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久しぶりの祝日。前回の祝日以来、風邪で休んだ以外平日の休みがなかったので、息子は前から楽しみにしていたようです。私からは、「お菓子の家」作り、そして夕飯作りを休日のレジャーとして提案していましたが、息子としては最近ブームが復活した「アルゴ」で遊びたかった様子。まあ、どちらも楽しみましたけどね。まずは本屋で子供向けの料理がたくさん載っている本の購入を目指しました。が、結局息子の気を引くようなものはなく、ちょっと路線を変更して、「子供と作る料理」の本を買うことになりました。息子がこの本に飛びついた理由はわかっていて、3歳、5,7,9歳と、年齢別、ステップ別にできる料理のお手伝いが配置されていたところだと思います。まあ、入り口は何であれ、興味を持つことが重要なので、この中から息子の年齢でできることをセレクトし、この日の夕飯のメニューはちらし寿司ということにして、息子にちらし寿司の具を混ぜるところと、トッピングの卵を割るところをやってもらいました。午後は、アルゴ大会。アルゴというのは、以前紹介したかな。学研から出ているカードゲームです。0から11の数字の書いた札が白黒2組あって、それを伏せて並べ、他人の持っている数字をあてるというゲームです。カードは決まったルールの下に並べることになっているので、並び順と、自分の持っているカードから、他人のカードの数字を推理することができます。当てられてしまったカードは、数字が見えるように並べるので、見えるカードが増えれば、それを手がかりに伏せられているカードの数字も推理することができます。買ったのはだいぶ前になるのかな。しばらくご無沙汰でしたが、学研から新しいダイレクトメールが送られてきたのを機に思い出したようでした。ゲームの最初は手がかりがないので、「あてずっぼう」で数を当てなければならないのですが、これが「怖くて」仕方がなかった息子でした。トランプの神経衰弱のときにも同じ傾向があったので、性格的にしょうがないのですが、神経衰弱は練習(繰り返し遊ぶ)ことで平気になりました。当たることもあるし、当たらないこともある、という経験を繰り返せば「克服」できるようです。アルゴも、今回で、あてずっぽうが怖くない経験をつむことができました。息子は結構あてずっぽうが得意で、たくさん当ることができたというのも大きい。アルゴのキャッチコピーは「頭のよくなるゲーム」なんですが、文字通り息子は回を重ねるごとに推理のポイントをつかんで、(あてずっぽうではなく)当てるのも上手になりました。そこで、少し指南を。相手がいるゲームなので、すべてがヒントになります。つまり、Aの人が、Bの人の持っていると考えた数字として「6」をいったとしたら、A は「6」を持っていないと宣言したということになります。(もちろん、わざと、自分が持っている数字をいってもいいわけですが)。なので、可能性がいくつもあるとき(5から7の数字のどれか)に対して、「この数字は5か7のはずだから」と口に出して言ってしまうと、言った人は「5や7はもっていないけど、6を持っているんだな」ということがわかってしまうんだよ。ということを息子に教えてあげました。ゲームに勝つためには、推理の過程は心の中で。また、自分の手札をもとに、確信を持って推理していても、「あてずっぽうで」考えた、という「ふり」をしたほうが有利にゲームをすすめることができる、ということを教えました。(教えるためには、私たちも本気を出して、息子のちょっとしたせりふをてがかりに数をあて、その結果、息子が負けてしまう、という場面もつくりました)いまや推理力と短期記憶力(誰が、どの数字を言って当てようとした、ということをすべて覚えてなければなりません)では、大人といい勝負の息子ですが、人の気持ちを読むところは弱いので、本気を出せば大人が勝ちます。なので、適当に手加減して、息子に勝たせることもできるのですが、真剣に勝負して、たまに息子が勝つ、程度で、息子は満足している様子。あとは、人に見えないようにカードを並べたり伏せたり、というところが苦手な息子ですが、これこそ練習がものをいうので、繰り返せば上達するのではないかと思います。有名なサリーとアンの課題というのがありますが、このようなカードゲームをきっかけにして、相手の気持ちの存在、それを隠したり、違うことを言ったりすることがある、ということを学んでいってくれたらいいと思っています。==お菓子の家は、こんなのを作りました。材料はココナッツサブレとクラッカー、生クリーム、マーブルチョコ。屋根はクラッカーにしましたが、ウエハースのほうがよかったかもしれません。生クリームでふやけた、クラッカーはおいしくなかったので。
