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生まれた、だから生きる。なんというか、最近ますますめっきり「欲」というものが失われてきて、命があるからただ淡々と生きているという境地へ達し始めている自分に気付く。これは決して人生を諦めたとか、生きる意欲が湧かないとかそういうマイナスの意味ではなくて、むしろプラスの意味として捉えていただきたい。幼い頃に祖父を亡くしたこと(具体的に言うと顎が外れたようにぱっかと開いた口から魂が抜け出たような死体を間近で見たこと)がきっかけで死というものについて考え始めるようになり、自分が生まれてきた理由や何の為に今ここに存在するのかなど、機会ある毎に我が身に問うてきた。それが日に日に加速していって、不登校になって引きこもっていた頃にはもう自分の存在する意味がこれっぽっちも見出せなくて自ら命を断つことしか考えられなくなってしまい、毎日どういう方法で死のうかとそんなことばかりを延々と考え続けていた10代後半だった。なんとかその底辺から這い上がってきた頃に難病を発病し、一旦忘却しかけていたもののずっと燻り続けていた感情が一気に噴き出してきて、またもや「死」という言葉が私の頭の中をもたげ始めるようになり、そればかりが頭を占めると他にはもう選択肢が何もないように思われて周りが見えなくなってしまい、早鐘のように鳴り止むことはなかった。だが、難病を発病したことは一見不幸だったかもしれないが、これが思わぬ方向へと、難病を患わなかった私ならば絶対にあり得ないと断言できるような方向へと私を導き出してくれたのであった。朝起きてその日一日が何事もなく始まるという奇跡。当たり前だと思って何一つ疑うことなどしたこともなかったありとあらゆる瑣末な事が当たり前ではなかったんだと知った時。毎日おいしいご飯をおいしいと感じて食べられること、家族がいること。自然の偉大さ。また、パートナーと出逢えたことは大きかった。どんな私も否定することなく、いっぱいに広げた手でいつでもどんな時でも私を温かく包み込んでくれた。ご先祖様を意識し始めるようになったのもちょうどこの頃だった。父母の父母、その父母、そのまた父母…。命の糸を手繰ってゆくと、私は偶然なんかじゃない、必然にこの世に生まれてきたのだと理解した。すると、あれだけ死ぬことしか考えられなかった感情が薄れてゆき、徐々に、本当に徐々にであったが自分自身の存在を認められるようになってきて、死にたいという気持ちはいつの間にかどこかへ消え去った。自分は他人よりも劣ったダメな人間なんだからもっともっとがんばらないと、他人に認めてもらいたい、こんなに必死でがんばっているのになんで認めてくれないの?、このがんばりを理解してくれないなんて周りの人たちが悪い、体は限界をとうに過ぎていることと必死になればなるほどどんどん卑屈になっていく感情はお門違いであることとは十分に気付いてはいたけれど、自分の力ではもうどうにも歯止めをかけることはできなかった。血走った目には一点それしか見えなかった。結局私は行くところまで行ってしまって、難病という形で現れることと相成り候。でも、そんな意固地になってしまった私に皮肉にも難病は教えてくれた。私は自分のことを過大評価し過ぎていたのだ。そもそも私はとんでもない偉人でもなし凡人なのだから、そんなにがんばってもできないものはできないに決まっているではないか、幼い頃から体だって強かった訳でもなし丈夫で逞しい人と同じように勤まるはずもない、人には誰しも個性という持って生まれたものがあって、その時点で与えられた才能があって、周りに自分を合わせて物事を考えるのではなく、以前の自分と今の自分を比べるようにしようと。昨日できなかったことができた、よし、それでいい。何か一つ学んだ、よし。これが得意、じゃあそれを最大限に伸ばして活かせることをしよう。好きなことをしている時はワクワクする、それを目一杯楽しもう。私は自信を持って今の私のままでいい。誰に左右されるでもなく、世間という不安定な軸に流されるでもなく、私は私の赴くままに自然に自由にゆったりと一歩一歩生きてゆこう。だから、私はもう自分の境遇を嘆くことはしないし自然の流れを歪めるようなこともしない。五体満足ならばそれだけで恵まれている。その日一日が何事もなく無事に終われば感謝。ぐっすり眠って、また新たな穏やかな一日が太陽と共に始まる。淡々と生きること。淡々と、でも着実に私らしく歩を進めること。時に身を任せて、命がある限りただ鳥のように自由に大空を舞う。それがこの世に生を授かった一人の人間が我が一生をまっとうするということだと思う。
2017/06/30
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あなた、心にも遺書というものがありますの「天が結びつけたものをほどこうとなさってはいけません。今お話しになった苦しみも、種子(たね)まく者が、やがて実を結ばせるべく、大地にちりばめた種子なのです」「変動の裂け目に落ちこんで傷つき苦しんでいる人たちを慰めてあげるのが女のつとめではございませんか」「私はとやかく人のことを裁くお友だちではなく、自分を叱りつける声が身を切るように思われる心弱くなった瞬間に、私の話に耳を傾けてくれるような、そんなお友だちがほしかったのです」「若さは高潔さにあふれ、いつわりがなく、犠牲もいとわず、打算もめぐらしません」「心からの感情は小出しにできるようなものではなくて、そっくりそのままあるか、それともまったくないかのそのどちらかですわ」「ゆくところ冷やかな顔、閉ざされた心、ふさがれた耳にしかめぐりわなかった人たちよ、さあ、嘆くのはやめたまえ」「家庭はみな耐えがたいこうした不和を、それぞれ注意深く人目にかくしています。が、そのなかに一歩足を踏み入れてごらんなさい。ほとんどいかなる家庭にも、自然な感情をそこなっている、いやしがたい深い傷あとが見つかります」「そうなのです、年を経るにしたがって、私たちは、女性のなかの女性だけを愛するようになるのです。ところが初恋の女性の場合は、その女性のありとあらゆるものを愛するのです」「色が光の組み合せであるならば、音の組み合せが意味を持つように、色もまた当然その意味を備えているはずです」「不幸一色に塗りつぶされていた私の毎日にも、やっと晴れ間が見えるようになりましたわ。希望が芽生えるにつれて、私にも人生が美しいものに思えてきましたの」「あなたはまだご存じないのよ。私の母のようなたちの女が、保護者ぶった目つきのなかに、どんなに無礼な色をうかべるか、言葉一つにもさげすみをこめ、お辞儀にまで侮蔑(ぶべつ)をあからさまにするか」「悲しみにははてしがなくて、喜びには限りがありますのね」
2017/06/29
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アキヲがいたー!いたー!アキヲがいましたー!!ん?なんか見たことあるしましまの尻尾がくるんと見えたなと思い、おばさんの家の車の下を覗き込んだら、会いたくて会いたくて焦がれていたアキヲが座っていたー!あゝ、もううれしすぎる…(泣)やっぱり何らかの理由があって、おばさん、家の中で飼うことにしたんだと思う。相変わらず無愛想だけど、キージーと呼ぶと瞬きして応えてくれて、もう心底ホッと胸をなで下ろした。アキヲ、1ヶ月以上も会わなかったことなんてなかったから、寂しかったよ。これからはそう頻繁には会えないのかもしれないけど、アキヲがそこで雨風に晒されないで温かく眠れていてくれるだけで私は幸せだよ。あー、本当によかった。みなさんありがとう!
