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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて15週間。私、36歳になりましたよ。こんな歳になるなんてね。母がケーキを買ってくれていた。妹がクッキーをくれた。それにしても35歳は好転反応に始まり好転反応に終わったな…。歯科の定期検診を好転反応が始まる前から予約していたのだが、キャンセルした。行けるはずがない。お散歩が楽しいので、半身浴をしている時間が必然的に短くなってきたが、歩いていると血流がとても良くなる。ただ、血流が良くなるとせっかくつるつるになっていた下半身が無性にかゆくなるので、また逆戻りらしい。というか、季節の変わり目で、好転反応とは関係なく毎年のことのように乾燥してカサカサになっているのではなかろうか?ビキニラインがかゆい。保湿剤は一切塗っていないけどね。黄色い汁から異臭が放つ、ということは完全になくなった。右膝の500円玉大の湿疹から分厚い500円玉大のかさぶたが取れ、左耳の後ろからは長さ3cmの巨大なかさぶた(わざわざものさしで測った)が取れ、と言ってもすぐにまたかさぶたとなって張り付くのだけど、その厚みがその度ごとに薄くなって行く。分厚いかさぶたから薄いかさぶたへ。何度繰り返してここまで来たか知れないけど、重さが減ってきたので、かなり楽になってきた。電車を待っていたら、たまたま前に並んでいた女性の耳が色が白くてとてもきれいで、私もきっとそういう皮膚になれると無理矢理希望を抱いた。抗がん剤治療をしている人や、私の母がC型肝炎でインターフェロンの注射をしている時もそうだったけど、この度髪の毛が抜けていくという恐怖を初めて体験している。一時期よりも遥かに少なくなったけれど、病気で髪の毛が抜けるってこんなにも過酷なのだなと、私の場合は好転反応だけど、他人事ではなくなった。一方で、結構な量が抜けても毛量は思った以上に多くて、ちょっとやそっとのことで薄くなる訳ではないのだなということも知った。母は当時半分ほどにまで減って、まるでオラウータンのようだった。いつの間にか元通りに生え揃っていたが、私も引きこもっていて自分のことだけで一杯一杯だったので、いまいち記憶にない。母と私は、共にしんどかった時期を乗り越えてきたのだった。頭の湿疹だけに関して言えば、だいぶん過去のものになりつつある。櫛で髪の毛を梳かせるようになったので、髪の毛の途中に引っかかっている砂利のようなかさぶたが、櫛を通すと一緒にすーっと滑り落ちてくれる。とんでもない量のかさぶたと皮がボトボト音を立てて霰のように落ちてくるので、新聞紙を大きく広げて受けておかなければならないけれど、とにかく順調に取れてきている。黄色い汁も極微量に。眠れないほどのひどい状態だったのに、すごいものね。もっぱら今、私の全神経は耳に集中している。それと手。手首から先、手の平以外がものすごくかゆくてガサガサ。指の関節は、まっすぐに指を伸ばした時の凸凹の溝が半端なく、あかぎれだらけ。毎年冬になると流れ始める手荒れのコマーシャルに出てきそうな手になっている。湯たんぽを始めた。あったか〜い。
2017/01/31
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<臆病者は千たび死す、勇者はいちどのみ> シェイクスピア「昔は立派に役に立っていたものでも、ゴミになっちまえばもうそれはゴミなんだ」「死を思うことは、死について考えることではなく、生について考えることなのだ」「今日おサボリしちゃったら明日はもっと行きにくいですよ!明後日はもっとうんと行きにくくなるんですのっ!」「嫌な人間でも、主義主張は正しいということだってある」「わたしも信心深くなれるのを昔から待っておりました。家のものはみんな信心しながら死にました。しかし、どういうものか、その時期がきません」「まだ早すぎるんですよ」「おそすぎるのかも知れん。きっと長生きしすぎて、信仰心が先に死んじまったんです」「ぼくのは、夜だけやってくるのです」「するとあなたも恋をしておられるんだな。それがすなわち信仰心だということをお忘れにならんように」「男はしばしばひとりになりたいと思う、女もひとりになりたいと思う、そしてその二人が愛しあっているときは、そういう思いをたがいに嫉妬する」「人間は、他人といっしょにいるときこそ、孤独を感じ得るものだ、他人に対する孤独感を」「みんなの幸運を祈りたい。善良なやつがいた、勇敢なやつもいた、冷静なやつも感じやすいやつもいた、みんなが幸道をさずかるだけのねうちはある」「今、自分は、土にうまった種なんだと悟って、じっと「その時」を待つんです。待つことそれ自体が魔法、なんです。待つときの秘訣は、できるだけ目立たないこと。そうっと潜んで、からだやこころの調子を整えて、エネルギーを溜めるんです。こつこつと勉強したり知識を増やすことに専念するのもいいですね。そう、自分自身に栄養補給し続ければいい。わたしは、これを、積極的潜伏期間、と呼んでいます」「虫様突起のうまく切りとれぬ医者は、扁桃腺のうまく切りとれぬ医者を推薦するものだ」「雨がこわいのはね、その中であたしの死んでいるところがはっきり見えることがあるから」「失うものを持たない場合は、人生をなんとか処置するのもむずかしいことではないわ」「怒りは川の中で、義務といっしょにすっかり洗い流してきた」「ぼくは口をつぐんだ。神聖とか栄光とか犠牲とかいった言葉や空虚な言いまわしを聞くとぼくはきまってまごつくのだ。(略)栄光・名誉・勇気乃至神聖をといった抽象的な言葉は、村の名前、道路の番号、川の名、連隊の番号、年月日などの具体的な言葉とくらべれば、不潔であった」
2017/01/30
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この冬の乾燥具合私は暖房が苦手なので、自室では毎冬エアコンは付けず、ホットカーペットと湯たんぽで過ごすのだが、このホットカーペットなるものによる肌の乾燥が気になっていた。肌はカサカサしてかゆくなるし、目も乾燥する。ちょっとでもうつらうつらと居眠りをしてしまった日には、自己嫌悪に陥る。でも、なぜかこの冬はそう乾燥を感じない。おそらく好転反応によって肌の質が変わったからだろう。やっぱりすべては自分の肌の具合によるものなのだ。もしかしたら、コンタクトもまた入れられるようになるかもしれないな。偉大なる体質改善。顔と耳が治ったら、美容院に行って髪の毛切ってもらって、めがね屋さんに行ってめがね調整してもらって、歯医者さんに行って歯きれいにしてもらうの。
2017/01/29
