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これは、ドイツ連邦国家機密に属するんだけど、公表しちゃうと、ヨーロッパ間のルフトハンザ航空ビジネスクラスは、エコノミー席に、こうやって座席の間にトレーが置いてあるだけなので、あまり乗ってもお得感がありません。但し、エコニミーと違って食事がでます。書道も大流行してます。店は閉まってました、多分、平日の午前中だからでしょう。とにかく、町をあげて、のん兵衛を増殖させましょうの空気が漂っています。服も、ドイツ人なのに、英語と、日本語で、のん兵衛を炙り出しています。足を口につっこまれて、まあまあ、屈辱的なのか、喜んでいるのか良くわからない状態になっています。何だか何をつかむにしても、掴み難そうな手なのが、ドイツ国民の難点というかティーフェ(深み)です。銅像を愛する国民性が垣間見えます。生きているわけでもないのに、硬い腕に柔らかい生け花を添えています。女性と死人には花が似合います、と今まで何度も私は書いたけれども、女性は生きていないのも含まれます。口から唾液を吹き出すのは仕方ないけれども、胸から肺液?が出るのを必死で止めようとしているヲトメの姿が健気です。マクドナルドの日本語が、結構町の雰囲気をしらけさせてくれます。ただの喫茶店も、このくらいの自己主張が必要とのことです。ヨオロッパの人は、タバコは高くてもニコ中毒なので、まだまだ吸っています。しかし、自動販売機はなかなか見かけることができません。トランプになり損ねました。男性が感心して見上げるほど、の、ものでは、ない、と思うんですけど。ただのマルです。ただの公衆電話です。障害者マークも、鉄線で作りこんでいます。ガッチリ歴史ある教会の壁に打ち込んでいます。子供を肩車させているのはいいのですが、その子供は建物を支えています。ディスイズ丁度クサイみたい。お土産にこの建物かって帰りました。飛行機に乗せるのも大変でしたが、包むのも大変でした。 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.31
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世界中を旅行するのも飽きてきた(というのは嘘)なので、キッチュ世界旅行をすることとなった。まずはチンタオビールで乾杯しながらである、ルーブル美術館は後で行くことにして、GOである。アジアといいながら、いきなり地球とエッフェル塔でよろしくぽんち。いきなり、インドからいってよろしいでしょうか。インドのお札にも出てくる三獅子です。ミロのビーナスや酒ダルを適当にやり過ごして、GO中国門を抜けると、そこはアジアだった。まあ、後ろには原寸大3分の1のエッフェル塔があるのは愛嬌。パスポートをくれるので、順番にパスポートに、入国していって各国の入国スタンプを押していくという地道な作業である。イライラでカップルの仲も荒れていくとう感じである。これはなんだったか忘れました。まずは、タイランド、バンコクの王宮である。私もバンコクには20回ぐらい行ったことがるが、それに応じて王宮にも1度行ったことがある。確か、6,7回目ぐらいに、初めて行ったという按配である。脇道は50回ぐらい通ったかな。近くのタマサート大学(日本の東大)にも学食食いに何度も行った感じでよろしく。心なしか、人が小さく見えてしまうのですね。遠方から撮影したからかもしれません。インドネシアのボロブドゥール寺院です。近くにボロブドゥール村があって、椰子の木に囲まれた落ち着く村だったんだよねえ。あの椰子の木の深山の奥に忽然と現れるのが良かったんだよねえ。この3年以内に行くと決めたカンボジアのアンコールワットです。先に来てしまいました。(注;すぐにカンボジアには行ったが、アンコールワットは10年後に行った)今回のギザのピラミッドもそうだけど、巨大遺跡に徐々に、近づいていくというシュチュエーションが素敵なんですよ。早起きして見に行くつもりです。ちょっと野暮用があり、日本に帰ってきた次第です。おかめですか?桂離宮にこいのぼりもシュールです。日本庭園が中国庭園に見えるのもきっときのせい。遅起きしてでも見に行くつもりです。何を隠そう、京都桂離宮はまだ行ったことがなかったのです。すみません。いつか取材し、日本の美を世界に知らしめます。白いハリボテと思ったんですが、日本の最高峰でした。それより高いビルも存在します。何度見ても素晴らしい形です。国家機密なんですけど、富士山の中は空洞であり、シアターが入ってます。中国政府は忠実に再現してます。インドは悪名高き観光ガイドが多数存在するタージマハルです。5分ほど見学すると、割と飽きるところでした。でも寝そべるとなかなか気持ちいいです。歴史の中にいる感じがします。巨人女性が写真を撮っていますが、愛嬌です。愛嬌だらけです。場所は変わってオセアニアです。実は諸事情(興味や経済的なことで)まだ行ってませんでした。オペラハウスでペラペーラです。少しだけ、行く気になってきました。ここまで歩いてくると、まあまあ疲れてきますが、まだヨーロッパにアフリカに北米南米があります。アボリジニです。巨大イモムシ食いたくなりました。エアーズロック、ウルルの一枚岩です。これは行ってみたいものです。アリススプリングは大陸中央にあります。エアーズロックからエッフェル塔が見えるのは、現代風です。英語で言えば、ナウいです。今回連れて行った彼女を一応紹介しておきます。名は、チュンチュンです。ボクは、恥ずかしいので顔隠して帽子隠さずでした。 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.30
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寝屋川市、それは、何を隠そう、結構貧乏な市である。インタビュアートイモイ博士(以下「イト博」と呼ぶ)「ヤンキーだ」店の主(出てきて)「ああ、すごいやろ、この人形。モデルはわしなんやで。今まで何度もテレビ出たけど、この前のナニコレ珍ナンチャラって番組の反響が凄くてなあ。明日の、ほらなんていう山瀬まみのでとるブロードキャスターとかいうのにも、明日出るんや。さっき取材来てたで。そうはいうても、毎日、掃除したり、しょっちゅう髪の毛カット屋で散髪せなあかんから大変やで。今なんか夏や炉、みんな触っていくから、指のあとが頬に残るんやで」イト博「凄いですねえ。以前、私も、隣駅に住んでまして、ここのこと知ってたんですよ」店の主「なんでも、オリンピックの柔道で、イシイ選手ゆうのが金メダルとってんてなあ。それで、昨日、何かテレビ局で石井選手について何か企画ないか、会議してて、アイデアないなあゆうてたら、テレビで、ちょうどこの店が出てきて、一同、これや、ゆうことになって、急遽、今日、東京から新幹線ぶっとばしてロケ班がやってきたんや。明日是非見てくださいいわれたけど、わし10時なんかもう寝取るわゆうといたわ」イト博「売り上げは上がりましたか?」追記:日本に帰ってきたら、何だか、私の別荘が傾いてました。店の主「ちょっとは、売り上げあがっとるとjは思うけどな。また買いにきてな、にいちゃん」店の主は、店内に戻るときに私に言った「あ、そうそう、オレ、10時にはねとるから、君、代わりに見といてくれるか?」
2008.08.29
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墜落事故を起こしたスパンエアの親会社はスカンジナビア航空だ。スパンエアは、昨年のエアライン安全度でベスト10に入っていたというのにである。デンマークは2回目であった。空港ははじめてではある。前回は、スゥエーデンより列車でやってきたのだ。急に定住アジア人の割合が増えるのを感じた。まあ、そういうことはおいといて、短くも美しく萌えのトイモイ氏の今回の目的ミュージアムは3箇所である。何せ、私は、博物館ギークであるから出国前から、コペン中の博物館はチェックしていたのである。労働者ムージアムである。空港から市内までわずか8キロという便利さであり、20分程度あれば、行けてしまう便利さである。私はこの旅行を通じて、久しぶりに夢をみた。私はPTになりたい。PTは金と知り合いが必要だ。PTとは、パーマネントトラベラー(永遠の浮遊者、富裕者)である。家(拠点)を構える場所、税金を払う場所、仕事をする場所、保養に行く場所、資産運用(資産保持)をする場所であり、だぶってもかまわない。そのための準備といったら、どうすれあいいのだ。 私が、勝手に隠れた名スポットであると認定したのは、デンマークの労働運動の高まりに関心を寄せたわけでは決してないのだが、ジオラマがあるからその人形を撮るためであったが、すでに午後4時をもって閉館。涙を飲み、次回に託すのである。勿論、マダムタッソー蝋人形館もあるのだが、残念ながら、これはチボリ公園の中にあるので、今回はパスだ。前回は冬なので夏まで閉館中であった。続いて、信じる?信じない?ムージアムである。これはチェーン店でもあり、世界各国にある見世物興行である。たくさんのフリークス人形があり、おおよそヨオロッパとかけ離れたキッチュさではあるが、それもまたよい。と思いきや、エロチカムージアムで時間をとりすぎ、また値段も高くて、デンマーククローネも底をつきかけ、飛行機に間に合わなくなる時間帯が迫りつつあったので、涙を飲んで、次回どこかの都市でということにした。 デンマークは、イギリスと並び、ユーロを拒否した国である(まあ、結構、そのまま使える場所も多いけど)。そういう事情は別に鑑みていないが、早くもデンマークは終りである。勿論、世界三大ガッカシに必ずあげられるコペンハーゲンの人魚は今回も見学することはなかった。しかし、何を3大ガックシにいれるかは議論の余地がるとして他のブリュッセルの小便小僧、昔の小さいときのシンガポールのマーライオンは不覚にも見学してしまっているのである。そんな後悔をしないように、今回もパスである。ちなみに、世界的に有名で教科書にも出てきたチコブラーエはデンマーク人であるが、デンマーク読みチェコブラハであり、なんだか、チェコのプラハみたいな感じである。そして、都市名があるように、ロイヤリコペンハーゲンのメッカではあるが、まあ、陶器については一般知識以外に何もない私ではある。 あと、前回は行ったのだが、カールスバーグ工場である。最高である。ビール飲み放題である。(勿論、アムステルダのハイネケン工場にも行って、飲み放題を堪能したのは、いうまでもない) これで、コペンの紹介を終わります。しかし、首都コペンハーゲンって、ドイツにくっついた国土のほとんどを占める半島にあるわけではなく、島にあって、スエーデンの対岸の町のほうが他の国内より近かったりするのが不思議だね。空港も島の先の島にあるんであった。それにしても、町中、カコイイ美女美男子が歩いている町でもあるのであった。 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.28
