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今月の5日から入院していた義父が、昨日手術をした。ずっと点滴で治療していたのだが、効果がなく、このままではよくないということで、踏み切った。手術自体は、後腹膜のところに穴をあけてドレーン(管)を入れ、排膿し、洗浄するという、それほど時間もかからず、簡単なものだった。だが、義父は82歳の高齢であるうえに、病状もかんばしくない。身体に傷をつけること自体あぶない状態である。けれど、何もしないと、そのまま弱っていくだけだ。術後は、そのまま管を入れておいて、排膿と洗浄をくりかえす、とのこと。今のところ落ち着いてはいるが、予断を許さない状況。しばらくは毎日通うことになりそうである。というわけで、こちらの更新はなかなかできそうにない。なにせ、申告も仕上げなくてはいけないし。がんばれ、わたし。
February 28, 2014
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本日、ひねもすのたり牧場から望む岩手山は、これ、このとおり。雲ひとつない青空に、ずうんとそびえております。晴れや曇りの日でも、朝から雪がちらついたり、もしくはのそのそ降ったりしていましたが、今日は文句なしの青空です。ただ、冷えました。マイナス15°今日はねえ、「霞始靆(かすみはじめてたなびく)」の日。霞といったらもう、春ですよ。街まで降りると、もうちょっと春っぽいですよ。だのに、牧場のまわりはまだ雪、雪、ゆき。量はいつもの年より少ないけど、寒いから融けない。春よ、もう来てもいいぞーい
February 24, 2014
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朝、新聞の占い欄を見ると、「1月生まれ:怒りっぽさを抑える努力を。平常心維持要」一気にどんより今日はおばの申告のことで役場に行く予定だ。いままでの申告は別の親戚が計算し、おばをつれていってくれていた。が、昨年の6月におじが亡くなり、その親戚も自営の店舗の移転準備が忙しく、今年はどうしてもできないという。途中で申告する人が亡くなった場合って、なにか特殊なのでは?と思い、調べてみると、「準確定申告」なるものをしなくてはならないらしい。本当は亡くなってから4か月以内にするのが普通らしいが、私が頼まれたのは、今月。間に合わないし、なんだか相続人の印鑑やらなにやら必要っぽい。これはもう、役場の税務課に行って必要なものを聞き、そろえたのちに出直したほうが早いかもしれない。もともとおばの様子を見に(体調が悪いというので)行く予定だったので、そのまえに役場に立ち寄った。担当の人に聞くと、幸いにもおばの氏名とおじとの続柄、印鑑のみで申告表の付表はOKだという。そこで、おばの家に行き、おじの生前の分の計算と、おばの申告分をそろえ、本人と義母(付き添い)を連れて役場の申告会場に向かった。すでに午前の部は終了し、午後の部5番目の好位置をゲット。1時になると同時に、呼ばれた。内容を確認していた担当の人の顔が「うっ」というふうになり、「すみませんが、これ、ちょっと時間かかるかもしれないです」という。でもま、この時間から始められたのだし、なにより、必要書類、印鑑、本人、計算のしかたもさらっと教わったとおりやったのだから、そんなにかかるまいよ。おばの申告は年金のみなので、5分で終了。つづいては、おじの分である。すぐさま計算していったものをパソコンに入れていく。と、担当者の手がとまり、電話で問い合わせに。「すみませんね、お待たせして」といいながら、電話のところに行ったり来たりを繰り返す。30分くらい過ぎたところで、「ごめんなさいね、今朝も来てくれたんでしょ。ちょっとそのときの説明が違ったみたいで、この付表なんですけど、相続人全員の印鑑と住所、氏名、金融機関(還付先)が必要みたいなのね」という。「あ、おばに一括じゃだめですか?」「その場合もねえ、ほかの相続人の委任状が必要なそうです。