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旦那さんvs妹ともんもん私は一応義理の姉にあたるが、どう考えても姉御肌ではないので、妹の旦那さんに、大事な妹なんだからよろしく頼むよ、なんてことは言えるはずもない。しかも、結婚当初から既に父が他界していなかったので、初めての挨拶の時も、そういう義父にあたることになる結婚相手の親から威厳を持って娘を預けるからな、というような、男同士の緊張した対面というものもなかった。母のことだ、下手に出てふんわりとした雰囲気の中で結婚を快諾したに違いない。だから、旦那さんは甘やかされた感じのままで、誰にもたしなめられないまま今まで来てしまった。ついでに次男である。今現在もお姑さんにおんぶに抱っこ状態で、お姑さんがいなければ生活は成り立たない。マンションの時もそうだったが、お姑さんは合鍵を持っているので、もんもんを保育園へお迎えに行って妹が帰って来るのを先に家で待っている。その後、妹が帰宅し、ドタバタと夕食の準備をしたり掃除をしたりした後、もんもんのお風呂を手伝ってもらって、ありがとうさようなら。月〜金まで毎日。まるでパート従業員のようである。この寒空の中、毎日自転車でいらっしゃるようだが、マンションよりも新居の方が距離は近くなったらしく、それが唯一の救いだ。子育てはみんなでとか、地域で見守るとか、最近は自治体なども積極的に取り組んでいるようだが、妹夫婦はその意味を自分たちの都合の良いように履き違えているのではないだろうか。妹は、お姑さんのことを良い人だと言う。そりゃそうだろう、自分の思い通りに働いてくれるのだから。いえ、もちろん子育ては私などには想像できないぐらい大変だろうから、お姑さんに助けてもらえばいいと思う。でも、お姑さんは新居という物欲を満たすための家政婦ではないはずだ。もんもんのためと言いながら、結局は旦那さん自身の物欲である。新居を背に妙に自信ありげな表情を浮かべていたが、私にはどうもそれが鼻持ちならなかった。旦那さんはもう少し「足るを知る」ということを学ぶべきだと思う。その欲のために周りの人がどれだけ振り回されているのか、考えたことはあるだろうか。妹は明らかにやつれ、目の下にクマを何匹飼っているのかと呆れるほど疲れ切っている。ナッツアレルギーなどというアレルギーまで発症してしまって、いやはや大丈夫なのか?先日も、妹ともんたと二人揃って嘔吐と下痢だと言っていた。さらに、先日はある資格を取るための試験だった。妹自身、まだ若いからと言って侮ってはいけないことは重々承知だろうと思うが、私からするとまだまだ甘い。そして、それをどこまで旦那さんが気付いているのか、というところが肝である。ついでに、少し余談だが、颯爽と御殿へ帰宅なさったパパへおかえりともうんともすんとも言わない3歳のもんたともんじ。旦那さんvs妹ともんもん、大きな温度差を感じてしまった。
2017/01/28
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人生、さぼること卑下しているでもなく、愚弄しているでもなく、この身体になる運命の元に生まれた自分を思いの外謳歌し、私は大真面目に楽しく人生をさぼって、大きくのさばっている。これぞ我が人生であった。でも、難病を患う以前よりも遥かに真剣に誠実に日々を生きているのであり、趣味が忙しい。他にばかり求めていた、認められたいという感情も皆無。私はこの身体を通して、自分を見つめ、信じ、敬うということを知った。
2017/01/27
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて14週間と半分。薬物を使った人が毛髪に反応が出るように、私の髪の毛もステロイド反応なるものが出るのかもしれない。たぶん、ステロイドに毒された髪の毛が抜けて生え変わるような気がする。部屋や人間関係のように、体も一掃だ。ティッシュで黄色い汁を拭い取ることが両耳だけに限られるようになって、頭はもうピークを過ぎたらしい。頭のかさぶたは、まだびったりとこびり付いているところはあるものの、順調に取れてきていて、半分ほどは地肌が見えた。その地肌がびっくりするほどつるつるなのよ。ついでにお腹と胸と腰もつっるつる!右膝はようやく黄色い汁が出なくなって、500円玉大のどでかい分厚いかさぶたが貼り付いた。お風呂では水滴が付かないように気を付け、湯船でも立膝で徹底して乾燥させているところである。これだけ好転反応と向き合っているといろいろとわかってくるもので、順調に回復していっているなと思っていたら、急にぶり返す時が定期的に訪れるような?これは一体何なのだろう。そういえば、なぜか1ヶ月ほど鼻が詰まっている。はて。花粉症かしら。それにしても、夜は毎日爆睡の日々である。あれだけ眠れなくてずっとじっとお布団の上に体育座りで座っていたのに、この回復ぶりと言ったらすさまじい。よく眠れるとは、良いことだ。だって、睡眠時間が短くなったもの。夜中目が覚めたりしないもの。朝刊の配達を拝まなくていいんだもの。深〜く寝ているのだろうね。ふと、本当に自分の意としないところでふっと。…。…。……。心底何もかも投げ出したくなって、なんでこんなにも辛いものに向き合っているのか時にわからなくなって、所詮アトピーなんて完治するものではないんだよと卑屈になって、一瞬にして治る魔法のステロイドに頼ってしまいたいと、急に今までの鬱憤が爆発しそうになる。帽子を取ってお出かけしたい。頭と耳のかさぶたを全部剥ぎ取ってしまいたい。髪の毛を短く刈って坊主にしたい。パートナーとどこか遠くへ旅行に行きたい。
2017/01/26
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて14週間。生え際が全体的に後退したと思う。特にもみあげ〜耳の辺りは明らかに毛量が少ない。しかも季節的にとても髪の毛が抜ける。さらに、3ヶ月ぶりに初めて髪の毛を櫛で梳かした。ずっと、寝る時も一つに束ねているのだが、その髪の毛の絡み様は鳥の巣のようで半端ではなく、またもや抜けた。私、大丈夫なのか?髪の毛は生えて来るとは言え、一応女性だから気持ちが病む。いいさ、帽子があるもんね。いや、でも、生え始めるまでって…、春先まで帽子か?両耳の後ろ側のかさぶたは少し取れ始めてきた。まだまだどでかいかさぶたがすべてを覆っているものの、ここでも頭と同じようにその厚みが少し薄くなったという感じ。でも、前側はピーク。耳たぶはもちろんのこと、耳の上部の入り組んだ所、入り口辺りまでもがかさぶたに覆われていて、しかもまだ一旦黄色い汁が出て来ると止まらない。かさぶたとなって固まると、引きつる感じ。タコの吸盤のように耳を吸い付かれている感じ。まさかどんどん耳の中にまで広がっていくのではあるまいな。それを考えると恐怖を感じる。現在ひどいところは、頭、耳、顔の中心部分(日の丸のように、でも鼻以外)、手(特に左手の側面)、背中の上半分、右膝、とかなり湿疹の範囲が狭くなってきて、肌もつるつるになっている。下半身の色素沈着は絶対に薄くなった。本当に治ってきているのだなぁ。そして朝晩はかなりひんやりしてきたな。お出かけをしていてトイレへ入ったら、帽子を取ってふ〜〜っと頭を休める(?)頭に風を通してあげて、首をぐるぐると回して、めがねも外して、両耳に黄色い汁が出てきていないか確認して、出ていたらティッシュで拭って、しばらく休憩。この間映画を観に行った時も、上映中は真っ暗闇になるから帽子を取って観た。帽子はいいんだけどさ、目深にかぶるデザインのものをかぶっているから、首やら肩やらいろいろ疲れてしまう。最近は、半身浴をしていてもお湯が白濁することもなく、黒っぽい埃のようなものが多量に沈殿していることもなく、好転反応がまもなく終わりを告げるのだろうと、ようやく胸をなで下ろしています。いや、完治には程遠いけどね。ま、半年はかかるでしょう。春には完全復活を果たして、私の春も訪れることを期待しよう。まもなく11月だというのに、蛙さんがまだ3匹もいる!!