2017/06/28
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丁寧に扱ってあげる身体の発する声を聞いてあげること。それに素直に従ってあげて、身体に絶対に嘘を付かないこと。そのどんな声でも敏感に感じ取れるように日々身体に向き合って、その僅かな叫びも見逃さないように訓練すること。心も十分休息すること。体を横にしたり睡眠時間をたっぷりと取って、世間に左右されない自分だけの心落ち着く優雅な時間を設けるてあげること。そして最近気付いたことは、自分の身体を丁寧に扱ってあげるということ。顔を洗う時も、体を洗う時も、歯を磨く時も、服を着る時も、爪を切る時も、靴を履く時も、とにかくありとあらゆる日常の些細な行動を丁寧に行う。それは私という人間を取り巻いて支えてくれている物たちへの感謝の気持ちをも表す。その心がけ次第で、身体はもっともっと喜んでくれる。
2017/06/27
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて39週間。半月ほど前からだろうか、おへそが急にジュクジュクし始めた。真っ赤になって、黄色い汁が出てくる。おへそって意外と湿疹の出やすいところで、アトピーがひどかった頃は、おへその中にもステロイドを塗ってたんだよね。まぁ、その内よくなるでしょう。ということにしておきましょう。それと、これは1ヶ月ほど前からなのだけど、両方の薬指の第一関節から第二関節の間だけ、しかも手の平側だけ、プツプツと水ぶくれが出ているなぁと思っていたのだが、見て見ぬふりをしている内に水ぶくれだらけになってしまった(所々膿んでるし)。出来立てほやほやの水ぶくれって、むずむずしてとにかく痛がゆい感じがする。一気にガーッとかいてしまいたい衝動にかられ、でも移ることが怖くて、でもかかなくても勝手に水ぶくれは潰れ、たった一つの点だった水ぶくれがその周囲に、またもう一周その周囲に、という風に徐々に侵食してゆき、もうアメーバのよう。水ぶくれの水溜まりができた。しかも指が腫れ上がっている。手の側面を除いてだいぶんきれいになっていたので、またかとため息しか出てこない。手はどうしても使うから、やっぱり他の指にも移ってきたような…。季節的なものもあると思うんだけど、汗をかくようになってきたからか?はぁ…。両腕も背中もぶり返し。ほんっとうに一筋縄ではいかない冷えとり健康法。まだまだ体の中に毒素が残っているということね。急に日差しも強い。日傘を差している人が結構いて、まだ4月だけど私も今年はもう差そうかと考える。いや、やっぱりまた帽子か…?もどかしい日々。
2017/06/26
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【左側の顔面痙攣 エピソード287】10年前の今日から入院しました。なんというか、歩けなくなったと言っても私は命に別状がある病気ではなかったので、やっぱり運が良かった、恵まれていたとしか言いようがありません。当時は、こんな体のまま生き続けるのであれば、命に別状があった方がどんなにか良かったかと思ったものだったけど、そんなこと口が裂けても絶対に言ってはいけない。バチが当たる。人生の前半三分の一ほどで実に様々なことがあったから、今の私はつくづく平和です。気持ちの上でも後半が平和な方がありがたい。来週妹とお父さんのお墓参りへ行くよ。ご先祖様たちにご挨拶しなくっちゃ。(昨日、毎度の特定疾患受給者証の更新書類が届きました。主治医が言ったように、私は条件を満たしていないから更新できません。一応詳細は保健所へ聞こうと思っていますが、受給者証を持つのは12月末までとなります。)
2017/06/25
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アキヲのおばさん!ついさっき、ほんとにさっき、おばさんを見かけた!アキヲのおばさん!図書館が整理整頓の為1週間休館するので、おっと、借りておかないとと思いサッと行ってきた帰りに偶然見かけたのだ。でも、私の記憶しているおばさんとは似ても似つかないほどにパンパンにむくんだ顔をされていて、一瞬目が合ったのにどうしても声をかけることができなかった。ちゃんと歩いてらしたけど、明らかにご病気だと思う。やっぱり入院でもしていらしたんじゃないかしら。なんかホッとした…。心底ホッとした!アキヲがおばさんの家の中で飼われている可能性がぐんと高くなったよね?アキヲがお腹いっぱい温かく過ごせていますように。雨風しのげていますように。次におばさんを見かけたら、勇気を出して話しかけてみよう。そして、アキヲハウスがちゃんと片付けられていた!(わざわざ見に行った)
2017/06/24
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やっぱりアキヲ、行方不明やっぱりアキヲの姿が見えない。初めて会ったのがいつだったか定かではないけれど、確か2、3年前だったと思う。秋に出会って、たぶん男の子だから「アキヲ」。心の拠り所としていたおねえさんのカフェが閉店したのが2014年の暮れだった。今思うと、まるでそれに取って代わるかのようにアキヲがどこからともなく現れたのだった。アキヲハウスは寂れたまま。世話をしていたおばさんも見かけない。おばさんは一日2回、いつもキジキジキジキジキジキジキジキジキジキジキジキジと言いながら、アキヲハウスをきれいに掃除して整えていた。その間小屋の外に放り出されるアキヲは、あのふてぶてしい顔をしながらも、小屋が清潔になることを喜んでいたと思う。夏には冷えピタシートを、冬にはカイロを敷いてもらい、ここはアキヲにとっては極楽そのものだっただろう。もう1ヶ月も会っていない。最後にアキヲを見たのはおばさんの家の車の下に潜り込んでいる姿だったが、今思うと、アキヲは忠犬ハチ公のようにおばさんが家から出て来るのをじっと待っていたのではないだろうか。ごはんまだかなーって。たぶんもうアキヲには会えない、のかもしれない。私は、何か、大きなものを失ってしまった。いつもすぐに逃げたね。でも一定の距離を保ってさえいればひたすらにお話できたね。悩み相談をしたこともあったっけ。そう言えば一度も鳴き声を聞いたことがなかったなぁ。どんな声だったんだろう。キージーと呼びかけたらパチパチと瞬きして応えてくれたね。私は、下から覗き込むアキヲのこの写真が一番好きだよ。アキヲのかわいい写真を一枚一枚振り返り、あの頃に想いを馳せる。諸行無常なり。アキヲが私にもたらしてくれた幸せは計り知れないものだった。アキヲとの出会いと、アキヲと過ごしたすべての日々は柔らかな愛に溢れたものでした。ありがとう、アキヲ。どこかで温かく過ごせていますように。ずっと元気で逞しく生きるんだよ。