だけど、きまった様式がないから、なにか書き方の不備があると、税務署が戻してよこして受理しないんだそうです」「では、どのようにすれば」「一番いいのは法定の、奥さんが2分の1、お孫さんふたりがそれぞれ4分の1、でわけるように、それぞれの印鑑もらって、記入してもらうのが、通りがよくて、確実です」怒りっぽさを抑えるのよ、toughgirlだって、この人のせいでもないしね。担当者は大変申し訳ながって、もう2度と無駄足を踏ませないように、何から何まで調べて、必要なものをすべてメモし、申告会場に来たら、このように伝えてほしい、ということも書いてもたせてくれた。ここまでで、会場に来てからすでに、2時間半。朝からだったら、5時間である。結局、1日かかって用は足りなかった。それでもおばの分はまず終わり、また一緒にお昼を食べたので、ちょっと元気になっている。義母はため息。「あーあ、またこの相続のために用が足りなかった」ほんとだよ以前、諸々の手続きをしていたときも、相続人全員の委任状とか、印鑑とか必要、と言われ、何度も役場や社会保険事務所を行ったり来たりした。そのたび、それらに連絡して書類をもらうのだが、書類がほしいというと、ほんとにただ書類書いて、おばのところにぽろんっとおいとくだけ。私たちには、もともと関係ないのに、という感じである。わたしなぞ、もっと関係ないわい!!ダメダメ、Toughgirl。平常心よ、平常心。とはいえ、孫たちの連絡先は知らないので、いつものように、彼らの父親に連絡することになる。帰ってから仕事を終え、夜に携帯に電話すると、たいそうご機嫌な声。「はい、なに? 緊急? 緊急じゃないならねえ、あとにして」完璧にろれつがまわっていない。「緊急じゃないなら、こっちからかけるんだから~。そういうことだから」プツッ、プーッ、プーッ……私は黙って受話器を下ろし、申告の書類一式を送付する準備にとりかかった。
February 21, 2014
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さきほど、パタパタパタ……と軽快にキーボードを叩いてブログを書いていたら、なにかのはずみで全部消え、違う画面に飛んでしまった。あーこれは、風呂に入ってしまいなさいという神の啓示かな、と思い、パソコンをぱたんとしめて、入浴(あ、なにも色っぽい感じはないよ。江戸っ子なみのざっ、ざっ、はいあがりってテイスト)こういうこともあるので、パソコンはちょーっとこわい。字も汚くなってきて、漢字なんかもおおよそ忘れてきてるから、手書きにも慣れときなさいよ、という、神の思し召しではないか、と思う。本日の夕方と、明日の朝はヘルパーさんが搾乳してくれる。いくぶん朝寝できる。朝寝といえば、三千世界の鴉を寝かせ 主と朝寝がしてみたい若いころ、これを初めて耳にしたとき(笑点ですけどね)ちょっと憧れた~実際には、ない~あ、で、ヘルパー。昼間は山のような堆肥出しと、そのために脱走した牛の捕獲でぐったりしたけど、夕方、まだ明るいうちに街へ出かけた。ホームセンター、スーパー、本屋、文房具屋、ラーメンとか食べて、100均……。だいたいこれがいつものパターンである。月に一度の休日はこうして暮れていく。それでも、まあ、毎日とはちょっと違う一日。あとどのくらい、こんな感じの生活が続くのだろう、なんて、雪のワインディングロードを登りながら、思った。
February 20, 2014
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今日もおばの用足しと、義父の見舞いで一日終わった。おばはこの4,5日で、さらに認知症の症状が進んだ。できうれば、ここらで症状の進行を緩やかにしたほうがいいのだが、わたしはやはり、他人みたいな……というか、ほぼ他人なので、そこまでの権限がない。とりあえず買い物や、用足しをして、お昼を一緒に食べた。おばも義母も只今、一人暮らし。「みんなで食べるとおいしい」と、泣きながら揃って天丼をほおばる。義父は危機的状況を脱したのか、絶食もとけ、重湯を食べ始めたという。「やっぱりとおちゃんがいないと、私はダメ」と泣く義母。「がんばってよくなって帰るから」と泣く義父。朝うちを出て、帰るとすぐに夕方の仕事。仕事が終わるともう、なんもしたくない。やりたいことはいっぱいある。やらなきゃ、大丈夫? 間に合わないんじゃね?ってことも山ほどある。これ打つなら、それしたら、とも思う。でももう、頭も心も使いたくない。なんもしたくないの。ここは寝るに限るな。きっとそうだ。それが、いちばんいいさ。
