全26件 (26件中 1-26件目)
1

第2弾ということでよろしいでしょうかはいよろしいです。 この部屋のどこかに、ねじめ正一 の本が眠っているはずだが、私の部屋自体がガーデン状態なので、どこをどう探せばよいのか分からない常態である。 この公園の一区画は、孫悟空や猪八戒、サゴジョウ、三蔵法師の登場である。三蔵法師というと、夏目雅子を思い出される方々もいるが、彼女を美人薄命の4文字で表現する人もいるだろうけど、美人薄命の意味は、美人な人は早死にするということではなく、美人な人は幸薄いという意味である。俗称三蔵法師は玄奘ですな。何か、思い出せば、マンガでは、孫悟空がいろいろ失敗したら、女性みたいな観音様が出てきて叱っているじゃん。胸まで豊かに描かれていたりなんかして。それから、アノ頃、ゴダイゴのモンキーマジックとガンダーラが流行ったりなんかして、某大学の8年生だったタケカワクンがニヤニコ歌ってなんかして、そのうち、ポートピア81とか歌ったりなんかして、いつの日かリーダーのミッキーが薬物で捕まったりなんかして。乱心しましたか?相撲ファンでしたか!タイガーバームどうでっか?天界では股からふんどしが生えたり女性が踊ったり、下界では河童が活動したり。天界では踊る女性を脅したり、下界では変な奴ガ牛を脅したり。天界では喧嘩したり、下界では鞭を持ったり。天界では老人をフル娘だったり、下界ではイノシシの叫び。耳かきの表情の厳しさよ。サラリーパーソンのデートを覗く頭に鼠を乗せた親父。足の棘を抜いてもらう庶民プレゼント。あ、うれしくない。リー、じゃ、ないよね。カエル、えっちだよね。多分、この人たちが、タイガーバームで成功した兄弟。こっちは、その親父か、仙人か。虎の蛇は見たことねえ。中国では、ネコに小判ではなく、カエルに銭っこ、か?優雅にも平衡感覚なくなってきます。サスガ、タイガーバームガーデンです。笑顔が凛々しい。何故か、平仮名壺から赤いサンゴか?何をしようとしているかは、知る人ぞ知るが、知りたいとも思わない。わたし、美人かしらぼく、元気かしらいい湯だな、ってな感じかな、あなたも好きねえ、ちょっとだけよあたいをなめると、チョンギルわよ玄奘の馬ですああ、あんなところに、ってな感じです、疲れました。いでえ、って感覚が伝わってきますわ。まだ第3弾以降続くのよ、さよならまんざらでもない顔している男ですが、何となく、私は嫌です。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.31
コメント(12)

観光案内といいながら、私のまとめであり、今後、行くかも知れない人に多少の参考になるかも知れないのアーアの説明文である。8時間あまりの間に、20の寺院を回り、酒を飲み、飯を食い、1件だけ土産物屋を覗いた(何も買わず)壮絶な記録である。勿論、まとめたところで、何が何だか、分からないってな状態であろう。ガイドさんの協力により何となく、ここに未完成ながら納品するのである。とにかく、1975年の大地震により、その多くが、登れなくなっているという事態である。BHLETHI PAGODA(スリランカスタイル)からの景色スリランカスタイルとは書いたものの、ここには2200のパゴダや寺院があるが、単純な釣鐘反対が他のピュ-スタイル、その餓えに涙が乗ったようなスリランカスタイル、格子窓があるモンスタイル、窓のないインディアンスタイル、窓が開きっぱなしのミャンマースタイルの5パターンであるとのことである。シェズィーゴン パゴダ(最も有名なパゴダ)また後日、詳細を記したいが、誰も楽しみにしていない。KYANSITTHA CAVE(メジテーションホール)懐中電灯を借りて入っていくと、壁画があり、各々の瞑想部屋があり、暑いのであった。ティーロミィンローテンプル(傘の王寺院)KHAYMINGHA TEMPLE(ガイドブックなどで出てくる有名な景色が見られるとのこと)アーナンダ寺院(最も美しいとされる寺院)1辺63メートル、高さ50メートル。近くで見たら怒っていたり、遠くで見たら微笑んでいたりということです。ほとんどの寺院のほとんどの仏像は、もう、盗掘され尽くして、ほとんどがイミテーション。ダマヤンヂー寺院(最もでかい寺院、英語ではマッシブと書いてある)しかも、未完成とのこと。未完成かどうかは、専門家でないので、分からない。幽霊が出るといわれている寺院。右指先の長さが同じか、本物の人間のように違うかによって、新旧があるとのこと。日本人戦没者慰霊塔碑タビィニュ寺院(最も高い寺院)高さ63メートル。シェグーヂー寺院からの景色マハーボディーパゴダ(インドのブッダガヤ型)ブッダガヤは、カルカタとバラナシの中間にある、仏陀が悟りを開いた4大聖地の一つである。ブーパヤーパゴダ(川沿い)地震で、川に落ちてしまったので、復元された小さなパゴダ。ナッフラウン寺院(唯一のヒンドゥテンプル)ここだけが、時代が1世紀ほど古いと思われる。ミィンカバーパゴダ(サンライズに持ってこいの寺院)からの風景翌日、朝に、太陽見に行くかとも思ったが、予想通りの曇り。MANPHAYA TEMPLE(レリーフがまだ現存する)マヌーハ寺院(建物いっぱいに、3体もの仏陀が詰まっている。空間がほとんどない)窮屈そうで、入った瞬間、笑える。空間が人一人通れるぐらいで、巨大な仏陀。MYASAYDI PAGODAGUBYAUKGYI TEMPLE(獅子のレリーフが有名だとのこと)シンビンターリャウン寺院(ここも、建物メイイッパイに涅槃像が入っている)シュエサンドーパゴダ(夕日時の景色が有名、但し、当日雨)世界遺産に登録されないのは、どんどん、修復したり(それも、以前の形ではなく)しているかららしい。朽ちていく姿そのままが世界遺産の条件らしいな。法隆寺もそうだわな。それにしても、あらく学術的な日記になってしまったことを自分にお断りしておく。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.30
コメント(10)

ここは、最後のほうに行ったのだが、最初に行っておけば、あとのお寺はすべて省略、睡眠時間を大幅に増やすことができたのに・・・てな印象を持つ夕刻であった。しかも、あっぱれ、ビルマの人々の優しさと寄進により入場料無料の出血大サービス状態である。祈り、僧だけでない。基督教では、結構、教えがあいまいな部分もあるのだが、性に関して、非常に具体的に教えを言っているのが、仏陀なのである。・ あるピニスの長い修行僧が我慢できず、自分のダイベン道に入れてしまった。仏陀いわく、それに楽しみを覚えたなら教団追放だ。・ある修行僧が女性木像を見て欲を覚え、その木像にピニスをひっつけてみた。仏陀いわく、深く反省しなさい。・ある修行僧が、思い憧れる女性が死んだ後、墓に納められた骨を集めてばぎなを作り、そこにピニスを入れた。仏陀いわく、教団追放。・ある修行僧が道を歩いていると、ある女性が通りがかり、敬礼させてくださいといいながらも、衣をめくって、修行僧のピニスを咥えた。仏陀いわく、彼が楽しみを覚えなかったら罪を犯さずとする。・ある修行僧が、近親ソウカンし、その行為を後悔し、仏陀に告白。仏陀いわく、教団追放。・ある修行僧が、たまらず、死カンしてしまった。仏陀いわく、教団追放。・ある修行僧が、死んだ女性を見つけて、そこに傷口があった。ここなら罪を犯したことにならないだろうと、傷口にピニスを入れた。仏陀いわく、教団追放だ。・ある修行僧が女性の生首を見つけて、その開いた口にピニスを入れ、楽しんだ。仏陀いわく、教団追放。他のある修行僧も生首を見つけて、ピニスを入れたが、途中でやめた。仏陀いわく、深く反省しなさい。・ある修行僧が昼寝していたら、ピニスがボッキしていた。それを見た通りがかりの女性が勝手にまたがりセイコウをして立ち去った。仏陀いわく、欲望によってボッキしたのでも、セイコウに楽しみを覚えたものでもない、よって彼は罪を犯していない。・ある修行僧が、出家前の妻とセイコウする夢を見てしまい、修行失格だ。と考えた。仏陀いわく、夢の中では、罪を犯したことにはならない。・ある女性は、セイコウしてあげるのが、最高の布施ではないかと考えていた。ある修行僧にセイコウを申し上げるが、それはお断りするといった。それでは、何もしなくてじっとしていてください、手で勝手に致してあげますからといって、手でシャセイさせた。修行僧は後悔した。仏陀いわく、1週間反省し、みなの前で深く懺悔しなさい。指の数は何本でしょう。坊さんといるとハイテンション仏陀の挿話がコンクリーパノラマによって展開テンか何かでしょうか。蜂を踏みつけてさえも。ドラゴンフルーツに乗ったか。口、開けまくり。ケーキいかがですかワニの背中に乗って説法という有名な話もありますどういうご関係なんでしょうか。説法が長すぎて、はげてきました。少し、顔が怖い。まあ、そういった、具体的な教えにより、仏陀は采配していったということですね。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.29
コメント(4)

