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偽善というものは気づかれぬようにやらねばきき目はない「パリにはしゃれた人がいるが、地方にはしっかりした人がいることがある」「夫というものは、けっきょく権者なんだから、心の底を打明けるのは危い」「いつも人から期待されていることの逆をゆけ!」「とりとめなき談話も、偶然の邂逅も、空想にとむ男がもし胸に情熱を抱いているならば、最も明白な証拠となる」「およそ偉大な行為で、それがはじめてくわだてられるとき、「極端」と思われないようなものがあろうか」「いったい何を望むことがあったのか。財産も、りっぱな家柄も、才智も、ひともいい自分も信じている美貌も、そうしたものは皆運命の手によって彼女の一身に集められていた」「生まれも財産もあらゆるよい条件がそろっているのだから、誰よりも幸福でなければならないと、教えこまれていた。こういうことがまた君主たちの倦怠とその乱行の原因となる」「あたしの彼は反対に、自分一人でなければ行動しようとしない。才能を十分に恵まれたこの人にかぎって、他人に頼ったり、他人の援助を求めようなどという考えは少しもない!あの人は他人というものを軽蔑する、だからあたしはあの人が軽蔑できないのだ」「めったにしゃべらず、めったに行動せぬこと」「ここでは人間の思想のあらゆる重大問題が、えらそうな顔をして論じられる。だが三分間きいていて、さて何が心に残るか考えてみたまえ、話手の誇張か、さもなくばそのいやになるほどの無知かどちらかだ」「あいまいという点にかけては完璧だった。何もかも言いつくそうとしているようでもあり、何もいうまいとするようでもあった」「夜手燭をもって部屋へ帰って来ると、調度の一つ一つが、装飾品の一つ一つが声を発して、彼にその不幸を何か事新しく感じさせる事実を鋭く告げるような気がするのだった」「ひとの期待の裏をかけ」
2017/05/31
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今の私日々の生活がますます地味に、暗くなってゆく。誰とも話さない、連絡も取らない、友達は本のみ。出かける場所といえば、図書館と美術館か映画館かカフェ。だけど、今の私にはこれがとても心地良い。おそらく、ありとあらゆることを極限まで「断捨離」をしているのだと思われる。物も人も心も。「変化の時」を一人楽しんでいるらしい私。必ずやこれがいずれどこかへ繋がる予感。
2017/05/30
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて35週間。そういえば、よく考えてみたら、首はさほど湿疹は出なかった。なぜだろう?アトピー患者にとって、首って皮膚が薄くて弱くて、色素沈着にもなりやすいし、結構湿疹も出やすいところなのだけれども。以前ピアノを教えていたRくん家族とご飯を食べに行き、いつも一人でご飯を食べるから、誰かと一緒に食べるご飯っておいしいなと思った(待ち合わせ前はちょっと緊張したけれど)。顔の湿疹は花粉症だとか言ってごまかして、それでもこうやって誰かと顔を合わせながら一緒に食事ができるほどにまで回復したのである。今更ながら、初めの約3ヶ月は本当によく耐えたなと思う。耳も左耳の中を除いてかなり良くなった。横向きで寝られる幸せ。少しぐらい布団が耳に当たっても気にしないでいい幸せ。髪の毛ももうすぐ一つに束ねられそうかな。これから一気に暑くなるからね。
2017/05/29
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mちゃん再出発!そうそう、妹の友達のmちゃん、旦那さんの不倫が原因で離婚調停を起こしていたのだけど、やっと離婚が成立したのですって。それは妊娠中から始まっていて、子どもが1歳にもならないうちから揉めに揉め、mちゃんは早々実家へ帰り、ストレスから母乳も出ないなど散々だったけど、私はこれでよかったと思います。結局2年はかかったのじゃないかしら。旦那さんのお母さんとお姉さんがなかなかしぶとかったらしいからね。mちゃん、今は実家でお母さんと3人暮らしです。私も小学生の頃から知っているけど、本当に笑顔がかわいいのよ。その笑顔で強く逞しく幸せになってほしいなぁ。
2017/05/28
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弁解は白状にひとし「私はその美貌を賛美するが、その才智をおそれる」「近くに並んでいる本の間を少しずつすかせて、持出した本が無くなっているのに気づかれないようにしておいたのだが、」「運命はおれに高貴な心は与えてくれたが、千フランの収入、つまりパンを与えてはくれなかったんだ」「万物の第一の法則は自己保存であり、生きることである」「しかし、十五の時にこんなにりっぱに訓練されている都会の少年たちは、十八歳にもなると、すっかり「俗」になってしまうのだ」「両側の生け垣の中に棘(とげ)があるからといって、それで道の美しさがそこなわれるものだろうか」「けっして文字にしてはならないことがある」「しかし運命はあたしにいったい何をこばんだろう。名声も、財産も、若さも!何一つ欠けたものはない!ああ、たった一つ幸福をのけて!」「しかし彼女はまもなく、この男の精神にはたった一つの態度しかないことを見てとった ー 実利、実利尊重」「機智もあり、気力もあり、要領もいい。この三つがちゃんと兼ね備わっているほど感じのいいものはない」「パリで人が尊敬されるのは、徳のためではなくて、馬車をもっているためである」「しかし天才の特長は、凡人が敷いたレールに自分の思想を乗せないことだ」「ここで出会うひとは誰も彼も軽薄な人ばかし、たまに年のせいで道徳的な人もおりはするけれど、それも年をとって物事に冷淡になった結果やっとそうなっただけのことだ」「これらの手紙(恋文)は自分自身でもってゆくこと。乗馬にて、黒ネクタイ、青色のフロックコート着用。手紙はいたましき様子にて門番にわたし、そのとき、眼に深き憂愁をたたえること。もし小間使などを見かけたときは、そっと眼を拭う。小間使に言葉をかけること」
