。帰りはゆーちゃんはお母さんが途中で帰ってしまった為、一人で学童へ。他の児童は保護者がそのまま連れて帰ってたんですが。お母さんが途中で帰ったのも理由があるんです。ゆーちゃんは学校行事の関係でお父さんやお母さんが迎えに来たりするとパニックを起こしてたんです。いつもパパおむかえ、ママおむかえと言っているから学童に行くよりお迎えの方がいいんだよなぁって思ってたのに…ご両親が迎えに来てパニックを起こす理由がわからないのでご両親も試行錯誤していて今回、途中で帰るというのは初めての試みでした。次学校に来る時にパニックになってなきゃいいんだけど…ゆーちゃんはいつもどおり私に来て欲しい、と目で訴えつつもひとり小走りで学童に向かいました。ゆーちゃんを遠くからこっそり見守り、学童の門をくぐるのを見届けて教室に戻りました。いろんな保護者といろんな話ができて児童の家の顔も少し聞けたしいい授業参観でした。ハイ。
2005年05月09日
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おはようございます。ただいま、朝の5:14でございます。お店から帰ってきたのが約45分前。今日は休みなんで明け方に寝ることを決意しました。たぶん9時には起床しますが。さて、今日の出来事です。■らぶりんから電話■爆睡こいてたら、電話が鳴った。らぶりんだった。ら「昨日、お店出た?」私『(かなりの寝ぼけ調子で)休みだったぁ』ら「昨日事件があったらしいやん」私『あ、ほんまにぃ(←どうでもいい)』ら「マネージャー休みで、今日と明日手伝ってくれへんかってママに言われてんけど、仕事あるしあかんねん」私『マネージャー、なんで休みなん』ら「殴られたらしいで。入院してんねんて。」私『まぢで!(←コトの重大さにやっと気付く)』ら「これは月月さんやから言うけどトップシークレットやで。言ったらあかんで」私『わかった。仕事とバンド練習、頑張って。』ら「うん、じゃあまた。」着信履歴を見たら、ちょい前にも電話がかかってきてました。ボリュームを最大にしてたのに、どんだけ爆睡してたんだろう、ワタシ。■マネージャー不在■出勤したら、入り口の扉のガラスが割れていた。あぁコレか~と思いつつ、一応不審そうなそぶりを見せて「なにコレ。何があったの」なんて言っておく。キャッチの為に外に立っていたYさん、聞こえてたはずなのに、シカト。私が客のS氏と仲がいいのが気に食わないんだろうなぁ。S氏、Yさんとゴルフの練習行ったりしてるし最近私がS氏と揉めてちょっと険悪だったからS氏は私よりYさんの方に好感持ってると思うけど私に指名が入るのが気に入らないらしい。S氏、めんどくせぇから今度からYさんに指名入れてよ。などと心の中で思いつつ店の中へ入る。■らぶりんから2回目の電話■らぶりんはバンド練習の前にセッティングを手伝いに来たらしい。で、洗い物をした時に指輪をはずしたとかで「流しの後ろの棚に指輪を忘れたから持っといてくれへん」という電話をもらう。やっほ~~ぃ♪OK牧場!!らぶりんの家からお店は近いから取りに行けばよかったのに、何か用事あったのかな。それにもう一人のボーイさんに言えばいいのに。なんで私に言ったのかなぁ。まぁ女の子だったら今日は新人ばっかだから他に言える人いなかったんだろうけど。でも私なんかに預かってて、と言ってくれるなんてありがたい。指輪を渡す時に会えるぢゃん。あわよくば食事に行ったりなんかしちゃったり(・∀・)イイ!!神様は存在するということを実感しつつ指輪をポケットにしまう。すいません、私ストーカーの気があるんで、その指輪、今はめてます(爆)■らぶりんからメール■指輪のこともあったしお店のことも聞きたかったからだろうけど「練習から帰るの3時くらいになるから帰り送っていこうか?」とメールがきていた。今日に限ってお客さんが送っていってくれると言っていて指名ももらってたし10万くらい使わせてしまったので断るわけにもいかず、らぶりんに送ってもらうのを諦めることに…やっぱり神様はいないんだと思いつつ断りのメールを送信する。前にも送って行ってくれるって言ってたのにアフターが入った、ってこともあったなぁ…今日はこんな感じでした。書いてて気付いたんですが、今日の出来事っていうより、「今日のらぶりん」ですね。私の今の問題は2つに絞られました。【1】らぶりんに指輪を返すのがいつになるか【2】指輪を返す時は渡して終わりか、それとも食事に誘ってくれるか相手の出方を見てみたいと思います。こんなことを考えられるほど平和にすごせるんだから、神様はもしかしたらいるかもしんないっすね。
