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何人かに先走った行動をしてしまいすみません全世界に発信しているのですアメリカからでも見れます見てねー昨日はライブハウスで知り合った、ニューヨーク在住の日本人(福岡出身)の最後の日だった別に声をかけた訳でもないのに、そのライブハウスに多くの人が集まってきたいい人ばかりだ。みんな最近知り合った人たちだが本当は今朝空港に見送りに行くはずだったが、起床時間を間違えた出会いは日記をたどればわかるが、最近の話アメリカで永住権を持ち、日本食レストランで働いている2ヶ月の休みを取り、ニューヨークで屋台風日本食店を開きたく、その準備で帰ってきた博多には屋台がいっぱいあり、そこでアルバイトして、手法を学ぶということベーシストでもある。音楽にも詳しく、いろいろ教えてもらった店が見つからないというので、知り合いの人を通じてニューヨークの不動産業を紹介してもらうようにした私が出来るのはここまでだが、喜んでくれたしかしいっしょに何回飲みにいったかな?ははは、6回は行っているな私は夢の話をして、現状を教えてくれて、初めて人前で大泣きした時もやさしく接してくれたもはや損得勘定では図れないたぶん、金もあまりなかったろうが、何回か出してもらった。もちろん私も出したが、たいした額ではない人との出会いは重要だ1年半、冬眠していた私は惨めだった体が動かず、一日中ベットの中か、コタツの中本も音楽も聴く気になれず、唯一インターネットと時計の本のみ読める電話にも出ないので、しだいにあまりかかってこなくなったカウンセリングを受けても、カウンセラーと話ができない薬を飲んでも治らないひょっとしたら一生このままで死んでしまうのではないかと思ったこともあるもちろん仕事もできない、用なしだそれでも数少ないが、たまにメールを打ってくれる友人がいたこの人たちが励ましてくれた「また元気になったら、飲みにいこうね」どれだけこの言葉に助けられたかしかし、メールを返すのも大変だ言葉が出てこないのだでも希望を捨てた事は、一度もなかったもう一度死にたいとは思わなかった俺は必ず復活する、今まで以上に強力になっていまに見とけよ、リベンジしてやるからなそれだけが唯一の希望だったここを書き始めて、急速に良くなっていったリハビリの一環で始めたのだが、過去を振り返りながら、再確認できたもうその目標は果たしたと思い、過信も芽生え、いい気になっていただが、ここは俺のHPだから、大切にする他人に何と言われようが、関係ない一応スジは通したので、もう終わったことだ「お前、殺すぞ」と私に言った人は、自分でバーを開きたいらしい飲食専門の不動産業者に仲の良い人がいるので、いろいろ聞いた話を元に、知っている範囲内で教えたこの人はいろいろな過去を背負っている詳しく聞かないが、それはわかるし、怨念を持っている女性にも持てるらしく、いろいろ自分の意見を主張していたしかし、私にとって、最悪の言葉を言った怨念を怨念で晴らそうとしているしかも事業計画が甘い自分が具体的にどういうコンセプトでどの客層のどのくらいの人たちに来てもらうのかと言ったことが、全く計算できていない最後には酔っ払って「俺は絶対成功するから俺に投資しろ」と言い出したこんなバカボンに貴重なお金を投資するほど、私はバカではない私はある程度のお金は持っている全部出せば、店一件分出すぐらいのお金はあるかもしれない働き出してからも、コツコツと大切に貯めてきたお金だこういう人には一円も出したくないお金を出してもいいと気軽に言う人は、何か裏があるはずこの人は男だが、女性の場合はその人が目的だろう以前、どこかの金持ちが飲み屋のお姉さんを気に入って開店資金を出したらしい関係はなかったらしいが、毎日一人でやってきて、さぞ自分が金を出してやったという感じでカウンターに居座り、帰りに誘う最初のうちは恩があるので対応するが、だんだん嫌になってくる他のお客さんから見たら「いつも来ているあの人は何者?」となるだんだんお客さんは離れていくかもしれない最悪潰れるが、借金は残るそうなると責任感が強い人は苦しみ、借金を返す為に働くアリ地獄だなそんな簡単に自分の店を持つことは、許されない自分以外の人間にも責任はかかってくる背負わなければいけない人まで巻き込んでしまう時には辞めろと言うのも、最大のやさしさだろう嫌われて、「お前、殺すぞ」と言われようとも笑わせるなよ、お前ごときに俺は殺せない今度同じ事を言ったら叩きのめすからな5月5日に友人の結婚パーティーで会う事になっているどうなるかな?あくまでも相手しだいあくまでも私の意見どう受け取るかは相手が100%権限を持っている私に決定権はないではまたねーププー♪
Apr 30, 2003
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やはりぜんぜんわかってなかった私は勘違いしていたわかったふりだろうあまり病気のせいにしたくないが簡単に人にアドバイスはできない躁状態の時は何事もハードルを軽くさせるなんでも結びつけて考えるその状態でアドバイスすると押し付けになる本人にその気はなくても強要しているここと同じだ私は自分の思いが人一倍強いようだ現実とのギャップに悩むもっともっとと走り出すそのうち疲れ果てて冬眠するそれを繰り返している思いだけで発言している言葉の難しさも感じる抽象的な言葉を使えば使うほど、どうにでも取られる一人歩きしだすしかしこれはしかたがないどう取るかはその人の自由こちらに決定権はない100対0なのだこれは大切な原理原則昨日の日記で危険だと書いたのは自分のことあくまでも酒の席の上だが、初対面の相手が怒って「お前、殺すぞ」と言われた同級生ギタリストの友達で同じ年のベーシスト朝方のとある店での事、もちろんギタリストもいっしょ別に変なことをしたわけではない普通に会話していたのが、相手は初対面のために、私のことがわかっていない私の仕事と関係があることを質問されたので、それに答えていったしかし躁状態の今はある意味相手を追い込む逃げ場がなくなったこの人が発した言葉が上の言葉あの目は本物だ一歩間違えたら殺されるかもしれないことを無意識とはいえやっている以前の私とは違うというのはこのことだ3年前に私はチンピラとケンカしたあくまでも相手が悪いしかし、相手の挑発に乗ってしまう双方手を出さずに終わり、何もなかったが、ぜんぜん負ける気がしなかった言われれば言われるほど燃え上がっていく時期なのだ今本気でケンカすれば、ほとんどの人に負ける気がしない実際、格闘家には勝てないが、気持ちでは負けないだろうしかし相手が変な人であれば、私や私以外の人間にその怒りは向く怨念を怨念で返すとはこのことしかし、私は自分からケンカをしかけることはほとんどないが、今の状態はケンカをふっかけていると勘違いされることがあるということまさに危険な状態なのだ。しかしこれも相手がどう思うかは相手しだいはっきり言うが、この相手に失礼なことはしていないし、思ってもいないだが、こいつなら本当にやりかねないと勝手に判断される昔からそうだが、自信過剰な今は尚更言うだけではない、番長だろう本当にそう思う。過信ではなくでも暴力は嫌いだ。主張すれば良いことでも何を言われても、あまり気にならなくなってきた「殺すぞ」と言われても全く怖くはなかったその一部始終を隣の席で聞いていたおじさんに声をかけられた「あんたはよく我慢したな、たいしたものだ。どこで働いているんだ」後で聞いたら、その筋では有名な人であったスーツを着て身なりはしっかりしているが、この人は普通の人ではない仕事を紹介したいと言われたが、店の人がうまくフォローしてくれて助かった私は個人的に付き合えても、会社としては付き合えない福岡はいざとなれば、誰とでもケンカするだけの根性を持った人が多い私は間違いなく、おじいちゃんの血を引き継いでいるゴロツキでケンカに強い飲んだくれだが、本当は多くの人を助けてきたらしい病院で寝たきりの姿しか見たことはないが、いい男だったそうだ間違いなく私は、多くのモノに守られているしばらくおやすみします迷惑をかけてしまったみなさん本当にすみませんでした本当に悪意はありませんでしたまた戻ってくると思いますあした書いてたりして(爆)あー本当に井川遥ちゃんはかわいいなークックは遥ちゃんが大好きではまたねーププー♪
Apr 29, 2003
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昨日の日記はわかりにくかったと思うので補足しますロバートジョンソンは1911年生まれ当時のアメリカの黒人社会は完全な差別構造多くの人は綿花畑などで肉体労働をしていたもともとブルースはアフリカから奴隷として無理やり連れてこられた人たちが、仕事中に「今日は天気がいいな」とか「見張りがきたぞ」等を鼻歌で歌っていたのが、ベースと言われているそこには理論やブルーノートスケールなどというものは存在しないそのまま言葉にすると問題になるようなことを、隠語を含めて言ったものアフリカ音楽は、禁止されていたらしい唯一許されたのが、日曜日に教会で歌うことこれがゴスペルだきつい肉体労働のあと、週末にジュークジョイント(安酒場)と言われる場所でミュージシャンの演奏を聴き、博打をして、おめかしして、女を誘うそれが許された唯一の楽しみだったらしいロバートジョンソンは片目がほとんど見えず、肉体労働に耐えられるような丈夫な男ではなかったらしいしかし、波打つような美しい髪と外見、演奏力を持ち、女性にまったく不自由しなかったそうだ。用はヒモ(笑)と呼ばれるような人かなあ次から次に女をかえて、手当たり次第というところかな頭は良かったみたいで、できるだけ不器用な女性を選び、他の男と問題になるのを避けて上手くやっていたらしい生きていくためには必要な事だっただろうと思う本当に愛した奥様が若くしてしんでしまった事もあったみたいだロバートジョンソンの歌は真実だろう多くのミュージシャンに尊敬され、現代でも語り継がれている結局、自分を証明するものが、音楽と女性の数しかなかったのではないか?男からバカにされてきたが、男がもっとも愛するもの、女を次から次に自分の手に入れる事で満足した。肉体労働はできないが、ミュージシャンとして働き、金も儲けた実際、クロスロードで悪魔と取引したのかどうかはわからないしかし、このロバートジョンソンのような人は現在でも存在するミュージシャンだけではない、凄いと言われている経営者、伝説的トップセールスマンと言われているような人は多くが女好きではないかと思う過去に強烈な怨念を抱き、それをバネにして上昇していく金で苦労した人は金を儲けたいと思い、人をだましてでも金儲けをしようとしたりする場合もある女にだまされたり、もてなかった人は、罪を犯してでも手に入れようとしたりもする怨念を怨念で返す。多くの人を犠牲にして突き進む最初は満足するだろう。しかし、またそこで多くの怨念を生んでいる事に本人は気付かないまわりは他人事だから、あまり本人には言わない変な助言をすると、逆に恨まれる可能性もある考え方が悪い人間が力を持つと、とんでもない社会的破壊行為を行うことがあるこのような人の最後は悲惨だ法律上問題はなくても道義的な問題は残る最悪、死んでしまう私は何もしてないのに、こいつならやりかねないと勝手に判断されてしまったことが、過去にいろいろあった1年半の冬眠を経て、やっと動き出したのに、残念ながらそのように判断される場合もある人がどう思うかはその人の自由だし、権限は100%なので、特に問題はないしかし、悪意がある人は勝手に自己判断して、こちらを潰そうとしてくる場合があるのだ邪魔な人間は消せといったふうに今、敏感になっているので、相手が言わなくてもだいたい判断はつく今まではそれで冬眠していたが、これからはならないかもしれない悪意のある人とは付き合いませんので、勝手にやってくださいたとえそれが、昔大変お世話になった人であろうとも今までの私とは違う事をお忘れなくでも変なことはしませんよ私は怨念を怨念で返したりしませんからもうすぐ日記も辞めるかもしれません病気からの回復の為に、ここをはじめたのですが、多くのことに気付き、多くの人と知り合いました楽天さんをはじめ、来てくださった人には感謝しています何度も掲示板等に書き込みをして頂いた方たちは、本当にいい人ばかりです私は直接的に救済はできませんが、間接的に応援していますまだまだ力不足みたいですが、そのうちかならずいい意味でお返しいたしますもうすぐ、言うだけ番長の地位を返上するかもしれませんねその時までしばしお付き合いくださいませじゃあねーププー♪
Apr 28, 2003
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私が最初にブルースを意識した映画「クロスロード」悪魔とクロスロードで自分の魂と交換にブルースの能力を手に入れたと言われている人、ロバートジョンソンの未発表曲を探すというストーリーロバートジョンソンは酒場で店主の妻に近づこうとして、怒った店主に毒入りウイスキーを飲まされて死んだこの店主は自分の嫉妬に負けて、毒を入れたらしい私はこの店主のようなことは間違ってもしないミュージシャンはある意味、危険な職業で、嫉妬されることがあるそこで演奏している男が自分より上手ければその男を憎むかもしれない女は男が誰か別の女に惚れればその男を憎むかもしれない男は自分の女が他の男に惚れればその男を憎むかもしれない全部自分勝手な嫉妬だが、自覚していないと危険かもしれない誤解を受けやすい人もいる言葉は難しい同じ言葉でも受け取る人によっては違って聞こえる場合もある異性が絡む場合は尚更勝手に悪意を持たれる可能性はありえる危険だ身の程を考えないといけない怨念を怨念で晴らしても何もならない最悪自分に返ってくるそのような人間にはなりたくない会社を退職しようかと考えている私がこのまま中途半端で残っても、迷惑をかけるいる以上は、期待されるできないことはない今は時期ではないもちろん逃げるわけでもない別の会社から、誘いがあったどうなるかわからないが、いざとなれば何でもできるいままでの経験は必ず役に立つもうあまり恐れるものはないなんかわからない日記だなロバートジョンソンの演奏と音楽は素晴らしいいいですよ、ブルースは
Apr 27, 2003
