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旅行記「会社を辞めて旅に出た」の第15章、「あの娘はいま~パギナパン・スンバルムリャ~」(インドネシア・カリマンタン島)をフリーページに追加しました。 パプアニューギニアを出てからは、インドネシアのパプア州(旧イリアンジャヤ)、スラウェシ島と移動して来て、今は南スラウェシのマカッサルにいる。インドネシアビザも残すところ今日を含めて4日しかない。宿の近くの旅行会社に行き、ルートをいろいろとあたってみたところ、マレーシア・サバ州のタワウに抜けるのがやはり最良のようだ。幸い今日の午後にはカリマンタン(ボルネオ島のインドネシア領)のバリクパパン(*1)行きと、明日のバリクパパンからタラカン行きの飛行機の予約が取れた。タラカンからはヌヌカンを経由してマレーシアのタワウへとボートで渡れる。このルートは12年ほど前、マレーシアからインドネシアへと今回の逆ルートで移動したこともあるので不安はない。というか、以前訪れた所が現在どのようになっているのか、そちらの方に関心がある。 翌朝、マカッサルの空港へ行くべく、ホテルの近くの大通りで空港行きの大型バスを待ったが一向に現れない。昨日買った旅行会社のお姉さんの話では、15分おきに通っていると言っていたのに・・・。しばらく待ったが、飛行機の出発時間に遅れる可能性が出てきたため、やむなく手を上げてタクシーを止め、空港までの料金交渉をする。37000ルピア(有料道路料金1000ルピアと空港駐車場代1000ルピアを含む)で手を打つ。本来ならば数台交渉してから、相場を推測して乗るのだが今回は別だ。空港に着くとまだ少し時間があったので、インドネシア出国までの分としてT/C(トラベラーズチェック)を両替しておくことにした。マカッサルの空港には銀行のほかにマネーチェンジャーもあって、当然マネーチャンジャーの方が僅かに両替レートが良い。1万円のT/Cで710,000ルピアだった(手数料無し)。続きを読む
2005/01/22
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中国旅行記なんかを読むと鉄道で移動している記述が多いのだけれど、案外中国のバスだってなかなか便利だ。私の場合、ラオスから雲南省に入り雲南省を2ヶ月ほど旅行して貴州省にちょっと寄り、上海に行くまでずっとバスで移動した。 まず、便数が多いことが良いし乗り継ぎにも便利。そして寝台バス(座席番号により当たり外れがある)もあるし、最近では高速道路がだいぶ整備され移動時間も短縮されてきた。 ただし、バスの車内は汚い。なにしろ中国人は持ち込んだ食べ物のゴミをそのまま車内に捨てるからだ。これには辟易する。まあ中国に限ったことではないんだけれど、やっぱり日本人の私にとっては気になるところだ。 バスターミナルでチケットを買う際の服務員の対応は、最近ではだいぶ改善されているようだ。話に聞いていたほど頻繁にはメイヨ(没有、無いの意味)攻撃は受けなかったというのが実情か。それでも、いくつかの所では怒り心頭になり、つい怒鳴ってしまったことが恥ずかしながらあった。うん、あれは、忘れもしないリージャン(麗江)のバスターミナルだった。まあ、この話はまた別の機会にでもしよう。 雲南省は山が多いため峠道を走ることが多い。その時に多いのが給水タイム。どうやら中国のバスはオーバーヒートしやすいため、上り坂では車の給水が不可欠。ドライバーの後ろの座席の前に給水タンクがある場合は要注意。この席に座ると水濡れの被害を受けることがある。屋根の上に給水タンクがある場合は、給水時に窓を閉めることを忘れずに。溢れた水が屋根から落ちてくることがある。寝台バスの車内
2005/01/18
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トップページの画像、「今月の1枚」を更新。今回はリス族です。 リス族はチベットビルマ語族に属し、サルウィン川(中国名は怒江)上流から移動してきたといわれる。現在は中国、ミャンマー、タイに住んでいる。 15年ほど前に初めてタイ北部を訪れた時、バスの窓から、山道を歩いていたカラフルな民族衣装を身に着けた女性を目にした。彼女達の着ていた服は、山の中では場違いのようにカラフルで、強烈な印象を受けたのを覚えている。それがリス族との最初の出会いだった。 タイ北部メーホンソン県のソッポン周辺にはリス族をはじめとして、カレン族、ラフ族等の山岳民族が住んでいる。左の写真は、ソッポンで開かれたカルチャーフェスティバルのメイン・イベントであるミス・コンテストに出場していたリス族の女性。出場者はそれぞれの美しい民族衣装を着ているので見ていてなかなか興味深い。毎年かどうかわからないが、この時は12月だった。出場者のみならず、フェスティバルに集まってくる人々も山岳民族の人が多く、民族衣装を目にする機会が多かった。 続きを読む
2005/01/15