ヤンゴンから4,500キロ北にあるバガン。飛行機は進行方向左側の窓席が正解であった。リクエストした訳ではないけれど、着陸3分ぐらい前から、一面に、寺院が見えてくるのであった。 バガンは、東南アジア3大寺院遺跡(群)と言われ、カンボジアのアンコールワット、インドネシアのボロブドゥールと並び称される地域である。簡単にガイドさん(後述)と、本をなぞって書くと、所々赤茶けた大地が覗く森林の中に2000とも5000とも3000ともいわれる寺院が点在するのだ。ガイドさんによると2200と言っていたが、バガン朝時代(高校の私の習った記憶ではパガン朝だったので、出発5日前までパガンだとかたくなに20年以上信じていたというわけだ、と思って更に調べると、聞こえ方の違いでどちらでもいいようだ。じゃあ習ったのはパガン(PAGAN)で、一般にはバガン(BAGAN)でいいようだ)このパガン朝最盛期であるたった11世紀から13世紀の250年程度の間に、すべてのパゴダが建設され、そして、すべての歴史を終えたのであった。20年前、ビルマには、このパガンの写真を何かで見て、いつか行ってみたいとは思っていた場所であった。まあ、学生時代だったら週4本の列車か、夜行バスで行っていたであろう。 飛行機自体は、3社ほどが同じ頃の時間帯に飛んでいる。なるほど、どれかが欠航した場合に振り替えするためだなとすぐに、理解できた。ラングーン空港の出発ロビーで待っていると、電光掲示板も何もなく、プラカードを持った人が、出てきて、「エアーマンダレー!」とか「エアパガン!」とか「ヤンゴンエアー」空港会社名を告げるだけで、どこに行くか告げなかったのだ。なかなか不安になるシステムであった。みんなこの時間はパガンに行くのだ。パガン経由マンダレー経由またラングーンに帰ってくるという1週コースを3社とも同じような時間帯で繰り返しているのであった。 パガン空港には滑走路で、降りる人だけが降り、マンダレーに行く人は座ったままだ。帰りは、ヤンゴンエアでなく、エアパガンに乗ったのだが、コンピュータがないのか、自由席であった。機内に1番に入ったものの、機内には、ボーっとした人々が約3分の1程乗っていた。逆にマンダレーに着くと、私を含め、4,5人残して全員降りていったので、マンダレー観光しなくてすみません、という感じになったのであった。 パガン空港を出ると、荷物を預けてあるのであるが、コンベアはなく、暫く待っていると、おじさんが、バッグを持って現れた。荷物一つ一つを何故か、多くの人間が運んでくるとうシステムであった。そういうシステムではあったが、チップというシステムはなかったのであった。 パガン入域料として、10ドルを支払い、1ドルで地図を買い、外に出ると、いつものように何人かが声をかけてきた。いつものように様子を伺ったが、どうやら看板に書かれている通り、人が住む街平野部nyaung Uニァゥンウー(これがカタカナであっても発音できないし、打ち込むのもまあまあ大変)が5ドル、オールドパガンは6ドル、ニューパガンが7ドルであった。バスはない。タクシーのみだ(そういえば、カンボジアのプノンペンも空港バスがない)。ここがインドなら、掲げられている料金表は信じないし、更に交渉するが、まあ、ここは親切なビルマである。結構、すっかり、親切な国印象を持ってしまっている状態である。一人の人のよさそうなおじさんに着いていくことにする。車の前まで行くと、別に運転手が居て、自分はガイドだという。私は、まだ今日は、歩いて回るか、自転車で回るか、馬車で回るかを決めていなかった。車で回るとは考えていなかったのだ。乾期の繁忙期ではドライバーに40ドル、ガイドの私に30ドルだが、今は雨季で客はいないので、ドライバー30ドル、ガイドに20ドルでいいという。しかし、私は、まだ考えていなかった。車の窓から多くのパゴダが現れ始め、ちょっと興奮した。いや、随分、興奮したので、ガイドさんの話は聞いていなかったというのが正直なところだ。20分程度走るとホテルに着き、チェックインし、ジーンズを脱いで、地図を眺めること30分であった。 そろそろ、ガイドさんたちもいないだろう、と思い、馬車でも雇うか、と思い、部屋を出ると(バリ島みたいなコッテージ型ホテルだった)、しっかり、ガイドさんはニコニコして立ちはだかっていたのであった。 私は、暫く思案し、実は1日しかなく、雨が時折降っていることを懸念していたのであった。あまり一人でブラブラしなくてもいいかなという優しい気持ちになり始め、空港で捕まえた数少ない雨季のこの旅行者を手放せば、もう飛行機は到着しないので、今日のオマンマは食い上げであることも次第の考慮しつつあり、理解しつつある私であった。40ドルでどうですか、私は言った。彼は困った顔をした。運転手のところまで相談に出かけ、そして5分ほどして帰ってきた。彼らは立場が弱いのである。ノーといわれたら、じゃあ、50ドルでいいよ、と言おうとココロに誓いつつあった心優しい爽やか笑顔の私であったが、40ドルでOKということであった。私は、車に乗り込んだ、そして、出発したのであった。 結果的には、何度も雨が降り、雨が降っていない間は、カンカン照りであり、おそろしく広大な範囲に遺跡が広がり、徒歩なら3,4箇所、馬車や自転車でも10箇所も行けてないかもしれないだろうが、十分な説明を受けながら20箇所を回ることが出来、正解であった。それにしても、おそらくではあるが、ネイティブで英語を話す国の一般の高校生ぐらいより、私は彼の話を理解したのではないかと思ったのであった。勿論、分からない単語も、多かったのだが。ニルバーナ(涅槃)は、まあ、バンドもあり有名になったが、ダーマ(法)、パゴダ(仏塔)、ヒナヤーナ(上座部仏教)、マントラ(真言)、サンサーラ(輪廻)、ビナーヤ(律)、サンガ(集団僧)、カルマ(業)、インターデフェンデント(無我・縁起)、エンライトメント(悟り)など。最後に、ちょっと、いや随分違うのだが、私の名前の意味はエンライトメントなんです、と言っておいた。"All is vanity."(つづく) 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.28
コメント(6)
といいながら、人間は、政治的なもので、投票に行く行かないは別にして、政治的なのである。何を隠そう、20歳から10年間ほど、すべて国政選挙には行ったが、私の投票した人は、たった一人を除いて誰も当選したことがない。といいつつ、白紙でだしたことも、何度もある。といいつつ、政治の悪態と情けなさを投票用紙に10分以上書き続けて、結論的に適任者はいません、と書いて入れたこともあるのだが、今考えると、あれは、無効票になっている気がする。当選した政治家は、初立候補で、エコロジー関係の人で、私は、エコロジストではないので、勉強はするけど、エコテロリズム的やエコ封建的なものがキライなので、いまいち賛同はできないのであるが、駅前ではにかむこのおっさんと握手をしたら、テレながら、握手いsていただいてありがとうございます、と言ってくれた。この人は政治家としては大成しないけど、いい人だと思い投票したら、時代の流れに乗って当選した。今度は、民主党が政権を取るのだが、はっきりいわなくても、自民党の分派だから、自民党なのである、だから同じとしか思えない。今回、政権交代が争点なんかではないからな。まあ、日本新党みたいになるよ。公民党は、いいこといってること多いんだけど、選挙自体は政教分離に違反してないのかもしれないけど、自分の党や党首というか、某ドンを中心に自分の宗教に有利に働かせるのが目に見えているので、かつてのO真理やK科学と同じく、憲法違反とはいわないけれども、いけない。共産党は、まあ、いっていることは、自民党と同じなんだけど、日本は、今まで、世界で唯一成功してきた共産主義国家に近い形であり、それに戻して欲しいところだが、ここも結束が杓子定規すぎて、誰を立候補にしようと、金太郎飴でいうことは決められていて同じ。まあ、同じが何で悪いといわれると、困っちゃうけど。実は、何を隠そう、この前、自宅に監禁されているアウンサンスッチーの国に言ってきたのであるが、こういう国では、ああ、じゃんじゃん、政治経済の話を庶民に聞き、睨まれようじゃないか、ってことで、また政治の話をタクシー運転手にもふっかけた。そのタクシー運転手には、乗り込んで最初「アウンサンチッキーの家まで」と言ってみたのであるが、ハハハと笑われただけであった。そうやって和んで(和んでなかったりして)、もうすぎ、日本も選挙だけど、日本の選挙も金かかるんだよなあ。というと、タクシー運転手はするどいひとこと。日本は民主主義の国と聞いているのに、何故、選挙なんかに金がかかるのだ?やはりここは、日本マンネリ党とか、もーどうでもいいやん党を立ち上げるべきなのか。そんな訳で、30歳に入ってから、数年間、選挙にはいかなかったが、やっぱり、国政なのだから国のことを考える人でナイトあかんということで、選挙区は、くじ引きにして欲しいよな。細かくはまああれとして、給料は年収1億円で、既存の財産は当選時国家没収、議員後賄賂そのた便宜を図るなにがしは、死刑というのでいいんじゃないか。家族名義秘書名義なども連帯責任。勿論、小泉などのような売国奴は国家反逆罪で死刑。医療と教育はただやね。税収あっぷのためにも、そらマリワナ解禁でしょ?酒と同じ扱い。昼間からやっている奴だらしない風潮、飲吸運転禁止やね。どうしてもというならタバコを禁止やね。自己責任の国にしようや。どんなところにいっても日本政府が救い出そうと努力するのが、自己責任を認める国家や。あのとき、そういや、緒方貞子国連事務総長さんだけがまともなこというてたわな。「自分は危険なところへは生かせない、でも行くひともいれば、とどまるひともいて、それが自由であり多様化でいい社会だ。何かあれば全力で救うのが国家としての当たり前の任務だ」なんでもいいけど、ぼやきたいことが山積してきたので、もうちょっと飲んでから寝るわ。あ、選挙、若者が行っても何も変わらない!っていうけど、その通りやで。微妙なところで変わるかもしれないけど、選挙権持った20代の割合考えてみ、10パーセントないやろ。まあ、だから若い世代に金回ってこないんだけどな。まあ、清き一票やで、ってことやな、っていうか、1票の格差はよお、選挙区によって違うわけで、これは、違憲だわな、簡単に調整できるはずなのにだよ。これを合憲にした頭のおかしい最高裁判官が現在2人(那須弘平、涌井紀夫)いるんだから、1秒考えないまでもおかしい。国民審査も今回ある、俺は、はっきりいって毎回全員にバツをつけているが、今回もこの2人を筆頭にバツだ。ついでに、立候補には順番をつけようぜ、ってことで、絶対落としたい奴、作らんといかんのちゃう?てか、もう、30歳以上になったら、もう興味なくなったよ、カックーン。
2009.08.27
コメント(10)

