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何に遣う?私は、美容というものにかかる費用が極端に少ない。髪の毛と体はもう洗わなくなって数年、顔も化粧をした時だけ固形石鹸で落とすのみ。日々のお湯洗いだけで何ら問題はない。化粧と言ってもびっくりするほど簡素で、薄くワセリンを塗った上にオーガニックのBBクリーム(これだけ塗ればいろいろ塗りたくらなくてもいいファンデーション)とチーク(頬紅)だけである。リップクリームもワセリンで代用している。髪の毛にも何も付けない。もともと私は黒髪の直毛で、いつも一つに束ねるだけ。お風呂上がりにドライヤーで乾かしておけば十分である。美容院も年に一度カットをしてもらうために嫌々行く。他人に触られることが苦手なので、本当は自分で切りたいと思っているが、それはまだ実行できていない。エステやらそういう類のものにもこの私が行くはずはなく、ネイルなどもしたことはなし、私の年間で美容にかかる費用を計算してみると、世の女性たちはきっとあり得ないと言うと思う。(余裕で1ヶ月分にも満たないだろう。)好転反応がきっかけだが、皮膚科へも行かなくなって、保湿剤を塗ることもしなくなった。体に外部から付けるものに対してなんだか違和感を覚えるようになってしまった。よく考えてみると、ステロイド代とは実はバカにならないのであった。だから、つまりは、現在の私の美容グッズとは、ワセリンとBBクリームとチークだけなのである。(でも、だからこそ、これらだけはちゃんと良い物を使っています。)私は、その分を、美術館やら映画館やらカフェで過ごす時間やら、形には残らないが心に残るものに遣っている。その方がとても実りある遣い方だと思う。私が目指している生き方とは、こういう方向なのです。
2017/11/30
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鬼門11月ももう終わり。この時期になると毎年の如くここに書いているが、街中がじわじわと年末年始という慌ただしくどこかざわついたような、異様なテンションになるお祭り騒ぎへと向かい始めていることを痛感するようになってくる。ここ数年で急にごちゃ混ぜとなったハロウィンとクリスマスから始まり、おせち料理の予約は早々と晩夏から、服などのセールは年中ひっきりなしに、どこもかしこもクリスマスソングがエンドレスで流れている。隣り合う干支までカオス。一体今年は何年で来年は何年なのか?もはやよくわからない。自律神経がかなり整ってからは、そのわざと人工的に作られた、駆り立てて追い詰められるような、息切れ動悸がして心拍数が上がって血圧が上がる雰囲気に飲み込まれて、蟻地獄へ落とされることはさほどなくなったが、それでも決して慣れないし好きにもなれない。なぜ世の中の人たちはその浮かれたムードになんなく溶け込めるのだろう。そしてそれが普通だと思えるのだろう。ある意味私は尊敬してしまう。洗脳されて世間にすり込まれているだけだということに気付かないのだろうか。いえ、私のように感じている人はきっと少なくないはず。この時期の暮らしにくさをどこかへぶつけたいと思っている人は意外とたくさんいるはず。日本本来の、もっと静かに、そっと、しみじみと、新年を迎えればいいのにと思わずにいられない。クリスマスというものだって、12月半ば頃にようやく気付くぐらいでいいんじゃなかろうか?2ヶ月間もクリスマスだなんて笑ってしまうぜ。正月に帰省などをしなければならない方々は、さぞかし大変なことであるだろうとしか言えまい。私は、ただ淡々と、いつもと何ら変わらぬ日々を送ってやり過ごすだけだ。
2017/11/29
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銀杏ものすごく美術館が楽しい時、ものすごく映画館が楽しい時、ものすごく読書が楽しい時、ものすごく歩きたい時、ものすごく整理整頓や掃除がしたい時、な〜んにもしたくなくてずっと寝たい時。今は歩きたい時なので、たくさん歩いている。歩き足らないなと思ったら、わざと遠回りするとか、最寄りの駅の一駅手前で降りるとか、一駅先から乗るとか、とにかく気が済むまで歩くようにしている。紅葉が本当にきれい。太陽の光を浴びてキラキラ眩しい。地元ですよ〜。