2017/01/25
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シネマ歌舞伎シネマ歌舞伎、なるものを観た。以前から歌舞伎を観てみたいと思っていたのだが、いかんせん料金がべらぼうに高い。しかも、私は歌舞伎初心者とあって、それだけの料金を支払ったところでそれだけの価値が見出せるかと言うと、いささかどころかまったく自信がなかった。シネマ歌舞伎とは、簡単に言えば歌舞伎を映画館で上映するというだけのものなのだが、最初にドキュメンタリーがあって、本編では演者の顔が大きく映し出されるので、舞台のように豆粒を観ているようなことがなく表情もしっかり見えるし、何より歌舞伎初心者にとっては至って優しい仕上がりとなっていた。事前に内容を頭に入れておけば、ちゃんと理解できる。ただ、さすが歌舞伎ということで、観賞しに来ている人たちは高齢者しかいなかったのが玉に瑕であった。みなさん格好のおやすみタイムとなったようで、あちらこちらから寝息やイビキが聞こえてくる。隣のおばさんなんて首をくったり垂れて半分以上寝てましたよ(笑)そんな中で身を乗り出してかぶりつくように観ていた私は、端から見ると滑稽だったかもしれない。いつか本物の歌舞伎を観に行こう!もんじ、ようやくおむつが取れました(笑)
2017/01/24
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて13週間と半分。ようやく秋らしい気候になってきたか。蛙さんまだ鳴くよー。頭のかさぶたは順調に取れてきている。バリバリのかさぶたがそこら中でベランベランし、それを取れる範囲で取る時は、その小石のようなどでかいかさぶたを爪で力任せに押し潰して思いっきり小さく砕いて砂のようにする。爪が痛い。そうしてから髪の毛を滑らせて取るが、その時にどうしても髪の毛が抜けてしまう。もう、盛り塩のようなかさぶたの砂の山が幾山もできる。両耳はまだまだ黄色い汁が出てくる。前側も後ろ側もめがねをかける上側も耳たぶも耳の入り口までもが、全部かさぶた。でも、また一段階全身の皮膚の色は白くなったと思う。ちょっとごろーんと寝っ転びたい時、両腕を気にせずに思いっきり体をリラックスさせて横たわることのできるうれしさ。なんて素晴らしいのかとさえ思ってしまう。両腕はほぼ治った。いや、まだ薄くかさぶたがあるので完治にはほど遠いのだが、あれだけひどかったからもう私の中では治ったということにした。両腕の湿疹は春頃から始まったから、実に、ここまで来るのに半年かかりましたよ。つくづく長かった。ステロイドを使っていたら10日で完治だな。
2017/01/23
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邪魔しないでよ。私は1980年生まれだが、古典と呼ばれる小説を読む時は、図書館の所蔵の中でももっとも古い、たいてい自分が生まれた頃に出版された岩波文庫を好んで選ぶ節がある。最近の出版物は、新聞も含め、文字が異様に大きくなった。一つ一つの線が鮮明で、どんなに画数の多い複雑な文字でも以前のようにぺしゃんと潰れていることはなく、とてもきれいで見やすいが、いかんせん、私にはセンスの欠片も感じられない。文庫本をパッと開いた時に一瞬にして目に飛び込む余白は猫の額の如く狭く、我が物顔の大きな文字が堂々と且つ整然と且つ冷淡に並んでいるだけ。そのくせ、なぜだか妙に騒々しく感じられる。一気に読む気が失せ、コンピュータ技術の進歩を恨む。一方、30〜40年前に出版された小説のなんて粋なこと!ちょうど気持ちの良い具合に収まる天地の余白と、そこにぎゅっと詰まった控え目に小さく並ぶ文字と行間は、額縁に入れて部屋に飾ってもいっぱしの芸術作品になると思われるほど冴えている。その瞬間に私の読書欲は急上昇し、思う存分その作品の世界観に浸ることができるのだ。また、最近はどの出版社もこぞって新訳で古典を売り出したりしているが、私にはどうもその新訳がその作品の質を妨げているような気がしてならない。ちょっとした言い回しや表現の仕方に現代の風を感じてしまっては意味がないのである。今ではもう遣わないような言葉が遣われていたり(またはもう遣ってはいけないような)、何と読むのかさっぱりわからないような漢字があってこその古典。頭の中がハテナで埋め尽くされれば、その都度調べればいいのよ。読書にこれっぽっちの興味もない頃は、訳なんてどれも同じだと思っていたが、とんでもない。夢を壊さないでよ。邪魔しないでよ。ごめんなさいね、ずぶの素人が偉そうに。隙のない完璧すぎる本など求めてはいない。ページの角にはくっきりと折り目が付き、ちょっとぐらい破れていようが、時たま文字が90度回転していようが、インクのシミのような小さな虫さんがへちゃけたようにお亡くなりになっていようが、それもこれも愛嬌があって愛おしい。これまで何十人という人が手に取ってめくって手垢が付いてくったりとして、茶色くなった紙の質感や匂いもまた味があって、それらの歴史がより小説の世界観へと招き入れてくれる赤い糸となる。私にとっては、小説とは非現実の世界に存在する芸術なのであった。今の私の、心配事は、もっぱら、間もなく花粉が、飛び始めると、いう、こと…。
2017/01/22
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飽きるのが凡人、飽きないのが天才「いつの時代も、どこの土地でも、人が暮すために必要なものは足元にそろっている。けれどもそれは、ものを抱え込みすぎていると見えてこない」「幼い子どもたちの手にあるのは漠とした未来だけだ」「彼は死というものを、すべての欲望の充足であり、幸福であると感ずるようになった」「神さま、もしあなたがこの世に実在するものであるなら、どうか、この男の病気をなおしてください、そうなれば、あなたはこの男ばかりか、私をも救ってくださることになるのです」「生活はすべて義務にささげられているんだ。そのために、落ち着いて満ちたりていられるんだよ」「幸福なのに不満だなんて、それどういうことですの?」「消費の行動に関しては他人の真似をしてもあまりいいことはありません」「二十歳の頃からずっと、気持ちのなかに嵐がある」「すべての女は、単に女であるという理由だけで、彼にとっては恐ろしく、忌まわしい存在であった」「あたしどものささえは愛でございますよ」「主は十字架をお負わせになりますけれど、また力をもお授けくださるのです」「いや、それにしても、あの連中はなぜあんなに元気で、健康そうなんだろう」「この世のすべてのものは悪なり、とはよくいったものだ」「こうした人びとの手をのがれる唯一の手段は、自分の傷口を隠すことであった」「疑わしい場合にはさしひかえる」
2017/01/21
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たまごサンドの妙みなさん、たまごサンドってお好きですか?たまごサンドと一口に言っても、分厚い厚焼きたまごが薄めの食パンにサンドしてある方のもの。こちら関西ではたまごサンドが名物になっている喫茶店が結構たくさんあるようで、雑誌で特集が組まれていたりもします。大口を開けてかぶりつかなければならないぐらいのかなりのボリュームと思われる黄色いたまごサンドの写真が、実に食欲を刺激します。ところが、私はこの厚焼きたまごのたまごサンドが好きではありません!どうしてもおいしいと思えないのです。なぜでしょう、あんなにまぁるくふわふわしていておいしそうなのに。一方、ゆで卵を細かく刻んでペースト状にしてサンドしてある方のたまごサンドは大好きです。いくらでも食べられそうな気がします。隣に熱々のスープなんかが並んでいればもう最高ですよね。なんだかピクニックがしたくなってきました。陽気な春が訪れる頃にどうかしら?