2017/06/23
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あなたがたはみんな失われた世代ね「いつの世だって別れなくちゃならない時というものがございますよ、年寄りと若い者はいつまでも一緒にいるようにはできていませんからの」「なんのはや、世の中というものは、そんなに人の思うほど善くもなし悪くもなしですわい」「あなたがた女性が人の目のなかに愛を読みとるように、子供たちは、人の目のなかに欲望を見てとります」「が経験とぼしい若者は、美人の言葉と胸のうちは常に一つだと信じているものです」「しかし数ヵ月後には私も、女性の沈黙がいかに意味深く、とりとめのない会話にも、いかに多くの考えがつつみかくされているかを知るにいたったのです」「多くの不幸な人たちには、明日とは意味のない言葉です」「しばらくここで休息なさい。あなたは観念の雪崩(なだれ)というやつにおそわれて、おしつぶされてしまったわけです」「天才が洞察力を備えているように、恋もそれ自身の洞察力を備えています」「現在によって過去を見抜き、さらに未来を読みとりました」「精神界と物質界が異なるところといえば、前者には、絶対的なものが何一つ存在しないという点です」「刑法とは、不幸を知らずにすんだ人たちがつくりあげたものだと、心につぶやかずにはいられない」「というのも心の病とはまさに欲望や本能を備えた生きもので、地主たちが土地を拡げたがるのと同じように、いつも自分の支配圏をおし拡げようとのぞんでいる」「ここでお会いする前から、私たちは同じ世界で生きていたのですね。あなたは東、僕は西から出発して…」「そしてあなたはそのまま東にゆかれ、私は西に向うのです」「湖水に投げ入れられた小さな石が、水の面を波立たせるだけにとどまらず、その底の深みから湖水をゆり動かすのと同じように、ほんのわずかな衝撃にも、澄みきった魂のすべてをゆり動かされる人たちには、こうしたとるに足らぬ瑣末事が、ひどく重大なものと化するのです」
2017/06/22
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空梅雨、一転どしゃぶりこちら、梅雨入りしてから雨が一向に降らず、本当にまったくのゼロだったと思う。30度を超える日々が続いて、暑さが苦手な私は早くも食欲が失せ、外出するのも躊躇われるほどであった。ところが一転、昨日から今日にかけては急にどしゃぶりの大雨で、まるで台風のよう。蛙さんも大合唱(うれしい)。これまでの分を賄っているのだろうかというぐらい一気に降った。ということで、今日はのんびり写真でも載せますね(笑)ここはのらねこちゃんがいつも10匹以上いるのらねこちゃんスポットです。黒ねこちゃんが多いよ。いい感じに撮れた。
2017/06/21
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アキヲ、行方不明最近アキヲに会わないなと思い、普段は遠慮しているアキヲハウスを覗いてみたら、なんだか人跡未踏の地という感じで荒れ果てている。あれ?飲み水であったと思われる水は茶色く濁り、落ち葉が浮かび、新しい水に汲み変えられている様子は微塵もない。アキヲは、近所のおばさんが保護して、屋外の小さな小屋の中にあるこれまた小さなアキヲハウスで飼われていた。おばさんはアキヲにキジと名付け、溺愛していた。アキヲがいない。というか、アキヲを世話していたおばさんがいなくなったと言った方が正しいかもしれない。あれだけ溺愛していたし、家はすぐそこのお宅で家族の方はもちろん住んでおられるので、まず考えられるのは体調を崩されたなどであろうか。まさか長期の旅ではあるまい。百歩譲って家の中で飼うことにしたとしても、少しぐらい小屋を片付けないだろうか。狩に出なくても餌にありつけていたアキヲは、急においしい餌が出てこなくなってお腹を空かし、空腹に耐え兼ねて餌を求めて路頭をさまよい歩くことになったのであろう。私が最後にアキヲを見たのはそのおばさんのお宅の車の下で、だった。おそらく5月末。その時、健気なアキヲは、おばさんが家から出て来るのを待っていたのかもしれない。私が病院へ行った日は6月15日だったが、顔を見せてくれなかった理由はてっきりアキヲの優しさからだと勘違いしていた。否、アキヲは既にいなかったのだ。アキヲ、今どこにいるの?小心者なんだから、したたかに渡り歩いてちゃんとごはんちょうだいって鳴けるの?病院で落ち込んだ時も、妹にやっつけられた時も、好転反応の湿疹がひどかった時も、あれだけ私を励まし続けてくれたじゃない。必ず目線をこっちへ向けてたくさんたくさん写真も撮らせてくれたじゃない。もう僕がいなくても大丈夫でしょ、なんて絶対に言わないで。寂しいよ。またかわいいアキヲの顔が見たい。帰ってきて。
2017/06/20
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一冊の小説図書館では、一人最大15冊まで借りられる。数年前までは、絶えず10冊以上は手元に持ち続けられるように、上手にくるくると回転させていたのだが、その数は月毎に徐々に減っていき、ついには借りている本はその時読んでいる小説一冊だけ、という状況となっていた。美術画集も、健康に関するものも、旬の情報誌も、インテリア雑誌も、もろもろの趣味に関するものも、皮肉にも時間だけはたっぷりとあり余るほどあったので一心に熟読したし、知識もこれらから得たものが非常に多い。小説も二冊を並行して読んでいたこともあったし、もんもんの絵本選びに役立つといいなと思い絵本コーナーへ通っていたこともあった。そんな読書過多な日々を経て、結局落ち着いた場所は、小説一冊という極めてシンプルなものだった。一時期「速読」という言葉が流行ったが、私は当初からまったく速読ではなかった。