全4件 (4件中 1-4件目)
1
![]()
朝焼けに、ほんのり薄紅に染まった岩手山。今朝、当牧場のあたりは空気が冷えて澄みわたった。子牛の部屋に隣接しているミニパドックも、雪が解けてきた。うずうずしている彼女らのために戸をあけてやると、尻尾をあげてわれさきにと外へ出る。例年ならば、春が来るのは1か月くらい遅い当地だが、今年は早い。幾重にもめぐらした、あちこちの冬囲いを取り去り、パドックに杭を打ち、柵をめぐらし……。春のせわしさを、あらためて感じる。午後、天気は一転し、横なぐりの吹雪。しかし積もることもなく、雪は雫に変わって音をたてておちてくる。上着を一枚ぬいだ肩が軽い。
March 21, 2016
コメント(4)
本日、牧場主は午後からお出かけである。彼の同い年の友人の、娘さんの結婚式に招待されたのだ。彼女がまだ小学生の頃、当牧場にも遊びにきたことがある。折しも乾牧草の収穫時期。連れてきた弟は、畑のあちこちでせわしなく動き回る「ミニカーではないはたらくじどうしゃ」に夢中だ。その姿を追いかけて走る弟を必死に抱きかかえていた姿が、今も目に浮かぶ。それがもはや、花嫁である。レストランでのお式、披露宴。駐車スペースが限られるため、私が運転手を買ってでた。風は冷たいが、日差しは温い。「白いネクタイなんて、何年ぶりだ?」と、牧場主。親や親戚、近隣の人らを見送るのに、礼服には年に10回ほども袖を通してはいる。が、それは黒ネクタイでの参列だ。結婚式はどうやら彼の甥っ子以来のようで、十数年もたっている。親を送るのと同時に、友人の子らが家庭をもつような年になってきたのだと、車内で語り合った。会場につくと駐車場はすでにいっぱいで、礼装の人々がつぎつぎと車から降りてきていた。牧場主を降ろしたあと、ワーキング・ブーツ(平たく言うと、ゴム長)やら、本やら、のんびり買い物に回った。と、ケイタイにメールが入った。友人のAちゃんからである。彼女と、その娘さんのMちゃんと、ハーブの効能の勉強に行くことにしていて、その日程の調整をしていたのだ。私やAちゃんは、体調の曲がり角をふたつくらい通ってきている。疲れもとれにくい年齢にもなってきた。Mちゃんはまだまだこれからのひと。早いうちからちゃんといたわっていれば、私らくらいになったときも、少しは楽なのではなかと思うのだ。天然由来のもので、長くじっくりと体調をいい方向で維持できるようにしたいと思っての企画である。ハーブの先生は、以前エッセイサークルでご一緒していた方。気さくでハーブ以外にも、いろんなことに通じてらっしゃるので、楽しみである。本屋をでて、コンビニの駐車場に入ったときに、またメールが入った。友人のKちゃんである。彼女は、生まれ故郷の沿岸部に住んでいる。今日の新聞に彼女の子らと旦那さんが写っているという。さっそく店内に入り、新聞とカフェラテを買った。折しも昨日は3.11。県内各地で、鎮魂と復興にむけての行事が行われた。新聞には、その模様が写真とともに多数報じられていた。目を閉じ、じっと祈るひと。遠くを見つめるひと。たくさんのひとの、さまざまな表情が切り取られたなかに、その一枚はあった。夕闇に沈んだ広場に無数のグラスが並べられ、オレンジ色の暖かな炎が灯っている。そのなかに小さな女の子が座っていて、その光を指さしながら、隣にいる男性に笑顔で話しかけている。目元や笑った感じ、「〇〇に見せようと思って、持ってきたんだがあ」と、高校の教室で笑いかけてくれたKちゃんの面差しに重なる。そっくりだなあ思わずほおが緩んだ。私だけではないだろう。見たひとのきつく締めつけられた心をも、ふっと緩ませてくれるような、まっすぐな笑顔である。男性の前には、女の子よりもさらに小さな男の子がしゃがんで、じっと光の揺らぎをみている。故郷で、小さな子供をふたり育てながら毎日を生きている彼女を、思った。いろんな速度で、その人だけの時間軸によって、それぞれが生きている。それを奪ったり、傷めつけたりする権利は、誰にもない。たとえばそれが天災であっても、知恵を使って、視点を変えて、できうる対処をするのは、無理ではない。夕方、また会場へと向かった。あたりはもう、紫色に暮れかかってきている。牧場主の話によると、新婦は7月、ママになるという。ささやかでも、私にできることはきっとある。私でなければできないことも、ある。未来は、今日の小さなひとかけらが集まってできるのだ。
