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沖縄への出張は、タイトなスケジュールであっても、いつも多くの美しいものを目にすることができます。白い雲、サンゴ礁から沖へ向かうごとに段々に変化する海の色。爽快な夏を感じる風景ですよね。こちら、海に遊びに行ったわけではありません。道路を走る営業車の中から両脇に見える、道傍の景色です。この海に挟まれた道路は「海中道路」と名前がつけられています。海中と聞くとトンネルのようなものを想像してしまいそうですが、この道路は海の上を埋め立てて作られたもの。その昔、勝連半島の屋慶名地区と平安座島の間には浅瀬が広がっていて、干潮時に徒歩で行き来していたのだそうです。しかしそれでは現代の生活には不便が多いため、1960年に島民が海中道路建設期成会を結成。建設を始めたものの台風の被害に遭い一旦計画は頓挫。10年後、米国の石油会社が沖縄石油基地を設置した際、パイプライン敷設のためその会社の負担で道路の建設が再開されました。完成した海中道路は1974年与那城村に無償譲渡され村道となり、その後1991年に県道に昇格したとあります。途中には、道の駅「あやはし館」があり、そこでは楽天Edyがご利用いただけるのであります。さて、出張帰りの飛行機では進行方向向かって左側、窓側の席がおすすめ。背中から夕陽が見送ってくれます。KOICHI NAKAMURA
2013年08月31日
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江國香織さんのエッセイを恥ずかしながら初めて読みました。そうあの話題作『冷静と情熱のあいだ』をはじめ、『きらきらひかる』『落下する夕方』『神様のボート』などの小説で人気の直木賞作家であり、児童文学作家・翻訳家としても著名な方です。ひさしぶりに妹とお買物にでかけた。ただの買物とはちがう。何しろ「お」がつくのだ。服とか靴とか襟巻とかお菓子とか、好きなもの、きれいなもの、気持ちが華やぐようなものだけ買う買物が「お買物」。素敵な文章だと思いませんか。日常のちょっとした話題が中心なのですが、言葉を大切にし正確にそれを使う方であること、そして多くの良い本に幼少の頃から影響を受けてきた方であることが、読んでいるだけで伝わってくる文章の数々。私はいっぺんにファンになってしまったのでした。池波正太郎さんのエッセイとも共通するような感じは、単に才能あるストーリーテラーが随筆も書く、ということから発生しているのではなく、おそらくは見識ある大人の「まっとうさ」から来ているのではないかと思ったら、父上がエッセイストの江國滋さんなんですね。ひとり深く納得をしてしまった次第であります。『やわらかなレタス』、文庫版になったばかりの美しくて楽しい一冊です。『やわらかなレタス』KOICHI NAKAMURA
2013年08月31日
8月は、実に長い1ヶ月でした。先週からブログの更新もサボっていましたが、その間移動すること、東北、九州、沖縄、東京と最終週もバタバタしておりました。何をおいても今月はうちのチームとして大きなチャレンジをしましたので、最後に数字がきちんと形になって一安心。メンバーの日報にあった「今月は部内各チームが緊張感と一体感を持った月だと感じました。引き続き、一丸で進んでいきたい!」という言葉は、そのまま私自身の感想でもあります。みんな、本当におつかれさまでした!来月もロケットスタートで行きますよ。KOICHI NAKAMURA
2013年08月31日

明日より楽天スーパーSALEです。皆様エントリーはお済でしょうか?今回もお得なアイテムが盛りだくさん。TOYOTAヴェルファイア新車が半額、シンガポール最高級ホテル朝食付1泊1万円、エルメスのガーデンパーティが半額、などなど。こちらのページからどうぞ!http://event.rakuten.co.jp/campaign/supersale/KOICHI NAKAMURA
2013年08月31日