2009.03.20
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これから、退院です。闘病日記はこれでおしまい。もし、余裕があれば、ブックレビューをもうひとつ仕上げたいと思っています。日曜夜からの入院。月曜手術。手術は大成功で、その後順調に回復し、退院の日を迎えました。お見舞いありがとうございました。こうやって病院にいながら、普段とかわらないようにブログの更新ができるというのですから、世の中かわったものです。ブロ友さんとは、普段よりも頻繁に交流をもつことができたぐらいです。携帯の威力も大きい。6年前の息子の出産のときは、病院内携帯電源OFFの時代でしたからね。今でも通話は決まった場所でしかできませんが、メールはOKなので、料金のかからないCメールで、夫と頻繁にやりとりすることができ、離れていても、お互いの様子わかり、安心することができました。夫が頑張って毎日お見舞いに来てくれたことが大きい。毎日のお見舞いは、何よりも息子の精神の安定のためでしたが、私も1日30分~1時間、息子と遊ぶことができ、なんか、それで「じゅうぶん」って感じでした。(たとえて言えば、日に1時間だけ子どもと遊んで、“育児責任”を果たしている気分のお父さん、というところか)発達障害をもつ息子との日々は、ストレスのかたまりなんだな、ということを離れてみて再確認することができました。朝のお支度から夜の寝かせつけ間、ずっと、息子の機嫌を伺い、交渉し、取引し、ときに妥協するの連続です。ことばの教室の先生が、息子の扱いについて「才能のある外交官のようにする必要があります。取引はするけど、決して妥協しない」っておっしゃっていたのですが、妥協もしないととても生活がまわっていきませんてば!束の間の休息もこれで最後です。持ってきた大量の本は1/4も読めず、過去ブログの更新も全くできませんでしたが、ともかくリフレッシュになりました。この先、入院以外に仕事・家事・育児から解放されて、ゆったり過ごすことはないんだろうな・・・・ずっと入院していると、夫が持病が悪化して、入院になりそうだし息子は、ちゃんと風呂で洗わないものだからちんちんが痛くなるし二人とも、外食やスナックばかりで、栄養が偏って夫は血圧上昇。息子は軟便という形で影響が表れているしということで、「主婦・母親」の役割を果たすべく、これから、社会復帰の準備にはいります。昨夜は就寝21時過ぎ、朝は、看護師さんの巡回(6:15)まで、ぐっすり寝てました。昼間あちこり歩き回ったのが、大きいかも。おなかは、固形物の食事が増えてきたせいか、食べたら出る状態からはだいぶ落ち着いてきました。この先、あまり硬くならずに適当なところでとどまってくれるとうれしいのですが・・・朝食は全粥味噌汁(ネギ)、焼き魚(鮭)、切干軟らか煮、梅干し、乳酸菌飲料でした
2009.03.08
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前夜は音楽を聴きながら、9時過ぎに就寝。起床は4時少し前でした。運動不足と、昼間もゴロ寝していたことを考慮すれば、十分寝たかな。夜寝る前と、早朝排便がありました。夜の方は腸の粘膜やら粘液やらが出てきた感じでしたが、朝のは食べたものが出てきたようです。21時間後。私は、普段から便秘気味で腸の動きがとても悪く(←ポリープの原因の一つ?)、食べ物が体内を通過するのに48時間程度かかっていました。絶食期間が長かったので、腸内環境がかわったり、腸の動きを制御する自律神経系がリセットされたりしたのだろうか?若いほうの担当医が病室に様子を見に来たので、便の状態を話したところ、ポリープをとったことで便秘が解消したという話はあるとおっしゃってました。私のは特に大きかったので、腸の動きを悪くしていた可能性はあるかも、とのこと。今後観察を続けたいと思います。朝食は全粥。味噌汁(キャベツ、ネギ)、厚焼き卵、お浸し(ホウレンソウ)、梅干し、牛乳、でした。主食がお粥である以外は普通の食事でした。普通食のメニューは、卵焼き→煮豆、梅干し→ふりかけ、牛乳→飲む野菜煮豆、ふりかけは「消化が悪い」食材なのでしょうね。飲む野菜も消化が悪いのかな??牛乳にかえることによって栄養とカロリーを強化しているのではと考えているのですが・・・・午前中は、病院内を徘徊。洗濯もしました。