いえ、遅読である。ざっと大まかにその本の内容が知りたい訳ではないし、別に速く読みたい訳でもない。むしろ、じっくりとその光景を頭に思い描きながら、登場人物をああでもないこうでもないと自分なりに形作っていって感情移入することが、私にとっては醍醐味なのである。そうしているうちに、何かの小説を読んでいる時はそれだけに集中したいと思うようになり、となると小説を二冊並行して読むことはしなくなり、何も考えずにパラパラとめくる雑誌でさえも、今は邪魔しないでね、と読まずにそのまま返却するようになってきてしまったので、それならば無理に借りる必要などないなとあっさりと方向転換した次第である。そういえば、読書が趣味だった父もそうだった。休日には必ず本屋へ行ったのだが、買ってくるのはいつもたったの一冊だけだった。例えば連休の時など、一冊を買うためだけにわざわざ毎日本屋へ足を運ぶのだった。幼いながらに、なんで一冊だけなのだろうと私は不思議で仕方なかったが、その時はわからなかったことも、今になるとわかることがある。療養生活中の私を支えてくれて、且つ人生観を変えてくれたものは間違いなく本であり、今も生きがいの一つとしてなくてはならないものである。本との出会いがなければ今の私はない。ただ、これからはたくさんでなくてもいいと思う。たった一冊の小説を時間をかけて読了して、その読後のふんわりとした幸福感に耽ってしばしさすらい、また新たな好奇心と共に目当ての本を探す。あゝ、なんて素晴らしい読書人生なんでしょう!
2017/06/19
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて38週間。まーた妹ともんもんが泊まりに来る。我が家は観光を楽しんだ妹家の宿屋である。その度に行きたくもないのに外出する自分が情けない。でも、もうそれでもなんでも、家にいて辛い気持ちになるよりいいんだー。とかなんとか言いながらも、結構一泊逃亡旅行が楽しかった私だった。罰として、びっくりするほど歯茎が腫れるが。と、帰宅した瞬間から何事もなかったかのように日常生活がここにある。背中の上半分は本当にかなり良くなった。爬虫類みたいな肌だったのに。なんだかこちらは雨ばかりだけど、かえるさんが元気に鳴いてくれるからうれしい。数日家に籠っている内に春の色とりどりのお花たちは一斉に咲き誇っていて、うじうじしている場合ではない、自分から外へ出ていかなければ、と拳を握る。
2017/06/18
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【左側の顔面痙攣 エピソード286】やっぱり病院というところは疲れるね。なんてことない検査だけど、体はそれなりに負担を感じているのだと思う。しばらくゆっくりしよう。
2017/06/17
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【左側の顔面痙攣 エピソード285】昨日まで比較的涼しかったのに急に暑い。どういうこっちゃ。今日はまずは血液検査ね。で、頭部MRI撮った後に診察。は〜い了解です。血液検査は久しぶり。そういえば、主治医、来年以降受給者証もらえないから今年の内に検査しておこうか、という感じで検査予約入れてたっけ。それなのに確か大量に6本分も採られるだなんて踏んだり蹴ったりだわよ。注射針もキライだし。おっ、順番待ちはないみたい。今は12時だしもう混雑のピークは過ぎたってところかしら。ここでは一日に一体何人の人の血が採られるんだか。はい、呼ばれました。う…やっぱり6本分採られた(苦笑)血管が細くて採りにくいとかでおそろしく時間がかかった。緊急扱いらしいから、診察時には結果が出てるってことね。じゃあ次、MRI行きますー。いつからだっけな造影剤使わなくなって、注射嫌いにはうれしい限り。もし今日造影剤検査だったら両腕に針をブスッと刺さないといけなかったわね。くわばらくわばら。お、珍しくここでもそんなに待ち時間ないみたい。頭部だから一切着替えなくてもいいのがまたいいところ。めがねだけ取って、耳栓とシャワーキャップかぶってスタンバイ。そういえば前回は耳の湿疹が猛烈な時で、耳栓で一悶着あったような(笑)今日はなんなくできますことよ。入院してた時はMRIのあの極度の狭さと爆音が怖くて怖くて、何度も緊急用のブザーを押そうかと思ったほどだったけど、今やもう図太くなっちゃって、一滴の冷や汗も出やしない。すごいものね、自立神経が整うって。MRIはおやすみ時間なの。ということで、しばし夢の世界へ旅立ちます。お、終わった。急に何の前触れもなく終わる。ふぅ〜、フラフラするからちょっと座ろう。……………。あらいけない、そうこうしている内にもう診察時間じゃない。移動しなければ。重い腰を上げて神経内科へ向かう。えーっと、主治医に何か言うことはあったんだっけ?聞くことはあったんだっけ?頭がボーッとしてびっくりするほど思い浮かばない。もう主治医に任せとけばいっか。あぁそうか、顔面痙攣止まったよって言うんだったな。後は来年以降のことよね。あらま、主治医をも見下したような態度を取る、どこか冷徹な目の、人を嘲るような表情が顔に刻まれている、おそらく私よりも若かった女性の助手が、万人に好かれそうな感じの良い女性に変わってる。やっぱりねー、見るからに主治医とそりが合わなかったと思うわー。どこか違う病院へでも移動したのかしらー。順番は4番目。一人目が出て来る、車椅子、二人目が出て来る、足を引きずり引きずり今から点滴へ、三人目が出て来る、どこからどう見ても健常者としか見えない若い男性むしろ運動でもしていて鍛えていそう診察時間3分、はい、次私。お久しぶり、主治医こんにちは。相変わらずね。どうですかと聞かれて、変わりない、ではなくて、「元気です」と言う。血液検査異常なし、MRIの病変も増えておらず、脳萎縮もなし。いえいえ、それはね、そんなことはね、もう自分でわかってるんですよ。だってこれは私の体なんですからね。検査するより自分の感覚を研ぎ澄ますよう日々自分治療して訓練してきてるんだから。まぁ、それが立証されて何よりでございます。え、何?何ですって?私の場合年に一度の診察でもいいですって!?主治医の口からそんな言葉が出てくるなんて奇跡かしら!!あゝ、あゝ、もう感慨無量。顔面痙攣が止まったことは伝えたからちゃんとカルテに残った。