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今年は、本日大掛かりな取引決済決済、及び年明けからの殺人的準備期間などに忙殺され、(それは、幸せなことである、と思うようにしよう。大きな声では言えないが収入も猫の額ぐらい上がったし)、いよいよ、それぞれ、反省のフリをしながら凱旋離陸するのである。サイナラ。今年の反省ファンファーレ、ミアモーレ、アレー。と、いいつつ、東海岸に寒波、空港一部閉鎖などで、一応、今から、そこを経由してカリブ海をめざすが、もしかしたら、違うところに行き着いていくかもしれない。12月1月・・・大寒波ということを肝に命じ、今後は、空席状況だけでなく、天候にも注意して活動したいと思います。空港状況チェックも怠らないようにします。ウクライナポーランドポルトガル2月・・・後輩の結婚式の下打ち合わせとかなんとかいっちゃって、結局飲んで騒いだだけでした。今後は、打ち合わせをちゃんとしてから騒ぎたい所存です。大道芸人3月。・・・運動不足がたたりそうです。今後は事前に屈伸運動します。4月・・・バスはちゃんと動くのか確認してからバスに乗ることにします。5月・・・チャイを飲みにいきましたが、今後は損益分岐点を考えることにします。レバノンヨルダンイスラエル6月・・・危険な喫茶店には行かないように注意します。7月・・・またコリアンタウンにきて飯を食いました。近くで電車賃も考えて捜して見ます。8月・・・ちゃんと踊り覚えてから行くことにします。アルゼンチンウルグアイ9月・・・800メートルを超える直登できる筋力をもってから挑戦します。オマーンバーレーン10月・・・青梅まで行きましたが、こんなに東京から遠いとは予定を立てていくべきでした。11月・・・またイミナクアルカトラス島の近くまでいってしまいました。12月・・・そんなこんなであっという間に何もしない間で1年過ぎました、すみません。お元気で。
2010.12.28
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1月。ジスイズエルビス。2月。てぃんぽまるだし。11月。ホテルで、明日の予定を確認しつつ、酒を飲む。秋。イチョウ葉エキスバスの暗がりの中で読書。大阪見える駐車場。ブックタワー。雨の中でも。水に流す。エミレーツチョコキー。せっくすあんどしてぃ2観ました。イマイチの映画でしたが、エティハド航空のファーストクラスとか、アブダビの光景を見ることができたのは、まあまあよかったです。山。スポーツジムのただ券もらったので、20分、風呂は行って出てきました。8月。ある全珍単語を踊る日。見よ、あれがアルゼンチンの灯だ。ひょうたん。バービーチャン日本上陸と同い年ですみません。西宮のとあるお店。ハーブをローリングしてる夢を見た。イスタンブールで交通渋滞。韓国でイリエワニ見ました。リスボン夕食。現地食食べるのは、そりゃ楽しい、わ、な。ヨーロパpって文化はあるのに、案外、歴史ないんだよなあ。ワルシャワ。1年前の画像なのに、来週辺り見るような気がして不安です。てか、幸福、なんてまだ新しい概念なんだよねえ。
2010.12.27
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ロンドンに来ていました。12月26日。ミュージカルを見ました。しかし、時差ぼけで思い切って眠りました。12月25日。通勤電車を避けるため、早目に関空に向けて出発。機内では、両脇に別々の大学の先生に挟まれる。先生たちは世間知らずでいいいなあと思う。右側の人は、ロックやベーコンを研究している哲学の先生、左側の先生は、音楽関係でロンドン経由でウィーンに行くとのこと。そういえば、先日、初めて電車内でオースチンとディッケンズの話で盛り上がる日本人老人を見かけたが、あれも絶対大学の先生だろうなあ。読んでいる本「英国紳士の植民地統治」12月24日。家に帰ってから、明日空港に行くまでのバス代がないことが判明。読んでいる本「国境を越える労働者」12月23日。朝することといえば、背広を着て、顔を洗い、髭をそり、テレビを付け、歯を磨き、暖房を付け、テレビを消し、暖房を消す。読んでいる本「黎明の世紀」12月18日。民宿の都合で朝八時から朝食。朝からビールでカエル状態。人の灰のような色をした空からは容赦なく冬の雨。ヨシボーの山陰リアリズムの世界だ。読んでいる本「世界一優雅なワイン選び」12月17日。仕事wp3時に切り上げ、忘年会を兼ねて丹後半島に蟹を目指して山陰線の中から飲み始める。たまたま話題が世紀末とアングラの話に移ってしまうと、さすが君は詳しいなあとなってしまう。夜中、へべれけで、「日本海お寂し外は雪なのだバー」を捜し求めて彷徨うも、午前2時、冷たい風が真っ暗な通りを吹き抜けるだけ。やっぱ、おれはこういうとこころには住めないなあと思う。12月16日。仕事を定時に切り上げ、西宮のM氏の新しい家にエスニックパーティで飲みに行き、散々騒いで、夜中の2時に帰宅し、また皆さんに迷惑かけてしまったと反省する。(前の家は木造アパート2階で、地震で1階がなくなり、1階の方も亡くなり、全壊。荷物の取り出しに手伝いに行った)読んでいる本「タブーの謎を解く」12月15日。水道橋のホテルをチェックアウトしたあと、意味なく新宿に出かけ、午後の2時から飲み放題居酒屋にて飲み始める。カラオケつきで、誰もカラオケせず、エンドレスで、パフィーのアジアの純真をかけ続ける。最終新幹線で帰阪。読んでいる本「香港電脳オタクマーケット」12月13日。大学の後輩のキッシーの結婚式のため銀座のイタリア料理店に行き、我々は、ワイフから永遠追放令を受ける(未だに溶けておらず、彼が我々に会うのを極端に嫌がっている状態のまま)読んでいる本「シーザーの晩餐」12月13日。夕刻、京都からビールと雑誌を買い込んで新幹線に乗る。先頭車両の9割は背広族。有楽町のガード下で3時まで飲む。12月12日。半分風邪を引き、一日中映画を見ている。12月11日。夕方三ノ宮に行って、6年ぶりぐらいに高校の陸上部の友達2人に会う。そのうち1人は高校時代おっさん顔のまま、今もおっさん顔のままであった。読んでいる本「毛沢東の私生活上下巻」を酔っ払って、そのうちの1人に渡してしまう。12月9日。回数券を改札機に通すと時刻が印字されるが、昨日と同じ時刻だったのに気がつき死にたくなる。絶望の数字だ。明るい憂愁だ。12月8日。寒さに慣れてきた。読んでいる本「名前と人間」固有名詞と一般名詞どちらが先か。12月2日。初雪。仕事が遅くなり、滋賀県の大津市に泊まる。ホテルの匂いを嗅ぐと震災のことを思い出す。震災後交通手段がなくなったため、このホテルに暫く連泊していたのであった。12月1日。京都古本屋巡り。
2010.12.26
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待望のラスト編である。うんざりされている全国の皆様には喜ばしいことである。それも、G8さんの希望に照らし合わせて、かわいこちゃん(ふるっ)の大放出である。出血多量大サルビスである。勿論、何が勿論か分からないが、何処にいってもおられる、マリリンさんからである。というか、今まで紹介したことある人物は、名前だけで、詳細は割愛するのである。理由は面倒だからであられる。ビヨンセさんハル・ベリーさんジニファーロペスさんジュリアロバーツさんオプラ・ウィンフリーさん。日本ではテレビがないからあれだけど、アメリカ人なら誰もが知っている大金持ちの司会者だす。私も詳しくはお知りになりませんが、いろんなランキングで顔を覗かせるので名前と職業だけは知ってます。キャサリーンゼダジョーンズさんマーサ・スチュワートさん。いわゆるカリスマ主婦の教祖さんですね。リース・ウィザースプーンさん別名キューティブロンドさん、しかし、ブルネット髪さんですみません。サルマ・ハエックさんマイナーなお話ですが、フロムダスクティルドーンで監督のタランティーノが出演していて、白蛇を撒きながら、セクシイダンスを踊りながら彼を誘惑するというシーンがあるのですが、あれがあの映画の一番の見場だなあ、キュイーンという感じですが、この女優が彼女なんですね。(当時の解説では、メキシコでは一番有名な女優、と紹介されてました)何処に行っても蝋にされるご夫婦さん(随分似てない感じです)後存知ないですオルセン姉妹さん。20代の亜米利加有数のお金持ちらしいです。一同勢ぞろいのシーンなんです。同い年の二人。しかし、最近では年齢差は広がるばかり。ロリアエステファンさん。マイアミいけるかな来週・・・ブリトニー槍さん 2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.25