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悪口もいいたくなるよね、けどね、でもね、きっと中国はいい国なのに、心無い銀行に偽札つかまされて。それも、国の玄関だぜ・・・アメリカでは農業人口は5パーセントもいないのに、食料を輸出しながらも、農民人口が80パーセント(農村戸籍)もいる某国が何故、食料輸入国なんですか?何で、田畑に農道がないんですか?あ、トラクターない?一代限りのハイブリッド種は、いっぱい食糧生産できるからね・・・でも、毎年、種モミをアメリカなどから輸入しないといけないんだよね?自分の土地じゃないから、農薬かけ放題だよね?来年のことなんか知ったこっちゃないよね?一人っ子政策・・・、って、子供の男女比が、2対1の国どーこだ。この不自然さ、間引いてるよね、けどね、外に嫁いじゃう、女、必要ないって?今でも、信用できる人口統計のない国ってどこかねえ~?それじゃあ、計画経済とか共産とか何だかな~。億単位の誤差は誤差ではないんでしょうなあ。医療、教育、福祉が無料なはずないよね、でも年金制度もないよね、エライヒトだけだよね。能力より血縁だよね。血縁以外は泥棒と思ってるよね?医療ただなにに、なんだか、薬屋多いな~某国、どして?あんときSARSは国家の一大事でしたわね。国家の一大事、無料で疑いのある人全員隔離!え、ただの風邪だった?嗚呼~、金払いなー。あー、SARSだったらよかったあ・・・・なんてね後悔するどころか破産する人続出なんて、きっと噂だよね。ニポンジンが定価販売したら、日貨排斥運動されちゃった歴史があったりしてね、怖いね、なんでかね。定価や平等なんて概念もないよね、共産主義だからね。きっとね。お休みの日も軍服着てたら、映画館や乗り物がただの国ってあったっけ?何か、やっぱり軍服多いね、仕事じゃなさそうだけど・・・でもね、最近では一人っ子政策で、あんまり、軍隊にいかせたくないよね、え、徴兵制だよね、でもね、建前だよね。飛行機の燃料、訓練中あまり積んでないよね、積みすぎたら、台湾いけちゃうよね、あ、ちがう?発展すごいねえ。でも何百億ドルという金が海外に持ち逃げされてるってホントかい?公平な競争がほしいわ。誰も信じてないよね、インチキ国家。何だかんだいって、スターリンと、チンギスハンと、某タクトウは、結局1000万人以上殺しちゃったよね。ごめんね、ごめんね、何だか、偽札つかまされたからさ、ちょっとむしゃくしゃしてたんだよね。 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.27
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性格的にかどうかは、分からないのだが、くよくよするときは思いっきりクヨクヨしなよ、という竹を割ったような性格のためか、偽札をつかまされたために、あと500円も元がない状態であった。 今晩は、飯抜きで、明日の香港までの交通費を残しつつ、素早く寝るというナイスプランもあったのであるが、バブル経済には負けたのである。ビールの大きな看板に意思に反して吸い込まれたのであった。そこは、ビール会社がブースを設けて骨肉の争いを繰り広げられる模擬会場であり、舞台ではバブルマネーに吸い寄せられた欧米のショーチームやマジシャンチームが踊りまくるのである。それが、思いのほか、面白いのである。はじめは遠慮がちに、一番後ろに座っていたのであるが、気がつけば、意思に反して一番前に座っているのであった。ピッチャーで飲んでビールが100円、敏では50円ぐらいであり、所持金500円というのに、私も酔っ払いのバブル状態に落ち込みそうなのであった。ビール売りのねえさんやねえさんじゃない人がビールの売り込みに順調に拒否することなく、答え、勝手にすきっ腹で2リットル、3リットルと1瓶600CCの瓶は空いていってしまうのであった。これ以上飲むと、前後不覚になるというより、財布を覗くと、わっ、20円ぐらいしかない、と気がつき、わっ、この会場に入ってからもう4時間も過ぎており、零時越してるやないかと気がつき、退散したのであった。勿論、歩いて帰るしか帰れないのである。 一旦、ホテルの部屋に戻ったもののやっぱり腹が減り、日本円に関して100円ぐらいとなり、我慢できずに、ホテルのフロントに行き、両替をし、偽札を出して、これはやっぱり偽札かよおといい、フロントの人々と、だまされたんだ場かだなあ、ワッハハハと笑いあい、ホテル裏の路地に行き、焼き飯と魚と、ビールを更に飲んだという按配であった。調子に乗りすぎたが、明日の朝もやっぱりやってくるので、起きなければならないのである。真面目しか取り柄のない普通に人間がやってしまう夜であった・・・ 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.26
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21時40分ミュンヘンを出発し、すっかり、中国人と間違われている私は、言葉が分からない状態で、香港人フライトアテンダントの方にようやく英語で話しかけられ、食事の時間となったのだが、疲れは120パーセント程度溜まっており、アペタイザーしたところまでは覚えているのだが、次、意識を取り戻すと、機内が真っ暗になっており、私のテーブルにも、すべてのものが無くなっており、ただ白いテーブルクロスだけが虚しく敷かれていた。どうやら、食事中に意識を失ったようだ。 翌日15時10分、香港空港に到着したときも、何故だか、電子機器の禁止はなく、着陸した瞬間にもまだ、私はカンフーパンダを見ていた。あともう少しで終りだったので、あと30分ぐらい飛んでいて欲しかったものだ。香港に着いたのではあるが、香港に入国しなくても、そのまま、フェリーターミナルに行くと、マカオや中国に行けるのだ。入国手続きコースを離れ、フェリーと書かれた方向へ歩いていくと、チケット売り場だ。チケットを買うときに、荷物を聞かれ、ないと答えた。何を隠そう、私は、機内持ち込みを基本とするのである。それでないと、この前のバーミンガムのときのように、乗り継ぎで私は走ったに、荷物は乗り遅れるのである。 荷物のある人は、荷物タグを預かり、係員が荷物を取りに行ってくれるらしいのだ。やたら不安なサービスだ。荷物を取りにいってもらう必要のない私は、15時半のフェリーに乗ることができたのであった。 移動バスで、空港の端っこまで連れて行かれ、船に乗り込み、1時間弱で、中国はシンセンの蛇口港に到着。船を下りると、不思議なことに、百人はいる乗客の中で荷物待ちがないのは、私だけであり、一人、イミグレに向かうのだが、その前に銀行に行き、とりあえず4000円を両替する。何故か、領収証をくれなかったので、ちょっと不思議な気もしたが、やたら気の弱そうな女の子一人で銀行窓口に入っていたので、まあ、いいかとイミグレに進む。入国も即効で終了し、タクシーに乗り、10キロ程先のホテルに進む。街中は、さすがに経済特別区、まったく中国とは思えず、バブル爆発で、高層建築ラッシュ。 タクシーを降りるときに、100元を渡すと、受け取り拒否された。何故だか良くわからなかったが、いろいろ交渉して、結局香港ドルで支払った。そのときは分からなかったのだが、次での支払いまで拒否され、筆談で何故か聞くと、英語でFAKEと書かれた!や、やられたー。ぎ、銀行ちゃうううんけ~! 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.25
