1

南大阪(泉州)でトランクルームをお探しの方へ。価格だけで選びますか? それとも「信頼」と「実績」で選びますか?20年前、泉州の地場産業であった織物業を廃業し、トランクルーム事業へ転業。その挑戦は朝日新聞の泉州版で、デカデカと写真入りで大きく掲載という形で評価されました。つまりビジネスとしての挑戦と将来性が認められたということ。そのトランクルームが、弊社「トランクルーム貝塚」です。■ なぜ“朝日新聞・掲載”が重要なのかトランクルームは長期契約が前提のサービスです。家財道具思い出の品書類仕事道具大切なものを預ける以上、「安い」だけでは決められません。そこで重要になるのが第三者評価です。広告は自分で言えます。しかし大手新聞の掲載は、メディアが「社会的価値がある」と判断した証。✔ 経営としての信頼性✔ 事業の継続性✔ 地域経済への貢献これらが評価された結果です。特に朝日新聞というのがポイントで、読売や毎日やサンケイ新聞よりも一般的に信用とインパクトがあるのです。■ 地場産業からの転業という“覚悟”泉州は繊維・織物業の町でした。特に弊社「トランクルーム貝塚」の所在地である貝塚市山手エリア(三中校区)では約150社も織物会社があり(現在97%減の5社のみ)、1960年代後半の全盛期には全国一織物工場が密集していたエリアだったのです。当時は名越町内だけでも11工場もあり、農村でしたが織物工場で働く地方から集団就職で名越に来た女工さんに加えて村人も沢山いましたので、町内の雇用創出に大きく貢献していたのです。しかし長年続いた家業を廃業する決断は簡単ではありません。私は「これからの時代に必要とされる事業は何か」を考え抜き、トランクルームに辿り着き・・・そして転業しました。20年前、まだ南大阪では珍しかった屋内型トランクルーム。その先見性が、朝日新聞に掲載という形で世に出ました。■ 20年継続しているという事実ビジネスの世界では、10年以内に多くが撤退価格競争で消耗無人型の乱立という現実があります。その中で、20年間継続。これは偶然ではありません。✔ 適正価格✔ 屋内型の安心環境✔ 地元密着運営✔ コスト最適化による長期安定経営新聞掲載は“スタート地点”。20年の継続は“実証結果”です。【他社と何が違うのか?】① 屋内型だから長期保管に強い南大阪エリアの多くは屋外型コンテナです。しかし長期保管では、温度変化湿気劣化リスクが無視できません。屋内型は、長期契約を前提とした設計です。② 容積比率日本一クラスのコストパフォーマンストランクルームは㎡ではなく「立体」。天井高無駄な通路排除収納効率設計これにより、実質単価を大幅に抑えています。月額1,000円差なら3年で36,000円。2,000円差なら3年で72,000円。トランクルームは固定費。最初の選択が未来の差になります。③ 地元貝塚市で20年の安心大阪市内や堺市からも利用者が来られる理由。それは単純な安さではありません。「続いている安心感」新聞掲載実績+20年継続。これが最大の差別化です。【こんな方は必ず比較してください】貝塚市でトランクルームを探している岸和田・泉佐野・南大阪エリアで屋内型を探している長期利用で総額を抑えたい安さだけでなく信頼性も重視したいメディア掲載実績のある事業者を選びたいこれらで探している方には、明確な比較対象になります。【数字で見る安心】✔ 創業20年(株式会社笹谷繊維工場の会社自体は創業77年)✔ 朝日新聞掲載✔ 屋内型✔ 長期利用率が高い✔ 容積効率重視設計価格だけの無人コンテナと、大手新聞掲載実績のある継続企業。どちらに大切な荷物を預けますか?【最後に】20年前、織物業を畳み、未来に賭けました。その決断は、朝日新聞に掲載されました。そして今、20年続く屋内型トランクルームとして、地域に根付いています。トランクルームは、単なる収納スペースではありません。信頼を預ける場所です。大阪府貝塚市で、長期で本当に安心できるトランクルームをお探しなら。選択肢の一つに、「トランクルーム貝塚」を。まぁしかしアパートマンション経営と同じように土地さえあればトランクルーム業者に丸投げすれば、企画から運営管理までやってくれますが、そこに自分の経験値は積みあがらず、業者にハシゴを外されれば自分では何も出来ず路頭に迷いますが、四季報を見れば一目瞭然で業者も儲かっているのを見ると、利益相反構造で地主が全然儲からないカラクリになっているので、結局弊社「トランクルーム貝塚」のような業者を外した「エンドユーザー直」の経営スタイルが生き残る唯一の方法だったのです。1980年代後半のバブル前~バブル崩壊と以降を含んだ20年間も世界との厳しいグローバル競争に晒されていた織物業を通じて学んだことが、アパマン経営もトランクルーム経営も「厳しいビジネス」として捉えてフンドシの紐を締め、業者に一切頼らず自分で何でもヤリ抜く気力と努力こそが大事だ・・・と骨身に染みました。そう意味で20年間の織物時代の経験は、次の20年間のトランクルーム時代だけでなく、これからまだまだ続く私のビジネスのベースを築いた準備期間だったのでしょう・・・20年間の繊維商社の賃織りスタイルという委託生産は単なる消化試合ではなく、深堀すれば355日24時間エンドレス稼働で月産20万mの多品種小ロット生産で累計600種類以上の織物(国内衣料全般、丸巻き大径の資材や研磨布、羽毛布団やシーツなどの寝装、厚生省や警察庁といった官需向け、オフィスや作業服といったユニフォーム、中近東向けトーブ民族衣装、欧米向けカジュアル衣料、欧州向け高級ブランド衣料)小回りを利かせた生産体制や、受注するだけで大赤字の1反だけの試織で私の全知全能をフル回転させた・・・ことによって大きな経験値が積みあがったのです。昔ながらのラクな少品種大量生産の簡単な平織物しかできない同業者は、時代に合わせることが出来ずに早々と廃業撤退してしまいました。まぁ将来の目的意識もなくボーっと消化試合的でドップリ会社だけに依存したサラリーマン生活を送っていればスキルも経験値も積みあがらず、60歳定年で全てがリセットされて、それ以降働いても年収が半分以下になったり高校生と同じ時給しか稼げないのは仕方がない事で、後悔しても時すでに遅しです。最悪なのが会社が一生面倒を見てくれると錯覚して会社だけを見て(会社の仕事一筋)、趣味もせず社外(プライベート)の交流も一切しないで・・・60歳の定年を迎えたときです。こんな筈じゃなかった・・・と。私のような親から引き継いだ家業も同じで、同じやり方で10年も続くはずはなく、時代に合わせたスタイルに徐々に変えていかないとジリ貧になり・・・最悪は倒産というケースをこれまで沢山見てきました。長年奥さんをないがしろにしていたら離婚届を突き付けられるでしょうし、これまでトランクルームのお客さんでそんな例を沢山見てきました。まぁ大事なのは学歴でも人脈でも今の年収でもなく、自分の「積み上げてきた経験値」だけです。一歩一歩積み上げてきた経験値だけが・・・未来を切り拓くのです。という事で、20年前のオープン当初にちょうど二色の浜駅近くの大きな分譲マンションでチラシを配っていると電話が鳴り、出てみると「朝日新聞の○○記者です。取材をしたい」という言葉に驚きました。最初は冗談かイタズラかと思いましたが、話してみると本当だったようで取材を受けました。何でも南大阪に転勤してきたばかりの若手記者で、社内の取材賞を取ろうと・・・必死でネタを探していたところ、私の始めたばかりのブログを読んで電話をしてきたのです。幸い賞を取ったようで、本当に良かったです。自分が取材したことの裏を取るために、市役所や織物組合に出向いたり、新聞が印刷される直前の夜11時ころまで私に電話がかけてきて数字の再確認をしたり・・・さすが一流新聞社の記者の仕事に対する気合と意気込みは違うなぁと感心したものです(驚)。そして、それから10年後に後任の新聞記者から「織物業からトランクルームに転業されて10年経ちましたが、今どうされていますか?」という電話があり「音楽スタジオもトランクルームの中で始めましたよ」と言うと、取材に飛んできました。トランクルームの中で音楽スタジオを始めただなんて、こりゃ特ダネだと期待してくれたんでしょうね。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2026.02.19
閲覧総数 184
2

このタイトルの男は、もちろん私の事です。<だんじり文化を守るために練習環境という大きな課題がある>大阪・泉州地域といえば、日本有数のだんじり祭りで知られています。岸和田市、貝塚市、泉佐野市、熊取町、泉大津市、忠岡町、堺市、和泉市など、多くの地域で毎年盛大に開催され、地域の誇りとして受け継がれてきました。あまり知られていませんが、富田林市や河内長野市といった河内エリアでも「音頭付き」のだんじり祭りがあるのです。だんじり祭りに欠かせないのが「鳴り物(お囃子)」です。大太鼓、小太鼓、鉦(かね)、笛などが一体となった迫力ある演奏は、だんじり祭りの魅力そのものと言えるでしょう。しかし近年、この鳴り物の練習が思わぬ社会問題になっています。それは「騒音問題」です。この問題に更に輪を掛けているのが、近年のだんじりブームによるだんじり本体の大型化による大太鼓の大型化です。これによって大太鼓の爆音が更に大きくなったという悪循環です。祭に参加した事がない人は知りませんが、だんじり内部の大太鼓の下は直接道路になっており、板がないのです。板があると大太鼓の音が演者に跳ね返って、うるさくて叩けない構造になっているのです。とにかく大太鼓の音はフルバンドより爆音で、スタジオは通常24時間営業ですが、和太鼓に関しては時間制限(9時から20時まで)を設けているほどです。何年か前に岸和田市極楽寺町のだんじり新調の際、その太鼓の音が名越まで聴こえるくらいですから、それを22畳というスタジオの狭い空間で抑えているのです・・・(汗)。室内に設置されている防犯WEBカメラも、その大太鼓の音圧で揺れるはずです・・・(汗)。<だんじり小屋での練習が近隣トラブルになる時代>昔は周囲も「祭りだから仕方ない」という風潮がありました。しかし現在は住宅地が増え、人々の生活スタイルも変化しました。夜間や休日に行われる鳴り物の練習に対し、「うるさい」「子どもが寝られない」「夜勤明けで眠れない」などの苦情が増えています。実際に自治体や警察へ苦情が寄せられるケースも珍しくありません。祭り文化を守りたい人と、静かな生活を望む住民。どちらも間違ってはいません。だからこそ、お互いが納得できる解決策が必要なのです。<スタジオ0724は4年前から和太鼓練習をビジネス化>弊社「トランクルーム貝塚」別館1階で展開しているリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」では、この問題を4年前から見据えていました。そこで導入したのが6台の和太鼓です。一般的な音楽スタジオではドラムセットやギターアンプはあっても、和太鼓を常設している施設はほとんどありません。あったとしても一般的な1尺6寸程度の中太鼓で、だんじり鳴物に必要な大太鼓、小太鼓、鉦の3点セットはありません。さらにスタジオ0724では、* 和太鼓* だんじり鳴り物* お囃子* 太鼓グループ* 祭礼団体などが一年中利用できる環境を整えました。これは単なる設備投資ではありません。泉州地域の祭り文化を守るための社会的な取り組みでもあります。<防音スタジオだから近隣へ音漏れを最小限に抑えられる>音楽スタジオ最大の特徴は、防音性能です。本来はロックバンドやドラム練習のために設計された防音室ですから、大きな音を出すことを前提としています。そのため、* 大太鼓* 小太鼓* 鉦* お囃子なども安心して演奏できます。近隣住民へ迷惑をかける心配が大幅に少なくなります。祭り文化を守りながら、地域住民との共存も実現できる。これこそが現代に必要な新しい祭り文化の形ではないでしょうか。<祭り文化を守ることは地域貢献でもある>「スタジオ0724」では、この取り組みを単なるビジネスとは考えていません。だんじり祭りは泉州地域最大の文化です。若い世代へ技術を継承するためには、練習場所が絶対に必要です。もし練習できる場所がなくなれば、* 演奏技術が伝承されない* 若者が参加しなくなる* 地域文化が衰退するという可能性もあります。だからこそ、安全に、安心して練習できる場所を提供することは、地域への社会貢献そのものだと考えています。<スタジオと和太鼓を同時に所有する希少性>スタジオ0724の最大の特徴は、「防音された音楽スタジオ」と「和太鼓設備」の両方を備えていることです。普通の音楽スタジオには和太鼓はありません。逆に和太鼓道場には本格的な防音設備がありません。この二つを同時に備えている施設は日本でも弊社は唯一無二です。さしずめ世界初・・・というところでしょう。利用者は手ぶらでも練習できます。太鼓の搬入・搬出という大きな負担もありません。この利便性は、多くの祭礼関係者から高く評価されています。<なぜ他社が簡単に参入できないのか?>このサービスは、一見すると誰かができそうに見えます。しかし実際には参入障壁が非常に高いビジネスです。まず、本格的な防音スタジオを建設するには多額の投資が必要です。さらに和太鼓を6台導入する費用も必要になります。加えて、* 保管スペース* メンテナンス* 防音管理* 予約管理など、多くの運営ノウハウも欠かせません。さらに泉州の祭り文化を理解していなければ、本当に使いやすい環境を作ることはできません。設備だけでは成功しない、地域密着型の専門サービスなのです。まぁ弊社は私が50歳で苦労して宅建士(国家資格)を取り会社の定款を変えて取得した不動産仲介業も兼業していますが、大阪府には弊社と同じように正式に大阪府知事免許を受けた宅建業者が14000社もあり、その中で儲けようと思えば至難の業と言えますが、ニッチマーケットであるリハーサル音楽スタジオで和太鼓6台を導入して生き残ろうとする弊社の戦略は間違っていないと思います。それにしても正式に免許を取った不動産屋が大阪に1万4000社もあるなんて・・・更に無免許のブローカーなどを含めると、恐ろしい数の人間が不動産業界に群がっていて、そんな中で儲けるなんて(汗)。<社会課題をビジネスで解決する新しい発想>近年、「社会課題をビジネスで解決する」という考え方が注目されています。「スタジオ0724」が取り組んでいる和太鼓・だんじり鳴り物の練習環境づくりも、その一例と言えるでしょう。騒音問題を減らす。祭り文化を守る。若者の育成につながる。地域コミュニティを支える。これらはすべて社会的な価値です。単なる利益だけを追求するのではなく、地域が抱える課題を解決することで、多くの人に喜ばれる事業へと発展しています。< バンドスタジオだからこそ実現できた発想>私は子供の頃からだんじりに乗って大太鼓を青年団長まで叩いていましたし、大学生の頃はドラマーでした。ドラムも和太鼓も「大きな音を出す打楽器」という共通点があります。だからこそ、「この防音スタジオなら和太鼓(だんじり鳴物)にも活用できるのではないか」という発想が生まれました。一般的な音楽スタジオの枠にとらわれず、新しい利用方法を考えたことが、このサービス誕生のきっかけです。既存設備を地域の課題解決へ応用する。それが「スタジオ0724」ならではの強みです。<年中練習できる環境が祭りのレベルを高める>だんじり祭りは毎年秋だけですが、技術向上には年間を通じた練習が欠かせません。天候や季節に左右されず、* 真夏でも快適* 真冬でも安心* 雨の日でも練習可能という環境は、演奏技術の向上にもつながります。祭り直前だけではなく、一年を通して練習できることが、地域全体のレベルアップにも貢献しています。<スタジオ0724は地域文化を未来へつなぐ拠点>スタジオ0724は単なるリハーサル音楽スタジオではありません。バンド練習、ドラム練習、和太鼓練習、そして泉州だんじり祭りのお囃子練習まで対応する、多目的な防音スタジオです。騒音問題という社会課題を解決しながら、地域文化を次世代へ継承する役割も担っています。これからもスタジオ0724は、音楽文化だけでなく、泉州が誇るだんじり文化を支える存在として、新しい価値を創造し続けます。<だんじり鳴物練習に町内会が補助金>高校や大学の軽音部のバンド練習でも、部員数が増えすぎて校内の音楽室で満足に練習できないという問題で、学外のスタジオ練習にはクラブ(学校)から補助金を出すというシステムがある学校が結構あります。それと同じようにだんじり鳴物でも、町内から補助金を出すというところも出てきました。町会運営でも、祭りが好きではない住民や新しい住民の意見(クレーム)を無視できなくなった・・・という事でしょう。騒音問題が無くならない限り、この傾向が今後も増えるでしょう。<24時間操業の織物時代の防音&防振対策の経験が役立つ>織物時代は年間355日(盆と正月だけ停止)24時間エンドレス操業だったため、近隣への防音と防振対策に散々苦労しました。厳密にいえば工業防音と音響防音は違いますが基本的な考え方は同じなので、この時の経験がスタジオ起業に大いに役立ち・・・「だんじり鳴物」ビジネスにも役立ったのです。強いて言えば、織物時代の経験とスタジオと和太鼓の所有という非常に特異な3点が重なり、現在のビジネスに成りえたのです。誰もやっていない特異な・・・というのがポイントで、今の新聞やマスコミではAI一辺倒ですが、我々一般人はみんなが向いていない方向に目を向け、特異な分野を探す方がビジネスに成りえるのです。流行っている、マスコミ報道に出た時点で参入しても・・・遅かりしです。まぁ学校秀才程度では、この厳しい現実のビジネスでは生き残れないのです。大学生の頃に防音性のある土壁の自宅土蔵で汗を拭きだしながらドラムを叩き(ドラムを叩き疲れたら、蔵の天井の太い梁にサンドバッグを吊って空手のキックやパンチの練習も) 、青年団の頃は祭り前になるとうちの軽トラックに大太鼓を積んで東山まで持って行き鳴り物の練習をしたものです。そんな経験がベースになり、スタジオ・・・和太鼓という発想に繋がっていったのでしょう。まぁ確かにドラ息子みたいに好きなことを何でも許してくれ、そんな私を何も言わずに信じてくれた父親に、今は感謝しかないです・・・(涙)。<まとめ>「騒音問題だから練習できない」そんな時代だからこそ、防音スタジオという新しい選択肢があります。スタジオ0724では、4年前から和太鼓6台を導入し、だんじり鳴り物やお囃子の練習環境を提供してきました。これは単なるスタジオ運営ではなく、地域文化を守り、社会課題を解決する新しいビジネスモデルでもあります。泉州地域のだんじり文化を未来へつなぐために。そして地域住民との共生を実現するために。スタジオ0724は、これからも「音」と「文化」と「地域」をつなぐ拠点として挑戦を続けてまいります。まぁしかし、39年前の織物時代に旧式のシャットル織機から最新鋭エアージェット織機(トヨタ社製)に入れ替えたときに、1分間の織機回転数が130回から一挙に800回転の実働運転に成功したのも弊社は「世界初」だったのです。メーカーにとっても世界初でしたので、破損したパーツの改良とかイロイロとサポートしてくれました。他社の織機メーカーで見学用に瞬間的に900回転というのがありましたが、それはあくまでもデモンストレーション用で実働運転をするには構造的に(バックローラー、カム、ガイドローラー、ワイヤロープ、エアーバルブ)無理があったのです。当時は世界最先端をいっている・・・という大きな自信に繋がりました。という事で、子供の頃から叩いていた「だんじり鳴物」がまさかビジネスになるなんて思いもよりませんでしたが、考えてみるとスタジオと和太鼓の両方所有という私しか出来なかった・・・という思いがあります。単なる遊びを、遊びで終わらせない・・・ところが商売人魂か(笑)。世の中にないモノを自ら創造する痛快さは、ヤッタ者でしか分かりませんし、これが「次のチャレンジ」へのモチベーションに繋がるのです。人がヤッテいる事をマネしても、まともな人間なら変に?後ろめたさがあるだけで、痛快さとは程遠いモノです。まぁこれからはAIの時代ですが、AIには絶対できないリアルでアナログ的な「だんじり鳴物」ビジネスのニッチマーケットで参入障壁が高いので、今後少なくとも10年は安泰でしょう・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.08.08
閲覧総数 196
3

先日、貝塚市立山手地区公民館で行われた貝塚市立第三中学校・軽音楽部のライブに行ってきました。顧問の方が弊社スタジオの会員さんでもあり三中軽音OBという事で、誘われたのです。時間的にホンの少ししか聴けませんでしたが、聴いてビックリ・・・結構上手ではありませんか(驚)。しかも殆ど女子。3学年合わせて48人もいるそうで、そのうち男子は3人だけらしいです。すごい数の中学生ミュージシャンが、地元貝塚市の山手エリアの清児から蕎原の校区の中にいるのです・・・(驚)。例年に比べて今年は1年生が28人と多いそうです。確かに弊社スタジオに来られる高校軽音学部のメンバーの中に、チラホラ三中OGがいたり、両親と一緒にスタジオに来られて既にスタジオメンバーの中学生もいます。ちょっと貝塚山手エリアにもバンドブームが来ているのでしょうか・・・今年の泉州エリアの各高校軽音学部1年生も例年以上に多いです。弊社スタジオが出来た事が起爆剤になっているのか・・・と思いたいですねェ(笑)。しかし泉州(堺市以外)で公立中学校に軽音楽部があるのは、貝塚三中と泉南中学の2校だけというのはチョット寂しいです。高校でこれだけ軽音楽部が盛り上がっていますし、弊社スタジオのドラムレッスンでも小中学生が熱心に来られていますので、これを機に中学校でも幾つか軽音楽部が出来ればと願います。ちょうど教員の管理職である校長や教頭が、第2次バンドブームの洗礼を青春時代に受けた年代です。少なからず、校長や教頭が元ミュージシャンであると推測します。となれば、中学校に軽音学部創部というプランも、市や教育委員会も含めた政治的な手法によって、結構簡単にできるのではと思うのは私だけでしょうか・・・?もう20年くらい前から貝塚三中には軽音楽部があるようで、1学年15人としてももう既に300人のOB&OGという「中学時代に楽器をやっていた」というスタジオ側からすると潜在需要マーケットが地元にあるのです・・・それ以外にも、貝塚市には高校大学社会人からバンドを始めた層や、第1次第2次バンドブームを経験している層も相当いるに違いないと思います。長い間共産主義国の中国や1987年にやっと民主化された韓国や旧ソ連や東欧と違って、戦後から自由主義国だった日本や欧米にはイロンナ分野で「回顧マーケット」というシニアマーケットが存在するのも心強いです。弊社スタジオに来られる住居エリアである周辺の岸和田、熊取、泉佐野にも目を広げると、人口的にも貝塚市の3,4倍の元ミュージシャンが潜在需要マーケットとして存在しているのです。今それを掘り越すべく、次の一手である「秘策」を練っています・・・(笑)。という事で、この「上昇気流」を持続させるためにスタジオオーナーとして何かボランティアが出来ないか?と考え、顧問のスタジオメンバーさんに「ある提案」をさせて頂きました。この提案を叩き台に、彼らの音楽ライフが少しでも充実すれば・・・と願ってやみません。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.08.13
閲覧総数 594
4

私はまるで資格マニアみたいに、「宅地建物取引士(国家資格)」「ファイナンシャルプランナー(2級技能士&AFP)」「公認 不動産コンサルティングマスター」「賃貸不動産経営管理士」「損害保険募集人資格」「住宅ローンアドバイザー」「倉庫管理主任者」「定借(上級)アドバイザー」といった9つの資格を保有しています。事務所には、それら資格の認定証書や合格証が資格と関係ない空手二段の免状と共に所狭しと並んでいます・・・(笑)。これだけの資格を取るのに相当時間を費やしていますから、タイムイズマネーの観点から言うと、結局相当なお金をつぎ込んだ計算になります。いずれにしても結果的に試験に合格していますから、これだけ勉強だけはヤッテきましたという証拠に過ぎませんが・・・(笑)。当たり前ですが、大事なのは資格より経験値です。いくら資格を持っていても、経験値がないと単なるお飾りで収入に直結しませんし、趣味で受験勉強するほどヒマではありません。ただ宅建士だけは独占業務の国家資格ですから、これを持ってないと一人で不動産屋が出来ませんから、コレだけは何としても合格する必要があったのです・・・(汗)。その中で「賃貸不動産経営管理士」が、この度めでたく国家資格になりました・・・(驚)。賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律における、管理戸数200戸以上の賃貸住宅管理業者に管理事務所毎への1名以上の賃貸不動産経営管理士の設置が義務付けられ、今年4月21日に国土交通省令にて国家資格となったようです。私が合格した2008年当時は講習を受けた後の簡単なテストで、殆ど合格していたような気がします。その後合格率が2013年の85.8%(受験者数3926人)から2020年の29.8%(受験者数27338人)と、人気が急上昇しています。これまで3回更新してきましたが、宅建士のように独占業務の国家資格でもない賃貸不動産経営管理士なんて・・・と更新毎に悩んできましたが、これから悩みが1つ消えました。賃貸不動産管理業務での独占業務の国家資格になった限りは、将来活かせそうと言うか、活かさないとこれまでの努力が水の泡になります・・・(汗)。昨年まで一人で自社の不動産物件(トランクルーム2棟、東ヶ丘月極駐車場22台)の管理と建物内にある音楽スタジオとテレワーク室と卓球場、他社物件の不動産仲介は事業用賃貸物件をメインに取り扱ってきましたが、後継者の娘も入った事ですので将来的にはこの資格を活かし他社物件の賃貸マンションの管理業務にも手を広げても良いかもしれません。ハワイロングステイで知り合ったカナダの友達が私と同じように不動産仲介業をしていますが、アメリカと同じように不動産業務に携わるスタッフは法的にも日本の宅建士レベル資格が全員必要で社会的レベルも高いらしいですが、幸い日本は不動産ビジネスに関して「宅建士は従業員5人に1人でOK」という非常に甘い(ユルイ)業界ですので、今回の賃貸不動産経営管理士にしても1人でOKなので、娘に資格が不要というのが功を奏しているようです。それはそれで、日本の不動産業界が欧米に比べて社会的地位がいつまで経っても低いし、トラブルが多いという「大問題」なんですが・・・不動産ビジネスをしていて宅建士を持てなかったら恥ずかしいというレベルではなく、欧米のように不動産業務には100%全員「宅建士」資格が必要と法律化されれば、この大問題も一挙に解決され不動産業界の社会的レベルもアップします。何故できないのか、不思議でたまりません。そもそも何で資格マニアになったのか・・・?それは15年前のトランクルーム起業当初に集客でつまづき、「失敗したかな?トランクルームだけでは食っていけない・・・他の仕事も兼業しなければ」という思いで、宅建士資格さえ持っていれば一人で不動産屋を開業できるアイデアがパッと閃き、トランクルームが軌道に乗るまでの1年半は他社の織物工場で毎日12時間機織りをしていましたが、その日から働きながら受験勉強をスタートしたのです・・・(汗)。毎日12時間現場労働をしながら深夜2時に起きて3時間受験勉強するのは辛いと言えば辛かったかも知れませんが、織物時代の苦労に比べれば屁とも思いませんでした。結果的に時間的な制約もあって資格学校や通信教育に頼る事が出来ず自力の受験勉強を9か月続けて一発で合格したのですが、全くの素人が不動産業を始めるのに宅建士だけでは心もとない・・・知識だけでも頭に詰め込もうと、FPやら不動産コンサルやらの試験を受けたら全て合格しただけの話です。という事で、これほど資格を取ってもこれまで宅建士しか仕事で活かせませんでしたが(役に立たなかった)、「あるモノを活かす」というポリシーの元、能力や体力以外にも資格というものがあったのをつい忘れていましたが、今回思いもよらぬ「国家資格化」を機にこの資格を活かそうと思うのでした。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.06.27
閲覧総数 786
5

私の今の苗字は笹谷ですが、江戸時代末期の曽祖父の時代までは宮大工なので川岸姓を名乗っていました。苗字が変わった・・・という事実で、自分ちの過去の歴史に興味を持ちました。「苗字由来net」というサイトで調べると、「川岸」姓は県別では大阪府1300人、北海道920人となっていますが、市別では、1位栃木県足利市400人、2位大阪府貝塚市210人となっています。この数字にピンときました。栃木県足利市と言えば、同じ栃木県にある日光東照宮から48㎞しか離れていません。そうなんです。日光東照宮は左甚五郎(本名は岸上甚五郎左義信で江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人)の分家筋にあたる「和泉」一族が建立したのは既に証明されています。おそらく、江戸時代に幕府の要請で貝塚市三ツ松の左甚五郎の本家筋である「岸上」一族から分家する際に、本家争いをしないように貝塚市の当時の呼称は和泉国なので和泉姓に変更したのです。実際、日光東照宮を建立に何十年も掛かり困難を極め、貝塚市三ツ松の本家「岸上」の同じ分家筋で水間の三重塔や名越安養寺の本堂の建立で実績のある名越の「川岸」一族の一派を足利市に助っ人の宮大工として呼び寄せたと推測できます(岸和田城周辺にも宮大工として川岸一族の一派が移住しているのは親族から確認済み)。オモシロいですねェ・・・在日韓国人(朝鮮人)なら通名を使えますが、日本人ならそう簡単には変更できず1つしかない苗字や家紋でイロイロ推測できるなんて。去年もテレビ大阪の「誰も知らんキング」という番組で、名越町内に多い塔筋さんという全国的にも非常に珍しい苗字が取材されていましたが、放映に先立ち知り合い経由でその由来を番組ディレクターが私に間接的に聞いてきました。町内の親戚の塔筋さんから法事の時に「笹谷家の本家の川岸仁左衛門(昔役所の間違いで今は川﨑姓)一族が水間の三重塔を建立するのに名越村から何年も掛けて通ったので、名越というのは水間の三重塔への道筋だった・・・そこから、「塔」と「筋」がくっついて塔筋という苗字が明治時代になってからついたんや・・・」という口伝が昔から伝わっていると聞いていました。確かに非常に珍しい苗字です・・・「塔」と「筋」なんて。関連性がひとつもありませんから、塔筋さんご本人の説明で納得です。江戸時代の水間寺の三重塔や本堂の建立に、左甚五郎一族でも名越の川岸仁左衛門一族が大きく関わったとされ(棟梁で)、何十年も名越から水間へ大勢の宮大工集団が水間街道(通称・旧道)をゾロゾロと歩いて通っていた光景が思い浮かびます。ひいひいひい祖父が江戸時代天保年間に水間寺の三重塔を建立した(棟梁)関係で水間村と関係が深く、その縁で曾祖父の父親(ひいひい祖父)がお夏・清十郎物語の水間のお夏の家(水間の庄屋・楠右衛門)から名越の仁左衛門に養子に来たと言われています。そして楠右衛門と縁戚?であった跡継ぎのいない水間の笹谷吟蔵さんと、次男であった私の曾祖父が合法的に養子縁組をしたのです。曾祖父の妻(曾祖母)が名越村唯一の武士(岸和田藩足軽)の石原家の娘というのも、当時の左甚五郎一族の影響力が覗えます。宮大工家と士族のカップルは、名越史上初だったのですから。まぁしかし何で、そもそも左甚五郎は貝塚市三ツ松生まれなのか・・・?泉州一帯ではだんじり文化が盛んで、寺社仏閣が非常に多いのは、左甚五郎の先祖に当たる100人の建築集団が、南北朝時代の1300年頃に近江からが貝塚市の三ッ松に移り住んだのが、そもそもの始まりです。三ツ松に移り住んだ理由は葛城山麓で良質の木材が取れ、それを伐採し近木川伝いに木を運び、大阪湾伝いに四天王寺関連の寺社仏閣を建立するために運んだと言われています。その証拠に葛城山麓に近い村の名前が「木積(こつみ)」ですし、同級生に「伐栗(きりくり)」君というのがいましたから。まぁそれが何百年に渡ってこの建築、彫刻の伝統が「左甚五郎一族」に引き継がれ、泉州のみならず近畿一円、関東まで広がっていったのです。という事で、「苗字由来net」で調べると和泉姓が香川県高松市が日本で1番多く、岸上姓が香川県観音寺市が日本で1番多い(全国2位が貝塚市)というのがナントも気になりますねェ・・・左甚五郎の本家筋が「岸上」姓で、分家筋の一派が「和泉」姓で、左甚五郎伝説(出身地)が全国にいくつもありますが、香川県には左甚五郎美術館や墓碑があるらしいのです。これって、絶対何か?ありそうです。私は左甚五郎というのは特定に個人ではなく、一族(岸上、和泉、川岸、岸本、岸谷、岸田)の総称という説に賛成で、おそらく貝塚市三ツ松の岸上本家から分家した和泉と川岸から香川県にも移住したという説が正しいと思います。要するに平たく言えば貝塚市三ツ松に左甚五郎工務店の本社があり、その後近くの名越に支社を設け、関東で大きな仕事(日光東照宮)が入り、腕利きの大工集団を長期出張で栃木県に行かせたところ大成功を収め、それが評判となって香川県や岸和田(城)にも大きな仕事が入り、本社だけでは手が足りなかったので支社からの応援で大工集団を行かせた・・・しかし何十年も掛かってしまい、その内に三ツ松や名越に戻ることなく子孫らが現地に住み着いてしまったというストーリーが考えらます。今の一般住宅ならこんな壮大な計画はあり得ませんが、寺社仏閣という100年は持つ建築は一族の力を結集した宮大工集団の命を懸けた幕府からのミッションだったのです。まぁ「貝塚市」「栃木県(足利市)」「香川県(高松市、観音寺市)」の3か所で、何か?左甚五郎の1つの謎が解けそうです。もしこの私のブログを読んで、何か現地の口伝や情報があれば電話やメールで連絡をお待ちしています。電話:072-446-0798 メール:info@sasatani.com 笹谷まで「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.03.04
閲覧総数 1603
6