2017/01/20
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半年になりました。半身浴生活をし始めて半年になりました。今は至って普段通りの生活をしています。お出かけする時は楽しく出かけ、家でのんびり過ごす時は読書をしたり、ただ、半身浴は服の脱ぎ着が寒いので昼間はしなくなってしまいましたけれど。その分、夜寝る前のお風呂ではたっぷりと1時間半身浴をして汗を流すようにしています。現在、一番ひどいところは両肘と背中の上半分、次に顔、両腕、手、両耳、股、という感じでしょうか。なぜか両肘が大いにぶり返してしまい、背中の上半分も似たような甲羅模様のかさぶたが張り付いていて、自分でも驚いている次第です。まーた黄色い汁まみれですよ。顔は、徐々に赤味が引いてきて、皮はボロボロしていますが、マスクで隠していればさほど湿疹は目立ちません。いやね、赤味が引いてきたってことは、つまりは炎症が落ち着いてきたということであり、顔が腫れた感じもない訳で、いくら湿疹があったとしても、赤味があるのとないのとでは大違いなのです。顔もちゃんと私の顔を保っていて、意外にもすっきりしています。手は、相変わらず側面と、右手のあかぎれがひどいです。くっ付いては他の場所が割れ、またくっ付いては他の場所が割れ、一度に3つもできていることもあったりして、もう休まる暇がない状態です。これがまた本当に痛い!両耳(左耳の入り口と中は除く)はだいぶん下火です。とにかく老廃物を出し続けてきた日々ですが、もう湿疹そのものに対してはとんでもなく寛容になったというか、時間をやり過ごしさえすれば必ず良くなることが身に染みてわかったので、あまり心配もしなくなりました。かゆいですけれどね。黄色い汁は心底不快ですけれどね。でも、心と体が老廃物が出切ったと納得したらさーっと湿疹は引いていくのです。自分でもなんとも不思議な現象なのですが、でも事実であって、それが本来の私の体が持っている自然治癒力なのかなと思います。しかも、今までの人生すべてをアトピーと共に生きてきたのだから、たった半年です。たった半年ぐらいなんてことないな、といつの間にか強くなりましたよ。だから、頭の中で皮膚科という文字が散らつくこともなくなりました。正直、好転反応のピーク時は何度散らついたか知れませんが、そんな心の中の老廃物も自然と溶け出たようです。この半年間で、ひたすら老廃物を出し続けた代わりに、今後の私の糧になるだろうと思われるものは思う存分取り入れました。読書の量は我ながら尋常ではなかったと思うし、湿疹が少しマシになってからは美術館と映画観賞を再開しました。出すものは出して、取り込むものは取り込む。どちらも思いの外激しかったですが、今思い返すと結局のところ五分五分になったような気がしています。人間、可能なことには限度がありますからね。これからまだしばらくは続きそうですが、徐々に出すものと取り込むもの双方とも落ち着きを取り戻していることは明らかなので、そろそろ定着という形で終焉へと向かっているのではないでしょうか。願わくば、冬と共に好転反応も去り、気持ち新たに桜色の春が訪れたなら、こんなにうれしいことはありません。
2017/01/19
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて13週間。はい、全身の好転反応が出始めたので半身浴生活を始めてからちょうど3ヶ月を迎えた。長い長い3ヶ月だったが、好転反応は下火にはなっています。一度挫折を経験したこの私が、覚悟をしていた3ヶ月という期間をなんとか乗り越えられたということで、けじめとして今日から好転反応日記を公開し始めることにします。みなさん、読んでね。さて、3ヶ月を目前に控えた数日前から急に上半身の汁っぽさが消え、とにかくカリカリに乾燥してきた。今、頭はかさぶたがボロボロ取れ始め、何度かに分けてガーーッとかきむしってかさぶたを削いだので、最大5mmだった厚みが1〜2mmほどにまで薄くなったと思う。長らく行方不明だった地肌も見えてきている。結果、めちゃくちゃ頭が軽い。私は一体どれほどの重量のかさぶたを頭に乗っけていたのだろう。まだ耳からは黄色い汁が出ていてまったくかさぶたが取れていないから、そうか、まだまだもっと軽くなるのか。さらに、上半身はまだ湿疹が出ているものの、下半身と同じようにつるつるになってきた。すごく、すごくうれしい。今は耳が一番ひどい。特に両耳の後ろからたくさん黄色い汁が出ていて、以前のように滴り落ちるようなことはなくなったものの、多量のティッシュなしには止まらない。一度出始めると止まるまで12時間はざらにかかる。もしかしたら一番最後まで残るのは耳かもしれない。手の側面と右膝はかなり良くなってきた。私の頭の中では嵐が巻き起こっている。かさぶたが取れてきてそこら中でベランベランしてとっ散らかっている状態。髪の毛を一つに束ねていると一見静かそうに見えるが、ひとたび髪の毛を掬い上げると、そこは髪の毛の途中に引っかかるかさぶたの海であった。
2017/01/18
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて12週間と半分。もう、好転反応が始まる前と同じだけお出かけができるようになった。3ヶ月ぶりに、エッセイではなく、小説も借りた。美術館は楽しいな♪(帰宅中にこれまたアキヲハウスに帰宅中のアキヲに会ってかなりうれしかった。)ただ、ちゃんと早めに帰宅して半身浴はするようにしている。急に寒くなって、お布団をこっぽりとかぶって寝るようになったが、お布団の中は思いの外温度が上がる。ここ最近は熟睡できていたが、まだ湿疹が出ている背中と両腕が温まることによってむずむずかゆくなってきて、一度かき始めると止まらなくなってしまう。うーん、また寝不足の日々が始まった。と思っていたら、季節が逆戻りして今度は暑い。頭のかさぶたがところどころ取れて、つるつるに生まれ変わった地肌が見えるようになってきた。ものすごいフケのようになっているけどね。まだ黄色い汁が完全に固まっていないかさぶたがあるけど、でも、ちゃんと治ってきているんだなと思える。でも、確実に毛量は減った。まぁそのうち生えてくるから気長に待つよ。帽子生活は当分続く見込みだな。ある程度生えてきたら、美容院へ行って短く切ってもらうことにしよう。私、数年来、両足の親指の爪がとても汚かった。表面はボコボコで、色も茶色いような黄色いような、とにかく人前では晒したくないというぐらいの汚さ。表面があまりにボコボコで、分厚い部分だと爪切りが入らないほどの厚みになっていたところもあったりしたので、爪を切るのも一苦労だった。と、やっとこさ下からきれいなピンク色の表面もつるりとした爪が生えてきて、今はもう半分ほどまで伸びている。肌に続き、爪までもが生まれ変わるらしい。冷えとり健康法って、体そのものを変えてくれるのだろうか。半身浴と靴下を何枚も重ねて履くだけなのにね。なんとも不思議。手の指の水ぶくれが完全に出なくなって、手全体が乾燥してカサカサになって、かゆい。手の側面の湿疹はまだひどい。ようやく、右膝の500円玉大の湿疹の黄色い汁が止まってきたかもしれない。ただ、下半身はつるつるになっていたのに、膝と膝の裏がぶり返してきた。