2005年05月09日
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私は酒と煙草が大好きだ。酒と煙草………不健康2点セットである。その上ギャンブルもする。これに男がつけば申し分ないのだが、残念ながら(?)私はバイセクシャルなので、男も女も好きだ。今日のタイトルは酒と煙草なので、それ以外のことは割愛させていただいて…煙草を吸うようになったのは20歳になる3ヶ月前くらいである。どうして吸うようになったかは忘れたが、友達が吸っていたセーラムをもらい、「意外とマズくない。」と思ったのは覚えている。初めはセーラムだったのに、気が付けばハイライトを吸うようになっていた。ヘビースモーカーですか?と聞かれれば即答で「ハイ」と答えられてしまう。職場で吸えないにも関わらず、1日1箱は吸ってしまう。休日で1日中家にいる時は2箱近くになってしまう。最近は健康のためというよりは節約の為に控えている。お酒は小学生の頃から飲んでいる。とはいっても、自家製の梅酒だが。私の家は両親が酒好きで、未成年に酒を飲ませることが悪いことだとは思っていなかったようである。私も未成年が酒を飲むことは悪いことだと思っていなかった。しかし、親の前以外で飲んだことはなかった。中学生や高校生が部活やクラスの仲間と酒を飲むことが当然な時代だが私は酒を飲む時は親と一緒だった。部活の打ち上げでも酒は飲まなかったし友達同士でカラオケに行っても酒は飲まなかった。でも、親と一緒に外食した時は、制服でビールを飲んでいた。わりと無茶苦茶である。ビールが飲めるようになったのは高校3年生の時だった。風呂あがりに麦茶をガブガブのむ私に、母が「そんなに麦茶を飲むと、むくむよ。喉が渇いてるなら、ビールをキュッとコップ1杯飲めばおさまるよ」と言ったのである。ビールは苦いという概念しかなく、ずっと拒んでいたのだがある日、半信半疑で飲んでみたら非常においしく感じたのだ。それでも風呂上りに喉が渇いていないと、やっぱりビールは苦く感じた。ビールが美味しい!!と思いだしたのは20歳になってからである。でも家で飲むことはなく、外でしか飲めなかった。居酒屋で誰かと一緒に飲まないと酒はおいしいと感じなかった。それがどうだろう、大学を卒業する頃にはケースでビールを買うようになって、ビールを冷やすのが日課になっているとは。一人でグイグイと水のように飲んでしまっている。誕生日というと焼酎のボトルをもらい、それがいつの間にか空いていたり。これが歳をとる、ということなのか…。こんな不健康極まりない私だが、酒も煙草も控えることはあっても、やめようと思ったことはない。先日、職場の飲み会で音楽専科の先生が仰っていた。健康だから酒を飲んで煙草を吸ってるんだよ。体のどこかが悪ければ、煙草も酒も不味いと思い、手をつけないんだそうだ。なるほど。I先生、そのコトバ、今後使わせていただきますわ。(2005/06/15)
2005年05月08日
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またまた「ある意味日記記入率100%企画」の続編です。以前B'zを紹介しましたが、今回は19です。解散しちゃいましたが、結構好きな曲が多くてカラオケでも歌うことが多いです。(キーがあわないので、キーをあげて…汗)あまりたくさんの曲は知らないので、というかアルバム、1コ無くしました(汗)なのでB'zに比べるとほんの少しですが…******************************************風が吹かないそんな場所でもぼくたちが走るなら感じることが出来る吹くだろう風 なんて待つなよ無いものをなげくよりつくればいい 風だって...... 