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1月。キエフの待合室からバスで遂に沖止めしている飛行機に向かうバスの中。2月。妹夫婦がイギリスから来たので、ピーナツ食べに行く。4月。ヨルダンからうっすら死海の向こうにイスラエルの陸地が見える。5月。テルアビブで泊まったホテルのエレベーター4月。レバノンの国旗屋さん6月。渋谷駅の上にある寂れた遊園地7月。ネパール料理食べに行ったら、座敷の隅に意味のないオブジェ。意味なき私の落書。8月。大阪コリアンタウン端にある教会。8月。霞ヶ関の本屋前。大妻の校訓知ってますか?私のためにあるような言葉である。6月。ソウルのコエックスの水族館に行きました。8月。ラプラタ川。子供のころの記憶ってすごいなあ。昔教科書の中でいみなく習った単語を目の前にすると、これが、あのラプラタ川というやつなのか、とちょっと興奮する。8月。ウルグアイで有名な人。(らしい)8月。仕方なく泊まったワシントンDCの空港近くのホテル。9月。バーレーン両替。9月。オマーンの港。オマーンに行けたのは感慨深いものがあった。10月。東京スカイツリー向こうの建物も案外奇抜。11月。サンフランシスコで朝、チェックアウト前、前のビルで外見たら御飯食べてた人。12月。英語の対応がおかしい気がします。
2010.12.24
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第一弾とはいいつつも、考えたら、1週間後で、目星はぼーっとしながらも、珍しく年末やたらめったら仕事が忙しく(意味なく家で資料作りを3時までやっている日々、でも酒入ってるよな、翌朝の訂正が同じぐらいじかんがかかり、コリャ「意味ねえ」状態炸裂)、最近、我の敵は空席だけではなく、気候というのも大敵であることが判明しつつあった。24日まではアットリーストヨーロッパの空港は結構閉鎖だぜ情報をいまさらにネットで確認し、昨年の悪夢が沸々と蘇ってきたのであった。 しかし、近年、ちんすぽに目覚め、即効で2,3年で飽き、日帰り旅行にも2,3年で飽き、弾丸海外旅行も飽きたかというと、結局は意地が俺の邪魔をするというか、休みは取れないが、いざ1週間弱の休みが取れてしまったら、これ、暇なのである。暇の隙間をだらだら過ごす西洋人体質の私もすっかり、ビー字ネパーソンになってしまい、暇な時間を埋めるのに必死な生き急ぐジャンキー状態なんである。 2年連続正月はヨオロッパ周辺にでかけたものの、さて今年はどうなるのだ、トイモい博士の動向は見逃せない!(というか、本人もまだ3日前に焦りだし、各社に確認、不眠不休のプランニングか)運行中飛行機(問いもい素浪人撮影ユーチューブ)ベリーサンすみません。コレお納め下さい
2010.12.23
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Believe it or not Robert ripley’s ザ・ラスト 第一弾そして、第2弾に続き第三弾を終えて、待望のラスト編である。うんざりされている全国の皆様には喜ばしいことである。有り得る有り得るが、生え際がきれいすぎる気がする。有り得ない、黒目が2つもあればドコ見てんだ。有り得るというか、鼻に金色塗っただけじゃろ。有り得る。生きる人は結構生きる。ロボットと競争して楽しいか。有り得る。金属でできたでかい虫。有り得る。宇宙に行った人もいるかもしれない。有り得ない、こんないっぱい飲めないよ。有り得ない。金属でできたでかい魚、沈むよ。魔法のランプでこんな人出てきたら、ウーンテンションダウン。有り得る。放浪さんところで売っている。有り得る。オバマから選手交代。踊る。エモーショナルレスキュー状態ワタシノシルエット(おまけ)私のシルエット(サービスショット)有り得ない、人面虫。但し、人面昆虫はいる。このページの最後のほう2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.22
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飲食店というのは、つくづく難しいものである。学生時代から、時々通いつめていた神戸のバーは2件あったのだが、高校時代に学校の先生のヨメが経営していたバーは、10数年前に旦那の体調不良により閉店し、今回、老齢を期に今年末で閉めることとなったサントリーウイスキーハウス(サントリーとは何の関係もない。勝手に名前をつけた) 偶然、寄ってみたのだが、もうしんどいしんどいといって、もう69歳だから階段登るのもツライし引退するよ、とマスターは、隣に座ってきた。君が初めて来たころは私も40代だったからなあ・・・そんな訳で、もう、こんばんは~と言って行けるバーがなくなりました。 話は飛んで、自転車に初めて乗ったのが3歳の時であった。それからドロップハンドルの自転車を何度も買い換えてもらいながらも、今では家にはおいていないが、仕事先の出先なんかでは、1万円ぐらいで時々買うこともあるな。
2010.12.21
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中心駅のパウエル駅前のケーブルカー乗り場でケーブルカーを待っていると、箱に乗って「ジーザスかえってくる、ジーザスなんちゃらかんちゃら、」と大演説をしているおっちゃんがいて、あまりにもいつまでも絶叫しているものだから、うるせえ、だまれと合の手を入れるにいちゃんまででてきて、多少賑わいを見せていた。さすがに、愛や神を説く絶叫おじさんに皆無視していたが、文句を演説の息継ぎの間にすばやく入れている黒人には、皆がまあまあ注目していた。敵意も、おもしろそうだねえもなく、ただただ暇そうに見ていた。水飲ませるふりして、このマセガキがあ。行くテを阻むノロノロ軍団。ゲームセンターに迷い込んだら、短い足が更に短くなった。不良、寝る。父、還る。マセガキ、あと、1歩足りない、そんなにおまえのはまだ長くないぞ。もう一歩踏み出せ!葉巻、壁から突き出る。放浪ヘッドショップ。街中で、ママのパンツずらしたら。髪は心に宿る、ジーザス!写し覚えのないワンショット。がんばりやさん。心の中でそうつぶやく。アメリカという国ってやつわさあ・・・2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.20
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世の中には、夢を売る商売がいっぱいあるんだなー。2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.19