2017/05/27
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10年という歳月6月で、多発性硬化症(MS)を発病して10年になります(左側の片側(へんそく)顔面痙攣は3年です)。好転反応も大いに出ているので、数年前から漠然と感じていた「変わる時」というのが今現在であることは、もう間違いがないようです。十年一昔と言うけれど、まさにその通り。このまま再発がなければ来年は特定疾患の受給者証を持たない難病患者にもなることだし、のちに自分の人生を振り返った時に、ターニングポイントだったと言える時期も、まさに今であるような気もしています。この10年を静かに思い返すだけでしんみりと涙が出てきます。私、本当によくここまで来られたと思う。自分で言うのも何だけど、本当にがんばったのです。あの時死を選ばなくてよかったなぁ!当時妹には絶対に患者の会に入会した方がいいと言われたけど、そんなもの私には必要なかったよ。今だけは自分を存分に褒めてあげようね。それにしても、10年って1年を10周もしたのかと思うと感慨無量としか言いようがありません。限りなく狭い世界で生きてきたけど、この10年こそ人生最高の10年でした。自分がどういう人間であり、この世に生を受けた意味、また、どういう思考を持っているのか、狭い世界だったからこそ自分自身とじっくりと向き合うことができて、人生の折り返しを迎えてこれから先私が私らしく生きていくための布石をこつこつと打つことができた歳月だったと思っています。仕事などは明確に見えている訳ではないけれど、だいたいこういう風な目的を持って生きていきたい、暮らし方をしたい、というようなことは漠然とではあるものの、私の中では定まりつつあります。そこには必ず私という人間を創り上げてくれる芸術が絶えず存在することが大前提ですけれど。もちろん、眼に映る未来は明るいですよ。立ち止まって初めて、人は真実を知るのだと思います。野に咲くお花たちも、しゃがみ込んでしっかと顔を近付けて見てみないと細部まで観察することができないでしょう?嘘偽りのない心で明日へ向かって、これからの10年がこの10年よりもさらに最高の歳月だったと言えるように、一歩一歩歩を進めていこうと思っています。
2017/05/26
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ふわふわする一冊長編小説を読み終えると、5日間ほどは何も読まずにふわふわする。雑誌をパラパラめくってみたり、部屋の片付けや掃除をしてみたり、まるで頭の中をリセットして次の小説へ備えるかのような行動に出るみたい。小説に没頭している期間はもちろん好きだけど、この何も読んでいない期間も結構好きである。次読む小説はどんな話かな♪おもしろいかな♪もう既に図書館で借りてある本を前に、夢が大きく膨らむ瞬間である。アキヲ!相変わらずふてぶてしい(笑)
2017/05/25
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて34週間。お彼岸、春分の日、8ヶ月。おはぎを頰ばる。ほけきょ!と鳴く。ヘルペス完治。鼻と口にできて大きめだったけど、大して辛くはなかったかと思う。耳の湿疹はかなりよくなった。耳を隠すために毎日ダラリと髪の毛を垂らしてお出かけしているけど、そろそろ一つに束ねられそうな感じだもの。頭皮のなんとなく汁っぽい感じもなくなった。手の側面も、背中の上半分も、両腕も、股も、だいぶんいい。もう黄色い汁もさほど出ない。出てもすぐに止まってくれる。顔はまだもう少しかかりそうだけど、日焼け止めはやっぱり塗りたいから、それまでにはよくなってくれることを願っている。去年の7月から出始めた好転反応。まぁ、完治と呼べるまで、結局1年はかかるのだろうなぁと思う。MS発病後の二度目の試練、としか言いようのない月日だったが(一度目は痙攣です)、8ヶ月経った今、ようやくまぁまぁ治まったと言えるようになったかと思う。
2017/05/24
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過ごしやすい季節ってなんて短いのかしら〜なんとなーく少しずーつ歩く速さが遅くなっていってしまうこの季節。5月って思った以上に暑くなる日が多いから、まだ体がそれに付いていかないのだと思う。先日、ベビーカーに轢かれた。…いえ、轢かれたというのはかなり大げさだが、後ろから衝突されたという意味である。いつだったか、おそらく夜の蝶らしき容貌の方の引くゴロゴロと巨大なスーツケースにも轢かれた(苦笑)普通に歩けるようになったとは言え、どう考えても周りの人たちと比べたら速くない。マイペースという感じである。あのね、お二方とも、もう少し自分の歩くスピードと前方の距離感を把握しながら歩いてほしいのよ。ついでに、この10年、月経中とその前後は必ず歩きにくくなるので、ということは月の内の1週間ほどはそうなる訳で、もうこれは仕方のないことなのである。と、わかってはいるものの、この足の付け根が前に出にくくなるという感覚が日常になる夏が近付いて来ることは、やっぱりあんまりうれしくない。過ごしやすい季節ってなんて短いのかしら〜。
2017/05/23