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新聞の記事で、中国のホテルやレストランで「小姐(シャオジエ)」(おねえさんの意味)と呼ばれていた女性従業員の呼称が最近、「服務員(フーウーユアン)」(従業員)に変わりつつある、と書かれてあった。 かつては、「小姐」ではなく「同志(トンジー)」と性別にかかわらず呼ばれていたらしい。それが開放経済の道を進むようになってから、「小姐」に変わっていたのだと。うん、それは頷ける。 で、何故、「服務員」へと呼び名が変わってきているかと言うと、中国の経済発展に伴い水商売の女性が増えてきたため(彼女達も小姐と呼ばれる)、そう呼ばれることを嫌う女性が多くなってきたから、とのこと。うん、これもまた頷ける。 そういえば、中国旅行中、泊まった宿の「服務員」が若い可愛い女性だったりすると、「小姐(シャオジエ)」、「小姐(シャオジエ)」、と鼻の下を伸ばして呼んでいたこともあったっけ。雲南の観光地、麗江(リージャン)ではバックパッカー向けの宿には、必ずといっていいほど彼女達「小姐」が住み込みで働いていて、旅行者をなごませてくれたものだ。 そんな私にとって、服務員というのは、なんとなく味気ない気がしないでもない。勝手な話だけれど・・・。P.S.昆明では「服務員」よりも「小姑娘(シャオクーニャン)」と呼ぶほうが一般的です。
2005/01/06
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先ほどFM放送を聞いていたら、トルコでは新年から通貨(トルコリラ)のデノミネーションを行ったらしい。100万リラを新1リラに変更したとのこと。 ちなみに、私が訪れた2003年7月の頃は、1ドルが1,400,000リラ(140万リラ)だった。これだけ桁数が多いと物の値段をドルや円に換算するのに一苦労。頭で換算計算しているうちに、よく分からなくなったものだ。特に、買い物をしてお釣りをもらった時は、誤魔化されていないかチェックするのにちょっと時間が必要だった。 日本の場合、数字は4桁法(万、億、兆・・・)だけれど、外国の殆どでは3桁法(英語の場合thousand、million、billion・・・)なので、桁数が多くなると尚更混乱する。 そんな面倒な問題も、今回のデノミで解決しそうだ。でも、次に訪れるまでにインフレが驚異的に進行して、元の木阿弥、ってことはないよね。なにせ、EU加盟がかかっているのだから・・・。
2005/01/04
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旅行記「会社を辞めて旅に出た」の第14章、「花の町、ママサ(もう一つのトラジャ)」(インドネシア・スラウェシ島)をフリーページに追加しました。 ランテパオ滞在中、隣室に欧米人ツーリストから聞いた話では、ランテパオの西方100キロ位のところにママサバレーというところがあり、2拍3日のトレッキングをしてきたとのこと。そして、トレッキング途中の景色が、とても美しかったと私に教えてくれた。残念なことにそのトレッキング費用は結構かかるようで、一人旅をしている私にとっては大きな負担だ。何人か仲間がいれば割安になりトレッキングも可能なんだけれどなあ、とこの時ばかりはグループ旅行者が恨めしい。未練がましくそのママサバレーをガイドブックでチェックしてみると、ママサバレーにも船形のトコナンハウスがあり、西タナトラジャとも呼ばれる、トラジャ族の住む盆地であることが分かった。また、ママサの周辺には温泉があるらしい。これは行くしかない!しかし、ここランテパオからはママサバレーへダイレクトで行く道路はなく、一旦マカッサル方面へポレワリまで戻ってから行かねばならないようだ。幸いにも、週に3度、マカレからの直行便があるらしい。早速、ベモに乗って(30分ほど)マカレにバスチケットの予約をしに行った。マカレの町にはバスターミナルといった立派なものはなく、通行人に聞いて探し当てたのが、商店の脇の小さなチケット売り場だった。幸運にも明朝バスがあり座席を確保。ひとまず安心して、マカレの町をのんびり歩いてみることにした。なんとなく人の流れに任せて歩くと、マーケットに到着。ここのマーケットの特徴は、コーヒー(*1)を売る店が多いこと。煎った豆や、それをモーターを利用した簡単な粉砕器で粉末にして売っている。さすがコーヒーの特産地だけのことはある。続きを読む
2005/01/03
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旅行記「会社を辞めて旅に出た」の第13章、「ランテパオ周辺を歩く」(インドネシア・スラウェシ島)をフリーページに追加しました。 タナトラジャは盛大な葬儀以外にもいろいろと見所が多い(*1)。舟形をした屋根の古いトコナンハウスがいくつも残っていることで有名なケテケス。ただし、今では観光用の残されているだけで実際には使われえはいないのが残念だ。村の背後の崖には、かなり古い木製の棺が、幾つも張り付くように置かれている。その棺には水牛(トラジャ族の富の象徴)の装飾が施されていたり、トコナンハウスの屋根の形をしたものがあった。きっと、盛大な葬儀をしたあとこの墓に納められたのだろう。いわばこの崖は墓地というところか。続きを読む
2005/01/01
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