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文楽へらへら日記☆彡 通 院 し た ☆彡 この日記は、骨折後の通院・リハビリ・回復等状況 について、ブログに残すために掲載しています。 今日は、K病院に久しぶりに通院した。 先生(D)と文楽(B)の会話は次のとおり。B: 入ります。よろしくお願いします。D: どうですか?B: はい! 10日前からよくないです。 足が腫れて足の裏、特に踵が痛いし、 軽いびっこをひいています。 甲と足首間に3本くらいの筋が入っています。 くるぶしなどもチクッとした痛みがあって・・・ 先生からもらっていた痛み止めの残りが あったので、3回ほど飲みました。 今日もシップしています。D: どれ””足を見せてくれる・・・ 筋が入っているのは、腫れているからですよ。 腫れが大きかったからねぇー 痛み止めは効いた?効かなかったでしょ。B: ええ~あまり効いたような気がしなかったです。 足が痛いのは? 化膿しているようなことはないですか? (-。-)y-゜゜゜D: 化膿は心配しなくていいよ。 化膿することはありません!! 足が痛いときは、アイスノンで冷やせばいいから。・。・。B: 風呂も熱めの湯、45℃くらいですがいいですか?D: いいですが、出たあとに水をかけて 冷やすようにして下さいね。B: どのくらいで完治になるのでしょうか。・。・。D: あのねぇー6か月くらいかかる人もいるからなあ~ いつ治るというのは、はっきりいえば いいづらいことでねぇー まあ~気長に養生して・・・B: そんなにかかりますかねぇ?D: かなり腫れも大きいかったから・・・ リハビリにも来ていないねえ~ またリハビリも続けて下さいよ。 それでは、また様子を見ていきましょうか。 はいっ 気をつけて・・・ もういいですよぅ””B: どうもありがとうございました。 <(_ _)>
2006年11月30日
☆彡 舞 妓 さ ん に な る に は ☆彡舞妓さんになるにはどうしたらなれますか?この質問にお答えします。舞妓さんは、15歳から20歳くらいまでという年齢制限があります。各花街の屋形(置屋ともいう)に入って約1年間「仕込みさん」として舞妓になるための芸事の稽古や行儀作法などを習っていきます。ある程度、芸事や作法が見につくと、今後指導してくれるおねえさんが決まって「見習いさん」としておねえさんと一緒にお座敷に出られるようになります。この時期にお座敷での作法や、お客さんの接待の仕方などを学びます。そのご「店出し」というお披露目をして、正式に舞妓さんとしてデビューします。舞妓さんになるには、お茶屋さんや屋形を知っている人から紹介してもらうという方法があります。また各花街の組合事務所に問い合わせてみるのもいいでしょう。 親切に教えてくれるかと思います。また、芸妓・舞妓さん、あるいは屋形でもHPを開いて募集しているところもあるので検索してみるのもいいでしょう。
2006年11月29日
俳句1万句の旅☆彡 あふるるや沢庵食えば母の味 ☆彡 季語:沢庵漬(たくあんづけ)よく干した大根を、糠と塩で漬け込んだ最も大衆的な漬物である。
2006年11月29日
☆彡 最 良 の 選 択 ☆彡 冬の日曜日の昼前。 駅への道を、一人の男が歩いている。 歳は40歳なのだが、小柄で髪が薄く、 顔も青白いから、それよりは老けて見える。 おまけに、紺のコートはいささか色褪せており、 ポケットに両手を入れ、背をまるめて歩いているので、 かなり貧弱な感じがする。 場所は、郊外に位置する公社団地の一画。 だから、眼をあげれば寒空の下、建設後20年に近い 棟群が何度かの補修を経つつも、薄汚れた色で 連続しているのが眺められる。 だが、いま彼の視野にそれらは映っておらず、 歩道のアスファルトのみがつづいている。 いつものようにうつむき、いつものように 頭をにうかぶままに、あれやこれやと、 ものを考えながら足を進めているからなのだ。 「・・・・・・挨拶か」 と、彼、すなわち小野寺文夫は思う。 「そういうのは、本当に苦手なんだ。だけどまあ、 なんとかなるだろう。昨日の夜、ちゃんと紙に書いて 練習したんだからな」 コートの下に黒い礼服を着、純白のネクタイを しめている彼は、その文言を思い出す。 「ええ。ただいま、ご紹介をいただいきました、 小野寺でございます。片桐さん、良江さん、 おめでとうございます。 御両家の皆様方、本当におめでとうございます。 心より、お祝い申し上げます。」歩きながら そこまで暗唱し、ふっと気になって、彼は考える。 作 者: かんべむさし
2006年11月29日
か き い ろ の 毛 布 ふんわりと私を包んでくれる ふんわりと・・・かきいろの毛布 さむくてさむくてそんな時 そっとやさしく包んでくれる毛布 まるで心があるみたいに・・・ まるで人間のように・・・ だけどそんな毛布でも おしゃべりができないなんて MY MOUHU
2006年11月28日
ね ず み 捕 り の 女 今までに生け捕りにしたねずみの数は そうですねぇ~100匹くらいでしょうか 待っているだけでスピード取締りの レーダーにねずみがかかってくれます そういってにんまりする女がいた 不意に出没するからドライバーには 嫌われる仕事なんですが・・・ しかし時には懲らしめてやらないと 交通事故なんて絶対になくなりません!! 車というのは走る棺おけみたいなものでしょ 棺おけにならないためにもねずみ捕りは 必要だと思っています 交通三悪って知っているよね スピード・飲酒・無免許のことだけど・・・ 交通ルールさえ守ってくれればこんな 仕事なんてしなくてもいいんですけどねぇ 車の運転には人格や性格がでるものです。 お人柄がよくて心やさしい人の運転には 流れるような美しさがありますね ルールやマナーもしっかり守っています”” 仕事上の経験からそのように思います スピード違反取締りのためねずみ捕りに 行く女はきりっとした表情で車に乗りこんだ あのう~最後にみんなにいっとくけど・・・ 交通ルールやマナーを守っていつも 美しい車の運転をして下さいね 無事故無違反であるようお祈りします ねずみ捕りの美しい女はそういった
2006年11月27日