2017/11/28
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もんもん、図書館へ行く。4歳のもんもん。妹家の近くに図書館があるそうで、最近通い始めたそうである。ようやく短い物語が理解できるようになってきて、お布団に入ってから妹に絵本を一冊読んでもらってから寝ることが習慣になったらしく、二人とも絵本が好きだと言うのだとか。うん、とてもいいことだと思う。私としてもうれしい。妹も旦那さんももともと本は好きなので、妹は自分が図書館へ行けること自体がうれしいと言っていた。そりゃそうだろう、今までは本と触れ合うなんて時間なぞなかったのだ。それぞれ借りる冊数を5冊までね、と決めているようで、ちゃんと自分自身で両手いっぱいに抱えて持って帰り、また持って行くのだそう(笑)これぞ、生活に即した借りて返すという社会勉強であった。以前チラと妹の健康診断の結果が良くなかったと書きましたが、再検査した結果、体質だから心配はないと言われたそうです。何はともあれよかった〜。お騒がせました。
2017/11/27
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外国人こちらでは、地元を歩いていても外国人観光客を見かけるほど観光客で溢れ返っているが、私やっぱり日本人じゃない友達が一人ぐらいいたらいいなと思う。いえ、気楽にですよ。まったく英語なんて話せないけど、ほんの日常会話程度ができるぐらいになれたらいいなと思うし、老若男女問わずそれぐらいの気楽な関係の外国人の友達がいたら、なんか楽しそうな気がするな。
2017/11/26
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「禁止」すべてのことに於いて、うるさいご時世である。立入禁止、〜してはいけません、〜しないでください。その看板は立てないといけないのだろうかと首を傾げたくなるほど、陳腐で滑稽な看板が街中に掲げられていたりする。タバコを吸える喫茶店もめっきり減った。私はタバコを一本も吸ったことはないし、吸いたいとも思ったこともないし、嫌いだけど、でも何というか、そこまでしなければいけないのかなと正直思ったりする。コーヒーとタバコで肩身狭くなく思う存分一服できる場所ぐらいあってもいいんじゃなかろうか?もちろん体には悪い。でも、それも本人の判断で喫煙している訳だから、ちょっとぐらいいいじゃない。喫煙のできる喫茶店の気だるくどろんとした雰囲気は、実は私は大好きなのである。先日、ある庭園へ行った。それはそれはきれいに手入れがされていて、これぞ日本の心、と思わずにはいられない素晴らしさだった。池に映る畝った、でもしっかりと天へと伸びる老松が本当に地面から池の底へ向かって生えているかのよう。あ〜日本人で良かった〜。と、「飛び込まないでください」。………。なんだか一瞬にしてこの盛り上がった気持ちが萎え、この立て看板が若干恨めしくなった。
2017/11/25
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フォトコレクション今日はお気に入りの写真を少し。ブログのように細々と続けている写真のSNSも最近順調です。何せ、夏は出かけられず写真を撮ることもできなかったものですから。私、今元気です(笑)くろねこちゃんを撮る時のポイントは、必ず目を入れること。そうしないと顔なのか後頭部なのかわからないからね(笑)バックを暗くしてみた。気に入ってる写真。ごはん〜。もう食べ終わった後ろのねこちゃんと今から食べる前のねこちゃん。邪魔しないでよ、って怒ってます。ぷぷ。
2017/11/24
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背中がピーク今、好転反応の背中の湿疹のがピークなのだが、もう本当にかゆい。背中の真ん中辺りだけ亀の甲羅のようになっている。分厚いかさぶたが張り付き、ボリボリとかいてはむしり取り、またかさぶたになり、ということを毎日毎日繰り返していて、もうその日数100日を越えるのではないだろうか。夜中布団に入ると、次第に温まってきて、ムズムズと体をくねくねしたくなるほどかゆくなってきて、ほとんど一晩起きていたんじゃないかと思うような日も何日かあった。ひたすらにかく。我慢なんてできないほどのかゆさ。パジャマ背中の真ん中にはおねしょをした時のようにまぁるく黄色い汁のシミができて、朝にはそこがバリバリに固まっている。なんで背中がこんなことになったのか自分でも不明。もともと背中はそんなにアトピーがひどい訳ではなかったのに。背中以外の体はかなりきれいな皮膚になってツルツルなのである。まぁ、人目につかないからいいか。しばらくかき続けよう。その内治るだろう。そうやって私は去年からずっとこの壮絶な好転反応を必死で耐え、乗り越えてきている訳だ。