2週間の沖縄旅行から帰って来て地元貝塚のだんじり祭も終わって、さぁジムでも行こうかと思いプログラムをネットで確認すると、ジョイフィット岸和田が来年2月に閉店するというニューズが目に飛び込んできました・・・(驚)。沖縄旅行に行っている時の発表なので正に寝耳に水ですが、8年ぶりに再開した時のジムの雰囲気から察すると「あ~やっぱりか」と納得です。8年前の退会した時はまだ流行っていてイケイケドンドンの賑わっている雰囲気でしたが、それから8年後の今は「これほど変わるのか」と心配するほど寂れていました。コロナを挟んだスポーツジム業界も過当競争に拍車を掛け、ますます経営が厳しくなっているのでしょう。まぁ仕方のない事です。ジョイフィット岸和田は通算で16,7年くらい営業していたと思いますが、フランチャイズの1店舗だったので、業界の再編の波に呑まれて無くなっても同業他社やジョイフィット24とか別の業態もあるので業界自体は何の影響もないでしょう。どんなビジネスでも言える事ですが、存在価値がなくなったら消えても仕方がない・・・という事です。だからみんな自社(自分)の存在価値を求めて、アレコレ努力するのです。ジョイフィット岸和田は元々コンビニのようなフランチャイズなので独自のノウハウはなく、立地条件に左右され強力な競合他社が現れれば客がそちらに流れてしまうという運命にあったのです。その点幸いにも、弊社主力のトランクルームと音楽スタジオは業界的にも大手FCが独占という訳ではなく大中小入り乱れた群雄割拠の状態で 、中小でも独自色が出せるというメリットが生き残りの秘訣です。弊社の事業用の不動産仲介業でも大手コンビニからの出店オファーがたまにありますが、相当緻密な計画に基づいて出店しても、採算が合わなければ1年以内に撤退という非常に厳しいパターンが多々ありますから。事業用不動産の仲介のオモシロいところは正にここで、自分も事業(トランクルーム、音楽スタジオ、レンタル自習室、卓球場)をしながら、他人の物件の仲介でイロイロ勉強をさせてもらっているのです。不動産仲介業の経験値を積み重ねる事によって、本業のトランクルームや副業1位の音楽スタジオの経営にフィードバックできるのです。まぁ平たく言えば「無くなっては困る・・・」と多くの客に言われる商売でないとダメですねェ・・・今回のジョイフィット岸和田の閉店で、そう強く思いました。生き残るのは難しいという事です。16,7年前のオープン時は「コナミの半額以下」という猛烈なアピールで、私も含め噂ではコナミ東岸和田から500人もジョイフィットに移ったと言われていました。しかしこれも理に適った戦略で、コナミのように「スタジオ」「マシンジム」「プール」の3つが揃っても3つともされる会員さんは10%もいないと思いますし、ここにフォーカスを当て「プールなしで半額」がヒットしたのです。私もコナミに10年くらい通いましたが、プールを利用したのはたった2,3回ですから。最近何かと話題が多いチョコザップも「マシンジム」に特化した無人管理の低価格戦略で、恐ろしい勢いで店舗数を伸ばしているのも納得の理由です。コロナで委縮したジムマーケットをライザップは上手に拾っているところが絶妙で・・・流石だなぁと感心します。まぁしかしそれが結局、会費がジワジワ上がり・・・同業他社が沢山増え、プールがあるコナミとそう変わらなくなった・・・というのが正直なユーザーの声でしょう。ビジネス・・・商売って難しいです。まぁ張り切っていた矢先の事で、出鼻をくじかれた感じですが、私は一向にめげませんよ・・・(笑)。せっかく再開して喜んでいたボディコンバットと筋トレマシンを止めるのは辛いですが、早速先手を打って昨日ジムに退会届を出してきました。というのは、今回の2週間の沖縄旅行で「もうジムは必要ないなぁ」と悟ったからです。今年68歳ですが、これから迎えようとする70代を見据え、ウインドサーフィンとドラムを更に追求しようかと思っているからです。これから春から秋にかけて、近場のマーブルビーチや二色浜で頻繁にウインドサーフィンをする事によって鍛えよう・・・と。沖縄での朝から昼はウインドサーフィン、夜はジャズのライブハウスでドラム演奏・・・このパターンは絶対オモロイと、私的にはドストライクだったからです。人生で「これだ!」と思う事は少ないですが、今回のウインドとジャズドラムにハマったのです。もう68歳ではなく、まだ68歳なのです。バカにしないでくださいよ・・・(笑)。これから年2回は、このパターンで沖縄のバカンスを楽しみたいと思います。その為には、これからは時間と金をこの2つに集中する必要があります。なので、ジョイフィットを早速退会したのです。まぁ何かトラブルがあった時に、直ぐに判断してサッと行動するというのは、仕事やプライベートでも大事です。グズグズやっていると、足元をすくわれ更に状況が悪化しますから。即断と行動ができたのはジムに通う事が目的ではなくウインドサーフィンをするための手段だったからで、ジムに通う事が生き甲斐(目的)の人にとって相当なショックだったでしょう。「これ一筋!」というのは確かに立派で尊敬に値しますが、現実問題として「それ」が無くなれば自分の存在自体が危ぶまれますので、そういった意味で「いくつもの目的や手段」をもってリスクを分散する事が生きる上での知恵です。だから私は今「五毛作経営(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、テレワーク室、卓球場)」をしてますが、更なるリスク分散を追求する意味で「新たな六毛作目」を2年前から着々と準備中で・・・近々公開できるかも知れません(笑)。まぁ実質1時間半ほどのジムワークに、往復の時間を含めると3時間も取られ、月額料金も9000円近く発生しますから、相当な時間と金のロスです。それなら毎朝の15分ストレッチで拳立て伏せを30回、スクワットを50回に増やせばイイのです。時間にして2,3分増えただけです。それに片足1㎏のアンクルウエイトも極力するように。それと両手両足の適度な運動であるドラム練習を毎日やる。スタジオのドラムレッスンを受講するのです。それと私が主宰している週1回のスタジオ0724でのボランティア空手を更に充実させ、糸東流空手の基本と型だけでなく、サンドバッグによるキックとパンチでストレス発散・・・を。今一緒に練習している空手仲間は元祖フルコンタクト空手の極真会出身なので、刺激になってちょうどイイのです。まぁ伝統派空手(寸止め)のウイークポイントである「実際に当てる感覚」をサンドバッグで少しでも補おう・・・と。全く違うスタイルの糸東流と極真会が一緒に練習しているなんて一昔まで空手業界的に考えられなかった事ですが・・・そこは旧習やタブーをブチ破った私のボランティア空手の成せる業です。旧習やタブーに縛られると何もできないというのは、私のこれまで68年間生きてきたストーリーが物語っています・・・(笑)。まぁ11月~2月は日本は寒くてウインドをやる気力が湧きませんので、将来的には関空から直行便が再開したら、その時期に乾季でトレードウインドがよく吹く新婚旅行でも行った妻との思い出のサイパンでウインドサーフィンをやりたいのですが。更にそれと、このジョイフィットにオープン当初からフラダンスで16,7年通っている小学校のクラスメートのYちゃんに「仲間と一緒に先生呼んでスタジオ0724使ったら安つくんちゃうん?」とオファーしているところです。転んでも?タダでは起きまヘンで・・・(笑)。という事で、老後はタイムリミットがありますので時間も金も浪費はNGで、効率よく残された人生を生きなければ充実感を得られません。人生の最後の最後まで楽しみ尽くし・・・「俺の人生はヨカッタ!」と心の中で叫んで死にたいのです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.10.15
閲覧総数 3507
7

先日、東京在住の「和泉さん」という方から衝撃的なメールが私の元に届きました。私の左甚五郎関連のブログを読んで、メールを送ってくれたのです。彼の遥か昔のルーツは貝塚市三ツ松で、先祖は日光東照宮の陽明門を建立したとの事です。詳細は私の2024年3月の左甚五郎関連のブログに書ていますので省きますが、要するに日光東照宮の陽明門は江戸幕府からの要請で貝塚市三ツ松から左甚五郎の一派を呼び寄せて苗字を岸上から和泉に変えて(本家争いをしないように)東京に移り住んだのです。なので東京の和泉さん一族は、貝塚市三ツ松の本家「左甚五郎(岸上甚五郎左義信)」の分家筋という事になります。うちの本家の仁左衛門も三ツ松の岸上本家から川岸に苗字を変えて名越に分家して、江戸時代に水間の三重塔を建立しましたが、東京の和泉さんと同じ左甚五郎一族だったのです。左甚五郎一族が日光東照宮も水間の三重塔も建立した・・・という揺るぎない事実を和泉さんと私の存在が証明しています。岸和田城周辺に30軒ほどの川岸さんがいますが、これも江戸時代か明治時代に岸和田城主からの要請で城の建築や修繕などで名越の仁左衛門から呼び寄せられ分家したというのを岸和田の川岸さんの本家から直接聞いたことがありますし、分家の川岸さんが10年くらい前に名越のルーツを探しに私に会いに来て、名越の安養寺を紹介して無事ルーツが分かり喜ばれました。何十年も掛けて名越から水間まで仁左衛門の建築集団が何十人もゾロゾロと歩いて通ったので、「名越は三重(塔)への道(筋)」という事で(江戸時代は建物が低く名越から水間の三重塔まで見えた)、明治時代になってから名越に塔筋という非常に珍しい苗字をつけるほど川岸(今は役所の間違いで川﨑姓に)仁左衛門の影響力が大きかった・・・と法事で親戚の塔筋さんが言ってました。その証拠に、私の曾祖母が名越唯一の武士(岸和田藩足軽)の娘で、仁左衛門一族の三重塔の建立で水間村と関係が深かったので高祖父は「お夏清十郎物語」のお夏の実家の水間の庄屋「楠右衛門」から名越の仁左衛門に養子に来ていたのです。まぁ本家の岸上から「岸」だけ取って、分家筋には川岸、岸田、岸本、岸谷・・・と本家争いをしないように苗字を変えたのです。貝塚市にはそういった「岸」のついた苗字が多いので、ルーツを辿ればすべて「左甚五郎一族」と言っても過言ではありません。やはり日本人の苗字や家紋には、それなりの理由があるのです。私の苗字は笹谷ですが、江戸時代末期に仁左衛門の次男で川岸惣治郎として生まれた曾祖父は、父親の親戚であった子供のない笹谷吟蔵と合法的に養子縁組して笹谷勘松になり日清戦争に行かずに済みました。いや~驚きましたね。以下、和泉さんからメールです。①初めてメールさせていただきます。2024年3月のポストを拝見しました。東京におります和泉と申します。和泉家の出身は貝塚市三ツ松と祖父から伝えられています。ずいぶん前になりますが祖父が和泉家を集め岸上家発祥とされる貝塚市にある願泉寺へ参拝に行った事があります。岸上が和泉姓に変わり江戸へ出た際に居住されたとする場所日本橋人形町3丁目近辺は当時新和泉町と呼ばれていたそうです。和泉家の家紋は三ツ松と呼ばれる家紋です。ブログを拝見して突然のメッセージお許しください。楽しみに拝見しております。和泉○○②私も子供の頃はいつも祖父に連れられて東照宮の社務所にお邪魔していました。陽明門が代表作という事で祖父はいつも写真を撮っていました。家紋は画像で添付しておきます。着物の写真の切り抜きなので画像が粗い事をご了承ください。遠いい親戚筋にあたるかもしれませんね。ブログ楽しみにしております。以上凄くないですか・・・?感動して、鳥肌が立ちました。歴史家にとって、衝撃的な内容です。今回貝塚市三ツ松がルーツの東京在住の和泉さんと接点ができ、いつか東京の和泉さんとお会いして、イロイロとお話を聞かせて頂きたいと思います。そこでまた何か発見できれば素晴らしい事です。私のブログがキッカケで、まさかこんな歴史的な展開が始まろう・・・とするなんて(涙)。私の左甚五郎研究の師匠である見学稔さんも、さぞかし天国で喜んでいる事でしょう・・・やはり今の時代、個人でも自ら発信すれば何らかの世間の反応が起こる時代ですから、「発信するモノ」がある人ほど有利な時代で、SNSで他人の投稿にイイねやコメントだけする受け身な人にとって受難の時代です。時代は個人の発信力があるか、ないか?・・・です。そういう意味で、諸々のしがらみに関係なく、如何に日頃から自分を磨いているか・・・に懸かっているのです。平たく言えば、私のように実名で発信するというのは世間の批判を100%受ける覚悟があるという事ですから、度胸や勇気がなければできませんので、究極的には勇気があるかないか・・・という事になります。もちろん私のようにブログやSNSを仕事のツールの一環としてヤッテいますので、趣味でヤッテいる人と根本的にスタンスが違う訳で、仕事でブログやSNSが必要なければ自分をさらけ出すようなこんな行為(ブログ&SNS)は真っ平ゴメンです。そういえば、これまで19年間で大手マスコミのテレビ(NHK、関西テレビ、読売テレビ、テレビ朝日)や新聞社(朝日新聞、読売新聞)に何度も取材されましたが、すべて私のブログを見て電話がありました。作成者のディレクターや新聞記者は個人のブログをよく見ているのです。たかがブログ、されどブログです。という事で、最近のブログ作成はチャットGPTに頼っている部分が多いですが、今回の左甚五郎のような未知の分野に関しては、AIにどうしても頼ることが出来ません・・・(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.07.16
閲覧総数 385
8

和泉市の青年団の鳴り物担当方で、だんじり鳴物の練習場所にお困りではありませんか?2026年5月31日に開催される和泉市制70周年記念イベントに向けて、和泉市の青年団による「だんじり鳴り物(お囃子)」の「スタジオ0724」での練習需要が、今月に入ってから急に増えてきました。というのは、騒音問題への対応として、だんじり小屋での練習はイベント1週間前からに制限されており、十分な練習時間を確保できないという課題が浮き彫りになっています。その影響で、防音設備の整った弊社「トランクルーム貝塚」館内で営んでいるリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」への注目が高まり、実際にスタジオにも和泉市の各青年団からの利用が相次いでいるのです。本記事では、「和泉市 だんじり 練習場所」「だんじり 騒音対策」「鳴り物 スタジオ練習」といった検索ニーズに応えながら、今起きている変化とその背景を詳しく解説します。泉州地域のだんじり祭りとスタジオ練習需要の高まりについて泉州地域といえば、全国的にも有名な「だんじり祭り」。勇壮な曳行とともに、祭りの熱気を支える重要な要素の一つが「お囃子(鳴り物)」です。太鼓や鉦(かね)、笛などが織りなす独特のリズムは、だんじり祭りの魅力を語るうえで欠かせません。近年、当スタジオ「スタジオ0724」では、この泉州地域のだんじり祭りに関連する鳴り物の練習利用が増加しています。特に先月に入ってからは、和泉市の各青年団の皆様によるご利用が相次いでおり、例年とは少し異なる動きが見られています。その理由をお伺いすると、2026年5月31日に開催予定の「和泉市制70周年記念イベント」が大きく関係していることがわかりました。このイベントでは、なんとだんじりが35台も一堂に会するという、非常に大規模な催しが予定されています。地域にとっても記念すべき節目のイベントであり、各青年団の皆様も気合いが入っている様子が伝わってきます。しかしながら、練習環境には一つ大きな課題があります。それが「騒音問題」です。だんじりのお囃子は迫力がある反面、音量も大きく、住宅地に近いだんじり小屋ではどうしても近隣への配慮が必要になります。その背景には地元民だけでなく、他の地域からの流入してきた住民もおり、必ずしもだんじり祭りに好意的ではありませんし、地元民にしても受験勉強に忙しい高校生や仕事に忙しい20代の若者も半数はだんじり祭りに参加していないのが知られざる実態です。そのため、和泉市では騒音対策として「イベントの1週間前、つまり5月24日以降でなければ、だんじり小屋での練習ができない」という制限が設けられているそうです。さらに、期間外の練習については警察によるパトロールも行われており、ルールの徹底が図られています。このような背景から、十分な練習時間を確保するために、屋内で音出しが可能な弊社「スタジオ0724」への需要が急増しているのです。当「スタジオ0724」では、防音設備を整えているため、太鼓や鉦などの大きな音も安心して練習していただけます。また、時間帯の柔軟な対応や、団体での利用にも対応しているため、青年団の皆様にとって効率的な練習環境をご提供できていると感じています。このような動きは、いわば「特需」とも言える状況です。地域の伝統行事を支える裏側で、練習環境の確保という新たなニーズが生まれていることは非常に興味深い点です。そして、私たちスタジオ運営者にとっても、地域文化に貢献できる貴重な機会であると考えています。今後も「スタジオ0724」では、だんじり祭りをはじめとした地域文化を支える皆様のお役に立てるよう、設備やサービスの充実に努めてまいります。泉州の伝統がこれからも受け継がれていくよう、微力ながらサポートできれば幸いです。イベント本番に向けて練習に励まれている青年団の皆様、どうぞ体調に気をつけて、最高のパフォーマンスを発揮してください。そして、和泉市70周年記念イベントが大成功となることを心より願っております。だんじり祭りの熱気とともに、スタジオでの練習風景もまた、この季節ならではの活気に満ちています。ぜひ、練習場所をお探しの方はお気軽にお問い合わせください。だんじり祭りの鳴り物練習の騒音問題は、何も和泉市に限らず泉州全域に及んでいますが、河内エリアのだんじり祭りは鳴り物に加えて「歌つき(スピーカーによる)」なので、こういった地域からの需要もあります。更に近年のだんじり大型化による大太鼓のサイズアップも、この騒音問題に拍車を掛けているのも見逃せません。2,30年前までのだんじりの高さは3.6mくらいで大太鼓の大きさは2尺2寸程度だったのですが、近年の新調だんじりは一回り大きい3.9mくらいで大太鼓は2尺5寸程度になり、更なる爆音が出るようになり、騒音が更なる社会問題に拍車を掛けたというのは知られざる事実です。なんせ、何年か前の岸和田市観音寺町のだんじり新調時の入魂式に、山を越えて名越まで大太鼓の音が聴こえるくらいですから・・・(汗)。また和泉市から堺市(泉州北部)のだんじり祭りは伝統的に岸和田の「下だんじり」とは形状が違う「上だんじり」だったのですが、全国的に有名になった「下だんじり」の豪快なやり回しの影響で、だんじり祭りが復活したり買い替えや新調で下だんじりへの変更が相次いだのも祭りが盛んになった要因だったのです。50年以上前の私が堺市にある鳳高校生だった頃に、旧正門前の近くに原田村のだんじり小屋があり、中を覗いてみると長い間放置したと見られる埃の被った上だんじりがあり、通りかかった村人に「だんじり祭りやっているんですか?」と聞くと、「もう長い間やってないんやで」と仰っていましたが、今では下だんじりに変更して盛大な祭りをやっているではありませんか・・・(驚)。そんなマニアックな質問をした鳳高校生は、卒業生3万人のうち私くらいでしょう・・・(笑)。まぁこれらが弊社「スタジオ0724」での鳴り物練習という「新しいマーケット」を生み出したのです。バンドスタジオで和太鼓6台所有なんて馬鹿げたことをする経営者は今後も出てこないでしょうから、このニッチマーケットで独占状態をキープできるしょう・・・(笑)。まぁこういったビジネスチャンスは降って湧いた特需とは言え、バンドスタジオでも和太鼓がないと話にならず、そんな和太鼓まで常設しているスタジオなんか弊社以外に日本にはないのです。ここがポイントです。ライバルが存在しない・・・たとえニッチマーケットでも、ビジネスの要諦はこれに尽きます。学生時代にバンドでドラムをやりながら、だんじり鳴物も子供の頃からやっていた(ウインドサーフィンも)・・・だけなんですが、これが60年経ってビジネスに役立つ(稼げる)なんて夢にも思いませんでした。他人から見たら、単なるドラ息子だったのに・・・(笑)。人生って、本当に分かりませんね・・・まぁ10年前のスタジオを作るときに「貝塚は人口も少ないのでバンドだけでは集客できないだろう・・・ダンスと鳴物も視野に入れよう」というリスクヘッジのアイデアがパッと閃いたのが正解で、ダンスも出来る22畳という泉州一広いスタジオを作り、2尺5寸の大太鼓が入るように別注の防音ドアを作ったのです。この時にアイデアが閃かず、リスクを考えて一般的な8畳くらいのスタジオを作っていれば、ダンスもだんじり鳴物も何もなく、スタジオ会員数も今の3300人の10分の1程度で細々とやっているか採算が悪くて途中で止めていたでしょう・・・という事で、何故か先月から俄かに和泉市の青年団から予約が多いのが気になっていましたが、その謎が解けました。市側もイベントが盛り上がるのはイイが、騒音問題も発生するので頭の痛いところです。その重要に答えているのが弊社スタジオという事で、各青年団の皆様から「ありがたい、助かった」という言葉を頂き、スタジオ経営者冥利に尽きます・・・(涙)。スタジオに和太鼓6台導入して、採算は別にして本当に良かったと思います・・・(汗)。まぁしかし私が名越青年団長だった47年前も、鳴物の練習を軽トラックに積んで東山まで持って行って練習していました。今程だんじり祭りが盛んではなかったので、別の意味で太鼓の音が聴こえない遠方に持って行く必要があり、1週間前からだんじり小屋で叩く際には近隣の家に一声掛けていたのです・・・(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.04.30
閲覧総数 345
9

リハーサル音楽スタジオの予約と言うと、未だにリハスタ業界では電話での予約が多いようです。しかし弊社「スタジオ0724」では、早くからLINEでの予約方式を導入しています。スタジオ会員数1500人超の約70%が、電話が苦手なデジタル世代の10代と20代の若者です。彼らに対応する為にデジタル化が必須で、予約だけでなく通常のやり取りもすべてLINEで完結です。初めてお会いする会員登録の時だけ、実際に利用規約を説明しスタジオに案内しますが、2回目以降は全てLINEでのやり取りです。LINEは非常に便利です。会員登録に要する時間も30分だけですので、説明漏れの可能性もありますので、LINEで予め撮っておいた画像や動画を送って私の説明不足を補います。ホント便利な時代になりました。しかし、何故LINEを活用か・・・?それは苦肉の策で、8月まで一人で5毛作(トランクルーム、音楽スタジオ、卓球場、テレワーク&自習室、不動産仲介業)を営んでいましたので、単純に電話をリアルタイムで取れる時間がないからです。いちいち掛かってきた電話を取っていては仕事になりません。仕事だけでなく、プライベートの趣味やファミリーとの時間も大切にしていますので、時間利用の効率化が必須だったのです。なので、結果的にスマホによる「非同期通信のLINE」に辿り着いたのです。一昨年までの海外旅行でのリモートワークは、非同期通信のLINEに加え「時差予約」で、頭がパニックになりそうでした・・・(笑)。まぁしかしLINE友だち登録も1650人を超え、ショートメール、Eメール、電話だけといった他の連絡ツールしかない人を含めれば、恐らく2500~3000人と5つのビジネスとプライベートで直接繋がっている計算になります。もちろん増え続けるとややこしくなりますので、トランクルームの短期契約などは解約と同時に連絡先を削除したり、定期的に見直し連絡先を削除整理したりしていますが、基本的に人間関係が増える一方です。増え続けるお客さんとの対応に応じる為に、9月から後継者の娘が入り幾らかは緩和されています。という事で、20年前のアナログ時代では「1人で5毛作」なんて考えられませんでしたが、今のデジタル化時代ではコレが可能なのです。デジタル化と偉そうに言っても、単にLINEでヤッテいるだけなんですが・・・(笑)。まだまだ仕事に直結するITテクノロジーに関し、実務で勉強していかなければならない事が山ほどありますが、金を掛けずボチボチ歩みを進めたいと思います。そういったLINE予約を思いついた原点は、やはり月産20万mの織物業時代の一人で何役(経営、営業、経理、受け渡し、サイジング発注、タイイング(ツナギ)、織機修理、立て替え作業、パソコン入力、早出の工員、織物設計、フォークリフト作業、入出庫作業、荷造り、工場管理、従業員送迎)もやっていた効率化の経験にあったのです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.01.07
閲覧総数 282
10

最近ウインドサーフィンやサーフィン関連向けのSEO対策が功を奏してか、ウインドサーフィンやサーフボードの保管利用が増えています。 自分自身がやっているので、特に力が入るのでしょうか(笑)。 もうかれこれ20年以上前のバブル直前のウインドサーフィンブームの時に、二色の浜の人工島でウインドサーフィンの「艇庫」経営をしようと画策した時期がありましたが、結局大手リゾート会社の進出計画で断念せざるをえませんでしたが、よくやらなくてよかったです。 その後、ウインドブームも去り、バブルもはじけ、そのリゾート会社も計画を白紙に戻したほどです。 それが今、皮肉にも紆余曲折がありましたが、ウインドの艇庫のようなものもやっているのです。 20年以上前のウインドサーフィンのボードの主流の長さは3.5~3.9メートルもありましたが、今では2.5メートルと1メートル以上も短くなっていますし、マストも昔は1本モノで4,5メートルもありましたが、今は半分の長さをジョイントするようになっていますので、当社のトランクルームにピッタリです。 通常トランクルームの殆どが、高さ2メートル前後しかないのでウインドやロングサーフボードは収納できませんが、弊社の場合は3.5メートルもありますので余裕で収納できます。 3.5メートルも高さがあるのは、織機(織物機械)室全体を上から掃除するために、掃除ロボットが巡回するためのモノレールを、工場全体に設置していたためです。ロフトが約2メートルのところにあります。ウインドサーフィンを保管しても、まだ天井まで1メートルも余裕があります。 ※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚
2009.08.04
閲覧総数 569
11

今年の町内の盆踊りも14日から3日間行なわれた。 貝塚市内の音頭もテンポが速い「江州音頭」が主流ですが、我が町の昔ながらの情緒あるゆっくりしたテンポの「横山くどき」は少ない。 しかし、だんじり祭り同様盆踊りも、青年団ら若者が町の伝統を守り続けてくれているのは嬉しい限りだ。 音頭とりは全員町内の人間でするわけですが、この語りを覚えるのがなかなか難しい。 私も青年団員の時に挑戦しましたが途中で挫折しました。 いつまでもこの何百年も続いた盆踊りをだんじり祭り同様守って欲しいと思います。しかし、花(寄付)をした時に頂く「うちわ」は毎年変わって面白いです。左が去年、右が今年 ※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚
2008.08.21
閲覧総数 875
12

