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韓国の人の激情型性格は日本人にはなかなか理解しにくいものがある。ドラマを見ても日本人の感覚からはびっくりするほど声高に発言、意見、反論するシーンが連続することがある。友人通しでも、何かの討論会などでも、感情を高ぶらせて日本的に言えば熱血漢ぶり。また死者の前では過激に嘆き悲しむこと、これが人として求められるというし、専人の代理を仕事にしている人がいるとも聞く。また検察にしょっぴかれるシーンがニュースで流れるが、玄関口でマイク攻勢に立たされ、しおれて反省しています的な過度の反応も反面的なもののよう。これらを見ていると、今でも過激な個人主張しないと行けない社会構図になっていることがわかる。公の場で日本人ならこれほど感情を表に出して発言したり、反論したりしないもの。儒教的な精神で奥ゆかしく、ある意味そうした躾がなされるのが日本だ。韓国の人は男性だろうが女性だろうが、声高に発言、主張する、これをしないと訝しがられるのだろう。大人しくしていると不利を被る、そんな世相があるのだと思う、かなりやっかいな国でもあるのだ。こうした気質を考えて付き合うこと、要は韓国と対等に付き合うには気質を知らないと行けない。大人の付き合いといったスマートなやり方で折衝を行うと、立ちどころに足元を見てではないが、組み易しと勘違いされる。だから反論は反論としてどうどうと声高に意見をぶつけないと行けないのである。竹島も慰安婦像も、すべて日本が大人しいことを良いことに、世界に韓国が正しいと打ち出すのである。彼らにしてみれば、反論をされても涼しい顔、いや当たり前に声を大きくして反対意見を言うと思っている。だから竹島は日本固有の領土だ、慰安婦など存在していない、このように反論すればよい。声を上げて意見を戦わして、それで決着すればよいのである。ただしこれは、互いに顔を見せ合っている場で行うこと、意見を文字で、また相手のいないところで言い合っても埒があかない。互いにどこかに出向いて、その場で意見交換する、その時にどうどうとこちらの意見を、声を大きく言うこと。その結果をマスコミで報道させる、激しく意見を交換した結果だとして。これが行われれば、彼らも納得するし、言い合ったなかであれば打ち解け理解されるのである。だから竹島も慰安婦も、不利な発言をされたら、反論のために即座に出向けばいいし、そうすることが肝心である。これをせずに遺憾だ遺憾だと言っても相手に通じない、もちろん韓国内の教育が反日教科書を使っていることから、彼らの政府がそう簡単に意見を聞くという態度を示さないかも知れないが、即座に韓国駐在大使が青瓦台に出向くことである。何度も行けば良いし、それが大使の努めでもある。何かをやるたびに大使が来るとなれば、嫌がって発言も控えるだろう。だから大使を召喚するのではなく、残して置いて毎日でもいいから青瓦台に行かせれば良いのである。
2017.01.27
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ヤマトなどが始めた置き配、これドア前、メーターボックス内にカギを掛けた箱に配達する仕組み。一見再配達がなくなり業者が有利に見えるため普及が進むようにうかがえたがどうか。しかし実態は盗難の急増に見舞われる、団地、旧マンションなどで多く発生している。この盗みの犯人が都内で捕まり言った言葉が裏を語る、この時期金目の物が多いと。置き配は団地のほかに一軒家でも広まるが、これまた玄関ドア前にちょこんと置いていく仕組み。カギがありカギを持つ住人だけ開けられるが、箱ごと持ち去られるため意味がない。このように当初から持ち去りの盗難が課題と指摘された。だからボックス固定型のがっちりした置き配用の固定収納型が販売されている。これだと持ち去りできないから、置き配には好適で多少の値段は容認されていた。新築などではボックス設備付きも出てくるようになり、住民と業者には好評という。設置型ボックスは高額である、それが新築時になれば総額に含まれるため容認される。共稼ぎ夫婦が普通になっていることもあり、かつ再配達に費用が掛かるということもあり、今後は常設設備になるだろう。スマフォと連携などITで管理などもスマートになろうから定着すると思われる。これで一軒家は良いが団地、マンションなどが課題、新築なら何らかの工夫がなされるが既設は難しい。階段もありドア前のスペースも狭い、メーターボックスも小さいなど課題が多い。