February 19, 2014
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タイトルほどではないですが、髪を切った。かれこれ3か月近く、美容室にも行けてなかった。4~5センチほど、切ってもらう。なんか頭が軽くなって、すっきりした感じ。ほんとはベリーショートにしたいくらいだが、それにはまず、顎のラインがしゅっとしないと美容師さんってすごいな、といつも感心する。あっちでは「ネズミの害と対策」の話題、こっちでは「風速と体感温度」の話題、着物のこと、美容のこと、気候のはなし、ありとあらゆるお客の話題にあわせて、いろんな話をしてくれる。よく勉強してるし、臨機応変。それもお客のテンションにあわせて、盛り上げたり、静かにフェードアウトしたり。もう少し若いころの自分は、どちらかというと、あまり話すほうではなかった。けど今は、いきつけの美容師さんたちとの、たわいない話が楽しい。みな私より若くて、かわいい。おばちゃんになったなあ……。だが、シェービングやカットをしてもらっていると、爆睡してしまうのは、相変わらずである。これからはせめて2か月に1回くらいは行きたいな。
February 18, 2014
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日本最年長メダルをとった葛西さんの笑顔。しわもあり、年相応の顔だけど、とてもいい笑顔だ。「あきらめないで、がんばってきてよかった」これまでの努力が結実して、心の底からわきあがった笑顔。きれいだなあ、と見とれた。41歳。私とほぼ同年代。まだまだいける。あきらめないで、飛んでみよう、と思わせてくれた。「飛べない豚は、ただの豚さ」by Toughgirl
February 17, 2014
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昨日の夜、夕食を終えて茶碗を洗っていると、黄色い回転灯が我が家の敷地に入ってきた。「あれ? なんか来たよ」と、牧場主にいうとふぁんふぁんとクラクションが鳴った。「なんだべ?」と、勝手口から出て行った牧場主。そのまま、連れ去られた黄色い回転灯は、除雪車のしるし。これから除雪? この天候だと帰ってこないということ?などと思いつつ、こたつでテレビを見ていると、1時間ほどでかえってきた。「あれ?終わったの?」「ん、んん。12時半から出動」「昼の?」「んなわげねえべよ!」時計を見ると、9時半。3時間後に出動……ですか。さあ寝ろ!と風呂に入れて寝せた。当地は雪はさほどではなかったが、尋常じゃないくらい風が強くて、出動するころ、すでに道路が雪で埋まりそう。そこで、特例中の特例で、自宅から除雪車で出動し、そのまま道路をつけてきなさいよ、ということらしい。夜中、牧場主が出ていった。2時ころ、今度は自分の頭痛で目がさめた。ああ、いつもの片頭痛か。枕の下から片頭痛専用の治療薬を取り出し、ベットの下に置いてある小ぶりなペットボトルを探って、服用してまた就寝。運がよければ、これで仕事に起きるころ治る。いてええ……とこめかみを押さえながら寝ると、夢を見た。肩から背中がつっぱって凝り固まって痛い。サロンパスを貼ろうにも、自分で届くところには限界がある。自宅には、父しかいない。背に腹は代えられない。「あのさ、サロンパス背中に貼ってちょうだい」と頼みにいくと、なぜか、和服姿の渡 哲也さんが座っている。(あれ?うちのおとうさん、こんな感じだったっけ?)実際の父は、北島三郎に近いです。すると渡さん、私の肩甲骨のあたりを押して「このへんかね?」と問う。