「すべてへ」「キミとすれ違っていたら咲かない花もあったろう」胸をくすぐる想い出と風を大きく吸い込み駆け出してゆく 「たいせつなひと」未知が道になる 「テーマソング」いっしょに咲こう ぼくたちは笑おうまた秋に飛んで行けるように僕たちは 空を飛ぶ花になる青空へ 少しずつ自由にでこぼこ道や かたい道でもゆっくり咲こう そこで花になろう一緒に泣こう 今、この場所で泣けばいいまた次に飛んでいけるように 「蒲公英」********************************************私の中で一番好きな曲は「蒲公英」です。これはらぶりんと2人でカラオケに行った時に「ちょっと自分の世界に入って歌うわ~!」と言って彼の前でも思い入れをたっぷりこめて歌いました(照)共感できるコトバってのは、やっぱり自分の経験とか想いにオーバーラップしてますね。他の人が↑のコトバを見て「これ、いいなぁ」って思うとは限らないでしょうし。久々に「蒲公英」を弾き語りしたくなりました。ってことで、ちょっくらピアノ弾いてきます(笑)
2005年05月07日
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今日の学校は疲れました。まぁ、深夜にらぶりんとデートして寝てないってのも大きな要因ではあるんですが。それに、GWもあったし、GW前は家庭訪問もあって午前授業だったりしたので久々に学校がみっちりあった気がします。昨年はGWあけに児童の背が急激に伸びてたり激太りしてたりしてましたが今年は誰がどうなってるんだろうと楽しみでした。いやぁ、子どもって成長早いから長期休暇があけると変わってる、ってことが多いんですよ。昨年激太りした私の担当のゆーちゃんは今回はさすがに太ってませんでした。春休みあけに背が5センチくらい伸びた2年生のオトコ・将吾(※)も、さすがに3日じゃ伸びてませんでした。(※)将吾はもちろん男の子なんですが体育会系でいろんな意味で男気があることから私は「オトコ・将吾」と呼んでいます。うちのグループは児童4名で3人が割りと重い自閉症で1人が言語障害(?)です。でも言語障害っていっても本人が言葉が話せないだけでこっちが話してることはものすごくよく理解するんだよなー。私が担当している自閉症のゆーちゃんは、毎日給食をおかわりして、ガツガツ食います。ってゆーか、ガツガツ噛まずに飲み込んでます。今日の献立は麻婆豆腐と中華ちまきとミニフランスパン(←今日のメニューに於いてかなり異国民)でした。今日のおかわりの第一志望は中華ちまきでしたが売り切れてしまっていた為アッサリと第二志望の麻婆豆腐に心を移していました。ゆーちゃんはおかわりをしても「てめぇまだ食缶の中に残ってんじゃねぇかよ」という目をしながら高くてかわいい声で「おかわりちょーだい」と訴えてきます。だから「おしまい」と言ってたんですがどうも納得がいかない様子で。ゆーちゃんはどうやらこっちが言っていることはわりと理解しているようなので最近は私も「まだ残ってるけど、ゆーちゃんだけが食べるワケじゃないからゆーちゃんのおかわりはおしまいだよ」と説明するようになりました。とりあえずは納得するものの心のどこかに「あわよくば…」という気持ちがあるらしく物欲しそうな目で見てきます。だからその瞳で見ないでってば。ゆーちゃんがあまりにもカワイイのでおかわりを与えそうになりつつ自分を律して誘惑に負けないように踏ん張ります。先日、しこたまおかわりしたくせにいつもの確認で「もうおしまい」と言ってきたので私も「コイツまだ食うか!!」と驚いてとーぜんっっっ!!と言ったところ、ゆーちゃん的におもしろかったらしく何度も「もうおしまい」と言ってきました。こういう時は同じことを言ってほしい時なので私も凝りもせずとーーぜんっっ!!と言っていました。しばらくもうおしまいとーぜんっっ!!もうお…とーーーーぜんっっっっ!もうおしま…とーぜんっっ!!もうおしまいとーぜん。という緩急と強弱をつけた短文節でのやりとりを交わし残りの給食時間を消化しました。自閉症のコを相手しているせいで最近ゆっくりわかりやすい言葉で話すクセがついています。お店にフィリピン出身の女の子がいるんですが彼女に月月さんの話し方、ワカリヤスイね。月月さん、優しい人ネ。と言われました。ありがとうございます。えーっと、今更ですが、月月の本業は教員(講師)です。水商売話ばっかしてるのでキャバ嬢と思われがちですが本業はこっちです。稼ぎは悲しいかな夜の仕事の方が多いですが。