2017/11/23
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尚はオランウータン尚はオランウータンだね、とパートナーが言った。はてはてそれは一体どういうことでございませう?と問うと、オランウータンは決して群れたりつるんだりしないでみんなそれぞれ一人で森の中で生きているのだそう。ふむ、確かに、まぁ、そうか。でもオランウータンって…。かわいいけれども。
2017/11/22
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何一つとしてこんな人生を生きる予定ではなかった。不登校になる予定でもなかったし、21歳で父親を亡くす予定でもなかったし、もちろん26歳で難病になる予定でもなかった。高校を卒業して、(音楽でではなくて)一般の大学へ進学して、一般企業に就職して、良い頃合いで結婚して出産。思春期には、おそらく私は母のように専業主婦になるだろうと思っていた。37歳になった。とんでもない。何一つとして思い描いていたものとは違う。いえいえ、それ以前に脱落するのがあまりにも早過ぎた。高校生でだなんて。でも、私はなかなかおもしろい人生を生きさせてもらっていると思う。尚というある取るに足らない一人の人間の人生を、これからも淡々と生きる。
2017/11/21
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錦秋ようやくお散歩することができるようになって、写真を撮るのも楽しい。そして、歩くからお腹も減る。夏に激減した食欲も戻り、やっとちゃんと食べられるようになった。紅葉がきれいです!パワーアップ♪
2017/11/20
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五ェ門からマルちゃんへ五ェ門と名前を付けていたのらねこちゃん。顔に刀傷が似合いそうな風貌だったので(でも鳴き声はとてもかわいくて甲高い)、ルパンの五ェ門からいただいた。これはあくまで推測だけど、たぶんお空になったと思う。五ェ門に初めて会ったのは数年前。その時既に老猫だなと思ったことを覚えている。その後、私の好転反応の湿疹と夏の暑さでなかなか外出できず、1年以上は見なかった。そして、最近になって少しずつお散歩が再開できるようになり、五ェ門の以前の縄張りへと足を運ぶ機会が増えた。そこには、マルちゃんがいた。もう一匹三毛猫がいた。さらにもう一匹グレーの細っこい猫がいた。でも、五ェ門はいない。そこで悟った、あゝ、私が来られなかったたった1年の間に猫の世代は変わり、もう五ェ門は旅立ったのかもしれないと。でも、マルちゃんにはどこか五ェ門の面影がある。じっと見つめる目と、物怖じしない度胸と、少し大きめのお尻(笑)おそらく血が繋がっているのだろう。こうやって、時は移りゆくのだな。猫の世界も人間の世界も同じだな。マルちゃんは、今日も元気です。どこもかしこもまぁるいマルちゃん。左後方への見返りがマルちゃんのスタイルらしいですよ(笑)
2017/11/19
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歯科の定期検診歯科へ行った。半年ほどに一度診てもらっている定期検診だ。風邪を引いたりヘルペスができてももう医者へは行かないが、歯科だけは別である。虫歯がないか診てもらったり、歯茎の状態を診てもらったり、歯石を取ってもらったり、思った以上に熱心に指導される歯ブラシの使い方。ここの歯科は予防に重点を置いていて、とにかく日々の丁寧なブラッシングが大事だと度々言われ続けているのだった。約1時間ほどかけて終了。歯がツルツルになり、少し黒く着色していたところもきれいになった。やっぱり定期的に通っていると、歯石などの付き具合もぐんと減る。一時期、歯科へ行くこともどうなのだろうかと思ったこともあったのだけど、今のところは歯科へだけは通うつもりである。