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これはSIONのアルバムの名前。昔からこの人が好きだった。この人の世界も凄いんだよね。でも好き嫌いがはっきり別れるそうだ。1回だけ大阪でコンサートに行った。前も日記に書いたと思うが。恐らくこの人に最も影響を与えたのは「トム・ウェイツ」酔いどれ詩人と言われている、素晴らしい人。大学の時にこの人の曲をウオークマンで聞いていた私はアルバイト先の女性に「いい音楽があったら貸して欲しい」と言われたので、自信を持ってその時持っていたテープを貸した。反応は・・・ププー♪「こんなのダミ声のジジイが叫んでいるやつのどこがいいの?趣味を疑うわ」と言われて、ショックで1週間ほど休んだ(ウソ)俺のいいと思う音楽と女性の好きな音楽はそれほど違いがあるのかと考えた。そう考えると、大阪で自分の好きな音楽の話で盛り上がるような友達は数少なかったのである。せっかく大阪にブルースを求めて行ったのに、そこには存在しなかったのだ。完全な時代錯誤。でも数少ないがブルース愛好家の方もいたのだが、ほとんど知り合わなかった。でもそれで良かったのだ。私が初めて買った海外アーティストのアルバムはジミ・ヘンドリックスだからな。もうとっくに死んでいたのに、時代が違うのに、一番ひかれた。次に買ったのが、ジャニス・ジョップリン。ははは、俺は何歳だ? ププー♪正直に告白すると、高校2年ぐらいまで、海外ロックと言われるものに全く興味がなかったのだ。日本のロックは好きだったので、当時のバンドについては、詳しい方だと思う。ベストヒット・USAというテレビの総集編を当時テレビで見た。たしか、サディスティック・ミカバンドの加藤さんがゲストで出ていた。昔から現代(当時)の代表的な音楽の歴史を映像で振り返るというもの。ブルース・ソウルはなかったが、たしかプレスリーから始まって、プリンスぐらいで終わったような気がした。全部見て私がこれは凄いと感動した人が上の2人。天才で、ブルースを背負い込んで、伝説を残して若くして死んだ。でもそんなことは後で知ったことだ。圧倒的なエネルギーを感じて、興奮した。それからタワーレコードに買いに行ったのだった。SIONのコンサートには綺麗な女性が集まるらしい。この人の音楽にはやさしさが溢れている。声はダミ声で、飲んだくれで、一般ウケしなくても、コンサートに来た人の何人かは泣いているらしい。いいなーもう一回観たいな。私が好きな曲「元気か?」歌詞が完璧に覚えていないが、たぶんこんな感じだったろう。シオン買ってね、あくまでもこれも宣伝です。「かわいい女」というアルバムに入ってます。元気か?どうしてる もう何年も会ってないけどこんな雨の降る夜は 時々お前のことを思い出すそれほど長い付き合いでもなかったしほんの少しいっしょにいただけだけどさんざん飲んで帰った明け方 家はもうすぐそこなのに踏み切りのそばに座り込んで もう歩きたくないって2人寝ちまった目が覚めると作業服のおっちゃんたちがかがみこんで「おい 大丈夫か? 2人してでかい捨て子みたいだぜ」雲の上で目覚めたら 多分あんな感じだろうやさしいおっちゃんたちと 雨の中笑い転げたアスファルトを濡らす やさしい雨 あの時お前と感じた温もり俺よりかすれた声が聞こえてきそうだ 「あのねえ」って聞こえてきそうだ元気か?あっ、今日の夜、井川遙ちゃんが9時からテレビにでるらしいよ。みんな見てねーまたね♪ププー
Apr 26, 2003
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日記を書きかえる。昨日はいろいろなことがあった。反発心をかき消したくて飲みにいった。こういうのはあまり良くない。どうしてもこういう時は攻撃的になっている。その気持ちで人に会うといつのまにか攻撃している。落ちつかせないといけないのに。日記も攻撃的になっていた。どうしてもしたくない事でしなければならないことは今後もあるだろう。納得していても嫌だ。でもしかたがない。その件絡みで別の人の行動で、切れかかった。気持ちが抑えられなかった。過去に私を叩きつぶそうとした相手に会った。偶然だ。びっくりした。その時の事を思い出していたら、涙が出てきた。でもその人が言ったり、やったりしたことはある意味正しい。自分が今の自分になる為には必要なこと。こちらから頭を下げて、またよろしくお願いしますと言った。それが正解だろう。協力してくれるだろう。一番気になっていた、嫌な事はとりあえず一段落した。ゆっくり遊びにいきたいな。自然と触れ合って。いいだろうなー
Apr 25, 2003
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私は幼い頃から母が好きだった。別にマザコンというわけではないが、ある意味男はみんなマザコンだろう。あのジョン・レノンさえビートルズを捨ててまでオノ・ヨーコと再婚したくらいだ。もちろん世間の評判は悪かったらしい。ジョン・レノンにはマザーという曲がある。でもあまりビートルズは詳しくない。私はストーンズの方が好きだった。でもジョン・レノンは別格と思っている。ストーンズではキース・リチャーズのファンだった。変なソロアルバムを連発したミック・ジャガーより自分のやりたい音楽をソロアルバムでやったキース・リチャーズのほうがよっぽどカッコいいと思っていた。ミック・ジャガーの3枚目のソロ・アルバムを聴くまでは。私が前の会社を辞めたのも、入院した病院を見つけて行かせたのも、みんな母の一言だ。父は尊敬しているが、あまり好きではなかった。昨日も些細なことで言い合いになった。本人は気付いていないが、言うことが押し付けがましい。過去のトラウマが拒絶反応を引き起こす。でも嫌いではないのだ。私はある会社の2代目なのだ。正確に言うと3代目になるのだが。前の会社を辞める頃、私はスランプに陥っていた。私がいくら理想を持ってやっても、自分が思うだけの実績が付いてこない。でも本当にこの会社が好きだった。中途半端な状態で辞めたくなかった。まだ確立した自信がなかったから。いずれ戻るにしても、ある程度できると確信した時点で辞めたかった。しかし、会社の経営状態は悪化していた。私はその事実を知らなかった。いや、わかってはいたが、私にとっては前の会社の方が大事だったのだ。父から会社の現状を聞かされて、すぐに帰ってこいと言われたが断ったのだ。自分で解消してほしかった。自分の会社だから。そのくらいできるはずだと思っていた。私は中途半端で会社を辞めたくなかった。逃げたと思われるのがなにより嫌だった。でも母が泣きながら電話をしてきて、今辞めて帰ってこなかったら、会社が潰れるかもしれないと言われた時、即座にわかったと返事した。1度決めたら、私は即座に行動する。次の日に私は当時の営業部長に相談した。「しゃあないな」で終わり。みんなそうだ。いずれ辞めるとはわかっていたはず。でも私の人生設計は狂ってしまった。でも、この本当の事実はほとんどの人は知らない。それから私は何人かの人に屈辱的な言葉を言われることになる。「お前は計算ずくで、会社を辞めて逃げた、恩を仇で返した」この人たちは後々まで私を苦しめることになるとは、予想もしていなかったが。100日近くあった有給も代休も一日も使わずに、最後まで働いた。後でいろいろ言われるのが嫌だった。それでもやりのこしている。「辞めました」の葉書きもだしていない。私が初出勤した日の帰る前に、父と母がケンカをしだした。当時2人の部長と呼ばれる人がいた。その2人のことで、ケンカになったのだ。でもどうひいきめに見ても、母が言っていることのほうが、正しいような気がした。私は仲裁に入ってこう言った。「俺は会社を潰すために帰ってきたわけではない。2度と俺の前でケンカしないでくれ」余裕なんてなかった。潰れるかもしれないのだ。私も運命共同体なのだ。当時大手と言われている2社と取引があった。この2社より要請があり、私を会社に戻せと言われたらしい。でもこの2社から助けてもらっていたのは事実。しかし、この後私は踊らされていた事を知る。この2社の人間によって。出向先には、他の社員が行っていた。いい人なのだが、私からしてみれば、まったく危機感がなかった。ぜんぜんやる気がないとしか思えなかった。いつ潰れるかわからないのにこの人はわかっていない。幸せな人だ。ほとんどこの人から教えてもらっていない。自分で考えて実践し、成果を出したこの後4年程、会社の売上の6割以上を私一人がやることになる。必死だったし、商品が良かった。余った時間は自分で本を読み勉強した。これがもしなかったら、恐らく潰れていたはず。でもこれは踊る舞台を作ってくれた社長のおかげだ。私に特別の才能はない。前の会社の経験が非常に役にたった。しかしこの後、とんでもないことが起こるのである。あの「黒い犬」がやってきたのだ。ブルースに取り付かれ、死にかけた。もっとも信頼して、好きだったし、助けてくれた3つが私を追い込んだ。前の会社、出向先、社長である父。これはすべての人がそうではない。ごく一部の人だ。出向先が、いつまでも続かない事がわかってきた。前の会社の人間関係で、いくつかの仕事をもらった。それが、ことごとく裏目に出た。不安でたまらなくなってきたのだ。いつ潰れるかわからない。最後に社長が当時の私にとって、とんでもない事を言い出して、実行した。私はとどめを刺された。終了。一度死んでしまった。なぜか死なずに劇的に復活した私は、復讐を開始した。私を躍らせて、痛めつけた人たちへの報復攻撃準備だ。一度死にかけた人間は強い。でもほとんど何もしていない。それでよかったのだ。最近は自分からわかった上で、勝手に踊るようにしている。そうすると楽だ。わかっているのなら、なんでもできる。社会的破壊行為以外なら。私は自分の世界に強引に引きずりこんで、悪いことをしたりはしたくない。卑しい人間には決してなりたくないし、ならない。知らないでそうなった場合は即座に謝る。しかし、自分が愛すべき人が窮地に立たされているのがわかった場合は話しは別。最悪、悪意のある相手と刺し違えたとしても、立ち向かいたい。でも実際はそんなことをしても何もならない。自分の怨念の為には力は使わないのだ。今の所、会社はなんとか運営できている。私が復帰してから、なぜか調子が良い。社員も変化した。私が冬眠に入る前に言った事をコツコツと実行し、成果が出てきている。社長には明日謝る。私が悪かったです。すみません。この前、母に1万円借りたままだ。返さないとねーだんだん嫌な過去が崩れ去っていく。新しい自分が生まれてくる。ププー♪
Apr 24, 2003
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昨日旧友に再会した私より先輩だが、面白い人だ。この人は人の話を聞くのが上手い。この人は独自の人生観を持っていると思う。人を大事にしている。いろいろな人から、声がかかる。恐らく目先の損得では動いていないだろう。しかし将来の損得でも動いてないかもしれない。話しているうちに、いろいろなことにまた気付いた。私もまだまだですね。以前、お寺に1週間ほど泊まったことがある。薬を飲んでも、ぜんぜん良くならなかった私はいろいろな事を試した。その一つが「内観療法」というもの。怪しいものではない。病院の先生にも行っていいかどうか確認した。このお寺の信者でもない。近くではここしかなかった。それでも他県の山の中だが。何人かの人と一緒に受けるのだが、知らない人ばかり。この期間、個室が与えられ他の人と一切話す事はできない。唯一2時間ごとに巡回してくる指導員の方に、考えたことを伝えるだけ。屏風のなかで、ただひたすらに考える。「してもらったこと」「してあげたこと」「感謝したこと」この3つだけを、生まれた時から順に考える。これは監禁や洗脳ではないが、途中で帰る人も中にはいるらしい。企業研修で来ている人が多かったが、個人参加は私ともう一人だけ。私にはまったくと言っていいほど、効き目がなかった。もう一人は劇的な変化があった。しかし、今になって無駄ではなかった事を確信している。そのお寺からもらった「ちかいのことば」という表語が良かったので壁に貼っている。だがしかし、今日これを書こうと思うまでまったくといっていいほど目に入ってなかった。毎日座ってこれを書いている目の前なのに。意外と大切なものは身近にあるのに気がつかないものなのかもしれない。せっかくなので、その言葉を掲載します。わたくしは 父母先祖 先生 友達 そして この街 この村 この山河すべてに感謝し 恩返しのできる人間になるために 日々 努力 精進いたしますうーこれだ。目標にしよう。
Apr 23, 2003
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うちの家にはベランダがある。朝起きたら、ハトが突然やってきた。子供のころならパンをあげていただろう。お腹がすいているのだ。はたしてエサをあたえるのはいいことか?一匹のハトが来たお腹が減っているのがわかった好意的に誰かがエサを与えたハトは喜んだまたもらえると思ってハトがまた来たまたお腹が減っているまたエサを与えた今度は仲間を連れてきたお腹がすいているどんどんハトの数は増えていくハトはフンをする一匹ならたいしたことはないかもしれない掃除をちゃんとすればどんどん数が増えていくとフン公害になるそうなるともう手がつけられない助けようがないクソまみれになるこれが家やマンションだったら、建て替えるしかないかもしれない中島みゆきという歌手がいるこの人の世界は凄い「36℃5分」(だったと思う)というアルバムがある私はこのアルバムぐらいしか持っていないこれは間違いなくブルースだどう頑張っても救われない、いわゆる社会的弱者と呼ばれる人のことを歌っている「毒をんな」という歌がある手元に音源がないので歌詞が書けない。いつの時代かわからないが、不幸にも売られてしまった女性が女衒の世界に入ったもともと純粋な人だったのだろう親の借金のカタかもしれないそこに客としてやってきた男がその女に惚れた何度も通ったかもしれない「現状から救い出してやる」と男が言った本当はその女性もその男が好きなのだだが、それを陰から見張りが聴いている男は気付いていないバレると下手をすれば男は殺されるかもしれない目を覚ませと男は殴るしかし女は早く金を払って帰ってくれと言う愛してません、他人でしたと見張りに告げるでも酒場からの願いは届かない助けてくださいと紙に1000回血で手紙を書くもちろん手紙も届かない救われないどうしようもないそれがブルース気付かないうちに毒はまわってくるいい顔をして近づいてきても、悪意を持っている場合があるでも純粋な人は気付かない自分も踊っているうちは楽しいでも本当は踊らされているそれがわかった時、ひどく傷つく毒はだんだんまわってくる毒にまみれて生きていきたいと思っているのならいいがまだ間に合うかも回りきっていないうちはでも浄化するのは大変簡単にはできないでも大丈夫救われないどうしようもない現実、これがブルースあなたもブルースの世界を知ってみませんか?でも背負い込んだら大変かも追加・・・私は小さい頃、動物ハカセ(笑)と言われたぐらいの動物好きです。ハトも好きですよ、だって平和の象徴ですから。目の前で苦しんでいるハトをもし見つけたらとりあえず保護してすぐに動物病院に連れて行きます夜中に車で帰宅中に道を歩いていたカメに気付いて家の風呂で1日保護したことがありますこれは近くの幼稚園から逃げ出してきたものでしたちゃんと翌日お返ししましたが、家族からは驚かれましたむかし、ヒヨドリも保護してしばらく飼ってましたが、残念ながら亡くなりました。ちゃんとお墓を作って埋めてあげました。どこだったかな?