☆彡 パソコンより手書きがいい ☆彡また年賀状を書く時期がきた。この時期になるといつも思う。手書きで書こうかパソコンで書こうか。・。・どちらにしようかと?去年までは手書き(筆ペン)で書いてきた。今年は、パソコンで葉書を作ろうと思ってみたがやはり手書きで書くことに決めた。最近は、年賀葉書も多くはワープロ文字になってなんか人間くささがなくなった気がする。今年は、万年筆で書いてみようと思うのだ。パイロットの万年筆で書いてみよう。万年筆なんて使う人も少なくなったから・・・ワープロ文字より人間味があっていいと思う。
2006年11月27日
全世界がなくなったら この頃なんか不思議になっちゃった 先生がいつか人類はじめつするといった 本当にじめつするのだろうか 私の人生はこれからなのに・・・ でも全世界がなくなった方がいいなあ~ そうしたら勉強だってしなくていいもの
2006年11月27日
☆彡 2000件投稿記念日 ☆彡今日のこの日記で、2000件の投稿で~す。\(~o~)/おおう コツコツと書いていたら2000件も・・・2004年5月23日の初日記から918日目(2年188日)アナログ人間だった僕がHPを立ち上げて2000個の石を積み上げてしまったんだから上出来ですよ。有森選手が言った「 自分で自分をほめてあげたい!! 」一言でいえばそんな心境ですかねぇ~みなさんから頂いたあたたかいコメントや応援のメッセージに心から感謝していま~す。本当にありがとうございました。<(_ _)>そして僕の親友の塞翁が犬さん!!何か表現できる場を持ちたいと相談したときに楽天で日記を書いたらどうですか。そういわれて立ち上げを決めたのです。僕が立ち上げに協力するからと親切に言ってくれて・・・ありがとう!!本当ににお世話になりましたぁ。塞翁が犬さんのアドバイスがなかったらHPは立ち上げていなかったかも知れません!!こういうインターネットの世界へ飛び込んでからPCが故障して動かなくなった時もすぐに自宅まで来てくれて、なにかとありがとうございました。<(_ _)>本当にこの世界は無知でしたからねぇ。。。パソコンのパの字も知らなかった。パソコンの登録メールもわからないし・・・(=_=)パソコンを立ち上げてもわかないことばかりでリンクって何? 相互リンクって??HTMLもなんのこっちゃややこしいし?もう訳のわからないことばかり???右も左も真っ暗な闇でしたねぇ~今でも画像のUPできないし、トラックバックもできないし、ただ文字の羅列だけでしょ。メールも1800件は未開封だし。・。・。ひとつも進化していないんですけどもー (*_*;まあ~書くのは書いてきたよねぇ。パソコンは押入れに眠っていたんですよ。あるご縁にふれてまた押入れからひっぱりだして・・・キーボードの打ち方から勉強しながら日記を書いてきたんですけど、まさか2000回も更新するなんて・・・日本ハムのヒルマン監督でしたか?2000回なんて「信じられな~~い♪」 (*^^)v
2006年11月26日
文楽へらへら日記この日記は、骨折後の通院・リハビリ・回復状況等についてブログに残すため掲載しています。☆彡 足 の 状 態 ☆彡足は腫れている。 (ーー)足首は上下に自由に動かせるのだが、指の間がくっついたようになってる。指や甲がむくんでいるためだ。たまにくるぶしにチクッとする痛みがある。今日は近くのコンビニに行っただけでどこにも行かず休養しているのですが・・・気分はあまり晴れない一日である。
2006年11月26日
☆彡 吟 道 教 典 に 記 す ☆彡20代後半だったろうか?僕は、友人と詩吟をやっていた。やっていたといってもほんの短い期間であったのでよく覚えていないのですが・・・ただ何回かは、先生に習った記憶がある。そして、いまでも強烈に思い出として残っているのは壇上で詩吟を吟じたときの緊張感です。足が膝がガクガクと震えたことである。顔面もかなりの緊張感で青ざめていたと思う。人前でそれも壇上で初めて吟ずるものだから・・・膝の震えがとまらなくてそれはそれはそれはすごい震えだった。壇上には、机があって足の震えは見えなかったのだが・・・まだ詩吟の経験も浅いのに多くの人が見ている前で吟ずる””大いに緊張し恥ずかしかったのを覚えているのです。あの緊張は今も忘れられない思い出として残っている。「べんせい~しゅくしゅくう~」と吟じたのであるが膝がガクンガクンと折れるような感じで止められない””あんな緊張感は今までに一度もない経験だった。ところが、それから詩吟を続けたかというと・・・僕はやめてしまったのである。 (>_<)友人は確か初段をいただいたと思うが僕は初段もいただかないでやめてしまったのである。やめた理由は、あの壇上での足や膝の震えが怖くなったというか、恥ずかしくなったというか・・・多分それが理由だったと思っている。そんな緊張感はどこから生まれるのだろうか?それは若気のいたりとも、また修練がたりないとも、物怖じするもって生まれた性格とも・・・まあ~舞台度胸がないためにそうなったのだろう。熱しやすく冷めやすい性格だったのだろう。とにかく長続きしない性格なんですぅ。 (*_*;今、古い物を整理していたらその当時にいただいた吟道教典が出てきた。あっ!!これは僕が詩吟をやっていた時の・・・(@_@;)手帳サイズの大きさの教典を開くと僕のきたない文字で書かれていました。 僕の印も押していました。ああ””こんな思いがあったんだあ~なんて思いました。なつかしく詩吟をやってた当時が頭にうかびました。それをブログに掲載します。今日吟道教典第1巻(日本吟道学院)を手にする。吟道の心を自己のものとし、非力なれど志をたてれば継続してその向上に努めん事を誓う。緑がかった色で手帳型のポケットに納まる教典なり。吟ずる前から喜びわきし、また若干の不安あり。交錯して妙な気持ちなり。
2006年11月26日
美 し い 山 河 に 生 き た 男 青いトンネルの扉をあけると何が見えるのか ああ~私の故郷が目の前に大きく広がった つり橋は今も変わらず村と村を繋いでいた 川は何処へ流れゆく 相も変わらずさらさらと 瀬音ひびかせ川下へやがて大きな河となり 熊野灘へと流れつく 春は小川に鮒っ子が夏は日焼けで蝉追うて 秋は木の実を手の中に冬は囲炉裏に木をくべて 季節の中になつかしき童はいたり故郷の 想い出歌が聞こえくる 自然の息吹いまなおにわが心をば潤して 童となりて遊ぶとき夢まぼろしの歳月が 過ぎゆき哀れ想うとき涙生まれん悲しきや わが故郷の木漏れ日にやさしき父母の あらわれて強く生きよとわれにいう 美しき山河に生きてわが旅は今日も はるかな道野辺に希望の花を咲かせたり わが故郷に山河あり わが魂に山河あり