次回は半年後の予約。頭部MRIと、(研究用として)血が欲しいからまた血液検査させてくれる?でも断ってもいいよ、と聞かれ、年に一度の診察でいいと言わしめた事実に浮かれ惚けてしまった私は、あっけらかんと「してもいい」と返事した。ほんとなら予防治療のように断ってるところですけれど。ドッと疲労感。疲れたとしか言いようがない。でも、今日は心から清々しい!ちょっと甘いもの食べに行こうね。なんとなくシュークリームが食べたい気分だな、うーんでもケーキかな、スコーンもいいな。へへ、やっぱりケーキにした♪では、次回は半年後の12月にお目にかかりましょう。今日は予防治療のよの字も言わなかったし、来年以降受給者証から外れる件に関しても一言も触れなかったから、私も敢えて何も尋ねなかった。今日は、年に一度の診察でもいいって言われただけでもう十分。発病してちょうど10年、うれしいなぁー、今までの努力が実を結んだ瞬間だった。P.S.アキヲとは遭遇しなかった。私が落ち込んでいないもんだから今日は出て行かなくてもいっか、と思ったに違いない。ぷぷぷ、そういうところも好きよ。6/15 pm3:00
2017/06/16
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細流も大河を作る「それでも、少しずつ、遠い土地をなつかしむ気持はうすらいでいった。習慣が彼女の生活の上にある種の水分が物の上に残す石灰分の衣に似たあきらめの層をかぶせたのである」「人生なんて、いつも楽しいことばかりじゃありませんわね」「仕方がないさ、嬢や、われわれにはどうすることもできないよ」「ほんとに人は、毎日、すべての人間を誤解しているんだわ」「単純な人人から理解されるためには、彼らが毎日手にとっているもの、額に汗して、拾ったり、まいたり、とりいれたりしているものを示す言葉を使わなければならないということを」「どこでも何一つ動いていない、草一本、葉一枚動いていない。実に静かな日、まるで風が死んでしまったように、万物が時の終りまで動かぬように思われる日がある。そういう一日であった」「二重の裏切りは、がまんがならなかった。では誰も彼も不実(ふじつ)で、うそつきで、偽(いつわ)り者なのだ。人はときに死者を嘆くのと同じくらいの悲しみで幻滅の悲哀に涙を流すことがある」「それから無だ。もうなんにもなくなるのだ。思い出だけだ」「昔死んだ人たちと、いま自分の番が来てこの世から消えて行った人と、それからまだ地上に残っている自分との間に、一種の神秘的な愛情の連鎖を作りたかった」「時は一刻の休みもなく流れ去り、月が月に重なって、塵(ちり)がつもるように、すべての追憶と苦しみに、忘却(ぼうきゃく)の埃(ほこり)をかぶせた」「お前はこの子の生涯を自分の勝手に処分する権利はないよ。お前のしていることは卑怯(ひきょう)だ。いやほとんど犯罪に類する。自分だけの幸福のために子供を犠牲にしているのだ」「運命がいかに執拗(しつよう)に冷酷であっても、天気のいい日に、人は常に希望を抱かないでいることができるであろうか?」
2017/06/15
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「総刺し子の小ふくさ」先日、「総刺し子の小ふくさ」を買った。ふくさと言っても、袋状になっているものではなく、ただの四角いハンカチのような布だ。白地に白糸の刺し子なので、色は真っ白。大好きな幾何学模様の、風呂敷ほど大きくない大きさの包み布が欲しかったので、この度手に入れることができてとてもうれしく思う。繊細で上品で、手に取るだけで気持ちがとてもほんわかする。大切に使おう。
2017/06/14
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【左側の顔面痙攣 エピソード284】来年以降、受給者証を更新することができないらしい事実を、パートナーと妹にだけは伝えた。パートナーには主治医に指示を仰ぐよう、妹には市の保健所に尋ねるなり何なり、とにかく二人の共通した考えは、「この新制度からふるい落とされてはじかれた立場の者が再発した場合の国の対応について」きちんと把握すべきだというものだった。もっともな返答だと思う。二人ともよく私の病気のことを理解してくれているので、心強い。正直、国が定めるある一定額の支払いをしていないからと言って受給者証をいただくことができなくなるこの新制度は、果たしてどうだろうか。おそらく、来年、この新制度になって初めて私のように外される人はたくさんいるだろうし 、それに対して国に異を唱える人も少なからずいるはず。でも、私は、自ら進んで予防治療を断っているし、自ら進んで受給者証を持たない難病患者になりたいので、こう言っては少し反発を買うかもしれないが、この新制度は私にはちょうどタイミングがよかったと思っている。私の分の補助金を、もっともっと苦しんでいる方に遣っていただきたい。たかが一枚の紙切れに過ぎないのにひどく心にのしかかる受給者証から解放されて、一般人になりたい。ただ、軽度とは言え難病は難病、それはいつだって私の頭の中で大きな割合を占めて生きていることは否めない。予防治療をする気はないのか?と妹は問うた。「受給者証をずっと更新し続けるために」予防治療をするという選択はないのか?という意味である。典型的なお役所的な考え方、主治医の言いなり、国の言いなり、やっぱり妹の思考はこういう方向に限定されるのだった。いえいえ、そうではないだろう。妹の優先順位はどうなってるの?身体?受給者証?結局はお金だ。一方、パートナーは、更新云々ではなく、ただ単に受給者証を持たなくなる事実に対してパートナーとして心配だから、私のこの考えを初めて聞いた時は若干うろたえていた。だが、しばらく経って冷静になったのか、まぁ私の考えを尊重してくれることとなった。ここら辺りが、私と妹と根本的に歯車の噛み合わない所以なのである。さて、この件はどういう道を辿るだろうか。この半年ほど追ってしっかりと綴っていこうと思う。このブログは私の全記録だからね。とりあえず今月は病院へ行きます。
2017/06/13