March 12, 2016
コメント(2)
本日、地元岩手の「アンサンブルこずかた」の定期演奏会こずかたLIVE2016~私のお気に入り、起・承・転・結~に行ってきました。こずかたライヴの声を聞くと、春に近づいてるんだなあとしみじみ。ここ数年、毎年楽しみにしています。結成22年の市民バンドによる、多様なジャンルの全18曲。数曲はヴォーカルもはいりますが、今年はそれプラス、社交ダンスのペアの方の踊りあり、が2曲。客席も一緒に唄う、四季の童謡のコーナーもあって、なんかこう、ふくらみのある立体的なステージでした。バンドでピアノを担当してらっしゃる方は、以前お世話になったエッセイ教室の先輩。とても多趣味な方で、いつも客席へのプレゼントを準備したり、演奏以外のところもばっちりサポートなさってまして。今回はえーっと、マカロンケースとかいうんだっけかな?マカロンの形した、ちょうど500円玉が3枚ほど入る小物入れを手作りして、3名様にプレゼントエッセイ教室でも作り方講習会があって、不格好ながら、私も自分で作ったのを持ってます。そしてしっかり、500円玉3枚を常備しています。おじさま主流のバンドならではの、「脂ののった演奏」による2時間。その中に、昨年から注目しているパーカッション&ドラムのお兄ちゃんがいて、これがまたよいのしっとりも激しくも、叩き分けて盛り上げマイクやスタンドの準備で、なーんか間があくとすったたん、すったたんと、MCのじゃまにもならず、ちょうどいい具合の音で、ステージのちいさな穴をうめる。パーカスならあたりまえ、かもしれないけど、そこを自然とできるか、できないかは大きいと思う。願わくば、このおばちゃんキリギリスのためにも、長くバンドにいてほしい人材ですな凍結路面で肩こっても、雪かきで筋肉痛になっても、こういう楽しみがあるから、春がくるって思うから、毎年、がんばれるんだよな
March 6, 2016
コメント(0)
![]()
昨年、ブログのお友達から送っていただいたアンサンブルの猫たち猫と音楽が好きな私にとっては、眺めているだけで癒されるものです。先日、お勤めしていたときの先輩から「よかったら聴きにきませんか」と誘われて、いわてフィルの定期演奏会に行ってきました。今回の目玉はなんといっても「第九」の合唱付きその先輩はコーラスで参加なさいました。合唱団とともに、ソプラノ、アルト、テノール、バスの岩手出身のソリストも迎えてのステージ。生で第九を聴くのは初めてでしたが、鳥肌がたちました。いわてフィルの演奏も素晴らしかったです。県民会館の座席に身を沈めて音のうねりやふくらみを堪能し、休み時間にふと一息ついたときに、最近まったく、自分から音を発することがなくなっていることに気づきました。歌うことも、楽器に触れることも、なくなっていた自分に。コンサートの後、その先輩と会う機会がありました。話し出した私の声を聞いて、「今日はなんだか声がかすれてるね。風邪?」と彼女。そう、歌うことが少なくなってから、声が低くなり、かすれてきたのです。使わないと、身体っていろんなところから衰えていくのだなあ、と実感しました。今は毎日少しずつ、歌ってのどを慣らしています。搾乳機械を洗うときに「銭形平次」とか野菜を刻みながら「不孝糖」のうたとか(木曜時代劇を観てるひとならわかるかな)パソコンをにらみつつ、「大地讃頌」とか(全パート網羅バージョン)うまい下手ぬきにしても、せっかく歌える声をもってるのに、錆びさせて、朽ちさせたらもったいないですもん。音に身をゆだねているときは、幸せです。
March 1, 2016
コメント(2)
全4件 (4件中 1-4件目)
1