「あ、はい、まさにそのへん」と緊張気味に答える私。そして、服をぬいで貼ってもらう手前で目がさめた。こんな夢を見るなんて、よほどだな、私の頭痛。まだぜんぜん薬は効いていない。結局、午前中いっぱい頭痛は続き、再度、治療薬を服用し、それでもだめで、こんどは頭歯利(ズバリ)←市販薬を飲んで、ようやく今、回復した。ああ、長かった~ちなみに12時間以上たった今も、牧場主は帰ってきていない。9時ころ電話があり、「あのさ、ローリー(集乳車)来た?」と。「さっき来て、もう帰ったよ」というと、「あ、そ、よかった。じゃあ、よろしく」と切った。そっちの心配かよ
February 16, 2014
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今日は朝からすごい風雪こそさほど降っていなかったが、すぐに吹き溜まって道路が埋まりそうである。5日に義父が入院してから、ほぼ2日に1回のペースで義母を乗っけて通っている。ガン性の腹膜炎を起こしていて、あまり調子がよくないからだ。今日も行こうと誘ったが、風が強いから行かないという。それで今日は牧場主と向かった。行けるときには、つれていかないとね(といっても、運転は牧場主)毎日痛みや嘔吐と闘っている義父はすっかり弱気だ。以前の「とにかく打ち負かすようなこと言って黙らせる」ような口調の強い人とは別人である。義母や牧場主、義姉にはもちろんのこと、私にまで泣いて「痛い。がまんできない」と訴える。上記の3人は言葉に詰まって何も言えなくなったりするが、私は冷徹な嫁なので、「今ね、点滴に入ってる薬でわるいとこをやっつけてんだから。でもね、痛いのはがまんすることないよ。遠慮しないで看護師さん呼んで。座薬でも飲み薬でももらってよ。あとね、下着とか病衣も汚れたらとっかえてもらって。なんにも遠慮することないよ。そのためのこれ(ナースコール)なんだから」なんちゅうきかない(気の強い)嫁だ、と思ってか、義父は涙をふきふき、うなづく。最近はもうほんとに、義父も義母も、すぐ泣く。それを見てても、私は泣けない。鬼のようである。絶食で、水分可なので、幼児用りんごジュースとヤクルト、水を置いて、洗濯物をもって帰ってきた。私もきかないし、義父や義母も押さえて引っ込むってところがない人たちなので、折り合いもよくなかったし、いやなことも言われたしされた。正直、なんであそこまでされてんのに、1日おきに通ってんだ、ばか!と自分のことを思わないでもない。だけど、弱ってるところを痛めつけるっていうのも、自分としては違う気がする。だから、冷たい嫁は思う。あんたらが墓に入るまでは、仕返しみたいにいやなことはしない。だけど、墓に入ったら、涼しい顔で手を合わせ、いままでのうらみつらみをたらたら並べたるわい、と。
February 15, 2014
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台所で茶碗洗いをしていると、向こう側からもっさいおじさんが見ている。うえっ!と思ってよく見ると、それは窓に映ったわたし。ここ一年ほどで、すっかりおっさんになってしまった。楽しいことがあって、鼻歌まじりで茶碗洗いをしていても、ぱっと窓を見ると、やっぱりおっさんがいる。前はもうちょっとかわいかった、と思ったがな。でも今日、その謎が解けた。文章教室で、猫の避妊の話が出て、子宮とか卵巣とらないで結紮していると、年取ってからも、なんとなく色気があるんだそうだ。ああ、それでか。取っちゃうと、色気もとれちゃうんだね、きっと。といっても、私はもともと色っぽくも、きれいでもない。ただ、微量にあった色香もなくなってしまったのだろう。おばちゃんではないの、おっさんなのさ、もう。奇しくも今日は、バレンタインデイ。女らしさと決別するには、ちょうどいい日だった。でも、そう思うと、亡くなった母は、色っぽくはなかったけど、かわいかったと思う。彼女も子宮筋腫で子宮も卵巣もとっていたが、私などよりずっとおしゃれで、身だしなみに気をつかっていたし、なにより、基本笑顔だった。がんばってたんだと、いまさらながらに思う。ちなみに義母は、結紮していると、私の子宮と卵巣の摘出が決まったときに、聞かされた。今でも現役バリバリの女なんだな。彼女らしく、どこまでも、用意周到で、無駄がない。人生に勝ち負けはないというものの、負けた感が、ハンパない。いいとこなしのもっさいおっさんでも、努力したら、ちったあましになるだろうか。