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて37週間。桜満開!たーくさんお散歩をして一年分の桜を充電する♪今年は1週間ほど遅かったかな?ダ、ダメだ…マスクが暑い。暑くて苦しくて顔にべったり汗をかいてしまう。もう取ることにしようか…。うーーーーーーーーーん。耳がきれ〜いに完治したので、髪の毛を一つに束ねてお出かけした!髪の毛をだらんと下げることになんとなく不潔感があって、しかも髪の毛も全然切っていないから伸びっぱなしで汚いし、ようやくここまで来たという恍惚感に浸ってしまった。横向き寝はもちろんのこと、うつ伏せ寝もなんなくできるようになって、こんなに気分が晴れるなんて。本当に耳の肌が白い!股もだいぶん良い。手の側面もだいぶん良いけど、小さい水ぶくれはまだ結構たくさんある。でも、ピークはとっくに過ぎていてさほど見た目にはわからないから、服を腕まくりできるといううれしさ!左耳の中と両肘というか両腕はまだもう少しかかりそう。顔もまだダメね。湿疹が出ているのは顔の中心部だけど、行ったり来たりの繰り返しで、自分でもどういう時にマシになってどういう時に悪化するのかまったく以てわからない。去年の7月から出始めた湿疹。春には好転反応も春に!と願っていたのに、ちょっとそれは難しいらしい。8割方良くなってるけどね。結局1年はかかるのだと踏んでいる。いいのよ、もうそこまで気にしていないし、がんばれるから。ここまで耐えて耐えてひたすらに耐えて乗り越えてきたんだからね。あまりに黄色い汁が止まらなくて、眠れなくて、深夜に布団の上でじっと体育座りをして、ただ時間が過ぎるのをやり過ごしていた日々を思ったら、もう全然なんてことない。
2017/06/12
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ツ バ メ美術館へ行った帰り、あまりに美しい展示物にしばし魂を奪われた体で夢見心地でふわふわと歩いていたら、あるお店の軒下から一羽のツバメが飛び立つところを目撃した。その中からはチーチーとけたたましく鳴く声が聞こえてくる。もしやと思い覗き込むと、やっぱり!ツバメの巣があった。一瞬にして現実に戻った私は、大急ぎでカメラを向ける。どうやら雛は全部で4羽かしら。すると、親鳥が一目散に戻ってきて、大きな口を開けている雛にエサを与えた。また大急ぎで飛び立つ。次にはトンボを咥えて戻り、再びトンボを咥えて戻り、間を置かず5度ほど行き来する。と、次の瞬間、一番前で身を乗り出してエサを独り占めしていた雛が巣立った!拙い様でパタパタと羽を動かしてぴょんと巣の上へ飛び乗る。あれ?あれれ?なんと巣の中にはもう1羽小さな雛の頭頂部が後ろに見えているではないか。なーんだ、全部で5羽だったのね♪その後、しばらく観察を続けていると、二番目に前に乗り出していた雛がふいにこちらにお尻を向けて、うんちをする。親鳥は、にゅるっと出てきたミミズのようなうんちを口に咥え、どこかへ捨てに行くのだろうか?雛は、また瞬時にくるりと向き直って、清々しい表情でエサが運ばれてくるのを今か今かと待つ。親鳥が戻ってくる度に、ちょうだいちょうだいと大きな口を開けて懸命に鳴く雛たちは、本当に愛らしかった。思わぬ一部始終に遭遇し、時を忘れてしかと見届けた私は、とても幸せな気分に満たされ、なんだか神秘的な世界を垣間見られた気がした。ふふふーん、なにか良いことが訪れそうな予感♪全然きれいな写真ではないけど、エサを与える瞬間が撮れました。巣の上に乗っている子が巣立った子、巣の中のいる3羽の後ろに実は小さい子がもう1羽います(笑)
2017/06/11
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それにしても、歯がきれいって、こんなにうれしいのね。私が定期検診に通っている歯医者は、数年前に例の私の直感でここへ通うことに決めたのだけど、我ながら今回も冴えていたなと思う。以前通っていた歯医者は本当にダメだった。ずっとお世話になっていた皮膚科の隣にあったので、通うのに場所が便利そうだなと思い、まったく直感も働かないのにそこに通っていたのだが、やっぱり結果はそれなりのものでしかなかった。自分を戒め、その教訓を踏まえた上で、いつも以上に感を働かせた後に探し当てたのが、この歯医者だったのである。ここでは、患者それぞれに担当の先生が割り当てられる方針で、つまり、いつ行っても同じ先生が治療してくれる(もちろん院長先生の回診もある)。私の担当になってくれた先生は、おそらく私より少し歳上だと思われる色の白い華奢な女性だった。その体型に似合わず、押しの強そうなしっかりとした性格の持ち主なのだが、私との相性は、これまた例の直感で瞬間的に悪くないなと感じた。波長というか、老若男女問わず人間同士の相性は必ずあるので、何でも過剰に反応してしまう敏感な私にとっては、心からうれしいものであった。だって、他人に触られることが苦痛でしかない私が、初日から冷や汗も出なかったし、ドキドキして変に緊張することもなかったし、初診の際の受け答えもなんなくできて(いえ、むしろ落ち着いていた)、それだけで心の荷が下りた次第である(大げさだけど私には一大事なのです)。たまたまその初日に先生が妊娠中で、間もなく産休に入るところだったということもあり、何というか、母性がふんわりと包み込んでくれるような感覚も、もしかしたらあったのかもしれない。とにかく、それらもすべて含めて、この歯医者を選んだことは正解だったと自負している。歯医者全体としての患者への指導方法も徹底されていると思われる。おそらく勉強会などを頻繁に行なっているのだろう。治療はものすごく丁寧だし、歯みがき指導もきちんととしてくれるし、口内の様子も細かく説明してくれるし、ただ単に虫歯を治したりするだけなどその場限りではない「予防」に重点をおいたよりよい口内環境を保つための指導で、誠実でまじめな歯医者だなという印象を受けた。通わなくなった以前の歯医者とは、もう本当に雲泥の差なのであった。となると、私自身もちゃんと自己管理をしようという気持ちになれる。時間をかけてゆっくり歯みがきをし、糸ようじを使うことも日常化したし、大事なのは口内に意識を向けてあげることだということがわかった。自分の歯だもの、いつまでも大口開けておいしくご飯を頬張りたいし、きれいに整列していてほしいよね。もう歯医者へも行くことも止めようかと考えていたのだけど、今の時点では歯医者にだけは定期的に通おうと思っている。それにしても、歯がきれいって、こんなにうれしいのね。
