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父の抗がん剤の日だ。投与中のムカムカ感はあるものの、たいした副作用には至らず、安心している。明日から母が1周忌でいなくなるので、何とか娘たちでフォローしなくては!娘を連れて行く予定だが、多少にぎやかな方がいいだろうと思う。母にも安心して出かけてもらえるように頑張らないと!
2006.06.30
来月は叔父さんの1周忌だ。胃がんにおかされ、病院のベットで3年間ずっと座る生活。横になって眠る事もできなかった叔父さんが亡くなってから1年。思えば、叔父さんのお葬式に来た親戚一同、久しぶりの父の姿を見て、びっくりしたという。やせこけて、気力が感じられなかったと今になっていろいろと聞く。確かに、お葬式に父が来たとき私もびっくりしたのは確かだ。でもそれはただ仕事が忙しく疲れているのかと思っていた。家族の配慮がもっとあれば、早期に発見できたのかもしれない。父に聞けば、すでにそのときは自覚症状がでており、下痢が止まらなかったという。そのときなぜ言ってくれなかったのか…。叔父の1周忌は仙台で行われる。うちは代表で母が出かけることになった。父は金曜日に抗がん剤投与に入るので、私が行って面倒を見ることになった。分かってあげることができなかった償いもあるが、ここで家族全員で力になってあげなければと思う。
2006.06.29
このブログを書きはじめたのは3月中旬。ここで披露させてもらうことで、同じ病気で苦しんでいる人たちに少しでも勇気を与えられたら、また、父のためにも書こうと思い始めました。父も毎日読んでくれています。多くの人が見守ってくれている中、「頑張ろう」と思っているようです。肺、腸、肝臓の末期ですが、治ることを信じて、治るまで続けていこうと思っています。皆さん、温かい応援をいつもありがとうございます。
2006.06.28
父からのメール。「体調はどんどん良くなっていく反面、精神面からのプレッシャーか、気持的には死んでいた。大きな要因はやはり仕事をしだしてからの、仕事から来る重みだ!給料を払っているからには、それなりの成果を会社側は期待するのは当然。ましてや社長は俺の猛烈な営業ぶりをよ~く知っている。即期待するのは当り前だ。当初はまだ完全に仕事が出来る身体ではなかったが、経済的な事と家でブラブラしていても、との軽い気持ちから始めたつもりだったが、会社側はとんでもなく期待した・・・もちろん、会社側も自分の様態は知っての上での話。」「やはり精神面が押しつぶされた。これでは良好に向かっている健康面でも駄目になる。今日、社長と腹を割って話し合った。大変な病を背負い込んでの復帰は分っていたものの、仕事に入った以上はベストの状態でと誰もが思うのは当然。そして成果を期待する。1年、2年契約ではない、身体さえ良くなっていけば3年5年10年と頑張れるのだ。社長もちょっと目先の結果に急いだようだ・・・ 話し合い後、大変気持ちが楽になり、今後、本格的に仕事ができるようになったら会社の為に身体が許す限り頑張って上げようと思い、久々にスッキリした気分になった。喉につかえていた大きな棒が取れたようだ!」父の会社の社長は、病気以前の父の仕事ぶりをおおいに買ってくれていた。だからこその雇用。そこには信頼関係が成り立っている。だからこど、今の状態で仕事をして、給料を全額もらうのは申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだろう。良かった!話し合うことができて。これで、体調を見ながらうまく仕事ができるようになる。ガンを背負って、本格的に仕事を始めるにはまだまだ早いのだ。
2006.06.27
ここに来て、父の悩みが深刻である。体調云々ではなく、仕事の面でだ。第三者に言わせれば、体調はよくとも、末期ガンの患者に仕事をさせている家族は一体何なんだ?と言われそうだ。しかし、家族は父の気持ちを分かった上で、あまり無理のない程度で出勤を許している。その影には母の並々ならぬ努力もある。しかし、ここに来て、父もやっと気付いたようだ。病気の療養と仕事との完璧な両立は無理だということを。とにかく精神面で悪い。ストレスの増加にもつながっている。私との話の中でも、最近仕事についてのことが多かったので、何とかしてうまくできないか考えていた。今はとにかくメインは療養! 仕事はその後からついてくるものである。何とかこの悩みを打破しなければいけない。
