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仕事に追われている私は1カ月なんてあっという間に過ぎてしまう。こういう生活は嫌いだ。たまにはボーっと昼間からテレビでも見てみたい。一応主婦だし、「3食昼寝つき」を実感したいのだが、そうもいかないや。父の1カ月はどうなんだろう。痛みとの闘いの毎日なので、1カ月は長く感じるのだろうか。父からメールがきた。ここのところマメにメールを入れてくれるので嬉しい。 「10月31日 早いもので10月も終わりだ! 相変わらずの病状との闘いの1ヶ月だった。本当に一日一日意識,しながら感じをつかみながらの毎日だがこうやって薬、治療のお陰とは云え、有難い事で感謝を忘れた日はない。 明日からの11月も毎日が病魔に負けないで健康に過ごせるよう祈ります。」がん発見からすでに1年と2ヶ月…。まだまだ現役バリバリで頑張って欲しい。
2006.10.31
今日、父は土浦まで仕事へ向かった。多少痩せてはいるが、元気だし、声も大きい。相手にはまさか取引先の営業マンが「末期がん」だとは知る由もない。父も公言することは会社自身不利でもあるのでしていないと思う。今は仕事で人と会うことが、嬉しくもあり、多少の緊張感も出ていいのかもしれない。父からもメールが来ている。「10月30日 11時着で土浦に着き、無事商談を終え、ホットして帰りはのんびり帰る。家に戻り少し休んでから夕方業者仲間の懇親会に出たが、やはり昼間からの疲れで調子悪く、早めに帰ってくる。症状が急変するので対応が難しい。でも仲良く付き合っていく以外ない。本当に日々息を抜く間がない(><)。」仕事に飲まれてはだめ! 仕事が忙しいからといって、身体に鞭を打ってまで続けることはない。高額医療のため、父が働かなければ、命のもと「抗がん剤」が打てないのは分かる。でも、何とかなるものだ。何とかなる。 人生はそんなもの。自分の置かれた状況下で、知恵を絞れば生きていくためのアイデアはいくらでも出てくる。だから、無理は絶対だめ!だめだめだめ!
2006.10.30
父かのメール「10月29日 ちょっと便秘気味だったので、下剤を使用頻繁にトイレ通いが続く、他は何も問題なく良好だ!明日は前々から約束をしている土浦の客に会いに行く。ベストで行けるよう体調を整えているが・・・何せ、往復250kmの運転だが、大丈夫かな??」便秘は本当にしょうがない、父自身「人工肛門」をつける覚悟を決めかねている最中だ。便秘と腸の痛みさえなければ、後は副作用だけを集中して乗り越えればいいだけである。多分近いうちに手術に踏み切るのかもしれないが、まずは手術できるぐらい体力をつけることが最初だ。
2006.10.29
以前から紹介しているが「鯉エキス」は今では本当に「父の友」となっている。1日に必ず飲用しないことには父的に不安があるそうだ。ここのところ副作用が続いていたので「錠剤のみ」だったが、昨日あたりから鯉エキスをごくごく飲んでいる。食欲があるのも「鯉エキス」のおかげ。これは兄弟3人でお金を出し合って買っている。せめてもの親孝行だ。今父が一番欲しいもの…「健康な身体」…少しでもお役に立てれば幸いである。
2006.10.28
今日は金曜日。娘が学校から帰ってきた後、久しぶりに実家に顔を出した。先週、先々週と父の体調が悪かったり、私の仕事が忙しかったりでなかなか会えない日が続いていた。母にメールで父の体調を聞くと、「調子がいいみたい」とのことなので、さっそく行くことにした。実家に着くと満面の笑みで迎えてくれた父。娘の誕生日のお祝いということで、お鍋を囲んだ。 ・・・ここからがすごい! 本当にもう食べる!食べる!食べる!私と同じペースで食べていた父。私がもうお腹一杯で「ご馳走様」と言っても、父の箸は止まらず。しかも「ご飯」と来た。かなりの食欲だ。声にもはりがあり、数日前の父の体調とは一変。こんなにコロコロ体調が変わるのも、かえってしんどいんだろうな~なんて考えながら、父がモクモクと食べるところを心地よく見ていた。夜11時。主人が帰ってくるというので、母に大根の煮物をみやげにもらい帰途へ。本当は泊まりたかったが、私には私の家庭があるので致し方ない。また来週顔出すよ~!