February 14, 2014
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朝から除雪で牧場主は不在、午前中は、おばの施設への入所の話し合いに行き、午後からは、義父の病院へ行き、特別なにをするというわけでもないが、なんか疲れた。帰ってきてから夕方の仕事まで、ちょっと仮眠とろうかなと横になる。午前中の話し合いの中身を思い出し、もやもや。うーーーー。いいや、「ぞうさん」練習しよ。三線を取り出す。なんかちがうの弾いてみたくなり、「かえるのうた」をやってみることに。これがなんだか弾いていると、おかしくなってくる。ほら、まだ下手なんで、 か~ え~ る~ の~ う~ た~ が~ (びよん びよん びよん びよん びよん びよん びよ~ん)ってなるわけです。なんか、三線というより、琵琶っぽい。そして、下手。しかも、ところどころにある♭の音が、正規の音のちょいはずれたところを押さえるとちゃんと半音下がる。あたりまえだけど、それがたまらなくおかしい。♭の出し方は、自分で押さえて探し出した。びよ~んっていう音で、しかも♭。間延びもいいところだ。かえるのうたって、こんな面白い曲だっけか何回も弾いて、赤ん坊や子供がおんなじことで何回も笑うようにゲラゲラ笑ってしまう。夜中の番組を見ていて、どこがおもしろいのかよくわからないけど、ヘラヘラ笑ってしまうのと似てる。♭でこんなに笑うのは、音の面白さに目覚めたのか、はたまた単なる壊れかけているのか、非常に紙一重な気がしてしまう。あぶないぜえ
February 11, 2014
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先週はあわただしかった。2/1 義父、緊急受診。2/2 奥州市文士劇 鑑賞。2/3 おばの申告の書類あつめ。2/4 酪農研修会(牛の環境のお勉強)出席。2/5 義父、通常受診。が、入院へ。2/6 おばのなくしもの探し&受診。2/7 医大受診。土、日は家にいたので、たまってた諸々をちょいちょいお片付け。ようやく疲れもとれてきた。明日は義父の検査結果と状態の説明を聞きに病院へ。今週は申告をせねば、そして、文章ももうちょっと練りたい。三線買ってから、毎日30分くらい触ってます。チューニングして、音探して。楽しいっす楽器に触れようと思ったのには、理由があって。私、もともと歌うたうのも好きですが、最近あんまし歌ってないせいか、声がかすれて出なくなっちゃうの。それがくやしいの。前みたいに歌いたいし、年とってもガンガン歌って楽しみたい。Eテレで、広瀬香美さんが講師してるボイストレーニングの番組をたまたま見て、あ、またちゃんと腹筋使って歌いたいな、腹筋っつたら、楽器も吹きたいな、いろいろやりたいなー、と思って。好きなものとか、自分の可能性とか、閉じ込めたりすんのはやめましょう、と思って。音探ししてるとき、文章のネタ考えてるとき、つまんないこととか、ヤなこととか、忘れてる。よい傾向
February 9, 2014
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本日は、医大の受診日。今回も異常なし、パスしました。次回は4月の末なので、ようやく3か月に1回の診察になりました。手術して最初のうちは、どうしても妊婦さんたちと一緒に待合にいるのがきつかったのですが、最近はまったく気にならなくなりました。子育てもない。こうしてのほほんと読書などしながら診察待ちしてられる自分の状況を楽しんでいけばいいんだと、ようやく気付いた感じ。