2006.06.26
父からのメール。「16日の抗がん剤投与後、予定通りの副作用、吐き気がひどく長かったことと、相変わらずの腸痛でした。24日にはガン発覚後、初めて体重も60kg(60.5kg)をオーバーし、ビックリしました。それ以後、腸痛に振り回されっぱなしでした。25日(日曜日)は次女の誕生日の祝いを外食でと予定したのですが、給料後の日曜日、何処へ行っても混んでいると言う事で、自宅でケーキを買い次女好物の「うなぎ」でカミさんを入れて3人でミニ誕生パーティーで祝いました。」一番ひどい腸が相変わらずだそうだが、肺と肝臓はまったく問題がない状態。後は腸のみ。ガン細胞は小さくなっているものの、ここはやはり人工肛門を考えなければいかないのか。
2006.06.25
西洋医学(抗がん剤や放射線治療)のほかに、自らが積極的に行う「代替療法」というものがある。正直、ガンともなると医者への信頼はもちろんだが、万が一のために、いろいろと代替療法を行っている人がたくさんいる。もちろん代替療法というのは、「薬品」を使って云々ではなく、健康食品やサプリメントなど、ガンに効くと思われるものを、これでもか、というぐらいに積極的に服用することである。私の父も入院後から「鯉エキス」という健康食品をつかって、代替療法をしているのは、過去にも書いた。そのおかげで、父に食欲があるというのも実証済みだ。もちろん今もずっと続けている。父にとって「食欲」がなくなったらおしまいだからである。ずっと鯉エキス頼っていたが、ここにきてある本を読んだ。ガンを専門とする医者の本だ。そこには「代替療法は自らが納得するまで、いろいろなものを試すことだ」と。例えば、プロポリスやサルノコシカケなど、当時はガンに効くなどといわれ、絶賛されていたが、父には効かなかった。やはり個人差があるのだろう。そこで新たに見つけた救世主!!!しかも末期ガン患者のガンが小さくなるのが100%実証されているというのだ。しかも、そのバックにはあの「本」を書いた医者の存在があり、NPOなどで積極的に活躍されているという。鯉エキスとこれを併用することで、もしかしたら本当に治ってしまうかもしれない!そんな望みを抱きつつ、まだまだそれについて勉強中である。真実が分かったらここでも紹介していきたいと思っている。
2006.06.24
先週の父の日は、抗がん剤投与真っ最中だったので実家には顔を見せませんでした。その代わり、今日は娘と一緒に実家へケーキを持って遊びにいきました。母は昼寝中、今朝のブラジル戦をちゃんと見ていたというからすごい・・・私は爆睡中でしたが・・・。父はあいにく仕事へ行っており、帰ってきたのが18時半ごろ、少しお疲れ気味でしたが、私たちが来ているという事で、一緒にご馳走を食べました。体調は便秘を除き、快調とのこと。食欲もありありでした。ただ今の悩みは仕事のことだそう。やはり仕事のプレッシャーも精神的に苦しいそうだ。私としては仕事なんかやらないで、治るまで静養していて欲しいのだが、それが父の生き甲斐、今の元気の源になっているのだから何も言えない。本当に辛くなったら、父もなんとかするだろうから・・・娘だけが実家にとまり、私はたまっている仕事を片付けるために家に戻った・・・はずなんだけど・・・朝方までW杯を見てしまった・・・も~W杯が終わらないと、ちゃんと集中して仕事ができないよ~!
2006.06.23
父の今回の抗がん剤投与は、たいした副作用もなく、いつもとおり、なんなく乗り越えられました。ただ、腸の痛みは消えることなく、毎日便秘に悩んでいます。しかし、体重がまた増えました!!!なんと60キロ強!入院時は51キロだった父、自分の平均体重は67キロということで、まだまだではありますが、末期ガンの父が9キロも太ったことに驚いています。次の抗がん剤投与まで後1週間あるので、もしかしたら後1~2キロは増えるのではなかろうか・・・。たいしたもんです!
