《櫻井ジャーナル》

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2015.09.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 ソ連が消滅した後、アメリカの軍、情報機関、戦争ビジネスなどはカネ儲けの仕組みを維持するため、新たな敵を必要としたことは間違いないだろうが、それは軍事的な緊張を高めるひとつの理由にすぎない。その理由だけで軍事的な緊張を高めているとするならば、自分たちの利益のために新たな敵が必要なだけで、ソ連や中国と実際に戦争するつもりはないということになるが、歴史を振り返れば、イギリスやアメリカの一部支配層は実際にソ連を攻撃するつもりだったことがわかる。これは本ブログで何度も書いてきたことだ。日本では支配層だけでなく、「反体制風」の人びともアメリカの暗部を直視しようとせず、高をくくっている。

 第2次世界大戦の終盤、フランクリン・ルーズベルト米大統領が急死した後、イギリスのウィンストン・チャーチル英首相はアメリカやドイツと連合してソ連を奇襲攻撃しようと目論み、JPS(合同作戦本部)は5月22日に「アンシンカブル作戦」を作成した。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていたのだが、参謀本部の反対で実行されなかっただけである。

 チャーチルは7月26日に退陣するが、翌1946年3月5日にアメリカのミズーリ州フルトンで、「バルト海のステッティンからアドリア海のトリエステにいたるまで鉄のカーテンが大陸を横切って降ろされている」と演説、「冷戦」の幕開けを告げている。それだけでなく、 1947年にはアメリカのスタイルス・ブリッジス上院議員と会い、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得して欲しいと頼んでいた という。冷戦をカネ儲けのための演出だと思い込むのは危険だ。

 アメリカにもソ連との戦争を望む人たちがいた。ドイツ軍はソ連侵略に失敗したが、ソ連を疲弊させることには成功した。ドイツ軍との戦いで2000万人以上のソ連国民が死亡し、工業地帯の3分の2を含むソ連全土の3分の1が荒廃に帰している。ソ連の破壊を望む人びとは攻撃の好機だと考えただろう。

 1948年に「ロバート・マックルア将軍は、統合参謀本部に働きかけ、ソ連への核攻撃に続く全面的なゲリラ戦計画を承認させ」(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)、翌年に出されたJCS(統合参謀本部)の研究報告では、ソ連の70都市へ133発の原爆を落とす(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)という内容が盛り込まれていた。

 1952年11月にアメリカは水爆の実験に成功したが、この当時、核兵器の輸送手段は爆撃機で、その任務を負っていたのがSAC(戦略空軍総司令部)。1948年から57年まで司令官を務めたカーティス・ルメイ中将は日本の諸都市で市民を焼夷弾で焼き殺し、広島や長崎に原爆を落とした責任者だった。後にソ連に対する核攻撃をめぐってジョン・F・ケネディ大統領と激しく対立したひとりだ。勿論、ルメイは攻撃を主張した。

 核戦争を想定、アメリカの支配層は避難のためにトンネルを掘っている。中でも有名なものがアレゲーニー山脈(アパラチア山系の一部)につくられたグリーンブライア・バンカーだ。1959年に着工、62年に完成している。

 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、ルメイを含む 好戦派は1957年初頭にソ連を先制核攻撃する計画をスタートさせ、63年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定

 ソ連を攻撃する予定になっていた1963年の後半、11月22日にケネディ大統領はテキサス州ダラスで暗殺され、CIAはキューバやソ連が黒幕だとする情報を流すが、FBIがこの話を否定している。暗殺の5カ月前、大統領はアメリカン大学の卒業式でソ連との平和共存を訴える演説を行っていた。

 第2次世界大戦後、アメリカ軍は「防衛戦争」を行ったことはない。全て侵略戦争。冷戦も例外ではない。1963年に戦争を始められなかった好戦派は冷戦を続けるしかなかった。1970年代、ジェラルド・フォード政権で好戦派はデタント派を粛清した。この子機にネオコン/シオニストが台頭、新たな好戦派を形成した。そして始まったのがCOGプロジェクト。ソ連が消滅した直後、 1992年にネオコンは世界制覇を目指すプロジェクトを始める 。これも本ブログでは何度も書いたが、DPG(国防計画指針)の草案。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。

 1992年当時、ネオコンはロシアを属国化することに成功、中国のエリートは懐柔済みだと思い込んみ、あとは意に沿わぬ国を潰していけばいいと考えたのだろう。そこで、ソ連消滅の直前、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官はイラク、シリア、イランを殲滅すると口にしたわけだ。

 この段階で2001年9月11日以降の展開を見通していたということになるが、この間にロシアは再独立し、中国と経済的にも軍事的にも密接に結びついた。こうした状況の中、ウォルフォウィッツ・ドクトリンに執着すれば、全面核戦争が勃発することは十分に考えられる。そのための、つまりロシアや中国と戦争するための「安全保障関連法案」だ。





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最終更新日  2015.09.13 03:43:37


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