2005年05月06日
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らぶりんと深夜デートしてきますた。(はぁと私とらぶりんがデートする時は大体深夜~早朝ですね…昔は同じ夜の仕事だったってのもかなりありますがらぶりんが車を使える時間帯が夜なのでどうしても深夜になってしまいます。今日はメールのやりとりをしていてらぶりんが「今日・明日、連休です」なんて言うもんだから夜8時頃に、私の方から「用事なかったら食事行こう」って誘ってみました。そしたらスロット中だったようで【資金をスロで稼いでから…】とメールが入りました。それっきり連絡がなかったので没られた!と思ってお風呂に入ろうとしてたら23時を少しすぎてから電話がかかってきました。「明日、仕事やろ?これから出かけても大丈夫?」じぇんじぇん、OK牧場ですってことで電話を切って30分後くらいに車で私の家の前に来てもらいました。らぶりんは髪の毛が殺人的に伸びていて私がお店に入りたての頃の髪型になっていました。彼がお店を辞める頃にバッサリ切ったんだけど私は長い髪の毛の方がスキだったんだな。車に乗ってからは専らお店の話。新人の話やマネージャーの話など、今までメールで概要を話してはいたけど詳しく話してなかったのでいろいろと詳しく話しました。どこに向かってるのかな~と思ってたらH駅前の魚民(4月2日の日記に参照)でした。個室でくつろげるのでらぶりんはお気に入りだったらしい。そこでもやっぱりお店の話が中心でした。あとはスロット話。北斗でいくら勝った・負けたとか、子役を取りこぼしたらこうなるとかまぁほとんど私が一方的に話してましたね(笑)それかららぶりんのバンドの話に。女の子のボーカルが見つかって…という話はメールで聞いてたんだけどもうバンド練習に参加してるらしい。らぶりんのバンドに応募してくる女性ボーカルは約9割が天然系の女の子です。(らぶりんの趣味か?)今回の女の子はおっぱいパブ勤務の経験を持っているらしい。以前応募してきたボーカルの女の子が生活苦からバンド脱退したこともあり今回の女の子はらぶりん指令でキャバクラで働かせているとか。あと、ギターが見つからないって言ってたのが18歳の初心者のコが見つかったらしい。でもバンドのイロハをイチから教えている状態で、大変そうでした。そうこうしているうちにラストオーダーの時間がきて、あっという間に閉店になってしまいました。今度会う時は姉さんと3人で飲む時でしょうがいつになることやら…同じ空間で働いていた頃が懐かしゅうございます…(はぁ…)
2005年05月05日
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もう随分前の日記ですが、せっかく途中まで書いてたので掲載させていただきます…^^;(2005/05/28)**************************************************青山学院戦の2戦目は、凄まじい試合になった。結論をいうと、負けてしまった。誰がこんな試合を予想してただろう。それよりも、誰が負けると思っただろう?後から聞いた話では、勝ったものと思って途中で帰った人さえもいるらしい。そういう私と母も、勝ったと思ったから途中で抜けて渋谷で買い物でも…と思ったほどだった。とりあえずスコア。↓駒 300 030 200 001 9青 001 003 040 002x 10初回に先制し、1点とられるも5回に突き放して今日は勝ったと確信した。しかし6回にランナーを出してからサード佐々木にマズイ守備があり、3点とられる。ランナー2塁からただのゴロだったのにサードに投げるかファーストに投げるか迷い、サードに投げたが結局はセーフ。