2006.06.22
日本人の3人に1人は、ガンで命を落とすといわれている現代。多分私がなるとしたら「胃ガン」なのではないかと思う。私は生まれてこのかた入院したことがないぐらい健康だが、胃だけはたまに死ぬほど痛くなるときがある。小心者なのだろうか、痛くなるときはいずれも仕事が忙しかったり、深刻な悩みを持っているときに限られている。胃の病気=ストレス などと言われているが、私はまさにそうだ。1度だけ、胃が痛くて救急車に乗ったことがある。例えがおかしいかもしれないが「陣痛」のあの痛みにそっくりだった。「もう我慢できないよ~、絶対むり~」というような。おそらく多くのガン患者の中には、毎日痛み、もがいている人がたくさんいるはず。あの頃の私のように点滴を打てばすぐ痛みが引くような、そういう病気ではなく、この痛みが死ぬまで続くなら、いっそ今死にたい、という気持ちもあるのだろう。そんな痛みを亡くなる寸前まで味わったのは、私の友人。5年前だ。胃をガンに侵され、最後は何も食べれない日が続く中、亡くなっていった。2歳年上だった友人だったが、いつの間にか私が彼女の年を越えてしまった。ありえない、こんなこと思ってもみなかった・・・。にっくきガン! 今、そのガンは父の体に侵入している。是が非でも、防ぎたい。少しも成長させてはいけない! 念力でも何でも出せるなら、今から修行にでもでてみようかな・・・なんて。
2006.06.21
抗がん剤を打ってから5日目の今日、まだまだ本調子ではない。すでに数カ月も継続して抗がん剤を打っていれば、体に蓄積され、回数を追うごとに体力勝負となる。父といえば、体が丈夫な方だったので、何かと乗り越えてきているが、これからも抗がん剤とつきあっていかなければいけないとなると、深刻な問題となる。今、62歳。70代、80代になった頃にはガンは潰滅していると思うので、この数年間をどう抗がん剤で乗り切ればいいかを考える。あいにく食欲はあり、多いときで1日5食! 体重も増えており、足や腕の筋肉までも出てきた。町などへ買い物へ行けば、誰が父を末期ガン患者だと思うだろう。私でさえも、父がガンであることをたまに忘れてしまう、あまりにも元気だからだ。とにかく今は安静に。抗がん剤を打った後が一番大事!週末には遊びにいく予定!
2006.06.20
このブログを始めて、一番長いメールが父から来た。抗がん剤投与の現場をまざまざと知る事のできる恐ろしいメールだ。「おはよう!! 今日は抗がん剤投与の3日間をお話します。 抗がん剤投与の日、何時も通り外科外来で受付をしてもらう。血液検査をする。それから1時間半位待って担当医の診察。そして支払を済ませ、クスリを貰う(30分かかる)。その後点滴ルームに行き、3時間~3時間半位かけて3本の点滴を受ける。この間、他の患者の中には気分が悪く、朦朧としている人、受けながらゲーゲー戻している人さまざま。私もこの2,3ヶ月点滴中に、かなり気分が悪くなって、もどしたい気分でトイレに行っても、もどせない~~ 頭は朦朧としてくる」「もうここから副作用との闘いが始まっている。 3時間程で3本の点滴が終わったら、帰り際に家庭で受ける抗がん剤の投与をする。右太もも付け根に肝臓・肺臓へ送られる抗がん剤を、あらかじめ埋めてある管に針を刺すのである。長さ25cm、直径5・6cmの細長いプラスチックに43時間分の抗がん剤が入っている透明な筒、それを首から吊るしてやっとやっと帰れる。 月に2回から3回行われる。今月みたいに暦によっては3回の月もある。3日目の針を抜くまでが、かなりの副作用があり、ひどい時には抜いてから3,4日、つまり一週間も続く場合がある。吐き気、ダルサ、便秘による腸ポリープの痛さ等、さまざまな症状が副作用として表れる・・・仕方ない!! 今後生きて行く為の命綱です。」「帰宅後、いつもの通り気分の悪さ、ダルサ、便秘による腸の痛さでベッドにダウン (><) 食欲は余りないが、体力を考え、夜中12時頃軽く食べる。今回は頭だけは大丈夫スッキリしている。」父の辛さが分かるメールだった。でも初日からものを食べる事ができるというのだけでも、驚きだ。とにかく後2日ぐらいの辛抱だ。
2006.06.19
今日は父の日。しかし、今日は実家に行くことはなかった。金曜日に抗がん剤を受けているので、娘をつれて騒がしくなるのも悪いと思ったからだ。とりあえず、来週末には顔を出そうと思っている。ということで、今日は夜は全3試合のサッカーをテレビ観戦していた。日本がどうの、というよりも世界のサッカーは非常に見ていて気持ちがいい。私が今回、興味を示したチームは、アルゼンチン!! ベスト4まで残ってくれれば嬉しいな~!まあ、ワールドカップになると湧いてでてくる「にわかファン」ではあるものの、スポーツ大好き親子なので、前回のWBC同様、父と一緒に盛り上がれそうです。来週末がとっても楽しみ!