2006.10.27
父からのメール「10月26日 5時に目が覚める。今日は骨の検査だ!みなとみらいの警友病院へ・・・終日検査。 結果は後日だが、何も無い事を祈る 食欲旺盛だ、和食の夕食はアジの塩焼きが美味しかった。健康なら当たり前のことでも、こうやって闘病・治療生活をしている者には、ささいな事でも感謝につながります。明日から慌てず、焦らずゆっくり仕事をするぞ!!」前回の検査で血液から骨に異常が確認された。そのため、もっと精密な検査をするために今日、父は病院へ。結果は来週出ることになっている。 う~…何ともなければいいのだけど…
2006.10.26
父からのメール。 「10月25日 珍しく5日目で苦しかった副作用も終わる。区役所、社会保険事務所、一件の顧客、そして会社へ。いきなりハードスケジュール。おいおい無理するな!体調は万全だが、少し腸ポリープが痛い・・・ 夕食はカミさん18番のカラ揚げで一杯、美味かった!明日は、骨の検査だ!」あれだけきつかった副作用も、数日絶つと影を潜める。そして父は良くなったものと勘違いして、行動行動!(笑)。でも、前にも書いたように、父の好きなように動かせてあげたい。もう何も言うことはないよ。副作用期間中は外の空気を吸うこともままならないのだから、こういう時は思いっきり外の空気を吸うのもよかろう…。副作用の痛みを知るのは父のみ。。。なんも知らない私たちが、父を制することなどできないのだ。
2006.10.25
父からのメール。「10月24日 5時に目が覚めた。寒く雨が降っている。完全に平常の身体に戻る。後は食欲を出し、体力を付ける事だ!今回は4日間の闘いだった。2,3日前にも言ったように副作用で相当腸ポリープが原因とすれば、我慢にも限度がある・・・人口肛門を真剣に考えてみよう。抗がん剤は途中でやめることなく、いかに長く続けられるか考えなくてはいけない。~~体調良好! カミさんも顔つきも良いとの事、遅ればせながらささやかだが、孫の誕生祝の服を見る 可愛いお似合いだろう・・・ 夕食の油の乗ったサバの塩焼きが美味かった"" さぁ体力をつけるぞ!明日は給料日だ今月は少し頑張ったから堂々と給料が貰えるぞ。今回の副作用は可也酷かったので、カミさんには随分迷惑をかけた、有難う~~」娘の誕生日には黒いスエードのブーツと洋服上下セットを買ってもらった。娘ももちろん大喜び!家の中でブーツを履きっぱなしだった(汗)。来年は家族みんなでお祝いしましょう!
2006.10.24
父からのメール「10月23日 かなり楽になって来た~腰はまだ痛いので貼り薬を引き続き貼る。多少の気分の悪さが残り食欲を無くされている。精神面では落ち着いて来ている。久々に普通食を食べた。夜は熟睡出来た。」内容の濃い副作用だったようで、心身ともに疲れている様子。でも、これから生きるためにはずっと打ち続けなければいけない。やめてしまえばがん細胞をまた、甦らせることになってしまう。「ガン」という病気がこんなにも人生を変え、回りにいる人たちを変えるとは・・・。できるだけ協力していかなくちゃ。
2006.10.23
今日は娘の7歳の誕生日。本来なら、父のもとで祝うはずだった。6年間、毎年そうやって祝ってきた。でも今年は違う。まだ父はベットの中。誕生日どころじゃないね・・・。副作用が収まったら、あらためてケーキを買っていくから、お祝いをしましょう。娘の顔を見ると元気が出る父だから、週末辺り顔出します!