それで固定型が作れないから、盗難のリスクがますます高くなるというもの。持ち去りを防ぐ工夫が必要だがドアノブに固定する鎖など設けても切られてしまう。階段を見れば分かるが、屋外からドア部分が見えない部屋の方のリスクが高い。このように置き配が宅配の救世主と思われたが、世相変化が立ちはだかるのだった。感染症被害で収入が閉ざされた人が増えると予想されるため盗難被害は増えると思う。これを防ぐにはボックスの固定化を何とか実現する、さらに監視カメラを用意と出費を必要としよう。再配費との天秤になるが、厳しい現実が立ちはだかるようにみる、難しいものだ。昔なら何も考えずにドア前に置いて帰ったものだが、いまはとんでもない、危険すぎるのだ。世相は小さな団地でさえ近隣とのコミュニケーションを壊す、互いに無干渉だから。もうこうなると向かいの家に預けるなどとんでもないし、預かりなど期待できない。だからITなどで配達時間の予約をという流れになるが、急な変更に対処できず完璧ではない。ドライバー不足も重なって宅配業者もまた次の苦難が続くのである。
2020.05.18
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明治神宮外苑の再開発が遅れている、樹木伐採に反対意見が出たためで専門家を要して検討中などで工事が止まっているから。それで外苑は森なのかという極端な考えまで出る始末で、いささか過剰反応気味のようにも見受ける。それで再開発側の明治神宮外苑担当者がマスコミ取材に応じ、事業の必要性を訴えたが、これ聞くに値する。要点が明確であり異論するにも大局的な見方が必要と思えるから、神宮自体の護持が主としてあり、その他に外苑の環境維持と樹木更生費に必要と。明確な点は、神宮護持、それに必要な外苑機能の維持による保持費確保として再開発する必要があるだから。旧態化してきたスポーツ設備の更新と継続性の確保、その主が球場とラグビー場再生でこれが機能を失うことは神宮維持に危機を招くと。その根拠は神宮の収益構造にあり、スポーツ施設を持つ外苑、ブライダル事業の明治記念館といったのが収益事業なことにある。この収益部門からの上がり資金として諸般の物事が回っているのだそうだ、この再生事業ができないならその先の運営など影響すると。外苑自体は収入の約8割を使い、他の分が神宮 内苑護持に当てられているそうである、そう明治神宮はスポーツ施設の上がりが重要な使命を帯びているのである。神宮球場の使用料が6〜7割、スケート場やテニス場がその他を、ということで野球場のスポーツ施設を再生することは至上命題ということ。要はあの広い土地をあそこに設けているのは明治神宮を設ける時の一大計画に加えられていた、他に神宮維持としては賽銭があるが、それはそれで人件費に当てられよう。大きな神社にはこうした収入源が用意されているはずだが明治神宮は外苑こそがその役割ということ、神宮が野球場運営とは不思議と思ったが意外に泥臭いのである。ということで外苑整備、再生産化は必定なビジネス場の大切な要素、だからこそ球場の新装を阻止してはいけないだろう。それで神宮の森の破壊に反対という点に行き着くが、果たしてそれほどの森があったのだろうかに至る。周辺の人々には確かに貴重な森だと思う、ただ外苑内の道路脇にまとまって樹木があるが、一番大きな森といえば神宮内の人口的育成された鎮守の杜である。観光的には銀杏並木が重要と思うのに異論はないが、今回は保全するのであり、野球場が近くに迫るとしても痛めつけ枯らす心配はないし。さらに周辺を取り巻くように高層建築物を作る計画だが、これはこれでビジネスとして大家経営を目論むもの。長期にわたって安定収入と計画したのであり、神宮の樹木への影響はほとんどないと見る。要するに頭っから神宮再生事業を反対するのは神宮を失い、樹木も失う可能性もあり、神宮の収益構造の将来にわたる維持構想に想いを寄せるべきではないかということだ。東京都が再開発事業に承認を与えているが、そこにはこうした計画への容認と神宮の維持への理解があると見る。
2024.01.22
