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August 25, 2010
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方丈記私記

筑摩書房 ちくま文庫
☆☆☆☆☆
 「私記」とある通り、方丈記に対する著者のエッセイ。やっぱり難しかったけど、およそ言いたいことや時代背景も理解できるので、読み応えがあった。1971年刊行、ちくま文庫初版1988年。巻末に五木寛之氏との対談、「方丈記再読」が収録されている。
 第二次大戦、東京空襲の焦土の中、深川あたりを訪れた昭和天皇と周囲の庶民の異様な反応(多分今なら某隣の半島の北半分あたりで見られるような…)に対する憤り、また、洲崎(前の日記「首塚巡礼・花魁道中」でちょっと触れた)に「知り合い」がいたので、彼女の安否に関しては絶望視していたものの、その場所まで行って見たという体験や戦後の悲惨な社会から、方丈記の内容に思索が飛び、同時代で、長明も鎌倉で何度か直接話したという源実朝についての話題、さらに方丈記を書いた鴨長明のひととなりにまでエッセイは展開される。
 この方丈記の時代は、源平の合戦に加えて、疫病の流行、飢饉、地震など庶民には苦難の時代だった。が、貴族社会は新古今の時代なのだ。見事なまでに現実を排して、観念と抽象、あるいは象徴の歌が作られた時代なのである。長明は貴族ではなく地下人に身分から、和歌所の寄人となるが、藤原定家などからは不気味に思われていたそうだ。また、シニカルなところが多分にあり、秘曲といわれる琵琶の曲を調子に乗って公で演奏した、当時の大スキャンダルの後の叱責に対する弁明は、大げさでむしろ居直りすら感じるものだった。などなど、正直私は古典の時間に習った方丈記のイメージは、諦念と物静かな無常観だと思っていたのだが、確かに無常観は漂っているもののそれは、冷笑からくる無常観だったらしい。悟りすました人格者などではなく、世捨て人となって、山に籠っても、十分に下の俗世間にニラミがきいていたらしい。そもそも長明が世捨て人となったのだって、上記の大スキャンダルと折角の神官職への任官が親戚の横槍でダメになり、後鳥羽院が親切に次の職を見つけてくれたのも断って、山に籠ったらしい。それで、悟り済ました人格者になんぞなるわきゃないわな。そして、山籠りとて、今のような田舎暮らしIターンなどという生易しいものではなく、かなり大変な生活だったはずなのだ。久しぶりに会った知り合いが面変わりしていた、と書き残している。しかも長明の住居は自作した今だとトレーラーハウスと言えなくもない方丈(大体3メートル四方らしい)しかない住居なのだ。そこにお気に入りの本数冊と組み立て式の琵琶だの琴だのを持ち込んでいたらしい。方丈というと私の自室くらいの大きさだろうか。なんとなく冷笑的であってもサバサバしたような感じで生活していたんじゃないだろうか。まあ当時としてはいい年の爺さんだったんだし、それまでの人生を考えれば一筋縄でいくような人ではなかったんだろうけど。でも10歳の男の子と山で薪なんかを拾っている長明を想像すると、ちょっと侘しいけれど、ほほえましいかも。
 長明の歴史を斜に構えて冷笑的に眺める視点というのは、ちょっと興味深い。方丈記は全文でも短くて、原稿用紙20枚程度のものだそうだ。いつか対訳(じゃないとムリだろう)でよんでみたいな。





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Last updated  August 26, 2010 12:25:56 AM
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