2006.10.22
やはりまだまだ回復にはほど遠い。今日も食欲なく、ベットに横になるだけ。立ち上がるとしたらそれは「トイレ」。辛いだろう、痛いだろう・・・。もう、何て言っていいのか、私は離れて暮らしているから、父の様子を見ることができない。母や妹は毎日、そんな辛そうな父の姿を見て生活をしているから、余計しんどいと思う。取り立てて、世話を焼かない父だけど、痛みをこらえる姿はやはり家族にとっても一番辛く、悲しいものだ。日に日に副作用が酷くなってくる。先の診断結果ではがん細胞は確実に小さくなっているというのに・・・。にっくき「ガン」。もし私が将来ガンになったとしたら、絶対絶対打ち勝ってみせる。父をここまで苦しめたガンと徹底的に闘ってやる~!といいつつも・・・今日、新たにガン保険がメインでついている保険に切り替えました・・・(トホホ)。でも、ないものがないと全力で闘えないもんね。とにかく、父が早く回復しますように。
2006.10.21
このブログを書いてからどのぐらい経つのでしょう。ここにきて10000HITになりました。いつもご覧いただいている人、またどこからかのリンクにて訪れた人。ありがとうございます。そして、父にも感謝です。父がいないことにはこのブログも成立しませんから(汗)。 その父が3週間ぶりの抗がん剤投与を受けました。ここ1週間ほど、体調が悪く、また1週間延長かな?と思っていたけれど、地獄の選択にて「投与」を選んだそうです。やはり・・・抗がん剤を打ってからは体調が思わしくない。食事はもちろん、痛みと吐き気、だるさなどと闘いながらベットに横になっているのみ。母も何か父のために・・・と思っていても、何もなすすべがなく、腰が痛いというと、その腰をずっとさすってあげることしかできないと言っていた。通常なら2~3日で副作用から立ち直るはずだが、今回はどうなるのか?
2006.10.20
まずは父からのメール。「10月19日 昨夜から腸ポリープの痛みが激しい!便通は充分なのに何故だろう・・・夜も痛く、細切れにウトウトするだけだ。腰の痛みは幸い貼り薬で何とかしのげている。 仕事で朝早く平塚へ~~仕事中もずっと痛く予定変更して、昼過ぎに帰る。明日は一週間延ばした抗がん剤を打たねばならない!何とか健康体で臨みたいが明日朝まで良くなってくれれば良いが・・・」金曜日、そう、明日は抗がん剤の日。先週の金曜日に先延ばしにしたので、今回は絶対に受けねばならない。明日も受け損ねたら、1カ月間治療無しになってしまう。でも、日記のように父の体調が思わしくない。最近では腰の痛みが続くと言っていて、それが気になるところ。抗がん剤投与をするのか、それともまた1週間延長するのか・・・どちらをとっても「地獄」である。 明日までに父の体調が良くなりますように!