本日、読んでた本はこれ雪は天からの手紙 中谷宇吉郎エッセイ集 岩波少年文庫 / 中谷宇吉郎雪の科学館 【全集・双書】FMで毎週日曜日の10:00にやってるパナソニックメロディアスライブラリーという番組で紹介してたのです。雪の結晶の研究のこと、日常の生活のなかの科学、など科学者が書いたエッセイだけど、わかりやすく、ユーモアにも満ちていて、「へえ、これってそういうことだったのかいな」という発見もあり、すっかり読みふけっちゃいました。私は読書量が不足してるので、この番組で紹介してた本を探して、読んでみることにしています。病院が終わってからは、Kデパートに直行。5日から大沖縄展をやってまして、どうしてもほしいものがありまして。三線です。21000円のいっちゃん安い練習用。楽譜、ケース、替えの糸、バチもついてます。売ってたおじさんに、チューニングと、基本的な楽譜の見方を教えてもらって、即購入。「あとは、自分で押さえてみて、音を探しながら弾きなさい。できるから」という言葉に背中を押されて帰ってきました。さあて、「ぞうさん」から練習すっかな。弾けるようになりたい曲があります。なんかこれ、沖縄のけっこうお年を召した方が三線弾きながら歌うのを聴いて、恋の歌っていいなと。ちょっと寂しいところもある歌ですけどね。先日、テレビで100均のリコーダーやタンバリンと、ピアノ、クラリネットのセッションを見ました。それで、「安くてもおもちゃでもいいじゃん。楽器さわりたい」という気持ちが湧き上がって、新聞の折り込み広告で三線みつけて、やってみようと思ったわけです。うちには、デジタルピアノやトランペットもあります。みな安物で、まあ、おもちゃに毛がはえたようなもの。でも、今年は時間をみつけて、こいつらにももう一度命を吹き込もうと思います。もちろん、自分にも。実は、医大には牧場主が乗せてきてくれてまして、沖縄展に行ってほしいものがある、21000円の三線、と言ったら、意外とあっさりOKしてくれました。ほんとはこのあと、おば(義母の姉)をCTの検査につれていく予定でしたが、急性胃腸炎になっちゃって中止。それで、回転寿司でちょっと遅い昼食となりました。そこのお皿が年季入ってて、紺色だか、青色だか、グレーだかまったくわからず、あきらめて適当に、食べたいものを食べました。でもおいしかった。なんだかちょっと、ぬけおちた?つきぬけた?肩の力がぬけて、最近、楽です。この調子で、心身ともに整えて、なりたい自分になっていきます。
February 7, 2014
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本日はおばの家へ、所得税の申告の書類かき集め業務に行ってきた。義母の姉であるおばは、御年90歳。一人娘に先立たれ、寝たきりだった夫も去年亡くなり、ひとりだし、年も年なんで、今年は私が申告のお世話をすることに。去年までお世話してくれてた親戚は、今年は自営の店舗が移転する関係で忙しくできないのだそうで、孫は、赤ん坊を抱えてできないのだそうで、(抱えてないときもしてなかったけどね)結果、義母が「まかせておけ」と胸をたたき、私にふった、という次第。おじとおばの病院の領収書や、田畑の関係の書類、年金の源泉徴収票などなど。うちの酪農の申告にくらべたら少ないけど、探しだすのが一苦労。なにせ、どういう感じで生活していたのか、ほぼ未知数なのだから。おばにきいても、「はあ、なんちょにが、くらしてたのさ。おら、わがらね」訳:「まあ、なんとか暮らしてたってわけよ。私じゃ、よくわかんないのよね~」と、のたまうばかり。一緒に行った義母は、電話でおばから聞いてた予定と違ったことにイライラそのうえ、おばは前より認知症の症状が顕著になってきて、幻覚をはっきりくっきり見るようになった模様で、その話を聞いて、ますますプンプン怒っている。「おめ、ぼげだんじゃねえの! あたまのネジがとんだんだべ!!」と、おばにかみついた。「おめだって、90になればこんたになるんだ!」と、応戦するおば。「まあまあ」(いいから、早く書類探すの手伝え!)と、私。すると義母は、「toughgirlさんのおかあさんもそうだったよね。うっそみたいな話をしんっけんな顔してしゃべってさ。