kanabaaのイタリアciclismo見聞録
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恒例となったジロ・デ・イタリア(以下「ジロ」と表記)観戦とイタリアの友人達への訪問記を今年も投稿させていただきだきます。 2018年は5月15日から20日という弾丸ツアーで行ってきました。 しかし、滞在期間は短くとも、そこはイタリア。2018年の旅も、なかなか濃ゆい内容となっとています。以下、旅の顛末です。 5月15日夕刻関空発。翌16日の早朝、ローマの空港で友人がピックアップしてくれて、車でアペニン山脈を越えて、ジロ第11ステージのゴール地点、マルケ州のオジモに向かいました。 この第11ステージは昨年のジロの前に練習中に交通事故で亡くなったミケーレ・スカルポーニ選手の故郷フィロットラーノを通過する、メモリアル・スカルポーニステージとして設定されており、今は亡き名選手がいつも走っていた道をこの目で見たかったため、この日を選びました。加えて5月8日に、遺族が設立した、ミケーレ・スカルポーニ基金に現地で募金をする、という目的もありました。この基金は道路上では全ての人々が尊重され、悲惨な事故を繰り返さないよう、ということを活動を目的としています。 高速に乗る前に、まずはイリーでコーヒーを一杯。イタリアに来たことを実感するひとときです。 イタリアの丘陵地帯を車で走る 友人の計らいで、選手が通過する前のコースを車で走ってもらうことができました。そして、フィロットラーノの街に入る前に飲み物を仕入れに寄ったバールがスカルポーニがいつもトレーニング前に寄って朝ごはんを食べていたところでした。甘いものが好きで、好物のクロスタータ(ジャムタルト)を半分平らげてからトレーニングにでかけていたそうです。日本から来たファンだ、と言うと、色々と想い出の品も見せていただきました。 スカルポーニの故郷フィロットラーノと常連だったバール フィロットラーノには、この日のステージのスプリントポイントが設定されており、街の中心は沢山の映像で飾られてレースの集団の通過を待っていました。私はレースが来る前にゴール地点まで移動しましたが、このスプリントポイントをスカルポーニの同僚だった、LLサンチェス選手が取り、ファンの大声援を浴びていました。 フィロットラーノの中心街 オジモでは、スカルポーニ家への橋渡しをしてくれるはずだった友人が都合で来られなくなり、自力で基金への募金と家族にプレゼントするための土佐和紙バッグを渡すために、優勝ゴールを見るのは諦めて3キロも離れた場所に停まっているスカルポーニが生前所属していた、アスタナチームのバスにスタッフを頼って行きました。その後、ゴール地点へ移動しましたが、同行してくれた友人が、私のことを「この人は日本から来た自転車の安全の為の親善大使だ」と言ってイタリア国営放送Raiの係員に直談判(すごいハッタリです)。すると、ゲートが開き、スカルポーニの奥様とお兄さまが出演していた、レース後の番組、プロチェッソ・アラ・タッパの舞台の裏に入れてしまいました。そして、番組終了後にご家族に会って、募金とプレゼントををアスタナチームのスタッフに託したことを話すと、直に開けたいので夕食の後の時間にチームの宿泊地になっている、フィロットラーノのホテルに来て欲しいと言われました。 オジモで撮った唯一のレースの写真。城壁の中の坂を上がったところがゴールでした。 スカルポーニのご家族と Googleのナビを頼りにホテルに行ってみると、奥様だけではなく、ご両親、お兄さん、妹さんもお会いすることができ、昨年の支援のお金のこともしっかりと覚えてくれていて、感謝されました。 スカルポーニ家へのお土産の土佐和紙バッグ アスタナの宿舎ではもう一つ驚くべき遭遇がありました。それが、こちらのイタリアのスポーツ紙、ガゼッタ・デロ・スポルトの記事。「五月16日の夕方、アスタナのフィロットラーノの宿舎での夕食にサッカーイタリア代表の新監督、マンチーニが招かれた。マンチーニは大の自転車ファンでスカルポーニとはマンチョ、スカルパと呼び合い、一緒に自転車に乗っていた仲。夕食にはスカルポーニの家族も招かれた。」とあります。 写真は、スカルポーニの奥様、アンナさんとマンチーニ監督のツーショット。 マンチーニはマルケ州アンコーナ県のイエージ出身。正に同郷の友だったんです。 私は流石に夕食は辞退して帰りましたが、スカルポーニ家の皆さん、アスタナの監督、選手の皆さん、募金を渡すために尽力してくれたスタッフの方と挨拶できて、来てみて良かったとつくづく思いました。スカルポーニ家と日本のファンたちの結びつきができ、それが道路運行の安全につながるなら、ミケーレも天国できっと喜んでくれているだろうし、ホンモノの安全大使になれるよう精進したいと思いつつ、日本では絶対に開かない扉の開くイタリアに脱帽することしきりです。 