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パチンコ店が賑わっているように見えるのに閉店する店が多いのだそうだ、という面白い記事が出た。いまパチンコ店の利益率は以前より2倍に上がっているという、だから見た目は儲かっているのだ。それでも大型チェーン店のようなところ意外、閉店するところが多くなったそうである。大きな理由の1つは機械代(パチンコ台)の値上がり、これが以前より3倍に上がったそうだ。かつて1台30万円台ものは現在何と60万円もするそうである、電子化、エレキ化、ソフト化、過剰な装飾、などなどシンプルどころが複雑化した。それで開発製作コストが跳ね上がった、安めの機械でも10万円が30万円になってしまったと。資金が賄えない零細店は台数が揃えられず撤退するしかない。それに高齢化してきたことから複座うな台になると敬遠したくなることもあるだろうと。そしてもう1つの理由は玉の単価がずっと昔のままだから、1玉これまた何と4円で停滞、46年前の金額のままなのだ。台の方もちんたらと玉を入れてゆっくり楽しむようなものが消え、一気にインフレ率が上がる。大量に玉を還元する台ばかりになり、少ない玉数で儲けようと言う仕組みになっていないと。結果的に大量の元玉を用意して始めないと儲けられずで、初心者というか高齢者の人が時間つぶしで楽しむ世界から遠のく。いまは最低でも3万円を手元金として店に行かないと勝つなど難しく、元金を失うだけが多いのだと。サラリーマンが昼休みにちょっとパチンコ、そんな世界は当の昔に消えているのだった。だから初心者を開拓しないと次の世界がやってこないよと言われるのだが、そういう仕組みが用意できない。むろん若者がパチンコで遊ぶなんていうことも消え、スマフォやテレビゲームで時間が持てるのだから。つまりパチンコ店が消えて行く裏側はこのようにはっきりしているというのだ。定期的なリニューアルで新台に入れ替えファンをつなぎとめる、新しいファンを掘り起こす、こういう循環手法が資金不足で遠のいた。かといって大量大型店を今さら出店するほど余裕資金も薄い、ましては駅前店のような小型店では新台入れ替えなど余裕がない。そして出玉金が抑えられた中で効率よくお客さんへ還元する新型台は、インフレが進んでいるから手元万円でないと楽しめない。パチプロ的にほぼ専門のような常連になって行かないと儲けられず、小回りの利く商売から遠のく。言ってみれば店もファンも両方がプロ化に向かい、博打的な要素が高まってしまった、ということのようだ。元をただせば時代と共に機械代は値上がって行く、それが最近の風潮でさらにインフレ化、材料代値上がりに苦しむことになって行く。言ってみればある意味、抜本的なパチンコ改革が必要になっているということのようである。
2024.12.13
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液晶テレビは急速にLEDバックライトに向かっている。原因には価格もあるが、薄型化と省エネ化の両面でLEDが主力になってきた。その中でもエッジライト型が増えそうな勢いなのだ。LEDバックライトには直下型とエッジライト型の2タイプがあるが、普及版を含む大部分の液晶テレビはエッジライトに向かっている。ローカルディミングといってLEDの発光をシーン連動でその位置に合わせコントロールする方法が開発されているが、その効果対コストということから不採用するモデルが多い。高い価格の付けられる最上級モデルはともかくとして、価格勝負の普及クラスでは1円でもコストを下げたいのであり、どうしても不採用となるのだ。一部ではエッジライト型でもローカルディミングまで行かないが部分制御が行える技術もある。そのLEDは街頭ディスプレイでも注目されているように寿命も上がってきており、テレビへの採用も問題が少なくなったのが採用の広がりの背景だ。10年も使えるというのが街頭LEDディスプレイで実証されたことも大きい効果であろう。LEDバックライトのエッジライト化でもっとも問題になるのが明るさムラである。特に大型画面では非常に難しいもので、今後の低価格化のネックとなろう。導光板と拡散板などの設計がキーポイントになろうが、部品メーカーの努力に掛かっている。この性能によって片側エッジライトか両側エッジライトかと分かれる。LEDを少なくしたいのであれば片側になり、今後ほぼこのタイプへと修練すると見られる。それと省エネ化の競争からLEDを少なくしたい、という要求も出ており、輝度ムラと省エネ、そして拡散板などの部品性能、というそれぞれのバランス設計が技術の見せ所である。LEDそのものの発光効率の改善、発熱を抑える、長寿命化などと、これも日本技術の見せ所が待っており、ここでも日本の技術者にがんばってもらいたいと応援したいのだ。
2010.02.05