展開していた荷物ももう使いそうもないものは荷造りし、明日からの日常生活にむけて、少しずつ体を慣らしていきました。昼食は、全粥、親子煮、土佐煮(豆腐)、清汁、果物(柑橘類のシロップ煮)、梅ペーストでした。メニューカードにはペーストプリンとあるけど、なかったな。まあいいや。普通食の置き換えは、親子煮→そぼろ丼、土佐煮→揚豆腐、なし→もずく酢主食は卵や鶏肉が消化によい。揚げ物はだめ。生の野菜・海藻・果物もだめ。参考になります。昼食後、空腹感に襲われ(!)、売店に何か柔らかいデザートを求めていきましたが、果物ゼリーしかなく(寒天は消化にいいのだろうか?)、飲むヨーグルトを買いました。パッケージによれば、腸内環境を改善するだそうです。絶食で、悪玉菌を駆逐した後、善玉菌を植え付けたらいいかな、って思って・・・そのあと昼寝。16時過ぎに、夫と息子がお見舞いに来ました。結局毎日「皆勤賞」で見舞ってくれたことになります。ごくろうさま。息子は昨日に続いて、今日も自販機の冷食が食べたいというので、焼きおにぎりとフライドポテトを買いました。夫は、もうちょっとまともな食べ物を求めて、近所の弁当屋に買い出し。その後、夕飯までの間、息子と「ナンプレ(数独)」をやって時間をつぶしました。夕食は、3人そろって談話室で取りました。夕食メニュー:全粥、ブイヤベース(鶏ささみ、白身魚、ブロッコリー、ニンジン)、ピーナッツ和え(いんげんとにんじん)、含め煮(ジャガイモ)、梅干し、リンゴ。こうやってみると、普通の食事ができますよね。でも同じものを自分で調理する元気はないなぁ。明日からの食事はどうしようかな・・・スーパーで似た感じの総菜を買い求めましょうかね。
2009.03.07
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ますます、寝つきが悪くなりました。私にとってもっともいい入眠法は本を読むことなのですが、二人部屋なので、遠慮。代わりにとパソコンゲームをすると、バックライトが明るすぎるからか、指を動かしているのが覚醒の刺激になってしまうのか、ますます寝られず。しばらく布団の中でごそごそした挙句思いついたのが、音楽を聴く。CD5枚分ほどをパソコンに入れてきたので、「入眠用アルバム」を作ってみました。テンポの速い・ビートのきいた曲から、ゆっくりした曲の順番に並べてみました。効果絶大。30分しないうちに寝つけました。この方式は家に帰ってからも使えそうです。朝、看護師さんが点滴の針を抜いていってくれました。私「針を抜くとき痛いですか?」看「(針を固定している)テープをはがすときが痛いってみんなおっしゃるのよ」私「そんなに痛くないです。(次に針を抜く)へえ、針って金属じゃないんだ」(プラスチックの細い管でした)なんて会話を交わしたのですが、思い起こせば、6年前に入院(息子の出産)したときにも全く同じ会話をしたのだった。すっかり忘れていたことだけど、思い出す。人間の記憶って不思議です。そして、いよいよ待ちに待った食事開始です。メニューは三分粥、味噌スープ、温泉卵、牛乳、果汁(ぶどう)流動食でも一汁三菜!に感激しました(←五汁)液体ばかりですが、嵩は普通の食事なみにあります。縮んでいた胃がびっくりしないよう、いつもの3倍ぐらいかけて、ゆっくり食べました。朝食のカロリーは400 kcalほどか。一食で、昨日までの一日の総摂取カロリーと同じぐらいです。ちなみに、ぶどうジュースは蓋つきのピンクの半透明の計量カップにはいってました。手術前夜(3月1日)、ポタージュスープが入っていたのと相似形です。どうやら、ここの食事の「コップ」の標準はこれらしい。量をはかるのが簡単だから合理的だけど、もうちょっと食器らしくできないものか。投書してみようかな。9時半の看護師さんの回診で、本日の安静度を改めて聞いてみました。(昨夜、主治医に無理しないでね、とたしなめられたので)平らなところの歩行は可。階段上り下りはしないでね、といわれました。今、階段を上ったら、息切れします。本人がつらくない程度の歩行ならOKということのようでした。昼食は:三分粥、煮魚クリーム(人参入り)、スープ、ペーストプリン、牛乳、リンゴのコンポート、海苔佃煮。主食の煮魚クリームをわかりやすくいえば、離乳食初期のベビーフード。これまで、「消化のいいもの」といわれ、ピンとこなかったのですが、離乳食をモデルにすればいいわけだ。昼食後、前夜の睡眠不足がたたって、睡魔に襲われ、昼寝してたら主治医登場。