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて33週間。3月も半ば。蕾がふっくらしたり、日差しには春の陽気があって眩しいぐらい。湿疹は全体的にかなり楽になってきた。黄色い汁が出ても比較的すぐに止まるようになった。すぐにと言っても数時間ほどかかるけど。でも、一旦出始めると最低12時間は止まらなかったのだから、劇的な進歩である。黄色い汁そのものの量もほんの少しになったしね。半身浴は夜寝る前の1時間は必須で、お出かけしない日には昼間にも1時間ほどしていたが、昼間は歩きに行くことが多いので、昼間の半身浴はとても少なくなった。それと、半身浴って、昼間するととても贅沢な気持ちになるけど、やっぱりその日一日の老廃物を出し切ってしまうという意味では夜の就寝前が一番良いと思う。そしてたっぷりと寝ること。これはかなり重要。これで身体はリセットされる。まーたあかぎれだ。とにかく痛いから何をする時も庇いながら生活しているせいで、肩凝りがひどい。本を読むのも、ペンを持つのも、手を洗うのも、タオルを絞るのも、ありとあらゆる生活の取るに足りないことすべて、たった一つのあかぎれが阻む。その度に打撲やすり傷など、負わなくてもいい傷を負い、手はボロボロ。まもなく半身浴生活8ヶ月。まぁ順調だと思っていた矢先にヘルペスができてしまった(後日談:これは正真正銘のヘルペスでした)。しかも顔に二箇所も。原因はおそらく花粉だろう。去年の10月ぶりか。やっぱりヘルペスはできないようにはならないのかなぁ。仕方ない、ゆっくりしよう。
2017/05/22
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もしよければ是非最近読んだ小説ですごくおもしろかったのは、シャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」とスタンダールの「赤と黒」とトルストイの「アンナ・カレーニナ」です。図書館で、表に出ていない書庫に保管してある本は職員にお願いして出して来てもらわないといけないけど、「すごく古い本ですけど大丈夫ですか?」と聞かれる。何せ私の目を輝かせてくれる本は30〜40年前に出版された本だからね。違うのよ、古い本じゃないとダメなのよ。よくこんな本が出版できたな、というくだらない本は正直山のようにたくさんあるけど、そんな本など読んでいる暇は本当にないのである。時間がもったいない。良い本を、良い芸術を、まがい物ではない本物を。
2017/05/21
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うすうす感じていたこと実は、もう数年前からうすうす感じていたことなのだが、いや、まさかそんなことはあるまい、と自分自身を認めたくなくて、過去の想い出を美しいままでいつかまた再現したくて、頑なに頭で否定し続けてきたことがある。だが、もうこれは隠しようのない事実のようである。頭ではなくて身体がそう反応する。私、もうピアノを弾くことはないのかもしれない。ピアノの前に座ってみたり、先生に頼ることなく自分の力で一曲仕上げてみようとしてみたり、いつか復帰しようとここに綴ってみたり、ピアノは私のよき理解者であり分身だと思ってみたけど、それはすべて過去の記憶であり、頭で考えて今もそうしようと試みた結果であって、本心は全然そうではなかった。心はその方向を向いていなかった。実際、ピアノを弾いても全く楽しいと思えない。もう、それらは過去の出来事でしかなく、ピアノを再開することは私にとって過去へ逆戻りすりことに他ならないのである。今を生き、いえ、未来を見据えて生きられるようになった今、もうピアノの必要性が見出せなくなってしまった。ピアノ以上のものに出会ってしまったという言い方もできることは認める。実は心の片隅では気付いていた。だが、ずっと見て見ぬふりをして認められずにいた。だって、あれほど打ち込んできたのだもの。毎日毎日ただひたすらにピアノと向き合い、どれだけの年月と精神を費やしてきたことか。私にはピアノしかなかった。私のすべてがピアノだった。でも、もう愛情がない。薄れたとも言い難く、消えている。発病して10年、認めざるを得ない事実です。でもそれは時の流れがそうさせたのです。私に非はないし、ピアノにも非はありません。ただそうなったということ。それだけのこと。終わりはいつか必ずやって来るのです。これは喜ばしき成長なのです。
2017/05/20
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「落ちないようにするには、どうすればいいのですか」「どういう義務にでも、聡明な人間が必要なものだ。結局、なんといっても、そこに何かしなければならぬ仕事があるんだから」「さて自分の周囲をながめてみた。いたるところに、行いすました徳操の見せかけがあった」「「天国」のこと「この世の空虚」」「あの頃は、美わしい日がいかに美わしかったことであろう!」「出世しようと思うなら、乗せられていないといけない」「「偶然」などという言葉はけっして使ってはいかん、いつでも摂理というものだ」「つまりただ神さまだけを頼りにしなさい。(略)君の常の行いが清浄であればよい」「線描(デサン)が真実であるだけ、」「教会にとっては、心からの服従がすべてである」「ぼくの政策、それは結局言葉を愛し、絵画を愛することにつきました。いい本を読むことは、僕にとっちゃ、いわば一つの「事件」なんだ」「小説、それは街路にそうて持ちあるく一つの鏡である」「彼は平穏無事な生活の単調な平板さと、花やかな青春の夢想との岐路に立った」「女というのはみなこうだ。このややこしい機械ときたら、しょっちゅうどこか故障のたえまさしさ」「彼女は貞節のためにみじめだった。弱さのために一そうみじめだったのだ」「重ければこそ石は落ちる」
2017/05/19