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トイモイリークス外電2010年12月13日午前2時21分 「マッサージ終わって、屋台でラーメンしばいてプラプラしえったら、リキシャのおっさんが、『ガールガールオンナオンナ』とうるさくて『イラン』と何回もいうのに、おさsんがプリプり腰を振りながら、200メートルもついてくるきて『オンナ オンナ フジワラノリカ、イパーイ、ミルダケミルダケ フリー、ノーマネー』と、いい加減うるさかったので、そしてその腰フリがおもろかったので、真似してやったらエラク受けてしまい、そしたらいつの間にか目の前の民家を指差し、『ココ、ココ」というので、仕方なく普通の民家の置屋に入ってしまったら、ポンビキババアが出てきて『ええの紹介するから300バーツ』とか抜かしよって、ぬかすあいだに、20人ぐらいばーと人が出て来た。フジワラノリカはおらんかったけど、AKB48みたのがイパーイ出て来た。相変わらずやのおこの国は、とぼやいて、店を出ると、たった2,3分で店を出たのに、リキシャのおっさん近寄ってきて『何もしなかったの?』とえらく悲しそうな顔をするので、『じゃあ、カンジャかオピーウムもってこい、へろいんはあかんぞ、あれはもう卒業しタンや、わしには子供が3人おるからな』と、釘をさしていってみると、とたんに明るくなって『カシコマリマシタ!』と先程のポンビキババアの店に舞い戻り、ババアが外に出てきて『何ぢゃあ、カンチャはないぞ、オピーウムにせんかいな!というか、店はいったときに最初にそっちが目的言えや!』とブツブツいうとった。」 昔、自転車でタイを縦断していたころ、勿論、毎日が都会で泊まれる訳ではなく、田舎の村に泊まることもよくあった。民家に泊めてもらわせてというのもあったのだが、何せ、12時間も毎日1段変則豆腐屋おじさん自転車を運転しているため、非常に疲れており、民家に泊めさせてもらって相手して気を遣うのがもう嫌だというような毎日で、できるだけホテルに泊まって、酒ちょっくらあおって眠ることにしていたのであった。それでも、村にホテルなんかない場合が多い、と思いきや、村にも大抵宿泊施設があるのであった。寺ではない、置屋である。村人に泊まれるところないか聞くと、必ず置屋に連れていかれるのであった。村人が先導するバイクの後ろを30キロ以上の荷物を荷台にくくりつけたまま、ヘコヘコ自転車はついていくのだが、到着したら1軒の何てことない民家だったりして、それが、置屋であった。村にはそこしかなく、テント道具ももっておらず、自転車もあり、民家に泊まって気を遣うのもだるい、そうやって1泊いくらか聞くと、値段を提示するのだが、女性はいらない、寝るのだけだ、というと、大抵どこも値段は落ちないのであった。そうして、私は、じゃあ、女性なしでといい早々に、前金で払って、ノックするなよと念押しし、少しメコンウイスキーを体に流し込み、眠ってしまうのであった。問題である
2010.12.18
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サンフランシスコで一緒に高校時代ぶりに泊まった心斎橋ワタル君の指摘によると、いびきがうるさくて眠れなかったとのことであったが、確かにそうなのである。私は、ただ、間違えていたことは、いつも鼾をかいていると、自分で思っていたのだが、鼾をかくのは、酔っ払った日だけだということが判明している。(何故、寝ているのに判明したかって?それは、秘密です)寝る前にもビールを流し込み、それでも、眠れないなあとかいいつつ、本を広げたら、いつの間にか意識を失っているようであった。 そういえば、私は本を開かないと眠気が襲ってこないので、ベッドの枕元には、数冊の本が置かれており、右に無効が左に向くこうが、それぞれの本を楽しめるというシステムである。(上を向いては眠れないのである、しかし、起きたら上を向いていることは結構ある。)そして、眠たくなったら、電気を消して寝るという合理的システムだが、6割は、いったん意識を失い、あ、電気消さなきゃと遠のく意識の中で思い、やっとの思いで電気を消すのだが、4割は、トイレで漏れそうになった夜中に目が覚めると、電灯が煌々と輝いているのである。電気代もったいなかったなあ、と薄れ行く意識の中で反省するのである。だから電気料金が2000円を超えるのである。 まあそれは置いといて、何故だか、不思議なことに、10年ぐらい前から欧米に出かけても、ジェットラグに合わないのである。不思議である。今回を例にとると、夕方19時前に飛び立ち、そこそこに眠ったのである。多分、6時間ぐらいは眠ったのである。多少、前の日に、緊張と共に夜更かししておいて、夕方には眠くなるのシステムを構築しておくという姑息な手段を駆使している面もあるのだが、とにかく、到着は日本時間にして朝の3時頃のはずである。しかし、まずまず、眠いということもなく、歩き始めるのである。日本時間にして、朝の9時頃に昼食を捕り、日本時間にして昼の2時頃に晩飯である。そして、日本時間にして夕方の6時7時には眠りに入るんであり、日本時間にして夜中の12時頃に朝を迎えて起きるのであった。若干眠いが、散歩に出発してしまえば、どうということもない。そして日本時間の朝5時頃に飛行機に乗り込み、12時間を経て、やっぱり日本時間にして日中に6時間ぐらい眠って、夕方の5時6時に帰国したのであった。それから家に帰り、ごそごそして、やっぱり夜中の2時3時には眠たくなり、眠り、朝7時半には眠気に耐えながらも起きると、もう眠くなくなっていて、日常の時間に問題なく戻っていったのでった。 初めての飛行機で一気に飛んだヨーロッパやアメリカが、変な時間に目が覚めて冴えたり、やたら眠くなったりしたのに、何たる「進歩」というか、これをボケというのであろうか。 そういえば、10年以上前のある日、ヨーロッパへ出かける日に、時差調整のために、ほぼ徹夜状態にして、いざ、朝、7時に家を出て、財布を開けると、オーマーガーの500円ぐらいしか入ってなくて空港に行けないことが判明。今みたいにコンビにに24時間引き出し可能でもなく、9時までは銀行も開かず、9時なんかに銀行開くまで待っていたら11時発の飛行機には間に合わない、どうするんだ!おれ!といいながら朝、恥を惜しんで近所の人ったたき起こして、2000円借りたなあ・・・ははは。
2010.12.17
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せめて髪型だけでも綺麗にしたら見違えるのにね。驚いている人のほうが、変な顔色です。ブルースリーの真似したら、切った。みてくれよ最大多数の最大幸福のベンサム、足元にいつも首を置いていた?あ、人形は1人だけだった。あっちこっち見えて便利。暖かそうだねえ。でも水の中でふさふさになることはないねえ。足でかい。顔だけリアル明るい魚トイレ行ったら、猫のトイレデシタ、ギャフン。タイの奥地にいます。ピアス。ボルネオの奥地にこういうのありました。昔、首狩ってたのが残っているのです。世界大きい人口輪外すと、ぼろーんとワッカ肉が伸びて情けない姿になる。2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.16
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今年も、何となく、昆虫から哺乳類までいろんな生物を見かけたのではあるが、子供時代に比べ減ったなあと思ってしまうのは、単純に採集に行ったり見に出かけたりしていないだけかも知れない。生物の多様性を守るのは大事なことだ!それは自然保護に正しいのではあるが、未知の生物が何千万種もいて、何万種も毎年地球から姿を消している、ということなのであるが、未知なのに、推測できちゃうんだねえ。科学の力って凄いわ。何せ、調べてみたら、未知の生物は、1000万種から8000万種と、うーん、人によっていうことばらばらで、ちょっと幅あるね。計算方法が、かなりドンブリ勘定だからなんだろうね。誰も知らないところで密かに絶滅していっても、さっぱり分からんまま歴史は過ぎ去るんだよね。そんでもってそんなけ多くの種類のものを保全しましょう、なんて、まあ口では言えても、こりゃ不可能だよなあ。政治的だよねえ。マリ鼻さんや春治さんが名古屋で参加し、その後先日も結論を先延ばしにしたカンクンでのCOPを見ながら、京都議定書は日本だけがはめられた騙されたということもあるのだが、(もう政治家も役人もわかっているだろう)、欧州あたりでも、次の目標はクリアできたとしても、もうその次の目標はクリアできるはずもないことが分かっているのか、及び腰だよね。最近、達成しろやれ!とはいわなくなったような気がするんだけど、どうよ。(せめて折角政権交代したときに、不平等な京都議定書脱退するチャンスだったのに、ホント、民主党ウケ狙いだけで終わったな) ああ、そうだ、そういう大きい話はまとまらないのでおいといて、ブラックバスの話だったが、そもそも、ブラックバスの話をしようとしたきっかけを、すっかり忘れてしまったのであった(珍しく、題を決めてから数日たっていたので)。とにかく、現状維持、現状の生態系を維持しようという原理主義は難しい問題だ、と採取禁止のかたて看板を見て思うのであった。