2017/11/18
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もんたの絵ともんじの絵もんたの書いた絵ともんじの書いた絵を見せてもらった。もんたの書いた絵は、大きな余白を残して、下からもぐらが穴からひょこっと顔を出しているように小さく4つの笑った顔が描かれていた。左から、もんじ、ばぁば、ママ、じぃじ。これは保育園の運動会の時の絵だそう。(旦那さんは仕事で行けませんでした)。一方もんじは、動物園へ行った時の絵。画用紙いっぱいに大胆に色が塗られていて、太陽、雲、地面には草、そして右端にはキリンが一頭。すべてもんじに説明してもらわないとわからないのだけど、それでもなんとなくキリンはキリンだし、太陽も太陽に見える。もんたは本当に単純な性格で、当たり前だけど空気を読むなんてことはできない。ママが自分のすべてであり、自分が世界のすべてである。運動会も、自分が走ったりしたことよりも、大好きなママやじぃじばぁばに見てもらえたことが何よりもうれしかったそう。かたや、もんじは頭がキレる。よーく周りが見えている。よーく周りの声を聞いている。大人のあざとい心なぞ、なんでも見透かされているような気がする。だから、太陽も雲も草も、そこにいるキリンも描けるのだった。
2017/11/17
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秋麗のひと時のどかな秋晴れ日和。ということで、今日は少しだけ遠出して以前から一度は行ってみたかったお寺へ行ってきた。日本人ならば知らない人はいない世界遺産のお寺。実は、私には死ぬまでに読んでおきたい小説リストと並んで、死ぬまでに行っておきたい神社仏閣リストなるものも作っているのだった。もっぱら、達成しやすいと思われる地元の小範囲に限られているのだけど(笑)と、急に雲がもくもくと張り出してきて、思った以上に気温が低くなり、寒い。早めに切り上げて帰ってきたけど、今日はとても実りある一日だった。紅葉もきれいだった。今日は朝から新しいお友達のマルちゃんが3匹のわんちゃんに吠えられていて、思わず笑ってしまった。めでたしめでだし(笑)
2017/11/16
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地元の喫茶店地元に、ここら辺りでは数店舗展開している有名な老舗喫茶店がある。私はこの喫茶店がとても好きでよく通っている。本店が私の住んでいる市で徒歩圏内ということで、まぁ若干の贔屓もあるのだが。店内は昭和のどっしりとした家具で整えられていて、ステンドグラスが嵌められたり彫りを施した木枠の窓や少し薄暗い照明が実に落ち着く。一人客はテーブル席ではなくカウンターへ通されるのだが、ここは広めでゆったりと寛げるので、閉所が苦手な私でもうろたえることなく自分の世界へ浸れるのであった。ここで自家焙煎しているコーヒーを丁寧に淹れてもらい、小説片手にいただく。もう私にとっては至福中の至福なのである。また、喫茶店のサンドイッチというものは、なぜこんなにもおいしいのであろうか。パンの焦げ目は絶妙で、ほおばると溢れ出さんばかりのボリュームいっぱいの具材。ここの喫茶店は実はパンも自家製なのである。おそらくコーヒーとの相性を研究し尽くして焼いているのだろう。店員さんも一切無駄な動きはなく、いつ行ってもテキパキと気持ちがいい。老若男女が集える私のお気に入りの喫茶店なのであった。
2017/11/15