ドラムは両手両足を使いますので、ボケ防止にピッタリだと思います。両手しか使わないダンジリの和太鼓に比べ、足の分だけ演奏の多彩性があります。ドラムを40年ぶりに再開するために、リハスタ経営を機に自社のドラムレッスンを受ける事にしました。ドラムレッスンを受けて改めて思った事が、「だんじりの太鼓に比べて多彩過ぎて奥が深い・・・」という事です。だんじりの太鼓はパワー主体で、叩くパターンは3~5種類と少なく、大太鼓、小太鼓、鉦、笛と分業体制です。しかしドラムはパワーだけに頼らず手首や関節を上手にテクニック的に使い、バスドラム、スネアドラム、タム(2~5個)、シンバル(3~6)を全て1人で演奏しますので、パターン数でいうと何百、何千とあるでしょう・・・また「ノリ」に関しても、和太鼓とロックのノリが明らかに違うようです(ジャズの場合スウィング)・・・だんじり鳴物(和太鼓パターン)は割と単調ですが、ロックの場合「前ノリ」「後ノリ」「はねる」「溜める」「突っ込む」等々と多彩です・・・私は、まだまだワカッテませんが・・・(笑)。初めてするパターンを覚える時は、頭に血が上ります・・・(笑)。脳から各身体のパーツに指令が行っても、その通り動きませんので、そのジレンマ(ストレス)で脳がショートするのです・・・(笑)。覚える時も人によって右脳寄りか左脳寄りかで、指導方法が違ってきますので先生も大変です。てな具合に、今は毎朝早朝に30分ドラムを叩いています・・・この30分というのがミソで、去年はドラムレッスン参加当初「毎日1時間叩こう!」と意気込んでいましたが、長続きしませんでした。元「なんちゃって」ドラマーで、リハスタを自ら経営しているという最高の環境なのに、長続きしない・・・ナント?贅沢な悩みでしょうか・・・(笑)。しかし、人間ってそんなモンです。人間は本来怠け者で、邪魔臭がりという性悪説を信じます・・・(笑)。人というのは、ヤラナイ(出来ない)言い訳をナンボでもするものです。自分もそうでしたから・・・(笑)。自社のドラムレッスンは必ず受けていますが、長くドラムの「自主練」をやらない期間が続きました。6ヶ月くらいでしょうか・・・「これじゃ、あまりにも勿体ない・・・」と本当に気づき、あるアイデアが閃きました・・・この「本当に」心の底から気づいたら、正にホンモノです。本当に気づくまでが時間が掛かるのです。「ハッと、目が覚める・・・」とでも言うのでしょうか。「30分ドラム」のヒントになったのが、30年続けている毎朝の「15分ストレッチ(腹筋や背筋運動も含む)」です。海外旅行に行った時も、これをやらないと気が済みません。何で?続けられたのか。これも当初試行錯誤があって、30分とか10分とかイロイロ試した結果、15分に落ち着いたのです。細かく緻密な計算をすると、20分では長すぎてヤル気が長続きせず、10分では短すぎて運動効果が少ないのです。15分というのが心理学と運動生理学に基づいた計算の上での時間だったのです。偉そうに・・・(笑)。何もアカデミックな学問は学んでいませんが、長年の実践上の経験に基づいた時間だったのです。しかしこれによって、61歳の今になってもウインドサーフィンや空手やドラムを未だに楽しめているのかと思うのです・・・30年間、毎日亀のような努力が実を結んだと言えるでしょう。まァ、そういう「15分ストレッチ」をヒントに、「30分なら、ドラムを毎日叩けそうだ・・・」という考え方(アイデア)に変わったのです。そうしたら、不思議ですねェ・・・それから、ほぼ毎日ドラムを叩けるようになりました。「考え方ひとつ」で、ここまで変わるのか・・・と。自分の中の「障壁」を下げることによって、プレッシャーそのものが軽くなったのか?すると、またまた不思議なもので、だいたい1時間くらいは実際叩いてますねェ・・・何なんでしょう、この自己催眠術(心理操作)は・・・(笑)。もちろん、身体の調子がイマイチなら15分程度で切り上げる場合もありますが、「半分練習したんだから、エエでしょう・・・」とほぼ満足・・・(笑)。仕事や勉強ではなく趣味の世界なので、「だいたい満足」「ほぼ満足」「楽しかった」で必要十分です。簡単に努力が出来る非凡な人から見たら「こんなショーもナイ事を・・・」と思われて当然かもしれませんが、凡人が努力を続ける事の難しさは、非凡な人には理解できないでしょうねェ・・・しかし、老後の趣味としてのドラムって1.両手、両足という全身運動2.リズム感を養う3.好きな音楽を聴いてドーパミン炸裂(ストレス解消)この3つ効果が期待できます。エステに一生懸命通ったり化粧品に大金を掛けたり、ホエイプロテインを一生懸命飲んで筋トレで外側の筋肉(アウターマッスル)だけを鍛えて「見た目」を若々しく見せるのもアンチエイジングかもしれませんが、ドラムで身体にそれほど負荷を掛けずに全身をバランスよく鍛え、音楽によってココロから楽しむ事が本当のアンチエイジングに繋がっていくのではないでしょうか・・・外と内・・・両方とも意識してアンチエイジングに励めば、マイナス20歳も夢ではありません・・・(笑)。という事で、残り少なくなってきた余生をどう充実させるかが、切実な問題になってきました・・・(笑)。ドラムに関して言えば、今ディープ・パープルやレッド・ツエペリン、バン・へイレンやバッドカンパーといったハードロック(ヘビメタ)をいつまでもやっていれば、いずれはハードすぎて身体がついてこれなくて楽しめなくなると危惧しています・・・いつまでも力一杯叩くロックは無理・・・脱力系のフュージョンやジャズドラムも研究しなければ・・・と。アンチエイジングではなく、年(取っていく)と体力(落ちていく)相応のドラムスタイルに変えていかないと、いつまでも若い頃に拘っていれば老後ライフを楽しめない・・・と。ウインドサーフィンの方はボードを、スピードが出過ぎるスラロームからよりマイルドなフリーライドにボードチェンジし、既に対策を講じています。まァ、今から20年後の80歳時のドラムを想像すると、「ジャズドラム」のテクニック習得を今から始めなければ・・・と思う今日この頃です(笑)。70歳からジャズドラスタートでは遅すぎる・・・かと。ジャズなら、もっと年をとっても楽しめそうだ・・・と。そういう意味で、今は弊社スタジオのドラムレッスンは「ロック」ドラムコースですが、ジャズドラムコースのレッスンをもう1本増やしてもイイかなァ・・・と思っていますし募集しています。ジャズドラムの講師をされたい方は、ドンドン応募ください。今、週1回(火曜10時から2時間)空手をボランティアでスタジオで教えていますが、これもドラムやアンチエイジングに役立っています。拳立て伏せで手首を鍛えることによって、ドラムの18”クラッシュシンバルを叩くときに、右肘を支点にして右手首を返して「裏拳」の要領で叩くのです。これだと、運動量が最小限で済みます。本来のドラミングだと、右肩からの運動ですので時間が掛かります。また、三戦(さんちん)立ちという立ち方で突きや受けの稽古をすることによって、肛門周辺の肛門括約筋(インナーマッスル)を鍛えられます。筋トレマシンでは決して鍛えられない部分で、空手の有用性がこんなところでも発揮されます。空手は単に護身術や格闘技ではない事の証明です。老後に問題になるのが排泄です。この肛門括約筋を鍛えることによって、この問題がかなり改善されることが期待できるのです・・・(笑)。いくら肌とアウターマッスルを鍛えて「見た目」が若々しくても、肛門括約筋が弱って自己コントロール出来ずに老人ホームでお漏らしをしたらカッコ悪いでしょうねェ・・・空手家はその点、老人ホームでは優等生のはずです・・・(笑)。若い頃は、そんな事を何も考えずに三戦立ちで稽古をしていましたが、今になって先人の教えが非常に役に立っていると思うのです・・・(涙)。また、ドラムを叩くときに無意識に「正中線」をキープしながらを背筋を伸ばして叩いている自分がいるのにビックリ。これも、空手効果か・・・?にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.10.04
閲覧総数 320
13

私は大阪南部(泉州)でトランクルームとリハーサル音楽(バンド)スタジオの経営を、それぞ20年と10年行っています。トランクルームは大阪最大級2棟171室、スタジオは泉州最大級5室で会員数3400人弱で、他に4事業(不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)を娘と2人だけで無借金経営を貫いています。20年前の織物業を廃業した時に銀行からの全ての借金を返済し、気分一新してからトランクルーム賃貸業に転業したのです。20年前まで祖父の代から57年間も全く関係のない泉州の地場産業だった織物業を営んでいましたが、2棟の織物工場を改造コンバージョンしてトランクルームに転業後は一念発起「宅建士(国家資格)」「ファイナンシャルプランナー(2級国家資格、AFP)」といった9つの資格を1年以内にサッと取り、脳ミソの中身をガラガラポンで入れ替えました。特に私にとって1番難しかった宅建士は、トランクルームが軌道に乗るまでの1年半は他社の織物工場で12時間働きながら深夜2時に起床して受験勉強していて、「1回だけチャレンジしてダメなら不動産仲介業の道は諦めよう」と自分自身に背水の陣を敷いて、もうノイローゼ寸前まで必死のパッチで勉強していました・・・(汗)。当時50歳でしたので、思った以上に全く新しい分野の理解力がなく愕然としましたが、そんな言い訳をしても仕方がないので、母親や妻子5人を養う義務があったので、ガムを嚙んだり顔を何十回も洗ったり頬っぺたを張ったりして睡魔と戦い、12時間歩きっぱなしの織物工場の現場(機織り)ではずっと寝不足でしたので、たまに歩いている最中に突然睡魔が襲ってきてコケそうになりました・・・(汗)。まぁ製造業のままの堅い頭では180度違うサービス業ではヤッテいけない・・・という危機感からで、無理してでも変える必要があったのです(汗)。頭を完全に切り替えることよってでしか、新たなスタートを切る事ができません。いつまでも過去の事を引き摺っていては未来に支障をきたすのは、何も仕事だけに限らず人生全般に言えることです。逆に言うと「上手に切り替えられるかどうか?」・・・という頭の柔軟性が問われ、それが未来を決定づけるのです。まぁしかし仕事柄、エンドユーザー直の中間業者が入っていない経営スタイルなので、そういった日々さまざまなお客様と直接私が接していますが、年齢を重ねるにつれて強く感じるようになったことがあります。部屋数が少ないトランクルームやスタジオでは、決して経験できないような様々な場面に直面して、その度に打開策を考えて乗り切って来た経験が私の財産で、それを糧にまた「次のステップ」へと新たなカイゼン策を考えたり、新規事業にチャレンジしようとしています。まぁしかし言ってみれば、「人生で最も価値があるのは思い出である」ということです。先日娘ファミリーを連れて、3泊4日で沖縄県石垣島へ三世代家族旅行に行ってきました。今回宿泊したのはフサキビーチリゾートです。実は我が家では毎年6月になるとクラブメッド石垣島を訪れることが恒例になっており、10年近く続いています。しかし今回は目先を変えてフサキビーチリゾートにしました。この旅行を通じて家族旅行の素晴らしさと、思い出への投資の重要性を改めて実感することができました。< 三世代家族旅行がもたらす特別な価値>近年「三世代家族旅行」という言葉をよく見かけるようになりました。祖父母、親、子供が一緒に旅行することで、それぞれの世代が異なる楽しみ方を共有できます。私の場合、旅行中に最も印象に残ったのは孫たちの笑顔でした。海やプールで遊び、家族で食事をし・・・一緒に大阪湾では見れないキレイな沖縄の海を眺める。その何気ない時間が、何にも代えがたい宝物になります。確かに旅行には費用がかかります。飛行機代、ホテル代、食事代、ツアー代、タクシー代などを考えると決して安くはありません。しかし、思い出はお金では買えません。後になって振り返った時に残るのは、旅行で使った金額ではなく、その時に家族と共有した時間なのです。我がファミリーでは毎年4〜5回ほど国内旅行を楽しみ、そのうち1回は飛行機を利用して沖縄旅行をしています。これは単なるレジャーではなく、家族への投資であり、人生への投資だと考えています。幸い使ったお金は、税務署も税金のかからない生前贈与・・・という事で見逃してくれるのか(汗)。今回改めて感じたのはフサキビーチリゾートとクラブメッド石垣島は非常に対照的なリゾート施設だということです。<フサキビーチリゾートの魅力>フサキビーチリゾート最大の魅力は、子供たちが楽しめる施設が充実していることです。大型プールやウォータースライダー、水遊びエリア(バナナボート、ペダルボート、SUPなど)などが整備されており、小さな子供でも安全に楽しめます。また室内温水プールや温泉もあり、今回異常気象か寒かったのでちょうど良かったです。実際に孫たちは朝から夕方までプールで遊び続けていました。親世代にとっても、子供が喜んでいる姿を見ることは大きな喜びです。客数に対するスタッフ数もクラブメッドの3倍くらいいる感じで、経営的に人件費倒れになるのではないか・・・と心配するほどです(笑)。料理もバラエティ豊富で美味しく、規模も大きく、日本人客も多く・・・台湾や韓国といった外国人客が大半のクラブメッドより金額も掛かるワンランク上の高級リゾートという感じでした。まぁ家族旅行という観点では、非常に優れたリゾートだと思います。施設内でのBBQでは石垣牛のステーキを堪能し、2回は石垣市内に繰り出してなかなか予約が取れなかった居酒屋に行って魚料理を堪能し、普段味わえない料理に感動しました。<クラブメッド石垣島の魅力>一方クラブメッド石垣島はアクティブな大人向けのリゾートという印象があります。ウインドサーフィン、SUP、カヤック、ヨガ、テニス、スカッシュ、空中ブランコ、パターゴルフ、アーチェリー、屋外プールなどのスポーツプログラムが充実しており、リゾートライフを満喫できます。また小さな子供預かってくれるキッズクラブがあり、娘らにしても夫婦だけ遊べるので大変助かるシステムのようです。私自身はウインドサーフィンを長年やっていますし、先月からテニススクールに入会しテニスを楽しんでいますので、絶対クラブメッド派です。自然を満喫しながらスポーツを楽しむ時間は格別です。しかし孫たちに聞くと、圧倒的にフサキビーチリゾートが楽しかったと言います。大人と子供で評価が分かれるところが非常に興味深いところです。さて来年はどうするか・・・?<トランクルーム経営と家族旅行に共通する価値>南大阪(泉州)でトランクルーム経営を20年続けてきましたが、商圏は西は神戸、北は京都、東が奈良、南は和歌山と割と広範囲からの集客している中で感じることがありますお客様は単に収納スペースを借りているわけではありません。思い出の品を保管したり、趣味の道具を大切に管理したり、家族の生活空間を快適にしたりするために利用されています。例えば、・子供の成長記録・アルバム・アウトドア用品・季節用品・趣味のコレクションなどです。トランクルーム活用法を考えるとき、そこには必ず「思い出」が存在しています。旅行で増えた思い出の品々も、適切に保管することで家族の歴史として残すことができます。トランクルームは単なる収納施設ではなく、人生の思い出を守る場所でもあるのです。< 音楽スタジオ経営から学ぶ人生の豊かさ>私はトランクルーム館内で音楽スタジオ経営も行っています。本格スタジオを10年間運営していると、多くのミュージシャンやバンドの方々と出会います。若い頃から音楽を続けている方。仕事を引退して趣味として再開した方。親子で音楽を楽しむ方。さまざまな利用者がおられます。皆さんに共通しているのは、音楽そのものだけでなく、仲間との時間を大切にしていることです。音楽スタジオは単なる練習場所ではありません。人生の思い出を作る場所です。これは家族旅行とよく似ています。旅行も音楽も、お金を払っている対象は施設やサービスですが、本当に得ているものは体験や感動なのです。< 思い出への投資は最高の資産になる>資産形成というと不動産投資や株式投資を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろんそれらも重要です。しかし私は最近、「思い出への投資」こそが人生で最も価値のある投資ではないかと感じています。家族との旅行。友人との音楽活動。仲間との時間。こうした経験は年齢を重ねるほど価値が高まります。そして、それらの思い出が仕事へのモチベーションにもなります。だから私はこれからもトランクルーム経営と音楽スタジオ経営に全力で取り組みながら、家族との時間も大切にしていきたいと思います。今回初めて孫たちが「ジイジ一人で可哀そうや」と思ったのか知りませんが、私の部屋でワイワイ騒ぎながら親と離れて3日とも泊まりました。特に1番下の孫は、生まれて初めて母親と離れて寝たので最初は一瞬寂しそうでしたが、従姉らと過ごす方が楽しかったのか2日目からケロッとして、少し親離れしたようです。家族旅行には、こういった効用もある・・・のだと思いました。<まとめ|石垣島旅行は家族の絆を深める最高の機会>今回の石垣島旅行を通じて改めて感じたことがあります。それは、家族と過ごす時間こそが人生最大の財産であるということです。フサキビーチリゾートには子供たちを笑顔にする魅力があり、クラブメッド石垣島には大人が楽しめる魅力があります。どちらを選ぶかは家族構成によって変わるでしょう。しかし共通しているのは、家族の絆を深める素晴らしい時間を提供してくれることです。大阪や関西で仕事を頑張りながら、これからも家族との思い出を増やしていきたいと思います。そして来年もまた石垣島へ。クラブメッド石垣島か、フサキビーチリゾートか・・・それともまた違うビーチリゾートか?ビーチやプールといった「ウオータープレジャー」という意味では共通しています。その悩みもまた、家族旅行の楽しみの一つなのかもしれません。という事で、私は大阪南部(泉州)でトランクルームと音楽スタジオを経営していますが、今回の石垣島での三世代旅行を通じて改めて感じたことがあります。それは、現代の消費者が求めているのはモノではなく「コト消費」だということです。家族との旅行も、音楽スタジオでの演奏も、トランクルームによる快適な暮らしも、その本質は人生を豊かにする「体験価値」にあるのです。そういったコト消費ビジネスは人に役に立っているのを実感しますし、それが69歳になっても未だ仕事への意欲に繋がり・・・それで稼げば、また旅行に行けるという好循環に繋がるのです。まぁしかし、年々大きくなる孫の成長が何よりの楽しみですが、逆に自分がドンドン年を食ってくる・・・という事なので、「100歳まで(あと30年)元気に生きる」事が人生目標の私にとって、年相応に老いぼれないようにアンチエイジングとして「食事(朝食抜きプチ断食)」「睡眠(7時間確保)」「運動(ウインドサーフィン、筋トレマシン、ストレッチ、空手、ドラム、テニス、ウイングフォイル)」「仕事(6事業+新規)」を毎日ストレスなくやっていこう・・・と(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.06.17
閲覧総数 209
14

最近音楽ライブで60代、70代のシンガーソングライターが元気にステージに立っている姿をよく見かけます。私が10代20代の頃に死ぬほど聴いた曲を、まだまだ現役でステージで歌っているのです。私が昨年から今年にかけて行ったライブでは、高中正義、八神純子、杏里、EPO、アースウインド&ファイヤー、ラウドネス、南佳孝、杉山清貴、シャカタク、カシオペア、スターダストレビュー、山下達郎・・・シャカタクのドラマーなんかはナント87歳ですが、それでもガンガン叩いていますねェ・・・今後行きたいライブでも、サザンオールスターズ、安全地帯(玉置浩二)、竹内まりや、ユーミン、シカゴ、BOSTON、ジャーニー、TOTO、フォリナー、ローリングストーンズ・・・と・・・みなさん60代、70代、80代のアーティストです。彼らはまだまだ現役バリバリでライブをこなしているのです。スゴイと思いませんか・・・?単に歌だけを歌うのではなく、自分で曲を作り、自分の言葉で歌を届ける。だからこそ年齢を重ねてもなお輝き続け、聴く人の心に響くのだと思います。現に単に歌を歌うだけの歌手は殆ど消えてしまっている・・・という現実を見れば、やはり単一の武器では戦えないという事で、ピストルを撃ちながら背中には機関銃を背負い腰には手りゅう弾を持ち、捕虜になって裸にされれば最終的に徒手空拳の空手で戦うという二重三重の戦略と気概が・・・音楽でもビジネスでも「その道」でメシを食っていこうと思えば必要なのです。なので、起業しても10年で95%が消える(倒産廃業)と言われ、親の残した資産があっても知らぬ間に能力不足の二代目や三代目が食いつぶす例が世間で山ほどあります。弊社がかつて織物時代に加盟していた大阪南部織物組合(岸和田市~岬町)は最盛期の1960年代後半に680社ほどあったのが(泉佐野のタオル業者約1000社、泉大津の毛布業者約800社、和泉市~堺市の小幅織物業者約1000社は別勘定で)、たった2%しか残っておらず、弊社も含め98%が倒産や廃業しましたが・・・これが実際の恐ろしい現実です。卑近な例で言うと、名越町に11社あったのが1社しか残っておらず、お隣の森町では20社あったのがゼロです(他の木島地区の清児、三ツ松、水間は全てゼロ)。まぁある意味、そんな下剋上的なカラクリで世界経済が回っていて、ヤル気と明晰な頭脳があれば儲けられるチャンスがいくらでも転がっているのです。まぁシンガーソングライターは「歌+作曲」という二刀流で活動しているからこそ、唯一無二の存在感を放てるのです。経営も同じ「二刀流」この姿勢は、実は私の経営にも通じるところがあります。通常、トランクルームや音楽スタジオを運営する場合、土地は借りて業者に任せてしまうことが多いかもしれません。ですが弊社は土地と建物を自社で所有し、中間業者を排除し自ら1から10まで経営しています。つまりトランクルーム賃貸業と音楽スタジオという二つの事業を、業者に一切頼らずに自前で運営しているのです(他にも不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場も)。まさにシンガーソングライターのように、自分で曲を作り、自分で歌うスタイルと同じなのです。業者任せにせず、自分の手で運営していくからこそ、サービスに直接想いを込められる。そして、利用してくださるお客様にダイレクトにその想いを届けられるのだと思います。<二刀流の強み>シンガーソングライターにとって「作詞作曲+歌唱」という二刀流は、音楽活動を長く続けるための大きな強みです。同じように、土地を持ち、自社で経営することは、安定した事業運営につながります。まぁ言ってみれば、他人(他社)に全く依存しない究極のローコスト経営です。外部に依存せず、自らの判断で進められるのは、まさにオリジナルの音楽を生み出す姿と重なります。60代、70代のシンガーソングライターが輝き続けるように、私たちもまた、自ら土地を持ち、経営を行う「二刀流」のスタイルで、これからも事業を続けていきたいと思います。「自分で作り、自分で届ける」――その精神は音楽にも経営にも共通する、大切なエネルギーなのかもしれません。という事で、確かに業者に任せれば自分は楽かもしれませんが、その裏には自社で経営ノウハウがまったく蓄積できないとか、美味しいところを業者に持っていかれ全然儲からない(四季報を見れば一目瞭然)・・・といった恐ろしい現実が潜んでいるので、繊維業界のユニクロのようなSPA(製造小売り)的な発想で自社で1から10まで手掛ける必要があるのです。普通に考えれば当たり前の話で、ボランティアを除いて誰も報酬(手数料、管理料、給与)が無ければ他人のために働くなんてあり得ないのです。私は大卒後4年間サラリーマンをしていましたが、朝6時に家を出て夜帰宅するのは10時11時というハードワーク(日曜のみ休み)が続き、しかもこんな安月給では妻と小さな子供2人を養えないと悟りました。雇用される立場だと永遠に搾取され続けるのだ・・・と。とどめは親戚の葬式でも休むな・・・と言われ、こんな無茶な経営者にはついて行ったら(会社を辞めなければ)こっちがダメになると思いました。そして規模は小さくとも雇用する側に立てる家業(織物業)に戻るのがベストだ・・・と、29歳の時に決断したのです。案の定、私が辞めて10年後くらいに、100億くらいの売上があったこの会社は自己破産してしまい、当時の私の判断が正しかった・・・と思いました。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.07.15
閲覧総数 173
15

先日私のLINE友達が2800人を突破しました。これまで会った中で、LINE友達の多さは私がダントツの1番で、私以外の多い人でもせいぜい1000人くらいでした。2700人になったのは昨年10月15日でしたので、10カ月足らずで新たに100人の方とLINEでつながったことになります。数字だけを見ると「LINE友達が増えた」という話ですが、私にとっては単なる友達の人数ではありません。この2800人という数字は、6つの事業を支える大切なお客様や取引先とのコミュニケーションの積み重ねであり、年々増えてくる現在の仕事のスタイルそのものを表している数字だと感じています。普通70歳ともなれば多くは仕事も現役引退してヒッソリと暮らし公私とも友達は減ってきますが、私の場合まだまだ「仕事も遊びも現役」で頑張っているので年々増えているのです。世の中の有名オーナー企業の創業者も、82歳(ニトリ)、77歳(ユニクロ)、ソフトバンク(69歳)とまだまだ現役バリバリですから、弊社のような零細企業なら尚更、私も少なくとも「あと20年」90歳まではこのまま現役を続けたいと思いますし、まだまだイケるでしょう・・・これから20年・・・ビジネスやプライベートでイロイロできることに、もうワクワクしかないです。ある意味、そういった生き方がボケを遅らせているのかも・・・(汗)。<LINE友達の約8割は仕事関係>私が現在運営している事業は次の6つです。・トランクルーム事業・音楽スタジオ事業・不動産仲介業・レンタル事務所事業・卓球場事業・駐車場事業これら6つの事業を、私と娘の2人だけで運営しています。社員が何十人もいる会社ではありません。そのため、お客様対応の方法を工夫しなければ仕事は回りません。現在LINE友達は2800人ですが、その約8割は仕事関係の方です。つまり、LINEは単なる連絡ツールではなく、会社の業務システムの一部として機能しています。<電話対応をやめた理由>以前は電話対応もしていました。しかし電話は、かかってきた瞬間に対応しなければなりませんし、言った言わないのトラブルに発展する可能性さえあります。特に不動産仲介業も兼業していますが、同業者で1本の電話のミス(建築物の納期で)で何千万円も損害賠償で訴えられた・・・というような話を聞くと、尚更電話は恐ろしいなと感じます。不動産業界の動く金額は大きいので、一歩間違うと命取りになるという事です。まぁ接客中でも、外出中でも、車を運転中でも、電話は鳴ります。しかも一件の電話で10分、20分と時間が取られることもあります。もう何年も前から80歳のお寺の住職とさえLINEでのやり取りです。もうこれでお寺にいちいち電話する事はなくなりました。我々檀家でもヒマを持て余している老人は別ですが、未だに現役で仕事を頑張って日々の用事で忙殺されている私のような人間にとってお寺のDX化は嬉しい限りです。お寺の檀家さんも何百軒もあり、歴史の古いお寺なので法事(1周忌から始めまり3回忌・・・50回忌)も膨大な数になり、とうに記憶の限界も超えており、お寺でさえビジネス的なCSを考えると日付の間違いは許されないのです。コロナを契機にお寺の経営も一挙に悪化しており、浮世離れした従来のままではますます檀家離れが加速しますので、檀家を死守するためにも例えばLINEのようなDX化は必須なのです。我々一般ビジネスも状況が刻々と変わり法律も変わっていく中、何百年も変わらず檀家の多くも意味も分からないお経を読んでいる仏教界も、生き残るところは世の中の変化に合わせて少しづつ変わっていっているのです。弊社は娘と2人だけで6事業を運営しています。電話を優先していては、本来行うべき仕事が止まってしまいます。そこで思い切って、リアルタイムの電話対応を基本的にやめ、LINEによる非同期コミュニケーションを中心にしました。これは決して「お客様に不便をお願いする」という考えではありません。むしろ、お客様にとってもメリットがあります。まぁ今時、大手の会社でもいちいち電話対応なんて少なく、零細企業だと尚更電話対応しているようではダメだという事です。<LINE予約はお客様にも便利>LINEなら24時間いつでも送れます。営業時間を気にする必要もありません。仕事が終わった夜でも予約できます。こちらも空いた時間に確認し、順番に返信できます。電話のように「つながらない」「話し中」「営業時間外」といったこともありません。履歴も残ります。予約内容も確認できます。写真や動画も送れます。利用規約を事前にPDFで送れます。地図も送れます。変更内容も残ります。電話よりも圧倒的にミスが少なくなりました。<音楽スタジオの予約は100%LINE>このLINE活用が最も進んでいるのが「スタジオ0724」です。音楽スタジオの会員数は約3400人になっています。スタジオ予約はすべてLINEです。バンドには4人から5人、多い場合はそれ以上のメンバーがいます。しかし実際にやり取りするのは、バンドマスターや代表者の方だけです。つまり、一つのバンドにつき一人とLINEで連絡を取れば予約が成立します。全メンバーと個別に連絡を取る必要はありません。そのため非常に効率よく予約管理ができます。予約変更やキャンセル、機材に関する質問なども動画を駆使したりしてLINEで完結します。お客様も慣れているため、スムーズにコミュニケーションが取れています。<トランクルームもLINEとの相性が非常に良い>トランクルーム事業でもLINEは大活躍しています。空室確認料金案内現地案内契約手続き利用開始日の相談写真の送付これらのほとんどをLINEで進めています。トランクルームを探されるお客様は仕事中の方も多く、電話に出られないケースも少なくありません。その点、LINEなら好きなタイミングで確認できます。こちらも現地写真や資料を送れるため、説明もしやすくなります。契約までの流れもスムーズになり、お客様の負担も減りました。<DXは大企業だけのものではない>DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を聞くと、大企業だけの話と思われる方もいるかもしれません。しかし実際には、小さな会社ほどDXの効果は大きいと感じています。私たちは社員数2人です。だからこそ、一人分の時間を節約できれば、その効果は非常に大きくなります。電話を減らす。紙を減らす。LINEを活用する。予約をデジタル化する。情報を共有する。こうした小さな改善の積み重ねが、現在の運営を支えています。これからはAIによってもっとできる事が増えて来そうです。一般社会でもホワイトカラーの仕事がAIに代わってドンドン減って、逆にブルーカラーの価値が上がりますが、そのブルーカラーの仕事もロボットに置き換わっていくのもそう遠くないでしょう。そのように今後の社会がAIによってドンドン変わっていく姿を見れるのは、70歳の私にとって非常に嬉しい限りです。おそらく夢でも何でもなく、弊社も5年以内に2棟4フロア(171室)の「トランクルーム貝塚」に24時間働くロボットを導入して、掃除や客対応をして、逆にサービスが良くなっているかも・・・(笑)。<6事業を2人で運営できる理由>「どうして6つも事業を2人だけで運営できるのですか?」この質問をよくいただきます。答えは特別なことではありません。仕事の仕組みをできるだけシンプルにしているからです。電話中心ではなくLINE中心。紙ではなくデータ。対面だけでなくオンライン。できるところは無人化。そして繰り返し行う仕事は標準化する。これらを積み重ねてきた結果、少人数でも複数事業を運営できるようになりました。もちろん、お客様とのコミュニケーションは非常に大切です。だからこそ、連絡しやすく、記録も残り、お互いの都合の良い時間でやり取りできるLINEを積極的に活用しています。<LINE友達2800人は信頼の積み重ね>LINE友達2800人という数字は、一日でできたものではありません。一人ひとりのお客様とのご縁が積み重なった結果です。トランクルームをご利用いただいたお客様。音楽スタジオをご利用いただいたバンドの皆様。不動産のお客様。レンタル事務所をご利用の企業様。卓球場をご利用の皆様。駐車場をご契約いただいているお客様。多くの方とのつながりが、この2800人という数字になっています。本当にありがとうございます。<これからもDXを取り入れ、お客様に便利なサービスを>時代は確実に変化しています。電話中心だった時代から、LINEをはじめとするメッセージアプリを活用する時代へ。私たちも新しい技術を積極的に取り入れ、お客様にとって便利で使いやすいサービスを提供していきたいと考えています。トランクルームも、音楽スタジオも、不動産も、レンタル事務所も、卓球場も、駐車場も、これからは「便利だから選ばれる時代」です。LINEによる予約やお問い合わせは、その第一歩だと思っています。10カ月で100人増えたLINE友達2800人。この数字に満足することなく、これからもお客様とのご縁を大切にしながら、DXを活用した新しい働き方を実践していきます。そして、「少人数でもここまでできる」ということを、自分たちの実践を通じて発信し続けたいと思います。という事で、初めてLINEを使い始めたのが確かジョイフィット(スポーツクラブ)に通っていた12、3年前くらいの頃で、ジム友がやっているのを見て「何それ?」と聞いたのが知ったキッカケでした。それからジム友を中心にボツボツやりだしましたが、まだスタジオは開業していなかったので、それほどLINEを利用する事はありませんでした。10年前から「スタジオ0724」をやりだし、それから会員さんとの連絡にアレヨアレヨという間にドンドン増えてきたのです。こりゃ便利や・・・と。やはり何でも興味があれば、一度試してみる、やってみる・・・という行動力が必要で、それが明るい未来に少しづつ繋がるのです。ジムに通っていなければLINEの存在を知るのが遅れ、今のスタジオ会員数3400人になっていなかったでしょう・・・(汗)。仕事を一生懸命真面目にするのも大事ですが、ジムに通うという余計な事も、時には周り回って仕事に役立つこともあるのです。LINE友達は5000人まで登録できるそうなので、これから3000人、4000人・・・5000人目指して頑張ります。しかし5000人達成した頃は、また新たなツールができそうです。そうやってドンドン変化していくビジネスシーンに何処までもついて行こうと思いますが、ついて行けなくなれば、その時は引退の文字が初めて浮かんでくるでしょう・・・ね(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.08.06
閲覧総数 139
16