2006.10.19
調子がいいと外出が多くなる父。家族でもいろいろ考えた結果、父の思い通りに生きて欲しいとの結論が出た。昨日、以前よりブログで人気だった、IT社長の藤田氏が36歳と若くして亡くなった。病名はスキルス性の癌。癌発覚後、余命3カ月を宣告されてからの生き様はみごとだった。そして最後まで「社長」として生き貫いた。スキルス性は進行が早いのが特長、また、若さも手伝って、ほぼ余命通りに亡くなった。最近、学生の「いじめ」などでの自殺が多発している。そこで私が思ったのは、命の重さが人によって異っていること。1人に1つずつ与えられた「命」。使い方はその人の自由、自分次第で命の重みはいくらでも変わということだ。私の命の重さは、きっと今の父の「命」の重さに比べたら微々たるものだろう。そんなふうに「命」の大切さを分かっている父だからこそ、好きなことをやらせてあげたい。「10月18日 便通があればあったでポリープの痛みは変わらず続く、結局は今日も休みだ~~明日は朝早く仕事で平塚だ!明後日は抗がん剤投与、何とか明日中に治し極力体調万全で臨みたい・・・」
2006.10.18
癌の痛みというのはどのぐらいのものなのか・・・。想像を絶する、とよく言われるが「想像を絶する」というのはどの程度の痛みなのだろうか?私が今まで経験した最大の痛みといったら「お産」だ。でもお産の場合は数時間痛みを我慢すれば、その後は幸せが待っている。癌の場合はどうだ?下手したら、その「想像を絶する痛み」が死ぬまで続く。痛みの後には悲しみしかない。とにかく救いようがない「痛み」なのか? 一度味わってみたい。父がどんなに辛いのか、その痛みはどうすれば和らぐのか、自分で体験してみたい。父からのメール。「10月17日 動き過ぎたせいか体調不良に終日休養する。もう年中行事だが、いざ痛み等がはじまると本人しか分からない・・・ 苦しいものだ!それに最近は腰の痛みまで加わって二重三重の苦しみだ。夜、腰は貼り薬で何んとか痛みも押えられたが、ポリープは明け方迄続き何回かの便通で痛みも和らぎ、明け方から少し眠れた。」父の苦しみを家族5人で分け合いたい。それが一生続いたとしてもいい。父の今の痛みが少しでも和らぐなら・・・。
2006.10.17
「10月16日 引き続き秋晴れ!腸の痛みも朝方には和らぐ。平塚、川崎と仕事に行く、体調良好だ!腰、腸の痛みは消える。午後、同業との懇親会に出る。夕方から腸ポリープの痛みがはじまる。早めに帰宅、床に着く。体調の急変はこの病気につきものだ仕方のないこと、生きていく為に闘い、克服しなければならない!!」朝、体調がよくて仕事へいっても、いつ激変するか分からない父の体。まさか同僚などの前で苦しむ姿などは見せられず、ついつい我慢をしていることも多いのだろう。とにかく無理せず、体調とよ~く相談をしながら、あまり長時間の外出はしないで欲しいと願っているのだが・・・
2006.10.16
今日は母が埼玉の田舎へお墓参りに行くといっていた。妹も友達の引っ越しで昨日からでかけている。父は一人お留守番だ。私も行ってあげたいのはやまやまだったが、体調もいいようだし、たまには一人になるのもいいのかな~なんて勝手に考えていた。 夜父からメールが届いた。「10月15日 午前中一杯休養。 午後から散髪へ。終了後、デパ地下でおでんのタネを買い家に帰り、久々に台所に立つ。今日はカミさんが義父の墓参りで留守だ!帰ってきたらおでんで食だ・・・。 腰の痛みは少し和らいだが、違和感は残っている夜中今度は腸のポリープとのバトンタッチ。2時おきのトイレ、その都度かなりの腸の痛みが起こる。やはり今夜も寝不足だ・・」
2006.10.15
父から元気なメールがきた。「10月14日 秋晴れの中、朝早く仕事平塚へ~体調は良好!東名を気分良く走る。 富士山が綺麗だった。午後は川崎へ。身体が調子良いので、仕事もスムーズに行く。夜中腰の痛みで殆ど眠れず、これも副作用か?」やはり、仕事をしているときが一番嬉しいのか・・・そんな気持ちが感じられたメールだった。しかし、腰の痛みが酷いって・・・抗がん剤副作用関連の本は何冊か読んだが、腰が痛むような副作用というのはなかった・・・。とても心配。