西澤ヨシノリさんの引退お祝いで、食事をご一緒させていただきました。うちのメンバーの原田氏も16歳の時からのボクサーということで、3人の会。西澤さんのお話にあらためて大変刺激を受けました。西澤さんはぺらぺらと弁舌の立つタイプでは決してありません。しかし間合いやスピードの中で、一つ一つの言葉が浸み込んで来るような話し方をされます。それはちょうど彼のボクシングと同じように、ボディに響く一発一発が重い、そんなことさえ連想される会話。言葉の端々にいつも私が強烈に感じるのは「プロフェッショナリズム」です。27年間も勝負の世界に身を置き、一線で闘われてきた方のそれはやはり生半可なものではありません。外国での試合が決まるのが大体1ヶ月以内のパターンが多く、いつでもそれを受けられるコンディションに自分を置いておく必要があるのだそうです。そのために普段の練習からスパーリングを欠かさず、また定期的に集中力と身体能力を高める単身山籠り合宿をする。2008年韓国戦のときにはなんと指名から当日までが5日しかなく、それすらも「面白い」と思って受けたというのですから、言葉がありません。常に準備をしているから常に勝負が出来る。闘っていないときこそプロとしての真価が試されるんですね。ちなみにそのときの相手は韓国KBAヘビー級チャンピオン、キム・ジェッチャン。7戦7勝(5KO)という無敗のホープを3ラウンドKOで下す結果となりました。(この試合の映像はYou Tubeでご覧になれます。http://www.youtube.com/watch?v=BOZL_FesQ8o)「試合をした世界の選手と親交を温めるというようなことはあるんですか?」と私が尋ねると、「これからはあるかも知れませんね。」という回答。理由は、現役である以上いつかその相手とまた闘う可能性がある。そのために個人的に馴れ合ったりはしないということ。厳しい勝負の世界の精神は、違う領域にあっても学ぶべきことだと思います。そもそもプロフェッショナリズムの言葉の元になったラテン語のProfessは、“神に誓う”という意味なんですよね。いつだろうがどこだろうが、人が見ていようが見ていまいが、手を抜かず己に厳しく為すべきことを為す。神だけは見ている。プロという言葉の本来の由来を、ストイックな西澤さんの言葉の端々に感じるわけです。年末あたりにまた大きなイベントを考えられているということだったので、楽しみにしています。西澤ヨシノリさんに会いたい方は、毎週日曜に原宿のGOLD'S GYMでスクールを持たれています。こちらから!http://www.goldsgym.jp/shop/school/016sch.htmlKOICHI NAKAMURA
2013年08月25日

昨日は、壮行会そしてお祝い会。楽天を卒業してコンサルティングファームのCMO秘書となった小坂の門出のお祝い。そしてもうひとつは小野寺の楽天賞受賞のお祝い。“Wおめでとう”の夕べとなりました。2007年新卒の彼ら。私の中ではいつまでもフレッシャーズなのですが、もう今年29歳になるのだと聞き、月日の経つのの早さをあらためて感じてみたり。ワイン絶賛勉強中という艾実の好みを聞きながら昨晩空けた3本は、Antech, Cremant de Limoux, France N.V.(アンテック、クレマン ドリムー)Ledgewood Creek, Suisun Valley, California'11, Sauvignon blanc(レッジウッド クリーク、スースン ヴァレー)Vina Cobos, Felino, Mendoza, Argentina'11(ヴィーニャ コボス、フェリーノ、メンドーサ)Paul Hobbsがアルゼンチンで手掛けたこのCobosのFelinoは、87%カヴェルネ・ソーヴィニヨン、8%カベルネ・フラン、5%プティ・ヴェルド。ブレンドこそ彼の真骨頂といわれる持ち味がよく伝わる、複雑で凝縮したベリーとカシスの華やかな一本でした。私は3人と今は同じ事業にいませんけれど、それぞれに大きく成長し第一線で活躍している姿は頼もしい限り。いつまでも同期のつながりを大切にしていって欲しいなあと思います。All the best, 小坂、Congratulations, 小野寺!KOICHI NAKAMURA
2013年08月21日