早速、昨夜の徘徊のいいわけをして、運動不足で夜よく眠れないと訴えたところ、1日退院を早めようかと一瞬考えたようでしたが、「せっかくここままで大事にして、合併症もなくきているので、慎重にいきましょう」と、予定通り8日に退院ということになりました。この後、病院内を少し散歩しました。消化器科の外来にいって、生命保険会社に出す診断書の作成を依頼したり、地下の売店で買い物をしたりしました。ここ数日の安静生活と絶食で体力が落ちているのは歴然で、ちょっと病院内を歩くだけで十分、「運動」になりました。無理しないように、徐々に体を戻していきましょう。体重をはかったら、2kgくらい減っていました。ちょっとうれしい。でもすぐリバウンドするんでしょうね。夕方5時過ぎに夫と息子が登場。夫は昨日・今日と仕事を休んで家事(と休養)をしていたのですが、それでもなお、相当疲れがたまっている様子。バスを乗り継ぎ、待ち時間をいれると片道1時間以上の道のりです。毎日病院に通うのは相当疲れるでしょう。ごくろうさま。一方、そのおかげで息子は元気なようです。今日は、私も食事ができるようになったので、息子と一緒に夕飯を食べることにしました。といっても、特に準備はしていなかったので、息子の夕食は、自動販売機の冷食を解凍する焼きそばとフライドポテト。あと、閉店間際の売店で買ったゼリーです。夫は、疲れがたまっていて、夕飯はいらないって。息子の精神面よりも、夫の体の方が心配です。私の夕食のメニューは、三分粥、じゃがいもの煮っころがしをペーストにしたもの豆腐の澄まし汁、ポタージュ、梨のおろし煮ここのメニューは、主食、汁物、主菜、副菜、デザート(果物)というパターンなのですが、流動食メニューでも、それを律儀に踏襲するのは、かなり無理があるよねと思いました。昼の副菜はプリンだし、夜の副菜はポタージュだぜ。
2009.03.06
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5日目を迎え、絶食にもすっかり体が慣れてきました。安静が解除されていないので、基礎代謝以上のエネルギーを消費していないと思いますが、頭がぼうっとしたりすることはありません。事務仕事ならいくらでも続けられそうです。もっとも、同じ姿勢を続けていると肩や腰が痛くなるので、椅子にすわったり、ベッドに横になったりと、居場所をかえて過ごしています。肩がこると、廊下を少し散歩。運動不足のせいか、夜もあまり寝られません。夕べ寝たのは10時過ぎ。起きたのは4時前でした。ふだん10時半ごろにねて、7時まで起きられない生活がウソのようです。(普段はそれだけ体を動かしている?んですかねぇ)午前中は何もなし。午後職場の同僚(というか大先輩)がお見舞いに来て下さいました。午後は横になって、パソコンゲームをしたりして過ごしていました。夕方、夫と息子が登場。公文は打ち合わせ不足で、担当の先生と会えなかったとのことですが、息子はチョコボールを食べ、機嫌よく登場しました。談話室で、来年度のごみ収集日のカレンダーに日付を書き込んだり、個配の注文をインターネットで行ったりしました。家族といるときに、若いほうの担当医にあったので、安静度について尋ねると、院内散歩しても大丈夫とのこと。家族といっしょに地下の喫茶室までいって、そこで息子に公文のプリントをやらせました。30分ほどして病室のあるフロアに戻ってくると、主治医とすれ違いました。主治医、苦笑いの表情で、「もうちょっとおとなしくしてて」と釘をさされました。不在の時間が長かったので、ずっとうろうろしていたと思われたかな。心配をかけてしまいました。ごめんなさい。実際は、歩いたのは2分+2分程度です。(喫茶室ではずっとすわっていたので)廊下を200mほど歩くだけでも心臓がドキドキしてしまいました。人間の体というのはかくもなまるものです。食事が開始されたら、退院時に家まで帰れることを目指して、少しずつリハビリに励みたいと思います。
2009.03.05