Apr 22, 2003
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私は食べ物に関して好き嫌いはない。なんでも基本的に食べる。あまり好きではないのもあるかもしれないが。損得勘定と好き嫌いが合えば最高なのだが、すべてがそうではない。もちろん好き嫌いだけで決めても問題だろう。子供の頃ならまだしも、社会に出たらそうばかり言っていられない。同業者の人でやり手の女性の人がいる。明るくて、楽しいし、勉強家だ。子供さんは25歳ぐらいだろうから、いい年なのだろうが若い。この女性の過去のエピソードを聞いて驚いた。なんと利益額1000万円の契約を契約前日に自分から断ったらしい。この利益額1000万円がこの人の会社でどのくらい占めるかというのはわからないが、大変な額だろう。4人しかいない会社だから。もちろんこの女性は社長ではないが、実質的な経営者に近い立場の人だ。権限はある。この話を聞いたとき、多くの人は「バカじゃないの」と言った。でも私は拍手を送りたかった。すごいなあ。でも、私なら契約する。余裕ないもんね。実際この女性は、踊らされそうになったのだ。自分に非がないのに、悪者に仕立て上げられてしまった。だが、相手もわかってやったことらしい。頭さえ下げて、筋さえ通してくれれば契約するといってきた。それさえすれば契約できたのに、頭を下げなかった。俺なら下げるがね。意地だろうな。究極の選択は好き嫌いで決めたいと思う。私は遊園地が嫌いだ。バイキングやジェットコースターなどは最悪。10万やるから乗れと言われても嫌だ。誰もそんなやつはいないだろうが(笑)この女性は私のことを本当に心配してくれている。病気のことも全部話しているし、アドバイスもしてくれる。でも一緒に入っていた会は辞めてしまった。踊らされて結果的に排除される形になった。でも新しい会でがんばっていくだろう。間違いない、でも私も新しい会に入りたかった。去年私は2ヶ月入院したが、仕事に復帰したのは年末だった。だいぶ回復していたが、本調子ではなかった。また今の仕事に戻っても躁鬱は繰り返すし、1年半も仕事を休んだので、会社を辞めて別の道を探そうとした。鬱に入ると起きれなくなるので、あまり時間に縛られる仕事はだめだろうと思った。なにか好きなことが、仕事にできないかと考えた私は時計関係の仕事に就けないかと思った。時計職人は向いてないだろうか?機械式時計は昔、主流だったが、クオーツが出来て一時壊滅状態になった。しかしスイス製高級時計のほとんどは、機械式であり、今売れている。すると、時計職人の数が高齢化により、どんどん減っているのが現状だとわかった私は、この道がいいのではと思った。時計学校は日本に3校あり、2校は東京。学費は高いし、一人暮らしは金がかかるが、いきなり時計職人にはなれないし、体調を見る上でも、学校ならなんとかなるのではないかと思い、東京に2回体験入学と試験で行った。1校は、定員一杯でダメ、もう1校は試験に落ちた。近所の時計職人さんに頼んで弟子入りさせてもらうことも考えて、実際なんどか話を聞きに行き、最低限の工具を購入した。でももうこの道には進めない。もともと手先は器用な方で鬱の時には出来そうな気がした。しかし躁になった今、あの小さいネジやドライバーを使ってずーっと集中して作業するということが、出来ないのだ。作家の中島らもさんは躁鬱病だが、躁のひどい時は原稿用紙のマス目に文字が書けなかったらしく、口語筆記というものを考えた。これはアシスタントに中島らもさんが話す言葉を原稿用紙に書いていってもらうという方法だが、良くわかる。細かい文字を読んだり、書いたりすることは、今現在難しい。パソコンは、キーボードなので出来る。原稿用紙にはとてもじゃないが、書けないのだ。今、字を書くと震えているのがわかるので、あまり書かない。便利になったと同時に、紙ではこの日記も成立しないのである。今の仕事にこのまま甘えるわけにもいかないし、どうしようかな。このまま安定してくれますように。好きな音楽で食べていけないかなあ。そして本を出して。無理せず、ゆっくりでいいから。
Apr 21, 2003
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昨日何時に寝たか覚えていないが、たぶん9時ごろおかげで4時に起きたいいことあるかな私の中の封印された過去が崩れ去っていっているしばらくつづくだろう抑圧されたことのない人間にソウル・ブルースは歌えないいや、歌えるが響かない特別な音楽ではない誰にでもあるものただそれに気付いていないだけ今ようやくわかった俺は歌える俺より上手い人はいっぱいいるが俺は俺の歌で勝負する勝敗は関係ない俺は間違いなく今ここに存在するこれからも進化しつづける今の俺で判断するなよ現在進行形今確信している間違いない法律上問題がなくても道義的な問題は残る未来は大事だが過去を忘れてはいけないただし引きずってもいけない鎖は引きちぎれても、目に見えないものはついてくる全部背負ってまた倒れたとしても復活すればいいだけそれでもし死んだとしてもそれはそれ社会的破滅行為でなければ魂は死なない誰かが継承してくれる誰かが旗を振らなければわかってもらえない感じてもらえない筋は通すそれが俺のやりかたできるかなあ言うだけ番長は人に偉そうに言える立場なのか?お前はそんなに偉いのか?浦島太郎だったのではないか?すべてのものは成長するためにあるたとえ滅びようとも新しいものの掛け橋としてわかりもしないのにわかったような気になっているのか?正しいかどうかはわからないが感じるしかしまいったなバンザイ状態だププー♪この前ストリートミュージシャンが歌っていた「スタンド・バイ・ミー」なんですが、翻訳がありましたので掲載しますなお、私は敬意を込めてこの歌を愛しておりますし、私のHPは営利を目的としておりませんので、著作権うんぬんは言わないでね。あくまでもこの歌の宣伝のために書いております。良かったらもっとソウルのことを知ってください。素晴らしい世界ですよ。スタンド・バイ・ミー夜のしじまの中あたり一面が闇に覆いつくされ二人に見えるのは月明かりだけとしても僕は怯えたりしない僕は怖くなったりしない君が僕のそばにいてくれる限り僕のそばにいておくれ僕にしっかり寄り添って立っていておくれ僕のそばにいておくれ僕に寄り添っていてくれないか僕のそばにいておくれ二人見上げる空がばらばらに砕け落ちてきたとしても山々が崩れて海に流れ込んだとしても僕はおびえたりしない涙なんか流したりしない君が僕のそばにいてくれる限り僕のそばにいてくれないか僕にぴったり寄り添っていておくれ僕のそばにいてくれなくちゃだめだよ僕に寄り添っていておくれ僕のそばにいておくれ
Apr 20, 2003
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テンションが高い。注意しているものの一歩間違えるとどうなんだろうか。音楽を聴きながら、自分もいっしょに歌うと曲に同化したような気分になり、涙が出てきた。今までこんなことなかった。なぜだ、大いなる勘違いと思うが。私のアンテナというものが、もしあるとすれば感度が高まっているのかもしれない。言葉にも敏感だ。普段なら気にとめないような言葉が気になる。昨日夜、食事に行った店は小・中学の先輩の店家の弟がとうふ屋なので、配達してとってもらっているというのもあるが、大好きな店だ。行ったのは、私ははじめて会う新婚ご夫婦で会社のお客さん。会社の人の以前からの知り合いで、なぜか私にも声がかかった。接待と言うほど堅苦しいものではない。弟から行くんだったら、缶コーヒーを差し入れしてくれと電話があったのだが、たまたま忙しかったので、前もって一緒に行った会社の人に近所のスーパーまで買いに行ってもらった。ちゃんと確認すればよかったのだが、その人はスーパーのビニール袋のまま持ってきていた。気になったが、店の前で私に渡されたのでどうしようもない。別に好意で持っていくので、スーパーのビニール袋でも良いのだが、せっかくもって行くんだったらと思ったのだ。しかしこの場合、持っていく事自体に価値があると思う。実際、この店の従業員の人は私の会社のお客さんになってもらった人もいるのだ。人とのつながりは重要だと思う。予感は的中した。店主の先輩に、まず挨拶した後に会社のお客さんでもある従業員の人に、缶コーヒーを渡した。お礼を言われたものの、その店の若いアルバイト?女性(私は知らない人)からスーパーのビニール袋を笑われた。確かに格安スーパーだが、なんで知らない人から言われる必要があるのか?ついつい「そんな事はいってはいかんよ」とやさしく言ったものの、気分が悪かった。冗談で言ったのだろうが、気になった。ひょっとしたら、向こうは私の事を知っているのかもしれない。一応私の会社の人にその事を伝えて、以後袋には注意するように言ったが。2日前に行った店もとうふ屋の配達先。この店主も私の会社のお客さんでもある。まだ若いが、腕はいいし、いいものを出す。自分が料理店でアルバイトしていたので、どうしても比べる。いろいろと気を使ってくれてサービスしてくれた。会社でも接待などで、何回も行っている。なぜか弟の店でたまにアルバイトをしている大学生がその店にいた。この店でもたまにアルバイトしているらしい。2人の男性と小さい子供がお客さんで入ってきた。はじめてきたお客さんだと思う。アルバイト大学生が注文を取りに行った時、子供がジュースが飲みたいと言い出した。その店には、ウーロン茶とラムネぐらいしかないらしい。ないので、子供の親らしき男性はウーロン茶にしなさいと説得した。だが、その子供は「ジュースがないの?」と言っていた。この子はジュースがほしいのだ。飲み物を運んだ後、料理の注文を取って、メニュー表にあるものを注文していたが、なぜかことごとく品切れ。落胆しているような気がした。なんとなく。このままでは、ひょっとして帰ってしまうのではないかと思った。一応このアルバイト大学生に「子供にまずジュースを買ってきなさい」と言ったものの、わかりましたと返事をしたが、忙しいのか買いに行こうとしない。また子供が「ジュースないの?」と言い出した。こりゃいかんと思った私は外までジュースを買いに行き、店主の人に「あの子供がジュース飲みたいと言っているので、もし良かったら出してあげてください」とお願いした。ジュースが出てきてその子供と親は喜んだものの、結局全部は飲まなかった。別に私はこの行為を自慢したい訳ではない。店側にとっては、勝手な好意になるかもしれない。もともと料理は美味しいので、食べれば満足するはずだ。でもはじめてのお客さんで小さい子供さんがいる場合は、まずその子供さんを満足させないと、親は落ち着いて食事ができないだろうし自分が注文しようとした料理がないとなれば、最悪「もういいです」と帰りそうな気がした。私はあくまでも客としての立場で行っているので、そこまでする必要は本来ならないし、他の店ならしない。でもここは弟の大事な得意先であり、私の会社のお客様だ。でもそんなことは、考えていなかった。その子供の気持ちが伝わってくるような感じだ。それに対応しようとしただけ。勝手に買いに行っただけ。そのお客さんは満足して帰られたと思う、たぶん。店主に美味しかったと言っていた。また来てくれるといいな。いい店だもんね。大いなる勘違いかもしれないし、余計なお世話かもしれない。でも気になったら、楽しくないので勝手に行動してしまう。いいのか悪いのかもわからない。ただそう感じただけ。言うだけ番長、修行中ププー♪追加・・・まだぜんぜんわかってませんね。反省します。
Apr 19, 2003
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ワオー世界中のみなさん元気ですかー私は二日酔いでーすすっかり飲んだくれブルースマンとして節度ある行動をしたいと思っておりますが、なかなかできませんね。しかし、ライブハウスのマスターの博多の伝説的ブルースバンドのボーカルの人から「いろいろお前の話を聞いていると間違いなくめったにいないバカだな!」といわれた。ププー♪俺の中にはエネルギーが溢れている。いつまで続くかわからんが。せっかく3年寝太郎状態から目覚めたんだぞ。いい夢見せてよーちょっとぐらい「人生に無駄なものは何一つない」という言葉をはじめて聞いたのはいつか覚えていないが、意識したのは最初の鬱の時あとテレビでやっている血液型占いもそうかな?毎日悪夢にうなされて、朝起きても気分が悪いのに責任感だけで戦っていたあの時ウソ付くなよーと思ったよ、本当に。死にたいほどきつかったのに。でも死ななかったもんねー一時的とはいえ復活した私は今実感しているぞーププー♪なぜか知り合いから誘いがあり、昨日も飲みに行った私。今日も行かないといけないので、何日連続になるのかな。まあいいか。無理はしてないよ、あんまりね。この人のおねえさんはジャズシンガーなんだよね。いい人だよ本当に、でもすみませんね、気を使わせて。金も使わせたかな、でもそのうち返すよ。待っててねー初めて行った店の前でストリートミュージシャンが演奏しながら歌っていた。私が寄っていくと、なぜかスタンド・バイ・ミーを歌いだした。挑発しているかのように。だってこの歌は私にとって特別な歌なんだぞ。初めてブルースをはっきり意識した映画「クロスロード」の同時上映だったし、3年前にライブハウスに出た時もうたったし、2年前の冬眠に入る直前に後輩の結婚式でも歌ったのだ。確かに歌は上手いが心に響いてこない。お金を入れて、一番好きで得意な歌を聴かせてくれとお願いした。尾崎豊の「オーマイリトルガール」これは良かった。響いた。「お客さんのリクエストに答えるのもいいが、自分の好きな歌で勝負しろ」うーでも金は払って言ったからな、俺は。言うだけ番長健在か?でもいい歌だよ、本当に、SweetSoulMusicだからな。歌詞を理解してないのは仕方ないが、ソウルではなかった。人のこと言えないがねー歌詞ちゃんと覚えてないもんねーカッコつけたい奴ら カッコばっかつけてる奴ら駅の前でタムロしている カッコきめてやってきたHEY、俺が俺が キレル奴キレル奴いつでも出番を待ってるカッコつけたがる奴ら いちいちキメたがる奴らHEY、LittleMama わかっておくれカッコつけなきゃならないHEY、Im Just a キレル奴 キレル奴お前を離しはしないさどんなにダウンされてもどんなにシカトされてもいつか必ず いつか必ずいつでも出番を待ってるどんなにヘビーな時期もどんでん返しを待ってるいつか必ず いつか必ずではまたねーププー♪
Apr 18, 2003