昨日のエントリー We Japanese について、皆様からコメントをいただきました。「我々日本人は」という表現を使うということを前提としたコメントが主流を占めました。お一人だけは、「自分は日本人として傍流っぽいので"We Japanese"は使えません(笑)」とおっしゃっていただきました。各々のコメントを下にご紹介させていただきます。個人的には さん表現としてWe Japaneseって言ってしまうのは、きっと「我々日本人は」っていう表現が、普段の言葉遣いとして溢れているからだと思います。慣習というか慣用句のレベルの話かもですね。このWEBページの比較はとても面白いです!きみさじ さん実は日本人と言っても北海道から沖縄まで方言や生活習慣は大きく違うのですが、島国根性というか、単一民族という意識は強いと思います。「みんなそうだよね」的な。hideto maeda さん国民性が出てる気がします。正月は神社と寺で1年の幸を祈り、バレンタイン、ホワイトデー、父の日、母の日、ジューンブライド、クリスマス、和洋中華のブレンド料理、ワイン、ビール、洋酒等々、多種多様の異国の宗教や文化を自国に都合よく取り入れる国民性があり良く言えば柔軟性があり悪く言えばポリシーがないとも解釈されますが他国に類をみない【曖昧】を好む多種多様な国民性が背景にあり日本人が日本人を説明する時にWe Japaneseを活用するのではないかと思います。ハンバーガー屋 さん興味深い考察ですね。とても面白かったです。日本では、というか日本の自分の周囲しかわかりませんが、優秀な人ほど大きな組織にいる傾向が強いと思ってました。個人主義もありそうですが、「不確実性の回避」も影響しているような気がします。タクシー会社が自動車保険に入らないようなものですかね。ちなみに日本人としては傍流っぽい私には"We Japanese"は使えません(笑)Matsumura さんリスクテイクする教育・環境の不足、社会に出てからの意思決定プロセスへの適合、権限委譲の度合いなど後天的要因が多分にあるのではと感じました。 日本人は周囲が思うほど「金太郎飴」ではなく、同朋的でもないと思うのですが、代表して意見を伝える時に、つい「リスクテイク」ではなく「リスクヘッジ」してしまうのではないでしょうか。坂本悟史 さんその人の感覚:個人間の乖離≒民族間の乖離日本人の感覚:個人間の乖離<民族間の乖離日本人は、互いの価値観にばらつきが少ない、もしくは「ばらついていないと信じている」のではないかと思います!皆様、ご意見ありがとうございます。こうして見ると、大意は共通しているものの、実はより細かな解釈はいくつかのパターンに分かれるようですね。 -それはやはりそもそもの国民性であるという意見。 -本当はそういう性格でないかもしれないのだけれど、後天的な教育や社会の成り立ちがそうさせているという意見。 -真実かどうか別として、ある種のコンセンサスもしくは共同幻想のようなものが社会に敷衍しているという意見。 -その他いろいろ。それぞれに、なるほど!と思うコメントばかりで、大変勉強になりました。中でもこれを不等式で表わそうという坂本さんのコメントは、さすがコンサルタントだなあと感心しました。ついでなので宣伝しますが、坂本悟史さんのブログはかなり面白いです。その名も「ECバカ一代(仮)」http://www.commerce-design.net/blog/インターネットでの商売にご興味ある方はぜひご覧ください。もとい皆様、ご意見ありがとうございました!月曜に、Davidに教えてあげようと思います。KOICHI NAKAMURA
2013年08月17日

役員向けEnglishレッスンの講師をやってくれているカナダ出身のDavid。先日、私たちがディスカッションの中で"We Japanese(我々日本人は)"を連発するのがとても不思議だと指摘してくれました。欧米では基本的に "I" こそが主語であって、"We Canadian" とか "We American" 等という表現は殆ど聞かないと。やはりそれは文化的な相違なんだろうね、と話が進む中で、紹介されたのがヘールト・ホフステード(Geert Hofstede)のウェブ・ページ。ホフステードは、1928年生まれのオランダの社会学者です。社会生活において人々が持つ価値観を国の文化や組織風土と関連づけて考察するために、多くの国や民族に対し『価値観調査質問集』を作成して膨大なリサーチを行なったことで知られます。