2006年11月25日
俳句1万句の旅☆彡 黄落期カバンの本を愛すべし ☆彡 季語:黄落(こうらく)木の葉の黄ばんで落ちるのをいう。黄葉しながら且つ落ちるのである。
2006年11月25日
文楽へらへら日記この日記は、骨折後の通院・リハビリ・回復状況等についてブログに残すために掲載しています。☆彡 足 の 状 態 ☆彡どうも足の状態はよくない。どうしてよくならないだろうか?朝仕事に行く時は心地よく行けるのだが帰宅する時間帯になると足のかかとや足首が痛くなって少しビッコを引いている。いきはよいよいかえりはこわい~♪そんな感じでいやになる毎日だ。へらへらの「へら」には確実にいっているのだが・・・「へらへ」までいっているのかいっていないのか自分でもよくわからないのである。妹からメールがきた。足大丈夫ですか。骨折した後、まだ痛みあるのはあまりよくないと思う。きちんとくっついていないのかもよ。きちんと診察うけないと大変なことになります。みんな心配していますよ。なんと返事していいものか。・。・。・診察うけても様子をみましょうか。・。・。これしかいってくれないんだからねっ。自分では時が来るまで待つしかない””果報は寝て待ての心境になっているよ。なんとかなるだろうやぁ~(-。-)y-゜゜゜
2006年11月25日
俳句1万句の旅☆彡 塀を越え銀杏もみじの散りにけり ☆彡 季語:銀杏紅葉(いちょうもみじ)黄葉のなかで、最も鮮やかであり、黄葉した大樹や並木道は息をのむほど美しい
2006年11月24日
先 生 っ て キ ラ イ 私は今のU先生が大キライだ はじめ会った時といま会っている時の 感想はまるきりちがってる!! 毎日顔をみるのもなんとなくイヤだ なんてひにくな先生 なんてわすれんぼうの先生 たくさんいいきれないほどある こんなに先生をキライになったのははじめて 先生っていうそんざいはいったい 今のクラスにはどれだけ必要なのか いい先生 やさしい先生 そんな先生をわれわれはのぞんではいない 欠点のない先生 そんな先生でもない ただ気楽にそして兄弟みたいな そんな先生であってほしいのだ なにかにつけもんくとごうじょうをはったり する年ごろだけど・・・ 真から話せる先生!! そんな先生をみんなはのぞんでいるのです
2006年11月24日
俳句1万句の旅☆彡 大根を洗う老婆や魚の影 ☆彡 季語:大根洗う(だいこんあらう・だいこあらう)畑から引き抜いた大根は、用水堀や門川などで、たわしや藁をしぼったものでよく洗う。
2006年11月23日
定 期 入 れ の 中 の あ の 人 定期入れを拾ったら いつかみかけた少年だった ドキドキして 心臓の音はとまらない はじめて写真を手にとって みつめてしまったんですもの・・・ そして泳いでいる時の あの人を思い出していると 「 ありがとう 」って手をさしのべられ・・・ その定期入れ中のあの人は 私の手の中からはなれてしまった
2006年11月23日
文楽へらへら日記この日記は、骨折後の通院・リハビリ・回復等状況について、ブログに記録として残すために掲載しています。☆彡 足 の 状 態 ☆彡足の状態はあまりよくない。時々腫れるのである。痛みはさほどないけど腫れが引かない。12月までに完治しないと予定が狂ってしまうよ。だけどこればかりは、どうすることもできない。ある人は3ヶ月である人は半年もかかったと・・・いずれも時がたって解決したというものだ。先生から完治しましたね””と早くいわれたいのだが・・・
2006年11月23日
太 陽 の 最 後 を 思 う 男 いつも思っている この宇宙はどうなっているのか 太陽は永久的に存在するものなのか なぜ地球に動植物は住み命を育んでいるのか なぜ太陽があり月があり空気があるのだろうか 不思議な宇宙の神秘さがわれを誘う 太陽系の中心は太陽である 地球は自転しながら太陽のまわりを一周する 太陽と地球の距離は約1億5000万キロメートル 太陽の直径は約140万キロメートル 地球の109倍になるという 円周で考えれば太陽のまわりに地球を置くと なんと343個も並べることができるそうだ 太陽はいかに大きな球体であるのだろうか 想像を絶する太陽の姿をどういえばいいのか 絶句してしまうほど大きな大きな存在ではないか 太陽の表面温度は6000度で中心温度は 1500万度だといわれる その中心核では水素がヘリウムに変わる 核融合反応をしているというのだ 毎秒5億6400万トンの水素が燃えている その結果生まれるエネルギーは想像を 絶する熱量である 1秒間に太陽がだす全エネルギーは 広島に落とされた原子爆弾の5兆倍だという まさに炎などとはいえない驚愕の球体である だが太陽が永遠に燃え続けるわけではない 太陽にも寿命があり燃え尽きるときがくる 絶対的な神だと仰いだ太陽が命を落とす 命を落とすとき誰が涙をながすのだろうか 太陽の燃え尽きる最後を誰が見るというのだ それは今から51億年ぐらい先だそうだが・・・ 50億年後に水素ガスは燃え尽きすべて ヘリウムにかわり今度はヘリウムが核融合を 起こして燃えるのである その時いまの太陽は100倍の大きさに膨脹する 膨脹した太陽が発する高温ガスに呑み込まれて あらゆる生物は完全に死んでしまうというのだ 太陽系の惑星を一つずつ水星・金星・地球という 順番で呑み込んでしまうといわれているのだ ロウソクの炎が消えるときに一瞬ポッと大きくなるが・・・ そのような状態にたとえればいいのだろうか?? そのあとヘリウムが燃え尽きるまでさらに 1億年もの年月がかかると推測されているようだ 51億年後に太陽は滅亡するというのである 太陽が滅亡する1年前に地球の生物はすべて 消え去り何ひとつない暗黒の世界になっているだろう いや50億年またずとも地球なんて明日に消滅しても おかしくない運命なのかも知れない 人類の歴史はいつ終わっても不思議ではない いつか太陽が死に地球も死んでしまう 人類がたどってきた文明という大きな足跡を 地球にたくさん残して誰もいなくなるのだ 途方もない膨大な年月の果てにあるものは 地球の終わりだ!! 太陽の滅亡だ!! 今昇る朝日も今沈む夕日も燦燦と降りそそぐ あたたかい陽光もなく冷たくなった地球が 石ころのように宇宙にただよう この地球が滅びる日を誰が見るというのだろう 滅びた太陽・地球・月など太陽系の姿をいったい 誰が見るというのだろう 今日も地球は太陽のまわりをあきれるほどの 正しさを持ってを宇宙の法則どおり周回している 人類という全知全能の生物を乗せて・・・ 今日も明日も美しい地球は周回している いずれ滅亡する未来に向かって・・・