2006.10.14
今日も父からメールが来た。「10月13日 定期診察の日だ。体重が戻らないことを理由に抗がん剤投与を1週間延期する。今一番気になってることは体重が増えないことだ、一頃のような増加はみられない。今回は気力、体力が良好のため挑戦してみよう!また、11日の検査の結果がでた!がん組織が少し小さくなったとのこと嬉しい限りだ!又26日に骨の検査をすることになった。最近、副作用の中に腰の痛みも入ってきたので、この際やっておく事もいいだろう。毎回、苦しい副作用との闘いの甲斐あって組織が小さくなっているなんて本当に感謝です。有難う」がん細胞は小さくなっているということだが、骨の検査が気になる。というのも、最近父は腰が痛い痛いと叫んでいるから・・・骨の検査で異常が見られなければ、このままの治療方法でいけるのだろうが、もし異常があったとしたら???考えたくない・・・。検査は26日。月末には結果が分かるはずだ。
2006.10.13
父からのメール 「10月12日 秋晴れの爽やかな天気が続いている。久々に朝早くスタートして相模原に向かう。運転していても何と気持ちが良いんだろう! 2時間位かかる作業だったが、先方の会社の社員の応援で1時間で終わる。帰途会社に寄って自宅に戻る。どうせ朝早く起きているのだから、早く仕事をこなし早く帰ればそれだけ楽だ・・・遅い昼食を和食で済ます。美味かった! 体調もバッチリ!しかし便通が多いせいか、腸ポリープは痛い! 明日は診察日で投与の日だが、体重が一向に戻らぬ為一週間延期して、体重増加に挑んで見ようと思う(・<)」今までコンスタントに2週間に1度の抗がん剤を打ってきたが、今やそれも3週間に1回のペースになってきている。やはり2週間はきつい。それは私が見ていても分かる。多すぎず少なすぎず、父の病状にあった投与の間隔を医者ともう一度相談して欲しい。
2006.10.12
父からのメール「10月11日 今日は3ヶ月に1回の検査だ・・・この4,5日の好調さの反動が来た~~ 急に朝から腸痛と気分の悪さに襲われ、検査中もかなりシンドク辛かった。突然来る副作用か? 日々用心が必要だ。 午後からの散髪もキャンセルして大事を取り、家にて休む。好調も考えものだ(><)何せ、病人だから何が起きてもおかしくない身体です。」体調良好の日がいつまでも続くわけはない。やはりこういう日は必ず来てしまう。今までいろいろと父の体調を見てきたが、通院や抗がん剤の前日や当日に体調が悪くなることが多いと思っている。精神的な面も関係があるのだろう。とくに抗がん剤投与の前日は、必ずといっていいほど体調が激変する。ある本を読むと、やはり患者の多くは、投与の日が近づくにつれ、「また辛い副作用がくる」などのイメージが無意識のうちに体調につながるらしい。まさに拒否反応のようだ。どのぐらい辛いのか、私たちにはまったく分からない・・・。父も死ぬほど辛いらしいが、受けなければ病状は悪化し、治るという望みもまったくなくなるのを知っている。だからこそ、何が何でも受けなければならない。今、父の体を守ってくれるのはコレしかないからだ。どんな思いで病院に行くのだろう・・・そういうことを考え出すと、涙が止まらなくなる。
2006.10.11
ここのところ、父の体調が良い。いつもは、数時間ごとに良くなったり、悪くなったり。それがここ数日ない。父もそんなこんなで気分がいい様子。「10月10日 体調も引き続き好調!好調!絶好調!今回の好調さには気力も充実していた。あとは体重さえ戻れば申し分ない健康人だ!」体調はいいが、食べても食べても体重が簡単に増えなくなってきた。考えればしょうがないことなのだろうが、今の父にはそれが一番の心配ごとだ。末期ガン患者なのだから、現状維持できているだけでも良しとしなければいけないのだろうけど・・・。
2006.10.10