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【左側の顔面痙攣 エピソード294】先日、保健所から電話がかかってきた。特定疾患の受給者証の期限が12月で切れるが来年は更新しないのか、という内容だった。いえ、私は軽症に当てはまり 、条件を満たしていないから更新できないのですと言ったら、それは「主治医が」軽度だと言っているのかと尋ねられたので、いえいえ、私の方が予防治療を断っていますと正直に答えた。じゃあ、そうですか、また再開したい時はいつでも連絡ください、と言われて会話は終わった。奥歯に物が挟まったような、どこか煮え切らない口ぶりで、一体何が聞きたくて何の確認だったのか、よくわからない電話だった。これぞ、役所。思うのだけど、どんなものでも契約したり登録したりする時は、双方に同等の利益が生じるからあっさりとホイホイ事は運ぶ。身近なものならば最近溢れに溢れているポイントカードやプリペイドカードなどがその典型だと思うが、契約(登録)したいのですが〜、ありがとうございます〜、と終始笑顔。それなのに、解約する時はやたらめったら手間がかかる。身分証を見せろだとか、本人確認を求められていちいちうるさい。お互い気持ちのいいものでもなし。その直後のなぜか後ろめたい悶々とした解約の後味の悪さは一体何なのだろう。だから、最近はもうよほどのことがない限り、契約や登録というものはしないことに決めている。受給者証も、もう辞めたいのだよ。いらないのだよ。だから12月で切れてくれて結構。病院に行くことも辞めたいのに。妹にこの事実を伝えると、来年以降もずっと受給者証をもらうが為に予防治療はしないのか?と真顔で尋ねられたほどだった。なんと失敬な!まったく、この世の中はおかしなことばかりがはびこっている。私、病気のことを考えない方が元気でいられる。私は難病だ、国に医療費を免除していただいている、明日は病院か、また主治医は予防治療を勧めてくる、こんなことになるから自分は重い難病なのだという洗脳されたような感覚に陥ってしまい、ますます気持ちが沈んで具合が悪くなるという悪循環。これが私の心には一番良くない。てくてくお散歩して、大きな空を見上げ、のらねこちゃんと戯れて、病気のことなど考えない生活をする方がどれだけ健全で健康か。みなさん、よーく考えてみて。世間から少し離れて冷静に事実だけを思い描いてみて。私は、もう、後ろは見ていない。
2017/11/14
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逃亡日記なり昨日は、妹家族が全員でやって来るというので、私はそそくさとお出かけ。母がいると、そこに私はいられない。と、家を出るとすぐにアキヲがいた!ね、やっぱりアキヲと私は相思相愛でしょ(笑)なんでこんなにも私の心がわかるのかしら。ということで、ふらりとお散歩をした後、映画館へ行ってオペラを観ることにした。歩いたことのない道を歩いていると、なんと、かなり私好みの喫茶店を発見。昭和の古びた外観がなんともレトロでおとぎ話のお家みたい。てっきり和やかなおじちゃんがマスターかと思いきや、おそらく私と同じぐらいの年齢の気さくで人当たりの良い感じの女性が一人でされているようで、やけに地元の人らしき方との会話がなぁなぁだなぁと思っていたら、どうもこの喫茶店を1年ほど前に居抜きで譲り受けて開店したらしい。ふむ、なるほどね。カウンターの正面にはコーヒーカップが所狭しと並べられていて、どれもふんわりとした淡いお花柄が清楚できれい。私は、黄色から緑までのグラデーションがすごく好きな色なのだけど、薄い緑のカップでコーヒーが出てきた時には少し驚いてしまった。まぁ!よくわかっていらっしゃること!そんなにお出かけしない場所なのだけれど、たぶんまた行くと思う。映画は、2ヶ月ほど前からこの日程を知っていて、とにかく観てみたくて心待ちにしていたのだった。オペラも、演出によってはまったく別物のオペラを観ているように異なる仕上がりになるので、今回の演出はどういう風なのだろうかと期待が膨らんでいた。と、今回はオーケストラがとても素晴らしかった。こんなにも合うのかというぐらいチューニングがぴったりと合っていた。さすがプロ中のプロである。いえね、オーケストラというものは、どれか一つの楽器、もしくは一つの音がポーンと飛び抜けて聴こえてきてはダメなのですよ。協調の世界ですからね。ソロ演奏ではありませんからね。ましてやオペラ。声楽が主役なのです。終始私の耳が気持ち悪くなることはありませんでした。で、指揮者はおばあちゃんだったのだけれども。今回は、◯◯というバリトンが良かったとか、◯◯の役がはまり役だったとかそういうことではなくて、このおばあちゃんの才能が素晴らしかったのだと思う。妹家来宅時の逃亡はいつもなんだかんだ言いながらも結構実りある一日になるのであった。Thanks!昨日はわんちゃんにも会いましたよ〜。うんともすんとも吠えないし、あくびまでして、全然番犬になっていませんでしたが、なんともかわいらしいわんちゃんでした。