槍玉に挙げられているブラックバスであるが、外来種が在来種を駆逐している、そうやって大きく報じられ続けてもう長い期間がたつが、私も昔はマスコミがそういうので、そりゃ大変だ、どんどんブラックバスを食用にせなあかん、と思っていたものだ。思っていつつも、バス釣りしても、キャッチアンドキルかキャチアンド飼育ぐらいしかせなんだ中学時代なんであった。しかし、そもそも在来種を駆逐しているのか、しているとしてもそれが主な原因なのか、人間が健康被害を受けているのか、繁殖力があるのでムカついているだけなのか、よく分からん状態である。琵琶湖なんかよく在来種が減少していると言われるんだけど、減少時期は琵琶湖の湾岸工事などの総合開発時期に入ったころと一致していることを考えると、80年も前からバスが日本に放流されたことを考えると、ウムムという感じである。そらコンクリーで湾岸固めると水際で卵埋めないわな。それに、バスが定着したのは、ああいう流れが緩やかで清流でないところのみで、そういうところが生息できるスペースであり、何処でも増えるわけでもないよね。そしてバスは水際に卵を産む種類ではないのかもしれない。こりゃ日本の食生活が変化して、バスなんか食うかよとなったのが、問題(名前が悪いそもそも)であり、これが日本のメジャーな食だったら誰も駆除とか言わなかったであろう。一生懸命金つぎ込んで琵琶湖のバス殺しているけど、どうやって全部殺すのよ。繁殖力あるから1パーセント生き残ってしまったらまた増えるよ。 アメリカザリガニ(おいらの地域ではマッカチとよばれとった)もウシガエルも外来種である。食えるものなら外来種もウエルカムだ。古くは、日本の穀物や野菜ほとんどが在来種じゃないじゃん。税金は、ほんま他人の金なので、コストパフォーマンスの考え方ないよねえ。駆除に金使うなら違う使い方あるんじゃねえのか。1種類増えたり減ったりでどんなけ生態系に影響あるのか、っ分からないよね。 あーあ、結論というより、20年ぐらいたったら、結論じゃないけど、CO2?ああ、なんか、そんなのあったね、政治的流行だねで終わるでしょうな。環境ホルモンとか処理場のダイオキシンとかフロン問題とか。いつの間にか消えた(消えたのは、飽きたのでも解決したのでもなく、そんなに大きな問題ではなかったとか、どうも因果関係が分からないということが分かったからだよね)あれ、バスと関係なさそうな結論じゃん!■「スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・」が500000アクセスを突破!! http://plaza.rakuten.co.jp/doimoi/================================================================== あなたのホームページのアクセスカウンターが、 500000アクセスを超えました。 つぎは777777アクセスを超えたときにお知らせします。 今後とも引き続き楽天ブログでお楽しみください。
2010.12.15
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そんな訳で、2軒とも行くやつはそうざらにいない。実は、ロサンゼルスもこの2軒は道路向かいにあるのであった。氷点下の海に沈んだら、そーんなに長く生きられないわよ。ダリ 自分のことダリと呼んでいた。元祖自分のことを名前で呼び捨てする女の子の始まりかモーツアルトとか。ウォーホールとかアラファト、意外と身長低い。メイジャー首相 評判のデクノボー首相フルシチョフ。笑顔がかわいい人。名前もニキータ、なんだか、かわいく強そうじゃん。モウタクトウ、世界で、2,3番目ぐらい人を殺した人。ヨハネパウロ2世 出身はポーランドのアウシュビッツの近くのクラクフ。空港の名前もヨハネパウロ2世空港、ちなみに、首都ワルシャワの空港はショパン空港。ヒンズー教徒老子 タオの皆様 私自身も写真におさめてましたね。モーゼ ユダヤ教の皆様孔子 儒教の皆様イエス キリスト教の皆様シャダルタ 仏教の皆様 西洋人から見て、お釈迦様はこんな顔のイメージなんでしょうかねえ。2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.14
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タイで民族村にトレッキングに行ったことがあるのだが、それは、もう人生の半分前の話である。というのも、ハルジ氏の指摘の通り、学生時代山岳部の先輩と同輩が山で死に、後輩が雷に当たって一回死んだ(が、蘇生した)という経験を身近に持ちながら、本人は結構グウタラしていたというよりも、堕落していたとうのは本当だからである。何が、というのも、というかは分からないのであるが、我々の部もバブル世代の我々の時代を除くと、まあまあパフォーマンスが高いのである。 1960年代には、そもそも学生がそうやすやすと海外旅行に行けない時代に、アラスカの氷河洞の遠征を2,3回行っており、(隊長は、某教授だったのだが、その方は目が悪くあまり見えないことは学生時代から知っていたが、それがアラスカで怪我をしたということを最近知った。全く人を責めたり、目が見えなくなる原因をずっと説明しないなんてカッコイイ教授である。)、沖永良部島の新洞窟を発見したり、パラワン島にコノイ族の民族調査を3回ほど行ったり、(出版もされている)しているのである。コノイ族では隊員の半分がマラリアに罹ったのであった。(W田大学世界旅行クラブが帰国した半分がセイビョウに罹ったのと偉い違いである。) しかし、我々の1つ2つ上から、いつの間にか、OBや先輩に怒られながら、世の中が豊かになったのか円高が進んだのか、個人行動へと化していったのであった。中国を自転車で回ったり、バイクでオーストラリア1周したり、サハラ砂漠を越えたり、そして、その後、堕落していくのである。 しかし、我々が卒業すると、海外志向は消え、国内の川下り、洞窟、登山とこじんまり回帰していったのであった。そういう私も、一応は、団体競技としてはインドでの沙漠ラクダ踏査とかボルネオの川下りとかはやってはいるものの、大半は、ゴメン、自堕落な外こもり現実逃避でした。とかなんとかいっちゃって、言い訳というか、本題に程遠くなっていっているのである。 何せ、一番最初にリンクしている通り、私は、歴史家でもあるのでスコータイを目指そうとしたのに、偶然大学の先輩に発見され、無理矢理トレッキングに連れて行かれたとても消極的な出発だっただけではなく、先輩も、元来のハイテンション野郎のくせに、何故か更にハイテンション状態となっており、「オイ、オマエ、がんじゃ用意せい!あへん畑いくぞ!」と五月蝿いのであった。そんなところいけるワケねえだろ、と私は思いつつも、いつの間にやら、アカ族だかメオ族の村に来ていたのであった。雨季でジュクジュクの山道をやってきて、景色も何にもない、やたら世界のどこを歩いているのかさぱり分からない状態なのであった。村につけば、更にテンションを上げ、私に村長と交渉してアヘン買ってきてくれと五月蝿くて、辟易しながらも、何故俺がそんなことしなければならないんだよ、といいつつ、興味本位で雑談の中で、そういうのってあるの?ぐらいの軽い気持ちで聞いてみたら、「ああ、いつもはあるよ。でも今日は村のお祭りの日でね、町から警察も来ているからダメね」といわれ、「でも、がんじゃならちょっとはあるよ」といわれるのであった。 やっぱ、ダメじゃん。そのころ、山岳部の先輩はメラピークの6600メートルの山で遭難して亡くなったというのに。 翌年の6月なんか、山岳部の同輩と毎日徹夜バイトしていて、おまえはインドの沙漠にいくのか、オレは山合宿30泊だぜ、また帰ってきたら飲みに行こう、といいながら、ラクダの背中の上で、プカプーカやってて堕落しているうちに、彼は山の川が増水しているところに流されて、そのまま亡くなってしまった。やっぱダメジャン俺。
2010.12.13