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世界でも日本がこれほど夏が暑いとは、インバウンドの外人や海外旅行で帰ってくる日本人の正直な声である。空港に降り立った旅行者がシンガポールの方が過ごし易かったと言った画面を思い出す、年中夏のあそこより日本は暑いのだ。赤道に近いシンガポール、年中が夏に気候である、冬は少し太陽が傾くから暑さも治るが他は30度が毎日の国。それでも慣れれば快適に過ごしている人々、夏休みだけ訪問し帰国した日本人でさえ国内は暑いとは感じるのだ。もう異常に異常、これほど夏がすざましい国になったのかと、帰国するとよくわかるのだろう。シンガポールが比較的過ごしやすいのは湿度がそれほど高くないこと、日本に比べればずっと乾燥していると思うほど。さらに気温が高いと言っても35度を上回ることはほとんどない、それに生活の知恵で建物が開放的だし、日陰も意図的に作っている。さらに冷房設備も完備だ、どこに出かけても冷房設備が備わっており、屋外に出るのが逆に一服の清涼剤、風が動いて気持ちよく感じる。いずれも海と言っても太平洋のような大海が前にあるわけではない、海運に重要な海峡が走っているが一定の海水温の平均化がある。真夏だからと言って海水温が急激に高くなることもない、それは大海ではないからで太陽の熱をあまり吸収しないから。これに対して日本は避けられないような太平洋に大海がすぐそばの岸まで迫っている、海水温は年中変化、これが気象変化に関係する。いまは夏の海で海水温は30度前後もある、つまり海の温度が異常に高い、これがもろに気温に影響し夜の気温を下げない。言ってみれば1日の気温のスタートが28度ほどというシンガポールでは考えられない温度から1日が始まる。さらに太平洋の悪さである、熱せられた海水は大きな気圧変化を呼び起こし、台風を発生させる。シンガポールでは聞いたこともない台風が日本各地を襲うという気象現象で、毎年のように被害を残す。北半球だから左巻きの低気圧が西から東に向かって太平洋岸をなぞるように走って行く、普通に偏西風があれば上陸も少ないがこれが蛇行でそうもならない。つまり日本がシンガポールのよりも暑く生活面での苦労が多くなっているの原因は太平洋に面しているから。同じような場所はあまり多くないが北米の下側、メキシコ湾の地区がそれである、そうハリケーンの発生、被害地だ。フロリダ州からミシシッピ州まで至るメキシコ湾沿いが毎年ハリケーン被害を受けるのがそれでよく似ている。また大陸内が異常な高温、干ばつ、猛暑、竜巻などなど気象被害が頻繁だが、これも大海が側にあるから。残念ながら大陸、列島は移動させることができない、地球に配置された位置で気象変化を受け入れざるをえない。これが嫌というなら自分が移住するしかないが、習慣も言葉も違う地域に移住するなど困難が大きいだろう。このように気象変化と毎日の気象は太平洋など大海で支配される、気象学に経済対応の組み合わせが今後は重要になるだろう。
2023.08.21
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W杯で活躍したジャパンだがいろいろな意見が集まったことも収穫だったように思う。まず勝利一辺倒な采配にOBらの意見があったこと、これでは全体のレベル向上につながらないという論調で。個人的にもそう思う、戦力で勝利しておらず、戦略で勝っても将来につながらないと思うから。世界レベルのサッカーからはまだまだ程遠い、これをはっきり見せたのが今回のW杯戦であった。体力面の差もかなりあるが、加えて基本的なテクニック、考え、さらにセンスもまだ遠いレベルにあったことも。こういった原因がどこにあるのか考えるという、揉まれていないであるにきづく。国内選手はプロ部門でJリーグがあるが、初期の頃はさすがにレベルアップに効果を上げた。しかし最近はこれが上手く働いていないように見える、いわゆるマンネリ、刺激が不足なのだと。リーグ内のポジションが読めるようになり、ここで優勝する方法が分かってしまったのが原因だろう。この上のレベルを目指さない、ではないが世界レベルのチームを作る意欲が欠けているのだ。むろん不景気の影響も大きい、チーム運営に必要な資金が集まらないことも大きい、やりたい補強、設備充実がままならない。だからギリギリのレベルでまとめてしまう、それが技術向上や有力選手の育成に影を落とす。選手もこの辺は分かってきたと思う、だから自信の向上のために世界レベルのリーグに出て行くのである。だからそれでもいいのではと思うが、W杯で見たように彼らが集まってもチームで働けない、全体レベルが統一できないから。