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ピラミッドは世界的な観光地なゆえに、私は世界の客引き、世界の乱暴な客引き、世界に冠たるツワモノの客引きを跳ね除け、無事、ラクダにも馬にも乗らず、全部振り切り、無事、ピラミッド敷地内に入ったのである。安心安全安堵したのは私の間違いであった。何せ、すっかり、エジプトが世界でも珍しく、旅行業者がイミグレ入国前に客引きに来る国だということをすっかり忘れていた。つまり、敷地内にもまだまだ自称ガイドがウヨウヨしていたのである。 スルドイ目つきと思われたラクダにのった警備員も、結構気さくに、写真撮りましょうか、ラクダに乗っている勇姿を撮って下さいと、なかなかのフレンドリーカインドリーだった。しかしながら、ミレニアムに当地を訪問したハルジ氏の指摘の通り、どう考えても上ることは、その監視員の目により、ピラミッドニスルスル登頂することは、不可能であることを悟った。もとより、巨大な石のために、この暑さでは、普段、体を鍛えていないので無理というか転落するのであり、夜に忍び込むというのも、見つかったら銃で射殺されてしまいそうなので、0.1秒程度で諦めるに至ったのであった。数年前のテロ以降何となく厳しくなったのかもしれない。エジプトはなかなかの軍事大国でもあるのだ。なんてイージーな夢だったんだ。なんてイージーに夢破れたりなんだ。 すっかり意気込んで、早朝からピラミッドにやってきたというのに、内部にも入るチャンスをみすみす逃してすっかり意気消沈しながらも、気を取り直しつつ、朝日の直射日光を浴びつつ、ピラミッドの麓を歩く。ぞくぞくと、表チケット売り場からは人が入ってくるのである。 それにしても、ラクダに乗るかい?記念写真を撮るかい?という商売人の誘いには無視を決め込んでいたのだが、暑さにも随分やられ、昨晩は機内で3時間程度しか寝ていない(ヨーロッパより4時間)こともあり、少し朦朧としてきたので、ピラミッドの日陰で休んでいると、またラクダ乗り商売人がやってきたので、無視していたら、違う違う、俺を撮ってくれというので、1枚撮ってみると、ラクダを降り、どんなの見せてよ、と興味深そうに(ミソ)やってきたので、見せると、そのまま、どれどれとデジカメを取られ、よしよし、君も無料で写してあげようというので、そいつはいいよ、といったところで、押し問答していると、その男は暴力的にも、急に私に抱きつき、すごい勢いで持ち上げられ、ラクダの上に放り投げられた。げえ、なんて細身の体でスゲエ力なんだ、と不意にも感心さえしてしまったぐらいだ。すぐさま降りればよかったのだが、その勢いで、ジーンズは無事だが、中のパンツが破れてたじろいだのである。パ、パンツ破けたあ!と叫ぶその2,3秒のたじろぎの中で、ラクダは立ち上がってしまった。ラクダはノホホンとした顔の割に気性が荒い。インドで1週間ラクダを運転した私は、これは、なかなかヤバイ状況にはいってきたぞ、もめるのは必死だ。仕方ないなと思いつつあった。 その間に写真を2,3枚撮られたものの、すかさず、私が、ジジジとラクダを座らせると、商売人はびびった、こいつラクダを操作できるのか、と。そして私はすかさず、仕方ないのでチップ20円を出した。彼は烈火のごとく怒ると思ったが、なんと、とぼけて、あれれ、コレ偽札だよ、と言い出した。え、私も不意をつかれた。彼は、ちょっと、他のもみせてみなというと、私のもっていた100ポンド(2000円)をひったくた。ああ、こらこら、それはあかんよ、といったのだが、だんだんお互いの目は喧嘩の真剣な目となり始めた。私は社会人となてからは、チップ制度を楽しみつつあるのだが、こういう悪徳商人にはやはり、まいっかではなく、戦いたい。お互いの100ポンドを引っ張り合いしたのだが、こういうときは、もはや、お金が千切れてもこいつには渡さないとう意気込みで、今から破いてやると息巻いた瞬間に手が滑り、彼にとられた。返せシュプレヒコールを繰り返し、私の激怒振りにたじろぎ、なにやらお土産の石を3つだしてきて、「これは君、奥さん、子供へのお土産」と手渡してきたが、ふざけんな!とその石を地面に叩きつけると、彼の顔は引きつり、ラクダに乗って逃げていった。乗るのを阻止しようとしたが、失敗。ラクダはすごい速さで逃げていったのであった。やられちまった、パンツも破れたという敗北感で、その場に立ち尽くすの心であった。 悠久の歴史と現在の俗悪は、観光地のセットという世の常である。教訓、ぼったくられたりだまされたくしたくなければ、有名観光地に行くな!(まだまだ写真があるので、続く。またいつか) 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.24
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そうだ、1日限定先着順100名までピラミッドの中に入ろう、今から行って切符売り場に並ぼう、そう思った朝の5時。 イメージとは勝手なものである。カイロの市外が終り、砂漠が始まり、その砂漠の先にピラミッドがあり、その奥に市内をうねってきたナイル川が流れている、そう思っていた。多分何かの写真で、砂漠に建つピラミッドの後ろの風景に都市が写っていたからそうおもっていたのであろう。 あの都市はギザだったのである。出発前にヤフオクで落札したエジプトのガイドブックをエジプトに来て初めて開いた。カイロからギザまで15キロ程度離れており、タクシーやバスで行かなければならないということが分かった。地下鉄でギザ駅まで行き、そこからバスやタクシーでも行け、市内の渋滞を緩和するにはお勧めとも書かれており、それでは、と何故か渋滞もしていないのに、地図を見ると、少し歩くと、地下鉄の駅があったので、歩いていった。よくわからないのだが、とにかく、料金は1ポンド(20円)なのである。私はうっかり100ポンド渡しておつり99ポンドもらうところを駅員もうっかり10ポンドと思い、9ポンドのおつりをもらっていたということに気が付いたのは、地下鉄に乗ってからであった。 とにかく、教訓は分かっていた。世界最大級の観光地であるから、世界最大級のワル(ボッタクリ)がそろっているはずだ。今までの旅行の中で最大に人が悪かったのはタージマハルにあるアグラであった。あのひつこい客引きやボッタクリを難なく、ブチ切れながらやり過ごしたことを思い出しながら、とにかく、注意に注意を重ねることとした。 地下鉄ギザ駅を降り、とにかく、まだ日も昇りかけた頃なので、ピラミッド通りに出て、まっすぐ暫く歩いてドンつまりのところが入り口だということが分かったので、歩き始める。が、しかし、20分、30分歩いても全然着かないのである。あの電信棒まで、なんて君原選手のような状態になってきて、入場8時まであと1時間となってきたので、走っているタクシーを呼び止めた。 早速、やはり、攻撃である、キャメルがなんだの、英語もできないのに、うるさい。知っている日本語は山本山だけで、(後から分かったが全員が全員、こんにちはヤマモトヤマと叫ぶのだ)そのあたりは、適当に無視して、とにかく、入り口に向かってくれというのみであった。 信号待ちすると、目ざとく、客引きが寄ってきて、勝手に後部座席に乗ってくる始末である。なんだかピラミッドに近づくと、道端に多くの人間がタクシーを見ているのである。 またもや、オレはこいつを乗せてもいいなんていってないぞと運転手にいったところで無視するわ、もうこうなったら、降りてやると思っても、その後、信号もなく止まらないし、左折するので、とにかくまっすぐ行けといっても無視するので、陽気な運転手と客引きに不機嫌な私といった、まあ、考えればよくある光景になりつつあった。 ラクダや馬がわんさかと増える通りに入り、もはやラクダと人とタクシーで、ノロノロ運転を始め、到着し、即効でいろいろ説明をされはじめる。無視したり、帰ろうとするたびに、ツアー単価はどんどん下がり、当初の1万円が1800円入場料込みとなった。それでも、8時オープンまでまだ時間はあり、先着100人に並ばなければと思いながら、結局5分程度押し問答して、無視して歩き出すと、入り口と反対側に歩き出す私を、何だか哀れんで、入場はこっちだ、と諦めたキャメルツアー男は親切にも、教えてくれた。入り口は、タクシーを降りたところから50メートルも離れておらず、目の前にスフィンクスがいた。ということは、何だかすっかり日本では有名になった、スフィンクスは何を見ているか、ケンタッキーフライドチキン1F・ピザハット(2,3F)を見ているというトリビアの泉か何だかを思い出し、ふと、後ろを見るとケンタがあった。そうか、ケンタの前にチケット売り場があったのか、しかし、誰も並んでないぞ、どうなってるんだ、時間まだ7時50分だぞ、でももう入れるし、じゃあ、チケット買うかと入場料1000円を払い、どこかで並ぶのかと思いきやあさり入場。最近の調査によると、スフィンクスは、ピラミッドより昔に作られたようである。中に空洞も発見されている。 塀で囲まれており、監視員もガンガンメンチを切っており、勝手に入ったり夜に忍び込んで、朝日をピラミッドのテッペンで迎えるののは無理だということが分かった。 もしかして、ガイドブックには8時からと書いて歩けど、夏場は7時半でみんな、入っちゃったのかなと思って、スフィンクスを見る。入場者もほとんどおらず、広い敷地に、遠く数人が歩いているのが見えるだけだ。 有名な3つのピラミッドの最大のクフ王のものにたどり着くにはかなりあるかなければならない。しかし、その大きさには、遠くから見ても、正直、多少のことでは驚かない私でも、多少驚いた。何より、昔、インドネシアのボロブドゥールで思ったように、徐々に建物の近づいていくという楽しさがあった。同時にしつこい客引きはいない。 しかし、気がついたのであった。クフ王の横に正式なエントランスがあり、そこから大量の人々が入場してくる姿を見たのである。私の後にも、入ってくる人が、チケットを見せて、ピラミッドの中に入っていくのである。 しまった。サブエントランスから入ってきてしまったのだ、と気がつくのに0.5秒であった。くそう、悪徳商人に裏口に案内されてしまったため、内部に入るチャンスを失った。教訓は、公共機関でピラミッドへ行け!ということであった。(さらに続く) 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.23