東南アジアグルメ紀行を出稿して以来、食いしん坊諸氏の賛同と飽くなき欲求により、ここに再度掲載したいと考えます。タイのバンコク、チャオプッラやー川の屋台で昼飯。実は、ここで食事をしたことがある、初めてバンコクに来た1986年、23年前だ。私は、まだ良く分からなくて、タイ料理というのはどういうのがあるか、ということで、覚えたてのバーミーヘンか何かを頼んだら、をれをつ来る屋台がなかった。でも通じないので、近くに居た西洋人が連れていた(どうみても、買っていた)女性が、助け舟を出してきてくれて、それはないといってくれた。なんだか、最近、どの国に行っても、灰皿が置かれてないか分煙になっているのだけど、ビルマは、もうまだまだあっちこっちでスパスパスッパーの国であり、10年、20年前だったらナントも思わなかっただろうけど、今は、意味なくアッパレって感じさえしてしまうんどえあった。ビルマ料理の基本はカレーで、ビルマ人でいっぱいのレストランに行き、魚カレーを食するが、これが、脂っこいが、いけるのだ。そして、うまいのが、レモングラスサラダ。癖になる味である。スープとサラダと飯がついて、(それは食べ放題)1.5ドルであり、ミャンマー瓶ビールも1.5ドルである。ホテルに帰ってからは、ブラウンシュガーをたしなむ、いっちまう。夜になり、またどこか飲みにいこうかと思うのだが、町が暗くて、どこに、飲みにいけばいいやら、でも昨日のチャイナタウンまでは、歩いたら遠いしなあ、といいところで、チカチカを発見する。ジョッキビールは1杯50円。あかん、癖になってダボ飲みしてしまう心。あれれ、またここでもファッションショーかよ、誰も見てないけど。懸命に着飾っているのが、悲しくなるんだ。華やかさに貧乏臭さの欠片でも出てしまえば、とたんに哀れになる。ヤンゴンエアのランチボックス。クロワッサン。酒のエサ酒のエサの元祖。料理のすぐ下を歩いてます。シュールな光景です。パガン料理。インドネシアのパダン料理は、いっぱい皿が並べられて、食べた分だけお金を払うが、ここは全部込みである。自分は野菜が好きなんで、1皿だけ食べつくしました。後は食べ切れませんでした。どんなけ食べさせてくれるねんの1.5ドル。ビールもマンダレービール赤ラベル(ストロング)1.5ドル。腹が千切れそうになるも、デザートまで出てきたのであった。どんなとこで作ってんねん、と炊事場に行って見る。トラディショナルミャンマーピザを頼む。ほんまに、これトラディショナルなの、って聞いたら、そうだよ、と笑顔で答えられるが、この店のトラディショナルというかオリジナルじゃないか、味はミャンマースパイスだったけど。泊まったところが、オールドパガンで、近くの本当の庶民の住む村は3キロほど離れていて、もうオールドというほどで、人が住んでおらず、ホテルが3件しかなく、離れたところにレストランが3件ほどあるだけで、レストランまで、1キロほど歩いていこうとすると、馬車のニイチャンが乗っててくれ、というが、いいよ歩いていくからというと、生活が苦しい、馬を借りている日払い金も返せない、安くしとくから、と涙声になってきたので、乗っていくことにした。帰りも、待っているからとレストランの外で待ってくれていた。でも優しいビルマ人、乗ってからは、強引に誘って怒ってないかい、と黙っていた私に気を遣う始末。悪い気がして、ニイチャンの家族の話や、普段の話を聞いた。僕は働いてから、そんなにお金に五月蝿くなくなった。お金は天下の回り物、今、俺が持っているからという気になっている。不当にぼられるのには断固戦うが(エジプトやシンセンでコテンパンにやられたけど)、5ドルを3ドルに値引き交渉したけど、やっぱり、別れ際には、ハイ、チップ2ドルを渡してしまう私。レストランについたとき、ドルしかないんだけど、ドル払いして、ビルマチャトでお釣りくれるかなというと、イイヨ、とのことだったので、調子に乗って、部屋にビール持って帰るから売ってくれない?近くに店ないからというと、イイヨとのことであった。朝、7時にチェックアウトするので、私には珍しく6時から朝ごはん。さすがに私だけ。ハッピーチキン、ここぐらいならファーストフードで冷房は、と思ったが、ここもダメだね。ホテルだけだ。エアコンあるの。(そんなことないけど、タイから来ると圧倒的に少ない)バンコクのカオサンロードでいろいろ今日以降のホテル予約や何やらでネットカフェの夜中。シンガポールではラクサです。180円。ビール420円日本と変わらぬ。シンガポールでは道でつば吐いたら罰金ですので、ホテル廊下で吐くのでしょうか。注意書き。マレーシアでは、ナシゴレン。マレー語とインドネシア語ほとんど同じだよね。ミーゴレンも食べる。シンガポール、川沿いで、ビール一杯だけ。店は全部川沿いに向かっているのだ。そんな訳で川から1本入った通りは全部裏側で室外機及びゴミ置き場通り。夜中、明日帰るので、寝ようとしたが、あと1本だけビール飲もうと外に出る。汗をかいてはいけないので、ノソノソ歩く。じいさんがノソノソ餌をやっている。買ったので、帰ろ、何故か2番目に安いオランダのビール。帰り機内は、もうおなか一杯だったので、ワインとフルーツだけ。あと、クロワッサン一切れ。それでも、おなか一杯だったので、機内を何周もして運動、散歩している間に日本になりました。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.26
コメント(12)

ボロボロのタクシー時速40キロ以上は出ない状態ではあるが、6時間9ドルでチャーターした私は、アーレンガーシンパヤー、メーラムパヤー、茶売ったーパヤー、ナーガ洞窟パヤー、カーパエーパヤー、そして最大のシェンタゴンパヤーに順番にジャンジャン行ってください!とリクエストした私は、何でそんなに寺院ばかり行くんだよーといいながら、微妙な展開を繰り広げながら、運転手も微妙な日本語、(単語だけ)を操り、公園、病院、お寺、学校、と単語だけ言われても、ウムそうか、としか分からない状態で、いっそ全部英語で説明してくれたほうが・・・と思いながら、何とか、運転手の息子さんが大学生だということが分かり、俺は、こんな安い車しか借りることができないんだよ、生活大変だよ、ということが分かり、下り際に、チップ2ドルをつけて11ドル、おまけに、あした空港まで送ってくれ朝5時に迎えに来てくれといったのであるが、分かりました!といつつ何故か、でも交代要員になているからそいつに言っておくよといって、そいつはこなかった。車が古いので、普通のタクシーなら6ドルなのに、4ドルで行ってくれるといっていたのに、何故か来なかった。仕方ないか。寝過ごしたか? 大きな道を逸れると、舗装されていない道になるのは、仕方ないとして、舗装された道にしても、その後のメンテナンスがなかなかされておらず、スプリングのない車は、ロイヤルストレートジャンプを繰り返してくれるのだが、反面、日本も、道路だけにあんなに金かけなくてもいいんじゃないのではないか、と思うのであった。車は、寺院に到着すると、車で来る人も少なかったり、観光客も来るわけでもない寺院の前では、もう寺院の入り口ギリギリまで車をつけたりして、車のドアを全開にして、暫く私を待ってくれるという按配だ。(2箇所は駐車場料金を取られたけど、運転手が払っていたので、払おうとすると、いいよいいよ、という。まあ、20円ぐらいなんだけど、何だか、悪い気もするのであった。 ところで、一応、寺院の説明である。ナーガ洞窟パヤーであるが、どの辺りに洞窟があるかは不明なのであるが、少年僧が大勢修行する寺院の中心に二重の回廊があり、それはそうとして、少年が多いのが、スゴイのである。何がすごいのかというと、少年僧が多いのがすごいのである。大人は、見渡す限り、私一人であり、指導者はどこだ、って感じであった。 次に、カパーエパヤーと聖洞窟も紹介するまでである。聖洞窟は、確かに、山をくりぬいた中がコンサート会場になっており、仏典結集も行われた地である。結集とは、共に歌うという意味であるが、要は、エライ人たちが、釈迦の教えを間違えないように、みんあの記憶を合わせて仏典をまとめるっていう事業である。まあ、基督教でもやってるよね。異端にされたら、そりゃもし真実でも大変なことで、基督教は、多分、正しい教えが異端になっているはずだ。1回目は直弟子のアーナンダなんかがしたものであるが、有名なのは3回目のアショカ王、4回目のカニシカ王によるもので、高校の教科書でも習ったとおりである。しかし、ここは、第6回と書いてある。それも1900年代に??そりゃビルマでの第6回目ってことなのか??まあそれより、おしとやかなビルマ人、敬謙で慎ましやかなビルマ人、生粋のデートコースでもある、デートは、お寺でお祈り、ナウイ!私は感心するのであった。邪悪な寺に落書きするような参拝の後のチョメチョメのことしか考えていないような日本のお寺巡りデートは、ケシカラン、と若い私は老婆心ながら思うのであった。それから、カパーエパヤー(世界平和寺院)は、築50年ほどの新しい寺院であるが、タイ人団体旅行者が写真を撮りまくっていた。ああ、タイ人からみても、ビルマって安くって近くって(飛行機で1時間)同じ上座部仏教ってことで、訪れやすいのだなあ、と思うのであった。基本、日本には上座部仏教はない。全く違った宗教に見えるから不思議である。しかし、こちらのほうが好きである。個人の救済は個人で、そして、宗派がなくて対立していないところが、私は好きだ。というか、このキッチュさも、ちょっぴり好きなんだぜ。とにかく、キンピカ、ラグジュアリー、ゴージャス、鏡張り、電飾であるのが、ビルマ寺院の掟。そしてこkじょは、どこかモダン。以上。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.25
コメント(8)

空港の近くにある緑色の仏陀が鎮座する寺院である。顔も若干、気持ち渋めである。ヌヲォオーンといった表情の性別不明の仏様である。寺院はどこにいっても、遺跡ではないので、そして、風通しが良いためか、多数昼寝人間が居て、地元の人々の中心であることを実感できる。決して豊かではないどころか、かなり貧困層も多い中、インフラも整っていない中、寺院だけが、ピカピカであり、信仰心の厚さというか、やけっぱちというか、全部寄進しましたってな感じで、人々は日々精進されておられるようである。まさしく、2文字で言うと、派手!この寺院は、土着信仰も交じっているようで、何だか多少オカルトっぽいところが、愉快なのであった。おまけに寺院は迷路状になっており、各所に、仏陀関係とは縁のなさそうな王子様王様物件が鎮座している。もう、現世への投資はいいのである!といったような諦め感のようなものが、ビルマ人の優しさかも知れない。そう、予想外にビルマ人はなかなか優しいのである。道を聞いても、何かを聞いても、過剰なほど親切に教えてくれるのもそうだが、愛想もいいのである。2,300メートルなら連れて行ってくれるほどである。それに、あまりぼろうとしないし、多少ぼられても気がつかないほどである。4箇所ホテルに泊まったが、出迎えがどれも素晴らしい。2泊目はトレーダーズホテルというヒルトンやシェラトンみたいな大規模ホテルに泊まったのだが、フロントの中の女性もボーイと一緒に部屋まで来てくれていろいろ説明してくれる親切さ。緑色の恐怖、目も腫れる。この節操のない信仰心が優しさなのか。いいなあ、だらけてて。余裕があるんだなあ。その余裕が親切心なんだろうか。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.24
コメント(6)