個人技術が上がっても個人技でありチーム貢献にはわずかしかない、それはJリーグが高まらないとどうしようもないのだ。だから戦略で戦法でW杯戦を戦うしか無くなるのである、だから監督を避難しても始まらないのだ。ではどうするか、それははっきりしている、Jリーグの改革、世界レベルの試合にする方法に修正すること。世界的にこのリーグはものすごい、競争と新陳代謝が激しい、そんな環境を整備しないといけない。アジア選手権とかのレベルアップも良いが、もう一つアジアチームを投入するという方法もあるだろう。考えではやさしいが、実際には難しい問題が多数ある、旅行代など遠征費をどうするか、まず一番にこれがある。それでもモチベーションの改善という意味でJリーグの置かれている状況から純粋培養ではもう進歩がない。これが課題だが、解決策は相当な険しい道のりだと思っている、でも進まないといけないだろう。日本サッカー協会、Jリーグの運営委員会、こう呼ぶか知らないが、とにかくマンネリ化したいま心機一転し知恵をしぼる時期にあると思うのだ。
2022.12.30
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軽自動車並みの価格で登場するとPRしているのがマーチ。報道ではインド国内で80万円台で販売することが決まったとか。これはライバルのスズキモデルに対抗するための価格にしたという。このマーチ、日本での生産を行わずインドからの輸入に決まっている。それで国内では軽自動車並みの価格で販売するのだとか。最低価格など装備を省けば軽自動車並みにすることは可能だと思う。それは目玉モデルであった、主力は軽よりも少し上の価格帯になるだろうと思われる。それは装備の面と、税金の面で軽よりマシなモデルを選ぶだろうと見込まれるからだ。国内の場合、どうしても仕上がりと装備面の充実に関心が強い。絶対的に価格が安くてもここが満足できないものは買わないのだ。それはいつも輸入製品に関わるところである。マーチも仕上がりと装備面でしっかりと選択されることになろう。ここで国内ユーザーがOKを出すかどうかが今後の試金石となる。もし仮にこうした輸入モデルがベストセラーになったとすれば、他社の普及モデルが一斉にこうした手法を採用するかも知れないからだ。もっとも有力なポジションにいるのがスズキ、ホンダらである。軽自動車を販売しているメーカーにとって、コスト競争に打ち勝つのは至難のこと。今のところ国内で製造しているが、アジアで生産したモデルでも良いとなれば一斉に工場を立ち上げるだろう。それに量産モデルを輸入するとなると輸入コストをどう吸収させるかも問題になる。もしマーチで物流体制が作り上げれれ、その手法を海運会社が真似る。つまり総合的なシステム作りができあがり、アジア工場化という図式が出来上がることになる。いまのところもはや中国はコスト競争力で魅力を失ったのでインドが正解かも知れない。今回のマーチは国内の全企業体が非常に注目している事業モデルなのである。
2010.06.23
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先月20日頃に札幌で発生した大事件がこれ、エコカーのPHVが夜間充電中に燃えたのだ。家庭の電源から充電できるが謳い文句がPHV、夜間電力を利用するのでさらに電気代が安くなると。HVと違ってPHVやEVは充電機能を備え、これがエコカーでも特異な存在をアピールする。日本車でもトヨタ、ニッサン、ミツビシらが発売しており、量こそ少ないもののじわじわと売れている。今回の火災事件はPHVへ夜間に充電中起きたとされる。これ家人が寝ている時間に電源ケーブル付近から発火したと家人の目撃情報が報道された。深夜電力を利用する仕組みになっていたようである。PHVもEVも家庭の100V、200Vから充電できる仕組みを採用している。もちろんもっと高圧の500Vという方法もあるが、日本は一般家庭用の100Vが普通のようだ。だからPHV、EVという電力的に厳しい状況で充電しているという気持ちが起きないかも知れない。普通の家電と一緒の感覚で、コンセントなら何でも通用すると受け取ってしまうのだ。しかし人が乗る車が電気で動く、走るのだ、ここを忘れないことである。バッテリーに充電するにしてもその充電量は半端ではない、1トンにもなる車が数十キロも走るのだ。バッテリーも大きければ、その充電する電力量もかなりのものになる。それを一夜で充電しようというのだから、100V電圧といっても流れる電流はかなり大きいものである。