募金のお礼にスカルポーニ家からいただいた、その名を冠したグランフォンド(サイクリングイベント)の記念ジャージ 翌17日は、アンコーナの駅まで車で送ってもらい、同行の友人と別れて、第12ステージのゴール地点、エミリア・ロマーニャ州、イモラのエンツォ&ディノ・フェラーリサーキットへ。アイルトン・セナの最期の地となったことでも、有名なF1コースを自転車で走り、ゴールするというコース設定に興味津々です。イモラの駅で、モータースポーツと自転車のファンだという親子に声を掛けられて、街を抜けてサーキットまで一緒に歩いて行ったのですが、日本から来た、と言うと、鈴鹿サーキットやホンダ、ヤマハ、カワサキと言ったバイクの話しに花が咲き、バールでコーヒーをおごってもらい、モータースポーツメッカにいるんだなあ、と実感した一幕です。 ボローニャ在住の友人にも無事会えて、サーキットの観客席から自転車レースを見ると言う、滅多にない経験をしました。 イモラのサーキット その夜は、チェゼーナ近郊在住の友人宅を訪問。イタリアに行くときは欠かさず訪問していて、いつも美味しい手料理をご馳走になっているお礼に、今回は私が日本から持参したインスタントラーメンを作ってふるまいました。チャーシューの代わりに生ハムを乗せ、盛りつけはなんとなくスープパスタですが、味は醤油ラーメン。友人の子ども達はお箸を一生懸命使いながら麺を味わっていました。 友人宅で作ったラーメンと喜ぶ子どもたち 18日はローカル線に乗り。チェゼーナからボローニャ経由でヴェローナへ。 この日はヴェローナのホテルにチェックインした後、ジロ観戦はせずに、トレンティーノに友人のプロ自転車選手、ダニエル・オスのスポンサーやご家族、友人に会いに行きました。オス選手は今年5年間在籍したアメリカ籍のチームBmcからドイツ籍のBora-Hansgroheに移籍し、当日はカリフォルニアのレースに出ていため不在でしたが、お母様から、世界チャンピオン(当時)の、サガン選手にアシストてしての働きを請われての移籍であることをお聞きしました。自転車競技ではエースの勝利のために自らを犠牲にして働くアシストの位置付けがとても高く、オス選手のこれまでの働きが評価されての移籍であることがわかりました。 トレンティーノでは、訪問した沢山の友人に、日本の新聞で手作りしたバッグにおせんべいを入れてプレゼントしたのが、大評判でした。高知発祥の新聞バッグがイタリアデビューです。 大好評の新聞バッグ トレンティーノで車で旅の移動を助けてくれた友人は、自転車レースでバイクサポーターとして選手の先導などをしていますが、ツアーオブアルプスにバイクサポーターとして参加していた際に撮影した、スカルポーニのレースさ最後の登りの写真をプレゼントしてもらいました。 この、トレンティーノのレースに勝利したミケーレは、レースから帰宅した日に「たとえ1日に一枚でも、僕は家に二枚のリーダージャージを持って帰ったと思っていたんだ」という双子の息子さんたちへの愛情に溢れるツィートを残し、その翌日の練習中の事故で亡くなってしまいました。 トレンティーノ人の友人にとっての大事な写真。決して忘れることはできません。 スカルポーニの最後の登りの写真 19日はヴェローナからミラノに向かい、帰国。わずか4日間の滞在でしたが、たくさんの友人と会い、知り合いました。このイタリアの友人達がいなければ、こんな素敵な経験はできなかった事でしょう。 帰国後、フィロットラーノのホテルでお会いしたスカルポーニのお母様の涙がどうしても頭を離れません。 最愛の息子を事故で突然失ってしまった心の傷は一年たっても癒えることは無く、その悲しみの深さには想像を絶するものがあります。そして、悲劇を繰り返さないようにと、ご遺族が中心となってスカルポーニ基金で道路の安全のために行なっている活動を支えたいと思っていたら、私の作った新聞バッグを気に入ってくれた日本の友人達からアドバイスがありました。ツールドフランスやジロ・デ・イタリアのレースの記事の載ったフランスやイタリアの新聞でバッグを作って、募金を募るのです。 2018年10月に宇都宮で開催されたJapan Cupサイクルロードレースでお披露目したところ、心ある何人かのかたがたがこの新聞バッグ募金に協力してくれました。 来年のジロ2019のスタートの地はボローニャ。そこに日本からの募金を持って行くのが、目下の私の目標です。 宇都宮でレースのコース脇に飾った新聞バッグ。ファンの皆さんが喜んで募金し、お持ち帰りくださいました。皆さんもご希望があれば、ぜひお声かけください。
2018.12.08
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