2006.06.18
今日は娘の授業参観日だった。昔と違い、夫婦共働きが増えたせいだろうか、授業参観にしても運動会にしても平日に行われることはなくなった。その分、父母揃っての参観日となり、賑わっていた。娘の元気な姿を見ながら、私は父との幼少の想い出をふと思い出した。私たちが小学生だったころはもちろん授業参観日は平日。でも自営業だった父は、何度か私の授業参観にも来てくれていた。まわりはお母さんだらけの中、ずっと後ろの方で首を長く伸ばしながら私のことを見ている父がいたっけ。忙しい父だったが、子煩悩で、仕事とうまく両立させながら子どもの行事には結構参加してくれていた。うちは兄妹が3人もいるから大変だっただろう。でもそれを苦にせず、当たり前のように参加してくれた父に感謝したい。自分が親となって、今までで以上に父母を尊敬している。何よりも自分のことより、子ども優先。そんなことは当たり前だと思っていたが、今の日本の育児状況を見ると果たして・・・? つい先日もうまれて数カ月の赤ちゃんを車に乗せたまま、パチンコで遊ぶ父と母。もう子どもより自分の「遊び」「楽しみ」を優先する。そんないろいろなことを考えると、私は幸せだったなとつくづく感じる。また、そういう親になろうと努力もしている。日々の生活の中でふと思い出す父との想い出。そしてこれからももっとたくさん想い出をつくっていきたいと思っている。
2006.06.17
今日は、もう何十回目か忘れたが、抗がん剤投与の日だった。父は予定通り、抗がん剤を受けている。やはり食欲はないようだが、激しい副作用はないらしい。今週の日曜日は「父の日」であるが、まだ副作用が多少残るであるだろうから、実家に顔は見せないことにした。その分しっかり静養して欲しい。天候も日照不足などで、私でも何となく体調がすっきりしない中、父はさぞかし、といったところだろうか。それでも、抗がん剤投与は父の命の源である。頑張って乗り越えなければ。
2006.06.16
父からメールが届いた。「完全に便秘だが、僅かながらも便通はある。明日は抗がん剤投与だ!何とか今夜中に便通があって欲しい。午後鶴見の部屋へ整理に行く。帰り、会社へ顔を出す。帰宅後トイレ通い頻繁の中、ベッドに横になり、ウトウトと僅かな時間でも睡眠を取る。深く静かに精神面での闘いも今日も続いている」毎日体調は変化する父ではあるが、同じ病気を患っている人に比べれば、とても幸せな生活を送っているのだと思う。入院などもせず、抗がん剤投与後は普通のサラリーマンのように会社に出勤している。週末に私たち親子が遊びに行くと、娘と遊んだり、一緒にご馳走を食べたり、まったく健常者そのものだ!一度末期ガンで余命3カ月と言われた父、そこから這い上がって、今ここまで充実した日々を過ごせることに感謝している。そして、これからもずっとこんな平凡で幸せな日々が続くのだろう。
2006.06.15
父から夜中にメールが来た。パソコン教室に通い始めてから数カ月。最初にもらったメールから比べると、誤字脱字も少なくなり、少しマスターした模様。「体調は良いが抗がん剤投与が近づいたため、腸がそろそろ暴れ出し便秘に入る。年中行事だ!仕方ない・・・無意識の内に精神面での闘いも僅かづつながらも始まったようだ」短いメッセージだったが、父の苦しみが痛いほど分かる。便秘というのは私にとって日常茶飯事的なものだが、これと父の便秘とは同じようでまったく違うものだと思う。この前、何種類もの漢方が入ったお茶を持っていったが、あれは飲んでくれているだろうか?頑固な便秘の私でさえ、すっきりとしたお通じが出来たので、父にも勧めたのだが。抗がん剤投与までに何とか、便秘だけでも改善してくれればと思う。
2006.06.14