元AKBの川崎希さんが今年の国家資格である宅建士(宅地建物取引士)に合格したそうです。今年は23万人受験して4万人が合格したという人気NO1の国家資格です。まぁ小さな子供2人を育てながら受験勉強する時間を捻出して、朝4時に起きたり夜中3時まで受験勉強したそうです。今回の受験は3回目で、1回目は1点足らず、2回目は2,3点足らずに不合格になり、3度目の正直で合格を勝ち取ったそうです。ホンと大変だったと思いますし、かなりの努力家だった事がうかがえます。本当に努力した・・・という意味で、私の16年前の宅建士受験を思い出します。私の場合1回目でかろうじて合格しましたが、他社の織物工場で12時間働きながらの受験勉強でしたので、朝2時に起床して9カ月間も毎日3時間勉強していましたので、「こんな辛い受験勉強は2度としたくない・・・不合格ならスパッと潔く諦めて別の道を歩もう!」と50歳の自分に背水の陣を敷いたのが功を奏したのです。私は資格学校に通っている暇もなく独学で勉強しましたが、恐らく川崎さんも時間的な面で独学だったろうと察しますが、この独学こそ本当に苦労・・・苦労の連続だった事を思い出すと涙が出て来ます。そりゃそうです。全く初めての業界で指導者もなく、本を読んでも意味不明と理解不能の連続で、何度も挫折しかけましたが・・・それを乗り越えた自信というのは、何物にも代えがたいモノがあります(涙)。この不動産業界の独占の国家資格である宅建士資格は、一人で不動産仲介業を営むにはどうしても必要なのです。だから私の人生でこれ以上頑張った事がないくらい、朝2時起床でしたので眠い目をガムと目薬で無理やり起こし、時には顔面フックで脳を揺らし、手の甲に剣山を当てて痛みで起き・・・正に必死のパッチに勉強したのです(汗)。まさか50歳で受験勉強・・・なんて想像もしていませんでしたが、想像以上に頭と身体にダメージを与えました。報道によると、私と全く同じ動機の「不動産屋さんを開業したいという目標があって・・・」という事らしいです。私の場合、17年前に織物業からトランクルーム業に転業したものの、当初集客に苦労して「トランクルーム事業は失敗したかも?ならば・・・もう一つ、事務所で一人でできる商売をしなければ」という強い思いから、家族5人を養うために他社の織物工場で正社員として月曜から土曜まで毎日12時間(残業4時間)労働を1年半続けながら宅建士を目指したのです・・・(汗)。私も川崎さんも宅建士合格の先に「本当の目標(不動産屋開業)」があったのです。単に資格を取りたいではなく、合格した先に具体的な目標があったのです。ココです・・・ポイントは。単に会社から資格手当がもらえるからでは、試験勉強に対する意欲がなかなか湧きません。大学医学部受験でも「病気の人を助けたい」という本心からの動機なら、受験勉強に励みが出てくるのと同じ理屈です。元巨人の江川投手も高校時代に怪物と言われるほどの剛速球を投げていましたが、何かのインタビューで「キャッチャーミットめがけて投げているのではないです。後ろのバックネットめがけて投げているんです。」と涼しげに答えていましたが、正に宅建受験と同じように、目標設定が如何に重要かという好例です。宅建士の合格率は17%とか言われますが、受験生の半数くらいは会社から受験するように言われて渋々受けたとか、主婦が趣味で受けたとか・・・それほど勉強していない受験生が多いのが合格率が低いカラクリで、真剣に勉強している人は半数くらいで実際にはそれほど恐れる資格ではないのです。弁護士は秀才が毎日10時間以上の受験勉強を平均5,6年も気が狂うほど必死で勉強してもなかなか合格できない日本一超難関の国家資格ですが(昔は毎年試験当日に発狂者が出るので、試験会場に救急車が待機していたらしい)、宅建士は普通の頭脳があり合格後の具体的なイメージがあれば、マスコミが煽るほど難しい試験ではないのです。恐らく私と同じように川崎さんも不動産業界が未経験でのスタートで、単に個人が宅建士を取ったからと言って不動産契約を1人で締結できませんので、自分の会社が宅地建物取引業の知事免許を取る必要があり、その前提として川崎さんの既存のアパレル会社の定款に不動産業を追加して(或いは別会社を作って)一人で始めるだろうと思いますが、なんせ有名人なので、起業当初からオファーが殺到するでしょう。この辺が私みたいに50歳超えてから始めたオッサンとの違いで、ホンと羨ましい限りです。有名アイドルが宅建士を取るなんて芸能界初で、しかも既に自分の会社を持っていますから定款を変えて業者免許を取れば直ぐにでも不動産仲介業を始められ、しかも有名人なので最初から集客に苦労する事はない・・・と誰も思いつかなかった事を実践してきたストーリーを見ると、やはり彼女の本当の顔は筋金入りの本物の商売人だなぁと察します。という事で、宅建協会か全日のどちらかの不動産団体に所属すると思われますが、さぞかし川崎さんが所属されるであろう支部も華やかになって盛り上がる事でしょう・・・まぁしかし元有名アイドルの可愛い女性が「不動産屋をやりたい」だなんて、同業者としてこんな励みになり嬉しいことはありません・・・(涙)。これによって若手経営者の新規参入が相次ぎ、不動産業界の活性化に繋がれば・・・と(汗)。やはり若い人が自ら進んで「やりたい!」と手を挙げる業界でないと、将来に希望が持てませんから。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2023.11.26
閲覧総数 912
17

「卓球を今からやりたいんです~」という初めてのお客さんから電話が毎日弊社「貝塚卓球センター」に掛かってきます。それが毎日、毎日電話が掛かってくるんですよ・・・(驚)。殆どがボールもラケットも持っていない初心者のファミリー層で、他社にはないワイワイ騒いでも問題ない個室が人気なんでしょう。個室・・・目当てに、弊社卓球場にやって来るのです。小さな子供と一緒にピンポンをワイワイ楽しんだら、子供も喜ぶだろう・・・という親の心理です。よくも、こんなに毎日、毎日新規オファーの電話が掛かってくるなんて・・・感心します。1部屋1時間500円(6人まで)という、日本一安い利用料金というのが魅力なんでしょう。安すぎて、客が殺到・・・という一面もあるのでしょう。卓球場は本業ではありませんので、別にそれで採算を合わす必要もありませんので、単に会員数が増えれば最初に館内を案内しますので「トランクルームと音楽スタジオも知ってもらう」というフィードバック戦略と言ってもイイでしょう。単に1時間500円だけでは商売にならないので、卓球場を利用する事によって「そう言えば、トランクルームの中に卓球場があったっけ・・・」という潜在意識が宣伝効果になっているのです。単発の効果だけを狙っていくほど日本のビジネスシーンは甘くはなく、2つ以上のシナジー効果を狙ってこそビジネスがプラスに働くのです。なので、利益を生まない通勤時間や殆ど移動時間の出張や配達といった事は時間の無駄だと極力避け、通勤は自転車で1分ですし、不動産仲介業は片道15分以内の貝塚市内の事業用物件に限定し、トランクルームのお客さんの荷物の出し入れは勝手にやってもらっています。まぁしかし、世の中にはそんなファミリーピンポンの需要が相当あるという事なんでしょうが、90%くらいは新規の卓球場利用を断っています。当日突然卓球場に来られたらほぼ100%断っています。当日の私の予定は他の仕事やプライベートで既にだいたい決まっていて、空いている時間がないからです。勿体ない話ですが。機会損失といえばそうなんですが、弊社は会員制なので初回利用時だけ私との対面の会員登録が必要なのです。その会員登録のタイミングが、当日だと私のスケジュールと合わないのです。前日の予約だと大丈夫ですが、当日だとダメなのです。問題はココなのですが、会員制の維持は絶対譲れませんし、私の身体は1つしかないので残念ながらどうしようもありません。なので、予約の取れない貝塚卓球センター・・・と言われているのかも知れません。ネットで簡単に会員登録ができそうなものですが、実際の弊社のようなセルフサービスの店舗ビジネスは複雑すぎて難しいのですが、実はこの辺に弊社独自の経営ノウハウがあり、他社が簡単に真似する事はできないのです。もし卓球場が本業で全ての新規顧客を受け入れていたら、今の会員数の10倍の4000人くらいになっていたかも知れませんが、1時間500円ではスタッフを雇う事も出来ないのです。まぁこの辺が娘と二人だけで運営している「五毛作経営」のウイークポイントですが、売り上げ全体の事と私の動ける仕事量のバランスを考えると、致し方ない・・・と結論付けています。ある意味、売上を捨てているという事です。結局「どこに重点を置くか?」という点に集約されます。しかし会員さんだと、当日でも意外とスッとLINEで予約が取れるのです。私が会員登録のために動く必要(手間)がありませんから(1分でスマホのLINEで予約完結)。ビジネスは時間との戦いで、如何に効率的に仕事を回すかに全てが懸かっていて(生産性を極力アップ)、プライベートの時間も確保しなければ逆に仕事に悪影響を及ぼすのです。昔から「よく学びよく遊び」なんて言われるのも、そういった理由からで、勉強(遊び)ばかりやっていると人生をマクロで考えると逆に効率が悪いのです。という事で、会員登録がネックで新規の卓球客の90%を機会損失している訳ですが、5つのビジネス(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場)には本業のトランクルームに続いて副業の1番手の音楽スタジオ・・・と優先順位がありますので致し方ない事だったのです。本業のトランクルームの空室対策としてレンタル自習室と卓球場は「トランクルームとの二毛作」をやっていて、トランクルームが忙しくなれば卓球場3室ともトランクルームに転換しますので、卓球場の売上がゼロになるのも織り込み済みだったのです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.09.16
閲覧総数 233
18

来年ついに70歳を迎える訳ですが、70歳と言えばオジイチャン・・・文字通り年寄りになる訳で、一般的には「もう大人しく過ごしてね・・・」なんて子供や孫たちに言われそうです。確かにそうかもしれませんが・・・最近何故か?考え方が変わってきました。ウオーキングなんかをボチボチしとき・・・なんて子や孫に言われそうですが、ハードロックやヘビメタのドラムを叩いている私の性に合いません。単なるウオーキングなんて、全然オモシロくなさそう・・・人生、オモシロいか、オモシロくないか・・・コレが私の判断基準です。年を取ってもまだまだ元気なので、もっと「激しく」生きたいのです・・・(笑)。20代をピークにその後どんどん分泌量が減っていくテストステロン(男性ホルモン)が、年の割にまだ残っているのか・・・?というか、これまでの69年の人生を振り返ると、定期的に運動(陸上競技、空手、ウインドサーフィン、筋トレ、ダンス、ジム、ドラム、だんじり鳴物)を通じて身体を鍛え、他人に強制されずに割と自分の好きなように生きてきてストレスを減らしてきた事が、年の割にテストステロンがあまり減っていないのかも知れません。ポイントはテストステロンで、これが減ってくると元気のない老人、無気力な老人まっしぐらです。内側から湧き出る気力・・・ヤル気、これが無くなると、もう完全に年寄りの仲間入りです。思い起こせば20代前半に空手の打撃に耐えるための筋肉量を増やし、ウインドサーフィンのレース(当時の全日本選手権は体重別)で軽くて力が強い人が有利・・・といった理由で、本格的に和泉大宮にあったプロレスラーが創ったとされるボディビルジムに通っていたことが良かったのかも知れません。まだまだバーベルによる筋力トレーニングが一般的ではなかった頃で、理論を実践で学び、当時国産プロテインがなかったのでメチャ不味いアメリカ製プロテインを鼻をつまんで飲んだりして・・・興味本位で入ったボディビルジムでしたが、こんな世界もあるのか・・・と。特に若い頃は限定せずにイロイロと首を突っ込むことがその後の人生で役立つ事も多いので、効率が悪いと特定のモノしかしないというのは、それがダメになったときに他の事でリカバリーが利かなくなるというのはビジネスだけでなく人生全般に言える事です。まぁしかし、私は「来年やろう!」とする新たな目標を掲げました。「ウイング・フォイル」「テニス」「スキューバ・ダイビング」の3つに新たに挑戦しよう・・・と。一般的には、バカじゃないの・・・と言われそうですが、何もムチャクチャな事を言っている訳ではなく、私にはこれまで築いてきた基礎があるので「3つの<新しい遊び>くらいはヤレルだろう」という自信をもっているのです。何でもそうですが、大事なのは基礎・・・基本で、これが可能性を広げるのです。例えば寝技系格闘技の柔道や剣道は無理ですが、大学時代に空手(伝統派)をやっていましたので、空手の突きや蹴りが同じ立ち技系格闘技のボクシングやキックボクシングやボディコンバット(格闘技系スタジオプログラム)といったジャンルにも応用できるかもしれません。100歳まで元気に生きるのが人生の目標なので、実年齢よりも20歳下の「49歳の気持ち」で生きていますので、逆に言えばこれくらい目標(3つの新しいチャレンジ)があって当たり前なのです。まぁしかし遊ぶ資金を稼がねばなりませんから、仕事(「トランクルーム貝塚」、「スタジオ0724」など6事業)は後継者の娘に比重を移しながらも、まだまだ現役で仕事をやりながら・・・になりますが。地元のウイングフォイル・スクールに通い、道具を揃えてサザンビーチかマーブルビーチか二色の浜でウインドサーフィンができない微風でやる。地元のテニス・スクールに通い、クラブメッドでウインドサーフィンがない時にテニスをする。白﨑海岸でスキューバダイビングのライセンスを取り、クラブメッドがある石垣島や沖縄、以前行って感動したパラオでも潜る。という計画を立てました。前々から考えていたことですが、これまで17年間の妻の介護でなかなか出来なかった事を、今回やっと実行に移そう・・・としているだけです。娘3人も結婚独立し、無借金経営なのでもう必死に働く必要もなく、両親も他界し介護の必要もなく、独身なので時間もあり、健康状態もまずまず・・・今ならイケると。今しかない・・・と。もう69歳という年齢を完全に忘れていますが・・・(笑)。ウイング・フォイルは46年やってきたウインドサーフィンと同じ横乗り系マリンスポーツで、理論も似ているようです。テニスは何回かやった事はありますが、本格的にするのは初めてです。スキューバダイビングは、元々スノーケリングが好きなので、それの延長線上です。69歳で全くマリンスポーツの経験がなければ難しいですが、3つともある程度「下地」があるので楽しめるでしょう・・・アスリートになる訳でもなく、単に人生を楽しむためのツールというスタンスです。まぁ大事なのは、それまでの人生で作ってきた下地・・・いわゆる基礎です。70歳でこれまで全く何もスポーツと縁がなければ、こういった発想も浮かびませんし、例えチャレンジしたとしても、実際にはなかなか難しいのが現実です。まぁこういった70歳になっても挑戦する・・・平たく言えば「無理をする」という気迫が「新しいビジネスでもやろか!」というモチベーションに繋がるのです。仕事を完全に引退して何もやる事がなく、「どこかに行ってよ(消えてよ)」なんて古女房から煙たがられて、うなだれてウロウロ散歩する老人には決してなりたくありません・・・(汗)。という事で、人生に於いて悔いの残らないように生きよう・・・というのが私のポリシーで、欲望のままに老後も身体を限界まで使って「ドンドン無理をしよう」と思います(笑)。もちろん持病の腰痛と高血圧に気をつけながら・・・という条件付きで、少々の無理はするけど無茶はしません。まぁ毎朝15分ストレッチを30年以上続けていますし、週1回のボランティア空手で身体を鍛え、これまで累計で20年間もジム通い(コナミ、ジョイフィットなど)をしていましたが、時間と月謝が勿体ないので10月に自宅3階に筋トレマシンを設置して2,3日に1回プロテインを飲んでヤッテますよ。8月から黒ニンニクを1日1個だけ食べていますが、これで免疫力がついてきたように思いますので、今後も続けようと思います。とにかく仕事でもプライベートでも一度試してみて、良ければ続け、ダメならストップ・・・というスタンスで生きていると、人生って案外イイ方向に向くものです。19年前に家業の織物業から今のトランクルームに転業しましたが、あの時「やめる勇気」がなくてそのままズルズルと行ってしまったら・・・地獄が待っていたのです(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.12.07
閲覧総数 159
19

先日泉大津市の人気ステーキハウス「ジョイブル」で、娘と孫たちが私の古希(70歳)のお祝いを開いてくれました。おいしいステーキをごちそうになっただけではありません。最後に、家族みんなからの温かいメッセージが書かれた色紙、きれいな花束、そして「70」のバルーンまで用意してくれていました。まさかここまで準備してくれているとは思ってもいなかったので、本当に驚きました。そして気が付くと、私は涙が止まりませんでした。70歳にもなって、人前で泣くとは自分でも思っていませんでしたが、それほど家族の気持ちがうれしく、胸が熱くなったのです。年齢を重ねても、心から感動して涙を流せることは、とても幸せなことだと改めて感じました。当時は満席でしたので、他のお客さんにもこのシーンを見られ、チョー恥ずかしかったですわ。<泉大津の「ジョイブル」は思い出に残るステーキハウス>今回お祝いをしてもらった泉大津市のステーキハウス「ジョイブル」は、料理がおいしいだけでなく、家族のお祝いにもぴったりのお店でした。お祝いの席は、美味しい料理だけではなく、「誰と過ごすか」が一番大切です。家族全員が笑顔になれる時間を過ごすことができ、一生忘れられない古希のお祝いになりました。泉大津市や岸和田市、和泉市、高石市、貝塚市周辺で、誕生日や還暦・古希などの記念日のお店を探している方にもおすすめできる素敵なお店です。<70歳になっても、まだまだ現役です>「70歳になったら引退ですか?」そう聞かれることがよくあります。しかし、私の答えはいつも同じです。「元気なうちは、まだまだ現役です。」自分が元気になるための生活の工夫もイロイロ実践していますので、少なくとも80歳までの10年は今とそんな変わらないでヤッテいるでしょう・・・まぁ午前中だけ仕事をして、それ以外はコロナ期間中に行けなかった海外旅行、ウインドサーフィン、ウイングフォイル、読書、音楽ライブ、ドラム練習、テニス・・・といった自分お好きな趣味の割合を増やすことが、ストレス発散になり寿命を延ばすのです。80歳からその先は未知数ですが、自分としては「マイナス20歳」の年齢と同じ行動力を目指しています。平たく言えば、現在20歳年下の50歳の人と同等に勝負できるくらい、仕事を頑張り趣味を楽しみたい・・・と。それくらいの目標がないと気力やモチベーションが維持できず、100歳まで突っ走れません。マイナス20歳・・・というのは、100歳まで元気に生きる事が人生の目標なので、日本人男性の平均寿命が81歳なので(健康寿命73歳)、逆算するとそういう事なのです。現在、私は娘とともに次の6つの事業を経営しています。トランクルーム音楽スタジオスタジオ不動産仲介業レンタル事務室卓球場駐車場ありがたいことに後継者である娘も育っています。仕入れのある物品販売業や製造業ではなく、仕入れの無いレンタルビジネスなので、私がいなくても娘だけで十分やっていけるはずです。しかし、だからといって急いで引退するつもりはありません。まだまだ自分にしかできない仕事があります。これまで培ってきた経験や知識、人とのつながりを次の世代へ伝えながら、もうしばらく第一線で頑張りたいと思っています。まぁ円相場に左右されることもなく、戦争による資源高に悩むこともない「内需型ビジネス」にしたのは織物時代からの反省です。むしろ円安を利用して「スタジオ0724」の和太鼓6台を導入した「インバウンド向けの和太鼓体験」に今1番期待しています。<仕事を続けることが最高の健康法>私は仕事を「お金を稼ぐ手段」だけとは考えていません。仕事には、頭を使う人と会話する新しいことを考える問題を解決するという要素があります。これらはすべて脳への刺激になります。つまり、仕事そのものが最高のボケ防止なのです。毎日考え、挑戦し、お客様と接する。だからこそ、年齢を重ねても元気でいられるのだと思います。もちろん、無理は禁物です。健康を第一にしながら、楽しんで仕事を続けていきたいと思います。1月の脊柱管狭窄症の2回目の手術でもう完全に治っている思っていた腰が、先日のバリ旅行初日に痛めてしまい・・・やっぱり無理はできないと(汗)。<趣味が仕事になった音楽スタジオ>私が弊社「トランクルーム貝塚」別館1階で、趣味のドラムを活かし10年前から始めたバンド練習だけでなくダンジリ鳴物やダンスもできる多用途なリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」は、おかげさまで先日会員数3400人を突破しました。10年前、1室だけのスタジオからスタートしましたが、今では泉州エリアでも最大級(5室)の音楽スタジオへと成長しました。私は昔からドラムが大好きです。趣味として続けてきた音楽が、今では仕事となり、多くの泉州のミュージシャンの皆さんとの出会いにつながっています。好きなことを仕事にできる。これほど幸せなことはありません。仕事をしているというより、好きなことを毎日続けている感覚に近いのかもしれません。だから70歳になっても、毎日が楽しいのです。<鈴木雅之さんからもらった勇気>先日、大阪フェスティバルホールで鈴木雅之さんのライブに行ってきました。鈴木さんも今年古希(70歳)。古希ソウル・・・なんて言ってましたが、正にピッタリの表現です。しかし、ステージでは年齢をまったく感じさせない圧巻のパフォーマンスでした。歌声も、立ち振る舞いも、本当に素晴らしく、「70歳でもここまで輝けるのか」と大きな勇気をいただきました。年齢は単なる数字。挑戦する気持ちさえあれば、人はいくつになっても成長できる。そんなことを改めて教えていただきました。スタジオ経営者として当たり前ですが音楽ライブ鑑賞にも頻繁に行き、昨年から今年にかけてラウドネス、シャカタク、高中正義、杏里、八神純子、ボズスキャッグス、カシオペア、スターダストレビュー、山下達郎、インコグニート・・・といった60代70代でもまだまだ頑張っているミュージシャンのライブを見に行き、大きな大きな勇気をもらいました。<仕事も遊びも全力で楽しみたい>私は昔から、「よく働き、よく遊ぶ」を大切にしています。仕事だけでは人生は豊かになりません。趣味も大切です。音楽も続けたい。ドラムも叩きたい。旅行にも行きたい。そして新しいことにも挑戦したい。だからこそ、健康にも気を配りながら毎日を充実させていきたいと思っています。<感謝の気持ちを忘れず、これからも挑戦を続けます>70歳という節目を迎え、改めて感じたことがあります。それは、今の自分があるのは、多くの方々に支えられてきたおかげだということです。家族、お客様、取引先の皆様、音楽仲間、地域の皆様。本当にありがとうございます。これからも感謝の気持ちを忘れず、新しいことにも積極的に挑戦し、地域に必要とされる事業を続けていきたいと思います。そして、トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、レンタル事務室、卓球場、駐車場という6つの事業を通じて、地域の皆様のお役に立てるよう努力してまいります。<人生の大転換は49歳>70歳で年の割に元気なのは、49歳の時に家業の織物業から現在のトランクルーム事業に転業したからです。全く異業種への転業だったからこそイロンナ学びも多く、その後不動産仲介業、音楽スタジオ、レンタル自習室、卓球場、駐車場と6事業に拡げて来れたのです。ポイントは織物時代の反省で「家族経営」「無借金経営」の2点で、これを20年前から防犯WEBカメラの採用やDX化で死守することで従業員を雇う事の難しさから解放され、借金に追われることなく、旅行や趣味といったプライベートを充実させることが出来ました。<70歳はゴールではありません>我々中小企業オーナー経営者にはサラリーマンのような60歳定年という概念がなく、60歳は単なる通過点で「できる限り働こう」と考えています。70歳は私にとっては、まだまだ新しい挑戦のスタートなのです。これからも「仕事も遊びも全力」で、一日一日を大切に歩んでいきたいと思います。今年から始めたテニスやウイングフォイルはあまり期待できませんが、長年やってきたウインドサーフィン、ドラム、空手、だんじり鳴物、ストレッチ、筋トレマシン、クロスバイク(車を控える)、1日2食(プチ断食)、1日1個くろニンニク・・・をこのまま続けることが健康の秘訣だと思います。まぁちょうど2年前に妻が乳癌で亡くなり、長い闘病生活でしたので看病していた私の体調も崩れてしまい、元に戻るまで半年も掛かりました。ホンと、老々介護というのは大変だと身をもって経験しましたが、概して男というのは配偶者が亡くなると食事や洗濯や掃除というのが不慣れなので、急に元気がなくなり早死するケースが多いようですが、私の場合は子や孫に支えられて何とかモチベーションを保っています・・・(汗)。未だに包丁を握ることも出来ず、料理なんて卵焼きとホットケーキしかできませんが・・・(汗)。という事で、なんだかんだと言っても日本人男性の平均寿命は81歳で、人の助けなしでは生きていけない健康寿命は73歳。この数字はやはり現実で、周りを見るとボチボチ亡くなったり、体の不自由さが現れていますが、そんな数字に惑わされないように自分は自分の道を全うしたいと思います。古希(70歳)の次の長寿祝いは77歳の「喜寿」で、さらにその後は80歳の「傘寿」、88歳の「米寿」と続きますが、それら節目を目標にして元気に生きたい・・・と。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.07.23
閲覧総数 262
20

今年も町内の青年団主催の盆踊りに寄付(花)を持って行ってきました。 いつもその時に頂く「青年団オリジナルタオル」が楽しみです 今年もナカナカ面白いデザインでした いったい誰が考えるのでしょうね?・・・もちろん、団員の誰かが考えるのでしょうねェ・・・ かつてダンジリ祭りの法被のデザインをしたことがありました。 青年団の団長をしていた頃でしたので、32,3年前でしょうか、今の法被(12,3年前から)前の法被でして、20年くらい着ていたあの紺色の法被です。 当時全面的に任されていましたので、色は貝塚市には何処にもなかった紺色という事で、当時岸和田の中町と上町の紺色を参考にさせていただき、町名の字体は相撲のを参考にしました。 ところがそれだけだと面白くないので、もっとデザインに凝ろうと、法被の裾に岸和田の大工町のようなデザインをしようと考えたのです・・・・ 町名の「名越」という字を、自分なりに正方形にデザインしましたが、「越」が複雑すぎてナカナカ上手くいきませんでした そこで「名」はシンプルなので、このデザインをひっくり返して「2段」で使おうと閃きました という事で、あのデザインになったのです(あのと言って殆ど町内の人しか分かりませんが・・・・) 盆踊りの音頭の「横山くどき」も健在でなによりです。 この何百年も続いた伝統を、だんじり祭りと同様、今後も守って欲しいと思います※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村
2011.08.28
閲覧総数 380
21
![]()
昨夜は、毎年恒例の町内のだんじり祭りの「世話人」会の詰所のオープンでした・・・ 要は祭りの本番まで毎晩、50歳から56歳までの安全委員のオッサンが飲み会をする常設場といったところか・・・ 同じ町会館の敷地内に、青年団、30人組、若頭の詰所もあり、祭りまで「安全曳行」に為に、互いにいろんなことを徹底的に話し合う場でもあるのです・・・ 昨日は早朝から仕事をして、まだ完全に回復していない身体を引きずって、1か月ぶりの空手の稽古をした後、すぐに飲み会に突入して飲み過ぎ・・・久しぶりに完全に二日酔いです・・・ こういった詰所での飲み会の「寄合」と言っても、みんな幼馴染でもう50年の付き合いですので、半分以上はグダグダとイロンナ雑談です・・・ 都会の忙しいビジネスマンから見たら、「何をグタグタだらだらやってんのか?」と不思議がられそうですが、これが田舎のリラックス方法のひとつで、エエとこです・・・※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2012.09.24
閲覧総数 553
22

私の出身中学校である地元「貝塚市立第三中学校」に、軽音学部があるというのは以前から聞いていました。校区で言うと、木島小学校と葛城小学校の清児から葛城山の麓の蕎原までの貝塚市の山手の広いエリアになります。貝塚市には今は一中~五中まで、5つの中学校があるようです。もう三中の軽音学部が出来て20年くらいにはなるようで、そのOGの高校軽音学部所属の高校生や大学生や社会人の多くが、弊社スタジオに会員さんになっているのも心強いです。OGというのは三中軽音楽部の部員の殆どが女子らしいです。男子は皆無というより、今の現役部員は全員女子と聞いています。しかし数年前まで、三中に軽音楽部があるなんて全く知りませんでした。50年前の我々の中学時代は、三中には音楽系クラブは全くありませんでした。なので、鳳高校オーケストラ部に入部したときは、当時全国的に有名な堺市の陵南中学や上野芝中学吹奏楽部出身者だらけで、大いに引け目を感じたものです・・・(涙)。私以外はだいたい中学から何らかの楽器のキャリア3年で、私は中学時代は陸上競技部でしたから楽器経験ゼロだったのです。現在大阪府下でも中学校に軽音楽部があるところは殆どなく、普通公立学校には先にクラシック中心の吹奏楽部(生音)が出来て、そのあとポピュラーミュージックの軽音学部(電気楽器)が出来るという歴史的な流れがありますが、どういった経緯で三中に軽音楽部ができたのか理由を知りたいです(吹奏楽部は今でもない)。近隣の3市1町(貝塚、岸和田、泉佐野、熊取)には、貝塚三中以外に軽音学部は全くありませんから、弊社スタジオをキッカケに一つでも軽音学部ができれば・・・と切に願います。泉州エリアの高校の軽音楽部に3学年で100人の部員数というのも珍しくないという現象は、「中学校でバンドをしたかった」という事の裏返しだと思います。事実、中学時代から個人的にギターをしていたという高校生が結構多いのに驚かされます。これも第2次バンドブーム(グレイ、プリプリ、ショーヤ等)を経験した親や、第1次バンドブーム(ベンチャーズ、ビートルズ、GS)を経験した祖父の影響かも知れません・・・まァスポーツでも音楽でも、出来るだけ早い段階でスタートするのがイイのに決まっていますから。という事で、弊社「スタジオ0724」の会員数が1300人近くなった背景には、「地元の貝塚三中に軽音があった!」事も無関係ではないと思います。それも間接的に追い風になっていたのです・・・(涙)。大学時代に貝塚三中の同級生と一時期バンドを組んでいたのですが、私以外は佐野高校軽音楽部を創部したメンバー達です。佐野高校軽音楽部と言えば弊社スタジオの1番のお客さんで、おそらく大阪府下で3学年で約110~120人という今では最多の部員数を誇る軽音楽部です。なんか、縁を感じますねェ・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.08.03
閲覧総数 375
23
![]()
先日の新聞折り込みチラシに、ホームセンタームサシ貝塚店(貝塚市小瀬)に300匹の仔犬仔猫が大集合というのがありました・・・ 期間が10月31日(水)から11月4日(日)までの5日間限定という事で、早速家内や娘が犬を連れて遊びに行ってきたようです・・・ 凄い大賑わいで、変わった犬種もいたようで、面白そうですねェ・・・ どうりで、ホームセンターコーナンが空いていたはずです・・・ 私は普段近くなので、コーナンによく行きますが、ムサシも他のホームセンターとは違った結構変わった商品が置いてたり、時々イベントがあったりして、時々行くのです・・・ 近くのホームセンターダイキや、前のケイーヨーD2とは一味違った戦略がイイですねェ・・・大手チェーンとの差別化戦略ですねェ・・・ やっぱりビジネスは競争、強いて言えば他社との「戦争」なので、生き残っていくには「特徴」「戦略」といった外的武装と知恵がどうしても必要なのです・・・ この2つが無ければ、最初から「参戦」しない方が賢明です・・・ 20年以上前の織物業時代に、ある意味「エアージェット戦争」というのがありました・・・ 日本の織物業界全体の当時の風潮で、「シャットル織機」から革新的な織物機械である「エアージェット織機」に切り替えないと(設備投資しないと)生き残っていけないというものでした(1台1000万円、10台で1億円)・・・ ところが20年経った今、無理して設備投資しない方が「余裕で廃業」できたというのが現状です・・・ 「やらない(設備投資を)で正解」とでも言うのでしょうか・・・ 数年前まで「絶好調」だった多くの上場会社が、今赤字で苦しんでいます・・・我々中小零細企業も含め、ホント会社経営はわからんもんです・・・ という事で、期間内に暇が出来たら、仔犬ちゃん達にチョット癒してもらおうかなと思います・・・※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2012.11.02
閲覧総数 1654
24
![]()
昨日は町内の浄土宗・安養寺でお盆恒例の「施餓鬼」でした・・・浄土宗における施餓鬼とは、施餓鬼会に、心からお念仏を称え、自他ともに救われる 功徳を積んでいくもので、施餓鬼棚に「三界万霊牌」や初盆の戒名を記した位牌を置き、浄水や食物を供え、五如来の「施餓鬼幡」を立てて法要を営むのが習わしのようです・・・そして施餓鬼会は、新亡の霊や先祖代々の諸霊を供養するとともに、無縁仏や餓鬼に施しをする法要でありますが、さらに日頃の自分自身に巣くう「餓鬼」の心を反省し、自他ともに生かされている身をしっかり受け止め、救われる功徳をお互いに積んでいくことが大切で、先祖追福のために、また一切の生物の霊を慰め、あわせて自分自身の福徳延寿を願う法要です・・・毎年恒例の行事で、昨日の施餓鬼の前は、お寺の掃除を手伝いに行ったり、近くにある町内の墓地に墓参りに行き、雑草取りや花を替えたり・・・着々と「盆モード」が色濃くなるこの時期です・・・そして、日頃の仕事からチョッと離れ、日本の古くからの慣習に関わる事で、毎年このお盆の時期に日本人としての「自覚」を強く意識しますねェ・・・そしてこの日も、大阪府指定文化財の名越・安養寺「鉦講(かねこう)」も健在でした・・・という事で、これから16日まで個人的に親戚のお寺の檀家参りの手伝いも含め、町内の盆踊りなどの「盆行事」が目白押しです・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2013.08.04
閲覧総数 259
25