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冬眠から覚めたので、友達と会うと飲みに行く。結構、誘いがあるのだがお金がかかる。1年半、仕事をしていなかったので、給料は半分以下の大幅ダウン。でもリストラされず、ちゃんと払ってくれたのは大変ありがたい。零細企業なのにねー社長ありがとうございます。いつかかならずお返しします。もともと家はあまり裕福ではなかった。親はなかなか物を捨てないし、なかなか買わない。小学校の時テレビが壊れたら、1年ぐらい買わなかった。そのくらいのお金は持っていた(笑)と思うが、私が勉強せず、テレビばかり見ていたのが気に入らなかったのかもしれない。学校でバカにされた。テレビもないのかと。話についていけなかった。私は自由に使えるお金がほしかったので、新聞配達をしたのだ。たしか、月に10000円ぐらいだったかな?もう少し安かったかもしれないが、中学生にとっては大金だ。私は基本的に浪費家ではない。貯金するほうだ。大阪の大学に入学して仕送りをもらい始めた。家賃は14000円のところに住んだ。入学した年のゴールデンウイーク明けから和食の店でアルバイトをはじめた。最初は時給も安かったが、あまり休まなかったので、10万ぐらいにはなっただろうか?店でまかないのゴハンが食べれるので食費は浮く。家ではシリアルを食べて、トレーニングをしていた。浪人中にブクブク太った私の入学時の体重は82キロだった。斜め上の人は、ある大学の元ボクシング部。4年生。背は低いが、カッコよくて、やさしい。毎日11時ごろから、儀式は始まる。レベッカの「ラブ・パッション」か「ストロベリーなんとか」大音量で起きるとボコボコ、ズトンズトンという音が聞こえてくる。となりの先輩は、最初嫌がらせかと思ったそうだ。サウナスーツを着て、部屋にファンヒータを夏でもガンガンにつける。恐らく30分程度で、最後は柱をボコボコ殴る音が聞こえてくる。単純な私はすぐにマネしてトレーニングしはじめた。テーマソングはレッド・ツエッペリンの4「ブラック・ドック」からはじまり「天国への階段」で終わる。サウナ・スーツが欲しかったが高かったのでカッパを着て、ファンヒーターは買ってない(笑)どのようにしたらいいのかわからないので、適当にシャドーボクシングのマネをしたり、スクワットしたり、モモ上げしたりと適当で(爆)でも1年間続けた私の体は変貌した。体重は一番痩せていた時で56キロ、無駄な脂肪なんてなかったと思う。でもあまり痩せたら危ないって親戚に言われて60キロぐらいにしてたかな。胸も盛り上がってきたが、一番痩せてた当時は誰も見ていないと思う(泣)彼女いなかったもん、その時は。ズボンはジーンズのスーパースリム。スリムを詰めてもらって細くしたもの。なんでもアルバイト先の女性が電車のイスに座って寝ていたのに気がついた私は起こさないように前に立った。駅に降りる前、目を覚ました女性は、男なのになんでこんなに足が細いんだろうと思い、目を上げたら私だったのでビックリしていた。これは本当の話。でも足は短いんだよね、細いと長く見えるもんね。今は見る影もなく(爆)入学時とほぼいっしょ。でもこれは病気とクスリの副作用でもある。これでも5キロぐらいやせた。あと10キロやせよう。仕送りはどんどん減らされた。使ってないのがバレバレで。別口座を作っとけば良かったが、そこまで頭が良くない。2年生の時に車を買った。中古のマーチであまり乗らなかった。駐車場は近くの宗教法人の駐車場にタダで止めていた。先輩たちがそうしていたし、張り紙などもはられたことがない。信者でもないのにすみませんでした。ふだんぜんぜん止まっていないが、たまに何かがあるときだけ動かしてくださいと張り紙してあるときはもちろん動かした。松下幸之助先生はここの宗教法人をモデルに会社を作っていったらしい。結局卒業時、私は200万持っていた。仕送りとアルバイトで稼いだお金の残り。そんなことしないでもう少しまともに勉強していたら今ごろ金持ちになっていたと思うが、すでに遅い(笑)そのころは仕送りも打ち切られていたが、関係なかった。アルバイトで稼いでいたから。だって、就職してもらった初任給は、私の1ヶ月のアルバイト代より安いという逆転現象だったんだぞ。学校に行かなくて良かったので、朝から入ったり、他の店に応援でいったりしてたからね。200万は仕事しだすとちょっと減っていったが、営業用の車を現金で買った。インテグラという4ドアの車。それが、壊れたので今はセフィーロ。次はセルシオかアウディがいいが、金がない。仕事頑張るぞー おりゃー♪追加・・・セルシオかアウディが欲しいなどと書くと、仕事もロクにできなかったバカが調子に乗るなと思われる方もいるかもしれないので、補足する。零細企業の営業なので、自分の車は会社の営業用に使う。でもお客さんを乗せる可能性があるにもかかわらず、きちんと掃除してない人もいらっしゃる。マンガの本や、クリーニングから戻ってきたシャツをそのまま置いたり、コンビニの袋にゴミがいっぱいになっていたりもする。もしお客さんの所に行って、その車を見られた場合、それで判断されてしまうのだ。これはどんな車に乗っているとかは関係ない。私の知り合いが初めて選挙に出て、当選した。私の弟の同級生で、お母さんが赤のジャガーに乗っていたのはこいつだ。お兄さんはわたしの同級生。別の道に進んでいる。まだ若いが考え方がしっかりしていて、好感を持てるタイプの人間だ。選挙区が違うものの、私の会社に挨拶に来た。その車を見て驚いた。ボコボコにぶつけた汚い車だった。弟を通じて、社長にお願いしてくれないかと言われていた私は、相談して何人かの有力者の挨拶に一緒に行ってもらった。恐らく本人が考えたのか、周りから言われてそのような車に乗っているのだろう。しかしいくら零細企業とはいえ社長だぞ。ボコボコにぶつけるのはいいとしても、綺麗に掃除ぐらいしてこいよ。一歩間違えたら、それなりの人にしか見られないぞ。有力者のところに挨拶に行くんだったら、そのくらい考えないと。でも当選したからいいか。でも今度会ったら言ってやろう。いかに議員とはいえ、人生では俺が先輩だ。ミエミエなのはスカン!ベンツ・BMWに乗って営業している方もいる。人の車に文句をつけるつもりはない。でも一歩間違えると嫌味になるのではないかな。私はお客さんを高級車でお出迎えしたいのだ。大切なお客様だぞ。自分が乗りたいのもあるが。だからセルシオがいいと思っているのだ。クラウンは社長が乗っている。古い車だがチャンと走る。そのセルシオは社長に乗ってもらいたいのだ。チェンジすればいいだけのことだ。お得意様まわりにセルシオなんて乗っていかないぞ。何を言われるかわからんからな。高額品も扱うので、一人のお客様が億単位の取引をされるケースも中にはある。名古屋に同業者の研修に行った時に、若手やり手社長に質問した。「なんで外車に乗らないんですか?」見るからに乗ってそうな感じがしたから。セルシオに乗っていたが。「いやー本当は乗りたいんですが、銀行に回れなくなってしまうんですよ、こっちはトヨタがあるのでセルシオだったら許されるんですよ」と言っていた。実際お客様を乗せた時も安心されるそうだ。この会社はしっかりした会社だと。高額品も販売するのだよ、ボコボコの汚れた車じゃ失礼だ。2台持てればいいが、維持費だけで大変だ。でも今のセフィーロで充分じゃんと思う人もいるかもしれない。その通りなんですよ。多分セルシオはすぐには買わない。将来それなりのしかるべき地位について、やっていけると確信した時に買おうと思っている。弱者はカッコつけるな!というが、カッコつけたいもんね♪だから今のうちにイメージしておくのだ。同業の女性社長は凄いやり手で、ここ10年ほどコンスタントに契約を重ねていて、去年別の日本最高級車を買った。その前は中型車の綺麗な車だった。恐らくずっと欲しかったのだろう。それがやっと買えた。しかし今年に入って契約件数がなぜか激減した。最近また調子を取りもでしてきているみたいだが、どうなるか?このまま失速すれば、いい気になって車を買ったからそうなったんだと言われかねない。でも頑張るだろう。その批判をバネにして。今度はベンツが欲しいと目標を切り替えたかもしれない。楽しいねー車って。なんでもいいのさ本当は。だって運転嫌いなんだもんねー道に迷うし乗せてもらうのも嫌なんだよねー最悪ゲロッピになるし車なんて嫌いなのさ ではまたねー ププー♪
Apr 17, 2003
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昨日は所属している同業者の会の総会パーティがホテルであった。私が入って4年目だが、行くのは3回目。久しぶりに会う人も多く、嬉しかったのだが、話が長い。イライラ・ソワソワ状態の私には、長時間イスに座り人の話をずっと聞くというのは、ちょっと厳しい。なんどか、席を外して外に出た。本当にお世話になった、何人かの人が辞めてしまった。いろいろあり、まあどこでもある話なのだが、チンケな人というのは存在する。これは年齢や役職、性別などは関係ない。もちろん金持ちかどうかも。相性もあるが、まあ相性ということにしておこう。会より個を優先させ、仲良くしましょうと言いながら、邪魔な人間は潰すか排除し、人を躍らせて自分の利益が合った時のみ合流する。多くの人が去っていったらしい。私は4年ぐらいだが、まあしょうがないか。せっかく新しい別のグループに誘ってもらったのに、体調が安定していないので、ダメだった。社長は話は聴くものの、明らかに嫌がっていた。せっかく誘ってもらってすみませんと断りに行ったら、わかっていたという。こういう新しいグループで始めるので、もう少し体調が安定したら入りなさいとのこと。1ヶ月ほど前に大事な始める前の会議に参加させてもらい、いろいろ話を聴いて資料ももらった。1年半も人前に出ず、会にも参加してなかったのに、ありがとうございます。病気のことがどこまで伝わっているのかわからない。相変わらず人の神経を逆撫でするような人もいる。でもいちいち相手にしない。同じ失敗はもうしないのだ。人間は成長する。冬眠していても。ほとんどの人は好意的だった。特段なにもしていない若造だが、元気♪と何回声をかけられたか。それはそれ、これはこれと、割り切って考える。どうしても嫌な時は辞めるか、他の人に行ってもらう。今回の躁状態ではっきりわかったのは、過去2回の時は間違った行動をしてしまったこと。前の会社で、押し付けられるのが一番嫌だと言っていたのに、会社の人に自分の考えをいつのまにか押し付けていた。でも言っていることは、間違いではなかった。私がいろいろ言ったりやったりしたことが、冬眠中に完全ではないが、実行してくれた人がいて、それが今成果が上がっているのである。私は調子が不安定なので、お客様を抱える事は難しい。下手すると信用を失ってしまう。でも幸い、昔からの知人等から結構仕事の話は来るのである。自分が担当できないので、会社の他の人に代わってもらい、進捗状況のみチェックして、フォローするようにする。そうすればまた無理に仕事を抱え込んで、ストレスがたまり、最終的に動けなくなってしまうこともないかもしれない。もちろん出来る事は自分でするし営業だけが仕事ではない。中長期のお客様を担当するのはまだ心配だ。このままの調子が続くのが一番いいのだが、落ちる可能性も充分あるので、しばらく2、3年ほど問題なく出来る様であれば、その先はまた考える。季節性感情障害(躁鬱病)は先生は断言しないが、なかなか治らないものらしい。後はどれだけ躁鬱の波が少なくできるかにかかっている。私は躁より鬱のほうが強い。でも私よりもっとヒドイ人もいる。でもちゃんと社会生活をやっている人も大勢いるのだ。一つの見本になれればいいと思っている。この前精神病の人達を救済したいと書いた。私には救済はできない。それは医者がやることだ。私の書いた文章を見て、もし知り合いの人等が似たような病気になっているとしたら、参考程度に見て欲しい。今躁状態なので、結構前向きな事も書いているが、間違ってもこれを鬱の人などに見せて「同じような病気なのにこう書いているぞ、お前はまだまだ修行が足りん、もっとがんばれよ」とか言ってはダメだぞ。まあそんなに多くの人が見ていないので(笑)そんなことはないと思うが。最初の鬱の時、私に中村天風先生の本と五体不満足の本を見せて、「これを読むと元気が出るから読んでみろ、お前の考えている事はちちゃな事だぞ」とご親切に言ってくれた人がいた。普通の人がこの人たちの本を読めば、確かにそう思うかもしれないが、鬱の時にこういう本を読んだらなおさら落ち込んでしまうだけなのだ。2人とも積極的な考えの持ち主で、こちらの事を本当に心配してくれているのはわかるのだが、余計なお世話になってしまう。五体不満足等の本を読んで、自分で感動するのはいいと思うが、それを人に押し付けてしまう人もいる。不幸にも事故等で足が不自由になった人に向かって「足だけですんでよかったね、それ以上の人もいっぱいいるのだよ、だからあなたは甘えているよ」などというとんでもない発言を平気でする人もいるのだ。一見積極的に見えるこの人たちは、自分が五体満足なのを考えず、平気で人を傷つけてしまい、本人は気付いていない。でもこれは下手するとだれにでもある話なのだ。私でもそうかもしれない。だから仮に事故などで亡くなったり、不自由になったり、いわゆる精神病と言われる人たちに対して故意に失礼な事を言ったり差別したりしてはいけないのである。いつ自分が同じようになるかわからないのだから。もしそういうことを平気でやっていた人がそうなった場合は、誰も助けてくれないだろう。しかし私もまだまだわかってないな ププー♪
Apr 16, 2003
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私の本当のおばあちゃんは確か87歳で、元病院で働いていた。おじいちゃんは昔ゴロツキで、相当の悪だったらしい。一時離婚して、父は学校の寮に入っていたそうだ。なんでもおばあちゃんがバスに乗っていたら、バイクを二人乗りした人が追い越していったらしい。後ろには女性が、ププー♪ちょっとタバコを買いに行って来るといって出たら、3ヶ月帰ってこなかったとかもう伝説に近い。でも馬車にはねられそうになったのを友達と2人で避けて、川に落ちてしまい、友達の下になったので半身不随になってしまった。だから私は入院中のおじいちゃんしか知らない。その後再婚して付き添いをしながら、病院で働いていた。定年をはるかに過ぎても働かせてもらっていたのだが、階段から落ちて足を骨折してしまい、今は家にいて車椅子だ。おじいちゃんは5年ほど前に亡くなった。週3回デイケアに行っているが、リハビリで歩いている。歩かないと固まってくるらしい。天使のような顔をしている。私も将来このようになりたい。あまり主張しないので、遠慮している所がある。誰かが気付いてあげなければならない。この前、墓参り(納骨堂)に行こうかと誘った。おじいちゃんと、鬱で亡くなった同居人のおばあちゃんが近くのお寺にいる。ずっと気になっていたのだが、ずっと冬眠していたし、行くのが怖かった。でも2人なら大丈夫かなと思って、デイケアから帰ってきたのを見た私は今から行こうと誘った。車椅子を押して2人でお寺まで行くうちにいろいろな話をしたが、私はブルブル震えていた。2人のお墓に手を合わせ、お供えをして、元気になったことを報告した。おばあちゃんは泣いて喜んでいた。ずっと気になっていたのだろう。自分から言わないのでわからないが、誰かが察してあげなければ。その後ライブハウスに飲みに行った。バータイムでバンドはない。なんか嬉しかったのだ。ほっとした。本当はこのHPに書く前にちゃんと報告しておくべきだったのかもしれない。怒っているんじゃないかと思っていた。天国で。ニューヨークから日本に来ている人がいる。グリーンカードも持っている。福岡出身の日本人。ニューヨークで屋台風料理店を開店する予定で、その準備も兼ねて日本に帰って来ているが、たまたまライブハウスで知り合い、昨日もたまたま会った。いろいろ博多ブルース界の現状を話していると、どうしても言うだけ番長だから、言いすぎてしまう時がある。たまたま発言したのを逆の意味で取られてしまい、マスターに「お前はまだわかってないのに、人のことを言うな」と言われた。そういう意味で言ったのじゃないのにと思った瞬間、ボロボロと涙が出てきた。言っておくが私は人前で泣いた事はない。子供の時は別だが。冷たいといわれるかもしれないが、葬式に行っても泣いた事はなかった。それから3回ぐらい、いろいろな事を主張するたびに涙が出てきて「申し訳ないが、マスターより俺のほうが素質では上だ」と言った。そんなことはわからないが、少なくとも博多ナンバーワンブルースバンドの先輩で、観客1000人入れていた人の店で歌うのだから、そのくらいの意気込みがないと失礼だと思っている。私が主張するのは、この人が経営者でステージに上げてくれる側の人間だからだ。その辺をあいまいにしている人が申し訳ないが存在する。ニューヨークにブルースクラブは1つしかないらしい。それが福岡に2つもあるというのはどういうことか?恵まれているのだ、福岡は、日本は。わざわざ来てくれたお客様に自己満足な演奏を押し付けて、挨拶もせず、2次会にいったら理論攻めにして、泣かせてしまう。ププー♪ふざけるなよ。俺に向かって「潰すぞ」と言った瞬間に俺が潰してやるからな。ブルースは特別な音楽じゃない、理論が好きならジャズかクラッシックをやれよ。お客さんは理論を聴きにくるんじゃないよ、楽しみにくるのだ。黒人ブルースマンでもないのに自分勝手な理論をお客様に押し付けるなよ。俺が負けるわけがないぞ、当たり前だ。今からそれを証明してやるからな。でもマスターはわかってくれたもんねー今日挨拶だけでも行っておこう。ププー♪
Apr 15, 2003