今日13日は私の親友のバースデイ。お互いの親が、私たちを身ごもっている頃からの付き合いなので、生まれたときからの「親友」である。彼女とは幼稚園、小学校、中学校と同じ青春を過ごし、高校、就職、結婚となった今も毎日メールのやり取り、および月に何度かは一緒にランチをする。もう、自分の姉妹よりも深いつきあいだ。彼女と一緒に誕生日を祝ったのは、私が記憶しているのが正しければ、小学校3年生から・・・それから毎年毎年誕生日には2人で祝っている。今年になって初めて、「誕生日を一緒に祝える」ということに感慨深い思いを感じた。自分がこの年になって、親も親戚も年老いていく、病魔におかされ寿命をまっとうできずに亡くなった友達もいる。だからこそこうやって毎年祝えることがすごく幸せでならない。父の場合もそうだった。例えば今年の誕生日。父は5/8生まれだが、医者の宣告によると去年の12月には亡くなっていた・・・。だから今年の誕生日はすごく嬉しかった。父と一緒にケーキを食べるなんてこと、去年の9月に想像できただろうか?もちろん来年も再来年も父と祝うことになるだろう。30半ばになって初めて思う、「誕生日」という節目。
2006.06.13
父から今日もメールが届く。「ここのところ新たに就職し、仕事をやり出してから、何か精神的にモロさが出て、毎日が苦痛でした。夜も熟睡出来ず、正直言ってもがき苦しんでいました。カミさん長女からも、励ましや、時には叱咤も今まで以上に受けてきました。おこがましいが、この一週間自分なりにもがき苦しんだ結果、余計なことを考え過ぎたんでしょうね。病状は奇跡的な良好状態に・・・!何をそんなに考えるのか?重病人でありながら健康人の両面に向かい合って、普通の生活を送っていけばいいだけです。もう迷わずこの姿勢で頑張るのみです!!何も悲観することはないです~~ "誰もが人生の終りを考えて生きているわけではない。 病気によって人生に終りがあることを早めに意識づけられた"重みのある言葉です。しかし、大変恐ろしい意味をもつ言葉でもあります。この言葉を素直に受入れられる強い精神力を持てる人間になれるよう努力、努力で頑張ります。」目の前に確かに存在している「死」、人間なら誰しもいずれ訪れることだが、父は今、その生と死の間をさまよう。この状況下で勇んで強くなれる人間がいるのか? そう思うと、今日の父からのメールはとても「生きる強さ」を感じる。「人間の強さ」を感じる。
2006.06.12
病気になってからというもの、精神面での闘いが続く。非常に体調のいい日もあれば、数時間後にはたちまち悪くなる。こんな毎日の繰り返しでは、そうなってしまうのも分かる。動けるときは仕事にもはりきって出て行くだけに、突然襲う、自分ではコントロールできなくなる痛みなどに対応するのも大変だ。夜、父からメールが来た。「梅雨独特の一日だ。終日在宅、何とか今の心の不安から抜け出す方法を考える。月2回の抗がん剤投与はあるが、現在治療の経過は良いんだ~~!健康人と変わらぬ生活もしているんだ~~俺は健康人なんだ。この考えで行こう! 今までは病気だ病人だの気持ちが生活にも、仕事にも何故かかばって中途半端になっていた。明日からは健康人として頑張るぞ!もう迷わない!」一生懸命自分の病気を否定しているかのようだが、父自身、自分の心と戦っている様子が分かる。とにかく前向きに考えないことには進めないし、この先生きていくことも難しくなる。父の気持ちは分かるつもりだが、やはり本人の心の闇までは分からない。そこをどうフォローしていってあげようか、いろいろ模索中である。
2006.06.11
今日は午前中に父が会社に行くというので、家まで送ってもらった。今日はとても調子がいい様子。しかし、精神面でかなりダメージを受けているらしい。父からのメール「午後、長女、孫を送りがてら仕事へ、関東は今日から梅雨入りだ! しばらくはジメジメした梅雨が続くだろうが、負けないよう努めて明るく明るく行こう~~。2軒営業して帰宅。精神的な落ち込みが長く続いている。夢も悪いものばかり、これは自分で抜け出すしかない。女房、子供達も応援してくれているんだ、自分がしっかりしなければいけないと分っているが、常に心のどこかに不安がついてまわっている」私は大病を患ったことはないから、父の気持ちは分かりたくても分からない。私が「後3カ月の命ですよ」なんて宣告されたら何をするのだろう?父のように前向きに生きられるのか・・・それさえも疑問だ。多分、写真や日記などいらないものを処分して、今までお世話になった人、一人一人に手紙やメールを出すのかな?今はそんなふうに冷静に考えることができるが、本当にそうなったとしたらパニックで毎日毎日泣いているだろう。私は父に何が出来るだろう? 口で励ますことは簡単だし、無責任過ぎる。私たち家族はとにかく、父のそんな不安を少しでも和らげてあげる「何か」が大切なのだ。