2017/01/17
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Focus on what you have than what you don't have.「彼にはこんなあいびきのときにまで、なぜ彼女が子供のことや、離婚のことを考えたり、思いだしたりできるのか、なんとしても理解できなかった。そんなことは、もうどうでもいいことではないだろうか」「《これはどうしたことだ?それとも、おれは気が狂っているのだろうか?そうかもしれんな。人はなんだって気が狂ったり、ピストル自殺をするんだろう?人はこうやって、気が狂うんだな。いや、こんなふうにして、ピストル自殺をやるんだな…屈辱を感じないために》」「不満をもっている人が、自分の不満の原因について、だれか他人を、それももっとも身近な人間を責めずにいるのは、とてもむずかしいことである」「以前は、自由思想家といわれた人物は、宗教や、法律や、道徳の観念で教育されたあと、みずからの闘争と労苦とによって、自由思想にまで到達したのだったけれど、今では生れながらの自由思想という、まったく新しいタイプが現れてきたんだね」「どんなにしあわせになるといっても、やっぱり自由を失うのはつらいことだからねえ」「結婚というものは、自分が今まで理解していなかった何ものかであり、それはいまや自分の身の上に成就されようとしているにもかかわらず、今は前よりさらにいっそう不可解になっているなにものかであると、ますます強く感じるのであった」「彼女は、彼そのもののためとともに、自分に対する彼の愛のために彼を愛したのであった」「芸術も堕落したものだ、新しい作品を見れば見るほど、古い巨匠たちの模倣を許さぬ偉大さが理解できる」「人間が健康に生きて成熟していくためには、二つの根源的な欲求があります。一つが食べることへの欲求で、もう一つが人間関係を求める欲求です」「疑うということは人間の弱点として避けられぬものですな」「もしあなたがお子さんを愛しておられるなら、善良な父親として、あなたはお子さんのために単に富や、ぜいたくや、名誉だけを、希望されることはないでしょう」「一に掃除、二に体力、三に忍耐」
2017/01/16
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雪なので、心暖まるねこちゃんシリーズ雪、ですね。こちらでもはらはらと音もなく静かに舞い降り、いつの間にかベランダから見える景色は真っ白でした。燦々と陽が差す中で舞い降りる雪は、キラキラ光ってなんてきれいなのでしょう。近所の子供たちがキャッキャと言いながら遊んでいる声を聞いて、私も小学生の頃に大雪が積もり、妹と雪だるまを作ったことを思い出しました。私は湯たんぽを抱いてぬくぬく暖まっています。アキヲ、寒くないかな。ということで、心暖まるねこちゃんシリーズです。日向ぼっこしながらバスタイム。み〜っけ。!!
2017/01/15
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて12週間。季節的に、抜け毛が半端ない。耳の鋳型を取ったような巨大なかさぶたが取れてびっくりする。後何度かさぶたになる、取れる、を繰り返すのだろう。夜は本当に熟睡できるようになり、朝もさっと起きている。睡眠時間大体7時間。以前の私には考えられないぐらい質の良い睡眠を得ることができるようになったらしい。だって、うつ状態だった時の私は、新聞配達のバイクの音を見送ってからようやく寝られるぐらい毎日毎日神経が立って寝付けなかったのだもの。頭や耳の湿疹がひど過ぎて仰向けでしか寝られなくなったが、もう仰向けにも慣れ、たぶん好転反応が終わっても仰向けで寝るだろう。結果的に良い習慣が身に付いた。頭がかゆ過ぎて、ダメだとわかっていながらも我慢できずガーーッとかいてしまったのだが、いかんせんかさぶたがぶ厚過ぎて、いくら強くかいても強くかいても地肌にまでまったく到達せず、かさぶただけをかいたことになり、結果的にかさぶたの厚みが少々薄くなって少し楽になった。かさぶたの薄皮ならぬ薄かさぶたを1mmほど剥いだような格好です。でもたったそれだけでも頭は軽くなった。耳のかさぶたからはまだ黄色い汁が出るし、頭のかさぶたからも半分ぐらいまだ出る。でも、この間頭の薄かさぶたを剥いだことによって思いの外楽になったので、2回目を試してみる。床に敷いた新聞紙には砂漠の砂のようなかさぶたがこんもりと積もるが、本当にこれは楽になる!気をつけて地肌を傷付けないようにすれば、つまりかさぶただけを上手にかきむしって削げば、厚みが薄くなっていって、かちこちに固まって引きつっていた頭がお湯でふやけたような状態になってくれる。うん、最初はガーーッとかいてしまって罪悪感に苛まれたけど、これでよかったんだ!と、夜中に知らず知らずの内に右耳をかいてしまったらしく、巨大なかさぶたが全部取れ、黄色い汁が止めどなく出てきたので、必死で格闘する。朝起きるともう耳たぶが真っ赤っか。一度黄色い汁が出始めると、12時間ほどは止まらないのであった。うーん、調子に乗るなってことだな。一進一退なのよ。急に寒くなったから、のどと鼻の保護の為マスクをしようかと思ったが、この耳の湿疹じゃあマスクを耳にかけられないとすぐに断念する。鎖骨にできていたヘルペス完治。
2017/01/14