2017/06/10
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根拠なき希望もやはり希望であり、「死そのものは、恐ろしいものとは思われなかった。彼の一生は、不幸への永い用意であったといえる」「彼の生活で一ばんつらい瞬間は、毎朝眼が覚めて自分の不幸に「気づく」時だった」「かつて彼を目立たせたあらゆる長所のうちで、失われずに残ったのは多少の意志の強さばかりである」「作者はここの所を一ページ点線ばかりでうめておこうと思ったのだが、「それでは体裁が悪い」と本屋が文句をいうのである ー 「こんなつまらぬ書物で、おまけに見ばえがせぬというようなことになったら、それこそ致命傷です」」「人はそれぞれの仕方で死ねばよい。死のこともおれは自分の好きなように考えなければいやだ。「他人」がなんだ?「他人」とおれとの関係は近いうちにぷっつり切れてしまうじゃないか」「おれは真理を愛したが…それはどこにあるのだ…どこもかしこも偽善ばかりで、一ばん行いの正しい人たち、もっともりっぱな人たちでさえ、やっぱりいかさまをやっている」「蜉蝣(かげろう)は真夏の朝の九時に生まれ、その夕方の五時に死ぬ。どうして「夜」という言葉を理解できようか」「大がいの人のように優しい心根から次第に狡猾な方へうつらず、」「(これは「うつり気」のひとだ)というのである。この形容詞は地方では一番はげしい恥辱の言葉であるあの「つむじまがり」というのと、ほとんど紙一重の差であった」「父は娘をそこに厳重にとじこめておいた。人の世からしきられ、人から知られず、また人の世のことを知らずにいるようにしておいたのである」「おたがいの目のなかに、おたがいの目の背後に、この存在の浸透できぬ未知の部分に、たがいの姿をさがしあった」「二人の人間が決して魂までは、心の奥底までは、たがいにはいりこむものではないということに、生れて初めて、気がついたのである」「わが母とは誰ぞ、わが兄弟とは誰ぞ」
2017/06/09
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雨梅雨入りしましたね。しとしとと続く長雨はどことなく寂しさを誘いますが、結構嫌いではないです。雨と聞いて思い浮かぶものは、サマセット・モームの短編小説、その名も「雨」。これはおすすめですので、是非とも。そして、中学生時代の私の甘酸っぱい恋の物語。中学3年生の時、私には好きな人がいました。小学5年生の時からひたすらに一途。同じクラスになったことは一度もなかったけれど、必ず隣のクラスでした。要するに、誰も知らないけど、お互いだけの秘密の両思いってやつですね(笑)当時塾へ通っていたのですが、夜大きな勉強道具を提げて定時に家を出て、公衆電話から塾へ「休みます」と電話をかけたのち、好きな人の自宅へ電話をしていつもの公園で落ち合い、ただあてもなくブラブラと歩いたり自販機でジュースを買ったりして過ごしました。中学生の行動範囲などはたかが知れたもので、同じところをくるくると回ったり、たったそれだけのことだったけれど、時間は瞬時に過ぎ去るほど楽しくて、塾なんか辞めちゃいたい、このまま時が止まればいいのに、と幾度となく思ったものでした。なぜかよく雨が降っていたなぁ。雨って、想い出をより美しいままで記憶に留めてくれるような気がします。幸せいっぱいに満たされた気持ちのままそれを押し隠して、あたかも塾で疲れたと言わんばかりの表情で帰宅するのですが、そこから一人深夜に勉強に励もうとしても顔がにやけて一向に捗らなかったです。塾へは行っていたけれど、勉強はさほど好きではなくて、むしろ副教科と言われる科目の方が成績は良かったし、勉強よりも部活の方に熱心に打ち込んでいたし、でも高校受験を考えると勉強しない訳にはいかず、という抑圧されたよくある悩みを私もいっぱしに抱えていた学生時代でした。結果、この高校へ進学したことは失敗でしたしね。いろいろな意味で無理をしたのですよ、へへへ。でね、何度もテレホンカードを差し込んだこの公衆電話、実は今でも残っているのです。昨今撤去されてなくなってしまうことが多い中、公園の脇にぽつんと佇むこの寂れた公衆電話の姿は、どこか私の人生を映し出しているように思えてなりません。青春時代の私の心をほぼ占めていた好きな人が、今でもずっと私の側で静かに佇んで寄り添い続けてくれているようにも、感じています。公衆電話、傘、ジュース、かばん、雨。もうこの人とは、私が天に召されない限り会えないのです。でも、初めて繋いだ手のひらの感触は今でも温かく、きっと、生涯で一番長く好きな人であり続けることと思います。
2017/06/08
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【左側の顔面痙攣 エピソード283】そうそう、今月は半年ぶりの病院なのよ。左側の片側(へんそく)顔面痙攣が完全に止まったってことは絶対に言わなくっちゃ。主治医は、そんなことどうでもいい、という感じだけどさ。
2017/06/07
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歯医者さんへ好転反応の湿疹の為、ずっと歯医者へ行けずじまいだったのだが、今日ようやく行けた!歯が黒く沈着しているところがあって、この沈着だけは取ってほしかったのである。もう医者へ行くことは止めるつもりだけど、歯医者にだけは行こうかなぁと思っている。が、とにもかくにもすっきりしてうれしいな♪
2017/06/06
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まだまだ私はがんばれる人間という生き物は忘れる生き物である。好転反応の、家から出られないほどの、辛抱に辛抱を重ねた湿疹のことだってふいにぽかんと忘れてしまう。記録として撮り溜めていた写真を久しぶりに見返してみて、私は絶句した。ここ最近、汗もも含めた湿疹が結構ひどく出ていて、しかもすべて人目に触れる場所という場所に出てしまい、少し落ち込み気味だったのである。やれやれ、これぐらいなんてことないわね。見てごらんなさいよ、この腕を、この頭を、この耳を!写真は記憶のように決して脚色しない。これが真実すべて。まだまだ私はがんばれる。