まだ点差もあるし3塁に進塁したからといってピンチにはなるけど、点数が入ると決まったわけではないからアウトカウントを増やしてくれればそれでよかったのに。しかし7回表、駒大は2点を追加。ピンチの後にチャンスあり。逆にチャンスの後にもピンチがある。試合が動いた次の回というのは、かならず試合が動く。点数が入らなかったとしても、必ず動くのだ。話を試合に戻そう。なんとかリードこそしていたものの8回裏に4点も奪われ同点にされる。3ランHRを浴び、その後替わった投手がヒットと死球を出す。そして先日8回途中まで好投した岩田までも引っ張り出される。その岩田、2者連続で四球を与える。岩田の場合、連投になるから仕方ない…同点で抑えただけでもいいと思う。連投の岩田じゃなくて、他の投手陣が抑えろよ!!!9回表は勝ち越す気力なんてあるはずもなく、あっさり凡退。逆に青学は9回裏、あっさりサヨナラのピンチ。あっくんの超ファインプレーでサヨナラを阻止。あっくんがとってなかったらライト前ヒットでサヨナラ。さすがあっくん…アンタはやっぱりすげぇよ…延長11回裏、レフト前ヒットを2本打たれ、またもあっさりノーアウト1・2塁。次の打者を歩かせ、ノーアウト満塁に。1点入ればそれで終わり。次の回はない。どこにどういう打球が飛んでも点数が入るシチュエーション。そう、ホームでアウトにしなければ点が入るのだ。ホームでアウトにできることといったら、三振か内野ゴロ。もしくは内野フライ。外野に打球が飛んだらTHE END………。しかし続く打者をセカンドゴロ2つ、そして三振をとりスリーアウト!岩田&あっくん、すげぇ!この後、絶対試合が動く。絶対いい波がきてる。その予感は的中した。ツーアウトからあっくんにツーベースが出る。あっくん、やっぱりすげぇ。てゆーか、相手投手も気をつけりゃよかったのにな。満塁を阻止されて、3つのアウトカウントのうち2つはあっくんが捌いてるんだから気をよくしてバッターボックスに立ってるはずなんだから。見方なのに、そんなふうに思っちゃったりなんかして。あっくんを2塁におき、続く副キャプテンの鈴木がセンター前ヒット。よって延長12回表、勝ち越し。今度こそ絶対に勝てる。満塁を阻止して、勝ち越した。あとアウト3つとれば、勝てるのだ。そして私は、明日も母親とこの球場に来るんだろう。……そんな考えが頭をめぐっていた。12回裏、1アウトからピッチャーフライ。…と、これをサード新井が落下……。思わぬところでランナーが出てしまう。結局このランナーが生還してしまい、同点…。あのピッチャーフライをとっておけばツーアウトでその後の打者も抑えていて試合も終わっていたんだろうに…その後、監督がマウンドへ行く。これを青学の監督に指摘される。試合が中断になって、何を指摘されたのかと思っていたらどうやらルールが改正されて監督がマウンドに行っていい回数が変わったんだそうだ。それを相手監督に指摘され、何十分も中断になってしまった。監督は審判にマウンドに行っていいか確認をとり審判もOKしたそうだが監督にしても審判にしてもルール知っとけ。私みたいに何で中断になってるかわからんファンもたくさんいただろうがアンタ方、そんなファンと一緒でどうするよ。試合も4時間を越えていたし同点でも引き分けになるはずだが、こういうことがあった時点で、私は引き分けはないと思っていた。青学が勝ち越すんだろう、と。その予感も的中。(今日の私の予感はことごとく的中している…)センターに大きな当たりを打たれ、この回2点目が入り、青学が勝ち越す。試合後弟に会うとやはりグッタリしていた。彼は少ししかグランドに出ていないけど緊張感のある試合だったから疲れたんだろう。ずっと試合に出ていた選手は相当疲れているんだろうな。その後、焼肉を食べに行った。あっくんと主将の新井くんと投手の平野くんと私と母。ビールを頼むと、あっくんと新井くんは「今日は応援ありがとうございました。勝てなくてすみません。いただきます。」と、隣の席にいる私と母のところにわざわざグラスを持って乾杯にきてくれた。平野、オマエも乾杯に来いよ(笑)彼らは4人で試合の話を1時間くらいしていた。女の話ばっかりしてるんだろうと思ったけど案外真面目に野球の話をしてるんだな、と少し感心した。青学には通算12連敗。青学の呪縛から解き放たれる時はいつになるのか。