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鳥のように自由になって好転反応が始まり自分自身と向き合う日々の中で、これまでの私を回想する時間が圧倒的に増えた。そう、それはピアノ時代。大学の頃は、寝ても覚めても弾いて弾いて弾きまくって、弾くことが我が仕事であり、とても大変なピアノ漬けの生活だったけれど、その分とても充実していた。大好きなピアノが弾ける喜び。常に10曲以上もの譜面を並行して練習し、いろいろな作曲家の作品を学び、著しく視野が広がる喜び。まさに毎日が成長だった。もうあんな生活は出来まい。ピアノの先生はそれはそれは厳しかった。練習をすればした分だけのレッスンをしてくださるが、少しでもさぼった日には、先生はお見通しで、それ相応のレッスンだった。私は大学内のグレード級を上げたかった。なんとしてでも、卒業の時に、選ばれた者しか出演させてもらえない演奏会に出演したかった。それは、入学した時点で既に我が心に掲げていたたった一つの目標だった。高校を卒業していない身だったから、尚更その想いが強かったのかもしれない。出演する、絶対に私は選ばれる。心の奥深くでは実は密かに選ばれる自信があった。それだけが日々の励みであり、その確たる想いを共有していたのは、紛れもなく先生だった。いえ、先生だけだった。私は、先生にレッスンされた通りに練習を積んだ。ここはもったいぶってうんと溜めなさい、ここは指を寝かせて鍵盤を触りなさい、ここで左ペダルを一音一音踏み直しなさい、この音はカーンと甲高く鳴らしなさい、ここでさっと重心を右に移動させなさい、ヘコヘコと飼い犬のようにすべてに忠実に従った。褒められることなんてまずなかったし、あまりに言われた通りに弾けない自分が情けなくて何度泣いたか知れないけれど、それでも先生は間違いなく私に力を注いでくれた。汗だくになり、何時間もピアノの前に座ってレッスンを受ける日々。ただまっしぐらにひた走る二人三脚だった。その甲斐あって、めでたく卒業演奏会に選ばれた時には、「はぁ、やっと、やっと報われた。長かった。」と思った。高校の中退も、大学生活も、レッスンも、辛かった何もかもが一瞬にして吹き飛んで、私はこれ以上ない幸福感に満たされた。でも、今になって思う。私の奏でていたピアノに我が意思はあったのだろうか。そこに我が想いは芽吹いていたのだろうか。応えは、否、である。私のピアノはロボットのようだった。先生に言われるがままに創り上げられた模範的な模倣に過ぎなかった。技術にばかり捉われ、目指していたものを履き違えていたように思われる。そこに聴衆の心を揺り動かすような熱い感情が込められていたとは、決して言えるはずもない。今、ピアノとの距離を置いて、ピアノへの想いを遠いところから客観的に再確認している最中である。私はいずれきっと復帰するであろう。その時には、技術に縛られることなく、結果に支配されることもなく、鳥のように自由になって向き合いたい。そこでようやく「私」というこの世に存在する一人の人間が奏でるピアノが生まれるのだと思う。青春時代のピアノには青春時代の良さがあっただろう。でも、これから先はその時代を経て、歳と共に成熟した自分をピアノのメロディーに乗せて表現したい。また一つ、我が人生の目標がここに誕生した。
2017/01/13
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もんたくんともんじくんもんたともんじの身長差が6cmにもなったそうで、双子というよりも年子のよう。周りの人たちからも「双……子?」と不思議そうに思われるらしく、その時のもんじのきょとんとした顔を思い浮かべると笑えてくる。もんじは何もかもが小粒で、まるで女の子。妹は小さいと嘆くが、それがもんじの個性である。もんたは生まれた時から骨格ががっしりしていたので、大きくなるだろうなとは思っていたが、やっぱり大きくなるようである(お姑さんが結構しっかりとした体型なのです)。さて、もんたはお歌がとても上手い。音程はぴったり合っているし、リズム感もある。妹に似て耳が良いのだろう。音楽に携わってきた私としては、この才能は最大限伸ばしてあげたい。最近は、ラッパが欲しいと言うのだそう。子どもの吹奏楽団に入るのもいいかもしれない。もんじは手先が器用。小さい物が好きで、細かいところもよく見えているらしく、料理に興味があるらしい。ママがキッチンに立っているともう興味津々で質問責めである。そしてとても甘えん坊。気が付くと私の膝の上によじ登ってちゃっかり座っている。妹にたしなめられて、へへへと愛想笑いしていた。もんたはこだわりが強い。例えばお煎餅が半分に割れているだけで怒り出す。丸じゃないと嫌だ、と。一方もんじは一切こだわりなし。ちょっとぐらい割れていようが何だろうが、食べられるのならそれでいい。二人とも本当によく食べる。今3歳だが、そろそろ一人前ぐらいペロリと平らげるのではないだろうか。語彙は会う度にびっくりするほど増えていっているが、なんで?が口癖の時期に突入している。今年は幼稚園で言えば年少さんになる。保育園では年齢がごちゃ混ぜのクラス分けなので、お兄ちゃんお姉ちゃんのお友達もたくさんできたらしく、日々揉まれて鍛えられているらしい。二人の関係はまるで空気だ。もんたくん、もんじくん、とお互いを呼び合い、ケンカももちろんするけど、いつでもどんな時でも仲良しこよし。二人だけにしかわからない会話があって、私にはまったく聞き取れず。どちらかが風邪を引いて保育園を休んで離れ離れになると、どこかシュンとして一日元気がないそう。そりゃそうだろう、ママのお腹の中から常に一緒にいるのだもの。離れたことなんてないのだもの。このままずーっと仲良しこよしが続いたらいい。
2017/01/12
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美術館始め美術館へ行くことが趣味になってかれこれ15年以上になるが、未だにその勢いは衰えるどころか増し続けている。まだまだ知名度の高い美術館ぐらいしか知らなかった頃とは比べ物にならないほど行きつけの美術館が増え、この間も行ったことのなかった美術館にも初めて行ったりして、我ながら精力的らしい。私が特にお気に入りなのは、個人でひっそりと経営を続けている小さな小さな美術館である。後援などが付いていない為、宣伝もほとんどすることがないので、もちろん客も少ない。だが、これが至極良いのである。貸し切り状態の館内を思う存分徘徊し、幸せ気分で恍惚とする極楽の時間。得てして、こういう美術館は、大々的な美術館の所蔵よりもコレクション性が高く、つまりマニアックだと思う。私の好みとどんぴしゃりと嵌れば、こんなにほくそ笑むことはない。この間などは、人の動きを察知して照明が点いたり消えたりするセンサーが消えたほどであった。私は一体どれほどの時間じっと立ち止まって美術品を凝視していたのだろうか。急に真っ暗になり、停電かと思ってちょっくらびっくりしたよ。たぶん、無限に見ていられるのよね。今日は今年の美術館始め。あゝ、なんて楽しいの!私、つくづく素敵な趣味に巡り会えたと思う。
2017/01/11