今、八王子市のトランクルームで女性の死体が発見され、大変な事になっています・・・ほぼ毎年こういった殺人事件が何処かに起こり、トランクルームが話題に上ります・・・トランクルーム業者として、残念でなりません・・・実際、弊社トランクルームに見学に来られた方やお客さんだけでなく、友人や知人からもこういった事件の可能性の是非をよく聞かれたりします・・・ニュースなどで、そういったトランクルームの悪いイメージが焼き付いているのでしょうか・・・悲しいの一言です・・・しかし、何故こんな事件がトランクルームに起こるのでしょう・・・?主な原因は、管理人のいない「無人管理」体制でしょう・・・あと、副因として考えられるのは、 ・甘い審査 ・防犯カメラなしでしょうか・・・?しかし、そもそも空き地があって、コンテナタイプの「屋外型」トランクルームをボンと置きさえすれば、誰でも簡単にトランクルーム業に参入や撤退ができる「イージーさ」に根本的な原因がありそうです・・・自社(自分)で直接運営管理すれば、責任を感じますので事件になる可能性が低くなりますが、地主の多くは業者任せなので話がややこしくなるのです・・・弊社トランクルームの場合は、 ・管理人のいる「有人管理」体制 ・割りと厳しい審査(連帯保証人必須) ・4台の防犯カメラと2台のカメラ付ドアフォンと、今回事件が起こったトランクルームとは「真逆の体制」です・・・まァこういった理由なので、弊社トランクルームで殺人事件が起こる訳がないのです・・・しかし賃貸マンションもそうですが、物件内の1室で自殺や他殺事件があると、物件の価値が半減以下になります・・・事件があると、お隣さんは必ず引越しますし、最悪住人全員解約の場合もあり得ます・・・家主は堪ったものではありません・・・今回事件が起こったトランクルームも、家主さんの為にもそうならないように祈ります・・・しかし今後もこういった問題を解決するためにも、80~90%くらい?と思われる「無人管理」のトランクルームが「有人管理」へと変更するのは非常に難しいでしょう・・・何故なら、人件費が固定費の最大の要因であり、有人管理にすれば賃料体系が根底から崩れてしまうからです(大幅値上げ)・・・そういう意味で、弊社トランクルームは「日本最安値」でありながら「有人管理」と、両立が自慢だったのです・・・ ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2014.05.25
閲覧総数 814
26

ありそうでなかったシリーズ第71弾は「65歳のウインドサーファー」です。これって私の事です・・・(笑)。65歳のジイサンになっても、未だにウインドサーフィンをやっているのです。今はさすがに冬にヤル気力も技術もなく、夏だけ細々と地元マーブルビーチや沖縄やサイパンに行った時にヤッテいるだけですが・・・自分自身はまったく昔のままの感覚でウインドをやっているだけですが、たまに「ジイサンがやっている!」と見られれてのかとフッと我に返る時があり・・・チョッと恥ずかしくなりますが(笑)。まァ、そんなの関係ねェ・・・です。ウインドサーフィンを始めたのは43年前の1979年の22歳の夏です。今の関空に近い泉南市樽井浜で初めてウインドサーフィンにトライしたのです。その前年の夏にウインドサーフィンを二色浜で初めて見た時は「白い長い板で、一体何をするのだろう・・・?」と不思議に思い、これが翌年にトライするウインドサーフィンとは夢にも思いませんでした。そして、かれこれ43年も続けてきて自分でも驚いています。始めた当時の道具は特許の関係で日本では100%ウインドサーファー艇のみで(ヨーロッパでは特許はなく200艇種以上普及)、ブームもダガーボードもジョイントも木製で、セイルはダクロン製でした(今はカーボンやアルミやマイラー製フィルム)。ヨットでは未だ存在するダガーボードは、ウインドサーフィンのボード自体のショート化とフィンの大型化(ダガーボードの横流れを防ぐという機能も兼ねる)でなくなりましたが。樽井浜では「泉南フリート」というウインドサーフィンの愛好団体に所属して、毎週レースを中心に割とアスリート的に遊びました。1、2年経った頃には積極的に二色浜や脇の浜や甲子園浜や和歌山片男波や琵琶湖や浜名湖にレースで遠征したり、関西予選を勝ち抜き茨城県日立市の全日本選手権に出場したり、ウインドにドンドン嵌ってきました。ハマったついでに、当時通っていた関西外大にも学連加盟のウインドサーフィン同好会を作ったり、他の大学と一緒に関西初の学連連盟を作ったり、従弟が京都産業大ウインドサーフィン同好会を創るのに助言したり・・・「こんな事をしていてイイのだろうか?もっと他にやるべき事があるのでは?」と戸惑い悩みながら、ウインドの泥沼に嵌っていきました・・・(汗)。ウインドに嵌っていくにつれ、時間的にも金銭的にもトレードオフ的に空手やディスコやドラムやだんじりから自然と遠ざかっていきました。今思えば、全くこれまでになかった新しいスポーツ(レジャー)としてのウインドサーフィンに関わり、単なる愛好者にとどまらず大学にクラブまで創部をしてイロンナ経験をさせて頂き、最高の青春を送れたという感謝しかありません。クラブ創部という「一歩踏み入れる」事によって、クラブ運営や顧問の大学教授や他大学や学連や一般企業へのスポンサー依頼といった対外交渉によって、見える世界が変わるというのを大学時代に経験した事が何よりヨカッタのです・・・(汗)。ウインドサーフィンの道具の目まぐるしい進化で素材メーカーの展示会に行ったり、特許紛争やIOCのオリンピック艇種選定問題といったのも目のあたりして、世界の複雑な事情やビジネスの厳しさも学生なりに理解していきました。今から思えば何で「クラブ創部」という苦労を伴うであろう行動に出たか?不思議ですが、おそらく無意識のうちに「織屋の息子(跡継ぎ)」というのを自分なりに自覚していて、「創部が将来の商売に繋がるのでは・・・・」というスケベ根性が働いたのだろうと思います・・・(笑)。そして何より、全く新しいスポーツのクラブ創部した事によって、学校では決して学ばないチャレンジ精神を身につけたのか・・・?この目に見えないチャレンジ精神というのは、新しいコトをする(行動を起こす)のに敷居をドーンと低くしてくれます。という事で、ウインドを始めたのが22歳で泉南フリート仲間の最高齢者が35歳でしたので、「ナンと!一回りも上のオッサンもやっているのか!」と驚いたものですが、その35歳より「30歳も年上」の自分が未だに現役でウインドサーフィンをやっている事に自分自身がオドロキます・・・(笑)。そしてウインドサーフィンをやってきた最大の収獲は、樽井ビーチでナイスバディの将来妻となったビキニの美女をゲットした事か・・・(笑)。1981年ウインドサーフィン雑誌「ハイウインド」より「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2022.05.02
閲覧総数 944
27

自宅のプライベートルームを整理していると、久しぶりに昔集めただんじり研究の資料を発見しました。子供の頃から青年団まで、村では自他とも認める「だんじり(祭)キチガイ」で有名でしたから。親も私のだんじり熱に呆れて、祭りは帰って来ないだろうと鍵を掛けられて庭で一夜を過ごしたこともありました・・・(笑)。昔は岸和田どころか、貝塚市の他町の情報もありませんでしたが、岸和田の元市長が発起人の「だんじり研究会」というのがあるのを新聞で知り、早速手紙で購入の希望を伝えました。すると元市長直々の返信の手紙が来て、感激したのを昨日の事のように覚えています。若松さんの本を買った時に、彼と長々と電話でだんじり話に花を咲かせたのも昨日の事のようです・・・(笑)。何年か前に偶然にも弊社の東ケ丘駐車場の掃除をしている時に、たまたま通りかかった近所の住民と話をしていると、その人が若松さんと昔から親友らしく今でも連絡がつくよと言われ、何故か嬉しくなりました。ホンと世間は狭いですねェ・・・左甚五郎研究の見学さんとは、自宅にもお邪魔したり長年懇意にさせて頂きました。まぁしかし、私のだんじりキチガイは前梃子でも大工方でもなく、鳴物(お囃子)です。保育所の頃から大太鼓を叩き始め、確か小学校2年生で宮入の大太鼓を叩いていました。もちろん大太鼓だけでなく、小太鼓や鉦や横笛もできるオールマイティというのは祭キチガイの証拠です・・・(笑)。40代まで水間の大工方で頑張っていた有名人Y君と、小学校の廊下の黒板で太鼓の練習をしていてよく先生に怒られたものです・・・(笑)。その「太鼓愛」は留まる事を知らず、当時の名越は祭熱心ではなく試験引き当日にやっと1年ぶりにだんじり小屋を開ける程度でしたので、お隣の祭熱心な森に大太鼓を叩かせてもらいに行きました。それだけでなく、母方の熊取町大宮や、縁もゆかりもない岸和田中町、高校近所の高石富木といったところに道場破り的に叩きに行ったのでカッコ悪い事は出来ませんでした・・・(汗)。もちろん、全て祭本番以外の練習時や休憩時間の邪魔にならない時間帯に叩かせてもらったのは言うまでもありません。特に当時から高さが3.8mを優に超えていた大型だんじりで有名だった大宮の太鼓を叩いた時に驚いたのは、中から上を見上げた大屋根の高さで、その後従弟が大工方をやったようで、明らかに名越のだんじりより深い高さに「大工方は踊りにくいやろなァ~」でした。今は他町に叩きにいくなんてあり得ませんが、昔は名越も岸和田堺町で叩いていた水間の木島会の人らが叩いていたくらい寛容だったのです。私も木島会の人らに習ったり、いつも祭初日の晩に叩きにくる岸和田の40代くらいのオッチャンに習っていたのです。人生で最も練習したなぁというのは高校受験を控えた中学3年の時で、コンテスト本番目指して毎日放課後大太鼓の練習に励み、その甲斐あってコンテスト本番で実力を出し切り内申も音楽は10でした・・・(笑)。指導の先生も誰もいませんでしたが、私が主に鳴物のアンサンブルを独自に考え、私の大太鼓の特徴である「カミナリ太鼓」(駆け足4番の連打)を考案したのです。イメージは当時深夜ラジオのヤンリクで流行っていたハードロックのレッドツエペリンの「移民の歌」なので、岸和田の古来の叩き方とは少し違うかも知れません。そう・・・私の「だんじり鳴物」の叩き方は小学生から少しづつ変わっていき、中学生の時に完全に和洋一体となりハードロックがベースになってしまったのです・・・(笑)。私がちょうど青年団団長の頃に、小学校の1つ後輩が芸大の映画祭に出品する為に名越青年団を題材に「祭と若者」という題の16ミリ映画を制作した事もありました。だんじり鳴物練習風景を中心に構成され、だんじりの名大工の植山義正さんも取材された貴重映像です。その後、その作品が賞を取ったと聞いていますが、彼の許可を取ればYOUTUBEで発信できて、高評価を得る事間違いなしと思うのですが。という事で、昔熱心だっただけに、今でも熱心かと言うとそんな事はありませんが、未だ完全に冷め切っていない証拠に40年経った今「だんじり鳴物」をビジネスにしているのかも知れません・・・(笑)。当時の私は自分では分かりませんが、名越の後輩に言わせると小太鼓指導で「手ちぎれるまで叩かんかい!」と恐ろしかったみたいです・・・(笑)。小学生だった私が岸和田のオッチャンに同じ事を言われて、半泣きしながら叩いていたように・・・(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2022.09.20
閲覧総数 251
28

先日、最愛の妻を乳がんで亡くしました。17年間もの長い闘病生活の末、亡くなったのです。ちょうど織物業からトランクルームに転業した翌年のまだまだトランクルーム経営が上手くいってない時に乳がんが見つかって手術をしましたので、私が他社の織物工場で働きながら次女がトランクルームの管理をして妻が入院していた・・・という、今思えば正に崖っぷちに立たされていたのです。次女が仕事を辞めてトランクルームの仕事をやってくれなければ、万事休すだったのです。「両親が大変な時こそ、私がやらねば・・・」と思ってくれたのでしょう。この時ほど、家族が一致結束した事はありませんでした。この時の想いがあるからこそ、私が生きている限り娘3ファミリーを全力でサポートしよう・・・と思っているのです。まぁ42年間も連れ添いましたので、まだまだ気持ちの切り替えが上手くいかず・・・人生最大の悲しみに陥っています。思い出が沢山ありすぎて、夜になると思い出されて・・・なかなか熟睡も出来ないのです。お通夜や葬儀の段取りで誰かと喋るだけで涙が溢れ、子や孫がいても人目を憚らず泣いてしまう自分がいました。今でも昼夜関係なしに、妻の事を思い出すだけで泣いてしまうので、仕事をしたり音楽を聴いたりネットフリックスを見たりして気を紛らわしています。男って、ホンと弱いモノです。早く悲しみから立ち直らなければ・・・と。最後の1ヶ月は自宅で看取り、3人娘ファミリーの前面的なサポートもある他、ケアマネを中心に訪問看護や訪問医療やヘルパーさんなど周りのサポートも万全で臨みました。夜から朝にかけては家族だけで交代で看るというスタイルなので、みんな寝不足との戦いでした。まぁ、おそらく本人も満足だったでしょう。仕事もソコソコに私も全力で看ましたので、そんな極度の緊張から解放されたのか、葬儀翌日に早速風邪を引いてから体調を崩し、声が出なくなり咳やらウイルス性結膜炎やらでなかなか体調が元に戻りません。それどころか風邪をこじらせて喘息ぎみになってしまいました。通夜や葬儀といっても完全に仕事を休めないのが辛いところですが、新規オファーの電話やLINE予約だけは合間を見て受けていました。そこは音楽スタジオだけ365日24時間年中無休の辛いところです。何があっても、この看板だけは降ろす訳にはいかないのです。今回の介護は3人娘の泊まり込みによる全面的なサポートもあり、旦那さんも会社を休んでくれたり、私の負担は少なかったのが幸いです。これが68歳のジイサン一人で家内を自宅で看るのは、どう考えても不可能でした。ファミリーの存在の有り難さが身に染みる1か月でした。という事で、妻とは結婚して42年、交際期間を含めると45年もの長い長いお付き合いでしたが、それに終止符を打たれ「人生初の1人暮らし」に既に突入しています。葬式後の1週間は娘や孫が泊まってくれましたが、今はもう完全に一人暮らしです。洗濯と掃除はOKですが、料理は自炊しなくてはと、娘にイロイロと教わっているところです。娘3人はそれぞれ家庭を持ち育ちざかりの孫6人を抱えていますので、極力負担をさせる訳にはいきません。まぁこの悲しみから早く脱出し、これから「どう生きるか?」が私の1番の人生のテーマになります。正に今が、私の人生最後の正念場で、これを切り抜けられるかどうかは私の本来の生命力に架かっています。ショボンと落ち込んだままで余生を送るか、また新たな未来を切り開くか・・・?事実は1つ、考え方は2つです。まぁ諸々の手続きを済ませて、喪中が明ける頃には一挙に寂しさが込み上げてくる事でしょう・・・そこで計画しているのが、これまで妻の介護であまり出来ていなかった趣味への逃避です。これから1人だけの生活なので割とヒマになるので、余った時間をどう使うか・・・?秋には2週間ほど1人で沖縄へ行って、これまで余り出来ていなかったウインドサーフィン三昧計画をしています。いわゆるウインドトリップです。本当は新婚旅行で行った家内との思い出のサイパンのマイクロビーチに行きたかったのですが、関空からの直行便がなくなっていますので、往復の時間とアメリカの物価を考えれば沖縄が妥当・・・かと。今回の2週間のホテル代は貯まっているマイルを使って無料なので、ウインドサーフィンレンタル代と飛行機代と食費だけなので安上がりです。遭難の心配がない沖縄の遠浅の海で、これまで30年以上なかなか出来なかったジャイブの特訓をやろうと。それでも娘や孫が「ジイジ1人で心配や」と言ってくれていますが、ソコは強行突破です・・・(汗)。40年以上前のウインドサーファー艇(365cmロングボード)のセイルコントロール中心の後傾ジャイブが身に染みてしまい、今の230㎝のショートボードのボードコントロール中心の前傾ジャイブが恐怖心が先立ってなかなか上手く出来ないのです。問題は体力なので、ジョイフィット岸和田(スポーツジム)に8年ぶりに今月から早速再入会し、ボディコンバットと筋トレマシンでウインドサーフィンを長時間できるような身体作り(スタミナ&パワーのアップ)を計画しています。風があれば昼はウインドサーフィンをして、夜は国際通りの8つくらいあるロックやジャズのライブハウスへ夜な夜なハシゴして、疲れた身体を音楽で癒そう・・・と。こんな事が出来るのも、3年前から娘が後継者として仕事をしているからで、会社の将来の後継者問題を先送りせずに先手を打っておいて良かった・・・と。もちろん遊ぶためにはお金が要りますので、今後も仕事を続けなければなりませんが、仕事と趣味の時間的バランスを考えながら充実した「老後ライフ」を送っていきたいと考えています。まぁ68歳でも仕事と趣味の両方があって、本当に良かったです・・・(汗)。シニアライフに本当に大事なのは、健康というベースの上にある年金に頼らないお金を稼ぐスキルと趣味です。やはり60歳以降の老後は定年を機に急速に下降カーブに陥ってしまうモノですが、そこを少しでも可能性を広げるには、仕事や子育ての忙しい20〜40代でも合間を縫って運動と趣味を継続することで、仕事は家業の伝統や会社に頼らずに自分の能力と時代の変化に合わせる事です。私は夏になると毎週家族を連れて海に行ってウインドサーフィンなどの海遊びをし、コナミスポーツなどで定期的に運動し、ライブも織物時代は毎週ミナミによく行き家内もよく連れて行き、49歳の時に家業の織物業からトランクルームに転業しました(その後トランクルーム内でバンドスタジオ経営も)。まぁ、とにかく残された余生を「音楽」「ライブハウス回り」「ウインドサーフィン」「空手」「ドラム」「旅行」「読書」・・・を中心に悔いのないように、好きな事をやろう・・・と。1つだけだったらオモシロくないので、2つ以上絡めて楽しむのがポイントで、秋の2週間の沖縄旅行は「旅行」「ウインドサーフィン」「ライブハウス回り」の3つ絡めています・・・(笑)。もしチャンスがあれば、ハワイのワイキキのライブハウスでもやったように、沖縄のライブハウスでもハコバンの飛入り「ドラム」で会場を沸かせて、4つの楽しみにしたい・・・と(笑)。家内と一緒にスペインのバルセロナで見たように、人生をメッチャ楽しむには「一度にいくつもの自分の好きな事」をブチ込むことです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.08.06
閲覧総数 950
29

先月買った電子ドラムの下に「15ミリ厚のゴムマット」を敷いて、バスドラムの振動がどれだけ低減するか?・・・を65㌅の大型テレビでYOUTUBEのロックの大音量に合わせながらドラムを叩き、モニターアンプで実際にドラム音を出して実験しました。結果、残念ながらバスドラの低周波振動は止められませんでした。ドンドンという衝撃音が外に漏れるのです。この15ミリ厚の1m×2mのゴムマットは30㎏もあり、運送屋さんは1人で運べないというのでトラックから降ろすのに手伝いました。形がグニャグニャしたマットなので2人でも運び辛く、難儀しました。これをまた1.2m×1.3mにカットするのに苦労しました。一人では到底できないので、娘に手伝ってもらいました。15ミリくらいなら従来のカッターで切れると思っていましたが、これが思った以上に苦労し・・・より鋭利な黒刃のカッターをコーナンまで買いに走りました。それでも時間が掛り、またロータリーカッターも買いに走りましたが、イマイチなので黒刃で何とか頑張りました。2人で交代でウンウン唸りながら汗をかいて切り・・・これほど固いとは想像していませんでした。丸鋸で切れば楽ですが、切り屑が飛び散り、どうやって台に乗せるかを考えると・・・これは無理だと。1階の玄関でカットして、これを2階の私の部屋まで階段で運ぶのがこれまた大変でした。2人でウンウン唸りながら、やっと運びました。そして・・・セット。そして音量テスト。かなりボリュームを上げて、ガンガン叩くと・・・バスドラムの衝撃音だけが響きました。ローランドのスネアやタムはメッシュヘッドなので、それほど響かず、やはりバスドラムのキック音だけが消せませんでした。15ミリ厚のゴムマットをもってしても、ダメだったのです。そりゃ、そうです。弊社「スタジオ0724」は音楽スタジオを商売でやっていますので、音が漏れたり振動が伝わったりしたら営業できませんので、この辺はかなりシッカリしたマル秘対策をやっていますので、単に15ミリ厚のゴムマットを敷いたくらいでは振動は消えないだろう・・・と想像していました。素人さんだけでなく、一般の工務店でも出来ないような「どえらい工夫」の防音&防振対策をスタジオでやっていますから、自宅で出来る訳がないのです。織物時代もエアージェット織機1台で防振対策だけに100万円も掛かり、20台で2000万円も掛かっていたのですが、コレによって24時間エンドレス稼働が可能になったのです。サッシや窓も二重にしていますが、これくらいが一般家庭でできる限界でしょう。この辺が、家庭とプロのスタジオの「かけ離れたボーダーライン」です。やはりドラム練習は完全な防音&防振対策をしたスタジオでないと無理だ・・・という結論に達したのです。というか、弊社スタジオはフルバンドよりも音量が遥かに大きく、スゴイ音圧で防犯カメラも揺れる2尺2寸の大太鼓を使用した「だんじり鳴物」も演奏OKですから、この辺は大いに自信を持っているところです。という事で、この実験で自宅ではヘッドフォンで電子ドラムを練習して、スタジオで生ドラム・・・というパターンで決定です。音量をそれほど出さないジャズドラムなら、ヘッドフォンをせずに音を出してもイイでしょう。そして、このパターンは他の人にも当然当てはまりますので、スタジオでのドラム需要はまだまだあるだろう・・・と確信しました。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.01.22
閲覧総数 252
30

先日村の町会館で毎年1月恒例の名越の「行者講」の飲み会でした。行者講・・・なんでっか、それ?講とは民俗宗教における宗教行事等を行なう会合団体のことで、行者講は名越では「末吉講」と呼ばれ、奈良県吉野の大峰山にある大峰山寺に参拝する古来からの土着の山岳宗教を言います。江戸時代末期の文久年間から160年も名越で続いています。江戸時代や明治時代は未だ車も電車もない頃で、よく名越から大峰山(奈良県)まで歩いて行ったなぁ・・・とつくづく感心します。道も舗装されていなくて、狼も出たでしょうし・・・片道1週間くらいは掛かったでしょうから行くだけでも修行だったのです。本当に先人たちは偉かったのです。今は大峰山の麓の洞川温泉までバスで行き登るのも5年1回くらいですが(定宿に一泊)、講メンバーの高齢化や少子化で影響で年々参加が減って、今がちょうど講の曲がり角で「今後はどのように運営していくか」が課題です。まぁ50代の若手?の講仲を中心に、これからの「名越の末吉講」を存続させるための「新しい改革」を進めていくようですが、非常にイイことだと思いますし、私も出来るだけの協力をしていきたいと思います。160年前に本家分家(泉州弁で母屋隠居)15ペアの30軒からスタートしたようですが、今現役で参加しているのは半分くらいに減っています。それでもこの変化の激しかった江戸、明治、大正、昭和、平成、令和の六時代の160年で「まだ15軒も残っている」というのも奇跡に近いことだと思います。この会は男性しか参加できませんので、うちは分家で曽祖父から数えてまだ四代目ですが、私が死ねば残念ながら自動的に終わり・・・という事になります。将来的に私がまだ生きているうちに孫かひ孫が「笹谷の跡を継ぎたい」と言って復活するかも知れませんが・・・今世界が日本の伝統文化が注目されてインバウンドが押し寄せているくらい魅力的ですから、こういった伝統をカタチを変えてでも残すのがイイと思います。名越にはこの行者講の他、宮座も残っています。地元では「座」・・・と呼んでいますが。「講」とか「座」なんて、今のインターネットが当たり前のデジタルネイティブ世代の孫から見たら???としか思わないでしょう・・・(笑)。43年前に岸和田の割と都会から嫁いできた妻は、最初「長持唄」で花嫁道具を家に入れることに驚いていましたが、だんじり祭りや盆踊りがあるのは既に知っていましたが、その後「行者講」があると知って,その田舎ぶりに腰を抜かしそうでした・・・(笑)。もちろん、だんじり祭や盆踊りは健在ですが、これは名越以外からの参加もあるので継続できていますが、純粋に名越ネイティブだけで構成されている行者講や宮座の存在意義は大きいと思います。という事で、伝統を維持する・・・なんて考え方がチョッと古臭いかもしれませんが、今世界中からインバウンドが殺到している理由は円安もありますが、日本の伝統を見たいというのが理由ですから、この貝塚市名越という大阪のローカルシティに160年も続く伝統を守ることが我々「名越の残された講仲15軒」のミッションかもしれません。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.01.28
閲覧総数 734
31