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首取れた首アゲル。ええーありがとー。みんな目が死んでるよ墓職人かぶりもの逆立ちジェイソン可愛げ包帯痛い椅子お祈りの時間アクマの生贄年取ったいじるわ、ほれほれ痛いじゃん痛くて泣いちゃう頭を小さくする機械失敗した人軽いスリラー歌います上半身だけ骨になりよった宙に浮いてるけどブタ毒ガス毒ガスかお隠しギロチンに首突っ込みましたあれ、ただのおばちゃん?逆立ち鋼鉄の処女にどうぞお入り下さい逆立ちやめた全景の一部顔コレクションはい、バンザイしてくださいね全景2 そんな中で、絶叫嗚咽が聞こえてきつつも、本当に怖いのは、これが分からないのだが、山の中でテント張っても、風音とか木がしなったり物が落ちる音がして、少しビクつくことはあっても、やはり、街中とかビーチでテント貼るほうが割りと怖い。やはり、お化けや超常現象よりも人間に襲われるのではないかという恐怖心があり、何度か野宿したときも、人通りが多いか、逆にまず人はこないところまで入り込んで寝るというパターンが多かったように思う。公園で寝るって、ほんと、怖いよね。サービスするわよん。2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.12
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本題の前にコーモン見せて恥ずかしくないか、犬よ。 小学生6年のとき、何かの弾みで塾の友達と甲子園見に行ってみようかという話になった。しかし、甲子園はどうやって行くのか、分からず、そういえば国鉄に甲子園口という駅があったぞとウル覚えの私は提案し、甲子園口まで行ったはいいが、口だから目の前に甲子園ドッカーンとそびえると思いきや、何もない。実は国鉄からだと、甲子園まで2,3キロ離れており、初めに阪神タイガースなので、阪神だろと思いつかなかったところが悲しいところである。(ちなみに、タイガーの複数形はタイガーズです。多分、点を取るためにスにしたんだろうと邪推します。) 友達は、「おまえ、甲子園ないやないか」と、私を詰問しました。私は、近くの花屋で鼻をいじっているおじさんに道を聞くのですが、「遠いよ」といわれたのだが、「すぐそこみたいで、歩いて30分ぐらい・・・」 しかし、我々はまっすぐ南下するだけなのに、何故か迷いに迷い、阪神甲子園の次の駅である鳴尾駅に到着したのは2時間後であり、「もうかえろうや」といって二人無言で家路に着いた。 小学校5年のとき、自転車でどこまでいけるかやろうやと3人で向かったのが甲子園、30キロ程度往復60キロ程度の道のりである。勿論交通ルールを知らないので、右側通行で走りまくる。危ないので左側通行にスイッチするも、信号は全て無視するので、バイクと同じ平均スピードである。バイクのにいちゃんが、信号待ちでまた再び我々に抜かれるのを苦虫を潰すように苦笑いして眺めていたのが印象的な昼下がりであった。というか雨も降ってきた。甲子園に着くと、開いていたので勝手に入り、バックグランドまで端って戻ってきた。3人は、最後に達成の握手をした。そのうちの1人は893になり一人はディスコの黒服男になっていた。甲子園の高校野球は一度だけ準決勝をオトンと見に行き、最後まで2試合みたという経験を持つが、野球を1回から最後までいたのは、後にも先にもこの試合だけである。 もうひとつなんかあったんだけどなあ・・そう甲子園球場の思い出を思索しながらいろいろあったが、結局、たこ焼き自分でつくれるなら、小学校以来の腕前どうなったか確認作業することにした。 あかん、やばい、泣きそうだ! と思ったら無事、できました。 気をよくして明石焼きも追加しました。 帰りに饅頭屋にいくと、みかん大福とか柿大福とかあったので買って帰ったら、餅の中にみかんそのまま入ってました。
2010.12.11
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気分の悪くなる迷路を通った。通ろうとした心斎橋君と私は1歩橋に入ると昨日のアルコールが逆流してきた。ベナレスを離れ友達はニューデリーにやってきた。彼も私もデリーは20年以上離れておったので、またもや質問をしてみることとした。デリーの常宿ボンベイロッジは、いまは、ボンベイパレスという名前に変更されたそうだ。毎日ボンベイロッジでは自堕落な生活をネパールに引き続きネパールから引き続き持ってきたものでとんでいっていた。ボンベイロッジの窓のない部屋は物置にされていたとの報告。トイレもきれいになり、遠慮なく下痢できるとのことであった。耳掃除屋は相変わらずうようよいるとのことであった。今日会ったおっさんは自称「耳掃除インドチャンピオン」らしい。情けなくて死にそうになったらしい。ロッジの爺さんはどうなったというと、死んだそうで、マスタルは大金持ちになってもう滅多に顔も出さなくなったとのことで、ネパール人の下男が7人働いており、ネパールの写真を見せると喜んでもうて、ガイドも無料で引き受けたらしい、仕事はどうするのだ?そのネパール人スタッフは、「がんじゃすってもええです。よろしかったら買ってきます。ガイジン買うと高いです」というてきた。らしい。1日日給50円で懸命にはたらいとる。日本人宿、ハニーはもうないとのこと。床に鍋転がっていたなあ。なんであんな暗くて暑い部屋に皆たむろしていたのかなあ。昼間なのに、ドミトリーになんで半数以上の若者がぶらぶらしていたのかな。日本人たまり場はほとんど旅行者が減ったためか、見受けられ巣、中国人と韓国人のたまり場イーパイや。とのこと。昔、ボンベイロッジでベールでも買いに行くかと、部屋を出ようとしたらマスタルが、俺が買ってきたるというので、任せたら、既に栓が抜かれていて、これはやばいぞと、思いながら貴重品一式を友達に預け飲んでみたら1本だけで、ムチャクチャに歪むように酔っ払った。グデーンとなった。でも、あれは酒の酔いじゃなかった。(かといって薬物の酔いでもなく、眠くて意識失うこともなかった)もうデリーでは若い女でサリーきとるやつはおらんとのこと、パンジャピドレスかジーンズらしいで。カトマンドゥでもベナレスでもここでも、た安い日本食レストランなんぼでもあり、普通のカレー屋にもメニューに中華やイタリアンが交じっとる、らいい。その中にジャパニーズもあるとのこと。カツドン、ざるそば、冷やし中華、から揚げ定食・・・味も悪くない。とのこと。ところで、デリーで観光したことあったかな・・・トータル2週間はいたとは思うんだけど、ジャマーマスジッド以外行った記憶が。。。デリーで最後の朝、ゆっくりしすぎて、飛行機に乗り遅れそうになって、そのくせに、市民バスに乗って空港まで行ったなあ。そうこう、やり取りしていると、次の日のメールには、チェンライに着いたと、入り、たった2日で、ヴァラナシからデリー経由でバンコクも経由してチェンライかよー、弾丸だなあ、と、こっちは日常なのになあ、と少しびびるのであった。
2010.12.10
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地味編。カセットテープの使い道ってもうこんなことしかないのか、という逸品。針金カルロスサンタナ。最近、またはやってきたよ。針金ジェリーガルシア、ヒッピーサイケを代表するアルバムは売れないがコンサート収益率全米1,2を誇ったグレイトフルデッドのリーダー。飛び出すシマウマトイレットペーパー花嫁衣裳。あまり嬉しくない。一部熱狂不安が水放水ってか。手をかざすと、ペラペラめくれるのジョコンダ。押しピン子供チラシ切れ端使ってロイリキテンシュタイン風か?ジニッコ使ってエブラハムリンカーンってか?人の皮使ってますが、誰が提供するのですか。蝶に耳切れたゴッホ描いていいですか。お菓子(ガム)で出来たマイコージャクソンオモチャでできた犬釘で出来たジーザスクライスト中国人(心斎橋君も気に入った)が芸術の域まで高めた纏足。変態。2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.09