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薬と私好転反応の湿疹が出てきたので半身浴生活を始めてまもなく10ヶ月です(もう夜しかしていませんけれど)。ということは、ステロイドを含め、すべての薬という薬を絶って10ヶ月ということです。一粒だって飲んでいないし、爪ほども塗っていません。完全にゼロです。こんなことは、もちろん生まれてこの方初めてのことです。幼い頃から体が弱く、薬漬けで育ってきた私が、薬を絶つなんてできるはずがないと決めてかかっていましたが、いえいえ、なんなくできました。無理矢理でもなし、禁断症状が出るでもなし、むしろ体の中に薬を入れない方が気分がいいです。ちょっと飲んでおこうか、ちょっと塗っておこうか、この積み重ねは相当な薬の蓄積量になると思います。きっと、日本人は心配性でまじめで過保護だから、本当に必要な薬を飲んでいるのではなく、ただの習慣と惰性なのですよ。薬局やスーパーやコンビニなどがびっくりするほど点在していて、どんな物でも簡単に手に入れられる環境のせいでもありますけれどね。そしてくしくも止められなくなっている自分に気付き、気付いた時にはもう手遅れ、次第に悪循環に陥り始め、治してくれるはずの薬に心身共にやっつけられて振り回されてしまうという逆転現象が起こってしまうのです。だから、発病した時にとっさに予防治療をしない道を辿ったことは今となっては紙一重だったと思いますが、これこそが私の運命の別れ道だったと、神様の御導きだったと、つくづく感じています。じっと以前の自分を振り返ってみて、すーぐ薬に頼ってしまう私だったのに、ここまで考えが変わったことに少々驚きの色を隠し切れませんが、今までのアトピーやその他もろもろの大量の薬たちにありがとうと伝えると共に、もうさようならと手を振りました。
2017/05/18
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「お母さん」私は何一つ偉そうに言えないんだよ。なーんにもしてないからね。でも、商業施設や映画へ連れて行くことが子育てなのかな?バイキングへ連れて行くことが子育てなのかな?子育てって、もっともっと、日々の瑣末で不器用な格好の悪い泥臭いものだと思うんだけど。朝から晩まで働いて、一生懸命がんばっていることはもちろん認めるし、尊敬もしている。だけどさ、妹の子育てはさ、都合のいいいいとこ取りの、表の面のきれいな部分しか見ていない子育てだと思うんだよね。妹は、子育てという言葉の意味を履き違えて捉えていると思うんだ。いいえ、最近の世間の子育てっていう概論が履き違えて捉えられていると思うんだ。でもね、世の中で一番偉大なのは、子どもを産み育てている、あるいは産み育てた「お母さん」だと思う。
2017/05/17
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日記についてここ数年、ブログの文章を結構しっかりと書いている。もともと回りくどいものやことが苦手で嫌いな性分なので、なるべく簡素でわかりやすくということは常々心がけながら続けてきたのだが、以前はそっけないほどに短い日記だった。一行二行で終わるような日もしばしば。その後、語彙を増やしたいのにまったく増えないことに少し悩んだ時期もあったりしたのだが、ある時を境に急に書きたくて書きたくて仕方ない時期にさしかかってしまって、自分で言うのも何だけど、確実に語彙が増えたと思う。なぜそうなったか理由はわからないが、それで、まぁ、今に至る。そうすると表現の幅が一気に広がって、これだという自分の心の中の気持ちに一番見合う言葉を遣って綴ることができるようになってきた。自分自身を表現することはとにかくおもしろい。いくらでも書ける。書くことは人一倍好きだと胸を張って言える。もっともっと私にしか書けないような文章を書いていきたい。おそらく両極端を経験して、いずれはちょうどいい塩梅の場所へ落ち着くのだろうと思う。そんな自分が楽しみだ。
2017/05/16
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そして、そんなふうだとしても、それが私の罪だろうか?「石垣をたくさんつくればつくるだけ、また積み重ねた石で自分の地所をふさげばふさぐだけ、それだけ多くの尊敬を隣人に要求してもよい、ということになっている」「権力!そんなものはつまらぬものじゃありませんか。愚者の尊敬、小児の感嘆、富者の羨望、賢者の侮蔑」「彼女は悩みによって教育された」「情の手綱をあんまりゆるめ過ぎてはならぬ」「心を純潔にして、あらゆる憎悪の感情を遠ざけていると、若さを長く保つことができる」「待つ間の二時間は悩みの二世紀だった」「あたしは世の中でおそろしいことは一つしきゃないのよ。それは、あたしのためにはかけがえのない、そのたったひとりの人の心がわり、それだけなのよ」「おれが窮した時に、相談する友人が一人もおらんなどと、そんなばかなことがあるものか!」「あんた方、女というものは、けっして道理のあることの注意をはらわない」「言葉は考えを隠すためにあたえられた」「聞いていれば何もかも言っているようで、じつは、明確には何一つ言ってはいない」「どんなに円満にいっている家庭にでも、ときどきこういうことがあるものだ!」「しかし、急な山を登りつめて頂上に腰をおろす旅人は、ほっと一息いれるのがもうかぎりもない喜びだろうが、もし永久にそうやって休息していろと無理じいされたら、彼は幸福であるだろうか?」「天のお裁きは正しい。私には罪をきっぱりやめるだけの力がなかったので、天は私から分別をお取り上げになったのでだ」「かわいそうにこの娘はまだ十九というのに早や、小説も機智の辛辣さのないようなのは面白く読めなくなっているのだった」
2017/05/15
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて32週間。桃の節句お雛様。少しずつ暖かくなってきたね(でも花粉がね)。何度もぶり返して結構長引いていた顔の湿疹が猛スピードで引いていってびっくりしている。かなり落ち着いたかもしれない。皮がバリバリに張り付いて口の周りが引きつっていたけど、少しずつ笑えるようになってきたもの。頭は全体的になんとなく汁っぽいし、かゆい。最近やっと気付いたことは、一度湿疹が出ると3ヶ月は優にかかるということ。手の側面はひどいし、まーたあかぎれができた。両耳の中のかさぶたは、びくともしない体でしがみついていらっしゃって耳栓のように大きく塞ぐような感じはなくなり、普通サイズの綿棒がちゃんと奥まで入るようになった。それだけでかなり楽。妹ともんもんが泊まりに来た時には決まって母はこう言う。嵐は去った、と…。で、もんじに、なお、(アトピーの塗り薬を)ぬってと言われたのだが、それだけはできません!と大きく断った。も〜〜もんじ、なおがどれだけ大変な思いしてステロイド脱いてるか知ってるの〜??