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて11週間と半分。左の鎖骨の上にヘルペスができた。結構大きめ。おそらく、いいかげん好転反応にストレスを感じていることと、季節の変わり目、そしてずっと隠居していたのに美術館へ行くなどして急に外へ出たので、その疲れと都会の空気の汚れが原因だと思う。鼻の中もなんか変。1週間ほど前から左目のまぶたの痙攣も止まらない。なんて敏感過ぎる私の身体。ほとほと嫌になるけど、それが私なのである。しかも、妹ともんもんが泊まりに来たので、びっくりするほどドッと疲れが出た。そしてこの間の美術館に続き、映画も観に行った!ヘルペスなんてへっちゃらさ!好転反応でもなんでもかかってこい!映画館は真っ暗だから帽子だって脱げるんだぜ!今は、主に頭、耳、脇、背中の上半分、手の側面、右膝。羅列が減ってきた。耳の後ろには、もう一つ耳があるんじゃないかというほどのかさぶたが張り付いている。頭と耳がかさぶたの重量でどしーんと重い。手の側面の湿疹はとてもひどく痛い。だけど、だんだん湿疹の範囲が狭くなってはいる。急に秋らしく涼しくなったので、衣替えをする。
2017/01/10
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会員カード映画を少しずつ観るようになり、世界が大きく広がった。映画館にも何度か足を運び、映画館で鑑賞する醍醐味も知ってしまった。映画館で鑑賞することと美術館で鑑賞することとは私にとって同じである。本物の芸術を生で感じられるということ。私は、大手の映画館より、いわゆるミニシアターと呼ばれる小規模な映画館で上映される映画の方が好きだ。大々的に宣伝されることのないような、フランスやイタリアなどの映画にとても興味を惹かれる。少し話の内容や表現の方法が難しくて理解し難いこともあるのだが、むしろそこに芸術性を感じて刺激されるのである。すべて観ている側の者に委ねられるような。ということで、一年間だけあるミニシアターの会員カードを作ってみようかと思う。ふらりと気が向いたら赴いて、ふわりと映画の世界に浸る。美術館がそうであるように、今後の私にとって最高に意味のある時間を過ごせそうな気がする。
2017/01/09
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて11週間。まーた台風だ。すっきりしないお天気が続く(蛙さんはまだ2匹います♪)そして美術館へ行く。ランチも食べた。わーい、うれし過ぎるーーー!そして、黄色い汁は本当に減った。頭のかさぶたがカリカリに乾燥して、とにかく取れたら終わるのだと思う。が、それがこびりついているからいつ取れるのかまったく予想がつかない。異様なまでのこびりつきようといったら、もう何と表現していいのやら言葉が出て来ない。お鍋のようにゴシゴシこする訳にはいかず、でもタワシで力任せにこすりたいような感じ。帽子を脱ぐように、かさぶたという名の帽子を鋳型を取ったように取れたらすっきりするのにな。耳のかさぶたはまだ黄色い汁が出てくるから、取れる気配もなし。両腕の湿疹は本当に良くなった。後もう一踏んばりという感じ。さらに下半身はつっるつる。保湿剤もなーんにも塗っていないのに。そりゃあアトピーではない人と比べたら色素沈着はあるけど、私が35年間生きてきた中でこんなにも肌がきれいなことは実に初めての出来事である!
2017/01/08
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蝶々の喜びは、羽のうえに絵具で描いてある「最近、安い洋服がたくさん売られていますが、そういった安い洋服を五枚買うなら、そのお金で長く愛用できるいいものを一枚買ったほうが、どれだけ豊かかとおもいます」「心のなかで、自分の結婚はほかの人びととの結婚とはなんの共通点もないのだから、世間並みの結婚の条件は、自分の特別な幸福をそこなうものになる」「神は滅ぼさんと欲するものの理性をば奪うものなり」「許すことの幸福感が、私の義務をはっきりさせてくれた」「人はよく、わざと痛いところばかりをつつかれるような気がするものだが、」「この種の悲しみというものは、ほかの、たとえば失敗とか死とかという場合のように、ただ十字架を負って行けばいいというわけにはいかなくて、」「いや、たいていの場合、相手がなにを論証したがっているのか、わからないものですから、」「どうだい、まだ死ぬときじゃないだろう?」「許すという喜びのために、彼は急に、おのれの苦悩が癒されるのを覚えたばかりでなく、以前には一度も味わったことのない心の安らぎすら感じたのであった。彼は思いがけなく、自分の苦悩の原因そのものが、精神的な喜びのみなもとに変ったのを感じた。いや、彼が非難したり、責めたり、憎んだりしていたときには、とても解決することができないように思われたものが、許しかつ愛しはじめるや、たちまち、単純明快なものになってくるのを感じた」「あまり寛大だから、憎らしいんですの」「なあに、たいしたことはないさ、その絃(いと)を少しずつゆるめればいいんだから。救いのない境遇なんてものはありゃしないよ」「彼は相手の高潔さと自分の卑劣さと、相手の正しさと自分の不正とを痛感した」「疲れて眠くなれば、すぐにでも寝付ける健康な人間の落ち着いた自信」「幸福というものは、いろいろに解釈することができますからね」「おし黙っているが、自分にとって深い意味を秘めた、絶妙な形をしている十字架」
2017/01/07
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ノーSNS自分をさし置いてかなり失礼だけど、妹の旦那さんは決して思考が深い人間ではない。浅はかとまではいかないけれど、「目立ちたくてかっこつけたい若い人」というくくりに入る部類の人だ。私には、外面的にも内面的にも外側だけを着飾っているようにしか見えないのだが。年賀状はもんもんと一緒に自分たち夫婦も写っている写真が恒例なのだが、やっぱり今年もそうだった。旦那さんが載せたいと言うんだそう。私などはいい歳していい加減やめたら?と思ってしまうが、今の時代、私の感覚はいささか古臭いらしい。妹もなんだかんだと言いながら旦那さんの言いなりだし、だからこそあれだけ長けていないと妻なんぞ務まらないのだろうとも思う。一見従順な、ね。いえ、夫婦仲は良いんですよ。お姑さんとももちろん上手くやってるんですよ。どんなことがあっても不仲になるようなことはないんですよ。ところが、旦那さん、そんな性格なのに、なぜかSNSというものには超が付くほど批判的で、例えばTwitterやfacebookやInstagramなどアカウントさえも取ったことはないらしい。私はむしろ旦那さんのような人こそが使えば、欲求は満たされるのに、と思ってしまうのだが。写真載せるの大好きなんでしょ?いいね、がいっぱいもらえるよ?しかもブログさえもダメなのですって。私も決して推進派ではないけれど、若干意固地になるような場面もあって、なんでそこまでSNSというものに対して頭ごなしに頑なで食わず嫌いなのか、私としては少し不思議なのであった。ということは、つまり妹も批判的なのです。その考えは、今の時代、逆に古臭くありませんか?お気に入り♪
