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今日父から久しぶりにメールが来た。「腸の違和感、便秘以外は正常に戻る。午後から仕事で藤沢へ・・・好天に恵まれ、車窓からみるやや満開に近い桜の花が心を和ませてくれた!」毎日来るメールだが、抗がん剤投与の日から3~4日が音沙汰がなくなる。だから副作用明けの一発目のメールは大変嬉しい!藤沢までいったって?大丈夫なの?でもでも、最高の桜が見れたようで良かった!!!こうして、来年の春も満開の桜が見れますように!いやっ絶対見れるはず!
2006.03.31
抗がん剤を打ってから4日…。ようやく大分楽になった父。食欲も出始め、今日から次回の抗がん剤までは安泰だ!抗がん剤副作用に悩まされている人の多くは、地獄のような日々を次の抗がん剤投与まで持ち越すわけだから、さぞかし生きた心地がしないのだろう。その点、父は4日間ほど苦しむが、その後は「極楽」である。絶対にこれは「鯉エキス」のおかげだとしか言いようがない!生きるパワーと免疫力は、食事だけではとうてい採るのは難しいはずだ。父のように、同じ病気で悩み、副作用に苦しんでいる人には是非オススメしたい。本当、騙されたと思って1週間試飲してみて欲しい。多分、父はこれからも抗がん剤とうまく付き合いながら生きていかなくてはいけないだろう。そして、「鯉エキス」とも一生離れられないのではないかな…。「鯉エキス」…カルプ販売 http://amics-carp.co.jp/
2006.03.30
抗がん剤投与3日目…やはり今日もベットから動けず…。父の抗がん剤は、医者に言わせると一番強いものを使っているそうだ。だから、投与している間はかなりまいるらしい。今日も食欲少な目…ベットの中…。明日になれば、少なくとも起き上がって散歩くらいはできるまで回復するはず。この急激な快復力には、いつも驚かされる。金曜日に実家にいったときには、きっとピンピンしているんだろう(笑)。早く良くなれ~!
2006.03.29
今週の月曜日に抗がん剤投与を受けた父。わき腹に管を通して、丸2日間投与を続ける。いつもは元気な父もこの2日間だけは無言だ…。もちろんメールもなし…。少し寂しい気もするが、今父は副作用と闘っている最中!応援しなければ…。さっき妹から来たメールには「蚊の泣くような声です。今、お粥をすすっています」と書いてあった…。とりあえず、少しでも食べているわけだ…。安心安心。でも、文末にはいやな文字が…「骨か肝臓が悪いらしく再検査」…。肝臓は既にガンに侵されているはずなんだけど…。これがもし骨だとしたら大変なことになる!とにかく、骨に異常がないことだけを祈るしかない…。詳しい事は、週末に実家に行って来るので、その時にでも聞いてみようと思う。頑張れ!お父さん!
2006.03.28
私自身、健康食品やサプリメントはまったく信じない人間…。けれど、父が末期のガンに侵されてから飲み始めた「鯉エキス」…。父が今、こうして元気に過ごしている現実を見ると、「鯉エキス」を否定できなくなっている…というより、鯉エキスのおかげでこんなにも父が元気になっていると確信している。もちろんそんなに安いものではない。しかし、今の父にはこれが絶対必要不可欠!これ以上言うと宣伝ぽく(汗)なってしまうので、興味のある方は、ぜひHPを見てください。「カルプ販売」http://amics-carp.co.jp/
2006.03.27
去年9月から通算16回目の抗がん剤投与の日。隔週月曜日の「地獄の3日間」が始まる。今日から3日間は父からのメールもこないだろう…。なにせベットに寝たきりになってしまうから。私は実家にいないので分からないが、母に言わせると、抗がん剤をうった日から意識が朦朧とし、3日間は食欲もなくなり、ずっと横になっているそうだ。それでも、毎日副作用で苦しんでいる人よりは恵まれているのだろう。この3日間が過ぎると、すぐに食欲旺盛になり、あちこち飛び回るのだから…。とにかく、末期ガン患者とは思えない「気力」「体力」…。そして「鯉エキス(*カテゴリ『鯉エキス』参照)」を飲み続けているからこその「免疫力」。がん細胞が消える!とまではいかないにしても、抗がん剤とうまく付き合いながら、今の状況を乗り越えられそうな自信が湧いてきている。