2017/05/14
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髪の毛切った!実は、帽子をかぶったのは一日だけで、もうとっくに化粧を始めているのであった。ちゃ〜んと日傘も差してね。もう、本当に帽子は嫌なの。そう言えば、この間妹と会ったけれど、私のこの無理矢理化粧をした皮膚については一言も触れなかった。自分が思っているほど傍目にはそんなにひどい状態には映っていないのかもしれない。化粧は赤みを目いっぱい隠してくれるから、だいぶん化粧で誤魔化されているってことね。アトピーの人が化粧してる、って感じなだけよ。まぁ、何はともあれそれでよし。化粧を落とす時は、潰れた手の水ぶくれが飛び上がるほど染みて痛すぎるけどね。まぁ、人生、何を我慢して何を選ぶかってことよ。バラがきれいに咲いてますねー♪私が一番好きなのはイエローローズ。昨日、もうあまりに暑いから、意を決して美容院へ行ってきた。何せ1年ぶりだからものすごく頭が軽い(笑)
2017/05/13
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以前とは違う意味で羨ましい以前とは違う意味で、私は妹が羨ましい。誰かが良いと言えば、自分も良い。世間がこっちが正しいと言えば、自分もそういう考えである。先日友達の出産祝いに絵本を贈ったそうなのだが、話の内容も何も知らない癖に、よく売れているという理由だけで選んだのだとか。もんもんはどんな絵本が喜ぶかしらと事ある毎にくそまじめに探している自分が馬鹿らしくなる。妹のしゃべる言葉を聞いていると、今世間ではこういう言葉が流行っているのだなとわかる。(因みに今流行っているのは、「怖い」「〜だったり、〜だったり」「ほぼほぼ」「それこそ」だと思う。)いつだってふわふわと流され、ころりとくつがえり、寝返り、それこそが正論で自分の考えであるんだと真顔で話し、微塵も疑うことすらしない。御殿と呼ぶ一軒家だって、わんさかいる周りの友達がみんな競うようにして購入しているのだと思われる。おそらく、年賀状で家族全員でピカピカの一軒家を背景に写真に収まり、「引っ越しました」と。妹の友達のある男性が、後輩が自分より先に一軒家を購入したことに腹を立てて、なんと当てつけでその二件隣の土地をわざわざ購入したのだとか。一生で最も高価であろう買い物をそんな理由で即決するだなんて、ここまでになるともうホラー映画以上に恐ろしいとしか言いようがない。一生この金縛りのような虚偽の友達関係を続けなければならないだなんて、私だったら生き地獄、拷問だ。こういう、私のように蚊帳の外で生きている人間から見たら妙ちきりんとしか思えない世間という海のど真ん中でせっせと泳ぎ続けている妹は、ほとほとお気楽だなと思う。いえ 、私だってある程度は、知らぬ間にねこちゃんブームに便乗したりして、追いやられた隅っこの方では一応泳いでいるのだとは思うが、何が何でもこの海のど真ん中で一生泳ぎ続けてやることがステイタスなのです、という妹の猪突猛進ぶりは、いくばくか滑稽である。でも、それが正解なのだと思う。今という時代を生き抜く為には、妹のように世間のその他大勢の中に埋もれている人たちの方が絶対に生きやすい。私のように何かにつけてつまずき、異を唱え、世間とは真逆の方へと歩んでいるような人間の方がどう考えても今の時代は生き辛いのである。いい意味で適当で、さらりと波に乗って流されて、自分に都合の悪いことは右から左へ受け流し、人生もっと浅はかに生きられればどんなにいいか。だからこんな奇病も呼び寄せたのだろうよ。まぁ、妹に比べて私はもっぱら自由だけどね。妹は世間という得体の知れない物体に全身羽交い締めにされ(その事実に気付いてもいない)、解いてほしいとも思っていないのだからね。羽交い締めが居心地がいいのよ。以前は、なんでもすんなりと進む妹の人生が羨ましく思えてならなかった。今はまったく以ってそうは思わない。それとは反対の意味で、私も妹のように僅かながらでも世間にたゆたう楽観さがあれば、もっともっと肩の荷が下りて楽に生きられるのに、と自分の頑固さを嘆かずにはいられないのである。でも、ただ口先でそう言っているだけで、全然そうはなりたくないのですよ。私には自負している私の基軸がありますからね。ただ、妹を見ていると、ふとそう感じてしまうのです。哀れだな、かわいそうに、と憂える感情と共に。
2017/05/12
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【左側の顔面痙攣 エピソード282】来月で3年になる左側の片側(へんそく)顔面痙攣。今は完全に止まっています。日に日に暑くなってきているけど、今のところまだぶり返しもなし。確実に良くなってはいるらしいです。さて、今年の夏はどうなるでしょうか?