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巨人の番長といば男、清原選手。凄いオーラが出ている。出てきただけで拍手喝采。テーマソングは「とんぼ」ピーピーピー♪昨日のテレビで彼は「にんにく注射」なるものを打って、試合に出場していると言っていた。合法的なものであり、問題ないがこの前3本打ったらしい。これを打つと気分が高揚し、元気になってくるという。うースゴイね。でも高いだろうな。私ににんにく注射は必要ない。だって躁だもーん♪何もしなくてもパワーが溢れている。ぜんぜん自慢にならんな ププー♪番長清原選手がFAして巨人に入団した時「巨人軍に入るのが小さいころからの夢だった」と言うことを記者会見で言った。PL学園4番打者で甲子園でKKコンビで活躍したのに、巨人には桑田選手が行ってしまった。悔し泣きして「絶対巨人を日本シリーズで倒してやる」と強烈な願望を抱いた清原選手は西武で活躍し、日本シリーズで巨人と対戦した。9回の終了前の守備から泣いていた。あれは意地だろう。でも溢れる涙は止まらない。結局巨人を倒し、日本一となりその後、憧れの巨人に入団する。だが、これがそもそも間違いの原因らしいのだ。私が言っているんじゃないぞ、ある本に書いてあった。巨人に入るのが夢で野球を一生懸命やってきた人は、入った時点で目標を失って、スランプに陥るらしい。ではどうすればよかったかというと「野球道を極める」という目標にすればよかったとのこと。あくまでも巨人入団はそのための手段であると考えればよかった。まあこれが正しいかどうかは、私もわかりません。サッカーのカズ、日本のエースでした。ワールドカップに出るのが目標だったカズは予選で大活躍しました。でも1度目はドーハの悲劇でダメ。2度目は出場寸前に帰国させられましたね。なぜか?次の目標を見失ってスランプに陥ったからです。目標に到達する直前に頭を切り替えないと動きが鈍るそうです。ゴン中山はアルゼンチン戦の前、日本のTVカメラに向かって「アルゼンチンにタンゴを教えてやるぜ!」と言いました。相手にそのくらいの気持ちでぶつかり、公言しないとダメだったでしょう。結局負けてしまいましたが、もし胸を借りるぐらいの気持ちであれば、5対0ぐらいで負けても不思議ではなかったと思いますこれは脳の専門家の話です。(ゴン中山は除く)私は専門家ではありませんが、なんとなくわかります。私がアポロシアターとかアメリカでレコーディングするとか昨日本を出版するとかいろいろ書いてますこれを見て「できるわけないじゃん、バカじゃないの?」と思われる方もひよっとすればいらっしゃるかもしれません。できるか出来ないかは先の話なのでわかりませんが、せっかくするんだったらこのくらいの目標をたてておかないと出来ないと思うのです。これがもし「もう一度ライブハウスに出たい」という目標だったら、それが達成される前後にスランプに陥っていたと思います。3年前がまさにそうでした。「ライブハウスにもう一度出たい」という思いで急遽活動し始めた私は、スタジオ練習開始してから本番までボロボロでした。その前までは良かったのに、現実が近づいてくるととたんにスランプになってしまいました。私は音楽では「ソウル・ブルースの復興」本では「自分が病気だとわからずに苦しんでいる人を一人でも救うこと」という2つの基本理念を持っています。これは社会生活上の破壊行為に該当せず、良い事だと思っています。後は自分がそれをやることがふさわしいかどうかは、音楽であればとりあえずライブハウスのマスター、本だったら出版社の人や作家の人が判断するでしょう。歌う資格がないとか書く資格がないとかいう人もひょっとすればいらっしゃるかもしれませんが、まあ自分でやってから言ってくださいねって感じかな。ププー♪別に私は音楽と本で儲けたいとかはあまり考えてません。「だって金持ちケンカせず」ですからね。本当は宇宙の秘密銀行に莫大な預金があるのですよ。でもそれは今使えません。将来私が行く道が正しければそのお金は利息が付いて「もう使えません!」というぐらいになるでしょう。その時までしばしオアズケ。もう走りだしてますよ。昨日どうすれば出版できるのか教えてもらいましたから。もし私が失敗してもそういえば昔「言うだけ番長が言っていたな」と思い出していただけたらいいんですよ。誰かが後を引き継いでくれますよ。迷惑をかけたり、反社会行為じゃないんですから。夢ですよ夢、もうすぐまたうつになるんだから。ププー♪じゃまたねー
Apr 14, 2003
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前の会社のトップセールスの先輩に電話して、復活を連絡した。私が休んでいた間も仕事を紹介してくれたりとバックアップしてもらっている。いい人なのだ、本当は。だが、社内での人望はイマイチだった。というより嫌われていた。何事も中抜きをする人で、トップと自己談判する。もみ消してもらった事も多く、他の人なら怒られる事がなぜか何事もなかったように過ぎ去っていく。トップセールスで多大なる貢献をしているので、表立って文句を言う人は少ないが陰で言っている人は多かった。私は陰口を言うぐらいなら自分で本人に言ったほうがいいと考える「言うだけ番長」なのでよく議論になった。こちらから先輩に向かって議論を吹っかけたり文句をいったりはしない。向こうからいろいろいわれて冷静に対応するもののだんだん熱くなっていき途中から暴走しだすというパターン。議論になってケンカした人はほとんどが上司の人たち。結構自分以外の事でケンカした。後輩のことが多かった。私は普段は怒ったりしない。いつも愛想よく、頭を下げてあだ名が「コメツキバッタ君」と言われていた。しかしよく怒られたぞ。トップや上司、他部門の人、お客さん、業者さん、家では親に怒られていつも頭を下げていた。昔からそうなのだ。なにかと悪者にされて代表で怒られる。無実の罪とか。遠足に行ったらいつの間にか周りを7,8人の不良に囲まれたりとか、酔っ払いのその筋の下っ端の人たちからインネン吹っかけられたりとか。結局なにもしなくても目立つらしい。道を歩いていても良く声をかけられるが、私は人の顔をよく覚えているほうだが、わからない時もある。誤魔化すのも上手いが(笑)その先輩の同期の人が、うつ病になり長い間会社を休んでいるそうだ。名前は知っているものの、私は会ったことがない人。心配して、どのような対処をしたらいいのか教えてほしいと言われた。基本的にこの人はやさしい。だがこの人は過去に新人を潰してきた。願望熱意型は他人の心がわからないケースが多いのではないか?今までのこの人で、これがメーカーではなく代理店社員の人間だったらこの人はなんと言っただろうか?たぶんクビだろう。今は役職者になっている。権限はあるはずだ。ここぞとばかりに持論を展開した。当たり前だ、病気なら俺が先輩だ。「いいですか、まず絶対追い込むような事をしてはダメです。気力で治せとかイメージが大切とかもダメですよ。骨折している人にもっと走れと言うようなもんですからね。目に見えないけど病気ですから、でも普通に接してあげてくださいね。難しく考える必要はありませんよ」うー言うだけ番長!でも「よくわかった、ありがとう」と言っていた。実はこの人私が3回目の鬱になった時、過眠で起きれず仕事の連絡ができなかったのをえらく怒った人なのだ。結構強引なので夜10時頃電話してきて明日朝確認した上で朝10時までに必ず電話くれと言ってきた。一応起きるつもりでいたのに目覚めたら夕方6時。電話しなければいけないのだが、する気になれず、何回か向こうから電話があったが出れなくてやっと2日後に電話した。「なんでちゃんと連絡しこないんだ、俺が信用を失うじゃないか」「鬱に入って電話できませんでした、すみません」「そういうことだろうと思っていた、他の人に仕事を回せよ、じゃあよろしく」会社が休みの前日夜にいきなり電話かけてきて次の日の朝確認の連絡して電話するようなことが果たして私以外にできるなのかな(笑)と思ったが何も言わなかった。この人のスピードに周りはついていけないのだろう。私を含めて後2人ここ4年ほどの間でこの会社の人が病気になった。これは福岡だけの話なので全国でいけばもっと多いだろう。私が知らない人もいるかもしれないし。最初の鬱の時、私を苦しめたのは仕事と金だ。金は個人的な借金ではなく、会社の借金。仕事は出向先の仕事と間に入っていた会社からの理不尽な要求。仕事はこの以前いた会社からの依頼された仕事。いずれも私が最も信頼し、信用し、頼りにしていた所から踊らされ、最後通告を突きつけられて、それでも頑張ったができなかった。その責任を取る為に自殺を選んだが、死ななかった。まあ今となっては思い出で引きずってはいない。決別を付けるためにこれを書いている。最初の躁の時、この人たちに戦宣布告して接近戦で戦いを挑もうとした。復讐心で一杯だった。死の淵から復活した私に怖いものなどなかった。この時の写真は指名手配犯の写真のようだ。幸い何事もなく済んだが、一歩間違えたら事件になっていただろう。殴ったりしなくても、ネタはいっぱい持っているので、破滅に追い込むのは簡単だった。でもやる前に鬱になってしまい、動けなくなった。当時バンドを再開したのも良かった。他にエネルギーが分散できたから。怨念を怨念で返しても何もならない事がいまようやくわかった。そんなことをしたら、世界中がクソまみれになる。誰かが浄化させなければならない。昔のオーティスやサム・クックはカッコいいぞ。あの人たちはステージでカッコいい姿を見せた。余計な事は言わなかった。それが理想だ。あーいいなー♪追加・・・この前私のHPに来てくれた人の所に行ったら、うつ病で書いてあった日記の内容が4年前の私と似ていた人だった。方法は違うもののやろうとしている事はいっしょ。この人は危ないので、即入院してくださいとメールした。余計なことをしたと思っていたら、今日メールがありまだちゃんと治療していないのに入院はさせないとご主人にいわれたらしい。下手すると危ないぞ、即入院させろ。幻聴まで聞こえるらしいから危険だ。その人の掲示板にも一応書き込んだが、素人判断は死を招くからな。助けてくださいと書いてあるのに助けられない自分が悔しい。でもこの人も間違った診断を受けている、恐らくうつ病ではないと思う、私は医者じゃないし会った事もないが。誰かが病気の事を世間に言わないとわかってもらえないのだよ。今から精神科医になれないから、俺が本を書いてやる。それを出版して少しでも同病の人を助ける。今のソウのパワーならいくらでも書けるぞ。後は出版できるかどうかだ。今、強烈な願望を抱いたからな!宣言する、俺は本を出版する。
Apr 13, 2003
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昨日せっかくいい一日だったのにぶち壊したバカボンがいた。「人のふり見て我がふり直せ」という名言があるが、これは人生の達人が使う言葉ではないか?3年前ならブチ切れていたかもしれないが、私は「金持ちケンカせず」という誓いをたてたのでその理念を破る訳にはいかなかった。まず2週間ぶりに病院に行った。今の先生と合わない。それ以上の事は書かないが、この人もバカボンだ。ププー♪ 只でさえ興奮状態の私が今この先生にまたいろいろ言われたらどうなるか自分でわかるのでわざと時間をはずしている。入院中の担当主治医(女性研修医)にこの前相談に行ったのだ。かなり抑えて言ったものの私が言ったことに対して肯定的だった。いくら私が病気でもやっていいことと悪い事の区別はつくぞ。つかなくなったら入院する。人に迷惑をかけてはいけない。でもこの入院中の担当主治医は立場上あまり言えないことは私もわかっている。でもこの人の方が立派だぞ、人間的には。早く研修が終わって外に出てくれよ。いい医者の基準は何なのか?医者もサービス業ではないか?私は精神病だから医者に過大な期待はしていない。あくまでも薬がなおしてくれるのだ。いくらXX長だから偉いと言っても無神経な発言は慎めよ。でも文句は言いません。単に相性の問題でしょう。でも薬もあまり効かないもんねー ププー♪結構混んでいて順番が回ってくるまでに時間がかかった。精神科の待合室で待っている人たちは見ただけではわからない。中には本当に病気なのか?と思うような人もいる。子供を抱えた若いお母さん2人がいてこれが対照的だった。2人ともまだ1歳か2歳ぐらいの子供がいて、よく泣いていた。私はソワソワとイライラがあるので、待合室で泣かせるのは勘弁してほしかったが、他の人たちも一緒だろう。一見普通に見えても敏感な人が集まっているのだ。1人のお母さんは看護婦さんに子供を預けていた。でも本当のお母さんではないのでよく泣く。これは仕方がない、診察室には連れて入れないのかもしれない。もう一人のお母さんは子供が泣くのにもかかわらず、近くにいてあげずにしきりに順番待ちボードを気にして待合室まで一人で来る。離れたところで子供が泣く声は嫌でも聞こえる。なんとかしてくれよと思ったが、知らない人に文句は言えないので院外までタバコを吸いに行った。戻ってきてもまだ同じ状態。でも我慢した。この人も順番が気になるのだろう。ボードを離れた所に作ってあげればこういうこともないのにと思っていた。だがしかし、大いなる勘違いだったのだ。なんとこのお母さんは旦那を待っていただけだったのである。この旦那は見たところ若いが元ヤンか現役かわからんがそんな感じ。イスを2つ分ぐらい陣取り足を組んで、受付に「薬を貰いに来ただけなのにいつまで待たせるんだ」と文句を言っていた人だ。泣いている子供に向かって「いつまで泣いてるんだ貴様、くらすぞ(殴るぞ)」と言っていた。そういえばお母さんも子供に向かって罵倒と思うような言葉を言っていた。純粋な子供に向かってそんな言葉を冗談?でも使っていると本当にバカボンになるのではないのか?虐待やこの子に変な体験が怨念として残るような事が無い事を祈る。今度俺の目の前で同じことをしたらぶっとばすからな。ププー♪高校の同級生で一番仲が良かった男と再会した。この男は中学時代悪く、背も高く、考え方もしっかりしていた。入学式でクラス発表があり、同じクラスの人たちを見渡した時、こいつとは多分仲良くなれないだろうと思った。向こうも同じように考えていたかもしれない(笑)たまたま席が前と後ろになりそれから仲良くなった。私が通っていた幼稚園から中学まではいっしょの名前で、博多でも3本の指に入ると言われた名門学校なのだ。何が名門なのかはあまり言えない(爆)ので、詳しくは書けないが、まあ色々な子供がいた。その筋の人の子供や商売人の子供や虐待を受けていた子供・・・普通の中流家庭と呼ばれる人たちはあまりいなかったと思う。友達の家に遊びに行ったらお母さんの専用車が赤のジャガーだったりした人もいた。お手伝いさんがいたりとかいうのもあった。でも親がこうだからとかいう理由でいじめられたりとかはあまりなかったと思う。でもほとんどいなくなってしまった。どこにいったのかな?その男とその奥さんと私の3人で食事の後、ライブバーに行った。奥さんは歌が大好きらしい。ついでに私の歌も聴きたいと言っていた(笑)週末だからか結構お客さんは入っていた。私たちはテーブルに座った。横も3人組、その隣も3人組。男2人に女性1人の組み合わせ。これがまた対照的で(笑)みんな盛り上がっていたのだが、その後危なかった。横は恐らくサラリーマンのおじさんグループ。リーダーらしき人は人の曲に乱入し、歌っている人に文句を言い、自分が歌って「もりあがろーぜ、みんな!暗いなあ」と言っていた。まあここまでは良くあるパターンだ。だがこのおじさんはとんでもないことをしはじめた。その隣の連れの女性を強引に前に連れて行きいっしょに歌わせようとしたり、人の曲で踊るのはいいが、その女性の腰に手をまわしたりとやりたい放題。しまいにはその女性から「嫌です!」と言われていた。その女性が前に出て歌いはじめたとき、前に出ていっしょに歌おうとした所をマスターから止められた。おとなしく席についたと思ったら、靴と靴下を脱ぎズボンをヒザまで上げてまた乱入しようとした。思わずひっぱろうと思ったが抑えた。歌い終わった後もその女性にひっついてちょっかいを出し、嫌がっているのがわかるのにいっしょに来た人は止めようとしない。最後は手にキスまでしはじめた。うー我慢できんと思っていた時、同級生の男が「あいつを外に連れ出して殴ってくる」と言い出したので、どうしようかと思ったら女性達のグループは帰ると言って清算しはじめた。奥さんは歌ってなかったのでとりあえず、もう一度順番がまわってくるまで待っておこうと思い、女性の連れの若い男の人に「帰られたあとで、店を出て殴っておきますのでよろしく」と言い自分の名刺を渡した。実際は殴れないが、文句ぐらいは言ってもいい。俺が言わなくても隣の同級生は俺より怖いぞ。しかし同級生は気分が悪いので帰ると言い出したので清算してもらった。帰り道せっかくいい気分で飲んでいたのにあのバカボンがぶち壊したと言って文句を言いながら帰った。しかし、どうしようもないバカだぞ。あれはどう見たって、その筋のお父さんと女性、お父さんの本当の息子だよ。わからんのかなそれが、まわりもバカだ、止めろよ。店に迷惑をかけたくないから早く帰っただけだろう。そんなことしたら殺されるぞ。ププー♪無神経は嫌いだ!