2006.03.27
今日はとても良い天気となった。桜もすでに5部咲き…。父といえば、明日から始まる48時間の抗がん剤投与のため、今日1日はゆっくりと家で過ごしていた。抗がん剤投与から3日間は意識が朦朧とするらしいので、何もできないため、前の日は仕事の書類整理などをやっているという。明日からの地獄の日に備えて、今日の暖かい1日を堪能してもらいたい。
2006.03.26
熱血巨人ファンの父…。父の影響で「熱狂野球ファン」となった私。シーズン中は野球話で盛り上がる。特にベイスターズファンの私はアンチ巨人なので、巨人戦の時は燃える…。あまりの熱狂振りに、ここのところ父もベイスターズよりになってきた(汗)。巨人の低迷というのもあるのだろうが…。今年は父を連れて、横浜スタジアムに行きたい…。思いっきり応援して、応援して、日ごろの鬱憤を吹き払ってもらいたい。でも…私が見にいく試合はことごとく負け…。相性悪い…。逆にストレスを溜めて帰ってくることになるのかも…(泣)。
2006.03.25
私の住んでいる横浜では、すでに桜のつぼみもほころび始めている。去年より1週間ほど早い…。父はそんな桜を堪能しながら、電車を乗り継ぎ仕事にいった。まさか、今年の桜を見れるとは思ってもみなかっただろう。毎年の当たり前の光景が、生と死の間にいる父にとってはすべて、初めて見るような感動を与えてくれるのだろう。太陽の光、風の匂い、空の青さ…すべて…。私たち家族にとっても、今年の桜は例年にも増して感動的なものになった。
2006.03.24
うちの実家で飼っているセキセイインコの「すけきよ」。6年前に飼い始めて、もう7年目に突入!今まであまり家にいない父にはなつきもしなかった。でも、毎日父がいることで、すけきよは慣れ親しむようになり、今では大の親友!私が実家に行くと、父の頭や肩から出迎えてくれる。その「すけきよ」が父と同じ病気に…。インコのガンはどうすることもできないらしい。まして寿命を迎えたインコだけに、なすすべもなく、後は安らかな眠りにつくのを待つのみ。父とすけきよは、同じ病気だからだろうか…相通じるものがあるらしい。ガン患者にしかわからない痛みを分かち合っているかのようだ。そのすけきよが、もう間もなく天に昇る…。昨日あたりから呼吸が荒くなり、立っているのも辛い感じで、ずっと目を閉じている。わが子のように接していた妹も、今日は会社を休んでずっとそばにいてあげている。多分「すけきよ」は幸せだったろう…。6年もの間、家族の一員として毎日過ごしていたのだから…(本来インコはカゴに入れて飼うものだが、実家では好き勝手に部屋中を開放していた)。一番哀しんでいるのは父…。同じ病気を持った親友が苦しんでいるのを見ていられないらしい。今はただ、すけきよが苦しまずに永眠するのを祈るのみだ。
2006.03.23
毎日順調!昨日夜、父からメールが届く。「久々にきた大口の仕事を予定通り無事終了させた。久しぶりに味わう「仕事をした!」という充実感!健康を早く取り戻して、その気持ちを毎日味わいたい。そのためにも日々病魔との闘いに負けるな!」父のメールをいつも読むと。最後に必ず自分へのエールが書きこまれている。その気持ち凄く分かる!周りがいろいろとお世話をし、医者がいろいろと検査をしてくれても、最終的に頼れるのは自分だけなのだから…。男の生きがいは「仕事」!これを今まで出来ずにいた父も、ここのところ少しずつやり始めている事で何か「生きる力」を感じる。私自身、もし父と同じような病気になったとしたら…やっぱり生きがいを頼りに「必死に生きる」んだろうな。もちろん、私の今の生きがいは「子供」。この子が一人で生きられるようになるまでは、何が何でも生き延びないと…。これから父の様子を見にいってきます。多分「お~きたか~」なんていって、延々と話をされるんだろうけど…(汗)。
2006.03.22