三連休中・・・我が家は三連休どころじゃあないっ!娘が先週土曜日より「秋休み」に入っている。まったく、これがゆとり教育のなれの果て・・・一番勉強に勤しむことができる季節に「秋休み」とは・・・。しょうがないので連日家族でお出掛けだ。もちろん近場だけれど・・・。そんな中、非常に微笑ましいメールが父から届く。「10月9日 秋晴れを予想するかのような爽やかな朝だ!体調の良さか散歩の距離も延びる。昼前、カミさんと次女とで港北ニュータウンへ行く。美味しいピザ屋があるというので、近所に住む長男を誘い、賑やかなランチタイムだ!中々美味しかった。食後、童心にかえり、観覧車に乗って好天気の中、遠くは房総、伊豆を望む!どうしちゃたのこの体調の良さは? 帰宅後も変わらず良好だ。ここのところ出ずっぱりなのに全く疲れない!定番の腸も大人しい!健康人と変わりない、感謝!感謝!ありがとう!」ということだ。家族4人で、しかも大の大人4人で観覧車に乗ったと・・・。なんとも微笑ましい。父も病気になってからあまり外出もせず、したとしても景色などをゆったりと眺めるような余裕はない。そんな中で、360度パノラマビューの絶景を堪能したとのこと。良かったね!今度は私も誘ってよ~(怒)
2006.10.09
父からメールが入る。「10月8日 早朝より散歩、爽やかにつきる天気、そして我が体調! 天気のよさにつられて昼前より墓参りにカミさんと行く。体調が良いせいか墓所の名物、急な階段も一向に悔いにならない。いつもながら墓参りの後はなんとも気持ちが良い!帰宅後も疲れず、腸トラブルもなく本当に爽やかな1日だった。」前のお彼岸は、体調が悪く行けなかったので、今日行って来たそうだ。父は本当にご先祖様を大切にする人。仕事がどんなに忙しくとも、自分がこんな状態になろうとも、欠かさず墓に水をあげにいく。いつだったか、テレビで細木和子が言っていた。「ご先祖様の前に行くことが大事。ご先祖様を粗末にする人は、人生も失敗する」父は3人兄弟・・・。父の両親がなくなってからもう20年以上の月日が経つが、定期的に墓参りするのは兄弟の中で父だけだ。むしろ父がいるから、祖父祖母のお墓は守られている。1年前は父も「後数カ月したら俺もここに入るのだろうか」と言っていたが、まだまだ元気。多分父の両親が守ってくれているのだろう。私もおじいちゃん、おばあちゃんのお墓参りはめったに行かない。反省だ・・・。
2006.10.08
昨日の雨が嘘のようだ。今日は空も高く、すっきりした陽気。父の体調も良いらしく、夫婦水入らずで散歩をしたと言っていた。 「ごみだしがてら雨上がりを散歩する。台風一過、秋晴れ!昼前、カミさんと近くのスーパーへ買出し。体力はイマイチだが体調は文句なしに良い!痛いところなし、疲れない、食欲旺盛だ。有難いことだ!終日、のんびり過ごす。」 たまにはこんな日もいいだろう。ガンが分かるまでは、父も仕事ばかりだったため、こんなふうに夫婦で肩を並べて歩くことも一切なかった・・・。そう思うと、2人は今一番幸せなんじゃないかな。
2006.10.07
父はこの天気の中、体調がいいことに仕事に出かけたらしい。まったく大丈夫なのかな?雨と言うよりも、風がすごくて歩けるのだろうか?心配・・・夜、父からメールが届く。「二つの台風到来で朝から大荒れ!体調は徐々に上向いている。今日は嵐の中遠出だ・・・午後秦野へ行く。 副作用も相変わらずの腸トラブル以外は万全だ! 帰宅後、多少の疲れも出たが良好(・・)/明日から体重アップへまっしぐらだ!!」秦野なんて、県内にあるにしろ、端から端・・・遠出も遠出、かなりの遠出だ。しかし、父が自分の体調を見て、それで決断したのだから仕方がない。最初は母も私もうるさく言っていたが、今は父の思うままにさせてあげたい気持ちが働いている。
2006.10.06
父の体調は、日々めまぐるしく変わる。極端に言えば、日々・・・というよりも、数時間で天国から地獄を味わうことも多い。だから1日の計画も立つはずなし。それでも父は仕事に行こうと頑張る・・・家族のため、会社のため、自分のために頑張ろうとする。それが無茶なことだと分かっていても、動いていたほうが精神的に楽なのだろう。それは私も辛いほど分かる。でも、体調の変化が激しい今は、外出もひかえるべきだ・・・今度実家に行ったときにでも、そう伝えよう。 父からのメール。「久々に仕事で出かける。帰りに会社に寄る。嘘のように精神・身体が軽い。さぁこれから体力を増進させるぞ!」今日は体調が良かったらしいので、ポジティブだ・・・でも・・・明日はどうなるか分からない・・・
