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“たうりん君スキー検定の最終章が書いて無いよ”という指摘を今回少なからず受けた。もちろん私は執筆してアップしたつもりだが、どれどれ日記を読んでみるとやはり書いていないようだ。でも本当に書いた覚えがある、しかしそのデーターは既に無く何処を探しても見当たらない。今回はつたない記憶をたどりながらもう一度書くことにしました。皆様には大変ご迷惑をお掛けしております。では始まり始まり~♪午前の試験が終わって食事を終えた私は他の受験者が午後の為の練習に出かけるのをよそ目に、自分の冷えた足先を暖めるのが最優先事項であった。ぶっちゃけ今更試験の練習なんかしてもまあ合格率には変化は無いだろうという、自己解釈的な考えから練習はやめてぶっつけ本番で望むことにした。午後からは規定種目と言い、三人の検定員の前で1発本番で滑る従来どおりの試験体制であり、まあ一番の難所である。種目は大回り、中回り~小回りのリズム変化の2種目である。斜面は午前中より急斜面になりコブも入ってくる。ゲレンデは雪やコンコン降っても降ってもまだ降りやまずといった具合で、コブ斜面の上に深雪が積もった斜面。我々はまずスキースクールの前に集合していざ戦場へ。斜面の上は1人スターターが付き、前走が一人残り検定員3人はゴール地点へ。ゴールまでは約150mですり鉢状の斜面。私は2番目スタートで最初の種目は大回り。まあ大回りはいつもどおりの感じで行くことにした、今更作戦変更もないだろう。そもそも午前中の点数がわかれば作戦の立てようもあるのだが、自分が受かってるのか受かっていないのかわからないのですべりも変えようが無いのである。前走がスタートして試験が始まった。理想的には前走の様に滑ってくださいというのが前走のある所以であるが、僕はあまりとらわれないようにした。1人目がスタートしてコースの状況を見させていただく事にする。終盤で結構コブにはねられて体制を崩している、「ははーんあの辺に地雷ありと」地雷はよけるに越したことは無いがすべてよけきれないので、1発2発は食らう覚悟が必要だ。試験はちゃっちゃっっと進んでいくのでたちまち私のスタート。下で旗が振られスタートの合図、私は午前の作戦通りスピードをつけてスタートし2発ほど地雷を踏んだがなんとかゴールした。正直転倒だけは避けたいのでやや攻め切れずに守った滑りになった。そのままリフトまで行き次のリズム変化のためにまたスタート地点まで。最後の種目も2番手スタート。リズム変化とは最初中回りでスタートして段々ターン弧を小さくしていき、最後は小回り(ウェーデルン)で滑るもので一番難易度が高い。難しいのは中回りからいきなり小回りでは無く、回転弧を段々小さくして小回りに移って行くことと小回りに行くときの大きな反動の処理がミソとなってくる。前走がスタートして滑り降りた、どうやらコブは少ないようだ。1番手がスタートし無難に滑っていく、しかしゴール直前に地雷を踏んだらしくかなり吹き飛ばされていた。「おおーくわばらくわばら」すぐに私のスタート、今回は雪も多くコブの状況もわからないので無難に行く事にした。中回りはスムーズに行くことが出来ターン弧を段々小さくして小回りへ、、でも下のほうは上から見た感じではわからなかったがかなりの深雪で下にはコブという名の地雷が埋まっていた。小回りで板を振ろうとしても深雪で邪魔されてなかなかターン出来ず、そのうちにコブにに跳ねられてしまった。なんとか体制を立て直してゴールはした物の、手痛いミスである。午前の種目が70点オールで来て午後の大回りが70点だとすると、今のリズム変化が69点の場合不合格になる。しまったー!!練習では上手くいけていたが思わぬ所で足をすくわれた。試験は無事?終わり結果発表は1時間後、疲労困憊した私はその時点で滑るのをやめレストハウスでお茶でもすることにした。もちろん他の受験者は練習しに行った、僕は「若いっていいなー」と思った。果たして勤勉な若人と不真面目なおじさんとどちらに勝利の女神は微笑むのだろうか?毎回そうだがこの1時間がつらい!まるで生きた心地がしない。思い返せば昨夜は緊張して眠れずハルシオンの力を借り、北海道では検定の種目を練習して過ごした時間が無となるか有となるかの降魔が刻である。さすがに緊張してきた、何回時計を見ただろうか、何通メールを送っただろうか。そんなときに限ってメールの返事は無く、心臓がレッドゾーンに入ったまま時間はゆっくり過ぎていった。