Apr 12, 2003
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以前つとめていた会社の近くに住んでいたことがある1年もいなかったし、通勤は車だが楽だった。当時朝から夜まで、夜中かなあ、働いていた。私が入社当時、最初に付いた先輩は、入社1年目で全国新人セールス大会で1位になった優秀な人と言うより天才型だと思う。私より5つ上だが常に全国ランク入りするような人だった。メーカーからの出向者なのだが、とにかく凄かった。入社してすぐに言われた事は3つ①3年目までの先輩は先輩と思わず最初から抜くつもりでいけ②知識も経験も年齢もない人間が勝とうと思うなら、熱意と行動と長時間労働しかない③社会に出たら学歴は関係ない、1からのスタートだ。仕事が出来れば下手な遊びをするより絶対モテルようになるから仕事に集中しろ①うーん素晴らしいな。言う事は(笑)いや当時はわからなかった。元々素直な私は3年目までの先輩に礼はするものの、だんだんタメ口を使うようになったらさんざん周りから「生意気だ!」と怒られたが、気にしなかった。②この先輩はランチェスター戦略はたぶん知らなかったと思うが、自分で考えてやったのだろう。凄いなあ。地域戦略、時間戦略もやっていた。しかし普通の人間が入社と同時に成績トップ狙うやつどれだけいるのかなと思った。本当は私は狙ってたけど(もちろん宣言などしない)最後まで出来なかった。③これはモメたというより、言いあいになった。いっている事はわかるものの押し付けだった。メーカーからの出向の新人達と比較され、わざわざ私の大学名までだしてこう言った。「松下幸之助さんでも小学校しか出てないのに大卒のお前が学校を気にするな、メーカー出向者の有名大卒に負けるな」とムカッとして思わず言い返した「松下幸之助さんが小学校しか出てないからがんばれと言うのなら今のナショナル(メーカー)はなぜ小卒や中卒を取らないのか、おかしいではないか」ププー♪ 言うだけ番長健在、先輩に言うべき言葉じゃないね。この時の返答は時代が変ったとか言っていたが、勝ったと思った。その後も事あるごとにこの先輩とは議論になった。社内でも有名だったらしい。仕事もまだしっかりできない代理店社員なのにねーまあこの人は願望熱意型なのだ。カンが凄いし、勉強もしていたし、ちゃんと紙に将来のあるべき姿や目標も書いていた。何事も押し付けがましく、すぐに競わせる。言ってもないのに「あいつがお前の事をしょうもないと言っていたぞ」と言って闘争心をかきたてる。「なんで俺の言う通りにしないのか」と後輩みんなに言っていた。まあこの人の考えでやっていたことなのだ。でも育てたつもりが、部下がどんどん潰れていった。退職や転勤になって・・・1度この先輩に言った事がある「私は言われれば言われるほど燃え上がるタイプなのでいいですが、他の人は違うかもしれませんよ、下手すると潰れますよ」と実際、私より入社は1年先輩で同じ年のメーカーの人から相談を受けていた。あの人が怖いと。いろいろ話を聞いたらムカッとして言ったのだ。この先輩も実は悩んでいたらしい。よかれとやったのに部下の成果が出ない。営業成績は優秀でも人事上、特に部下への指導という意味ではあまり評価されていない面もあったのかもしれない。その他にもいろいろあったが、辞めると決めた時一番に相談しなかったらえらく怒られた。その後もちょくちょく連絡があり、私もいろいろな経験もして3年前にこの先輩の上棟祭(新築の家の棟上のお祝いの席)に呼ばれた。結婚してすぐに家を計画して建てたのだ。最初の躁状態まっさかりの時で、物凄く元気だった。「今、本やテープでランチェスター戦略というものを勉強しているんです。私が新入社員の時にあれだけ言われた事が正しかったと今になって実感できました。ところでこの戦略、知っていたんですか?」「そんなのは知らんよ、自分が最も効率がいいと思った事をやっていただけだ、別に誰かに教えてもらった訳ではない、まあ飲めよ!」この人は間違いなく天才型の人だろう。入社1年目でこういう人に付いてもらってタダで教えてもらった私は幸せだ。部下は上司を選べないが、反対もありうる。結局4年ちょっとしかいなかったが、今となってはいい修行をさせてもらった。たまに連絡は今でもある。病気のことも知っているので元気になった事をしらせないといけない。昨日私の出向先に3年ぶりに挨拶に行った。私がいた部署は上が変ったものの女性はそのまま。1人結婚退職したのは私も聞いていた。「ぜんぜん顔も見せなかったじゃないですかー」いろいろな人から言われたものの病気とは言えないので「こんな顔でも良かったらいつでも呼んでくださいよ」と言った。ここの女性陣は本当に仕事熱心な人が多い。でも待遇はあまり良くないとも聞いたが、今も残っているという事はやりがいがあるのだろうな。最もお世話になった人にも挨拶した。久しぶりと言われたもののこの人は恐らく病気の事も知っているので「4回入院して仕事もロクにしていなかったが、やっと動けるようになりました」といったらあまりその話題に触れず、昔話もした。当時の現場責任者とのトラブルでうつ病になった人にも5年ぶりに会った。もう完全に良くなっているみたいだ。出世もしていた。もちろん病気の話はしない。ずっと気になっていたのに実行できなかった事を今やっている。無理は禁物だ。ゆっくりやっていこう。まずは挨拶からだ。少しづつ顔を見せていこう。たのみますよ、もう少しこのままの調子が続いてくれよ・・・
Apr 11, 2003
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押さえているつもりなのになってない。いかんいかん。余計な事までしてしまう。この日記を書くことで、日々の状態をチェックしている。もう習慣になっているかもしれない。書くのはできるだけ朝というか起きてまもなくにしている。昼過ぎから上がり始め夜に爆発するパターンが多い。客観的に自分を一番見れるのが起きてすぐ。実はこの毎日の日記、書くのにそんなに時間はかかっていないが、最高30回ぐらい書き変えている。1回書いてそのままということは最近はない。一応注意して書こうとしているもののついつい感情のまま書いてしまうと後で読んで「こりゃいかん」と思う事もしばしば。いくら自分のHPとはいえ、自分の勝手な思いのみをぶちまけるような自己満足サイトにしたくないと思っているが、そのバランスは難しい。あんまり考えすぎると何もかけなくなってしまう。もう後悔はしたくない。反省はする。只でさえ鬱の時には病状により勝手に後悔するようになる。人にきらわれたくないという気持ちもあるが、それ以上に自分がしたことで相手を悲しませた場合に後で勝手に自己嫌悪に陥る自分がイヤなのだ。これは過去の体験のトラウマだろうか?でもこれも勝手な思い込みにすぎないかもしれない。まあ、このように書いて自分を客観的に見ないと勝手に登りあがる状態なのだ。病状以外に性格のタイプもある。「弱者は調子にのるな」とある経営コンサルタントの本に書いてあった。この人の本やテープはいくつか持っており、本人にも何回か会ったがこの人の考え方は私に無い物があるので非常に参考になる。この人は理論で考えるので、どうしても感情優先になってしまう自分は考え方に惹かれる。ただ、この先生になりたいかと言われればそうは思わないのだ。稼いだ金で車も買わず、飲みにもいかず、カッコもつけないのは楽しくないと思ってしまう。これは恐らくこのコンサルタントの先生のスタイルなのだ。私には私のスタイルがある。それをねじまげてまでは生きていけない。楽しくない。そこまでこのコンサルタントの先生のことは知らないので事実とは違うかもしれないし、批判でもない。講演会で本人に聴いただけ。100%コピーは無理なのでいい所だけ参考にするし、私が見た範囲内ではこの先生は人格者だと思う。まだ私は若いのだ。現在進行形。今から経験と勉強を積んでいけば先生のレベルに達する事が出来るかもしれない。まだ道半ば、「魂こがして」今日も行く♪追加・・・昨日仕事途中で、愛すべき兄貴の所に行ったが、いなかった。実兄ではない。勝手に呼んでいるだけだ。奥様とお話しした。会うのは2年ぶりだろう。兄貴は最近、電話で2回話した。俺の冬眠からの復帰を心から喜んでくれた。出会いは強烈だったが、印象深かった。今までに5回?ぐらいしか会っていないかもしれんな。俺も後に続きますよ。よろしくお願いしますよ。また顔見せますから、体に気をつけて下さい。変なケンカもしないでねー心配なんですよ、自分を見ているようで(笑)その時は「言うだけ番長」炸裂させるぞ!待ってろよー兄貴♪
Apr 10, 2003
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先日、知り合いの不動産業者さんと話をした。バブル期は羽振りが良かったが、最近古くからやっている業者さんが倒産するケースが多いらしい。金ロレックス・ベンツ・夜の街が3点セットだった人たちは、多くが行方不明になったそうだ。盛者必衰だな。もちろんずっと堅実にやっている人の方が多いらしいが。最近、家賃が払えなくなったり、夜逃げが増えているらしい。だが最近多いのが、ビルのオーナーが破産するケースが出てきているとのこと。昔から大家と呼ばれ、金持ちの代表だったのが、無理して借金して建てたビルが不況から家賃が値下がりして収支が合わなくなり、競売になる。競売になると建物の所有者が変わり、新しいオーナーになるが、敷金は引き継がないそうだ。店舗等は結構内装費用等にお金がかかる。出て行けといわれた場合、内装費用も納めた敷金も帰ってこない。それが不動産業者の責任にされる場合があるとのこと。怖いなーこれは。手数料は1ヶ月分しか貰えないのに、問題が起こったらその何倍もの責任が発生する。その人は結構勉強熱心なのだが、常に法改正などを勉強していなければ、怖くて仕事ができないと言っていた。今までの常識が通用しなくなって来ている。私は病気で新規の生命保険に入れないから、もし家を買うとしたら現金で買うしかない。もうこのレンタルの時代に無理して借金して遠い所に何時間もかけて通勤するようなことは出来ればしたくない。でも田舎暮らしは憧れる。自分で畑を作ったり、魚を釣ったり。精神科の療法の中に「音楽療法」「園芸療法」「運動療法」というものがある。入院中に週1回カラオケをうたう時間があった。みんな楽しみにしている人が多く、娯楽が少なく退屈しがちな入院生活の中で、数少ない楽しみだった。その頃は音楽もぜんぜん聴いていなかった。聴く気にならないのだ。パソコンは出来た。漫画・時計の本は読めるものの、それ以外はダメ。朝早く起きて太陽の光を浴び、土いじりをして、疲れて早く寝る。人間本来の生活だろう。このケースを実行して本当に病気が治ってしまった人を何人か知っている。実は去年、田舎に移住しようと計画したのだ。薬をずっと飲んでも、入院してもあまり良くならなかった。福岡で有名な女性占い師さんに相談に行ったら、何も言わないのになんと病気のことをズバリと当てられて、6、7月ぐらいがいいから行きなさいと言われた。でも7月から入院したので、結局行かなかった。しかしあの占い師さんは怖かった。相談時間は3分位しか無かったと思う。なんせ鬱の時は人と話せないのだ。言葉が出てこない。あの目つきは普通ではないぞ、本物かな?そういう状況からやっとここまで回復した。今の状態まで戻った事に、感謝したい。だんだん日記が長くなって来ているが、これはそう状態だからだ。私の頭の中では次から次に言葉やイメージ、アイデアが噴出してくる。恐らく今は単行本1冊ぐらいの量はあっという間にかけると思う。全く売れないだろうが(笑)それでいいのだー♪今この時期にどういう考えをしていたかを客観的に残しておきたい。今まではそれを残していなかった。また冬眠に入ったら、書けなくなると思う。その際はこのHPを見て楽しむのだ。恥ずかしくて消してしまうかもしれないが。これでいいのだー♪私は「言うだけ番長」だ。しかし最近「言い訳番長」になっているような気が(爆)
Apr 9, 2003
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せっかく書いたのに日記が消えた。なぜだー今日はおとなしくしている。昨日以前の出向先の人と飲みにいって盛り上がった。テンションが高かった。嬉しかったのだ。久しぶりで。最近不安定だが毎日が楽しいぞー春ですね、春。日曜日は花見にも行ったしねー冬眠から覚めたもんね。色々な旧友に会っている。みんな心配してくれていたんだ。ありがとう。病気も冬眠も無駄ではなかった事を実感している。まあこれは今の時期だからこう思うのかもしれないがね。さっきドラマで井川遥ちゃんが出ていた。私はこの前痴漢に間違われた「卑しい系」だが遥ちゃんは「癒し系」熱心なファンではないし、写真集やビデオも持っていない。はるか昔の不遇時代に、周りがすべて敵だらけで、一人ぼっちではなかと怯えていた時にやさしく接してくれた人になんとなく似ているのだ。今どこにいるのかも、写真もないのではっきりしたことはわからんが、唇ぐらいは似てたかも(笑)TVドラマデビューの時に、私はもちろん見た。いきなり月9でなんとキムタクの相手役、準主役だ。私は出てくるたびにドキドキした。演技が初々しい。「あーキスするなよー だまされてるぞー ライフルで撃つなよー 飛び降りるなよー」まだ冬眠中でこのドラマが唯一の楽しみだったが、はっきり言ってバカ以外の何者でもない。掲示板では彼女の演技や生立ちについていろいろ書かれていた。本当かどうかはわからないが、ヒドイ内容のものが多かった。いきなり大役をやらせた事務所が悪いと思う。集中砲火だった。一人が言えばみんなで責める。ある意味イジメではないのか。恐らく彼女も傷ついただろう。純粋な人のような気がする。潰すなよ!間違っても。批判するのは自由だが。私の尊敬する福岡を代表する会社の社長(故人)は「コケた人を笑うな」といつも言っていた。ジミ・ヘンドリックスは見に行ったライブは出来るだけ最後まで見て、音が最悪でもギターの落とし方がカッコよければそれをまねた。今日のドラマの演技は進化していたと思う。上手い下手より感じるかどうかが重要なのだ。少なくとも月9の時よりぜんぜん良かったよ。頑張ってね。「お部屋の中はピッカピカ♪」エアコンはこれを買うことにする。金がないし買う予定もないが(笑)知り合いが迷っていたら勧める。一人飲む酒淋しくて映るグラスはブルースの色たとえばブルースなんて聞きたい夜はホンキートンクブルースあなた恋しいたそがれのホンキートンクブルース
Apr 8, 2003