2006.06.10
今日は、最近、週末恒例となった実家へ泊まりに行った。夕方5時半頃到着するも、まだ父は帰っておらず。鶴見のアパートを引き払ったので、区役所に転出届を出しに行ったそうだ。これですっきりと、実家で静養ができる。私は父に、どくだみやクコなど様々な種類の薬草が入ったお茶を持って行った。最近便秘が続いていると聞いていたからだ。漢方のお茶だったら、抗がん剤にも影響がないだろう。さっそく夕食後試飲する父。すると翌朝スルスルと便が出たそうだ。かなりの効果があるに違いない。これで便秘の不安が解消すればいいのだが・・・。反対に、便が出ると腸の途中にあるポリープが痛むという。これはもう仕方のないことだ。便秘で2重苦を味わいよりはいいだろう。その後は野球やサッカーを見ながら過ごした。昼間出歩いたためか、少しお疲れ気味の父は早めにベットに横になっていた。
2006.06.09
私の一日の始まりは「新聞」を舐めるように読むこと。朝8時前に主人と娘を送り出してから、新聞を読み漁る。社会に出ていない主婦にとっては、毎日新聞を読むことで、世界で起きている事柄を知る事ができるし、私のような仕事をしている者にとっては、「言葉」や「漢字」の勉強にもなる(汗)。最近の新聞には興味深いことがたくさん載っている。とくに「ガン」についての記事が多く、全国でさまざまなガンと闘っている人の日記などは、その都度切り取ってスクラップにしている。食事療法や民間療法・・・多くの人が多くの治療の仕方を模索している。中でもガンに侵された娘を持つ母親が、ガン再発防止のために食事療法を図書館で勉強している姿など、その母親の心情が痛いほどよく分かる。その点うちの父は「食事」に関して言えば、母親が真剣に賄っているので安心だ。後は、気力の問題。体力はあるものの、気分が沈みがちになることがここのところ多い。その部分はやはり家族でフォローをしていかなければいけないだろう。
2006.06.08
抗がん剤投与が終わって、体調が落ち着いたのか、父からメールが来た。「6/6 腸のポリープの痛みも少し和らぐ、午後免許証書き換えに行く。 約4時間チョットしんどかった。新しい免許証を手に感慨無量だ!余命3ヶ月だったら手にしていないこの免許証・・・!事故を起こさず3年間、安全運転で3年後も免許証を貰うぞ!それを思ったら4時間余りの疲労も吹っ飛んだ~~。帰路、会社に寄って帰る」次回の免許書き替えのときは、もっと元気になっていて欲しい。後3年、何事もなく過ぎれば、父は完璧に社会復帰できるのだから。「6/7 腸の痛みがまだ続いている。住所変更諸手続きの為区役所へ行く予定を取り止め、自宅にて休養、夕方、パソコン教室へ」体調が悪いながらも、その隙を見てパソコン教室に行く父。もしかしたら、私なんかよりもパソコン通になってしまうかも!!!
2006.06.07
今日、父は仕事に行っているはずである。車に乗って、約1時間少しの場所に会社がある。父の職種は「営業」なので、仕事が始まると、かなり精神的に疲れてしまうらしい。それはそうだろう、表に出て、人と接し、話をしている間は、自分がガン患者ということを忘れてしまい、仕事に集中してしまうそうだから・・・。そこが父のいいところだ。自分の体調は棚にあげて、人様の世話を焼くのは今に始まったことではない。そういうところが私も大好きだ。とにかく、仕事が始まったら、気力体力が大事なので、「鯉エキス」は必需品だ。しっかり飲用して、パワーをつけて欲しい。このブログを読んで下さっている人が、鯉エキスを試しに飲用してくれているそうだ。どうか、お父様の体調がよくなりますように!
2006.06.06
父の生活リズム…というか、2週間に1度の抗がん剤投与に合わせた生活のリズムがここのところ、だいたい決まってきている。金曜日に抗がん剤投与を2日間行い、日曜・月曜は家で安静に過ごす。そして火曜日から元気に仕事に出かける。このリズムはずっと前から安定している。だから今日は「絶対安静」の日。父かもメールがないので、少し寂しいが、明日からの仕事の気力を蓄えていると思えば、安心する。さあ、明日から表に出て、自由に活動して欲しい!!