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もう香港やバンコクまで来たら帰ってきたという感じである。中国シンセンより、香港に入り、おもむろに、私はモンコック駅c-4出口を降りたのである。何より、香港は飯を食うところであり、それ以下でもそれ以上でもあるかも知れない。 今回は、偶然にも、台湾高雄で閉店時間を過ぎて行きそびれたレストランが遂に国境を越えて香港に進出したということを日本出獄2日前に知り、是非行ってみることにしたのである。目的地のレストランはどこや、その前にどっちが北や、どうなんや、というと、すぐ後ろの建物の3階に目的のレストランはあった。レストランは、14時を超えたということで、空いてはいたが、それも、一時のハザマであり、すすに満席となった。お客さんは、若者カップル、親子、女ベックと世界中どこにいっても、おじさんや青年ベック、シブイ青年というのは、影が薄く、カッコいい男一人連れというのは、私以外に何度数えてももう一人だけであった。そいつは変な奴やなと思ったぐらいだから、私も第三者的に見られると、奇異だったかも知れないが、そこはアンディラウ張りのハンサム度で誤魔化すしかないのである。でもいくらハンサムでも、座席は便器なのである。メニューを受け取り、検討に検討を重ねるのだが、どうも、アイスクリームを食べたたい気分になるアナタは変。結局、私は、エグく、カレー味鍋を注文、色がなんとも言えず、下痢気味であるあかりか、器が便器。てか、量が多いんですけど、てか、カレー味のウンコとウンコ味のカレードットが好きですかという質問は究極の質問ではない。よくよく考えれば99パーセントの人は、カレー味のウンコを食べる。ウンコ味のカレーってそれもウンコじゃん。その点、カレー味のウンコはそれ、実はウンコですよ、って言われないとウンコって気が付かないじゃん。横浜弁じゃん。 ただの飾りなのに、私は不覚にも、それを押してトイレに行こうとした。それはハリボテです。奥に部屋はありません。壁には、とぐろのうんちだが、とぐろうんちは、今まで一度しかみたことがないが、それは絶対、お尻をローリングさせなければ、作ることができない。と思う。台湾人のこの若きこのオーナー、新聞記事では、このレストランの発案の根源はドクタースランプあられちゃんであると語っていた。第一話をリアルタイムで少年ジャンプで読んだ私は、まあまあ、感慨深いものがあったのであった。後ろの席の女に子2人ベックもキャキャいいながら便器割ってました。何でもいいけど、量が多すぎる。全部食べることができないので、食後のアイスは厳しいのである。じゃあ、ジュース飲むかと思っても、男性小便器に入っており、飲む奴の気が計り知れない。親子も多いのだが、新聞によると、ご飯ここで食べなければ、学校でハミゴになるので、こぞってやってくるということであった。母親も、涙である。行儀の悪い私でも、さすがにエグゼクティブなので、席では小便しない。うんちペンダント照明器具や便器壁式照明器具を無視して、マカオに今から向かう。香港滞在時間は1時間半ぐらいである。 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.22
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何を隠そう、ヨオロッパは人形の宝庫である。ヨーロッパ3大エロムージアムは、アムステルダムとコペンハーゲンとベルリンにある。真面目だけが取り柄の何でも研究家トイモイ博士は当然、既に、前世紀に3つとも訪問済みではある。アムスについては昨年アップ済みではあるが、今回は、デンマーク編である。とにかく、楽天日記編集部及び監視部様、これは学術的研究ゆえ、削除はしないよう、よろしくお願いします。瀟洒な歴史あるエロティカは、観光客が多く歩く歩行者天国のど真ん中にそれは存在するのである。(それは、アムスもベルリンも同じで、大変学術的なミュージアムであり、恋人同士、女ベック、家族などがわんさかと入場し、むしろ、男一人というほうが珍しいほどであり、まるで、私はエロ人間のように見えてしまうほど、チョトダケ恥ずかしいのである)チケット売り場も、明らかにバイトの若い女の子で、結構、高いのである。というかさすが物価高、おにいさん、それはユーロの価格ですよ、デンマーククローネならもっとちょうだあーう、うっふーんではないが、真面目に言われるのであった。恐ろしく予算オーバー程度にである。流石に2回目といっても、まったく、1点として、覚えてもいなかったし、場所も覚えていなかったという状況であった。やはり10年ぐらいたつと、私の驚異的記憶力も、夢、夢のあとである。研究でじっくり調査し尽くしたい私ではあるが、時間もアレなので、どんどん先に進むのである。ま。何となく、そいつが曲がっていて、弱弱しく、シブイ顔しても説得力のかけらもないのが、悲しい男の性です。さすが、なんとなくヨーロッパ淑女にダンディ貴族気取りなんだか、パーマしてなくなくなーい?欧米の家庭ってさ、なんだか家族の肖像写真って好きじゃん?何かそんな感じで額入り写真ばっかりじゃん。横浜弁じゃん。 権力を行使してセクスハラスメントするパワーハラスメントは昔からあったんだよね。そういや、黒人奴隷を弄ぶ白人おっさんの鬼畜ぶりを思い出してしまいましたわ。どっちかというと、バーでエロチカな光景を繰り返す方が好ましいと思います。乞食の障害者同士のセクス光景が展開してました。結構実際見たことはありませんが、カナシズムが漂っています。ムシロの下で、電動で腰が無理に動いているのが、なんとなくクリスタルです。今の君は、ぴかぴかに光って~って古い?カメラの宣伝に出てた頃、ぼかあ、中学生でした。そのような、オブジェっていうのですか、失笑かってだいたい終わります。いつもテイソータイについて思うのですが、ホント、不衛生ですよね。でも中世のヨオロッパは道に糞尿を捨ててたぐらいだから、テーソータイに糞尿がついても知れてるのかな。まあ、道端の糞尿を避けるためにハイヒールができたという歴史を我々は忘れる分けにはいくまい・・・・。おれ、今から、ピラミッド見に行くんだよ、なんだか、盛り上がってきたジャン、テンション、チョトダケ、アーップ。大味は好きですか?ハルジさん。ミクムキショーを見ながら、バイブをじかに触れるという仕組みで、女の子たちが笑いながら触ってました。なんだかとっても健康的で、楽しそうでした。うらやましくはないですが、そこに恥の文化はありませんでした。マリリンの部屋もあります。勉強になります。プレイボーイの部屋もあります。勉強になります。 男が半分ぐらいある部屋もあります。勉強にはなりません。ヨオロッパの文化といえば、SMです。しかし、ヨオロッパと日本のSMコンセプトは違うのです、日本はやっぱり縄です。ヨオロッパはムチです。それは、子供時代に結構、尻を教育でスパンキングされるからだったりして。そういや、社会契約論やエミールの著書がある思想家ルソーも告白で、子供の頃、尻を叩かれているうちにだんだんキムチよくなってきたと、正直に告白しておった。お土産売り場です、結構、誰も買ってません。ご清聴ご観覧ありがとうございました。私を含め、誰も熱心に見ていないところが学術的なんだよねえ。今頃自主規制しても、あ、遅い?とにかく、学術的に非常に価値のあるものでした。勉強になりました。 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.21
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昨日の続きでもないのだが、タクシーは、順調にカイロ第2ターミナルに乗りつけたとき(用意周到および自意識過剰および自分を常に第三者でみる習性を兼ね備えた私は、前日に、乗るべきドイツルフトハンザ飛行機が1タミか2タミかネットカフェにてチェック済であった。ついでにヤフオクのチェックはしなかった。なぜなら出展してないからだ。そのついでにトイモイワールド日記はチェックした。料金は30分2.5エジプトポンドである。日本円にして50円という大金ではあった)前置きが、長すぎたのでもう一回繰り返すと、タクシーが、順調にカイロ第2ターミナルに乗りつけたとき、寝坊したのでおもいっきり飛ばせとタクシーあんちゃんへのお礼としてボールペン3本をプレゼントして(てか今回家にあった使いさしボールペンやホテルパチリボールペンを10本程度用意し、何かと交渉のプラスアルファとして活躍させたのである。なんて、オレは用意周到なんだ、さすがに自意識過剰および自分を常に第三者でみる習性を兼ね備えているだけあると感慨深く思うのである)前置きが、長すぎたのでもう一回繰り返すと、タクシーが、順調にカイロ第2ターミナルに乗りつけたとき、隣のタクシーから降りてきたのが、なんと、ロバートベッカムだったのである。長身にすらりとした体にスーツが似合うハンサムボーイであった。なかなかかっこいい奴だなと思ってしまったほどである。 そして、そのことはすっかり忘れて、30分も逆戻りタイムスリップを全然楽しまなかった後は(何せ、30分人生得したといっても、飛行機をただただ、ゲート前でぼーっと待っているだけだったのだから)、順調に飛行機に乗り込むと、なんと、隣席は、かのベッカム君だったのである。 ベッカム君は、少し几帳面に、じぇらるみんケースのような硬いスーツケースをーバーヘッドビンに押し上げ、長い足をシートわきに置いた。彼はアイルで私はウインドウサイドである。彼は、一流運動選手のしぐさのごとく、即、練る体制に入り、約40秒ぐらいで誰にも声をかけられたくないという状態に入った。そのとき、不意に彼は革靴を脱いだのであった。私も、地上では常にスーパー草履(どちらかというと、バンコクで購入した1000円という大変リーズナブルな価格のホンマモンの偽物ベルケンシュトックなのだが、空港では一流のまねをするので革靴なのであるが、何せ足が蒸れるので素足にスーパー使い捨てスリッパ持参である)なのだが、彼は、スーパー使い捨てスリッパも持っていないようで、靴下のままである。さすが、世界のスーパースター、靴下には穴が開いていなかったのである。しかしである、何故か、革靴を脱いでも彼は、サッカースパイクではなかったのである。何となく怪しいと私は感じ始めつつあった。第一、 彼は、何十億ドルか知らんけど、それでアメリカのサッカーチームに移籍したのではなかったか。エジプトに商用みたいなのに来るはずないじゃん。 そのとき、離陸前の飲み物が配られ始め、は私は、早朝にもかかわらず、例によって、シャンペンを順調にもらったが、彼は水をもらった。おう、アルコールではなく、スポーツマンらしいじゃん、と思ったが、彼は、支給してくれたフライトアテンダントの方に、下町英語のコックニーでなく、ドイツ語で彼女に何か話し始め、ちょと笑いあったのであった。