2006年11月23日
☆ さ す ら い 人 の 歌 ☆ いつも仕事に熱中し体を動かした。 働くことが人生であり体を酷使してボロボロになるまで 働いて死んでいくことが自分の人生だと思っている。 今年40歳になる土村繁男には35歳の妻と3人の子供が いるが2年前にある事情から協議離婚したのだった。 繁男は今、妻と別れる前に自分だけのために 借りたアパートで一人暮らしの生活である。 6畳の色褪せた畳の部屋が二つ・4畳半の台所・ 風呂とトイレがあって1ヶ月5万円の家賃である。 部屋には、洋服タンス・冷蔵庫・電子レンジ・トースター・ 食事用の折りたたみ机・カラーテレビ・布団・座布団ぐらいで これといって取り上げるような豪華な家財もなく、質素で 平凡な生活をしているのであった。 中学を卒業して働き出してから35年になっても自己の 生活環境が上昇することはなく常に慎ましやかな 小さな暮らしの中にいた。 中学校を卒業してから職業は何度変わっただろうか・・・ 数えられないほどいくつもの職業を転々とし、思えば さすらいの人生だったといえる。 転職した数も人一倍多いが、仕事では誰にも負けなかったと 思っている。 運送会社の長距離トラックの運転手・清掃会社の清掃員・ 警備会社の夜間警備員・道路工事員・塗装工・土建業など いろんな仕事を経験した。 どれもこれも仕事に上と下があるなら下の仕事に従事した。 いわば肉体でもって労働し、汗をかき報酬をもらう仕事ばかり であったといえる。 仕事上の知識はさほどなくとも体をもって誰よりも働いた。 170センチの身長と体重60キロの肉体は、 働くだけの機械のようになってしまっていた。 今まで机に座って働いたことは一度もない。 能力がないことは、自分でよくわかっていた。 デスクワークは最初から自分に向かない。 学歴もなく字はきたない、学力もなく性格的にも 不適であるので不可能な仕事だと思っている。 俺は、働くロボットようになってしまったこの体だけが どんな労苦にも耐えうる半永久的な頑強な機械だ”” 誰にも負けやしない鍛えられた鋼鉄のような肉体がある”” 痩せ気味であっても筋肉がもりあがり、上半身が ガッチリとしていることを喜びとしていた。 繁男は、いつもそう思う時にうすうすと働くことへの 自信が心の中に湧いてくるのを感じていた。 どこにいても仕事を真っ先考え一途に働いた人生だった。 親父もお袋も亡くしているし、気ままな一人の暮らしである。 自分の体は、誰よりも健康で何の不自由もなく働く事に 没頭できるから幸せではないかと思っている。 今のビル解体業の仕事に就いて8年になるが、これといって 病気をするでなく怪我をするでなく元気で働いてきた。 煙草も吸うし酒ものむし、年齢的にもそろそろどこかに ガタがきているのは、自分でもわかっていた。 あまりにも酷使してきた体であるから健康診断を受けたら どこかに病気という悪魔が忍び込んでいるかも知れない。 そんなことを思いながらも健康診断は、この8年間に 一度として受けたことはなかった。 そんなことは蚊帳の外において繁男は働く必要があった。 朝5:30に目を覚ますと自分が持って行く昼の弁当を作り、 7:00前に120ccの黒いバイクで仕事場に行くのであった。 途中でいつもコンビニに立ち寄りサケと昆布とたらこの おにぎり2個、そして147円のお茶のペットボトルを買うのが 朝食の定番コースとなっていた。 まだ誰も出勤していない仕事場の小部屋で 一人で食事をするのがくせになっていた。 こんな食事をしているのが情けなくって時として ふっと別れた妻のことを思い出すことがあった。 5歳の貴美・3歳の美知・2歳の勝樹のことを思うと 俺は75歳まで働かなければならないのだ”” 妻だった由美子と子供のためにも働かなければならない。 その年齢までは働かないと俺は死ぬわけにはいかぬ”” 働いて働いて粉骨砕身、仕事に没頭して生活して いかねばならない、それが妻子に対する元、夫として そして父親だった男の責務だと思う。 毎月給料をもらうと離婚した妻子のために生活費として 20万円を由美子の銀行口座に送金している繁男だった。 朝めしのおにぎり食べお茶を飲む時には、由美子と 3人子供のことが脳裏に浮かんでくる。 今日も頑張って己れに与えられた仕事をきちんとやろう。 窓の外の秋景色を見ながらいつもそう思っている。 由美子とは居酒屋で知りあった飲み友達で繁男とは 6年前の4月に結婚した。繁男34歳・由美子29歳の時だ。 男なんてひょんな勢いで結婚できるものだなあ~と 繁男はその頃の由美子との交際を思い出すことがあった。 「なんであんな男と結婚するん”” 」由美子の一人友達 である大田光江はある日、結婚前の由美子に問うた。 光江は、高校時代の友達で一緒のスナックで働いていた。 光江は、繁男のことは由美子よりもよく知っているし、 ある程度の人物評価も持ち合わせている女性であった。 しかし由美子は、お腹の中にすでに一つの命を 授かっていた。 ハイストップ!! 自分の体力と気力だけでもって仕事をしてきた男の人生は、 これからどうなるのでしょう? 75歳まで働く希望は果たして? 健康診断診断も受けずに肉体労働をもって働いている さすらいの男の人生。 今後のストーリーは、あなたにお任せします。 どうかよろしくお願いしますね <(_ _)>
2006年11月22日
俳句1万句の旅☆彡 冬めくや一人の部屋を掃除せし ☆彡 季語:冬めく(ふゆめく)冬景色にはほど遠いが、雲の動き、草木の姿、どこかに冬のきざしている感じをいう。
2006年11月22日