2017/11/13
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光は暗黒(くらき)に照る「だれも正しくないし、だれも罪がない」「何も新しくはじめることはない、ただ悪をおこなわず、心を騒がさず、何も望まずに、残された生涯をしずかに終えるべきなのだ」「あの少女は何をあんなに喜んでるのだろう?何を考えているのだろう?そしてなぜ幸福なのだろう?何があんなにうれしいのだろう?」「『おれはこのせまい閉ざされた枠(わく)の中で、何のためにもがいているのだ、何のためにあくせくしているのだ?』と彼は自分に語りかけた。そして彼は長い迷いの期間ののちにはじめて幸福な未来の計画をつくりはじめた」「自分の自由を活用することだ」「幸福になるためには、幸福の可能を信じなければならぬ」「死者を葬るのは死者にまかせよう、そして生きているあいだは、生きて、幸福になることだ」「わたしたちの身に起ることはすべて、ただただわたしたちの幸福のためなのです」「 ー 神の子、キリストが地上へおりて、現世の生活は束の間の生にすぎないと、わたしたちに言われたのだ。それなのにわたしたちはやはり現世の生活にしがみついて、その中に幸福を見いだそうと思っている。どうしてだれもさとれないのか?」「何をするにも時間というものがあるんだよ」「メランコリー(憂鬱)の微笑にかぎりなく魅力的な何ものかがありますわ」
2017/11/12
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いいのだ、ゆっくり歩けば。少しだけ走ったらあの電車に乗れそう、という時でも決して走らない。病気を患ってから、10年以上下半身はしびれたままではあるけれど、決して走れないことはないところまで回復した。マラソンのように持続して走ることはできないけど、少しぐらいならばなんてことなく走れる。ただ、走った後が問題なのである。足が異様に疲れて脱力感に襲われ、しびれも増し、もうその日一日がたった数歩走ったがために台無しになってしまう。だから、走れるけど走らない。せいぜい走るのは、横断歩道を渡っている最中に信号がチカチカした時ぐらいか。否、私はそもそも日々急いでいない。いいのだ、ゆっくり歩けば。
2017/11/11
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手好転反応の湿疹で、手が夏にはおびただしい数の水ぶくれに覆われ、冬にはそれが潰れていくつものあかぎれとなり、手は使わないことはできないから、生活するのに困るほど結構辛いものがあった。今、まだ水ぶくれはできていてむずむずとかゆいけれど、生々しい水ぶくれはなくなり、あかぎれもきれいに治り、ようやく以前の私の手に戻りつつあるようである。記録として撮り溜めている手の写真を見ると、毎度顔をしかめたくなる。もう驚くほどの湿疹で、どうやってここまで治ったのか、本当に自分でもわからない。それにしても、指紋ってちゃんと再生するものなのですね。あまりの湿疹で指紋の「し」の字もなくなって、犯罪を犯すにはもってこいでしたけれども。どうでもいいですが、私指紋の形がめちゃくちゃきれいなのです。中心からびっくりするほど左右対称の卵型で渦巻きがくるくると回っていて(しかもちゃんと全ての指が)、じっと見ていても飽きることはありません(笑)若干内容が逸してしまいましたが、手の湿疹も順調に落ち着いてきています。(ぶり返さなければいいのだけど。)
2017/11/10
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私にとって歩くこととは夏に暑くて出かけられなかった分、むくむくとお散歩欲が湧いてきて、歩きたくて仕方がない。やっぱりまずは地元かしら?それとも少し遠出して美術館巡りしてみる?今月は紅葉も見頃になるし、「関西文化の日」といって美術館などへ無料で入館できる催しもある。ウキウキする。私の生活の中にお散歩は必要なのである。歩くから元気になれる、だからまた歩きたくなる。のらねこちゃんにも会えるかな?