2005年05月04日
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予告どおり、ヲカンと見に行ってきました、東都野球の青学vs駒大。弟がいるのは駒大です。そんでもって予告どおりタダで入場してきました。対戦する青学は相性が悪く、今日負けると通算11連敗。巨人が阪神にはなぜか弱い、ってのと似たようなモンです。今日勝って連敗を阻止したいところ…。さて、まずはどうでもいい話から。球場には若干早目に行ったのですが東洋大vs中央大の試合がおしていて行った時には応援席入り口の前でアップをしていました。弟よりも先に、元苫小牧主将の佐々木孝介くんに目がいってました。東洋大&中央大のファンと思しき女の子達もアップ中の孝介くんに熱い視線を送っていました。てか、オマエら試合観ろよ!!!!弟がライトの野本圭くん、セカンドの坂田篤彦くんを連れてきて私と母に紹介してくれました。野本くんは3年生で今シーズンはずっとスタメン。きっちり挨拶のできる好青年でした。(大学まで野球してて挨拶ができない奴はいないだろうけど 笑)坂田くんはすぐ下の弟の軟式の大会を観戦に行ったとき駒大の方の弟と一緒に来ていて、あまり話さなかったけど食事を一緒にしたりしたことがありました。5人兄弟の長男ですごくしっかりしてると聞いていたけど本当にしっかりしていて、弟と同い年とは思えないくらい。試合でもいいところで打つしいい守備するし、そんでもって今日いい挨拶をされたので私は一撃であっくんファンになってしまいました。ちなみに坂田くんは尽誠学園の元主将です。5回甲子園に行けるチャンスがあるうち、3回行ってます。しかも甲子園でベスト4になりました。すげぇ、あっくん。さて、試合の話をちょっとだけ…(ちょっとかよ 笑)試合は4-2で負けました。元駒大苫小牧エース…そう、甲子園優勝投手の岩田くんがホントによく投げたんですが。今までの中で唯一「投手戦」といえる試合だったとスタンドで応援してた部員も言ってました。だって今までの試合、投手が5人くらい投げてるもんね。1人の投手でこんなにふんばった試合って初めてじゃないのかしら。岩田くんはインコースに決まる球がすごくよくてとても初登板とは思えませんでした。OP戦でも投げたことはなかったらしいです。そのインコースに決まるストレートで三振の山を築いてましたが見方の援護がなく負け投手に…。あまりにもかわいそう……青学に1点先制を許したものの、その後2点とって逆転。でも3点取り返されてあっという間に逆転。エラーからランナーが出て3点とられましたがやっぱエラーや四死球のランナーってのは返ってきますね。ある意味セオリー通りの野球でした(苦笑)駒大はチャンスはたくさんあったのにチャンスに打てない。ランナーが出て5・6番あたりにまわってくることが多かったけどその5・6番が全然あたってませんでした。7番までまわせばあっくんだったんだけどなぁ…彼はチャンスにすごく強いから…。守備ではエラーをしたショート鈴木に替えて途中から孝介くんが出てましたが、観戦してた女の子達がはしゃぐのがいろんな所で見られました。試合後、岩田くんと孝介くんは女子高生からサインを頼まれてました。いいなー、私もほしいなー。いや、サインはいらねぇな。写真とりてぇ。一緒に。(←年の差7つ。)でもたぶん今年1年の間に彼と飲みに行きます。全国の孝介ファンの皆様ごめんなさい。試合後、弟が電話してきたのでバスのところまで行ってお見送りをしました。私と母は監督車のまん前にいて、あとからしかし君たち二人は監督車のまん前に居て手が振りづれぇ振りづれぇ(爆)とメールがきました(笑)何も考えてませんでした、すいません…明日勝って、なんとか3戦目まで持ち込んでほしいものです。
2005年05月03日