PHV、EVにしてもメーカーは家庭で充電できると謳っても、その充電設備には注意を喚起しているはずだ。専用の電源コンセント設置を奨励というか、ほぼ義務付けているはず。だから販売する側は必ず家庭に専用の電源コンセントが用意されたかどうか確認すべき。今回のニュース情報を読むと、PHVにつなぐ電源ケーブル付近が発火しているようだ。それに車体側に発火した様子が見受けられないともいう。漏れ出た情報では、電源ケーブルの先は延長用テーブルタップが使用されていた可能性があるそうだ。要するに自動車メーカー側が想定しない電源ケーブル設備が使用されたもようなのだ。こうしてみると今回の事件はPHV、EVの普及初期段階に起きた火災事件だと受け取れる。要は間違った使用法に入る事件、使い方をしっかり啓蒙すること、これが求められるということのようなのだ。ということで、まずPHV、EVを販売しているメーカーは、ユーザーへの啓蒙もそうだが、これから購入する予備軍を含め、全国民へPRする必要性を感じるのである。電圧と電流を掛け合わせた電力量がかなり大きいことを知らしめること。そこでは専用の電源コンセントを設けること。この2点で十分安全に利用するには販売店の指示を守ってください、と。その後の情報が出てこないだけに、早期にメーカーの意識の改善をやってほしいものである。
2016.12.05
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最近、映画やドラマの音楽作家に共通性のあることがわかった、人気の作品を手掛ける価値の大きさだ。例えば映画で終戦後の古い過去から人気を得ている作品では「ゴジラ」が上げられるだろうか。 東宝作品の怪獣映画と言わずも多くの方が当時、また過去に映画館やテレビで鑑賞したことがあろう。特撮と称したカメラアングルと撮影テクニックが有名なほか、身ぐるみ怪獣の出来栄えの良さも人気で。 この映画が戦後の鬱屈した世情を見事に打ち払い、国民に明日の元気を与えたことは間違いない。全国の上映館にわれ先にと殺到した映画である、子供のころ大人の頭越しに見た方も多いだろう。超満員で人いきれのすごさ、またちょうど正月上映を重なったことで、全国どこも満員御礼だった。 それでこのゴジラの音楽作家こそ皆さんもよくお聞きになる伊福部 昭(いふくべあきら)氏、その後、ゴジラ映画音楽作家としてほぼすべての作品に関わった方。こうした話はネットを検索されると必ず出てくるので皆さんも一度は聞いたことがあろう。 それに数年前にNHK番組でこの話を取り上げ、ゴジラ映画の音楽作品の研究を放送したことがある。それは伊福部氏の努力が決して無駄でなかった、こうした人気映画作品に関わってよかった、本人が最後にそう語っているシーンで終わる。 そしてこうしたチャンスに巡り合えた音楽家のことに思いが至る、それがビデオゲーム作品への関わり。テレビゲームからビデオゲームへ、さらにゲームマシンに的を当て、一段人気作品となった「ドラクエ」への関わりだ。 その方が先ごろ亡くなられた作曲家すぎやまこういち氏だ、彼がこれに関わったいきさつは知らないが、ドラクエ制作会社が白羽の矢を当てたのが始まり。すぎやま氏にすればなぜ俺がゲームソフトの音楽制作をしなければいけないかと悩んだかも。この辺は伊福部氏ともある程度共通する、彼も怪獣映画の音楽なんてと請け負うとき相当迷ったとか。 しかし両者が担当を請け負ったのは未来の子供、少年へ大きな影響を与えるかもが決断だったようだ。今でこそ著名作品と適しに名を遺すが、初期作品ではどう転ぶかわからない状況、それでも夢を与えられるの希望で請け負ったと。 結果的にその決断は正しかった、どちらも名を遺す作品になったし、世界的にも影響を与えているから。ゴジラにすればハリウッド映画のシンゴジラへつながり、その映画音楽作家も伊福部の影響を受けたと証言している。それで言いたいのは映画、ゲームの違いはあるが、エンターテインメント作品への参加は歴史に残るということ。ドラマチックと言ってはなんだが、映画、ビデオ、ゲーム、これらソフト(作品)と称するものの持続的な継続性。ソフトは残る、時代を遡って振りかえられる、ライブラリーとして永久保存されるということである。 だから映像作家、音楽作家、それぞれの監督ら、関係者は身を削ってでも作品作りに没頭する。 ということで伊福部氏に戻ると、これまたネットで知られることだが、緊急地震速報の「音」でゴジラがよみがえったと。ゴジラそのものではないが、何か因縁めいているが、緊急事態で注意喚起するときにNHKで流れる警告音が、彼の身内である伊福部 達(とおる)氏が手掛けたこと。現在、東京大学名誉教授になられているが、昭氏の甥にあたる方。 何でもNHK担当者から伊福部氏に依頼をしたということだが、こうした第一人者だったのが理由だ。時代は繰り返すではないが、ゴジラが原爆実験から生まれた怪獣だし、緊急地震速報も地球の一大事で生まれたと、因果の繰り返しにみえる。 この緊急地震速報の音を聞くたびに(あまり頻繁でも困るが)、こうしたいきさつを思い出されるのもよいのではないだろうか。