実家に行くと、キッチンコーナーには決まってパンが山ほどある。たまにお団子や、チョコレートなども…。なんと、これ全部父の間食用なのだそう。なにせ、1日3食では足りないらしく、食後2時間ほど経過すると決まってキッチンにやってくる父…。私たちなんかよりも食欲がある!ありすぎるよ!もちろん、日に日に体重は増えていく。3つのガンのうち大腸が根源であるにもかかわらず、便通もいいらしい。何がどうなっているのか?本当、医者に聞いても分からない。ただひと言いえるとすれば、抗がん剤が父の身体に合ったということくらい。それでも、これが一番大きい事だ。抗がん剤治療をしたくても、薬との相性が悪く、断念する人もいるというのだから。とにかく、今はすべてに感謝する以外にない。医者には「2週間ほど食欲がなくなったら覚悟してください」と言われている。今はまだそんな影すら見えないが、いきなり食欲が落ちるということもあるらしい。だから私は週に何日か実家に行き、キッチンコーナーにある山積みのパンを見て安心しないと気がすまなくなっている。
2006.03.21
抗がん剤投与を行った日から3日間は、食欲が少しなくなり、自宅のベットでの生活となるが、それを過ぎた辺りから健常者そのものの生活になる父。今日も元気です!毎日4~5食の食事。便通も快調!週に1~2回のパソコン教室。気分のいい日は仕事三昧!体重は退院後の51.5からすでに59キロ…。末期ガン患者がこんなに食欲旺盛で、おまけに太るなんてこと自体、ありえません。父の気力と免疫力が普通より強いのでしょうか?一体、何がこうさせているのでしょうか?父は抗がん剤とうまく付き合いながら、第二の人生をスタートするつもりだとはりきっている。もうすぐ桜が咲く…。父のあたらしい人生の幕開けだね!
2006.03.20
とにかく凄かった!野球好きな私たち家族は、釘付けになってTV観戦!6回まで五分五分で闘っていたのに、王監督の采配で急に流れが変わった。もちろん父も大の野球好き!小さい頃から私もそんな中で育ってきたので、不思議と野球に興味を持ち、今では「狂」が付くほどのディープなファン!もしかしたらこのまま「世界一」なんてことも…。父は日本が勝ったことに気を良くしたのか、ルンルン(!?)気分で夕方から仕事に行きました。父の仕事は自営。一応、とりまとめ役なので、現場には出なくて済むものの、たまに打ち合わせなどのため、車で外出することがある。末期ガン患者が車を運転している…。(調子のいいときだけだが)夜、父からのメールで「今日のオールジャパンナインに感激して、自分も頑張らなくてはと思った。いつもより鯉エキスを多く飲んで、仕事にいってきたよ」だって…!もうすぐプロ野球開幕…。父のお気に入りは「ジャイアンツ」なので…今年はとりあえず、巨人にも頑張って欲しい(私はベイスターズファン)!
2006.03.19
うちの近くには、毎年「桜まつり」が行われるほどの大きな公園がある。今日、そこへ娘を連れて行ってみたら、すでに桜のつぼみがまん丸と膨らみ、場所によってはそのつぼみからピンク色の花が顔を出していた。たったそれだけのことなのに、妙に感激してしまった…。…というのも、父が去年9月、余命3ヶ月を宣告された時、ふと思ったことがあったからだ。「お父さん来年の桜見れないのかな…」医学的には100%それは不可能だったはずなのに、すでにこうやって桜が咲き始めている。なんだかうれしくてうれしくてしょうがない。もし、体調が良かったら父を連れて4/1の桜まつりに行ってみようかと思っている。
2006.03.18
今日は娘の入学祝いにと、母と兄が娘を連れてデパートへお出掛け。丸1日楽しんできた様子で、娘はご満悦だった。娘たちは実家に帰ったというので、夜、私も実家へ行き、みんなで食卓を囲んだ。父といえば、私が手みやげに持って行ったトンカツ弁当をペロリと完食…。今日も調子がいい模様!!!だいたい、病人があぶらあぶらしたトンカツをむしゃむしゃ食べれること自体が不思議でたまらない。食後は父の病気のことをいろいろ話し合った。父が病気になってからというもの、こうやってみんなで父の元に集まる事が多くなった。家族の愛情って凄いなと我ながら思ったりして。3/24は医師から検査の結果を聞くことになっている。家族代表で兄が父と一緒に行く事になっているが、はたしてその結果は…?