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空腹に体が慣れたのか、絶食は全く苦にならなくなりました。飴玉と水があれば、しばらく生きていけそうです。(非常持ち出し袋には飴と水だね!)前夜、9時ごろ若いほうの担当医が訪れ、経過が順調であることを知らせてくれました。腹部レントゲンの結果、異状はないが、腹部は膨張しているので、おなかの張った感じはするかもしれないとのこと(←自覚症状は全くなし)出血もないので、4日からイオン飲料も可、ということになりました。絶食から普通の食事に戻していくタイミングは、患者の容態次第で、一律の日数の基準はないそうです。無理をすれば、大腸に刺激を与えて出血を誘発することになりかねないし、無用に絶食を長くすると、普通の食事に戻すのが大変なんだそうです。まずは、今日からイオン飲料可とのお許しが出ました。また、朝9時ごろ主治医が来て、調子を聞きにきました。経過は順調だが、木曜日いっぱい、絶食をがんばってほしいとのこと。(飴とイオン飲料があれば、まったく問題ないと元気に答えました)もう出血の心配はなさそうだけど、怪我と同じで治りかけが一番養生が必要だそうです。切って2日目ぐらいがしみるよ、とのことでした。お隣の女性は、高齢で、もれ聞くところによると、すでに1か月入院しているようです現在回復期にあるようですが、本人の意志とうらはらに食が進まない様子。口からの栄養が十分にとれないので、栄養注入をしてもらっているようです。お寿司でもなんでもおいしいと思えるものをどんどん食べてねといわれています。同じ消化器といえなんだか対照的です。その後、部屋移動の要請があり、ナースステーションから遠い部屋に引っ越すことになりました。また、シャワーの許可も出て、3月1日以来、洗髪、体を洗うことができました。午後は、3回ほど、水様の下痢があり、驚きましたが、夜、若いほうの担当医に聞いたら絶食中の腸の正常な反応であるとのこと。この後食事を徐々に戻す過程でも下痢をすることはあるけれど、おさまっていくので大丈夫、とのことでした。経過が順調ということで、今後の日程と退院予定を知らせてもらいました。木曜日もう1日が絶食、金曜日3分粥、土曜日全粥で、日曜日に退院だそうです。午後には思いがけなく、職場の若い人が3人そろってお見舞いに来てくれました。夕方、家族と両親が登場。息子にさっそく退院予定と、退院後の生活の注意の紙を見せながら説明します。「刺激物を食べないように(辛いもの)」というところで、かあちゃんはカレーは×。ぼくと父ちゃんは食べられるよ。と盛り上がっていました。息子としては、いつから私とドライブできるか。温泉にはいってもいいか、が気になるらしく、さかんにそんな話をしていました。注意書きには「次の診察日までは、下記のことを守ってください」と書いてあるのです。大人の解釈では、「いつからドライブできるかは、次の診察日(12日)に聞いてみないとわからない」なのですが、息子の解釈では「12日を過ぎたら何をしてもいいんだ」、ということになってしまいます。そうではない、ということを一生けん命説明したのですが、うまく通じていない様子です。このあたりは、読解力というよりも、常識とか、暗黙の了解、の範疇なのかもしれません。ソーシャルストーリーの書き方にも通じるところがありますね。大人は常識を働かせ、書いてないことも補って解釈しますから。夜9時すぎてから、思いがけず主治医の登場。切り取ったポリープの病理検査が出たので早速持ってくれたようです。結果はシロ。良性でした。再発のリスクも0。といっても、今後年1回、胃カメラ、エコー、大腸内視鏡を最初に検査をしたクリニックで行うことを勧められています。腸を切らずにとってくれた、医師に感謝。ちなみに、せっかくオペなしでとったんだから、しっかり絶食して、出血しないように気をつけましょう、と釘をさされましたとさ。私、そんなに食い意地がはっているように見えるんでしょうか・・・
2009.03.04
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空腹と軽い頭痛で5時前に目が覚めました。もっとも、寝たのも9時前だったので、通常の睡眠時間です。頭痛のもとは低血糖だったらしく、朝看護師さんからも「水」以外に「お茶」「飴」OKの許可をもらい、○二屋の棒付きキャンディーをなめたら、だいぶ気分がよくなりました。他に、夜泣き石のそばで買った子育飴を持参しています。その後、父から黒糖飴、職場の同僚からフルーツ飴をもらい、これで絶食生活はのりこえられそうです。午前中は両親が来て1時間ほどおしゃべりしていきました。午後すぐに、レントゲンを撮るために、1Fまで移動しました。「安静中」ということで車椅子で運んでもらいました。レントゲン技師に立てますか、と聞かれ、もちろん立てるし歩けるわけですが、元気に歩けるのに車椅子で移動するのもなんだか変な気分です。レントゲンのあとは、ベッドに横になり、昼寝したり読書したりして過ごしました。ようやく手術疲れがでて、また、病院の生活にも慣れ、リラックスできるようになってきたかな。よい兆候です。18時過ぎに、職場の同僚と、私の家族、両親が一度に来ました。談話室でしばし面談。