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小学校2年か3年のときに、カブスカウト(ボーイスカウトの下部団体)にて、淡路島の寺で合宿にいったことがあり、そのとき、寺の住職が、これが「大日如来様です」と説明していたことを思い出す。 簡単にいえば、数ある中で、まあまあ偉い順が如来(釈迦、大日、薬師、阿弥陀など)に続き、菩薩(弥勒、観音、金剛、文殊、普賢、月光日光など)、そして明王(不動、愛染、孔雀など)と続いて、いくのであるが、それも宗派によってまあまあ違いもあるというものさ。とにかく、人間ちゅうのは、民衆ちゅうのは、基本、そんなに賢くないので、いやはや、専門家のための仏教(難しいことをそのまま教えている)が世界宗教の一部になったことは、奇跡だというか、どこかで現世主義をかなり打ち出したり、大変簡単に説明することにしたり(唱えるだけとか、この言葉だけ覚えていればいいとか、これだけすればいいとか)簡略化したからであろう。仏陀自身も教えを説いたのが、弟子を中心に王から民衆まで幅広くオールラウンドであり、その分、具体的であったのだろう。 そのあたり、無学なガレリアの漁師とかに教えをはじめていったキリストとは偉い違いである。おそらくではあるが、仏陀もキリストも同じようなものを見ていたに違いない。しかし、説明する相手のレベルに応じて喋るので、キリストは例えが多すぎて、逆に解釈がいくらでもでき、そういう意味で難解になってしまっているのかもしれない。矛盾したこと最初にいっちゃってるからね。キリストは神なのか人なのか。神なら生まれ変わりもお茶の子サイサイである。その辺を厳密に追いかけたのが、グノーシスとかだけど、結局何百年もたって、いろんな説があって、ミネーネ宗教会議とかでキリストは三位一体論の中で、アリウス派とかほかのいっぱいの考え方は全部異端にしちゃったんだよね(そう高校の教科書で習ったが)。だから、取捨選択があり、聖書もでたらめなものもかなり含まれている可能性も高く、ほんまにこいつが言ったのかとうものもあり、死海の書とかでてきて聖書と矛盾しても、公的にはそれは異端として史実とは別に認められない。 年月がたってというのもあるが、何せ、世界はいろんな言語によって成り立っているので、いやはや、訳は大変難しいというか、明治時代に福沢諭吉とか西周とかが訳したんだよね。愛とか芸術とか社会とか自由とか個人とか。 さて、前置きがながくなったが、教科書に出てくる最も落書されやすいナンバーワン人気者はフランシスコザビエルであるが、そのシャビエール、日本にたどり着いたときに、連れてきた日本人ヤジロー(翻訳担当マラッカで出会う、下級武士で殺人でポルトガル船で逃亡中だった)が翻訳していくわけであるが、神を訳せない。仕方なく、大日と訳し、天国を浄土と訳ていたんで、広まった一面には仏教の一派であろうと思われた節があるのであった。天竺から坊主が来たと。(多分、ザビエル側も結構広がるならと都合よろしく考えていたのであろう)まあ、そんなこんなでちょとだけ大日に戻ってきたが、本題に入る前に、疲れたので今日は終わりとする。
2010.12.08
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バングについてはハルジ氏のここに詳しく書かれてあるが、当時知り合いでもなかったのに、ここに勝手に「後輩Kはインド通の男を友人に持つ放浪野郎」と悲しいかな私が出てくるのであった。(恥ずかしいねえ、通でなく、ただのアデックトだったのにね) 大学の友人もすっかり、エリートリーマンショックを辞めて、昔の自堕落な生活から抜け出すためにかとマンドゥからバラナシに来たということであったが、また馬鹿なところにきてしまったものだ。確かにバングのことは、一番最初のことも忘れてしまったけど、同じガンジャ成分でも体内に完全注入してしまうので、精神的な規制を効かすのは難しく、例えグルがいても、いって仕舞うかもしれない。しかし、何故あれがおおっぴらに売られていたのか未だによく分からないのであるが、毎日飲んでいると、そこそこに耐性もできてくるのか、最後まで楽しめるようになってしまうおかしさがあった。もう、毎日、フラフラしている日々から人生は倍も過ぎ去り、すっかり落ち着いたと思われた大学の友人もドロップアウトし、インドはすっかり変わったと昔ナツカシズムの身勝手なカナシズムメールを送ってきて、ああ、そうか、もうバングラッシー屋もなくなってしまったかと、私も、いつまでも自分の思い出は無くなって欲しくないと言う身勝手な妄想が駆け抜けたのであった。勿論、インド人的気質や商魂は変わっておらず、随分、喜んで騙されてクルタパジャマなんかつくったりなんかして、画像送ってきたりなんかして、騙される喜びよろしくハッピーそうではあった。それにしても、ガートの風景だけは変わらなかった。意外と、今は、日本人女性と結婚したインド人が多く土産物屋を経営、一族郎党で日本人観光ky買うを呼び込み順調に100倍以上ぼったくって頑張って微笑ましい商売をしている、という姿をちょこちょこみるそうだ。知り合った学生も5ルピーぐらいのバンダナを50ドルで買っていたそうだ。勿論彼は、「うちにはそんな文句言う人(正論いう人)は合わない」と店を追放された。噂の、クミコハウス、昔は、だんなもガンジャに五月蝿くてしょっちゅう怒っていたが、今は、評判の悪いジャンキー宿だそうだ。もうあれらしいな、確認してないけど、地球の歩き方にも載ってないらしい。 ヒンドゥの最大級の聖地、ベナレスまでなけなしの金を使い果たし、そこで死ぬために命わずかな巡礼者が訪れていた。しかし、いざベナレスに着いても、生命力はまだ残っており、そこで、乞食となる。1980年代、寺院やガートからガンジス河までの道のりをびっしり乞食が道際に続き、手を伸ばし、その手がひん曲がっていたり、スケボーに乗っていたり(足がないので)、手足のない達磨状態の乞食も多かったのであった。そして奇形度が高いほどに、慈悲を受け、高級取りであることは、暫く傍に座っているだけで分かる。 今は、印度にも人権問題が導入されたのかと思うほどに、健常者ぽい乞食ばかりだそうである。そんでもってOMロッジ(1泊40円)も、もうやっていないらしく、迷路の奥にある自宅は美容師や美術の専門学校を娘さんが開き(あのジャリがいまや30歳)、毎日150人ぐらいの若い女の子がやってくるそうだ。今ワントラいくらじゃと聞くと、1トラが通じないと嘆いておった。自称長澤まさみの恋人インド人が、長澤まさみとマネージャーに10グラム100ドルで売ったよ、とのことであった。なんだよ、30倍はぼってんな。ほかに藤谷美紀の彼氏とか、大沢たかおの親友とかがよおけおるらしい。深夜特急とか、ガンジスでバタフライとか、まあそのたぐいの影響結構あるねんな。それにしても、人間は過去を参照にするのである。初めてアメリカ(ニューヨーク)に来たとき、その雑多性に、なんだ、ここちょっとインドみたいじゃん、と思ったのでもありました。
2010.12.07
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今日、電車に乗ったら新車だった。満員なのに、入った人の数人が、あ、新車の匂いだ、あ、新車だとつぶやいた。おりるときも、乗ろうと舞ってた人が新車だと言った。結構、みんな興味あんだね、一般人も、電車好きなんだね。そういえば、飛行機には寿命がない。ないけど、どんどん手直し、パーツ交換して、元あった初期からのパーツはなくなているかもしれない。人間のようだ。細胞がどんどん死んで3ヶ月ぐらいで、パーツが入れ替わるというシステム、それと似ているんかもなあ。 1人土産のグラデリチョコを会社でボリボリ食べていたら、奥歯が抜けた。人生初めての経験であり、眩暈がした。仕事中のある瞬間に人生が終わったような気がした。幼い頃からの記憶が蘇り、まだ人生がよくよく考えたら通常の場合、あと半分も続くのかと思うと、長すぎるのではないか、と不安になった。(しかし、調べると、知らなかったが、歯の寿命は早いもので40数年から、最後まで持つものでも65年ぐらいと、どうやら寿命があるらしい。死ぬまでほとんどの人が自分の歯を使うものだと思いこんでおった) ライトアップ紅葉の接待に誘われ京都に行くのだが、仕事がたてこんでしまい、大幅に遅れ、たこやにて合流。おでんやのことを昔はたこやゆうとったらしい。操業130年。考えたら昭和85年やものなあ・・・大正で100年ちょっきりか。 そんな訳で、帰り際にまた壱銭食堂に行き、一種類しかない古乃美焼にビール飲んで帰る。京都滞在時間1時間。京都の学生が絵馬書いているとのこと。よかったね、京都に学校が多くて。