2006.03.17
3月13日の月曜日に通算15回目の抗がん剤投与。脇腹の穴から管を通し、48時間体内に少しずつ入れていく。昨日は父からメールが来た。パソコンスクールでやっとメール送信まで教えてもらったようだ。まだまだ誤字脱字があり、読みにくいメールだが、母に言わせると、ほんの5行くらいのメールを打つのにまだ1時間掛かるらしい。1時間掛けてわざわざ私にメールをしてくれる父が愛らしい。父からのメールにはこう書いてあった。「抗がん剤投与2日目、昼頃に副作用も軽くなり初めておはぎ1ヶを食べた。頭もスッキリ、自分でもびっくりだったが、午後から急激に元に戻る・・・そんな中でも「鯉エキス」を飲み、6、7時間ウトウト。夜8時過ぎお腹も空いて、気分はイマイチだが、頭はスッキリ!投与終了まで、あと12時間位だ~~ガンバレ!」抗がん剤を打ってから2、3日はやはり身体がだるく、ムカムカするそうだ。それを過ぎると、もう健常者そのもの。よく食べ、よく寝る。副作用で苦しんでいる人に比べたら幸せなのかもしれない。頑張れ!お父さん!
2006.03.16
告知を受けて即入院。その入院の間に、抗がん剤投与のための手術。2週間の入院生活を経て、9/20に退院した。退院時の体重は51.5キロ。声にハリがなく、顔もやせこけ、歩くのも大変だった。自宅に戻ると、食事以外はベットで静養。ベットに入ると色々なことを考えてしまうらしい。もちろんそうだろう。末期のガンに侵された自分の身を考えたら、それは恐ろしいことだ。夜の静けさが怖いとあって、夜明けまでテレビを付けていた。そんな生活を送っている中、前回私が紹介した「鯉エキス」に初めて挑戦!私は父と一緒には生活していないので、飲用後の状況は詳しくは分からなかったが、一番父のことを知る母が驚いたらしい!!!鯉エキスを飲んだ翌日から、顔色が急に変わった!もしかしたら、効いているのかも!私と同様、母もサプリメントや健康食品は「ただの気休め」としか思っていない。その母が父の様子を見て、鯉エキスを絶賛したのだ!数日後、その日から毎日鯉エキスを飲み続けている父に会いに行った。別人だ!お腹から声が出てる。顔色がいい。よく食べる。鯉エキスを飲んでから、少しづつ起きている時間が長くなってきたのだ。見た目「この人本当に末期ガン患者なの?」と疑われそうだ。あれから半年…余命3ヶ月の宣告はとうに過ぎた…。現在の父は生き生きしている。もしかしたら私より生き生きしてるかも!?体重も51.5キロから、信じがたいことだが57.5キロまで戻り、食欲旺盛、昼間は母と買い物に行く。調子のいいときは仕事も…。とにかく語り尽くせない。2週間に1本の抗がん剤投与は今週の月曜日で15本目。たいした副作用もなく、確実に元気になっている!このブログでは、そんな父の生活を毎日更新して皆さんにお伝えしたい。これからどうなるか分からない。もしかしたらポックリなんてこともあるかもしれない。でも、同じ病気で苦しんでいる人たちに少しでも元気を分け与えられたら…。今はそんな気持ち・・・。1カ月ほど前に、父はパソコン教室に通いだした。パソコンのつけ方も知らない父が1から勉強している。いずれはこのブログも、父自身が父の言葉で綴る日がくるかもしれない。それまで皆さん温かく見守って欲しいと思う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日は少し長くなってしまいました。読んでいただいた方に感謝致します。また、鯉エキスについてもっと知りたい方は、ブログ右側にある「カルプ販売」のHPを見てください。
2006.03.15
抗がん剤投与開始…。今まで食欲旺盛だった父も、やはり異物が体内に入ったことで、体力的にも精神的にも意気消沈気味になってきた。しかし、吐き気や痛みなどはなく、ただただ身体がだるいと訴えていた。そんな症状が続く中で、食欲もなくなり段々と痩せていった。やはり、抗がん剤治療と言えども、身体を確実に蝕んでいくのが分かる。当初67キロあった体重が51.5キロまで落ちる。なんとしてでも、抗がん剤の副作用とやらを軽減させなくては!そんな時、偶然にも出会えた一つの健康食品があった。「鯉エキス」(販売:カルプ販売)私自身、今までサプリメントや健康食品は全く信じないタイプ。どうせ摂取するなら食べ物から摂るというタイプだったので、最初はあまり気が進まなかった。とにかく、父に教える前に自分で飲んでみようということで、1本試飲したところ、訳が分からないほどに腸が活性化、脳みそが温かくなるのをこの身を持って感じてしまったのだ。よくよく調べると、鯉というのは昔から滋養強壮として摂取されており、数十種類ものアミノ酸が豊富だという。体力はもとより、気力までもアップさせる効果があるのだ。以前、サルノコシカケ、プロポリス、色々試してみたが大した効果なし!もうこれに頼るしかないだろう。とにかく父に飲み続けてもらうのだ。副作用を軽減させるつもりで…。「騙されたと思って1週間飲んでみて!」私の問いかけに父は戸惑っていたが、鯉エキスの本などを熟読してもらい、飲んでもらうことになった。はてさて…? その結果は…?