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日記の記入率をあげるためと、日々の記録として、またまたカレンダーや手帳を見ながら書かせていただきます。(滝汗)(2005/05/31)********************************************この日はいろんなことがあってめっさ疲れました。ていうか、5月1日が夜仕事だったんで寝てない状態で仕事に行って、そこからが長かった…。いくら明日から3連休が待ってるとはいえ、それでもとにかく長かった。その数々の出来事。離任式。離任式っつーのは年度末にするところが多いと思う。私の勤めている学校は、連休と連休の間に離任式をする。しかし午前中、みっちり授業をして、離任式は午後から。連休と連休の間で、生徒は授業なんてやる気があるんだろうか?教師とか生徒とかそういう壁を排除してイチ人間としてモノ申す。連休と連休の間に授業なんてやる気があるワケない。しかし離任式でおもしろいことがあった。(個人的に)私の担当しているゆーちゃんの保育園時代の先生が「あべ先生」というらしく、ゆーちゃんは入学当初、「これだぁれ?」と誰か先生を指差して聞くとみんな「あべ先生」だったらしい。ちなみに、私が「あべ先生は?」とゆーちゃんに聞くと「ほいくえん。」と答える。それで、今回退職される方の中に学校管理という、まぁ言ってしまえば守衛さんの人であべ先生という方がいらした。離任式の挨拶で「それでは次にあべ先生、お願いします」と司会の先生が言った時、ゆーちゃんが反応した。そして壇上を指をさして「あべ先生。」とつぶやいた。そのあと、あべ先生、ほいくえん。と呟いていて、かなりかわいかった。ゆーちゃんの頭の中にはきっと引き出しみたいになっていてそこにはいろんな言葉が収納されているのだろう。そしてひとつの言葉が耳に入ってくると、プリッと引き出しがあいて、その言葉が飛び出すようになっているのかもしれない。おかん、上京。おかんのみっちーがはるばる鹿児島から遊びにきた。ケイスケの試合を見る為と、遊ぶためである。ウチに2泊、渋谷に1泊する予定。仕事が終わってから、どこまで迎えにいくべきか連絡をしたら、新宿まで来い、とのこと。なにーー!?こちとら一睡もしてなくて疲れとんのじゃ!!とは思ったけど口にはださず、でも態度には出し、とりあえず新宿まで行くことに。新宿まで行くとわかっていればもっと普通のカッコしていってたのに、その日の私の格好は(というか仕事に行くときはいつもだけど)全国高校文化祭のスタッフTシャツにジーンズ、上にアディダスのジャージを着ていた。新宿まで行くと、千葉の叔母さんもいてみっちーを私に引き渡すと帰ろう、という感じ。そしてみっちーは昼食が遅かったからおなかすいてないし私の家でゴハンを作って食べると言い出した。正午きっかりに昼食をとり、一睡もしていない身としてはそんな悠長なこと言ってられない。私は完全に不機嫌になり、「新宿で食事済ませていけばいいっしょ」などと、自分がお金を払うわけでもないのに豪語。とりあえず、新宿で個室の居酒屋に入った。そこにケイスケからメールがきて、俺も合流させろといわんばかり。アイツも調子が良すぎだな…。5時半くらいから飲んで、6時半くらいにケイスケが合流して、9時にはお開きになった。帰って布団を敷いて、風呂も入らず10時半には寝てしまった。おかん、初日はあまりもてなしてあげられなかったけどごめんよ。ちなみにウチは豚小屋みたいに汚いのだがおかんにダメ出しをうけると思い、1週間くらい前から床を拭いたり整理整頓を心がけていた。私の中ではキレイさMAXだった。おかげであまりダメ出しは喰らわなかった。でも相変わらず汚いわねって言われたって、どーゆーことよ…。
2005年05月02日
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日記を書いていない日があるので、そこに自分の考えを書いていきたいと思います。まぁ、むかぁし昔にしていた「ある意味日記記入率100%企画」の続編でつね。今、かなり記入率が悪いので。昔は以前の日記も書き込めた気がするけど、今は2ヶ月以上前の日記は記入できなくなっちゃってるんですね?よって、これからどんなに毎日日記を書いても、このHPの日記記入率は100%になることはないんですねぇ…(涙)2005/06/14************************************************先日、お店で営業のお客様を接客する機会があった。