2021.12.10
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中道が2月衆院選大敗の原因をまとめ公表した、結論は有権者が積極的に選ぶ理由のある党になれていなかった、である。要は稚拙すぎただろう、代表者が2人となったことも及び腰と受け取られたから。これは今後の活動のたたき台にするためとか、それはいい、反省と教訓など6項目で構成したことも。十分な情報提供を国民に示さないまま選挙戦に入った先の指導部へ責任を負わせるべきだろう。そして敗因分析で、若年層や現役世代、無党派層などの支持がなかったりするのもいい。また立民と公明の支持基盤の合算で一定議席が確保できるとした読みの間違いの指摘もいい。ただ最後は中道改革名が意味不明だと言う総括が欲しかったと思う。次期衆院選への活動のために基盤の看板政策につき専門チーム設置、時期を決め案をまとめる。加えて遅ればせながら、SNSやニュースアプリへの発信力の強化。中道への拒否感を和らげる党改革など実行するとした、これらも良いだろう。このようにして分かるのが、ここまでに政治活動や運営面の刷新性が見えない、感じられない点が違和感として残ること。要は、必要とされるのは政治活動や運動活動時の軽快さ、素早さ、さらに時勢への反応の速さと鋭さが欲しい。指導部刷新で国民が期待するのはここ、反応の良さ、動きの良さ、対応の良さ、国民の声と意見を聞く、答えを示す、これらへの期待である。すべてを包括し、取り込みつつ国会の活動通して与党を問い詰める、という野党本来の姿勢を作ること。名称は中道でも立民でもなんでも良い、名称を高めるのは、力強く活発に活動する姿が育むもの。ここまでの立民でこうした活動に心当たりがあるか? 胸の内に聞いてみればいい、そういう感じはなかったなあと気づくはずだ。弱った野党になり下がった、こう反省できれば見どころもあるというもの。決心とともに活動しつづける野党第1党を目指して欲しい。少なくとも、2日に1回は党員他の誰でも良い、紙面やテレビ、マスコミに出て欲しいと思う、それが活動の基本である。
2026.04.17
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JR東海の新幹線運用ノウハウの長い歴史の中でもこれは画期的な開発だそうだ、約60年の東海道新幹線の歴史で初だとする。そうか新幹線はもう60年も運用されてきたんだ、と振り返るに十分な歴史を刻んでいた。あの時、試験列車が新設鉄橋を走る光景を見た記憶が蘇る、線路真下から新幹線が見られるからと勇んで見に、聞きに行ったことを懐かしく思い出す。手元に今も写真が残っているが、猛烈な風圧を伴い轟音が渦巻き通り過ぎた光景が新幹線への期待を大きくした。その後、開通し営業運転、それで夜間走行の光景がまぶたに浮かぶ、多数のパンタからパチパチと火花と音を散らし、飛び走る様はさすが新幹線だと憧れた。それまで東海道線でパンタから火花を飛ばし走っているなど見たことないのだから。その東海道新幹線、長い歴史を刻んでも線路風景は大きく変わらなかった、路肩や盛り土の光景は進歩しても線路は不偏不滅と。今回、技術発表し試験導入された線路が公開された、品川駅そばらしいが、そこは線路切り替えポイントである。切り替えポイントを専門用語でトングレールと言うらしいが車両の行く先を切り替える不可欠なポイントだ。高速で走る新幹線、時間短縮を拒む障害がポイントである、速度を落として通過する新幹線だが、そのスピードは半端ではない。ただスピードを上げたくてもここがネック、彼らは長年研究を続けていたのだ。今回の成功を編み出したのは線路と車両の技術者が集まっからとか、一緒に研究したことがつながったと述べる。さらに車両や保線とも異なる社員も参加、多くの技術的課題に取り組んだそうだ。それで新たにできあがったトングレール、車輪とレールの接触する面積を広げ、摩耗しにくくした。