2017/05/11
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大丈夫なのである殊に、母と妹は、私のことは心配の種でしかないと思う。この先どうやって生きていくのか、と。でも、一番厄介なことは、当の本人である私に全然その自覚がないこと。なんとかなるさ、という言葉は、病気になってから嫌いになった、遣わなくなった。なぜって、理不尽でなんとかならないことがあまりに多過ぎたから(でもそれは現実だった)。だから、そうじゃない。私は大丈夫なのである。どこからこんな自信がこんこんと湧いてくるのか自分でもわからないが、お父さんが見守っていてくれているから、私は大丈夫なのである。
2017/05/10
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて31週間。7ヶ月が過ぎました。最近、湿疹は日替わり状態。良くなったかと思えばぶり返し、またしばらく治まってホッとしていたら突然ぶり返す。顔、両肘、両耳の中、背中の上半分、両手の側面、股、両腕、頭という感じか。結構長引くね〜。花粉症も出てきてるよ〜。お出かけをする時は、かさぶたが張り付いている耳の中を隠したいために(おゝ、風よ吹かないで)、髪の毛をだらりと垂らしている状態なのだが(そしてマスクをして顔の湿疹を隠す)、本当は一つに束ねたい。鬱陶しいし、不潔感があるように思えてならない。まぁそれは全然髪の毛を切っていないからだと思うが、いつ美容院へ行けるのか、まだまだ目処は立たない。でも、耳の穴を除いて外側はほぼ完治した!つるつるのぴかぴか。耳のすべてを分厚いかさぶたが覆っていたなんて誰が信じるかと思うほどにきれいである。一番ひどかった時の写真を見たらみなさん度肝を抜かれると思いますよ。この2、3週間ほど、特に右手の側面が本当にひどい。小指の延長線上の手のひらの肉厚の部分。なんとなーくじわりじわりと手のひらの方にまで広がっていき、結局手のひらの小指側の三分の一ほど真っ赤でたわしのようになってしまった。服の袖が触れるだけで痛みを感じ、タオルを絞ることも、電車などでひざに手を置くことも、何をしても全神経がそこへ集中する。皮膚はバッリバリ。血や黄色い汁が固まっている。いや、手の甲はきれいなのである。ただ、ひとたび手のひらを返してみると、自分でもぎょっとする。しかもこの湿疹、もともとはおびただしい数の水ぶくれから始まった。指の間の水ぶくれが下火になったと思った頃に一気に側面に発生して、あれよあれよという間にとんでもない状態になってしまった。初めて手に湿疹が出始めてもう4ヶ月ほど経ったような気がするのだが…。これは私の例の勘なのだけど、どうもこの水ぶくれ、ヘルペス菌のような気がしてならない。なぜこの場所に出てきたのかはさっぱりわからないが、もしこの湿疹がある程度完治した後にヘルペスができなくなったとしたならば、これはやっぱりヘルペス菌だったんだと思うことになるのだと思う。いえ、これがヘルペス菌の湿疹であってほしい。今後ヘルペスができなくなるのなら、たわしのようにひどかろうが、血や黄色い汁が固まろうが、何が何でも耐えうる所存だ。今冬は、手の側面の湿疹やらひっきりなしにできていたあかぎれやらで、手袋をはめられなかった。
2017/05/09
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赤!ようやくゴールデンウィークが終わった。半分は家にこもって寝ていた。日常が戻ってくれてすごくうれしい。…と思ったら、すぐ裏のお宅の外壁工事が始まって、また爆音である。1ヶ月ほどかかるだろうね。作業員の方と目が合うからカーテンが開けられない。はぁ〜。さて!今日はさっそくるんるんとお出かけしてきた。家を出るまで行き先の候補が二つあって、歩き始めても決められず、右に曲がればおいしいコーヒーを淹れてくれる喫茶店へ、左へ曲がれば美術館へ行くため電車に乗るという分かれ道にさしかかった時、どこからともなく現れた真っ赤なパンツを履いたおばあちゃんが右にさっと曲がったので、ピンと閃いてついついおばあちゃんの後を付いて行ってしまった。そしてしばらく進むと、今度はなんと真っ赤な上着と真っ赤なスニーカーを履いたおばさんに出くわして、妙に心が踊って、たぶん今日は喫茶店へ行くと良いことがあるのだな、とウキウキしてしまった。真っ赤って幸運って言うものね。やっぱり、幾度となく通っている喫茶店は、心の底からホッと癒されるおいしさで、今日はこちらへ来て正解だと思ったのだった。あ〜おいしかった!おしまい。
2017/05/08
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近々会いに行きますそれにしても、妹はちゃっかりしてるわね。母が、最近ミシンで何かを作っているなぁと思っていたら、案の定もんもんのエプロンだった。妹は手先がまったく器用ではないので裁縫なんてできないし、それ以前にエプロンを作るなどという時間が物理的にないから母に頼んだらしい(でもそこは既製品は嫌だという妹のプライドなのです)。それをちゃっかり私と舞台を観に行く日までに仕上げるよう母に言い含め、上手い具合に運び屋とされた私はそれを妹に手渡し、代わりに母の日のプレゼントを預かって帰って来るという…。私が母と不仲だから、なんだか当てこすりのようにさえ思えるわよ。毎度のことですけれど。ゴールデンウィークは、泊まりで旅行に行ったらしい。で、なんと、その宿泊先は、旦那さんの同僚のご実家。私はおったまげて声も出なかった。旦那さんの同僚の家、ならわかるが、ご実家とは!高齢のご夫婦で、四国の田舎で野菜を作ったりしてゆったり暮らしていらっしゃるそうですよ。そこへ、友達家族などと一緒に総勢10人ほどでお邪魔したのですって。二泊三日の間、次から次からご飯は出て来るわ、もんもんは野放しにしておいても何ら問題ないわ、山ほどのお土産はもらえたわ、なんにもお金がかからなかったからラッキーだったと妹は言ったが、私だったらきっと遠慮するだろうなと思った。