2006.03.14
末期ガンと診断された父は、化学療法しか手立てがなかった。手術できたらどんなに楽だったろう…。でも、今はこれに懸けるしかないのだ。まずは抗がん剤投与をするにあたっての手術を行うことになった。主治医の話だと、一番ひどい大腸は後回しにして、転移している肺と肝臓に重点的に抗がん剤を投与するという。脇腹に穴を開け、そこから管を入れて肝臓に直接抗がん剤を投与するらしい。すべてが初めての私たち家族は、先生の言うとおりにするしかない。これが一番いい方法なのかも分からないまま…。私は少し不安になって、いろいろと調べること半日。やはり酷いガン患者は皆直接管を通してスポットで抗がん剤投与をしていることを知る。手術後の父に会いに行った。麻酔はかなりきつかったらしいが、手術は痛みもなく大成功。これで抗がん剤投与に適した身体になったのだ。これから続く長い病魔との戦いに家族は皆、不安の色を隠せなかった。
2006.03.13
末期と言われ、余命3ヶ月を宣告された父。大腸はすでに手の施しようがなく、肺と肝臓にも転移。レントゲンフィルムをみた兄もあまりの黒さに驚いたそうだ。家族としては、もう先が見えないトンネルに入った感じ…。そのトンネルを抜け出したときは、もう父はいないのかな……。考えたくない!その頃はもう必死で、とにかく病院を行ったり来たり。幸い食欲があったので、おいしいものを買って行っては父に食べさせていた。おおかたの検査が終わったあと、手術はできないと言われ、化学療法に頼るしかなかった。抗がん剤治療の始まりだ。抗がん剤治療の酷さは私でも知ってる。体毛という体毛はすべて抜け、食欲が落ち、やせ始める。私としては避けたかったが、もうこの方法しかなかった。もう、抗がん剤治療にすべてを懸けるしかなかった。
2006.03.12
診察が終わると「即入院」となった。今まで病気知らずの父は困惑を隠せない模様…。私は仕事の都合で入院に立ち会えず、妹がすべて行ってくれたのだが、最初に案内された病室というのがかなり酷い場所だったらしい。なんでも、陽のあたらないジメジメした病室で、一歩入るとなんともいいがたい臭いが立ち込めている…。患者さんたちのうめき声が1日中やまず、今にも死にそうな顔をした人たちばかり…。妹は直感で思ったらしい「ここにいたら余計悪くなる」普段はおとなしい妹が、そのときは父のために必死で、看護婦さんに部屋を替えてもらえるように交渉しにいった…。新しい病室は、前の病室と同じ病棟にあるのが不思議なくらい明るく、窓からは緑が見える最高の場所だった。病室というのは非常に大切だと思う。そこで長期入院する人はなおさらだ。今日、この日から父の生まれて初めての入院生活が始まるのだ。
2006.03.11
忘れもしない、残暑がまだ厳しい昨年9月…母からの電話。いつもはメールでやり取りをしていたので、「何だろう?」と少し緊張気味に受話器を取った。向こうにいるはずの母の声がなんとなく落ち込み気味。それはそうだろう、最愛の旦那が「末期ガン」の診断を受けたのだから…。父は正月の1日だけしか仕事を休まず、364日働きづくめ。身体を壊すのは目に見えていた…だけど…まさか「末期ガン」とは。予想だにしなかった結末…これには家族も動揺を隠せない。父も自分の身体にもっと気を遣わなければいけなかったのだろうけど、回りにいる私たち家族がなんで分からなかったんだろう…分かってあげられなかったんだろう…。それだけがどうしても悔やまれる。悔しくて悔しくてしょうがないだけど、今さら後悔したって始まらない!この日を境に、私たち家族の新しい人生が開幕したのであった…。
2006.03.10
全23件 (23件中 1-23件目)
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