先日大阪ミナミの難波で、父方の従弟と二人だけの飲み会をしました。「いとこ会」と呼ぶほど大げさなものではありませんが、実は25年くらい前にも同じようないとこ会を開催したことがあります。その時は5~6人が集まり、心斎橋にあった当時外国人で賑わっていた最先端クラブ「オリジン」で行いました。当時大阪ミナミのクラブで名越の「いとこ会」・・・とナウかったのです(笑)。当時はみんな30代から40代。仕事も家庭も忙しい時期でしたが、まだまだ体力もあり、夜遅くまで飲んで騒ぐことができました。それから四半世紀。今回集まったのは私を含めてたった2人でした。しかし不思議なことに寂しさはありませんでした。これまで互いに仕事で忙しく冠婚葬祭の時に会うくらいでしたので、昼から居酒屋で呑んで2次会はカフェでコーヒー・・・と気づけば6時間、久しぶりにジックリお互いの人生を語り合えたことに大きな価値を感じました。< 父は9人兄妹、いとこは18人>私の父は9人兄弟です。当時は戦時中の「産めよ殖やせよ」の時代で、名越村で2番目に多かったそうで天皇陛下からもらった感謝状が飾ってありました(1番はS家の12人)。戦後の日本では決して珍しくありませんでしたが、今の時代から見るとかなり大家族です。当然その子どもたちである私の父方のイトコの数も多く、数えると18人もいました。イトコの年齢も幅広く、一番上は叔母さんと近い70代半ば、一番下は長女と同じ40代前半です。30歳も年齢差がありますので、子どもの頃は接点があっても、大人になるにつれてそれぞれの人生を歩むことになります。進学、就職、結婚、転勤、転職、転業、独立、離婚、再婚、介護、・・・そして私のように妻との死別。特に父方の親戚は泉州の貝塚と岸和田に集中しサラリーマンの家は殆どなく、昔から繊維産業に従事していた家も多かったですが、私も含め全て辞めている・・・という厳しい現実がありました。人生のステージが違えば、自然と会う機会も減っていきます。それでも「いとこ」という関係は不思議なものです。兄弟ほど近すぎず、友人ほど他人でもない。久しぶりに会っても、どこか安心感があります。今回も何年ぶりかで会いましたが、すぐに昔の感覚に戻ることができました。<25年という時間が人を変える>25年前のいとこ会を思い返すと、みんなまだ現役世代の真っただ中でした。会社員として働いている人。自営業を営んでいる人。転職を繰り返している人。独立を目指している人。それぞれが未来に向かって走っていました。しかし25年経った今、その状況は大きく変わっています。定年退職した人もいます。会社を辞めて第二の人生を歩んでいる人もいます。病気を経験した人もいます。家族を見送った人もいます。逆に新しい仕事に挑戦している人もいます。人の人生というものは、本当に予想できないものです。若い頃には想像もしなかった方向へ進んでいる人が少なくありません。だからこそ、久しぶりに会う親族との会話には価値があります。SNSでは見えない人生の深みがそこにはあります。成功した話だけではありません。失敗した話もあります。苦労した話もあります。その一つひとつが人生の教科書のように感じられるのです。< 人生100年時代だからこそ必要な親族との交流>最近は「人生100年時代」と言われています。私たち60代、70代の世代も、まだ人生の折り返し地点かもしれません。そう考えると、親族との交流も改めて大切にしたいと思うようになりました。若い頃は仕事が優先です。子育てもあります。親の介護もあります。毎日が忙しく、親族との付き合いは後回しになりがちです。しかし年齢を重ねるにつれて、血縁のつながりの価値を感じる場面が増えてきます。同じ祖父母を持つ者同士だからこそ共有できる思い出があります。同じ地域で育ったからこそ分かる話があります。家系の歴史を知っているのも親族です。こうした話ができる人たちは、年齢とともに少なくなっていきます。だからこそ、数年に一度でも集まる意味があるのだと思います。< 人とのつながりは「空間」が支えている>今回のいとこ会を通じて改めて感じたのは、人とのつながりには「空間」が必要だということです。人は会わなければ関係が薄れていきます。電話やSNSだけでは限界があります。実際に顔を合わせて同じ時間を過ごすことで関係は維持されます。これは私が経営している事業にも通じる話です。「トランクルーム貝塚」は、単に荷物を預かる場所ではありません。お客様の人生の節目を支える空間です。転勤、引っ越し、結婚、離婚、相続、リフォーム。人生の様々な場面で利用していただいています。また私が「トランクルーム貝塚」別館1階で10年前から始めたリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」も同じです。音楽を演奏するためだけの場所ではありません。仲間と集まり、練習し、会話し、交流する場所です。長年利用されているバンドを見ると、音楽だけでなく人間関係そのものが継続していることが分かります。空間があるから人が集まる。人が集まるから関係が続く。これは親族関係も同じではないでしょうか。もちろん10年前のスタジオ起業時はスタジオ1室、会員数ゼロでスタートしましたが、バンド練習だけでなくダンスや和太鼓(だんじり鳴物)も出来るので、今では泉州最大級5室の会員数3400人近くまで大きく成長し、起業当初は趣味か冗談で始めたつもりなのでダメならすぐ止めよう・・・と決めていたので想定外の展開に自分でも驚いています。振り返ってみると「これでメシを食って行かなくて」という必死さがなく、別にダメならシャーナイという脱力経営がヨカッタのでしょう。必死になると目先しか見えなくなり、ロングスパンでモノを考える余裕がなくなるのです。何もビジネスに限らずスポーツや武道においても、脱力や余裕・・・というのがキーポイントになろうかと思います。<昭和・平成・令和を生きた世代として>私たちの世代は昭和、平成、令和という三つの時代を生きています。昭和は大家族の時代でした。親族が集まる機会も多く、お盆や正月には親戚が何十人も集まるのが当たり前でした。平成になると核家族化が進みました。仕事や転勤で地元を離れる人も増えました。そして令和。SNSでつながれる時代になりましたが、実際に会う機会は減っています。便利になった反面、人と人との直接的な交流は少なくなっているのかもしれません。だからこそ、今回のようないとこ会には意味があります。人数が2人でも構わないのです。大切なのは人数ではなく、会うことそのものだからです。<また数年後に会えることを願って>今回のいとこ会は、25年前と比べればずいぶん小規模なものになりました。クラブを貸し切るような派手さもありません。居酒屋で二人がゆっくり語り合うだけの時間でした。しかし、その価値は決して小さくありません。むしろ年齢を重ねた今だからこそ感じられる深みがありました。人生には予想できないことがたくさん起こります。元気だった人が病気になることもあります。突然会えなくなることもあります。だからこそ、会える時に会っておく。話せる時に話しておく。それが大切なのだと思います。今回従弟から2つ「イイ話」を聞いて刺激を受け、早速実践しようと思います。やはり人間関係において、年齢や性別に関係なく如何に刺激のある話を聞けるか(相手にも与えるか)が重要で、特に我々シニア世代は残り時間も少ないので、如何に上手な関係性を築けるかがこれからの人生の充実度をも左右するのです・・・(汗)。次回のいとこ会は、もう年齢も年齢なので毎年でもイイかなと思いますし、次回はこのブログやSNSを見て、もっと増えるかもしれません。その時にまた元気な姿で再会し、それぞれの人生の続きを語り合えたら幸せです。血縁の絆は普段は意識しなくても、人生の節目で必ずその存在を感じさせてくれます。今回のいとこ会は、そんな当たり前だけれど大切なことを改めて思い出させてくれた、貴重な一日となりました。という事で、今回の従弟も私の影響で高校生で空手を始め、大学1年入学当初からウインドサーフィンを始め(私は関西外大体育会古武道部で空手を始め、その後ウインドサーフィン同好会創部)、京都産業大学に学連加盟のウインドサーフィン同好会を創部していたのです。私が父親の心臓の手術で古武道部を辞めて大学に通いながら家業の織物業をメインにしていた時に、地元貝塚の沖縄本部流盛道館にもう一人の従弟と3人で夜は道場に通っていたのです(それぞれ陸上や軽音の部活にも入って)。道場の帰りに、よく久米田駅前にあったミスドに寄って3人で食べて、家まで車で送って行ったのも懐かしい思い出です。そんな従弟らとの楽しい思い出です。織物時代の取引商社の新入社員が京産大のウインドサーフィン同好会OBだったので、創部者が私の従弟だと知って驚いていました・・・(笑)。同好会と言ってもチャラチャラした遊びではなく、学連加盟でレース中心の体育会系だったのです。その後彼は、私を特別な目で見てくれていたのは言うまでもありません。オモシロいですねェ・・・親戚同士で関西の2大学のウインドサーフィン同好会を創るなんて日本初か(笑)。まだ日本でウインドサーフィンブームが起きる前だったので、世間が狭かっただけですが。しかし残念ながら、関西外大も京都産業大学も今はウインドサーフィンクラブは今は無くなったようですが、私も彼も何らかの形で当時ウインドサーフィンに青春を燃やした仲間との絆は消えていません。もう40数年前の話ですが、それが青春・・・という無形の財産です。まぁ既存の会社や部活に入るのは楽で誰でもできますが、自分で起業や創部というのは中々普通の人はできません(やろうとしません)ので、アメリカで発明されて未だ10数年しか経っていなかったウインドサーフィンを(その後オリンピック種目や国体種目に採用されたが、当時日本では特許の関係でウインドサーファー艇しか発売されずヤマハが新規参入したのはブームが下り坂になってから)、新しいスポーツという事でアウエー感が強く非常に困難を伴う学連加盟(レース志向の体育系)のウインドサーフィン同好会創部というのをやってのけたからこそ・・・その後社会人になって長い年月を経て2人とも若かった情熱とパワーの「創部で養った先見性と根性(経験)」で起業できたのかも知れません(汗)。この辺が起業のオモシロいところで、学校の勉強がデキただけでは「人間の総合力が問われる」起業は決してデキナイ・・・のです。たかがウインドサーフィン、されどウインドサーフィン・・・で、ウインドから学んだ事があまりに大きく、今の私のベースであることは言うまでもなく、若い頃に何かに夢中になる事は絶対後悔しないと断言できます。とにかく若い時しかできなコトをヤッタ・・・と言うのがポイントで、1年後にはもうタイミングもズレてしまって後の祭りで、経験値を積み損ねてしまうのです。イヤ1年後というより、その瞬間・・・を掴むタイミングが、人生を左右するのです。「その瞬間」に出くわしたときに、待ったなし・・・「立ち向かうか?逃げるか?」の積み重ねで、その人の人生が決まるのです。1981年ウインドサーフィン雑誌「ハイウインド」より「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.06.09
閲覧総数 248
32
![]()
ウインドサーフィンの雑誌「ハイウインド」最新7月号に、「2013 全日本学生選手権(団体戦)京都大学 国立初の頂点へ」という記事が載っていました・・・インカレも37年の歴史があるようで、国立大学の団体優勝は初めてだったのですねェ・・・しかし、関西インカレ(関西学生選手権)の記念すべき第1回優勝(団体)は(32,3年前?)、実はこの京都大学だったのです・・・この事実を知っているのは、ウインドサーフィン関係者でも殆どないと思います・・・知っているのは、私も含め当時の関係者だけ・・・つまり関西学連でウインドサーフィンをしていた学生だけかも・・・記念すべき「第1回大会」と言っても、ヒッソリとしたものでした・・・当時は関東と関西の情報格差、人口格差が酷く、全日本選手権は殆ど関東勢で占められていました・・・第1回関西インカレなんて、関西の一般サーファーもあまり関心もなく、関東で知っているのは関東学連の一部の人間だったでしょう・・・当時は関西のウインドサーファーの殆どが一般愛好者で、関東は湘南で学生中心に発展していきましたが、関西より一歩も二歩も進んで、関心はウインドサーファーのトライアングルレースより、ハワイのジャンプする「ファンボード」に移っていました・・・そういった中で、一番古い同志社、関大、甲南、京大の4校しか全日本学連に加盟していなかったのですが、私が関西外大でクラブを創る事によって5校で関西学連を初めて創ったのです・・・残念ながら関西外大は全日本学連加盟が少し遅れたために、第1回関西インカレに間に合いませんでした・・・この時、世の中の法律の厳しさを味わいました・・・まず全日本学連に加盟しないと、正式に関西学連には登録できないと・・・関西学連の設立やレースの準備に奔走して、記念すべきレースにも出たかったのですが、もしなァなァで出ても「無効」という現実を突き付けられたのです・・・しかし学連加盟校だけでは学生数が少ないので、同じ日に非学連加盟校と一緒に(関西外大も)「第1回関西学生フェスティバル」のレースをして大いに盛り上がりました・・・しかし、第1回関西インカレで京大が団体優勝したのですが、ある時京大の創部者であるK君に直接ヒミツを聞いたり、マル秘クラブ運営方法を探りました・・・・クラブ運営?・どんな練習方法?創部者はみんな悩んでいたのです・・・全く新しいスポーツで、どうクラブ運営していけばイイのかと・・・?そこに、当時一番上手くいっている京大にヒントがあったのです・・・30年数年前の京大スポーツで、アメリカンフットボールが強かったのが非常に有名ですが、空手も強かったのです・・・アメフト、空手、ウインドサーフィンに共通するのは、殆ど「大学から始める」スポーツです・・・中学高校から始める野球やサッカー、バスケットや水泳といったメジャースポーツでは、国立大学ではなかなか勝ち目はありません・・・そこで、殆どスタートラインが同じスポーツなら勝ち目があると狙ったのでしょう・・・京大のアメフトと空手が強い理由は知りませんが、ウインドにはヒミツがあったのです・・・一言で言えば、他の大学の「反対」の事を実践していたのです・・・所謂「逆張り」です・・・ビジネスで逆張りは結構有効ですが、学生スポーツでも有効だったのです・・・他大学では、新しいスポーツという事で(非常に明るいイメージ)、新会員はいくらでも来ましたが、定着に苦労したようです・・・苦労というのは、運営方針の食い違いです・・・レース派かブルーウオーター派かです・・・学連加盟ですから、同好会と言えども、もちろんレース派です・・・ところが、新会員は「オモシロそうやなァ」「楽しそうやなァ」「もてそうやなァ」・・・と思って入ってくる訳です・・・最初から「レースしたい!」なんて、誰もいません・・・最初からボタンの掛け違いで、クラブ全体が上手くいく訳ありません・・・ところが京大の場合は、最初からレースなんてオクビにも出さず、ウインドがオモシロくなりそうになり、高額な道具を買ってから(或いはローンを組んでから)、本格的にレースの練習を開始したようです・・・新入部員がウインドを止められなくなる状況になってから、「今日からレースやでェ」と豹変したかどうかは知りませんが、クラブ運営のスムーズさから言えば、最高のシナリオでした・・・実際、これがナカナカ出来ないのですねェ・・・ついつい上級生ぶって、最初から体育会的なノリで「俺について来い!」みたいなスパルタ式になってしまうのです・・・そして、クラブ内の統制がとれなくなってしまう・・・下級生に「上手に出来ましたねェ、パチパチ・・・」なんて、当時の大学スポーツでは考えられなかったのです・・・それをヤッタというのがスゴイですし、やはり頭の構造からして違うというのを実感したものです・・・更にスゴイのが、練習方法です・・・もちろん、全く新しいスポーツという事で、みんな手探り状態な訳です・・・それを京大は、「スタート練習しかしない!」と言い切っていました・・・ウインドサーフィンもヨットも、トライアングルレースは「スタートで90%決まる」と言われていました・・・それを京大は愚直に守っていたのです・・・「試合に勝つためには、どうしたらイイのか?」という戦略を、冷静に分析していたのです・・・他の大学は、そんな辛気臭くて邪魔臭く、オモシロくない練習より、沖で伸び伸びと楽しいプレーニングする練習ばかりしていたように思います・・・京大は、「練習時間外にそんな個人練習はせよ」といった感じです・・・このクラブ運営方法と練習内容が、京大の勝因だったのです・・・後から聴いて、ナルホドですが、我々にとって「後の祭」です・・・この教訓を、後の人生に活かそうと誓ったのもこの時です・・・という事で、ウインドサーフィンを大学で同好会を創ることなく、単なる個人として楽しんでいれば、ここまで思い出が広がらなかっただろうと思います・・・今は関西外大にウインドのクラブは無いようですが、私のココロの中にはいつまでも残っていたのです・・・しかし、ウインドサーフィンは国体の種目でもあり、オリンピック種目でもあるのです・・・しかし、日本では超マイナー、こんな可愛そうなスポーツありますか・・・もっともっと流行って欲しいですし(20数年前のように)、素晴らしいスポーツというのを知って欲しいのです・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2014.06.15
閲覧総数 1749
33

昨日は娘や孫らと毎年恒例の車で20分ほどの葛城山麓にある蕎原へ川遊びに行ってきました。やはり上流の水はキレイです。小さい川魚や小さなエビをたくさん取りました。60年くらい前まで名越の実家前の小川で洗濯ができるほど蕎原の川のようにキレイだったのですが・・・ついでに、友人が昨年から経営している「そぶらフォレストガーデン南」へ寄りました。自分ちの山を切り拓き、今流行りのキャンプやBBQの為のスペースを提供しているのです。自社物件を改造して業者の手を借りずにエンドユーザー直の自分一人で経営するというビジネスモデルは私からのヒントか?・・・(笑)。WEBサイトもなかなかイイ感じです。彼とは42,3年前に私が名越青年団団長をしていた頃からの知り合いで、当時一番仲の良かった蕎原の同級生が蕎原青年団団長をしていた関係で、名越と蕎原の青年団同士で岸和田の牛滝山にキャンプに行ったり、名越のだんじりを曳きにきたり、盆踊りも互いの会場に踊りに行ったりして交流が盛んでした。たまたま同じ音頭(横山くどき)だった事もあり、私が同級生の家で泊りがけで音頭を習ったものでした。ウインドサーフィンも個人的に海にあまり縁がなかった蕎原の青年団のみんなに教えたりもしました。そういった縁もあって、何組かのカップルも生まれました・・・(笑)。という事で、孫と半日遊ぶのも体力が要りますが、「もうあと何年遊べるか?」と考えると今一生懸命彼らと一緒に過す事が最も大事だと思います。自分自身も母方の養豚業と農業を営んでいた祖父には一緒にだんじりの屋根に乗せてもらったり子豚やアヒルや牛と一緒に遊ばせてもらったり、父方の祖父とはリヤカーに乗せてもらって千石荘にセミを取りに行ったりノコギリや金づちや釘の使い方を教えてもらってミニだんじりや犬小屋を作った思い出は忘れていませんから・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.08.12
閲覧総数 1281
34

近年、トランクルームという言葉は広く知られるようになりました。しかし、多くの人はまだ「荷物を預ける倉庫」という程度の認識しか持っていないのではないでしょうか。アパートマンション経営と同じようにトランクルーム業界でも地主が業者に頼るのが殆どの中で、私は20年間、南大阪(泉州)で業者に一切頼らない自社運営管理のエンドユーザー直で「トランクルーム貝塚」を経営してきましたが、その20年間の膨大な経験値から確信していることがあります。それは、トランクルームは単なる収納サービスではなく、現代社会を支える重要な社会的インフラであるということです。道路や鉄道、水道、電気が社会インフラと呼ばれるように、これからの時代、トランクルームもまた人々の生活を支える重要な存在になっていくと考えています。<日本社会が抱える収納不足問題>先日の日本経済新聞に「住宅の広さ 消えた<国の目安>」という見出しが目に飛び込んできました。日本では都市部を中心に住宅の狭小化が進んでいるのです。特に東京23区や大阪市内といった都会では、土地価格の上昇や建築コストの高騰により住宅は年々コンパクト化しています。マンションやアパートでは収納スペースが不足し、多くの家庭が荷物の置き場所に悩んでいます。人口が多く地価が高い東京23区や大阪市内といった都会ほど、住宅スペース問題が深刻になってくるのです。一方で、人々の所有する物は増え続けています。季節用品、スポーツ用品、アウトドア用品、思い出の品、子供の成長記録、仕事の資料など、捨てたくないけれど普段は使わない物が数多く存在します。しかし住宅には限られたスペースしかありません。その結果、居住空間が圧迫され、本来快適であるはずの生活環境が損なわれてしまいます。トランクルームは、この問題を解決する重要な役割を果たしています。住宅の延長として利用できる「第二の収納空間」として、多くの家庭の暮らしを支えているのです。この問題に増々輪を掛けているのが「東京一極集中」で、一方で地方に行けば行くほど人口が減り空き家問題が多くなりますが、日本を代表する大都会の東京23区や大阪市内ではすでにトランクルームは無くてなならない社会的インフラという存在なのです。<トランクルームは住宅機能を補完する>現代の住宅には限界があります。どれほど設計を工夫しても、限られた敷地の中で十分な収納を確保することは簡単ではありません。そこで必要になるのが「住宅外収納」という考え方です。欧米では以前からセルフストレージが生活の一部として定着しています。家の中に全てを収納するのではなく、必要に応じて外部収納を活用する文化が根付いています。日本でも同様の流れが進んでいて、東京ではすでに大阪では考えらない程トランクルームは日常的に存在しているのです。トランクルームは住宅不足を補う存在であり、現代の住宅政策を支える重要な機能を担っています。住宅とトランクルームは競合関係ではなく、互いを補完し合う関係なのです。< 高齢化社会における重要な役割>日本は世界でも類を見ない高齢化社会を迎えています。高齢者の住み替えや施設入居が増える中で、一時的な荷物保管の需要は年々増加しています。長年住み続けた家には、多くの思い出の品があります。すべてを処分することは簡単ではありません。また、相続の際にも家財道具や遺品の保管場所が必要になります。こうした場面でトランクルームは重要な役割を果たします。家族が冷静に整理を進めるための時間を提供し、精神的な負担を軽減することができるのです。これは単なる収納サービスではなく、人々の人生に寄り添う社会的機能と言えるでしょう。今の相続税法では相続人である兄弟や姉妹は平等なので、亡くなった親の遺品を長男や長女の家に一方的に保管するというのはNG行為とみなされますので、例えば「中立的立場」としてのトランクルームに一旦遺品を保管して、落ち着いてから相続人全員がトランクルームに集まり遺品分けをする・・・というパターンが最近増えました。<災害時にも活躍するトランクルーム>日本は地震、台風、豪雨など自然災害の多い国です。防災の観点から見ても、トランクルームの役割は今後さらに重要になると考えられます。例えば、防災用品や非常食、発電機、備蓄品などを保管する場所として利用できます。企業であれば事業継続計画(BCP)の一環として、重要書類や予備機材を保管することも可能です。また災害によって住宅が被災した場合、一時的な家財保管場所として活用されるケースもあります。社会が災害に強くなるためには、こうした保管インフラの整備が欠かせません。トランクルームは防災インフラとしての役割も担っているのです。<地域経済を支える存在>トランクルームの利用者は個人だけではありません。中小企業、自営業者、ネットショップ運営者、建設業者など、多くの事業者が利用しています。特に近年増加しているEC事業者にとって、在庫保管スペースは大きな課題です。店舗や事務所を借りるほどではないが、商品を保管する場所が必要というケースは数多くあります。トランクルームは低コストで利用できるため、小規模事業者の経営を支える重要な基盤となっています。地域の中小企業を支援し、新たな起業を後押しする存在としても社会的価値は高いと言えるでしょう。<モノを大切にする社会へ>近年はSDGsや環境問題への関心が高まっています。その中で「捨てる前提」の社会から、「長く使う社会」への転換が求められています。トランクルームは物を保管する場所です。しかし本質的には、物を大切にする文化を支える施設でもあります。思い出の品を残したい。子供の成長記録を保管したい。将来また使うかもしれない道具を保有したい。そうした人々の思いを支えることは、決して無駄なことではありません。必要な物を必要な時まで保管できる環境は、持続可能な社会づくりにも貢献しています。<これからのトランクルームの使命>私はトランクルーム事業に携わる中で、この仕事が単なる収納サービスではないことを実感しています。利用者の生活を支え、企業活動を支え、高齢者を支え、防災を支え、地域社会を支える。その役割は年々大きくなっています。今後、日本は人口減少、高齢化、住宅事情の変化、災害リスクの増加など、さまざまな課題に直面します。そうした社会課題を解決するためにも、トランクルームの存在価値はますます高まるでしょう。道路や電気、水道が社会を支えるように、トランクルームもまた現代社会を支える重要な社会的インフラです。私たちトランクルーム事業者は、単に収納スペースを提供しているのではありません。人々の暮らしの安心と豊かさを支える社会インフラを提供しているのです。そしてこれからも、その使命と責任を胸に地域社会に貢献していきたいと考えています。まぁしかし今はトランクルームを本業に、不動産仲介業、音楽スタジオ、レンタル自習室、卓球場、駐車場と事業を拡げていますが、それも経験値があったから広げられたのであって、トランクルームを業者に自分は何もせずに丸投げ(全てお任せ)していたら自分は楽(ラク)かもしれませんが経験値を積み上げることが出来ず、長年自助努力せずに楽(ラク)してしまったシッペ返しで最終的には失敗(廃業)していたでしょうが・・・世の中ってそんなモノです。結局当たり前の話ですが、世の中は人(会社)を当てにせず、自分で努力したモン勝ちなのです。という事で、今から20年前に泉州の地場産業だった家業の織物業から、2棟の織物工場を改造コンバージョンしてトランクルームという全く未知数のビジネスに新規参入した訳ですが、ホントにイロイロ経験させてもらいました。大阪最大級の171室もありますので、長期契約や短期契約も含め何千人というお客さんとコンタクトがあり、その全てが私の経験値となり、それを活かしてそれに続く不動産仲介業や音楽スタジオ、レンタル自習室、卓球場、駐車場という6つのビジネスに応用できたのかと思います。泉州エリアのトランクルームの90%が「屋外型」コンテナなので、弊社「トランクルーム貝塚」のような安心と安全の「屋内型」トランクルームの希少価値がやっとクローズアップされる時代になり・・・何とも嬉しい限りです(涙)。20年間続けてきて本当にヨカッタ・・・と思います。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.06.27
閲覧総数 206
35

先日、現在住んでいる名越町の墓地にある家の「墓じまい」をしました。7月に家内が亡くなって、イロイロとこれから整理していかなくてはならない事が沢山あり・・・この墓じまいの件も3人の娘と妹と相談して決めました。墓じまいの理由は、「笹谷家」の跡を継ぐ子供が誰もいないからです。子供3人は娘でみんな嫁ぎ、みんなそれぞれ子供2人を育てるのに必死で、実家の事で迷惑を掛けるのも気の毒ですし、娘らに変なプレッシャーを掛けるのも今の時代・・・NGです。まだ私が元気なうちに、思い切って墓じまいを決断したのです。お寺の娘だった家内も生前、墓じまいに賛成していましたので・・・ファミリー全員が納得の事だったのです。まぁ80歳まであと12年しかなく、80代の老いぼれのボケ老人になってからでは遅いのです。何でも早い決断ほど良い結果を招く・・・というのは織物業の廃業で実感しました。ズルズルとあのまま織物業を続けていたら、2年後にリーマンショックで自滅していたでしょう・・・世間体を気にしたり、時代にそぐわない偏った考えにいつまでも固執したりしていると、時代遅れの浮世離れしている自分にも気がつかない・・・というのは、世の中によくある事です。実際の墓の撤去は年内なのですが、2つある墓の古い方は100年以上経っているので、火葬が一般になる前の土葬の時代なので、曽祖父母の骨が出てくるかも知れない・・・と住職が言ってましたが、一体どうなんでしょう?墓じまい、墓じまい・・・と世の中では風潮のように言われていますが、古い墓にはこういった問題もあったのです。という事で、三ツ松の左甚五郎(岸上甚五郎左義信)の分家筋の水間の三重塔を建立したトランクルームの2軒隣の宮大工だった本家(泉州弁で母屋)の仁左衛門はもう何十代も4,500年続いているようですが、うちは江戸時代生まれの曽祖父が名越唯一の武家(岸和田藩足軽の石原氏)の娘と結婚して分家(泉州弁で隠居)してから4代目の私ですが、5代目はなし・・・という事で何とも寂しい話ですが、もうそんな時代ではないと思います(涙)。まぁ私の代で18年前の家業の織物業の廃業や今回の墓じまい・・・とにかく大きな決断が2つもあった私の人生ですが、仕事の方も無借金経営で娘に継いでもらっていますし、もうこれで私も安心していつでも天国に逝けるでしょう・・・まぁ自分では100歳まで元気に楽しく・・・生きるつもりですが(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.12.13
閲覧総数 535
36
![]()
昨日は貝塚市麻生中のボクシングジム「STUDIO OZ(オズ)」さんで、ボクシングの一日体験をしました・・・以前から、ボクシングのパンチに興味を持っていました・・・空手にはキック(蹴り)もありますが、パンチ(突き)にそれほどバリエーションがなく、特に空手にないボクシングの接近戦でのフックとアッパーの打ち方やコンビネーションと、相手のパンチのかわし方を学びたかったのです・・・元プロボクサーのコーチとマンツーマンで、準備体操 → 予備運動 → バイク10分 → ミットによるパンチのコンビネーション → サンドバッグ → 腹筋運動 と1時間半汗ビッショリかきました・・・ミットによるパンチのコンビネーションは、相手のパンチのかわし方やフックの向きなど、コーチの一言一句が理論的で身に沁みました・・・ やはり、本やDVDやyou tubeである程度研究しても限界があり、実際自分が経験しないと殆ど分からないものです・・・空手は素手である程度拳を握って、インパクトの瞬間捻りながら力を込めますが、ボクシングはバンテージを巻いてグローブをはめ、バンテージをシッカリ締める関係で空手より拳を開いている状態で、インパクトの瞬間に捻らずに力を入れるという打撃方法などで、かなり違和感を感じました・・・スパーリングはしませんでしたが、ボクシングは蹴りがない分、相手との間合いが恐ろしく狭い接近戦で、これが実際ガチで打ち合う試合となると、恐怖心が相当なものだと思います・・・今回大変お世話になったコーチは、元々私と同じ地元の沖縄本部流空手(盛道館)の出身で(現・本部流盛道派)、私も昔から知っている空手の先輩がコーチの師匠だったという事で、よりいっそう親しみを感じました・・・地元貝塚を中心に空手の普及に長年貢献され多くの弟子を育てた、盛道館宗家の故・普久原朝盛先生の偉大さを改めて見直しました・・・という事で、サンドバッグによるスタミナ養成方法も教えて頂いたり、非常に充実した体験をさせて頂き、明日への活力の一助となったのは言うまでもありません・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2014.01.15
閲覧総数 2682
37

ありそうでなかったシリーズ第13弾は、泉州でありそうでなかった「フラメンコ練習場」です。弊社リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」(貝塚市名越661 072-446-0798 トランクルーム貝塚「別館」1階)では、フラメンコの練習もできます。フラメンコの練習は靴底の片方だけでも釘が200本も打っていますので、普通の音楽スタジオやダンススタジオではフロアに傷がついてしまうので対応できず、フラメンコ専用スタジオでないと練習できないのです。フラメンコはマイナーなダンスなので、大阪府下では人口の集中する大阪市内にフラメンコ専用スタジオが点在していますが、泉州では堺市に1カ所あるだけで、高石市以南はゼロだったのです。この「高石市以南はゼロ」をどう見るか・・・?フラメンコの潜在需要はないのか、需要はあっても大阪市内に流れているのか・・・?判断が難しいところです。私は「需要はゼロではない」が、それだけでビジネスが成り立つのは無理だと判断して、卓球場の合間にフラメンコ練習という2毛作(ファストドロウも入れれば卓球場で3毛作)なら問題ないと判断しました。まぁフラメンコの愛好者数は日本は本場スペインに次いで練習生も含めれば10万人という世界第2位のようで、大阪は日本の第2の都市という事実に運を掛ける事にしたのです。弊社「スタジオ0724」の3室のAスタジオではフラメンコの練習に対応した強化フロアではありませんが、併設している「貝塚卓球センター」で卓球予約がない時間にフラメンコの練習場として利用して頂いています。トランクルーム貝塚「別館」1階のコンクリートフロア(厚さ70cm)に私が作った特注ボードを置いて、そこで練習して頂いています。織物時代に織機の振動を止める為に、70年前に祖父が70cmもの厚みのコンクリート床を打っていたのが功を奏しています・・・(涙)。何十台もの織機が1日24時間も集団稼働すると、その低周波振動が近隣に及ばないようにする為の先人の知恵です。フラメンコダンサーは床を蹴った音を楽しみながら、その蹴った力が自分の膝に返ってこないように(膝への負担を考え)・・・といったユーザーの意見を聞きながら、その打撃音が建物の外に漏れないように作りました(汗)。足で床を蹴っているのですから、石やコンクリートといった硬い床だと膝と腰を直ぐに痛めてしまうのは素人でも分かります。膝と腰に出来るだけ負担のないように、しかも「良い音」を聴きながらフラメンコを踊る・・・そしてそのフラメンコの音が建物外に漏れるのはNGという「難しい命題」を解決しなければならないのです・・・(汗)。しかし織物時代の防音と防振の経験(工業防音)と音楽スタジオの経験(音響防音)といった経験値と、祖父が施工したコンクリート床の厚みが70cmという元織物工場(現トランクルーム)という条件が功を奏して、それらを簡単に解決する事ができました。一般住宅でフラメンコの練習をすると近隣から騒音クレームがあり、下手をすると家が壊れてしまいます。それほどフラメンコは過激なダンスだったのです。そういう意味で、泉州でフラメンコの練習が出来る場所というのは高石市以南の泉州では弊社しか無かったのです。私の実際やっている事なんて誰でも出来そうですが、これをコストゼロで既存のビジネス上で完結しているところが誰にもマネが出来ない点でしょう。卓球場で卓球を使っていない時に卓球台を折りたたんで部屋の隅に寄せ、スタッフを誰も雇わずにフラメンコ台を簡単に設置替えして、13畳というスペースを2種類のビジネス(卓球とフラメンコ練習場)に活用するのです。正に誰でも考えれそうで、なかなか浮かばないコロンブスの卵的発想です。という事で、泉州ではフラメンコというニッチマーケットですが、「需要はゼロではない」というポリシーの元で、コストゼロで何とか商売ベースに乗せよう・・・と(汗)。と言うより、スペイン旅行で現地のタブラオで本場フラメンコをこの目で見て感動し、フラメンコはダンスというよりスペイン文化だと感じていますので、商売を度外視してもフラメンコを泉州に少しでも広めなければ・・・という気持ちがあったのです。フラメンコはダンスだけでなくギターや歌や手拍子もあり、これが全て揃って1つのフラメンコというスペイン文化なので、2年後には第4スタジオ(Dスタジオ)でタブラオで見たようなフラメンコのライブを見たいなぁ・・・と。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.12.27
閲覧総数 241
38