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私の最も尊敬する人物の一人である松下幸之助先生の名言。この人の本は結構持っていて、大学時代にパナショップで家電を購入したと思われる見たことも無い先輩宛に毎月届いていたPHPを勝手に読んでいた。これは盗んでいたわけではなく、安アパートだったので、ポストというものが存在せずに誰も読まないで捨てられる運命にあったものをありがたく頂いたのだ。結局その電気店で買い物はした事がないが、私は松下幸之助の元で働きたいと思った。しかし偏差値38のバカの私にはとてもじゃないが、松下電器に入れる訳が無くどうしようもない。大学に行ったのも、そもそも何か明確な目的があった訳ではなく、周りがみんな進学すると言っていたのと、まだ仕事がしたくなかったと言うのが本音なのである。大阪の大学に行ったのも、本当は地元私立大学に行きたい所があったのだが、浪人しても受からなかった。結構現役の時に受けた試験で奇跡的に手応え感があり、ひよっとしたら受かってしまうのではないかと思っていたら落ちた。後で先生にあと1,2点で受かっていた事を聞かされた私は浪人した。もともと怠け者の私に浪人と言う物は合わず、見事玉砕した。滑り止めも受けておらず、2浪しようと思っていたが、父から「それだけは絶対許さん、お前のような根性の無い奴は大阪に行って、大阪商人の根性を見習ってこいと新聞に出ていたある学校の2次募集試験の切抜きを見せられ、福岡であった試験に向かったのである。私はその学校を知らなかった。福岡の学校しか興味がなかったから。試験は簡単で、ある科目などは100点ではないかと思ったぐらいだった。見事合格したら父は喜んだ。私も大阪に行けば好きなブルースができて好きなマンガの「じゃりんこチエ」ちゃんの世界に行けて、何かアルバイトをして自分で金を稼ぎたかったと勝手に思っていたが、現実はそうではなかったのである。母は大阪出身で、親戚も多い。幼少の時から何回か行っていたので、東京だったら行かなかっただろう。入学式を兼ねて大阪に母と二人で行って、家探しをする時に現実に直面した。母の知り合いがその大学の近くに住んでいたので、挨拶方々お邪魔したら「九州の田舎からわざわざバカ学校に来てごくろうさん」というような事を言われたのである。これはショックだった。あわてて帰って予備校の偏差値表を見たら下から数えて5本の指に入っていた。(もうちょっと上だったかも)一瞬父に殺意を覚えた(ウソ)なんとその大学は地元の人間が敬遠する素晴らしい学校だったのだ。この学校の事で私は何度か屈辱的な言葉を言われて、我慢したが1度だけ陰で泣いた事がある。当時住んでいた学生専用アパートは別の大学の人が多かった。みんなイイ人で、訳へだてなく接してくれた。忘年会か何かをやった時、近所の行きつけの店でやったのだが、そこのおばちゃんが、大学の話をし始めて私の大学のことを「名前さえ書けば入れる」と言ったのだ。もちろん知ってて、言ったことではないのでその人に罪は無いが、当時の先輩があわててストップをかけてくれたら、言い訳をしはじめて「そんなこと私に言われても知らんもん、みんないっしょの大学と思ってたんだから」とのこと私はあきれてしまった。しょせんその程度なのだ。でもそんな言い方はしなくてもいいのではないかと思ったら強烈に腹が立ってきたのでトイレに行った。なんでわざわざ大阪まで来たのに大学だけで判断されてこんなことまで言われないといけないのか、話を途中で止めてくれた先輩の行動が嬉しくてありがたいと思っていたら、涙が出てきた。本当は先輩たちも気を使って接してくれていたのだろうと今は思うが、その時はそこまで考えてなかった。その時に私は強烈な願望を心に抱いたのである。というのは全くのウソ。幸之助さんは小学校しか出ていないのに、あの松下電器をつくり、晩年はPHPを作って自らの考えを広めようとした。何回も読んでいるが読むたびに自分の底の浅さに気付くのである。ちなみに私は松下系列の代理店会社に入社したのだ。私は頭は悪いが、就職活動時4社受けた中で2社合格した。最後まで、どちらに行こうか迷ったのは大阪本社の1部上場会社で、当時買った就職先ランキングでA判定のところだった。ちなみにこの会社は私の大学のOBが一人もいなかった。なぜか受かってしまったのである。4回試験を受けて。どちらに行くか本当に迷ったが、最後はアミダくじで決めた。これは本当の話。だってわかんないんだもん。どっちがいいかなんて。別にどこでも良かった、本当は。ただ、この話は強烈なオチがある。なんとこの1部上場会社はその後倒産してしまったのだ。あの時のアミダくじは私に味方してくれた。だがそれに気付くのはまだ先の話で、代理店会社の現実を見ることになるのであった。
Apr 7, 2003
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最近、いろいろな事に敏感だ。もちろん勘違い・間違いも多いが。デパートの1F化粧品売り場を通ると化粧品の匂いで、気持ちが悪くなる。誰もいないエレベータに残っている香水の香に気になる。会社の社長宛てにかかってきた、売り込みであろう電話相手の対応中になんとなく伝わってくる嫌なイメージで気分が悪くなる。資金回収に行った相手が、夜逃げしていて、確認の為入った部屋で気分が悪くなる。全部気のせいだろうと思う。別にテレパシーや電波が聞こえるとかいうものではない。霊感なんてない。なんとなくだ。勝手に迷惑をかけたと勘違いして、謝ると「全く気にしていないよ」と言われる事もある。なんとなく迷惑をかけてしまったのではないかと思うのだ。「謝るぐらいならしなければいいのに」といつも思うが、やってしまう。でもこれも気にしすぎだろう。みんなやっていることだ。中には決して謝らない人もいる。芸能人の自殺が続いている。なんらかの原因があったのだろう。病気かもしれない。以前死にかけた私から一つだけ言うとすれば「後追い」などと言う事が無いことを祈るだけ。自死してまで責任を取る必要がある事など、そもそも存在するのか?でも亡くなった方を責めてはいけないと思う。家族は大変だろうが。昔ある本で読んだのだが、愛人を囲っていた社長の契約していた賃貸マンションで、別れ話になり悲観したその愛人はマンションから飛び降りたらしい。部屋で死ななかったので、安心したのかどうかまではわからないがその後、その事故によりマンションの資産価値が下がったという事でオーナーが社長相手に裁判を起こしたらしい。結果はオーナーが勝った。いくらかわからないが、損害賠償が認められたそうだ。簡単に自死はできないのだ。物凄いパワーも必要だ。みんな悲しむのだ。いいことはないよ。私も何人かの知りあいが自死した。そのうち1人は私と一緒に住んでいた、父の恩人の奥さん。生まれた時から可愛がられて、私はおばあちゃんと呼んでいた。長期間うつ病で、入院していたが問題を起こして帰ってきていた。わがままであるが、頭が良い。お嬢様だったそうだ。当時出向中だった私はとにかくいそがしく、あまりかまってあげられなかったが、普段笑わないそのおばあちゃんは私の顔を見ると、笑顔を見せた。何度か未遂行為をして警察に保護されたのを迎えに行った事もある。亡くなる一月程前に、ベットで苦しんでいるのをみつけた私は、声をかけた。突然私の手を握り、私の名前を何度も呼んだ。私は引いた。怖かったのだ。うつ病のことがぜんぜんわかっていなかった。恐らく家族全員が。その後、母の誕生日会の為家族全員集まって準備中に私宛に電話が入った。電話している最中、私の横を逃げるように通りすぎて外に出て行った。気になったが、途中で切れなかった。相手は出向先の人。私は休みだったのだが、わざわざかけてきた。わざわざ電話してくるような内容ではなかったと思う。終わったあとすぐに、探したがもういなかった。他の家族も出て行くのに気づいていた人もいたのだ。文句を言ったが、いつものことじゃないのと言われた。なぜか非常に悪い予感がした。落ち着かなかった。以前保護された場所がどうしても気になって、父と行ってみた。車で30分ぐらいの場所だ。もちろんそこかどうかはわからない。なんとなくそう思っただけ。予感は的中した。あと10分早く行けていたら間に合ったかもしれない。第一発見者は私。すぐに警察・消防に連絡したが、遅かった。なぜ場所がわかったのかということで、だいぶん警察から言われたらしいが、以前保護された時に迎えに行った私のことを覚えていてくれた警察官の人がいたので助かった。最悪の誕生日会。帰って寿司を食べたのは夜中2時過ぎ。なぜあの時に電話を切ってでも止められなかったのか、後悔した。遺書に私の家族宛てに感謝するとのことが、書いてあった。ポケットの中には私の名前と連絡先もかいてあった。葬儀の時、そのおばあちゃんの親戚の人たちも来た。子供はいなかったが、本来なら父が面倒を見る必要はないのだ。血縁関係はないのだから。親戚の人たちから、昔から私を可愛がっていたということを聞かされた。自分でも本当のおばあちゃんと思っていた。あの時行動してさえすれば、止められたかもしれないのにという思いは消えなかった。2月に亡くなり8月の盆頃から、私は急に不安定になりやせはじめた。仕事ができないし夜寝られない。寝汗が凄いし、次々と仕事での問題が噴出してきた。バチがあたったのではないかと思った。頭の中で「死ね死ね」という声が聞こえる。お寺に行ったのもこの頃。実はこのお寺は、おばあちゃんが生前好きだったところ。初めて行った時に、あることを当てられて驚いたおばあちゃんは、ここにつれていってくれと父に良く頼んでいた。あと少しで私も死ぬ所だった。寸前だ。鬱が連鎖したかのように突然私が鬱になり入院した。バチあたるとか霊がどうのこうのとか言うのはよくわからない。そういうことは本当にあるかもしれんがないかもしれない。今、生きている私が出来るのは、自分の体験と病気の症状を少しでも伝える事。私が病気だから気にかけてくれというのではなく、周りがそうなった時があれば、気をつけて上げてほしいと思う。このHPを作った時、メンタルの事は載せなかった。荒らされる可能性があるということを聞いていたからだ。だんだん回復してきて、これは伝えないといけないのではないかと考えるようになった。もちろん私のHPに来る人の数なんて知れているし、見た人すべてが覚えている訳ではない。ただ、私以外の第三者がそういう状態に陥った時、対応を知っているのと知らないのでは大きな違いがある。今はインターネットで情報は手には入るので、他のサイトを見れば、私より詳しい人がいっぱいいるのだ。どうか参考にして、対応してあげてほしい。昨日のテレビで日本のうつ病人口は600万人いると言っていた。治療を受けているのは40万人とのこと。数字が正しいかどうかはわからないが、それだけ多いのだ。誰でもなる可能性があるということ。うつ病になった人の事を、馬鹿にした人が後にうつ病になった例を私でも5例知っている。これは連鎖ではない。ありふれた誰でもなる可能性がある病気なのだ。躁鬱病はうつ病と比べて数が少ない。季節性感情障害はもっと少ない。誰かが広めていかなければ、なかなか伝わらないのだ。今はインターネットが普及して情報はタダで手に入る。すべてが本当の事とは限らないが、それは新聞でもテレビでもいっしょだ。正義を主張して力を得た人は、行き過ぎるととんでもない破壊行動をする事もある。私は言うだけ番長でちょうど良いのだ。憎しみが憎しみを生むような事をしてはいけない。どこかで断ち切らなければならない。それが開放される時、いいものが出来るような気がしている。その前に仕事しないと・・・・クビにしないでねー社長♪
Apr 6, 2003
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ここ何日間かの行動と言動は半端ではなかった。一ヶ月ぐらい前から、どんどん加速して行った。何ともいえない不安を隠すような強気なもの。押さえようとすればするほど強くなっていく。結局自分の弱さを隠すために、返す言葉と態度がどんどん強くなっていったのだろう。もちろん日頃はそんなことは考えていない。そこに2年ぶりのハイテンションが加わった。ここ1年半近くの間、仕事もまともに出来ずに冬眠していた。目が覚めて、3年前を思い出し、目標を掲げ、出来もしない事をやろうとして目標を定め、ガンガン行くものの集中できずに、中途半端で終わり、結果的に周りを振り回して迷惑をかけてしまうという全くいっしょのことだ。自分以外のことで余計なものまで担いでしまい、自分で自分を意識せずに結果的に追い込み、それを原動力として突き進み最後に支えきれなくなって自爆してしまう。発言した以上は必ずやり遂げるという自分勝手な意気込みで責任感の塊のような自分。わかっていながらやめられない、気持ちの高ぶり。昨日演奏前にトイレの鏡で自分の顔を見た。顔が違う、今までと。目つきと顔つきは真剣。出番前に落ち着かず、バタバタと動き回る自分を見たお客さんが「あの人はその筋の方ですか?」と言ったらしい。恐らくこの前私が書いたマネーの虎の「武道館デビュー男」といっしょ。やっている音楽が、ロックかブルースの違いだけ。3年前に宣言した「ここで、100人お客さんを入れる」と言った私と、テレビで「デビューを武道館でやりたいから1880万出してくれ」と言ったあの男はある意味いっしょだ。あの真剣な目つきも似ていたのではないか。私は自分の内面に向き、あの男は外側。インターネットでこのHPで書いている私とテレビに出た男。あの武道館男は病気ではないと思う。意識が外側に向かってチンピラになりテレビに出てしまった。本当にケンカも強いだろうから、その点はいいだろうが、下手すると社会的に抹殺される。矢沢永吉の「成あがり」を読んでロックをはじめた普通の人が、まったく同じ事をしたら、下手すると殺される。あんなに強気で最後までいけるなんて普通出来ない。願望熱意型は本当に一握りだけ。まさに読んでいる分には面白いが、実際は簡単に出来ない話の連続。勘違いすると痛い目にあうかもしれない。私は病気で一時的に願望熱意型になるだけだ。しかしある程度までは不思議と上手くいくのである。まあいろいろ書いたが、ステージは盛り上がった。私の意気込みに共感してくれた訳ではないと思うが、出演者の人たちも気合が入っていた。私は一人も呼んでないが、何故かお客さんも多く、ハプニングの連続。恐らく私は3年前よりステージ上では進化していただろう。それが確認できただけでも良かったのだ。2曲しかしなかったが、ステージに上げてくれたマスター、意気込みだけの私に協力してくれたバックの人たち、何故か異様に盛り上がってくれたお客さん。どうもありがとう。同級生ブルースギタリストは「まだまだだが、とりあえず10曲覚えろ、覚えても半分しかやれんだろうから、その時はいつでも弾いてやると言った」もちろん「そのうちお前が後ろで弾かせてくださいと言われるようになるからよろしく」と言ったが。まさしく「言うだけ番長」だがしばらくの間はたぶんできないだろう。仕事をきちんとしないといけないのだ。1年半冬眠していたツケは確実にある。幸い個人的な借金などはないが、過去の貯蓄はだいぶ減ってしまった。時計コレクションも半分以上放出決定だ。本当は、音楽活動以前に仕事をしなければならない。そして何人かの人に謝りにいかなければならないのだ。では行ってきます。