面談室は貸し切り状態で、息子が駆けずり回っても大丈夫!入院前に切りそびれた爪を切ってやりました。(夫がいくら爪を切ろうとしても拒否されてしまうらしい)今日はひな祭りということで、息子は保育園から自作のひな人形をもって帰ってきました(2月13日付日記)息子は病院でひな祭りをするんだ!と夫に宣言していたようですが、息子のいう「ひな祭り」とは、ひな人形を見ながら、「ひな祭りの歌」を歌うことだったようです。息子、私、夫の3人でフルコーラス(4番まであります)を歌いましたよ。息子は私に手紙を持ってきてくれました。「ごはんだめだよ。あめだめだよ。みずだけだよ。かあちゃんだいすきだよ。かあちゃん はやくげんきになってほしい」(注;最初は、飴もだめだという話になっていました)息子がいてよかったよ。
2009.03.03
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入院2日目。手術日です。朝6時半から、朝食替りの!腸洗浄液を飲みます。昨年12月11日に初めての大腸内視鏡検査を受けて依頼、これを飲むのはこれで3回目なので、もうベテラン?です。どのくらいでトイレ通いが始まって、どのくらいで終わるのかだいたい想像がつきます。同室の女性の歯磨きタイムと一番切迫している時間が運悪く重なってしまい、アクシデントがありました。(1日観察していたら、この方が起き上がるのはこのときだけだったらしい。申し訳ないことをしました)午前中には、腸洗浄も完了。夫昼過ぎに到着。両親13時ごろ到着。ここから、長い待ち時間にはいりました。予定では15時から手術の予定でしたが、どうやら延びている様子。そんなものだろうと、あきらめて待つ、私、夫、母だったのですが、最初に文句を言いだしたのが父でした。その文句が気に障るので、私が看護ステーションに様子を聞きに行こうとしたら、父が代わりに聞きに行って、看護ステーションでは何もわからない、という情報をもらって帰ってきました。私が、「そうでしょう。この病院はそういうところなのだから、あきらめて待つしかないのよ」というと、父が「だったら、そういってくれればいいのに」と。自分で確かめにいかなければ納得しないくせに、と思って父に聞かせに行ったのですが。相当意地悪い娘です。どうやら、私も父の思考パターンがこの年になってようやく手に取るようにわかってきました。息子の思考パターンを十分研究してきたおかげかもしれません。実際、手術をする部署と看護ステーションの連携は極めて悪いらしく、(1)着替え(2)筋肉注射(3)ストレッチャーで運ばれるという段取りと聞いていたのに(1)(2)<看護ステーション担当>、が終わる前に、(3)のお迎えが1階から来てしまいあわてました。でもまあ、看護ステーションの人の責任というよりは病院全体のシステムの問題だと思うので、無事社会復帰できることがわかった暁には、投書していくことにしよう。(公共の病院なので、納税者として投書する義務も権利もあると思う)(他にも、絶食の日数・手術日程が、医師→患者には伝わっているのに、看護ステーションには全く伝わっていなかったり、この後のことですが、手術直後、絶食を申し渡されている私に夕食がでてきたり、と笑ってすまされる程度の連絡不行き届きは目につきました)ストレッチャーで手術室へ。外来患者・面会人あふれる1Fフロアはあまり通りたくないとわがままを言ったら、わがままを聞いて、人気の少ない道を選んでくれた看護師さんです。手術は、1月6日に大腸検査をしたのと同じ内視鏡室で行われました。主治医と、前回の検査のときにも見た記憶がある医師と、もう一人若い医師がいて、若い医師は、主治医と一緒に私の担当ということで名前があった人だということがあとでわかりました。最初に自己紹介とかしないのが、病院の流儀なのかな。もう一人、ベテランの看護師さんがつきました。前回の検査では麻酔を全く使いませんでしたが、今回は、ロプヒノールという麻酔薬とスポラミンというステロイド剤を使いました。私が、帝王切開の麻酔で気分が悪くなったという話を主治医にしたら、相当びびっていて、打ち合わせの時に麻酔なしでやりましょうか?ともいわれたのですが、いやいやそこまでは。まあ、最低限量使ってくださいみたいな話をして、12月に別の消化器科クリニックで使った薬なら大丈夫だったから、といってそれを見せたら、同じ処方の麻酔薬+ステロイドの組み合わせにしたようでした。この頃では、患者は自分で自分の健康を守る意識が必要なんだな。医師の方も患者の主張をずいぶん聞いてくれるようになった気がします。