今年の夏はとにかく暑い・・・テニスレッスンに4月から通っているのですが、エアコンがないので先日の80分の練習ではバテバテで、正にグロッキー状態で70歳の老体にホンと堪えました・・・(汗)。毎朝の20分ストレッチは止めませんが、夏はテニスと自宅3階の筋トレマシンは身体の調子と相談しながら・・・やっていきます。大阪も猛暑が続いています。日中の外気温は30℃を超え、35℃前後になる日も珍しくありません。そんな中、トランクルームを利用される方にぜひ知っていただきたいのが、「室内温度」の違いです。実は大阪府南部(泉州地域)のトランクルームの約90%は、屋外型コンテナと言われています。一方、弊社「トランクルーム貝塚」は、大阪府貝塚市で数少ない屋内型・有人管理のトランクルームです。同じ「トランクルーム」という名前でも、保管環境には大きな違いがあります。今回は、夏だからこそ知っていただきたい「屋内型」と「屋外型コンテナ」の違いについて詳しくご紹介します。< 真夏のトランクルームは室温が大きく違う>現在、外気温が35℃を超える日でも、弊社トランクルーム貝塚(本館1階)の室温は約27℃です。建物内に入ると、「外よりずいぶん涼しいですね」と驚かれるお客様も少なくありません。一方、屋外型コンテナは鉄製で直射日光を受け続けるため、真夏には内部温度が60℃前後、条件によっては70℃近くまで上昇することもあるとされています(真冬は放射冷却の影響で0℃前後に)。ちょうど野晒しで駐車された車と同じ状況です。この温度差は、大切な荷物の保管環境を大きく左右します。<高温になると荷物にはどんな影響があるのか?>高温環境では、* 衣類や布団に熱や湿気がこもる* 書類やアルバムが傷みやすくなる* 革製品が硬くなる* プラスチック製品が変形する* 電子機器のバッテリーに負担がかかる* 木製家具が反る可能性があるなど、大切な荷物にさまざまな影響を与える恐れがあります。だからこそ、「料金」だけではなく、「どのような環境で保管されるのか」を確認することが大切です。<なぜトランクルーム貝塚は夏でも27℃なのか?>弊社では、元々織物工場として使用していた建物を活用しています。一般的なコンテナとは違い、・重量鉄骨造・100mm厚のALC外壁・建物周囲の断熱施工・大型換気設備などにより、外気温の影響を受けにくい構造になっています。その結果、真夏でも室温は20℃台を維持し、大切な荷物を安心して保管できる環境を実現しています。同じ屋内型でも、よくある軽量鉄骨造と比べて地震や台風に弊社の重量鉄骨造の方が断然強いのは言うまでもありません(建築費が掛かっている分、当たり前ですが)。<屋内型だけではありません。「有人管理」も大きな安心です>もう一つ、弊社が大切にしているのが「有人管理」です。現在、多くのトランクルームは無人管理です。しかし弊社では業界では非常に珍しく管理人が常駐しているため(おそらく1%)、・初めて利用される方へのご案内・荷物搬入時のお手伝い・設備トラブルへの迅速な対応・施設内の清掃・防犯確認など、人がいるからこその安心をご提供しています。「何かあった時に相談できる。」これは数字には表れない、大きな価値ではないでしょうか。<「安いから」で選ぶ時代から「保管品質」で選ぶ時代へ>もちろん、料金は重要です。しかし、大切な家具や思い出の品、趣味の道具、仕事の資料などを長期間保管するなら、「保管品質」も同じくらい重要です。もし数百円安いコンテナを選んだ結果、大切な荷物が傷んでしまえば、本末転倒です。だからこそ弊社では、「価格」だけではなく「品質」で選ばれるトランクルームを目指しています。<動画で実際の施設をご覧ください>文章だけでは伝わりにくい部分もあります。実際の建物の雰囲気や室内環境は、YouTube動画をご覧いただくと、より分かりやすくご理解いただけます。動画では、* 建物内部* 室内の様子* 駐車場* 搬入口* セキュリティ設備* 屋内型ならではの特徴などをご紹介しています。ぜひ一度ご覧ください。<まとめ>トランクルーム選びで重要なのは、「広さ」「料金」だけではありません。夏場の室温、建物の構造、管理体制まで比較して初めて、本当に良いトランクルームが見えてきます。大阪府貝塚市の「トランクルーム貝塚」は、* 屋内型* 真夏でも約27℃* 有人管理* 大阪最大級171室* 20台の防犯カメラ* 屋内で荷物の積み降ろしが可能* 容積(床面積×高さ)を重視した収納力など、多くのお客様から高い評価をいただいています。今年のような猛暑だからこそ、「大切な荷物を守る」という視点でトランクルームを選んでみてはいかがでしょうか。大阪市・堺市・和泉市・貝塚市・岸和田市・泉佐野市・熊取町・泉南地域で、安心して利用できる屋内型トランクルームをお探しの方は、ぜひ一度「トランクルーム貝塚」へお気軽にお問い合わせください。という事で、年々暑くなっているような日本の夏ですが、暑くなればなるほど屋内型という弊社の強みがクローズアップされます。単に20年前に織物工場を改造コンバージョンしただけですが、視点とスタンスを変えるとビジネスって蘇る・・・という例か。20年前まで長年冷たい井戸水を利用した空調で外気より低い室温の織物工場でしたが、100㏈を超える織機音と風綿が舞い散る工場で汗を噴き出しながら働いていたのも・・・遥か昔のように懐かしく感じます。49歳の時に廃業(同時に今のトランクルームへの転業)の決断ができなければ、あのままズルズルと織物業を続けていっても、その2年後のリーマンショックで倒産していたかも知れません・・・(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.07.31
閲覧総数 217
39
![]()
先日、貝塚市半田の最近オープンした「ひより珈琲」に行ってきました(ホームセンター・ムサシ前)・・・先日ブログに書いた岸和田の「利右ヱ門」と同じく、「まかない包丁」跡で、よくある飲食店の方向性の転換のようです・・・しかし、この「ひより珈琲」、ここ1、2年岸和田に出来て流行っているコメダ珈琲と星乃珈琲にどことなく雰囲気や業態やメニューが似ているような気がします・・・同じロードサイドのコーヒーチェーン店である珈琲館とは明らかに違う雰囲気です・・・所謂「住み分け」なんでしょう・・・ところで、ひより珈琲さんで、ホイップのパンケーキとカフェラテを頂いたのですが、ホイップのパンケーキの大きさにビックリ・・・昼食の2時間後くらいだった事もありますが、とても食べられないほど量が多かったのです・・・店員さんも一言、「チョッと大きく、1人では食べられませんよ」とか言ってくれればヨカッタのに・・・メニューの写真では、チョッと大きさが分かり辛いです・・・一瞬、20年前に家族でアメリカに行って、マクドナルドでハンバーガーセットを家族数だけ5人分注文した時の事を思い出しました・・・ハンバーガーとドリンクが日本のよりひと回り大きく、ポテトがテーブルの半分を占めるくらい山のようにありました・・・これには、家族みんな唖然とし、冗談かと思いました・・・(笑)当然、半分以上食べ残したのは言うまでもありませんでした・・・日本の感覚で注文してしまった失敗例です・・・初めての事に関して、先入観もケースバイケースで良し悪しです・・・という事で、デカくて甘いパンケーキを食べ過ぎ、2,3日、甘党の私でも甘いモノが食べられなくなりました・・・(笑)ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2014.01.07
閲覧総数 8112
40

泉州エリア(特に岸和田以南)のトランクルーム(レンタル収納スペース)と言えば、約90%が野晒しの「屋外型」コンテナですが、弊社「トランクルーム貝塚」は数少ない「屋内型(ビルトイン)」トランクルームなのです。国道や府道沿いに無人で管理人のいない「コンテナ」がめっきり増えたのが、それを正に表しています。弊社の「屋内型トランクルーム」では夏でも室温が26℃くらいまでで、冬でも10℃です。年間の温度差がそれほどなく、荷物へのダメージが少ないというのが実は1番の特徴だったのです。残念ながら、弊社戦略として「日本最安値(平米賃料)」を前面に押し出していますが、本当のところはこういう「品質」にも目を向けて欲しかったのです。しかし未だにこの事実(弊社は「屋外型」ではなく「屋内型」)を知らずに、電話してきたり見学に来られたりする方が多いのに驚かされます・・・もう12年も経っているのに。自分ではトランクルームというのが相当普及していると思うのは、明らかに自分の思い上がりです。まだまだ、殆ど世間に知られていないというのが真実だろうと思います。もっと謙虚にならなければ・・・(反省)。トランクルームビジネスは東京23区や大阪市内といったマンションが多い都会型ビジネスですので、広い一戸建てが多い田舎では流行らないのは普通に考えれば誰でも分かります。住居面積に制限があり収納に困ってるマンション住まいの方が、トランクルームの主なお客さんだったのです。一戸建てだと何処かに荷物が置けるので、わざわざお金を払ってまで貸倉庫(トランクルーム)を借りる必要はサラサラないのです。特に泉州ネイティブの住環境は敷地面積100坪というのが普通サイズですから、残念ながら弊社の近隣周辺にはトランクルーム需要がなかったのです・・・(涙)。過去12年間トランクルームを営んできて、それこそ公私とも色んな人と喋ってきても、未だに「トランクルームって何?」という根本的な質問も結構多いのです。おそらく、トランクルーム、不動産、スタジオ、卓球場、自習室、過去の織物業関連、地元商工会議所関連、プライベートなど新旧含めて実際会って直接喋ったのは、少なく見積もって1日2人として2×365×12=8760人ですので、5000人は軽く超えているでしょう。これに契約率が低い不動産のオファーも含めた電話やメールだけの新規オファーを含めれば、10倍の5万人は軽く超えているはずです・・・それほど過去12年間は(今でも)、毎日、毎日初めての人との出会いや電話(メール)ばかりだったのです・・・織物時代は今のようなエンドユーザー相手ではなく、BtoBビジネスで付き合う人間関係も限定されていたのと大違いです。まァしかし、これだけ多くの人と会うと、名刺を印刷屋に頼んでいると間に合いません。キャッチコピーやデザインや肩書きなど、しょっちゅう変わりますし量も多いからです。自分で臨機応変に名刺を作ることによって、上手に対応できるのです。自分でパソコンで名刺を作る事によって、IT技術がアップし応用でフライヤーも簡単に作ることが出来ました。名刺を自分で作ることによって、大幅にコスト削減に貢献できたのです。まだ頭の柔らかい20代のサラリーマン時代も毎年1000人と名刺交換していた訳ですが、頭が固くなった5,60代になっても、こんな事を続けるというのは確かにボケ防止になっているのかもしれません・・・(笑)。しかし、この「場数を踏む」繰り返しによって多少「胆力」が付き、どんな人間が来てもビビるどころか、楽しみに変ってしまったのです・・・(笑)。多くの人は初めての人と喋る時は緊張するものですが、単に場数を踏んでいないだけの事です。誰でも、そういう立場に置かれれば慣れてくるものです・・・要は慣れです。過去にNHKや読売テレビや関西テレビに出ましたが、このお陰で自分でも驚くほど全く緊張しませんでした・・・(笑)。仕事で無意識にアンチエイジング(ボケ防止)になっている事に加え、毎朝1時間の両手両足を使うドラム練習でもアンチエイジングになっているのか・・・・?楽しく頭(仕事)と身体(ドラム)の両方でアンチエイジングして、100歳まで生きるという目標もこれで達成しそうかな・・・(笑)。高校オーケストラ部時代は、クラシックでは当たり前ですが譜面を見ながらトランペットを吹いていました。言ってみれば、左脳(言語力、論理的に考える力、計算力、物事の分析力)の訓練です。社会人になってから、多くの人と出会いによって右脳(直感力、音楽力、図形力、全体を見渡す力、空間認知力)の方が発達したように思います。今のドラムレッスンでは、譜面を見ないで右脳中心のフィーリングで叩いています。過去の自分の経歴を分析すると、これで現状の説明が付くのです・・・(笑)。という事で、まだまだトランクルームの使い方が知られていないので、あの手この手で普及(告知)活動を再度開始したいと思います。エンドユーザーに対しては、この楽天ブログだけでなく、トランクルーム、不動産、スタジオ、卓球場、自習室の各ホームページ、フェイスブック、ツイッター、LINEといったネット(デジタル)戦略をSEO対策を考え相互リンクしあいながら更に強化したいと思います。そしてアナログ戦略として、貝塚市を含めた近隣の岸和田、熊取、泉佐野の3市1町にある同業者である不動産屋を、宅建協会、全日といった所属団体に関係なく実際に回ろうと思います。同じ宅建協会の方々とは新年会や総会でお会いしますが、なかなかジックリ話す時間もありません。やはり人間、フェイスツーフェイスで話さないと分り合えません。実際に訪問して、不動産業界の情報交換だけでなくトランクルームの使い方(新築やリフォーム時の家財道具の短期保管)をジックリ説明しようと思います。顔見知りの不動産屋もあれば、全く知らない(新規の)業者も多いですが、そこは飛び込み営業です。事前調査でトランクルーム需要の可能性の有無や弊社仲介ビジネスにプラスになるかどうかの判断の上、おそらく全部で200~300社くらいに絞り込まれるかもしれません。しかし言ってみればこれって、ドブ板戦略、不動産屋「行脚」です。ここで経営者の「行動力」が問われます。賢い人ほど考えすぎて、1歩も踏み出せないケースが多いようです。実際のビジネスは頭だけで解決出来るほど甘くはありません・・・これまでの経験上、それなりに考えたら即行動です・・・そして、必ず壁にぶち当たりますので、そこでまた考え、戦略を修正変更してまた行動・・・これの繰り返しで、だんだん精度が上がり練り上がってくるのです。まァ、多くの場合そういう過程を踏むわけで、ゴチャゴチャ言わず(考えず)に例えばドラムが上手になりたかったら先ずスティックを握ること、ウインドサーフィンが上手くなりたかったら先ず道具をもってビーチへ行くこと、空手が強くなりたかったら先ず道場へ通うこと・・・先ず行動ありきです。不動産以外のトランクルームや音楽スタジオや卓球場や自習室はデジタル戦略で種を撒き、お客さんが弊社まで足を運んでくれる「待ちの営業」ですが、不動産は外に出て行くリアルでアナログティックな「攻めの営業」です。12年前のトランクルームへの転業時に、実は既に不動産屋と引越し業者を一通りトランクルームの営業で回っていたのです(弊社が不動産屋を開業する前に)。「トランクルーム業者が初めて営業に来た!」という当時新鮮な気持ちで受け入れられたと思いますが、今回は同じ不動産屋として訪問し、不動産業界の情報交換だけで無くトランクルームのセールスにポイントを置くのです。そのついでに「音楽スタジオ」「卓球場」「自習室」の話題もチャッカリしますが・・・(笑)。単なる不動産屋の表敬訪問ならスルーされる可能性も高いですが、弊社の場合貝塚市に特化した不動産情報を持っていますし「トランクルーム」という強力な武器がありますので、アポ無し訪問でも何らかの手応えはあるでしょう・・・そして3市1町の不動産屋「回り」で更なる手応えを掴めば、南は岬町北は堺市まで不動産屋「行脚」を継続して行きたいと思います。この一連の行動(セールス活動)は絶対無駄にならず、絶対何らかのオファーが来ると信じているのでした・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.04.30
閲覧総数 286
41

中学生から大学生の間、自宅の土蔵でロックをガンガン聴いたり、ドラムを叩いたりしました。住んでいるところは大阪の田舎なので結構土蔵がある家も多く、普段使わないモノを置いています。正に土蔵はトランクルームみたいなモノです。土蔵の土壁の厚さは20~30㎝ありますので、外に音が漏れにくいのです。今では珍しい土壁ですが、吸音性能が高ったのです。保育園児の時に大阪を襲った第二室戸台風の時に、この土蔵に家族全員逃げ込んで難を逃れましたし、2年前の大阪を襲った台風21号で自宅の屋根が3畳分吹き飛びましたが、この土蔵はビクともしませんでした。60年くらい前にこの土蔵を建てた大工さんは隣村の人で、その息子さんは私の小中学校の同級生の幼馴染で親の後を継いで現役の大工さんをやっていて、今のトランクルームや実家のリフォームも請け負ってもらっていたのです。弊社「スタジオ0724」がトランクルーム貝塚の築70年の「別館」にありますが、その別館は正に土壁だったのです。70年前の建物は大体土壁で、祖父が織物工場として建てたものでした。10年ほど前の別館全体の改造と耐震補強で、土壁の外側にガルバリウム鋼板を覆い、今は空気層を介した「二重壁」になって更に防音性能が高まり、正に防音性能が命運を分ける音楽スタジオにピッタリだったのです。まぁしかし、そんな青少年期を過ごしたので、音楽というのは大音量で聴くものだと思っていました。大学時代にオーディオに凝った時に、何百万円もオーディオ機器にお金を掛けて4畳半くらいの狭い部屋で最小の音量で演歌やクラシックを聴いている多くのマニアを見て驚きました。オーディオマニアは音楽をそれほど重視せず、オーディオ機器そのものに凝っているのだと・・・小さい音で聴くなら3万円ほどのミニコンポで十分なのではという発想は、マニアには通用しないという事を学びました。私は高校時代に3万円くらいのソニーのミニコンポで、土蔵で大音量のロックをガンガン聴いていました。当時はそれでも「イイ音だ!」と十分満足していました・・・(笑)。要はコスパ・・・あらゆる条件と環境を考えたコストパフォーマンスこそ大事なのです。この経験はスタジオ経営にも活かされています。オーディオ小僧だった一時期の経験が、経営にも役立っているのです。元プロかセミプロのミュージシャンによるスタジオ経営は、ともすると楽器や機材に凝りがちです。そういったコストのお金を掛け過ぎるとスタジオ経営が成り立ちませんが、私の場合は過去のそういった経験を踏まえて「ソコソコ」「それなりに」に徹しています。顧客層を分析しスタジオ環境(デッドかライブ)に応じた最低限のブランド楽器と機材を導入しています。これも一種の経営ノウハウと言えるかも知れません・・・(笑)。まぁしかし、浪曲や演歌世代の親父はそんな私を見て「トオルもとうとう気が狂ってしまった・・」と近所の人に漏らしていたようですが・・・(笑)。そしてそれが高じて、大学時代にカセットデッキが世の中に初登場してから、オープンデッキと共に毎晩のエアーチェック(FMステレオ放送から音楽をダビング)に凝りだしました。夏は汗を噴き出しながらも、土蔵でドラムを叩きまくりました。土蔵の2階の梁の太い木に砂の入ったサンドバッグを吊るし、ドラムに飽きたら空手のパンチやキックの練習もしていたのです・・・(笑)。それも練習前にサンドバッグに向かって正座して礼をしていたのですから、人が見ていたら一種の変態です・・・(笑)。まぁサンドバッグはドンドンという音もしますが、振動も凄かったのです・・・(驚)。2階にサンドバッグがある事によって、建物全体を揺らす「共振」を起していたのです。ドラムを叩いてからサンドバッグ練習なんて・・・そんな元気がどこにあったのかと(笑)。まぁしかし、こんな実体験から、その後3000万円の節約のヒントに繋がったのです・・・(笑)。織物時代に新工場を建てて設備機械を一新したのですが、どうしても2階に設置していたコンプレッサーの振動を止めることが出来ず丸2週間寝ずに悩んでいたのですが、ある時フッとこのサンドバッグの練習とオーディオスピーカーの防振ゴムを同時に思い出し、コンプレッサーの共振を止めるアイデアに結び付けたのです・・・(涙)。それまでに旭硝子に防振の見積もりを依頼したら、その金額が3000万円だったのです・・・(笑)。好きでヤッテいた空手とオーディオの経験が、その10数年後に3000万円の価値を生み出したのです。人生って、本当に分からないというのは正にココです。アップル創業者のスティーブ・ジョブスの名言のひとつ「バラバラの経験であっても、将来それが何らかのかたちで繋がる・・・」が思い出されます。しかしトランペットは土蔵ではうるさ過ぎたので、2階の自分の部屋で吹いていましたが・・・(笑)。という事で、音楽を聴いたのもドラムを叩いたのも自宅横の土蔵で懐かしく思います。そういった青春の思い出がイッパイ土蔵に詰まっていて、それが4年前の音楽スタジオ起業の原点になっていたのかと思うのです。やはり人間というのは、経験した範囲から抜け出せないモノでしょうか・・・(笑)。と言うか、経験した範囲以内でしか発想できないのでしょう。学校の勉強や読書といった座学や人の話を聞くのも大事ですが、それよりも経験、体験、行動・・・といった「自らのアクション」で人は本質を学ぶモノだと思います。今もその土蔵は自宅のトランクルーム状態になっていますし、昔から土蔵は「普段使わないモノを置く」という潜在意識(イメージ)が、14年前のトランクルーム起業のアイデアになっていたのかも知れません・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2020.05.26
閲覧総数 784
42

弊社「スタジオ0724」(貝塚市名越661 072-446-0798 トランクルーム貝塚「別館」1階)で既に開講している「ギターレッスン」のフライヤーが出来ました。現役プロミュージシャンによる「完全個別指導」です。ギターレッスンは昨年開講したばかりなので、4年前からスタートして40人以上も生徒さんが集まる「ドラムレッスン」に比べてまだまだ生徒さんは少ないですが、ギター講師の藤木翔磨さんは”若さ爆発”の20代です。今後に期待したいと思います。レッスン料も1時間1500円と格安です(別途スタジオ利用料金1000円掛かります)。なので、このフライヤーも私のワードによる自作だったのです。弊社は零細企業なので「宣伝広告費を一銭もかけない」という私のポリシーをココでも貫いただけですが。まぁギター初心者の私も先月から受講していますが、安いので2時間単位でレッスンを受けています。宜しくお願いします!弊社ドラムレッスンもそうですが、大手楽器レッスンと違い「レッスン料を100%講師が受け取る」システムです。大手レッスンだと本部に支払うロイヤリティだとかビルの家賃の支払いとか、中に入る業者や流通が複雑なので講師の手取りは少ないです。弊社レッスンは実にシンプルです。弊社(建物土地オーナー兼スタジオオーナー)と講師と生徒の3者だけです。よくある講師派遣業者も一切入れず、私が直接講師を募集し選定しています。弊社が受け取るのはスタジオ使用料(1時間1000円)だけというレッスンシステムで、スタジオと講師と生徒の「3者ウインウインの関係」がレッスン運営に好循環をもたらしています。弊社がスタジオ使用料だけでOKというのは「無借金経営」というのと、生徒さんがレッスン以外にスタジオを使ってくれるという期待を込めているからです。レッスンだけでは上達が望めず、自己練習による復習によって初めて上達するのです。シンプルな流通システムなので、弊社も講師も安く請け負う事が出来、レッスン料が安くなって生徒が集まる・・・考えれば至極当たり前の事ですが、大手には絶対マネのできないレッスンシステムだったのです。もちろん賃貸マンション経営のように業者(音楽教室)に丸投げすれば楽ですが、ノウハウが蓄積できませんし利益は業者に持っていかれます。試行錯誤しながら自分で運営管理する事によって初めてノウハウが蓄積でき、どんなアクシデントやトラブルがあっても経営基盤は揺らぎません。ビジネスにクレームやトラブルがつきものというのは、織物時代に身に沁みましたから・・・という事で、弊社「スタジオ0724」も楽器レッスンがドラムとギターの2講座が揃い、オープン当初の希望が叶い感無量です・・・(涙)。講師のお2人には感謝、感謝です。次のステップとして「ボーカル」と「テナーサックス」の2講座です。現在、講師募集中です。来年9月の第3スタジオである「Cスタジオ」オープン時には、ボーカルとテナーサックスも入れて4講座が始まっている事でしょう・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2020.07.16
閲覧総数 173
43

昨日は関空近くの「りんくう野外文化音楽堂」に、孫の通っているヒップホップ・ダンススタジオ「D-step」のダンスショーを見に行ってきました。前日と打って変わって晴れましたので、ビックリするほど多くの人で賑わっていました。D-stepは2店舗しかないのに、これほど人が溢れかえっているというのは、よほど人気なのでしょう。ダンススタジオ経営として成功例を見た感じです。というか、ここのダンス講師や生徒さんも個人練習でうちの「スタジオ0724」に練習に来られています。ダンススタジオはレッスン、「スタジオ0724」は練習場なので、まぁ持ちつ持たれつ・・・という関係でしょう。スタジオ0724でもダンスレッスンもやっていますが、2か月前から始めたばかりで規模的にまだまだ小さいので、今後に期待していますしジックリ育てていきたいと思います。まぁ先日の孫の運動会でのダンスで、孫のダンスは飛びぬけて上手かったのはダンススタジオに楽しく通っているからです。楽しい・・・コレが何よりです。楽しくなければ、オモロない・・・というポリシーで私も仕事をやっているので、六毛作経営(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)でもスーツを着る事はなく、夏はセッタに半パン&Tシャツ、ひげを生やしサングラスを掛けて自由にやっています。自分の好きなように自由に・・・というのはストレスがあまりないのです。生活をする上でストレスのあるなしが、大きく人生を左右しますから。そこには土日は休みとか定時という感覚はなく、先日の2週間の沖縄旅行のように遊びたい時は自由に出かけるのです。まぁ妻は生前からピアスだけはやめてくれ・・・と言っていたので、それだけはガマンしています(笑)。孫の出番で撮影のために必死に最前列を陣取っていると、「孫出るんけ?」と横から突然名越の人の声にビックリ。彼女も3歳の孫の可愛いらしいダンスを見に来たようで・・・世間は狭いなぁ(笑)。まぁ小学校低学年の孫が今後もダンスに興味があり、その道に進んで行った先で「ダンス(プロダンサーやダンス講師)でメシを食って行きたい」なんて言ってきたら、スタジオ0724にダンス専用の部屋をもう1室作る事は容易いことですし、それで孫が幸せになればジイジは一肌でも二肌でも脱ぎますよ・・・また今回のイベントのフライヤーに載っているダンス講師のYUMIさんは、9年くらい前にジョイフィット岸和田店のヒップホップクラスで私も習っていたのです。まだまだ現役で頑張っているんや・・・と。孫もヒップホップ習っていますが、私も夫婦で20数年前にジャスコ貝塚店のスポーツクラブ「スペース」でヒップホップを習っていたのです。そのルーツを辿れば、若い頃に付き合う前に互いにミナミのディスコによく通っていた事に行きつきます。ディスコもヒップホップもBGMサウンドは、70~80年代のブラックミュージックが多いのが共通点で、それにノルという意味で全く同じだったのです。まぁ単に何も知らないジイサンが興味本位で見に行ったのと違って、私にはこういったベースがあったのです・・・(笑)。という事で、昨日の私のブログのアクセス分析の検索上位に11年前に家内と久しぶりに行った「難波の古潭ラーメン」の記事が上がっていましたが、40数年に家内とつき合っていた時に梅田で彼女がコピーライターをやっていましたので梅田の旭屋書店や難波の高島屋の前で待ち合わせてよく行ったもので・・・あれから「早11年」経ったとは(驚)。「久しぶりやけど、美味しいなぁ~」と言っていた妻の顔を思い出すと泣けてきます・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.11.04
閲覧総数 333
44
![]()
現在所属している空手団体は、「唐手道 止揚会」と称して、試合ではなく「健康」「ストレス解消」「護身」を目的として稽古に励んでいます・・・ 空手を敢えて「唐手」と書いているのは、日本の「空手」の源流である「沖縄唐手」から由来しているようです・・・ 実際の稽古でも、日本本土での一般的な空手道場の内容とは違い、一般的な突き蹴り・型の空手以外に、武器(サイ、ヌンチャク、トンファ、棒、エーク)、躰術(体捌き、取手)を稽古しているのが特徴です・・・ また「止揚会」の止揚の意味は師範によると、ドイツ語で aufheben(アウフヘーベン)と言い、ドイツの哲学者であるヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念で、廃棄する・否定するという意味と保存する・高めるという二様の意味があり、ヘーゲルはこの言葉を用いて弁証法的発展を説明しました。 つまり、古いものが否定されて新しいものが現れる際、古いものが全面的に捨て去られるのでなく、古いものが持っている内容のうち積極的な要素が新しく高い段階として保持されるという事から由来しているようです。 実際メンバーの面々も多様で、やはり空手経験者が多いですが、先日新入会されたメンバーによって、昔から「伝統空手の4大流派」と呼ばれる、松濤館流、剛柔流、和道流、糸東流の経験者がすべて揃いました・・・ 止揚会の名の如く、型においても、基本的には「本部流」と「糸東流」ですが、枝葉末端においては、これまで習った流派を尊重して、「踏襲」してもイイという師範の考え方です・・・ 実際先日の岸和田フェスティバルでの演武でも、剛柔流の代表的な型である「セイエイチン」もやったくらいですから・・・ という事で、平均年齢は結構高いですが、全く素人でも空手経験者でも、和気あいあいと稽古に励んでいます・・・ 新人さんも大募集で(中学生以上)、興味ある方は是非メールをください・・・※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.03
閲覧総数 1093
45

「タンバリンをドラムに取り付けて欲しい」という要望がドラマーのスタジオ会員さんからありました。タンバリン・・・?別にドラマーが手でタンバリンを振るのではなく、スティックでドラム演奏の合間にタンバリンを叩くのです。最近活躍するバンドさんのドラマーで、タンバリンを使っているケースがあるそうです。頻繁な利用なら即答で「導入します!」となりますが、取り付けの問題もありそうなので・・・イロイロ調べてから、とりあえずタンバリンとホルダーの1セットを注文しました。翌日荷物が着いたので、早速取り付けてみました。ハイハットスタンドの横に上手く取り付けられ、残り2セットを追加注文をしました。これで多少音楽の幅が広がる・・・と思います。幅・・・これがポイントです。人間でも経験が豊富であれば可能性が広がるのと同じで、イロンナ楽器機材を取り揃える事で音楽性の幅が広がるのです。弊社「スタジオ0724」ではドラムは通常のセットに加えチャイナとスプラッシュ、スネアにはロックの名器と言われるラディックLM400とLM402(深胴)、キックペダルには世界最速と言われるDW9000をABC各室の常設機材にしていますし、Aスタジオにはラテンパーカッション(コンガ、ボンゴ、カホンなど)も常設してロックだけでなくラテン系やジャズ・フュージョン系のジャンルにも対応して他社との差別化を図っています。まァしかしタンバリンと70年代ロックと言えば、真っ先に浮かぶのがBOSTONの「Do'nt Look Back」とForeignerの「 Feels like the first time」です。この曲はボーカルがタンバリンを振って歌うのですが、ロックとタンバリンは相性がイイのです。全盛期のBOSTONのブラッド・デルプが日本好きなのか、YOUTUBE映像で「TOKYO 日本」と書いたTシャツを着て歌っているのが何とも嬉しいです・・・(笑)。このタンバリンをスプラッシュシンバルのホルダーにも取り付けられますし、以前からあったカウベルもこのタンバリンのホルダーやスプラッシュシンバルのホルダーにちょうど取り付けられるをのを発見しました・・・(笑)。正に、灯台下暗し。発想の転換・・・か?まァお客さんからの「タンバリン・・・」の一言で、ここまで発想が広がったのです。不思議ですねェ・・・ユーザーの声に耳を傾けるというのは正にこういう事で、これによって「一歩前進」しスタジオ経営の基盤が少し強固になったのです。これって、実は織物工場で学んだカイゼンだったのです。という事で、タンバリンを常設機材にすることによって1人でも多くスタジオ0724を利用して頂くことが目標です。タンバリンを常設機材(無料)というのは、どこのスタジオでも案外ほとんどないサービスだったのです。これを機に、ボーカル用のタンバリンもABC各室用に3つ早速注文しました(1つは元々あったのでDスタジオで使います)。これで、「タンバリン(ドラムとボーカル用)ならスタジオ0724へ」という噂が大阪中で広まることを期待します・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ【5と0のつく日はP5倍 + エントリーでさらにP5倍】三日月形タンバリン HMT-2003【KC ケーシー タンブリン 打楽器 パーカッション HMT2003】【2点以上でさらに値引き!】価格:2,700円(税込、送料別) (2023/8/26時点) 楽天で購入
2023.08.26
閲覧総数 3511
46