そうか、ベッカムはドイツ語が話せるんだ、と思慮深い私が思うはずがない。ヨーロッパ人というもの、たいてい2,3ヶ国語は話せるのであるが、生意気にも、イギリス人だけは、英語しかだめだめ駄~目という輩が多いのである。コックニー喋る奴が、ドイツ語やフランス語喋るかいうと、ちょっと私のは、よくわからなかったのであるが、彼のドイツ語は、まさしくドイツ語であり、私が、唯一、ドイツ人に向かってしゃべったことがあるドイツ語、イッヒ、カン、ドイチェ ニヒト シュペレッヘン(わしはドイツ語が喋れまへん)よりは5万倍はドイツ語が話せ思わず、こいつはゲルマン人ちゃうかと思ったぐらいである。まあ、朝の5時なので、アルコールを所望したのは、私ぐらいであると気が付くまで、3秒ぐらいかかったのであるが、まあ、それは些細な出来事である。何を隠そう、私はドイツ語を5年間も学んだ実績を持つので本当はペラペーラなのである。アホな同級生大学生は早々に2年でドイツ語を切り上げるのであるが、それは、浅はかというものである。アウフヘーベン(止揚)の理解さえできないほどである。俺は感動したというのにである。 ちなみに、何せ、私は、ハワイに行くとき、機内で唯一ネクタイをしていたほどの真面目な好人物でもある。理由は、行き先をちょろまかして、正直にホワイトボードにハワイ、直帰と書いておけばいいものの、市内直帰と嘘を付いて夕方空港に向かい、そのまま夜の飛行機に乗ったからという事実以外に、服装程度で正当な人間として扱われる可能性があると分かっていたからである。そのときは、着替えもなく、会社かばんになぜだかビーチサンダルとパスポートが忍ばせられていたという程度であったが、それと同様にベッカムは、かなりの軽装だったのであった。 食事の時間が始まったが、ベッカムは、起きる気配もなく、シーツに包まったままである。おかげで、私は、そっと歯磨きに出かけられたほどである。体が資本の彼の邪魔をしなくてよかった嗚呼よかったと思ったぐらいである。その後、私を初め多くの乗客が飯を食い終えて、眠る体勢に入った頃、ベッカムは何故かむくむくと起き出し、すみません、ご飯、ボク食べられるかなあ・・・と通りすがりのフライトアテンダントの人に尋ねていた。 こいつ、もしかして、ベッカムじゃないんじゃないの?と私は深い疑念を持ちつつ、深い眠りに入っていくのであった。ルフトハンザは随分適当というか、次に起きたのは、ドンという音がしたときで、それは地上に着いたときであった。私のシートは当然傾いたままであり、私は、当然、その衝撃にびっくりして起きたのであった。(ついでにいうと、ルフトは適当で、電子機器もへったくれもなく、ドイツから香港についたときも、着陸したのに、私は、まだ映画を見ていたのであった) 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.20
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人生には、一生の間に7回の不思議があるという(と私が勝手に決めた) 過去の3回は紹介済みで、どこかの日記には記されているのであるが、かいつまんでいうと。1. 小学校のとき、従兄弟の住む姫路の広場の砂場に、時間がたてば、砂場の下からどんどん100円玉がでてくる怪。1回掘れば2,3枚の100円玉が出てきて、また砂を埋めて数十分たって掘り返すと100円がまた出てくるという不思議で100円玉、100枚以上掘った。2. 中学校のとき、台風の日に誰もいない海で泳いだが、大波で水中眼鏡が吹き飛ばされ、私も波に救われてアップアップしたときに、ふと、手に当たったものをつかむと、誰のか分からない(というか誰も泳いでいない)水中眼鏡だったこと。3. 東京で働いているときに、大阪の経理部に交通費などの清算の書類を送ると、経理から電話がかかってきて、働いている近くにあった精神病院の患者のカルテが同封されていたこと。そして、ついに4回目の不思議に遭遇したのである。カイロ発の飛行機は朝、5時25分と早朝であった。少し寝坊した私が、タクシーかっ飛ばして空港に到着したのが4時30分であった。時計でも確認した。カウンターに行くと、もう少し待ってくれといわれ、後ろにあったシートに座っておくようカウンターで指示された。席の確定ができないのであろう。4時40分。シートに座っている(時計確認)4時47分。先程のカウンターの人に、にこやかに呼ばれ、席をもらう。あと、出発まで38分しかないな、と時計を確認した。出国書類などを記入した後、イミグレーションを抜けたとき、4時55分で、空港内の店を5分程度さっと見るぐらいしか時間はないな、と最後に時計を確認した。このX線検査が怪しいのだが、X線を抜けて、ゲートは割と近いことが分かり、少し、土産物屋を冷やかせるかなあ、と思いながら、おそらく、自分の感覚では、10分程度、うろついたあと、出発ゲートに向かった。ゲートの入り口でチェックをされて、ゲート前に来ると、人数が結構少ない。30人ぐらいしかいないのだ。この便はガラガラなのか、と思ったぐらいだ。もう出発15分ぐらい前の5時10分前後だろうと、腕時計を見た(壁に時計はなかった)。あれ?と思った。時計の針が4時40分をさしているのである。4時40分には、まだカウンターにいた時間だぞ。30分前だぞ。きっと、X線で時計がおかしくなったのだと思った。特に、遅れている様子はないのだが、何かがおかしいと思いながら、じっとしていると、それから15分がたち、出発の5時25分と思われる時間(私の時計は4時55分である)になった。何の動きもなく、ふと、ゲートの方を見ると、続々と、まだ乗客が入ってくる。おかしい。30分戻っている・・・・?私は焦り出した。ふと、隣の人の腕時計を見た。時間は3時55分である。概ね、例外は多いとしても、各国の時差は1時間単位なので、ヨーロッパの時計なのであろう。ということは、私のこの時計は今、正しい?その間にも、続々と百人以上の人々がゲート前に入ってくるのであった。結局、飛行機が飛び立ったのは、時間が戻った後の(時計が戻った後の)、5時25分であった。X線を出たあたりで30分タイムスリップして逆戻りしたとしか考えられないのであった。人生30分得したのか?機内でも、ドイツ到着前に現在の時刻を放送していたが、やっぱり30分戻ったままなのであった。帰国して未だに、謎である。(数年後の雑感。私は、まだあれから30分前のパラレルワールドに生きている。あのときの30分前の俺は、30分後の俺と入れ替わって生きているのだろうか。30分後のもとに戻れるのだろうか、寝ている間にいつの日か戻ったのかも知れない。そうじゃなければ、30分前の世界に私は生きている) 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.19
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これがわたしの一週間です。火曜日に 成田へでかけ飛行機に乗ってコペンハーゲン(デンマーク)に行った テュリャ テュリャ テュリャテュリャ テュリャ テュリャリャテュリャ テュリャ テュリャテュリャ リャ 水曜日に カイロ(エジプト)について木曜日は ピラミッドに行ったテュリャ テュリャ テュリャテュリャ テュリャ テュリャリャテュリャ テュリャ テュリャテュリャ リャ 金曜日に ミュンヘン(ドイツ)に行って土曜日は 飛行機に乗ったテュリャ テュリャ テュリャテュリャ テュリャ テュリャリャテュリャ テュリャ テュリャテュリャ リャ日曜日は 深セン(中国)に行って月曜日は マカオに行ったテュリャ テュリャ テュリャテュリャ テュリャ テュリャリャテュリャ テュリャ テュリャテュリャ リャ火曜日は香港に行って、そのまま関空に着いた~テュリャ テュリャ テュリャテュリャ テュリャ テュリャリャテュリャ テュリャ テュリャテュリャ リャともだちよ これが私の一週間の 仕事ですテュリャ テュリャ テュリャテュリャ テュリャ テュリャリャテュリャ テュリャ テュリャテュリャ リャ 2008年夏旅行 成田→コペンハーゲン →カイロ→ミュンヘン→香港→深セン→香港→マカオ→香港→大阪の1週間 コペンハーゲン エロティカミュージアム コペンハーゲン観光 カイロへ ピラミッドでやられた スフィンクスは何を見ているのか ピラミッド観光 ミイラの作り方 エジプト刑事博物館、戦争博物館 カイロの高台に立つシデタル カイロ ハーンハリーリ カイロ 死者の町 カイロ ワックスミュージアム カイロ コプト教 エジプト gourmetの旅 人生7不思議4つ目、パラレルワールド ドイツのベッカム ミュンヘンのなにこれ ミュンヘン フリードリヒの町 ミュンヘン 狩猟博物館 ミュンヘン教会 BMWメルセデスアウディのミュンヘン ミュンヘン裏通り・・・ 銀行で元に換えたら偽札つかまされた 銀行で元に換えたら偽札つかまされた雑感 シンセン 中国ニセ5000年の悠久の歴史を2時間で辿る シンセン 中国を一周 シンセン ヨーロッパ シンセン アフリカ 大陸 シンセン アジアオセアニア シンセン アメリカ 大陸 シンセン フェイクチャイナを思う シンセンナイト 香港 便所レストラン 香港 マダムタッソー1 ・香港 マダムタッソー2 マカオ観光案内 マカオの夜 オマケ
2008.08.18
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ハルじさんのほかの人には心臓に悪いのでやめといたほうがいい自主規制版です。
2008.08.14
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2008.08.13