2006.10.05
父は副作用以外では、3つもガンがあるにもかかわらず痛みはないらしい。しかし、大本が大腸であるがために、便通が良ければ良いほど、ポリープが痛むと言う。便秘で苦しくて、トイレに入ると30分は出てこれない状態になり、大変な時期もあったが、便通があって凄くうれしいのに、そうなると痛みが激しくなる・・・どっちもどっちだ・・・でも、出るものが出たほうが体にはいいので、ポリープの痛みは耐えねばいけない。体力、気力が通常に戻り次第、人工肛門にすると決意はしているものの、今、その手術をできる状態でもない。困ったものだ。今日の父からのメールもそんなポリープの痛みのことが記されている。「便通激しく、その度にポリープが痛い! 仕方ないこれも副作用だ、少しづつ食事が取れるようになったが、外出は無理」
2006.10.04
父が末期ガンの宣告を受けてから1年と1カ月が経った。あの頃に比べると、確かに痩せて来て、顔の艶もなくなって、声も細々としか出せなくなってしまった。それでも、調子のいいときは食欲旺盛で、リビングにずっと座ってテレビなどを見ている。ガンは場所にもよるが、父の場合は末期といえども、絶え間なく痛みが体中を突き抜ける・・・ということはない。ただ、今さっきまで元気にしていたのに体調が急激に変化することが多々ある。もうこれは父にしか分からない。体調をコントロールして毎日の計画を立てるのは父自身だ。うまく自分の体の変化を先取りして生活を送っている。1年前よりはずっ~と「ガン」とうまく付き合えられるようになっている。副作用が続くときなどは地獄だが、それでも父は「生きよう」としている。外野の私たちもそんな父をサポートしてあげたい。
2006.10.03
父が病気になってから変わった母の生活。今までは、父がアパートに住んでいて、単身赴任状態だったため、母と妹の2人だけで住んでいた。その頃はよく韓国に行ったり、週末は少し遠出をしたり自由に外出できていた。当たり前のことだが、身内に重病患者がいるとそうはいかない。去年、「お父さんの病状が少し落ち着いたら温泉でも行こう」なんて計画を立てていたのだが、むろん、容態は良くなる兆しがなく、そんな計画も自然に潰れてしまった。今、母がいなければ父を自宅療養するのは難しい。父が少しでも食べられるよう、ご飯に気を使ったり、突然何が起きても大丈夫なように、常に家にいることが多くなった。・・・私からしたら地獄だ。私も締め切り間近になると、1日も家を出ないことが3日ほど続くことがある。夕飯の材料などはその前に1週間分ぐらい買いだめして冷凍庫へ・・・。たったの3日間家を出ないだけでも、ストレスはたまり、イライラしてしまう。根詰めてやった結果、いいことはない。「休憩中はベランダでもいいから外に出て、太陽の光を少しでも浴びると全然違うよ」なんて、SOHO仲間からアドバイスをもらった。今、休憩時間はいつもベランダ。ベランダから見える遠~くの緑を見ながらコーヒーを飲むことにしている。それだけでも少し癒される。母もたまには羽目を外したいだろう。電車でデパ地下などに行くだけでもストレス解消になるはず。これからもずっと父の面倒を見てもらわなければいけないのだから、私たちは母をもっと大切にしなきゃいけない。
2006.10.02
父からのメール「10月1日 大分楽だ!少し腰がダルイのと気持ち悪さは時折襲って来る。おかゆを一膳食べられた。夜は普通の堅いごはんが食べられた。軽く事務整理・・・明日から無理せず少しづつ行動しよう。」良かった。鯉エキスのおかげで副作用も短くなっている。とにかく食欲!今日から10月!食欲の秋!もうこの季節を逃してはいつ食べるの?ってなくらいたくさん食べて欲しい!
2006.10.01
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