真夏に荷物をトランクルームに預けるリスクをご存知ですか?本格的な夏が始まり、今年も大阪は連日35℃を超える猛暑日が続いています。そんな中、気になるのが「トランクルームの室温」。外気温が35℃を超える日の場合は屋外型コンテナは鉄製・密閉構造のため、太陽熱を蓄積しやすく、通気性がなく、断熱材も基本的に使われていなくて、設置場所がアスファルト上の場合、地面からの照り返しも加算され、車内放置と似た状況で室内を締め切った状態なら60~70℃超えも十分にありえます。そういった室内環境での実際に起こるトラブルとして、電子機器 → バッテリー膨張・故障プラスチック製品 → 変形・割れ木製家具 → 反り本や写真 → 湿気や高温で変色・変形衣類・布団 → カビやにおいの発生革製品 → 硬化・ベタつき・劣化着物や毛皮 → 劣化が著しいピアノ → 調律が狂うよって、夏場に屋外型コンテナ型トランクルームを使用する場合は、「収納できる物の種類に大きな制限がある」ことを十分に認識しておく必要があります。「屋外型コンテナ」は、真夏には最大70℃前後まで達することがあり、熱に弱い物の収納には適していない」と考えるのが安全です。つまり、屋外型コンテナは「安いから」という理由で屋外型を選ぶと、結果的に高くつく可能性があるのです。そんな中で「屋内型」である弊社トランクルーム貝塚は室温は真夏でも26℃前後をキープし(本館1階)、湿度管理でカビ・サビも防止し、大切な荷物を安心して預けていただけます。「収納の質が違い」・・・値段だけでなく“保管環境”を重視する時代安物買いの銭失いにならないために残念ながら保管環境の違いは見た目ではわかりません。屋外型コンテナよりも屋内型が月々数百円高くても、荷物をダメにするリスクを考えれば、その差は非常に小さなものです。夏の収納を考えるなら「屋内型」で。「真夏のこの時期だからこそ、収納の“質”が問われます。更に照明・監視カメラ・防犯対策も充実荷物の出し入れも、暑さや雨を気にせず快適夏場でも、室内はまるで図書館のような快適空間。お客様からは「安心して季節物や書類、大事な家具を預けられる」と嬉しい声をいただいています。ぜひこの真夏の時期に一度、屋外型コンテナを見学してから屋内型トランクルーム貝塚の快適さを是非比較ご検討してください。これだけ正々堂々と言い切るほど自信をもっています。夏こそ選ぶべき、屋内型トランクルームあなたの大切な荷物、真夏の高温と湿気にさらしていませんか?大切な思い出、必要な資産を守るためには、「空調」や「湿度対策」は必要不可欠。屋外型よりも月額数百円ほど高いかもしれませんが、それで荷物をしっかり守れるなら結果的にはお得です。まぁ泉州エリアのトランクルームの90%が屋外型コンテナですので、弊社のような屋内型が埋もれてしまって・・・認知されていないという危惧からこういった内容のブログにしたのです(汗)。しかし本当に重要なことは、管理人がいるかどうかで、日本の殆どのトランクルームには管理人がいないのが実態ですが、弊社トランクルーム貝塚の場合が管理人がいるのです。ココがトランクルームの見極めの最重要ポイントだったのです。という事で、大阪より遥かにトランクルームが普及している東京では、屋外型と屋内型の違いをハッキリ認識されていますので、19年前のオープン当初に羽田や成田空港から関空に転勤してきた人達が我先にと弊社トランクルームに押し寄せてきたのも懐かしく感じますが、今は関空関連の安定した需要に関空に近い弊社の立地のラッキーさに対し先祖に感謝しかないです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.07.26
閲覧総数 185
47

弊社リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」では、バンド(ダンス、だんじり鳴物)練習やレッスン(ドラム、和太鼓、キッズダンス)以外にも、インバウンドのお客様に向けた和太鼓体験を行っております。先日、さらなる集客と地域活性化を目指し、地元・貝塚市の大阪維新の会の牛尾府議会議員と蓮池市会議員が、スタジオ0724の活動を視察に訪れてくださいました。電話すると直ぐに飛んで来ていただき、そのフットワークの軽さと熱心さに驚きました。2人の行動に貝塚市の将来を本気で考えている・・・というのを感じました。やはり人間は行動力・・・で大きな差がつきます。いくら有名大学卒の肩書があっても、社会人になってからそれに安住して何十年も大した努力もしなければ、その辺の何処にでもいる「プライドだけが一人前(仕事もできないので有名大卒しか自慢できるモノがない)」のただのショーもないオッサンになってしまうのです。まぁ頭の中だけでグルグル考えるのは誰にでもできますが、サッと行動に移すことは殆どの人は出来ないのです。社会人になってからの努力が大事だよ・・・という言葉を高校生の時に、世界的に有名な堺の自転車の部品メーカーの社長だった親友のお父さんから聞きました。彼の家に遊びに行ったときに、そんな話を聞いていると彼のお母さんから「パパ、ニューヨークから電話よ」と、英語で商談する彼のお父さんを見て驚愕した52,3年前のシーンを今でも鮮明に覚えています。やはりスゴイ人の言葉は、一言一言が高校生の心にも突き刺さるのです。昨年、関西国際空港を利用したインバウンドの乗降客数は 1,900万人 に達しました。しかし現状では、その多くが関西空港から大阪市内方面――難波、心斎橋、天王寺といったミナミへ直行してしまい、途中の貝塚市に立ち寄る観光客はまだ限られています。平たく言えば、貝塚市は関空とミナミの間にあるにも関わらず「素通り」されているのです。せっかくのビジネスチャンスが目の前にあるのに見逃してしまい、商売人ならナントも悔しい限りです。何としても、そういった潜在ニーズを掘りおこす、振り向かせる・・・施策を官民一体でしなければ・・・と(汗)。もし空港から少し足を延ばして空港からわずか数駅の場所「貝塚市」に立ち寄れば、旅の最初に「本物の日本文化」を体感できる特別な時間を過ごせます。もし弊社の所在地が関空より和歌山方面だったら、わざわざインバウンドがミナミと逆方向に南下する事もありませんが、大阪ミナミに行く途中・・・なのです。このインバウンド動線をチョッと横に振り向かせるだけなのです・・・(汗)。貝塚市は静かな雰囲気と温かい人々が魅力のまち。特に弊社スタジオがある山手地区は、今でも都会では珍しい瓦屋根の日本家屋の古民家集落が沢山あり、それがインバウンドにとって日本らしさに映るのです。まぁ和太鼓体験とあわせて、地元の食や歴史にも触れれば、きっと海外からの旅行者にとって関西旅行がより思い出深いものになりますよ。その中で和太鼓体験ができるのが泉州エリアで初の「スタジオ0724」。太鼓の力強い響きとリズムは、体の奥まで響き渡り、まるで自分が日本の祭りの一員になったような気分に。楽譜が読めなくても、経験がなくても大丈夫。和太鼓講師が丁寧に教えてくれるので、初めての方でもすぐに楽しめます。関西空港からの旅の始まりに、ぜひスタジオ0724で和太鼓の鼓動を感じてみませんか?そこで私たちは、「空港から最初に立ち寄る観光地」として、貝塚市をもっと知っていただく取り組みを進めています。和太鼓体験は、日本文化を五感で味わえるプログラムとして、海外からのお客様に大変ご好評をいただいております。観光の入り口に「本物の日本文化」を体験していただくことで、貝塚市に経済効果を呼び込み、地域の魅力を広げていきたいと考えています。これからもスタジオ0724は、地元の皆さまとともに、インバウンド観光を通じて地域活性化に貢献してまいります。インバウンドの動向が爆買いから「体験」と「地方」に移行している今、弊社スタジオ0724としては絶好のチャンスなのです。今からバタバタ準備しても既に遅しで、弊社は既に3年前から「この時」を狙って着々と準備をしてきたのです。この潮目に如何にノッテいけるか・・・が正に勝負どころで、私の経営能力が試されます。まぁしかし今回のこういった企画を発信できたのも、今年の不動産屋(大阪宅建協会 泉州支部)の新年会で牛尾議員と知り合っていなければパッと閃かなかったでしょうし、もっと根本的にバンドスタジオとして可能性を広げるために3年前に和太鼓6台を導入していなければ、今回の話は全くなかったのです。そもそも18年前に宅建士(国家資格)に合格していなければ、不動産仲介業も始められていなかったので・・・今回の企画は全くの夢物語だったのです。やはり人との出会いを大事にし、自分のビジネスと真摯に向き合ってきた事が可能性をグンと広げたのです。いずれにしても牛尾議員は未だ40歳と若く行動力も抜群で、これからの貝塚市を背負って立つ政治家として大いに期待しています。恐らく10年以内には、国会議員か貝塚市長になっているでしょう・・・という事で、今回2人の議員さんに大阪府と貝塚市に、弊社スタジオのインバウンド向け和太鼓体験をアプローチして頂くことを約束してもらいましたが、その先がナントも楽しみです。だんじりの岸和田と関空の泉佐野と学園都市の熊取といった特徴のある近隣都市に囲まれて存在価値が薄く何の特徴もなさそうな人口が8万人を切ろうとしている貝塚市ですが、貝塚市の活性化が緊急の行政の必須課題で、今回の弊社の企画でインバウンドの例え0.1%(約20万人)でも振り向いてくれたら大成功です。まぁ零細企業の商売の基本はホームランを狙うのではなく単打を狙う事で、チョッとした売上の積み重ねが何より大事なので、その基本中の基本は今回のように「バットを振る」ことなのです。ボーっとしてバットを振らない(振れない)見逃し三振ほど、バカで愚かな事はないのです。とにかく男は、特に中小企業のオーナー経営者はパッと行動・・・行動力なくして人生そのものが前に進みません(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.08.21
閲覧総数 207
48

トランクルームを選ぶときに料金や立地を重視する方は多いですが、実はもっと大切なのが 「保管環境」 です。特に、屋内型トランクルーム と 屋外コンテナ では、室内温度の差が大きく、預ける荷物の状態に直接影響します。この記事では、両者の違いを「温度差」という視点から詳しく解説します。屋外コンテナの温度環境とは?屋外型コンテナは鉄板1枚だけのコンテナを、そのまま屋外に設置したタイプです。いわゆる野ざらしの状態です。もちろん断熱性が低いため、外気温に大きく左右されてしまいます。夏:直射日光と金属の放射熱で室内温度は 60℃〜70℃ に達することもあります。冬:放射冷却の影響で室温が 氷点下(マイナス温度) まで下がることもあります。つまり、屋外コンテナでは年間を通じて 60℃以上の温度差 が発生するのです。この極端な環境は、家具や家電製品衣類や布団書籍や紙製品楽器や精密機器といった温度変化に弱い荷物にとって大きなリスクとなります。一方、屋内型トランクルームは安定した保管環境をユーザーに提供していますので、上記のようなモノを保管しても何の問題もありません。コレが屋内型と屋外型の「決定的な差」です。弊社の「トランクルーム貝塚」 は完全屋内型。空調管理がされており、夏でも室温は 27℃前後冬でも室温は 8℃前後と、一年を通して 20℃程度の温度差 に保たれています。屋外コンテナに比べると、弊社の屋内型トランクルーム温度差は圧倒的に小さいため、荷物にかかる負担を大幅に減らすことができます。多くの方は「料金の安さ」だけでトランクルームを選びがちですが、実際に大切なのは 長期保管で荷物が守られるかどうか です。屋内型は屋外コンテナに比べると月額料金がやや高めに設定されていることが多いですが、「荷物が劣化して買い直すリスク」を考えると、むしろ経済的です。料金表には現れない 温度差の安心感 を、ぜひ知っていただきたいと思います。まとめ:屋内型で荷物を守るという選択屋外コンテナ → 年間 60℃以上 の温度差屋内型トランクルーム → 年間 20℃前後 の安定環境この差は数字以上に大きく、荷物の寿命や価値を左右します。大切な荷物を長期的に守りたい方は、ぜひ 屋内型トランクルーム を選ぶことをおすすめします。「トランクルーム貝塚」では、安定した室温で安心してご利用いただけます。という事で、トランクルームには大きく分けて「屋内型」と「屋外型」の2種類ある訳ですが、契約内容で言うと「寄託契約」と「スペース契約」の2種類あり・・・素人の一般客にとって「訳の分からない」という事になりますので、弊社の場合「仮押さえ」の段階で契約書を見ながら丁寧に説明させて頂いて、納得して頂いた上で契約をさせて頂いていますので、19年間ノークレームだったのです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.09.06
閲覧総数 237
49

先日1年ぶりにシャカタクのライブに、大阪キタのビルボードライブ大阪に行ってきました。若い頃からずっと聴き続けてきたバンドを、こうして生で体感できる喜びは何ものにも代え難いものがあります。しかも今回は、演奏だけではなく、会場で出会った熱烈なファンの方々との交流も非常に印象深く、音楽の素晴らしさと“ファン文化”の奥深さを改めて感じる夜となりました。<シャカタク大阪公演の熱気と大人の空間>ビルボードライブ大阪は、音楽をじっくり味わえる大人の空間です。ステージとの距離感も近く、今回も前から2列目で握手できましたし、アーティストの息遣いまで感じられる独特のライブハウス。フュージョンやジャズファンクを愛する世代にとっては、まさに理想的な会場だと思います。今回のライブでも、会場は開演前から独特の高揚感に包まれていました。シャカタクの音楽を長年愛してきたファンが集まり、それぞれの思い出やお気に入りのアルバム、過去の来日公演について語り合う姿があちこちで見られました。私の同じテーブルには、まさに“筋金入り”と言えるシャカタクファンの方がおられました。その方は、今回の大阪公演3日間すべてに参加。しかもファーストステージ、セカンドステージを含めて大阪だけで6公演を完全制覇。さらに横浜、東京公演にも足を運び、日本国内全12ステージを観るという驚異的な情熱の持ち主でした。さらに驚いたのは、その方がイギリス本国にもライブを観に行っているということ。英語も堪能でメンバーとも交流があり、ギタリストの弟さんが我々のテーブルにずっと居座ってイロイロ相談しているではありませんか。まるで彼はシャカタクの日本人スタッフのようで、イロイロなドキュメンタリーのような秘話やエピソードまで聞かせていただきました。ライブの待ち時間から終演後まで、シャカタク談義が止まらず、「あの時代のUKフュージョンは最高だった」「Night Birdsのアレンジが少し変わっていた」「80年代の空気感が今でも色褪せない」など、非常に濃い話ばかり。こういう出会いもライブの醍醐味だと改めて感じました。<EPOファンとの偶然の再会>さらに隣のテーブルには、以前 EPO を通じて知り合った方もおられ、こちらも話が大盛り上がり。音楽というのは本当に不思議なもので、同じアーティストを好きなだけで一気に距離が縮まります。特に80年代シティポップやフュージョンを愛する人たちは、音楽に対する感性や価値観が近いことも多く、話していて非常に心地良い空間になります。最近はサブスク全盛の時代ですが、やはりライブ会場でしか味わえない“人と人との繋がり”があります。シャカタクのように長年愛され続けるバンドには、単なる音楽を超えたコミュニティの力があるのだと感じました。
2026.05.17
閲覧総数 292
50

「また、みんなで淡路島に行けたらいいな」そんな思いを抱きながら、先日娘3ファミリーと一緒に総勢13人で、淡路島へ一泊二日の家族旅行に行ってきました。今回2年ぶりの淡路島旅行です。泉州から湾岸高速で2,3時間ほどで割と近いです。まぁ2年という時間は私にとってはあっという間でしたが、6人の孫たちにとってはとても大きな2年間だったようです。まぁ孫6人それぞれが大きく成長しました。そして孫たちの成長を喜ぶ一方で、ふと自分自身の年齢も感じました。70歳・・・年齢は単なる数字ではなく、それなりに歴史を刻み、身体も若い時のような体力もありません。子どもたちが大きくなるということは、それだけ自分も年齢を重ねているということ。少し寂しいような、でもそれ以上にうれしいような、何とも言えない気持ちになりました。< 2年ぶりの淡路島、総勢13人の家族旅行>今回の淡路島旅行は、一泊二日。娘3ファミリーと一緒に、総勢13人での旅行です。家族13人での旅行となると、それだけでもなかなか大変です。予定を合わせたり、宿泊先を決めたり、移動方法を考えたり・・・人数が多くなればなるほど、家族旅行の計画は難しくなりますが、そういう細々した事はもう娘らに一任しています。それでもみんなの予定を合わせて、こうして一緒に旅行できること自体が、本当にありがたいことだと思っています。しかも今回は、自分で車を運転する必要がありませんでした。今回もハンドルを握ることなく、娘の車に便乗させてもらい、みんなで淡路島まで向かいました。これは本当に楽でした。いつもなら、自分で運転して目的地まで行かなければなりません。運転中は当然、景色をゆっくり楽しむこともできませんし、長距離になればそれなりに疲れます。今回は娘たちが運転してくれたので、私は車の中でゆっくり過ごすことができました。「家族に運転してもらって旅行に行くのもいいものだな」そんなことを思いながら、淡路島へ向かいました。<孫も成長>子どもの成長というのは、毎日会っていると気づきにくいものですが、久しぶりに会うと、その変化に驚かされます。身長も伸び、顔つきも変わり、話し方や考え方にも成長が見られます。以前は小さな子どもだった孫が、今ではしっかり会話ができるようになっていたり、兄弟やいとこ同士で遊ぶ姿も、以前とは全然違って見えました。6人の孫たちが集まると、それだけでにぎやかです。大人だけの旅行とは違い、子どもたちがいる家族旅行には独特の楽しさがあります。笑い声があったり、走り回ったり、時にはちょっとしたケンカをしたり。それも含めて、すべてが思い出になります。そして何よりうれしかったのは、孫たちが「いとこ同士」という関係を深められたことです。<いとこ同士で過ごす時間は、何物にも代えられない>私は今回の旅行を通じて、「家族旅行には大きな意味がある」と改めて感じました。もちろん、13人で旅行すれば、それなりにお金もかかります。交通費、宿泊費、食事代などを考えると、決して安い旅行ではありません。「これだけのお金があれば、別のことにも使えるな」そんなことを考えることもあるかもしれません。でも、私は今回の旅行にかかった費用を、決して高いとは思っていません。なぜなら、6人の孫たちが、いとこ同士で一緒に旅行したという思い出を作ることができたからです。子どもたちが大きくなれば、それぞれに学校や仕事、家庭など、自分の生活があります。今のように、みんなの予定を合わせて旅行することが、いつまでもできるとは限りません。だからこそ、みんなが一緒に動ける今の時間を大切にしたいと思っています。今回の旅行で撮った写真を、何年後かに見返したとき、「このときはみんなで淡路島に行ったな」「この頃は、まだこんなに小さかったんだな」と、きっと懐かしく思うでしょう。それは、何年経っても消えることのない財産です。私も父親が9人兄妹、母親は4人姉弟でしたので、イトコは父方母方合わせて30人くらいましたので、楽しい思い出が沢山残っています。なので、孫たちにも同じ思い出を作ってもらいたかったのです。<人生に残るのは、結局「思い出」なのかもしれない>今回の家族旅行で、改めて考えたことがあります。それは、人生には最後には思い出しか残らないのではないかということです。極論は、人生には思い出しかないのです。もちろん、お金も大切です。家や車などの物も必要ですし、生活していくためにはお金が欠かせません。しかし、どれだけお金を持っていても、過ぎてしまった時間を買い戻すことはできません。そして、家族みんなで過ごした時間や、孫たちと一緒に笑った時間は、お金では買うことができません。旅行に使ったお金は、その場ではなくなります。しかし、その旅行で作った思い出は、何年経っても心の中に残ります。そう考えると、家族旅行に使うお金は「消費」ではなく、家族の思い出への投資なのかもしれません。今回の淡路島旅行も、まさにそういう旅行だったと思います。先日6年ぶりに海外旅行(バリ島)に行ってきましたが、やはり国内旅行と違って記憶に鮮明に残ります。人種、言葉、歴史、景色、治安、習慣、宗教、貨幣、食事、文化、電圧、プラグ、気候、交通手段、音楽・・・すべてが海外と日本は違い、感動の連続で五感に大きな刺激を受け、これまで生きていてヨカッタ・・・と。海外への自由旅行は仕事にも人生にも大いにプラスになり、単なる遊びではなく自分に対する投資と考えます。平たく言えばカルチャーショックを受けて、「これまでの自分(日本)は何だったんだ?」と自省して、自分を変えるキッカケになればイイのです。何故なら、殆どの人は一生自分で自分を変えることなく(変えることが出来ずに)人生を終えるからです。まぁ日本に閉じこもっていては、経営者として失格だ・・・とまで思っています。戦後の大手流通チェーンを創業した人たちの多くは、欧米への視察旅行でピンときた・・・ということを考えると、我々小市民にもその辺りに人生のヒントがあるように思うのです。まぁある意味、今の自分はこれまでイロンナ国にツアーではなく、自分で何もかも企画と責任を伴う自由旅行をして来た経験の上に成り立っているのかも知れません。起業と同じで、0の白紙の状態から仕上げていき・・・失敗しても成功しても経験値が積み上がり、結果オーライです。旅行会社の添乗員について行くだけの海外旅行にいくら行っても、自分の本能や五感はハッと目覚めませんし自力はつかないのです。10年前に弊社「トランクルーム貝塚」別館1階のリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」オープン時に他社に先駆けてWiFiを導入したのも、その前年のバリ島旅行で日本より遥かに進んだWiFiの普及に衝撃を受け(当時の日本のスマホ普及率は50%でしたが、バリ島では100%)・・・「もうこれからはWiFiだ」と確信したからで、これによって当時のツイッターが流行りかけていた日本の高校生バンドから絶大な支持を受けたのです。当時WiFi工事を依頼したNTTの営業マンが「スタジオにWiFi?」・・・そんなの初めてみたいな怪訝な顔をされたのが今でも忘れられません(笑)。またコロナ前の毎年の1か月にも及ぶハワイロングステイもただ遊んでいた訳ではなく19時間の時差にも拘らずリモートワーク(LINE予約、Eメール対応)が必須で、1か月のロングステイとなるとビジネスにおいて集金と支払いがある訳で、それをモバイルWiFiとパソコンでこなしていたというテクも、ロングステイだからこそ身につけられたのです。特に当時WiFiが届かなかった海上のクルーズ旅行は直接申し込んで大変でしたが(日本の旅行代理店を通さず半額)、特別に高額な衛星通信を契約していましたし、ヨーロッパ大陸旅行と同じように何か国も行くクルーズ旅行には「買取WiFi」が必須というのも全く知りませんでした(1か国ならレンタルWiFiで十分)・・・(汗)。私と同じようにクルーズ船上も仕事をしなければならない(陸上と連絡を取らなければならない)人が世界にもいた・・・というのに驚きましたが。先日のバリ島旅行から、買取WiFiから更に便利なeSIM(抜き差し不要のデジタルSIM)に変えて通信費のコストダウンと便利さがアップしました。これまでハワイロングステイではチャーリーズタクシーをよく利用していましたが、6年前に行ったときは移動手段がウーバー(ライドシェア)に一変してしまった事に驚きました。先日のバリ島旅行ではもうGrab(ライドシェア)なしの観光は考えられない程その便利さに圧倒されると同時に、日本のタクシー業界と族議員が反対しているのか日本のライドシェア普及の遅さに世界に取り残されている感を強くし(全く話にならない)、このままではせっかく増えているインバウンドにとって不便で仕方ないと気の毒に思いました。別に日本政府に文句を言っても仕方がありませんが、自分だけは世界に取り残されまい(決して世間の常識に流されず、ちゃんと日本で生活できるようにしたい)・・・と(汗)。こういった新たな発見も、海外への自由旅行をしなければ一生気がつかなかったでしょう。ビジネスは他人の後追いではすでに遅しで(すでに気負けしている)、学生時代に全国を転戦していたウインドサーフィンのトライアングルレースのように、ジャストスタートで他人より鼻先一つ飛び出してフレッシュエアーを掴む者しか勝利できません。学生時代にサッカーや野球といった団体競技にはない、ウインドサーフィンや空手といった「全て自己責任」で一歩間違えれば死や大怪我に直結する個人競技をやっていて良かったと思うのは、私のような中小企業オーナー経営者と同じスタンスや感覚だからです。まぁこれまでコロナで封印していた海外旅行も、今回のバリ島を機に再開します。円安でもうハワイに行くのは難しいですし、コロナ前まで毎年1カ月のロングステイをしていますので、これまで行ったことながく円安の影響が少ない東南アジアのビーチリゾート(セブ、ビンタン)を先ず攻めていきます。<健康だからこそ、家族旅行に行ける幸せ>そして、今回もう一つ強く感じたのが、健康であることのありがたさです。私はまだまだ元気ですが、今回の旅行3日前に珍しく風邪を引いてしまいました。前週にバリ島旅行から帰って来たばかりで、溜まっていた仕事を片付けたり、法事があったり、暑さに対する耐性が弱くなったのかエアコンの無い久しぶりのテニスレッスンで80分も動き回ってバテてしまったり・・・と忙しく、ゆっくりしている間もなく無理をしたのか、免疫も落ちていたのでしょう。しかし旅行当日は、なんとか回復して見せました・・・(汗)。まぁだからこそ、こうして家族と一緒に旅行に出かけることができます。旅行というのは、健康でなければなかなか楽しめません。歩いたり、食事をしたり、観光したり、車で移動したり。当たり前のように思えることも、健康であってこそできることです。今回、娘たちに運転してもらいながら淡路島へ向かっている途中、「こうして家族と一緒に旅行できるのは、本当に幸せなことだな」と、しみじみ感じました。年齢を重ねると、若い頃には当たり前だったことが、実は当たり前ではなかったことに気づきます。家族が元気でいること。孫たちが元気に成長していること。そして、自分自身も健康で旅行に行けること。どれも本当にありがたいことです。<我が家では年に3~4回、ファミリー旅行をしています>私は普段から、年に3回、4回ほど家族を連れて旅行に出かけています。**もちろん毎回、全員が参加できるわけではありません。それぞれ仕事や学校、家庭の予定がありますから、全員の予定を合わせるのは簡単ではありません。それでも、できるだけ家族で一緒に出かける機会を作りたいと思っています。なぜなら、家族が一緒に過ごせる時間には限りがあるからです。今はみんなで旅行できても、5年後、10年後には状況が変わっているかもしれません。孫たちも成長し、それぞれ自分の人生を歩んでいくでしょう。もしかすると、いとこ同士で全員がそろうことも、だんだん難しくなるかもしれません。だからこそ、「今、一緒に行けるなら行こう」と思っています。旅行先は淡路島でも、別の場所でも構いません。大切なのは、家族が一緒に時間を過ごすことです。<「またみんなで旅行しよう」と言える幸せ>一泊二日の淡路島旅行は、あっという間に終わりました。楽しい時間というのは、本当に早く過ぎてしまいます。帰る頃には、「もう少しみんなと一緒にいたかったな」という気持ちもありました。でも、また次があります。「今度はどこへ行こうか」そんな話をしながら帰れることも、幸せなことだと思います。今回の旅行で撮った写真を見返せば、淡路島で過ごした一泊二日の時間が、またよみがえってくるでしょう。孫たちが大きくなったとき、「昔、みんなで淡路島に行ったよね」と話してくれたら、それだけで私はうれしいです。もしかすると、孫たちにとっては何気ない一泊二日の旅行だったかもしれません。でも、その何気ない一日が、何十年後かには大切な思い出になっているかもしれません。そう考えると、今この時間を大切にしたいと思います。< 家族旅行は、家族の絆をつなぐ時間>今回の淡路島への家族旅行で、改めて家族のありがたさを感じました。総勢13人。6人の孫たち。娘たち。そして私たち。みんなで一緒に笑い、食事をして、移動して、同じ時間を過ごす。それだけのことですが、実はそれが一番大切なのかもしれません。家族旅行は、単なる観光ではありません。家族の絆を深め、子どもたちや孫たちの心に「家族で過ごした記憶」を残す時間でもあります。そして、私自身にとっても、家族と一緒に過ごせることは大きな喜びです。お金は使えばなくなります。物もいつかは古くなります。でも、家族と一緒に過ごした時間や思い出は、心の中に残り続けます。<「人生には、結局思い出しか残らない」。今回の淡路島旅行を終えて、そんなことを改めて感じました。だから私は、これからも健康である限り、家族と一緒に旅行を続けたいと思っています。年に3回でも4回でもいい。みんなが元気なうちに、行けるところへ行き、食べたいものを食べ、見たい景色を見て、たくさん笑いたい。そして、孫たちの成長をこれからも見守っていきたいと思います。いつか孫たちが大人になり、それぞれの家庭を持ったとき、「子どもの頃、おじいちゃんやおばあちゃんとみんなで旅行したな」と思い出してくれたら、それだけで十分です。今回の淡路島旅行も、私たち家族にとって、かけがえのない一ページになりました。<家族みんなが元気で、また一緒に旅行できる日を楽しみにしています>次はどこへ行こうか。そんなことを考える時間さえも、今の私にとっては幸せなのです。という事で、年3,4回のファミリー旅行をするために、当然お金を稼がなくてはなりませんが、それが日々の仕事に対するモチベーションになっているのは間違いありません。やはり人間、張り合い、生きる楽しみがなければ、死に体のような老人まっしぐらですから・・・(汗)。そういう意味で、70歳になっても6つの仕事があり(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)、多趣味であり(ウインドサーフィン、ドラム、旅行、音楽ライブ、空手)、13人のファミリーがある自分は、妻を亡くして独身でも何と幸せな男だなぁ・・・と(涙)。まぁ今回の旅行で瓦メーカーでのコースター作りと玉ねぎが印象に残りました。阪神大震災で大きな被害を受けた淡路島の地場産業の瓦メーカーも注文が激減し、新規事業でコースター作りに活路を見出し、その工場で瓦の材料の200万年前の粘土を活かしたコースター作りの体験をみんなでしてきたのです。中国からの製品輸入が激増して、私が家業の泉州の地場産業だった織物業を廃業してトランクルームに活路を見出したのとダブって見えました。世の中の激変で生き残るには、「何かしないとダメだ」という同じ追い詰められた心理状態に共感しました。そして淡路島の特産である玉ねぎは元々泉州の特産であり、そのお株を奪われたという残念な気持ちもあり複雑でした。特に貝塚の山手エリアは日本一の玉ねぎの産地でしたが、作り過ぎて小学校の通学途上の田んぼの畦道に捨てているほどでした。98%も激減してしまった織物業も、今では泉州玉ねぎなんて誰も聞きませんが、良くも悪くも繊維産業の世界的中心地だった大阪でしたし、大都市近郊農業でしたので他にいくらでも転換できたのです。改めて大阪で生まれ育った境遇に感謝するしかない・・・と(涙)。まぁ特に織物業は大阪本社の伊藤忠と丸紅の高度成長期時代の大量発注が泉州産地の織屋を潤しましたが、逆にそれに甘んじた結果、グローバル化と時代の流れの高級志向と多品種小ロット化について行けなくなった結果98%も減ってしまいましたが、地方にあって総合商社の大量発注の恩恵を受けなかった浜松や西脇産地の織屋は、多品種小ロット生産の高級志向の先染技術を磨いて泉州ほど減っていない・・・という皮肉な結果だったのです。人生、何が幸いするかなんて、ワカリマセン。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.07.29
閲覧総数 249