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旅行は、プランイングが一番楽しいという。それは嘘だ。旅行は、帰ってきた思い出が一番楽しいという。それは嘘だ。しかし、余韻から日常に、戻るまでは、その旅行期間の日数分までリハビリが必要というのは、私のは、少なくとも正しい。日帰りすると、翌日は日常だ。3ヶ月の旅を繰り返し、また旅に出るような学生時代は、ずっとずっと、私には、学生時代は旅行であり、カーニバルだった。正直言って、カーニバルの快楽を終わらせたくなかった。世間ではモラトリアムという。快楽を失うのは心苦しい。またすぐに飛んでしまいたいという衝動を抑えるだけ、甘たるいアマチャンの苦痛でもあった。しかし、出発前日夜にも日常があった。仕事を忙しく終え、タクシーに乗り、スターウォーズの新作アニメの試写会に行った。ジュダイやオビワンケノービやルークスカイウォーカーなど、しばし、トリップ前夜祭ではあった。準備が面倒であった。やっと前々日、飛行機の手配をし、先程、ホテルの手配をした。社会人たるもの、忙しいのである。昨年のサンフランシスコもアムステルダムもアンティグアもホテルの手配をしていなくて、荷物をもったまま数件のホテルを巡ることになったのであった。といいつつ一昨年のバンコクは、ホテルの手配をしつつ、飛行機に乗れなかったという醜態を晒し、ホテル代まるまる搾取されるという悪態をさらした訳でもあった。あと、2時間で起きなければならない。学生時代の旅行前夜は、しばし、試験後であり、夜に出て、しばし、どこかで前の日から徹夜で飲み、そのままザックを背負って空港に行くという楽しさであった。中学校のとき、東京に遊びに行った。勿論、夜行鈍行である。東京駅を出ると、前に座っていた学生2人が、「今回の旅行はつらいよね、楽しくないよねえ」と雑談しており、「そんな楽しくない旅行なんてねえよ」と不良かましつつ、心で思ったのであった。バンコクでは、前日に宿代を浮かすために、朝便のときは空港で寝た。300円や500円をケチっていたのだ。空港に寝に行ったら、先輩もちゃっかり、寝ていたこともあった。実は、金がなくなり、先輩の帰国日を知っていて、前日から金を借りようとしたのであった。寝袋で寝ていた先輩をたたき起こして、開口一番、金貸して下さい、金が尽きました。あと3日分でいいんですというと、先輩は開口一番、わしは詐欺にあって、金はもうナイと言われた。翌日から、仕方なく、チャイナタウンの噴水で寝た。いや、寝かけていると、娼婦が寄ってきて、私に同情してくれて、飯を食わしてくれた。薄情な私は彼女の名前さえ忘れてしまった。ロンドンに行く時はびびった。仕事から家に帰ってきて、ふと、財布を見ると数十円しか入ってなかったのだ。すっかり、銀行で金を下ろすのを忘れていたのだ。(それ以降、前日には注意深くなっている。当時は24時間ATMは存在しなかった)空港行のバス停までは、定期券があるのだが、そこから先に進めない。空港では朝も9時を過ぎているので銀行カードで金を下ろせるのだが・・・。早朝、恥を偲んで、道を歩く人に、テレホンカードを買ってもらった。陸路でもそうだ、金がなくなるか、両替所が現れるか、それより先に国境まで行けるか・・・。アジアならそういったとき所持品を売る。フィリピンでは、どうしてもチケトが取れず、留年か履修届け限界期日かの選択を迫られ、最終、マニラでチケットを購入して、ノースウエストのエグゼクティブクラスで帰ってきた。今でも覚えている、パキスタン航空が往復5万円で、ノースが片道7万円だったことを。当時は、フィリピンやバンコクに行くのは、パキスタン航空、エジプト航空、イラク航空と相場が決まっていた。かたや、マニラで、エジプト航空がキャンセルになり、乗客が去っていくのを見届け、まんまと、安チケットのくせにユナイテッド航空に変更してもらったこともある。ただ、カウンターで辛抱強くごねただけだ。パキスタン航空では、食事のお代わりを拒否された。当然か。今回は、はじめてスカンジナビア航空乗ってみる。ああ、あと1時間半で起きなければならない。嗚呼、飛行機で爆睡は決定だ、というか、前回寝過ごしたことがトラウマになっているかも知れない。大丈夫か、ぼやいているだけだ。 ムウ、起きた、起きることができた!
2008.08.12
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駅に神社が貼られていました。ふれあいと名のつくところにロクなところなし、童貞男に栄光アリ。とぐろを巻いたブツは、今まで一度しか見たことがない。尻を回すしかその方法なし。 一生、命を懸ける看板に心なし。 地蔵に加齢なし。 石の人形が橋にあり。 泥で泳げ。凧を泳がせ。右側の切れている古墳が日本一大きい古墳であり、宮内庁は事実を隠そうとする。巻き込まれたら死にます。 雲の魚。とか何とか、いいながら、皆さんまた来週。修行してきます!今から、何やかんやいってパッキング。明日、誰か、SASの機内で会いませんか?一番前に乗ってます。
2008.08.12
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北海道に行こうと昨日思ったのだが、連日の激務の疲れが重なり、起きた時には、もう朝も朝も遅い朝だったので、急遽諦めることにした。急遽、北海道行きを諦めて、何をしたかというと、それは、プライバシー保護法に抵触ギリギリなのではあるが、仕方なく、1週間前に届いた新しいパソコンの箱から出しアンドセットアップと、玄関から冷蔵庫までの雪かきならぬ、ごみかきである。やがて、ごみを蹴散らし、まさに、じいさん、床が見えたよ!ランドホッ!ジムモリソン状態である。まさに、明日できることは明日にする、好きなことは徹夜でもしてしまうの精神である。 こうして、私は、自宅にて、おいしいアイスコーヒーを再び飲める日が近づきつつあったのであった。おまけ:おいしいアイスコーヒーの作り方・・・最高級の豆はともかく、氷を追加してはいけないのである。ポットにあらかじめ氷をぶち込んでおくのである。そして、上からドリップするのである。それが、正統派硬派珈琲派道である。
2008.08.11
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江坂の思い出といえば、まあ、思い出しても仕方ないのであるが、あの冬の頃は、まだ結婚していて、元嫁は、西中島南方の学校に行っている状態で、たまたま、私が、車で江坂で、ガンガンジュースを飲むという会合に出席していたので、帰りに迎えにいったろか、つうことで、ガンガンジュースを飲んでいたのである。しかし、調子こきすぎて、夜中となり、車を取りに行くと、駐車場が閉まっていた。明日の朝まで開く気配がなく、びびった。仕方ないので、ファミリーレストランで激怒中の彼女をタクシーでピックアップすることにした。タクシーで現れた彼女は、相変わらず3時間近く遅れた私に対し、激怒していたので、私は、小さな声で謝りつつも、「すみませんが、所持金がありません、貸してください」といって、彼女の頭が火山大爆発を起こした記憶を、いきなり、江坂関連で書こうと思ったときに、初めて思い出した。まあ、思い出したのはどうでもいいことだが、そのまま、堺に野暮用で行くことになり、行くことにした。堺は、刃物でも有名であり、東洋のベニス(今はバンコクがその名をとっているのか)でもあった。何を隠そう、南蛮貿易や勘合貿易で詠歌を誇った面を持ちつつ、境は刃物の町でもあったのだ。物騒でもある。どうでもいいけど、シンクロといえるかも知れないが、私が、今度、帰国するときには、これかって来てくれるか、ええ値段で売れとるみたいやから、といった、3.5ポンドの商品を提示するメールを送ると同時に、妹からもメールが来た。メールするのは、1ヶ月ぶりであり、びびった。内容も、予算4000万円でマンションさがしといてくれますか、という内容であった。私は3.5ポンド、約800円、妹の4000万円のほんの5分の1ぐらいの価格差で、笑ってしまったのであった。勿論、苦笑いである。返信があった。何個?4000万円分、50000個。まあ、それは、冗談として、私は、刃物を見に行ったのである。物騒な世の中、勇気のいることである。刃物の町としての歴史は古く、私がまだ生まれてもうない古墳群を築造するため土工具を作る鍛冶屋が住み着いたのが始まりといわれ、室町時代を経て、ポルトガルの鉄砲伝来を即効で真似してスンゲエ性能の国産化に成功したのである。何を隠そう、あの時代は日本は世界の最たる銃社会であったのである。そのときには、タバコも伝来し、タバコ包丁が大人気、堺極という極道みたいな名前を日本中に名声を確立していったという栄光なのである。タバコ製造が機械化されると、即、出刃包丁などを発明し、料理の世界とまい進した次第である。平和産業である。業務用包丁の世界では今でも9割を占める独占振りである。そうは、いいつつも、なんだか、販売品ばかりで、包丁屋さんという感じである。商売繁盛である。匠である。技である。工夫である。デジャインである。そんな訳で、多忙をも兼ね備えた私は、5分で見学を終え、包丁学の深さを学び、感動感激の嵐のまま、ほんまに、最近の気候変動で、スコールが降りそうになるのを気にしながら、先を急ぐのであった。ジャン、これが、ザビエル公園の全貌である。包丁産業伝統間館の隣にあるのである。スコールで急いでいるはずなのだが、まあそこは愛嬌だる。おおこんなところにザビエル。公園自体は、いたって普通である。シャビエル、大阪にもきとってんなあ。ザビエルは、ほんまに日本を褒めちぎってくれた。男色の習慣以外は。何せ、山口では、大名が男色を禁止するキリスト教に激怒追放したぐらいだ。ザビエルの近くには、なんだかわからない天女のような人がパチンコ屋に。食え食え茶碗で食え。よくわからんが船もあるが、石なので沈むだろう。ザビエル公園の一部。おお、ザビエルさんが寝ているではないか。教科書のザビエルの頭に落書きしたことあるもの、廊下に正座!