学生時代はタイからどこかに行くとすればカンボジアもラオスも鎖国、マレーシア以外に行くことが出来るのが、ビルマであった。しかし、私の知り合いでもたった一人しか行っていなかった。何せ、ビザが1週間しか下りなかったのである。それに、強制両替300ドルがあり、闇両替すれば数倍になるのだが、ホテルと移動手段は政府ツーリストを経由しなければならないのであった。噂に寄れば、タバコ1カートン、それもスリー5と、ジョニ黒を持ち込むと、空港を出るとすぐ人が寄ってきて1万円ぐらいになるという。ビルマは、今もカも知れないが、物価は、闇両替すれば一番安い国でもあったのだ。交通機関も1週間しかないとすれば、適当な列車より、適当な飛行機を乗ったほうがよいということであった。現在でも、かなり列車は老朽化している、とうか、ヤンゴンの町自体が老朽化しているのであった。しかし、学生時代、1週間で300ドルは厳しかった。涙を飲んで諦めるしかなかったのであった。 今回も調べてみると、合言葉は、空港で両替するなということであった。強制両替はなくなったが、空港で両替すると、半値なのだ。そういうわけで、ホテルとか、寄ってくる人とか、市場でドルと交換するということになる。(具体的には1ドル街中で1100チャトだが、空港では450チャトであった) ビルマの旅行は、まさに、巡礼の旅行に過ぎないのであった。ヤンゴン川沿いのボータタウンパヤーまで歩いて出かけた。建替えはあっただろうが、2500年の歴史ということであった。寺院は、遺跡ではなく、どこに行っても、今に息づくのであるが、どこか、不謹慎ながらポンチに見えてしまうのは、敬謙さが足りないのであろう。アレエのポーズ動く賽銭箱タイという国は、立ち回りがうまく、ビルマが英国、インドシナがフランスに占領され、その緩衝帯として、うまく立ち回り、そして、タイという国は伝統的にガイコクジンを平気に受け入れることを得意とし、列強国各国から技術士などを受け入れ、いち早く近代化に勤めたおかげで、日本以外に唯一植民地にならなかった国であった。それでも、それまでは、ビルマとも隣国ということで、ビルマ、タイ、ベトナムと3つの大きな国が、今のラオスやカンボジアやマレーシアを巻き込んで領土の取り合いを繰り返してきた。しかし、現在、発展度としては、大きくタイに離されてはしまったが、ビルマ人、英国が宗主国だったのか、大抵英語は通じるし、また書くが、ビルマ人ムチャクチャ人がいいのであった。軍人は、写したらあかんらしいよ。タクシーで市内に戻るが(1ドル)、面白いことに、タクシーの値段も、交渉では有るが、車のボロさで、値段が違うようだ。最もボロイタクシーに乗ってみると、親父が日本軍にお世話になっていたという運転手で、日本語を100単語ぐらい話すことができる人で、そのまま、午後6時間専属タクシーとして雇うことにした(9ドル)。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.23
コメント(6)

シンガポール空港から、電車に乗り、アンジュードという駅で下車。今回、シンガポールでは空港の近く、ゲイランロード地区に泊まってみた。一大地元飲み屋街であると同時に、知らなかったのだが、政府公認バイしゅん宿街でもあるのだ。インターネットカフェも多数、1時間140円だ。大いなる下町である。 旧タイガーバームガーデンからリトルインディアまでタクシーに乗ったのだが、中国人初老のタクシードライバーが何故だか陽気な人であった。「君、あの公園、理解できたかい?」「まさかまさか、タイガーバームで成功した人の考えていることは分からないよ」「シンガポールは長いのか?住んでいるのか、シンガポール人みたいだぞ」「1日だよ、1日」「何だよ、まあ、こんな国、1日で十分って訳かよ、でもおススメは、ゲイランだぜ」「お、おれ、そこに泊まっている」「ドコのホテルだい、週末は、私もいつもビールを飲みに行くのだ」「香水ホテル。あまりよくないが、泊まるだけだからね。2800円だよ」「それは、賢明な選択だ。やはり、ここでは、食事や女性に金を使ったほうがよい」「まあ、俺はもっぱら、ビールだけど、結構、シンガポールは高いけど、いろいろ輸入ビールあるねえ」「アムステルビールが12パーセントもアルコール度があり、こいつ一本飲んだら、私は十分だ。あとは、黒ビールとのハーフアンドハーフ。あと、女性なら1時間4200円で、ホテルは1時間借りて700円だ」夜になり、表通りを歩いていると、多くの人々が飯をくったり、ビールを飲んだりしている。カラオケの店というのは、ビール1本2500円ぐらいと入り口に書いてあるが、どんなシステムか分からないが、ドアが開くと、五月蝿く繁盛している店と暇そうな店がある。西洋人が、一人、入ってみるか、どうするか、店の前で悩んでいる姿が微笑ましかった。屋台では、ラクサやマレー料理が100円から300円。それに比べカールスバーグ大ビンが420円。通りの奥のほうに行くと、置屋がある。祭壇が必ずあり、店は、番号だけというところも多い。電灯の色は、朱がメインで、ようなので、照明の色以外は、民家の軒先とそう変わらないのであった。他チン棒もいるが、たまに日本人も来るのか、呼び込みもほとんどないのだが、1度日本語で声をかけられたのであった。豊かで厳しい統制の中、合法的なバイシュン宿街赤線地帯を作っているシンガポール政府は、現実路線をも見失わないのだろうか。勿論、ガイドブックには載ってはいない。厳しい統制の中で生きるシンガポール人やガイコクジン労働者の息抜きの場所ということなんだろうか。早朝まで、営業はしているようで、早朝5時前にチェックアウトし、外に出ると、また声をかけられたのであった。タクシーを停め、空港までというと、あんたなんでこんなとこ泊まってんだい?どうやら、私が、仕事のような恰好をしていたので、出張と思ったようだ。ああ、個人で来ているのか、ここは、安くていいな、と意見しつつ、シンガポールの旅行は終わったのであった。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.22
コメント(8)

一律料金7ドルのタクシー代を握り締め、エアコンの効いたタクシーを捜すまでもなく、40分ほどで空港から市内に入ってきた。100メートルを越えるシェンタゴンパゴダが見えた頃、ようやく市内に入ったのだなと思ったのだが、バンコクから来た私には、夜の闇が暗い。街は、スーレーパゴダのサークルを中心に延びており、その近くの宿に入り、即、着替え、外に出ると、夜の8時半であった。シェンタゴンパゴダが、明日泊まるトレーダーズホテルの向こうに少し見えた部屋からの風景。スーレーバゴダが街の中心と聞いたが、暗い。 街、一番の賑やかな場所でさえ、電灯の力が弱く、人が、暗闇の中でうごめいている。ビルマは、タイとインドの間にあるが、まさに、その間という感じで、どちらかというと、インド寄りの夜の暗さを感じた。しかし、インドより、大人しい感じが、タイっぽい感じもする。9時を過ぎると、露天もほとんど終了し、店もシャッターが下り、どこか店はないものか、とひたすら歩き続けると、バンドが入った店が現れ、頑張って電気を使っている様子が現れ、入ってみる。ジョッキのビールが1杯50円である。客は、半分程度入っており、素人のようなバンドが2,3曲続くと終わり、何故だか、ファッションショーが始まった。踊りではなく、ポーズを決めて、数回着替えて女性が出てくるのであった。エレガンスやセクシーからは遠く離れているが、こういうのが、ミャンマースタイルなのか?少し悲しくなってくるのであったが、そこは、急いで、1杯目で値段が判明したところで、お代わりのペースが加速度的に速くなっていったのであった。やがて、ファッションショーが終わり、女性たちは全員、店をいそいそと出て行った。プラスチックの籠に、着替えのようなものを入れたまま。聞いてみると、数件ある店をみんなで掛け持ちして時間単位で移動していったいるとのことであった。その後、ビールの屋台があるというチャイナタウンに向かった。男が声をかけてくる。旅行者に声をかけてきてついてくる人にろくな奴はいないが、今までに、2,3人はいい人もいたので、少しは様子を見る。金目当てか、女紹介か、薬物関係紹介か、何か売る気か、結果的に、その男は、腹が減っていて、おごってもらいたいと思っていただけのようであった。あとは、ひつこく、ディスコに行こうというのだが、ヤンゴンにはJJとか3,4件だけディスコがあり、そこでは、概ね、女性を連れ出すことができて、そいつは、あわよくば、女性をもおごってもらおうという魂胆のようであった。かたくなに断ると、マッサージもあるということであったが、またそれ系なので、もうおまえいいよ、というと、じゃあ、チャイナタウンでビールを飲もうということになった。いい加減、こいつなあ、と思ったが、まてよ、軍事政権下、政治的な話はあまりしてはいけないな、と思いながらも、彼を招待して、1画だけ12時になってもビールを飲ませてくれるチャイナタウンの屋台でビールを飲むのであった。「アウンサンスーチーの家はどこだ、この前、西洋人が湖を泳いで捕まったのを知っているかい?女史の家は、湖畔にあるのか、どこだ」と地図を広げる。「ああ、知っている、知っている、今も拘束されているよ、そのアメリカ人。家はここだよ」「去年、暴動で、日本人カメラマンが殺されたけど、どこだよ」「ああ、あれは、ここ」「なんだ、これすぐそこやないか。あれのせいで、日本人旅行者も多分、減ったと思うし、俺も、おおっぴらには人に言えずに、密かにこの国に来たんだ。」「それでか、私は日本人と話をしたのは初めてだ」「この政権をどう思っているんだ、あんた外人を見守るスパイじゃないよね、スパイだったら、ビール3杯目に突入しないよね。やっぱ、尊敬されている僧を殺したからね、何人民間人や僧侶は殺されたのだい?」「何百人も殺されたはずだよ、多分、それは、外国メディアのほうが詳しいのじゃないの?」「ネウイン政権の頃、20年ぐらい前に、高額紙幣が廃止されて、35チャト札とか、75チャト札とかわけの分からん紙幣が出たとき、君はどうだったんだよ」「それは、まだ子供だったから記憶がない」「何だよ、あんた何歳だよ」「26歳だよ」「なんだ、俺と一緒ジャン」→何故だか、うそつけ、とはいわれず、疑われない。「ところで、ビルマの人、なんで、苗字がなくて名前だけんだよ」まあ、そうやっているうちに2時前となり、すべての店は終わりとナリ、おお、あるじゃないか、インドと同じパン。パン(1葉20円)を噛みながら、自転車に前後ろ向きに2席設けたサイカーに乗って宿に帰るのであった。やっとこさ、朝は、目覚まし関係なく起きた。宿を出ると、すぐスーレーパゴダだか、人々が学校や出勤やで歩いている。ムム、見覚えのあるバスのデザイン。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.21
コメント(7)