2006.06.05
父からのメールが来た6/2「投与終へ4時半頃帰宅。ムカツキ、ダルサが強くはないがある。遅い時間軽く夕食が取れた。いつもと変わらず腸痛は続く・・・」6/3「終日腸痛は続く、食欲は余りないが努めて食べるようにしているが、ムカツキ、ダルサは大分減った」。6/4「ムカツキだけが残ったが、腸痛、便秘はひどい!」副作用によって大きなダメージはなかったようだが、やはり腸の痛みは続く。ここだけでも何とか手を打てればいいのだが、今は医者と様子見の状態。医者としては、肺と肝臓の方が、抗がん剤を打ったことでかなり落ち着いて来ているのもあり、大腸にもその効果を期待しているのだろう。このままの状態がずっと続くのであれば、違う方向での治療を考えなければいけない。とにかく、私が医者に尋ねて、いろいろと掘り下げて聞きたいのだが、やはり、兄弟の中でも、かなり熱くなってしまうタイプなので、医者に何を言ってしまうか分からない(汗)。だから、今は自分自身で調べられることは調べていきたいと思っている。
2006.06.04
今回の抗がん剤でも副作用はあったようだ。前回まったくなかったのが異常だったのか?とにかく、ガンを3つ持っている父が、なんなく副作用もなく過ごせるなんてことは医学上ないに等しいと思っている。肺と肝臓のガンはすでに細胞も活発でなくなっており、これはもう時間の問題。残る問題は大腸、この部分のみが傷むという。でも、父は今年の秋頃に「人工肛門」も検討に入れて考えている。私としては、寿命まで生きながらえ、痛みがなくなるのならぜひ手術をして欲しいと思っている。人工肛門については、いろいろ調べてみた。昔とは違い、臭いも気にならず、携帯性に優れ、つけているのも気にならないぐらいになっているという。また、同じような仲間が情報交換をしあう場所も設けられているので、不安などもそこで消化できるはずだ。副作用が終われば、また食欲ある生活に戻るので、何とか今を乗り越えたい。体重は入院時は51キロだったのが、今、最高で59.5キロまで増えた。抗がん剤時の上下の差はあるものの、体重が減らないということだけでも安心する。とにかく、父のためにガンについてのいろいろな資料を読みあさり、ガンに勝つまで闘い続けていこうと思っている。
2006.06.03
今日は抗がん剤投与の日。娘と実家に泊まった私が、少し遅く目を覚ましたら、すでに父は病院へと出かけていた。病院で5時間の投与、それから、体内投与が48時間。病院には多くの抗がん剤投与の患者が、父と同じように抗がん剤を打っているそうだが、みんなバケツ片手にゲーゲーと、それはそれは見事な光景だそうだ。そんな光景の中で、異色に映る父…。きちんとスーツを着て打ちにいくそうだ。投与中も特に何もなく、平然としているから、周りからもうらやましがられている。ついこの間も、辛そうに抗がん剤を打っている患者に看護婦さんが「○○さん、この人はあなたより数段悪いのですよ。そう見えないでしょ? 頑張って」と、父を指差して言っというぐらい。もしかしたら、その場にいる患者の中で、父は一番病状の悪い患者なのだと思う。その父がこうやって投与中、平気でいられるのは一体何なのだろう? 抗がん剤との相性と、父の気力の強さとしか言えない。さて、抗がん剤副作用はどうなることやら。
2006.06.02
明日は横浜の「開港記念日」で、市内の小中学校はお休みだ。それをいいことに、娘と2人で実家に泊まりにいった。明日から父は抗がん剤で、副作用を余儀なくされるため、今日のうちに美味しいものを食べてもらおうと会いに行った。最近の父は体調に変化が激しく。朝まで良かったのに、夕方には腸に激痛が走るというぐらい、安定しない。これには本人も精神的に参っている模様。いろいろな話をした。でも、末期ガンの患者は、そんな痛みは日常茶飯事なはずだ。抗がん剤を打てば、副作用に苦しみ、ポリープにも激痛がある中、日々過ごしているのだろう。そう思えば、父の体調はいたって幸せに近いほど、恵まれているのだ。「痛くて当たり前」というこの病気を、父は忘れてはいけないと言っていた。明日は抗がん剤の日。前回のように副作用がなければいいのだが。
2006.06.01
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