☆彡 待 つ 女 ☆彡 東山の料亭を出ると、思いもかけぬ雨であった。 降るというよりも群れ漂うような糠雨に玄関の 式台までが濡れていた。 「空梅雨にはええお湿りどすえ。社長さんもまっすぐ ホテルに戻らはったほうがよろしのやおへんか。 お疲れのご様子やし」 いらぬ節介に聞こえる女将の忠告は、むしろ有難かった。 接待した百貨店の役員たちの顔はどれも活力に溢れていて、 祇園にくり出さねば気がすまぬというふうだった。 女将がそれとなく客の顔色を窺っていたのか、秘書が 気遣ってくれたものか、膳も早く進められたように思える。 「まことに勝手を申しますがー」と、村井は秘書を 一瞥してから言った。 「あいにくたちの悪い夏風邪をひいておりまして、私は ここで失礼させていただきます。あとは専務と本部長が」 接待客が村井の体を労わる間もなく、女将は手を挙げて 車を呼んだ。 「お車(おとも)が参りましたえ。さ、みなさんからお先に」 ニ台のハイヤーが車寄せを出てしまうと、村井は心配りを謝した。 臈(ろう)たけた女将は笑いながら答えた。 著者: 浅田次郎
2006年11月22日
☆彡 小 雪 ☆彡今日は、小雪(しょうせつ)という日です。冬も進み、北国より雪の便りが聞かれる頃だそうです。北の国ではもう暖炉が~♪ というメロディーがながれ小雪(こゆき)がぼつぼつふる季節なんでしょう。今年は、暖冬であると予想されているようです。庭のモミジもあまり鮮やかではなくパッとしません。真っ赤な葉にならないで中途半端な色です。もうこのまま紅葉の季節は、去っていくのだろうか。深紅のモミジが見れず残念でならない。
2006年11月22日
蝶の日記☆彡 蝶 は い な い ☆彡今日、公園に行ったが蝶は見れなかった。11月16日に見てから一度も見ていない。いよいよ今年の蝶も16日が見納めかなあ~暖冬というし小春日和であれば見れるかも・・・期待をこめてそう言っておこうか。
2006年11月22日
俳句1万句の旅☆彡 新海苔や朝餉に香る海の色 ☆彡 季語:新海苔(しんのり)早くて10月半ば頃から翌年の3月頃まで採れるが、その走りの海苔が新海苔で色も香りも良い。
2006年11月21日
言 の 葉 夢 つ づ りあの星この星愛の星・逢いたくて逢いたくて・愛しちゃったのよ・ミッドナイトメール・愛の言葉・深夜ドライブ・愛の小部屋・隠れ宿・旅の宿・芒の簪・さざんかの宿・くもりガラスを手でふいて・ホテルの小部屋・・煙草のけむり・嬉しくて嬉しくて・夢一夜・想いで枕・泣きたい夜・恋人よそばにいて・追いかけて雪国・白い恋人・涙恋・恋狂い・泣きたくて・アマン・恋に落ちて・あなたが好きよ・愛人・時の流れるままに・恋心・夢みる二人・紅しだれコンサート・グルメチックな夜・居酒屋・ふたり酒・熱き心に・雨々降れ降れもっとふれ・傘がない・恋しぐれ・誰が待つというの・帰りたいけど帰れない・どしゃぶりの雨の中で・夜明けのスキャット・あの鐘を鳴らすのはあなた・もしもピアノが弾けたなら・お前が最後の女・抱きしめて・愛よ永遠に・あなたと二人・シネマに恋して・シャルウィダンス・ダンシングオールナイト・誰よりも君を愛す・絶唱・好きなのに・愛するがゆえに悲しくて・別れても好きな人・恋は不思議ね消えた灰の中から・愛の賛歌・清く正しく美しく・嫁に来ないか・好きなのにあの人はいない・バカにしないでよ・六本木ララバィ・ラブイズオーバー・さよならはダンスのあとに・迷い道くねくね・二人でドアを閉めて・枯れ葉よ・ケセラセラ・・今日でお別れね・いい日旅立ち・カモメは飛んだ・上を向いて歩こう・マイウエイ・明日があるさ・
2006年11月21日
竜 馬 を 愛 す る 女 紅葉に彩れた京都に一人の女がいた なだらかな坂道を行くと竜馬に会えるのだった 私は東京から新幹線できました 毎年この時期になると竜馬に会いにきます 竜馬が好きになったのは司馬遼太郎の小説 「竜馬がゆく」を読んでからなんです 幕末の時代を生きた竜馬の心意気が好きです 竜馬のような男がいないから会いにくるのです 竜馬は天下国家を語りこの国の未来にどんな 新しい国家を作ろうかと考えていたんですよ 竜馬のようなスケールの大きな男なんて 本当にいないわよねぇ~ 天下国家を語らずみんな私利私欲の人ばかり”” そんな人が多い世の中だから憧れてしまいます。 女はそういいながら石段を登っていく 東山区の山麓に竜馬の墓はあった ここから京都の町並を見ていると 竜馬の生きていた時代が甦ってくるのよ 竜馬が生きていたら京都タワーに上って 今の京都を見せてあげたいです 坂本竜馬は何を思うことでしょうね そういって竜馬の墓前に菊の花を手向け 静かに合掌する美しい女 竜馬を愛する女だった
2006年11月21日
俳句1万句の旅☆彡 麦蒔くや時に農夫は腰のばし ☆彡 季語:麦蒔(むぎまき)大麦と小麦があって蒔き時が少し違うが、大方は11月いっぱいに蒔き終わる。
2006年11月20日
文楽へらへら日記この日記は、骨折後の通院・リハビリ・回復等状況についてブログに残すために掲載しています。★ 足 の 状 態 ★今日は同僚から・・・「文楽さん!!足は治ったかいねぇ~」といわれた。返事に困りましたが僕は言いました。「いやあ~なかなか治らずに困っている。」「まだ腫れているし、くるぶし付近に痛みがあってねぇ~」同僚は、少しばかり深刻な顔つきで黙ってしまった。もう2ヶ月も過ぎたしみんなすっかり治ったと思っている。歩いてもいるし、痛みがあっても痛いとか調子がよくないとかそういうことを何もいわないから・・・もう足首はよくなって完治したのではないかと思っている。病院にも行っていない。行っても特別なことは何もしてくれないから。「もう少し様子をみましょうか!!」というだけだ。早く完治して飛んだり走ったりしたいなあ~完治して、へらへらと暮らしたいなあ~☆今年12月末までかかりそうだ!! (-。-)y-゜゜゜
2006年11月20日