健康を学びつつ更に進んでいくのであった。これは、オリエント工業の作品ではないか。やはり、オリエント工業の作品ではないか。はあ。ところで、フィギャにはあまり興味の持てない私でした。ところで、南極1号都市伝説を覚えていないだろうか。南極観測タイは、当時、国家事業の一環として位置づけられていたのであるが、ここで、長い間の男性処理はどうするのか、って奴だ。これは、昔、何かの本で読んだので、私の体験ではないが、確かに、持って行ったようである、名前も弁天さんである、がしかし、キモイは、寒いわ、で結局、無事、操を守って(というか誰も手を出さず)、日本に凱旋帰国したということであった。 飽くなき、セーヨクは戦争時代にも、テーコクニポン軍部で真剣に検討されたようである。慰安婦とか、いろいろあったのだが、とにかく、戦力の落ちてしまうので、セイビョーだけは勘弁しておくれってことで、ジイ器具とか擬似ニョタイを開発したようである。評判は、分からん。そういえば、聞いたことあるよね、コンドム「突撃一番」!強そうだ。戦争といえば、ヒトラーもヒムラーに開発を命じていたようである。セイビョウ及び、非アーリア人の子を作ってはいけないと考えていたのであろう。しかし、何だかよく分からないが、本来のアーリア人でイランのほうじゃないの?何でゲルマン人が・・・。ところで、「オランダ人の妻」のことに、戻ってしまうが、ほぼ、日本でしか流通していない半和製英語である。いろいろ諸説はあるのだが、インドネシアに行くと、向こうに、抱き枕っていうのがあるじゃない?中級ホテル以上なら、円柱の筒が置いて歩けど、あれね。オランダ人がインドネシアを植民していたときに、オランダ人も暑くて、寝るときは、竹細工の抱き枕を抱いて寝ていたとか。それが、竹夫人。いつのまにやら、それをみたイギリス人が、揶揄して、オランダ妻と呼んだとか。ゴーダッチ、とかダッチトリートとか、ダッチアカウントとか、ダッチパーティ(みみっちいパーティ)とか、ダッチカレッジ(酔った勢いでの空勇気)、いろいろ検索していると、こんなレースもサンクトペテルスブルグであるんだねえ。2009年7月韓国済州島チャータータクシー旅行 、神秘(トッケピ)道路 済州島、ラブランド1 済州島、ラブランド2 済州島、ラブランド3 済州島、健康と性の博物館1 済州島、健康と性の博物館2 済州島、健康と性の博物館3 済州島、小人国1 済州島、小人国2 済州島、テディベア博物館1 済州島、テディベア博物館2 済州島、申栄映画博物館 済州島、万丈窟・日の出峰 済州島、日の出ランド 済州島、運転手さんのおすすめのところ 済州島、国際平和センター 済州島、ワールドエロムージアム 済州島民族自然博物館 済州島gourmetの旅
2009.08.20
コメント(2)

問題点:出発予定日になっても、パスポートがない。相手の対応:ミャンマー西ビザセンターと銘打ちつつ、単に、まとめて東京の大使館にパスポートを送っているだけのようだ。私の反応:きっと、私が、精鋭で真髄をえぐるジャーナリストと勘違いされ、要注意人物と間違われて、発行に時間がかかったのであろう。今後の対策:ビザ受け取りの時にノートにサインをしたのだが、私が申請した日に申請した人間は私だけで、翌日も3人だけであった。数まとめて送っていたのではないかと疑いつつ、ビザは早目の申請が有効であることが確認されたのであった。(バンコクは、当日予約で7割引きだったデザインホテルに宿投)(ネットも無料)問題点:スリランカに行けるけど、帰って来れない。相手の対応:バンコク捜査官「トイモさん、あなたのチケトでは、コロンボまでは行けますが、まだ帰りがOKかどうか確認できてません、パッセンジャーチャンスでトライしますか?」私の反応:私の自家用ジェットの着陸許可は下りたのかもしれないが、スリランカ政府は、飛行機の没収を考えているのかもしれない。タミルイスラムの過激派トラの資金源にしようと考えているのかもしれない・・・。今後の対策:政府とも反政府とも、友好的な日和見主義で、第三者的な立場を貫きつつも、何が正しいのか判断する目が必要だ。それに、パッセンジャーチャンスのチャンスに懸ける勇気のなかった自分を呪う。(シリラートで下りると、すぐ、病院です)(暁の寺、ワットアルンを眺めながら、トンブリまで船で渡ります。3バーツ12円ですが、20年前は50サタン2.5円でした)(巨大病院シリラートは、必ず迷います)問題点:放浪さんのリクエストに従い、シリラート病院に行ったのだが、意外な事実に直面。相手の対応:ガードマン「せっかく来てもらったのだが、今日は、ナショナルホリデーで休館です」私の反応:私が当局写真を世界に大公開するのを危惧したタイ観光局の憂鬱を入場拒否という形で体現したというわけだな。今後の対策:国王とか皇后の誕生日ぐらいは、覚えていこう。参考→8月12日 王妃誕生日(母の日)シリキット妃の誕生日を祝う。ワンメーと呼ばれているんだぜ。(案内はありますが、迷うので、気兼ねなく、その辺の係員に道を尋ねよう。)(シンガポールまでの飛行機の中は腹痛との闘いである。) (腹が痛いので、我慢して、インドビールを飲む。) (シンガポール市内に戻り、また急遽ホテルにアーリーチェックイン、虚しさの朝焼け) (格安飛行機会社バジェットは、ターミナルもどこかはしっこの方です。) (荒地の中に、車内から何か変なものを発見した。)(次のシンガポールは、歩いて出国、手間取ると、バス。) (マレーシアマクドですが何か)問題点:ビルマで生水を体内に入れるとえらいことになる。相手の対応:油断していた。ウエブ上や紙面でも散々、生水には注意と書かれていたので、一切口にしていなかったのだが、最後のレストランで、ビールを頼むとなかったので、アイスコーヒーを頼んでしまうと、快くウエイトレスが対応してくれて、持ってきてくれた。私の反応:氷のことをすっかり忘れていたというか、全然大丈夫じゃんと油断しており、セイントストマックをいつの日か自負したうぬぼれが生んだ悲劇。今後の対策:5分おきにコウモンに何度でも取替えできるほどのテッシュを持参すること。問題点:タイとシンガポールは縦に並んでいるので、まあ、通常考えれば、時差ないよな。相手の対応:日本へ?もう、チェックイン時間は終わりましたよ。私の反応:出発時間1時間前に、早朝、タクシーでシンガポー、チャンギ空港に行ったのだが、ちっとも、一人もカウンターに並んでいない。何を隠そう、私の時計はタイの時間のままであり、まさか、経度の同じシンガポールと時差が1時間あるなんて、未だ信じられねえ・・・。今後の対策:世界には時差がある。例えば、インドとネパールの時差は10分だ。問題点:シンガポールは超管理国家であり、つばを吐いたり、蚊を発生させるような水を溜めておくと罰金。ガムの持込も禁止。相手の対応:シンガポール税関「ここは、シンガポールだ、我々がクリーンな環境を目指している。1本のタバコの持ち込みも税関申請しなければならない。あなたは、知らなかっようだから、あなたにチャンスをやろう。おとなしく罰金100ドル払うか、税金8ドルの払うかだ」私の反応:マレーシアのイミグレを抜けると、売店があり、マレーシアリンギットが余ってしまって困っていたので、飲食したいものもないし、あ、タバコ売っている、ちょうど1箱分ぐらいの持ち合わせだ。一個買ってみるか。そして、シンガポールに入った瞬間金属探知機前で、ポケットからタバコを取り出すと、いきなり別室行き。私は、税金払うぐらいなら、もうタバコ捨てるよ、というと、その場合は罰金がかかる、といわれた。そういえば、3年前、インドネシアから船でシンガポールに入ったときも、ワインが見つかり、税金取られた。あの時も、実はワインは日本で貰ってただのものだったのだが、飲まないまま持っていただけなので、捨てますと言ったら、その場合は罰金、捨てないなら税金といわれた。そのことを今、鮮明に思い出したのであった。私の安堵:マリワナじゃなくてよかったー。今後の対策:もうシンガポールには行くな。もし、行ったとしても、税関員にキャニュースピーークイングリッシュ?といわれた時に、アブソルートリー、のぉおおーと言うことにする。(税金は、カード払いでスマートに) (ビルマチャトは結構適当で、印刷柄は同じでも、大きさの違う同じ金額額面の1000チャト紙幣約90円) (死ぬほどボロイタクシー。気に入って半日チャーター。10ドル。) (バガンまでヤンゴン航空、フライト時間1時間とかかれていたが、しっかり90分みっちり飛んでいた。) (バガンでは、滑走路を歩いて、ゲートへ) (椰子酒である。たった一晩で出来る蝿もたかるアルコール度10パーセント以上) (観光は一旦中止だ!飲み会だ!あては、雀だ!) (ラングーンまでバガン航空、フライト時間2時間半。途中、北部マンダレーを経由したから。) (マンダレー空港)(明るい雰囲気です) 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.19
コメント(8)

もうとっくに滅亡したかと思っていたタイガーバームガーデン、確かに香港のは、もうなくなったが、シンガポールでは、地道に名前を変えて規模縮小?して生き残っていたのであった。中国の成功者の奥深さを感じるのであった。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.18
コメント(11)

先日は、地獄編を主にアップしてみたりなんかしたのだが、こちらは、その他父の作品集である。来週から海外仏像巡礼の旅に出かけるので、ここで復習しておくという按配。ハニベとは、埴輪を作る職人のことらしいよ。昔、インドのカジュラホ、ミトゥナ像ここにもあり。期待したらこけました 2009年7月福井県旅行 東尋坊 あらわ市、肉はがし すっぽん 加賀仏像パーク1 加賀仏像パーク2 加賀仏像パーク3 小松市ハニベ1 小松市ハニベ2 自動車博物館日本車 自動車博物館外車 自動車博物館トイレ 小松空港プラザ
2009.08.12
コメント(0)