2008.08.11
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山下公園が、バルセロナのガウディの造ったグエル公園をチョトダケ真似をしているとは知らなかった。初めて山下公園に来たのは、確か20歳の頃だった。横浜駅からチャイナタウンまで歩き、そのまま山下公園に何となく来た。何となく、来て、そのまま、どうやってか成田に行き、タイだかフィリピンだかインドだかに行ったと思う。空港に行ったことは確かだ。そういえば、全然関係ないけれど、昔、トルコ航空で、成田から乗ったとき、座席の横に大学の後輩が座っていたことにびっくりしたことがある。グエル公園は、バルセロナの山側にあり、地下鉄を降りてからもかなり歩いたように記憶する。何せ、泊めさせてもらっていた高校時代の友達も、あんた勝手に行っておいでよ、私行かないからと無視されたほどである。そういう立地だったために、当時は分譲地でゃあったが、買ったのは、ガイディ本人と彼のパトロン、グエル本人のみであった。とにかく、ガウディといえば、直線を嫌い、曲線ぐにゃぐにゃの連続であり、いまや世界遺産になったが、当時は(10年ぐらい前)、ほとんど誰もいなかったような気がする、特に、上のほうに行くと、特に何もなく、近くの家からパンクのTシャツが干されているのが印象的な昼下がりであった。彼女の(カタルニア人と一緒に住む)家に戻り、明日から、わしは、グラナダに行く、というと、そうかい、といい、おっぽりだされたのであるが、なぜだか、カタルーニャの彼は、私を一人ほったらかして、一緒に行かなかったことをたいそう怒り、喧嘩になったとのことであった。数日後、アンダルシアから戻った私に向かい、何故か彼は謝るのであった。実は、彼は、日本からいろいろ訪れてくる彼女の日本人友達にうんざりしていたそうである。スペイン語だできないだけでなく、海外旅行もままならず、彼女彼氏にべったりで、大変疲れていたそうである。その点、勝手にどっかに行ってしまう、私は、大変歓迎すべき、適当な奴だと、好まれたそうである。もちろん、私はスペイン語が20ぐらいは喋れる。この前も、中米で、結構、スペイン語がわかってしまう自分の思い込みが怖いほどであった。最後の晩餐で、スペインでも、エスカルゴではないカタツムリを食べたが、これが、死ぬほど旨く、今まで生きてきた中でベスト3に入る旨さであったので、お代わりまでしたぐらいだ。小さな、カタツムリである。 あとの2つは奇しくも、インドネシアである、スマトラ島の中にあるトバ湖の中にあるサンシモール島の屋台で食べたナシゴレン(やきめし)と、スマトラ島中部の町、ブキティンギで食べたフルーツセット、再度食べるためだけにまた行ってもいいぐらいだ、不思議なことに、そのほかの、スマトラ料理、パダン料理なんかは、まったくの普通で、スマトラの今でも持つ感想は、土の腐った臭いなんだ。ジャングルで本州とおなじぐらいの大きさのスマトラ島はジャングルに覆われて、腐臭土に溢れているんだ。
2008.08.10
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あーた、水戸黄門?やっぱ日本のドラマは、予定調和の勧善懲悪ですねえ。アメリカのドラマはテンポが早過ぎて、私以外の同年代にはついていけない程のスピードである。(私はERで練り鍛えられた過去がある)金鉱には、金の鯛が泳いでいたりして、結構、風流である。 50円で金箔食べてもよい法律がここにはある。 鯛が金色になる日まであと2000年。 体に金箔を塗られるのを、いじらしく、そっと待ち続ける恥じらいの鯛よ。炭鉱では、金の柱もあり、黄金御殿が存在し、水戸黄門がフォフォフォと笑うの構図。ヘイ!自慢のオイラのマシンに乗らないかい、そこのハクイ、レモンちゃん! オラ、人形の癖に汗かくなボケ! 無事、穴倉から出て、現実の社会に戻ると、結構、暑いです。何、オレ、汗かいとんねんボケ! きこりです。ぺこり。
2008.08.09
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母親から、絵葉書が届いた。明日から白山に入ります。あなたは夏はまたどこか行くのですか?たまには消息知らせなさい。それにしても、世界は広い。いつもは、直前に行き先を決めるので、今回もそうなる予定ではあるが、ここに第三候補まで上がっていることだけは、お知らせしておこうではないか。短い人生の中でも、160カ国世界に存在するといっても、まだ4分の1であり、もう、行ったことのないところに行きたい気分に支配されながらも、インドとかタイとかあと何十回も死ぬまでに行きたいんだよなあ~と思ってしまうのも人情である。しかし、会社員としての私は、いつも、一般会社員が休むときと同じ頃に休むという悲しい習性に与しているので、座席が取れないのであり、直前に、空いているところにいくという消極的な旅行を実践している次第。そんなわけで、アフリカ・・・イエメン・・・南米・・・やっぱアジアか・・・といいながら、バロウズのタンジール、バナナのエクアドル、スリランカ・・・どないするねん。何年か前に、スペイン、ジブラルタルからこの海を越えるとアフリカなのに・・・時間がないと悔しい思いをしたことがあるので、モロッコだ!と思い、第一候補はモロッコにすることにした、が、まずは、なかなか今回は盆休みが世間は長いようで(私は長くないが)、勿論、ダイレクト便はないので、ヨーロッパ経由なのだが、ヨーロッパまで行って帰ってくること自体が困難であった。今のところ、結局、飛行機を6、7回乗ることになりそうだ。えろちかむーじあむ禁止されているピラミッド登山朝夕霞の中のアンコール、タイゾーの目指したアンコールビール地獄ミュンヘン田舎首都ラオス労働者博物館シリラート病院マダムタッソー世界の窓・・・・・・・・結局、第一候補、コペンハーゲン、カイロ、ミュンヘン、フランクフルト、香港、マカオかシンセン・・・第2候補、バンコク、プノンペン、アンコールワット、ラオス、サイゴン、香港・・・第3候補、アルゼンチン、ペルー、マチュピチュ・・・出発まで5日。明日から忙しいぞ、どこいくねん。気持ちだけ。って、空席あるんけ?
2008.08.08
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布施明ではない。布施は、大阪市生野区に隣接する東大阪市最初の町である。そこを今日は私、布施明似の私が解説を試みる。 東大不動産では、関西から、東大生の下宿を随時斡旋しています。手数料は、ズバリ、家賃のなんと1か月分で結構です。 あちこちで、標語が貼られまくり、俄然いい感じです。いい人たち、増産地域であります。 阪神ファンも多いし、生野区の隣ということで、朝鮮の方も多く、焼肉屋も、よって、多いという按配。 マジ、フレンドリーな人々で溢れかえっている。 多少、言語が激しいこともあるが、それは、どの地域にも一定数いるのであまり気にすることもないかも知れない。 多少派手な車もあります。 2階に、車がつっこんでも、平穏な町です。 とにかく、運ばれてきたものは、人であろうが車であろうが冷蔵庫であろうが、ギロチンです。何故か事務所から、かわいらしい20代前半の女の子事務員が出てきて、似つかわしくないのが印象的な夏の日でした。 中国料理店もありまして、ネーミングからして、まあまあ、腹が減ります。 ジュースが安い、今日も日本晴れです。 どういうわけか、皆さん、人形みたいですが、気のせいでしょうか。関係ないけど、大阪城。 とにかく、布施は、世界のことを考えている町なのです!以上。
2008.08.07
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大阪府茨木市は、詳しく説明しておくと、大阪京都の間にある、高槻の大阪寄りにある都市である。友達が一人死んでいるじゃなくて住んでいる程度で、あまり詳しくはない。イバラギではなく、イバラキであり、ます。南茨木は、弥生時代のものがいろいろ出てくるそうである。ちなみに、縄文式の由来は、土器に縄印があるからであるが、弥生は、土器に弥生さんが彫られているからではなく、東京の弥生という地名からきていることは、十分承知の上だ。それに縄文人と弥生人はかなり時代がかぶっているんだよねえ。 大阪空港からは、千里の万博公園を通り、茨木を通過して、門真の方に抜けるモノレールが走っていたりなんかして、一度ならずとも、2度ぐらいは利用したことはあるが、これで大阪伊丹空港へ行ったことはない。はしもと大阪府知事は、伊丹を廃止して、すべてを関空にって言っているけど、逆じゃないの?すべてを伊丹に戻してくれや。といいつつ、茨木の話は終り、茨木に住む大学の同級生の話である。彼は、私と違って、真面目に生きている。何故か。あれは、確か30代前半のころの話である、夜中の1時、彼と彼の友達は、夜飲んでいて、明日は休みだったという。彼は友達に明日早朝5時に起こすから、5時半からゴルフ行こうや、と誘った。彼は、結構迷ったのだが、早起きもだるくて、やめとくということになった。翌朝、8時半になっても起きてこない友達を、その妻がどうしたのかと、見に行くと、彼は死んでいた。心不全だった。死亡推定時刻は5時半だった。彼は、無理にゴルフに誘って、5時に彼を起こせばよかったと悔いていると同時に、懸命に生きる決心をしたのであった。彼は、生活は苦しいが、がんばって自営業で電気屋をやっている。私が、遊びに行くと、大型テレビを買ったんだと嬉しそうにしていたのであった。 彼の息子とは一度しか会っていないが、息子は、私の名前を聞き、私は王様だ、王様と呼びなさいといったところ、子供は、尊敬と畏怖と敬意をこめて、あまり深い意味もわからず、私を王様と呼んでいたものである。それ以来、私は、図に乗って、友達の子供に会うたびに、私は王様である。家来のいない王様である。王様と呼びなさいと、口を酸っぱくいっている。子供もアホジャナイシ、言葉の裏にある表情を読み取るのがうまいので、私は、さらに、王様ぶらなければならないという過酷な人生にチャレンジしているのである。 子供たちには、王様以外に、呼ばせる言葉として、先生がある。しかし、一度、何の先生?といわれて、答えに窮し、人生の先生だ、といってしまい、3歳の女の子に人生訓、人生論をぶちかまし、子供だましの煙に巻いたこともある。先日は、大学の後輩に子供が生まれ、彼は果敢にも一度見に来てくださいといい、オメオメと見に行き、首も据わっていないのに、オレを王様と呼びなおいいつつ、抱いて首を折りそうになり、彼の妻の顔の血の気がさっと、ひいたのと同時に、私も彼の家をさっと、ひいていったのだった。 そんなわけで、2,3日前に、彼の家に(彼の家は芦屋なので、車で10分ぐらいだ)CD-ROMを借りに行ったのだが、少し、お茶でも飲んでいきますかといわれて、そうだな、茶の一杯かいっぱいくらい飲んでやってもいいかなと思うと、家の奥から子供が泣き出したので、その好意を辞することにした。 きっと、彼の奥さん(言っておくが私とも親しい、少なくとも、私側としては親しい)が、咄嗟の判断で子供をつねったに違いない。まずまず、正しい判断だったのであろう、と私は邪推したのであった。