2017/11/09
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健康診断E判定まだまだ新居と思っていたけれど、妹家も引っ越してまもなく1年になります。さて、いつだったか、私の予言では「数年以内に妹家に何か問題が起きる」とここに書きましたが、ずばり当たってしまったようです。なんでも、妹、健康診断の結果が良くなかったそうなのです。A判定が健康体なのですが、ある項目でなんとE判定が出てしまい、有無を言わせず再検査を受けさせられ、ただ今結果が出るのを待っているところというなんとも悶々とする時間。今の時点ではどうとも言うことはできませんが、結果が悪くないことだけを祈ります。それにしてもE判定って…。以前の頭痛が治まらないマンションとは違い、新居はそれはそれは立派で快適で、もんもんも楽しそうに過ごしていますが、やっぱりその分犠牲になっていることは山とあって、姉としては万年疲れている妹の体が心配なのですよ。まぁ、子育てってこういうことでしょうけれど。
2017/11/08
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事を急(せ)いてはならぬ「人はしばらくはその運命にさからって闘うけれど、結局は必ず負けてしまうものです。社会の掟は人の意志よりも強い」「彼は一人で自分の胸の中で苦悩をこねまわしていた」「だが、生きていたら ー 生きるがいい。明日は死ぬかもしれんのだ、」「永遠に比べたらほんの一瞬しか生きていられないのに、人生など苦しむに値するものだろうか?」「境遇などというものはまことに取るに足らぬもので、性格がすべてです。たとい外部の物や人とは縁が絶てても、自己と縁を絶つことにできません、またいかに境涯を変えても、つまりは振りほどこうと望んでいた苦悩をその境涯の一つ一つに移し持ってゆくだけで、場所を変えても性格を矯(た)めるわけではないのですから、」「思うに人間は、弱いものであってみれば、ありとあらゆる宗教にすがりたくなるのが当然ではなかろうか?われわれを取りかこむ深い闇の中にあって、われわれはただ一つの微光でもこれを斥けることができようか?われわれを押し流す奔流の真只中にあって、われわれはただ一つの木の枝でもこれにすがりつくのをあえて拒むことができようか?」「何が悪いのか?何がよいのか?何を愛し、何を憎まねばならぬのか?何のために生きるのか、そしておれはそもそも何なのか?生とは何か、死とは何か?全体をあやつっているのはどんな力なのか?」「至福の泉はわれわれの外にではなく、内にあるのです…」「この鋤(すき)によって自分の心の罪をかき清め、おのれを低くして隣人の心を均(なら)すようのつとめよ」
2017/11/07
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37歳という年は35歳から36歳になり、さらに36歳から37歳へ。3年ほど前からだったか、とにかく「変化の時」が私に訪れているような気がして、まさにその予言通りに好転反応が起こって体が変わる時だった。本当にみるみる変わった。自分でも信じられないほどに体は良くなった。今振り返ってみてもこの好転反応はそれはそれは過酷だったけれど、これは私の人生にとって乗り越えなくてはならない必然のものだったと感じている。今もまだまだ続いていて、完治と言える日はかなり先になることもわかっているのだけど、一度目の好転反応の挫折のようにはならないことも、ちゃんとわかっている。つまり、きっと完全に乗り越えられるであろう。さて、次に、37歳のこの一年間は、今度は体ではなく、なんとなく少しだけ「環境の変化の時」が訪れようとしている気がしている。体の「変化の時」は少しずつ少しずつ終息へと向かい、さらにその次の段階への扉が開く予感であるということだ。それは、またいつもの私の勘なのだが、35歳から36歳になる時にはまったく感じなかった「何か」である。37歳という歳がなぜか私に何かを訴えかけていて、37という数字がなぜか心に引っかかり、でもそれが何であるかのは今は何もわからない。ただ、感じるのである。環境の何かがおそらく変わるだろうと。これまでの経験上、予感はきっと当たると自負している私。しかも、それは決して悪い予感ではない。それだけは、確かに言える。37歳、結構いい年齢になってきました(笑)いつもありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いしますね。
2017/11/06
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以心伝心アキヲと、おととい妹家へ行ったばかりですが、今日はまた妹の例の広く浅い交友関係の決まり事である、「知人の結婚式へ出席するため」ヘアセットをして差し上げました。都会のど真ん中のトイレでササッと。幾度ここのトイレを使わせていただいていることでしょう。もう勝手知ったる某◯◯のトイレ。座り心地のいい椅子とゆったりと大きめの三面鏡がいい感じなのです。最近の女性トイレはちょっとした「小部屋」のようですからね。すっかり常連になってしまいました。若干お疲れの様子でしたが、妹はヒール靴をコツコツと踏み鳴らして颯爽とお出かけになられましたよ。今日の私の一仕事終了。でね、今日は朝家を出た途端にアキヲがいました。いつぶりでしょうか、うれしい♪ね、よーーくわかってるでしょ、以心伝心アキヲ(笑)