2017/06/05
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて36週間。4月。お花たちが一斉に花開いて、春の訪れを教えてくれている。もんもん邸へ遊びに行く。早起きがなんなくできるようになり、まさかの早起きをし過ぎたらしく、カフェで一服してから向かうというなんとも優雅な朝。本当に体が変わった。もんもんのお風呂上がりに例のごとくステロイドを塗ってほしいと言われたのだが、手の側面の湿疹を見せてそれだけは勘弁してほしいと言った。妹は不服そうな感じだったが、小言を言いながらも仕方ないと諦めた様子。もうさほどアトピーはひどくないのに、頭のてっぺんから足の先まで隙間なくステロイドを擦り込まれるもんもんを見て、ステロイドを脱いている最中の私はなんとなく気分が悪くなってしまった。翌日は疲れ果ててニ度もお昼寝をした…。ここ最近、どうしても一つだけ頭をもたげ始めていることがある。そろそろ気温が高くなってきてマスクが暑くて息苦しくなる季節が到来するが、マスクを取ったらまた帽子をかぶるのか?ということである。言わずもがな顔の湿疹を隠すためだが、もう正直マスクも帽子も勘弁。いい加減顔を出して清々しく外を歩きたい。紫外線予防も兼ねて無理矢理メイクをしてごまかすというのも一つの手ではある。(が、したくない…。)顔を隠す目深にかぶる帽子じゃない方の、夏場のお気に入りの帽子ならかぶりたいけど。
2017/06/04
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ウマが合う!?例えば、冷凍食品だけは使わないでね、とかおばあちゃんなら言いそうだと思っていた。大事な大事なかわいい孫だもの、そんな食事は与えてはいけません、と。実は私は以前から折に触れ不思議だったのである。妹の食生活に一言も口を出さないお姑さんに対してなんでだろうって。まさか旦那のお母さんなのだもん妹に言い含められている訳ではあるまいな、いや、ちょっと待てよ、あの賢い妹ならありうる、お姑さんは既に妹の下僕か!?妹はそこまで権力を持ったのか!?とぐるぐる考え続けたこともあったのだが、いえ、何のことはない、単にお姑さん自身がそういう考えなのでした。な〜んだ、だからウマが合うのね。お姑さんはとにかく安ければそれでいいという考えをお持ちらしく、食べ物でも衣類でも日用品のありとあらゆるものを1円でも安くで手に入れることに日々精魂を燃やしているそう。(なんでも、お姑さん株をしているのですって。長年やっているけど損をしたことがないとか。たぶん妹とお姑さんはものすごーく似た者同士なのだと思う。)某旅行会社が破産したことは記憶に新しいが、海外旅行が趣味のお姑さんご夫婦は、この会社を何度も利用されていたとか。人にはいろいろな考え方があるから良し悪しではないが、私ならこの会社は選ばない。命に関わることだし、ある程度の保証がないと怖いもの。ということで、私は腑に落ちたのだった。(少し突っ込んで考えると、母は冷凍食品などは一切使わない人で、毎日休むことなく手料理を作ってくれていたので、妹もそういう環境で育ってきた訳だ。それを忙しいことにかこつけて少しずつ楽をする方向へと進む、おまけにお姑さんは何も言わない、いいや〜楽しちゃえ、みんなもそうしているし(これが重要)、という訳で冷凍食品やら粉末を振りかけるものやらスーパーの惣菜が日常化したのだと想像する。あっという間だった。スーパーの惣菜やバイキングがおいしいおいしいと言って味覚が変になり始めたのも、本当にあっという間だった。)
2017/06/03
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趣味、人間観察人間観察って好きだ。喫茶店の窓から、何の目的もなくただぼーっと外を見ていると、本当にいろいろな人が行き交う。私の気を引くことは、老若男女や服装や体型などでは一切なく、シンプルに歩き方や姿勢に限られる。歩き方ってとかくその人の性格をそのまま現している。踏ん反り返っている人はやっぱり偉そうな表情をしているし、若いのに妙に背中が丸い人はやっぱり表情も曇っていて若さの欠片もない。うさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねて髪の毛を振り乱して歩く人、ありえないぐらい小股の人、腕を組んでいる人、お尻を突き出して左右にプリプリ振っている人、踵で着地して親指で蹴り上げるなんて言葉とは無縁の足の裏全体をぺったんぺったんと付けながら歩く人、前のめりでせかせか歩く人はなんだか顔も神経質そう。そして、往々にして言えることは、若い人はあまり生気がなく、のそのそと歩く人が多いということ。私の理想の歩き方は、姿勢よくある程度の大股でゆったりと歩を進める歩き方なのだが、30分ほど観察していてそういう歩き方をする人はたったの一人だけだった。意外にも、おそらくまだ20代前半ほどだと思われる今風のかわいらしい女性であったこともおもしろい。そういう趣のある方は、酸いも甘いも噛み分けた中年以上の方かなと勝手に想像していたからである。私のひたすらに飽きない趣味であった。
2017/06/02
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風邪実は軽く風邪を引いていました。暑かったり寒かったり、しかもこの間行った美術館の冷房がものすごく寒くて、たぶんこれが原因だったかと思います。唾を飲み込むだけでのどがヒリヒリ痛くて野太い声になって、咳も出て、熱がぐーんと上がる感覚もあって幻覚のような奇妙な夢も見たのですが、なるべく半身浴を長めにして、たくさん寝て、これ以上ひどくならないように努めて、なんとか自力で治しました。薬を飲まないで風邪を治したことは初めての経験です。毎年、花粉が飛び始める頃に風邪を引く傾向があったのですが、今年は珍しく大丈夫だったのですよね。そのなんとなく体に燻っていた風邪の菌がやっぱり出たくて出たくて、ちょっと油断した隙についに出てしまったのだと思います。でもね、年に一度家だって大掃除するんだから、体も定期的に掃除をしないといけないと思うわ。
2017/06/01
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