そこで、お客様がこんなことを仰っていた。「営業が30人いて、毎月成績が張り出される。僕はだいたい12・3番目をキープしている。5番以内になるとその成績をキープするよう上に言われるし、自分でもプレッシャーをかけてキープしようとする。15番以下になるともっと成績を上げるように、と言われる。僕は可もなく不可もなく、一番いいところをキープしているかもしれないね。」他にもいろんな話をしたのだが、私が特に印象に残っていることろは毎月成績が張り出されるというところである。数字として成績が出る、ということだ。教員採用試験の勉強をしていて、中央教育審議会の資料に目を通したりすることがあるのだが、1998年の中央教育審議会答申にはこんなことが書かれている。幼少期から子どもの偏差値や相対的な順位にとらわれることをやめようこれは「家庭教育を見直す」という項で書かれたものであって、文部科学省が推進している学校での教育ということではなく、家庭での教育の在り方である。つまり、ペーパーテストの偏差値に表されるような尺度を家庭内に持ち込んで他の子どもと比較をし、成績を上げることだけに目を向けるのではなく、子ども一人一人の個性に合った発達を重視しましょう…ということを保護者に推進しているのだろう。それを踏まえても、私は矛盾を感じた。子どもは、大人になれば、結局は数字で成績をつけられる社会に放り出されてしまうのだろう?文科省が職業観や勤労観を身につけさせることを謳っていることからしても矛盾を感じる。別に営業に限ったことではない。私のように水商売のバイトをしていたって、誰それの売り上げがいくら、キャッチのお兄さんが何人つかまえた…と数字で判断されるのだ。幼少期だろうが大人だろうが数字が全てとはいわないけど、どうせ大人になって数字で判断される世界に身を投じるなら幼少期から数字に対する免疫が多少あってもいいんじゃないか。相対的な順位を把握させて、奮起を促すことだって必要なんじゃないか。…なんてヴァカなことを思う、イケナイ教師の卵の朋でした。------------ちなみに私の家庭では、あまり数字にとらわれない教育が施されていたと思う。父方の祖母は成績にうるさいのだが、祖父がテストの成績に対しては寛容だった。寛容と言うより、個性を重視する人だったのだと思う。優・良・可の3つの成績があるなら、私はいつも良だった。末の弟は優だった。そしてすぐ下の弟は「可」もしくはそれ以下くらいの成績だった。母が祖母からそのことに関して愚痴を言われているところに祖父もいたらしいのだが、その時に、祖父はこう言ったそうだ。「人は皆、生まれてくる時に必ず何か持って生まれてくる。弘(すぐ下の弟)には弘で、持って生まれたものがある。成績が全てじゃなかとよ、持って生まれたものを生かせばよかと。(成績が全てじゃないんだよ、持って生まれたものを生かせばいいんだから。)」そんなことをさらりと言いのける祖父はすごいなーと思う。祖父は多感な時期に両親を亡くし、その上非常に貧しい時期を経験している。そして戦争でたくさんの友を失った。目の前で銃弾を受け、死んでいくのも見たそうだ。たくさん苦労して、そして今の会社を創った。他人に厳しい人だったが、自分にはそれ以上に厳しい人だった。祖父は決して口数の多い人ではなかったけれど、時々発する言葉はとても重い言葉だった。私の母もそれは言っていた。孫の成績はとやかく言わず、好きなことを精一杯やれ、という祖父の教育理念は当然と言われれば当然かもしれないのだが高度成長期にあって、しかも詰め込み教育の渦中にあった当時からすれば異色であり、ちょっとした先駆者な気もする。とにかく私はそんな素晴らしい家庭に育った。家庭というのは、その子どもに継承されていくものだと思う。なんだかんだ言っても親の背中を見て子どもは育つのだ。私は、自分が育った家庭をありがたく思う。そして、その家庭を次代に継承していきたい。
2005年05月01日
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