黒 い 乞 食 を 見 た 男 夜があけて陽が昇るとお前は一人でやってくる こそこそとおそるおそる近づいてゴミを漁るのだ 漆黒の二つの眼は何を見ているのだろうか おまえは賢い乞食だよなあ~ お前はいつ地上に現れたのだろう 昔はそんな暮らしじゃなかったろうに・・・ 人が食べ残したり捨てたものに未練はあるのか 時代という潮流がおまえ達の暮らしをすっかり 変えてしまって少し可哀想になってくるよ 生きるというのは決して楽じゃないよなあ おまえは真剣にゴミを漁り今日を生きている おまえの幸せは一体どこにあるのだろう なにかが狂っているような気がするよ たしかに狂っているよ おかしいよ おまえ達がゴミを漁るような乞食におさらばして もっと真っ当な暮らしができないものだろうか? そんなことを考えているのだが・・・ ゴミステーションのゴミの上にまた誰かが 青いネットをかけて行きやがった 遠くで嫌な顔をしている黒い乞食がいた
2006年11月20日
☆彡 犬 の 仕 組 み ☆彡 新聞記事ではないのだから、いつ、どこで、誰が、なにを、 どのように、といったことはどうでもいいのだが、 なにをしたのかというと、私にぶつかってきた若造が 鼻にピアスをしていて、それが金色に目立ったので、 思わず人差し指をひっかけて引き千切ろうとして、 ところが人指し指はピアスの隙間に対して太すぎた。 おさまらない。咄嗟に小指にしたのだが、結局 小指を挫いてしまったのだ。 もちろんピアスは引き千切った。 まるで私が最初からはめていた指輪のように、 小指にはまってひっかかっている。 まてよ。ピアスでいいのかな。 ピアスというのは、耳輪のことではないか。 たしか正式名称はPierced earring-ピアスト・イヤリング というはずだ。 なぜそんなことを知っているかといえば、数日前に 新宿のあの大きな書店で最新カタカナ語辞典を 万引きして、暇つぶしに凡例から読みはじめ、 今朝、ようやく読了したからである。 箱入りの書籍は、万引きしやすい。 箱だけもとにもどしておけば、それほど怪しまれない というわけだ。ともあれ万引きは中学生時代以来である。 作 者: 花村萬月(はなむら・まんげつ) 1955年2月5日 東京都生まれ 「ゴッド・プレイス物語」により 小説すばる新人賞 「皆月」により吉川英治文学新人賞 「ゲルマニウムの夜」により芥川賞を受賞
2006年11月20日
☆彡 浪 曲 ブ ー ム が や っ て く る ☆彡浪曲はすたれていく文化である。そんなことを思っていたのだがそうでもない。これから浪曲に興味を持つ人がふえるかも・・・東京大学卒業で元女優だった女性が浪曲師になった。久々に浪曲界にマドンナが誕生したからだ。東大卒の才媛で美人浪曲師だからこれからの浪曲界をしょって立つだろう。\(~o~)/きっとファンも多くなり、浪曲の世界が変わる!!そんな予感をさせる浪曲師の誕生である。まさか、東大を卒業してたどりついたのが・・・浪花節の世界とは、少しびっくりします。でも本当にうれしいです。頑張ってほしいです。日本文化・浪曲の発展のために・・・浪曲は、日本のオペラだと思います。浪曲ブームがきてほしいなあ~☆みなさん!!春野恵子さんを応援しましょう。それでは浪曲師 春野恵子さんを紹介します。。☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡名前:春野恵子(はるの・けいこ)昭和48年東京生まれ。学歴:東京大学教育学部卒業。卒業後、出版社に就職をしたが、2年で退職。女優をめざしてアルバイト生活を送る。平成12年にバラエティー番組「進め電波少年」の企画で、大学合格をめざすタレント、坂本ちゃんの家庭教師・唐木恵子としてデビュー。「ケイコ先生」の愛称で知られた。その後テレビのドラマなどにも出演。浪曲師になるために15年7月に春野百合子さんに弟子入りし、今年3月デビューした。2代目春野百合子師匠に弟子入りしたが、当初は東京から夜行バスに乗って大阪に通う。入門した年の大晦日にはバリカンで3ミリの丸刈りとなり、年が明けてから大阪に来る。丸刈りにしたのは、丸刈りになりたかっただけだとか。現在大阪の堺東に在住。
2006年11月20日
別 れ る こ と 人生に別れがつきものなら せめて美しい別れを持ちたい 別れを人生の節として 次の人生へ新しく 歩みだしたい いくらつらくても そうしたい
2006年11月19日
☆彡 木 端 微 塵 ☆彡面白いというか楽しいというか気になるというか・・・そんな日本語というのはあるもんです。今、「 木 端 微 塵 」という言葉が気になる!!何で木の端というのをこっぱというのか?ハといわずパというのか?なかなか味のある用語だと思う。木っ端微塵の男&木っ端微塵の女。(>_<) 木端(こっぱ)または木っ端(こっぱ) 1 必要な用材をとったあとの 木のきれはし。 2 とるにたらない、つまらないもの。 木っ端微塵(こっぱみじん) 1 一度に細かく砕け散った状態。 こなみじん。こなごな。 2 徹底的に(ひどく)やられること。
2006年11月19日
七 転 び 八 起 き の 女 襖をあけると淡い光につつまれた 畳の上の座布団にすわり美味しい 料理を待っている二人の女 お茶とおしぼりが運ばれたテーブル 湯飲みに書かれた文字がある なんて書いているのかしら? 七転び八起きという文字ですね これって達磨さんのことでしょう 面壁九年””手も足もなくなった? 達磨さんって倒れても起き上がれるから うらやましいですね 私なんかこれまで何度転んだことか・・・ つまずいて転んでばかりだった 七転八倒の人生だったわ これからも転んでばかりの人生かも・・・ なにをそんなに弱気になっているの さあ~このお茶を飲みましょうよ あったかいお茶を飲むと安らぐものね これで私たちも達磨さんになれたわよ 七つ転んで八つで起きる女ですか” 京料理を楽しむ前に談笑しながら 七転び八起きのお茶を飲む美しい女がいた
2006年11月19日
俳句1万句の旅♪ 日は落ちて引いた大根わが庭に ♪ 季語:大根引(だいこんひき・だいこひき)11月から12月へかけて収穫する。葉をつかんで引っ張ると長い大根がすっぽりと抜けてくる。
2006年11月19日
☆彡 映 画 ポ ス タ ー 専 門 店 ☆彡大阪市北区に映画ポスター専門店がある。こういう店をやって商売になるのだろうか?そう思わないでもないのですが・・・店の名前は、CINEMA HUREEK(シネマ・フリーク)「シネマ自由区」という店です。戦後の名作・傑作から最近の迷作・怪作のポスター、邦画・洋画の売買の専門店です。家のなかで眠っている映画ポスターなどがあれば・・・ほしいと思う映画ポスターがあれば・・・一度訪ねてみてはどうでしょう。 住所: 大阪市北区中崎西1丁目2-2大福ビル3F TEL: 06-6375-4723 営業時間: 平日PM12:00~7:00 日祝PM12:00~4:00 定 休 日: 毎週木曜日
