2004年06月30日
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トルコの時事問題を取り上げようとすると、非常に困った事が起きる。


話をしだすと長くなるのだ。


どういうことかというと、話の背後関係が「皆の知ってる話」ではないから、一から説明しないといけなくなる。

例えば、アメリカに黒人がいるのは奴隷として連れて来られたからだ、ということは日本人の大半が知っている。
アメリカとか西ヨーロッパの話なら、「これくらい常識だよ」というレベルの話が必ず存在するし、それを前提に話を進めることができる。



でも、トルコにはそれがないのだ。


「トルコって何語なの」「・・・トルコ語・・」「えーっ!トルコ語ってあるんだ!」「・・・・・」

というような会話だって、頻繁にあるくらいだ。これが、フランスだったらドイツだったら、こんな質問はされない。



おまけに日本に入ってくるトルコの情報は、キリスト教国経由というのが非常に多かった。(今も多い)



だからトルコについて話をする時は、その間違いを正すところから始めないといけないし、そこに至った長い歴史的な経緯を説明しないと、自分がしたい話自体が始まらないのだ。


例えば、昨日のNATO会議後のパーテイーの話にしてもそうだ。

パーティーで演じられたメブラーナについて、知らない人が殆どだと思う。



どうしようかな、と思った。


トプカプ宮殿でメブラーナが演じられた話は、私にとっては「すごい話」「いい!観たい!」と普段95くらいしかない血圧が一気に100を越えて行きそうなくらいな、特別な話である。


でもメブラーナのすごさは、日本人の殆どが知らないし、知らない人に一から語るには、日記一日分必要なくらいだ。

でも、触れておきたい。どう書こう・・。



いや、ただのワガママなんですけどね。
単に触れておく、ということではいられない程、トルコにあるものは個性的で深いものが多い。



今日は、NATO会議に集まった、各国のファーストレディーが、トルコ大統領主催の食事会に招かれた時の事を書きたかった。

そこに一人だけ招かれない女性がいた。






なぜ招かれなかったか。


それは、彼女がイスラムのスカーフをしているから。



各国のファーストレディー達も「なんで?」って感じだったらしい。

だってトルコ大統領の判断で、トルコ首相の夫人を仲間はずれにしたわけだし。



別に大統領と首相との間に政治的な確執があるわけではない。(あるにはあるが、それを奥さんで晴らす・・ってほどではない)





だってオスマン‐トルコ時代に遡ってしまうんだもの。



簡単に図で示すと、


イギリスの陰謀により、アラブ、オスマン‐トルコを裏切る → イギリス・フランスによるオスマン‐トルコの分割統治 → 独立運動 → アタチュルクを頭に独立戦争 → 独立 → トルコ共和国成立 → 初代大統領アタチュルク誕生

この初代大統領アタチュルクに関しても、多分1日分の日記、もしくはもっと書く事がある・・。



とにかくアタチュルクは軍人であった為、トルコの政治はいつも軍部の影響を強く受けていた。
ほんの10年くらい前までは、政治の舞台で軍部の気に入らないことはできなかったくらいだ。

また、軍部はイスラム教がトルコを衰退させると思い込んでいた為、イスラム教系の政党ができると何らかの理由をつけて、解体させたり党首を投獄したりしたのだ。


現にイスラム系政党である、現政権の党首であり首相のエルドゥアンも、以前「イスラム的な詩を公衆の面前で詠んだ」という理由で、投獄されている。



現在のイスラム系の政党が政権を握れたのは、長年に渡る軍部の影響を強く受けた政権による汚職や、経済の悪化などにより、国民の怒りが頂点に達したからだ。


現政権は改革を積極的に押し進め、国民から絶大な指示を受けている為、軍部もそう簡単に手出しは出来なくなってしまった。



このまま、軍部の力が弱まってくれればいいのだけど・・。



現政権が採決した、『公的機関でのスカーフの着用禁止を解く法律』を差し戻したのが、今回話題になっているトルコ大統領なわけである。


なにも、仲間はずれにすることないと思うのだが・・なぜそこまでしなくてはならないのか。
理解に苦しむが、これがトルコの現実だ。



・・・やっぱり長くなってしまった・・・。


スカーフをかぶった首相の奥さんが、なぜ大統領主催の食事会に呼ばれなかったか。
これを説明するだけで、これだけの文字数が必要になってしまう。



でも、説明しなければならないと思う。

私には、このスカーフの問題は、今のトルコの歪みを表しているように見えるのだ。


極端なヨーロッパ指向、自分達のルーツの否定・・・日本にとっても人事ではない話だ。



アタチュルクはヨーロッパに陥れられたトルコを独立に導いたが、結局はヨーロッパの手の平の上に舞い戻ってしまった。


彼らが本当の自分達の文化を取り戻すには、まだ時間がかかりそうだ。



















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最終更新日  2004年07月01日 16時59分29秒
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