http://geert-hofstede.com/を訪れると、5つの切り口から国民性の比較を行なうページがあります。5つの切り口とは、その国の -Power distance 権力格差 -Individualism 個人主義度 -Masculinity / Femininity 男性的/女性的社会の性格 -Uncertainty avoidance 不確実性の回避 -Long term orientation 長期志向それぞれをスコアリングし、他国との比較を見ることができます。試しに日本と米国の比較を行なってみると、こんなグラフと、それに続く解説が出てきました。Davidが話題にした "We Japanese" の件はこのグラフのIDV(Individualism) の項と深く結びつきがあるわけですが、ホフステードのスコアリングは日本が46ポイントなのに対し、米国は91ポイント。やはり大きな開きが見られます。「日本人は集団的社会性が強く、個人的な意見の表現の上にグループとしての調和を添えたりする。また“面子”を非常に重んじる性格である。」とあり、裏返せば個人としての意見をはっきり言わないと指摘されています。しかし解説を読むと、単にポイントが低いと言っているだけではなく、「一方、他のアジアの国々に比べると、個人主義の度合いは強い」ともあります。そうなのかと思い読み進めると、「中国や韓国のように集団的な社会の基礎を形成する大家族制度を持たない」ことが日本の個人主義を加速させている原因だという記述があります。 一般に、現代の中国人スタッフは日本人スタッフに比べても個人主義の傾向が強く転職志向が強いと言われるので、「?」と思って読んでいると、それに対する答えもちゃんと用意されていました。「逆説的な例として、中国人がより転職志向なのに対し、日本人は会社に対する忠誠度が高いと言われる。しかしそれすらも実は個人が自分のために選んだ個人的なものなのである。」うーむ。考えさせられますね。自分自身のために“会社に忠実な自分”を演じる日本人、ですか。サムライはそうじゃなかったんじゃないかと思うのですが、現代を生きる“我々日本人”は、そういう傾向を持っているのでしょうか。・・・あ(笑)。しかしやはり"We Japanese" って何か曖昧にごまかしたような表現なのでしょうか?皆さんはどう思いますか?コメントください。KOICHI NAKAMURA
2013年08月16日

久しぶりの大当たりリーズナブルワインではないでしょうか。バイオレットが華やかに香る、ブラックベリーの凝縮した果実味。かすかなリコリスとミントの風味が伴う、大きなフィニッシュ。マルベック100%、2011年のアルゼンチンはメンドーサの“FILUS(フィルス)”。2,100円でこれは、すごいと思います。KOICHI NAKAMURA
2013年08月15日

夕べは神田専務・山田取締役と会食。こうして続くご縁に感謝しつつ、焼き鳥とワイン。帰国したての太田氏を交え、話に花が咲きました。私がよく行くこのお店は、軽く塩をまぶした串を山椒で食べるのがおススメ。ソーヴィニヨン・ブランと良く合います。銀杏、海老、ささみ、砂肝、もも、うずら、等々と続き、最後は鶏のスープで〆。日本は本当に焼き鳥のレベルが高いと、太田君がしみじみ。わかります。私も帰国直後つくづくそう感じました。お二人と別れた直後に、神山氏から電話があり近くにいるから合流しようという話になり、なぜかそのまま帰国祝いの会に。新橋の立ち呑みたこ焼きバーにて、パチリ。太田君、おかえり!KOICHI NAKAMURA
2013年08月13日

いつもMichaelに招待してもらってばかりなので、Hikaruさんとお返しをしようと企画したワインディナー。Michaelはワインインポーター、Hikaruさんはソムリエというお二人なので、こういう会食のアレンジは本当に難事です。大いに悩んだ挙句、食通のHikaruさんに店をとってもらい、ワインは各自お気に入りのものを持ち込もうという話になりました。(中村何もしてないじゃないかという突込みが聞こえますね。はい、そのとおりです。)ワインラバーズの間では有名な浅草“龍園”。カジュアルな感じの店構えからは想像できない程の、凝った料理の数々がコース仕立てで供されます。