おさらい。最近の長期旅行をまとめておきます。2007年1月初めての世界一周旅行南回帰線。7日間大阪→自家用ジェット・フランクフルト(ドイツ)→自家用ジェット・アムステルダム(オランダ)→自家用電車・ブルージュ(ベルギー)→自家用電車・ブリュッセル(ベルギー)→自家用ジェット・ワシントンDC(USA)→自家用ジェット・成田→自家用ジェット・大阪2007年8月初めてのメキシコ中南米挑戦旅行。5日間大阪(仕事が長引き、空港に行くが乗り遅れ)→自家用ジェット・サンフランシスコ(USA)(メキシコへの乗り継ぎが入国審査長引き失敗、翌日以降満席にて断念)→自家用ジェット・バンコク(タイ)(急遽、タイに予定変更)→自家用ジェット・成田→自家用ジェット・大阪2008年1月再度、中南米の旅行8日間大阪→自家用ジェット・成田→自家用ジェット・ロサンゼルス(USA)→自家用ジェット・グアテマラシティ(グアテマラ)→自家用タクシー・アンティグア(グアテマラ)→自家用乗り合いタクシー・コパン(ホンジュラス)→自家用バス乗り継ぎ・サンサルバドル(エルサルバドル)→自家用ジェット・ロサンゼルス(USA)→自家用ジェット・サンディエゴ→自家用電車・ティファナ(メキシコ)→自家用ジェット・サンフランシスコ(USA)→自家用ジェット・大阪2008年8月、一度は行ってみたいエジプト旅行。7日間大阪→自家用ジェット・成田→自家用ジェット・コペンハーゲン(デンマーク)→自家用ジェット・フランクフルト(ドイツ)→自家用ジェット・カイロ(エジプト)→自家用ジェット・ミュンヘン(ドイツ)→自家用ジェット・香港→自家用船・シンセン(中国)→自家用船・マカオ)→自家用ジェット・大阪2009年1月今度は北回帰線世界一周旅行。7日間大阪→自家用ジェット・成田→自家用ジェット・ワシントンDC(USA)→自家用ジェット・アムステルダム(オランダ)→自家用ジェット・ウィーン(オーストリア)→自家用バス・ブラスチラバ(スロバキア)→自家用ジェット・ブダペスト(ハンガリー)→自家用ジェット・フランクフルト(ドイツ)→自家用ジェット・大阪2009年、今回の予定、どうなるやら。6日間予定:大阪。び。びz。びざ。ビザ。ビザ下りない→土日ビザとばし・停滞中→月曜ビザ取得。3日間短縮→大阪・自家用ジェット・バンコク(タイ)・マッサージ表敬訪問予定→自家用ジェット・コロンボ(スリランカ)・シーリギヤ断念予定。(ハルジ氏以下全員他人の写真で満足)→自家用ジェット・ラングーン(ビルマ)→自家用ジェット・バガン(ビルマ)→自家用ジェット・バンコク(タイ)シリラート表敬訪問→自家用ジェット・シンガポール→自家用ジェット・成田→自家用ジェット・大阪(一部、チケット確保できてないところアリ、どうすればいい?)
2009.08.11
コメント(13)

こんな本格的な恰好でいきましょうかどの飛行機で行くか迷います。腕も鈍っているので、シュミレートしてからいきます。墜落しました。制服はやっぱり着ていこうかな。やっぱ自家用ヘリでいこうかな。男に乗るな、飛行機に乗れ、というも、メンチきられて終わり。2009年7月福井県旅行 東尋坊 あらわ市、肉はがし すっぽん 加賀仏像パーク1 加賀仏像パーク2 加賀仏像パーク3 小松市ハニベ1 小松市ハニベ2 自動車博物館日本車 自動車博物館外車 自動車博物館トイレ 小松空港プラザ
2009.08.10
コメント(4)

この近代的なデジャインの建物は何だ。老朽化した怖いもの見たさの恥じらいはない。何せ、2006年開館とまだ3年しかたっていない快感である。 清く正しく真面目なチャータータクシー運転手(2日で14000円)に、「次は、健康と性の博物館に行ってください」と予定表を渡すと、またもや、「カッツン、カットゥン(同じ、同じ)、先ほどラブランドにいったではないすか!」と言われ、まあ、それはそれでよいのですと強い決意を語ると、初めて英語を使った運転手であった。「OK!」Okってさ、某大統領が、面倒だからオールコレクトをこう書いたっていうけど、それならOCじゃん、と思いながら、まあ、それもオールOKなのである。ミスタープレジデント!先ほどラブランドのゲイじつではなく、こちらは教育的で、渋川市の愛と生命のミュージアムと同じ系統なのであった。観覧のポイントを挙げていくと、愛と性の歴史トンネルを潜り抜け、同居独身結婚時代の性と生を学ぶ。そして、初体験の覗きに続き、味覚視覚聴覚臭覚による性かんを学ぶ。その後、せいかんたい探しの上に、性知識と性心理テストを行った後、男女の構造と機能を学ぶシステムだ。そして、再び思春期の性に戻り、妊婦と出産避妊と病気を学び、その後、更年期と閉経を学ぶという順序になりつつも老年期の性とセクスが健康に良い理由や数字で見る性や体位モデルを学ぶというオーソドックスなシステムとなっているのである。敷地は、またもや2万坪である。なんだか、オランダ娘のような人形じゃないですか?それにしても、7割がたカップルじゃないかと思う感じではあるが、案外、おっさん一人もちらほらいて、若人のアドミニストレータートイモイ氏も多少安堵するというか、紛れることができるのであった。健康が取り柄なんです、私のまじめだけが取り柄と同じです。済州島の知事も優良観光地として「指定しているほどであり、19歳未満は立ち入り禁止で、子供が待機している場所もちゃんと確保されているのが憎々しい博物館であり、はっきりいってカップルが一番多いのである、ウッフンである。いや、清潔であっけらかんのかーであり、淫靡の艶美な世界から遠く離れて3000里てなアカデミックな感じなのであった。泊まる予定地の中文観光地からテクシで10分程度の距離であるからせいぜい10キロ程度であろうか。ラブランドや次に行くところなどは、リーフレットもないのだが、ここは、ホテルにもリーフレットが置いてあったぐらいだ。精力剤まで紹介してます。 裸体画像で裸体を作っていたりなんかして、ご苦労様です。何だ、何を覗いているのでしょうか。ああなるほどね反対側からはマジックミラーになっていて、顔を出している人は、こちらに気がつかず恥ずかしいですよ。後からここに来て、見られていたのか!と気がつき照れます。ひと段落して、座って休みます。さて、一休みのあとは、次号に続く(もう一度、ハルジ氏好みの変態性写真をどうぞ)意味不明か。
2009.08.09
コメント(8)

ケリーさんと紺桔梗さんに頼まれていたことを思い出しました。人が入ってきたし、代わり映えしないので終了。お城にもチョイ寄りましたが、何故か、お菓子でした。加賀藩は不思議なところだねえ。見に行きませんでした。やっぱり見に行きませんでした。ここは、まあ、外してしまいました。一番汚いトイレはどこでしたかねえ・・・。80年代の上海公衆トイレってのもあったけど、マニラに泊めて貰っていた民家のトイレかなあ。トイレは、扉のノブが無くなっていて、穴に指を入れて引くのだけど、穴に指を入れると扉の向こうの壁を這っていたゴキブリをつかんで押しつぶしてしまったのだなあ。実は、こうやって、結構、手抜き日記なかーんじの報告書になっているのは、先の見えない出発日のフライト情報とのにらめっこと、観光地の確保情報と、まだビザが取れないヤンケ、行けないやないか、という単なるココロの焦りもある。もう、はっきりいって、私も、チョイト外篭り状態ってな感じか。考えれば、学生時代、ネパールのカトマンドゥの旅行代理店で、コロンボ行きのチケットを手配したのだが、やっぱり、インドの聖地バラーナスでホーリー迎えたい!と思いなおし、バナーラスから来たのに、また戻って行ったんだよな。それと、いつも暇で、たまに、2浪中の神戸青少年会館の心斎橋ワタルをからかいに行ったときに、いつも、読んでいたヒッピーくんの旅行記に、スリランカのヒッカドゥワビーチのことが書かれていて、いつも、行きたいなと思っていた。でもヒッカドゥワのことを思い出したのは20年ぶりだなあ。でも、自分を探して旅に出ます、は、間違っているぞ、それなら、家族や友達と会いに行きなさい。自分自身に旅にでます、それがオイラ。2009年7月福井県旅行 東尋坊 あらわ市、肉はがし すっぽん 加賀仏像パーク1 加賀仏像パーク2 加賀仏像パーク3 小松市ハニベ1 小松市ハニベ2 自動車博物館日本車 自動車博物館外車 自動車博物館トイレ 小松空港プラザ
2009.08.08
コメント(8)

ボーっとしている。明日から、出発だ!虹も出た。虹も、半円になった。でも、ビザがでない。祈った、朱に染まった。でもビザがない。でもしかたないさ、とりあえず、バンコクまで明日行って、ビザを待とう。祈った、こんなところでも祷り。あ、ビザがないって、パスポートない。それ出国できません。気がつくのに、30数秒・・・。明日、明後日、土日はビザの発給なしー。明日、明後日は、寝たきりフテネ中年~。どうやら、シギーリアの夢は絶たれたわあ。ビザいつでるの~。シ-ギリアに登る夢が・・・。パスポートが戻るまで、寝てます・・・。再び・・・ボーっとしている。 2009年夏旅行 ビザ1 ビザ2 バンコク着、ドリームホテル ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー1 ミャンマー、ヤンゴン、ブッダテーマパーク・メーラムパヤー2 ミャンマー、ヤンゴン、スーレーパゴダ・ナーガ洞窟パヤー・カパーエパヤー ミャンマー、ヤンゴン、アーレインガーシンパヤー ミャンマー、ヤンゴン、ボタタンパゴダ シェダゴォンパヤー1 シェダゴォンパヤー2 タイとビルマの間 バガン到着 パガン観光案内 パガン村に陽は落ちて パガンガイドビルマあれこれ アウンサンスーチー家近く ヤンゴンを歩く 腹は下すが、ビルマ→タイ→シンガポール バンコク、ワットポー 涅槃シリーズ ハウパービラ1 ハウパービラ2 ハウパービラ3 ハウパービラ有料コーナー編 ハウパービラ最終編 シンガポール、ゲイラン地区 シンガポールガイドブック シンガポールからマレーシアに行き失敗。 シンガポール観光案内。釈迦牟尼寺院、ヒンドゥ寺院 イメージオブシンガポール1 イメージオブシンガポール2 ホテルでどうする 東南アジアgourmetの旅2009年夏
2009.08.07
コメント(8)