2008.08.06
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日本には神社が多数あり、昔はらんくがあったようだが、まあ、規模の大きいところは大社と読んで良いそうだが、現在社会においては、勝手に好きに読んでいいようだ。まあ、サイコウホウは伊勢神宮で、神宮というのは、伊勢しかなかったようだ。 働き始めた頃であった。結婚式のアンアイが、大学の先輩から来たのであるが、結婚式に慣れていない私は、招待状が送られてくる前に、電話があったということは、自動的に出席なんだろうな、と簡単に思っていたんだ。当時、土日はみっちり仕事だった私は、早引きして、南海電車の住吉大社駅で降りた。 案内状も忘れ、何故住吉大社で結婚するのか、結婚素人の私にはよく分からない弱冠20代前半の好青年であった。今は邪悪な青年であるが、それはまあいいとして、敷地内に会館があった。中で、受付があり、名前をいうと、暫く探して、名前がありませんね、と言われた。 2階から同級生が降りてきた。おお、来たんか、こっちやで、と彼は言った。彼は、大学を放校されたので、詳しく言うと卒業はしていないのだが、どういうわけだか、北海道の牧場から結婚式に来たようだ。席はなんかわからんけどないいたいやけど、司会を部長がしてて、その席ずっと空いてるからそこで飯食えや。と彼の優しい助言があり、そうすることにした。 韓国からも結婚式に招待されてきている人も多くいたのだが、その後の記憶はない。結局、数年後というか、10数年後、先輩は離婚し、子供2人を引き取った。詳しい経緯はわからないが、私の想像するところ、酒が原因ではないだろうかと邪推するのである。離婚の原因は第一が性の不一致というが、それはせっくすの不一致であろうが、それもこれも含め、喧嘩する原因も含め、やっぱり経済的なことは多いそうなのである。しなくてもいい喧嘩を突き詰めれば経済的なことで喧嘩しているパターンも多いのである。というか、収入が多いほど離婚する確率が減るとか、収入が多いほど子供の数が多くなるとか・・・医者の結婚相手の女性の4分の1が女医か医学部の女性かだとか、大学院卒の結婚相手の4分の1は大学院卒だとか、かとか、なんとか とかなんとかいいながら、この先輩大学院のときの彼女が大学院だったんであるが、先輩は大学院中退だからなあ・・・。とかなんとかいいながら、この先輩の彼女、元々は、先輩の親友の彼女だったわけだ。 先輩が奪った・・・それが、違って、その先輩の親友、私もよく知っている人なんだけど、ヒマラヤの山奥メラピークで落下して死んだんだな。 遺体なき葬式。 その後、どういう経緯で残された親友と残された彼女が一緒になったのか知らない、が、もしかして、結局、別れた原因はここにもあったのかも知れない。 そんなわけで、2度目の住吉大社。ナツカシさはなく、初めてきたのと同じような感じであった。そうして、住吉大社訪問は終わった。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%AE%AE一ノ宮一覧。
2008.08.05
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今まで、四国でも働いた。それから北海道でも働いた。 今回は、東洋のスイス、九州で働いた。コンカイハ、インゴッドゲットだぜという感じで、金をいくつか掘って帰るはめになる。ヒンヤリしてきて、早く穴があったら入りたい気分になる。いきなり、人形ごときに、立ち入り禁止を言われるも無視というか、むっちゃ涼しいので、是非とも入れてほしいと懇願することになる。 なんだか、西洋人じゃないですか、あなた。 入坑前は、しぶく、タバコとお茶で、哲学談義。 安全確認か、横断歩道を渡るか、体操か。車も入坑してました。エアコン要らず画、うれしいです。 これで、どんどん下に人を送り込んでいく様子が印象的な昼下がりでした。さよならです。 なんだか、テカッテます。リリカルにて凛々しいです。米屋みたいです。 このボタンを押したら、おいらたち、終わりです。さあ、みんなで歌おうぜ、ガッツだぜ。 さあ、みんなで飲もうぜ、ゲップだぜ。カメルーンと中がいいって、この町、日田。カメルーンのサッカー選手は黄金のシューズでがんばってます。 この地域では、きっと小学校でもアフリカ、カメルーンの勉強をしまくったことであろう。 割と、うまいカメルーン弁当。なんと、不覚にも味オンチとうわさされる私でも2回もウマイといってしまった。 なんだか、寂しい、詩だね。終りの詩だね。そうだ!アフリカに行こう!盆休みの予定たてるの忘れてた!
2008.08.04
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イッチョ、くだをまくために居酒屋にいくことにした。私の主義としては、金がないならないなりに、普段は貧相な食事をして、たまにドドーンと高いところで本物の味を知るってのが、若い頃の美学であったが、最近では、ドドーンと食べること自体に興味を失いつつあり、人として非常にマズイ状態にあるのをヒシヒシと感じつつ、個人的には滅多に行かない居酒屋に突入したのであった。しかし、ながら、クダを巻くことが特にないある阿呆の幸福モノである。会社の人と飲みに行っても面白くないのは、共通の話題もないことも手伝って仕事の不平不満や仕事の話になることである。決して天下国家や哲学やインドの話にはならないのである。その点、学生時代以前の知り合いに会うと、全く利害関係がないのがいいのだが、ついつい昔ナツカシの話にもなってしまうのである。まあそれはそれでたまにしか会わないからいいのである。でも、一度だけ、別会社なのに、後輩に仕事やめましょうよ、一緒にカナダ行きませんかとマジに言われたこともあって、今は、彼も子供が出来たり、奥さんができたり、病気ができたりして、会社になんとかしがみ付こうと必死のパッチである。パッチ度は見えないが、障害者社員に優しい大企業ではある。他の企業なら、すでにオマエハ死んでいる状態である。路思案タコヤキ結構、辛くないです、カックリです。放浪達人さんが自分のと比較して自己嫌悪する程度の注文品、「いれてしまった」です。完食しましたところ、皿が、なんだか変な形でした。お勘定は、1億2860円でした。
2008.08.03
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庶民的でちょっといやみなんだけど、冷蔵庫を買った。2ヶ月ほど前に冷蔵庫が壊れて、トイレテレビに続き、冷蔵庫も終わり、どんどん原始生活に近づいていくのボレロを実感しつつあったのだが、どうしても、氷が食べたくなる文化人だったのだ、所詮、私も。 それにしても、冷蔵庫を買うのに慣れていない大の大人である。死ぬまでに、何回冷蔵庫を買うというのか。といいつつ、私も、短い人生の中、3,4回は買ったような気がする。気がするが、冷蔵庫を買うのは慣れないのであり、恥ずかしいのであり、値段と、省エネ度と、年間電気代だけをみて、速効で、電気屋で、10秒ぐらいで、コレ下さいと買うのである。家電量販店で、商品の説明を求めるのは、何だか、恥ずかしいまま、ほったらかしてきたので、やはり、説明を受けたことがないのであり、コレ下さいとしか、言ったことがないのである。あえていえば、ナンボになりますか、しかいったkとがないのである。但し、これは、一応、毎回言っているのである。関西人なので仕方のない性なのである。私が今まで購入した大型商品は、考えてみれば、いわゆるシロモノ家電では、テレビが2回、冷蔵庫が3,4回であり、エアコンが数回、電話機が3回ぐらい、空気清浄機が1回ぐらいと、浄水器が1回と、掃除機が1回と、炊飯器が1回ぐらいとDVD再生機が1回と飛行機が1回と電磁調理器が1回ぐらいでオーディオ関係が数回程度ある程度に過ぎない。震災のときに、友達に多くを寄付したので、今では、いくつかを買い直した程度である。今まで、金額にして、ほんの1億円程度であろうか。もしかしたら100万円程度かもしれない。食器洗い乾燥機と、電子レンジとウオシュレットといったものは、もらったり盗んだりしたことぐらいしかない。洗濯機は自慢だが買ったことがなく、ビデオも、扇風機も、セントラルヒーティングと蛍光灯(電球除く)も買ったことがないのであった。ビールや酒は1億回ぐらい買ってはいるが、それは除外してもいいかも知れない。そんな事情もあって、やっぱり、冷蔵庫を買うのは、何となく恥ずかしいのであった。というか、パソコンでもデジカメでも、車でも、携帯電話でも、何だか、モノを買うのは恥ずかしいのであり、早く、その場から立ち去りたい気分になるのである。イライラするのである。相手はプロである。プロの意見やプロの誘導に巻き込まれたり洗脳されたりするのが単純に怖いダケかも知れない。とか何とか言って、今では、ゴージャズな家電の中で日々暮らしているといっても多少の間違いしかなさそうである。以上。目下、問題は、今のままでは、玄関から冷蔵庫置き場まで、荷物とゴミと塵とごみと本と空き缶と空箱と新聞紙とごみとを取り除かなければ、通れないということだ。徹夜で、整理整頓掃除しなければならない国家的使命を遂行しなければならぬ。目下の課題は、購入したはいいが、金は払ったはいいが、いつ搬入してもらうか、連絡するという大きな仕事が残っている。その前に、、整理整頓掃除しなければならない国家事業を遂行しなければならぬのだから。
2008.08.02
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黒木です。ひとみです。あのタスポカードって誰が作って誰が儲かってんねん。あ、JCBか・・・写真照合かあ。これじゃあ、ワタシだたら未成年と認定されちゃうかもよ・・・どうよ。あんまり食べたくないけどね。 今宵もビールで体を洗浄しました、スッキリしました。 次は、ウオッカです、マトリシカです。 金とって、作って壊して、また金とって。マッチポンプやってます。手本は国家です。 最近、ラーメン缶販売機という妖怪が全国を跋扈。ラブストーリー。 すずめやカラスだけでなく、人間も逃げていきました。
2008.08.01
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