始まりは、ピータンの豆腐がけから。プレゼンテーションがまた面白くて、例えばピータンなのに背の高いカクテルグラスに載って登場します。夏らしい涼しげなアミューズ。続くイカのマリネ、トリュフたっぷりのオムレツ、塩で銀河を皿にあしらった春巻、等々、もはや中華料理という概念を超越した印象。中でも強烈だったのは、穴子。私は普段出てきた料理をいちいち撮影することをやらないのですが、さすがにこれは皆様にご紹介したくて撮りました。「?」と思われた方も多いと思います。これ、小鉢の中に桜チップを薫製にした煙を入れ、サランラップで封じ込めてあるんです。その上に煮穴子が載っているわけですが、ラップをトントンと指で弾くと傍らに空けられた小さな穴から煙が出てきて、スモーク仕立てのように香りが広がります。何でこんなこと考え付くんだろうと感心しきり。ご主人の栖原さんが、とてもクリエイティブでプロフェッショナルな方なんですね。いずれもワインに合う工夫が施された上質の一皿一皿でした。さて、皆が持ち寄った肝心のワインはどうだったかというと、面白いことに皆オールドヴィンテージのもの。期せずしてオールドヴィンテージ大会みたいになったねと言いながら、コルクが崩れないように注意して空けた一本目は、Brewer CliftonのKatherine's 1997。黄金色のシャルドネはピークを過ぎていたものの、美しい余韻の味わい。エチケットに手書きされたシリアルナンバーは22。貴重です。同時にバケツに冷やしていたピノグリ、Cotes Ammerschwihr Non Filtré Christian Binner は1998年。アメルシュウィールのテロワールが甘さと共に伝わります。3本目はBrewer Clifton Kimberly 2002。Greg BrewerがいとこであったKimberlyの早すぎた死を悼みその名をつけたクロス型の畑をつくった。そこから少量を生産されるのがこのワインだと、Michaelが解説してくれました。サンタバーバラらしく素晴らしいPinot Noirでした。4本目が私が持参したFar Niente Cabernet Sauvignon 2004。5年前、フォーシーズンズで開かれたMichaelの試飲会で最も記憶に残った一本がこれだったんですね。その話を彼にすると、よく探したなと喜んでくれました。重厚な香り、果実味に支えられたタンニンの力強さ。今回も開栓してからの数十分でどんどん開いてより良くなっていきました。仕上げはHikaruさんの大のお気に入りというCol Dorcia Brunello di Montalcino 1995。適度な酸味の後味がとてもバランスよい芳醇さを醸し出していました。自分が社会人になった年のヴィンテージって、ちょっと感慨深いものがあります。Michael、Hikaruさん、本当に楽しいひとときでした。またやりましょう!栖原さん、ありがとうございました。KOICHI NAKAMURA
2013年08月09日

下の写真をご覧ください。(http://wired.jp/より転載)実はこちらの女性、目に見えないヘルメットを装着しています。と書くと、皆さん驚かれるでしょうか。8月6日のWIRED.jpの記事で取り上げられていたスウェーデンの製品。WIRED本誌の元記事は2010年のものなので、なぜこのタイミングでというのはさておき、大変面白いヘルメットです。「目に見えない」というのは、単純に透明な素材でつくられたヘルメットのようなものを言い表しているわけではない。彼女たちが発明したヘルメット「Hovding」は、マフラーのように首に巻くスタイルのもので、衝突直前にクルマのエアバッグのように出現する仕組みとなっている。事故に遭遇したときの人の動作を感知し、その後わずか0.1秒でエアバッグが頭部全体を覆い、衝撃を吸収する。衝撃テストの動画がこちらからご覧になれます。工業デザインを学んでいた学生のアナ・ハウトとテリーズ・アルスティンが、「従来のヘルメットは堅いマッシュルームをかぶっているみたいで格好悪い」と思ったところから、7年の歳月をかけて開発されたのがこのマフラー型ヘルメットなのだそうです。とてもイノベーティブな製品だと思います。でも世に出て2年半経つのにあまり普及していないように思えるのは、399ドルという価格の高さのせいなのでしょうか。それとも「自転車のヘルメット市場規模」がそもそも大きくないせいなのでしょうか。皆さんだったら、お使いになりますか?KOICHI NAKAMURA