2006年11月19日
☆彡 お ぼ え て お く こ と ☆彡 ー妙なやつだったな。 女を眺めながら改めて思う。 女は背後にいて、実際には見えるわけではなく、 その気配を背に感じながら、隆夫は心の中に 女を見ている。 女の歩みは、野の蝶に似ていた。 歩みの速さが一様でない。 すれ違う人、行く車、外国人が広げた 露天の品々、変わった看板、敷石の模様、 巨大な広告塔、ビルに詰め寄られて狭まった青空、 大抵の人間はただ視線をすべらせてゆくそれらを、 彼女はいちいちしっかり見ている。 何かを見るのに熱が籠もると、しばしば速度が落ち、 時には止まる。進路が一直線でない。 興味のままに右に左に蛇行し、時には引き返す。 通行人の目を引くほどでないものの、 そぞろ歩きとも違う、 彼女の歩みは、隆夫の目には際立って映った。 ーガキの歩き方だよ、ありゃあ だから隆夫が相当に速度を加減していても、 女は遅れがちになる。 時々、気付いて小走りに後を追い、隆夫との 距離を縮めるのだが、並んで歩くようには 決してならなかった。 作 者 : 中山千夏
2006年11月19日
☆彡 日本SF新人賞 ☆彡日本SF作家クラブが新人賞を募集している。募集しているといっても・・・今から書くのは7年も前になる文章です。1999年「SF新人賞」が創設されたときの文章である。第1回目の募集の際に書かれたものを参考として書くことにしょう。ノベル、アニメ、コミック、ゲーム、音楽ーいまやすべてのジャンルを席巻するサイエンス・フィクション、スペース・オペラ、ファンタジー、ホラーは、「センス・オブ・ワンダー」に満ち満ちている。それが「SF」だ。豊かに穣る「SF」小説の果実たち。「名作」の数々は我々の日常に溶け込んでいる。そしていま、新しい「SF小説を求めています。大いなる期待をこめて、21世紀のニュー・エンタテインメントの旗手を求めます。「日本SF新人賞の創設に際して」20世紀も週末を迎えようとしている今日、日本SFは、大いなる繁栄の時代にあります。大作SF映画が製作され、SFアニメーションの傑作が注目されました。SFは、コミックやコンピュータゲームの世界をも席巻しています。ロボットやタイムトラベルやスペースシップを知らない子供が、どこにもいないように、今日ではSF的アイデアやSF的ガジェットは、すでに少数のファンの専有物とはいえません。SFは、多数の才能ある表現者の創造意欲を刺激し、さまざまな表現形態の傑作を生み続けています。黎明期の日本SF小説は、小松左京「果しなき流れの果に」や光瀬龍「百億の昼と千億の夜」をはじめとする傑作で多くの青少年読者を魅了しました。先人の影響下に、有力新人がきびすを接して登場し、ジャンルは大きく発展したわけです。1960年代、70年代におけるSF小説の飛躍が、日本におけるSFの繁栄をもたらしました。しかし今日、SF映画やSFアニメ、SFコミックの大成功の反面、SF小説の影響力が相対的に低下した事実は否定できません。いまこそ時代は、斬新で独創性にあふれる、読書の楽しみを具現するようなSF小説を求めています。才能あるSF小説家、魅力的なSF小説の誕生を求める時代の声に応え、このたびSF作家クラブは、日本SF新人賞を創設することになりました。この賞を通路として登場する新人作家によって、SF小説界に新風が吹き込まれることを願ってやみません。 日本SF作家クラブ 応募規定 1 新人による、未発表長編小説。 ジャンルは広義のSFエンタテイメントおよび その外縁に属するテーマ。 2 応募原稿の枚数は、400字詰め換算 350~500枚以内。 3 第1回原稿締め切りは、1999年7月31日。 4 受賞作品の発表は、2000年1月中旬。 賞 賞状および顕彰牌 副賞 賞金100万円
2006年11月19日
☆彡 5 0 件 の 投 稿 は可 能 な の か ☆彡あなたは、一日に50件の投稿はできますか?こういうことを聞かれると多くの人はそんなことできないと思うだろう。最初から不可能だと思うものだ。しかしよく考えれば、50件の投稿は可能である。投稿する””となるとよい文章を書かねばならない。そういう先入観があるために誰でも書くのは無理であると思ってしまうのだ。一番単純で短い時間で書き上げるのは一字であろう。いわば一字で書く日記といえる。一字なら50回投稿できるだろう。2文字・3文字・4文字ぐらいならできる””ならば何文字までならできるだろうか。一行10文字までならできる””10文字を50回書けばいいのである。文章や日記を書くときはかなりの文字を書いているはずだ。一文字を毎日書けば、50文字で50件””2文字を書けば100文字だ。10文字を書けば500文字だ。毎日の日記は50文字くらいは書いているではないか。100文字・200文字・300文字だって書いている。それ以上書くことだってあるだろう。だったらそれを50回に分散して書けばいい!!極端ないいかただがそういう書き方をすれば50回の投稿も可能というわけである。たとえばの話ではあるが50回(50件)の投稿をもって完結する日記である。一日10文字以内の日記を50回書く!!これが毎日50件投稿できるポイントである。要は短い文章を書くということである。僕は、2004年5月23日に何かを表現する場所としてHPを立ち上げた。2004年は、毎日1件日記を書けばそれで終わりとしていた。毎日3件書けるスペースがあっても3件を書こうなんて余裕も書くという意欲もなかった。ところが2005年になって思いは変化した。それは楽天さんが無料で3件投稿できるスペースをわれわれに与えてくれている。それを思うときに3件の限度数いっぱい書いてやろうじゃないか!!できるかどうかやってやろうじゃないか!!そんな思いもあってだんだんと毎日2件・3件と書いた。4件・5件と翌日の日記まで書いた。カテゴリも増えて深夜に創作のための妄想・夢想・仮想・瞑想の日々だった。