2010.12.06
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さて、いよいよ、帰国の日になってしまった。この作品は3部作で構成されている。(前回までの粗筋。いよいよ出国編そして、ついに到着編で、今回「いよいよつに帰国編」となっている。 午前も2時前となり、明日は6時15分に起きて、壮大な散歩に出かけるということにして、我々は、ツインベッドに別々に寝るのであった。何せ、カストロ通り、ハーヴェイミルクを産んだ町、いくらハンサムとはいえ、アジア人中年2人が歩いていると、或いはレストランなんかに入っていると、全く、怪しい目で見られることはかなりの可能性があり、きっとそう思われているんだろうなあ。と思うのであった。チェックインの時も男性2人でチェックイン手続きしているのに、西洋人女性のレセプションでは当たり前のように、「ダブル?ツイン?」とセンタクを迫られるのであった。 確かに、欧米においては、アジア人男性の地位は低いのだが、西洋人ゲイからみると、いやはや、肌が綺麗な華奢なアジア人男性は結構好きよ、という人々も多いのである。そんな訳で、我々も一部の人々からは、ウインクの目で見られていたのであった。 そういえば、西洋人男性がアジア人女性と付き合ったり結婚することは、よくあることだが日本人や韓国人あたりは全然問題ないのだが、女性が他のアジア諸国出身であれば、その国に行ったときは大変だそうである。男からは娼婦を買って連れ歩いていると見られ、ホテルではジョイナースフィーを求められたりされる可能性が高く、必要以上にブランド物で身を固め、ちょっとコンビニに行くときもメイクをちゃんとして、それでいて、娼婦的な派手さを出さないようにしなければならないので、つくづくつっかけで歩き回るような日本人女性が羨ましいよ、とのことであった。 まあ、そんなこんなで目覚ましは順調に鳴り響き、うるせえなあと思い、またうとうとし始めたのであるが、15分程度して、起きると、彼は、すっかり3時間ぐらいしか眠れなかった、暇だったのでアイロンかけてたと、初老朝早起きしてしまうぶりを発揮していた。昨晩の飛行機の中でもそう眠っていなかったようで、その前日は徹夜状態だったということだが、よくもまあ、そんな睡眠時間で生きているものだとビビリもったのであった。 外は雨であった。止みそうだったので、これは、ちょっと止むまで待つかと相談したが、益々、雨は激しくなりつつあり、ホテルで傘を借りることにして1時間程度果敢にも散歩(仕事)に出かけることにしたのであった。人はそう歩いてはいないが、丘を超え、丘を折り、ヘラヘラしながら歩くのであった。 ホテルに戻ると、10分程度で荷造りを終え、というか、会社帰りのカバンひとつに、お土産袋ひとつでチェックアウトしつつ、空港に向かうのであった。 空港でも、奥さんに厳命された免税品を必死のパッチで探しまくる彼であったが、無事飛行機にも乗れ、またも席は離れ離れとなり、では12時間後集合するか、ま、ここで流れ解散か、とう感じでボーディングブリッジで別れたのであった。 機内で様子を見に行くと、オンデマンド画面をいじりまくる高校の時の友達心斎橋君(かにの紙エプロンなし)の姿があったのであった。行きと違ってゲイスチュワードの猛攻を受けることも泣く平穏であった。「また弾丸ツアー行くときは誘ってくれな、珍スポ行くときは誘ってくれな」とお世辞を言われ長い旅は終了したのであった。「また反省会な!今度こそラスベガスでウッシシーのワハッハーだ!」と。俺他に友達おらんのか?いや、この激しいスケジュールにギャグでついて来れるのはきっと彼だけだ。だってその他の友達は皆俺のオファー断りよったからな。彼だけが即答で行くと言った。但し、時期は延びた。2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.05
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「信じようが信じまいが」ミュージアムは、世界に25箇所はあり、以前、コペンハーゲンで行きそびれたのであった。但し、韓国ではコーヒー屋もあった。 しかしながら、今回は同行者がおられる。「しんじられないもの観たいか?」と少々冷静に尋ねると、「おう、いくよ」ということで、少々、期待薄な顔をしていたが、入り口にてちょっと興奮し、結構、写真撮って喜んでいたのであった。いやあ、案内してよかったよと、安堵な気分になる私であった。 でも、もうこういうの飽きたんなけど、俺の試練というかノルマ、前途多難な厳しい道であることは理解していただいたようである。歯でロープを噛んで宙にぶら下がります。歯でロープを噛んで宙にぶら下がり、ビルとビルの間のロープを噛んだまま移動します。しかし、普通のおばちゃん顔でした。いやはや、棒に直角になっているのも普通のおじいちゃん記念か、博物館作っているペンキ屋さん、そのまま固まりました。こういう人は、今、日本じゃ人権がといって見世物にしてはいけないとかいって、職業阻まれるんだろうなあ。これ、知っていると。元祖くしゃおじさんか。石がしゃべっとるダニエルしくるずこんな目の飛び出た人間あんまりおらんで馬の骨らくだの骨孫子???世界中で珍品を集め続けたリプリー、日本では甲冑か?ネパールにはこんな骨の人おるんかいなあ。いい顔してます。ミイラ、ぽーんと置いてます。友達より、ちょっとだけ、俺のほうが遅いぐらいのスピード感で進んでいくのであった。頭に蝋燭乗せても消えないほどのスピードで歩く。(まだまだ続く、ごめん)バンコク、マダムタッソーオープン日にて。(天皇の蝋人形、宮内庁が待ったをかける。宮内庁、サンフランシスコワックスムージアムのことしらなんだか)2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.04
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そら、名物、クラムチャウダーやろー。それに、海沿いは、冬は牡蠣!ちゅるちゅる吸って終わり。シューターもあった。シューターって、牡蠣にウォッカを入れてタバスコぶち込んで、グイぴゃるんだ。これが、効くんだ。牡蠣って安いところあるの?生牡蠣って、日本以外ではニューヨーク(実はニューヨークで牡蠣に目覚めた)、ヴァンクーヴァー、そしてムチャクチャ食ったのがパリ。しかしチャンピオンは松島牡蠣小屋か、あ、あれは、生牡蠣じゃないからね。あんないっぱい生牡蠣食うとすれば、やばいよね。世界初の社会人になってからの男性同行者も変なカニのエプロン着て大ハッスルである。あるが、スマートフォンを手放さない。きっと、サンフランシスコカニなう!ってやっているに違いない。しかし、実際は、2人ともカニは好きでもカニ料理は嫌いなのである。食べるのが面倒なんである。二人とも食べるのに面倒なことまでして食べとうない、くるしゅうない。という人物なのであるが、ついつい、時価と書かれていたので、食べてみた。おいおい、時価っていくらだよ、と尋ねると、ハッピーウエイトレスは、壁を指差した。それにしても、店を決めるのには、多少時間を要した。流行っているところに行きたいが、並ぶのは面倒だからイヤという1,2席だけ開いている店を慎重に選ぶ。友達は、なかなかチップのある国に行ったことがないからチップはちょっと慣れないなあといっていた。私は、今や結構チップ好きである。よくなかったら5パーセントぐらいにするし、とても満足したサービスを受けたら2割ぐらいするのである、何か自分で値段を決めているようになる単なる嬉しがりであるかも知れぬ。晩飯はチャイナタウンで中華である。何故中華といかというと、中華に決めた時は、夕方に昼飯を食ったため、あまり腹が減ってない時、刺激のある四川料理だったら食えるなという友達の意見を従順に聞き、じゃあ、中華だな、とかいううちに、歩き回ったりバスを30分もぼーっと待ったり(よくみると最終バスが何と19時に終了しておった)している間に、21時を越え、結構本格的に腹が減り、チャイナタウンに着くや、彼のGPS機能によりどこに位置するか我々は位置を確認し、30メートル先の有名店に入ったのであった。広東料理の店である。