それは、さておき、手術の内容は、主治医にすべてをまかせているので、始まってからは手術ができるだけスムースにできるように、最大限の協力をしました。といっても、姿勢を変える必要があったのは今回は2回だけで、私の仕事はもっぱら「ガス抜き」だったのですが・・・大腸内視鏡手術では、器具の操作をやりやすくし、視界をクリアにするため、腸の中に空気を送り込んで膨らませます。腸の出口には弁がついていますが、この弁は人間が開閉をコントロールできるものであるわけです。(そうでないと、汚いことになってしまうわよねぇ)ということがややこしい。穴の入口には、チューブ挿入されているので、その隙間から上手にガスを出すのは難しいのです。前回の検査の時はこれが上手にできなかったのですが、今回の手術で力の入れ方(というか抜き方?かな)のコツを会得したような気がします。もっとも半年もすると忘れてしまうでしょうけれど。手術は内視鏡ESDという方法で行いました。多くの人が経験する内視鏡手術はポリープに液体を注入しふくらませて、輪っかをかけ、電気を流して焼き切るという方法です。私のポリープは4cmという巨大なもので、輪っかをかけることができないため、裾野をぐるっと少しずつメスで切っていくという方法で行いました。この手術は胃のポリープに対してはよくおこなわれているそうです。始まってみると、実に手際よく処理されていって、開始後15分ぐらいで、これは思っていたより順調にいきそうだ、という医師からのコメントを聞き、安心した気持で、「ガス抜き」に専念することができました。オペ開始1時間ほどで、無事、ポリープを切り取ることができました。あとは止血のため、洗濯ばさみのような電極で、肉をはさんで電気をながし、焼いていきます。縫合はせず、ケロイドをつくって、出血をとめ、あとは自然治癒をまつそうです。印のため、最後にふつうのポリープをとったあとに止血するのに使うクリップ(ホッチキスの針ようなもの)を止めました。おなかの中で、確かに肉に食い込むような感触があったのですが、まったく痛みはありません。弱い麻酔をかけているとはいえ、意識はしっかりしているし、体も動くので、大腸には痛点がないというのは本当らしいです。最後に、これだけは映像に残しておきたかったな、という大変面白いものを見ることができました。切除したポリープは、直径4cmほどの薄い肉片なわけですが、大腸のかなり奥の方から回収してこなくてはなりません。あとで、これを精密に検査して、ガン細胞がないか調べるのです。(見つからなければいいけど、普通は出てくると、と言われている)どうやってとるのだろうと興味津々で見ていました。夫も同じことを考えたのですが「吸引して回収するのでは?」、と思ったのです。答えは「投網をする」でした。そんなパーツが内視鏡検査にあるのとびっくりしました。管の中から網がするすると出てきて、さっと広がり、ポリープに網がかかって、回収されていきました。出てきたものを目視したら、網にしっかりくるまれていました。私のリクエストで、その場で、肉片を広げ針で留め、見せてくれました。肉眼で見るとレバーにしか見えません。あおのあと、術前、術中、術後、取り出したポリープをA4の紙に収めた写真ももらいました。あとは、部屋に戻り、やや興奮気味で手術が終わるのをまっていた母に報告し、少し休みました。体調には全く問題なさそうなので、みんな面会にきていいよ、と夫にメールすると、息子は、今日は私に面会してはいけない、と強くインプットされていたからか、「いやだ、いかない」、と主張していたんだそうです。それが、夕食がすんで、車に乗ってから、父がカーナビに病院の場所をインプットして、「これからじいちゃんは病院にいっておかあさんに会うよ」という話をしたら、急に気が変って、自分も病院にいくといいだしたとか。この辺の心理変化を本人に説明してもらえると助かるのですが、本当に意思疎通の難しい息子です。この場合「ナビ」による視覚支援が有効であったと、記憶にとどめておけばいいのかな。なお、術後経過は順調で、順調ゆえに腹が減ります。若いほうの担当医が夜9時ごろ様子を見に来たので、水以外に何か口にしていいか、さっそく聞いてみました。そうしたら、イオン飲料はさけてほしいけど、飴玉程度ならいいよ、といわれ、救われた気持ちになりました。「安静」のポイントは「腸の蠕動をなるべく引き起こさないように」ということなので、水を飲むにしてもちびりちびり。胃・結腸反射をおこさないようにするのがポイントのようです。それにしても、空腹で腹がなるたびに胃も結腸も動いているような気がするのですが、これは問題ないのでしょうかね・・・