イキナリ余談ではあるが、昔、びっくりテレビかドッキリテレビか何かあったのだが、大学の先輩が出演していたにニダ。喫茶店に入ってコーヒーを頼むとウエイトレスがキッスをするという企画ムニダ。素人扮する先輩はキッスをされておどろおののいていたのであったムニダ。なんだ、やっぱりヤラセかよと、驚くほどでもなかったのでチュセヨ、ケンチャナヨ。お待たせのラブランドパート1のとお待たその2の続きムニダ。 この先輩、最近、どうしてるのか、消息不明であるが、簡単に紹介しておけば、大学5年のときに、オペレーションローリーに参加、オーストラリアで1年間ワーキングホリデーに参加後、帰りにストップオーバーで寄ったマニラ2週間で1年で稼いだ金をすべて酒池肉林に使い果たした大先輩であるムニダ。しかも思想的には、遅れてきた左翼であり、ついでに、父親が某大手商社の役員であり、大学は6年ぐらいで、辞めてマスコミ関係に入り、大阪新聞で、「こんにちはOLさん」とかの取材をして何度か記事を見たが、その後、東京に進出、金がなくなり、アメリカ人、グラハムさんと一緒の庇護の下、一緒に住んでいたのであったチュセヨ。しかし、断じて、先輩はホモではなく、両刀使いであり、大学の同輩(女性)が一度、ドライブに誘われて、六甲かどこかをブイブイ走らせていると、暴走族に絡まれたのである。同輩の女の子はビビリまくったが、カレが車を降りると、何故だか、暴走族は逃げていったのであったアルよ。その勇姿はジャージに、黒光りした○ンコみたいなぎらついた顔を見てであるヨ。変態かつ893と間違えたのであろうか。同輩女の子は、そんな先輩を尊敬したり恋憧れることはなかったが、この人に近づいたら危険だということだけは分かったようであるムニダ。 まあ、前置きは、置いといて、ラブランドも最終回となり、もはや、熱中症寸前であり、ヒエヒエの建物の中に入っていったのである。お題目にあるように、いくらラブランドといっても、カラっとした太陽の庇護の下、淫靡で艶妖な世界ではなく、カップルやおばさん軍団や、女数人組が跋扈しているのだが、それは、自国民の方々である。日本でもガイドブックにでも掲載すると若干来場は増えるかもしれないが、それでも団体旅行では来そうになさそうであるそれが掟なのである。秘すれば花の伝統は今も脈々と底流を流れているのであるムニダ。 ところで、女に生まれるのではなく、女になるのだ、と第2の性でボーボワールは語っていたが、貴族辺りの出身、最高学府エコールロゼ(東大みないなものだね)で学び、それでもびっとび女で、夜な夜な男たちと遊びまくったが、それでも、セクスはせずに、最終、サルトルとの事実婚テな感じになっていたのであるが、あのあたりが、今のフランスの潮流を作ったと考えられるのである・・・って、だから、ラブランドと何の関係があるムニダ?・・・ところで、今度の選挙は民主党が圧勝するだろうが、これって、小泉売国奴騙され選挙で小泉チルドレンが生まれたのと同じ状況ではないのか。初めての当選者が増えるだろうが、その人たちを民主党は育てることができない、そして、1期かぎりで終わり、そうなるんだろうな。韓国では、与党ハンナラ党にウリ党を中心とした民主党が中心だが、韓国人は、自民党と民主党があること結構知っていて、政治談議好きなんだよなあ。 それに比べて、(何と比べてや?)日本はセクスと神話と文学が合体してきた国である。日本を作ったのはいさなぎいざなみ、「わたしの一部がへこんでます」「わたしのいちぶが飛び出てます」じゃあ、合体してみましょう、といって産み落としたのが日本である(古事記より)。もっとも、一回目は失敗して蛭子産んだけど。その後、時代も下がり、源氏物語、和泉式部、アリわら業平、なんてセクスと情熱なんだ。ところで、日本人がメール好きなのは、きっと短歌や俳句の伝統、その血が脈々と流れているからかもしれない(ほんまかいや)。なんだか、昔の人の、歌の投げあい、ってさ、今のメール交換みたいなものなんじゃないの?まあ、共通点は短いってことぐらいかムニダ・・・。ところで、韓国のことはまあ、おいといて、北朝鮮の性については、本で読んだだけだけど、収容所のことについての性については衝撃的だったなあ。あんなに生きるか死ぬかの生命線を辿ると、そういうことになるのか、って感じだった。収容所では、セクスは禁止され、見つかれば死刑なのに、トイレで、女性が男性を誘うとか、いつまで生きるか分からないから親族でセクスをしたとか、すごく悲しくなるんだ。やっと、終わったか?と読者も私も安心するだろうが、この後、行くのは、ナント「健康と性の博物館」なのである。個人タクシー運転手のケンチャナ(同じです)という制止を振り切ってである。次回を待て(私を含め、みなが呆れた)2009年7月韓国済州島チャータータクシー旅行 済州島、神秘(トッケピ)道路 済州島、ラブランド1 済州島、ラブランド2 済州島、ラブランド3 済州島、健康と性の博物館1 済州島、健康と性の博物館2 済州島、健康と性の博物館3 済州島、小人国1 済州島、小人国2 済州島、テディベア博物館1 済州島、テディベア博物館2 済州島、申栄映画博物館 済州島、万丈窟・日の出峰 済州島、日の出ランド 済州島、運転手さんのおすすめのところ 済州島、国際平和センター 済州島、ワールドエロムージアム 済州島民族自然博物館 済州島gourmetの旅
2009.08.06
コメント(2)

延暦寺から弾圧を受けた蓮如ゆかりの地にやってきたのであるが、そう高尚な志で来たわけではなく、顔の肉はがしたらどうなんねんということだけでやってきた不純な奴をお許し下さい。寺では、急いでいるというのに、坊さんの、長い話が30分も展開され、それもおもしろおかしく、弾圧の歴史を恨みながら、近くの土産物屋さんは、看板と違いうちとは何の関係もありませんと恨みながら、人口が減っていることを嘆きながらの説法であった。嫁に脅され、苦節何十年という人々が、福井県あらわ市に集まっています。全然関係ないが、最近、海外に行けば、セブンイレブンだらけで、去年、デンマークのセブンイレブンを写してきたが、ヨーロッパは北欧だけである。しかし、タイ韓国台湾フィリピン中国にも、なんぼでも見かける。今や、マクドを抜き(関東ではマックか。大阪ではドナルド)世界最大の店舗数らしい。全然関係ないが、最近、いろいろ調べていて、知ったことに、ウルル、エアーズロックが世界最大の一枚岩ではないんだねえ。マウントオーガスタスはエアーズロックの2.5倍もあるんだってねえ。顔から面が外れねえ、そんな怖い物語を確か幼い頃、何かで見たような気がする。さざれいしってこれかよー。世界で一番短い国歌か。8月1日は、結構全国で花火大会があり、日本一の発射回数PLも地元の神戸もあった。神戸には、大昔、何故だか、心斎橋ワタルと観に行った(社会人時代)、ぎりぎりのところまで行ったので、まるで、花火の残像が、ラスタヘアーであった。今まで見た3大思い出打ち上げ花火と敢えてあげるとすれば、ひとつは、ニューヨークの正月の瞬間に船上から見た摩天楼に上がる花火。そこで、私が感慨深かったのが、隣にたまたま見ていた黒人男性が、私に片言日本語で話しかけるのであった。その向こう側に居たのが、黒人的化粧をしていた、話さなかったが、日本人女性だった。もうずっとずっと日本から離れている、日本人ソサエティとは関わりたくないって感じを受けたのであった。我々は、軽く会釈したのであった。2つ目は、奄美大島で見た花火大会。真下で見たのであった。燃えカスがバンバン降り注いでくるのであった。ついに私の目に入り、それから3時間ほど、涙と失明状態で、明日、目医者に行こうと思っていた夜中の3時、急に痛みが取れ、目が見えたのであった。カスが取れたのであろう。3つ目は、奈良県の天川村の花火であった。たった3,4発の花火であったというのに、田舎の、山間の中を花火が上がり、山の隅々までコダマして、ゾクゾクとなった。都会では味わえない花火であった。2009年7月福井県旅行 東尋坊 あらわ市、肉はがし すっぽん 加賀仏像パーク1 加賀仏像パーク2 加賀仏像パーク3 小松市ハニベ1 小松市ハニベ2 自動車博物館日本車 自動車博物館外車 自動車博物館トイレ 小松空港プラザ
2009.08.05
コメント(10)

テディベアと20世紀の歩みを経て、テディベアと芸術と映画の歩み を終えて、最終回である。熊も、好きなんですな。踊って、キスして、金恵んでもらう。テレビにも出るようです。白熊ではないのですが・・・最近クヌートって人気あるらしいじゃん、頭齧られてしまえよ。世界最高価格、ルイビトンテデベア1800万円、コレ一つ下さい。2番目に高い、スワロフスキーテテベアも買っていきますよ。ドラマとからしいけど、韓流のことは疎いのでな。アメリカ幻の家族の肖像韓国の歴史や生活、風土、風習です。野菜売り場では、食えそうなものはありません。ボンテージくま遂に、建物の外に出てきました。ヨボセヨタチション香港人たちでした。おめー、運転してねえじゃん。夕飯はホットベアでいいすか。ヤンキーベア共食いファミリーこれで、やっと3部作終了です。お疲れ様でした。カメラは何製かみたら、テデベアとかかれてました。2009年7月韓国済州島チャータータクシー旅行 済州島、神秘(トッケピ)道路 済州島、ラブランド1 済州島、ラブランド2 済州島、ラブランド3 済州島、健康と性の博物館1 済州島、健康と性の博物館2 済州島、健康と性の博物館3 済州島、小人国1 済州島、小人国2 済州島、テディベア博物館1 済州島、テディベア博物館2 済州島、申栄映画博物館 済州島、万丈窟・日の出峰 済州島、日の出ランド 済州島、運転手さんのおすすめのところ 済州島、国際平和センター 済州島、ワールドエロムージアム 済州島民族自然博物館 済州島gourmetの旅
2009.08.04
コメント(10)

全然関係ないけど、この前にも書いたけど、日本に遅れること2,30年、1990年以降に韓国は海外渡航自由化になった。それまでは、なかなか、無理だったんだ。1986年、初めて、韓国の大学のお宅に泊めて貰っていたときに、そのときは、タイからソウルに飛んできたので、タイの話をすると、学生たちは、ポワーンという顔をしていた。何だか、悪い気がしてきて、飲もう飲もう、で飲んで飲んで、日本人サラリーマンのように、飲み屋の看板蹴っ飛ばして壊して、朝方には、他人のトラックの上で意味なく、マッコリを飲んで騒いだ、騒いだ、二日酔いで明日起きるのは夕方で、それからまた、飲みに行くんだ。 その前の年、1985年、韓国の大学生を我々は、招待した。招待状を大学を通して、招待したのだが、当然、韓国人の中でも貧富の差はあり、20人ばかりやってきた学生は、それぞれが、学生の家に泊めて行ったわけで、絶対、お金を出させない、が鉄則であった。 観光にも京都などに連れて行ったが、上下身分が愉快なほど徹底されており、席が離れていようと、先生や先輩のまん前になるようだったら、席を替わって背中を向けてタバコを吹かしていたのが、ほんのこの前のことのようだ。そのように、今回は、アホナところばかり行くんじゃないよ、とは口では言わないけれども、頼んでないけれども、ここは是非見ておきなさい、若人よ、というところも紹介されて、拉致監禁洗脳されてきたのであった。上記四点の写真は、天地淵滝ということであった。こちらは、柱状節理帯というところで(今、地図見て初めて知ったけど)、ここは、さすがに、岩に当たる波が15メートルぐらい吹き上がり、ホエーってな感じであった。遥か遠くまで来たなあーなんちゃってね 向こうに見える建物はハイアットリージェンシーホテルだが、ここだけの話、実は、格安で泊まれることが特殊ルートでもないルートであって、ネット予約したら、行く前日に予約した日を間違えていたことが判明、急いで、日を変えたらもう明日は満室、急いで、近くで探したら、エコニミーホテルは1件しかないことが判明、急遽、そのホテルに変更したのであった。ところで、韓国語で、あら、そう(分かったよ)というのを「アラッソ」といいます。連発しまくりです。運転手には年上なので、アラッソヨです。2009年7月韓国済州島チャータータクシー旅行 済州島、神秘(トッケピ)道路 済州島、ラブランド1 済州島、ラブランド2 済州島、ラブランド3 済州島、健康と性の博物館1 済州島、健康と性の博物館2 済州島、健康と性の博物館3 済州島、小人国1 済州島、小人国2 済州島、テディベア博物館1 済州島、テディベア博物館2 済州島、申栄映画博物館 済州島、万丈窟・日の出峰 済州島、日の出ランド 済州島、運転手さんのおすすめのところ 済州島、国際平和センター 済州島、ワールドエロムージアム 済州島民族自然博物館 済州島gourmetの旅
2009.08.03
コメント(6)