2013年08月07日

お祝い会。定例のマネージャー会を開催します、というので行ってみたら、私が楽天カードの取締役常務執行役員に就任したお祝い会だということが判明。心憎い演出をしてくれる、加盟店部のマネージャー陣です。お祝いに仙台の「勝山」をもらいました。「山のように勝つ」常勝チームを目指してということだそうです。皆さんありがとう。必ず良いチームをつくって行きましょう。KOICHI NAKAMURA
2013年08月06日
47歳の世界チャンピオン、西澤ヨシノリ選手。昨日、引退記者会見が行なわれました。ボクシング界の37歳定年制を自らが頂点に居続けることで廃止、45歳でUBC・WPBFクルーザー級世界王者になるなど、常に自らやってみせて可能性を示していく。そんな西澤選手の姿は多くの人を励まし続けてきました。その西澤さんが引退という道を選ばれたことは、様々な検討の結果の非常に重い決断だったと思います。事前に電話をいただき「今日、引退記者会見をやります」とご本人の口から聞いたとき、私の頭の中には様々な思いが交錯し一瞬言葉が出ませんでした。何と申し上げたらよいのか、それはもう傍人がとかく申し上げるレベルのことではないはずです。ご自身が、常識を超えた限界で闘い続け、そして決められたこと。プロ通算27年。58戦31勝(20KO)21敗6分。第34回 全日本ミドル級新人王第45代 日本ミドルチャンピオン(防衛3回)第 6代 OPBF東洋太平洋スーパーミドル級チャンピオン(防衛1回)第 8代 OPBF東洋太平洋スーパーミドル級チャンピオン(防衛1回)第10代 OPBF東洋太平洋スーパーミドル級チャンピオン(防衛1回)第11代 OPBF東洋太平洋ライトヘビー級チャンピオン第 5代 WBFアジア太平洋ライトヘビー級チャンピオン初代 KBAアジア最強王者UBC世界クルーザー級チャンピオンWPBF世界クルーザー級チャンピオンWBF英連邦クルーザー級チャンピオン西澤ヨシノリ選手が私たちに送り続けてくれたメッセージ、それは"Never say can't" でした。最高のボクサーに、心からありがとうございましたを申し上げます。西澤さんが私たちに見せてくれたものは、試合だけでなく、生き様でした。今後は指導者としての道を歩まれる由。これからもよろしくお願いいたします。KOICHI NAKAMURA
2013年08月06日

昨日は大岡さんのご栄転祝い。初めてお会いしたとき北京の交通事情の悪さから40分遅刻だったハプニングなどを懐かしく語りました。環境や立場が変わっても、こうやって続くご縁に感謝。人と人とのつながりをものすごく大切にされる人生の先輩の生き様に、私はいつもお会いするたびにインスパイアされます。お話をしているとメインランドで14年もビジネスをされていた方の凄みのようなものが行間に伝わってきます。来週は大好きなナパ・バレーに行かれるということで、持ち込んだナパのラインナップを喜んでいただけました。夏休みはバルセロナとおっしゃっていましたが、世界を自由に行き来する彼にとっては今回大阪から駆けつけたのも距離のうちに入らないのかもしれません。それは人としてのスケールなのではないかと思います。昨晩おっしゃっていた言葉がまた胸に刻まれました。「今、日中間の政治は本当に冷え込んだ関係にある。だけどこんなときだから、現地の人たちとのつながりを絶やさないことがきわめて重要なんです。国としても関係が良くなるときがまた必ず来ます。そのとき、誰が良い時も悪いときもコミュニケーションがあったか、誰が連絡を途絶えさせていたか、皆ちゃんと覚えているものです。僕はそう思って日本に帰ってきた今も年に数回中国を訪れています。」国と国、企業と企業、煎じ詰めていくとそれは個人と個人のリレーションである。そんな大岡哲学に私も賛同します。これからも色々教えてください。KOICHI NAKAMURA
2013年08月03日
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