そんでもって、せっかくアメリカに来たんだから、チンタオビールでしょ!最近の広東オレだけの流行は四季豆である、え、インゲンだろ、はい、インゲンですね。香港に行けば必ず食う四季豆、これがうまいのである、というので急遽メニューで発見、コレ食べて良いか一応、彼にお願いせずおススメした。あとは、海老が甘辛くてなかなかよい。ていうか、アメリカ何度もいうけど、量と値段、頼むから半分にしてくれよ。結局残すんだよな、半分ぐらい。多くて食えん。どんどん、客が出て行って、我々以外1組となった。なんだよ、みんなしけてるなあ、何時だよ、と友達に聞くと11時を回っていた。ホテルでは、何故かドイツのベックスビール。何を隠そう思い出のビールでもある。18歳、エアインディアの中で1ドル払って飲んだ記念ビール。それがまた美味かったんだ。早朝より散歩開始。旅行中だけ朝早く起きることができる。子供のころ、意味なく日曜日と夏休みは早起きしてしまったのと同じ理屈であろう。(我々の時代は日曜だけが休みであった。土曜日は半ドンである。半ドンのドンはドンタクのドンであり、はっきりいってポルトガル語からきている)焼きソバ定食である。焼きソバに結構渡り蟹のケーキは合わないような気はする。メインはサラダで決め!なんだかんだいって、ルッコラって美味くないか。いや、うまい。毎日食べても飽きない。蛹になりたい。サナギになって成虫阻止。朝はフルーツ定食。なんだかんだいってアルゼンチンにいったとき、1年分の肉食ったからなあ。僕は友達に謝らなければならない。サンフランではギラデリチョコが有名なんだぜといって、大量に買っていたが、安売りスーパーのウォルグリーンでは、H&Mの前のいつも混んでるウォルグリーンでも(ほら君が熊のぬいぐるみ買ってた店)ギラデリ半額だったんだよな・・・ゴメン、お土産倍買えたんだよ。夜食は、ホールフーズにて購入の青汁、あ、汁の前のケールだった。日本では青汁にされちまうが、これ美味いんだよな。何故か、ファラフェル。ああ、地中海パック・・・なるほどねえ・・・えっ、なるほどか?プラス意味は良く分からないが、カンガルージュースで決め!開けたら、もう中東というかイスラエルの香りというか・・・フラッシュバックタイム。食べ物のお土産ってか、1人で食うつもりというか、ピーナツだろ?侮ってはイカンゾ、ピーナツ。アザラシ料理。臭そうである。滋養強壮か。1匹食べるのも大変そうである。そういえば、らくだの中に豚を入れ、その豚の中に鶏を入れ、その鶏の中に魚をいれ、その魚の中に卵を入れる食い物があるな。1人で食べれたら天才だ。タマちゃん、食いたい・・・・。これは食えん。思わず、コックと泥棒、その妻と愛人(ピータグリーナウエイ)を思い出してしまった。粗暴な暴力頭目、人間食ってゲロ吐きよった。そうして、グルメの旅は終わったのであった。2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.03
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悪の機軸ヒトラー、ムッソリーニ、ん?東條?。 やっぱり悪の機軸チャーチル、ドゴール、ん、まさか?マッカサー?。 ベンジャミンフランクリン・・・実は、思い出すと、彼が描かれている100ドル札、随分長いこと見たことがない。100ドルは使えないのだ。すぐ偽札と疑われるからねえ。多分、アメリカは世界で偽札造られていること、ある程度ほったらかしにしているような気がする。マンデラ・・・私が実際に見た一番有名人政治家かも。前にも書いたが、釈放されたあと、世界中を行脚、大阪にも扇町プールに講演に来て、見に行ったら、すごかった。どこそこはいくら、どこそこはいくら、どこそこはいくら寄付してくれたのに、日本はなんだ!全然くれないじゃん!って、開口一番の演説。スゲエ、さすがと思った。マハトマガンジー・・・国民がゆうこときいいてくれないからと死んでやると断食したこと、何十回も。マーチンルーサーキング・・・・天国からオバマが大統領になったことを知ると結構、世の中ちょっと変わったなあと思うだろうなあ。チャーチル、エリザベスとその旦那エジンバラ公フィリップの王室一族。カミラは?あ、 離れたところに、ダイアナマタ=ハリ・・・この人は泳がされ象徴スパイですな。質としては大したことない。ルクレツィア ボルジア・・・アニキは悪名高いチェーザレボルジア。政略結婚に翻弄されたとな。クレオパトラサロメ・・・昔、映画サロメを何回みたことだろう・・・マリーアントワネットアルバートアインシュタインガリレオとニュートン、同世代にように立っていますが・・・ ヘミングウエイとモーツアルトフロイトとダーウィン コカイン中毒者と大金持ち マークトゥエインとダーウィンナポレオンボナバルト・・乳を触るのが癖だったらいい・・・ヒロヒト陛下、オオ若い頃はこんな顔だったんっだね2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.02
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エブラハムリンカーン大統領・・・もっともノッポな大統領パパ息子ブッシュ大統領・・・息子:最も知能指数の低かった大統領、寿司嫌い。パパ:日本に来たとき宮沢の横で晩餐会中ゲロを吐く、ブロッコリー嫌い。ジャクソン大統領・・・貴族でない民間人初の大統領(7代)、人種差別主義者で、先住民を一箇所に集めて保護区にした。自身は100人の黒人奴隷を所有。ロバートEリー大統領・・・大統領じゃなくて軍人。ニクソン大統領・・・任期中にやめちゃった唯一の大統領。(ウォーターゲート事件)。初のテレビ論争でスマートデハンサムなケネディに論争内容ではなく見た目でケチョンケチョンにやられる。フォード大統領・・・ニクソン辞任により、大統領に昇格。選挙で選ばれていない唯一の大統領。エアフォースワンの入り口で頭をぶつけたりタラップから落ちたオッチョコチョイ大統領。大根役者に大統領選で敗れる。ネルソンロックフェラー副大統領の傀儡だったかも。リンドンジョンソン大統領・・・ベトナム戦争では枯葉作戦を実施。日本で作ったサインペン全く売れなかったがジョンソンが気に入り、亜米利加で大流行、日本に逆輸入された。フーバー大統領・・・世界恐慌にやられちまい、任期満了後政界引退。引退後最も長生きした元大統領。セオドアルーズベルト大統領・・・テディベア。エレノアルーズベルト大統領・・・フランクリンルーズベルトの連れあい。フランクリンに提言し続けた影の大統領。グラント大統領・・・南北戦争でヒーロー人気にあやかり大統領に。岩倉使節団を迎える。トマスジェファソン大統領・・・イギリスの帝国主義に対抗し、独立宣言を書いた一人の帝国主義者。大統領期間中、唯一大統領拒否権を発動しなかった大統領。ケネディ大統領・・・弟と共にマリリンの愛人。43歳で大統領。ロナウジージョレーガン大統領・・・離婚暦のある唯一の大統領クリントン大統領・・・絶好調の景気の時代の幸福な大統領プーチン大統領・・・また次回2機大統領を勤め、間に傀儡メドベージェフを挟み、プーチン帝国を20年続ける予定。フランクリンルーズベルト大統領・・・障害者であることをテレビのない時代国民はほとんど知らなかった。フェデルカストロ大統領・・・グランマ号でキューバに上陸、バチスタを倒す。小浜大統領・・・ブッシュの負の遺産を背負い、マイナスからスタート。情報化社会で忙しくなりすぎ、社会問題が増えすぎ、多忙でもう何にもできないする暇のない大統領になってしまった。これからは実務をわけて2人必要だろう。2009年サンフランシスコ WAX MUSEUM 1 WAX MUSEUM 2 WAX MUSEUM トーチャーズコーナー WAX MUSEUM 3 WAX MUSEUM 女性編 信じるか信じないかあなた次第1 信じるか信じないかあなた次第2 信じるか信じないかあなた次第3 信じるか信じないかあなた次第4 信じるか信じないかあなた次第5 サンフランシスコ風物詩 ラスベガスをぶっとばせ1 ラスベガスをぶっとばせ2 サンフランシスコgourmetの旅
2010.12.01
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