どうにも、しねやに見えてしまう私は、寝不足なんだろうか。車を走らせ、ビュンビュン系で、半島の端っこまで到着した福井県坂井市三国町の地は、いつかは行こう、でもわざわざ行くほどでもないという場所であった。土産物屋が大々的に駐車場を無料開放してくれているので、土産を買わなくても、すこっと無料で停められるシステム。それにしても、年間自殺3万人というのが近年ずっと続いて、自殺大国であるが、これは、やっぱ、幸せではないってことで、家族や地域のコミュニケーションが薄れたってことで、経済的にも追い詰められたってことで、まあ、いろいろ理由があるんだろう。上場会社の人間がクビになっていきなりホームレスとか、社長がいきなり借金返せなくて自殺とか、セイフティネットがヤワヤワなので、いつ何時、どうなるか分からない世の中である。特に、小泉傀儡政権のアメリカ物真似で差が激しくなったとうが、尖兵竹中の言い訳は、こうだわ。改革が中途半端だからダメなんだ、と。おお、もっともらしい理屈だわ。これでは、私の理論が正しいから、理論どおりやらないからだ、と言っているのである。普通は、理論が間違っていたのでは、と考えるのが常識人だと思うのですが・・・。予想に反して、参道というか、土産物屋の連続は、送り出すには明るすぎる。ところで、またマスコミ批判だ。ニュースになるのは、珍しいこととしかないのは仕方ない。通り魔とか子殺しとか、頻繁に報道され、さも犯罪が増えているような印象を与えるが、滅多にないことだからニュースになるわけで、ここは、子供の自殺だ。はっきりいって子供の自殺は珍しい。こういうところだったのか。集団でですか!今、調べてみると、思ったとおり、未成年の自殺は、3万人中、5,600人の2パーセント程度である。要は、40歳以上で、7割なので、失業したり借金でクビが回らなくなったり、いきづまって中年おっさんが死んでも何のニュースにもならないのである。安心せよ、俺が死んでも屁の河童。未成年の自殺が、1.5倍ぐらいになったのは、1986年と1994年である。いじめの自殺が過熱報道された年である(ユッコの自殺と)。要するに、ニュースをみた不安定な世代の子供たちが後追いしたということである。証拠に、報道が下火になれば、自殺数も減っている。WHOは、自殺報道については、具体的な情報を提供しないように注意を促し、日本以外の先進国は結構守っているのだが、日本報道機関はWHOがなんぼのもんじゃい、視聴率が何より大切じゃイってことである。練炭自殺や硫化水素自殺みたいに、具体的に方法を示すと、すぐ、それを真似してしまう人がいるというのは、問題ではないのか。そら99.999パーセントの人は関係ないかもしれないが、うつ病や、ちょっとした衝動で、こうする人がでてくるわけだよな、当たり前。どうにも、先入観が先行して、俺には、危なっかしく見えてしまうぜ。ところで、ではあるが、全国を、余り意味無く、行脚していると、やはり、全国は田舎であり、車社会であると感じる。当たり前か。どこへ行くにも、車である。飲みに行くにも車であったはずだ、今もか。報道によると、地方の飲食店が結構、ピンチなようだ。地方では、交通事故で死んだ人より、潰れた飲食店の自殺のほうが多いのではないかと思うほどである。飲酒運転の厳罰化を考えたのは、当然、東京である。難しい問題であるが、やはり、数で考えるのも一向かもしれない。外に出られないなら、家で静かに飲んで、うつ病が増えるとか、飲食関係自殺者とか、統計を取らないのか?地方では、公共交通機関もどんどん減っているし、代行を頼むほど裕福な人も少なかろう。ただ、本気でやめさせたいなら、アルコールを図る車より、リミッターをつけて、スピードが出ない車を売り出せばいいのに、そうしないのは、その辺実はわかっているからなんだろう。だって、飲酒運転で事故ったり、死んだ人より、断然スピード違反で事故したり死んだ人のほうが多いのだから。世間の意見を反映させたものであろうが、法律的にも、しらふで信号無視して人を跳ねより、事故を起こす前の飲酒運転のほうが罪が重い(金銭的なことではない)。なんだか、間違った方向にいっちまっているような気がする、憂国のつもりでっす。しかも、お金まで用意してくれている。まさか、カード専用ってことはないでしょうね。土産物屋、結構、洒落にならないです。もう疲れました、シャレにならない。む、電話ボックス。2009年7月福井県旅行 東尋坊 あらわ市、肉はがし すっぽん 加賀仏像パーク1 加賀仏像パーク2 加賀仏像パーク3 小松市ハニベ1 小松市ハニベ2 自動車博物館日本車 自動車博物館外車 自動車博物館トイレ 小松空港プラザ
2009.08.02
コメント(10)
風任さんの話と風人さんの元職業で思い出したのだが、小学校4年の時、「24の瞳」壺井栄の本を学級で朗読したことを思い出した。実は、そのとき、良く分からなかったのであるが、改めて考えてみると、戦後の先生は、給料もなくてナリ手もなく、とんでもない人が先生になっていたのだが、実は、それが良かったのかも知れない、それに、戦争に負けて、(終戦ではないぞ、敗戦だぞ、国家は言葉の入れ替えで誤魔化している)自分たちの価値が180度転換してしまった。そんな中でのてか戦前か、新人先生、これが、また何も出来ない先生で、映画でも現代の親に見せると、クレームの嵐になりそうで、感動なんか、あるのか心配になるほどである。子供が、歌手になりたいだかなんだか、いうと、先生は一緒に親のところに行って、「あんたそんなんなれるわけないでしょ」といわれると、先生は、「ほらね、そういってるよ」といい、子供が怪我をすると、痛いね、と一緒に泣くだけ、生徒が、丁稚奉公に出されると、かわいそうと一緒に泣くだけ、戦争に行って失明して負傷して帰ってきた生徒を見て、かわいそうと、一緒に泣くだけ。それが、理想の先生として描かれていく。現在なら先生としてどうなんだ!と言われそうだ・・・。一応、今、先生は安定と言う点で人気稼業であり、点数が、優秀な人間が試験に勝ち抜いてなってくる(と思うんだけど)仕組みだ。これでは、均質化してしまうのではないか、というか、私には学校に通わせている認知した子供がいないので、分からないんだけど、どうなんだ、と思う。親もうるさい、というか、管理責任はどうなんだ、とすぐ言って来るそうじゃないか。そういうのに、怯えながらやっていかねばならない。親は、あんたが、注意しなさいって子供に、まず諭さないのか? 聞いた話だが、例の池田の事件の際、あの死刑になったあいつが悪いのは当たり前だが、親たちが、まず、学校の管理体制はどうなっているんだ、って詰め寄ったということを聞いて、はあと思ったわ。生徒を守ろうと殺された先生もいたし、最大限のことはしたのではないか?分からんけど。まずは、先生方へのねぎらいやお礼をいうところからはじめるのが、常識人だと思うんだけど、憶測ですまん。放浪さんの話と放浪さんの職業では思い出していないのだが、時折、文学者は鬼畜である。太宰もどちらかというと、小説を書くために心中や心中未遂を繰り返したような形跡もありい、生まれてすみません。じつと手をみるわが生活らくにならへんの石川啄木も、芸者遊びが好きでたまらん放蕩人間で、それで生活が楽にならんと当たり前のことをいっているわけだし。ここで、ついつい代表として紹介しようと思ったのは、島崎藤村である。実は、高校のときに、本を5冊ぐらいしか読んだことがないのだが、そのひとつに、「破戒」があり、感動した覚えはないが、そういう世界があったのだなあ、と割と丹精に読んだ覚えがある。しかし、この男、鬼畜である。破戒が大当たりして、家を建てたぐらいなのに、奥さんを栄養失調で失明させ、子供三人を餓死させているのである。そもそも、女学校の先生時代に、教え子に手を出してクビになっている。生活力がないので、兄に自分の娘さんをよこしてもらったら孕ませる、そのこをを小説に書く、といったスキャンダラスな按配だ。 ふと、時代に気がついたのだが、昔の人は、当然、ネットもないし、近所付き合いが濃厚な部分もあったので、恋愛小説なんかでは、どうも、現在人にとって相容れにくいところがあるのは、近親者が多いってことではないだろうか。夏目のこころも、友達の女。ヨオロッパの小説にはフロベールのボバリー夫人とかなんだか、トルストイのアンナカレリーナとか呉^-ごりの谷間のユリとかは夫人ばかり。どうやらヨオロッパは結婚と恋愛は別のようですな。まあ、そんな訳で、この忙殺された世の中、文学作品でも一度読んでから、また読もうとなかなか、しないのだが、読む時期によっては理解できないし、一生、背景が違うので読んでも分からん、という小説もいっぱいあるわけですわな。ははっは。最後に、本日、フィリピン、アキノ元大統領死去に黙祷。いろんな思いがまた浮き上がってきたわ。最後に、アキノの時代ではないけれど、アメリカがイラクに戦争を吹っかけ、各国に軍隊派遣を要請して、フィリピンも参加したけど、人質取られて、軍隊を撤退させた。アメリカは、この腰抜け野郎と怒りまくったが、フィリピンでは、数百万人もの出稼ぎ労働者を中東に送り出しているのだから、おたくの国とは違うんだよ、バローと言いたかっただろうなあ。
2009.08.01
コメント(10)
全26件 (26件中 1-26件目)
1

![]()