トング部分全体のレールを厚くすることに成功し、亀裂を抑えられ寿命も伸ばすことができたと言う。つまりレールの形まで無制約でアイデアを投入した、その写真が公開されているが、ポイント先端部、車輪が通過・侵入を繰り返す部分が変わった。ここは最大の障害部、車輪接触部は可能な限り薄く細くすることが求められるが破壊に弱くなる。そこで工夫したのが接触外の下地部に注目したこと、ここの厚みを増すである。写真で見えるのは予想以上に厚くなっているのが分かる、発想の転換であろう。こういう方法があったかと目はうろこ状態、そうだよなぁ理屈よりも実用性だ、と言うようである。これに気付けば、改良は時間の問題、実験を繰り返せば実用に供することができよう。と言うことで、運用試験へ移行した、本格採用は2029年から投入するとされる。こうして車輪下がしっかりすればポイント通過スピードの向上も可能になろう。時間短縮による事故発生も抑え、振動や騒音も抑えられるだろうから乗り心地向上と周辺環境への負担も下げるだろう。まさに新しい東海道新幹線の誕生と言える開発である、半世紀を超える技術開発と賞賛されることだろう。
2026.05.13
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南極観測船「しらせ」の運用は海上自衛隊が行っていた、いわゆる防衛省の管轄船だ。それが文科省の南極輸送計画小委員会で撤退を決めた、現行しらせの退役に合わせ、自衛隊の運用を止めると言う。なぜ自衛隊が撤退するのか、すぐ疑問に浮かんだが、自衛隊の置かれた事情が関係しているとか。自衛隊本来の軍事運用を優先するとなったから、と指摘しているのが次の通り、物凄く物々しい。それら安全保障環境悪化や大規模災害発生で海自に求められる役割の増加が一番大きい。周辺海域を航行するロシアや中国への警戒と監視・情報収集作業が増えているとする。要は、平和と科学支援より軍事優先である、首相の右傾化とつながり無縁ではないのだ。彼女の偏る尖った政策が、文化と科学探求に影響したと言うとんでもないことが起きたのである。文科省もだらしない、世界人類の文明発展にこうした研究が欠かせないのにあっさり認めるとは。それで継承はどうするのかと思ったら、新しらせ建造から、運用主体を海洋研究開発機構が、搭載ヘリの運用を国立極地研究所へと移すとした。新船の登用は2029年建造開始で、運用は2034年からとされ、この間まで現行しらせが使用、運用される。現在のしらせ船体は、全長138メートル、幅28メートル、2万2000トンと言う堂々たる姿が特徴。コンテナ56個搭載、ヘリ2機、予備1機の調査船としては最大規模、それは氷河海域への進出、南極圏の厳しい自然に立ち向かうため。なお船体そのものの観測船らしく計測機器を満載、音響探知機から大気観測機材を積むのだ。要員は、海上自衛官の179人、それに観測隊員80人、なお観測隊員は途中から乗船。船内を覗いたことがあるが、スペースはゆったりしていると思えるし、環境はかなり良い。南極基地での観測成果は数多く挙げ、地球と人類へ貢献してきた、大きくはオゾンホールの発見、冷媒の影響だからと使用ガスの質を変更させた。また南極エリア最大の大型大気レーダーPANSYの活用が地球気象観測に貢献し続けている。そういう意味で、日本の撤退は地球気象観測にも影響を与える、だから撤退はあり得ず継続することが使命でもある。こうした成果と地球や人類に不可欠な観測を担っているのに、自国だけの都合で体制変更は反する行為と言わざるをえない。首相は何を考えているの、と声を大きくして訴えたい、自国より地球の自然が大事だろう。局地気象と自然への厳しい自然に対する技術の開発、これが数々の成果に結びついてきた。その規模と目的は月へ科学者を送るものと同じ、これは誰もが理解する内容だ。それをほんの一握りの個人都合で体制変更、軍事優先は人類への挑戦であり、安易に認めることなどできない。自衛隊員も南極へ出かけられる、これを楽しみにしている海自隊員は非常に多いと言うことも忘れてはならない。彼らも乗船し運用するという貴重な経験を得られているのだから、こんな楽しいことはない。大型船としても武力を装備していないから観光気分でもある、難局を一度は見てみたい、踏んでみたい、これが力になっている。今からでも遅くはない、この計画は見直すべきであろう。
2026.05.12
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