2005年4月頃だったかなあ~一日の投稿限度数が5件になっても・・・5件完全に書いてやろう!!そんな思いでできるだけ5件を書き、またはそれに近い投稿数で書いてきた。6件・7件・投稿することだってあった。2006年3月で2年になるまでそれは続いた。それは、いったら書くことへのこだわりかも知れない。書くことで何かが満たされる。何が満たされるのかそれはなんとも表現できないのだが。まあ~おおげさに言うと自分の書く力がどこまであるかという確認作業であったといえるだろう!!少し横道にそれてしまった。<(_ _)>50件の投稿は可能かどうかだが・・・一字を毎日書いて50回投稿する。これが一番簡単で楽である。たとえばの話で考えてみると・・・「私の好きな日本語・一字日記」なんていうのはいかがでしょうかあ~毎日好きな言葉を一字、50回書く。国語辞典それも広辞苑があればかなり書ける。「恋」「愛」「好」などこれだけ書けばいい(笑)これが底を突けば、好きな言葉として・・・「恋したい」「愛してる」「好きだ」毎日こんな言葉を50回書く。これに底がつくと・・・「こい」「あい」「すき」というひらがなでもって漢字を書く日記だって書けるだろう。題して「 漢字で書いて一文字日記 」なんていうタイトルで書いてみる。 (^◇^)ねえ~なんとかなるでしょう?無理だと最初から思っていた一日に50件の投稿!!う~ん~そういわれたらなんとか出来るかもしれないなんて思わない?思わない?思う?思わない?思わない?そうですよねぇ~思わないのが一番いい(笑)なんの情緒もなんの笑いもないからねぇーあははっは 大人だもんね””つまらん日記50件投稿しても意味がない!!無駄な日記を書くなら書かないのがよい!!いわば、ムダなことはよせ !!ヤッパリ50件は書けないわ!! (笑)私は、絶対に書かない!!そういう結論になりましたー (*_*;
2006年11月18日
俳句1万句の旅♪ 茨の実かざる蕎麦屋の女将かな ♪ 季語:茨の実(いばらのみ)山野のいたる所に自生する落葉低木で、球形の小粒の果実は秋になると赤く熟す。
2006年11月18日
愛はいくつあるというのだ両親・子供・夫婦・恋人・友人・仕事・自然・・・いくつの愛を所有すればいいのだ
2006年11月17日
死のうと思うのは人間だけだ。自ら命を絶つことができるのも人間だけだ。
2006年11月17日
君は何になりたいと言うのだ。人間として生まれただけで十分ではないのか
2006年11月17日
先生への手紙の1ページ ある日写真をみていると 幼いころ写っているクラス写真があったのです 先生がニコニコと笑っているのが写っています ランドセルを小さな背中にせおって 通学している時がなつかしくて 小さなカバンに大きな夢つめて あのころの私はやんちゃだったでしょうか? 先生!! いつか思い出をを語りたいのですが 過去の思い出と・・・ 先生と学んだ日々のことを・・・
2006年11月17日
蝶の日記☆彡 蝶 は い な い ☆彡今日は、蝶を見なかった。蝶は、暖かい日でないと見れない。そして太陽がでて陽射しがないと蝶は見れない。これは、基本的な事実である。昼はさほど寒くはなかったが太陽の陽射しが今日は少なかった。だから見れなかったのだろう?
2006年11月17日
スキンヘッド物語☆彡 スキンヘッドの人を見た ☆彡今日、コンビニでスキンヘッドの人を見た。コピーをしているのを見た。頭の大きい少し太り気味の男で身長は170センチくらいだった。年齢は、多分40代後半だろう。静かに一人でコピーをしていた。コピーが終わるとすぐに帰っていった。僕は、帰って行くまでその人のスキンヘッドを横目でじっと見ていた。これが僕がこれからやろうとしているスキンヘッドというヘアースタイルか・・・髪がないけどヘアースタイル””そういっていいんだろうね?スキンヘッドが蛍光灯の明かりで輝いている。髪の毛がないというのはこうも神々しくつやつやとしてきれいなものなのか・・・スキンヘッドは本当に美しいものである。少し近寄りがたい雰囲気があるものの一言でいえば神々しくてキレイといえる。剃って間がないからだろうか。スポーツ選手のような筋肉質ではない。普通のサラリーマンでもない。職業はまったく想像がつかない。どんなことをしている人か見当がつかない。スキンヘッドの男がコンビニでいると近くには誰も寄りつかないだろう。スキンヘッドはそういう雰囲気をあたえるものなのか!!だがこの人にもスキンヘッドになった理由が必ずあるはずである。単純な理由かも知れない””深刻な理由かも知れない””誰も知らない心のうちにそれを秘めているはずだ。僕も、丸刈りになって・・・ムショ帰りか””なんて言われたことがある。ムショとはもちろん刑務所のことである。喫茶店のマスターに僕は聞いた。「マスターこんな頭しているとムショ帰りに見えるやろうかぁ~」マスターいわく。「冗談でいったんやでぇ~あんたは顔が違うからそうは見えん!!」僕は、その言葉がうれしくて喜んだが・・・「けど丸刈りはあまり印象はよくないよなぁ~、どこか人生の敗北者みたいで・・・失恋ならいいけど大失敗をやらかして人生の再出発をはかる男みたいに見られる!!」マスターはそれは言える””というような顔をしてあははっはと笑った。お互いが短髪だから僕もマスターも顔を見合わせて笑ったのだった。
2006年11月17日
文楽へらへら日記「通院・リハビリ・回復等状況」この日記は、骨折後の通院・リハビリ・回復状況についてブログに残すために掲載しています。★ 足 の 状 況 に つ い て ★足の状況は?よくなって嬉しいですといいたいところ、まったく予想に反してそうはいえない。昨日11月16日で2ヶ月になる・・・寒くなってきたのが大きいと思う。足はまだ腫れているし、くるぶしやかかとや甲に痛みがある。また少しびっこをひいている。
2006年11月17日
別 れ の メ ッ セ ー ジ 一つ一つ 一字一字に なつかしい思い出をたくし 別れのメッセージを書いている私 秋の日に 枯れ枝から枯れ葉が落ちてくるように さびしさをかくしきれない わかれのメッセージ わたしはひとりポツンと ベンチにすわり 昔の日を思いだす
2006年11月17日
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