ところが、「数年以内に妹家で何かの問題が発生すると思う」という私の勘は的中しつつあるようで、最近もんたが、あとなんかいほいくえんいけばおやすみなの?と聞くそうなんである。いえ、保育園は毎日楽しく通っていて、保育園へ行くことが嫌な訳ではなく、そもそもそこまで考えられる年齢でもなし、今のところそこはまったく問題ない。そうではなく、要するに、お休みの日ならママと一日中一緒にいられるから早くお休みの日が来て欲しいと焦がれるようになったというのである(休みの日も妹は出かけるけれどもね)。それはもちろん月曜日から始まって、後5回よ、後3回よ、と毎日のように訴えかけてくるらしい。私は大きく首を振って頷いてそりゃそうだろうと思ってしまった。だって、一日の中でママと一緒にいられるのは晩ごはんとお風呂の時だけなのだもの。極端に、ママとの触れ合いが一番必要な時期に触れ合いが少ない。0歳時から保育園へ預けられているもんもんは、きっと心の奥底で満たされぬ想いを少しずつ重ねてきたのだと思う。妹はその言動に対して、切ない、と言うが、それは表面だけを繕っただけの言葉であって、だからってしょうがないじゃないか、ローンがあるんだから、という裏にある真の考えがあっけらかんと見え隠れしていた。1ミリずつひずみが生じてきていることは確実な妹家。私としては、やっぱりな、という感情は隠し切れないが。そっと見届けよう。それから、妹と一緒に父のお墓参りへ行くことになった。全然行ってないやろ?となじられなかば強制的になのだが、せっかくの機会だし行くと返事した。というのも、来月で多発性硬化症(MS)を発病してちょうど10年なのである。一つの節目というか、妹にこのタイミングで誘われたということは、きっとこのタイミングで父に挨拶することがあるのだということだと思う。6、7年ぶりだろうか。不義理で親不孝な娘でごめんなさい。近々会いに行きます。
2017/05/07
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観劇昨日は、妹とある舞台を観に行ってきた。コメディーだったのだけど、もちろん笑いあり、まさかの展開にハラハラドキドキ、とてもおもしろかった。オーケストラは生演奏だったし、最後にトークショーまであって、その場でしか感じられない臨場感を身体で体感することはやっぱり気持ちいいなぁと思った。すごくおこがましいけど、一応私もピアノを弾いてきた人間で、ブラスバンド部としても長年活動してきたので、私もまた舞台の上に立ちたいなぁと刺激されてしまった。病みつきになって辞められなくなるという感覚は身をもってわかっているからね。やっぱり次は念願の歌舞伎を観に行ってみようかな?(能楽もいいなぁ。ねぶた祭りは死ぬまでに一度は見たいというのが夢です。)
2017/05/06
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けっして事をいそいではならぬ、という座右銘「すなわち、動植物の世界においては、なに一つ死滅してしまうものではなく、不断に一つの形から他の形へ変わっていく ーつまり、肥料が穀つぶとなり、穀つぶが鶏となり、おたまじゃくしがかえるとなり、虫が蝶となり、どんぐりがかしの木になる ー これと同じように、人間も死んでしまうのではなく、ただ変わっていくだけだ」「彼女はつねに心の中で夫とともにいたので、以前も夫以外にはだれ一人愛さなかったように、今もだれ一人愛することはできなかった」「宗教はどっさりあるだが、魂は一つだ」「人々がつねに神のまえに自分を罪人とみとめ、したがって、他人を罰したり矯正したりする力は自分には絶対にないものと悟ることだけにある」「人は人を殺してはならないばかりでなく、同胞にたいして怒ってもならない。人をつまらない「おろか者」などと思ってもならない。人は目をもって目に報いてはならないばかりでなく、一方のほおを打たれた場合には、他のほおをむけてやるようにしなければならず、侮辱を許し、温和にこれをしのび、人から求められることはすべて、なんぴとにもそれをこばんではならぬ。人は敵を憎んだり、それと戦ったりしてはならないばかりでなく、彼らを愛し、彼らを助け、彼らに奉仕しなければならぬ」「正義というものはうさんくさいもの。ある人にとってはそれが正義で正論であったとしても、その裏には快く思っていない人や悲しい思いをしている人が必ずいる。常にこの感覚を忘れないようにしようと心がけているつもりです」「<写真は、一瞬のうちに、生まれ消えゆく出来事の本質を捉え、秩序ある形に構成することであり、撮影とは認識することである> アンリ・カルティエ=ブレッソン」「いまのよりましな連中を数千一緒に入れてみたところで、籠は陰気になるばかりだ」「世論の専横は、(しかも何という世論か!)フランスの小都会においても、アメリカ合衆国においても、同様に愚劣なことだ」「ただ一人で勝手にわが家の美しい庭をさまよってさえおれば、彼女にけっして不満はなかった」「あたしは自分の母親にならなければならない」
2017/05/05
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて(夜しかしていなかったけどやっぱり再開)30週間。良くなる前に必ずぶり返す湿疹。順調にそこら中がぶり返し、右手の側面と口の周りがかなりひどい。血は出てくるし、マスクには黄色い汁が付いて内側は黄色くなるし、袖口が手に触れるだけで痛い。両肘と背中の上半分と両耳の中は、ピークの時と比べると少しは楽になった。ただ、頭全体にうっすらと広がってしまった湿疹は認めざるを得ず、これから花粉の季節が本格的に始まるから、もう憂鬱で仕方がない。花粉のせいで、やっぱり顔の湿疹もぶり返すだろうか。耳もぶり返すだろうか。去年の夏は猛烈に暑かったから、今年は花粉の量がとても多いんだとか。花粉の季節のこの好転反応は一体どうなるのか、こればっかりは未知である。あ〜いやだ。久しぶりにアキヲと遭遇して喜んでいたら、なんと今週3回も会えた!