2009.03.02
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私が入院の日、息子は遠足でした。20日が本来の入院の日だったのですが、息子は前日来の発熱でお休みでした。しかし、この日は雨で27日に繰り延べになったのです。朝起きたときには、なんとかなるかな、と思いましたが、じきに大粒の雨がふってきて、遠足は中止になったと、確信しました。息子は登園1時間前から、さっさとお着替えをすませ、待機。行先はかわっても、遠足は楽しみなようです。駅そばにある、科学館が遠足の行き先でした。さまざまな、展示を積極的に楽しんでいたらしい。6歳以下の子供は不可の展示で遊べなかったのがくやしかったらしい。小学生の団体とすれ違う時は、混ざらないように離れて歩いていたらしい。少しずつ集団行動もできるようになっていくのかな。
2009.03.02
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6時半から下剤を飲み始め、9時ごろ、腸内洗浄完了になりました。10時に点滴をいれるそうなので、そうするとPCはちょと触りにくくなるかもしれません。病院のシフトは9時かららしく、それまでは、看護師さんもてんてこまいのようです。私の部屋は二人部屋で、おとなりは、起き上がるのにも苦労する方がいらっしゃいます。体の自由が利かないということは、さまざまな自己決定権を失うことなんだな、ということをまじかに感じます言葉や、身振りでとりあえず意思疎通できるようになった息子ですが、そうなる前は相当ストレスがたまっていたはず、と今なら想像できます。
2009.03.02
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手術前夜。17時半ごろ再入院をしました。息子は、病室のあるフロアをうろうろして立ち去り難い様子でしたが、私がシャワーを浴びられるのが17時半までで、少し過ぎているから、急いでシャワーに行かなくては!という話をしたら、切り替えて立ち去ることができました。27日の日記に書いたようにしばらく絶食が続くので、最後の食事はなんだろう?と少し楽しみにしていたら、クルトン入りのポタージュ「のみ」でした。(泣)飲んでみたら、普通のポタージュだったのですが、最初見た時は消化吸収をよくした何かの栄養剤かと思ってびびりました。300mL。「注腸検査食」と表示があります。今日は、家族と過ごす最後の休日ということで、普通に過ごしました。午前中は、忘れたことがないかと、片付けや夫との情報交換で過ごし、昼前に、確定申告会場に書類を出しに行きました。医療費控除が結構あります。ついで、入院する病院に荷物だけ運びました。絶食を乗り切るには読書しかない、と空腹を忘れて集中できそうな本をセレクト。新・銀河帝国興亡史 ファウンデーションの危機(上・下)、ファウンデーションの危機(上・下)です。買ったのは2004年だ!もう一冊、16年前に買って「つん読」になっていた、名著「自然界における左と右」も持ってきました。==次に30km離れた隣の街へわざわざチェーン店のうどんを食べに行きました。私が、今日から食事制限にはいるので、昼食はうどんと最初から決まっていたのですが、息子のレジャーをかねて、わざわざ遠いところまで食べに行きました。ついでに、息子が3月から通うことになっている、音楽療法の教室によることもできてよかったです。ちなみに、私の昼食メニューはかけうどん、大。温玉いり。ねぎ抜きでした。==土曜日に息子が言っているNPO Mに長ズボンを1本忘れてしまい、バックアップ用に、新しいズボンを買いました。120サイズにしましたが、まださすがに大きいようです。(現在116cm、22kg)短足なのかな?ほとんど着たきりすずめ(夜洗濯・乾燥して、朝また穿く)のズボンを忘れてきてしまったので、息子は、つんつるてん(8分丈状態)のズボンを久しぶりに穿きました。膝に穴があいているのが気になるようで「縫って」と言われたので、帰宅後、病院へ再出発(今度はバスに乗っていかなくてはならない)までの短い時間で、膝あて代わりにアップリケをつけてあげました。○とか□とかシンプルな形にしたかったのに、息子が要求するので「2」になりました。結構上手にできました。写真をとっておけばよかった。
2009.03.01
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