2017/11/05
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最高のお誕生日自分のことをオレと言うようになったもんもん(笑)4歳の癖になんと生意気な。私はもう笑いが止まりません。そして、ついに第一次反抗期が訪れているようです。昨日は、もんもん邸へ遊びに行きました。大歓迎で迎えてくれたもんじと、ご機嫌斜めでしかめっ面のもんた。朝の10時から待ち合わせをし、すぐに巨大な敷地の公園へ行ってまずは体を思いっきり動かすことに。アスレチック風の公園内は、妹家のような子連れ家族で溢れかえっています。長ーいすべり台やトンネルなど、1時間ほど走り回り、顔の倍以上にまぁるくふわふわの屋台の綿菓子を買ってもらってご満悦で帰宅。4人でお昼ごはんをいただきました。食後、家のすぐ近所のスーパーへお買い物へ行き、帰宅したらなぜかもう旦那さんが泊まりから帰って来ていて、もんもんはお昼寝、私たち大人3人はなんてことない日頃の雑談を交わし、しばしの静寂を堪能します。再び怪獣2匹が目を覚まし、今度は家中がアスレチックに、ひたすらに遊び、ケンカもし、おやつをもりもり食べ、最後には夕食も一緒に食べてから帰ってきました。と、私、昨日は37回目のお誕生日だったのです。すると、妹が気をきかせておやつにクレープを焼いて、妹家全員でお祝いをしてくれました。わざわざ部屋の明かりを暗くしてハッピーバースデーのお歌を大音量で歌ってくれて、こんな素敵な誕生日を過ごしたのは中学生以来じゃないかしら?とひしひしと感じてしまった私でした。ありがとうね、もんもん、妹、旦那さん。相変わらずお世話係は疲れたけど、37歳のスタートをこんなに素晴らしい一日で飾ることができたことに感謝しました。そして今日は母がケーキを買ってきてくれました。
2017/11/04
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明日はもんもん邸へう〜ん、気持ちのいい秋晴れ!木々が色付いてきていますね。さて、明日は年中人手不足のもんもん邸へ行ってきます。旦那さんが出張で泊まりだそうです。また戦いごっこでしっちゃかめっちゃかの揉みくちゃにされるだろうと思いますが、毎日置物のような日々なので、まぁたまにはこういう日があってもいいでしょう。では、老体に鞭打って出発。
2017/11/02
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1年と3ヶ月が過ぎ、好転反応の湿疹が出始めて優に1年と3ヶ月が過ぎ、それなりに私も、好転反応に関しては悟りの境地に入ってきている感がある。当初は外出できないほどの猛烈な湿疹に愕然とし、だけどもうここまで出てしまったのだから乗り越えるしか道はないと自分に言い聞かせ、だけど本当にこれが治ってゆくのか疑問しか持てず、だけど一度挫折をしたからそれを教訓にして何としても耐えたかったし、仕事も何もしていない今しかできないことだとも思ったし、だけど不安で不安で、と頭はぐるぐると同じところをひたすらに空回るばかりであった。治りたい一心と、きっと治ると信じて、半身浴生活を続けた。爬虫類の甲羅のような皮膚と、24時間止まらない黄色い汁に眠ることもできず何度となく涙したけれど、どんなことでも不思議なことに時は解決してくれるようである。ほぼ35年間ステロイドをせっせと塗り続けていたのだから、それだけ根は深い。しかも私は不定愁訴を山と抱えた身体と、何と言っても難病なのだった。湿疹はなぜか全身一気に出るのではなく、順繰りに、数週間から数ヶ月の単位で体を見事に一周回った。今のところ、出なかったのは足の裏だけである。しかもそれぞれが長ければ1年以上湿疹が出続けるという長期戦。今現在、1年3ヶ月以上経っているにも関わらず、一番最初に出始めた腕がまだ継続中なのである。悟りとは、他でもない、気長に待ち、ただただ淡々と日々を過ごすことのみだった。焦れば焦るだけ長引き、それは心のためにも限りなくよろしくないので、もうドンと構えていることが最大の薬なのだと知った。そのうち治るわ。だって、あんなに爬虫類でしかなかった皮膚がつるつるになっていくじゃないの。まだまだ完治という二文字は見えてこない。おそらく、2年が経ちました、とここで報告することになるだろうことを知っている。それでも、私はいずれ乗り越えられることも知っている。これを乗り越えなければ、この先へ進めないとも感じている。人生の試練はそう簡単なものではないのである。でもね、私、がんばりますよ。健康な身体を取り戻しますよ。これから人生はまだまだ長いですからね。自分の力で生きていかないといけませんからね。しっかりと地に足つけて生きていくことができる身体を作り上げてみせますよ。MSの次の段階である好転反応を通して自分自身ととくと向き合う時間を与えられたことに、今は感謝しています。
2017/11/01
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