このままではオーバーヒートしてしまう、時間は発表の15分前、僕は躊躇したが結果の張り出されるスクールの前に行くことにした。そうするとスクールの側面のガラスに紙が張ってあった。まだ遠くて見えない、いや目を凝らせば見えるのでは、だが体が目がそれを受け入れなかった。ゆっくりと近づきよく見ると、上から3つに赤い丸が名前であろうところの前に書いてある。まるで選挙の当確の造花の様だ。さらに近づくと上から1級受験者のゼッケンと名前、その横に点数が書いてあった。「俺って何番だ?」「すんません(他の受験者に)僕って何番でしたっけ?」「たうりんさんは3番じゃあないですか」「3番!」結果には3番の前に例の花丸が書いてあり丸の中心は“合”の字が!!ということは合格!花丸を貰ったのは小学生の時のそろばん7級以来である。たうりんは恥ずかしながらそろばんは7級である。「おおおお~合格ら~」点数は大回り71点 中回り70点 総合滑降71点 大回り71点 リズム変化70点という結果であった。見事トップ当選を果たすことが出来た。合格するとスクールの中に入れてもらえ賞状とバッジと登録を済ませる。検定員のあんちゃんが「たうりんさんよかったですね次ぎ目指してがんばってくださいね」僕は心からありがとうございますと言えた。どのくらいぶりだろう心からありがとうって言ったのは、結婚式でも言わなかったが・・登録を済ませると皆はまた滑りに行った。僕はもちろんコーシーを飲んだ、もう今日は滑るのいいやってなもんである。僕は友人の田島氏に電話をして状況を聞き、あちらも帰るところだと言うので早々に迎えに来てもらうことにした。僕は改めて合格発表の張ってあるガラスの前に立ち、いつまでもその結果を眺めた。結果は5人中3人合格してイントラは1人すべった。全員の点数が書かれているので顔を思いだしながら回想した。僕がいつまでもその紙を見てるのでスクールのおねえさんもはがす事が出来ず困っている様だった。賞状とバッチをもって本日行きつけのレストハウスに行って迎えが来るまで待つことにした。うーん皆の視線がバッチに突き刺さるねーなんて思いながらしばしの優越感に浸ることにした。やがて田島号が迎えに来て長い一日が終わった。ありがとう音無荘、ありがとうハルシオン、そしてありがとうロシニョール9DO。家に帰った私は家で黄門様よろしく賞状とバッチをそんなもの見たこと無い風邪をこじらせて弱っている奥さんに見せびらかした。奥さんは“ははー”とひざまづき、なんとなくうれしさから奢りたくなって関係ない奥さんに焼肉をおごった。水戸黄門はその都度みんなに飯でも奢ってるのだろうか?
2003年02月23日
コメント(2)
昨日は久しぶりにヘブンス園原にスキーに行ってきました。いやーこれが結構近い!我が家を出てからスキー場までジャスト2時間!もちろん高速は使いましたが、それにしても早い!でも昨日は結構混んでいましたねー。あそこは山頂にゲレンデがあるタイプのスキー場なので、まずはゴンドラで山頂に行かなければなりません。それがちょっと不便です。なぜなら子供の雪遊びでもゴンドラ料金が必要なのです。だから結構割高かも。ゲレンデはお世辞にも広いとは言えず、われわれにはつまらないです。人も結構います、主にファミリースキーヤーばかり!板を見ればわかります。板は平板、ウエアーはデモパン、靴はリアエントリー(わからんひとには全然わからんと思う)。うーんスキー博物館だー!スピードを出して滑ろうと思っても子供やファミリーにブロックされなかなか滑れず・・きつい!まあ昼を過ぎれば空くかもと思いつつも全然・・休みながら4時半まで滑ってゴンドラに乗り帰り支度を。帰りに昼神温泉の湯ったりーな昼神(¥400)によって長風呂して帰りました。この湯ったりーな昼神がまたいい!ピュロス結構いいぞ、安いし広いし綺麗だ。我々は名古屋インターで下りて、夜飯のラーメンの本○邸(かなり有名店)に行きましたが、油ぎっしゅで辛かった。でもまあまあ安くて近くて良いスキーでした。みなさんもどうぞ。<終> From: Reply-To: Date: Sat, 08 Feb 2003 15:07:48 +0900 (JST) To: ??????@dab.hi-ho.ne.jp Subject: 8日の日記
2003年02月08日
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