2017/05/04
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のらねこちゃんとあそんだよまるまると太ったのらねこちゃんと追いかけっこして遊んでいる小学生の姉弟に遭遇して、そのあまりのかわいさについつい私も一緒に遊んでしまった。とにかく触られようが何しようがまったく逃げない人懐っこいのらねこちゃん相手に、どこかで摘んできた草花を猫じゃらしきにしてどうにか気を引こうとするも、どしんと構えたねこちゃんは見向きもせず、今度は折り紙で作ったしゅりけんを鼻先でちょいちょいと動かしてみるもねこちゃんはまったく動じず、終いには、しゅりけんをぽんと投げてみたらなんとねこちゃんのお腹の下に敷かれて返してもらえなくなるという、なんともお茶目でおぼこい姉弟だった。どうやら家でもねこちゃんを飼っていてねこちゃんが大好きらしく、このねこちゃんのこともよく知っているようで、あちこちでご飯をもらっているからこんなにも人懐っこくなってしまって、こんなにも太ったのだと得意げに話してくれた。ここら辺には他にも何匹かのらねこがいるよ、と教えてくれた矢先にどこからともなく2匹がわらわらと集まってきて、結局3匹対姉弟の戯れに発展。そして、しゃがみ込んでひたすらカメラを構えてベストショットを逃すまいと狙い意気込む私(笑)おかげさまで何枚か満足の写真が撮れて、すごーく楽しい一日となった。この日は朝一番にアキヲにもばったり出くわしたしね♪それにしてもかわいらしい姉弟だったな。しょうがないなーしゅりけんあげる。よしよし。その姉弟となんだか仲良くなってしまって、「写真見せてー」と言われたので今撮ったばかりの写真をかわいいかわいいと言って3人で鑑賞し、最後にはまるこめ頭の弟に「明日も来てー」と言われてしまいました(笑)
2017/05/03
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再び帽子生活へ急に暑くなって、体がだる〜くて、寝ても寝ても眠たくて、手の水ぶくれはひどいし、ここ数日引きこもっていた。本を読む気力もなし。ごろーん。そして、マスクを取って帽子にしましたよー。
2017/05/02
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて(夜しかしていなかったけどやっぱり再開)29週間。毎日寒いね〜。でも、お散歩は結構楽しい。立春、めでたく花粉が始まった…。顔と背中の上半分と両肘の湿疹はまだ出ているものの、急に良くなってきて、なんだか肌がつるつるしている。汁っぽい感じがもうあまりない。顔は少し色が白くなったように思う。ようやく何度目かの峠を越えたのかもしれない。後は、両耳の中と手の側面と股。本当にだいぶん良くなったよね。ひっきりなしにできていたあかぎれも、一旦小休憩らしい。ただ、今は右手の側面がピークで、たわしのようなヤスリのような人の肌とは思えないような皮膚になっている。痛いしかゆいし、真っ赤っか。手って、水を使わないことはできないし、手が動いてこそ生活が何もかもできる訳だから、その分治りはものすごく遅くなってしまうのかもしれない。でもね、指の水ぶくれはほぼできなくなってきたし、手の甲だけを見ていたらすごくきれい。両耳の中は、入り口をすべて塞いでしまうほどの分厚いかさぶたがのさばっていて、極細の綿棒しか中に入らないし、入れたところで、かさぶただけをゴリゴリと撫でている感じだから、皮膚がどこにあるのかもわからない。そろそろ身震いするほどかゆくなってきているが、どうすることもできず、ただ周囲の音が少しくぐもって聞こえにくい毎日を淡々と過ごすだけである。頭全体にうっすら湿疹が広がってしまった。せっかく、夜も眠れない中あり得ないほどのかさぶたを乗り切って、皮膚がふんわり弾力を帯びていたのに、この季節のせいでぶり返しだ。なんとなく汁っぽいし、これから花粉が本格的になるから、またしばらくは耐えなければならない。この事実に、少し、イライラしてしまった。だって、季節が変わる度にこんな調子だったら、いつまで経っても好転反応なんて終わりやしないじゃないか。
2017/05/01
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