Apr 5, 2003
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ソワソワと不安感が同居している。毎朝起きるたびに自己反省する。そうして少しでも客観的に見ていかないと大変だ。でもだいたい落ちこむ。余計なことを言っている。ソワソワは過度の自信を伴う。落ち着かない。不安感を持たないと現実的にならないし、危ない。この微妙なバランス。まさに不安定。3年前、まさにブレーキの壊れたダンプカー状態だった。自覚無しで走りまくった。ほとんど中途半端な状態で終わり、迷惑もかけた。その後鬱になり、ひょっとしたら助かったのかもしれない。あのまま行っていたら、果たしてどうなっていいたか。躁状態はハードルを軽く感じさせる。今まで冬眠していた分、余計に開放感に溢れ、自信があり、気分爽快。だが本当はいいことばかりではない。体はつかれている、間違いなく。でも気持ちでカバーできるのだ、ツケは後でどっと来るが。昨日は一日中ソワソワしていた。落ち着かない。一番の原因は今日歌う事。プレッシャーがすごかった。経験不足、ちゃんと歌えるかどうかの恐怖心、それに反発するような自信。今回はセッション形式のため、自分のバンドではない。周りはベテランばかり。持てるものすべて出し切れるかどうかが、重要なポイント。というか最初から不利。でも出るからには「あっ」と思わせたいと思っている私。6時前にライブハウスに行った。今日とほとんど同じメンバーらしい。どちらに出るかと聞かれたが、一日でも遅い方がいいと思い今日にした。リハーサルから見ておかないと、いきなり本番は無理。躁状態は細かい作業ができない。すでに仕事に支障が出ている。歌詞もなかなか覚えられない。元々理論がほとんどわからないのだ。感覚は自信がある。でも本来ブルースは感覚(フィーリング)の音楽だ。おそらくそれは持っている、ブルースフィーリング。何かと余計なモノまで抱え込み、死にかけて冬眠から覚めた私にわからないはずはない。うまれた時から米兵の子と言われ、イジめられた私にわからないはずがない。それを証明したいのだ、ステージで。昨日はハウスバンドの演奏の後、マスターが登場した。元博多のナンバーワンブルースバンドのボーカリスト。せっかくなのでラストの曲、マディ・ウォーターズのモジョ・ウォーキングでコーラスだけ参加させて欲しいとお願いした。その曲になり、呼ばれてステージに立ったらいきなりマスターは引っ込んでしまった。はめられた、だがどうしようもない。この前言われた「声が小さい」を振り払うかのごとく声を張り上げた。この時点でかなり酔っ払っていたし、思ったようには歌えなかったが、歌詞もなんとか覚えていたようだ。なんとかやればできるもんだ。少なくともこの前よりは堂々と歌った。他のセッションメンバーからは何も言われなかったが、マスターは「間違いなく俺の後継者」と言われた。しかし気持ちが高ぶっていた私は、とんでもない言葉を返した。「申し訳ないが、いずれ私は抜きますよ」まさに余計な一言、偉大な先輩に言うべきことではない。その後、朝5時までいっしょに飲んだ。マスターは途中で寝ていた。後は今のナンバーワンブルースバンドの同級生ギタリストとベースマン。何回頭をたたかれたか覚えていないが、相当なはず。まずいなー本当に。今日ちゃんとできるかな・・・
Apr 4, 2003
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菅原文太兄貴の映画の題名。只今危険な言うだけ番長、危ないよー昨日ある人の事を日記に書いたらアクセス数が100を越えた。多分今までで最高記録、本当に嬉しい事だ。来てくれたみなさんありがとうございます。言っておくが、私は「言うだけ番長」だ。自己矛盾しているのは自分でもわかった上で書いている。だからアゲアシとるようなことは頼むからやめてくれよ。今の所そういった動きは全くないが、よろしく。今はハイテンションだが、そのうちまた冬眠に入る。お前はさんざん自分のHPで勝手な持論を述べやがって、「責任を取れよ」とか言うなよ。俺はそれで責任をとったら、不思議な事が起こるかも。実際この日記にも念をかけてあるから、悪意があり、変な考えを持った人がこれを読むと5分後に突然無言電話がかかり1週間以内に不思議なことが起こったりして。そうなりたくなかったらこの日記を誰かに見せたほうがいいかも、そうしないと・・・あるわけねーだろそんなこと、ププーーーーーー♪映画の見すぎだよ(爆)言うだけ番長なめるなよ!お願いしますよ(笑)もし迷惑をかけたのならすぐに謝りますので、勘弁してねいかんいかん昨日4日に出るライブハウスに行ってしまった行くつもりはなかったが、ソワソワが止まらなかった。最近、物忘れもヒドイ。これは躁の症状。歌詞が覚えられないのだよ。ステージに立ったら何も出てこない恐れがある。頼むよー店に行ったら何故か、スライドギタリストが寝ていた。そいつの彼女と話した。いい女だぞ。俺が好きな井川遥ちゃんといい勝負かもやはりいい男にはいい女がつくのだよ。そいつの彼女じゃなかったら口説いているかも(爆)なんで俺には彼女がいないのだ(笑)もてない君はつらい変なことしたらただでさえ少ない女性ファン?が減ってしまうなぜかニューヨークよりそのライブハウスにお客さんあり福岡出身で私より4歳上向こうで13年とか言ってたような気がするが覚えていない。二日酔いだ!話し掛けられたので、持論をぶちまけたら、握手を求められた「お前の考え方は間違いじゃない、どんどん行け!」と言われたアポロシアターに将来出たいと言ったら、ブッキングしてもいいよと言われたが、何者だ?とりあえず住所と電話番号はゲットしたので、期待しておこう言っておくが男だからな、俺は女しか興味ないぞこういうことを書くとまた女性ファン?が減る頼むから、連絡したら「お前だれだ」といわないでね。4日に来てくれるらしいぞ。うーどうしようか死ぬ気でいくぞダイナマイトどんどん!追加・・・昨日ソワソワで会社を早退した。今カガミを見たら顔が真っ赤だ。会社に行けない。このままでは、間違いなくクビになる。反省しなければ。頭を丸めます。と言う事自体が間違いで、俺が辞めたら会社が潰れるかもしれない(笑)のでもうすぐ出勤しまーす。
Apr 3, 2003
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とある人のHPにこう書かれてあった。本を出したいと思って(他にもあるのかもしれんが)会社を辞めて今プー太郎で本を作成中とのこと。出版社の社長が来るセミナーが開かれたので、無職なのに高い交通費を出して遠方まではるばる行ったらしい。そのことを批判的に書かれた文章があり「お前程度の文章で本が出せるのであれば40過ぎの俺が1から楽器を始めてデビューしてやる」と書かれたらしい。この前、マネーの虎に出た「武道館デビュー男」を批判した人たちもなんかこのケースと同じような気がする。「武道館デビュー男」の場合は、公共の電波上で出演し、自作の歌を披露して、条件付きながら1880万獲得した。私は音楽が好きで自分で今後バンドに再挑戦しようと思っている人間だから、出てきて話を聞いてる段階でこれはだめだと思った。なんでわざわざ後輩のためとかウソ(本当か?)つく必要があるのだ?なんで今時武道館なんだ?東京ドームかNHKホール(紅白の会場)でやればいいのに。成金に金だしてもらって自己満足して武道館デビューしたってしょうがないではないか。くだらんTV出る暇があったら練習して「のど自慢」か「アポロシアターアマチュアナイト」に出ろよ。ただで出れるぞ、結果はわからんが。あの番組に出た時点でこれからずっと「武道館デビュー男」という名前は付いてまわるので、もし武道館デビューできても「成りあがり」ならぬ「成り下がり」だ。今時金さえ出せばレコードなんて簡単に作れるし、録音技術の向上やコンピューターである程度のものは自宅録音で出来る。天才、矢沢永吉でさえ、テープ持っていって断られ、バンド作って出してもらえずというルートを通ったのにそれも充分せずにTVで一発逆転狙うなよ。日本人が好きなお涙頂戴で、ウソまで付きやがって。事業に成功した演歌好きの社長が自分のレコードをスタジオミュージシャンに頼み、作って配りまくると言う事はある。これは「上がり成り」だろう。あまりカッコいいとは思わんが自分が稼いだ金で何しようと自由だ。人様から集めた会社の金を使ってレコードを作り、破産してしまう人がいるがこれはイカン。たぶんロクな死に方はしないだろう。冒頭の作家志望の方の作品を見たことがないし私は文才がないのは自分でもわかっているので、見てもわからないかもしれないが、行動力を見習いたい。この人は自分の文章に自信があるのだろう。批判するのは簡単だが同じ事ができるのか?自分が自信があることで行動し、挑戦する、それでいいと思う。武道館デビュー男にしても見習うべき所はあるぞ、あの行動力、ハッタリ、自信作家志望の方を批判したあなた。批判する暇があったら楽器を買いに行って練習したらどうですか?ボーカルはいいですよ。特段練習しなくていいし。誰でもできるんだから。小学生でも。「ウサギとカメ」や「アリとキリギリス」を読んだ人は多い。だが多くの人はウサギにもカメにもなれない。自分は何もせず人を非難し自分がそいつより上だと安心する。俺に言わせりゃ目クソ鼻クソだよそういうことをする人は。俺も鼻クソだがカッコイイ鼻クソになりたい。もちろん私もウサギでもカメでもないぞ。はあ、はあ、はあ、ばたっ(倒れる)こういう私も書く暇があったら仕事しないとーーーお!社長クビにしないでください。しょせん私は言うだけ番長。最近なぜか不安定。しかし今日も生きていく。
Apr 2, 2003
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今日はエイプリルフールだから別名「言うだけ番長の日」なんですよ。私が勝手に付けたんですよ。ルック・ライク・フールというのは私が高校の時に博多で人気がありカッコよかった「赤と黒」というバンドの名曲。このボーカルの人も矢沢永吉の「成りあがり」を読んで、俺もと思いバンドを始めたらしいが、サンハウスの影響が強い。一時期バンドブームを作ったと言われる「イカ天」にも出ていたらしいがほとんど見ていない。当時なぜか大阪ではTV放送が無かったんですよ。いくら俺が貧乏学生でもテレビは持ってたぞ、しかし安い木造アパートだからな。13000円の。「タコ天」という似たような番組はあったのになんでかな。だから本で読むしかなかったのだが、先輩に総集編のビデオを見せてもらった。まとめてピックアップしてあったので、全部のバンドを見たわけではないが、優勝したりグランプリをとったバンドはカッコいいのが多かったような気がする。ブランキージェットシティーとか「お前のバラがすーきー♪」と歌っていたマルコシアス・バンプとかビギンとかも。「たま」にしたっていろいろ言うやつがいたが、いいのではないかと思っていた。一番好きだったのは、「幸せであるように」という歌をうたっていた人たちでCDも持っているが名前を忘れた。浜崎というひとがボーカルなんだけどまっいいか。フライング・キッズだった。「イカ天がバンドブームを作って日本の音楽をダメにした」と書いた音楽評論家のジジイがいたが、なんか違うのではと思う。いいじゃないか、バンドブームでも。あの番組をみて、「この程度だったら俺でも出来るんじゃないか、ひょっとしたら俺の方がぜんぜん、いや間違いなくスゴイ」と思った人は日本中でたくさんいたはず。たまたま出た人たちだけで判断するなよ。それに楽器も何にもしていなかった人があの番組を見た次の日からバンドを組んで出場できるわけがないのだから。バンドをやっていた人にたまたまスポットライトが瞬間的に当たったというだけの話じゃないのかな。でも昔の人は髪をのばして、金髪にするだけで命がけだったらしい。よく893の人たちからケンカを売られたらしいよ。コワーィ私の知り合いのCURIOのドラム君は大学在籍中から楽器店にアルバイトで勤めていたが、嘆いていた。卒業時にそのまま楽器店でアルバイトとして残ると言っていたが、楽器が売れなくなったそうだ。当然給料も下がるし、下手するとクビになる、その後どうしたんだろうか?放映されなかった大阪でもそんな感じなので、他はどうなんだろうか?博多は偉大な先輩たちがたくさんいたので、ブームなんてものはなかったと思う。多少あったかもしれないが、私のまわりでは中学生ぐらいから博多のロックバンドのテープなどは出回っていて、決してメジャーデビューしていなくてもすごいバンドは結構あった。結構地元では音楽が根付いていたのではないかと思う。当時の人が今でも活動しているが、今も私が博多で一番スゴイと思うのは山部善次郎、ヤマゼン。この人はプロの「なんちゃって本物ロックバンド」をぶち壊すぐらいの勢いがある本物のロッカー個人的にはあのローリングストーンズの前座をやらしたら、ある意味ミックジャガーを食ってしまうのではないかと思うぐらいの人。HPもあるので、興味がある人は見てください。ただし、波があります。いいときとそうでない時の。なんでこの人がメジャーでレコードを出さないのか不思議レコード会社さんお願いしますよ。本人が作る気がないのかな?私はちゃんと話をしたことがないので。昨日も会社で爆発しかけましたが、思いとどまりました。また人に会いました。出向先でお世話になった人で、この前飲んでいた時に話題に上がった人2人と。夕方から知り合いの引越し祝いに行って、炸裂焼肉屋にいって、爆発その勢いでライブハウスに行こうとするも、撃沈行かなくて良かった。ケンカになったかも(笑)最近思うが、人に「過去にこだわるな」と言っておきながら、一番こだわっているのは自分だということ。ハイテンションになって他人に意見を言っている私の姿は過去に自分が最もイヤだった人たちと似ているのではと思いゾッとする。なんとか思いとどまる、言うだけ番長であった。
Apr 1, 2003
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