2017/01/06
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私の生きる道さて、ようやく年末年始が終わり、非日常から日常に戻った。じっと静かに考えに耽ってみたが、何度考えてみても答えはたった一つだった。年末年始は愚かで情けない自分が心底嫌で卑屈になって病むけれど、これが今の私であると認めざるを得ない訳だから、もう認めるしかない。これでもだんだん「浅く」なってきているから、時に身を任せよう。いつか、お正月を母と妹家族と私で迎えられたらいい。そして、私には私の生きる道があって、それは誰の人生でもない私の人生なのだから、今年も誇りを持ってしっかりと歩んでいく。誰にどう思われようと私の人生はこのたった一つしかないのだから。
2017/01/05
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4人目!ところで、地元の友達がなんと4人目を出産していた!初めてお付き合いした高校の同級生と8年の交際を経て結婚し、現在上から、9歳、7歳、3歳、0歳のママ。私とは小学生からの同級生で、母性に溢れ、とにかく早く結婚して子どもがたくさん欲しいと願っていたので、幼なじみの私としてもとてもうれしい。年賀状いっぱいに写る4人の子どもたち。今小学生の長女は、小学生の頃の友達にそっくりだ。体も大きく、丈夫で、母親という職業が天職だと思われる友達。諸々の諸事情が許すのなら、産めるだけ産みたいと考えているのかもしれない。いや〜それにしてもなんてめでたいのかしら!おめでとう、T!
2017/01/04
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自分治療「更新」のお話半身浴をし始めて10週間と半分。はい、10月突入。10月早々アキヲに会った!顔の湿疹がましになってきて、心なしかつるつるになったような?なんとなく肌の色が白くなったと思う。頭と耳は最悪だけどね。何せ、頭には髪の毛というものが生えているから、小石のようなかさぶたは砂利のようにしなければ取れない訳である。髪の毛が円形脱毛症のようにごっそり抜けては困るからさ。と、それでもかさぶたと一緒に髪の毛は抜けていく。大きなかさぶたが取れ始めて頭のそこら中で半分取れて半分引っ付いた状態でベラベラしているけど、それ以上むしり取ることはできず、ベラベラのままずっと過ごしているし。もうどうしたらいいの?私、丸坊主になっちゃうよ。触らなければいいと言えばそれまでだけど、かゆくてかゆくてついつい手が行ってしまうんだもん。手の指の水ぶくれはかなり少なくなって喜んでいたら、なぜか1週間ぐらい前から両手の「側面」に湿疹が出始めてびっくりしている。手の平でもなく、手の甲でもなく、手の側面。親指と小指の延長線上の肉厚の部分ね。生々しい湿疹が真っ赤でかゆい。右膝の500円玉大の湿疹も一向に良くなる気配なし。ふと、なんで私はこんな辛い思いをしてまでこの好転反応の湿疹に耐えているのだろうかと頭をよぎるが、まぁ、これも後に私の人生の1ページに刻まれる良き思い出となるであろう。確実に良くなってきているから。半身浴生活10週半にして、初めて母に皮膚科へ行ったらどうかと言われる(病気の影響ではないかとブツブツ言っていた)。違うのよマザー、そうではないのですよ。ステロイドを体内から抜いてるんですよ。
2017/01/03
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酉年鳥さんなぜか2冊の推理小説を並行して読みながら年を越した。昨今、推理小説からはとんとごぶさただったのに。内容がこんがらがって頭の中がごちゃごちゃになるかと思いきや、まったくそんなことはなく、至って思考は整理整頓される中読み進め、なかなか有意義な年末年始の読書時間だった。1冊は400p、もう1冊は1500p強、それぞれが佳境にさしかかってきた。今日はカフェへ行こうと思っていたのだが、ふと、「そうだ、映画を観に行こう!」と思い立ち、観たくて既にチケットを購入していた映画をとっさに観に行くことにした。お正月の映画館などには行ったことがないし(混んでいるものなのだろうか、それとも閑散としているものだろうか…?)、いや、そもそも映画館へちらほら行くようになったのは去年のことだ。そんなもの知らないに決まっている。しかも今日行く映画館は初めて行く映画館で、場所さえもよくわかっていなかった。なんとなく少し不安だったが、という割にはいいお天気で意気揚々と出かけていき、行ってみると何のことはなし、すんなりと端っこの座席を確保。しかも、途中で感動して泣いてしまった。3日ほど前は今日という日が来ることが億劫だったが、やっぱり今回は好転反応の方に気が取られていて、いまいち年末年始という感覚がなかったということもあり、意外にも結構楽しいお正月となった。こういう風に、とっさに機転が利くことも年々身に付いてきているのである。世間の浮かれた波にさらわれないようにするためには、おそらくお正月は家で過ごすことが一番いいのだろうけれど(だけど、昔ほどのどんちゃん騒ぎは減ったよね)、そうもいかない時は映画館へ行くことにしよう。ささ、今年の始まりは良さそうだ♪ちょうど鳥さんの写真が撮れたよ。
2017/01/02
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めで鯛みなさん、あけましておめでとうございます。お正月いかがお過ごしでしょうか。穏やかなお正月になりましたね。私は1ヶ月ほど前から好転反応の湿疹がぶり返していて、特に顔と両肘と背中の上半分と手の側面がひどい状態が続いていますが(しかもなんとなく気持ちがくさくさすると思っていたらヘルペスができました)、なんとか無事に年を越すことができました。毎年かと思うほど女性の厄年も続いていましたが、ようやく今年最後の後厄になるようです。これで60歳まで厄年はありません。毒素を大いに出し、MSも受給者証を持たない患者になる見込みになり、厄年からも抜けます。いろいろな意味で、心身共に身軽になり、これまでの36年間の人生が相殺され、明るい未来が開けてきたように感じています。正直、とてつもなく長い道のりでしたけれどね。だってもう今年37歳ですよ(笑)でもね、これが私なのです。大器晩成とでも思っておきましょうか。このブログは今年も何ら変わりません。細々と日々の瑣末な出来事を綴っていきます。みなさんにとっても上向きな一年になりますように。今年も変わらずよろしくお願いします。めで鯛!いい感じでしょ?(笑)
2017/01/01
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