おっきな蛇がいるとか、人がしんでるとか。くるったのね、ね、toughgirlさん、ね」と、言い出して私に同意を求めた。言っているうちに面白くなってきたのか、言ってやったと得意になったものか、おんなじことを数十回繰り返して言った。たしかに、そうだった。私の母は認知症だったし、その症状も出た。こんな関係ないくらいとおい間柄の人の世話しにきて、これほど言われて、一日つぶれて、私はいったいなにしてんのかな、と情けなくなり、自分に腹がたった。「うん、そうだね。あまり進行しないうちに、病院で診てもらって、お薬もらうなりしたほうがいいよ。それには、肉親が付き添っていくのが一番だよ。お義母さん、ちょうどいいじゃない。一緒にいこ。私、乗せていくからさ」本日、孫が来て仲良く楽しく和牛の授精をしてもらう予定の義母は、大慌て。「うん、今度、こんどね。つぎ、こんたになったら、いくべしさ」ようやく書類をかきあつめ、帰るころにはもう夕方。「toughgirlさん、今日は海苔巻食べる日だべ。おれ、買ってやるから」と、義母がいうので、「あ、そうだね。じゃあ、買ってちょうだい」と、私。海鮮恵方巻き3本セットと、助六巻3本セットをごちになった。ここは岩手であるからして、無言で食べる習慣も必要もなかったが、私の虫の居所の都合上、無言の食卓になったことは、いうまでもない。夜も身体は疲れていたが、頭が冴えて寝られなかったので、エッセイをひとつ書き上げてやったわよ。さすがにそこで電池がきれて、寝てやったわよ!!
February 3, 2014
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朝から雪普通なら、こんな日に出かけるのはかなりおっくう。だけども今日の天気は、気持ちを盛り上げた。奥州市民★文士劇「忠臣蔵」を見にいくからだ。奥州市に住んでいる親友のAちゃんにチケットをとってもらい、二人で観ることにした。こちらの文士劇は、なんと生演奏付き。メロディージャックス & 岩谷堂高校吹奏楽部OBによる忠臣蔵ファン、いや、時代劇ファンやそうでない人にもおなじみのこの曲でスタート。松の廊下での刃傷からはじまり、大石内蔵助をはじめとする藩士たちの苦悩、相手方、吉良家用人と大石の頭脳戦、そして討ち入り、見事本懐を遂げるまでを、3時間にわたる長丁場で、魅せました。忠臣蔵には名場面が多いです。歌舞伎や本の挿絵になっているような見た目にも美しい場がいくつかあります。四十七士の銘々伝なる、それぞれの義士の物語がありますが、それもほどよくピックアップされていて、泣ける場面、思わず笑ってしまう場面、とてもバランスがよかったです。浅野内匠頭の奥方である瑤泉院が、内蔵助の供えた血判状を目にして泣くシーンは、何度も見てわかっていたはずだったのですが、不覚にも落涙してしまいました。なんか、市民文士劇とはいうもののクオリティーが非常に高くて、素直に「ああ、面白かった~」と思いました。来年も観たいなあと、思いました。亡くなった母は、本や映画やお芝居、コンサート、そういうものが好きな人でした。大衆文学、大衆芸能みたいなものも好んで読んだり見たりする人でした。忠臣蔵などは、毎年12月にかならず上映会。母が生きていたなら、見せたかったです、こんかいの文士劇。こういうものが普通に一生懸命毎日を生きている人を元気づけ、楽しみになっているのは、いいなと思います。去年、脚本コースを勉強したときに(toughgirlはいったい、何にならんとして?)教えてくださったのが、今回の文士劇の脚本を手がけられた道又 力先生です。なんか、先生の脚本、かっけー!と思いました。脚本ももっと勉強して、やってみたくなりました。実は一緒に行ってくれたAちゃんは、まったく時代劇臭のしない人で、どうかしらと思いましたが、「面白かったね~!! また観たい」と言ってくれました。いつか彼女に、私の脚本の舞台も見せたいな。天国の母にも。
February 2, 2014
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